特集●完全攻略・多焦点コンタクトレンズあたらしい眼科33(8):1145?1149,2016ソフト系多焦点コンタクトレンズの応用(白内障術後)ApplicationofMultifocalSoftContactLenses(AfterCataractSurgery)塩谷浩*I白内障術後の屈折矯正方法白内障術後眼は理論的には調節力がほとんどないため,単焦点眼内レンズ(intraocularlens:IOL)挿入眼(以下IOL眼)において眼鏡の単焦点レンズあるいは単焦点コンタクトレンズ(contactlens:CL)で残存する屈折が完全矯正された場合には,日常生活に不便なく近方を見ることはむずかしくなる.そのため白内障術後の単焦点IOL眼における視力補正方法は,遠用眼鏡あるいは近用眼鏡の使用,遠近両用眼鏡の使用,CLと眼鏡の併用が一般的であり,いずれの方法においても眼鏡を使用することが必要とされる.最近,若年時からおもにソフトコンタクトレンズ(softcontactlens:SCL)を使用する生活をしてきた中高年への白内障手術の施行が増加するに伴い,単焦点IOL眼になっても白内障術前のように眼鏡を使用しない生活スタイルを維持することを希望する患者が多く認められるようになってきている.しかし,既存のソフト系多焦点CL(以下多焦点SCL)の製品規格内の加入度数は,単焦点IOL眼の調節補助の実効加入度数からは不十分であるため,患者の満足を得るように近方を見やすくすることはできないと考えられている.したがって,患者が白内障術後に眼鏡を使用しない生活を希望している場合には,単焦点IOLによる計画的なモノビジョンを設定したり,多焦点IOLを挿入したりすることが考えられるが,健康保険適用なども含めどこの施設でも対応できる容易な方法とは言いがたい.そのため現状では,白内障術後もCLを継続して使用することで対応できるのであれば,それが患者の生活スタイルを変えないためには現実的には最良の方法であると考えられる.最近は各社から多焦点SCLの新製品が発売されており,そのなかで,近用眼鏡では高い加入度数を必要とする調節力が著しく低下した高齢者の老視眼に対しても,低い加入度数であるにもかかわらず対応が可能な製品の処方を筆者は経験している.そこで単焦点IOL眼においても多焦点SCLの処方を応用できる可能性があると考え,処方の経験を積み重ねてきた1,2).次項から実際の処方例を提示し,単焦点IOL眼に対する多焦点SCLの処方方法について解説する.II白内障術後のソフト系多焦点コンタクトレンズの処方例症例1症例:57歳,女性,主婦CL装用経験:SCLを37年CL装用歴:20歳からSCLの装用を開始し,54歳時の白内障術後からは1日交換単焦点SCLを装用しながら近方視時には近用眼鏡を使用していた.SCLと眼鏡を併用する3年間の生活に不満があったため,多焦点SCLの処方を目的に他眼科から当科へ紹介された.初診時検査所見:矯正視力および自覚的屈折は右眼(1.2×?2.75D),左眼(1.2×?4.00D),優位眼は左眼で,最良の近方視力が得られる最小の近方矯正加入度数は両眼とも+2.50Dであった.角膜乱視は右眼(7.49mm/7.42mmC?0.50DAx150),左眼(7.35mm/7.25mmC?0.50DAx20)であった.使用していたSCLは両眼とも1日交換単焦点SCLで,右眼は9.0/?2.50/14.2(ベースカーブmm/度数D/サイズmm),左眼は9.0/?3.25/14.2の規格であり,SCL装用時の近方視時には両眼+2.00Dの眼鏡を使用していた.両眼の眼内レンズは透明で,瞳孔は正円形で虹彩に運動制限はなく,眼内に炎症所見は認められなかった.角膜,結膜に異常が認められなかったため,多焦点SCLを処方することになった.IOL眼への多焦点SCLの処方:両眼にハイドロゲル素材の中心近用累進屈折力型頻回交換多焦点SCL(レンズA)(表1)を右眼(9.0/?2.00add+1.50/14.5)(ベースカーブmm/球面度数D加入度数D/サイズmm),左眼(9.0/?3.00add+1.50/14.5)の規格で装用させた.通常の有水晶体眼での処方方法3,4)と同様に,加入度数は低い加入度数の+1.50D(レンズAの加入度数は+1.50D,+2.50Dの2種類)を選択し,球面度数は両眼とも遠方完全屈折矯正度数(角膜頂点間距離補正後の度数)よりプラス側の度数に設定した.装用直後に近方が見づらいとの訴えが強かったためテスト装用させずに,両眼の加入度数を+2.50D,優位眼の左眼の球面度数を?3.50Dに変更し,右眼(9.0/?2.00add+2.50/14.5),左眼(9.0/?3.50add+2.50/14.5)の規格でテスト装用を開始させた.CL装用時の遠方視力は右眼(0.4×SCL)(1.2×SCL=?1.50D),左眼(0.6×SCL)(0.9×SCL=?0.75D),両眼(0.8×SCL),両眼での近方視力は(0.6×SCL)で,テスト装用1週間後,近方視に満足が得られたものの遠方視には不満の訴えがあった.そこで右眼の球面度数を?2.50Dに変更(9.0/?2.50add+2.50/14.5)して処方した.CL装用時の遠方視力は右眼(0.7×SCL)(1.2×SCL=?1.00D),左眼(0.6×SCL)(0.9×SCL=?0.75D),両眼(0.8×SCL),両眼での近方視力は(0.6×SCL)で,遠方視,近方視ともに患者の満足が得られ,処方時から3年経過後も処方レンズの規格を変更することなく近用眼鏡を併用せずに多焦点SCLの装用を継続している.症例2症例:54歳,女性,主婦CL装用経験:SCLを32年CL装用歴:22歳からSCLの装用を開始し,49歳時に他眼科にて1日交換多焦点SCLを処方され,52歳時に同じレンズ製品の処方を希望して当科を受診した.初診時検査所見:矯正視力および自覚的屈折は右眼(1.2×?5.75D),左眼(0.9×?5.75D(cyl?0.75DAx180°),優位眼は右眼で,最良の近方視力の得られる最小の近方矯正加入度数は両眼とも+2.75Dであった.両眼の水晶体には白内障による軽度の混濁が認められた.多焦点SCLの処方:使用中の1日交換多焦点SCLで遠近ともに見づらいとの訴えがあったため,レンズのタイプを両眼ともハイドロゲル素材の中心遠用累進屈折力型頻回交換多焦点SCLに変更し,右眼(8.7/?5.00add+1.50/14.4),左眼(8.7/?5.00add+1.50/14.4)の規格で処方した.SCL装用時の遠方視力は右眼(1.2×SCL)(1.5×SCL=?0.50D),左眼(0.8×SCL)(0.9×SCL=?0.50D),両眼(1.5×SCL),両眼での近方視力は(0.6×SCL)で,遠方視,近方視ともに患者の満足が得られ問題なく使用していた.初診時から2年後に白内障の進行により,両眼の矯正視力が低下し,自覚的な見え方が不良となったため,白内障の手術目的で他眼科に紹介した.白内障手術後検査所見:白内障手術4カ月後,矯正視力および自覚的屈折値は右眼(1.2×?3.25D(cyl?0.75Ax180°),左眼(1.2×?3.25D(cyl?0.75DAx180°),優位眼は右眼で,最良の近方視力が得られる最小の近方矯正加入度数は両眼とも+2.75Dであった.角膜乱視は右眼(7.84mm/7.65mmC?1.25DAx180),左眼(7.78mm/7.56mmC?1.00DAx180)であった.両眼の眼内レンズは透明で,瞳孔は正円形で虹彩に運動制限はなく,眼内に炎症所見は認められなかった.角膜,結膜に異常が認められなかったため,多焦点SCLを処方することになった.IOL眼への多焦点SCLの処方:両眼にシリコーンハイドロゲル素材の中心近用累進屈折力型頻回交換多焦点SCL(レンズB)(表1)を右眼(8.6/?3.25add+2.00/14.2),左眼(8.6/?2.75add+2.00/14.2)の規格で処方した.一般的な処方対象である有水晶体眼の老視に対してであれば,多焦点SCLの加入度数は処方しようとするレンズ製品のもっとも低い加入度数を選択し,必要に応じて高い加入度数に変更する方法3,4)で処方するが,本症例においては症例1への処方経験から,加入度数は最初から高い加入度数の+2.00D(レンズCの加入度数は+1.00D,+2.00D,+2.50Dの3種類)を選択し,球面度数は両眼とも遠方完全屈折矯正球面度数(角膜頂点間距離補正度数)よりプラス側の度数に設定し,非優位眼の左眼は右眼より0.50Dプラス側に設定した.CL装用時の遠方視力は右眼(0.8×SCL)(1.0×SC=?0.75D),左眼(0.7×SCL)(0.9×SCL=?0.50D),両眼(1.0×SCL),両眼での近方視力は(0.8×SCL)で,装用直後は遠近感が不良の訴えがあったが,装用1週間で慣れ,遠方視,近方視ともに患者の満足が得られ,処方時から3年経過後も処方レンズの規格を変更することなく,近用眼鏡を併用せずに多焦点SCLの装用を継続している.症例3症例:64歳,女性,主婦CL装用経験:SCLを48年CL装用歴:16歳からSCLの装用を開始し,48歳時に使い捨てSCLの処方を希望して受診した.初診時検査所見:48歳時の矯正視力および自覚的屈折は右眼(1.5×?6.00D),左眼(1.2×?6.00D),優位眼は左眼で,最良の近方視力が得られる最小の近方矯正加入度数は両眼とも+1.00Dであった.以後,当科にて定期検査を受けながら1週間交換SCLを使用し,51歳時からは近方視に不自由が出現したため両眼にハイドロゲル素材の中心遠用二重焦点型頻回交換多焦点SCLを右眼(8.5/?5.50add+2.00/14.2),左眼(8.5/?5.50add+2.00/14.2mm)の規格で使用していた.57歳時には使用中の多焦点SCLで近方視に不満の訴えがあったため,両眼にハイドロゲル素材の中心近用累進屈折力型頻回交換多焦点SCL(レンズA)(表1)を右眼(9.0/?5.00add+2.50/14.5),左眼(9.0/?5.25add+2.50/14.5)の規格で処方した.遠方視力は右眼(0.7×SCL)(1.2×SCL=?0.50D),左眼(0.8×SCL)(1.0×SCL=?0.50D),両眼での遠方視力は(0.8×SCL),両眼での近方視力は(0.5×SCL)であった.遠方視,近方視ともに患者の満足が得られ問題なく使用していた.63歳時に白内障の進行により,両眼の矯正視力が低下し,自覚的な見え方が不良となったため,白内障の手術目的で他眼科に紹介した.白内障手術後検査所見:白内障術後に当科を受診した64歳時の矯正視力および自覚的屈折値は右眼(1.2×?5.25D),左眼(1.0×?5.25D),優位眼は左眼で,最良の近方視力が得られる最小の近方矯正加入度数は両眼とも+2.75Dであった.角膜乱視は右眼(7.83mm/7.57mmC?1.50DAx180),左眼(7.74mm/7.51mmC?1.50DAx180)であった.両眼の眼内レンズは透明で,瞳孔は正円形で虹彩に運動制限はなく,眼内に炎症所見は認められず,角膜,結膜に異常が認められなかったため,多焦点SCLを処方することになった.IOL眼への多焦点SCLの処方:頻回交換多焦点SCLの装用経験者であったが,患者はSCLのケアを面倒と感じ,1日交換SCLでの処方の希望があったため,両眼にハイドロゲル素材の中心遠用二重焦点型1日交換多焦点SCL(レンズC)(表1)を右眼(8.8/?4.00add+1.50/14.2),左眼(8.8/?4.50add+1.50/14.2)の規格で処方した.本症例においても症例2と同様に,加入度数は両眼とも最初から高い加入度数の+1.50D(レンズDの加入度数は+0.75D,+1.50Dの2種類)を選択した.球面度数は両眼とも遠方完全屈折矯正球面度数(角膜頂点間距離補正度数)よりプラス側の度数に設定し,非優位眼の右眼はよりプラス側の度数に設定した.CL装用時の遠方視力は右眼(0.5×SCL)(1.2×SCL=?1.25D),左眼(0.6×SCL)(1.2×SCL=?1.00D),両眼(1.0×SCL),両眼での近方視力は(0.6×SCL)で,遠方視,近方視ともに患者の満足が得られ,処方時から3年経過後も処方レンズの規格を変更することなく,近用眼鏡を併用せずに多焦点SCLの装用を継続している.III白内障術後のソフト系多焦点コンタクトレンズの処方方法前項で示したように白内障術後の単焦点IOL眼であっても,多焦点SCLの処方により,遠方視,近方視ともに眼鏡を使用しない日常生活を送ることができるようになる患者がいるのは確かである.この代表的な症例を含む筆者の他の処方経験から,白内障術後の単焦点IOL眼へ多焦点SCLの処方を応用する場合の注意点を以下のようにまとめてみた.1.適応適応は有水晶体眼の老視に対してと同様に,眼鏡を使用しない生活を強く希望しているCLの装用経験者で,とくに単焦点SCLあるいは多焦点SCLの経験者である.角膜乱視の遠方視に影響すると考えられる許容範囲は,老視よりやや広く,乱視度数(角膜頂点間距離補正後の度数)1.25~1.50D以下が適応になり,多焦点SCLのセンタリングが良好であることが必要条件となる.2.加入度数有水晶体眼の老視においては,多焦点SCLは同時視型の光学的な特性から加入度数が高くなると遠方視の見え方の質が低下するため,多焦点SCL製品の加入度数の中からもっとも低い加入度数を選択し,患者の近方の見え方に応じて高い加入度数に変更していく処方方法が推奨される3,4).その処方経験から白内障術後の単焦点IOL眼においても同様の考え方で処方を試みて検討したところ,どの症例においても最終的に高い加入度数に変更する必要があった.白内障術前と比べると白内障術後の見え方は確実に改善しており,矯正方法が限られている状況では患者の見え方への妥協が得やすいことが,遠方の見え方の質が低下する高い加入度数で対応ができた理由であろうと思われる.そこで加入度数は最初から,それぞれの多焦点SCL製品の中の高い加入度数を選択することで問題は少ないと考えられる.3.球面度数有水晶体眼の老視においては,多焦点SCLの球面度数は遠方完全屈折矯正度数(角膜頂点間距離補正後の度数)より+0.50~+1.00D程度プラス側の度数に設定し,患者の遠方の見え方に応じてマイナス側の球面度数を追加矯正していく処方方法3,4)が推奨される.白内障術後の単焦点IOL眼においては,老視と比べると必要とする調節補助の程度が大きいため,遠方視に適正と考えられる球面度数を老視への処方よりも,さらにプラス側に設定する必要があると予想されたが,実際には老視への処方と同程度に球面度数を設定することで患者の不満がほとんどないことがわかった.そこで球面度数は遠方完全屈折矯正度数(角膜頂点間距離補正後の度数)より+0.50~+1.00D程度プラス側の度数に設定することで問題は少ないと考えられる.上記の加入度数,球面度数の設定で患者の見え方の満足が得られない場合には,モディファイド・モノビジョン法を応用することで患者の満足度を上げることが可能であった.すなわち近方の調整は,まず非優位眼の球面度数を最初の設定よりプラス側に変更し,それで対応できない場合には両眼の球面度数をプラス側に変更する.遠方の調整は,まず優位眼の球面度数をマイナス側に変更し,それで対応できない場合には両眼の球面度数をマイナス側に変更する.おわりに多焦点SCLの処方は,白内障術後の患者の生活の質を向上させる可能性のある,やり直しの効く安全な方法である1,2).残存する屈折がどういう状態であっても,調節力がほとんどないことにおいては共通である単焦点IOL眼では,多焦点SCLの処方を一般化しやすいと考えられ,本稿での処方方法は広く応用の効くものと思われる.以上から白内障術後に眼鏡の使用を望まない白内障術後の単焦点IOL眼に対して多焦点SCLは試みるべき有用な矯正方法の一つであると考えられる.文献1)塩谷浩,梶田雅義:眼内レンズ挿入眼への遠近両用ソフトコンタクトレンズの処方例.日コレ誌57:164-167,20152)塩谷浩:私の処方私の治療第21回眼内レンズ挿入眼への遠近両用ソフトコンタクトレンズの処方例.日コレ誌57:191-194,20153)塩谷浩:遠近両用コンタクトレンズの処方.日コレ誌52:47-51,20104)塩谷浩:遠近両用ソフトコンタクトレンズの処方テクニック.あたらしい眼科30:1363-1368,2013