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電撃傷により白内障とぶどう膜炎,中心窩裂隙が生じた1例

2016年3月31日 木曜日

《第49回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科33(3):439.442,2016c電撃傷により白内障とぶどう膜炎,中心窩裂隙が生じた1例高砂縁*1村田晶子*1,2曽我部由香*2辻川明孝*1*1香川大学医学部眼科学講座*2三豊総合病院ACaseofElectricalInjurywithCataract,UveitisandRetinalBreakofMaculaYukariTakasago1),AkikoMurata1,2),YukaSogabe2)andAkitakaTsujikawa1)1)DepartmentofOphthalmology,KagawaUniversityFacultyofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,MitoyoGeneralHospital電撃傷受傷から約2カ月経って,白内障とぶどう膜炎,中心窩裂隙が生じた1例を経験したので報告する.症例は19歳,男性であった.2014年7月,仕事中に6,600Vの電圧機器に触れ,意識消失したため救急搬送された.受傷後約2カ月経って,左眼の充血,疼痛が出現したため眼科受診となった.矯正視力は右眼(0.7),左眼(0.1)に低下し,両眼白内障,左眼結膜充血と毛様充血および前房内フィブリン析出を認めた.光干渉断層計では両眼に中心窩裂隙を認め,電撃傷に伴う左眼虹彩炎と診断し,ステロイド点眼治療を開始した.点眼治療により,受傷3カ月後には炎症所見は消失した.また,中心窩裂隙は自然閉鎖し,受傷6カ月後には矯正視力は右眼(1.2),左眼(1.0)に改善した.Wereportacasethatdevelopedcataract,uveitis,andfovealbreaks2monthsafterelectricalinjury.A19-year-oldmalevisitedaclinicwithhyperemiaandeyepaininhislefteye2monthsafteranelectricalinjury.Best-correctedvisualacuitybyLandoltchartwas0.7righteyeand0.1lefteye.Therewerecataractsinbotheyesandciliaryinjectionandfibrinformationintheanteriorchamberofthelefteye.Fluoresceinangiographydemonstratedhyperfluorescenceinperipheralretinalvesselsinbotheyes.Opticalcoherencetomographyshowedsmallfull-thicknessfovealbreaksinbotheyes.Hewastreatedwithtopicalsteroid.Inflammationfindingshaddisappearedby3monthsafterinjury.Withoutanysurgicaltreatment,thefovealbreakshadcompletelyclosedby6monthsafterinjury.Visualacuityimprovedto1.2righteyeand1.0lefteye.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(3):439.442,2016〕Keywords:電撃傷,白内障,ぶどう膜炎,中心窩裂隙,黄斑円孔.electricalinjury,cataract,uveitis,retinalbreakofmacula,macularhole.はじめに電撃傷とは,感電,落雷,電気スパーク,孤光(アーク)などによる電気的損傷であり,6.6kV以上の高電圧で起こり,通電により局所に熱作用が発生し臓器損傷が起こるものである1).症状には,皮膚の熱傷,内臓および筋組織の傷害,不整脈,意識障害など多数あり,頭部に通電した場合は眼球に損傷が起こるとされる.眼障害のなかでは電撃白内障がもっとも多く,その他に結膜炎,ぶどう膜炎,黄斑浮腫,黄斑円孔,視神経障害などが報告されている2.4).電撃傷により白内障が生じた報告は多数あるが,ぶどう膜炎や中心窩裂隙が生じた報告は少ない.今回,受傷の約2カ月後に,白内障とぶどう膜炎,中心窩裂隙を認めた症例を経験したので報告する.I症例患者:19歳,男性.主訴:左眼の充血,疼痛.既往歴:特記事項なし.家族歴:特記事項なし.現病歴:2014年7月,仕事中に6,600Vの電圧機器に触れ,意識消失し前医へ救急搬送された.ICUに入院となったが,徐々に全身状態は回復し,後遺症もなく退院した.その間,眼症状の訴えはなく,眼科受診はしなかった.受傷2カ月後の9月になって左眼の充血,疼痛が出現し,前医眼科〔別刷請求先〕高砂縁:〒761-0793香川県木田郡三木町池戸1750-1香川大学医学部眼科学講座Reprintrequests:YukariTakasago,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KagawaUniversityFacultyofMedicine,1750-1Ikenobe,Miki-cho,Kita-gun,Kagawa761-0793,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(109)439 図1初診時の眼底写真とOCT像図2フルオレセイン蛍光眼底造影写真を受診した.右眼視力=0.4(0.7×.0.75D(cyl.0.25DAx120°),左眼視力=0.1(n.c.),両眼白内障,左眼結膜充血と毛様充血および前房内フィブリン析出を認めた.また,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)にて両眼に中心窩裂隙を認めた.電撃傷に伴う左眼虹彩炎と診断され,0.1%ベタメタゾン点眼治療が開始された.その後炎症は改善していき,前医初診の1週間後に自宅から近い三豊総合病院へ紹介となった.初診時所見:右眼視力=0.4(0.8×.0.5D),左眼視力=0.4(0.5p×+0.5D(cyl.1.0DAx180°),両眼後.下白内障,左眼の軽度毛様充血と前房内炎症細胞を認めたがフィブリンは消失していた.OCTでは両眼の中心窩裂隙を呈し,フルオレセイン蛍光眼底造影検査(fluoresceinangiography:FA)では造影初期に左眼中心窩にわずかに過蛍光を認めた.また,両眼とも周辺血管から蛍光漏出を認めた(図1,2).経過:0.1%ベタメタゾン点眼治療を継続し,炎症は徐々に軽減したため,受傷約3カ月後に右眼,約4カ月後に左眼の点眼を0.1%フルオロメトロンに変更した.その後消炎し,受傷約5カ月後に点眼を中止したが,炎症の再燃はみられなかった.中心窩裂隙は自然に閉鎖していき,受傷6カ月後には完全に閉鎖した(図3).視力は右眼=(1.2),左眼=(1.0)まで改善し,後.下白内障はあるものの本人の視力低下の訴えもなく,終診となった.II考按電撃傷による損傷には,電流そのものによる損傷だけでなく,生体内でのジュール熱発生による損傷,また直接接触しなくても接近することでフラッシュオーバー現象により起こるアーク放電による損傷があるとされる.落雷による眼障害の機序として,電流による直接の組織損傷,電流が抵抗により変換された熱による組織損傷,衝撃波による組織構造の変化,局所の炎症による組織の機能不全の4つが考えられている5).なかでも虹彩や水晶体.,中心窩付近の網膜色素上皮は眼内組織のなかで電気抵抗が大きく熱障害を受けやすいとされており,虹彩炎や白内障,黄斑円孔や黄斑浮腫が生じや440あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016(110) 右目左眼2014/10/17VD=(0.7),VS=(0.5)2014/10/31VD=(1.0),VS=(0.6)2014/11/21VD=(1.2),VS=(0.8)2015/1/30VD=(1.2),VS=(1.0)図3OCT像と視力の経過すいと考えられている5).本症例でも,電気抵抗の高い虹彩,水晶体.が障害され,ぶどう膜炎や白内障が生じたと考えられた.中心窩裂隙の発生については中心窩付近の網膜色素上皮の熱障害だけでは説明しにくい.OCT上中心窩付近のellipsoidzoneやinterdigitationzoneなどの網膜外層が障害されていたものの,色素上皮は形態的には異常を示していなかったからである.初診時,FAの造影初期で左眼中心窩にわずかに過蛍光を認め,右眼には認めなかったが,これは右眼の中心窩裂隙があまりにも小さかったためで,欠損の大きかった左眼の中心窩裂隙にのみ背景蛍光のブロックによる過蛍光が認められたと考えられた.すなわち両眼とも中心窩近辺の網膜色素上皮細胞はFA,OCT所見上あまり障害を受けていなかったと推測される.したがって,中心窩裂隙の閉鎖はOCTでのみ確認しFAでは確認していないとはいえ,裂隙閉鎖後にFAを施行していたとしたら,初診時にみられた左眼の過蛍光は消失していたと考えられた.電撃傷による黄斑円孔に関しては,黄斑円孔発症約2週間後に硝子体手術を施行し,黄斑円孔の閉鎖を確認したという報告5)がある.しかし,本症例では外境界膜が連続し,わずかな中心窩裂隙のみであったため,自然閉鎖を期待して経過観察としたところ,徐々に裂隙は閉鎖していき,受傷6カ月後には完全閉鎖し視力の回復もみられた.外傷性黄斑円孔は特発性黄斑円孔に比べて自然閉鎖率が高い6)ため,すぐに手術をせずに経過観察をすることが多い.外傷性黄斑円孔の発生機序はいまだ解明されていないが,打撃による眼球の変形や網脈絡膜に波及した強い衝撃により黄斑部網膜に断裂を生じるという説,急激な後部硝子体.離によるという説などがある7).今回の症例の中心窩裂隙の発症機序については,電撃という強い衝撃が中心窩の網膜にも波及し裂隙が生じた可能性と,明らかな後部硝子体.離の所見は認めなかったが,ぶどう膜炎が前眼部と周辺後眼部にみられたことから,電撃の衝撃や熱損傷が眼球赤道部より前に強く加わったと推測され,周辺部硝子体の収縮が中心窩に対して接線方向に牽引する力となった,という2つの力学的な機序の可能性が考えられた.電撃傷による黄斑円孔の場合も,外傷性黄斑円孔と同様に自然閉鎖率が高い可能性があり,しばらく経過観察してもよいのではないかと考えた.本症例では,受傷直後には眼症状はみられなかったが,ぶどう膜炎は受傷後約2カ月経ってから出現し,白内障は経過観察中に後.下混濁の拡大や前.下混濁もみられるようになり,徐々に進行した.また,初診時には,ぶどう膜炎所見が軽度であった右眼の視力も0.8に低下していたが,視力の回復の経過から,その原因は白内障ではなく中心窩裂隙であったと考えられた.同様に左眼の発症時の視力低下の原因は虹彩炎と中心窩裂隙の両方であったと考えられ,両眼の各経過から,中心窩裂隙の発症も,受傷直後よりはぶどう膜炎が出現した受傷後2カ月に近い時期ではないかと推測された.これまでの電撃傷や雷撃傷の報告には,受傷直後から虹彩毛様体炎,視神経炎がみられ,受傷1カ月後に黄斑円孔がみられたという報告5)や,受傷約3週間後に著明なぶどう膜炎がみられたという報告8)があり,電撃傷や雷撃傷による症状やその出現時期はさまざまである9,10).電撃傷は,通電により生体自身から発生したジュール熱による臓器の損傷であるといえ,時間が経過すると,局所深部の損傷が拡大していくこと(111)あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016441 もしばしばあるとされる1).そのため,受傷直後にはみられなかった所見が,時間が経過するとともに出現したり進行したりすることがあると考えられた.また,遅発性のぶどう膜炎の発症に関しては,電撃傷受傷時に直接損傷された虹彩や網膜色素上皮に対して,遅発性の免疫反応が起こり炎症が生じた可能性も考えられた.電撃傷により電撃白内障が生じた報告はわが国でもよくみられるが,白内障以外のぶどう膜炎や中心窩裂隙,黄斑円孔などが生じたという報告は少ない.今回,電撃傷受傷の約2カ月後に,白内障とぶどう膜炎,中心窩裂隙を認めた非常にまれな症例を経験した.電撃傷による眼症状は,受傷直後だけでなく遅発性に起こってくることもあるため,長期の経過観察が必要となる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)木所昭夫:電撃傷・雷撃傷.救急・集中治療19:11131117,20072)SonyP,VenkateshP,TewariHKetal:Bilateralmacularcystsfollowingelectricburn.ClinExpOphthalmol33:78-80,20053)KrasnyJ,BrozL,KripnerJ:Anterioruveitiscausedbyelectricaldischargeinwholebodyinjuries.CeskSlovOftalmol69:158-163,20134)KornBS,KikkawaDO:Ocularmanifestationofelectricalburn.NEnglJMed370:e6,20145)白井威人,福地祐子,中田亙ほか:落雷により黄斑円孔,視神経症,虹彩毛様体炎を生じた一症例.眼臨紀2:11801183,20096)YamadaH,SasakiA,YamadaEetal:Spontaneousclosureoftraumaticmacularhole.AmJOphthalmol134:340-347,20027)長嶺紀良,友寄絵厘子,目取真興道ほか:外傷性黄斑円孔に対する硝子体手術成績.あたらしい眼科24:1121-1124,20078)福田由美,杉谷倫子,玉田裕治ほか:電撃傷により著明なぶどう膜炎および白内障を発症した1例.臨眼57:881884,20039)佐久間健彦,神尾一憲,玉井信:落雷による過剰電流の眼内組織に及ぼす影響.臨眼45:601-603,199110)DattaH,SarkarK,ChatterjeePRetal:Anunusualcaseoflateocularchangesafterlightninginjury.IndianJOphthalmol50:224-225,2002***442あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016(112)

長期にわたり視機能が安定した精巣腫瘍関連網膜症の1例

2016年3月31日 木曜日

《第49回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科33(3):435.438,2016c長期にわたり視機能が安定した精巣腫瘍関連網膜症の1例今井弘毅*1太田浩一*2菊池孝信*3*1信州大学医学部眼科学教室*2松本歯科大学病院眼科*3信州大学ヒト環境科学研究支援センターLong-termFollow-upforaCaseofSeminoma-associatedRetinopathyHirokiImai1),KouichiOhta2)andTakanobuKikuchi3)1)DepartmentofOphthalmology,ShinshuUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,MatsumotoDentalUniversity,3)DepartmentofInstrumentalAnalysisResearchCenterforHumanandEnvironmentalScience,ShinshuUniversity精巣腫瘍関連網膜症において5年余り進行が停止している症例を報告する.43歳,男性.左眼の霧視を主訴に近医でぶどう膜炎と診断,ステロイド治療を受けた.同時期に泌尿器科で精巣腫瘍を摘出された.その後,両眼の羞明,視野障害を自覚し,癌関連網膜症(cancerassociated-retinopathy:CAR)が疑われ,前医でステロイドパルス療法が施行された.しかし,ステロイドの副作用のため治療継続が困難となり,信州大学医学部附属病院眼科を受診した.矯正視力は右眼(1.2),左眼(1.5),網膜電図では30Hzフリッカーの振幅減少,視野検査で両眼の輪状暗点,ウェスタンブロットで抗網膜抗体の存在,免疫染色で視細胞層の陽性所見からCARと診断した.免疫グロブリン療法を施行し,ステロイド内服を2年で漸減,中止した.以降,視力は維持され,輪状暗点の改善も認めた.原発巣切除,ステロイド治療,免疫グロブリン療法が長期にわたり,視機能の維持に有効であったと考えられた.Wereportacaseofseminoma-associatedretinopathythathasremainedstablewithvisualfunctionsfor5years.Thepatient,a43-year-oldmalewhohadcomplainedofblurredvisioninhislefteye,hadbeendiagnosedwithuveitisandtreatedwithoralsteroid.Duringthesameperiod,hehadundergoneorchiectomyandbeendiagnosedwithseminoma.Subsequently,hecomplainedofbilateralblurredvisionandvisualfieldloss.Cancerassociated-retinopathy(CAR)wassuspectedandhereceivedsteroidpulsetherapy,followedbyoralsteroidtherapy.However,hereferredtouswithadverseeventsfromsteroid.Electroretinographyrevealedbilateraldecreaseofamplitudein30Hz-flickerflash.Humphreyperimetryshowedbilateralringscotoma.Laboratorytechniquesforhisseradisclosed41kDantiretinalautoantibodiesinthephotoreceptorlayer.Onthebasisofthesefindings,wediagnosedtheCAR.Intravenousimmunoglobulinimprovedvisualfieldloss,andvisualfunctionshavebeenretainedformorethantwoyearsbeyondterminationofsteroidtherapy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(3):435.438,2016〕Keywords:癌関連網膜症,精巣腫瘍,ステロイド,免疫グロブリン療法,原発巣切除.cancerassociated-retinopathy,seminoma,steroid,intravenousimmunoglobulin,orchiectomy.はじめに癌関連網膜症(cancerassociated-retinopathy:CAR)は,上皮由来の悪性腫瘍の直接浸潤や転移ではなく,自己免疫機序により視細胞が傷害され,急速進行性に両眼の視力,視野障害をきたし,治療によっても視機能の予後が不良なケースの多い疾患である.以前,精巣腫瘍が誘因となって発症したと考えられたCARを初めて報告したが1),その長期経過について報告する.I症例患者:43歳,男性.主訴:両眼の羞明および視野障害.現病歴:2009年11月に左眼の霧視を自覚し,近医でぶどう膜炎と診断され,ステロイド治療を受けていた.同時期に泌尿器科で精巣腫瘍を指摘,摘出術が施行され,病理組織学的に精巣腫瘍(stageI)の確定診断となった.その後,両眼の羞明,視野障害が出現したためCARが疑〔別刷請求先〕今井弘毅:〒390-8621長野県松本市旭3-1-1信州大学医学部眼科学教室Reprintrequests:HirokiImai,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,ShinshuUniversity,3-1-1Asahi,Matsumoto-city,Nagano390-8621,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(105)435 平均黄斑部網膜厚MDPSL(μm)(dB)(mg)MDPSL(μm)(dB)(mg)①2009/11/25腫瘍摘出術④2010/2/8~10⑤2010/4/28~5/3④⑤①②③②2009/12/24両トリアムシノロン球後注射③2010/2/5両トリアムシノロン球後注射60ステロイドパルス療法40免疫グロブリン療法2000-10-20-30右眼左眼2602502402302009/1/12010/1/12011/1/12012/1/12013/1/12014/1/12015/1/1図1臨床経過上段:プレドニゾロン(PSL)内服量,CARに対するその他の治療,中段:Humphrey視野検査のmeandeviation(MD)値,下段:OCTの平均黄斑部網膜厚.MD値は治療により両眼とも改善し,治療後.感度低下は残るものの,維持された(初回:右眼.21.85dB,左眼.19.57dB,5年後:右眼.7.07dB,左眼.7.87dB).平均黄斑部網膜厚は両眼とも治療中,治療後も徐々に菲薄化しており,5年の経過で約10μmほど菲薄化した(初回:右眼258μm,左眼256μm,5年後:右眼247μm,左眼243μm).図2Humphrey視野検査上段:初回,下段:5年後.両眼とも輪状暗点の改善を認めた.われ,同年12月,両トリアムシノロンアセトニド球後注射,プレドニゾロン(PSL)60mg/日の内服(以降漸減)が開始された.2010年2月,前医に紹介となり,ステロイドパルス療法およびPSL60mg/日からの漸減投与が行われた.視野障害の進行は抑制できていたが,耐糖能異常,血圧上昇,右下葉肺動脈血栓塞栓症,下肢静脈血栓,帯状疱疹,眼圧上昇などのステロイドの副作用が出現し,治療継続が困難となり,同436あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016年4月,信州大学医学部附属病院眼科に紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.6(1.2×sph.1.0D),左眼0.8(1.5×sph.0.75D).眼圧は右眼21mmHg,左眼24mmHgと軽度の眼圧上昇を認めた.前眼部,中間透光体に異常なく,両眼底に黄斑部周囲の脈絡膜血管の透見性増加,視神経乳頭の軽度色調不良,網膜血管の軽度狭細化を認めた.光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)では黄斑部周囲網膜の,とくに外層の菲薄化を認めた.Humphrey視野検査で両輪状暗点を認め,網膜電図(electroretinography:ERG)では30Hzフリッカーの振幅が減弱していた.患者血清を用いたマウス蛋白に対するウェスタンブロットにて41kDに網膜に特異的なバンドを認め,免疫染色では視細胞層に強い反応を認めた.経過:臨床所見,眼科検査所見,免疫生化学・組織検査より精巣腫瘍関連網膜症と診断した.治療経過とHumphrey視野検査による網膜感度および黄斑部網膜厚の推移については図1に示した.当院では脳神経内科で免疫グロブリン療法(intravenousimmunoglobulin:IVIg)を施行され,視野障害は徐々に改善した.PSL内服も徐々に減量し,2013年2月に終了としたが,現在に至るまでHumphrey視野検査で網膜感度の低下部位は認めるものの(図2),MD(meandeviation)値はほぼ維持された(図1).視力は両眼とも(1.5)と良好で,眼圧は両眼とも14mmHgと正常範囲内に保たれた.ERGは2012年4月が最終検査であったが,初回検査時(106) フラッシュERGフリッカーERG図3フラッシュERGとフリッカーERG上段:初回,下段:2年後.フラッシュERGはほぼ正常,フリッカーERGの振幅はやや減弱していたが,2年間機能は維持されていた.と比較しても悪化はなかった(図3).II考按CARは夜盲,視野狭窄,光視症といった症状で受診し,両眼性の求心性視野狭窄,輪状暗点やERGでa波,b波の著しい振幅の減弱,OCTで網膜外層の異常が認められることが多いとされている.本症例では両輪状暗点,網膜外層の異常を認めたが,視力低下はなく,ERGでも30Hzフリッカーの振幅の減弱のみと比較的視機能障害が軽微であった.また,今回41kDの抗網膜抗体が同定されたが,過去に同分子量の抗網膜抗体としてphotoreceptorcell-specificnuclearreceptorが報告されている.しかし,免疫染色で内顆粒層,外顆粒層に反応がみられており,この症例では異なる抗網膜抗体と考えられた2).今回,CARとしては比較的視機能が良好な時期に原発巣が摘出され,再発がなく,ステロイド治療を行うことで視野障害の進行は止めることができていた.しかし,視野障害の改善には乏しく,ステロイドの副作用により治療継続が困難となった.そこでIVIgを行った結果,視野障害は改善し,その後ステロイドを漸減中止したが,視機能は治療終了後2年以上維持することができた.このことから,CARによる視機能障害の改善にIVIgが有効であったと考えられた.ただし,菲薄化した網膜の形態学的な改善は得られず,両眼の輪状暗点の改善には限界があった(図1).精巣と同様に免疫特権部位である卵巣や脳の腫瘍に伴うCARは過去に報告例があり3.7),治療により視機能が改善した症例もあった.しかし,治療に抵抗し,悪化した症例が多い3.6).視機能が改善した症例は14歳と若年であり,原発巣治療後に再発がなく,CARに対してステロイド投与,IVIg,リツキシマブ投与といった強力な治療が行われていたことが要因と考えられた7).そのため腫瘍の発症部位による視力予後の相違はないと考えられる.今回の症例で5年間の長期にわたり良好な視機能を維持できたのは,治療開始時の視力が良好で,ERGの異常が比較的軽微な段階にあり,その時期に原発巣切除,ステロイド治療,IVIgを行い,腫瘍の再発もなく経過していることが要因ではないかと考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)ImaiH,OhtaK,KikuchiTetal:Cancer-associatedretinopathyinapatientwithseminoma.RetinCasesBriefRep6:159-162,20122)EichenJG,DalmauJ,DemopoulosAetal:Thephotoreceptorcell-specificnuclearreceptorisanautoantigenofparaneoplasticretinopathy.JNeuroophthalmol21:168172,20013)YoonYH,ChoEH,SohnJetal:Anunusualtypeofcancer-associatedretinopathyinapatientwithovariancancer.KoreanJOphthalmol13:43-48,19994)HarmonJP,PurvinVA,GuyJetal:Cancer-associated(107)あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016437 retinopathyinapatientwithadvancedepithelialovarianovariancancer.OculImmunolInflamm18:107-109,carcinoma.GynecolOncol73:430-432,199920105)山添健二,福島敦樹,上野脩幸:頭蓋内悪性リンパ腫に伴7)TurakaK,KietzD,KrishnamurtiLetal:CarcinomaったCARの1例.眼臨紀1:565-568,2008associatedretinopathyinayoungteenagerwithimma6)KimSJ,TomaHS,ThirkillCEetal:Cancer-associatedtureteratomaoftheovary.JAAPOS18:396-398,2014retinopathywithretinalperiphlebitisinapatientwith***438あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016(108)

前房水細胞診で肺癌と同型細胞(classV)が検出された難治性ぶどう膜炎の1例

2016年3月31日 木曜日

432あたらしい眼科Vol.6103,23,No.3(102)4320910-1810/16/\100/頁/JCOPY《第49回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科33(3):432.434,2016cはじめに仮面症候群をきたす疾患として,成人では悪性リンパ腫と転移性腫瘍が多く,小児では網膜芽細胞腫と白血病が多い1).転移性腫瘍のほとんどは脈絡膜転移で,腫瘤を形成することが多い.一方,虹彩毛様体に転移している場合は前部ぶどう膜炎症状を呈することがある.今回,急激な眼圧上昇を伴うぶどう膜炎と診断した症例が,腫瘤病変をきたさない肺癌転移による仮面症候群であっ〔別刷請求先〕岡部智子:〒143-8541東京都大田区大森西7-5-23東邦大学医療センター大森病院眼科Reprintrequests:TomokoOkabe,DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOmoriMedicalCenter,7-5-23Omorinishi,Ota-ku,Tokyo143-8541,JAPAN前房水細胞診で肺癌と同型細胞(classV)が検出された難治性ぶどう膜炎の1例岡部智子*1丸山貴大*2岡島行伸*1山口由佳*1鈴木佑佳*1若山恵*3堀裕一*1*1東邦大学医療センター大森病院眼科*2済生会横浜市東部病院*3東邦大学医療センター大森病院病理学講座ACaseofIntractableUveitisinWhichaCellTypeSimilartoLungCancerWasDetectedbyCytodiagnosisoftheAnteriorAqueousTomokoOkabe1),TakahiroMaruyama2),YukinobuOkajima1),YukaYamaguchi1),YukaSuzuki1),MegumiWakayama3)andYuichiHori1)1)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOmoriMedicalCenter,2)SaiseikaiYokohamashiTobuHospital,3)DepartmentofPathology,TohoUniversityOmoriMedicalCenter目的:肺癌からの仮面症候群であった腫瘍性病変を認めない難治性ぶどう膜炎の症例を報告する.症例:78歳の男性.肺腺癌で化学療法中の2014年5月,左眼の視力低下にて近医を受診した.ぶどう膜炎,眼圧上昇に対して点眼薬および点滴を繰り返したが奏効せず,東邦大学医療センター大森病院に紹介された.初診時,左眼視力手動弁,左眼圧50mmHg,角膜全面の浮腫・瞳孔縁にフィブリン様の膜が付着し,眼底は透見できなかった.ぶどう膜炎による続発緑内障として,ステロイド系のTenon.下注射を行ったが改善しなかったため,緑内障治療用インプラント挿入術を施行した.前房中の細胞診にて肺癌の組織型と同じ腺癌細胞が検出された.片眼性の急激な高度な眼圧上昇を伴うぶどう膜炎においては,固形癌による仮面症候群の可能性も留意する必要がある.Purpose:Toreportacaseofintractableuveitisinwhichaneoplasticlesionwasfoundtobeacaseofmas-queradesyndromefromlungcancer.Case:A78-year-oldmaleundergoingchemotherapyforapulmonaryadeno-carcinomahadpresentedwithblurringofvisioninhislefteyefromMay2014.Hewasdiagnosedwithuveitisandhadhighintraocularpressure.Herepeatedlyreceivedeyedropsandintravenousfeeding,butintraocularpressurecontrolwasbad.Medicaltreatmentsurgerywasperformed.Initialmedicalexaminationofhislefteyeshowedcor-rectedvisualacuityofhandmotion,intraocularpressure50mmHgandcorneaedema,fibrin-likefilmtopupilbor-derandnonvisiblefundus.Secondaryglaucomaduetouveitiswasdoubtedandsub-Tenon’scapsuleinjectionofcorticosteroidwasperformed,buttherewasnoimprovement.Hethenreceivedimplantforglaucomatreatmentofintraocularpressure.Adenocarcinomaofthesametypeaslungcancerwasdetectedbycytodiagnosisofananteri-oraqueousfloater.Inuveitiswithunilateralsuddenriseinhighintraocularpressure,thepossibilityofmasqueradesyndromeduetosolidcarcinomashouldbeconsidered.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(3):432.434,2016〕Keywords:難治性ぶどう膜炎,肺癌,仮面症候群,前房水の細胞診.intractableuveitis,lungcancer,masquer-adesyndrome,cytodiagnosisofanterioraqueous.432(102)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY6103,23,No.3(102)4320910-1810/16/\100/頁/JCOPY《第49回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科33(3):432.434,2016cはじめに仮面症候群をきたす疾患として,成人では悪性リンパ腫と転移性腫瘍が多く,小児では網膜芽細胞腫と白血病が多い1).転移性腫瘍のほとんどは脈絡膜転移で,腫瘤を形成することが多い.一方,虹彩毛様体に転移している場合は前部ぶどう膜炎症状を呈することがある.今回,急激な眼圧上昇を伴うぶどう膜炎と診断した症例が,腫瘤病変をきたさない肺癌転移による仮面症候群であっ〔別刷請求先〕岡部智子:〒143-8541東京都大田区大森西7-5-23東邦大学医療センター大森病院眼科Reprintrequests:TomokoOkabe,DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOmoriMedicalCenter,7-5-23Omorinishi,Ota-ku,Tokyo143-8541,JAPAN前房水細胞診で肺癌と同型細胞(classV)が検出された難治性ぶどう膜炎の1例岡部智子*1丸山貴大*2岡島行伸*1山口由佳*1鈴木佑佳*1若山恵*3堀裕一*1*1東邦大学医療センター大森病院眼科*2済生会横浜市東部病院*3東邦大学医療センター大森病院病理学講座ACaseofIntractableUveitisinWhichaCellTypeSimilartoLungCancerWasDetectedbyCytodiagnosisoftheAnteriorAqueousTomokoOkabe1),TakahiroMaruyama2),YukinobuOkajima1),YukaYamaguchi1),YukaSuzuki1),MegumiWakayama3)andYuichiHori1)1)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOmoriMedicalCenter,2)SaiseikaiYokohamashiTobuHospital,3)DepartmentofPathology,TohoUniversityOmoriMedicalCenter目的:肺癌からの仮面症候群であった腫瘍性病変を認めない難治性ぶどう膜炎の症例を報告する.症例:78歳の男性.肺腺癌で化学療法中の2014年5月,左眼の視力低下にて近医を受診した.ぶどう膜炎,眼圧上昇に対して点眼薬および点滴を繰り返したが奏効せず,東邦大学医療センター大森病院に紹介された.初診時,左眼視力手動弁,左眼圧50mmHg,角膜全面の浮腫・瞳孔縁にフィブリン様の膜が付着し,眼底は透見できなかった.ぶどう膜炎による続発緑内障として,ステロイド系のTenon.下注射を行ったが改善しなかったため,緑内障治療用インプラント挿入術を施行した.前房中の細胞診にて肺癌の組織型と同じ腺癌細胞が検出された.片眼性の急激な高度な眼圧上昇を伴うぶどう膜炎においては,固形癌による仮面症候群の可能性も留意する必要がある.Purpose:Toreportacaseofintractableuveitisinwhichaneoplasticlesionwasfoundtobeacaseofmas-queradesyndromefromlungcancer.Case:A78-year-oldmaleundergoingchemotherapyforapulmonaryadeno-carcinomahadpresentedwithblurringofvisioninhislefteyefromMay2014.Hewasdiagnosedwithuveitisandhadhighintraocularpressure.Herepeatedlyreceivedeyedropsandintravenousfeeding,butintraocularpressurecontrolwasbad.Medicaltreatmentsurgerywasperformed.Initialmedicalexaminationofhislefteyeshowedcor-rectedvisualacuityofhandmotion,intraocularpressure50mmHgandcorneaedema,fibrin-likefilmtopupilbor-derandnonvisiblefundus.Secondaryglaucomaduetouveitiswasdoubtedandsub-Tenon’scapsuleinjectionofcorticosteroidwasperformed,buttherewasnoimprovement.Hethenreceivedimplantforglaucomatreatmentofintraocularpressure.Adenocarcinomaofthesametypeaslungcancerwasdetectedbycytodiagnosisofananteri-oraqueousfloater.Inuveitiswithunilateralsuddenriseinhighintraocularpressure,thepossibilityofmasqueradesyndromeduetosolidcarcinomashouldbeconsidered.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(3):432.434,2016〕Keywords:難治性ぶどう膜炎,肺癌,仮面症候群,前房水の細胞診.intractableuveitis,lungcancer,masquer-adesyndrome,cytodiagnosisofanterioraqueous.432(102)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY 図1初診時の左眼の前眼部写真前房は深く,瞳孔は中等度散大.角膜浮腫が強く前房内炎症細胞や角膜後面沈着物は不詳だが,瞳孔縁にフィブリンが検出していた.た症例を経験したので報告する.I症例患者は78歳,男性で,主訴は眼痛および嘔気である.2014年5月上旬に左眼の視力低下を自覚し,近医を受診した.左眼のぶどう膜炎および眼圧上昇を認め,タフルプロストを処方された.その後も眼圧は下がらず,ブリンゾラミド・チモロールマレイン酸塩・ベタメタゾンの点眼追加およびアセタゾラミド内服を開始したが眼圧下降せず,2.3日おきにグリセオール点滴を繰り返していた.6月5日,東邦大学医療センター大森病院に紹介された.初診時視力は,右眼0.08(1.2×.3.0D(cyl.0.75DAx100°),左眼手動弁(矯正不能),眼圧は,右眼18mmHg,左眼50mmHgであった.前眼部所見は左眼に強い角膜浮腫があり,前房は深く,瞳孔は中等度散大していた.前房内炎症細胞や角膜後面沈着物は角膜浮腫のため不明であったが,瞳孔縁にフィブリンを認めた(図1).眼底は透見できなかった.肺腺癌に対する化学療法中の末期で,前立腺肥大症,逆流性食道炎,糖尿病があった.眼科的には72歳時に両眼の白内障手術を受けた.初診時,前房水のPCR(polymerasechainreaction)検査では単純ヘルペスウイルス(HSV),水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV),サイトメガロウイルス(CMV)のDNAは検出されなかった.ベタメタゾンリン酸エステルナトリウムのTenon.下注射を施行したが,眼所見は改善しなかった.その後も眼圧高値が続き,嘔気・嘔吐で体力を消耗していたため,6月7日左眼緑内障治療用インプラント挿入術(バルベルト緑内障インプラント使用)を施行した.術後眼圧は3.17mmHgで推移した.術後診察にて眼底には明らかな病図2緑内障インプラント挿入術後4日目の左眼の前眼部写真前房内全体に浮遊物を認めた.バルベルトチューブは前房内に挿入した.図3前房水の細胞診標本(Papanicolau染色,対物100倍)核腫大と核形不整を認め,核小体が目立ち,核偏在性で泡沫状の細胞質を有す異型細胞を小集塊状・散在性に認める.変はなかった.術後,前房内の白色・綿花状の浮遊物が次第に増加してきたため(図2),術後5日目に左眼の前房洗浄を施行した.前房水および前房内浮遊物の細胞診(図3)では,核腫大,核形不整,核小体の目立つ異型細胞(classV)が小集塊から散在性にみられた.これらの異型細胞は核小体が目立ち,核偏在性で細胞質が泡沫状であることから腺癌を考えるとの診断結果で肺癌の組織型(腺癌)と一致していた.その後,患者は7月上旬に死亡した.(103)あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016433 II考按今回の症例は,急激で高度な眼圧上昇をきたす難治性ぶどう膜炎が肺癌転移の仮面症候群であった.仮面症候群をきたす原因疾患は,眼CNS悪性リンパ腫や全身性悪性リンパ腫を代表とするが,ほかにも,転移性眼内腫瘍や網膜芽細胞腫などがあり,良性腫瘍や眼内異物などでも仮面症候群となりえる2,3).仮面症候群の多くで硝子体混濁や前部ぶどう膜炎などの所見を伴っているが,眼圧が上昇している症例報告は少なく,眼内悪性リンパ腫による仮面症候群で新生血管緑内障が発症し,線維柱帯切除術を施行し改善した症例4)や,バーキットリンパ腫による仮面症候群で虹彩腫瘤・毛様体腫脹を生じ,眼圧47mmHgと上昇し放射線治療で改善した症例5)などの報告がある.今回の症例では,グリセオール点滴にて眼圧が一時的に下降しても同日の夜には眼痛・嘔気が出現しており,すでに癌末期であり体力がなく,連日の通院は困難であった.そのため,強い炎症がある状態で敢えて手術療法を選択した.緑内障手術の術式としては線維柱帯切除術も検討したが,術後の眼圧コントロールの煩雑性と患者の体力を考えて,より安定すると思われた緑内障治療用インプラント挿入術(バルベルト緑内障インプラント)を選択した.インプラント術後に前房内の炎症細胞の増加は目立たなかったが,次第に白色・綿花状の浮遊物が出現し,沈殿することはなく前房内全体に増加してきたため,前房洗浄とその細胞診を行った.前房洗浄では吸引にて容易に除去できるものもあれば,虹彩に張り付いているようで鑷子ではがすようなものもあった.この時点で初めて癌転移の可能性が強いと考えて細胞診を行った.病歴から仮面症候群についてもう少し検討するべきであったと痛感している.肺癌によるぶどう膜転移部位については,上野らは83%が脈絡膜,16%が虹彩,1%が毛様体と報告6)し,坂本らは85%が脈絡膜,15%が虹彩と報告7)しており,毛様体への転移はまれである.今回,前眼部超音波検査は施行しておらず,毛様体の詳細は明らかではないが,毛様体に転移していた可能性が考えられる.本症例における眼圧上昇の原因としては,毛様体の腫脹により虹彩が後ろから圧迫され隅角が閉塞されて高度の眼圧上昇を招いた可能性,腫瘍細胞による線維柱帯が目詰まりを起こした可能性が考えられた.改めて隅角鏡や超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscopy:UBM)での隅角検査の重要性を痛感した.片眼性の急激で高度な眼圧上昇を伴うぶどう膜炎において,腫瘍性病変を認めなくても,仮面症候群の原因として肺癌などの固形癌も考慮することが必要である.その診断には細胞診が不可欠である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)岩田大樹,北市伸義,石田晋ほか:仮面症候群.臨眼64:1650-1655,20102)中尾久美子:仮面症候群.臨眼68:66-72,20143)鈴木参郎助:仮面症候群.日本の眼科69:1155-1158,19984)降旗叶恵,仲村佳已,仲村優子ほか:仮面症候群と思われるブドウ膜炎に続発した血管新生緑内障の1症例.眼臨94:551-552,20005)菅原美香,園田康平,吉川洋ほか:造血器悪性腫瘍に伴い特異な虹彩腫瘤,毛様体腫脹を呈した仮面症候群2例.眼紀57:609-613,20066)上野脩幸,玉井嗣彦,野田幸作ほか:胞状網膜.離で発症した肺癌のぶどう膜転移例─本邦における各種癌のぶどう膜転移例についての考察─.眼紀37:560-568,19867)坂本純平,後藤浩:転移性ぶどう膜腫瘍28例の臨床的検討.眼臨101:180-182,2007***(104)

漿液性網膜剝離を主症状とした眼内悪性リンパ腫の1例

2016年3月31日 木曜日

《第49回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科33(3):427.431,2016c漿液性網膜.離を主症状とした眼内悪性リンパ腫の1例曽我拓嗣*1稲用和也*2戸塚清人*1杉本宏一郎*1本田紘嗣*1陳逸寧*1田中理恵*3蕪城俊克*3野本洋平*1*1旭中央病院眼科*2東京警察病院眼科*3東京大学医学部附属病院眼科ACaseofBilateralIntraocularLymphomawithRapidProgressionofSerousRetinalDetachmentHirotsuguSoga1),KazuyaInamochi2),KiyohitoTotsuka1),KoichiroSugimoto1),KojiHonda1),Yi-NingChen1),RieTanaka3),ToshikatsuKaburaki3)andYoheiNomoto1)1)DepartmentofOphthalmology,AsahiGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanPoliceHospital,3)DepartmentofOphthalmology,TheUniversityofTokyoHospital経過中に急激な漿液性網膜.離の進行を認めた眼内悪性リンパ腫の1例を経験した.症例は73歳,男性.中枢神経原発悪性リンパ腫に対してメトトレキサート大量療法を施行され,寛解していたが,3年後に右眼の視力低下を自覚.矯正視力は右眼指数弁,左眼1.0.初診から2週間後に右眼下方に胞状の漿液性網膜.離が出現し,4週間後には全.離となった.左眼の後極部にも漿液性網膜.離を生じ,矯正視力は0.02に低下した.右眼生検の結果,硝子体細胞診classIII,IL10は80,500pg/mlと高値を示し,中枢神経原発悪性リンパ腫の既往から,眼内悪性リンパ腫と診断した.メトトレキサート硝子体注射10回,メトトレキサートとデキサメサゾンの髄腔内注射3回施行し,両眼の漿液性網膜.離は速やかに消失した.漿液性網膜.離をみた場合には,眼内悪性リンパ腫の可能性を忘れてはならない.メトトレキサート硝子体注射はその治療に有効であった.A73-year-oldmalewhohadbeendiagnosedwithmalignantlymphomawastreatedwithhigh-dosemethotrexateandachievedcompleteremission.Threeyearslater,henoticeddecreasedvisioninhisrighteye.Twoweeksafterthat,serousretinaldetachmentoccurredintherighteye;by4weeksafter,totalretinaldetachmenthadoccurred.Serousretinaldetachmentalsooccurredintheposteriorpoleofthelefteye.CytologyofthesubretinalfluidshowedclassIIIandhighconcentrationofinterleukin-10inthevitreousfluid,stronglysuggestingintraocularmalignantlymphoma.Weadministered10intravitrealinjectionsofmethotrexateinbotheyesand3intraspinalinjectionsofmethotrexateanddexamethasone.Theserousretinaldetachmentdisappearedrapidlyafterthetreatment.Bilateralserousretinaldetachmentwasobservedinacaseofintraocularmalignantlymphoma.Intravitrealmethotrexateinjectionwaseffectiveforthetreatmentofserousdetachmentassociatedwithintraocularlymphoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(3):427.431,2016〕Keywords:眼内悪性リンパ腫,漿液性網膜.離,メトトレキサート,硝子体注射.intraocularlymphoma,serousdetachment,methotrexate,intravitrealinjection.はじめに眼内悪性リンパ腫(intraocularlymphoma:IOL)はB細胞型リンパ腫がほとんどで,ぶどう膜炎に類似した眼所見を呈するため誤診されやすく,仮面症候群ともよばれ,注意すべき疾患である.悪性度は高く,とくに脳中枢神経系に播種しやすい.IOLは,眼・中枢神経系原発悪性リンパ腫(82%)とその他の臓器原発の眼への播種(18%)に分けられ,前者は眼内のみに留まるもの(15%)と脳中枢神経に播種するもの(68%)があるとされている1).IOLの50.80%は,診断時またはその後数年以内に中枢神経系悪性リンパ腫を発症する2.5).そのため,IOLは眼科疾患のなかでも生命予後の悪い疾患として知られている.元来まれな疾患とされていたが,近年は世界的に発症率の増加が報告されており,わが国においても2009年に基幹病院に初診したぶどう膜炎患者の〔別刷請求先〕曽我拓嗣:〒289-2511千葉県旭市イ1326旭中央病院眼科Reprintrequests:HirotsuguSoga,M.D.,DepartmentofOphthalmology,AsahiGeneralHospital,1326I,Asahi,Chiba289-2511,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(97)427 2.5%を占めるようになっている6).IOLにおける眼所見は,硝子体混濁(91%),網膜下浸潤病変(57%),虹彩炎(31%),角膜後面沈着物(25%)などが多いとされているが,漿液性網膜.離を呈することはまれである2).今回,急激な漿液性網膜.離の進行をきたし,診断に苦慮した眼内悪性リンパ腫の1症例を経験したので報告する.I症例患者:73歳,男性.2011年2月頭痛を訴え,近医内科を受診し,同月旭中央病院脳神経外科を紹介された.頭部MRIを施行したところ,右前頭葉・側頭葉に造影効果を伴う病変を認めた.抗血小板薬を内服中であり,構音障害,左上下肢の不全麻痺などの症状の進行が速かったため,脳病変の組織生検は施行されなか図1初診時(2014年5月27日)眼底写真,光干渉断層計(OCT)像,蛍光眼底造影検査(FA)上段:眼底写真.右眼の後極部網膜に網膜下白色滲出病変,左眼の黄斑部の下耳側に白点の網膜滲出物(.)がみられた.中段:OCT.右眼は滲出性網膜.離を認める,左眼には異常を認めない.下段:FA.右眼の網膜下白色滲出病変部に沿って蛍光漏出による過蛍光,周辺部血管からも蛍光漏出による過蛍光を認める.左眼には異常を認めない.428あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016(98) 図2初診から10日目(2015年6月6日)の右眼眼底写真とOCT像下方に胞状の漿液性網膜.離が出現した.図3初診から27日目(2015年6月23日)の眼底写真とOCT像右眼漿液性網膜.離が拡大し全.離となり,視力は手動弁に低下.左眼も漿液性網膜.離が進行し,左眼視力は(0.02)と著明に低下.った.MRIの造影所見から中枢神経原性悪性リンパ腫と診断し,当院内科で2011年2.9月にメトトレキサート(MTX)大量療法(5,000mg)を施行され,2011年9月には頭部MRI所見から寛解状態と診断されていた.家族歴,既往歴には特記すべきことはない.2014年5月16日頃から右眼の視力低下を自覚し,近医眼科を受診した.5月27日近医眼科より右眼ぶどう膜炎の精査加療目的で旭中央病院を紹介され受診した.初診時矯正視(99)力は右眼20cm/指数弁(矯正不能),左眼0.7(1.0×sph+1.75D(cyl.0.50DAx120°).眼圧は右眼8mmHg,左眼5mmHgであった.両眼とも白内障(Emery-Littlegrade2)があるのみで,角膜後面沈着物や前房炎症はみられなかった.右眼の後極部網膜に網膜下白色滲出病変,左眼の黄斑部の下耳側に白点の網膜滲出物を認めた(図1).蛍光眼底造影では右眼後極部に強い蛍光漏出を,そして周辺部の毛細血管からも軽度の蛍光漏出を認めた(図1).眼所見から,内因性あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016429 図4MTX4回終了後(2015年8月5日)両眼の漿液性網膜.離は消失した.右眼上耳側部の出血部は網膜下組織採取部位である.ぶどう膜炎,感染性ぶどう膜炎,眼内悪性リンパ腫の可能性が考えられた.5月30日,感染性ぶどう膜炎の鑑別のため,右眼前房穿刺を施行し,ヘルペスウイルスDNAに対するpolymerasechainreaction(PCR)検査と細菌培養検査を行った.単純ヘルペスウイルス,帯状ヘルペスウイルス,サイトメガロウイルスDNAのPCR検査はすべて陰性.細菌培養検査も陰性であった.5月29日,頭部MRI,6月2日,PETを施行したが,脳悪性リンパ腫の再発はみられなかった.6月6日,右眼底下方に胞状の漿液性網膜.離が出現し,右眼視力は手動弁に低下した(図2).眼内悪性リンパ腫の可能性を考え,6月9日,再度右眼前房穿刺を施行し,細胞診を行ったが,細胞成分は検出されず判定不能であった.同日,左眼矯正視力は1.0であったが,網膜に白色斑点増加,硝子体混濁が出現した.6月23日,右眼漿液性網膜.離が拡大して全.離となり(図3),右眼矯正視力は手動弁に低下した.また,左眼の後極部にも漿液性網膜.離が出現し,左眼の矯正視力も0.02と著明に低下した.眼内悪性リンパ腫,感染性ぶどう膜炎の可能性を考え,6月23日,右眼硝子体手術を施行した.手術は硝子体液の生検を目的とし,23Gシステムで2portを設置し,無還流で無希釈硝子体液を約1.8ml採取した.硝子体液の病理細胞診の判定はclassIで430あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016あった.IL-10,IL-6は測定していなかった.6月30日(初診より34日目),右眼の漿液性.離に加えて硝子体混濁の増強を認めた.眼内悪性リンパ腫を強く疑い,確定診断のために右眼に対し23Gシステムにて経毛様体扁平部水晶体切除術+硝子体茎離断術+経網膜的網膜下組織生検+シリコーンオイル注入術を施行した.今回は硝子体切除のみならず,網膜下液,網膜下組織の採取も行った.網膜病巣部は黄白色で軽度の平坦な隆起がみられた.網膜下組織は,右眼上耳側の.離網膜部位に医原性裂孔を作製し,23G鉗子と垂直剪刀を用いて採取した.その結果,硝子体細胞診はclassII,網膜下液細胞診はclassIII,網膜下液と硝子体液の細菌培養は陰性,網膜下組織の病理組織診は好酸球を主体とするアレルギー性の変化との判定であった.一方,右眼硝子体中のIL-10は80,500pg/ml,IL-6は366pg/mlとIL-10が著明に高値であった.右眼の網膜下液細胞診がclassIIIであること,硝子体中のIL-10が著明に高値であること,脳悪性リンパ腫の既往があることから,眼内悪性リンパ腫と診断した.両眼に対してMTX0.4mg硝子体注射(1週間ごと8回,その後1カ月ごと2回)を開始した.一方,7月9日に髄液検査の結果,髄液細胞数8/μl,髄液細胞診はclassIIであり,髄液中に明らかな悪性細胞は検出されなかった.しかし,細(100) 胞数は増加していたため,悪性リンパ腫の髄腔内浸潤を考慮し,MTX15mg+デキサメサゾン(DEX)3.3mgの髄腔内注射を毎月1回,合計3回施行した.MTX硝子体注射治療を開始後,両眼の漿液性網膜.離は速やかに減少し,約4週間後にはほぼ消失した.8月5日,矯正視力右眼手動弁,左眼0.04.両眼の漿液性網膜.離は消失していた(図4).両眼にMTX硝子体注射4回目を施行した.10月22日,矯正視力右眼手動弁,左眼0.01であった.両眼にMTX硝子体注射10回目を施行し,同時に両眼から前房水採取し,IL-10,IL-6濃度測定を行ったところ,右眼IL-10:10pg/ml,IL-6:101pg/ml(IL-10/IL-6比=0.09),左眼IL-10:4pg/ml以下,IL-6:484pg/ml(IL10/IL-6比=0.008)であった.眼内の炎症所見や漿液性網膜.離は消失したため,両眼とも眼内悪性リンパ腫の寛解が得られたと判定した.その後,眼内,頭蓋内ともに悪性リンパ腫の再燃を認めなかった.2015年2月19日,小脳,延髄梗塞後の肺炎で永眠された.II考按漿液性網膜.離を生じた眼内悪性リンパ腫の報告としては,草場ら7)の自覚症状出現から約5カ月後に下方の漿液性網膜.離を生じた眼内悪性リンパ腫の症例や,山本ら8)の自覚症状出現から2カ月後に漿液性網膜.離を生じたびまん性大細胞型B細胞リンパ腫の症例がある.また,木村らはわが国の眼内悪性リンパ腫症例217例について多施設研究で臨床像の検討を行い,網膜.離を2例(0.9%)に認めた,と報告している2).今回の症例は自覚症状出現から1カ月以内に漿液性網膜.離を生じており,既報に比べても急激な進行であったといえる.MTX硝子体注射治療を開始後に両眼の漿液性網膜.離は速やかに減少し,4週間後には消失した.MTX硝子体注射は眼内悪性リンパ腫に伴う漿液性網膜.離の治療に有効であった.本症のような漿液性網膜.離は眼内悪性リンパ腫ではまれであるが,硝子体混濁や黄白色の網膜下浸潤病変を伴う漿液性網膜.離の症例は眼内悪性リンパ腫の可能性がある.CNSリンパ腫が全身化学療法でいったん寛解しても,その後眼内に再発することはしばしばある.眼内悪性リンパ腫は脳播種を起こしやすいことが知られており,脳播種を起こすと生命予後は不良となりやすい9).したがって,本症のような症例では,積極的に眼内悪性リンパ腫を疑って硝子体生検を施行し,確定診断をめざす必要があると考えられた.確定診断は硝子体の細胞診にIL-10/IL-6濃度の測定や,異型リンパ球の単クローン性を免疫組織学的に証明することなどの補助的な診断を組み合わせて行われることが多い10).今回の症例では硝子体の細胞診および網膜下組織生検では確(101)定診断には至らなかったが,硝子体液のIL-10/IL-6濃度比を優先し,臨床所見を考慮したうえで眼内悪性リンパ腫と診断し,メトトレキサート硝子体注射に踏み切ったところ,著効が得られた.文献2に記載されているように,細胞診による眼内リンパ腫の検出率(44.5%)は,IL-10/IL-6ratioによる検出率(91.7%)に劣っていることがわかっている.本症例で眼内悪性リンパ腫を疑って硝子体原液を採取した際には,検体を遠心分離し,上澄みをIL-10/IL-6ratio測定に用い,沈渣を細胞診に用いるべきであった.本症例は悪性リンパ腫の既往があるものの,全身化学療法で寛解しており,今回も全身的な再発はないと診断されていた.他臓器での悪性リンパ腫の既往も眼内悪性リンパ腫を疑う重要な根拠の一つとなると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)CorriveauC,EasterbrookM,PayneD:Lymphomasimulatinguveitis(masqueradesyndrome).CanJOphthalmol21:144-149,19862)KimuraK,UsuiY,GotoH:Clinicalfeaturesanddiagnosticsignificanceoftheintraocularfluidof217patientswithintraocularlymphoma.JpnJOphthalmol56:383389,20123)DeangelisLM,HormigoA:Treatmentofprimarycentralnervoussystemlymphoma.SeminOncol31:684-692,20044)PetersonK,GordonKB,HeinemannMHetal:Theclinicalspectrumofocularlymphoma.Cancer72:843-849,19935)AkpekEK,AhmedI,HochbergFHetal:Intraocularcentralnervoussystemlymphoma:clinicalfeatures,diagnosis,andoutcomes.Ophthalmology106:1805-1810,19996)OhguroN,SonodaKH,TakeuchiMetal:The2009prospectivemulti-centerepidemiologicsurveyofuveitisinJapan.JpnJOphthalmol56:432-435,20127)草場留美子,田口千香子,吉村浩一ほか:経過中に特異な眼底所見を呈した眼内悪性リンパ腫の1例.臨眼59:17931798,20048)山本紗也香,杉田直,岩永洋一ほか:メトトレキセート硝子体注射が著効した滲出性網膜.離を伴う網膜下増殖型のびまん性大細胞型B細胞リンパ腫の1例.臨眼62:14951500,20089)FerreriAJ,BlayJY,ReniMetal:Relevanceofintraocularinvolvementinthemanagementofprimarycentralnervoussystemlymphomas.AnnOncol13:531-538,200210)横田真子,高瀬博,今井康久ほか:眼内悪性リンパ腫が疑われた1例に対する遺伝子解析とサイトカイン測定.日眼会誌107:287-291,2003あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016431

免疫不全患者の両眼に生じた水痘帯状疱疹ウイルス網膜炎の治療経験

2016年3月31日 木曜日

《第49回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科33(3):423.426,2016c免疫不全患者の両眼に生じた水痘帯状疱疹ウイルス網膜炎の治療経験金子優西塚弘一村上敬憲松下高幸山下英俊山形大学医学部眼科学講座ExperienceofBilateralVaricellaZosterVirusRetinitisinImmunocompromisedPatientYutakaKaneko,KoichiNishitsuka,TakanoriMurakami,TakayukiMatsushitaandHidetoshiYamashitaDepartmentofOphthalmology,YamagataUniversityFacultyofMedicine免疫不全患者に発症した両眼性水痘帯状疱疹ウイルス(varicellazostervirus:VZV)網膜炎の治療経験を報告する.症例は68歳,男性で,悪性腫瘍,帯状疱疹,糖尿病,自己免疫性溶血性貧血の既往あり.CD4陽性T細胞数低下があり免疫不全状態.右眼に高度な前房内炎症を伴う閉塞性血管炎を認め,前房水からVZVを検出.VZV虹彩炎・網膜血管炎と診断し,塩酸バラシクロビル内服開始.1カ月後,網膜周辺に黄白色病変を認めたため,アシクロビル点滴開始.経過中,VZV脳幹脳炎が疑われ,左眼にも炎症所見に乏しい網膜黄白色病変が出現し,前房水からはVZVが検出された.アシクロビルの増量と,右眼に硝子体手術を施行し,両眼とも網膜.離を生じることなく黄白色病変は消失,延髄病変も消失した.今後,治療薬の進歩に伴い,さまざまな免疫状態の患者を診察する機会が増えると予想され,免疫状態によりウイルス性網膜炎の臨床経過には多様性があることを考慮する必要がある.Thepatientwasanimmunocompromised68-year-oldmalewithmalignanttumors,cutaneousherpeszoster,diabetesmellitusandautoimmunehemolyticanemia.HisrighteyeshowediritisandocclusivevasculitiswithVZVDNAintheaqueoushumor.WediagnosedVZVretinitisandstartedtreatmentwithvalaciclovir.Onemonthlater,yellow-whitelesionsappearedintherightretina,andaciclovirintravenousinfusionwasinitiated.VZVencephalitiswassuspected;yellow-whitelesionsalsoappearedintheleftretinawithVZV-DNAintheaqueoushumor.Weperformedvitrectomyontherighteyeandincreasedaciclovir;thisalleviatedtheencephalitisandeliminatedtheyellow-whitelesions,withoutretinaldetachment.Withprogressinthetherapeuticregimens,wecanexpectincreasedopportunitiestoexaminepatientsinvariousimmunestates.Itwillthereforebenecessarytoconsiderthattheclinicalcourseofviralretinitismayvarywiththeimmunestateofthepatient.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(3):423.426,2016〕Keywords:免疫不全,水痘帯状疱疹ウイルス,網膜炎.immunodeficiency,varicellazostervirus,retinitis.はじめに水痘帯状疱疹ウイルス(varicellazostervirus:VZV)が原因の網膜炎は,健常人に発症することが多い急性網膜壊死(acuteretinalnecrosis:ARN)や免疫不全患者に発症する進行性外層網膜壊死(progressiveouterretinalnecrosis:PORN)のように急速に進行し難治性で視力予後不良とされている.しかしながら,過去の報告では,患者の免疫不全状態によって,ウイルス性網膜炎の臨床所見,進行速度には多様性があるとされる1.3).今回,筆者らは免疫不全患者に発症した,左右で臨床経過が異なる両眼性VZV網膜炎の治療経験を報告する.I症例症例:68歳,男性.主訴:右眼視力低下.既往歴:・肺ホジキンリンパ腫(化学療法にて寛解).・舌癌(化学療法にて寛解).〔別刷請求先〕金子優:〒990-9585山形市飯田西2-2-2山形大学医学部眼科学講座Reprintrequests:YutakaKaneko,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,YamagataUniversityFacultyofMedicine,2-2-2Iida-nishi,Yamagata990-9585,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(93)423 図1右眼眼底写真前房,硝子体の炎症は高度で,下耳側網膜周辺に黄白色滲出性病変を認めた.・自己免疫性溶血性貧血に対してプレドニゾロン7.5mg内服中.・糖尿病にて内服加療中.現病歴:2014年6月,右三叉神経第一枝領域の帯状疱疹を発症し,前医皮膚科にてアシクロビル(ACV)点滴にて軽快.8月中旬から右眼視力低下を認め前医眼科受診.右眼虹彩炎の診断にてステロイド点眼を開始したが改善しないため9月2日山形大学附属病院紹介となった.初診時所見:視力:右眼=0.1(矯正不能),左眼=0.5(0.8×+1.0),眼圧:右眼=22mmHg,左眼=18mmHg.右眼は結膜充血,角膜にDescemet膜皺襞とフィブリン様の角膜後面沈着物,前房に3+の細胞浸潤を認めた.眼底には閉塞性網膜血管炎がみられ,黄斑浮腫や周辺部の滲出性病巣はみられなかった.左眼に炎症所見はみられなかった.検査結果:リンパ球数は750/μl(基準値:1,090.3,310/μl),CD4陽性T細胞数は148/μl(基準値:554.1,200/μl)と低下していた.HbA1Cは7.0%,C反応性蛋白,肝機能,腎機能,凝固能はいずれも正常範囲であった.血中のサイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)抗原が陽性で,CMVIgM抗体,IgG抗体がともに陽性であった.また,単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV)とVZVのIgG抗体は陽性,IgM抗体は陰性であった.ツベルクリン反応は陰性,胸部X線写真で左下肺野に腫瘤を指摘された.治療および経過:右眼の前房水からVZV-DNAのみが8.05×107copies/ml検出され,HSVやCMV-DNAは検出されなかった.眼底周辺に滲出性病変がみられなかったため,VZV虹彩炎および網膜血管炎と診断し,9月23日より0.1%ベタメタゾン点眼6回/日,塩酸バラシクロビル(VACV)424あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016図2造影MRI(延髄)T2強調像にて延髄左背側にopenring状に増強する高信号領域および三叉神経脊髄路核に一致する高信号を認めた(→).3,000mg/日の内服を開始.10月1日,右眼の前眼部炎症,硝子体混濁は軽快したが,黄斑浮腫と下耳側網膜周辺に黄白色滲出性病変を認めた(図1).前房水からはVZV-DNAのみが2.02×105copies/ml検出された.VZVによる急性網膜壊死あるいは進行性網膜外層壊死を考え,入院のうえ,ACV点滴(1,500mg/日)を開始した.糖尿病の既往,免疫抑制状態であることから,プレドニゾロン内服は7.5mgを継続とした.ACV開始後,右眼の滲出性病変の急速な拡大はみられなかったものの,硝子体混濁が増悪してきたため,10月24日,硝子体手術を予定.しかし,球後麻酔後に球後出血を生じたため手術中止.10月25日,非回転性めまい,左上下肢失調が出現したため,造影MRI施行(図2).T2強調像で延髄左背側にopenring状に増強する病巣と三叉神経脊髄路核に一致する異常信号を認め,鑑別としてVZV脳幹脳炎,悪性リンパ腫,脱髄疾患が疑われた.髄液検査では,細胞診で異型リンパ球は認めず,オリゴクローナルバンドは検出されなかったが,VZVとHSVのIgG上昇が認められ,臨床経過,画像所見よりVZV脳幹脳炎が強く疑われた.10月27日,左眼の前房内炎症細胞,硝子体混濁はみられなかったが,網膜に黄白色滲出性病変が出現し,急速に拡大した(図3,4).左眼の前房水からはVZV-DNAが1.13×104copies/ml検出された(この時点のCD4陽性T細胞数は55/μl).11月4日の造影MRIにて脳幹病巣の悪化および左眼病巣の悪化を認めたため,神経内科と相談のうえ,ACV点滴を2,250mg/日へ増量.ガンシクロビル(GCV)併用に関しては,血液内科と相談の結果,血球減少のリスクが高いため使用は控えた.11月5日,全身麻酔下にて右眼)白内(94) 図3左眼眼底写真1前房,硝子体の炎症はみられず,周辺網膜に黄白色滲出性病変を認めた.障手術+硝子体手術+シリコーンオイル注入術施行.ホジキンリンパ腫の既往もあるため,硝子体生検も施行.細胞診で異型リンパ球は認めず,遺伝子再構成も認めなかった.術中採取した硝子体からはVZV-DNAのみが3.69×104copies/ml検出された.ACV増量1カ月後,右眼はシリコーンオイル下で網膜.離は認めず滲出性病変は消失した.左眼は網膜.離を生じることなく滲出性病変は消失し前房水からVZVDNAは検出されなくなった(この時点のCD4陽性T細胞数は77/μl).12月18日の造影MRIでは,延髄病変はほぼ消失し神経学的所見も改善したことから,ACV点滴投与を中止.その後,肺腫瘍の生検の結果,diffuselargeB-celllymphomaが認められ,血液内科に化学療法目的で転科となった.転科時の視力は右眼=(矯正0.09),左眼=(矯正0.5),眼圧は右眼=9mmHg,左眼=11mmHgであった.II考按本症例は,初診時の血液中からCMV抗原,CMVIgM,IgGを認めたものの,両眼内からはVZV-DNAのみが連続して検出されたこと,ACV投与に反応してVZV-DNAコピー数の減少と臨床所見の改善がみられたことからもVZVが原因の網膜炎と考えられた.VZVが原因の網膜炎には急性網膜壊死(acuteretinalnecrosis:ARN)と進行性網膜外層壊死(progressiveouterretinalnecrosis:PORN)があり,ARNは,ほとんどの場合で免疫健常者に発症し,約9割が片眼性である.その臨床像は1994年にAmericanUveitisSocietyにより提唱されたARNの診断基準4)に示されており,a.周辺部網膜に境界鮮明な1カ所以上の網膜壊死病巣がみられる,b.抗ウイルス薬の未施行例では病変は急激に進行(95)図4左眼眼底写真2前房内炎症,硝子体混濁は軽微.アシクロビル投与下でも黄白色滲出性病変は拡大.する,c.病変は円周方向に拡大する,d.動脈を含む閉塞性血管炎を認める,e.硝子体および前房に高度の炎症所見を認める,の5つの項目をすべて満たす必要があり,個人の免疫状態は問わないとしている.一方,PORNは,後天性免疫不全症候群(AIDS)や骨髄移植後などの高度な免疫不全状態患者(とくにCD4陽性T細胞数が50/μl以下)に生じ,病変はほとんどが両眼性である.免疫抑制状態であるため前房や硝子体の炎症は軽微,網膜出血と血管炎は少ないとされ,眼底は周辺部の網膜深層から白色の点状病変が多発性に生じ,1.2週間の間に各病変が急速に拡大,癒合し,周辺部全体の黄白色病変となる5).本症例の右眼の臨床経過は,前房,硝子体に高度な炎症所見を伴う閉塞性血管炎を発症後,周辺部網膜に境界鮮明な黄白色病変を認めておりARNに類似しているが,炎症の発症後1カ月以上経過してから網膜黄白色病変が出現したことについては,VACVを内服していたことが影響しているかもしれない.その後,左眼の周辺部網膜に同様の黄白色病変を認めたが,前房,硝子体の炎症は軽微であり,こちらの臨床経過はPORNに類似している.これは,左眼発症時のCD4陽性T細胞数が55/μlとさらに低下していた影響が考えられる.PORNは発症前,発症時に帯状疱疹を合併していることが多いとされ,中枢神経系病変を合併するとの報告もある6).本症例も,発症の2カ月前に,右三叉神経第一枝領域の顔部帯状疱疹の治療歴があり,今回の経過中にVZVが原因と考えられる脳幹病変が出現した点はPORNの臨床像と類似している.また,MRIで延髄左背側にopenring状に増強する病巣と三叉神経脊髄路核に一致する異常信号を認めた後に,同側である左眼に黄白色病変が出現した点は非常に興味深く,いまだ不明とされるVZV網膜炎の感染経路の可能性を示唆している.あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016425 右眼の臨床経過がARNに類似していたためACV単独投与で治療開始したが,後にPORNに類似した左眼病変や延髄病変が出現した.本症例のように,患者の多くが帯状疱疹を先行発症しACVがすでに投与されているPORN患者において,ACV耐性株VZVの可能性が推測されており7),ACV単独ではなくGCVを併用することが推奨されている.今回は,骨髄抑制を考慮しGCV併用は行わなかったが,左右眼で臨床像が異なる場合,ACVの投与量や投与期間,GCV開始のタイミングについては,患者の全身状態や臨床経過を十分考慮して決定する必要がある.本症例の左眼病変がGCVを使用せずに消退した理由については,消退時のCD4リンパ球数が77/μlと低値のままであったことから,免疫力改善によるものではなく,ACVを増量したことによるものと考えられる.今後,HIV感染症や悪性腫瘍に対する治療薬の進歩に伴い,高度な免疫不全状態から回復できる患者の増加が予想され,さまざまな程度の免疫状態の患者を診察する機会が増えると考えられる.本症例のように典型的な臨床経過を示さず,診断,治療に苦慮するウイルス性網膜炎の症例も増加すると考えられるため,患者の免疫抑制状態によって多様な発症形式や進行を示す可能性があることを考慮しながら診察する必要がある.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)Guex-CrosierY,RochatC,HerbortCP:Necrotizingherpeticretinopathies.Aspectrumofherpesvirus-induceddiseasesdeterminedbytheimmunestateofthehost.OculImmunolInflamm5:259-265,19972)SchneiderEW,ElnerSG,vanKuijkFJetal:Chronicretinalnecrosis:cytomegalovirusnecrotizingretinitisassociatedwithpanretinalvasculopathyinnon-HIVpatients.Retina33:1791-1799,20133)RochatC,PollaBS,HerbortCP:Immunologicalprofilesinpatientswithacuteretinalnecrosis.GraefesArchClinExpOphthalmol234:547-552,19964)HollandGN:Standarddiagnosticcriteriafortheacuteretinalnecrosissyndrome.ExecutiveCommitteeoftheAmericanUveitisSociety.AmJOphthalmol117:663667,19945)ForsterDJ,DugelPU,FrangiehGTetal:Rapidlyprogressiveouterretinalnecrosisintheacquiredimmunodeficiencysyndrome.AmJOphthalmol110:341-348,19906)vandenHornGJ,MeenkenC,TroostD:AssociationofprogressiveouterretinalnecrosisandvaricellazosterencephalitisinapatientwithAIDS.BrJOphthalmol80:982-985,19967)HollandGN:Theprogressiveouterretinalnecrosissyndrome.IntOphthalmol18:163-165,1994***426あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016(96)

My boom 50.

2016年3月31日 木曜日

監修=大橋裕一連載.MyboomMyboom第50回「木村亜紀子」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)連載.MyboomMyboom第50回「木村亜紀子」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)自己紹介木村亜紀子(きむら・あきこ)兵庫医科大学眼科私は平成6年卒,30歳で結婚,31歳で出産,娘が3歳の時に臨床復帰してからは,ずっと大学に席を置いています.三村治教授がママさん女医にも大学で活躍の場を,とお考えになり,教授の励ましのもと,もう21年が過ぎ,現在は准教授をしています.専門は,みんなが苦手意識をもつ斜視弱視,神経眼科!私は大好きで,この分野に賭けています!!臨床・研究のMyboom留学経験もない子育てママさん女医の私には,大学は無理だと思っていましたが,専門分野に的を絞ることで,見えなかったことが見えてきて,深く知りたいと思うことが増えました.オタクの中のオタクとなるべく精進中であります.私が熱心に取り組んでいるのは麻痺性斜視,とくに上下・回旋斜視,他施設で敬遠されがちな中枢性斜視などです.車椅子で検査にも時間のかかる患者さんは敬遠されがちですが,私たちの所では大歓迎されます.顎台に顎が乗らなくても全然問題なし!「他の検査に移りますー!」といった具合です.重症であればあるほど,「私の所に来てくださってありがとう!きっと,ここに来て良かったと思ってもらおう!頑張るぞ!」内心,テンションは上がっています.博士論文はマウスや細胞を使っての基礎研究でしたが,出産後大学に復帰してからは基礎研究に携わる能力はなく,臨床一本に絞りました.だから,患者さんを治すこと自体が私の実績になると考えて臨んでいます.Prospectiveに計画を立ててみることもありますし,retrospectiveにみることもあります.手術件数が増えるにつれ,自分の手術の欠点を知るために,手術成績をまとめては発表し論文にしてきました.手術成績をまとめることはとても大切なことだと感じています.患者さんに自分のデータでお話することができますし,改善点が見つかるうえ,他の論文と比較することができます.今年の臨眼は,prospectiveに斜視術後の乱視についてORTの近藤さんがまとめてくれました.甲状腺眼症,筋無力症など,一般眼科医が苦手とする疾患にも重点を置いて,ウエルカムでみることを身上としています.プライベートのMyboom娘の朝ごはんとお弁当作りに命をかけています!赤ちゃんのころからみていると,食べ物が体を作っていくのを目の当たりにしてきました.こんな小さな体に農薬が入ったら,私に農薬が入るのと全然ちがうやんか!と感じ,無農薬の四つ葉の宅配を頼むようになりました.安いからって中国の野菜買わんとこ,値段が高くても品質にこだわって作ってはるとこのを買おう,などと意識が変わりました.娘を置いて外食には行きたくないので,友達や後輩と食事に行きたい時は家に来てもらいます(写真1).酔っ払って寝てしまう人もいます.年に2回BBQを開催,ひたすらお肉を食べます(写真2).娘が0歳児からの仲良し家族と3カ月ごとにわが家で宴会をしています(写真3).もう15年!それでも,もっと会いたくなったら,マドモアゼルの会としてママ3人でイタリアンレストランで食事をします(陽子がイタリア領事館の通産省トップだから).子供たちは子供たちで,学校が違うのにずっと仲良しで続いており,男性陣も怖い嫁を持った者同士気が合うようです.(77)あたらしい眼科Vol.33,No.3,20164070910-1810/16/\100/頁/JCOPY 写真1後輩たちとわが家で写真3仲良し家族で宴会写真2お肉ばかり食べるBBQ娘は食が細かったので,娘が好きなものがわかると一生懸命作りました.焼きたてのパンを喜んで食べているのをみて,朝からパンを焼きました.今もときどき,明日はママのパンが食べたいと言ってくれます.そうしたら,朝からパンを焼きます.娘も大きくなり体型などを気にするようになり,晩はうどんや雑炊にして,その分,朝にステーキからデザートまでのフルコースを食べます.娘は反抗期なので,私のことをバーカ,デブ,ご飯へたくそー!と言いますが,本心,やはり愛おしくってかわいいです.不思議です.夫は余りかわいくありません.こうやって書いてくると,娘の健やかな成長をただただ願う普通のママやんか,とがっかりしました(もっと特別なことがあると思っていた).次は滋賀医科大学の村木早苗先生です.私の大切な親友です.早苗さんのログハウスでBBQをさせていただいたこともあります!大型犬の愛犬の話が出るかな?よろしくお願いします!注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.☆☆☆408あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016(78)

硝子体手術のワンポイントアドバイス 154.癒着が強固な黄斑上膜のOCT所見(初級編)

2016年3月31日 木曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載154154癒着が強固な黄斑上膜のOCT所見(初級編)池田恒彦大阪医科大学眼科●はじめに網膜との癒着が強固な黄斑上膜については,本シリーズ(第29回)でも記載したことがある.癒着な強固な部位は,一般に網膜がやや白色調で,神経線維層の走行が乱れていることが多い.黄斑上膜は器質化した神経線維層に食い込むようになっていることも多く,このような症例ではOCTによる術前評価がある程度可能である.●自験例の提示63歳,男性.右眼に特発性黄斑上膜を認め,矯正視力は0.5に低下していた.術前のOCTでは中心窩の上方~上鼻側の網膜皺襞が著明で(図1),この部位のOCT画像では,神経線維層が不規則に黒く描出されていた(図2).中心窩を含む断面は比較的層状構造が保持されていた(図3).術中,黄斑上膜を.離しようとしたが,膜.離のきっかけがつかみにくかったため,BBGを塗布し,黄斑上膜のやや下耳側から直接.離を開始した.中心窩は癒着が比較的緩く,容易に.離できたが(図4),中心窩の鼻側から上方には癒着の強固な部位が認められ,.離中に出血が生じた(図5).中心窩の黄斑上膜は.離できていたので,無理はせずに,癒着の強固な部位の残存黄斑上膜を可能な範囲で硝子体カッターにて切除し,手術を終了した.術1カ月後,皺襞は徐々に伸展し,矯正視力は0.4から0.8に改善した(図6,7).●OCTによる黄斑上膜と網膜の癒着の評価一般に黄斑上膜と網膜の間に間隙のある症例では.離が容易であるが,今回の提示例のように神経線維層が不規則に黒く描出される症例では,神経線維層自体が器質化しており,癒着が強固であることが多い.乳頭に近くなる程神経線維層は黒く厚めに描出されるが,その中の濃淡に差がみられる症例や,凹凸の著明な症例では注意を要する.図1自験例の右眼図2術前のOCT所見(1)図3術前のOCT所見(2)術前眼底写真中心窩上方は神経線維層が不規則に黒く描出され中心窩を含む断面は比較的層状構造が保持されて中心窩の上方~上鼻ていた.いた.側に皺襞を認める.図4術中所見(1)図5術中所見(2)図6術後の右眼図7術後のOCT所見中心窩は癒着が比較的緩中心窩の鼻側から上方眼底写真肥厚した内境界膜と思われる膜状組織の残存を認く,容易に.離できた.には癒着の強固な部位皺襞は徐々に伸展める.が認められ,.離中にし,矯正視力は0.8出血が生じた.に改善した.(75)あたらしい眼科Vol.33,No.3,20164050910-1810/16/\100/頁/JCOPY

新しい治療と検査シリーズ 230.OCTアンジオグラフィー(網膜)

2016年3月31日 木曜日

あたらしい眼科Vol.33,No.3,20164030910-1810/16/\100/頁/JCOPYの部分を一定の厚さで選んで(たとえば網膜内境界膜を基準としてそこから何μm外層方向まで,というように指定する),そこに含まれる情報を抽出して表示すれば,あたかも眼底写真を見るかのような画像を(しかも任意の深さで)得ることができる.こうして得られた画像はEnface画像(“Enface”は「前から見る」の意)とよばれる.OCTAでは,OCTを用いて,同じ場所で,時間のずれたB-scanを複数枚撮影する.このとき得られた時間のずれたOCT像を比較すると,同じ場所の信号強度はほとんど一致しているが,血流のある部分だけは信号強度に変化があらわれる.OCTAではまずその部分を強調して表示する.この血流が強調されたB-scanを上の方法で3D構築すれば,血管が強調された立体的な眼底像を作成でき,さらにEnface表示すれば,眼底の血管構造をそれぞれの深さで,くっきりと描き出すことができる.この画像は見た感じは造影検査に類似していて,眼科医には大変理解しやすい..使用方法検査方法は多少撮影時間が長い以外は通常のOCTとほぼ同じである.Optovue社のAvantiOCTを用いた場合,1回の撮影に要する時間は約0.3秒である.新しい治療と検査シリーズ(73).バックグラウンド眼底の血流検査としてフルオレセイン蛍光眼底造影検査(fluoresceinangiography:FA),インドシアニングリーン赤外蛍光造影検査(indocyaninegreenangiogra-phy:ICGA)が行われるが,患者負担が大きく,ショックなどの可能性もあり,造影剤を用いない検査が求められていた.光干渉断層計(opticalcoherencetomogra-phy:OCT)が普及し,OCTを用いた新たなテクノロジーが発展してきたことで,非侵襲的に眼底の血管構造を描出できるOCTアンジオグラフィー(opticalcoher-encetomographyangiography:OCTA)が可能となった..OCTアンジオグラフィーの原理と検査法3D-OCTではOCTのB-scan(網膜断面像)を眼底の一定面積分,撮影してゆき,隣同士のB-scan画像をつなぎ合わせていくことにより,立体的な眼底像を作成することができる.この画像を前から見れば眼底写真のような眼底像が得られるはずだが,実際にはOCTでは眼底の浅いところから深いところまでの情報が入り混じってわかりにくくなっている.そこで,眼底の一定の深さ230.OCTアンジオグラフィー(網膜)プレゼンテーション:吉田宗徳名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学コメント:吉田茂生九州大学大学院医学研究院眼科学分野ab図1正常のOCTA像(Opto-vue社AvantiOCT,3×3mm)a:網膜表層血管(superficialcapillaryplexus:SCP),b:網膜深層血管(deepcapillaryplexus,DCP).OCTAではこのように網膜血管を2層に分けて表示可能である.毛細血管の微小な構造まで,よく描出されている.あたらしい眼科Vol.33,No.3,20164030910-1810/16/\100/頁/JCOPYの部分を一定の厚さで選んで(たとえば網膜内境界膜を基準としてそこから何μm外層方向まで,というように指定する),そこに含まれる情報を抽出して表示すれば,あたかも眼底写真を見るかのような画像を(しかも任意の深さで)得ることができる.こうして得られた画像はEnface画像(“Enface”は「前から見る」の意)とよばれる.OCTAでは,OCTを用いて,同じ場所で,時間のずれたB-scanを複数枚撮影する.このとき得られた時間のずれたOCT像を比較すると,同じ場所の信号強度はほとんど一致しているが,血流のある部分だけは信号強度に変化があらわれる.OCTAではまずその部分を強調して表示する.この血流が強調されたB-scanを上の方法で3D構築すれば,血管が強調された立体的な眼底像を作成でき,さらにEnface表示すれば,眼底の血管構造をそれぞれの深さで,くっきりと描き出すことができる.この画像は見た感じは造影検査に類似していて,眼科医には大変理解しやすい..使用方法検査方法は多少撮影時間が長い以外は通常のOCTとほぼ同じである.Optovue社のAvantiOCTを用いた場合,1回の撮影に要する時間は約0.3秒である.新しい治療と検査シリーズ(73).バックグラウンド眼底の血流検査としてフルオレセイン蛍光眼底造影検査(fluoresceinangiography:FA),インドシアニングリーン赤外蛍光造影検査(indocyaninegreenangiogra-phy:ICGA)が行われるが,患者負担が大きく,ショックなどの可能性もあり,造影剤を用いない検査が求められていた.光干渉断層計(opticalcoherencetomogra-phy:OCT)が普及し,OCTを用いた新たなテクノロジーが発展してきたことで,非侵襲的に眼底の血管構造を描出できるOCTアンジオグラフィー(opticalcoher-encetomographyangiography:OCTA)が可能となった..OCTアンジオグラフィーの原理と検査法3D-OCTではOCTのB-scan(網膜断面像)を眼底の一定面積分,撮影してゆき,隣同士のB-scan画像をつなぎ合わせていくことにより,立体的な眼底像を作成することができる.この画像を前から見れば眼底写真のような眼底像が得られるはずだが,実際にはOCTでは眼底の浅いところから深いところまでの情報が入り混じってわかりにくくなっている.そこで,眼底の一定の深さ230.OCTアンジオグラフィー(網膜)プレゼンテーション:吉田宗徳名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学コメント:吉田茂生九州大学大学院医学研究院眼科学分野ab図1正常のOCTA像(Opto-vue社AvantiOCT,3×3mm)a:網膜表層血管(superficialcapillaryplexus:SCP),b:網膜深層血管(deepcapillaryplexus,DCP).OCTAではこのように網膜血管を2層に分けて表示可能である.毛細血管の微小な構造まで,よく描出されている. 表1蛍光眼底造影とOCTAの比較蛍光眼底造影OCTA造影剤使用ありなし撮影の簡便さやや煩雑簡便深さ別解析できないできる撮影範囲広い狭い解像度普通高い蛍光漏出,プーリングなどの機能的解析できるできない蛍光漏出などによる画像の不鮮明化ありなし時系列による評価できるできないデータ解析においては,網膜浮腫などが存在することによってsegmentation(どの深さの情報を抽出するかということ)がうまくいかないことも多く,この場合は手動でsegmentationを行う必要がある.得られた画像はFAなどとよく似ていて,一般には解釈はそれほどむずかしいものではないが,OCTA特有の性質があり,必ずしも造影検査と所見は一致しない.データ解釈にはこの点をよく考慮する必要がある..本方法のよい点OCTAのよい点としては,まず造影剤を使わないことがある.造影剤不要ということは,撮影の手間や時間も少なくてすみ,患者負担が大幅に軽減される.そこで,検査を頻回に行うことも可能となる.次に,OCTAでは眼底の任意の深さの血管構造のみを抽出できることである.網膜血管は表層毛細血管層(superficialcapillaryplexus:SCP)と深層毛細血管層(deepcapillaryplexus:DCP)に分かれているが,OCTAではこの2層を分けて表示できる.また,加齢黄斑変性などでみられる脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)を網膜血管や脈絡膜血管とは区別して表示できる.OCTAでは造影検査と違って造影剤の漏れなどの影響がないので,FAでは漏出した造影剤でかくれてしまう新生血管などの血管でも血管構造を鮮明に描き出せる.得られる画像は非常に精細で造影検査に少しも引けをとらない.近い将来,造影検査の多くはOCTAにとって代わられる可能性が高いと思われる.文献1)JiaY,TanO,TokayerJetal:Split-spectrumamplitudedecorrelationangiographywithopticalcoherencetomography.OpticsExpress20:4710-4725,20122)SpaideRF,KlancnikJMJr,CooneyMJ:Retinalvascularlayersimagedbyfluoresceinangiographyandopticalcoherencetomographyangiography.JAMAOphthalmol133:45-50,20153)IshibazawaA,NagaokaT,TakahashiAetal:Opticalcoherencetomographyangiographyindiabeticretinopathy:Aprospectivepilotstudy.AmJOphthalmol160:35-44,20154)JiaY,BaileyST,WilsonDJetal:Quantitativeopticalcoherencetomographyangiographyofchoroidalneovascularizationinage-relatedmaculardegeneration.Ophthalmology121:1435-1444,20145)TakaseN,NozakiM,KatoAetal:Enlargementoffovealavascularzoneindiabeticeyesevaluatedbyenfaceopticalcoherencetomographyangiography.Retina35:23772383,20156)SuzukiN,HiranoY,YoshidaMetal:Microvascularabnormalitiesonopticalcoherencetomographyangiographyinmacularedemaassociatedwithbranchretinalveinocclusion.AmJOphthalmol161:126-132,2016.「OCTアンジオグラフィー(網膜)」へのコメント.近年の眼科画像診断技術の進歩は目覚ましい.補償構造を描出できるが,網膜浮腫など層構造に乱れがあ光学適用眼底走査型レーザー検眼鏡(scanninglaserる場合,正確な層別構造の描出がむずかしくなる.一ophthalmoscopy:SLO),手術顕微鏡OCTなどと並方,網膜血管からの漏出は判別できないが,FAではんで,OCTアンジオグラフィー(OCTA)は画期的な漏出した造影剤によって不明瞭になりがちな新生血管画像診断技術で,網脈絡膜血管を造影剤なしで描出でを鮮明にとらえることができる.きる.その原理はOCT信号の位相や強度変化をもと現時点では中心窩近傍の血管構造しか描出できないに,三次元網膜血管構造を視覚化するものである.現が,今後技術革新に伴い,FA同様のより広い画角の時点では,蛍光眼底造影検査(FA)と比較して,種々撮影が可能となっていくであろう.吉田宗徳先生も述の長短所があることを理解しつつ使用する必要があべられているように,将来的には,FAの多くがる.OCTであるため,網脈絡膜の任意の深さの血管OCTAにとって代わられる可能性はあると思われる.404あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016(74)

眼瞼・結膜:眼瞼縁の上皮の特殊性

2016年3月31日 木曜日

眼瞼・結膜セミナー監修/稲富勉・小幡博人12.眼瞼縁の上皮の特殊性小幡博人自治医科大学眼科学講座眼瞼縁の上皮は,マイボーム腺開口部の後方で,皮膚の表皮から結膜の粘膜上皮に移行し,その境界は粘膜皮膚移行部(muco-cutaneousjunction:MCJ)とよばれている.近年,MCJの後方で眼球に接触する瞼縁内側(lidwiper部)の上皮は,重層化した非角化型上皮に房状の杯細胞や上皮の陰窩に杯細胞を有する特殊な上皮であることが報告された.瞼縁内側の上皮に杯細胞が豊富であるということは,瞬目時に眼表面の潤滑剤の役割を果たしている可能性がある.●従来の眼瞼縁の上皮の考え方眼瞼の上皮は,眼瞼縁の後方(内側)で,皮膚の表皮から結膜の粘膜上皮に移行する.その場所は,マイボーム腺開口部の後方で,粘膜皮膚移行部(muco-cutaneousjunction:MCJ)とよばれている.MCJは,フルオレセイン染色を行うと明瞭となり,“Marxline”という呼称がある.すなわち,眼瞼の上皮は,皮膚の表皮と瞼結膜の上皮の2種類に大別されるというのが一般的な考えである.●瞼縁の上皮は特殊一方,古くから,眼瞼皮膚の表皮と瞼結膜の粘膜上皮の間のtransitionzoneの上皮はmarginalconjunctivaとよばれ,肥厚した重層扁平上皮であると記載されてい図1上眼瞼の瞼縁上皮眼瞼の上皮には,眼瞼皮膚の表皮(a)と瞼結膜の上皮(c)の間に,もう1種類特殊な上皮(b)がある.その特殊な上皮とはMCJ(粘膜皮膚移行部)の後方で,眼球と接する瞼縁内側の部分(lidwiper部)である.87歳,女性.る1).近年,ドイツのKnopらは,この瞼縁の上皮を詳細に観察し,特殊な上皮であることを報告した2,3).その特徴は,上皮細胞が8~15層と重層性が増していること,角化していないこと,房状(クラスター状)の杯細胞や上皮が陥入した陰窩に杯細胞が存在することなどである.また,結膜の杯細胞は,ゲル形成ムチンであるMUC5ACを分泌するが,この瞼縁に存在する杯細胞はMUC5ACが陰性の杯細胞も存在するという3).すなわち,眼瞼の上皮は,皮膚の表皮と瞼結膜の上皮の間には,もう1種類特殊な上皮があると報告した.筆者は今まで瞼縁にこのような組織構造があることを認識したことはなかったが,手元のいくつかの標本を見直したところ,Knopらの報告が正しいことを確認したc.瞼結膜上皮=重層立方上皮+杯細胞b.瞼縁上皮=非角化型重層上皮+杯細胞MCJマイボーム腺眼輪筋a.眼瞼皮膚=角化型重層扁平上皮(71)あたらしい眼科Vol.33,No.3,20164010910-1810/16/\100/頁/JCOPY ababマイボーム腺杯細胞c(図1).眼瞼皮膚の表皮は,角化型の重層扁平上皮である(図2a).この表皮はマイボーム腺開口部の後方で角化がなくなり,重層性が増し,杯細胞が多数観察される(図2b).これが,瞼縁内側の特殊な上皮である.そして,瞼板側の瞼結膜になると,重層性が低下し,杯細胞を含む重層立方(円柱)上皮となる(図2c).各上皮の特徴をまとめると表1のようになる.●瞼縁の上皮とLidwiper2002年,Korbらは,ドライアイ症状を伴う瞼縁の上皮障害をlid-wiperepitheliopathy(LWE)と呼称した4).つまり,眼瞼の瞬目を車のワイパーに見立て,眼表面に接する瞼縁の上皮障害をLWEとした.そして,Knopらは,瞼縁内側の特殊な上皮はlidwiper部の上皮であり,ここに杯細胞が多いことは潤滑剤(lubricant)の役割を果たし,合目的であると推測した2,3).瞼縁内側,すなわちlidwiper部の上皮細胞の形態や杯細胞の数は症例により異なるようである.ドライアイで涙液が減少するとlidwiper部の杯細胞が減少するの図2瞼縁の上皮の拡大像図1a,b,cの上皮の拡大像を示す.a:眼瞼皮膚の表皮.角化型の重層扁平上皮である.表層の細胞は扁平である.顆粒層にケラトヒアリン顆粒がみられる.b:瞼縁内側の上皮.重層性が増した角化のない上皮の中に房状の杯細胞()が多数観察される.重層扁平上皮のようにみえるが,表層の細胞は扁平ではない.c:瞼結膜の上皮.重層立方(円柱)上皮で,杯細胞が散在する.表1眼瞼の上皮の特徴眼瞼皮膚瞼縁の上皮瞼結膜厚さ50μm80~150μm30~40μm細胞層の数6~8層8~15層3~4層角化ありなしなし表層細胞の形態扁平立方立方~円柱杯細胞─++++~++(文献2より改変)か,あるいは,lidwiper部の杯細胞が減少するからドライアイ症状が出現するのか,などさまざまな疑問の解決が今後の課題である.文献1)BronAJ,TripathiRC,TripathiBJ:Theconjunctiva.In:Wolff’sAnatomyoftheEyeandOrbit.8thed(ed.byBronAJ,TripathiRC,TripathiBJ),p51-70,Chapman&HallMedical,London,19972)KnopE,KnopN,ZhivovAetal:Thelidwiperandmuco-cutaneousjunctionanatomyofthehumaneyelidmargins:aninvivoconfocalandhistologicalstudy.JAnat218:449-461,20113)KnopN,KorbDR,BlackieCAetal:Thelidwipercontainsgobletcellsandgobletcellcryptsforocularsurfacelubricationduringtheblink.Cornea31:668-679,20124)KorbDR,GreinerJV,HermanJPetal:Lid-wiperepitheliopathyanddry-eyesymptomsincontactlenswearers.CLAOJ28:211-216,2002402あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016(72)

抗VEGF治療:アフリベルセプトによるポリープ状脈絡膜血管症の鎮静化

2016年3月31日 木曜日

●連載抗VEGF治療セミナー監修=安川力髙橋寛二26.アフリベルセプトによるポリープ状丸子一朗東京女子医科大学眼科脈絡膜血管症の鎮静化わが国における滲出型加齢黄斑変性のうち,もっとも多いとされる病型であるポリープ状脈絡膜血管症(PCV)に対するアフリベルセプト硝子体内注射は,滲出の減少だけでなく,ポリープ状病巣そのものの閉塞も期待できる治療である.本稿ではPCVに対するアフリベルセプトの治療効果について概説する.はじめに滲出型加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)は黄斑部に脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)をきたす疾患で,欧米では50歳以上の中途失明者のもっとも主要な原因であり,日本でも急増している.AMDはフルオレセイン蛍光眼底造影(fluoresceinangiography:FA)およびインドシアニングリーン蛍光眼底造影(indocyaninegreenangiography:IA)により,典型的加齢黄斑変性(typicalage-relatedmaculardegeneration:tAMD),ポリープ状脈絡膜血管症(polypoidalchoroidalvasculopathy:PCV),および網膜血管腫状増殖(retinalangiomatousproliferation:RAP)の3つに大きく分類される.近年の報告で欧米の白人とは異なり,日本人ではPCVの割合が高いことがわかってきており,人種差の関与が示唆されている1).ポリープ状脈絡膜血管症PCVは1990年にYannuzziら2)が提唱した疾患概念であり,現在では脈絡膜異常血管網とその先端にポリープ状病巣をもつものと定義されており,基本的には網膜色素上皮下に病変が存在する.現在のAMDの治療ガイドラインに従えば,PCVに対しては光線力学的療法(photodynamictherapy:PDT)および抗VEGF(vascularendothelialgrowthfactor)治療の単独または併用療法を行うことになっている3).一方で,PDTはポリープ状病巣の閉塞の効果は高いものの視力改善効果は乏しいこと,抗VEGF薬は視力改善効果が高いがポリープ閉塞効果は低いことが示されており,まだ治療法としては不十分である.アフリベルセプトアフリベルセプトはこれまでの抗VEGF薬と異なり,VEGFをブロックするだけでなく,胎盤増殖因子(pla(69)0910-1810/16/\100/頁/JCOPYcentalgrowthfactor:PlGF)もブロックすることで,血管新生や炎症を抑制する働きが期待されている.また,アフリベルセプトはVEGFとの親和性も高く,VEGFとの結合後の持続性もこれまでの薬剤よりも長いとされている.これらのことからPCVに対する高い治療効果が期待されている.Yamamotoら4)は杏林大学,福島県立医科大学,東京女子医科大学の3大学における未治療PCV症例87例90眼に対するアフリベルセプトの1年成績を報告している.治療法はアフリベルセプトの単独治療で,導入期3回投与の後に維持期として2カ月ごとの固定投与を行っている(維持期悪化時は追加投与あり).それによると,1年後の視力はベースラインと比較して22眼(24.4%)で改善,64眼(71.1%)で維持され(3段階以上の変化で定義),平均視力も小数視力換算でベースライン0.5治療前治療後図1アフリベルセプト治療前後の眼底および造影検査治療前後で比較すると眼底検査では橙赤色病巣は縮小し,IAではポリープ状病巣が消失している.あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016399 治療前治療後図2アフリベルセプト治療前後のOCT図1と同日のOCTでは網膜内の滲出性変化が改善しているだけではなく,治療後脈絡膜はやや薄くなっている.中心窩下脈絡膜厚は治療前257μmから234μmに減少していた.から1年後0.7に改善していた.治療後滲出所見の消失(drymacula)が得られたのは,3カ月後72眼(80%),1年後64眼(71.1%)であった.期間中,アフリベルセプトの平均投与回数は7.1回で,硝子体内注射による眼内炎や網膜.離の合併はなく,脳血管イベントなどの深刻な合併症もなかった.また,投与1年後のIAにおける評価で,ポリープ状病巣は55.4%で消失,32.5%で縮小が得られており,アフリベルセプトではこれまで抗VEGF薬で課題となっていたポリープ閉塞効果も比較的高く,PCVの鎮静化に有効な薬剤であることが示された.最近の話題一方で,アフリベルセプトの脈絡膜に対する効果も報告されている.脈絡膜は血管に富む組織であり,その血流量は全眼球の約8割を占めるとされ,視機能に少なからず影響を与えていると考えられているが,これまでIA以外で直接的に脈絡膜を評価する方法はなかった.近年,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)による脈絡膜観察が試みられ,現在ではスペクトラルドメインOCTや1,050nm帯の長波長光源を用い400あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016たスウェプトソース方式によるOCTを用いることで比較的簡単に観察可能である.脈絡膜は加齢や屈折の影響を受けることや,個体差があるため単純に評価することはむずかしいが,AMDにおいて現在では一般的にPCVでは厚く,RAPでは薄いとされている.Koizumiら5)はアフリベルセプト投与されたAMD144眼の脈絡膜変化の1年経過を報告している.これによると,いずれのAMDの病型でも脈絡膜は薄くなることが示され,PCV86眼においては平均中心窩下脈絡膜厚がベースライン271μmから1年後に235μmに減少していた.これらの結果はアフリベルセプトが網膜色素上皮下にまで浸透し,脈絡膜に作用していることを示しており,主病変が網膜色素上皮下にあるPCVに対してこれまで以上にポリープ閉塞やdrymaculaをもたらした一因かもしれない.おわりにPCVに対するアフリベルセプトの効果について概説した.アフリベルセプトは日本人に多いPCVにこれまでの抗VEGF治療よりも高い有効性を示しており,これはVEGFだけでなくPlGFをブロックしていること,アフリベルセプトとVEGFの親和性が高いこと,網膜色素上皮を通り越して脈絡膜にまで影響を及ぼしていることなどが関与していると考えられる.一方で,1年以上の長期経過による変化や,固定投与ではないtreat&extend法を採用した場合の結果など,まだ不明な点は多く,今後さらなる研究が進むことを期待したい.文献1)MarukoI,IidaT,SaitoMetal:Clinicalcharacteristicsofexudativeage-relatedmaculardegenerationinJapanesepatients.AmJOphthalmol144:15-22,20072)YannuzziLA,WongDW,SforzoliniBSetal:Polypoidalchoroidalvasculopathyandneovascularizedage-relatedmaculardegeneration.ArchOphthalmol117:1503-1510,19993)髙橋寛二,小椋祐一郎,石橋達朗ほか;厚生労働省網膜脈絡膜・視神経萎縮症調査研究班加齢黄斑変性治療指針作成ワーキンググループ:加齢黄斑変性の治療指針.日眼会誌116:1150-1155,20124)YamamotoA,OkadaAA,KanoMetal:One-yearresultsofintravitrealafliberceptforpolypoidalchoroidalvasculopathy.Ophthalmology122:1866-1872,20155)KoizumiH,KanoM,YamamotoAetal:Subfovealchoroidalthicknessduringaflibercepttherapyforneovascularage-relatedmaculardegeneration:12-monthresults.Ophthalmology2015inpress(70)