角層顆粒層有棘層基底層表皮毛包真皮皮下組織特集●眼瞼・結膜アレルギーあたらしい眼科33(3):333.341,2016知っておくべき基本事項皮膚バリアと経皮感作SkinBarrierandPercutaneousSensitization川崎洋*天谷雅行*はじめに近年,アレルギー疾患の発症要因として皮膚のバリア機能異常が注目されている.皮膚バリアの重要な要素として,表皮最外層に位置する角層バリア,角層の下で体内の液性環境の維持に重要な役割をもつタイトジャンクションバリアがあり,表皮内樹状細胞のランゲルハンス細胞とともに協調的,相補的に機能して経皮免疫システムを制御していることが明らかになっている.本稿では,皮膚バリア機能を分子レベルで解析することにより明らかになった知見を元に,アトピー性皮膚炎を主としたアレルギー疾患発症における経皮感作の重要性について概説する.I角層バリアとタイトジャンクションバリア皮膚は,生体と外界とを隔てるバリアとして働き,種々の物理刺激や紫外線によるダメージを防ぎ,病原微生物やアレルゲンの体内への侵入,水分の経皮的蒸散からわれわれの体を守っている.われわれの皮膚は,表皮・真皮・皮下組織の3つに大きく分けられるが,バリアの中心的役割を担うのは,最外層に位置する表皮である(図1).表皮はケラチノサイト(表皮細胞)により構成される重層上皮組織であり,表面から順に,角層・顆粒層・有棘層・基底層に分かれる.角層は,角化の最終過程においてケラチノサイトが脱核した角質細胞とその細胞間を埋める細胞間脂質によって構成され,皮膚バリアの最前線として機能する.全身を角層で覆われるのは,陸上(空気環境)で生息する脊椎動物のみであり,角層バリアは空気環境と体内の液性環境の間を隔てるバリアともいえる1).一方,角層の内側に存在する顆粒層には,タイトジャンクション(tightjunction:TJ)によるバリアが存在する2).顆粒層の細胞を表面から順にSG1,SG2,SG3細胞とそれぞれ名付けると,SG2細胞の細胞間にのみTJが存在している.TJは細胞と細胞の隙間をしっかりとシールしており,水やイオン,可溶性蛋白などの移動を妨げることで,その外側(角層とSG1細胞層)と内側(SG2細胞以下の顆粒層,有棘層,基底図1皮膚の構造(仔マウス皮膚の組織像,Hematoxylinandeosin染色)*HiroshiKawasaki&*MasayukiAmagai:慶應義塾大学医学部皮膚科学教室〔別刷請求先〕川崎洋:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部皮膚科学教室0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(3)333334あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016(4)は,皮膚バリアの概念は軽視され,免疫・アレルギー異常に着目して病態を論じられることがほとんどだった.2006年,Irwin,McLeanらのグループにより,角層の主要な構成蛋白質であるフィラグリンが,尋常性魚鱗癬という皮膚の落屑とドライスキン,掌蹠の皮膚紋理の増強を特徴とする皮膚疾患の原因遺伝子であると報告された6).さらに同グループは,フィラグリンがアトピー性皮膚炎の主要な発症因子であると報告した(図3)7).フィラグリンは角層の主要な構成蛋白質で,その前駆物質はプロフィラグリンである.プロフィラグリンは表皮顆粒層のケラトヒアリン顆粒内に主に存在し,角化の最終過程で脱リン酸化,蛋白分解され,角層内でフィラグリンモノマーに分解される.フィラグリンはケラチン線維に直接結合し,それを束ねることで角層の構造の安定化や物理的強度の維持に寄与する.さらに,フィラグリンは角層の上層で天然保湿因子の主要構成要素とされる層)における異なる細胞外液性環境の維持に寄与していると考えられる2.4).有棘層は,デスモソームの発達したケラチノサイトが重層する層であり,ランゲルハンス細胞とよばれる表皮内樹状細胞が散在し,表皮内の免疫応答の制御に寄与している.表皮最下層の基底層は,表皮内で唯一細胞分裂を行う1層の細胞層により構成され,ケラチノサイトの供給源となっている.以上のように,われわれの皮膚には,角層とTJという2つのバリアが存在している1)(図2).IIフィラグリンとアトピー疾患アトピー性皮膚炎患者の皮膚では皮疹部だけでなく肉眼的無疹部においても,健常人の皮膚に比べて経皮水分蒸散量の亢進や角層内水分量の減少がみられ,皮膚バリア機能異常の存在が古くから報告されていた5).しかし,過去のアトピー性皮膚炎・皮膚アレルギー研究の多くで顆粒層角層SG1SG2SG3有棘層基底層(正常皮膚)角層バリア(気相-液相バリア)TJバリア(液相-液相バリア)(角層機能異常を有する皮膚)TJ外液性環境外来抗原外来抗原TJ内液性環境活性化LC休止期LC休止期LC表皮真皮ランゲルハンス細胞(LC)真皮樹状細胞タイトジャンクション(TJ)経皮免疫応答の亢進アトピー性皮膚炎の発症憎悪,アレルギーマーチへの進展図2皮膚バリア機能異常を有する皮膚での経皮感作機構(角層バリア機能異常モデル)皮膚には,角層バリアとタイトジャンクション(TJ)バリアが存在する.2つのバリアの内側にランゲルハンス細胞(LC)が存在する.角層のバリア機能異常を有する皮膚では,外来抗原は容易に表皮内へ侵入する.LCなどの樹状細胞による抗原の取り込みが亢進し,Th2優位の免疫応答が起こり,最終的にアトピー性皮膚炎の発症やアレルギーマーチの進展につながると考えられている.(文献42を一部改変)外来抗原外来抗原角層バリア角層(気相-液相バリア)SG1TJ外液性環境表皮顆粒層SG2TJバリアSG3(液相-液相バリア)有棘層TJ内液性環境活性化LC基底層休止期LC休止期LC真皮ランゲルハンス細胞(LC)タイトジャンクション(TJ)真皮樹状細胞経皮免疫応答の亢進アトピー性皮膚炎の発症憎悪,アレルギーマーチへの進展図2皮膚バリア機能異常を有する皮膚での経皮感作機構(角層バリア機能異常モデル)皮膚には,角層バリアとタイトジャンクション(TJ)バリアが存在する.2つのバリアの内側にランゲルハンス細胞(LC)が存在する.角層のバリア機能異常を有する皮膚では,外来抗原は容易に表皮内へ侵入する.LCなどの樹状細胞による抗原の取り込みが亢進し,Th2優位の免疫応答が起こり,最終的にアトピー性皮膚炎の発症やアレルギーマーチの進展につながると考えられている.層)における異なる細胞外液性環境の維持に寄与していると考えられる2.4).有棘層は,デスモソームの発達したケラチノサイトが重層する層であり,ランゲルハンス細胞とよばれる表皮内樹状細胞が散在し,表皮内の免疫応答の制御に寄与している.表皮最下層の基底層は,表皮内で唯一細胞分裂を行う1層の細胞層により構成され,ケラチノサイトの供給源となっている.以上のように,われわれの皮膚には,角層とTJという2つのバリアが存在している1)(図2).IIフィラグリンとアトピー疾患アトピー性皮膚炎患者の皮膚では皮疹部だけでなく肉眼的無疹部においても,健常人の皮膚に比べて経皮水分蒸散量の亢進や角層内水分量の減少がみられ,皮膚バリア機能異常の存在が古くから報告されていた5).しかし,過去のアトピー性皮膚炎・皮膚アレルギー研究の多くで334あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016(文献42を一部改変)は,皮膚バリアの概念は軽視され,免疫・アレルギー異常に着目して病態を論じられることがほとんどだった.2006年,Irwin,McLeanらのグループにより,角層の主要な構成蛋白質であるフィラグリンが,尋常性魚鱗癬という皮膚の落屑とドライスキン,掌蹠の皮膚紋理の増強を特徴とする皮膚疾患の原因遺伝子であると報告された6).さらに同グループは,フィラグリンがアトピー性皮膚炎の主要な発症因子であると報告した(図3)7).フィラグリンは角層の主要な構成蛋白質で,その前駆物質はプロフィラグリンである.プロフィラグリンは表皮顆粒層のケラトヒアリン顆粒内に主に存在し,角化の最終過程で脱リン酸化,蛋白分解され,角層内でフィラグリンモノマーに分解される.フィラグリンはケラチン線維に直接結合し,それを束ねることで角層の構造の安定化や物理的強度の維持に寄与する.さらに,フィラグリンは角層の上層で天然保湿因子の主要構成要素とされる(4)アイルランド(文献7より)日本(北海道)(文献9より)(文献7より)日本(北海道)(文献9より)コントロールコントロール(非アトピー性皮膚炎)アトピー性皮膚炎(非アトピー性皮膚炎)アトピー性皮膚炎フィラグリン変異陰性フィラグリン変異陽性図3フィラグリンの機能喪失変異はアトピー性皮膚炎のリスクファクターである(文献7,9の報告をもとに作成)336あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016(6)への物質透過を防ぐ角層のバリア形成に重要であり,その欠損は外来抗原の表皮内への侵入を許すことが示唆された.そこで,蛋白抗原をマウスに経皮的に繰り返し塗布し,フィラグリン欠損皮膚における外来抗原に対するろ,フィラグリン欠損マウスでは角層ほぼ全層に色素が浸透した像を多く観察したのに対し,野生型マウスでは角層表面にのみ色素の沈着を認めた所見がほとんどだった(図4a).以上の結果から,フィラグリンは外から内蛍光色素封入リポソーム角層野生型(+/+)マウスOVA特異的IgG1n=16n=16OVA特異的IgE**フィラグリン欠損(Flg-/-)マウス角層+/+-/-+/+-/-OD(ng/ml)2101,000100101ab図4フィラグリン欠損は角層バリア異常と経皮免疫応答の亢進にかかわるa:蛍光色素封入リポソーム溶液を6.8週齡のマウスの皮膚(尾部)に塗布し,色素の皮膚透過性を共焦点顕微鏡で観察した(上図).下図は,上図の模式図.b:蛋白抗原(OVA)繰り返し塗布後の抗原特異的IgG1およびIgE産生能の比較.+/+:野生型マウス,./.:フィラグリン欠損マウス.*p<0.05.(KawasakiH,etal:JAllergyClinImmunol129:1538-1546,2012を改変)蛍光色素封入リポソーム角層野生型(+/+)マウスOVA特異的IgG1n=16n=16OVA特異的IgE**フィラグリン欠損(Flg-/-)マウス角層+/+-/-+/+-/-OD(ng/ml)2101,000100101ab図4フィラグリン欠損は角層バリア異常と経皮免疫応答の亢進にかかわるa:蛍光色素封入リポソーム溶液を6.8週齡のマウスの皮膚(尾部)に塗布し,色素の皮膚透過性を共焦点顕微鏡で観察した(上図).下図は,上図の模式図.b:蛋白抗原(OVA)繰り返し塗布後の抗原特異的IgG1およびIgE産生能の比較.+/+:野生型マウス,./.:フィラグリン欠損マウス.*p<0.05.(KawasakiH,etal:JAllergyClinImmunol129:1538-1546,2012を改変)あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016337(7)るという仮説を支持する1,20,21).IV表皮TJバリア異常は角層バリア破綻を導くそれでは,表皮におけるもう一つのバリアの代表例であるTJバリアは,経皮免疫応答の誘導やアトピー性皮膚炎の発症と関連があるのだろうか.TJの重要な構成要素であるクローディン1の遺伝子変異による先天性疾患NISCH症候群は,非常に稀な常染色体劣性遺伝性疾患で,そのおもな症状は魚鱗癬,頭部の乏毛,瘢痕性脱毛症,硬化性胆管炎である22).これまでにアトピー性皮膚炎や全身性アレルギーとの相関は報告されていないが,希少疾患であるが故に統計学的解析がむずかしいという側面もあるだろう.一方,TJバリアが,二次的に角層バリア破綻を導く可能性が近年報告されている23,24).筆者らのグループは,Flg./.マウスではTJバリア異常を認めないものの,ひとたび皮膚炎が生じると,TJバリア異常が角層バリアのさらなる破綻を誘導し,経皮免経皮免疫応答能を評価したところ,Flg./.マウスでは抗原特異的IgG1,IgEの産生が野生型マウスに比べ有意に亢進していた(図4b)19).一方,特殊病原体除去環境下で長期間飼育しても,Flg./.マウスは皮膚炎を自然発症しなかった19).本結果は,フィラグリン変異に伴う角層のバリア機能異常が,全身性の抗原感作の成立に寄与する可能性を示したが,アトピー性皮膚炎の発症には,フィラグリン欠損による角層のバリア機能異常に加え,免疫学的,遺伝的背景や繰り返される経皮的抗原曝露などの環境要因が複雑にかかわっていることを示唆する.その他の角層バリア機能異常をきたす疾患として,Netherton症候群やPeelingskin症候群B型がある.ともに角質易.離性による角質バリア障害が生じる先天性疾患であるが,興味深いことにいずれの疾患においても慢性皮膚炎形成とともにIgEの上昇や喘息,食物アレルギーなどのアレルギー疾患を併発することが知られている.以上の知見も,角層バリア機能障害による経皮的な抗原侵入の増加が全身性の抗原感作の成立につなが表皮バリア破綻外来抗原の表皮(角層)内への侵入亢進表皮内におけるプロテアーゼ活性異常炎症性物質・サイト力インの放出(TSLPなど)樹状細胞による抗原の取り込みTh2優位の免疫応答IgEの上昇全身性抗原感作の成立掻破・皮膚炎症によるバリア破壊itch-scratchcycle(痒みと掻破の悪循環)角層バリア機能異常TJバリア機能異常アレルギー疾患の発症(アレルギーマーチ)アトピー性皮膚炎の発症増悪炎症,痒みの惹起(表皮バリア遺伝子変異,化学刺激,物理的刺激,気候・環境因子など)フィラグリン遺伝子変異図5表皮バリア異常からアトピー性皮膚炎の発症増悪とアレルギーマーチが生じる機構のまとめ表皮バリア破綻外来抗原の表皮(角層)内への侵入亢進表皮内におけるプロテアーゼ活性異常炎症性物質・サイト力インの放出(TSLPなど)樹状細胞による抗原の取り込みTh2優位の免疫応答IgEの上昇全身性抗原感作の成立掻破・皮膚炎症によるバリア破壊itch-scratchcycle(痒みと掻破の悪循環)角層バリア機能異常TJバリア機能異常アレルギー疾患の発症(アレルギーマーチ)アトピー性皮膚炎の発症増悪炎症,痒みの惹起(表皮バリア遺伝子変異,化学刺激,物理的刺激,気候・環境因子など)フィラグリン遺伝子変異図5表皮バリア異常からアトピー性皮膚炎の発症増悪とアレルギーマーチが生じる機構のまとめ338あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016(8)により体内に侵入させることなく,ランゲルハンス細胞が抗原取得する精巧なしくみが存在するのである.本機能と全身性の抗原感作がどのようにかかわるのか,今後の研究課題といえる.また,経皮感作という観点から考慮しなければならないのは,上述の樹状細胞のサブセット,あるいは取り込み様式による反応の違いである.角層バリアだけでなくTJバリアも障害されるようなときは,皮膚内に侵入する抗原はランゲルハンス細胞だけでなく,真皮樹状細胞によっても抗原取得が起こる可能性があるため,異なる免疫応答が生じると予想される30).表皮全体が障害されやすい表皮水疱症において,アレルギー疾患の併発が多いという報告がないのに対し,上述のように角層バリアが特異的に障害される疾患群では,アレルギー疾患の併発が多くみられる.真皮樹状細胞の関与の有無がこの違いをもたらしているのか,それとも角層バリア障害時に起こるランゲルハンス細胞によるTJバリアの外側からの抗原取得という現象そのものが抗原感作に重要なのか,今後の研究の進展が期待される.VI炎症の場としての表皮ここまで,経皮免疫,アレルギー性炎症の発症を考えるうえでの表皮の意義を,外来抗原の透過・侵入という物理的側面に着目して述べた.さらに今日では,表皮ケラチノサイトから放出される種々の炎症性物質の作用が注目され,病態理解が進んでいる.健常な皮膚であっても,刺激物を塗布されたり,掻破やテープストリップなどの物理的刺激が加わったりすれば,表皮内には刺激の種類によりTNF-a,IL-1a,GM-CSF,CCL17,CCL22のような炎症性物質が放出され,皮膚炎やかぶれの原因になりうる31).アトピー性皮膚炎患者の皮膚では,その物理的脆弱性や外来抗原/微生物の表皮内への易侵入性,プロテアーゼ活性の異常などにより,健常皮膚よりも表皮内での炎症性物質の生成,放出が起こりやすく,Th2に傾いた炎症を生じやすい状況にあると考えられている31).その際に生じるIL-4,IL-13などのTh2サイトカインはさらなる表皮バリア破綻につながり,IL-31の産生亢進は痒みを惹起し,掻破による物理的な皮膚バリア破壊を引き起こすことにつながり14,31),ます疫応答の亢進や皮膚炎のさらなる悪化をもたらすという悪循環のプロセスに陥る可能性を報告している25)(図5).さらに興味深いことに,クローディン1遺伝子のSNPsとアトピー性皮膚炎との関連が報告されている26).表皮TJバリアの異常がアトピー性皮膚炎の発症やアトピー疾患への進展にかかわるかどうか,今後さらなるデータの集積が求められる.Vランゲルハンス細胞を介した経皮免疫制御皮膚に存在する抗原提示細胞は,表皮内に存在するランゲルハンス細胞と,真皮に存在する真皮樹状細胞の2つに大別される.ただし,ランゲルハンス細胞が単一のpopulationである保証はなく,真皮樹状細胞に関してはlangerin陽性のものと陰性のものなど複数のサブセットの存在が明らかとなっている27).これらの抗原提示細胞は,表皮バリアを破って侵入してきた抗原を捕捉し,リンパ管を通って所属リンパ節に移動して,T細胞に対する抗原提示を行うと考えられている.表皮内で抗原取り込みをするのはランゲルハンス細胞である.ランゲルハンス細胞は表皮TJバリアの内側の表皮内に存在しているが,角層バリアに障害が起こり,なんらかのdangersignalが発せられると活性化する.活性化したランゲルハンス細胞は表皮TJバリアを超えて角層直下まで樹状突起を延長し,TJバリアの外側で樹状突起の先端から抗原取得を行う(図2)3,28).このとき,ランゲルハンス細胞は隣り合うケラチノサイトとの間に新たなTJバリアを構築することで,表皮のTJバリアを保ったままTJバリアの外側に樹状突起を伸ばしている3).近年,黄色ブドウ球菌の表皮.奪性毒素(exfoliativetoxin:ET)をランゲルハンス細胞がTJバリアの外に樹状突起を延ばして取り込むことで,Th2優位の液性免疫が成立することが,マウスを用いた実験により示された.免疫が成立したマウスでは,ETの腹腔内注射によって誘導される全身性の水疱形成(ブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群〔用語解説参照〕モデル)が抑制され,ランゲルハンス細胞が皮膚表面に対する病的毒素に対する先制防御的免疫を成立させるうえで重要な役割を担うことがわかった29).すなわち,われわれの皮膚には,角層を通過した病原体や抗原を,表皮TJバリアあたらしい眼科Vol.33,No.3,2016339(9)ます抗原感作のリスクが上がる.また,ケラチノサイトが産生するTSLP(用語解説参照)は,アレルギー発症のマスタースイッチとして注目されている.アトピー性皮膚炎患者の病変部ではTSLPの強い発現が観察され,ランゲルハンス細胞を活性化し,Th2反応を誘導するとともに抗原特異的IgEの産生に寄与している32).また,複数のマウスモデルで,皮膚の上皮細胞由来のTSLPが皮膚炎の成立とそれに続くアレルギー疾患(気道炎症,食物アレルギー)の発症に重要であることが示されている33.37).さらに近年は,TSLPが直接末梢神経に作用して痒みを引き起こすことが示された38).アトピー性皮膚炎の疾患増悪機序の重要な要素に,itch-scratchcycle(痒みと掻破の悪循環)がある.皮膚に痒みが生じ.き壊すと,皮膚のバリア破壊が進み,種々の起痒物質の放出につながり,さらに痒みが増して掻破を繰り返し,皮膚炎の増悪に至るという悪循環をさす.表皮バリア破綻は,炎症・経皮免疫反応のドライビングフォースであるだけでなく,痒みの生成につながり,itch-scratchcycleを介したさらなる皮膚バリア破壊と炎症の増悪を導き,アトピー性皮膚炎とアトピー疾患の発症・増悪の双方に関与していると考えられている(図5).VII加水分解小麦含有石鹸使用者に生じた小麦アレルギーの事例ここまで,臨床疫学的調査,動物モデルを用いた研究から,外来抗原が表皮内に侵入し,皮膚から全身への抗原感作が誘導されることで,アトピー性皮膚炎をはじめとするアレルギー疾患の発症につながる可能性を論じてきた.さらに近年,われわれに経皮抗原感作の重要性を再認識させたのが,(旧)茶のしずくR石鹸の使用によりわが国で社会問題化した事例である.これは同石鹸に含まれていた加水分解小麦(グルパール19SR)に対する経皮経粘膜感作が成立し,経口小麦アレルギーを発症した患者が多発したというものである.どうして加水分解小麦を含有する石鹸で小麦アレルギーが多発してしまったのかに関してはいろいろな検討がなされており,製造時の酸加熱処理,酸加水分解の工程が抗原性の獲得に重要であった可能性,グルパール19SRは通常の加水分解小麦よりも分子量が大きかったこと,石鹸に含まれていた界面活性剤がアジュバントとして作用した可能性,などが示唆されている39).おわりに皮膚は他の臓器に比べ全身性の抗原感作が成立しやすく,アレルギーの発症を考えるうえでの重要性が年々強調されている.近年,表皮バリアと経皮感作という点に着目し,生後早期からスキンケアに取り組むことで,アトピー性皮膚炎の発症抑制につながったとする報告がなされた40,41).今後,表皮バリアと免疫システムのかかわりに対する病態解明が進むことで,アレルギー疾患に対する効果的な治療法,予防法の開発につながることが期待される.文献1)KuboA,NagaoK,AmagaiM:Epidermalbarrierdysfunc-tionandcutaneoussensitizationinatopicdiseases.JClinInvest122:440-447,20122)FuruseM,HataM,FuruseKetal:Claudin-basedtightjunctionsarecrucialforthemammalianepidermalbarri-er:alessonfromclaudin-1-deficientmice.JCellBiol156:099-1111,20023)KuboA,NagaoK,YokouchiMetal:ExternalantigenuptakebyLangerhanscellswithreorganizationofepider-maltightjunctionbarriers.JExpMed206:2937-2946,■用語解説■アレルギーマーチ(別名:アトピーマーチ):アレルギーの多くは,アレルギー体質(アトピー素因)を有する個人にアトピー性皮膚炎,食物アレルギー,気管支喘息,アレルギー性鼻炎などが次々に生じていく.この特徴的な様子をたとえた用語(国内では馬場により提唱され,その後世界的に認知される43,44))ブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群:黄色ブドウ球菌由来の表皮.奪性毒素(exfoliativetoxinA:ET)が表皮細胞接着分子デスモグレイン1を切断することにより生じる,広範な表皮.離,水疱形成が生じる皮膚疾患.TSLP(thymicstromallymphopoietin):上皮細胞由来のサイトカインで,樹状細胞,肥満細胞,好酸球などを刺激し,Th2反応を誘導する.アトピー性皮膚炎,気管支喘息,花粉症,好酸球性食道炎など,さまざまなアレルギー性炎症病態との関連が報告されている.■用語解説■アレルギーマーチ(別名:アトピーマーチ):アレルギーの多くは,アレルギー体質(アトピー素因)を有する個人にアトピー性皮膚炎,食物アレルギー,気管支喘息,アレルギー性鼻炎などが次々に生じていく.この特徴的な様子をたとえた用語(国内では馬場により提唱され,その後世界的に認知される43,44))ブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群:黄色ブドウ球菌由来の表皮.奪性毒素(exfoliativetoxinA:ET)が表皮細胞接着分子デスモグレイン1を切断することにより生じる,広範な表皮.離,水疱形成が生じる皮膚疾患.TSLP(thymicstromallymphopoietin):上皮細胞由来のサイトカインで,樹状細胞,肥満細胞,好酸球などを刺激し,Th2反応を誘導する.アトピー性皮膚炎,気管支喘息,花粉症,好酸球性食道炎など,さまざまなアレルギー性炎症病態との関連が報告されている.340あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016(10)20094)YoshidaK,YokouchiM,NagaoKetal:Functionaltightjunctionbarrierlocalizesinthesecondlayerofthestra-tumgranulosumofhumanepidermis.JDermatolSci71:89-99,20135)ProkschE,Folster-HolstR,JensenJM:Skinbarrierfunc-tion,epidermalproliferationanddifferentiationineczema.JDermatolSci43:159-169,20066)SmithFJ,IrvineAD,Terron-KwiatkowskiAetal:Loss-of-functionmutationsinthegeneencodingfilaggrincauseichthyosisvulgaris.NatGenet38:337-34220067)PalmerCN,IrvineAD,Terron-KwiatkowskiAetal:Commonloss-of-functionvariantsoftheepidermalbarrierproteinfilaggrinareamajorpredisposingfactorforatopicdermatitis.NatGenet38:441-446,20068)SandilandsA,SutherlandC,IrvineADetal:Filaggrininthefrontline:roleinskinbarrierfunctionanddisease.JCellSci122:1285-1294,20099)Nemoto-HasebeI,AkiyamaM,NomuraTetal:FLGmutationp.Lys4021XintheC-terminalimperfectfilaggrinrepeatinJapanesepatientswithatopiceczema.BrJDermatol161:1387-1390,200910)BrownSJ,McLeanWH:Oneremarkablemolecule:filaggrin.JInvestDermatol132:751-762,201211)OsawaR,KonnoS,AkiyamaMetal:Japanese-specificfilaggringenemutationsinJapanesepatientssufferingfromatopiceczemaandasthma.JInvestDermatol130:2834-2836,201012)RodriguezE,BaurechtH,HerberichEetal:Meta-analy-sisoffilaggrinpolymorphismsineczemaandasthma:robustriskfactorsinatopicdisease.JAllergyClinImmu-nol123:1361-1370e1367,200913)vandenOordRA,SheikhA:Filaggringenedefectsandriskofdevelopingallergicsensitisationandallergicdisor-ders:systematicreviewandmeta-analysis.BMJ339:b2433,200914)McAleerMA,IrvineAD:Themultifunctionalroleoffilaggrininallergicskindisease.JAllergyClinImmunol131:280-291,201315)DeBenedettoA,QualiaCM,BaroodyFMetal:Filaggrinexpressioninoral,nasal,andesophagealmucosa.JInvestDermatol128:1594-1597,200816)YingS,MengQ,CorriganCJetal:Lackoffilaggrinexpressioninthehumanbronchialmucosa.JAllergyClinImmunol118:1386-1388,200617)HudsonTJ:Skinbarrierfunctionandallergicrisk.NatGenet38:399-400,200618)McGrathJA,UittoJ:Thefilaggrinstory:novelinsightsintoskin-barrierfunctionanddisease.TrendsMolMed14:20-27,200819)KawasakiH,NagaoK,KuboAetal:Alteredstratumcorneumbarrierandenhancedpercutaneousimmuneresponsesinfilaggrin-nullmice.JAllergyClinImmunol129:1538-1546e1536,201220)CorkMJ,DanbySG,VasilopoulosYetal:Epidermalbar-rierdysfunctioninatopicdermatitis.JInvestDermatol129:1892-1908,200921)BeckLA,LeungDY:Allergensensitizationthroughtheskininducessystemicallergicresponses.JAllergyClinImmunol106:S258-S263,200022)Hadj-RabiaS,BaalaL,VabresPetal:Claudin-1genemutationsinneonatalsclerosingcholangitisassociatedwithichthyosis:atightjunctiondisease.Gastroenterology127:1386-1390,200423)SugawaraT,IwamotoN,AkashiMetal:Tightjunctiondysfunctioninthestratumgranulosumleadstoaberrantstratumcorneumbarrierfunctioninclaudin-1-deficientmice.JDermatolSci70:12-18,201324)YukiT,KomiyaA,KusakaAetal:Impairedtightjunc-tionsobstructstratumcorneumformationbyalteringpolarlipidandprofilaggrinprocessing.JDermatolSci69:148-158,201325)YokouchiM,KuboA,KawasakiHetal:Epidermaltightjunctionbarrierfunctionisalteredbyskininflammation,butnotbyfilaggrin-deficientstratumcorneum.JDerma-tolSci77:28-36,201526)DeBenedettoA,RafaelsNM,McGirtLYetal:Tightjunctiondefectsinpatientswithatopicdermatitis.JAller-gyClinImmunol127:773-786,e771-e777,201127)MeradM,GinhouxF,CollinM:Origin,homeostasisandfunctionofLangerhanscellsandotherlangerin-express-ingdendriticcells.NatRevImmunol8:935-947,200828)YoshidaK,KuboA,FujitaHetal:DistinctbehaviorofhumanLangerhanscellsandinflammatorydendriticepi-dermalcellsattightjunctionsinpatientswithatopicder-matitis.JAllergyClinImmunol134:856-864,201429)OuchiT,KuboA,YokouchiMetal:Langerhanscellantigencapturethroughtightjunctionsconferspreemp-tiveimmunityinexperimentalstaphylococcalscaldedskinsyndrome.JExpMed208:2607-2613,201130)NagaoK,GinhouxF,LeitnerWWetal:Murineepider-malLangerhanscellsandlangerin-expressingdermaldendriticcellsareunrelatedandexhibitdistinctfunctions.ProcNatlAcadSciUSA106:3312-3317,200931)GittlerJK,KruegerJG,Guttman-YasskyE:Atopicder-matitisresultsinintrinsicbarrierandimmuneabnormali-ties:implicationsforcontactdermatitis.JAllergyClinImmunol131:300-313,201332)NakajimaS,IgyartoBZ,HondaTetal:Langerhanscellsarecriticalinepicutaneoussensitizationwithproteinanti-genviathymicstromallymphopoietinreceptorsignaling.JAllergyClinImmunol129:1048-1055,e1046,201233)BartnikasLM,GurishMF,BurtonOTetal:EpicutaneoussensitizationresultsinIgE-dependentintestinalmastcellexpansionandfood-inducedanaphylaxis.JAllergyClinImmunol131:451-460,e451-e456,2013あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016341(11)34)HanH,XuW,HeadleyMBetal:Thym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