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重篤な眼合併症を伴うStevens-Johnson症候群の発症予測

2016年4月30日 土曜日

特集●眼の先制医療あたらしい眼科33(4):501〜510,2016重篤な眼合併症を伴うStevens-Johnson症候群の発症予測PossibilityofPreemptiveMedicineforStevens-JohnsonSyndromewithSevereOcularComplications上田真由美*はじめに近年,病気の発症前にそれを予測し,予防的な対策を行うことにより病気の発症を予防する,あるいは遅らせるための先制医療が着目されている.本稿では,重篤な眼合併症を伴うStevens-Johnson症候群(Stevens-Johnsonsyndrome:SJS)について,筆者らが10年以上かけて解明してきた本症候群の病態ならびに遺伝素因を解説し,先制医療への応用の可能性を述べる.I重篤な眼合併症を伴うStevens-Johnson症候群SJSは,突然の高熱,口内炎,結膜炎,皮膚の小さな発疹につづいて,全身の皮膚と粘膜に水疱とびらんを生じる急性の皮膚粘膜疾患である.中毒性表皮壊死症(toxicepidermalnecrolysis:TEN)の一部はSJSの重症型と考えられ,日本では皮疹の面積が10%未満のものをSJS,それ以上のものをTENとよぶ1).1年あたり百万人に数人が発症する大変まれな疾患であるが,小児を含めあらゆる年齢に発症する.急性期に重篤な眼合併症(図1:偽膜ならびに角結膜上皮欠損の両方を認める重篤な結膜炎)を伴うのはSJS/TEN全体の約40%と報告されているが,その多くは慢性期に重篤な眼後遺症を生じる.重篤な眼後遺症としては,重症ドライアイ,睫毛乱生,眼瞼結膜の瘢痕形成,瞼球癒着,症例によっては角膜への結膜侵入または眼表面の角化による重度の視力障害があげられる(図2).眼合併症ならびに眼後遺症を生じているSJSとTENの眼所見は類似し,急性期ならびに慢性期をとおして,眼所見から両者を鑑別することは困難である.眼科では,瘢痕性角結膜上皮症に至った慢性期の患者を診ることが多く,重篤な眼合併症を伴うSJSとTENを併せて広義のStevens-Johnson症候群と呼称している2).IISJS⊘TENの原因薬剤とHLASJS/TENは,薬剤の投与が誘因となって発症することが多く,皮膚科からは,抗痛風薬であるアロプリノールや抗てんかん薬であるカルバマゼピンなどが代表的な原因薬剤として報告されている.しかし,アロプリノールで重篤な眼合併症を生じることは少なく3),カルバマゼピンによる重篤な眼合併症も多くはない.筆者らが,重篤な眼合併症・眼後遺症を伴うSJS/TEN患者を対象に行った調査では,約8割の患者が感冒様症状を自覚し,感冒様症状に対する薬剤投与が誘因となって発症していた4~6).また,大変興味深いことに,諸外国のSJS/TENのヒト白血球型抗原(humanleucocyteantigen:HLA)解析の結果報告から,原因薬剤によりその遺伝素因が異なることもわかってきた.抗痛風薬であるアロプリノールによるSJS/TEN発症には,漢民族7),欧米人8),日本人9)でHLA-B*58:01と強い関連があることが報告されている.また,抗てんかん薬であるカルマバゼピンによるSJS/TEN発症には,漢民族ではHLA-B*15:0210)と関連があることが,欧米人,日本人ではHLA-A*31:01と関連することが報告されている11,12).また,京都府立医科大学で診療するSJS/TEN患者のうち,抗てんかん薬による発症はわずか5%であった13).薬剤によって遺伝素因や眼合併症の有無が異なることは,それぞれの病態が異なる可能性を示している.つまり,現在,SJS/TENと診断されている患者は,複数の病態の集まりである可能性が示唆される(図3).III感冒薬関連眼合併型SJSのHLA筆者らは,感冒薬に関連して発症し,重篤な眼合併症・眼後遺症を伴うSJS/TEN(以下,感冒薬関連眼合併型SJS)日本人患者151名ならびに健康コントロール639名を対象にHLA解析を行い,HLA-A*02:06とHLA-B*44:03が感冒薬関連眼合併型SJSと有意に関連することを明らかにした5).とくにHLA-A*02:06では,p値2.7×10−20,オッズ比5.6と強い関連が示された5).大変興味深いことに,HLA-A*02:06ならびにHLA-B*44:03と感冒薬関連眼合併型SJSとの有意な関連は,同じ感冒薬に関連して発症していても,重篤な眼合併症・眼後遺症を伴わない症例では関連を認めなかった5).また,重篤な眼合併症を伴っていても,感冒薬以外の薬剤による発症患者ではHLA-A*02:06またはHLA-B*44:03との関連を認めなかった5).このことは,HLA-A*02:06とHLA-B*44:03との有意な関連は,感冒薬関連眼合併型SJSに特異的な遺伝素因であることを示唆している5).続いて,韓国人,インド人,ブラジル人感冒薬関連眼合併型SJSサンプルを用いてHLA-A*02:06またはHLA-B*44:03との関連についての検証を行ったところ,韓国人感冒薬関連眼合併型SJSではHLA-A*02:06と関連があり,インド人ならびにブラジル人(とくに欧米系ブラジル人)感冒薬関連眼合併型SJSでは,HLA-B*44:03と強い関連が示された(表1)14).インド人は,民族的には欧米人と同じCaucasianに属する.このことは,HLA-B*44:03と感冒薬関連眼合併型SJSとの関連は欧米人でも認められる可能性が高いことを示しており,今後の解析が急がれる.IV感冒薬関連眼合併型SJSの疾患関連遺伝子上述のように感冒薬関連眼合併型SJS発症には,HLA-A*02:06とHLA-B*44:03が有意に関連し,本発症には遺伝素因が大きく関与することが示唆された.そこで,筆者らは,HLA解析に加えて,感冒薬関連眼合併型SJSを対象に遺伝子多型解析を行った.感冒薬関連眼合併型SJSでは,薬剤投与の前にウイルス感染症やマイコプラズマ感染症を思わせる感冒様症状を呈することが多い.また,急性期・慢性期ともにメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistantStaphylococcusaureus:MRSA),メチシリン耐性表皮ブドウ球菌(methicillin-resistantStaphylococcusepidermidis:MRSE)を高率に保菌し,眼表面炎症と感染症を生じやすい15).このことより,筆者は,感冒薬関連眼合併型SJS発症の素因として自然免疫応答異常が関与している可能性を考えた.そこで,まず自然免疫関連遺伝子を候補遺伝子とした解析を行った.その結果,ウイルス感染に対する生体防御に大きく関与しているtolllikereceptor3(TLR3)の遺伝子多型との有意な関連が確認された16).また,マウスモデルを用いた解析で,このTLR3は眼表面炎症ならびに皮膚炎症を促進していることがわかった.さらにその炎症促進には上皮系細胞が大きく関与していることが明らかとなった17,18).第1回目の全ゲノム関連解析では,プロスタグランジン(prostaglandin:PG)E2の受容体の一つであるEP3の遺伝子PTGER3の遺伝子多型との関連が確認された4).このEP3については,マウスモデルを用いた解析により,眼表面上皮細胞や気道上皮,表皮細胞に強く発現しており,眼表面炎症や気道炎症,皮膚炎症を抑制していることが明らかとなっている19~21).さらに,ヒト結膜組織のEP3の免疫染色を行ったところ,正常結膜ならびに結膜弛緩症,翼状片,化学外傷患者の結膜組織において,このEP3は結膜上皮に蛋白発現が強く認められるのとは対照的に,重篤な眼合併症を伴うSJS患者の結膜では著しくその蛋白発現は減弱していた(図4)22).これらのことから,重篤な眼合併症を伴うSJS患者眼表面におけるEP3の発現の減弱が,慢性期にも継続するSJSの眼表面炎症に関与していることが推測される.さらに,感冒薬関連眼合併型SJSがさまざまな感冒薬で発症していることより,感冒薬(非ステロイド抗炎症薬やアセトアミノフェンなど)共通の作用機序であるPG抑制作用がその発症に大きく関与している可能性が示唆される.発症の遺伝素因がない人では,なんらかの微生物感染が生じても,正常の自然免疫応答が生じ,薬剤服用後に解熱・消炎が促進され,感冒は治癒する.しかし,発症にかかわる遺伝素因がある人に,なんらかの微生物感染が生じると異常な自然免疫応答が生じ,さらに薬剤服用が加わって,異常な免疫応答が助長され,重篤な眼合併症を伴うSJSを発症するのではないかと筆者は考えている(図5)15,23).続いて筆者らは,アジア人向けに開発されたChipを用いて,感冒薬関連眼合併型SJS日本人患者117名ならびに健康コントロール691名を対象に再度全ゲノム関連解析を行った.その結果,感冒薬関連眼合併型SJSの発症に,IKZF1遺伝子が強く関与していることが明らかとなった(図6a)6).韓国人,インド人感冒薬関連眼合併型SJSでもその有意な関連は確認されており,国際的に共通の疾患関連遺伝子であることがわかっている(図6b)6).さらに,IKZF1遺伝子の遺伝子多型の機能解析を行ったところ,感冒薬関連眼合併型SJS患者に多い遺伝子型では,ドミナントネガティブ型のスプライシングバリアントの発現比率が低下することが示唆され,感冒薬関連眼合併型SJSの病態にIKZF1の機能亢進が関与している可能性が示唆された(図7)6).感冒薬関連眼合併型SJSの病態へのIKZF1遺伝子の関連については,さらなる研究を継続している.V遺伝子間相互作用解析大変興味深いことに,HLA-A*02:06とTLR3rs3775296TTの両方をもつとオッズ比は,35以上に上昇することが明らかとなった24).そのため,ほかの組み合わせを模索したところ,HLA-A*02:06とPTGER3rs1327464GAまたはAAの両方をもつとオッズ比は,10以上に上昇することがわかってきた25).さらに,最近見つかった新規疾患関連遺伝子多型では,HLA-A*02:06と両方をもつと,オッズ比は100以上に上昇することも示唆されている.これらの複数の遺伝子多型が組み合わさることにより,発症リスクが高まることを,遺伝子間相互作用があるという.筆者は,この遺伝子間相互作用を応用して,感冒薬関連眼合併型SJSの発症予測,つまり前もってハイリスクの人を予測することが可能になるのではないかと考え,研究を継続している(図8).さらに,本疾患の発症に有意に関連することがわかっているいくつかの複数の疾患関連遺伝子には,機能的な相互作用があることも明らかとなっている.たとえば,EP3はTLR3を介した炎症を抑制していることが明らかとなっている(図9a)26).また,ほかの疾患関連遺伝子についても,TLR3によって誘導されることもわかってきている.以上のことより,感冒薬関連眼合併型SJSの発症に複数の疾患関連遺伝子,ならびに,それらの遺伝子間相互作用が大きく関与している可能性が示唆される15).つまり,生体内で複数の疾患関連遺伝子が遺伝子間ネットワークを構成し,ネットワークのバランスが良好であれば安定した生体内の恒常性が維持され,複数のリスク遺伝子多型を有する生体内ではネットワークのバランスが不安定になり,発症リスクにつながるのではないかと,筆者は考えている(図9b).おわりに今後,さらに感冒薬関連眼合併型SJSの遺伝素因の解明を進めることにより,ハイリスクの人を前もって見つけだし,予防的な対策を行うことにより病気の発症を予防する先制医療,そして個人の遺伝情報に応じた最適な医療(オーダーメイド医療)が可能となることが期待される.また,同定された疾患関連遺伝子がどのように相互作用して本疾患の発症機序に関与しているかを明らかにすることは,疾患発症予防法ならびに新しい治療法の開発に大きく貢献するものと期待される.文献1)北見周,渡辺秀晃,末木博彦ほか:Stevens-Johnson症候群ならびに中毒性表皮壊死症の全国疫学調査─平成20年度厚生労働科学研究費補助金(難治性疾患克服研究事業)重症多形滲出性紅斑に関する調査研究─,日皮会誌:121:2467-2482,20112)上田真由美,外園千恵,木下茂:“難病”診療の最前線Stevens-Johnson症候群の診療ならびに病態解析.京都府立医科大学雑誌117:793-799,20083)LeeHS,UetaM,KimMKetal:Analysisofocularmanifestationandgeneticassociationofallopurinol-inducedStevens-JohnsonsyndromeandtoxicepidermalnecrolysisinSouthKorea.Cornea35:199-204,20164)UetaM,SotozonoC,NakanoMetal:AssociationbetweenprostaglandinEreceptor3polymorphismsandStevens-Johnsonsyndromeidentifiedbymeansofagenome-wideassociationstudy.JAllergyClinImmunol126:1218-1225,20105)UetaM,KaniwaN,SotozonoCetal:IndependentstrongassociationofHLA-A*02:06andHLA-B*44:03withcoldmedicine-relatedStevens-Johnsonsyndromewithseveremucosalinvolvement.SciRep4:4862,20146)UetaM,SawaiH,SotozonoCetal:Newsusceptibilitygene,IKZF1,forcoldmedicine–relatedStevens-Johnsonsyndrome/toxicepidermalnecrolysiswithseveremucosalinvolvements.JAllergyClinImmunol135:1538-1545,20157)HungSI,ChungWH,LiouLBetal:HLA-B*5801alleleasageneticmarkerforseverecutaneousadversereactionscausedbyallopurinol.ProcNatlAcadSciUSA102:4134-4139,20058)LonjouC,BorotN,SekulaPetal:AEuropeanstudyofHLA-BinStevens-Johnsonsyndromeandtoxicepidermalnecrolysisrelatedtofivehigh-riskdrugs.PharmacogenetGenomics18:99-107,20089)TohkinM,KaniwaN,SaitoYetal:Awhole-genomeassociationstudyofmajordeterminantsforallopurinolrelatedStevens-JohnsonsyndromeandtoxicepidermalnecrolysisinJapanesepatients.PharmacogenomicsJ13:60-69,201310)ChungWH,HungSI,HongHSetal:Medicalgenetics:amarkerforStevens-Johnsonsyndrome.Nature428:486,200411)McCormackM,AlfirevecA,BourgeoisSetal:HLA-A*3101andcarbamazepine-inducedhypersensitivityreactionsinEuropeans.NEnglJMed364:1134-1143,201112)OzekiT,MushirodaT,YowangAetal:Genome-wideassociationstudyidentifiesHLA-A*3101alleleasageneticriskfactorforcarbamazepine-inducedcutaneousadversedrugreactionsinJapanesepopulation.HumMolGenet20:1034-1041,201113)UetaM:Stevens-Johnsonsyndromewithocularcomplication.biopharmaceuticsanddrughypersensitivity(MossilloP,PinziniJeds.)p129-150.NovaSciencePublishers,NewYork,201014)UetaM,KannabiranC,WakamatsuTHetal:Trans-ethnicstudyconfirmedindependentassociationsofHLA-A*02:06andHLA-B*44:03withcoldmedicine-relatedStevens-Johnsonsyndromewithsevereocularsurfacecomplications.SciRep4:5981,201415)UetaM,KinoshitaS:Ocularsurfaceinflammationisregulatedbyinnateimmunity.ProgRetinEyeRes31:551-575,201216)UetaM,SotozonoC,InatomiTetal:Tolllikereceptor3genepolymorphismsinJapanesepatientswithStevens-Johnsonsyndrome.BrJOphthalmol91:962-965,200717)UetaM,UematsuS,AkiraSetal:Toll-likereceptor3enhanceslate-phasereactionofexperimentalallergicconjunctivitis.JAllergyClinImmunol123:1187-1189,200918)NakamuraN,Tamagawa-MineokaR,UetaMetal:Tolllikereceptor3increasesallergicandirritantcontactdermatitis.JInvestDermatol135:411-417,201519)UetaM,MatsuokaT,NarumiyaSetal:ProstaglandinEreceptorsubtypeEP3inconjunctivalepitheliumregulateslate-phasereactionofexperimentalallergicconjunctivitis.JAllergyClinImmunol123:466-471,200920)KunikataT,YamaneH,SegiEetal:SuppressionofallergicinflammationbytheprostaglandinEreceptorsubtypeEP3.NatImmunol6:524-531,200521)HondaT,MatsuokaT,UetaMetal:ProstaglandinE(2)-EP(3)signalingsuppressesskininflammationinmurinecontacthypersensitivity.JAllergyClinImmunol124:809-818,200922)UetaM,SotozonoC,YokoiNetal:ProstaglandinEreceptorsubtypeEP3expressioninhumanconjunctivalepitheliumanditschangesinvariousocularsurfacedisorders.PLoSOne6:e25209,201123)上田真由美:眼科におけるStevens-Johnson症候群の病型ならびに遺伝素因.あたらしい眼科32:59-67,201524)UetaM,TokunagaK,SotozonoCetal:HLA-A*0206withTLR3polymorphismsexertsmorethanadditiveeffectsinStevens-Johnsonsyndromewithsevereocularsurfacecomplications.PLoSOne7:e43650,201225)UetaM,KaniwaN,SotozonoCetal:HLA-A*02:06andPTGER3polymorphismexertsadditiveeffectsincoldmedicine-relatedStevens-Johnsonsyndromewithsevereocularcomplications.HumanGenomeVariation2,Articlenumber:15023,201526)UetaM,TomiyaG,TokunagaKetal:EpistaticinteractionbetweenToll-likereceptor3(TLR3)andprostaglandinEreceptor3(PTGER3)genes.JAllergyClinImmunol129:1413-1416,2012501*MayumiUeta:京都府立医科大学感覚器未来医療学〔別刷請求先〕上田真由美:〒602-0841京都市上京区河原町広小路上ル梶井町465京都府立医科大学感覚器未来医療学0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY図1眼後遺症を残す重篤な眼合併症を伴うSJS/TENの急性期の眼所見皮疹,粘膜疹とほぼ同時に両眼性の重度の結膜充血(a),角結膜上皮欠損(b),偽膜形成(c)を生じる.(文献23より転載)図2重篤な眼合併症を伴うSJS/TENの眼後遺症重篤な眼後遺症として,重症ドライアイ(a,b),眼瞼結膜の瘢痕形成(c),瞼球癒着(d),睫毛乱生(e:黄色矢印),症例によっては角膜への結膜侵入(f)または眼表面の角化(g)による重度の視力障害があげられる.502あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016(20)図3原因薬剤によりSJS⊘TENの遺伝素因が異なる(文献6より転載)表1重篤な眼合併症を伴う感冒薬関連SJSとHLAとの関連(文献5,14を改変して転載)a.日本人感冒薬関連合併型SJSと健常コントロールとの比較HLAgenotype保持者頻度(%)重篤な眼合併症を伴う感冒薬関連SJS健常コントロールpOddsratio(95%CI)A*02:0671/151(47.0%)87/639(13.6%)2.72E-205.63(3.81-8.33)B*44:0339/151(25.8%)95/639(14.9%)0.001251.99(1.30-3.05)b.国際サンプル(インド,ブラジル,韓国)を用いた検証HLA-A*02:06EthnicgroupCarrierfrequency(%)DominantmodelanalysisCM-SJS/TENwithSOCControlpOddsratio(95%CI)Indian1/20(5.0%)3/55(5.5%)0.9380.91(0.09-9.31)Brazilian0/39(0.00%)0/134(0.00%)──Korean11/31(35.5%)14/90(15.6%)0.01813.00(1.18-7.57)HLA-B*44:03EthnicgroupCarrierfrequency(%)DominantmodelanalysisCM-SJS/TENwithSOCControlpOddsratio(95%CI)Indian12/20(60.0%)6/55(10.9%)1.07.E-0512.25(3.57-42.01)Brazilian10/39(25.6%)15/134(11.2%)0.02392.74(1.12-6.71)Korean6/31(19.4%)18/90(20.0%)0.9380.96(0.34-2.69)BrazilianCaucasian6⊘15(40.0%)⊘6⊘62(9.6%)⊘p=0.0037,OR=6.22(21)あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016503結膜弛緩症患者の結膜慢性期SJS患者の結膜慢性期化学外傷患者の結膜亜急性期SJS患者の結膜図4重篤な眼合併症を伴うSJS/TEN患者の眼表面組織におけるEP3蛋白発現の減弱結膜弛緩症,化学外傷患者の結膜組織においてEP3蛋白は結膜上皮に強く認められるのとは対照的に,重篤な眼合併症を伴うSJS/TEN患者の結膜では著しくその蛋白発現は減弱している.(文献22より転載)504あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016(22)図5重篤な眼合併症を伴うSJS⊘TENの発症機序についての仮説発症の遺伝子素因がない人では,なんらかの微生物感染が生じても,正常の自然免疫応答が生じ,薬剤服用後に解熱・消炎が促進され,感冒は治癒する.しかし,発症の遺伝子素因がある人に,なんらかの微生物感染が生じると異常な自然免疫応答が生じ,さらに薬剤服用が加わって,異常な免疫応答が助長され,SJSを発症する.(文献23より転載)あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016505rs4917014遺伝子多型:発症しやすい高リスクタイプ(TT)を持つ人の観点から図6IKZF1遺伝子多型の機能解析a:感冒薬関連眼合併型SJS日本人患者117名ならびに健康コントロール691名を対象にした全ゲノム関連解析の結果(マンハッタンプロット).既報のHLA領域に加えて,IKZF1遺伝子に強い関連を認めた.b:韓国人,インド人感冒薬関連眼合併型SJSでもその有意な関連が確認された.(文献6より転載)506あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016(24)IKZF1は,遺伝子発現のときに複数のスプライシングバリアントが存在する図7感冒薬関連眼合併型SJS発症関連遺伝子IKZF1a:IKZF1遺伝子の代表的なスプライシングバリアント(IK1~IK4).b:感冒薬関連眼合併型SJS患者に多い遺伝子型では,ドミナントネガティブ型のスプライシングバリアントの発現比率が低下している.(文献6より転載)疾患関連遺伝子の相互作用解析発症リスクを著明に上昇させるリスク遺伝子多型の組み合わせ図8遺伝子間相互作用を応用した感冒薬関連眼合併型SJSの発症予測HLA-A*02:06とTLR3rs3775296TTの両方をもつとオッズ比は35以上に上昇,HLA-A*02:06とPTGER3rs1327464GAまたはAAの両方をもつとオッズ比は10以上に上昇する.さらに,今後,新たに見つかる新規疾患関連遺伝子の組合せにより,さらにハイリスクの人の予測が可能となることが期待される.図9疾患関連遺伝子の相互作用a:EP3は,TLR3を介して産生されるさまざまな炎症性サイトカインの発現ならびに産生を抑制することにより炎症を抑制している.b:生体内で複数の疾患関連遺伝子が遺伝子間ネットワークを構成し,ネットワークのバランスが良好だと安定した生体内の恒常性が維持され,複数のリスク遺伝子多型を有すると,ネットワークのバランスが不安定になり,発症リスクにつながる.

加齢黄斑変性のゲノム発症予測

2016年4月30日 土曜日

特集●眼の先制医療あたらしい眼科33(4):497〜500,2016加齢黄斑変性のゲノム発症予測PredictionofAge-RelatedMacularDegenerationbyGenomicStudy山城健児*はじめに加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)は高齢者の50~100人に1人にみられる疾患であり,臨床医がその発症に遺伝的な背景があることを感じとることはあまりないのではないかと思う.しかし,AMDの発症に関与する遺伝子を発見するための研究は1990年代から広く行われてきており,2005年にはCFH遺伝子がその発症確率を2.5倍以上に上昇させる影響をもっている感受性遺伝子であることが発表され,補体系路の因子を対象とした治療薬の開発も始まった.その後の10年間でAMDに関するゲノム研究は飛躍的に進み,治療方法の開発だけではなく,新たな感受性遺伝子の発見が新たな病態解明や発症機序の解明につながり,AMDの表現形の人種差やサブタイプ(ポリープ状脈絡膜血管症;polypoidalchoroidalvasculopathy:PCV,網膜血管腫様増殖;retinalangiomatousproliferation:RAP)ごとの発症機序の違いを遺伝子によって説明できるのではないかとも期待されている.さらに遺伝子診断による発症予測や,治療反応性を予測できる遺伝子の発見による個別化医療の実現などの臨床応用の可能性も大きい.また,倫理的な問題はあるが複数の感受性遺伝子を調べることでAMD発症のリスクを予測することは可能であり,どういった遺伝子がAMD発症に関与しているのかを知っておくことは眼科医として重要である.I加齢黄斑変性の発症にかかわる遺伝子現在わかっているAMDの発症に関与する遺伝子を表1にまとめた1).補体系遺伝子(CFH,CFI,C9,C2/CFB,C3)や脂質代謝系遺伝子(LIPC,CETP,APOE,TIMP3),新生血管関連遺伝子(ADAMTS9,VEGFA,MMP9)のほかにも,さまざまな遺伝子の多型がAMDの発症に関連していると考えられている.ただし表1に載せた遺伝子の半数近くが2016年の2月に発表されたばかりのもので,これらの遺伝子すべてが本当にAMDの発症に関与しているかどうかについては,まだ追試による検証が必要な段階である.表1にはおもに白人で調べられたオッズ比を記載しており,このオッズ比からはARMS2/HTRA1とCFHがAMDの発症に非常に大きな影響を与えており,次にC9やC2/CFBといった補体系の遺伝子が重要であることがわかる.一方で,アジア人を対象に行った研究結果のなかからオッズ比が高い順に感受性遺伝子を列挙すると,ARMS2/HTRA1とCFHの次に重要な遺伝子は脂質代謝にかかわるCETPとなっている(表2)2,3).この違いが白人とアジア人ではAMDの発症機序に違いがあることを示しているのか,体質や生活習慣の違いがそれぞれのAMD発症に影響を与える遺伝子の違いにつながっているのか,今後の研究で明らかにしていく必要がある.表2中のC6orf223,SLC44A4,FGD6についてはアジア人でのみAMDの発症に関与していると報告されており,白人を対象にした研究ではAMDの感受性遺伝子としては報告されていきていない.まずほかのアジア人サンプルを用いて本当にAMDの感受性遺伝であるのかどうかを検証すべきであり,白人ではこれらの遺伝子が本当にAMDの発症に関与していないのかどうかについても検証されるべきである.これらの遺伝子がアジア人でのみ発見されてきた理由として,アジア人に多いPCVの感受性遺伝子であるという可能性もあり,さらに検討していく必要があるといえる.IIPCVとRAPの感受性遺伝子の特徴PCVはアジア人のAMDの半数近くを占めるサブタイプで,典型的なAMDとは治療反応性が違うことから,発症機序にも違いがあるのではないかと考えられている.そこで,これまでにPCVと典型AMDの違いをゲノム研究であきらかにしようという試みが行われてきている.PCVと典型AMDではARMS2/HTRA1のリスクアレルがPCVのほうが少ないという報告は多数あり4,5),ARMS2/HTRA1がどのようにAMDの発症に関与しているのかが解明されれば,PCVと典型AMDとの決定的な違いが明らかになるのかもしれない.また,PCVと典型AMDの違いを説明できる可能性のある遺伝子としては,ほかにELN6)やCD367,8)が報告されているが,ELNについては表3にまとめるように追試の結果が大幅に異なっており9,10),白人では典型AMDにもPCVにも無関係であることも示されている11)ことから,PCVと典型AMDとの違いを説明できる遺伝子とはいえなさそうである.同様にCD36についてもPCVと典型AMDとの違いを説明できる遺伝子である可能性は低いと考えられる.AMDは白人では女性に多く,アジア人では男性に多いことはよく知られているが,RAPはアジア人でも女性に多く,ほぼ全例が両眼発症をきたすという点で,PCVや典型AMDとは大きく異なる表現形である.このRAP患者についてはARMS2/HTRA1のリスクアレルをほぼ90%がもっているということを複数の研究結果が示しており4,10,12),平均的な日本人ではそのリスクアレルの頻度が40%程度であることを考えると,ARMS2/HTRA1の影響を非常に強く受けていることがわかる.ARMS2/HTRA1に関する基礎研究が進めば,RAPの病態もさらに明らかになっていくかもしれない.III萎縮型加齢黄斑変性と滲出型加齢黄斑変性の違い白人には萎縮型AMDが多く,アジア人には滲出型AMDが多い.しかし,もちろん白人に滲出型AMDが生じることはあり,アジア人に萎縮型AMDが生じることもある.萎縮型,滲出型ともにドルーゼンを元にして生じており,感受性遺伝子も共通していることから,萎縮型AMDが生じる機序と滲出型AMDが生じる機序はどこまでが同じでどこからが違うのかという問題はいまだに解明されていない.最近になって,MMP9が萎縮型AMDの発症には無関係で,滲出型AMDの発症にのみ影響を与えているということが発表された1).追試による検証は必要であるが,萎縮型AMDを発症しやすい眼と滲出型AMDを発症しやすい眼とを見分ける検査方法も開発できるかもしれない.IV僚眼の発症予測現時点でわかっている感受性遺伝子とそのオッズ比から,AMDの発症予測はかなり高い精度で可能である.しかし,発症予測をしたところで,確実に発症を予防できる方法が確立されているわけでもなく,倫理的な問題から発症予測を行うことはできない.一方,片眼発症のAMD患者に対して僚眼の発症予測を行うと,すでに発症しているAMDの治療をどの程度積極的に行うのか,どの程度の頻度で僚眼の眼底検査を行うのかといった治療方針を決定する際の補助となり得る.図1はARMS2遺伝子のA69S多型を調べることで片眼AMD発症患者をGG群,GT群,TT群に分類して僚眼の発症を生存曲線で表したものである13).10年以上経過観察すると,GG群では僚眼発症が10%程度であるのに対して,GTでは50%程度,TT群では70%程度に僚眼発症していることがわかる.さらに図2のようにARMS2,CFH,TNFRSF10A,VEGFA,CFIの5つの遺伝子の多型を調べて,それぞれのオッズ比をもとにGeneticRiskScoreを計算すると,さらにその予測精度を向上させることもできる14).今後は片眼にAMDを発症した患者に対して遺伝子診断を行い,僚眼の発症予測を行って治療方針を決定していくべきであろう.おわりにAMDの感受性遺伝子そのものを研究するゲノム研究はそろそろ終わりそうで,AMD感受性遺伝子の候補はほぼ出揃ったと考えられる.今後はこの遺伝子の診断を臨床的にどう応用するかを検討していく必要があり,ゲノム研究がよりよい医療の提供に役立っていく段階にさしかかっていると考えられる.文献1)FritscheLG,IglW,CookeBaileyJNetal:Alargegenome-wideassociationstudyofage-relatedmaculardegenerationhighlightscontributionsofrareandcommonvariants.NatGenet48:134-1343,20162)ChengCY,YamashiroK,ChenLGetal:Newlociandcodingvariantsconferriskforage-relatedmaculardegenerationinEastAsians.NatCommun6:6063,20153)NakataI,YamashiroK,Akagi-KurashigeYetal:Associationofgeneticvariantson8p21and4q12withagerelatedmaculardegenerationinAsianpopulations.InvestOphthalmolVisSci53:6576-6581,20124)HayashiH,YamashiroK,GotohNetal:CFHandARMS2variationsinage-relatedmaculardegeneration,polypoidalchoroidalvasculopathy,andretinalangiomatousproliferation.InvestOphthalmolVisSci51:5914-5919,20105)MaL,TangFY,ChuWKetal:Associationofgeneticvariantswithpolypoidalchoroidalvasculopathy:Asystematicreviewandupdatedmeta-analysis.Ophthalmology122:1854-1865,20156)KondoN,HondaS,IshibashiKetal:Elastingenepolymorphismsinneovascularage-relatedmaculardegenerationandpolypoidalchoroidalvasculopathy.InvestOphthalmolVisSci49:1101-1105,20087)KondoN,HondaS,KunoSetal:PositiveassociationofcommonvariantsinCD36withneovascularage-relatedmaculardegeneration.Aging(AlbanyNY)1:266-274,20098)BesshoH,HondaS,KondoNetal:TheassociationofCD36variantswithpolypoidalchoroidalvasculopathycomparedtotypicalneovascularage-relatedmaculardegeneration.MolVis18:121-127,20129)YamashiroK,MoriK,NakataIetal:Associationofelastingenepolymorphismtoage-relatedmaculardegenerationandpolypoidalchoroidalvasculopathy.InvestOphthalmolVisSci52:8780-8784,201110)TanakaK,NakayamaT,YuzawaMetal:Analysisofcandidategenesforage-relatedmaculardegenerationsubtypesintheJapanesepopulation.MolVis17:2751-2758,201111)LimaLH,MerriamJE,FreundKBetal:Elastinrs2301995polymorphismisnotassociatedwithpolypoidalchoroidalvasculopathyincaucasians.OphthalmicGenet32:80-82,201112)YuzawaM:Polypoidalchoroidalvasculopathy.NihonGankaGakkaiZasshi116:200-231,201213)TamuraH,TsujikawaA,YamashiroKetal:AssociationofARMS2genotypewithbilateralinvolvementofexudativeage-relatedmaculardegeneration.AmJOphthalmol154:542-548,201214)MiyakeM,YamashiroK,TamuraHetal:Thecontributionofgeneticarchitecturetothe10-yearincidenceofage-relatedmaculardegenerationinthefelloweye.InvestOphthalmolVisSci56:5353-5361,2015*KenjiYamashiro:京都大学大学院医学研究科感覚運動系外科学講座眼科学〔別刷請求先〕山城健児:〒606-8507京都市左京区聖護院川原町54京都大学大学院医学研究科感覚運動系外科学講座眼科学0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(15)497表1加齢黄斑変性の感受性遺伝子染色体遺伝子オッズ比1CFH2.632COL4A31.113ADAMTS9-A21.143COL8A11.594CFI1.155C91.85PRlR-SPEF21.116C2/CFB/SKIV2L1.756VEGFA1.147PILRB/PILRA1.137KMT2E/SRPK21.118TNFRSF10A1.119TGFBR11.149TRPM31.109MIR6130/RORB1.119ABCA11.1110ARMS2/HTRA12.8110ARHGAP211.1112RDH5/CD631.1612ACAD101.5113B3GALTL1.1214RAD51B1.1115LIPC1.1516CETP1.1917TMEM97/VTN1.1017NPLOC4-TSPAN101.1319C31.4319APOE1.4319CNN21.1120MMP91.1820C20orf851.3222SYN3/TIMP31.3022SLC16A81.14表2アジア人の加齢黄斑変性発症に影響を与える遺伝子染色体遺伝子オッズ比10ARMS2/HTRA12.421CFH1.6916CETP1.416C2/CFB1.356C6orf2231.286SLC44A41.278TNFRSF10A1.273ADAMTS91.234CFI1.1719APOE1.1612FGD61.156IER3/DDR11.126VEGFA1.109TGFBR11.10498あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016(16)表3ELNと典型AMDおよびPCVとの関連(rs2301995のマイナーアレル頻度比較)Kondo,etalYamashiro,etalTanaka,etal症例数2851,774962対照群vs典型AMD15%vs14%18%vs24%23%vs16%p=0.82p=0.0028p=0.0034対照群vsPCV15%vs26%18%vs19%23%vs20%p=0.0092p=0.47p=0.20図1ARMS2A69S遺伝子多型による僚眼の加齢黄斑変性発症率図2GeneticRiscScoreによる僚眼の加齢黄斑変性発症予測ARMS2,CFH,TNFRSF10A,VEGFA,CFIの5つの遺伝子の多型をもとに算出したGeneticRiskScoreの上位10%(青),中位80%(赤),下位10%(黒)の,それぞれの僚眼発症の割合.(17)あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016499500あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016(18)

緑内障の先制医療─その夢とハードル─

2016年4月30日 土曜日

特集●眼の先制医療あたらしい眼科33(4):491〜495,2016緑内障の先制医療─その夢とハードル─PreemptiveMedicineinGlaucoma─HopeandHurdles─田代啓*はじめに緑内障の先制医療には大いなる夢もあり,ハードルもある(図1,表1).緑内障は日本人の中途失明原因1位の疾患であり,有病率は加齢に伴って増加し,多治見スタディによると40歳以上で約5%,70歳以上では約10%を占める1).日本人の緑内障の約7割が主病型の広義原発開放隅角緑内障(正常眼圧緑内障と狭義原発開放隅角緑内障からなる)である.本稿では主として広義原発開放隅角緑内障について述べる.I緑内障の先制医療の課題とはQOV(qualityofvision)やQOL(qualityoflife)にかかわる重要性のみならず,高齢者が外傷を負うおもな原因の一つが視野欠損を含む視覚の障害であるところから,高齢者が社会のさまざまな役割を担う必要が議論される昨今,疾病や外傷の後遺症のために高齢者の社会参加が阻まれることを防止するためにも,緑内障の先制医療の実現が強く望まれる疾患である.同様にニーズが高いアルツハイマー(Alzheimer)病の先制医療の実現が,患者のケアと家族への支えの医療福祉負担軽減につながることがおもに期待されるのに対し,緑内障の先制医療の実現は,社会貢献を担う勤労可能な労働人口を増加させることも期待されるという特色を有する.先制医療の必要性が痛切に理解されながらも,利用可能な介入方法候補に乏しい疾患が多いなか,緑内障の先制医療は,すでに主流の緑内障対策のコンセプトになっている早期発見と早期治療を前倒しして発症前の介入をすれば,比較的低侵襲,低コストで先制医療スキームが成り立つのが特色である.緑内障は先制医療の実現までの技術的ハードルが比較的低い疾患の一つである.緑内障の先制医療の実現のために必要なのは,発症リスク予測である.緑内障のゲノム研究の進展によって,発症リスクの予測は原理的には実現可能なレベルに近づいている.視野欠損を起こしていない未病状態での介入開始基準の策定が今後必要である.緑内障薬の発症前投与の安全性に配慮したガイドライン策定と,緑内障薬の発症前投与による長期予後の評価方法の確立も課題である.先制医療の全過程に関するガイドラインなどの制度と倫理の整備性も,7年以上の長期にわたるフォローと評価など,従来の制度や倫理の枠に収まらない部分もあるので,これからの努力によって越えてゆくべき重要なハードルである.発症リスクの予測方法が近い将来に確立されることによって,緑内障の先制医療は実現可能な多くのステップの積み重ねでトータルとして実現可能となる.それは,眼科医とその周辺がこれまでよりも多忙になることを意味するが,眼科学的なQOVとQOLのみならず,社会貢献を担う勤労可能な労働人口を増加させる貢献するという点にも理解を深めて対応されることを願いたい.また,先制医療で緑内障対応を前倒しにすることは,有病率が5%ならば,発症リスク検査の参加者の5%に視野欠損が見いだされ,眼底像や眼圧など諸所見とあわせて緑内障と診断されることが想定され,早期発見,早期治療の充実に直結する(図1).II緑内障の発症のメカニズム広義原発開放隅角緑内障は,網膜の神経節細胞とよばれる1種類のニューロンが死滅することで,その責任範囲の視野欠損が起こる.視野欠損は病態のfinalcommonpathwayであり診断の必須項目でもある.視野欠損緑内障の原因が多因子であっても,網膜の神経節細胞の死滅が共通する発症機序である.網膜の神経節細胞が死滅する原因の一つは,高眼圧である.現在使用されているすべての緑内障点眼薬は根治療法ではなく対症療法であり,眼圧降下を効能としている.高眼圧になると網膜の神経節細胞死が起こる機序は不明である.しかし,眼圧が「teenagerange」といわれる13~19mmHgの「高め」の範囲以下の正常とされる眼圧でも網膜の神経節細胞の死滅は起こり,正常眼圧緑内障を発症するので,眼圧以外の神経節細胞死の原因も想定されるが,現時点ではその詳細は不明である.既存の緑内障点眼薬が,高眼圧の狭義原発開放隅角緑内障のみならず正常眼圧緑内障に対しても視野欠損進行を遅らせることに有効であることも興味深い.神経節細胞死の機序と眼圧を高める機序が一部重複している可能性と,眼圧は正常とされている範囲からさらに低下させると神経節細胞死が減る可能性の2つの仮説が想起されるが詳細は不明である.網膜の神経節細胞死滅の原因が多因子であることが,広義原発開放隅角緑内障を多因子疾患たらしめている本質だと言い換えることができる.網膜の1個1個の神経節細胞死自体は直接に観察または計測不可能であるが,神経節細胞死の結果による眼底像の変化は観察可能と考察されている.また,もともと視神経径や視神経形状には個人差があり,これら眼底所見を総合してある程度の発症リスク予測が可能になることは語られ続けているが,まだ実現していない.III緑内障の病因ほかの多因子疾患と同様,緑内障の病因は,ゲノム寄与と環境寄与に二分できる.緑内障は家族歴,遺伝傾向が古くから知られていて,疫学的にも血縁者の一致率が高いのでゲノム寄与率が高いことが想定される2,3)が,養子縁組が多い欧米諸国での「身長のゲノム寄与率は8割から9割である4)」といったゲノム寄与率の決定に威力を発揮している「双子養子追跡研究」の結果は,緑内障ではまだ報告されていないので,緑内障のゲノム寄与率は未確定である.広義原発開放隅角緑内障の原因遺伝子同定研究は,緑内障を自然発症する遺伝的発症モデル動物が知られていないので,もっぱらヒトでの解析に頼っている.ほかの多因子疾患と同様,2008年以前は,家系を利用するアプローチと候補遺伝子を調べるアプローチによって研究結果がもたらされた.当時話題になったオプチニューリンやミオシリンやWDR36などの緑内障関連遺伝子候補は,大規模ゲノムワイド関連解析(genomewideassociationstudy:GWAS)ではどの人種でも再現されなかった5~10).小集団での疾患とのかかわりが否定されたわけではないが,広汎な緑内障の一般的な変異としては確認されなかった.2009年以降,使用する検体数と関連解析結果の信頼度をオッズ比の関数として算出する検出力計算が,現実を強く反映することがわかってきた.たとえばオッズ比1.4のマーカーsinglenucleotidepolymorphism(SNP,一塩基多型)をGWASで検出した際,それが40%以上の確率で真であるために必要な検体数は2,000例以上である.Affymetrix社とIllumina社は,2004年のヒトゲノム全塩基配列決定プロジェクトとその後のゲノムの個体差同定のためのHapMapProjectの重要な成果であるヒトのSNPの位置の同定結果を素早く反映したマイクロアレイを開発した.それを用いたGWASの結果が,筆者らの2009年の世界初の広義原発開放隅角緑内障のAffymetrix社500Kチップと別集団バリデーションのIllumina社チップを用いた症例1,519例と陰性例857例を解析した本格的GWASの報告を嚆矢として5),2015年までに世界で22論文発表されている6).広義原発開放隅角緑内障とCDKN2B-AS1領域の関連を見いだしたメルボルン大学のBurdonらの報告7),CDKN2B-AS1領域は広義原発開放隅角緑内障全体と正常眼圧緑内障に関連するが,狭義原発開放隅角緑内障には関連しないとする筆者らの報告8)あたりが,正常眼圧緑内障と狭義原発開放隅角緑内障は別疾患なのか,眼圧は異なるが一つの疾患単位なのかという眼科学的課題へのゲノム学からの答えとして学問的に重要である.一方で,例数が多く検出力の計算上は正しい結論を導ける可能性が高い多施設共同研究では,CDKN2B-AS1領域は広義原発開放隅角緑内障全体,正常眼圧緑内障,狭義原発開放隅角緑内障のいずれとも関連するとの結果となる傾向がある9,10).多施設が参加する共同研究では臨床的診断の基準を一定に揃えることが困難で,正常眼圧緑内障,狭義原発開放隅角緑内障の境界が曖昧になった結果を反映してしまっている可能性があるので,今後注意深い議論が必要である.広義原発開放隅角緑内障のGWAS結果は,他の多因子疾患GWAS結果と同様に別研究や別人種で再現性が高く6~10),信頼性が高い.疾患の病因を考察していくうえでの千年後も結果が揺るがない人類にとっての知的な資産として,緑内障SNPマーカーがGWAS研究によって蓄積されつつあるといえる6).しかしながら,ほかの多因子疾患のGWAS結果の活用が地味なのと同様,GWASで得られたSNPマーカーの相互の関係を紡いで緑内障の病因論に寄与することはまだ実現していない.その理由として,他の多因子疾患のGWAS結果と同様,信頼できるGWAS研究の結果同定されたSNPマーカー群の以下の2つの特色がある.①大半がイントロンや遺伝子間領域など非翻訳領域に存在するため,遺伝子にコードされた蛋白質の機能を緑内障の病因説明に使えない.周辺500kbに遺伝子が存在しないことすらある.GWAS研究の結果同定されたSNPマーカーは発現制御にかかわると推察されているが,現時点では制御の対象遺伝子が不明である.CDKN2B-AS1領域の場合も,ノンコーディングなので,なんらかの発現制御をしていると推察されるが詳細は不明である.②同定されたSNPマーカーのオッズ比の平均値は1.1と1.2の間であり,かなり低い.多因子疾患は本当に多因子だと明らかになってきた.実は,CDKN2B-AS1のオッズ比は諸研究で1.6~2.1と報告され6~10),その値は有病率が3%以上の大型多因子疾患のGWASで同定されたSNPマーカーのオッズ比としては最高値なのであるが,それだけでは医学的に有効な発症リスク予測は困難である.それ以外のSNPマーカーは1.4以下のオッズ比であり,平均値は結局1.2以下となる.今後さらに,集団における頻度が低い(minorallelefrequencyが低い)SNPマーカー多数の寄与を念頭に,国際協力を含めたGWAS研究の進展によって同定されるSNPマーカーが増加するとともに,緑内障発症SNPマーカー群と病因との関係が解明されて人類にとっての医学的価値が高まっていくことが期待される.そこには,神経節細胞死阻止などを機序とする新しい治療薬開発のシーズが含まれていることが推察され,今後の展開が待たれる.IV原発開放隅角緑内障の先制的介入法加齢と飲酒と喫煙を除くと,原発開放隅角緑内障の先制的介入に使える生活習慣は現時点では知られていない8).運動や塩分摂取制限のようなほかの多因子疾患で介入に使用される生活習慣の改善指導の候補が,原発開放隅角緑内障では見当たらないので,介入方法としては1日30秒ほどの点眼が中心となる.粘り強い努力を要する生活習慣の改善を求められないということを,むしろメリットと捉えることが可能である.V緑内障に対する先制医療の可能性緑内障の先制医療の実現が有望視される理由(表1)は,安価で簡便で検出力に優れた発症リスク予測の実現が有望であること,フォローで発症と進行を検出・確認する低侵襲で信頼度の高い検査がすでに確立されていること,海外の臨床試験EarlyManifestGlaucomaTrial(EMGT)などの結果から,点眼薬による介入で眼圧を下げることにより長期予後が改善されるとのコンセンサスがあること11),先制的介入に使用できることが大いに期待できる点眼薬が多種類存在することによる.有害事象への対応をしっかりすることを前提に,点眼の侵襲性は,さまざまな他の多因子疾患の先制医療の介入方法に比べて低い部類と考えられることと,その費用が比較的安価であることも実現が有望視される理由である.視野進行をフォロー検査することにより,介入の効果を緑内障の病態のfinalcommonpathwayで診断の定義でもある視野欠損を指標に評価できることも,緑内障の先制医療が他の先制医療に先行して実現して,手本を示すような発展を期待される重要な点である.しかもそれは,患者にとって肝心なQOVとQOLの向上と完全にオーバーラップする.おわりに緑内障先制医療と同様に待ち望まれるアルツハイマー病の先制医療と緑内障の先制医療の展望を比較すると,緑内障の先制医療の実現可能性に向けての立ち位置が恵まれていることが読み取れる(表2).介入方法が存在していて,先制医療にも有効性と安全性を確認したうえで転用できる可能性が大いにあることは意義深い.恵まれた立ち位置にある緑内障の先制医療の実現が期待される.文献1)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:Theprevalenceofprimaryopen-angleglaucomainJapanese:theTajimiStudy.Ophthalmology111:1641-1648,20042)TielschJM,KatzJ,SommerAetal:Familyhistoryandriskofprimaryopenangleglaucoma.TheBaltimoreEyeSurvey.ArchOphthalmol112:69-73,19943)WangX,HarmonJ,ZabrieskieNetal:UsingtheUtahPopulationDatabasetoassessfamilialriskofprimaryopenangleglaucoma.VisionRes50:2391-2395,20104)SilventoinenK,SammalistoS,PerolaMetal:Heritabilityofadultbodyheight:Acomparativestudyoftwincohortsineightcountries.TwinRes6:399-408,20035)NakanoM,IkedaY,TaniguchiTetal:Threesusceptiblelociassociatedwithprimaryopen-angleglaucomaidentifiedbygenome-wideassociationstudyinJapanesepopulation.ProcNatlAcadSciUSA106:12838-12842,20096)Abu-AmeroK,KondkarAA,ChalamKV:Anupdatedreviewonthegeneticsofprimaryopenangleglaucoma.IntJMolSci16:28886-28911,20157)BurdonKP,MacgregorS,HewittAWetal:GenomewideassociationstudyidentifiessusceptibilitylociforopenangleglaucomaatTMCO1andCDKN2B-AS1.NatGenet43:574-578,20118)NakanoM,IkedaY,TokudaYetal:CommonvariantsinCDKN2B-AS1associatedwithoptic-nervevulnerabilityofglaucomaidentifiedbygenome-wideassociationstudiesinJapanese.PLoSOne7:e33389,20129)WiggsJL,YaspanBL,HauserMAetal:Commonvariantsat9p21and8q22areassociatedwithincreasedsusceptibilitytoopticnervedegenerationinglaucoma.PLoSGenet8:e1002654,201210)ChenY,LinY,VithanaENetal:CommonvariantsnearABCA1andinPMM2areassociatedwithprimaryopenangleglaucoma.NatGenet46:1115-1119,201411)LeskeMC,HeijlA,HymanLetal:EarlyManifestGlaucomaTrial:designandbaselinedata.Ophthalmology106:2144-2153,1999*KeiTashiro:京都府立医科大学大学院医学研究科ゲノム医科学〔別刷請求先〕田代啓:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科ゲノム医科学0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(9)491先制医療用緑内障発症予測健診は未実現研究進行中発症リスク予測が実現すれば眼科医による眼底検査・視野検査点眼による先制介入既に発症介入せずフィードバック従来通り介入へ発症遅延をモニターする追跡研究発症可能性「低」発症可能性「高」欠損陰性欠損陽性発症可能性「高」or「低」図1緑内障に対する先制医療の可能性492あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016(10)表1緑内障の先制医療実現に向けての課題現状と展望発症予測ゲノム検査による発症リスク予測が研究中診断方法発症リスク予測で可能性が高い場合の精密検査として視神経乳頭形状と視野検査がすでにある介入方法緑内障点眼薬がすでに存在する.先制医療での有効性は未検証介入方法の侵襲性比較的低い.安全確保と安全なプロトコール策定が課題介入の有効性検証7〜20年スパンの追跡研究による検証が大切より良い介入方法より良い発症遅延と進行遅延効果を示す新しい点眼薬の開発が望まれる表2緑内障とアルツハイマー病の比較緑内障アルツハイマー病Finalcommonpathway網膜神経節細胞死脳内(コリン作動性)ニューロン死症状視野欠損痴呆ゲノム寄与高有画像眼底像読影MRI,CTによる脳萎縮,老人斑,神経原線維変化のPETスキャンによる画像検査が進歩原因一部で高眼圧アミロイドb質沈着,タウ蛋白質沈着,一部で循環障害予兆一部で高眼圧軽度認知機能障害介入方法点眼薬が存在医薬品が4種類許可されているが,広く有効な介入方法は存在せずより良い介入方法さらに有効な点眼薬開発を期待開発を期待(11)あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016493494あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016(12)(13)あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016495

先制医療とは何か,いまなぜそれが 必要なのか

2016年4月30日 土曜日

特集●眼の先制医療あたらしい眼科33(4):485〜489,2016先制医療とは何か,いまなぜそれが必要なのかPreemptiveMedicine─WhyItisofGreatImportanceNow─井村裕夫*はじめに現在,日本の医療制度は大きな転換期にさしかかっている.それは第二次世界大戦の後に生まれた団塊の世代が,すべて65歳を超え,経済活動から引退し始めているからである.今後10年経過すると,この人たちがすべて75歳以上の後期高齢者となる.75歳を超えると医療費,介護費が急速に増加することが知られている.しかも出生率は低い値にとどまっているので,15~64歳のいわゆる生産年齢人口は減少の一途をたどっていく.現在,生産年齢人口4.7人が1人の75歳以上の高齢者を支えているが,その比率は2025年には3.3人,2055年には1.9人となる.しかも生産年齢人口が減るので,当然GDPは減少し,医療制度,介護制度をどう持続可能なものにしていくかが,深刻な課題となって,われわれの眼前に横たわっている1).医学も当然それに向けて,重点課題を変えていかねばならない.一つの解決法は,いわゆる健康寿命を延伸することによって,医療費,介護費を節減することである.そのためには,高齢者の生活の質(qualityoflife:QOL)を低下させ,介護を必要とする状態にする非感染性疾患(non-communicabledisease:NCD)への対策を進めることである.NCDに対してわが国では,生活習慣病という言葉が広く用いられている.これは人々に生活習慣の改善を促すという意味ではわかりやすいが,学問的にはその範囲を決めることがむずかしい概念である.したがって,本稿では,国際的に広く用いられているNCDを使用することとする.INCDはどのようにして起こるのかNCDは感染症,外傷,中毒以外の疾患の総称で,きわめて範囲が広い.ここでは高齢者に多く,死亡率(mortality)を高めるか,介護を必要とする病態(morbidity)をきたす疾患を対象とする.表1はそのなかで,比較的症例数が多いものを取り上げて示したものである.眼科疾患としては,糖尿病,高血圧,動脈硬化などの全身疾患に伴うものと,加齢黄斑変性,緑内障などの眼科に特有の疾患とがある.NCDは,一般に遺伝素因と環境因子が相互作用して,発症すると考えられている.遺伝素因の研究は,標準ヒトゲノムの解読が終わった今世紀初頭から,活発に展開された.とくに一塩基多型(singlenucleotidepolymorphism:SNPs)と疾患の関連を解明する全ゲノム関連解析(genewideassociationstudy:GWAS)が,過去10年余りの間に全世界で,ヒトの表現型や疾患を対象として活発に展開された2).ゲノムには図1に示すようにさまざまな多型があるが,そのなかで疾患との関連でもっとも注目されてきたのが,SNPsである.SNPとは1つの塩基(例えばグアニンがシトシンに)置換されたものをいう.こうしたSNPsを指標として,きわめて多くの症例を対象として疾患との関連を検討するのが,GWASである.もし関連を証明できれば,その近傍に病因遺伝子があると考えられるからである.過去10年余りにわたって,さまざまなNCD,あるいは身長,髪の色などの表現型とSNPsの関係について,多くのGWAS研究が行われて,多数の疾患関連SNPsが同定された.しかし,このようにして見出された個々のSNPの影響力は一般に小さいが,そのなかでもかなり高いオッヅ比(病気へのかかりやすさ)をもつSNPsが見出されたのは,アルツハイマー病と加齢黄斑変性である.アルツハイマー病では,アポリポ蛋白Eのe4がリスクを著しく高めるし3),加齢黄斑変性では補体Hの突然変異(第1染色体)とARMS2/HTRA1の多型(第10染色体)を,多くの例がもっていることが明らかになっている4).もちろん両疾患とも,他にも多数の関連するSNPsが報告されている.最近,とくに米国ではインターネットで申し込むと,疾患関連遺伝子を調べるDTC(direct-to-consumer)遺伝子検査が盛んになっており,そのほとんどで加齢黄斑変性の検査が含まれている5).しかし,たとえ陽性であっても,単に疾患へのリスクが高いことを示すものであって,診断に応用できるものではないし,米国眼科学会も推奨していないと聞いている.この2つの疾患を除くと,ほとんどの疾患の場合,多数のSNPsの関連が報告されているが,その影響力は低く,遺伝のごく一部を説明できるに過ぎない.この現象は,見つからない遺伝率(missingheritability)という言葉で表現され,その理由が種々議論されている6).結局,単一遺伝子病を除いて,いわゆるcommondiseaseの遺伝構成(geneticarchitecture)はきわめて複雑で,その解明には,まだ少し時間がかかると考えられる.他方,NCDの発症には環境因子の影響も大きい.たとえば加齢黄斑変性では,喫煙,食事,心血管系疾患,血清脂質などの環境因子が,リスクを高めるとされている7).環境因子の影響がきわめて大きいのは,2型糖尿病(以下単に糖尿病としたのは,2型)である.それは,現在経済発展の著しい東アジア諸国,インド,アラブ諸国などで糖尿病が急増し,糖尿病津波(diabetestsunami)という言葉で,そのインパクトの大きさが表現されていることからも明らかである.環境因子は,人生のさまざまな時期に,おそらく少し違った形で働くものと考えられる.たとえば胎生期,あるいは生後の早期の栄養状態が不良であると,成人になってから肥満しやすく,メタボリック・シンドローム,虚血性心疾患,高血圧,糖尿病,高脂血症,腎疾患などのリスクが増大することが,多くの疫学的研究や動物実験で明らかにされている8,9).これは早期の環境が不良であると,それに適応できるようプログラムされるが,そうした人が後に豊かな環境で生活すると,さまざまな疾患が発生すると理解されている.発展途上国で糖尿病が急増している現象の,少なくとも一部はこのプログラミングで説明できる.現在,この現象はDOHaD(developmentaloriginofhealthanddisease:健康や疾患が発育の過程に起因しているという学説)学説とよばれ,日本でも学会が発足している8,9).眼科に特有の疾患が,このように発育期の環境の影響を受けるか否かは,筆者の知るかぎりまだ知られていない.NCDは遺伝構成と環境因子の複雑な相互関係で起こることは確実であるが,環境因子も人生のそれぞれの時期で,異なった影響を及ぼしている可能性が考えられる.IINCDの自然史NCDの多くは遺伝素因を背景として,環境因子の影響を受けながら,長い経過の後に発症する.そこに加齢という要因も働く場合も少なくない.たとえばアルツハイマー病でも加齢黄斑変性でも,高齢になって発症するものが圧倒的に多い.したがって一般に,長い発症前状態があると考えられる.一例をあげてみよう.糖尿病は,現在糖負荷試験を行って血糖を測定するか,一定期間の血糖値を反映するヘモグロビンA1cを測定して診断する.しかし,糖尿病は遺伝素因を背景として起こり,しかも胎生期など早期な環境の影響を受けることが確実とみられているので,長い発症前状態があると考えられ,これを糖尿病前症(prediabetes)と呼ぶ.しかし,糖尿病前症は,現在のところ,発症してから振り返って(レトロスぺクティブに)しか診断ができない.もし前症の診断が可能となれば,発症防止ができると期待されるので,種々研究が進められている.もう1つ例をあげてみよう.高齢社会の大きな問題は,認知症であるが,そのなかでもっとも数が多いのはアルツハイマー病である.アルツハイマー病の成因はなお完全には解明されていないが,脳内にアミロイドb(Ab)という蛋白質が蓄積し,それによって神経細胞死が誘導されて起こるとする考え方が有力である.アルツハイマー病は,図2に示すように,発症する5年ぐらい前から軽度の認知機能の障害をきたすことが知られており,軽度認知機能障害(mildcognitiveimpairment:MCI)とよばれる.ところがMCIの20年ぐらい前から,脳内にAbが蓄積していることが,神経解剖学的に知られるようになった.これに少し遅れて,タウ蛋白質が脳内に蓄積し,やがてMCIの状態となる1).現在,Abは陽電子断層撮影(positronemissiontomography:PET)によって検出することが可能になっている.また,脳脊髄液中のAb/タウ比を測定することによっても診断が可能である.したがって,心身ともに異常がみられない時期に,発症前アルツハイマー病(preclinicalAlzheimer’disease)を診断することが可能になっている.今後の課題は有効な薬剤の開発であって,現在アメリカでは,一部の薬剤の治験が進められている.図3は,一般的なNCDの自然史を,模式的に示したものである.多くのNCDは遺伝素因に,環境因子が働いて発症するものと考えられる.少なくとも一部の疾患では,早期の環境によってプログラムされ,発症リスクが高まる.そして長い経過のなかで少しずつ進行して,preclinicalな状態となる.もしこの状態で診断可能であれば,介入することによって発症を阻止するか,遅らせることが可能になると考えられる.これが先制医療である.III先制医療とは先制医療は,一種の予防である.しかし,従来の予防が集団の予防であるのとは異なり,個の予防をめざしたものである.もう少し説明すると,NCDの予防についての先駆的研究は,米国のFramingham研究である.第二次世界大戦後,増え続ける心筋梗塞に対処するため,ボストン近郊のFraminghamで,5,000人あまりの住民を対象として,前向きコホート研究が実施された.その結果,心筋梗塞のリスク因子(実はこの言葉もこの研究で生まれたのであるが)として,高コレステロール血症(脂質異常症),高血圧,喫煙,肥満,左室肥大が重要であることが明らかにされた.そこで心筋梗塞の予防法として,これらの因子を避けるか,治療することが試みられ,成果が上げられた.この結果は,集団としてみると正しい.リスクの多い人に心筋梗塞が多いことは確かである.しかし,個々の人についてみると,リスクが多くても発症しない人もあるし,リスクがゼロまたは1つでも,発症する人もある.それが集団の予防法であることの限界であり,予防医学の問題点として残る.これに対して個の予防法である先制医療は,その人の遺伝的特徴,バイオマーカー(病気の進行の程度を示す指標)などを用いて,水面下で進行しつつある病気を予測し,その時点で介入することによって,発症を遅らせるか,防止することをめざしたものである1,2).先に例としてあげたアルツハイマー病では,遺伝子検査である程度ハイリスク群を選別し,臨床症状が現れる前に予測診断することが可能となっている.今後薬剤の開発やその他の手法で介入することができれば,発症を遅らせるか,防ぐことが可能になると期待される.これが先制医療であり,個の予防,あるいは予測診断による医療ということも可能である.今後遺伝子の研究がさらに進み,環境因子の影響も明らかになれば,より正確な予防が可能になる.その意味で,精密予防(preciseprevention)といってよいかもしれない.先制医療には,レベルを考える必要がある場合も存在する9).たとえば冠動脈硬化症という立場からみれば,遺伝素因からハイリスクと考えられる人に対し脂質異常症,高血圧などの治療をするのがレベル1といえる.そして冠動脈血栓の危険を未然に予測して,介入治療するのがレベル2である.血栓に対しもし簡単なバイオマーカーがみつかれば,疑わしい人に画像診断を行って,梗塞を未然に防ぐことが可能となる.心筋梗塞という立場からみれば,このレベル2が先制医療ということになる.同様のことは,骨粗鬆症と骨折の関係として考えることもできる.IV先制医療を実現するために先制医療は究極の医療であるが,それを実現するためにはまださまざまな研究が必要である.第1に,遺伝素因の解明を続けなければならない.現在,次世代シークエンサーが導入されて,ヒトゲノムの全体あるいはエクソームな解析が進みつつある.commondiseaseの遺伝構成はかなり複雑であると考えられるので,まだもう少し時間を必要とするであろう.第2に,遺伝子の発現調節に働くエピジェネティクスの研究は,まだ始まったばかりといってよい.眼科領域でも,まだ研究は少ないであろう.すでに述べた胎生期または生後初期の環境が,後年のNCDに影響するのは,エピジェネテイックな変化によることが動物実験で報告されているし,ヒトのデータも出はじめている.遺伝構成と環境因子の相互作用は,加齢黄斑変性も含め多くの疾患で研究されているが,そのなかでもエピジェネティクスの役割は重要である.第3に,潜在性に進行しているNCDを予測できるバイオマーカーの開発が,不可欠である.血液中の蛋白質,脂質,ヌクレオチドなどの物質だけでなく,PET,MRIなどの画像など,さまざまな指標が用いられるであろう.眼科の場合には直接眼底を見ることができるので,独特のバイオマーカーの開発に期待がもたれている.第4に,前向きコホート研究,とくにゲノム情報を基盤にしたコホート研究は,ゲノムと環境因子の相互作用,発症前に予測できるバイオマーカーの開発,介入方法の有効性の評価など多くの情報を提供してくれるものと期待される.イギリス,中国などで大規模なゲノム・コホート研究が始まっており,米国でもオバマ大統領のお声がかりで100万人ゲノム・コホートの計画が進んでいる.わが国では,東北メディカル・メガバンク構想が進んでいるが,全国的な協力体制が不十分であり,早急に体制を整備する必要がある.というのも人類は小集団が全世界に拡散したため,いわゆる創始者効果(初期の1人の人の遺伝子が集団の中に短時間で広がる現象)が顕著で,集団(人種)の間でかなりの遺伝構成の相違がある可能性が大きいからである.第5に,疾患によって異なるが,新しい薬物の開発が必要になる場合が多いと考えられる.もちろん生活習慣の改善など,被薬物的な介入が望ましいが,それには限界がある場合が多いであろう.今後ゲノム,エピゲノムなどの情報が集積されれば,それに基づいた創薬が期待できる.たとえば加齢黄斑変性のように,有力な病因遺伝子がみつかれば,それを標的とした創薬の道が開ける可能性がある.しかし,その道は決して平坦なものではないであろう.このように先制医療を実現するためには,まだなさねばならないことが多く残されている.しかしバイオマーカーの優れたものがみつからなくてもある程度推測できるし,介入治療も現在の他の疾患に対する治療法を転用すること(repositioning)によって,一定の効果をあげうることも期待できる.高齢化が急速に進むなかで,たとえローテク技術であっても,できるところから手をつけていくことが必要であろう.先制医療はすべてのNCDに対して必要であるが,いったん発症すると回復がむずかしいものに対して,とくに重点化するべきであろう.その代表はアルツハイマー病,パーキンソン病,筋萎縮性側索硬化症などの神経変性疾患,閉塞性肺疾患,腎不全などである.眼科疾患でも加齢黄斑変性,緑内障など,回復困難なものが少なくない.また,発症すると生命の危険をもたらし,重篤な後遺症をきたすものとして,心筋梗塞や脳血管障害がある.さらに,直接生命の危険はないとしてもQOLを低下させ,ひいては寿命に影響するものとして骨折がある.V結び―新しいヘルスケアの確立をめざして先制医療を実現し,健康寿命の長い社会を実現するためには,ヘルスケアのあり方を変えていかねばならない.重要な点は,治療医学から予防医学への転換である.現在の医療制度では,医師を含め医療提供者の大部分は病院または診療所で,不調を訴えてくる人を待ちかまえている.いわば,人々が病気になるのを待って,診療行為を行っているわけである.しかしそれでは,先制医療を実現することはできないし,高齢者が要介護状態になるのを防ぐことはできない.医療は,受け身から能動的姿勢に転換することを求められている.それと同時に,先制医療を実現するためには,現在の個人(患者)と医療機関の関係のみでなく,社会のあらゆる組織,自治体,企業,NPO法人が疾患の予防に関与するものにしていかねばならない.政府も段階的に,予防措置に診療報酬を配分するよう考えていかねばならない.健康長寿社会は,社会のすべての人が能動的に参加しなければ成り立たないものであるといってよいであろう.文献1)井村裕夫編:日本の未来を拓く医療─治療医学から先制医療へ─.診断と治療社,20122)井村裕夫,稲垣暢也編:発症前に診断し介入する先制医療実現のための医学研究.羊土社,20153)ChourakiV,SeshadriS:GeneticsofAlzheimer’sdisease.AdvGenet87:245-294,20144)JamesRM,ClarkSJ:Age-relatedmaculardegeneration:genome-wideassociationstudiestotranslation.GenetMedonlinepublication20155)SanfilippoPG,KearusLS,WrightPetal:Currentlandscapeofdirect-to-consumergenetictestinganditsroleinophthalmology:areview.ClinExpOphthalmol43:578-590,20156)ZaitlenN,KraftP:Heritabilityinthegenome-wideassociationera.HumGenet131:1655-1664,20127)SobrinL,SeddonJM:Natureandnurture-genesandenvironment-predictonsetandprogressionofmaculardegeneration.ProgRetinEyeRes40:1-15,20148)ImuraH:Lifecoursehealthcareandpreemptiveapproachinnon-communicablediseases.ProcJpnAcadSerBPhysBiolSci89:462-473,20139)GluckmanP,HansonM:Developmentaloriginofhealthanddisease.CambridgeUnivPress,Cambridge,2006*HirooImura:公益財団法人先端医療振興財団〔別刷請求先〕井村裕夫:〒650-0047兵庫県神戸市中央区港島南町2-2公益財団法人先端医療振興財団0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(3)485表1加齢に伴う慢性疾患(non︲communicablediseases)癌心・血管系疾患糖尿病,高血圧/メタボリック・シンドローム認知症,その他の神経変性疾患閉塞性肺疾患骨・関節疾患,サルコペニア感覚器(眼・耳)疾患ATGGCGTTAATGGCCTTA500ヌクレオチド以上一塩基多型(SNPs)コピー数多型(CopyNumberVariant)その他の多型欠失,挿入,逆位など図1ゲノムの多型の種類図2アルツハイマー病における脳病変の進行の模式図認知症の症状が出た段階を0年とし,さかのぼって表した.脳の構造の変化は明らかな萎縮,PETでのfluorodeoxyglucose(FDG)の取り込みの減少を示す.図3慢性非感染性疾患の一般的な発症の経過遺伝素因,胎生期または生後初期のプログラミングとその後の環境の影響によって次第に進行し,あるレベルに達すると発症する.一次予防は発症前に介入して発症を防ぐもの,二次予防は発症後早期に診断し,疾患の進行を防ぐものである.(日本の未来を拓く医療─治療医学から先制医療へ─.p14,図10,診断と治療社,2012より引用)(5)あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016487488あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016(6)(7)あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016489

序説:眼の先制医療

2016年4月30日 土曜日

●序説あたらしい眼科33(4):483,2016眼の先制医療PreemptiveMedicineforEyeDiseases木下茂*大野京子**先制医療(preemptivemedicine)とは,病気が発症する前になんらかの手段で高い確率でそれを予測し,適切な対策と介入により発症を遅らせる,あるいは疾患の重症化を抑えるような医療の概念を示した言葉である.これは個の医療(personalizedmedicine)あるいは個別化医療(precisionmedicine)などとも共通した考え方であり,治療や介護にかかる全体的な費用を抑制する取り組みでもあるとされている.この先制医療は医学・医療の方向として論理的であるのみならず,健康長寿社会をめざすわが国の近未来の医療政策としても必須の取り組みとなってくる.先制医療のターゲットとなる疾患としては,高齢者の生活の質を低下させ,介護を必要な状態とさせる非感染性疾患(non-communicabledisease:NCD),たとえば高血圧,動脈硬化,糖尿病などが代表的であり,遺伝素因と環境素因の研究からこれら疾病の先制医療的解決の糸口が見いだされつつある.このNCDは,全身疾患では生活習慣病ともよばれており,眼科領域で考えれば加齢黄斑変性,緑内障,糖尿病網膜症などが当てはまると思われる.さて,今回の特集では,まず,先制医療の提唱者である井村裕夫先生(元京都大学総長)にその概念を全身疾患の代表例などから紹介していただき,先制医療と従来の予防医療との違いなどについて解説していただいた.さらに,この概念が医療政策として必要な理由についても触れていただいた.緑内障の先制医療については田代啓先生(京都府立医科大学ゲノム医学)に,緑内障にかかわる一般的な遺伝素因のみならず,最近発見された原発開放隅角緑内障にかかわるいくつかの重要なSNPs(singlenucleotidepolymorphisms)などを紹介していただき,発症前診断,進行予測などに使用するSNPs解析の重要性について解説いただいた.加齢黄斑変性の先制医療については,山城健児先生(京都大学)に加齢黄斑変性にかかわるいくつかの重要なSNPsについて,人種差間による表現型の違い,発症前診断,進行予測などを解説いただいた.Stevens-Johnson症候群の発症予測は上田真由美先生(京都府立医科大学)にお願いした.内容はStevens-Johnson症候群の発症にかかわるHLA,自然免疫系にかかわるSNPs,人種差,発症前予測などに使用可能なSNPsなどであり,そのチップ開発の重要性についても解説いただいた.角膜内皮疾患の代表であるFuchs角膜内皮ジストロフィについては奥村直毅先生(同志社大学)に責任遺伝子の要約とともに,最近注目を集めているTCF4を代表とする感受性遺伝子を見すえた近未来的な治療法の取り組みなどを提言していただいた.ドライアイの先制医療については川島素子先生,坪田一男先生(慶応義塾大学)にドライアイ全般の先制医療について概説していただき,抗酸化的アプローチなどのさまざまな抗加齢医学的治療法を紹介いただいた.強度近視の先制医療については長岡奈都子先生,諸星計先生,大野京子先生(東京医科歯科大学)に強度近視の感受性遺伝子,強度近視のリスクや対処法などを解説いただいた.ぶどう膜炎の治療については現時点で先制医療に結びつくと考えられるものは少ないが,河越龍方先生,水木信久先生(横浜市立大学)に,交感性眼炎ならびにVogt-小柳-原田病と関与の深いHLA型を紹介いただき,これら疾患の発症予測などについて先制医療的に解説していただいた.さらに丸山和一先生(東北大学)には眼サルコイドーシスについて常在細菌と考えられていたアクネ菌などの疾患への関与,そしてホスト感受性についても論じていただいた.この特集をとおして,先制医療という言葉が読者に新鮮なものとして伝わり,先制医療という概念が近未来を見すえた医療として読者に受け止められることを期待する.*ShigeruKinoshita:京都府立医科大学感覚器未来医療学**KyokoOhno-Matsui:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野(1)4830910-1810/16/¥100/頁/JCOPY

調節機能測定ソフトウェアAA-2の臨床応用

2016年3月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科33(3):467.476,2016c調節機能測定ソフトウェアAA-2の臨床応用梶田雅義梶田眼科ClinicalApplicationofAccommodationAnalyzerAA-2MasayoshiKajitaKajitaEyeClinic目的:調節機能測定ソフトウェアAA-2(ニデック社)の最新バージョンは,瞳孔径の同時測定機能と調節機能状態を分類する補助機能,さらに短時間で測定できるLITE測定モードが新しく加わった.調節機能の状態別によるFkmap(Fluctuationofkineticrefraction-map)の傾向を確認するとともに,補助機能の検証とLITE測定の調節異常検知力の検証を行ったので報告する.対象および方法:眼精疲労および不定愁訴を主訴に梶田眼科を受診した症例514名である.LITE測定の調節異常検知力については,同27名で行った.結果:検査結果の傾向で分類した各症例群のFk-mapは,正常群に対して調節反応量およびHFC値に有意差があった.LITE測定と従来のSTD測定における調節機能の「正常」と「異常の可能性あり」の2分類での結果は一致していた(k=0.6828,p<0.001).結論:Fk-mapには調節異常症例毎の違いが現れ,LITE測定の調節機能状態の検知力はSTD測定と同等と考えられた.Method:Giventhecurrentincreaseinmyopiaandfatigabilityofeyes,thisstudywasconductedon514patientswhowereconsideredtobesufferingfromaccommodativedysfunctionasdeterminedusingtheconventionalSTDmeasurementmodeofthelatestversionoftheAccommodationAnalyzerAA-2(NIDEKCo.,Ltd.).ThepatientswerealsoexaminedwiththeLITEmeasurementmode,whichiscapableofrapidmeasurement.Results:TheFk-mapforeachcasegroupwascomparedwiththecontrolgroupafterbeingcategorizedby“Patterns,”oneofthedisplayfunctionsformeasurementresults.Consequently,significantdifferenceswerefoundbothintheaccommodationreactionvalueandtheHFCvalue.TheresultsforthepossiblepresenceofaccommodationdysfunctionwerefoundtobeidenticalfortheLITEmeasurementmodeandtheSTDmeasurementmode;thatis,k=0.6828,p<0.001.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(3):467.476,2016〕Keywords:調節機能,眼精疲労,調節異常,Fk-map.accommodation,asthenopia,accommodativedysfunction,Fk-map.はじめに調節検査は近方視力を知ることが目的とされ,調節力が発揮できない老視眼や,単焦点眼内レンズ(IOL)挿入眼などでは必要のない検査とされていた.また,調節力の測定だけでは調節機能の異常を診断することができない.加えて,調節検査は自覚検査ゆえに被検眼の検査対応力に依存し,検査結果は調節機能の実態を表すものとは必ずしもいえない.情報化と高齢化が急激に進んでいる現代社会においては,近方視力の重要度と相まって調節機能を診断する必要が高まっている.さらに高次の調節機能を適切に検知することが必要になっている.静止視標を固視した際,自覚的には静止した屈折状態にあると認識されるが,他覚的屈折値を経時的に記録すると,静止しておらず絶えず揺れ動いている.これを調節微動とよぶ1.3).調節微動に関する研究は,Cambellが赤外線オプトメーターを考案して,経時的な他覚的屈折値の変化を記録したことに始まった1).Charmanは,調節微動が調節刺激量によって変化するとし,調節微動の意味ある周波数として,遅い揺らぎ成分であ〔別刷請求先〕梶田雅義:〒108-0023東京都港区芝浦3-6-3協栄ビル4F梶田眼科Reprintrequests:MasayoshiKajita,M.D.,Ph.D.,KajitaEyeClinic,6-3,3Chome#4FShibaura,Minato-ku,Tokyo108-0023,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(137)467 刺激視標位置瞳孔径(破線)ステップ毎の調節反応量信頼性目安(レフ測定値)図1正常者のFk-mapる低周波成分と速い揺らぎ成分である高周波成分とがあると報告した3).低周波成分と高周波成分の定義は報告により若干の差はあるものの,低周波成分は0.6Hz未満,高周波成分は1.0.2.1または2.3Hzくらいとされている2,3).低周波成分は,調節系においてピント位置調節という本来の調節制御に関与する重要な役割を担い,高周波成分は,振幅が小さく不安定に変化することから,水晶体とその支持組織の弾性的・機械的性質から,雑音であるといわれた4).しかし,高周波成分は,調節刺激により増加することから,水晶体とその支持組織の活動,すなわち毛様体筋の収縮時に生じる震顫が水晶体に伝わり屈折力の揺らぎとなって表れ,間接的に毛様体筋の活動状態を表現していると考えられている4).前述に加えて,高周波成分は調節負荷2.5Dを超えると徐々に飽和に近づくこと,調節安静位が存在すると考えられている付近で極小値となること5,6),調節負荷の程度によって高周波成分の出現頻度に差が生じることが確認されている7).この調節負荷量と高周波成分の出現頻度の関係を観察可能な測定・表示方法が開発された8).オートレフラクトメータを利用した検査方法には,目の前に何もない状態で見るときに比べて,何かを覗き込むときのほうが屈折値がマイナスよりになること(器械近視)が知られており,検査結果には注意を払わなければならないが,水晶体やその支持組織の活動状況を客観的に予測できる可能性があることが報告されている.調節微動は,他覚的屈折値を短いサンプリング時間で測定し,経時計測することで評価する.調節機能測定ソフトウェアAA-2(ニデック社)は,2015年にバージョンアップした.今回,このAA-2最新バージョン(Ver3)を用いて,調節機468あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016図2調節機能測定ソフトウェアAA-2(ニデック社)能状態の検査結果への表れ方を確認するとともに,症例分類の適切性および短時間で検査する新しい測定モード(LITE測定)の評価を行ったので,その結果を報告する.I調節機能測定測定準備段階にオートレフケラトメータで得られた屈折値(HOME値)を基準に,視標位置を+0.5D..3.0Dを0.5D間隔で8段階にステップ状に切り換えて,それぞれ位置における静止視標を12秒または20秒間注視させ,このときの静的特性を計測する.調節応答波形を高速フーリエ変換して得た周波数スペクトルを対数に変換し,これを1.0.2.3Hz帯で積分して高周波成分の出現頻度(highfrequencycomponent:HFC)として評価する8).なお,HFCは相対値であるため,単位をもたせていない.調節反応量,刺激視標位置,高周波成分の出現頻度をカラーグラフ表示することによって,被検者の毛様体筋の活動状況を客観的に予測できる.このグラフをFk-map(Fluctuationofkineticrefraction-map)とよぶ(図1).このグラフのX軸は視標位置,グラフのY軸は調節反応量で,バー上端は被検眼の屈折値を示す.一つの視標位置に対して11本のバーがあり,X軸は右側に行くに従って時間の推移を示す.バーの表示色はHFC値を示し,正常成人の測定結果5)から極度に高い値70を赤色とし,低い値50を緑色として,これらを最大,最小値としてその間を直線的にグラデーション色にして表す.破線は視標位置を示し,これとバー上端とのズレは,調節リードまたは調節ラグである.1.調節機能測定ソフトウェアAA-2AA-2(図2)は,パーソナルコンピュータにインストールし,これをニデック社オートレフケラトメータARK-1sまたはARK-1aに接続することで他覚的に調節機能を測定する.AA-2の最新バージョンは,瞳孔径も同時に測定し,調(138) 節機能測定結果,および自身の治療経験とFk-map所見に基づいて考案した基準に基づき分類した眼の傾向とともに表示する.また,従来のSTD測定モードに加えて,LITE測定モードが新しく装備された.このLITE測定モードは,調節異常の有無を確認するうえで主要な位置3カ所に特化して測定することで,測定時間が1眼38秒となり,STD測定モード1眼131秒に対して約1/3の測定時間に短縮を実現した.調節安静位は,毛様体筋が生理的な緊張平衡状態となると考えてられている位置として,遠点位置から.0.75D..1.25D付近に存在すると考えられている9).この調節安静位は,調節異常や調節疲労により近方移動する例が存在すること10),スクリーンゲームを長時間行った後ではHFC値の最小値が検出しにくくなること7)などから,調節安静位付近でのHFC値が極小値とならない場合には,調節異常や調節疲労を生じている可能性があると推定できる.これらと,既報5,11)に基づいて調節安静位は他覚的屈折値.1.0Dと仮定すると,被検眼に調節異常がなければSTD測定の第四ステップ付近に調節安静位があると予測される.LITE測定では,このように仮定した第四ステップを測定の基軸として,負の調節,正の調節において,それぞれ1ステップずつを計測する.被検者の刺激視標の追従しやすさに配慮し,視標の切り替えステップが同一となる位置として第二と第六ステップを抽出した.また,各ステップにおけるHFC値を即時把握できるように,視標位置を象徴する図形を,その検査結果に応じた色で表示する.2.検査結果例Fk-mapは調節機能の状態それぞれで異なる傾向を示す(表1).調節異常眼には,治療と矯正が適宜必要である.調節緊張および調節痙攣は軽度から重度へ,またある状態から別の病型へ遷移する場合もあり,読影は問診および経過観察を必要とする.a.正常眼HFC値は遠方視標においては低い値をとる.調節力が十分にある正常眼では,視標位置が近づくとそれに応じて調節応答量が増加するが,HFC値は高くはならない.調節反応量は,遠方付近の視標位置では若干プラスよりの屈折度(調節リード)を示し,視標位置が近方になるに従ってマイナスよりの屈折度(調節ラグ)が生じる.また,静止視標を固視している間の調節反応量の変化は少なく,安定した調節状態にあることをあらわしている.視標位置が33cm程度に近づくとわずかに高値を示す場合もある.b.IT眼症調節反応はほぼ正常に行われる.1Mよりも遠方視標に対しては正常眼と同等のHFC値をとるが,それよりも近方で(139)は,調節緊張症と同様に高いHFC値となる.日常生活では異常をまったく感じないのに,VDT作業や机上学習を始めると急激に眼の痛みや頭痛が生じると訴える.作業時に作業用眼鏡,または累進屈折力レンズ眼鏡を常用が奏効する.c.潜伏遠視検査準備段階で測定したオートレフ値を基準に測定しているが,それよりもプラスよりの屈折度が得られている.オートレフ値に調節緊張が含まれたためと考える.眼の疲れを訴えるが,調節異常はない.常用の矯正レンズがあれば,この装用を中止すると主訴がなくなる場合もある.d.調節緊張傾向呈示視標に対する調節反応量はほぼ正常だが,遠方視標でもわずかにHFC値が上昇し,中間距離より近方におけるHFC値が高い値となる.完全矯正下では遠方と近方視力ともに良好で年齢相応以上の調節力を有するが,眼の疲労を訴えることが多い.肩こりや頭痛の訴えのある場合は,年齢に関係なく累進屈折力レンズ眼鏡の装用が奏効する.遠方視でHFCがもう少し高値を示す場合は,低濃度サイプレジン点眼薬の併用が奏効する.e.重度調節緊張症調節反応は視標位置の移動に追従しているが,近方視標においても調節リードがある.すべての視標位置においてHFC値は正常より高い値となる.このような所見は若年者に多く,急激な視力低下の原因となっている.一定期間低濃度ミドリンM点眼が奏効する場合が多く,Fk-mapが正常に復してから眼鏡処方を慎重に行う.f.軽度調節痙攣視標が雲霧状態(HOME値+0.5D)にあるとき,HFC値は高値を呈する.また,調節安静位と考えられる視標位置以外において高いHFC値を呈する.調節応答はほぼ正常だが,視標が静止している間,調節反応量を固持できていない.低濃度サイプレジン点眼を使用し,緊張緩和を促すが,低濃度サイプレジン点眼の装用中止で眼精疲労が再発する場合は,累進屈折力レンズ眼鏡の常用を促す.g.重度調節痙攣調節反応が正しく行われておらず,HFC値も非常に高値を呈する.測定時間の間,調節反応量を維持できず,急激に強く近視側にシフトして,強い眼精疲労の訴えを伴う.この症例の場合は,他覚的屈折測定を複数回行うと,安定した測定値が得られない場合がある.急激な視力低下や,眼の疲れ,頭痛があるが,低濃度アトロピンが奏効する.h.調節パニック視標が近方に近づいているのに,調節反応はかえって遠方に移動する.調節反応量がAR値に近づくにつれてHFC値は低値を呈するはずだが,逆にHFC値は高くなる.基本的には調節痙攣の範疇であり,交通事故などによるむあたらしい眼科Vol.33,No.3,2016469 表1症例と処方例症例STD測定LITE測定処方点眼眼鏡軽度調節痙攣サイプレジン累進屈折力レンズ重度調節痙攣サイプレジン累進屈折力レンズアトロピン調節パニックサイプレジン累進屈折力レンズ調節衰弱・老視近方視対策累進屈折力レンズ老視の調節緊張サイプレジン累進屈折力レンズ症例STD測定LITE測定処方点眼眼鏡正常IT眼症作業用潜伏遠視装用中止調節緊張傾向サイプレジン累進屈折力レンズ重度調節緊張症ミドリンM累進屈折力レンズ(16才男性)(21才女性)(26才女性)(26才女性)(38才女性)(38才女性)(37才男性)(37才男性)(52才男性)(52才男性)(33才男性)(33才男性)(53才男性)(53才男性)470あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016(140) ち打ち症によって生じるBarre-Lieou(バレ・リュー)症候群にみられることが多い.この場合には,非常に激しい眼の奥の痛みや頭痛を訴え,日常生活にも支障をきたしている.低濃度サイプレジン点眼と累進屈折力レンズ眼鏡の常用がよく奏効する.i.調節衰弱・老視視標が近接しても調節反応量が小さく,HFC値は低い値を呈する.完全矯正下で遠方視力は良好であるが近方視力が不良である.45歳以上であれば正常老視の判別が必要となる.このグラフを呈する場合,若年では調節衰弱,高齢であれは老視を疑う.j.老視の調節緊張調節反応は調節衰弱・老視に酷似だが,遠方視標において比較的高いHFC値を示す.これまでの眼科学の常識では老視は調節応答を起こさないと考えられていたが,老視眼でも調節微動が確認される症例がある.また,IOL挿入眼で同様のFk-mapを呈する症例もあり,完全.内固定の症例に散見される.おそらく,ピントを合わせようと毛様体筋が収縮するが,要求どおりの屈折変化が得られないので過剰に毛様体筋が収縮するためと考えられる.サイプレジン点眼薬と累進屈折力レンズの併用が奏効する.II対象および方法1.傾向分類眼精疲労および不定愁訴を主訴に,梶田眼科を受診した症例514名930眼である.年齢は7.80歳(平均41.8±13.9歳)であった.測定はAA-2を用い,AA-2に接続するオートレフラクトメータは,ARK-560A(168名286眼:2008/7/8.8/25)とARK-1s(351名644眼:2014/2/24.10/20,2015/08/08)を用いた.検査結果の調節状態の分類はAA2Ver3の調節機能状態の分類に従い,グループ別に検査結果を比較した.2.LITE測定繰り返し再現性健常眼ボランティア17名優位眼17眼である.年齢は25.50歳(平均32.6±6.67歳)であった.STD測定とLITE測定において,繰り返し再現性を確認した.検者1名が異なる日3日の同一時間帯にそれぞれの測定モードを1回ずつ,計3回ずつ測定した.3.LITE測定とSTD測定比較眼精疲労および不定愁訴を主訴に,梶田眼科を受診した症例27名54眼である.年齢は21.63歳(平均40.5±10.99歳)であった.同一日にLITE測定とSTD測定を1回ずつ測定した.測定の間は,調節残効を排除するため,休憩時間を1.5分以上設け,目を休めるよう指示した.各測定モードの検査結果として表示される被検眼の調節機能状態をもとに「正常」と「異常の可能性あり」の2種に分け,LITE測定とSTD測定の調節機能状態の識別力を比較した.III結果1.傾向分類1)調節反応量AA-2Ver3の調節機能状態の分類に従い,検査結果をグループ分けした.この分類によって得られた正常群と各グループにおける,調節反応量の比較を行った(表2).調節反応量は,各症例の測定ステップの屈折度とHOMEとの差とした.なお,調節衰弱・老視群および老視の調節緊張群については正常群の第二ステップを基準に第四ステップも合わせて比較を行った.a.IT眼症調節反応量は,第一から第七ステップすべてにおいて有意な差はなかった(p>0.05t検定).第八ステップのみ正常群と比較して有意に小さかった(正常群第八ステップ.1.48±0.31,IT眼症群第八.1.30±0.62,p<0.05t検定)調節リードおよびラグなど調節反応量は視標位置40cmまでは正常群と同等であり,視標位置33cmでは屈折度が小さい傾向にあるといえる.b.調節緊張(軽度)遠方時の調節反応量は正常群と同等であり,呈示視標位置が近方になるにつれて屈折度は近方よりの値となった.第三から第七ステップにおいて有意な差があり,とくに第四ステップにおいて有意に差があり〔正常群第四ステップ.0.15±0.19,調節緊張(軽度)群第四.0.26±0.27,p<0.001,正常群第三.0.04±0.17,第五.0.39±0.26,第六.0.71±0.29,調節緊張(軽度)群第三.0.10±0.22,第五.0.50±0.36,第六.0.84±0.44,p<0.01,正常群第七.1.08±0.29,調節緊張(軽度)群第七.1.17±0.53,p<0.05t検定〕,その差は0.1D程度だった.つまり,遠方や近方時の調節リードは正常群とほぼ同等だが,その間の調節安静位の前後で調節ラグがわずかではあるが大きくなり,過緊張の状態を示唆していると考えられる.c.調節緊張(重度)症例が1眼しかなく検定はできなかったが,この1例においては,調節安静位(第四ステップ)付近を境に調節リードから調節ラグに切り替わるはずだが,呈示視標位置すべてにおいて調節リードがあった.正常群との調節反応量の差は,視標が近方になるにつれて大きくなった.このことから,調節緊張(重度)は,調節刺激が近づくにつれて,調節緊張が過剰に働く可能性があると考えられる.(141)あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016471 表2調節反応量とHFC(症例別・STD測定ステップ別)472あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016(142)眼正常95IT眼症(軽度)83p値1調節緊張(重度)262p値1調節緊張(軽度)1p値1調節痙攣(重度)44p値1調節痙攣28p値1調節パニック1p値1調節衰弱・老視249p値2老視の調節緊張169p値2調節反応量第一ステップ.0.01±0.15.0.01±0.200.00±0.19.0.44-.0.14±1.50.0.10±0.41.1.67-.0.01±0.10.0.02±0.18第二ステップ.0.01±0.15.0.01±0.21.0.03±0.20.0.42-0.01±1.01.0.02±0.52.1.21-.0.01±0.11.0.03±0.20第三ステップ.0.04±0.17.0.05±0.22.0.10±0.22**.0.57-0.20±0.66.0.17±0.72.1.39-.0.01±0.11.0.02±0.19第四ステップ.0.15±0.19.0.19±0.27.0.26±0.27***.0.6-0.19±0.66.0.28±0.81.1.28-.0.04±0.13.0.06±0.23第五ステップ.0.39±0.26.0.38±0.34.0.50±0.36**.0.62-0.16±0.68.0.31±0.60.0.28-.0.08±0.17*.0.08±0.27第六ステップ.0.71±0.29.0.66±0.43.0.84±0.44**.0.88-0.04±0.69.0.47±0.69.0.04-.0.13±0.21.0.11±0.30第七ステップ.1.08±0.29.0.98±0.52.1.17±0.53*.1.03-0.08±0.66.0.74±0.70*0.62-.0.18±0.25.0.14±0.31第八ステップ.1.48±0.31.1.30±0.62*.1.52±0.62.1.27-.0.17±0.71.1.05±0.68**0.38-.0.22±0.29**.0.18±0.36HFC第一ステップ46.06±4.4847.29±5.5052.41±5.08***67.67-61.54±7.80***64.74±8.41***76.36-46.38±4.5252.77±5.55***第二ステップ45.79±4.0145.83±3.7153.04±4.73***67.82-56.63±8.33***64.51±9.29***73.3-45.79±3.7953.79±4.82***第三ステップ45.13±4.6346.22±3.8254.48±4.78***67.69-56.37±5.44***64.41±9.53***76.4-46.04±3.8954.66±5.19***第四ステップ47.64±4.2251.21±6.00***55.82±6.24***67.23-56.21±6.00***64.41±8.07***71.29-47.19±4.8653.98±4.76***第五ステップ50.96±4.9155.04±7.56***57.86±6.09***66.5-58.33±6.54***63.98±6.41***73.54-47.57±5.19**53.96±5.26***第六ステップ55.33±5.6857.15±7.6560.93±5.84***67.33-59.32±5.18***65.79±6.74***72.72-48.52±4.6053.92±5.17***第七ステップ57.48±5.8159.48±7.6462.40±5.92***69.45-62.57±6.74***67.54±7.00***69.31-48.99±4.8354.26±4.88***第八ステップ59.99±6.8460.82±7.9364.29±5.83***68.85-63.22±6.79*67.92±5.53***68.63-49.77±5.25***54.73±4.91***1Two-sidedWelch’st-testfortesting,2Dunnett’stest,*:p<0.05,**:p<0.01,***:p<0.001.調節反応量は,各検査結果のステップごとの屈折度と,HOME値の差とした.また,調節反応量とHFC値は,各検査においてステップごとの平均値を求め,各グループ内での平均値とSDを算出した.これを,各ステップについて正常群に対して検定を行った.なお,調節衰弱・老視群と老視の緊張群は,第一.第四のステップは正常群の第二ステップに対して第五.第八ステップは正常群第四ステップに対して行った. d.調節痙攣(軽度)調節反応量の平均値に有意な差はなかったが(p>0.05t検定),第三ステップで差が約0.2Dとなり,視標位置が近づくにつれて徐々にその差が小さくなった.また,分散に有意差があった(p<0.001F検定)ことから,調節痙攣(軽度)は正常群に比べて調節維持が不安定といえる.e.調節痙攣(重度)調節反応量の平均値は,第七・第八ステップにおいて有意に差があった(正常群第七ステップ.1.08±0.29,調節痙攣(重度)群第七.0.74±0.70,p<0.05,正常群第八.1.48±0.31,調節痙攣(重度)群第八.1.05±0.68,p<0.01t検定).さらに,測定ステップ内の調節反応量の分散は,第一から第八ステップすべてにおいて有意差があった(p<0.001F検定)すべての視標位置において十分に調節追従されておらず,また,測定ステップ内の調節反応量のバラつきがあったと考えられる.f.調節パニック症例が1眼しかなく検定はできなかったが,この1例においては,第六ステップ以降でHOMEよりプラスよりの屈折度となった.HOME測定時に調節緊張が含まれたと考えられる.g.調節衰弱・老視調節反応量は,第一から第四ステップにおいて正常群第二ステップと有意な差はなく(p>0.05t検定),第五から第八ステップにおいては差があった(p<0.001t検定).本群では,調節負荷に対して調節応答の量が比較的少なく,調節ラグの増大が読み取れ,調節機能が脆弱していると考えられる.調節機能測定の視標移動に対する調節幅は約0.2Dであり,正常群でこれと同量の調節反応量を示すステップは第四または第五ステップに当たる.調節衰弱・老視群の第五ステップ以降を正常群第四ステップと比較すると,第六,第七ステップでは有意差がなかった(p>0.05t検定).h.老視の調節緊張調節反応量は,第一から第八ステップすべてにおいて正常群第二ステップと有意な差がなかった(p>0.05t検定).2)HFC値正常群と各グループにおける,HFC値の比較を行った.なお,調節衰弱・老視群および老視の調節緊張群については正常群の第二ステップを基準に第四ステップも合わせて比較を行った.a.IT眼症第四・第五ステップにおいて有意に高く(正常群第四ステップ47.64±4.22,第五50.96±4.91,IT眼症群第四51.21±6.00,第五55.04±7.56,p<0.001t検定),その差はわずかなステップもあったが,IT眼症群のほうがすべてのステップで高値を呈した.調節安静位付近から近方でHFC値が高く,過緊張の状態にあるといえる.b.調節緊張(軽度)第一から第八ステップすべての視標位置において有意に高く〔正常群第一ステップ46.06±4.48,第二45.79±4.01,第三45.13±4.63,第四47.64±4.22,第五50.96±4.91,第六55.33±5.68,第七54.48±5.81,第八59.99±6.84,調節緊張(軽度)群第一52.41±5.08,第二53.04±4.73,第三54.48±4.78,第四55.82±6.24,第五57.86±6.24,第六60.93±5.84,第七62.40±5.92,第八64.29±5.83,p<0.001t検定〕,もっとも遠方および近方で+6および+4となり,視標位置が2Mでもっとも高く+9を呈した.先項の結果(近方になるに従って調節ラグがわずかではあるが小さいこと)に鑑みて,近方になるに従って過緊張の状態を示唆していると考えられる.c.調節緊張(重度)症例が1例しかなく検定はできなかったが,この1例については,すべての視標位置において高値を呈し,とくに遠方の視標位置において約+10以上,1Mでは+20と高値を呈した.視標位置が近づくに連れて,調節緊張が過剰に働く可能性があると考えられる.d.調節痙攣(軽度)第一から第八ステップすべての視標位置において有意に高値を呈した〔正常群第一ステップ46.06±4.48,第二45.79±4.01,第三45.13±4.63,第四47.64±4.22,第五50.96±4.91,第六55.33±5.68,第七54.48±5.81,調節痙攣(軽度)群第一61.54±7.80,第二56.63±8.33,第三56.37±5.44,第四56.21±6.00,第五58.33±6.54,第六59.32±5.18,第七62.57±6.74,p<0.001,正常群第八59.99±6.84,調節痙攣(軽度)群第八63.22±6.79,p<0.05t検定〕.視標位置が遠方のほうが高値を呈し,とくに雲霧状態にあるときに正常群よりHFC値は+15となった.e.調節痙攣(重度)第一から第八ステップすべての視標位置において有意に高値を呈し〔正常群第一ステップ46.06±4.48,第二45.79±4.01,第三45.13±4.63,第四47.64±4.22,第五50.96±4.91,第六55.33±5.68,第七57.48±5.81,第八59.99±6.84,調節痙攣(重度)群第一64.74±8.41,第二64.51±9.29,第三64.41±9.53,第四64.41±8.07,第五63.98±6.41,第六65.79±6.74,第七67.54±7.00,第八67.92±5.53,p<0.001t検定〕,もっとも最小の差となった近方でも約+8,とくに視標が遠方から1Mの間にあるときに高い値約+20となった.このことから,調節痙攣(重度)は常に過緊張の状態にあるといえる.(143)あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016473 f.調節パニック症例が1眼しかなく検定はできなかったが,この1例においては,すべてのステップにおいて高値を示した.g.調節衰弱・老視視標位置が近くなるにつれて高値となったが,第四ステップまでは有意な差はなく,第五ステップ以降においては有意に高かった(正常群第二ステップ45.79±4.01,調節衰弱・老視群第五47.57±5.19,第六48.52±4.60,第七48.99±4.83,第八49.77±5.25,p<0.001t検定).先項の結果に準じて,調節反応量0.2Dを示す正常群第四ステップのHFC値と比較した.第五から第七ステップでは有意差がみられなったが,第八ステップでは調節衰弱・老視群が有意に小さかった(正常群第四47.64±4.22,調節衰弱・老視群49.77±5.25,p<0.001t検定).言い換えると,調節衰弱・老視群では,正常眼と同等の調節応答量を得てもHFCが小さくあらわれる傾向があるといえる.h.老視の調節緊張調節緊張群と同様に,第一から第八ステップすべてのステップにおいて有意に高かった(正常群第二ステップ45.79±4.01,老視の緊張群第一52.77±5.55,第二53.79±4.82,第三54.66±5.19,第四53.98±4.76,第五53.96±5.26,第六53.92±5.17,第七54.26±4.88,第八54.73±4.91,p<0.001t検定).2.LITE測定繰り返し再現性図3は,眼精疲労を訴える33歳男性のSTD測定とLITE測定の検査結果である.この症例は,事務職で常時パソコンを使用しており,通勤中は電車内でスマホで情報収集をしている.LITE測定の結果,Step4ではFk-mapは黄色を,Step6では赤色を呈し,調節機能異常の疑いが示唆された.STD測定の第四ステップ以降からHFCが高値となった.LITE測定のStep4およびStep6に対応するSTD測定の第四ステップおよび第六ステップはともに同等のHFCを示しており,LITE測定で調節異常の簡易検知ができる可能性があると考えた.VDT作業用眼鏡を処方し,経過を観察した.初診時に比べて3カ月後のHFCは低値となり正常眼のFk-mapに近くなり(図表なし),調節緊張が低減したと考えられる.他の病型についても,検査結果と処方例を表1に並示する.HFCの変動係数は10%前後であった(図4).両測定モードともに対応ステップでのHFCの再現性は一定で,同様のバラつきを含むと考えられる.3.LITE測定とSTD測定比較STD測定とLITE測定のBland-Altmanplotを図5,6に示す.両モードの調節反応量は必ずしも一致せず,相関係数は高くなかった(Step2:r=0.363,Step4:r=0.586,Step6:r=0.872).HFCの相関係数も同等に高くなかった(Step2:r=0.580,Step4:r=0445,Step6:r=0.818).しかし,他覚的測定値は調節微動により常に変動しており,一定値ではない1.3).症例によりその変動幅は異なり,1.03Dの変動があったとの報告もある7).これら既報も考慮すると,本実験でも対象の測定値そのものに揺らぎがあった可能性があり,両検査結果の相関係数が高くなかった原因の一つと考えられる.LITE測定とSTD測定における調節機能状態の「正常」と「異常の可能性あり」の2分類での結果は一致していた(k=0.6828,p<0.001,表3)ことから,両測定の検査結果は完全に一致しなくとも,調節機能状態の検知力は同等の能力をもつと考えられた.LITESTD図3IT眼症のFk-map474あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016(144) 0.60.2-0.21.0-0.6-1.0STDLITEHFCMeanofCV303070706525652560206020HFCMeanofCVHFC55155010545変動係数平均値(%)HFC55155010455変動係数平均値(%)40040012345678246ステップステップ図4調節刺激と変動係数1.01.01.0Step2Step4Step6(LITE+STD)/2[D](LITE+STD)/2[D](LITE+STD)/2[D]図5STD測定とLITE測定の調節反応量比較Step2Step4Step6404550556065707580202020-0.640455055606570758015151511.810109.410-0.7-1.0LITE-STD[D]LITE-STD[D]-1.0-1.0404550556065707580LITE-STD[D]0.32-0.08-0.470.25-0.02-0.30LITE-STDLITE-STDLITE-STD55500-0.50-5-5-5-8.8-10-10-10.7-10-13.1-15-15-15-20(LITE+STD)/2-20(LITE+STD)/2-20(LITE+STD)/2図6STD測定とLITE測定のHFC値比較IV考按表3STD測定とLITE測定の調節機能状態の一致率(眼)調節を考える場合,調節安静位が重要であることが報告されている9).調節安静位はこれまでemptyfieldやdarkfocusなどの調節無刺激状態での測定と定義されてきた.emptyfieldやdarkfocusを臨床的に汎用することは,検査環境の問題や固視目標が存在しないため固視が維持しづらく安定した計測ができないなど問題がある.本研究で確認したLITESTD正常異常の可能性あり正常0.3(16)0.06(3)異常の可能性あり0.09(5)0.56(30)検査方法は,固視目標がしっかりしているために比較的安定した計測が可能である.正常眼グループでは,STD測定第四ステップまでのHFCが比較的低値を示したことに対し,調節緊張や調節痙攣症では第一ステップから高値をとり,(145)Cohen’skappacoefficient:K=0.6828(p<0.001)〔調節機能状態の分類〕で[正常][調節衰弱・老視]と分類された症例を“正常”に,[IT眼症][調節緊張(重/軽度)][調節痙攣(重/軽度)][老視の緊張]と分類された症例を“異常の可能性あり”とした.あたらしい眼科Vol.33,No.3,20164750.60.2-0.21.0-1.0-0.60.60.2-0.21.0-1.0-0.6 IT眼症においては第四・五ステップで高値となった.本研究は,調節安静位がAR測定値から.1.0D付近にあると仮定して行ったが,第四ステップおよびそれより遠方でHFCに差が生じた.このことから,遠方から調節安静位付近を含む調節域のHFCは眼の疲労感など患者の主訴の原因を模索する際の指針となりえ,調節緊張の異常判断に有用であると考えられる.また,近方でのHFCと調節反応量も併せて確認することで,調節機能の異常を確認することができ,概判定するのに役立つことが示唆された.調節緊張症や調節痙攣,IT眼症など,不定愁訴のある症例,また調節麻痺薬点眼後に評価することで,点眼薬の効能の確認も可能である.さらに,調節異常のない被検者においては,調節安静位はオートレフラクトメータによる他覚的屈折値から略推できると考えられる.HFCの極小値が明確に確認できない場合,またはHFCの極小値が調節安静位があると予測される位置に確認できない場合は,調節異常の可能性がある.このなかには,従来の他覚的調節反応量の測定だけでは見出せなかった,交感神経と副交感神経のバランスが崩れている症例も含まれ,調節異常の掘り起こしに有用であると思われる.また,調節衰弱の症例においても調節機能検査が必要となる場合や小児など短時間に検査を行いたい場合がある.これまで,調節機能検査はその検査の性質上検査時間が比較的長く,一定時間の視標への注視など患者の検査への協力が必須であった.LITE測定は,調節異常の有無の検知力がSTD測定と同等であったことから,これら症例における検査時間の短縮化とともに概判定が可能と考えられる.眼精疲労の治療には調節微動をコントロールすることが重要である.調節微動の強弱および治療に対する反応は個人差があるので,症例ごとに調節機能を観察し,激しい調節微動を抑制するように,調節の機能状態に応じて有効な治療法を選択することが必要である.情報化社会は加速度的な発展を続けており,あらゆる距離に視覚情報源が存在する.とくにスマホなど携帯端末は小型精細化しており,調節に大きな負担が強いられる環境にある12).日常生活でピントを合わせる動作は無意識のうちに行われている.この無意識の動作が毛様体筋にどれほどの負担をもたらしているかを的確に推測することは調節異常の判断と治療には不可欠である.Fk-mapは,慢性疲労症候群(chronicfatiguesyndrome:CFS)やIT眼症の診断・評価に有用13)との報告が散見されつつあり,今後の臨床応用が期待される.さらに,正常眼や調節異常眼,年代別や眼疲労のない状態との差異の評価など,臨床応用に有用なデータベースの構築を切望する.また,視標は光学的な内部視標を用いた単眼視での測定であるため,調節がしにくく,日常視から遠い問題がある.そのため,両眼視下にて外部視標を用いた調節反応の測定機器の開発が切望される.文献1)CambellFW,RobsonJ,WestheimerG:Fluctuationsofaccommodationundersteadyviewingconditions.JPhysical145:579-594,19592)WinnB,PughJR,GilmartinBetal:Thefrequencycharacteristicofaccommodativemicrofluctuationsforcentralandperipheralzonesofthehumancrystallinelens.VisionRes30:1093-1099,19903)CharmanWN,HeronG.:Fluctuationsinaccommodation:areview.OphthalmicPhysiolOpt8:153-164,19884)GrayLS,WinnB,GilmartinB:Effectoftargetluminanceonmicrofluctuationofaccommodation.OpthalmicPhysiolOpt13:258-265,19935)梶田雅義,伊藤由美子,佐藤浩之ほか:調節微動による調節安静位の検出.日眼会誌101:413-416,19976)KajitaM,OnoM,SuzukiSetal:Accommodativemicrofluctuationinasthenopiacausedbyaccommodativespasm.FukushimaJMedSci47:13-20,20017)梶田雅義:調節微動の臨床的意義.視覚の科学16:107113,19958)鈴木説子,梶田雅義,加藤桂一郎:調節微動の高周波成分による調節機能の評価.視覚の科学22:93-97,20019)RabbettsRB:7Accommodationandnearvision.theinadequate-stimulusmyopias.In:BennettandRabbatt’ClinicalVisualOpticsthirdedition,p113-141,Butterwoth-Heinemann,Oxford,199810)MiwaT,TokoroT:Darkfocusofaccommodationinchildrenwithaccommodativeesotropiaandhyperopicanisometropia.ActaOphthalmol71:819-824,199311)梶田雅義,伊藤由美子,山田文子:調節疲労と調節微動.視覚の科学17:66-71,199612)野原尚美,松井康樹,説田雅典:携帯電話・スマートフォン使用時および書籍読書時における視距離の比較検討.あたらしい眼科32:163-166,201513)中山奈々美,川守田拓志,魚里博:調節微動と外斜位の偏位量との関係.視覚の科学26:110-113,2005***476あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016(146)

両眼開放のVisual Field ScoreとFunctional Field ScoreのいずれがNational Eye Institute Visual Functioning Questionnaire25(VFQ25)とより関連するか?

2016年3月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科33(3):461.466,2016c両眼開放のVisualFieldScoreとFunctionalFieldScoreのいずれがNationalEyeInstituteVisualFunctioningQuestionnaire25(VFQ25)とより関連するか?加茂純子*1原田亮*1瀬戸寛子*2大島裕司*3*1甲府共立病院*2九州大学病院*3九州大学大学院医学研究院眼科WhichCorrelatesMoreHighlytotheNationalEyeInstituteVisualFunctioningQuestionnaire25(VFQ25):BinocularVisualFieldScoreorFunctionalFieldScore?JunkoKamo1),RyoHarada1),HirokoSeto2)andYujiOshima3)1)KofuKyoritsuHospital,2)KyushuUniversityHospital,3)DepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolofMedicalSciences,KyushuUniversity目的:両眼加重平均加重平均視野スコアであるFunctionalFieldScore(FFS)と,両眼開放視野スコアであるbinocularVisualFieldScore(bVFS)の,いずれが視覚関連qualityoflife(QOL)と関連があるか調査する.対象および方法:緑内障16例,糖尿病網膜症5例,加齢黄斑変性4例,網膜色素変性2例,網脈絡膜萎縮2例,同名半盲1例など,視野に障害のある32例を研究の対象とした.Humphrey視野計のカスタムプログラムColenbrandergridtest(CGT)を行い,VisualFieldScore(VFS)を測定.各眼で測定したVFSを,片眼に20%,両眼に60%の比率を置いた計算式を用いて,FFSを求めた.両眼開放でCGTを測定したスコアをbVFSとした.CGTには信頼性基準を設け,固視不良20%未満,偽陰性と偽陽性33%未満を信頼性良好とした.視力からFFSと同様の計算式で,FunctionalAcuityScore(FAS)を求めた.FFS,bVFS,FASと,theNationalEyeInstituteVisualFunctioningQuestionnaire-25(VFQ25)との関連を,共分散構造解析(パス解析)を用いて危険率5%未満を有意差ありと判定した.結果:CGTの信頼性が良好と判定されたのは21例であった.信頼性良好群のFFS,bVFS,FASとVFQ各尺度のパス解析の結果,総合スコアVFQ25(11)との関連は,FFSが標準化推定値(係数)0.744(R2=0.568),bVFSは係数0.647(R2=0.428)で,いずれも有意差が得られた.下位尺度についても,周辺視覚,自立,心の健康,社会生活機能,役割制限,遠見視覚,全体的見え方で,有意差が得られ,周辺視覚以外はFFSの係数のほうがbVFSよりも高かった.FASとVFQ25(11)は係数0.093で有意差はなかった.結論:FFSのほうがVFQ25に対して関連が強いことが示唆された.FFSにより,片眼の視野と両眼開放の視野を両方評価することで,その人のqualityofvision(QOV)をより反映しやすくなると考えられた.Purpose:ToinvestigatewhethertheFunctionalFieldScore(FFS)orthebinocularVisualFieldScore(bVFS)correlatesmorehighlytotheNationalEyeInstituteVisualFunctioningQuestionnaire-25(VFQ25).Subjectsandmethods:Subjectswere32cases,including16glaucoma,5diabeticretinopathy,4age-relatedmaculardegeneration,2retinitispigmentosa,2chorioretinalatrophy,1hemianopiaetc.UsingacustomprogramoftheHumphreyFieldAnalyzercalledColenbrandergridtest(CGT),VisualFieldScore(VFS)weremeasured.FromtheresultantVFSofeacheye,wecalculatedFFSusingtheformula(20%VFSod+20%VFSos+60%VFSou).WealsomeasuredbinocularVFS(bVFS)byCGTwithbotheyesopen.Wesetthereliancestandardasfixationlossunder20%,falsepositiveunder33%andfalsenegative33%.Casesthatsatisfiedthestandardweredesignatedthegoodreliancegroup,theremanderthebadreliancegroup.FunctionalAcuityScore(FAS)wascalculatedviaasimilarformulafromVisualAcuityScore.WeanalyzedtherelationshipofFFS,bVFSandFASversusVFQ25withstructuralequationmodeling(SEM).Wesetasignificantdifferenceriskrateoflessthan5%.Results:Thecasesjudged〔別刷請求先〕加茂純子:〒400-0034甲府市宝1-9-1甲府共立病院眼科Reprintrequests:JunkoKamo,M.D.,KofuKyoritsuHospital,1-9-1Takara,Kofu400-0034,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(131)461 tobeofgoodreliancebyCGTnumbered21.TheresultbyPASSanalysisshowedstandardizedestimates(coefficient)betweenVFQ25(11)andFFSof0.744(R2=0.568)andbVFS0.647(R2=0.428).Bothshowedsignificantcorrelation(p<0.001).Astothesubscales,suchasPeripheralVision,Dependence,Mentalhealth,Socialfunction,Rolelimitation,DistanceVisionandGeneralVision,significantcorrelationwasobserved.TheCoefficientvaluewasalwayshigherinFFS,exceptfordistancevision.ThecoefficientbetweenFASandVFQ25(11)was0.093andnosignificantcorrelationwasnoted.Conclusion:FFShadbettercorrelationtoVFQ25.NotonlybinocularVFS,butalsoeachVFSreflectedtheQOVoftheindividual.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(3):461.466,2016〕Keywords:FunctionalFieldScore,binocularVisualFieldScore,VFQ25,FunctionalAcuityScore.FunctionalFieldScore,binocularVisualFieldScore,VFQ25,FunctionalAcuityScore.はじめに視機能を判定する基準として,AmericanMedicalAssociation(AMA)では2002年まではGoldmann視野計III/4e(以下,GP)を用いる視能率と,EstermanDisabilityScore(EDS)が併用されていた1,2).しかし,加齢黄斑変性,糖尿病黄斑症などの中心視野障害が起こる病気の増加に伴い,それ以前の米国の視機能基準では対応できないとして,Colenbranderが1990年代初頭にFunctionalVisionScore(FVS)を考案した3).米国では2001年以降,このFVSが視機能基準として推奨され使われている4,5).FVSは,AMAをはじめ,InternationalCouncilofOphthalmology(ICO),InternationalSocietyforLowVisionResearchandRehabilitation(ISLRR)によっても推奨されており,視機能判定の国際基準となっている6),URL1).FVSは,視力から計算されるFunctionalAcuityScore(FAS)と,視野から計算されるFunctionalFieldScore(FFS)の2つのスコアを統合して算出される(図1).FVSという疾患を超えた単一のimpairmentscore(障害の程度)から,disability(障害があることでどのくらいできないか)の見積もりを行政に提供することが可能となる.FVSは特右眼OD,左眼OS,両眼OUその人の見積もられる視機能測定した視機能VisualAcuityScore(VAS)FunctionalAcuityScore(FAS)=認識された文字を数える*は以下の組み合わせ:または=100+50*log10(VA)60%OU+20%OD+20%OSVisualFieldScore(VFS)FunctionalFieldScore(FFS)=検出された点を数えるは以下の組み合わせ:60%OU+20%OD+20%OS他の視覚問題があればFunctionalVisionScore(FVS)オプション調整(15点まで)視覚の総合的能力が見積もられる(両眼視,立体視,グレア,:FAS×FFS/100(-15)色覚など記載する)図1FVSの計算過程462あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016定の疾患の進行をモニターするものではない.FFSを算出するにあたって,VisualFieldScore(VFS)を求める必要がある.GPの結果からはColenbrandergrid(図2)をカウントすることで求める7),URL1).しかし,近年の自動視野計の普及に伴い,Goldman視野計を保有する眼科医療機関は減少しており,測定のできる技術者自体も減少傾向にある.そこで筆者らは,自動視野計でVFSを測定することを考えた.筆者らはCarlZeiss(東京)に依頼して,HumphreyFieldAnalyzer(HFA)のカスタムプログラムで,VFSをカウントするためのColenbranderグリッドテスト(CGT)を作った.CGTは視標サイズIII,輝度10dBの閾上刺激を用いたスクリーニングテストである.このCGTを用いて,視野に障害のある44名について,CGTの結果と,GPの結果を比較すると,相関係数はr=0.931(p<0.0001)と非常によく相関した8).両眼開放で測定したbinocularVFS(bVFS)についても筆者らは検討を行った.視野に障害のある36名のbVFSと図2Colenbrandergrid25,65,115,155,195,225,255,285,315,345°の経線上にそれぞれ10点(最周辺部である65°のオプションを加えると11点),全体で100(110)点のドットが配置されている.正常者のVFSは100になる.半径10°以内に50点,周辺に50点,上方に40点,下方に60点と下方に重みがつけられている.(132) (片眼ずつを重ね合わせて合成した両眼視野)VFSouを比較した結果,両者の間に統計学的有意差はなく,ほぼ等しいことが確かめられた9).しかし,FFSはbVFS,VFSouと比較して有意に低い値となった.FFSは計算式が示すように,各眼に20%,両眼に60%の比率で計算され,両眼視を重視し,片眼の欠損も評価する.FFSとbVFSのいずれが患者のqualityofvision(QOV)をより反映しているかについて検討した研究はまだない.そこで今回筆者らは,CGTを用いてFFS,bVFS,およびFASと,theNationalEyeInstituteVisualFunctioningQuestionnaire-25(VFQ25)日本語版10)との関連について調べた.I対象および方法対象は甲府共立病院と九州大学病院の倫理委員会で承認を受けたうえで,視野に欠損のある患者に研究内容についての説明を行い,同意を得た32名(男性18名,女性14名)で,平均年齢は71±13(33.95)歳である.疾患内訳は緑内障16例,糖尿病網膜症(黄斑症)5例,加齢黄斑変性4例,網膜色素変性2例,網膜静脈分枝閉塞2例,網脈絡膜萎縮2例,同名半盲1例であった.症例の選択には,病態が落ち着いており,内眼手術やレーザー,硝子体注射を直近の6カ月以内に施行していないこと,1年以内にlogMAR視力表で3段階落ちていないことを前提とした.視力は万国式試視力表を用いて左右眼の矯正視力を測定した.右眼視力からVisualAcuityScore(VASod),左眼視力からVASos,そして矯正視力の良いほうの眼(良眼)の視力を両眼開放視力として代用して,VASouに換算した.視力値をVASに換算するには,換算表を用いるか4,5),小数視力を計算式に代入することでも可能であるが(図1),これを容易にするための筆者らが開発したColenbrander-KamoFVS計算EXCELシート(FVSシート)を使用したURL2).HFA740のCGTを使用して,右眼でVFSod,左眼でVFSos,両眼開放でbVFSを測定した.VFSod,VFSosの結果より,どちらか一方の眼で見えている点は両眼でも見えているものとしてカウントし,左右眼の視野を重ね合わせたスコアであるVFSouを合成した.CGTは視野の中心10°以内と,10°より周辺部にプログラムが分かれているため,中心視野と周辺視野は分けて測定した.したがって,すべてのVFSは中心と周辺それぞれのVFSを加えて算出した.これらの値をFVSシートに代入して,FFSを算出した.CGTの結果の信頼性について基準を設け,良好例の定義は各眼,中心,周辺通して固視不良が20%未満,偽陽性,偽陰性が33%未満をすべて満たすものとした.bVFS測定の際には視野計の機構上固視監視ができないために,検査の信頼性は偽陽性,偽陰性で評価した.(133)VFQ25は12項目の下位尺度にそれぞれ1.4個の質問があり,全部で25個の質問がある.下位尺度と略語(質問数)はつぎのとおりである.全体的健康感GH(1),全体的見え方GV(1),目の痛みOP(1),近見視覚による行動NV(2),遠見視覚による行動DV(3),見え方による社会生活機能SF(3),見え方による心の健康MH(4),見え方による役割制限RL(3),見え方による自立DP(3),運転DR(2),色覚CV(1),周辺視覚PV(1),以上が12項目の下位尺度である.下位尺度のうち,全体的健康感GHを除いた11項目の総合スコアがVFQ25(11)である.VFQ25は原則として自己記入,自己記入が不可能な者には面接式として得た.なお,解析はOP,CVを除く10項目の下位尺度と,VFQ25(11)を対象とした.統計解析は,平均の差の検定,および完全逐次モデルによる共分散構造分析(パス解析)を行った.検定の多重共線性を避けるため,FFS,FASを独立変数にVFQ各項目を従属変数としたパス解析と,bVFS,FASを独立変数にVFQ各項目を従属変数としたパス解析に分けて行った.その際,視力と中心視野の多重共線性を避けるため,FFSとbVFSには中心暗点ルール7),URL3)を適用した.解析ソフトにはRforwindowsver3.2.1(RProject)のパッケージlavaanを使用し,統計学的水準として,危険率5%未満を有意差ありと判定した.II結果検査の信頼性良好と判定されたのは21例,不良と判定されたのは11例であった.信頼性の良好,不良に疾患を分けると表1のようになる.加齢黄斑変性,糖尿病黄斑症,網膜静脈分枝閉塞,同名半盲など,中心視野に暗点がある疾患が不良群となった.信頼性不良のおもな理由は固視不良であった.片眼logMAR,両眼logMAR,FAS,VFS,VFSou,bVFS,FFSの結果を表2に示す.信頼性良好群と不良群で平均の差の検定をすると,FASとVFSと両眼logMARはp<0.01,片眼logMARはp<0.001の有意差が検出された.各群のVFQ25の平均値を表したものが図3である.信頼性良好群と不良群で平均の差の検定をすると,運転DRはp<0.001,近見視覚NV,社会生活機能SF,自立DP,VFQ25(11)はp<0.01,遠見視覚DV,心の健康MH,役割制限RL,周辺視覚PVはp<0.05で有意差が検出された.信頼性良好群のFFS,bVFSとVFQ25各尺度に対する共分散構造分析の結果が表3である.FFSとVFQ25各尺度の標準化推定値(係数)は,周辺視覚がもっとも高く0.800〔決定係数(R2)=0.684〕,VFQ25(11)は0.744(R2=0.568)で,いずれも有意差が検出された(p<0.001).なお,適合度については自由度0の完全逐次モデルを用いたため,解析対象あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016463 表1信頼性良好群と不良群の疾患内訳および,不良群となった理由疾患集計全対象信頼性片眼での不良群例数と理由(重複あり)両眼開放での不良群例数と理由良好群不良群緑内障加齢黄斑変性糖尿病黄斑症網脈絡膜萎縮網膜色素変性網膜静脈分枝閉塞同名半盲糖尿病網膜症16442221114022210024200111固視不良2固視不良4,偽陰性1固視不良1,偽陰性200固視不良1固視不良1偽陰性100偽陰性100000計322111VFQ25各尺度片眼性,両眼性で分けて示した.両眼では固視チェックをoffとしているので,偽陰性,偽陽性しかチェックできない.表2各群の片眼logMAR,両眼logMAR,FAS,VFS,VFSou,bVFS,FFS片眼logMAR***両眼logMAR**FAS**VFS**VFSoubVFSFFS信頼性良好群0.25±0.44(.0.08.1.52)0.13±0.31(.0.08.1.00)91.0±15.1(46.104)74.1±19.4(23.98)86.3±17.9(37.100)86.4±17.2(37.100)81.5±18.1(34.97)信頼性不良群0.87±0.78(0.00.2.00)0.52±0.57(0.00.1.98)66.0±28.0(1.100)58.7±21.8(0.96)76.7±15.3(50.96)75.2±19.7(32.98)69.5±14.5(44.86)平均値と標準偏差,()内は最低値と最高値を記載.*p<0.05,**p<0.01,***p<0.001.90.080.070.060.050.040.030.020.010.0***************GVNVDVSFMHRLDPDRPV(11)bVFSとVFQ25各尺度の係数は,FFSと同様周辺視覚PVがもっとも高く0.800(R2=0.661),VFQ25(11)は0.647(R2=0.428)で,有意差が検出された(p<0.001).他に5%確率で有意差のあった尺度と係数は,自立DPが0.651(R2=0.421),心の健康MHが0.627(R2=0.388),社会生活機能SFが0.658(R2=0.455),役割制限RLが0.431(R2=0.194),遠見視覚DVが0.510(R2=0.409),全体的見え方GVが0.472(R2=0.229)であった.信頼性不良群のFFS,bVFS,FASとVFQ25(11)の係数は,FASが係数0.608と強く影響し,視野スコアではbVFSは係数0.439,R2は0.531で,いずれも有意差があっスコア0.0信頼性良好群■信頼性不良群た(p<0.05).FFSは係数0.353で有意差は検出されなかっ図3VFQ25各尺度の結果*p<0.05,**p<0.01,***p<0.001.GV:一般的見え方,NV:近見視覚,DV:遠見視覚,SF:社会生活機能,MH:心の健康,RL:役割制限,DP:自立,DR:運転,PV:周辺視覚,VFQ25(11):痛みと色覚を除いた総合スコア.とならなかった.他に5%確率で有意差のあった尺度と係数は,自立DPが0.757(R2=0.575),心の健康MHが0.704(R2=0.495),社会生活機能SFが0.731(R2=0.562),役割制限RLが0.542(R2=0.304),遠見視覚DVが0.603(R2=0.516),全体的見え方GVが0.561(R2=0.322)であった.FASとVFQ25各尺度の解析では,遠見視覚DVのみ係数0.365で有意な結果が得られた(p<0.05).464あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016た.III考察FFS,FVSとVFQ25の相関について述べた論文は,加齢黄斑変性を主とした研究でFuhrら11)が,網膜色素変性でSeoら12)が,緑内障をもつ運転手では筆者ら13)により報告されている.また柳澤らもI/4e,およびI/2eの視能率の判定はVFQ25と相関しないが,FFSは相関することを示した(2010年臨床眼科学会).VFQ25の妥当性については,古くはMassofら14,15),日本語版では鈴鴨ら10)に続き,わが国でも多数の論文がすでに出版されている.今回筆者らは両眼開放の視野スコアであるbVFSと,両眼加重平均を用いた(134) 表3bVFS,FFS,FASとVFQ25の各尺度に対する標準化推定値と決定係数(R2)全体的見え方GV近見視覚NV遠見視覚DV社会生活機能SF心の健康MHFFS0.561**0.2190.603**0.731***0.704***bVFS0.472*0.1600.510**0.658***0.627***FAS0.068(0.038)0.341(0.333)0.365*(0.333*)0.136(0.093).0.023(.0.064)決定係数(R2)0.322(0.229)0.171(0.148)0.516(0.409)0.562(0.455)0.495(0.388)役割制限RL自立DP運転DR周辺視覚PV総合スコアVFQ25(11)FFS0.542**0.757***0.2290.800***0.744***bVFS0.431*0.651***0.2290.800***0.647***FAS0.080(0.055)0.021(.0.020)0.192(0.179)0.136(0.080)0.093(0.051)決定係数(R2)0.304(0.194)0.575(0.421)0.133(0.094)0.684(0.661)0.568(0.428)検定の多重共線性を避けるため,FFS,FASを独立変数にVFQ各項目を従属変数としたパス解析と,bVFS,FASを独立変数にVFQ各項目を従属変数としたパス解析に分けて行った.()内の数値はbVFS,FAS,VFQ各項目のパス解析で得られたFASの係数とR2である.*p<0.05,**p<0.01,***p<0.001.FFSで,どちらがVFQ25の関連因子であるかを検討した.今回の信頼性良好群において,FFS,bVFSと,VFQ25各尺度に対する係数は,FFSのほうがやや高い値となった.同じパスで解析をすることができないため,係数の間接的な比較しかできないが,bVFSよりはFFSのほうが患者のQOVに関連する因子であることが示唆されたと考える.しかし,QOVに明らかに影響するはずの視力スコアであるFASが,近見視覚以外は視野スコアに比べて低い係数となり,遠見視覚DV以外は有意差も検出されなかった.この原因として考えられるのは,検査の信頼性良好群は視力良好群であり,正常か比較的軽度の視力障害の者が多かったことがあげられる.近見視覚NVと視野スコアの関連が低いのは,中心暗点ルールが適応されないほどの視力(小数視力で0.67以上)にもかかわらず,中心視野に欠損がある症例が少なかったことが考えられる.Fuhrら11)の研究では黄斑疾患が38%と多く,FFSの相関係数も0.45と高い.筆者らの症例は信頼性良好群21例のうち,緑内障が14例と多く,視力障害が主体である網膜循環障害や黄斑疾患は少数であった.信頼性不良群ではVFQ25(11)とFASとの関連がみられたが,これは視力不良例が多かったことが原因であると考えられる.信頼性良好群の下位尺度のうち,視野に関する質問である周辺視覚PVと視野スコアが当然のことながら高い係数を示した反面,同じく視野が関係するはずの運転DRと視野スコアの間には,有意差は検出されなかった.今回の対象は高齢者が多く,運転免許を所持したことがない者も多くいたこと,視力自体は良好な者が多かったこと,R2=0.094という決定係数から視覚以外の原因が大きく関係していることが考えられる.周辺視覚PVについてはbVFSもFFSも係数は同値であった.これは周りの物に気付くかどうかという,大まかな質問に対しては差が生じなかったことが考えられる.しかし,社会生活機能SF,心の健康MH,役割制限RL,自立DRの4つの下位尺度,つまり精神的安定や社会生活を反映した下位尺度ではFFSの係数が高くなった.これは両眼で見えているとされる視野よりも,片眼の視野障害も考慮に入れることで,実生活における種々の自覚的な困難を反映しやすくなったのではないかと考える.両眼開放で測定するbVFSのほうが簡便であり,日常の視野を評価しているという点では,こちらを採用するという考え方も確かにある.しかし,両眼開放視野は正常と判定されるが,片眼に欠損があり,反対の眼で補っているというケースについても考慮に入れる必要があると筆者らは考えている.たとえば緑内障で鼻側視野欠損やBjerrum(ビエルム)暗点があっても,欠損部位や暗点が重ならなければ,両眼開放で視野を測定すると正常視野が検出されるケースは珍しくない.しかし,患者に聞き取りを行うと,日常生活のなかでも視野異常のある部位に見えづらさを感じていると答える人がいる.両眼開放視野については,両眼の網膜対応点における加算現象であるbinocularsummation16)が知られている.とくに中心視野では加算が起こりやすく,両眼同程度の感度であれば,片眼で見るよりも感度が上昇する.また,対応点の視野感度に左右差がある場合,加算が減少することが報告されている17).このことから,片眼の感度低下が両眼開放の視野にも影響を及ぼすことがわかる.閾上刺激を用いるCGTでは,閾値の変化は捉えていないため,片眼に感度低下があったとしても,両眼で10dBが見えればその点は正常であるとみなされる.しかし,両眼で10dBが見えたとしても,片眼に感度低下があれば加算現象は起こりにくくなるため,見え方の質が同じであるとはいえないであろう.この点からも,両眼視野だけではなく,片眼の視野も評価すること(135)あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016465 が必要であると考える.さらにFVSでは,視力,視野のみで表現できないにもかかわらず,就労の継続が困難になる視機能,たとえば,片眼の機能低下による立体視の喪失,後天的錐体機能障害による色覚欠損などに対し,オプションで15点引くことができる.今回の研究の結果,FFSのほうがVFQ25に対して関連が強いことが示唆された.FFSにより,片眼の視野と両眼開放の視野を両方評価することで,その人のQOVをより反映しやすくなると考えられた.現行の身体障害者等級判定法は,5級ではI/4e,4級以下ならI/2eによる視野の広さを基準としているが,イソプター内側の視野障害は評価の対象とならない.FFSではIII/4eイソプター内側の中心暗点やBjerrum暗点なども評価の対象となる.また,CGTは測定範囲が広い割には,片眼の標準的な測定時間が6分程度と比較的短時間で行えるという利点もある8).計算過程がやや複雑であるが,今後筆者らは自動視野計にFFSの算出プログラムを搭載することを考えている.視野計に視力値を入力すればFASが計算され,CGTを測定すればFFS,FVSまで自動で計算をしてくれるようになれば,複雑な計算の必要はなくなる.簡便で患者の負担が少なく,かつQOVとの関連が深いFFSについて,今後も検討を重ねていきたい.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)AmericanMedicalAssociation:Section6,Evaluationofpermanentvisualimpairment.In:WeisbeckerCA,FraufelderFT,RheeDetal(eds),Physicians’DeskReferenceforOphthalmology,28thed,p66,MedicalEconomicsCo,Montvale,20002)DouglasRA,VincentMP:Visualimpairmentanddisability.In:CravenL(ed),AutomatedStaticPerimetry,2nded,p237-241,CVMosby,StLouis,19993)ColenbranderA:Thefunctionalvisionscore─Acoordinatedscoringsystemforvisualimpairments,disabilities,andhandicaps.In:KooijmanAC,LooijestijinPL,WellingJAetal(eds),ResearchandNewDevelopmentsinRehabilitation.StudiesinHealthTechnologyandInformatics,11LowVision,p552-561,IOSPress,Amsterdam,19944)ColenbranderA:Chapter12,Thevisualsystem.In:CochiarelliL,AndersonGBA(eds),GuidestotheEvaluationofPermanentImpairments.5thed,p277-304,AmericanMedicalAssociation,Chicago,20015)ColenbranderA:Chapter12,Thevisualsystem.In:RondinelliRD(ed),GuidestotheEvaluationofPermanentImpairment.6thed,p281-319,AmericanMedicalAssociation,Chicago,20086)ColenbranderA:Assessmentoffunctionalvisionanditsrehabilitation.ActaOphthalmol88:163-173,20107)加茂純子:身体障害認定における視覚障害評価.VisualAcuityScore(VAS)とVisualFieldScore(VFS)の測定の実際.日本の眼科82:755-775,20118)加茂純子,原田亮,宇田川さち子ほか:AmericanMedicalAssociationのVisualFieldScoreのHumphrey視野計のカスタムプログラムによる静的視野とGoldmann視野の結果の比較の試行.臨眼65:1243-1249,20119)原田亮,加茂純子,瀬戸寛子ほか:Colenbranderグリッドスコアの右左合成両眼と両眼開放,FFSの関係.臨眼68:1161-1166,201410)鈴鴨よしみ,大鹿哲郎,大木孝太郎ほか:NEI-VFQ25日本語版の開発と信頼性・妥当性の検討.日眼会誌107:297,200311)FuhrPSW,HolmesLD,FletcherDCetal:TheAMAGuidesFunctionalVisionScoreisabetterpredictorofvision-targetedqualityoflifethantraditionalmeasuresofvisualacuityorvisualfieldextent.VisImpairmentRes5:137-146,200312)SeoJH,YuHG,LeeBJ:Assessmentoffunctionalvisionscoreandvision-specificqualityoflifeinindividualswithretinitispigmentosa.KoreanJOphthalmol23:164-168,200913)加茂純子,原田亮,松本行弘ほか:緑内障のある運転手のBinocularEstermanScore対FunctionalFieldScoreのThe25-itemNationalEyeInstituteVisualFunctionQuestionnaireへの関連.日ロービジョン会誌13:11-15,201314)MassofRW,FletcherDC:EvaluationoftheNEIVisualFunctioningQuestionnaireasanintervalmeasureofvisualabilityinlowvision.VisRes41:397-413,200115)MassofRW:Themeasurementofvisiondisability.OptomVisSci79:516-552,200216)若山暁美,松本長太,楠部亨ほか:両眼視野におけるBinocularSummationについて正常者における融像刺激に対する検討.眼臨93:1057-1060,199917)PardhanS,WhitakerA:Binocularsummationinthefoveaandperipheralfieldofanisometropicamblyopes.CurrEyeRes20:35-44,2000URL1)http://www.icoph.org/downloads/visualstandardsreport.pdf2)http://mayeyeclinic.sharepoint.com/Pages/ColenbranderKamoFVScalculationsheet.aspx3)http://mayeyeclinic.sharepoint.com/Pages/central_scotoma_rule.aspx***466あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016(136)

ラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液の点眼時間による眼圧下降効果の比較

2016年3月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科33(3):455.459,2016cラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液の点眼時間による眼圧下降効果の比較武田暢生宇田川さち子東出朋巳大久保真司竹本裕子杉山和久金沢大学医薬保健研究域医学系視覚科学ComparisonofIntraocularPressure-reducingEffectofMorningvs.EveningDosingofLatanoprostandTimololNobuoTakeda,SachikoUdagawa,TomomiHigashide,ShinjiOhkubo,YukoTakemotoandKazuhisaSugiyamaDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScienceラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液(ザラカムR配合点眼液)は1日1回点眼であるが,朝夜のいずれに点眼するのがより効果的か検討した.対象は,金沢大学附属病院眼科にて抗緑内障点眼薬治療を受けている原発開放隅角緑内障(広義)患者,高眼圧症患者25例25眼.1カ月以上の観察期間を経てザラカムR配合点眼液に変更し,計6カ月間の点眼を行った.ランダム割り付け表に従い,点眼時間帯を3カ月ごとに朝から夜へ,または夜から朝へと切り替える2群に割り付けた.朝・夜点眼期間終了時点の眼圧は,それぞれ,12.9±2.9mmHg,13.1±3.6mmHgであり,観察期間終了時の眼圧14.1±3.2mmHgからの変化量は,朝点眼と夜点眼とで有意差はなかった(p=0.7).同時に行ったアンケートでは,朝・夜点眼で有害事象に似た傾向がみられ,アドヒアランスは朝・夜点眼ともに良好だった.以上より,ザラカムR配合点眼液は,朝点眼も選択肢の一つになると考えられた.Weevaluatedtheefficacyofmorningversuseveningdosingoflatanoprostandtimolol(LTFC;XalacomR)in25patientswithprimaryopen-angleglaucomaorocularhypertensionwhohadinstilledantiglaucomadropsforatleast1month,thenswitchedtoLTFC.TheywererandomizedtoeithermorningoreveningdosingofLTFCfor3months,thencrossedovertotheoppositeadministrationtimeschedulesforthenext3months.MeanIOPsattheendpointofmorningtreatmentwere12.9±2.9mmHg,and13.1±3.6mmHgofeveningtreatment.TherewasnosignificantdifferenceinIOPsfrombaselinebetweenthetwodosings(p=0.7).JudgingfromtheresultsofaquestionnairesurveyperformedatthetimeofIOPmeasurement,adherencewasgoodinbothmorningandeveningtreatment.ThisstudyrevealedthatmorningapplicationofLTFCoffersanotherchoiceforpatientswithglaucomaorocularhypertension.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(3):455.459,2016〕Keywords:ラタノプロスト・チモロールマレイン酸配合点眼液,眼圧,朝点眼,夜点眼,ランダム化クロスオーバー前向き比較試験.latanoprostandtimolol,intraocularpressure,morningdose,eveningdose,randomizedprospectivecrossovertrial.はじめにプロスタグランジン関連点眼薬とb遮断点眼薬の配合剤の点眼回数は1日1回であり,これらの併用と比較して,点眼回数を減らすことでアドヒアランスの向上が期待できる.これらの配合剤の効果的な点眼時間帯については,Takmazら1)は,ラタノプロスト・チモロールマレイン酸配合点眼液(ザラカムR配合点眼液)に関し,朝点眼と夜点眼を比較して夜点眼のほうが効果的であるとしているが,まだ定まった見解はない.そこで今回,ラタノプロスト・チモロールマレイン酸配合点眼液(ザラカムR配合点眼液)について,朝と夜のいずれに点眼するのが効果的か,アドヒアランスや有害事象に関するアンケートとともにランダム化クロスオーバー前向き比較試験により検討した.〔別刷請求先〕武田暢生:〒920-8641金沢市宝町13番1号金沢大学医薬保健研究域医学系視覚科学Reprintrequests:NobuoTakeda,M.D.,DepartmentofOphthalmology&VisualScience,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScience,13-1Takara-machi,Kanazawa-shi,Ishikawa920-8641,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(125)455 実施期間評価項目ザラカム.単剤の点眼時間帯観察期間投薬(点眼)期間点眼中の点眼を継続眼圧測定アンケート眼圧測定アンケート眼圧測定アンケート1日1回朝点眼(AM8:00±2:00)1日1回朝点眼(AM8:00±2:00)1日1回夜点眼(PM8:00±2:00)1日1回夜点眼(PM8:00±2:00)1M~1M2M3M4M5M6Mザラカム.点眼なし実施期間評価項目ザラカム.単剤の点眼時間帯観察期間投薬(点眼)期間点眼中の点眼を継続眼圧測定アンケート眼圧測定アンケート眼圧測定アンケート1日1回朝点眼(AM8:00±2:00)1日1回朝点眼(AM8:00±2:00)1日1回夜点眼(PM8:00±2:00)1日1回夜点眼(PM8:00±2:00)1M~1M2M3M4M5M6Mザラカム.点眼なし*眼圧測定は10時±1時間に行う図1試験のアウトラインI対象および方法1.対象対象は,金沢大学附属病院眼科に外来通院中の患者のうち,プロスタグランジン関連点眼薬単剤,プロスタグランジン関連点眼薬と他の点眼薬の2剤併用療法,またはラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼液以外の配合点眼薬で1カ月以上治療している原発開放隅角緑内障(広義)患者,高眼圧症患者である.試験組み入れ時での眼圧測定値が21mmHg以下,3カ月以内に測定したHumphrey自動視野計中心30-2または24-2Swedishinteractivethresholdalgorithm(SITA)standardにて,meandeviation(MD)値が.10dB以上の20.75歳を対象とした.両眼とも基準を満たす場合は,試験組み入れ時の眼圧の高い眼を,左右の眼圧が同じ場合は右眼を対象とした.2.方法同意取得後に,1カ月以上の観察期間を設け,その間は点眼中の点眼薬を継続とした.その後,ラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩配合点眼薬へと変更し,6カ月間点眼を行った.試験デザインは単盲検,ランダム化クロスオーバー前向き比較試験とし,既定の割り付け表にしたがって,3カ月ごとに点眼時間帯を朝(午前8時±2時間)から夜(午後8時±2時間)へ,または夜から朝へと切り替える2群に割り付けた.ベースライン(観察期間終了時点),朝点眼期間終了時点,夜点眼期間終了時点の眼圧を,それぞれ外来受診時にGoldmannapplanationtonometer(GAT)にて測定し,同時に,有害事象,点眼アドヒアランスに関するアンケートを実施した(図1).眼圧の測定時間は,日内変動の影響を避けるため,午前10時±1時間とした.朝点眼期間終了時点と夜点眼期間終了時点の眼圧を,それぞれベースライン眼圧からの変化量で比較した.検定には対応のあるt検定を用い,p<0.05を統計学的有意とした.本研究は,金沢大学医学倫理審査委員会で承認され,対象456あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016患者に本研究の主旨および内容を説明し,書面による同意を得て施行した.また,本研究は,2013年7月25日UMIN臨床試験に登録された(UMIN000011275).II結果25例25眼が解析の対象となった.内訳は,男性14例,女性11例,平均年齢は55.3±11.9歳だった.また,原発開放隅角緑内障患者(広義)が20例,高眼圧症患者が5例だった.使用していた抗緑内障点眼薬は,プロスタグランジン関連点眼薬単剤が20例,プロスタグランジン関連点眼薬と他の点眼薬の2剤併用が5例(併用点眼薬は5例ともb遮断薬)であり,配合点眼薬を使用している患者はいなかった.ベースラインでの平均眼圧は14.1±3.2mmHgであった(表1).朝・夜点眼期間終了時点の眼圧は,それぞれ,12.9±2.9mmHg,13.1±3.6mmHgであり(表2),ベースラインからの眼圧変化量は,朝点眼(.1.2±2.4mmHg)と夜点眼(.1.1±2.2mmHg)とで有意差はなかった(p=0.7)(表3).また,個々の患者に対して,朝点眼での眼圧と夜点眼での眼圧の差を検討したが,朝点眼のほうが3mmHg以上眼圧が高かった患者と,夜点眼のほうが3mmHg以上眼圧が高かった患者がともに3例であったのに対し,朝・夜点眼の眼圧差の大きさが3mmHg未満となった患者が19例と多数(76%)を占めた.アンケート結果を表4に示す.点眼を忘れたことがあるかという質問に対して,忘れたことはないと答えた人は,朝点眼期間後で16例,夜点眼期間後で13例であり,朝点眼のほうが3例多かった.逆に,だびたび忘れると答えた人は,朝点眼期間後で9例,夜点眼期間後で12例であり,夜点眼のほうが3例多かった.被験者別のデータをみてみると,朝点眼のときに“忘れたことはない”と答えた同一の3人の被験者が,夜点眼に切り替わって,“たびたび忘れる”と答えており,夜点眼のときにのみ“忘れたことはない”と答えた被験者はいなかった.現在の点眼を続けたいかという質問に(126) 表1患者の背景関しては,続けたいと答えた人は朝点眼で16例,夜点眼で患者数25例15例であった.また,1日の点眼回数(1回)は満足してい性別るかという質問に関して,満足していると答えた人は,朝・男性14例(56%)夜点眼期間後でそれぞれ21例,20例と朝・夜点眼で差はな女性11例(34%)く,多数(84%,80%)を占めた.点眼しやすい回数につい年齢55.3±11.9歳(33.75歳)ても,1日1回と答えた人が各時点とも多数を占めた.気に視力1.18±0.07(1.1.2)なった有害事象に関する複数回答のアンケートでは,朝・夜HFA30-2または24-2MD.3.8±2.8dB(1.3..9.6dB)点眼期間とも,眼がしみると答えた人が14例と最多であり,ベースライン眼圧14.1±3.2mmHg(9.21mmHg)眼の充血と答えたものはそれぞれ5例,3例,眼がゴロゴロ病型原発開放隅角緑内障(広義)20例(80%)表2各測定時点の眼圧高眼圧症5例(20%)使用薬剤ベースライン朝点眼期間後夜点眼期間後PG関連点眼薬単剤20例(80%)14.1±3.2mmHg12.9±2.9mmHg13.1±3.6mmHgPG関連点眼薬と他の5例(20%)点眼薬の2剤併用(併用薬剤はすべてb遮断薬)表3ベースラインからの眼圧変化量朝点眼期間後の眼圧変化量夜点眼期間後の眼圧変化量p値(t検定).1.2±2.4mmHg.1.1±2.2mmHg0.7表4アンケート結果(例)観察期間後朝点眼期間後夜点眼期間後点眼を忘れたことがあるか忘れたことはない14(56%)16(64%)13(52%)たびたび忘れる11(44%)9(36%)12(48%)ほとんど忘れている0(0%)0(0%)0(0%)いつも忘れている0(0%)0(0%)0(0%)現在の点眼治療を続けたいか続けたい.16(64%)15(60%)たぶん続ける.8(32%)8(32%)続けたくない.1(4%)2(8%)1日の点眼回数(1回)は満足しているか満足している17(68%)21(84%)20(80%)やや満足している6(24%)3(12%)3(12%)満足していない2(8%)1(4%)2(8%)点眼しやすい回数は何回か1日1回22(88%)24(96%)23(92%)1日2回2(8%)0(0%)1(4%)1日3回0(0%)0(0%)0(0%)1日4回1(4%)1(4%)1(4%)点眼を開始して気になった有害事象(複数回答)眼の充血.5(20%)3(12%)眼がゴロゴロする.3(12%)4(16%)眼がしみる.14(54%)14(54%)眼がかゆくなる.1(4%)2(8%)睫毛が伸びる.1(4%)0(0%)眼の下が黒くなる.2(8%)3(12%)(127)あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016457 すると答えたものは,それぞれ3例,4例であった.III考按プロスタグランジン関連点眼薬のラタノプロストは,ぶどう膜強膜流出路からの房水流出量を増加させることによって優れた眼圧下降効果を示すが2),朝点眼よりも夜点眼のほうが眼圧の日内変動幅を減少させるため,有利であるとされる3).一方,b遮断薬であるチモロールマレイン酸点眼薬は,房水産生を抑制することで眼圧下降作用を示すが4),夜間はb受容体の活性が低下し房水量が減少するため,1日1回点眼である持続性のb遮断薬は朝に点眼することが一般的であり,1日に2回点眼するその他のb遮断薬も夜間より朝から日中の効果が高いとされている5).これらの配合点眼薬については,朝夜のいずれに点眼するのが効果的か,結論は出ていないが,Takmazら1)は,30例60眼の原発開放隅角緑内障患者を朝点眼群と夜点眼群に分け,4週間点眼後の眼圧日内変動を比較し,夜点眼群のほうが,朝から日中の眼圧が有意に低く,日内変動幅も小さいと報告している.また,Konstasら6)は,36例の原発開放隅角緑内障,高眼圧症の患者を対象としたラタノプロストとチモロールマレイン酸点眼薬の併用療法に関して,朝・夜点眼での眼圧日内変動を比較した結果,夜点眼のほうが朝6時の眼圧が有意に低いものの,日中の眼圧に有意差はみられないとしている.同じくプロスタグランジン関連点眼薬とb遮断点眼薬の合剤であるトラボプロスト・チモロールマレイン酸配合点眼液に関しては,Denisら7)は,朝点眼と夜点眼で眼圧下降効果に差はないとしているが,Konstasら8)は,夜点眼のほうが効果的であるとしている.また,石田ら9)は,トラボプロスト・チモロールマレイン酸配合点眼液の夜点眼と朝点眼で眼圧下降効果に有意差はなかったが,配合点眼薬に切り替える前の眼圧と切り替え後の眼圧の比較では,朝点眼で有意に眼圧が上昇したのに対して夜点眼では有意差がなかったことから,夜点眼のほうがやや効果的であったと報告している.これらの研究結果を踏まえ,現在,ラタノプロスト・チモロールマレイン酸配合点眼液は,夜点眼が推奨されている.しかし,本研究では,原発開放隅角緑内障患者,高眼圧症患者を対象としたランダム化クロスオーバー前向き比較試験によって,ラタノプロスト・チモロールマレイン酸配合点眼液の朝点眼と夜点眼では,朝の眼圧下降効果に有意差はみられなかった.眼圧の測定値には日内変動があるため,異なる時間帯での眼圧下降効果の比較は困難であるが,本研究の眼圧測定時刻は10時±1時間であり,同じくラタノプロスト・チモロールマレイン酸配合点眼液の朝・夜点眼の比較を行い,夜点眼群のほうが朝から日中の眼圧が有意に低いとしたTakmazら1)の報告とは異なる結果となった.458あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016Takmazら1)の報告と異なる要因としては,Takmazら1)の研究は並行群間試験であり,本研究とは試験デザインが異なることが影響した可能性が考えられた.並行群間試験は異なる被験者間の比較であるため,被験者間のばらつきによる誤差がある.本研究は,クロスオーバー試験であり,個人内の朝夜点眼の比較が可能であった.ただ,クロスオーバー試験の場合は,持ち越し効果(carry-overeffect)を生じる可能性があるため,2つの治療期間の間に十分な休薬期間(washoutperiod)をおかないと結果にバイアスがかかる危険性がある.ラタノプロストとチモロールマレイン酸配合点眼液の併用療法を比較したKonstasら6)の研究は,2週間の休薬期間を設定している.本研究では,朝点眼と夜点眼の間に休薬期間を設けなかったが,それぞれの点眼を3カ月間行った後に眼圧の測定を行ったため,持ち越し効果の影響を回避するには十分であったと考えられた.その他の要因として,対象疾患の違いも考えられる.Takmazら1)は,対象を原発開放隅角緑内障患者としたのに対して,本研究は開放隅角緑内障患者(広義)と高眼圧症患者とした.無治療の高眼圧症患者と緑内障患者の眼圧日内変動の比較を行ったGrippoら10)の研究では,姿勢にかかわらず高眼圧症患者,緑内障患者ともに,よく似た眼圧日内変動パターンを示すことが報告されているものの,ラタノプロスト・チモロールマレイン酸配合点眼液の眼圧下降効果に関して,高眼圧症患者と緑内障患者を比較した報告はまだなく,対象の違いが結果に影響した可能性も否定はできない.なお,本研究は異なる時間帯での眼圧測定は行っていないため,朝・夜点眼の眼圧日内変動への影響を検討することはできなかった.しかし,Asraniら11)の報告によると,日中の眼圧日内変動の幅が大きいほど視野進行が速いことが知られており,朝・夜点眼の違いが眼圧日内変動パターンや変動幅に影響し,緑内障視野障害の進行を左右する可能性もある.いまだ眼圧日内変動を考慮した同一被験者によるラタノプロスト・チモロールマレイン酸配合点眼液の朝夜点眼を比較したクロスオーバー試験は実施されておらず,今後検討が必要と思われる.朝・夜点眼の違いがアドヒアランスに与える影響に関しては,石田ら9)は,時間的余裕から夜点眼を希望するものが多数だったと報告しているが,この研究ではアドヒアランスに関する直接的なアンケートは実施されていない.本研究で行ったアンケートでは,朝点眼のときには忘れたことがないと答えていたのに,夜点眼に切り替わってたびたび忘れると答えた人が25人中3人おり,その逆のケースはなかった.このことから,夜点眼は朝点眼に比べてアドヒアランスが良好とはいえないと考えられた.緑内障は長期間の治療継続が必要となる慢性疾患であるため,アドヒアランスの違いが長期的な眼圧コントロールや予後に影響を与える可能性があり,(128) アドヒアランスへの影響も無視できない.点眼回数に関しては,1日1回点眼は,朝夜点眼にかかわらず満足度が高く,合剤による利点の一つと考えられた.以上,ラタノプロスト・チモロールマレイン酸配合点眼液は,朝夜点眼で午前の眼圧下降効果は同等であり,アドヒアランスは夜点眼も朝点眼もともに良好であることから,従来の夜点眼の推奨にとらわれず,朝点眼も選択肢の一つになると考えられた.利益相反:杉山和久(カテゴリーF:ファイザー株式会社)文献:1)TakmazT,A.ikS,Kurkcuo.luPetal:Comparisonofintraocularpressureloweringeffectofoncedailymorningvseveningdosingoflatanoprost/timololmaleatecombination.EurJOphthalmol18:80-85,20082)NilssonSFE,SamuelssonM,BillAetal:IncreaseduveoscleraloutflowasapossiblemechanismofocularhypotensioncausedbyprostaglandinF2a-1-isopropylesterinthecynomolgusmonkey.ExpEyeRes48:707-716,19893)KonstasAG,MaltezosAC,GandiSetal:Comparisonof24-hourintraocularpressurereductionwithtwodosingregimensoflatanoprostandtimololmaleateinpatientswithprimaryopen-angleglaucoma.AmJOphthalmol128:15-20,19994)HoyngPF,RuloA,GreveEetal:Theadditiveintraocularpressure-loweringeffectoflatanoprostincombinedtherapywithotherocularhypotensiveagents.SurvOphthalmol41(Suppl2):93-98,19975)TopperJE,BrubakerRF:Effectsoftimolol,epinephrine,andacetazolamideonaqueousflowduringsleep.InvOphthalmolVisSci26:1315-1319,19856)KonstasAG,NakosE,TersisIetal:AComparisonofonce-dailymorningvseveningdosingofconcomitantlatanoprost/timolol.AmJOphthalmol133:753-757,20027)DenisP,AndrewR,WellsDetal:Acomparisonofmorningandeveninginstillationofacombinationtravoprost0.004%/timolol0.5%ophthalmicsolution.EurJEophthalmol16:407-415,20068)KonstasAG,TsironiS,VakalisANetal:Intraocularpressurecontrolover24hoursusingtravoprostandtimololfixedcombinationadministeredinthemorningoreveninginprimaryopen-angleandexfoliativeglaucoma.ActaOphthalmol87:71-76,20099)石田理,杉山哲也,植木麻理ほか:抗緑内障配合点眼液の朝点眼と夜点眼による効果の比較.あたらしい眼科29:975-978,201210)GrippoTM,LiuJH,ZebardastNetal:Twenty-fourhourpatternofintraocularpressureinuntreatedpatientswithocularhypertension.InvOphthalmolVisSci54:512-517,201311)AsraniS,ZeimerR,WilenskyJetal:Largediurnalfluctuationsinintraocularpressureareanindependentriskfactorinpatientswithglaucoma.JGlaucoma9:134142,2009***(129)あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016459

眼所見から診断されたStevens-Johnson症候群の1例

2016年3月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科33(3):451.454,2016c眼所見から診断されたStevens-Johnson症候群の1例鈴木智浩*1大口剛司*1北尾仁奈*1木嶋理紀*1岩田大樹*1水内一臣*1野村友希子*2田川義継*3石田晋*1*1北海道大学大学院医学研究科眼科学分野*2北海道大学大学院医学研究科皮膚科学分野*3北1条田川眼科ACaseofStevens-JohnsonSyndromeDiagnosedbyOcularFindingsTomohiroSuzuki1),TakeshiOhguchi1),NinaKitao1),RikiKijima1),DaijuIwata1),KazuomiMizuuchi1),YukikoNomura2),YoshitsuguTagawa3)andSusumuIshida1)1)DepartmentofOphthalmology,HokkaidoUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)UniversityGraduateSchoolofMedicine,3)TagawaEyeClinicDepartmentofDermatology,Hokkaido目的:皮膚病変を伴わず眼所見を中心に粘膜病変のみを呈したStevens-Johnson症候群(SJS)の1例について報告する.症例:20歳,女性.当院初診の10日前,発熱と両眼の充血,眼脂を自覚し総合感冒薬を内服.3日後内科を受診し,咽頭結膜熱の診断でアセトアミノフェン内服処方された.同日眼科を受診し,アデノウイルス結膜炎の診断で点眼処方されるも炎症所見が徐々に増悪したため当院紹介となった.両眼瞼結膜に偽膜形成,瞼球癒着,角膜びらんがみられ,SJSが疑われた.皮膚科を受診し,口腔内に粘膜疹を認めたが皮膚病変はみられなかった.しかし,発熱・粘膜病変および眼所見よりSJSと診断し,即日ステロイドパルス療法が開始された.その後徐々に充血,偽膜,瞼球癒着,角膜びらんは改善した.結論:SJSは皮膚病変を伴わず,眼症状を含めた粘膜病変のみを呈することがあり,十分な注意が必要である.Purpose:WereportacaseofStevens-Johnsonsyndrome(SJS)thatmainlydevelopedocularfindingswithoutskinlesions.Case:A20-year-oldfemalehada3-dayhistoryoffever,eyerednessanddischarge.Althoughshetookacetaminophen,thesymptomswerenotresolved.Inaneyeclinic,adenovirusconjunctivitiswassuspectedandshewastreatedwithtopicaltreatments,buthersymptomswereexacerbated.Onherfirstvisittoourhospital,shehadbilateralpseudomembranousconjunctivitis,symblepharonandcornealerosion.Oralmucousmembranedisorderwasalsodetected,butnoteruptionofskin.AdiagnosisofSJSwasestablishedbasedontheseobservations.Methylprednisolonepulsetherapywasinitiatedandhersymptomsgraduallyimproved.Conclusion:MostSJSpatientshaveocularfindingsandmucousmembranedisorder;somelackskineruption.Thediagnosisshouldbecarefullyestablishedforapatientwithoutskinlesions.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(3):451.454,2016〕Keywords:Stevens-Jonson症候群,ステロイドパルス療法,瞼球癒着,角膜びらん,アセトアミノフェン.Stevens-Jonsonsyndrome,steroidpulsetherapy,symblepharon,cornealerosion,acetaminophen.はじめにStevens-Johnson症候群(SJS)は発熱を伴って全身の皮膚および粘膜にびらんと水疱を生じる,急性の全身性皮膚粘膜疾患である.SJSの発症頻度は人口100万人当たり1.6人である1).その原因のほとんどは薬剤によるものであるが,ウイルス感染などで発症することもある.今回筆者らは皮膚病変を伴わず,眼所見および他の粘膜病変のみを呈したSJSの1例を経験したので報告する.I症例患者:20歳,女性.主訴:両眼痛,開瞼困難.現病歴:当院初診の10日前,38℃の発熱があり市販の総合感冒薬を内服.その後両眼の充血,眼脂を自覚した.3日後内科を受診したところ咽頭結膜熱の診断でアセトアミノフェン内服処方された.同日眼科を受診し,アデノウイルス〔別刷請求先〕鈴木智浩:〒060-8638札幌市北区北15条7丁目北海道大学大学院医学研究科眼科学分野Reprintrequests:TomohiroSuzuki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,HokkaidoUniversityGraduateSchoolofMedicine,Kita15,Nishi7,Kita-ku,Sapporo,Hokkaido060-8638,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(121)451 結膜炎の診断で0.1%フルオロメトロン,1.5%レボフロキサシン点眼処方されるも眼症状改善なく0.01%リン酸ベタメタゾン点眼に変更された.しかし,前眼部の炎症所見が徐々に増悪したため当院紹介となった.既往歴:特記すべき事項なし.家族歴:特記すべき事項なし.初診時所見:両眼とも結膜充血著明で濾胞形成なく,瞼結膜に偽膜形成,瞼球癒着,広範な角膜びらんを認めた(図1).開瞼不可のため視力は測定できなかった.全身検査所見:WBC6,300/μl,CRP2.75mg/dlでCRPが軽度上昇していた.肝機能,腎機能,電解質,血糖に異常は認めなかった.HSV,VZVのIgM,IgGは上昇なし,マイコプラズマ抗体価は初診日80倍,3週間後80倍でペア血清の上昇はなし,寒冷凝集素検査は8倍で基準範囲内であった.HLA遺伝子型はHLA-A*24:02,A*33:01,B*44:03,B*46:01であった.リンパ球刺激試験ではアセトアミノフェンの陽性率が415%と陽性を示した(表1).経過(図2):現病歴,眼所見よりSJSを疑い,皮膚科にて診察したところ,口腔内と肛門周囲にわずかに粘膜疹がみられた(図3).全身に皮疹はなかったが,発熱,重篤な眼所見,口腔内と肛門周囲に粘膜疹を認めたことからSJSと診断した.ただちにステロイドパルス療法〔メチルプレドニゾロン(mPSL)1日1g3日間〕を開始した.点眼は0.1%リ表1リンパ球刺激試験薬剤名成分名陽性率(%)ペアコール錠R無水カフェイン122カンゾウエキス104キキョウエキス95アセトアミノフェン415地竜乾燥エキス散109d-クロルフェニラミンマレイン散141図1初診時前眼部写真両眼とも結膜充血が著明で,瞼球癒着,角膜に広範なびらんをmPSL1g/日PSL60mg/日頻回点眼6×4×3×頻回点眼6×4×2×1×6×陽性:陽性率200%以上,疑陽性:180.199%,陰性点眼治療認めた.179%以下PSL50mg/日PSL40mg/日PSL30mg/日PSL25mg/日PSL20mg/日偽膜除去ベタメタゾンレボフロキサシンヒアルロン酸角膜びらん結膜充血瞼球癒着上眼瞼偽膜角膜上皮下混濁初診日1週間後1カ月後図2臨床経過452あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016(122) 図3口腔内写真口腔内にびらんを認めた.ン酸ベタメタゾン,抗菌薬を1時間ごと,ステロイド眼軟膏を就寝前に点入し,偽膜除去,瞼球癒着.離を連日施行した.初診3日後の視力は右眼0.2(矯正不能),左眼0.07(0.1),眼圧は右眼9mmHg,左眼9mmHgであった.ステロイドパルス療法が奏効し,角膜びらん,上眼瞼の偽膜,他の粘膜病変は速やかに消失し,PSL60mgから漸減した.結膜充血は徐々に改善し,角膜上皮下混濁と瞼球癒着は軽度残存あるも改善を認めた(図4).その後視力も徐々に改善し,初診2週間後の視力は右眼0.7(1.0),左眼0.1(0.5)となった.初診2カ月後の視力は右眼(1.2),左眼(1.5)で炎症所見は鎮静化しており(図5),ステロイド内服は中止となり,その後再燃もなく経過している.II考按皮膚病変を伴わず眼所見を中心に粘膜病変のみを呈したSJSの症例を経験した.SJSは突然の高熱,紅斑,水疱などの皮膚症状と,口腔,眼球結膜などの粘膜疹やびらん所見が特徴である.しかし,まれではあるが皮膚病変を伴わず,粘膜病変のみを呈したSJSの報告がおもに小児科領域から散見される2.4).これらの報告では小児のマイコプラズマ感染に起因するSJSに多いが,本症例では検査結果よりマイコプラズマ既感染で急性期ではないと考えられ,リンパ球刺激試験でアセトアミノフェンが陽性を示したことから,アセトアミノフェンが原因と考えられた.また,近年HLA解析でHLA-A*02:06とHLA-B*44:03は感冒薬(アセトアミノフェンも含む)に関連して発症した重篤な眼合併症を伴うSJSに特異的な遺伝子素因であることが示唆されており5),本症例でもHLA-B*44:03を認めた.このことから,何らかの遺伝的背景の関与も示唆された.SJSの治療はステロイド治療と点眼での局所治療が有用とされている.本症例では当院初診日よりステロイドパルス療法と局所治療を行い,所見の改善が得られた.SJSで急性期(123)図4初診1週間後の前眼部写真結膜充血,角膜びらんの改善を認めた.図5初診2カ月後の前眼部写真結膜充血は消失している.角膜混濁は軽度残存している.視力右眼(1.2),左眼(1.0).あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016453 に角膜上皮幹細胞が消失すると遷延性上皮欠損に陥り,慢性期には上皮欠損部は周囲から伸展する結膜組織に覆われ視力障害をきたす.過去に発症から4日以内にステロイドパルス療法およびステロイド点眼治療を行った10眼の検討で,全症例で6週以内に偽膜は消失し角膜上皮は修復され発症から1年後視力(1.0)以上だった報告があり6),早期の治療が視力予後に影響すると考えられる.またSJSの死亡率は3%,重症型である中毒性表皮壊死症に進展すると19%,死亡原因は敗血症などの感染症,多臓器不全であり7),このことからもいかに早期に治療開始するかが重要となる.本症例は皮膚病変を伴わず眼所見を中心に粘膜病変のみ呈した非典型的なSJSであったが,早期に治療を行うことにより良好な経過が得られた.発熱に続く充血,角膜障害をみた場合,アデノウイルス結膜炎と診断されることが多いが,SJSである可能性を考慮する必要がある.粘膜病変のみを呈するSJSは稀だが,眼所見より診断される例があり,眼科医の役割は重要である.文献1)RoujeauJ,KellyJ,NaldiL:MedicationuseandtheriskofStevens-Johnsonsyndromeortoxicepidermalnecrolysis.NEnglJMed333:1600-1607,19952)LatschK,GirschickH,Abele-HornM:Stevens-Johnsonsyndromewithoutskinlesions.JMedMicrobiol56:16961699,20073)高峰文江,立元千帆,渡辺雅子:マイコプラズマ感染により発症し,粘膜症状のみを呈した非典型的なStevens-Johnson症候群の1例.小児科診療76:1157-1161,20134)牧田英士,黒田早恵,羽鳥誉之:重篤な眼病変を認めた皮疹のないStevens-Johnson症候群の1例.小児科臨床67:1511-1515,20145)UetaM,KaniwaN,SotozonoC:IndependentstrongassociationofHLA-A*02:06andHLA-B*44:03withcoldmedicine-relatedStevens-Johnsonsyndromewithseveremucosalinvolvement.SciRep4:4862,20146)ArakiY,SotozonoC,InatomiT:SuccessfultreatmentofStevens-Johnsonsyndromewithsteroidpulsetherapyatdiseaseonset.AmJOphthalmol147:1004-1011,20097)末木博彦:Stevens-JohnsonSyndrome/ToxicEpidermalNecrolysis─What’sNew?JEnvironDermatolCutanAllergol7:6-13,2013***454あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016(124)

ドライアイに対するレバミピド懸濁点眼液(ムコスタ®点眼液UD2%) の有効性と安全性─製造販売後調査結果─

2016年3月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科33(3):443.449,2016cドライアイに対するレバミピド懸濁点眼液(ムコスタR点眼液UD2%)の有効性と安全性─製造販売後調査結果─増成彰*1安田守良*1曽我綾華*1板東孝介*1福田泰彦*1木下茂*2*1大塚製薬株式会社ファーマコヴィジランス部*2京都府立医科大学感覚器未来医療学EffectivenessandSafetyofRebamipideOphthalmicSuspension(MucostaROphthalmicSuspensionUD2%)inPatientswithDryEyeSyndrome─ResultsofPost-MarketingSurveillance─AkiraMasunari1),MoriyoshiYasuda1),AyakaSoga1),KosukeBando1),YasuhikoFukuda1)andShigeruKinoshita2)1)PharmacovigilanceDepartment,OtsukaPharmaceuticalCo.,Ltd.,2)DepartmentofFrontierMedicalScienceandTechnologyforOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicineドライアイ治療薬「ムコスタR点眼液UD2%」の使用実態下における観察期間1年の特定使用成績調査を実施し,916例の有効性と安全性の結果をまとめた.その結果,生体染色スコアは投与開始時3.1±2.3点から4週目に1.8±1.8点への改善が認められた(p<0.001).涙液層破壊時間(tearfilmbreak-uptime:BUT)では開始時3.0±1.6秒から4週目に4.0±2.1秒への改善が認められた(p<0.001).自覚症状(異物感,乾燥感,羞明,眼痛,霧視)のいずれのスコアについても,開始時に比べて有意な改善が認められた(p<0.001).安全性の指標とした副作用の発現率は14.6%であり,おもな副作用は本剤の物性に起因すると思われる味覚異常をはじめ,霧視,アレルギー性結膜炎,結膜炎,眼瞼炎,眼痛などであった.最終観察時点の評価判定は有効85.7%,無効4.9%であった.以上よりレバミピド懸濁点眼液の実臨床下における有効性と安全性が確認された.Weconductedaone-yearpost-marketingsurveillancestudytoinvestigatetheeffectivenessandsafetyofMucostaROphthalmicSuspensionUD2%forpatientswithdryeyesyndrome.Wereportthefinalresultfrom916patients.Asaneffectivenessmeasurement,fluoresceincornealstainingscorewasimprovedfrom3.1±2.3atbaselineto1.8±1.8atweek-4.Andtearfilmbreak-uptimewasimprovedfrom3.0±1.6secondsatbaselineto4.0±2.1secondsatweek-4.Dryeye-relatedocularsymptoms,suchasforeignbodysensation,dryness,photophobia,eyepain,andvisionblurred,werealsoimproved.Aprevalenceofadversedrugreactionwas14.6%.Frequentlyreportedeventsweredysgeusiaduetocharacteristicsofrebamipide,visionblurred,conjunctivitisallergic,conjunctivitis,blepharitis,eyepain.Intheoverallimprovementrating,85.7%waseffectiveand4.9%wasineffective.Theresultsindicatetheeffectivenessandsafetyofrebamipideophthalmicsuspensionwereconfirmedintherealworldsettings.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(3):443.449,2016〕Keywords:レバミピド,ドライアイ,製造販売後調査,有効性,安全性.rebamipide,dryeye,post-marketingsurveillance,effectiveness,safety.はじめにレバミピドは胃粘膜の保護・修復作用を有し,1990年に胃潰瘍の治療薬として発売された薬剤である.その後,レバミピドが眼表面においても粘膜機能を改善すること1),ドライアイに対し臨床的に有効であることが確認され2,3),2012年1月にレバミピド懸濁点眼液(ムコスタR点眼液UD2%,以下,本剤)はドライアイ治療薬として発売された.筆者らは全国の眼科専門医の協力により,本剤の長期使用時の使用実態下における有効性および安全性を検討する目的で特定使用成績調査(調査期間:2012年8月.2015年1月)を実施〔別刷請求先〕増成彰:〒540-0021大阪府大阪市中央区大手通3-2-27大塚製薬株式会社医薬品事業部ファーマコヴィジランス部Reprintrequests:AkiraMasunari,PharmacovigilanceDepartment,OtsukaPharmaceuticalCo.,Ltd.,3-2-27,Otedori,Chuo-ku,Osaka-shi,Osaka540-0021,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(113)443 した.本稿では,本特定使用成績調査の解析結果から有効性と安全性について報告する.I対象および方法1.調査方法本調査は治療内容に介入しないプロスペクティブな観察研究であり,日本全国の眼科を標榜する医療機関と事前に契約を交わして実施した.対象患者はドライアイと診断された患者とし,過去に本剤の使用経験がある患者は除外した.目標症例を1,000例とした.症例登録は中央登録方式とした.観察期間は1年間とし,観察期間中の情報を調査担当医師が調査票に記入した.なお,観察中に投与中止した場合はその時点で観察終了とし,調査票を記入することとした.本調査にあたっては,「医薬品の製造販売後の調査及び試験の実施の基準に関する省令:平成16年12月20日厚生労働省令第171号(GPSP省令)」を遵守した.なお,本調査は観察的研究であることから患者への説明と同意,医療機関における倫理委員会による審査は必須とはしなかった.2.調査項目調査項目として以下の情報を収集した.患者背景:性別,年齢,コンタクトレンズの使用状況,対象眼の重症度,罹病期間,ドライアイの原因,合併症など.投与状況:投与期間,中止理由,1日点眼回数など.有効性評価のための調査項目:以下の情報を収集した.投与開始時および観察期間中に実施された生体染色スコア(フルオレセイン,リサミングリーン,ローズベンガル),涙液層破壊時間(tearfilmbreak-uptime:BUT),Schirmerテストの結果,自覚症状5項目スコア.生体染色スコアは耳側球結膜,角膜,鼻側球結膜における染色の程度をそれぞれ3点,合算9点満点で判定した.また,自覚症状5項目(異物感,乾燥感,羞明,眼痛,霧視)について(0:症状なし,1:弱い症状あり,2:中くらいの症状あり,3:強い症状あり,4:非常に強い症状あり)の5段階のスコアで患者からの聞き取りにより評価した.以上の結果を総合的に判断し,有効,無効,判定不能の3分類で担当医師が効果判定を行った.安全性評価のための調査項目:本剤投与開始後の有害事象(臨床検査値の異常変動を含む)を収集した.3.解析方法有効性評価として,生体染色スコア,BUT,自覚症状5項目スコアについて,投与開始時および投与後の数値の推移を検討した.また,投与開始時重症度別の評価として,開始時の生体染色スコアによって「0.3点:軽症」「4.6点:中等症」「7.9点:重症」の3群に分け,「開始時染色スコア別」にて各評価項目の数値の推移を検討した.なお,Schirmer444あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016テストについては,本剤投与後に実施された症例数が少なかったため十分な評価ができなかった.安全性評価として,本剤投与後に発現した副作用(本剤との因果関係が否定できないと判断された有害事象)について集計し,発現率を算出した.有効性の解析は平均値と標準偏差を算出し,対応のあるt-検定を実施して投与開始時との比較を行った.自覚症状の解析では,投与開始時に症状がある患者のみを解析対象とした.すべての解析で欠測値の補完はしなかった.副作用の集計には「ICH国際医薬用語集日本語版」(MedDRA/J:MedicalDictionaryforRegulatoryActivities/J,version17.1)の基本語を使用した.統計解析はシミックPMS株式会社,エイツーヘルスケア株式会社でSASを用いて実施した.II結果1.解析対象患者全国の159施設より1,073人が登録され,158施設より1,068例の調査票を回収した.そのうち一度も診察がなかった151例と本剤が投与されなかった1例を除外した916例を安全性・有効性解析対象とした.2.患者背景表1に患者背景を示す.年齢の平均値は63±16歳であった.医師判定に基づく投与開始時のドライアイ重症度は軽症41.4%,中等症50.9%と,軽症から中等症が大半を占めた.投与開始時の生体染色スコアは9点満点中3点以下(0点を含む)の低スコアが59.1%であった.一方,投与開始時BUTが5秒以下の異常値を示す患者は,不明を除く744例中708例(95.2%)と大半であった.投与開始時Schirmerテストでは5mm超と5mm以下の割合はほぼ同じであった.ドライアイの原因別では乾燥などの環境因子が44.5%ともっとも多かった.3.投与状況表2に投与状況を示す.添付文書通りの1日4回投与が93.2%であった.12カ月(360日)を超えて投与された症例は337例(36.8%)であった.観察期間の中央値は294日,平均値は243±155日であった.本剤投与中に一度でも併用された薬剤を集計したところ,ヒアルロン酸点眼がもっとも多く約半数の患者(51.2%)で併用されていた.また,中止理由を複数選択可で調査した結果,「来院せず」がもっとも多く240例,「患者または家族の希望」が95例,「有害事象発現」が77例の順であった.4.有効性a.生体染色スコア図1に生体染色スコアの推移を示す.投与開始時に3.1±2.3点であったスコアは4週目に1.8±1.8点と有意に改善し(p<0.001),そのスコアは52週目には1.3±1.4点(p<(114) 表1患者背景(n=916)表2投与状況(n=916)項目分類n(%)性別男性148(16.2%)女性768(83.8%)<209(1.0%)年齢(歳)Mean63±1620.2931(3.4%)30.3952(5.7%)Min3Median66Max9740.4987(9.5%)50.59135(14.7%)60.69223(24.3%)≧70379(41.4%)ドライアイ重症度(医師判定)軽症379(41.4%)中等症466(50.9%)重症71(7.8%)生体染色スコア0120(13.1%)(フルオレセイン882例,ローズベンガル1例,リサミングリーン2例,フルオレセイン+1.3421(46.0%)4.6279(30.5%)7.966(7.2%)リサミングリーン1例)不明30(3.3%)>536(3.9%)BUT(秒)>1,≦5592(64.6%)≦1116(12.7%)不明172(18.8%)>5146(15.9%)Schirmerテスト>2,≦589(9.7%)(mm)≦253(5.8%)不明628(68.6%)1年未満85(9.3%)2年未満43(4.7%)罹病期間(年)3年未満31(3.4%)3年以上135(14.7%)不明622(67.9%)環境因子408(44.5%)合併症112(12.2%)ドライアイの原因眼手術84(9.2%)コンタクトレンズ51(5.6%)薬剤30(3.3%)その他336(36.7%)白内障159(17.4%)緑内障110(12.0%)合併症アレルギー性結膜炎106(11.6%)結膜炎53(5.8%)Sjogren症候群51(5.8%)Stevens-Johnson症候群0(0.0%)コンタクトレンズなし843(92.0%)あり63(6.9%)コンタクトレンズのタイプソフト44*(4.8%)ハード19*(2.1%)ソフト・ハード不明1(0.1%)前治療薬(本剤投与前のドライアイ治療薬)ヒアルロン酸点眼114(12.4%)ジクアホソルナトリウム点眼121(13.2%)ステロイド点眼43(4.7%)人工涙液12(1.3%)*ソフト+ハード1例を含む.項目分類n(%)4回未満58(6.3%)1日投与回数4回854(93.2%)4回超3(0.3%)不明1(0.1%)≦30100(10.9%)観察期間(日)Mean243±155Min2Median294Max61231.6089(9.7%)61.120119(13.0%)121.240111(12.1%)241.360159(17.4%)≧361337(36.8%)不明1(0.1%)ヒアルロン酸点眼469(51.2%)併用薬ステロイド点眼163(17.8%)ジクアホソルナトリウム点眼101(11.0%)人工涙液75(8.2%)来院せず240患者または家族の希望95中止理由(複数選択可)有害事象発現77効果不十分17転院7病態悪化3その他250.001)と効果が継続していた.「開始時染色スコア別」の推移を検討した結果,投与開始時のスコアにかかわらず有意に生体染色スコアの改善が認められた(図2).b.BUT図3にBUTの推移を示す.投与開始時3.0±1.6秒,4週目には4.0±2.1秒と有意に延長し(p<0.001),その後も52週目に4.5±2.2秒と有意な延長は継続していた(p<0.001).図4に「開始時染色スコア別」のBUTの推移を示す.投与開始時の生体染色スコアにかかわらずBUTは有意に延長した.c.自覚症状スコア(5項目)図5に自覚症状5項目のスコアの推移を示す.異物感,乾燥感,羞明,眼痛,霧視それぞれのスコアは,投与開始時2.0±1.0,2.1±1.0,1.8±0.9,1.9±0.9,1.7±0.9と比べて,4週目には1.0±0.9,1.2±0.9,0.9±0.8,0.8±0.9,0.9±0.9とすべての項目で統計学的に有意な自覚症状スコアの改善が認められ,52週目には0.4±0.7,0.6±0.8,0.4±0.6,0.3±0.6,0.5±0.9と改善は継続していた(いずれもp<0.001).図6に「開始時染色スコア別」の自覚症状スコア5項目の合(115)あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016445 生体染色スコア生体染色スコア生体染色スコア6543210開始時481216202428323640444852観察時期(week)平均値+SD*p<0.001*************n=88650838939998765432104812317259257262221図1生体染色スコアの推移1620242832観察時期(week)219187182179203*3640444852開始時染色スコア:7~9開始時染色スコア:4~6開始時染色スコア:0~3開始時平均値+SD*p<0.001**************************************開始時4週目8週目12週目16週目20週目24週目28週目32週目36週目40週目44週目48週目52週目開始時染色スコア:7.96635264325193926212521142031開始時染色スコア:4.6279155139131108888783747864626068開始時染色スコア:0.354131822422518415213115312611610210699104図2開始時染色スコア別生体染色スコアの推移(n=886)計点の推移を示す.投与開始時の生体染色スコアにかかわら(85.7%),無効45例(4.9%),判定不能86例(9.4%)であず自覚症状スコアの合計点は有意に低下した.った.d.効果判定5.安全性最終観察時点の担当医師による効果判定は,有効785例安全性解析対象症例916例のうち副作用は14.6%(134例)446あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016(116) BUT(秒)BUT(秒)BUT(秒)876543210開始時481216202428323640444852平均値+SD*p<0.001*************観察時期(week)n=744334237256205142142169134137114108106114図3BUTの推移109876543210481216202428323640444852観察時期(week)**開始時染色スコア:7~9開始時染色スコア:4~6開始時染色スコア:0~3開始時平均値+SD*p<0.001***********開始時4週目8週目12週目16週目20週目24週目28週目32週目36週目40週目44週目48週目52週目開始時染色スコア:7.95621131915914161112981212開始時染色スコア:4.6235106818377474855505341433839開始時染色スコア:0.3447206141151112857695716862565460図4開始時染色スコア別BUTの推移(n=738)で認められた.表3に2例以上に発現した副作用の一覧を示例中9.2%(84例)であった.おもなものの発現頻度は味覚す.多く認められた副作用は味覚異常9.3%(85例),霧視異常4.6%(42例),霧視1.2%(11例),眼痛0.6%(5例),3.2%(29例),アレルギー性結膜炎0.7%(6例),結膜炎,眼そう痒症0.4%(4例),眼瞼炎0.3%(3例)の順であった.眼瞼炎,眼痛がそれぞれ0.6%(各5例)などであった.重篤な副作用の報告はなかった.III考察本剤の投与中止に至った副作用は安全性解析対象症例916本剤のドライアイに対する有効性は,製造販売前の治験時(117)あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016447 異物感乾燥感羞明眼痛霧視平均値+SD*p<0.001自覚症状スコア48121620242832364044開始時4852*************異物感乾燥感羞明眼痛霧視平均値+SD*p<0.001自覚症状スコア48121620242832364044開始時4852*************3210観察時期(week)開始時4週目8週目12週目16週目20週目24週目28週目32週目36週目40週目44週目48週目52週目異物感724413338343272221237228176194165158154176乾燥感717409321333268220227228167187161151152175羞明371214180179149119134123859580797897眼痛4802732282151891401591541061111019799106霧視367208177177143109129118909484828893図5自覚症状スコア(5項目)の推移(異物感:n=724,乾燥感:n=717,羞明:n=371,眼痛:n=480,霧視:n=367)14開始時染色スコア:7~9開始時染色スコア:4~6開始時染色スコア:0~3481216202428323640開始時平均値+SD*p<0.001***************************************自覚症状スコア合計点121086420444852観察時期(week)開始時4週目8週目12週目16週目20週目24週目28週目32週目36週目40週目44週目48週目52週目開始時染色スコア:7.96132254123183825182320141727開始時染色スコア:4.6259143126125101838178697163615967開始時染色スコア:0.346527720219416713512714210310792989398図6開始時染色スコア別自覚症状スコア合計点の推移(n=785)448あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016(118) に複数の二重盲検比較試験により検証されている2,3).しかし,治験ではいくつかの患者登録基準を設定していたこと,併用薬が制限されていたことから,必ずしも臨床現場の実態を反映しているとはかぎらない.実際に,第3相試験では対象患者をフルオレセイン染色スコア4点以上(15点満点)としたことから軽症患者が除外されていたと考えられる.本調査では染色スコア3点以下(9点満点)が59.1%と軽症患者が過半数であり,治験時の患者よりも角膜上皮障害としては軽症の患者に使用されていたと考えられる.一方,投与前のBUTを測定された744人中708人(95.2%)がBUT5秒以下の患者であった.このような患者を対象とした本調査において,生体染色スコア,BUTともに4週目には統計学的に有意に改善し,4週目以降も継続していたことから,本剤は長期に継続することでより大きな効果を得られる可能性があると考えられた.また,調査した自覚症状スコアは5項目すべてについて,投与開始時に比べて投与52週目では統計学的に有意な改善が認められた.以上のことから,治験で確認された本剤の有効性が実際の臨床現場においても確認することができたと考えられる.安全性については,もっとも多く報告された副作用は味覚異常であり,発現率は9.3%であった.これらはいずれも「苦味」の事象名にて報告されており,本剤の有効成分の苦味に由来するものと考えられた.また,次に多かった霧視の発現率は3.2%であり,本剤が懸濁製剤であることに由来すると考えられた.承認前の国内52週間長期投与試験で報告された味覚異常および霧視の副作用発現率は13.6%および3.6%であり4),実臨床においてもほぼ同様の発現状況であった.本剤発売後,本剤の投与により涙道閉塞,涙.炎が発現する可能性が指摘されているが,本調査では涙道閉塞の副作用は報告されず,涙.炎の副作用は1例報告された.涙道閉塞,涙.炎の副作用の発現メカニズムはいまだ明確ではない5).発現率は低いものの,本剤を用いる際にはこれらの副作用に注意して使用する必要があるものと考えられる.本剤の製造販売後調査結果より,さまざまな制限のある治験と同様に,実臨床においても,本剤がドライアイ患者の治療に有効な薬剤であることを確認することができた.なお,本研究では併用薬としてジクアホソルナトリウムが11.0%の患者で併用されていた.ジクアホソルナトリウムは本剤と類似する薬効をもつものの,その薬理作用は異なって表3副作用一覧表(2例以上に発現した副作用)副作用名発現率味覚異常9.3%(85/916)霧視3.2%(29/916)アレルギー性結膜炎0.7%(6/916)結膜炎,眼瞼炎,眼痛0.6%(5/916)眼そう痒症0.4%(4/916)悪心0.3%(3/916)結膜出血,眼脂,眼瞼痛0.2%(2/916)MedDRA/Jver17.1のPTで集計おり,両剤の特徴を考慮した使い分け,あるいは併用が有用であるかどうかは今後の研究課題と考えられる.謝辞:本報告にあたり,調査にご協力いただいた先生方に厚くお礼申し上げます.利益相反:本稿は,大塚製薬株式会社により実施された調査結果に基づいて報告された.本報告に関連し,開示すべきCOIは木下茂(委託研究費,技術指導料,講師謝礼)である.文献1)中嶋英雄,浦島博樹,竹治康広ほか:ウサギ眼表面ムチン被覆障害モデルにおける角結膜障害に対するレバミピド点眼液の効果.あたらしい眼科29:1147-1151,20122)KinoshitaS,AwamuraS,OshidenKetal:Rebamipide(OPC-12759)inthetreatmentofdryeye:Arandomized,double-masked,multicenter,placebo-controlledphaseIIstudy.Ophthalmology119:2471-2478,20123)KinoshitaS,OshidenK,AwamuraSetal:Arandomized,multicenterphase3studycomparing2%rebamipide(OPC-12759)with0.1%sodiumhyaluronateinthetreatmentofdryeye.Ophthalmology120:1158-1165,20134)KinoshitaS,AwamuraS,NakamichiNetal:Amulticenter,open-label,52-weekstudyof2%rebamipide(OPC-12759)ophthalmicsuspensioninpatientswithdryeye.AmJOphthalmol157:576-583,20145)杉本夕奈,福田泰彦,坪田一男ほか:レバミピド懸濁点眼液(ムコスタR点眼液UD2%)の投与にかかわる涙道閉塞,涙.炎および眼表面・涙道などにおける異物症例のレトロスペクティブ検討.あたらしい眼科32:1741-1747,2015***(119)あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016449