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抗VEGF治療:網膜中心静脈閉塞症と抗VEGF薬

2016年4月30日 土曜日

●連載監修=安川力髙橋寛二抗VEGF治療セミナー27.網膜中心静脈閉塞症と抗VEGF薬逢坂理恵辻川明孝香川大学医学部眼科学教室近年,網膜中心静脈閉塞症(CRVO)に伴う黄斑浮腫に対して,抗VEGF薬硝子体内注射が標準治療となっている.本稿では,虚血型,非虚血型に分けて抗VEGF治療効果について概説する.はじめに網膜中心静脈閉塞症(centralretinalveinocclusion:CRVO)は,視神経乳頭内の強膜篩状板付近での網膜中心静脈の循環障害によって生じる.30歳以上の有病率は0.80/1,000人,アジア人では0.74/1,000人であり,加齢に伴い発症の頻度は高くなる1).病型は,網膜毛細血管の閉塞が高度な虚血型と,広範な網膜無灌流領域を伴わない非虚血型に分類される.CRVOに伴う黄斑浮腫は,網膜毛細血管血流量の低下に伴う網膜の虚血により血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)の上昇が関与しており,視力低下の原因となることが多い.自然経過で黄斑浮腫が消失する頻度は非虚血型CRVOで30%,虚血型CRVOでは0%であると報告されている2).黄斑浮腫に対してトリアムシノロン硝子体内注射・Tenon囊下注射,格子状光凝固などさまざまな治療が試みられてきたが,現在は抗VEGF薬硝子体内注射が第一選択の治療となっている.虚血型網膜中心静脈閉塞症一般的に虚血型CRVOは予後不良である.積極的な治療を行っても視力予後には限界があることが多いが,抗VEGF薬には即効性の黄斑浮腫,視力の改善効果がある.しかし,投与後1~2カ月で再発することが多く,繰り返し治療が必要になることが多い.GALILEO,COPERNICUSstudyでは,再発に対しても抗VEGF薬のprorenata(PRN)投与によりある程度,視力を維持できると報告された3,4).実際にはmonthly投与を継続するのはむずかしく,黄斑浮腫が再発したら早期にPRN投与を行う施設が多いと思われる.また,虚血型CRVOの問題点として新生血管の発生がある.自然経過では血管新生緑内障はCRVO発症から1年以内に発症することが多い.抗VEGF療法により,VEGFの働きを阻害することで新生血管の予防が期待されていたが,抗VEGF薬により新生血管の発生を引き延ばすことができるが,予防はできないと報告された5).よって,抗VEGF薬単独では不十分であり,汎網膜光凝固(pan-retinallaserphotocoagulation:PRP)を併用する必要がある.極端に視力が低下している症例では,抗VEGF療法による視力回復が限定的であることが多い.したがって,このような場合には積極的には治療を薦めないこともある.また,抗VEGF療法を一度行った後に改善の程度を確認し,抗VEGF薬投与を続けるかについては患者と相談して決めてもよい.非虚血型網膜中心静脈閉塞症網膜無灌流領域は少なく,PRPは通常不要である.視力良好な例もあるが,囊胞様黄斑浮は視力障害の原因となる.黄斑浮腫を伴う視力低下があれば,抗VEGF療法の適応となる.初診時に視力良好で黄斑浮腫がなくても,経過をみている間に浮腫を生じることもあり,定期的な診察は必要である.また,非虚血型から虚血型に移行することがあり,出血の増加,黄斑浮腫の増悪などがあれば,虚血型へ移行した可能性を考えなくてはいけない.虚血型が疑われた際には,再度,蛍光眼底造影検査を行い,病態の再評価を行う必要がある.文献1)RogersS,McIntoshRL,CheungNetal:Theprevalenceofretinalveinocclusion:pooleddatafrompopulationstudiesfromtheUnitedStates,Europe,Asia,andAustralia.Ophthalmology117:313-319,20102)TheCentralVeinOcclusionStudyGroup:Naturalhistoryandclinicalmanagementofcentralretinalveinocclusion.ArchOphthalmol115:486-491,19973)KorobelnikJF,HolzFG,RoiderJetal:Intravitrealafliberceptinjectionformacularedemaresultingfromcentralretinalveinocclusion:one-yearresultsofthephase3GALILEOStudy.Ophthalmology121:202-208,20144)HeierJS,ClarkWL,BoyerDSetal:Intravitrealafliberceptinjectionformacularedemaduetocentralretinalveinocclusion:two-yearresultsfromtheCOPERNICUSStudy.Ophthalmology121:1414-1420,20145)BrownDM,WykoffCC:Ranibizumabinpreproliferative(ischemic)centralretinalveinocclusion:therubeosisanti-VEGF(RAVE)trial.Retina34:1728-1735,2014図1虚血型網膜中心静脈閉塞症(CRVO)虚血型CRVOと診断し,汎網膜光凝固(PRP)施行.その後も黄斑浮腫を認めたため,アフリベルセプト硝子体内注射(IVA).投与後は黄斑浮腫の改善を認めている.矯正視力は治療前が0.02(n.c.),最終受診時は0.05(0.08)である.図2非虚血型網膜中心静脈閉塞症ラニビズマブ硝子体内注射(IVR)後,浮腫は改善した.初診時視力は1.0で,投与後1.2に改善した.PRN投与を行っているが,視力1.2~1.5を維持している.あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016553(71)0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY554あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016(72)

緑内障:プロスタグランジン関連点眼薬による上眼瞼溝深化(DUES)

2016年4月30日 土曜日

●連載190緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也190.プロスタグランジン関連点眼薬による上眼瞼溝深化(DUES)井上賢治井上眼科病院プロスタグランジン(PG)関連点眼薬に特有な副作用として上眼瞼溝深化(DUES)がある.ビマトプロスト,トラボプロストで発現が多い.DUES発現症例では,他のPG関連点眼薬への変更でDUESが軽快,消退することがある.片眼投与の場合はDUESが目立ちやすいので,発現頻度の低いPG関連点眼薬を使用するとよい.●はじめにプロスタグランジン(prostaglandin:PG)関連点眼薬では眼瞼色素沈着,虹彩色素沈着,睫毛剛毛化・延長などの特有の副作用が出現しやすい.新たに上眼瞼溝深化(deepeningoftheuppereyelidsulcus:DUES)が報告されてきた.機序はPGF2aによる脂肪産生抑制で眼窩脂肪組織量が減少することと考えられている.さらに最近,prostaglandinassociatedperiorbitopathy(PAP)という概念が提唱されている(表1).PG関連点眼薬による眼局所副作用として眼瞼下垂,DUES,下眼瞼のふくらみの減少,下方強膜の可視があり,これらをまとめてPAPとよぶ.●上眼瞼溝深化(DUES)の発現頻度DUESは点眼期間が長期になれば発現頻度も上昇する.DUESの発現頻度はビマトプロスト60%,トラボプロスト50~53%,ラタノプロスト13.6~24%,タフルプロスト18~19%と報告されている1~5)(表2).筆者らは3カ月間以上PG関連点眼薬を片眼に単剤投与中の250例の前眼部写真を撮影し,DUESの有無を調査した1)(図1).DUES発現頻度はビマトプロスト60%,トラボプロスト50%,ラタノプロスト24%,タフルプロスト18%,ウノプロストン8%だった.ビマトプロストとトラボプロストが他の3剤に比べて有意に高かった.同時に自覚症状(眼のくぼみを感じますか?)のアンケート調査を行い,「眼のくぼみを感じる」はビマトプロスト40%,トラボプロスト24%,ラタノプロスト12%,タフルプロスト10%,ウノプロストン10%だった.ビマトプロストがラタノプロスト,タフルプロスト,ウノプロストンに比べて有意に多かった.しかし,他覚症状(写真判定)と自覚症状(アンケート)には乖離がみられた(図2).●上眼瞼溝深化(DUES)発現症例への対応PG関連点眼薬は種類によりDUES発現頻度が異なり,DUESが発現したら他のPG関連点眼薬に変更するとよい.ビマトプロストでDUESが出現した13例をラタノプロストに変更したところ,変更6カ月後には11例(85%)でDUESが軽快あるいは消失した6).●上眼瞼溝深化(DUES)を考えたPG関連点眼薬の使用安全性を優先する場合は,DUES発現頻度の少ないPG関連点眼薬を使用する.とくに片眼投与では左右差が出やすいので,考慮したほうがよい.しかし,顔の印象の好みには個人差があり,DUESをむしろ気に入る患者もあり,評価はむずかしい.文献1)InoueK,ShiokawaM,WakakuraMetal:Deepeningoftheuppereyelidsulcuscausedby5typesofprostaglandinanalogs.JGlaucoma22:626-631,20132)AiharaM,ShiratoS,SakataR:Incidenceofdeepeningoftheuppereyelidsulcusafterswitchingfromlatanoprosttobimatoprost.JpnJOphthalmol55:600-604,20113)MaruyamaK,ShiratoS,TsuchisakaA:IncidenceofdeepeningoftheuppereyelidsulcusaftertopicaluseoftravoprostophthalmicsolutioninJapanese.JGlaucoma23:160-163,20144)MaruyamaK,TsuchisakaA,SakamotoJetal:IncidenceofdeepeningofuppereyelidsulcusaftertopicaluseoftafluprostophthalmicsolutioninJapanesepatients.ClinOphthalmol7:1441-1446,20135)NakakuraS,YamamotoM,TeraoEetal:Prostaglandinassociatedperiorbitopathyinlatanoprostusers.ClinOphthalmol9:51-56,20156)SakataR,ShiratoS,MiyataKetal:Recoveryfromdeepeningoftheuppereyelidsulcusafterswitchingfrombimatoprosttolatanoprost.JpnJOphthalmol57:179-184,2013表1Prostaglandinassociatedperiorbitopathy(PAP)の症状上眼瞼下垂(uppereyelidptosis)上眼瞼溝深化(deepeningoftheuppereyelidsulcus:DUES)下眼瞼のふくらみの減少(flatteningthelowereyelidbags)下方強膜の可視(interiorscleralshow)表2プロスタグランジン(PG)関連点眼薬による上眼瞼溝深化(DUES)発現頻度著者文献PG関連点眼薬投与期間DUES発現頻度(%)ビマトプロストトラボプロストラタノプロストタフルプロストInoueK13カ月以上60502418AiharaM26カ月60MaruyamaK36カ月53MaruyamaK490日19NakakuraS51年以上13.6PG関連点眼薬によりDUES発現頻度は異なるが,同じ点眼薬のDUES発現頻度はほぼ同等である.図1上眼瞼溝深化(DUES)発現症例ビマトプロスト左眼単剤投与症例.左右眼を比較する写真判定でDUESありと診断された.図2上眼瞼溝深化(DUES)発現の自覚症状と他覚症状の関係写真判定(他覚症例)とアンケート調査(自覚症例)によるDUES発現者の人数を示している.自覚と他覚が一致している症例は少ない.(文献1より引用)(69)あたらしい眼科Vol.33,No.4,20165510910-1810/16/¥100/頁/JCOPY552あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016(70)

屈折矯正手術:レーシック後の角膜上皮厚

2016年4月30日 土曜日

●連載191監修=木下茂大橋裕一坪田一男屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─191.レーシック後の角膜上皮厚張佑子稗田牧京都府立医科大学眼科学教室レーシック術後には,角膜実質の変化に反応して角膜上皮厚が変化することが知られており,再度近視化する原因のひとつと考えられている.一般に角膜屈折矯正量と角膜中央部上皮厚の変化は相関していると考えられているが,機序は明らかになっていない.●はじめに近視および近視性乱視に対するレーシックは術翌日から良好な裸眼視力を得られることが多く,近視および近視性乱視に対する屈折矯正手術の主流となっているが,術後に再度近視化が起こる場合がある.とくに若年者にみられる眼軸長延長に伴う軸性近視の進行,加齢に伴う調節力低下,水晶体の核硬化進行に伴う近視化や乱視性変化,角膜形状の変化(steep化)などが術後長期的に近視化を起こす原因としてあげられる.一方,術後早期に近視化をきたすものがあり,角膜上皮のremodelingの関与が示唆されている.角膜上皮のremodelingとは,角膜実質の変化に反応して角膜上皮厚が変化することで,角膜の不正性を軽減して光学的システムを維持することが知られており,円錐角膜や角膜屈折矯正手術後には角膜上皮のremodelingが起きていることが知られている.●従来の検査法による角膜上皮厚の報告角膜上皮厚の評価は従来,共焦点顕微鏡や超音波生体顕微鏡を用いて行われていた.Iversenらは共焦点顕微鏡を用いた観察で,レーシック術前の角膜上皮厚が47μmであったのに対して,術後1週間で角膜上皮厚が9.0μm増加したが,レーシックの矯正量と角膜上皮厚の変化には相関を認めず,その後は角膜上皮厚が3年間安定しており,術後の屈折変化に影響がなかったと報告している1).Spadeaらは超音波生体顕微鏡を用いた観察で,レーシック術後1週間で有意に中央部角膜上皮が厚くなり,3カ月までに安定し,術後1カ月で近視化は安定すること,術後3カ月における屈折と角膜上皮厚は相関することを報告した2).●前眼部OCTによる角膜上皮厚の報告従来の検査はいずれも接触式で侵襲があり,測定の手間がかかるうえに再現性が低いなどの問題点があったが,前眼部光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)の登場により,侵襲なく短時間に再現性の高い測定が可能となった.とくにspectraldomainOCTのRTVuesystem(Optovue,Fremont,California)は軸解像度が5μmと非常に高く,角膜の層構造を描出できるようになり,角膜上皮厚の測定が可能となった(図1,2).測定範囲は角膜径6mmであり,中央2mmと中間部(2~5mm)8象限,周辺部(5~6mm)8象限の合計17象限において角膜厚と角膜上皮厚を測定し,内蔵アルゴリズムからそれぞれのマップを作成する.正常人ではspectraldomainOCTを用いて測定した中央部の角膜上皮厚が約52μmであり,上方より下方が厚いと報告されている3).正常人の角膜厚・角膜上皮厚マップの1例を示す(図2).5~6mmの周辺部領域において上方より下方の厚みが大きいことがわかる.上下の厚みの差に瞬目の影響を指摘されているが,詳細は明らかになっていない.Rochaらはフェムトセカンドレーザーを用いたレーシックで,術後1週間~1カ月に角膜上皮厚がもっとも大きく変化し,術後1~3カ月にもっとも近視化が起こること,術後3~9カ月で中央2mmの角膜上皮が安定しており,術前の近視屈折度数と術後の角膜上皮厚は相関していることを報告している4).Kanellopoulosらは,レーシック術後1週間より角膜上皮が厚くなる傾向があり,術後1カ月では屈折矯正量が角膜上皮厚の変化,とくに中間周辺部の厚みに影響することを報告した5).レーシック術後早期1~3カ月に起こる近視化は中央部角膜上皮厚の変化と関連していると考えられるが,詳細な機序は明らかになっていない.また,中間周辺部の角膜上皮厚についてはopticalzoneの設定が異なるため,今後さらなる検討が必要である.●まとめ強度近視眼に対してレーシックを施行した2例を示す(図3).角膜上皮厚が著明に増加したものでは,術後早期の近視化により満足のいく裸眼視力が得られず,術後半年に追加矯正手術を行った.人種,年齢,性別を含めて角膜上皮に影響を及ぼす因子はまだ解明されておらず,角膜上皮remodelingのメカニズム解明が屈折矯正手術の精度を上げる鍵となると思われる.文献1)IvarsenA,FledeliusW,HjortdalJØ:Three-yearchangesinepithelialandstromalthicknessafterPRKorLASIKforhighmyopia.IOVS50:2061-2066,20092)SpadeaL,FascianiR,NecozioneSetal:Roleofthecornealepitheliuminrefractivechangesfollowinglaserinsitukeratomileusisforhighmyopia.JRefractSurg16:133-139,20003)LiY,TanO,BrassRetal:CornealepithelialthicknessmappingbyFourier-domainopticalcoherencetomographyinnormalandkeratoconiceyes.Ophthalmology119:2425-2433,20124)RochaKM,KruegerRR:Spectral-domainopticalcoherencetomographyepithelialandflapthicknessmappinginfemtosecondlaser-assistedinsitukeratomileusis.AmJOphthalmol158:293-301,20145)KanellopoulosAJ,AsimellisG:Longitudinalpostoperativelasikepithelialthicknessprofilechangesincorrelationwithdegreeofmyopiacorrection.JRefractSurg30:166-171,2014(67)あたらしい眼科Vol.33,No.4,20165490910-1810/16/¥100/頁/JCOPY図1角膜上皮厚測定の方法a:瞳孔中心より8方向放射状にスキャン.b:スキャン画像.c,d:bの白枠内の拡大像.角膜表層からBowman膜(➡)表面を角の距離を角膜上皮厚として測定する.図2正常人の角膜厚・角膜上皮厚マップ左下に角膜厚マップ,右下に角膜上皮厚マップが表示される.図3強度近視眼に対するレーシック術後上:角膜上皮厚の増加は軽度であり近視化を認めない.下:角膜上皮厚の著明な増加を認め,近視化をきたしたため術後半年で追加手術を施行.550あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016(68)

眼内レンズ:Double elements型人工虹彩

2016年4月30日 土曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋353.Doubleelements型人工虹彩小早川信一郎日本医科大学多摩永山病院眼科無虹彩症に対する人工虹彩について解説する.Ophtec社doubleelements型人工虹彩IrisProstheticSystem(IPS®)は,囊内固定専用であり,切開創は5mm,capsulartensionring(CTR)と併用しなければならない.手術に若干の慣れを必要とするが,整容面を含め満足度は高く,有用な器具であると考えられる.●Doubleelements型虹彩無虹彩症に対する人工虹彩は,現在Morcher,Ophtec,HumanOpticsの3社から発売されている.3社ともに囊内固定用(白内障手術併施)と縫着用があるが,現在のところアメリカ食品医薬品局(FoodandDrugAdministration:FDA)は認可していない.各社の製品比較をまとめた(表1).人工虹彩の利点は,グレアや羞明感の改善,美容的効果,眼内レンズ(intraocularlens:IOL)外側の光がdefocusされることの予防,IOL外側の光が直接網膜に入ることの予防であり,移植することで矯正視力の改善も期待できる.Ophtec社のIrisProstheticSystem(IPS®)は囊内固定専用で,capsulartensionring(CTR)と併用し,elementを2枚組み合わせて瞳孔を再形成する(図1).●症例72歳,男性1).主訴:視力低下.現病歴:近医にて両先天性無虹彩症,白内障につき点眼加療にて経過観察されていた.白内障進行に伴い視力低下が著しくなったため,手術加療目的に紹介受診.既往歴:両先天性無虹彩症.弱視治療歴なし,眼振なし,羞明による顔貌変化あり.初診時所見:・視力:右眼0.07(0.15×−5.00Dcyl−1.25DAx165°).左眼0.3(0.6×−2.50Dcyl−0.75DAx75°).・眼圧:右眼17mmHg,左眼18mmHg.眼振なし.・前眼部:右眼白内障EmeryLittle分類IV,左眼白内障EmeryLittle分類III.角膜上皮障害は認めなかった(図2).小早川信一郎日本医科大学多摩永山病院眼科眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋353.Doubleelements型人工虹彩無虹彩症に対する人工虹彩について解説する.Ophtec社doubleelements型人工虹彩IrisProstheticSystem(IPS®)は,囊内固定専用であり,切開創は5mm,capsulartensionring(CTR)と併用しなければならない.手術に若干の慣れを必要とするが,整容面を含め満足度は高く,有用な器具であると考えられる.・眼底:白内障にて診察困難.明らかな黄斑低形成,脈絡膜欠損なく,超音波画像にて明らかな網膜剝離などの眼底疾患は認めなかった.網膜電位図(electroretinogram:ERG)正常.白内障にて視力低下するまでは弱視を指摘された経験なし.手術方法:麻酔は点眼麻酔のみ.2.8mm強角膜切開,トリパンブルー®にて前囊染色し,連続円形切囊を施行.超音波乳化吸引術およびCTR挿入後,12時の切開創からIOL(ZCB00V®,Abbott社)を挿入.切開創を5mmに拡大し,IPS(doubleelements)を2枚囊内へ挿入.ダイアリングにて瞳孔を形成した.1針縫合して手術終了.囊破損やZinn小帯断裂などの合併症はなかった.●術後経過術1週間後,右眼視力0.3(0.8×−2.00Dcyl−0.50DAx70°),左眼視力0.7(矯正不能).術1カ月後,右眼視力0.5(0.8×−2.00Dcyl−0.50DAx70°),左眼視力0.8(矯正不能).術7カ月後,矯正視力は右眼1.2,左眼1.0に改善した.角膜内皮細胞数の顕著な減少はなく,術後の惹起乱視は右眼0.55D,左眼0.20Dであった.眼圧上昇は認めず,IOL偏位や水晶体振盪などの合併症もない(図3).自覚的に羞明感が減少,術前にみられた羞明による顔貌変化も消失したため,整容面でも非常に高い満足度が得られている.文献1)福原葉子,松本直,岡島行伸ほか:先天性無虹彩症に人工虹彩および眼内レンズ挿入した1例.眼科手術28:433-436,2015表1人工虹彩の製品比較製品名(メーカー名)Aniridiaimplants(Morcher)IPS(Ophtec)ArtificialIris(HumanOptics)タイプrigidrigidfoldable切開サイズ部分欠損タイプ(囊内固定専用)で3.5mm以上,全周カバーでは10.5mm以上5〜6mm2.75mm色黒青,茶,緑カスタムメイド(瞭眼の写真から作製)特記すべきこと部分欠損用で,Zinn小帯断裂が進行すると修正がむずかしい(テンションリングタイプのため)2枚必要図1Ophtec社IPS(doubleelements)Capsulartensionring(CTR)と併用し,elementを2枚組み合わせて,瞳孔を再形成する.あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016547(65)0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY図2術前前眼部写真(右眼)図3術後前眼部写真(両眼)整容面でも非常に高い満足が得られた.

写真:Haab’s striae

2016年4月30日 土曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦383.Haab’sstriae細谷比左志JCHO神戸中央病院眼科図2図1のシェーマ角膜内皮側Descemet膜レベルに,2本の線状のゆるやかなカーブを描く混濁(⇨)を認める.図1Haab’sstriaeの症例(19歳,男性)角膜内面にやや斜めに走る帯状の混濁がみられる.一部は瞳孔領にかかっているが,視力はよい.生後5カ月のときにトラベクロトミー手術を受け,眼圧は正常に保たれ,現在まで良好な経過をたどっている.図3同じ症例の左眼内皮スペキュラー写真角膜中央部(b)では内皮細胞密度が957個/mm2と低下がみられるが,周辺部(c)では,2,197個/mm2と正常とまではいかないが,まだ余力があるようにみられる.(63)あたらしい眼科Vol.33,No.4,20165450910-1810/16/¥100/頁/JCOPYHaab’sstriaeとは,先天緑内障患者の角膜内面にみられる帯状の線状混濁(図1)のことである.図2のように斜めに走る平行する2本の線状混濁であったり,角膜輪部に平行に走る2本の曲線であったり,その形は不整形である.先天緑内障は,最近では早発型発達緑内障とよぶようになった1,2)もので,生後すぐからみられる緑内障である.欧米の教科書では,まだ先天緑内障とよばれていることが多いようである3).ここではわが国のガイドライン2)に従い,早発型発達緑内障とよぶことにする.早発型発達緑内障は非常にまれな疾患で,出生時あるいは遅くとも生後1,2歳までにみられる疾患で,日本では10万人に1人,西欧では1~2万人に1人,中東やスロバキアのロマ人ではもっと頻度が高いといわれている.眼科医が一生で出会う確率が1人程度ともいわれていて,筆者もここで紹介した症例が自ら出会って治療した唯一の症例である.全体の10%程度が常染色体劣性遺伝で,9割が孤発例であるといわれ,6割が男児で両側性が多い.隅角形成異常に基づく疾患であり,房水の流れが障害され眼圧上昇をもたらす.乳児の眼球は柔らかく圧力の上昇に耐えられないので,角膜径増大などにより種々の症状をもたらす.症状は,流涙,羞明,眼瞼けいれんで,所見としては,高眼圧,それによる角膜径増大(角膜径も大きくなり,眼球全体が大きくなり,牛眼とよばれる状態になる),そして角膜が柔らかいため高眼圧に耐え切れずDescemet膜が破裂してできるHaab’sstriaeという特徴的所見,角膜混濁,眼軸長延長,視神経乳頭陥凹などがみられ,適切に治療しないと失明する.治療は,ゴニオトミーやトラベクロトミーなどの手術治療が有効で,薬物治療は無効である.治療は疾患が確定すればすぐにすべきであり,その患児の眼の一生を左右するので重要である.図1~3の症例は,生後5カ月で近医から紹介された男児で,両眼の角膜径は少し増大し,すでにHaab’sstriaeを認め,角膜もやや混濁していた.Haab’sstriaeは2本の平行する線が曲線を描いており,輪部に平行するような線もみられた.眼圧は40mmHg以上あった.眼底には視神経乳頭の陥凹もみられた.診断後すぐに全身麻酔下で両眼のトラベクロトミーを施行した.手術後眼圧は正常になり,角膜径も戻り,視神経乳頭の陥凹もなくなった.Haab’sstriaeは残ったが,幸い角膜の透明度に影響なく,視力は両眼とも1.2を維持している.内皮細胞は,角膜中央部で少し減少がみられる(図3)が,周辺部の内皮細胞にまだ余力があるので,定期的に経過を観察しているところである.現在,患者は19歳になり,現在も定期的に診察をして内皮細胞の減少がないかどうか,注意深く経過を追っているところである.なお,この所見にその名を残すOttoHaabは,1850年生まれのスイスの眼科医.1886年に有名なHornerの後をついでZürich大学の眼科学教授になった.1919年まで教授を務め,1931年に没した.文献1)川瀬和秀:早発型発達緑内障.今日の眼疾患治療指針(大路正人,山田昌和,野田徹編).p375-379,医学書院,20072)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:特集:緑内障診療ガイドライン(第2版):早発型発達緑内障.日眼会誌110:788,20063)AllinghamRR:Primarycongenitalglaucomas.Chapter14Childhoodglaucomas:Clinicalpresentation.InShields’textbookofglaucoma,6thed(AllinghamRR,DamjiKF,FreedmanSetal).p218-227,LippincottWilliams&Wilkins,Philadelphia,2011

眼のサルコイドーシス

2016年4月30日 土曜日

特集●眼の先制医療あたらしい眼科33(4):535〜541,2016眼のサルコイドーシスOcularSarcoidosis丸山和一*はじめにぶどう膜炎は大学病院外来診療の2%を占める.そのなかでサルコイドーシスによるぶどう膜炎は比較的多くみられる疾患であり,診断がつけば治療方針や経過を予測することが可能な疾患である.しかし,他の眼疾患と同様,同じ疾患でも個人間では様相が変化し,さまざまな病態が絡み診断が困難である症例が多々ある.サルコイドーシスは原因が未だ究明されておらず,治療法も現在までステロイド投与などの対症療法しか存在していなかった.しかし近年,眼内液・眼内組織解析により直接的に眼内液の病原体DNA,浸潤細胞分画を確認することで,病態の把握を行い診断する方法が確立されてきている.これらの検査法の発達により,サルコイドーシスぶどう膜炎の原因と考えられる候補が浮上してきた.筆者らはその候補病原体に対する免疫反応をもとに診断・治療を試みている.Iサルコイドーシスの病態と分類サルコイドーシスは,眼・心・皮膚・肺など全身の組織または臓器に非乾酪性肉芽腫を作り,多彩な臨床所見を呈する原因不明の疾患である.肺においては胸部両側肺門リンパ節腫脹(bilateralhilarlymphadenopathy:BHL)を呈し,また肺の線維化を誘導し,間質性肺炎を発症することがある.皮膚では特徴的な痛みを伴わないサルコイドーシス皮膚結節を発症する.心臓においては肉芽腫の伝導障害による不整脈や心室中隔に発症する肉芽腫により,心室中隔の菲薄化が起こり,その結果,大動脈弁閉鎖不全による心不全を誘発することがある.サルコイドーシスによるぶどう膜炎は,全身における炎症の活動性や重症度が低くても,重度なぶどう膜炎を呈することがあり,眼科所見よりサルコイドーシスと判明することもしばしばある.実際,ぶどう膜炎を発症するサルコイドーシスは40~60%とされている.サルコイドーシスの発症率は年齢分布において二峰性であり,好発年齢は20~30代(若年者発症)と50~60代(中高齢者発症)であり,男女比では女性にやや多く,とくにぶどう膜炎を発症する中高齢者発症の多くが女性であることが特徴的である.筆者らは眼所見が主体のものに対してはInternationalWorkshoponOcularSarcoidosis(IWOS)基準1)を使用し,眼サルコイドーシスを分類している.網膜血管炎や硝子体混濁は年齢に関係なく認められるが,筆者らは,若年者発症の場合,前眼部の肉芽形成,視神経肉芽腫や網膜後極部を中心とした血管炎を特徴とするが,それに対して中高年齢発症では,前眼部の肉芽形成は少なく,硝子体混濁が主で網膜周辺部の滲出斑や網膜血管炎を呈する(図1)ことを見いだした.このため年齢により,ぶどう膜炎発症の機序が異なることも示唆される.現在,筆者らはサルコイドーシス患者の眼内液(前房水・硝子体液・摘出した網膜前膜)などの解析を行い,病態の把握を試みている.IIぶどう膜炎の診断法ぶどう膜炎で外来受診する約30%が原因不明に分類されることは,大黒らの報告で明らかになっている2).しかし近年,ぶどう膜炎に対する診断技術や薬物療法・手術療法の向上により,それまで原因不明とされていたぶどう膜炎の原因が究明されてきている.近年の注目すべき眼内液診断法として,眼内液multiplexPCR検査3),サイトカイン解析4),硝子体細胞解析5~8),摘出した組織(黄斑前膜)の解析があげられる.これらはぶどう膜炎研究のなかでは画期的な診断法である.MultiplexPCR(polymerasechainreaction)検査は感染性ぶどう膜炎には有用である.臨床所見のみでは診断に苦慮し,対症療法を施行している症例のなかには,本法により診断結果を得ることがあり,適切な治療へ速やかに移行することができる症例も存在する.実際,筆者らは今までに150例ほど前房水の解析を行ってきたが,今回初めて活動性の高いサルコイドーシス患者の前房水からPropionibacteriumacnes(P.acnes)のDNAを高コピー数で検出した(図2).硝子体手術時に施行される硝子体細胞解析(サイトカイン測定を含む)は,硝子体内に存在する細胞群を解析することで,その疾患の大まかな病態を推測できる.とくにサルコイドーシス内眼炎とその他のぶどう膜炎の診断には有用であると報告されている7,8).以前に筆者らは硝子体手術で得られたサンプルをフローサイトメトリーで解析した結果,サルコイドーシス診断のために施行される肺胞洗浄検査(bronchoalveolarlavagefluid:BALF)で得られるのと同様の検査データを得られることを報告した.BALFでは,炎症が存在する局所にてCD4陽性T細胞の分画がCD8陽性T細胞と比較すると明らかに増加し,CD4/CD8比が高値であることが報告されており,その値が3.5より高値であるならサルコイドーシスと診断される.硝子体内でも同様で,サルコイドーシスと診断可能であった患者から採取した硝子体内CD4/CD8比はかなり高値であった(図3)9).他のぶどう膜炎疾患ではこのような特異的な分画が存在せず,サルコイドーシス内眼炎に特異的な値であることが判明した.サルコイドーシス内眼炎ではCD4/CD8比が比較的高値である(つまりCD4陽性率が高い)ことは,サルコイドーシスの病態が反映しているものと考える.サルコイドーシスは全身に非乾酪性肉芽腫を呈する病態である.この肉芽腫形成に,細菌であるP.acnesとCD4陽性T細胞が関与している可能性がある.以前よりサルコイドーシスの発症には何らかの細菌感染(結核菌を含む)が関与していることが示唆されていた.Hommaらが報告したようにP.acnesは,局所のサルコイドーシス病変部位(とくにリンパ節)を採取し,細菌培養したところ,唯一高い確率で分離できた細菌である10).P.acnesは皮膚常在菌のグラム陽性桿菌であり,皮膚科領域では尋常性挫創,眼科領域では眼瞼炎や術後遅発性眼内炎との関連が示唆されている.P.acnesは,サルコイドーシス患者において組織学的に非乾酪性肉芽腫の中に存在していることが,多くの臓器・組織検査にて証明されている.サルコイドーシスの病態に関与する細菌でP.acnesとよく比較されているのがMycobacterium属の細菌(とくに結核菌)である.しかし,以前のInternationalCollaborativeStudyにおいて,結核菌DNAがサルコイドーシス患者では陽性率が約0~9%に対して結核患者のサンプルからは65~100%となっており,サルコイドーシスの病態に結核菌の関与は少ないと考えられている.さらに本国における大規模な研究においても,サルコイドーシス患者の組織サンプル培養において,約80%からP.acnesが分離され,Mycobacterium属の細菌は検出されていない.これらの研究は2度繰り返されており,さらには皮膚などのP.acnesの遺伝型と異なることを示していて,培養中のコンタミネーションは認めていないと報告されており,組織特異的なP.acnesの感染と考えられている.眼科領域では日本肉芽腫性疾患・サルコイドーシス学会にて,東京医科大学眼科学教室の後藤浩教授が硝子体手術時に得られた黄斑前膜より,肉芽腫とその中に存在するP.acnesを免疫染色にて検出しており11),サルコイドーシによるぶどう膜炎においてもP.acnesが関与していることが判明している.IIIP.acnesの同定Negiらは,P.acnesのmembrane-boundlipoteichoricacid(PAB)とribosome-boundtriggerfactorprotein(TIG)抗体で,P.acnesを免疫染色specificantibody(PABantibody)を用いてサルコイドーシス患者の肺組織とリンパ節を染色した12).その結果,PAB抗体による染色では,気管支生検によるサンプルからは48%,リンパ節からは88%と高い確率で染色されたのとは対照的に,結核患者やその他の肺疾患から得られたサンプルの染色ではまったく免疫染色の反応は認められなかった.このことから,PAB抗体はP.acnesに特異的な抗体であることがわかり,今現在もサルコイドーシスによる肉芽腫におけるP.acnesの存在を確認するため用いられている.IV宿主のP.acnesへの免疫反応ここまででサルコイドーシスの発症にP.acnesが強く関与していることは疑う余地はないが,ではなぜ常在菌であるP.acnesに免疫反応が起こるのかは疑問である.以前よりKveimtestがサルコイドーシスの診断に用いられているが,これはサルコイドーシス患者の肉芽腫を潰して加熱し滅菌した懸濁液を,サルコイドーシスを疑う患者の皮内に注射すると約70~80%の人に1週間以内に丘疹が出現し,4~6週間で最大となる反応である.この注射部分を採取し,サルコイドーシスに類似した肉芽腫の形成を認めれば,丘疹の出現がなくともKveim反応陽性と判定できる.これはIV型アレルギーの一種であるため,抗原が肉芽腫の中に存在しなければ本テストのように遅延型過敏反応は起こらない.このことから肉芽腫のなかには抗原であるP.acnesが存在していることが推測される.近年はサルコイドーシス患者の肉芽腫が入手困難となっているため,Kveimtestを施行する頻度が低下している.P.acnes抗原に対する過敏性の反応は誰にでも発生するものではなく,以前からサルコイドーシスではホストの要因が病因よりも重要であることが報告されている.先にも述べたがKveim反応は正常の人間や他疾患に罹患している人には起こらず,サルコイドーシス患者のみにみられる反応である.サルコイドーシス患者の炎症反応には,多くのT細胞(とくにCD4細胞)やマクロファージからのTh1型の炎症性サイトカイン産生が関与している.そのため,サルコイドーシス患者でP.acnes感染がサルコイドーシスの病態に関与しているなら,P.acnesに対するTh1反応が強く認められると考えられる.Ebeらはサルコイドーシス患者のみが免疫反応をしめすPropionibacterium属の抗原を探索し,RP35という蛋白をサルコイドーシス患者から見いだし,RP35がサルコイドーシス患者のPBMC(peripheralbloodmononuclearcell)の増殖を促進させることを報告した13).さらにFurusawaらはP.acnesの生菌を用いてサルコイドーシス患者のPBMCによるIL-2の産生について検討を行った結果,サルコイドーシス患者のPBMCからのIL-2産生が,コントロール群よりも有意に高い値であったことを報告している14).他の研究においても,サルコイドーシス患者より集めた気管支肺胞洗浄液をP.acnesで刺激したところ,IL-2の産生が増加したとの報告もある.実際サルコイドーシス患者の肺胞洗浄液よりP.acnesのDNAが確認されたのは70%にのぼり,コントロールの23%と比較すると有意な差があると考えられる.これらの結果より,やはりサルコイドーシスの病態にはP.acnesが関与していることが示唆される.Th1effector細胞はINF-gを産生し細胞内感染に対する免疫反応を誘導し,逆にTh17細胞はIL-17を産生し細菌感染に対する免疫反応から守る役割をもっている.サルコイドーシス患者では,PBMCからのIL-2の産生が増加しているため,Th17細胞の誘導が抑制されている(IL-2はTh17細胞の誘導を抑制)ことが考えられる.実際,サルコイドーシス患者ではTh17細胞の誘導が抑制されており,細菌感染に対する免疫反応が障害されていることが報告されている14).また,サルコイドーシス患者の肺胞洗浄液より採取したCD4陽性T細胞は,多くはTh1タイプのサイトカインであるIL-2やIFN-g,TNF-aを産生するが,いくつかはTh2サイトカインを産生することも知られている.サルコイドーシスの病態である肉芽腫形成にはこのTh1/Th2バランスが関与するとの報告がある.つまりTh2サイトカインである線維化を誘導するIL-4などが,Th1サイトカインであるIFN-gさらにはTNF-aにより抑制されていることがわかっている.V眼科領域(硝子体)における免疫反応筆者らは,現在までにサルコイドーシス内眼炎の硝子体液をフローサイトメトリーやmultiplexELISA(enzyme-linkedimmunosorbentassay)にて測定した値を報告してきた15).その結果,CD4陽性細胞が多く,種々の炎症性サイトカインがサルコイドーシス内眼炎における硝子体液中で高いことが判明した.そのなかでも硝子体中,血清中ともにコントロールと比較すると高値であったのがケモカインの一種であるIP-10である.IP-10は,以前からサルコイドーシスに罹患した患者血清で上昇することが知られている.働きとしては活性化Th1細胞に関連して,さらなるTh1細胞の遊走を促進する16).このことから,今後の診療でサルコイドーシス内眼炎を疑う場合,硝子体液や血清のIP-10を測定することが診断の補助になる可能性がある.しかし,他のぶどう膜炎でも硝子体内のサイトカイン濃度は上昇するため,さらに疾患を集めサルコイドーシスに特異的なサイトカインを探索する必要がある.残念ながら,現在のところ硝子体液よりバイオマーカーとなるサイトカインは発見されていないが,臨床所見と照らし合わせると.興味深い発見ができた.それは臨床所見と硝子体液中で上昇するサイトカインの種類を照らし合せ,病態におけるサイトカインの種類が,病期に関与する可能性である.ぶどう膜炎では視力予後に黄斑浮腫の有無が重要になる.黄斑浮腫が軽度のものでは,急性期サイトカインであるIL-1ra,IL-4,IL-8,IFNgamma,IP-10,MIP-1beta,RANTEsなどが高値を示すのに対し,黄斑浮腫が高度のものでは(図4),PDGFBB,IL-12,G-CSF,VEGFなど血管透過性亢進するサイトカイン濃度が高い傾向がみられる(図5)15).このことより,網膜血管が破綻する前に手術にて急性期の炎症性サイトカインなどを除去したほうがよいことが考慮される.今回,筆者らはIL-2を測定しておらず,今後,硝子体液においてもIL-2の濃度を測定することが重要であると考える.VI動物実験モデルの検討病態の本質に迫るため,これまで研究者たちは,どのような疾患に対しても,動物実験を用いて病態やその治療法について検討してきた.サルコイドーシスも例外ではなく,現在までに多くの動物実験モデルを試している17).マウスモデルではP.acnesの静脈注射により肝臓の肉芽腫形成を誘導可能であるが肺の病変はみられていない.しかし,ラットやウサギでは静脈注射により肺の病変を誘導できることがわかっている.さらに(熱処理した)P.acnesやRP35の蛋白を用いて免疫をつけたモデルでは肺の肉芽腫をマウスでも観察できることを発見した.元来,正常の肺やリンパ節でもP.acnesがわずかに存在していることが知られている,このためすでにマクロファージ,T細胞などはP.acnesに暴露されておりP.acnesに対する免疫反応が誘導されていると考えられている.そのためP.acnesに感作されたCD4T細胞をnaïveマウスにadoptivetransferすることで,肺に肉芽腫が形成されることが報告されている.つまり常にP.acnesに感作されたT細胞を供給することで,肺に肉芽腫を形成することが可能と考えられる.しかし,未だに眼科領域のモデルはなく,今後種々の実験方法を改良し,ぶどう膜炎を誘導するモデルを作製することが重要であると考える.これらのモデルは治療法の探索にも用いられており,実際にアジスロマイシンやミノサイクリンを投与すると肉芽腫形成が妨げられることが報告されており,モデル動物ができれば治療法の発展に有効であると考える.VII治療法眼科領域では,サルコイドーシス内眼炎の治療にはステロイドを使用している.他の領域でも同様で,約50年にわたり,ステロイドを使用した免疫抑制療法を選択している.しかし,本稿でも述べたようにサルコイドーシスは細菌であるP.acnesの感染による免疫反応であるため,長期間のステロイド投与はさらにP.acnesの感染を増幅させる可能性がある.しかし,潜在的な感染であれば治療することが困難であり,いくら抗菌薬を使用しても炎症が再活性する可能性がある.そこで登場したのがミノサイクリンである.現在ミノサイクリンは尋常性乾癬(ニキビ)の治療に用いられ,有効性があることが報告されている.さらに日本のグループでは,Babaらがミノサイクリンとクラリスロマイシンを併用し,ステロイドで治療困難であった肺病変を改善したと報告している18).眼科領域でもParkらがサルコイドーシス眼瞼炎をミノサイクリンで治療が可能であったと報告しているが19),近年ではTheMarshallprotocolがあり20),これはミノサイクリンにアジスロマイシンまたはクリンダマイシンを使用した治療法であり,約62%のサルコイドーシス患者に有効であったと報告されている.しかし,未だ眼内病変に対する治療は報告されていないため,今後ステロイドにより炎症反応を抑制し,抗菌薬の使用も考慮する必要があるかもしれない.まとめサルコイドーシスによるぶどう膜炎は,種々の検査で診断が可能となってきた.そして近年,サルコイドーシスの発症に関与する可能性のある病原菌が探索された結果,候補となる病原菌を特定することができた.その病原菌がぶどう膜炎をも引き起こす可能性があるため,今後は詳細な検討を行い,サルコイドーシスによるぶどう膜炎の診断・治療に一石を投じたい.文献1)HerbortCP,RaoNA,MochizukiM:Internationalcriteriaforthediagnosisofocularsarcoidosis:resultsofthefirstInternationalWorkshopOnOcularSarcoidosis(IWOS).OculImmunolInflamm17:160-169,20092)OhguroN,SonodaKH,TakeuchiMetal:The2009prospectivemulti-centerepidemiologicsurveyofuveitisinJapan.JpnJOphthalmol56:432-435,20123)SugitaS,OgawaM,ShimizuNetal:Useofacomprehensivepolymerasechainreactionsystemfordiagnosisofocularinfectiousdiseases.Ophthalmology120:1761-1768,20134)NagataK,MaruyamaK,UnoKetal:Simultaneousanalysisofmultiplecytokinesinthevitreousofpatientswithsarcoiduveitis.InvestOphthalmolVisSci53:3827-3833,20125)DavisJL,ChanCC,NussenblattRB:Diagnosticvitrectomyinintermediateuveitis.DevOphthalmol23:120-132,19226)DavisJL,MillerDM,RuizP:Diagnostictestingofvitrectomyspecimens.AmJOphthalmol140:822-829,20057)DavisJL,VicianaAL,RuizP:Diagnosisofintraocularlymphomabyflowcytometry.AmJOphthalmol124:362-372,19978)KojimaK,MaruyamaK,InabaTetal:TheCD4/CD8ratioinvitreousfluidisofhighdiagnosticvalueinsarcoidosis.Ophthalmology119:2386-2392,20129)KojimaK,MaruyamaK,InabaTetal:TheCD4/CD8ratioinvitreousfluidisofhighdiagnosticvalueinsarcoidosis.Ophthalmology119:2386-2392,201210)HommaJY,AbeC,ChosaHetal:Bacteriologicalinvestigationonbiopsyspecimensfrompatientswithsarcoidosis.JpnJExpMed48:251-255,197811)後藤浩,馬詰朗比古,江石義信:眼サルコイドーシスの眼内病変におけるP.acnesの検出.日本サルコイドーシス/肉芽腫性疾患学会雑誌34:50-52,201412)NegiM,TakemuraT,GuzmanJetal:Localizationofpropionibacteriumacnesingranulomassupportsapossibleetiologiclinkbetweensarcoidosisandthebacterium.ModPathol25:1284-1297,201213)EbeY,IkushimaS,YamaguchiTetal:ProliferativeresponseofperipheralbloodmononuclearcellsandlevelsofantibodytorecombinantproteinfromPropionibacteri-umacnesDNAexpressionlibraryinJapanesepatientswithsarcoidosis.SarcoidosisVascDiffuseLungDis17:256-265,200014)FurusawaH,SuzukiY,MiyazakiYetal:Th1andTh17immuneresponsestoviablePropionibacteriumacnesinpatientswithsarcoidosis.RespirInvestig50:104-109,201215)NagataK,MaruyamaK,UnoKetal:Simultaneousanalysisofmultiplecytokinesinthevitreousofpatientswithsarcoiduveitis.InvestophthalmolVisSci53:3827-3833,201216)AgostiniC,CassatellaM,ZambelloRetal:InvolvementoftheIP-10chemokineinsarcoidgranulomatousreactions.JImmunol161:6413-6420,199817)EishiY:EtiologiclinkbetweensarcoidosisandPropionibacteriumacnes.RespirInvestig51:56-68,201318)BabaK,YamaguchiE,MatsuiSetal:Acaseofsarcoidosiswithmultipleendobronchialmasslesionsthatdisappearedwithantibiotics.SarcoidosisVas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Vogt-小柳-原田病および交感性眼炎とHLA

2016年4月30日 土曜日

特集●眼の先制医療あたらしい眼科33(4):529〜533,2016Vogt-小柳-原田病および交感性眼炎とHLAHLAAssociationsinVogt-Koyanagi-HaradaSyndromeandSympatheticOphthalmia河越龍方*水木信久*はじめにVogt-小柳-原田病(Vogt-Koyanagi-Haradadisease:VKH)および交感性眼炎は,自己のメラノサイトに対して免疫反応が起きる疾患であると考えられている.以前よりHLA(humanleukocyteantigencomplex)と疾患の濃厚な関与がわかっている.最近になり,大規模集団を対象とした遺伝子研究も報告されはじめている.本稿では,現在までに遺伝子解析によりわかってきた知見について概説し,最後に先制医療の可能性についても考察する.IHLAとVKH・交感性眼炎1.HLAについてHLAはヒトの主要組織適合遺伝子複合体で,第6染色体短腕上約400万塩基対の領域にコードされる遺伝子群である.この領域は遺伝子密度および遺伝的多型がきわめて高い領域である.HLAは自己と非自己を認識する機能をもち,免疫応答の誘導に深くかかわり,感染症・癌・自己免疫疾患・移植片拒絶反応において中心的な役割をしている.HLAは古典的クラスI(HLA-A,B,C),非古典的クラスI(HLA-E,F,G),およびクラスII(HLA-DR,DQ,DP)などに大別される.HLAは遺伝的多型に富むため,その組み合わせによってさまざまなハプロタイプ(1個の染色体上に存在する連鎖している対立遺伝子のセット)を形成している.減数分裂時のHLA遺伝子領域での組み換え率は低く,通常では両親のハプロタイプはそのまま子に受け継がれる.HLAクラスI分子はほぼすべての細胞に発現し,HLAクラスII分子は樹状細胞,マクロファージ,B細胞といったプロフェッショナル抗原提示細胞に発現する.HLAクラスI分子は内在性抗原ペプチドをCD8陽性キラーT細胞に,HLAクラスII分子は外来性抗原ペプチドをCD4陽性ヘルパーT細胞に抗原提示し免疫応答が起こる.HLA型の同定には既知のHLA抗血清を用いた血清学的方法がとられていたが,1980年代後半から1990年代にかけてDNAタイピングが行われるようになり,さらに最近ではシークエンスも行われるようになり,遺伝子レベルでのより詳細なHLA分類が可能となった.2.VKHとHLAぶどう膜炎に関しては古くよりHLA解析が行われており1),VKHにおいても強い相関をもつことがわかっている2,3).現在ではHLAクラスIIのHLA-DRのうちHLADRB1(HLA-DRの細胞外ドメインはaとbからなり,b1ドメインはDRB1によりコードされる)に疾患感受性があるとわかっている(図1).日本人VKHおよび交感性眼炎を対象としたHLA解析の報告を表にまとめた(表1).新藤らは日本人VKH患者集団を対象とした解析で,VKH63例中全例でHLA-DR4(DRB1*0405が95.2%,DRB1*0410が7.9%)を認めたことを報告した4).また,強い連鎖不平衡のためHLA-DQB1*0401も92.1%で認められた.イスラムらは日本人VKH患者の臨床病型とHLA型との相関を調べている5).VKH患者54例中,遷延化型27例,非遷延化型15例,経過観察が短かったために分類できなかったもの12例を対象とした.全症例中92.5%でHLA-DR4が陽性であった.遷延化型では,27例中全例でHLA-DR4(DRB1*0405が25例,DRB1*0410が2例)陽性であった.非遷延化型では,15例のうち13例でHLA-DR4陽性,2例で陰性であった.HLADR4陽性非遷延化型13例のうちDRB1*0405およびDRB1*0410とも陰性例が4例存在した.DRB1*0405およびDRB1*0410陽性患者では遷延化型になる傾向があった.堀江らは,日本人VKH患者87例を調べ,81.6%でHLA-DR4陽性(DRB1*0405が70.1%,DRB1*0410が11.5%,DRB1*0403が3.4%,DRB1*0406が2.3%)であったと報告している6).雪田らは,日本人VKH患者21例を対象とした調査で,DRB1*0405が90.5%において,DRB1*0410が23.8%において認め,すべての症例においてDRB1*0405またはDRB1*0410のいずれかあるいは両方を有していたと報告した7).表には載せていないが,VKHはおもにモンゴロイドに発症する疾患であり,韓国人,中国人,ヒスパニックなどにおいてもHLA-DR4が疾患と強い相関があると報告されている8).3.交感性眼炎とHLA交感性眼炎は片眼の穿孔性眼外傷あるいは内眼手術後に,両眼性にぶどう膜炎を生じる疾患であり,眼症状以外もVKHと類似の病態をきたす.VKH同様にHLAの関与が大きいことがわかっている9~11).英国人交感性眼炎27例を対象とした調査ではDRB1*0405ではなくDRB1*0404に相関があった(DRB1*0404は患者18.5%に対し健常人3.9%)11).日本人交感性眼炎患者16例を調べた調査では,HLA-DR4が93.3%に認められた(DRB1*0405が81.3%,DRB1*0410が6.3%)12).この結果は遺伝学的にも交感性眼炎とVKHが類似の疾患であることを示している.IIその他疾患感受性遺伝子1999年ヒトの全塩基配列情報が明らかにされて以来,1塩基多型(singlenucleotidepolymorphism:SNP)解析研究が,以前よりも盛んに行われるようになった.SNPはDNA上に数百万カ所存在すると考えられ,ヒト集団内で高頻度に存在するSNPは,疾患関連遺伝子の目的変異位置を特定するためのマーカーとして使用される.大規模な疾患群と健常者群のサンプルを用い,全DNA上のSNPを網羅的に調べ比較検討するゲノムワイド関連解析(genomewideassociationstudy:GWAS)は,2000年代半ばころより爆発的に行われて,数多くの疾患特異的な遺伝的多型が報告されている.VKHは,眼,皮膚,内耳,髄膜といったメラニンを含む組織に発症し色素の脱失を伴うこと,また病理組織像から,自己のメラノサイトを標的とした疾患と考えられている.メラノサイトでは,チロシナーゼの働きによりチロシンからドーパを経て最終的にメラニンが生成される.そこでチロシナーゼ遺伝子ファミリーのSNP検索が行われたが,遺伝子自体には健常人との間に差はみつからなかった6).2014年中国人VKH患者集団を対象として,VKHでは初の大規模GWASの結果が報告された13).IL23RC1orf141,ADO-ZNF365-EGR2,HLA-DRB1/DQA1の3領域が同定された.IL23Rに関しては,リスクSNPを保有することにより,そのmRNA発現が低下することがわかった.日本人集団を対象としたGWAS解析結果はまだ報告されておらず,その解析結果が待たれるところである.IIIその他因子とVKH胸腺でのT細胞の分化において,自己抗原に対しては負の選択が働き,本来は自己の抗原には反応しない状態(免疫寛容状態)が誘導されている.しかしVKHでは,何らかの理由で自己免疫寛容状態が崩れ,自己のメラノサイトに対して免疫応答が生じると考えられる.山木らは,チロシナーゼおよびそのファミリー分子由来のペプチドが,VKH患者末梢血中リンパ球を活性化させることを示した(HLA-DRB1*0405陽性の健常人でもこの反応は示さなかった)14).自己免疫寛容状態が崩れる理由として,何らかの病原体由来抗原と自己抗原が類似することにより,病原体抗原だけでなく自己に対しても交叉反応するという分子擬態の機序が発症にかかわっていることも疑われる.杉田らは,VKH患者には,メラノサイトに発現するチロシナーゼやgp100を,HLA-DRB1*0405を介して認識するCD4陽性T細胞が存在するということを示した15).また,データベーススクリーニングによって,チロシナーゼとCMVのエンベロープ蛋白において,類似性のあるペプチド領域が存在することを示した.両ペプチドともHLA-DRB1*0405拘束性であり,実際にこれら2つのペプチドを同時に抗原として認識するT細胞クローンがVKH患者には存在することも示された.この事実よりVKHとCMVの関係性を調べた結果,VKH患者の前房水・血清・髄液中にはCMVそのものは検出できなかった.しかし,VKHではCMVに対する血清抗体の陽性率が高いことがわかっている(VKHで98%,その他では80%).これらの研究により,交叉反応によりCMVがトリガーとなりVKHが発症する可能性が示された.しかし,HLA-DRB1*0405とCMV感染は通常みられることであり,通常はこのことだけでVKHが発症することはない.他の因子が何なのか,どのようにして交叉反応が引き起こされるかはわかっていない.おわりにHLA-DR4はVKHあるいは交感性眼炎と強い相関を示すが,ほかにも関節リウマチやインスリン依存型糖尿病にも関与していることが知られている.HLA-DR4は日本人集団において珍しいHLA型ではなく,一般的にみられるものである(遺伝子頻度はHLA-DRB1*0405で13.515%,HLA-DRB1*0410で2.117%:HLA研究所)(HLA-DRB1*0405で13.27%,HLADRB1*0410で2.09%:中央骨髄データセンター).最近の中国人VKH患者を対象としたGWASで明らかになったHLA以外のIL23Rなどの疾患感受性遺伝子についても,その変異だけで疾患が発症するものではない.VKHでは,HLA-DR4を保有し,ほかの免疫関連遺伝子に変異が存在し,微生物感染など環境因子に暴露する,これらのリスク因子が重なると発症するという多因子疾患の機序が予測される(図2).VKHや交感性眼炎における先制医療の可能性を考えると,上述のようにDRB1*0405とDRB1*0410は決して稀な型でないため,HLAのジェノタイピングだけでは発症予測や予防といったことはできない.しかし以前の報告では,遷延例においてDRB1*0405とDRB1*0410を保有する割合が高いことがわかっているため,疾患発症後の治療方針には役立つ可能性もある.これから,高速シークエンスの登場により,全ゲノム(あるいは全エキソン)の解読による,より詳細な疾患関連遺伝子探索も行われていくであろう.疾病にかかわる変異の多くが生物学的に比較的最近発生したとも考えられており,GWAS解析では扱われていなかった希少変異(レアバリアント)が,今後高速シークエンスによって明らかになり,これまで考えられなかったような結果がもたらされることも考えられる.今後さらなる遺伝子解析で新たな疾患感受性遺伝子が明らかにされれば,それらを複合したVKH患者個人個人のオーダーメイド医療が実現できる可能性もある.文献1)ScharfY,ZonisS:Histocompatibilityantigens(HLA)anduveitis.SurvOphthalmol24:220-228,19802)TagawaJ,SugiuraS,YakuraHetal:HLAandVogt-Koyanagi-HaradaSyndrome.NEnglJMed295:173,19763)TagawaJ,SugiuraS,YakuraHetal:HLAandVogt-Koyanagi-HaradaSyndrome.JpnJOphthalmol21:22-27,19774)ShindoY,OhnoS,YamamotoTetal:CompleteassociationoftheHLA-DRB1*04and-DQB1*04alleleswithVogt-Koyanagi-Harada’sdisease.HumImmunol39:169-176,19945)イスラムSM,モノワルール,沼賀二郎ほか:フォークト-小柳-原田病の臨床経過とHLA-DR4サブタイプ.日眼会誌98:797-800,19946)HorieY,TakemotoY,MiyazakiAetal:TyrosinasegenefamilyandVogt-Koyanagi-HaradadiseaseinJapanesepatients.MolVis12:1601-1605,20067)雪田昌克,阿部俊明,高橋秀肇ほか:Vogt-小柳-原田病におけるHLA-DRB1*040501検出の頻度.あたらしい眼科27:129-132,20108)ShiT,LvW,ZhangLetal:AssociationofHLA-DR4/HLA-DRB1*04withVogt-Koyanagi-Haradadisease:asystematicreviewandmeta-analysis.SciRep4:6887,20149)OhnoS,IchibayashiY,IchiishiAetal:SympatheticophthalmiaandHLA.HLAinAsia-Oceania,740-742,Hokkai-doUnivercityPress,198610)DavisJL,MittalKK,FreidlinVetal:HLAassociationsandancestryinVogt-Koyanagi-Haradadiseaseandsympatheticophthalmia.Ophthalmology97:1137-1142,199011)KilmartinDJ,WilsonD,LiversidgeJetal:ImmunogeneticsandclinicalphenotypeofsympatheticophthalmiainBritishandIrishpatients.BrJOphthalmol85:281-286,200112)ShindoY,OhnoS,UsuiHetal:Immunogeneticstudyofsympatheticophthalmia.TissueAntigens49:111-115,199713)HouS,DuL,LeiBetal:Genome-wideassociationanalysisofVogt-Koyanagi-Haradasyndromeidentifiestwonewsusceptibilitylociat1p31.2and10q21.3.NatGenet46:1007-1011,201414)YamakiK,GochoK,HayakawaKetal:TyrosinasefamilyproteinsareantigensspecifictoVogt-Koyanagi-Haradadisease.JImmunol165:7323-7329,200015)杉田直:Vogt-小柳-原田病発症機構─メラノサイト自己抗原に対するTリンパ球反応.日眼会誌112:953-964,2008*TatsukataKawagoe&*NobuhisaMizuki:横浜市立大学学術院医学群医学部眼科学〔別刷請求先〕河越龍方:〒236-0004横浜市金沢区福浦3-9横浜市立大学学術院医学群医学部眼科学0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(47)529図1HLAクラスII分子HLAクラスII分子は取り込まれた外来抗原のペプチドを先端部分に収納し,CD4陽性T細胞に提示する.細胞外ドメインはa鎖とb鎖からなる.そのうちb1ドメインはHLA-DRB1によりコードされる.表1日本人Vogt-小柳-原田病(VKH)および交感性眼炎(SO)を対象としたHLA-DR4とサブタイプの頻度VKH著者/発表年HLA-DR4DRB1*0405(上段)DRB1*0410(下段)患者対照患者対照Shindoetal/1994100.0%50.0%95.2%7.9%26.7%0%イスラムら/199492.5%43.0%遷延化型非遷延化型93%7%53%13%28%6%Horieetal/200681.6%28.7%70.1%11.5%28.7%1.6%雪田ら/2010──90.5%23.8%─SOShindoetal/199793.3%42.0%81.3%6.3%26.0%2.0%患者群および対象群内におけるHLA-DR4の保有率と,ジェノタイプ(DRB1*0405とDRB1*0401の割合)を示す.530あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016(48)(49)あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016531図2VKH発症メカニズム(推測)1つの遺伝子により発症するわけではなく,多因子性に発症すると予測される.532あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016(50)(51)あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016533

強度近視の先制医療

2016年4月30日 土曜日

特集●眼の先制医療あたらしい眼科33(4):521〜527,2016強度近視の先制医療PrecisionMedicineinPathologicMyopia長岡奈都子*諸星計*大野京子*はじめに病的近視はわが国の主要な失明原因であり,平成17年度厚労省網膜脈絡膜・視神経萎縮症調査研究班報告書では,視覚障害認定(等級6級以上)の原因疾患として緑内障・糖尿病網膜症・網膜色素変性症・黄斑変性症についで5番目の原因であった.また,失明原因(視覚障害等級1級)では緑内障・糖尿病網膜症・網膜色素変性についで4位であった1).病的近視による視覚障害は,眼軸延長や後部強膜ぶどう腫形成に伴って眼底後極部に生じてくるさまざまな近視性眼底病変に起因する.本稿では強度近視に伴う合併症のリスクおよびその対処法を述べるとともに,近年における近視の予防療法や原因遺伝子の探索も紹介する.I強度近視および病的近視の定義強度近視および病的近視の定義は国際的にはいまだ確立されておらず,わが国ではおもに以下の項目が用いられる.眼軸長による定義の場合,カットオフ値は26mm以上からさまざまであるが,久山町研究によると正視眼(屈折度±0.5D以内)の眼軸長は23.3mmであり,正視眼の標準偏差より3倍以上長い眼軸長は26.8mmである.また,屈折度のカットオフ値も−6D,−8Dとさまざまであるが,所らの厚生省(現厚生労働省)網脈絡膜萎縮症調査研究班によると病的近視は「正視眼の眼軸長より標準偏差の3倍以上長い眼」と定義されており,それを屈折度に換算した−8Dが用いられることが多い2).その他,とくに病的近視に関しては,眼軸長・屈折度に加え眼底変化,定義,眼球形状との組み合わせによる定義が検討されている.筆者らは3D-MRIを用いて多数の強度近視眼の眼球形状を解析した結果,病的近視の眼球はおもに樽型,紡錘型,鼻側偏位型,耳側偏位型に分類できることを報告した3).近年ではOCTの進歩に伴ってより広範囲の撮影が可能となり,後部強膜ぶどう腫の判定や眼球形状解析への応用が期待されている.現時点では小児への適応も考慮し,年齢層に分けた眼軸長のカットオフ値および副次的な値として屈折度のカットオフ値の設定が望ましいと考えられる.II病的近視の病因・病態病的近視の病態の主体は眼軸延長と後部強膜ぶどう腫にあり,さまざまな近視性黄斑部病変や近視性視神経症が生じる原因となる.病的近視の眼球は前後方向の伸展だけではなく,眼底後極部の一部が後方に突出して後部ぶどう腫を形成することによりいびつに変形する.後部ぶどう腫は「眼球後部にみられる異なる曲率をもった突出」とSpaideにより定義されている眼球の形態異常である4)(図1).後部ぶどう腫は40歳頃から顕在化し,とくに視神経乳頭耳側に隆起(ridge)が形成されると,乳頭および黄斑部への機械的伸展が生じて視神経障害や黄斑部の牽引性変化が増強する.すなわち加齢に伴う後部強膜の形状変化により,視神経および黄斑部の病的変化が惹起されると考えられる.先述した3D-MRIを用いて強度近視眼の眼球構造を調べると,眼球全体が樽のように長くなり角膜周辺部,眼球赤道部,後極部のすべてが伸展しているものから,ほぼ正視眼に近い球形の眼球に明瞭な境界を有するぶどう腫が付随するものまで,その形状にはさまざまなバリエーションがある.これまで後部ぶどう腫の分類にはCurtinによる10のタイプが用いられ,I~Vの基本タイプと,複数のぶどう腫が混在する複合型であるVI~Xのタイプとに分類されてきた5).近年,筆者らは3D-MRIと広角眼底撮影を用いた解析をもとに新たなぶどう腫の分類(広域で黄斑を含む後部ぶどう腫,狭域で黄斑を含む後部ぶどう腫,視神経乳頭周囲後部ぶどう腫,鼻側後部ぶどう腫,下方ぶどう腫,その他)を提唱している6).III近視性脈絡膜新生血管近視性脈絡膜新生血管(myopicchoroidalneovascularization:mCNV)は,強度近視患者の視力障害の原因としてもっとも重要である.筆者らの施設で強度近視患者を3年以上経過観察したところ,約10%に新たなmCNVの発症がみられ,また片眼発症例の1/3は約半年を経て僚眼にもCNVの発症が認められた7).現在行われているmCNVのおもな治療法は抗VEGF(vascularendothelialgrowthfactor)療法であり,ラニビズマブ(ルセンティス®)もしくはアフリベルセプト(アイリーア®)が用いられる.一般に短期の治療成績は良好であるが,長期経過では中心窩下のCNVの場合,線維性瘢痕組織として残存し,CNV周囲の黄斑部萎縮が拡大するため視力予後は徐々に低下する(図2).現在のところ黄斑部萎縮の発症および拡大を予防する手段はなく,mCNVにおける先制医療の次なる目標として今後の研究に期待される.IV近視性牽引黄斑症近視性牽引黄斑症(myopictractionmaculopathy:MTM)は,強度近視眼にみられる牽引に伴った黄斑部網膜の障害を示す総称であり,眼軸延長に伴う網膜の機械的な伸展と硝子体による網膜の牽引により生じると考えられている8).筆者らの施設では網膜分離の有無と範囲,また黄斑前膜,硝子体黄斑牽引,黄斑部網膜剝離,黄斑内層分層円孔といった合併症の有無に基づいてMTMを分類している9).黄斑部網膜剝離や全層黄斑円孔,黄斑円孔網膜剝離といったより重篤な合併病変への進行予防やその治療のために,MTMに対する硝子体手術が広く施行されている(図3).MTMの初期や,すでに近視性眼底病変により変視症や視力低下をきたしている症例では自覚症状を伴わない場合が多く,適切な手術時期を逃さないためにも強度近視眼では定期的にOCTを施行しておくことが望ましい.V近視性視神経症(または近視緑内障)強度近視眼ではしばしば眼底病変では説明できない視野欠損が認められる.また,視神経乳頭はさまざまな形状を呈し,巨大乳頭や小乳頭,傾斜乳頭のほかに顕著な眼球形状変化に伴い視神経乳頭自体の観察が検眼的に困難な症例も散見される(図4).強度近視眼での視神経は乳頭および周囲の形状変化により機械的障害をきたしていると考えられるため,緑内障性障害の診断が困難である症例も多く,近視性視神経症(または近視緑内障)という疾患概念が提唱されている.筆者らの施設で強度近視患者を5年以上経過観察したところ,全体の13.2%に新たな視野欠損が出現し,経過観察中に74%に有意な視野欠損の進行がみられた10).また,強度近視眼の視神経乳頭をBeijingEyeStudyの基準をもとに巨大乳頭,正常乳頭,小乳頭に分類し検討したところ,視神経乳頭面積が3.8mm2以上の巨大乳頭の症例では緑内障の頻度が高く,巨大乳頭の症例は正常もしくは小乳頭の症例と比較して緑内障性視神経症のリスクが3.2倍高いという結果であった11,12).近視性視神経症(または近視緑内障)では初期より黄斑線維束が障害される症例も比較的多いとされており,早期の発見が進行予防のために必要である.現在では緑内障に準じた眼圧下降や眼循環改善の治療が行われているが,一部の症例では治療しても徐々に視野欠損が拡大し,確立した治療法はない.VI近視発症における環境因子と遺伝的要因これまでに病的近視の病態や合併症について述べたが,先制医療の目標とすべきところは病的近視の発症そのものの解明および予防の手段と考える.一般に近視の発症には環境因子と遺伝的要因が関連することは広く知られている.まず環境因子に関する検討であるが,小児の近視進行に関するコホート研究として代表的なものにOrindaLongitudinalStudyofMyopia(OLSM),SingaporeCohortStudyoftheRiskFactorsforMyopia,SydneyMyopiaStudyなどがある13~16).これまでに近業や学歴の高さ,戸外活動の少なさが近視発症や進行に関連していると報告された.近業が近視化を促進する機序には調節が関与していると考えられてきたが,さらに近年では視軸中央ではなく周辺部の屈折が近視化に関与している可能性が示唆されている.Hungらはサルの実験近視モデルを用いて,周辺部の遠視が眼軸延長のボケシグナルとして働くことを示した17).Chenらは視軸中央と周辺の屈折度を測定した結果,近視眼では正視眼と比べ周辺部がより遠視側にシフトしていることを示した18).そこで近年では近視進行に関して,調節ラグ理論のほかに軸外収差理論が提唱されている.また,近視に抑制的に働くと示された屋外活動は近業の軽減に関与すると考えられるが,Wangらはモルモットを白色光,緑色光,青緑色光下で飼育した結果,緑色光の群では松果体で産生されるメラトニン産生が抑制され近視化傾向があったと報告し,波長の違いとの関連性を示唆した19).日光,波長が近視化と関連していることを示唆する研究でありさらなる解析を要する.ついで遺伝的要因に関して,福下は多数の強度近視患者の臨床遺伝様式を解析し,常染色体優性遺伝と劣性遺伝とがあり,遺伝形式による臨床像の違いについて報告した20).常染色体優性遺伝では矯正視力と眼軸長の相関が強く,後極部眼底変化は若年者で比較的軽く加齢に伴い網脈絡膜萎縮病変が進行していく傾向があった.また,劣性遺伝では発症年齢が低く,矯正視力と屈折度や眼軸長との相関はみられず,早期から眼軸延長と高度の眼底変化がみられた.SydneyMyopiaStudyでは両親の少なくとも片方が近視である子供もしくは両方が近視である子供は,そうでない子供に比べそれぞれ2倍もしくは8倍近視になると報告している.そのほかにも両親の近視の有無と子供の近視発症の相関を示す数多くの報告がある.VII近視の遺伝子解析そこで近視の遺伝子解析が行われるようになり,近年解析技術の進歩から格段に進んできた.近視発症関連遺伝子座の報告はまず連鎖解析で行われ,MYP1~MYP19という遺伝子座位が報告された.MYP2領域に存在する強膜構成要素のラミニンのサブユニットをコードするalphasubunitoflaminin(LAMA),実験近視関連遺伝子TGF-bの誘導にかかわるTGIFやMYP3領域に存在し強膜のプロテオグリカン成分となるLUM,またMYP5領域には細胞外基質コラーゲンをコードするCOL1A1などの候補遺伝子に対し研究が進められた.しかし,ヒトゲノム計画が2003年に完了し,眼科領域でもゲノムワイド関連解析(genome-wideassociationstudies:GWAS)を用いた感受性遺伝子の研究が行われるようになった.近年ヨーロッパおよびアジアでそれぞれ大規模なコホートを用いたGWASが行われてきた21~27).Soloukiらは15q14の遺伝子上に近視に関連するSNPの存在を報告した.網膜に発現しているGJD2はギャップ結合の構成蛋白であるconnexin36蛋白をコードする遺伝子である.また,Hysiらは15q25遺伝子上に屈折異常と相関する領域を報告した.同領域には神経細胞や網膜に高度に発現しているRASGRIF1の転写開始領域が存在している.Liらの解析では5q15の染色体上に位置するCTNND2遺伝子上の2つのSNPがアジア人の強度近視と強い相関を示した.これは網膜形成,接着分子の制御による網膜のintegrityの維持に関与する.Soloukiらの解析で示唆された15q14領域の関与は日本人の研究者らにおいても関与が証明されている28).また,MiyakeらによりWNT7Bが病的近視の発症に関与していることが報告された29).今後の研究の進展により病的近視および重篤な視力障害の原因となる近視性黄斑症や視神経症などの合併症発症にかかわる遺伝子の同定,それに伴う病的近視の発症機序の解明および予防的治療手段の開発が望まれる.VIII近視の予防以上から,近視の発症および進行には環境因子と遺伝的要因の両方が重要であることは確かである.学童近視と病的近視が同じ延長線上にあるのかは現在意見の分かれるところであるが,まずは一般的な近視の進行予防アプローチについて述べる.先述のごとく,これまでの疫学研究では環境要因として都市の住人であること,近業時間が長いことがあげられており,また近視化しにくい要因としてスポーツなどの屋外活動が多いことが明らかにされている.したがって,近視の予防には環境因子の改善すなわち長時間の近業を避けること,戸外での活動を増やすことのほか,ストレスの除去や適切な照明などが望ましいと提唱されてきた.次に光学的治療法であるが,おもに眼鏡やコンタクトレンズが用いられる.進行予防のために低矯正がよいか完全矯正がよいかは古くから議論の分かれるところであり,現在もエビデンスは確立していない.また近年,実験近視動物モデルでは,中心窩における網膜後方へのデフォーカス(調節ラグ)および周辺部におけるデフォーカス(軸外収差)により,眼軸の延長が促進されることが示された30).そこで,近視進行防止の眼鏡として調節ラグを軽減する目的の小児用累進多焦点眼鏡が開発され,続いて軸外収差を抑制する眼鏡がCarlZeiss社で開発された(MyoVisionTM).通常の眼鏡やコンタクトレンズでは網膜周辺部で遠視性のボケが生じていると考えられ,軸外収差抑制眼鏡では全方向に累進加入をすることにより周辺部にも焦点があうように設計されている.また,眼鏡だけではなく,オルソケラトロジーや遠近両用ソフトコンタクトレンズも近視進行抑制療法として施行されている.また,薬物療法では,これまでに1%アトロピン点眼,2%ピレンゼピン眼軟膏(ゲル化剤)の効果が検討されてきた.2016年にHuangらが近視抑制におけるrandomizedcontrolledtrials(RCT)(治療期間1年以上)の結果を用いてネットワークメタ解析を行い,16の介入研究の有効性について報告した31).その結果,アトロピン点眼(高濃度>低濃度),ピレンゼピン眼軟膏,オルソケラトロジー,治療用ソフトコンタクトレンズ(周辺部デフォーカス型),累進眼鏡の順に,屈折度および眼軸長において統計学的に有意な近視抑制効果を示した.RGPCL(rigidgas-permeablecontactlens)や従来型ソフトコンタクトレンズ,チモロール点眼,低矯正単焦点眼鏡は小児の近視進行抑制効果が得られなかった.ただし臨床で治療を導入するには,アトロピン点眼(1%)にみられる副作用やオルソケラトロジーなどにおける費用や手段の煩雑さ,そして眼鏡装用では効果が限定的であるなど,解決しなければいけない点が残されている.現在のところ副作用の軽減された低濃度アトロピン点眼(0.01%),ピレンゼピン眼軟膏,治療用ソフトコンタクトレンズ(周辺部デフォーカス型)が施行しやすい有効な手段と報告されており,また近視進行抑制効果はやや弱いが安全面では累進眼鏡の選択が考慮される.以上にあげたような学童近視を抑制する治療の発展が期待される反面,それが将来の病的近視の発生抑制につながるのかはいまだ明らかにはされていない.筆者らは初診時15歳以下の強度近視患者で20年以上の長期経過観察が可能であった症例を対象に,最終受診時の近視性黄斑症の性状から非病的近視群と病的近視群に分類し,若年期の病的近視眼の特徴を検討した.病的近視群では若年期より乳頭周囲の軽微なびまん性萎縮や,peripapillaryatrophy(PPA)gammazoneの形成がみられており,成人後に近視性黄斑症の進行を示唆する所見として重要であると考えられた.すなわち学童近視の延長と病的近視の発症には遺伝要因を含め異なる背景がある可能性が示唆された.そこで,別のアプローチからの近視進行予防治療も期待されている.前述したように近視の本態は眼軸延長や後部ぶどう腫などの眼球形状変化であり,近視の進行には強膜の変化が大きく関与している.後部ぶどう腫では強膜は菲薄化しており,電子顕微鏡的にコラーゲン線維は直径が細くまばらとなって線維束の間が拡大し,また強膜内の弾性線維の減少もみられる.強膜の硬度を促進し変化を抑制することができれば近視の進行の抑制にもつながると考えられ,ここに焦点をあてた研究が近年注目を集めている.近年,円錐角膜などの角膜の形状変化に対する治療として角膜クロスリンキングという治療が行われている32).角膜クロスリンキングとはコラーゲン線維同士の架橋を紫外線照射により促進させるというものであり,結果的に角膜の硬度が増加し,形状変化に対して抑制的な効果を与える.同様の手法を用いて強膜にクロスリンキングを誘導する研究がなされている.Wollensakらは,ヒト摘出眼球および豚眼の強膜を用いて紫外線照射によるクロスリンキング導入で硬度増加を得たと報告し,また長期的な効果については同グループがウサギ強膜に対するクロスリンキング導入後の効果を報告しており,5倍以上の硬度増加が8カ月後も得られたと報告している33,34).今後は実際に実験近視動物モデルを用いた強膜クロスリンキングによる近視進行抑制効果の研究が期待される.おわりに病的近視の病態や,近視性黄斑症や視神経症など重篤な視力障害を生じる合併症の診断および治療は年々進歩している.しかしながらいまだに病的近視の発症に関与する確実な遺伝子レベルの解明や,病的近視そのものの発症および進行予防の治療方法に至っていないのが現状である.今後ともさらなる病的近視の解明と発症および進行予防の治療の発展が期待される.文献1)中江公裕,増田寛次郎,妹尾正ほか:わが国における視覚障害の現状.厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業,網膜脈絡膜・視神経萎縮症に関する研究,平成17年度総括・分担研究報告書,主任研究者:石橋達朗,平成18年3月2)所敬,丸尾敏夫,金井淳ほか:特定疾患網膜脈絡膜萎縮症調査研究班報告書.病的近視の手引き,19873)MoriyamaM,Ohno-MatsuiK,HayashiKetal:Topographicanalysesofshapeofeyeswithpathologicmyopiabyhigh-resolutionthree-dimensionalmagneticresonanceimaging.Ophthalmology118:1626-1637,20114)SpaideRF:Staphyloma:Part1.In(SpaideRF,Ohno-MatsuiK,YannuzziLA,ed),PathologicMyopia.p167-176,Springer,NewYork,20135)CurtinBJ:Theposteriorstaphylomaofpathologicmyopia.TransAmOphthalmolSoc75:67-86,19776)Ohno-MatsuiK:Proposedclassificationofposteriorstaphylomasbasedonanalysesofeyeshapebythreedimensionalmagneticresonanceimagingandwide-fieldfundusimaging.Ophthalmology121:1798-1809,20147)Ohno-MatsuiK,YoshidaT,FutagamiSetal:Patchyatrophyandlacquercrackspredisposetothedevelopmentofchoroidalneovascularisationinpathologicalmyopia.BrJOphthalmol87:570-573,20038)PanozzoG,MercantiA:Opticalcoherencetomographyfindingsinmyopictractionmaculopathy.ArchOphthalmol122:1455-1460,20049)島田典明:近視─基礎と臨床─(所敬,大野京子編集)p140-146,金原出版,201210)Ohno-MatsuiK,ShimadaN,YasuzumiKetal:Longtermdevelopmentofsignificantvisualfielddefectsinhighlymyopiceyes.AmJOphthalmol152:256-265,201111)XuL,WangY,WangSetal:HighmyopiaandglaucomasusceptibilitytheBeijingEyeStudy.Ophthalmology114:216–220,200712)NagaokaN,JonasJB,MorohoshiKetal:Glaucomatoustypeopticdiscsinhighmyopia.PLoSOne1:10,201513)MuttiDO,MitchellGL,MoeschbergerMLetal:Parentalmyopia,nearwork,schoolachievement,andchildren’srefractiveerror.InvestOphthalmolVisSci43:3633-3640,200214)JonesLA,SinnottLT,MuttiDOetal:Parentalhistoryofmyopia,sportsandoutdooractivities,andfuturemyopia.InvestOphthalmolVisSci48:3524-3532,200715)SawSM,ShankarA,TanSBetal:AcohortstudyofincidentmyopiainSingaporeanchildren.InvestOphthalmolVisSci47:1839-1844,200616)IpJM,SawSM,RoseKAetal:Roleofnearworkinmyopia:findingsinasampleofAustralianschoolchildren.InvestOphthalmolVisSci49:2903-2910,200817)HungLF,RamamirthamR,HuangJetal:Peripheralrefractioninnormalinfantrhesusmonkeys.InvestOphthalmolVisSci49:3747-3757,200818)ChenX,SankaridurgP,DonovanLetal:Characteristicsofperipheralrefractiveerrorsofmyopicandnon-myopicChineseeyes.VisionRes50:31-35,201019)WangF,ZhouJ,LuYetal:Effectsof530nmgreenlightonrefractivestatus,melatonin,MT1receptor,andmelanopsinintheguineapig.CurrEyeRes36:103-111,201120)福下公子:強度近視眼の臨床遺伝学的研究.日眼会誌86:239-254,198221)SoloukiAM,VerhoevenVJ,vanDuijnCMetal:Agenome-wideassociationstudyidentifiesasusceptibilitylocusforrefractiveerrorsandmyopiaat15q14.NatGenet42:897–901,201022)HysiPG,YoungTL,MackeyDAetal:Agenome-wideassociationstudyformyopiaandrefractiveerroridentif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ドライアイの先制医療

2016年4月30日 土曜日

特集●眼の先制医療あたらしい眼科33(4):517〜519,2016ドライアイの先制医療PreemptiveMedicineforDryEyeDisease川島素子*坪田一男*Iドライアイとはドライアイは,涙液および眼表面の複合的な病態であり,眼の不快感や視力低下感を生じ,著しくQOV(qualityoflife)を低下させる罹患率の高い疾患である.とくに最近では,涙液層破壊時間(tearfilmbreakuptime:BUT)短縮型ドライアイといって,角膜上皮表面の水濡れ性,あるいは涙液層の安定性が悪いために角膜上の涙液が容易に破綻し,角結膜上皮障害が認められなくても,視機能の低下や眼不快感などの自覚症状が強いタイプのドライアイが多いことがわかってきた.その背景は複雑であるが,VDT(visualdisplayterminals)やコンタクトレンズ装用がリスクファクターとして有名である.加齢も重要なリスクファクターの一つであり,高齢化社会の進行や,スマートフォンの普及に代表されるような全世代でのIT化をはじめとした生活習慣の変化などとあいまって,ドライアイ患者がさらに増加していくことが懸念されている.ドライアイの治療の基本は点眼である.新規メカニズムのドライアイ治療薬であるジクアス®とムコスタ®点眼薬の登場を契機として,涙液不安定性の原因を層別に診断したうえで,それらの異常に適した点眼・環境因子の改善を含めた適切な治療を選択し,涙液層の安定性を高め,より効果的な治療を行うという概念が広まっている(tearfilmorientedtherapy:TFOT).さらに,ドライアイを加齢的な変化と捉える観点からは,層ごとの治療ではなく,一括して介入するアンチエイジングアプローチも今後有効な選択肢の一つになってくると期待される.II先制医療としてのアンチエイジングアプローチの可能性筆者らが行ったドライアイの横断研究において,メタボリックシンドローム群では,同年代での非メタボリックシンドローム群と比較して,有意に涙液分泌量が低いこと,運動習慣の少ないほどドライアイが多い,睡眠障害がある方がドライアイが多い,うつ症状がある方がドライアイの自覚症状が強いなどの結果が得られている1,2).これらの知見からも,メタボリックシンドロームやホルモン分泌の影響なども把握し,ライフスタイルに対する積極的な介入など,包括的なアンチエイジングアプローチが期待される(図1).アンチエイジングの研究において,多くの加齢に伴う疾患の背景に「酸化ストレス」の関与があることが認識されている.ドライアイにおいても,SOD1ノックアウトマウスやMev1変異マウスなど複数のドライアイマウスモデルの結果や臨床研究結果により,酸化ストレスが発症および病態形成に大きくかかわっていることが強く支持されている3,4).臨床的にも,ドライアイ患者の涙液中の活性酸素は増大しており,一部のドライアイ患者では涙液中の酸化ストレス制御蛋白の一つであるセレノプロテインP濃度やラクトフェリン濃度が低いことや,Sjögren症候群で眼表面の酸化ストレスマーカーの発現が亢進していることも報告されている.これらより,アンチエイジングアプローチとして,酸化ストレスに対する防御機構として生体内の抗酸化システムをあげる,もしくは防御作用がある抗酸化物質を体外から摂取することにより,この防御システムをできるだけ有効に維持し,ドライアイを治療(予防)することが期待できる.すでに現在普及している治療のなかにも,実は抗酸化剤としての働きが関与しているものが複数ある.たとえば,重症ドライアイの治療に用いられる自己血清点眼の有効成分中にセレノプロテインPという抗酸化物質が存在していることや,ヒアルロン酸点眼液中のヒアルロン酸に抗酸化作用があることが報告されている.また,レバミピドがマウスのUVB(UltravioletB)誘発角膜損傷に対して,ヒドロキシラジカル捕捉効果も示したことから,抗酸化作用がムコスタ®点眼薬の奏効機序のひとつと考えられている.また,抗酸化関連物は経口的に摂取可能なものもあり,複合抗酸化サプリメント,機能性食品として利用することができる.現在,各種抗酸化物質,機能性食品の探索研究が積極的に行われており,ドライアイの眼所見改善や自覚症状の改善などのポジティブな介入結果を集めつつあり,国内でもドライアイ用に開発された複合サプリメント(オプティエイドDE,わかもと製薬)が販売開始されている5).III先制医療としてのドライアイのバイオマーカーの探索ドライアイの適切な治療方針を決めるためには,病気の重症度の目印になる臨床的に使用できる「バイオマーカー」が求められている.ドライアイのバイオマーカーの探索に関しては,最近の微量検体の測定技術の革新的進展に伴い,急速に報告が増えてきている状況にある.簡易に低侵襲で測定可能な検査として開発されたものに,涙液浸透圧測定(tearosmolarity)があげられる.ドライアイの重症度と涙液浸透圧が相関するという既報はあるものの6,7),相関しないとの報告も多く,現在では,涙液浸透圧単一の検査でドライアイの有無および重症度を把握することには無理があると考えられている.また,国内未承認であるが海外で販売されているドライアイ検査キットとしては,炎症マーカーのひとつであるMMP-9の検出キット(INFLAMMADRY®,RPS,Sarasota,FL)8,9)やSjögren診断キット(Sjö®,ボシュロム社)10)があげられる.INFLAMMADRY®は,ドライアイでMMP-9が上昇するという報告をもとに開発されており,とくにレーシック(LASIK)術前の無症候ドライアイの検出に有用であると主張している.Sjögren症候群の確定診断は,現時点では侵襲的なものを含む多くの試験の結果を総合して判断するため,確定診断までに複数年を要し,しばしば困難である.この現状に対しsalivaryglandprotein-1,parotidsecretoryprotein,carbonicanhydraseVIが他疾患と鑑別できうるSjögren症候群のマーカーとしてキット化され,早期診断が期待できるようになっている.このように,簡易に測定できるキットが複数開発されてきている状況にあり,その臨床的価値の検討を含め,今後のさらなる臨床応用が期待される.その他,研究報告としては,涙液中および眼表面の脂質酸化マーカー(4-HNE,MDA)がドライアイの重症度をみるのに有用であるという報告11)や,iTRAQという手法でバイオマーカーを探索した報告12)などがある.ほかにも,Lacrimalprolinerich4(LPRR4)proteinがすべてのタイプのドライアイで減少することや疾患重症度と関連すること13),涙液中のmalatedehydrogenase2活性がマイルドなドライアイの角膜障害で上昇すること14),涙液中のラクトフェリン減少が閉経後女性のドライアイのマーカーとして可能性があること15),涙液中および眼表面のCXCL11やCCL5などの炎症関連マーカーがドライアイの臨床パラメータと相関すること16,17),結膜上皮のムチンの発現(MUC1)減少がドライアイと関連すること18),涙液中のセロトニン濃度が自覚症状のある涙液減少型のドライアイで上昇すること19)などがドライアイのマーカーの可能性として多数あげられており,今後の研究の発展が非常に期待される.文献1)KawashimaM,UchinoMYN,UchinoYetal:Decreasedtearvolumeinpatientswithmetabolicsyndrome:theOsakastudy.BJOphthalmol98:418-420,20132)KawashimaM,UchinoM,YokoiNetal:Theassociationbetweendryeyediseaseandphysicalactivityaswellassedentarybehavior:ResultsfromtheOsakaStudy.JOphthalmol2014:943786,20143)UchinoY,KawakitaT,MiyazawaMetal:Oxidativestressinducedinflammationinitiatesfunctionaldeclineoftearproduction.PloSOne7:e45805,20124)KojimaT,WakamatsuTH,DogruMetal:Age-relateddysfunctionofthelacrimalglandandoxidativestress:EvidencefromtheCu,Zn-superoxidedismutase-1(Sod1)knockoutmice.AmJPathol180:1879-1896,20125)KawashimaM,NakamuraS,IzutaYetal:Dietarysupplementationwithacombinationoflactoferrin,fishoil,andenterococcusfaeciumWB2000fortreatingdryeye:Aratmodelandhumanclinicalstudy.TheOcularSurface,Epubaheadofprint,20166)SuzukiM,MassingaleML,YeFetal:Tearosmolarityasabiomarkerfordryeyediseaseseverity.InvestOphthalmolVisSci51:4557-4561,20107)NaKS,YooYS,HwangKYetal:Tearosmolarityandocularsurfaceparametersasdiagnosticmarkersofoculargraft-versus-hostdisease.AmJOphthalmol160:143-149,e141,20158)SamburskyR,DavittWF3rd,LatkanyRetal:Sensitivityandspecificityofapoint-of-carematrixmetalloproteinase9immunoassayfordiagnosinginflammationrelatedtodryeye.JAMAOphthalmol131:24-28,20139)SamburskyR,DavittWF3rd,FriedbergMetal:Prospective,multicenter,clinicalevaluationofpoint-of-carematrixmetalloproteinase-9testforconfirmingdryeyedisease.Cornea33:812-818,201410)BeckmanKA,LuchsJ,MilnerMS:MakingthediagnosisofSjögren’ssyndromeinpatientswithdryeye.ClinOphthalmol10:43-53,201611)ChoiW,LianC,YingLetal:Expressionoflipidperoxidationmarkersinthetearfilmandocularsurfaceofpatientswithnon-Sjögrensyndrome:Potentialbiomarkersfordryeyedisease.CurrEyeRes5:1-7,201612)ZhouL,BeuermanRW,ChanCMetal:IdentificationoftearfluidbiomarkersindryeyesyndromeusingiTRAQquantitativeproteomics.JProteomeRes8:4889-4905,200913)AluruSV,AgarwalS,SrinivasanBetal:Lacrimalprolinerich4(LPRR4)proteininthetearfluidisapotentialbiomarkerofdryeyesyndrome.PloSOne7:e51979,201214)GuoQ,HuangH,PiYetal:Evaluationoftearmalatedehydrogenase2inmilddryeyedisease.EyeSci29:204-208,201415)CarebaI,ChivaA,TotirMetal:Tearlipocalin,lysozymeandlactoferrinconcentrationsinpostmenopausalwomen.JMedLife8SpecIssue:94-98,201516)YoonKC,ParkCS,YouICetal:ExpressionofCXCL9,-10,-11,andCXCR3inthetearfilmandocularsurfaceofpatientswithdryeyesyndrome.InvestOphthalmolVisSci51:643-650,201017)ChoiW,LiZ,OhHJetal:ExpressionofCCR5anditsligandsCCL3,-4,and-5inthetearfilmandocularsurfaceofpatientswithdryeyedisease.CurrEyeRes37:12-17,201218)CorralesRM,NarayananS,FernandezIetal:Ocularmucingeneexpressionlevelsasbiomarkersforthediagnosisofdryeyesyndrome.InvestOphthalmolVisSci52:8363-8369,201119)ChhadvaP,LeeT,SarantopoulosCDetal:Humantearserotoninlevelscorrelatewithsymptomsandsignsofdryeye.Ophthalmology122:1675-1680,2015*MotokoKawashima&*KazuoTsubota:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕川島素子:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(35)517図1ドライアイとアンチエイジングアプローチ518あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016(36)(37)あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016519

Fuchs角膜内皮ジストロフィ治療の未来像

2016年4月30日 土曜日

特集●眼の先制医療あたらしい眼科33(4):511〜516,2016Fuchs角膜内皮ジストロフィ治療の未来像FuturePerspectiveonTreatmentofFuchsEndothelialCornealDystrophy奥村直毅*はじめにFuchs角膜内皮ジストロフィは,欧米においては40歳以上の約5%が罹患するとされるもっとも頻度の高い遺伝性角膜疾患である.わが国では欧米と比較するとまれな疾患であるが,欧米では罹患率の高さに対応して,角膜移植の原因第1位である.EyebankAssociationofAmerica(EBAA)によると,2014年に全米のアイバンクが提供した角膜グラフト69,833個のうち,角膜内皮疾患に対するものが28,064個であり,そのうちFuchs角膜内皮ジストロフィに対して用いられたものは15,013個であった(表1)1).角膜移植が必要となるような重篤な視力障害の大きなウエイトを占めており,先制医療により角膜移植を回避できるようになれば大きな社会的意義がある.本稿ではFuchs角膜内皮ジストロフィに対して,先制医療を行うことが将来的に可能であるのかということについて,個人的見解を交えて述べる.IFuchs角膜内皮ジストロフィとはFuchs角膜内皮ジストロフィは,1910年にErnstFuchsにより報告された両眼性かつ進行性の角膜内皮疾患である.早期ではguttaeとよばれるDescemet膜から前房側に突出して形成される細かな疣が細隙灯顕微鏡やスペキュラーマイクロスコープにより観察される.進行してくるとguttaeがより著明に観察され,角膜内皮障害が進み,角膜実質浮腫,角膜上皮浮腫をきたす(図1).50代で発症し,20~30年かけてゆっくりと進行する.一方で,より早期に発症するFuchs角膜内皮ジストロフィの家系の報告があるためにearlyonsetとlateonsetとして分類される.Fuchs角膜内皮ジストロフィとして眼科医が一般的に診察している患者はlateonsetである.発症を抑制するような有効な治療法がないために,早期発見された場合でも経過観察をするほかに選択肢はなく,将来的に角膜内皮障害が進行して視力障害が生じると角膜移植を行うというのが現在のスタンダードである.先制医療という本号の特集テーマとは残念ながらかけ離れた状況であると認めざるを得ない.しかし,筆者は一気にこの状況は改善すると考えている.すなわち,将来的には血液検査などによるリスク判定を行い,高リスクな場合には早期から薬物などによる発症の遅延や防止を行い,最終的に角膜移植が必要となる程度まで進行することをできるかぎり回避することができるようになるのではないかと信じている.II先制医療に向けて発症前の予測は可能か1.EarlyonsetのFuchs角膜内皮ジストロフィ連鎖解析により,earlyonsetのFuchs角膜内皮ジストロフィは1番染色体の短腕と関連することが報告されていた.Biswasらはearlyonsetの患者家系を解析する中で1番染色体の短腕に6-7cMintervalがあることを見いだした2).さらに,このintervalに関連する遺伝子の中から,Descemet膜の主たる構成成分であるVIII型コラーゲンをコードするCOL8A2遺伝子(collagen,typeVIII,alpha-2gene)に着目することでp.Gln-455Lys(455番目のグルタミンがリシンに置換されている)のミスセンス変異を有するとFuchs角膜内皮ジストロフィを発症することを突き止めた.さらに,別のグループからもp.Leu450Trpおよびp.Gln455Valのミスセンス変異が別の2家系から発見された3,4).まだ,明らかになっていない変異や遺伝子異常がある可能性はあるものの,少なくともCOL8A2遺伝子の複数のミスセンス変異がearlyonsetのFuchs角膜内皮ジストロフィの原因であることが明らかにされている.Fuchs角膜内皮ジストロフィ患者全体から考えるとわずかな患者数ではあるが,遺伝子検査により現在でもリスク判定が可能といえる.2.LateonsetのFuchs角膜内皮ジストロフィa.SLC4A11(Solutecarrierfamily4,sodiumboratetransporter,member11gene)SLC4A11遺伝子が先天性遺伝性角膜内皮ジストロフィ(congenitalhereditaryendothelialdystrophy:CHED)の原因遺伝子であることが特定されたことを受けて,Fuchs角膜内皮ジストロフィにおいてもSLC4A11が調べられた.ミスセンス突然変異が発症に関与する可能性が示された一方で,SLC4A11がコードされる20番染色体は連鎖解析によりFuchs角膜内皮ジストロフィへの関連が認めておらず,原因遺伝子としては懐疑的な意見もある5,6).まだコンセンサスが得られるには至っていない状況である.b.ZEB1(zincfingerE︲boxbindinghomeobox1gene)ZEB1遺伝子のフレームシフトが後部多形性角膜ジストロフィ(posteriorpolymorphouscornealdystrophy:PPCD)の原因となることから,Fuchs角膜内皮ジストロフィ患者においてもZEB1の変異が調べられた7).Mehtaらは74名中2名においてZEB1遺伝子上のバリアントを認めたのみで原因とはいえないことを報告した9).一方で,Riazuddinらは5種類のZEB1のミスセンス突然変異を384名中7名の患者に認め,Fuchs角膜内皮ジストロフィの原因となりうると報告した8).とくにp.Q840Pの変異を有する1名は家族性発症であり,家族を調査することで12名がFuchs角膜内皮ジストロフィであることが判明した.しかしながら,SLC4A11遺伝子同様まだはっきりとしない状況である.c.TCF4(transcriptionfactor4gene)ごく一部の患者ではSLC4A11やZEB1の遺伝子変異が発症の原因となりうる可能性が報告されたが,やはり依然として大多数の患者では原因遺伝子についてはまったく不明であった.しかし,2010年MayoClinicのBaratzらはゲノムワイド関連解析(genome-wideassociationstudy:GWAS)による解析を行い,TCF4遺伝子の一塩基多型(singlenucleotidepolymorphism:SNP)(rs613872)がFuchs角膜内皮ジストロフィと強く関連することを報告した9).複数の研究グループによって別の患者集団においてもTCF4遺伝子における一塩基多型の再現性が確認された.さらに2012年には,Wieben,BaratzらはTCF4遺伝子の第3イントロンに3塩基の繰り返し配列の延長があることを発見した10).TCF4遺伝子の第3イントロンには正常者でもTGCの3塩基の繰り返し配列が認められるが,Fuchs角膜内皮ジストロフィ患者においてはTGCの繰り返し回数が伸長していたのである.彼らの報告では,正常者では63名中2名(3%)で50回以上のTGCの繰り返しを認めたのに対して,Fuchs角膜内皮ジストロフィ患者では66名中52名(79%)であった.さらに別の集団でもやや頻度は低いものの,同様に繰り返し回数の伸長が患者群で多く認められた.筆者らもWieben,Baratzらとの共同研究により,日本人のFuchs角膜内皮ジストロフィ患者においても47名中12名(26%)に繰り返し回数の伸長が認められることを確認した(図2)11).現在までのところ,TCF4遺伝子の第3イントロンのTGCの3塩基の繰り返し配列の伸長が人種を超えて認められることは間違いなさそうである.3.先制医療に向けて発症前の予測は可能か眼科の一般診療の中で,Fuchs角膜内皮ジストロフィが細隙灯顕微鏡により視力低下を生じる前に偶然発見されることもある.内眼手術に際してスペキュラーマイクロスコープにより角膜内皮の検査を行い発見されることも多い(図3).一般診療のなかで低侵襲に発見が可能であるというのは,先制医療という観点からはアドバンテージである.さらに積極的に発症リスクを評価するということを考えると,採血などによる遺伝子診断ということになるであろう.さまざまな疾患は遺伝因子と環境因子が相まって発症すると考えられている(図4).また,疾患によりどちらの因子のウエイトが大きいのかということもわかってきつつある.Fuchs角膜内皮ジストロフィは長らく孤発性の疾患と考えられてきたが,現在ではもっとも頻度の高い遺伝性角膜ジストロフィであるとされている.今後のさらなる検討が必要ではあるが,Fuchs角膜内皮ジストロフィは図4の右の絵のように遺伝因子が大きい疾患である可能性が高く,遺伝子診断よるリスク判定に適した疾患であるかもしれない.上述のように,TCF4遺伝子の3塩基の繰り返し配列の伸長が26~79%の患者において認められることが明らかになってきた.採算面との兼ね合いではあるが,血液ゲノムのシークエンス解析を行うことで一定の割合の患者については発症リスクが高いことを予測できる.いうまでもなく,より大多数の患者,健常者において同様の検討を行い,繰り返し伸長があることで本当にリスクが上がるのか,どの程度上がるのかといったことを明らかにする必要がある.さらに,TCF4の繰り返し伸長を有さない患者における遺伝子異常の発見も大きな課題である.現在でも,インターネットで申し込み,唾液や血液を送付することで,数万~10万円程度の費用で,いくつかの疾患の発症リスクを予測しようという試みがなされている.まだまだ真のリスク判定とは程遠いという厳しい指摘がなされているが,将来的には精度が高まってくることが予測される.近い将来に,Fuchs角膜内皮ジストロフィやその他の現在リスク判定の対象でない多くの疾患に対するリスク判定が一度に可能になる時代が来るのではないか.「先制医療に向けて発症前の予測は可能か」という問いに対する筆者自身の回答は「現状でもTCF4の繰り返し伸長を調べることでそれなりに可能で,近い将来に低コストでかなりの精度で可能になると考えられる」というものである.あまりに楽観的であろうか.米国のオバマ大統領は2015年1月20日にプレシジョン・メディスンを推し進める計画を発表した.これはアメリカ人の医療記録や遺伝情報を集め,数百万人の規模の大規模データベースを作成し,疾患とそれを発症させる原因となる遺伝子との関係を明らかにしようというものである.Fuchs角膜内皮ジストロフィについてもこのようないわゆるビッグデータに基づき,リスクとなる遺伝子についての解明が加速することが予測される.III薬物療法による進行抑制は可能か現在のところ有効な薬物療法は存在しない.筆者らは,発症予防を可能にする治療薬の開発をめざして,病態の解明を進めている.Erlangen大学(ドイツ)のKruse,Schlötzer-Schrehardtらとの共同研究によりFuchs角膜内皮ジストロフィ患者の角膜内皮をDMEK(Descemet’smembraneendothelialkeratoplasty)の際に採取して培養し,不死化することで疾患モデル細胞の樹立に成功した12).疾患モデル細胞はフィブロネクチンやI型コラーゲンなどの生体内でguttaeやDescemet膜肥厚の原因となる細胞外マトリックスを過剰に産生することが判明した.さらに,TGFbシグナルの活性化により,細胞外マトリックス関連蛋白質を産生し,過剰な細胞外マトリックス関連蛋白質の一部は正常な高次構造に折り畳まれず変性蛋白質として小胞体に蓄積することが明らかになった.さらには小胞体に蓄積した変性蛋白質は,小胞体ストレスを介して細胞死を誘導することを確認している.さらに詳細な検討が必要であるが,長らく不明点の多かった病態メカニズムが明らかになりつつある.このことは創薬ターゲットの発見,薬物治療の開発に今後大きく寄与しうることを示している.興味深いことに,疾患モデル細胞のレベルではあるが,すでに複数の薬剤がこれらの病態メカニズムのいくつかの作用ポイントに働くことで細胞死を抑制できることを見いだしている.まだ臨床応用には時間がかかりそうではあるが,Fuchs角膜内皮ジストロフィの発症を抑制する薬物の開発は夢物語ではないと考えている.細胞を用いた研究のレベルでは,CRISPR-Cas9などゲノム編集技術の発明もあり,ゲノム編集が飛躍的に簡単にできるようになっている.Fuchs角膜内皮ジストロフィの原因となる遺伝子異常をゲノム診断により発見し,原因となる遺伝子変異を「編集」することで,一度の治療で完全に治癒させることも可能になるかもしれない.おわりに近年ではDSEK(Descemetstrippingendothelialkeratoplasty)やDMEKという角膜内皮移植の普及により角膜全層移植と比べて,低侵襲に治療できるようになったが,依然としてFuchs角膜内皮ジストロフィによる角膜内皮障害の唯一の治療法は,ドナー角膜を用いた角膜移植である.これは1904年に行われた初めての角膜移植以来変わっていない.しかしながら,本稿で述べたように,発症前の予測,発症の抑制が可能になる時代がすぐ近くまで来ている(図5).謝辞:本稿を執筆するにあたり,内容のご確認,ご指導をいただきました京都府立医科大学分子医科学教室(ゲノム医科学部門)の中野正和准教授に深謝申し上げます.文献1)EyebankAssociationofAmerica:EyeBankingStatisticalReport.Washington,DC,20142)BiswasS,MunierFL,YardleyJetal:MissensemutationsinCOL8A2,thegeneencodingthealpha2chainoftypeVIIIcollagen,causetwoformsofcornealendothelialdystrophy.HumMolGenet10:2415-2423,20013)GottschJD,SundinOH,LiuSHetal:InheritanceofanovelCOL8A2mutationdefinesadistinctearly-onsetsubtypeoffuchscornealdystrophy.InvestOphthalmolVisSci46:1934-1939,20054)MokJW,KimHS,JooCK:Q455VmutationinCOL8A2isassociatedwithFuchs’cornealdystrophyinKoreanpatients.Eye23:895-903,20095)VithanaEN,MorganPE,RamprasadVetal:SLC4A11mutationsinFuchsendothelialcornealdystrophy.HumMolGenet17:656-666,20086)AldaveAJ,HanJ,FraustoRF:Geneticsofthecornealendothelialdystrophies:anevidence-basedreview.ClinGenet84:109-119,20137)MehtaJS,VithanaEN,TanDTetal:Analysisoftheposteriorpolymorphouscornealdystrophy3gene,TCF8,inlate-onsetFuchsendothelialcornealdystrophy.InvestOphthalmolVisSci49:184-188,20088)RiazuddinSA,ZaghloulNA,Al-SaifAetal:MissensemutationsinTCF8causelate-onsetFuchscornealdystrophyandinteractwithFCD4onchromosome9p.AmJHumGenet86:45-53,20109)BaratzKH,TosakulwongN,RyuEetal:E2-2proteinandFuchs’scornealdystrophy.NEnglJMed36:1016-1024,201010)WiebenED,AleffRA,TosakulwongNetal:Acommontrinucleotiderepeatexpansionwithinthetranscriptionfactor4(TCF4,E2-2)genepredictsFuchscornealdystrophy.PloSOne7:e49083,201211)NakanoM*,OkumuraN*,NakagawaHetal:TrinucleotiderepeatexpansionintheTCF4geneinFuchs’endothelialcornealdystrophyinJapanese.InvestOphthalmolVisSci56:4865-4869,2015(*co-firstauthors)12)OkumuraN,MinamiyamaR,HoLetal:InvolvementofZEB1andSnail1inexcessiveproductionofextracellularmatrixintheFuchsendothelialcornealdystrophy.LabInvest95:1291-304,2015表1角膜移植の原因疾患原因診断症例数診断別の割合(%)障害部位別の割合(%)角膜内皮疾患Fuchs角膜内皮ジストロフィ15,01321.5白内障手術後8,52912.250.0角膜内皮疾患,その他4,5226.5Regraft6,8119.8角膜実質疾患円錐角膜6,98110.022.1その他8,47912.1不明19,49827.927.9合計69,833100100全米のアイバンクが2014年に提供した角膜グラフトによる角膜移植の原因のまとめ.(EyeBankingStatisticalReport2014より改変)*NaokiOkumura:同志社大学生命医科学部医工学科〔別刷請求先〕奥村直毅:〒610-0394京都府京田辺市多々羅都谷1-3同志社大学生命医科学部医工学科0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(29)511図1Fuchs角膜内皮ジストロフィの前眼部写真軽度の角膜実質浮腫と角膜上皮浮腫を認める.(あたらしい眼科31:349,2014より転載)図2正常者の血液ゲノムのシークエンス解析結果第3イントロンにTGCの反復配列を認める.本例は正常者であり12回の繰り返しを認めるが,Fuchs角膜内皮ジストロフィ患者の多くでは繰り返し回数が50回以上と伸長する.(あたらしい眼科32:53-57,2015より転載)図3非接触スペキュラーマイクロスコープ像角膜内皮細胞密度の低下とguttae(写真で黒く抜けて見える)が観察される.(あたらしい眼科32:53-57,2015より転載)図4疾患発症における遺伝因子と環境因子疾患によりどちらの因子のウエイトが大きいのかということがわかってきつつある.図5Fuchs角膜内皮ジストロフィの先制医療のイメージ(31)あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016513514あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016(32)(33)あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016515516あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016(34)