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線維柱帯切開術を施行したDown症候群を伴う発達緑内障の1例

2016年1月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科33(1):133.139,2016c線維柱帯切開術を施行したDown症候群を伴う発達緑内障の1例小澤由明*1,2東出朋巳*1杉山能子*1杉山和久*1*1金沢大学医薬保健研究域医学系視覚科学*2南砺市民病院眼科TrabeculotomyinaCaseofDevelopmentalGlaucomawithDownSyndromeYoshiakiOzawa1,2),TomomiHigashide1),YoshikoSugiyama1)andKazuhisaSugiyama1)1)DepartmentofOphthalmology&VisualScience,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScience,2)DepartmentofOphthalmology,NantoMunicipalHospital目的:まれなDown症候群を伴う発達緑内障に対し線維柱帯切開術を施行した1例を経験したので報告する.症例:生後6カ月,女児.抗緑内障薬物治療に抵抗性を示し角膜浮腫を伴っていた.全身麻酔下検査で眼圧は右眼34mmHg,左眼33mmHg,陥凹乳頭径比は両眼0.7,角膜径は両眼13mm,隅角検査で虹彩高位付着を認めた.両眼に線維柱帯切開術を施行後,両眼とも角膜浮腫は消失し陥凹乳頭径比は0.3に改善した.術後111カ月間の測定眼圧は,薬物治療の追加なしで両眼12mmHg程度に安定した.中心角膜厚は両眼400μm以下,眼軸長は両眼25mm以上であった.考察と結論:Down症候群を伴う両眼の発達緑内障に対し線維柱帯切開術が長期に奏効している.角膜が菲薄化し強度近視になったのは,乳児期の高眼圧だけでなくDown症候群に伴う膠原線維異常が関与した可能性がある.Purpose:WereportararecaseofdevelopmentalglaucomawithDownsyndromethatreceivedtrabeculotomy.Case:A6-month-oldfemalewithDownsyndromeandbilateralcornealedemawasresistanttoanti-glaucomatousmedicaltherapy.OcularexaminationundergeneralanesthesiashowedIOP(intraocularpressure)R.E.:34mmHg,L.E.:33mmHg;cup-to-discratio0.7andcornealdiameter13mm;gonioscopyrevealedanterioririsinsertionsineacheye.Aftertrabeculotomyonbotheyes,cornealedemadisappeared,andcup-to-discratioreducedto0.3.For111monthssincesurgery,measuredIOPshavebeenmaintainedaround12mmHgineacheyewithoutmedication.Centralcornealthicknesshasremainedlessthan400μmandaxiallengthhasexceeded25mmineacheye.Discussion:TrabeculotomyhasbeensuccessfulfordevelopmentalglaucomawithDownsyndromeforalongterm.Thinnercorneaandhighmyopiaarepossiblytheresultnotonlyofocularhypertensionduringinfancy,butalsoofcollagenfiberabnormalityinassociationwithDownsyndrome.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(1):133.139,2016〕Keywords:ダウン症候群,発達緑内障,線維柱帯切開術,眼圧,中心角膜厚.Downsyndrome,developmentalglaucoma,trabeculotomy,intraocularpressure,centralcornealthickness.はじめに発達緑内障は,胎生期における前房隅角の形成異常が原因で眼圧上昇をきたす緑内障で,早発型,遅発型と他の先天異常を伴う発達緑内障の3型に分類される1).早発型は,生後早期からの高度な眼圧上昇に伴って,角膜浮腫・混濁,Haab’sstriae(Descemet膜破裂)を認めるだけでなく,組織柔軟性に起因した眼軸長の伸長,角膜径の増大,角膜厚の菲薄化などの特徴的な所見を示す2).遅発型は前房隅角の形成異常が軽度なために3.4歳以降に初めて眼圧上昇を認めるため,早発型のような特徴的な徴候を欠き,視野進行を認めるまで気づかれないことが多く,成人になってから発症することさえある3).他の先天異常を伴う発達緑内障には,無虹彩症,Axenfeld-Rieger症候群,Peters奇形,SturgeWeber症候群,神経線維腫症,PierreRobin症候群,Rubinstein-Taybi症候群,Lowe症候群,Stickler症候群,先天小角膜,先天風疹症候群などがあり,発達緑内障のほか〔別刷請求先〕小澤由明:〒920-8641金沢市宝町13番1号金沢大学医薬保健研究域医学系視覚科学Reprintrequests:YoshiakiOzawa,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScience,13-1Takara-machi,Kanazawa,Ishikawa920-8641,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(133)133 に特徴的な眼合併症を伴う3,4).発達緑内障は約80%が生後1年以内に診断され3,5,6),発症頻度は国や人種によって差があるが,わが国では早発型と遅発型を合わせたものが約11万人に1人,Peters奇形が約40万人に1人,AxenfeldRieger症候群とSturge-Weber症候群がそれぞれ約60万人に1人,無虹彩症と角膜ぶどう腫が各々約121万人に1人との報告5)がある.Down症候群に緑内障が合併する頻度ついては,わが国で0%との報告7)があり,海外でも多くの報告が1%以下であるとしている8.12).しかし一部に6.7%(4人)13),5.3%(10人)14),1.9%(3人)15)という報告もあるので緑内障の合併には注意が必要であるが,Down症候群児の出生が600.800人に1人であることから,発症率は0.01%以下と推定される.一方,Down症候群に伴う眼合併症には,瞼裂異常,屈折異常,眼球運動障害,涙道疾患,白内障のほか,円錐角膜16,17)やBrushfield斑17,18)といった膠原線維異常に起因した所見の報告が多い7.17)が,緑内障の合併はまれなこともあり,前述の疫学調査に含まれた症例のほかに症例報告がわずかにあるのみである.一般的に,発達緑内障は薬物療法に抵抗性を示し,眼球成長期の持続的な高眼圧が視機能障害の原因となるため,診断後早急に手術加療する必要がある3,4).視機能障害として,強度軸性近視のほか,菲薄化した角膜も術後の眼圧管理において注意すべき問題である.今回筆者らは,Down症に伴う両眼性の発達緑内障というまれな症例に対し,生後早期の線維柱帯切開術が奏効し,長期に良好な経過が得られている1例を経験したので報告する.I症例患児:6カ月,女児.家族歴:特記事項なし.現病歴:2005年6月20日,在胎38週,体重3,242gで出生した.生後1カ月検診でDown症候群を指摘され,眼科的精査のため同年10月19日に前医へ紹介された.軽度の筋緊張低下と巨舌を認めたが,心疾患や白血病などの重大な全身合併症は認めなかった.両眼に角膜浮腫および角膜混濁を認め眼圧が32.57mmHgであったため,0.5%チモロ上方左眼下方右眼図1全身麻酔下検査時(2006年2月21日,生後8カ月)の前眼部写真手術顕微鏡での前眼部観察のため上方が足側で下方が頭側,左側が右眼で右側が左眼である.下段はスリット照明による観察.両眼に軽度の角膜浮腫を認める.134あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016(134) 図2全身麻酔下検査時(2006年2月21日,生後8カ月)の隅角写真右眼下方の隅角.虹彩高位付着と一部に虹彩突起を認める.図4全身麻酔下検査時(2007年9月11日,2歳2カ月,術後19カ月)の左眼散瞳下検査上耳側の水晶体に混濁を認めた.手術顕微鏡での観察のため倒像.ール両眼2回を処方されたが,その後の眼圧も右眼39mmHg,左眼28mmHgと高値のため,2006年1月11日に金沢大学附属病院眼科へ紹介された.初診時所見:トリクロホスナトリウムによる催眠鎮静下で,眼圧は右眼32mmHg,左眼24mmHg(トノペンR)であった.手持ち細隙灯顕微鏡検査では,右眼に角膜浮腫・混濁を認め,左眼は角膜清明で,両眼とも前房は深く前房内に炎症所見は認めなかった.眼底検査では,両眼とも視神経乳頭に同心円状陥凹(陥凹乳頭径比0.7)を認めた.経過:乳幼児への安全性を考慮し,当科初診時に0.5%チモロール両眼2回をイソプロピルウノプロストン両眼2回とプリンゾラミド両眼2回に変更したうえで,2006年2月21日(生後8カ月)に全身麻酔下での眼科的精査を施行した.(135)図3全身麻酔下検査時(2006年2月21日,生後8カ月)の超音波生体顕微鏡検査上段が右眼耳側,下段が左眼下側の隅角.両眼とも虹彩の平坦化および菲薄化を認め,前房深度は深く,隅角は開大している.毛様体の扁平化と角膜の菲薄化も認める.眼圧は,右眼34mmHg,左眼33mmHg(トノペンR)で,両眼とも軽度の角膜浮腫を認めた(図1).両眼の角膜径は13×13mm(横径×縦径),中心角膜厚(centralcornealthickness:CCT)は,右眼468μm,左眼504μm,隅角所見では虹彩高位付着を認めた(図2).超音波生体顕微鏡では,前房深度が深く虹彩が平坦化(図3)していた.眼底所見は,両眼とも視神経乳頭に同心円状陥凹を認め,陥凹乳頭径比は両眼とも0.7であった.非散瞳下では中間透光体に明らかな異常は認めなかった.以上の所見から手術加療が必要と判断し,全身麻酔下検査に引き続き両眼の線維柱帯切開術を施行した.手術は右眼,左眼の順に施行した.手術手技:両眼とも同様に,①円蓋部基底で結膜切開し,②12時の強膜を止血して4×4mmの2重強膜弁を作製した後,③Schlemm管を開放し,④両側に径15mmのトラベクロトームを挿入後,⑤ゴニオプリズムでトラベクロトームの位置を確認して回転・抜去し,⑥深層弁を切除して浅層弁を10-0ナイロンRで2糸縫合後,結膜縫合した.術後経過:術後10日目のトリクロホスナトリウムによる催眠鎮静下での眼圧は,眼圧下降薬を使用することなく両眼15mmHg(トノペンR)であり,角膜浮腫も消失していた.あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016135 図5全身麻酔下検査時(2007年9月11日,2歳2カ月,術後19カ月)の右眼視神経乳頭手術顕微鏡下でスリット照明と硝子体レンズを使用して観察(倒像).手術時と比較し陥凹乳頭径比が0.3に減少していた.051015202530354045-1012345678910眼圧(mmHg)右眼(mmHg)左眼(mmHg)術後年数(year)図7眼圧経過生後246日,全身麻酔下で精査後,両眼TLO施行.術前までは,イソプロピルウノプロストンとプリンゾラミドを点眼していたが,術後より111カ月間,眼圧下降薬の点眼なしで,右11.6±3.0mmHg,左11.8±3.2mmHgを維持している.矢印:両眼トラベクロトミー施行,術後は両眼に眼圧下降薬の追加はしていない.その後も催眠鎮静下での測定眼圧は良好のまま経過し,外来通院にて経過観察を継続した.2007年9月11日(2歳2カ月,術後19カ月)に再び全身麻酔下で精査を行ったところ,角膜径は,右眼12.5mm(横径),左眼12.5mm(横径)と角膜径の増大は認めなかった.CCTは,右眼363μm,左眼369μmであり,術前に認めた角膜浮腫の影響がなくなったことで著明な菲薄化が確認された.眼軸長は右眼24.76mm,左眼24.80mm,屈折値は右136あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016図6眼底写真(2012年10月4日,7歳3カ月,術後79カ月)上段が右眼,下段が左眼の視神経乳頭写真.右眼陥凹乳頭径比はさらに減少した.眼:.11.50D(cyl.0.75DAx75°,左眼:.10.00D(cyl.3.00DAx90°(トロピカミド+フェニレフリン塩酸塩による調節麻痺下)と強度の軸性近視が認められた.この時期のTAC(TellerAcuityCards)による両眼視力は(0.02)であったため,屈折矯正眼鏡による弱視治療を開始した.また,左眼の瞳孔領から離れた白内障(図4)以外には,両眼とも中間透光体に明らかな異常は認めなかった.全身麻酔下の眼圧は,右眼10mmHg,左眼11mmHg(トノペンR)であり,陥凹乳頭径比は両眼0.3(右眼:図5)に減少していた.2010年11月4日(5歳4カ月,術後56カ月)に再び施行した全身麻酔下での精査では,角膜径は右眼12.5mm(横径),左眼12.5mm(横径)と変化は認めず,CCTは右眼395μm,左眼373μm,眼軸長は右眼25.62mm,左眼26.26mmであった.2012年10月4日(7歳3カ月,術後79カ月)に,トリク(136) ロホスナトリウムによる催眠鎮静下で検査を施行し,眼圧は右眼11mmHg,左眼12mmHg,陥凹乳頭径比は0.3であった(図6).この時期の屈折値は右眼:.12.00D(cyl.2.00DAx90°,左眼:.9.00D(cyl.1.00DAx90°(シクロペントレート調節麻痺下)であった.発達遅延のためLandolt環による視力検査はできなかったが,絵視標によるこの時期の視力は,VD=(0.1),VS=(0.1)であった.最終観察時である2015年6月4日(9歳11カ月,術後111カ月)にトリクロホスナトリウムによる催眠鎮静下で施行した検査では,眼圧が右眼12mmHg,左眼12mmHg,陥凹乳頭径比は0.3のままであった.この時期の屈折値は右眼:.12.50D(cyl.3.00DAx90°,左眼:.11.00D(シクロペントレート調節麻痺下)であった.絵視標によるこの時期の視力は,VD=(0.15),VS=(0.15)であった.術後111カ月間の眼圧は,眼圧下降薬の使用なしで,右眼11.6±3.0mmHg,左眼11.8±3.2mmHg(トノペンRおよびicareR)に安定していた(図7).II考按Down症候群は,21番染色体のトリソミーを呈する常染色体異常症で,わが国でも出生600.700人に対し1人と発症頻度が高く,多彩な全身合併症17)が知られており,眼合併症状も多岐にわたる7.17).緑内障の合併に関して,LizaSharminiらが6.7%(4例)と報告13)しているが,彼らの報告のなかの4例のうち,2例は発達緑内障,1例は緑内障疑い,1例は慢性ぶどう膜炎に伴う続発性緑内障であったと考察で述べている.Caputoらは5.3%(10例)と報告14)しているが詳細は不明であり,他の疫学調査報告8.10,12,15)も発達緑内障と記載されているものもあるが詳細不明である.一方で所見や治療経過などについて書かれた症例報告は,筆者らが調べた限りでは,Down症候群以外の先天異常を合併しないものでは,Traboulsiらの5症例の報告19),白柏らの1症例の報告20),McClellanらの1症例の報告21),およびJacobyらの1症例の報告22)のみである.しかし,McClellanらの症例は47歳で発症した毛様体ブロック緑内障,Jacobyらの症例は42歳で発症した悪性緑内障であり,どちらも発達緑内障ではない.また,Down症候群以外の先天異常も伴うものでは,Rieger奇形を伴っていたDarkらの報告23)と,ICE症候群を伴っていたGuptaらの報告24)があるが,どちらの報告もDown症候群ではないほうの先天異常に特徴的な所見が原因で緑内障を発症している.筆者らの症例のように,Down症候群以外の先天異常を伴わない発達緑内障であるTraboulsiらの5症例と白柏らの1症例について以下で比較検討してみる.なお,本症例を含め全症例でステロイド治療歴はない.隅角所見については,Traboulsiらの報告では1症例での(137)みで記載されており,両眼に虹彩根部からSchwalbe線に至る半透明膜を認め,右眼に線維柱帯から虹彩根部に伸びる白い虹彩歯状突起を認めたと記されている.また,白柏らの症例では右眼の虹彩高位付着と色素沈着と記されている.筆者らの症例も両眼の虹彩高位付着であった.治療に関して,Traboulsiらの症例は,4例が両眼でgoniotomyを施術され,1例が両眼でトラベクロトミーを施術されてすべて有効であったと記されている.白柏らの症例は,右眼のみの発症でND:YAGレーザー隅角穿刺術とbブロッカー点眼でいったん眼圧は正常化したが,再び上昇してトラベクロトミーを施術され,その後は緑内障点眼なしで経過良好であったと記されている.筆者らの症例もトラベクロトミーが奏効した.したがって,Down症候群の隅角異常は染色体異常との因果関係は不明だが,隅角所見と手術成績から他の発達緑内障と共通するものと考えられる.Catalanoはその希少性から染色体異常とは無関係に発症するものと考えている17).角膜厚について,Down症候群児では正常小児のCCT(500.600μm程度)より50μm程度薄いことが知られているが25,26),本症例での術後19カ月でのCCT(右眼363μm,左眼369μm)は,Down症候群児のCCTの平均値(約490μm)と比べて約25%も菲薄化していた.Traboulsiらの報告も白柏らの報告も角膜厚についての記載はなかった.薄い角膜厚によって眼圧測定値が過小評価されることが報告されており,角膜厚による眼圧補正に関して,Kohlhaasら27)が前房カニューラとGoldmann眼圧計を用いて導いた健常成人に対する眼圧補正回帰式ΔIOP=(.0.0423×CCT+23.28)mmHgを報告している.これによると,CCTが550μmよりも100μm薄いと約4mmHg眼圧が低く測定されることになる.しかし,これはCCTが462.705μmの範囲で決められたものであるうえ,Down症候群児では角膜性状が健常児と同等とは限らず,本症例に適用することはできない(本症例ではさらに眼圧測定にトノペンRおよびi-careRを使用した).したがって,先天異常を伴う発達緑内障では,角膜性状が先天異常の種類によってもまたDown症候群児間でも同等とは限らず,角膜厚もさまざまであるので,眼圧測定値を過去の文献データなどとは単純には比較できず,病状管理には眼圧以外の指標も重要である.本症例では,術後の乳頭陥凹の回復28)が維持されていたことから,術後の眼圧コントロールは良好であったと考えられる.白柏らの症例は20歳で発見された片眼の症例であるが,術後に乳頭陥凹が回復したことを乳頭形状立体解析装置(TopconIMAGEnet)によって証明している.乳頭陥凹の回復に関しては健常成人での報告もあり29,30),組織柔軟性が高い小児では陥凹乳頭径比が眼圧コントロールのよい指標である.しかし,早発型発達緑内障の術後で乳頭陥凹を認めない場合でも著明な眼軸伸長を認めた症例を松岡らが報告31)しており,眼軸長にも注あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016137 意が必要である.本症例では,2歳2カ月(術後19カ月)での眼軸長が25mm弱と,健常児の21.22mm32)に比べると3mm程度も長く,等価球面度数で.11.00D以上の強度軸性近視となっていた.Down症候群児に屈折異常が多いことは数多く報告されているが7.15,33),わが国において,富田らの報告では,健常児と同様に遠視が多いことが示されている一方で近視側には幅広い分布を示すことが示されており,.6D以上の強度近視が4.0%,そのうち.10D以上の強度近視も413眼中12眼(2.9%)に認めたと記されている7).また,伊藤らの報告も同様の傾向を示しており,.6.0D以上の強度近視が278眼中6眼(2.2%)に認めたと記されている33).彼らの報告にはどちらも緑内障の合併例はない.一方,発達緑内障を合併したDown症候群では,Traboulsiらの症例5例10眼中4例7眼が.8.00D以上の強度近視であった.したがって,Down症候群児では何らかの近視化要因があるために,早発型の発達緑内障を合併すると高眼圧による眼球伸展によってより高度の近視となる可能性がある.その機序として,薄い角膜,円錐角膜やBrushfield斑に関連する膠原線維異常が強膜にも存在し,眼圧負荷による眼球伸展が起こりやすいことが示唆される.本症例では,眼圧下降後の2歳2カ月(術後19カ月).5歳4カ月(術後57カ月)の38カ月間での眼軸伸長は,右眼で+0.86mm,左眼で+1.46mmであった.健常児の成長曲線31)によるとこの年齢では約+0.7±0.9mm(平均±標準偏差)の眼軸伸長があることから,本症例での眼軸伸長は健常児の2標準偏差以内にあり,眼軸伸長から推測すると眼圧経過は良好であったと考えられる.一方,弱視治療開始前の最高両眼視力(0.02)(TACで両眼視力しか測定できず)に対し,弱視治療開始から最終観察時までの絵視標による視力は,VD=(0.15),VS=(0.15)と向上していたが,こうした高度の軸性近視は弱視だけでなく網膜.離のリスクも高くなるので,強度近視に伴う眼底疾患にも注意が必要である.前述のTraboulsiらの5症例の報告では,強度近視の4例中,長期に経過観察できた2例が最終的には網膜.離により高度の視力障害を残したと記されている19).おわりに今回筆者らは,Down症候群を伴う両眼性の発達緑内障というまれな症例に対し,生後早期の線維柱帯切開術が奏効し10年という長期にわたり良好な経過が得られている1例を報告し,現在も経過観察中である.Down症候群では膠原線維異常も認められるが,1歳未満の急激な眼球成長期における高眼圧曝露が角膜の菲薄化と強度軸性近視を残したと考えられるため,できる限り早期に眼圧を正常化し,こうした視機能障害を軽減させることが重要である.138あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016文献1)日本緑内障学会:緑内障診療ガイドライン.日眼会誌116:1-46,20122)HenriquesMJ,VessaniRM,ReisFAetal:Cornealthicknessincongenitalglaucoma.JGlaucoma13:185-188,20043)前田秀高,根木昭:小児緑内障.眼科43:895-902,20014)勝島晴美:先天緑内障の治療.臨眼56:241-244,20025)滝沢麻里,白土城照,東郁郎:先天緑内障全国疫学調査結果(1992年度).あたらしい眼科12:811-813,19956)BardelliAM,HadjistilianouT,FrezzottiR:Etiologyofcongenitalglaucoma.Geneticandextrageneticfactors.OphthalmicPaediatrGenet6:265-270,19857)富田香,釣井ひとみ,大塚晴子ほか:ダウン症候群の小児304例の眼所見.日眼会誌117:749-760,20138)RoizenNJ,MetsMB,BlondisTA.:OphthalmicdisordersinchildrenwithDownsyndrome.DevMedChildNeurol36:594-600,19949)WongV,HoD:OcularabnormalitiesinDownsyndrome:ananalysisof140Chinesechildren.PediatrNeurol16:311-314,199710)KimJH,HwangJM,KimHJetal:CharacteristicocularfindingsinAsianchildrenwithDownsyndrome.Eye(Lond)16:710-714,200211)FimianiF,IovineA,CarelliRetal:IncidenceofocularpathologiesinItalianchildrenwithDownsyndrome.EurJOphthalmol17:817-822,200712)CreavinAL,BrownRD:OphthalmicabnormalitiesinchildrenwithDownsyndrome.JPediatrOphthalmolStrabismus46:76-82,200913)Liza-SharminiAT,AzlanZN,ZilfalilBA:OcularfindingsinMalaysianchildrenwithDownsyndrome.SingaporeMedJ47:14-19,200614)CaputoAR,WagnerRS,ReynoldsDRetal:Downsyndrome.Clinicalreviewofocularfeatures.ClinPediatr28:355-358,198915)KarlicaD,SkelinS,CulicVetal:TheophthalmicanomaliesinchildrenwithDownsyndromeinSplit-DalmatianCounty.CollAntropol35:1115-1118,201116)CullenJF,ButlerHG:Mongolism(Down’ssyndrome)andkeratoconus.BrJOphthalmol47:321-330,196317)CatalanoRA:Downsyndrome.SurvOphthalmol34:385-398,199018)DonaldsonDD:Thesignificanceofspottingoftheirisinmongoloids(Brushfield’sspots).ArchOphthalmol65:26-31,196119)TraboulsiEI,LevineE,MetsMBetal:InfantileglaucomainDown’ssyndrome(trisomy21).AmJOphthalmol105:389-394,198820)白柏麻子,白柏基宏,高木峰夫ほか:発育異常緑内障と種々の眼疾患を合併したダウン症候群の1例.眼紀41:21082111,199021)McClellanKA,BillsonFA:SpontaneousonsetofciliaryblockglaucomainacutehydropsinDown’ssyndrome.AustNZJOphthalmol16:325-327,1988(138) 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長期間留置された涙管チューブから涙囊炎を発症し角膜穿孔をきたした1例

2016年1月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科33(1):129.131,2016c長期間留置された涙管チューブから涙.炎を発症し角膜穿孔をきたした1例服部貴明柴田元子嶺崎輝海片平晴己本橋良祐熊倉重人後藤浩東京医科大学医学臨床系眼科学分野ACaseofCornealPerforationCausedbyDacryocystitisinPatientwithLong-termIndwellingofLacrimalIntubationTakaakiHattori,MotokoShibata,TerumiMinezaki,HarukiKatahira,RyousukeMotohashi,ShigetoKumakuraandHiroshiGotoDepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity長期間留置された涙管チューブによる涙.炎が誘因となった角膜穿孔の症例を報告する.症例:81歳,女性.抗菌薬治療に抵抗を示す角膜潰瘍が穿孔したとのことで紹介受診.初診時,左眼に多量の眼脂があり,角膜の下鼻側周辺部が穿孔していた.上下涙点には涙管チューブが留置されており,涙点から眼脂が出ていた.涙管チューブを抜去し通水試験を施行したところ,涙道は閉塞しており,多量の膿性眼脂が逆流してきた.角膜穿孔に対して遊離自己結膜弁移植を行い,涙.洗浄を連日施行した.涙道からの膿性眼脂の培養検査からは,緑膿菌,a溶血性連鎖球菌,Pasteurellamultocidaが検出された.術後は,抗菌薬の頻回点眼および点滴静注を行ったところ,移植した遊離結膜弁は生着し,穿孔は閉鎖された.角膜周辺部に潰瘍を生じた場合,涙小管炎や涙.炎による角膜潰瘍の可能性も考慮するとともに,涙道病変に対する治療も同時に行う必要がある.Weherereportacaseofcornealperforationcausedbydacryocystitisinan86-year-oldfemalewithlong-termindwellingoflacrimalintubation.Shewasreferredtoourhospitalwithcornealperforationthatwasresistanttoantibiotictreatment.Theperforationwasfoundatthelowernasalsideoftheperipheralcorneainherlefteye,withmassivedischarge.Therewaslacrimalintubationintheupperandlowernasolacrimalduct.Atthetimeoftuberemoval,massivedischargewasobserveduponlacrimalirrigation.BacterialcultureofthelacrimaldischargeshowedPseudomonasaeruginosa,alpha-streptococcusandPasteurellamultocida.Weperformedconjunctivalauto-graftingontheperforatedcornea.Theautograftwasacceptedandcornealperforationwasclosedwithdailylacrimaldrainageandfocalantibiotictreatment.Whenperipheralcornealulcerandperforationareresistanttoantibiotictherapy,canaliculitisanddacryocystitisshouldbesuspectedandsimultaneouslymanaged.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(1):129.131,2016〕Keywords:角膜穿孔,角膜潰瘍,涙.炎,涙小管炎.cornealperforation,cornealulcer,canaliculitis,dacryocystitis.はじめに角膜潰瘍の原因は感染性と非感染性に分類される.一般的に感染性の角膜潰瘍は角膜中央部に生じ,非感染性の角膜潰瘍は角膜周辺部に生じやすい傾向にある.非感染性角膜潰瘍の代表的な疾患として,Mooren角膜潰瘍,膠原病に伴う周辺部角膜潰瘍,カタル性角膜潰瘍などがあげられる.Mooren角膜潰瘍や膠原病に伴う周辺部角膜潰瘍は治療に抵抗し,角膜穿孔をきたすこともある.一方,報告例は少ないが,慢性涙.炎により非感染性の周辺部角膜潰瘍を生じることが知られている1.3).今回筆者らは,長期に涙管チューブが留置されたことにより涙.炎を発症し,角膜周辺部に穿孔をきたした症例を経験〔別刷請求先〕服部貴明:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学医学臨床系眼科学分野Reprintrequests:TakaakiHattoriM.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity,Nishishinjuku6-7-1,Shinjukuku,Tokyo160-0023,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(129)129 したので報告する.I症例患者:81歳,女性.主訴:左眼の視力低下,疼痛,眼脂.既往歴:約10年前,左眼の鼻涙管閉塞に対し涙管チューブ挿入術が施行されていた.関節リウマチ,その他の膠原病の既往はない.現病歴:2013年5月,左眼の疼痛,眼脂が出現したため近医を受診したところ,レボフロキサシン点眼,ベタメタゾン点眼を処方された.症状の改善が得られなかったため他の医院を受診したところ,レボフロキサシン点眼,ベタメタゾン点眼は中止され,トスフロキサシン点眼,オフロキサシン眼軟膏,セフカペン内服が処方された.しかし,これらの治療も奏効せず,角膜穿孔をきたしたため,東京医科大学病院眼科を紹介され受診となった.初診時所見:視力は右眼0.4(0.7×+1.00D(cyl.0.50DAx120°),左眼0.02(0.03×+1.00D).左眼には多量の眼脂があり,下鼻側の角膜周辺部が穿孔していたが,穿孔部およびその周囲の角膜には明らかな細胞浸潤はなかった(図1a).穿孔部には虹彩が嵌頓しており,前房は消失して前房水の漏出がみられた.また,上下の涙点には涙管チューブが挿入されており,涙点から眼脂が漏出していた(図1b).なお,上下の涙点周囲には発赤や腫脹,隆起などの所見はなかった.経過:当院の初診当日,左眼の涙管チューブを抜去して通水試験を施行したところ,涙道は閉塞しており多量の膿性眼脂の逆流を認めた.この膿性眼脂を培養した結果,後に緑膿菌(1+),a溶血性連鎖球菌(1+),Pasteurellamultocida(ごく少量)が検出された.また同日,角膜穿孔部に対して患眼から作製した遊離自己結膜弁を移植し,治療用コンタクトレンズを装用させた.同時に,涙小管内を掻爬したが,菌石や菌塊は認めなかった.その後は0.5%レボフロキサシン点眼(1時間毎),0.5%セフメノキシム点眼(1時間毎),ピペラシリンナトリウム点滴静注,および0.05%グルコン酸クロルヘキシジンによる涙.洗浄を連日行った.これらの治療により涙道の通過障害は徐々に改善し,涙点からの膿性眼脂の逆流も消失した.また,角膜穿孔部の遊離結膜弁は生着し,穿孔創を閉鎖することができた(図2).II考按本症例が角膜穿孔をきたした原因としていくつかの理由が考えられる.一つは角膜に直接病原体が感染し,角膜潰瘍をきたして穿孔した可能性である.通常,感染性角膜潰瘍では角膜実質に強い浸潤,混濁を伴い,穿孔をきたすほどの症例130あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016ab図1初診時の左眼前眼部a:左眼の結膜は充血し,多量の眼脂があった.7時の周辺角膜が穿孔し,虹彩が嵌頓している.b:涙管チューブが留置されており,上下涙点から多量の眼脂が漏出している(.).図2初診から21日目の左前眼部角膜穿孔部は遊離自己結膜弁により被覆され,閉鎖している.では前房蓄膿を含む激しい前房炎症を伴っていることが多い.しかし,本症例では潰瘍辺縁の角膜実質の浸潤はほとんどなく前房炎症も軽微であった.これらのことから本症例の場合,角膜に直接病原体が感染し,角膜穿孔の原因となった可能性は低いと考えられる.他の原因としては免疫原性の角膜潰瘍が考えられるが,膠原病などの既往もなく,この可能性も低いと思われる.さらに穿孔が下鼻側であったことか(130) ら,涙管チューブによる慢性の機械的な刺激により角膜穿孔をきたした可能性も考えられる.しかし,チューブは正しく挿入されており,角膜に接触していた可能性は低く,チューブによる機械的刺激による角膜穿孔も考えにくい.その他の原因として,涙小管炎や涙.炎による角膜潰瘍や角膜穿孔の可能性が推定される1.3).本症例も涙管チューブ抜去後の涙.洗浄の際に多量の膿性眼脂が逆流し,培養では複数の細菌が検出された.涙小管炎に特徴的な涙点の隆起や,涙小管内からの菌石,菌塊の検出はなかったが,通水試験では鼻涙管の通過障害が確認された.以上より,涙管チューブが長期に留置されていたことにより,涙道内に細菌感染が引き起こされ,慢性涙.炎の状態になっていた可能性が考えられ,これが角膜穿孔の誘因であると推測した.先に述べたように,本症例と同様に涙小管炎や涙.炎では角膜潰瘍や角膜穿孔をきたすことが報告されているが,その発症メカニズムは不明である.Cohnらは慢性涙.炎に合併した周辺部角膜潰瘍で涙.内から連鎖球菌が培養されたが,角膜潰瘍部からは菌が検出されなかったと報告している3).また,本症例と同様に,他の報告でも角膜潰瘍は抗菌薬に対してほとんど反応していない1,2).以上のことから,涙小管炎や涙.炎に角膜潰瘍が合併するメカニズムは,菌の感染による直接的な侵襲ではなく,涙小管炎や涙.炎により涙道内で産生された菌の毒素,マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)やライソゾームなどが眼表面に逆流し,角膜潰瘍を発症させている可能性が考られる.一方,涙小管炎や涙.炎によって角膜穿孔を生じることはまれである.これは先に述べたような角膜潰瘍を生じさせる何らかの物質を産生するようになる症例がまれであるか,もしくは角膜潰瘍の発生にはさらに宿主側の因子が関与しており,これらの要因がすべて揃うことで潰瘍を形成するのではないかと考えている.涙管チューブを長期的に留置することについてはさまざまな意見がある.涙管チューブ抜去後の再閉塞が高率に起こる疾患も存在し,長期的に涙管チューブを留置せざるをえない症例があることも事実である.しかし,涙管チューブ留置は感染や,肉芽腫形成などの合併症が報告されている4.7).涙管チューブを留置する場合には,これらの合併症への対処が必要と考える.本症例では,涙.炎が角膜を融解させた原因として推察されたため,涙.炎のコントロールが結膜弁の生着にとって重要と考え,頻回の涙.洗浄を行った.その結果,涙.炎は鎭静化し結膜弁を生着させることができた.すなわち,涙.炎,涙小管炎に合併した角膜潰瘍では,角膜潰瘍への治療のみならず涙小管の掻爬や涙.洗浄などによる涙道病変のコントロールが重要であると考えられた.文献1)芝野宏子,日比野剛,福田昌彦ほか:慢性涙.炎が原因と考えられた周辺部角膜潰瘍の3例.眼臨101:755-758,20072)日野智之,外園千恵,東原尚代ほか:慢性涙.炎が契機と考えられた角膜潰瘍の3症例.あたらしい眼科31:567570,20143)CohnH,MondinoBJ,BrownSIetal:Marginalcornealulcerswithacutebetastreptococcalconjunctivitisandchronicdacryocystitis.AmJOphthalmol87:541-543,19794)坂井譲,渡部真樹子:抗癌薬TS-1による涙道障害に対して行った涙管チューブ留置中に細菌性角膜炎を発症した1例.あたらしい眼科30:1302-1304,20135)岩崎雄,陳華:停留チューブに形成された涙石を伴う涙.炎の1例.眼科手術27:607-613,20146)三村真士,植木麻理,布谷健太郎ほか:涙管チューブ挿入後に発生した涙道肉芽組織に対する治療.眼臨紀6:145,20137)三村真士,植木麻理,今川幸宏ほか:涙管チューブに対するアレルギーが原因と思われた術後炎症性肉芽腫の2例.眼臨紀5:475-476,2012***(131)あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016131

若年発症2型増殖糖尿病網膜症の予後不良例

2016年1月31日 日曜日

1246101,23,No.3《第20回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科33(1):124.128,2016cはじめに近年,増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopa-thy:PDR)に対する硝子体手術は,手術機器の進歩や手術手技の向上に伴い手術成績が向上している1).また術前の抗血管内皮増殖因子の硝子体内注入などにより,手術の安全性も向上している2).しかし一方で,なお治療困難例や予後不良例が存在することも事実である.2型糖尿病患者においては,40歳未満の若年者のPDR例は比較的少ない.今回筆者らは,PDR発症時年齢および初回手術時年齢が40歳未満の2型糖尿病患者で,PDRに対し複数回の手術を施行したが,予後不良であった症例を4例経験したので報告する.I対象および方法対象は2007年1月.2012年2月の6年間に,2型糖尿病によるPDRに対し初回硝子体手術を行い,PDR発症時年齢および初回手術時年齢が40歳未満の連続症例4例8眼である.全症例とも初回硝子体手術後,経過観察が可能であり,複数回の追加手術を要した.手術はすべて同一術者が施行した(ND).白内障手術および硝子体手術は,アキュラス(日本アルコン社)もしくはコンステレーションビジョンシステム(日本アルコン社)を使〔別刷請求先〕藤原悠子:〒892-0824鹿児島市堀江町17-1公益財団法人慈愛会今村病院眼科Reprintrequests:YukoFujiwara,DepartmentofOpthalmology,FoundationJiaikai,ImamuraHospital,17-1Horie-cho,Kagoshima892-0824,JAPAN若年発症2型増殖糖尿病網膜症の予後不良例藤原悠子*1,2土居範仁*1坂本泰二*2*1慈愛会今村病院眼科*2鹿児島大学大学院医歯学総合研究科眼科PoorOutcomeofProliferativeRetinopathyCasesamongYoungInsulin-independentDiabeticsYukoFujiwara1,2),NorihitoDoi1)andTaijiSakamoto2)1)DepartmentofOphthalmology,JiaikaiImamuraHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KagoshimaUniversityGraduateSchoolofMedicineandDentalScience若年発症の増殖糖尿病網膜症は,活動性が高く治療困難例も少なくない.多くは1型で,若年発症2型糖尿病患者の治療成績や転機についての報告はほとんどない.筆者らは2型糖尿病の指摘時年齢および初回硝子体手術時年齢が40歳未満で予後不良であった症例を4例経験した.糖尿病診断時年齢は平均21歳.4例中3例で長期間(平均5.8年)無治療放置期間があり,当科初診時には全例両眼とも増殖糖尿病網膜症であった.平均手術回数は6.1回.8眼中6眼は最終的に増殖硝子体網膜症となり網膜復位が得られなかった.最終視力は,0.1以下が4眼,光覚を失ったものが4眼であり,きわめて予後不良であった.Amongyounginsulin-independentdiabeticpatients,asignificantnumberdevelopthesevereformofdiabeticretinopathy,althoughtheyaremoreoftenreportedastype1(insulin-dependent)diabetesthanastype2(insulin-independent)diabetes.Wedescribe4patients(8eyes)diagnosedastype2diabeticswho,whentheyunderwentinitialvitreoussurgerybeforetheageof40,hadfinalvisualacuityrankedaspoor.Theiraverageageatdiabetesdiagnosiswas21years.In3ofthe4,duringalongperiodoftimetheyreceivednotreatment.AllwerediagnosedwithPDRatfirstvisittoourdepartment,andrequiredanaverageof6.1surgeriesduringthecourse.Ofthe8eyes,6eventuallydevelopedproliferativevitreoretinopathy,withnorepairofretinaldetachment.Finalvisualacu-itieswere0.1orlessin4eyesandnolightperceptionin4eyes;allpatientshadextremelypooroutcomes.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(1):124.128,2016〕Keywords:増殖糖尿病網膜症,早期発症2型糖尿病,硝子体手術,予後.proliferativediabeticretinopathy,ear-ly-onsettype2diabetes,vitreoussurgery,prognosis.124(124)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第20回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科33(1):124.128,2016cはじめに近年,増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopa-thy:PDR)に対する硝子体手術は,手術機器の進歩や手術手技の向上に伴い手術成績が向上している1).また術前の抗血管内皮増殖因子の硝子体内注入などにより,手術の安全性も向上している2).しかし一方で,なお治療困難例や予後不良例が存在することも事実である.2型糖尿病患者においては,40歳未満の若年者のPDR例は比較的少ない.今回筆者らは,PDR発症時年齢および初回手術時年齢が40歳未満の2型糖尿病患者で,PDRに対し複数回の手術を施行したが,予後不良であった症例を4例経験したので報告する.I対象および方法対象は2007年1月.2012年2月の6年間に,2型糖尿病によるPDRに対し初回硝子体手術を行い,PDR発症時年齢および初回手術時年齢が40歳未満の連続症例4例8眼である.全症例とも初回硝子体手術後,経過観察が可能であり,複数回の追加手術を要した.手術はすべて同一術者が施行した(ND).白内障手術および硝子体手術は,アキュラス(日本アルコン社)もしくはコンステレーションビジョンシステム(日本アルコン社)を使〔別刷請求先〕藤原悠子:〒892-0824鹿児島市堀江町17-1公益財団法人慈愛会今村病院眼科Reprintrequests:YukoFujiwara,DepartmentofOpthalmology,FoundationJiaikai,ImamuraHospital,17-1Horie-cho,Kagoshima892-0824,JAPAN若年発症2型増殖糖尿病網膜症の予後不良例藤原悠子*1,2土居範仁*1坂本泰二*2*1慈愛会今村病院眼科*2鹿児島大学大学院医歯学総合研究科眼科PoorOutcomeofProliferativeRetinopathyCasesamongYoungInsulin-independentDiabeticsYukoFujiwara1,2),NorihitoDoi1)andTaijiSakamoto2)1)DepartmentofOphthalmology,JiaikaiImamuraHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KagoshimaUniversityGraduateSchoolofMedicineandDentalScience若年発症の増殖糖尿病網膜症は,活動性が高く治療困難例も少なくない.多くは1型で,若年発症2型糖尿病患者の治療成績や転機についての報告はほとんどない.筆者らは2型糖尿病の指摘時年齢および初回硝子体手術時年齢が40歳未満で予後不良であった症例を4例経験した.糖尿病診断時年齢は平均21歳.4例中3例で長期間(平均5.8年)無治療放置期間があり,当科初診時には全例両眼とも増殖糖尿病網膜症であった.平均手術回数は6.1回.8眼中6眼は最終的に増殖硝子体網膜症となり網膜復位が得られなかった.最終視力は,0.1以下が4眼,光覚を失ったものが4眼であり,きわめて予後不良であった.Amongyounginsulin-independentdiabeticpatients,asignificantnumberdevelopthesevereformofdiabeticretinopathy,althoughtheyaremoreoftenreportedastype1(insulin-dependent)diabetesthanastype2(insulin-independent)diabetes.Wedescribe4patients(8eyes)diagnosedastype2diabeticswho,whentheyunderwentinitialvitreoussurgerybeforetheageof40,hadfinalvisualacuityrankedaspoor.Theiraverageageatdiabetesdiagnosiswas21years.In3ofthe4,duringalongperiodoftimetheyreceivednotreatment.AllwerediagnosedwithPDRatfirstvisittoourdepartment,andrequiredanaverageof6.1surgeriesduringthecourse.Ofthe8eyes,6eventuallydevelopedproliferativevitreoretinopathy,withnorepairofretinaldetachment.Finalvisualacu-itieswere0.1orlessin4eyesandnolightperceptionin4eyes;allpatientshadextremelypooroutcomes.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(1):124.128,2016〕Keywords:増殖糖尿病網膜症,早期発症2型糖尿病,硝子体手術,予後.proliferativediabeticretinopathy,ear-ly-onsettype2diabetes,vitreoussurgery,prognosis.124(124)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY 用した25ゲージ(G)経結膜小切開硝子体手術を施行した.方法は3-portsystemによる経毛様体扁平部硝子体切除術(parsplanavitrectomy:PPV)で,初回硝子体手術時,全例後部硝子体未.離であったため人工的に後部硝子体.離を起こし,増殖組織を除去し,可能な限り周辺部まで硝子体を切除した後,眼内光凝固を行った.また周辺まで硝子体を切除するため,初回硝子体手術時に水晶体摘出を併施した.II結果表1~3に全症例の背景・結果を示す.4例中3例は男性,1例は女性.2型糖尿病診断時年齢は平均21歳.加療開始まで平均5.8年の無治療放置期間があり,4例中3例に治療中断歴があった.内科加療開始時の平均HbA1C(JDS)は11.5%であった.当科初診時年齢は平均29歳で,内科加療開始から平均1.75年後で平均HbA1C(JDS)は8.3%,4例中3例が血圧コントロール不良もしくは高血圧加療開始後であった(表1).当科初診時全例両眼ともPDRであり,8眼中3眼は血管新生緑内障(neovascularglaucoma:NVG)を併発していた.網膜光凝固術の既往があるのは8眼中2眼のみであったが未完成であり,それ以外の症例は硝子体出血(vitreoushemorrhage:VH)のため術前に網膜光凝固を施行することが困難であった.初回硝子体手術時,8眼中5眼表1全症例の当科初診時の全身状態背景症例性別診断時年齢(歳)加療開始までの期間(年)糖尿病加療中断の有無家族歴内科加療開始時HbA1C(%)(JDS値)内科加療開始からの期間(年)HbA1C(%)(JDS値)当科初診時HbCr血圧(mmHg)降圧薬内服の有無1M258.+9.909.915.70.6154/100.2M165++11.858.613.01.01160/92+3F1310+.12.619.012.60.39117/70.4平均M312105.8++11.611.511.755.68.312.11.8613.40.96128/79139/85+JDS:JapanDiabetesSociety.表2全症例の当科初診時眼状態および初回硝子体手術内容症例年齢(歳)DR病期当科初診時状態視力眼圧(mmHg)PRPの有無年齢(歳)手術適応所見術式初回硝子体手術タンポナーデの有無と種類増殖膜の象限数意図的・医原性裂孔の数レーザー数術中網膜1右眼左眼右眼33PDRNVGPDRNVGPDR0.5360.3220.713…343427NVGVHNVGVHVHSF62SF62.30401,5871,5711,400234平均左眼右眼左眼右眼左眼26243229PDRPDRPDRPDRNVGPDR0.5160.1180.01150.04270.81920.8…未完成未完成272424323229.3PPLPPVVHTRDVHTRDVHTRDNVGNVGTRDSO4.4SO4.3SO33.125002021復位1,8141,0461,0821,2591,3731,329DR:糖尿病網膜症,PDR:増殖糖尿病網膜症,NVG:血管新生緑内障,PRP:汎網膜光凝固術,VH:硝子体出血,TRD:牽引性網膜.離,SF6:六フッ化硫黄,SO:シリコーンオイル,PPL:経毛様体扁平部水晶体切除術,PPV:経毛様体扁平部硝子体切除術.(125)あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016125 表3全症例の最終結果症例観察期間(月)手術回数(回)眼所見最終視力最終眼圧(mmHg)1右眼左眼8545293247.87695451126.1PVR・眼球癆PVR・眼球癆PVRPVRPVRPVRNVGNVG光覚なし光覚なし光覚弁光覚弁光覚弁光覚なし0.08光覚なし..991612151192右眼左眼3右眼左眼4右眼左眼平均PVR:増殖硝子体網膜症,NVG:血管新生緑内障.図1症例3の初診時所見24歳,女性.両眼ともに硝子体出血と牽引性網膜.離を伴う増殖糖尿病網膜症.網膜光凝固術の既往はない.はタンポナーデを要した(表2).平均観察期間は47.8カ月で,平均手術回数は6.1回であった.初回手術後,全症例で複数回の再手術を施行した.再手術内容は,網膜.離の再発または術後非復位に対しては,4眼にガスまたはシリコーンオイル(siliconeoil:SO)によるタンポナーデを用いたPPVを施行した.NVGに対しては,当科初診時にNVGを併発していた症例は3眼,経過観察中に中に発症した症例が1眼あり計4眼にPPVの際に毛様体光凝固を併施した.3眼に円蓋部基底結膜切開による線維柱帯切除術もしくはエクスプレス緑内障フィルトレーションデバイス(日本アルコン社)挿入を施行した.8眼中6眼は最終的に増殖硝子体網膜症(proliferativevitreoretinopathy:PVR)となり網膜復位が得られなかった.最終視力は,0.1以下が4眼でそのうち3眼は光覚弁,また光覚を失ったものが4眼で,きわめて予後不良であった(表3).III症例呈示〔症例3〕24歳,女性.13歳時に学校検診で尿糖を指摘され入院加療を受けるが,退院後通院していなかった.16歳時,下肢骨.腫手術の際に糖尿病を指摘され,内科加療を再開したが自己中断した.2010年23歳時に倦怠感で近医を受診し,HbA1C12.6%(JDS値)と高値で加療を再開したが,不定期受診であった.2011年10月急に視力低下を自覚し,近医眼科を受診,両眼ともPDRを指摘され,網膜光凝固術を予定していたがVHを発症し,2011年11月28日当科紹介受診となった.初診時所見:VD=(0.1×sph.2.25D(cyl.2.25DAx5°),VS=0.01(n.c.),Tod=18mmHg,Tos=15mmHg.両眼ともにVH・牽引性網膜.離(tractionretinaldetachment:TRD)を伴うPDRであり光凝固の既往はなかった(図1).HbA1C9.0%(JDS値),血圧は117/70mmHgであった.初診後,内科加療を再開した.経過(右眼):網膜光凝固術はVHのため困難であり,2012年1月5日経毛様体扁平部水晶体切除術(parsplanalensectomy:PPL)+PPVを施行した.その後VHとTRDが再燃し,2012年1月12日硝子体手術+SO注入術を施行(126) 図2症例3の最終時所見両眼ともに網膜切除を要した.右眼は部分的な網膜.離が残存している.左眼は増殖硝子体網膜症となり,網膜復位は得られなかった.したが,その後も強固な増殖膜とTRDが再燃し,同年2月9日輪状締結術+PPV+網膜切除(耳・鼻側周辺2象限)+SO注入術,同年3月29日PPV+網膜切除(下方周辺1象限)+SO注入術を施行した.その後NVGとなるが,薬剤で眼圧コントロールが得られている.部分的な網膜.離は残存している.経過(左眼):右眼と同様,網膜光凝固術はVHのため困難であり,2011年12月13日PPL+PPV+SO注入術を施行した.その後も強固な増殖膜とTRDが再燃し,2012年2月2日PPV+網膜切除(下鼻側周辺1象限)+SO注入術を施行,その後も強固な増殖膜とTRDが再燃し,同年3月1日輪状締結術+PPV+網膜切除(上鼻側周辺1象限)+SO注入術,同年5月22日PPV+SO注入術,2013年2月19日PPV+網膜切除(耳側周辺1象限)+SO注入術を施行したが,増殖硝子体網膜症(PVR)となり,網膜復位は得られなかった(図2).IV考察若年発症PDRの報告は,1型糖尿病に比べて2型糖尿病では少ない.Steelら3)は血糖コントロールが良好であったにもかかわらず,2型糖尿病と診断されてから数年以内に急速にPDRに進行し,予後不良であった40歳未満の症例を報告している.同じ若年発症でも1型糖尿病は加療中断により身体症状を伴うのに対し,2型糖尿病は身体症状が発現しにくいため,内科加療開始が遅れやすく治療の自己中断にもつながりやすい.それに伴い眼科受診も遅れやすい.今回筆者らが経験した症例でも,糖尿病の診断から内科加療開始まで平均5.8年の放置期間があり,その後も症例1以外で治療中断歴があった.眼科定期受診もほとんど行われていない状況であった.当科初診時すでに全例がPDRで,網膜光凝固術の既往があるのは症例4のみであったが未完成であり,それ以外の症例はVHを認め術前に網膜光凝固を施行することが困難であった.また初回硝子体手術時8眼中7眼はNVGやTRDを併発しており,8眼中5眼は初回手術時にタンポナーデを必要とした.10代で糖尿病を発症した症例では,親の理解不足もあり内科加療が中断されていた時期があった.網膜光凝固術を勧められても拒否していた例もあり,コンプライアンス不良であることが網膜症進行を助長し,術後視力転帰に影響した可能性がある.30歳未満の若年発症2型糖尿病患者では,糖尿病罹患期間だけではなく,わずかな血圧上昇もPDRへの進行のリスクファクターであるとの報告がある4).筆者らの症例でも4例中3例が血圧コントロール不良もしくは高血圧加療開始後であった.本症例のうち2例は10代で糖尿病の指摘を受けている.欧米では小児の糖尿病のほとんどが1型糖尿病であり,20歳以下の2型糖尿病の発症は数%に過ぎないのに対し,わが国では小児期発症2型糖尿病患者が多い特徴がある5).2型糖尿病では,発症年齢が18.45歳未満の若年発症群のほうが,45歳以上の発症群と比較して,微小血管障害を2倍起こしやすいという報告がある6).また発症年齢が40歳未満群と40歳以上群では,40歳未満群のほうが糖尿病発症から10年後,20年後のいずれも有意に糖尿病網膜症の発症率が高かったという報告もある7).(127)あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016127 小児期に糖尿病を発見する有用な手段として学校検尿検査での尿糖検査があるが,それでの2型糖尿病の発見は,1981年以前は1年間で10万人につき1.74人であるのに対し,それ以降は2.76人と1.5倍に増加している8).また15歳未満発症の2型糖尿病患者では,同年代の1型糖尿病患者と比較してPDRが多い傾向にあり,糖尿病治療の1980年代初診群と1990年代初診群の比較では,1990年代のほうがPDR発症頻度が増加している5).またRajalakshmiら9)は10.25歳に糖尿病を診断された若年発症患者では,視力に影響する糖尿病網膜症の罹患率は糖尿病発症から15年を超えると急増し,1型糖尿病では44.1%,2型糖尿病では52.5%と2型で多く,さらに1型糖尿病では発症から10年未満は同様の網膜症発症患者の罹患率は0%なのに対し,2型糖尿病では5年未満でも14.3%であったと報告している.これらから若年発症2型糖尿病患者は増加することが懸念されており,今回報告したような難治例が増加することが考えられる.今回経験した4症例は,いずれも当科初診時点で全例PDRであり,それ以前の眼科受診歴も乏しいものであった.若年発症例では,糖尿病発症時点で家族を含めた病気への理解を深める必要があるとともに,内科・眼科の連携がより重要であると思われた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)鎌田研太郎,臼井嘉彦,坂本純平ほか:増殖糖尿病網膜症に対する早期硝子体手術の成績.臨眼101:385-390,20072)澤田英子,安藤伸朗:増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術後の視力経過.日眼会誌111:407-410,20073)SteelJM,ShenfieldGM,DuncanLJ:Rapidonsetproliferativeretinopathyinyounginsurin-independentdiabetics.BMJ2:852,19764)OkudairaM,YokoyamaH,OtaniTetal:Slightlyelevatedbloodpressureaswellaspoormetaboliccontrolareriskfactorsfortheprogressionofretinopathyinearly-onsetJapanesetype2diabetes.JDiabetesComplications14:281-287,20005)奥平真紀,内潟安子,大谷敏嘉ほか:80年代と90年代に初診した15歳未満発見糖尿病患者の合併症頻度の比較.糖尿病47:521-526,20046)HillierTH,PedulaKL:Complicationinyoungadultswithearly-onsettype2diabetes.DiabetesCare26:2999-3005,20037)SongSH,GrayTA:Early-onsettype2diabetes:highriskforprematurediabeticretinopathy.DiabetesResClinPract94:207-211,20118)岩本安彦,田嶼尚子,西村理明ほか:若年発症2型糖尿病調査研究委員会報告─若年発症2型糖尿病の実態に関する予備的調査─.糖尿病51:285-287,20089)RajalakshmiR,AmuthaA,RanjaniHetal:PrevalenceandriskfactorsfordiabeticretinopathyinAsianIndianswithyoungonsettype1andtype2diabetes.JDiabetesComplications28:291-297,201410)AhmadSS,GhaniSA:Floriddiabeticretinopathyinayoungpatient.JOphthalmicVisRes7:84-87,201211)LeNguyenTD,MilesR,SavagePJetal:Theassociationofplasmafibrinogenconcentrationwithdiabeticmicrovascularcomplicationsinyoungadultswithearly-onsetoftype2diabetes.DiabetesResClinPract82:317-323,2008***(128)

糖尿病患者の眼底スクリーニング ─散瞳2方向と4方向カラー撮影の比較─

2016年1月31日 日曜日

《第20回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科33(1):119.123,2016c糖尿病患者の眼底スクリーニング─散瞳2方向と4方向カラー撮影の比較─反保宏信*1大河原百合子*1高橋秀徳*1牧野伸二*1佐藤幸裕*2*1自治医科大学眼科学講座*2自治医科大学糖尿病センターFundusScreeninginDiabeticPatients:Comparisonbetween2-Fieldand4-FieldColorFundusPhotographyUsingMydriaticDigitalFundusCameraHironobuTampo1),YurikoOkawara1),HidenoriTakahashi1),ShinjiMakino1)andYukihiroSato2)1)DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversityDiabeticCenter目的:散瞳下での2方向と4方向カラー眼底撮影を,9方向蛍光眼底造影(FA)を含めて比較し,2方向の病期診断における有用性を検討した.方法:散瞳下に画角50°のデジタルカメラで,1眼につき2,4方向カラー撮影と9方向FAを行った167例287眼を後ろ向きに調査した.2,4方向カラー撮影,FAの順に判定し,網膜症なし,単純,前増殖,増殖網膜症に病期分類して比較した.結果:2方向と4方向カラー撮影の病期診断一致率は97%であった.また,2方向とFAの一致は84%,4方向とFAの一致は87%であり,有意差はなかった.FAでの病期診断との一致率を2方向,4方向で見ると,単純網膜症で95%,97%,前増殖網膜症で87%,88%,増殖網膜症で61%,72%であり,2方向と4方向で差がないものの,病期が進行するに伴い低率となった.結論:2方向と4方向の病期診断はほぼ一致しており,2方向で十分と考えられるが,前増殖網膜症や増殖網膜症の診断には限界があることに留意する必要がある.Purpose:Toevaluatetheefficacyof2-fieldcolorfundusphotographsforgradingretinopathystages,wecompared2-fieldand4-fieldcolorfundusphotographs,includingthoseobtainedusing9-fieldfluoresceinangiography(FA).Methods:Weretrospectivelystudied287eyesof165casesthathadundergone2-fieldand4-fieldcolorfundusphotographyand9-fieldFA.Classificationintonoretinopathy,simple,preproliferativeandproliferativestageswasinitiallyperformedusing2-fieldcolorfundusphotographs,then4-fieldcolorfundusphotographsandfinallyFA.Results:Agreementonretinopathystagesbetween2-fieldand4-fieldcolorfundusphotographswas97%.Agreementbetween2-fieldcolorfundusphotographsandFA,andbetween4-fieldcolorfundusphotographsandFA,was84%and87%,respectively.Therewasnosignificantdifferenceineitherofthesecomparisons.RespectiveagreementonretinopathystagesbetweenFAand2-field,and4-fieldcolorfundusphotographs,was95%and97%insimpleretinopathy,87%and88%inpreproliferativeretinopathy,and61%and72%inproliferativeretinopathy.Therewerenosignificantdifferencesbetween2-fieldand4-fieldcolorfundusphotographs.However,theagreementratesdecreasedastheretinopathystageadvanced.Conclusion:Sinceretinopathystagesjudgedusing2-fieldand4-fieldcolorfundusphotographsagreedverywell,weconcludedthatitisappropriatetojudgeretinopathystagesusing2-fieldcolorfundusphotographs.However,limitationsinthediagnosisofpreproliferativeandproliferativeretinopathyshouldbetakenintoaccount.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(1):119.123,2016〕Keywords:眼底スクリーニング,糖尿病症例,散瞳眼底カメラ,糖尿病網膜症,カラー眼底撮影,蛍光眼底造影.fundusscreening,diabeticcases,mydriaticfunduscamera,diabeticretinopathy,colorfundusphotography,fluoresceinangiography.〔別刷請求先〕反保宏信:〒329-0498栃木県下野市薬師寺3311-1自治医科大学眼科学講座Reprintrequests:HironobuTampo,DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,3311-1Yakushiji,Shimotsuke,Tochigi329-0498,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(119)119 表1目的別の撮影方法疫学研究舟形町スタディ(日本)1)画角45°・無散瞳・1方向TheMulti-ethnicStudyofAtherosclerosis(米国)2)画角45°・無散瞳・2方向TheSingaporeMalayEyeStudy(シンガポール)3)画角45°・散瞳・2方向TheLiverpoolDiabeticEyeStudy(英国)4)画角45°・散瞳・3方向TheBlueMountainsEyeStudy(オーストラリア)5)画角30°・散瞳・5方向†WESDR*(米国)6)画角30°・散瞳・7方向立体無作為化比較試験UKPDS**(英国)7)画角30°・散瞳・4方向††ETDRS¶(米国)8)画角30°・散瞳・7方向立体網膜症早期発見プログラムUKNSC¶¶diabeticeyescreeningprogurame9)画角45°・散瞳・2方向†:黄斑部,視神経のみ立体,††:黄斑部のみ立体,*:TheWisconsinEpidemiologicStudyofDiabeticRetinopathy,**:UnitedKingdomProspectiveDiabetesStudy,¶:EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy,¶¶:TheUKNationalScreeningCommittee.はじめに眼底カメラを用いた糖尿病症例の眼底スクリーニングは,網膜症の有病率などを調査するための疫学研究1.6),網膜症治療に関する無作為化比較試験7,8),網膜症の早期発見プログラム9)などさまざまな目的に用いられている.また,その実施方法も無散瞳1,2)と散瞳3.9),1.7方向撮影1.9)など多彩である(表1).筆者らは,糖尿病網膜症を有する症例において,画角50°の眼底カメラを用いて行った散瞳下での4方向と9方向カラー眼底撮影の判定結果を,9方向の蛍光眼底造影(fluoresceinangiography:FA)の結果との対比を含めて検討し,4方向と9方向カラー撮影の病期診断はほぼ一致しており,4方向カラー撮影で十分との結果をすでに報告した10).また,糖尿病症例において,画角45°の無散瞳眼底カメラを用いて,1,2,4方向カラー眼底撮影の判定結果を比較し,1方向は2方向に比較して網膜症の見逃しやより軽症に判定する比率が有意に高く,病期診断には適さないこと,2方向と4方向の一致率は非常に高いことも報告した11).今回筆者らは,糖尿病網膜症を有する症例において,散瞳下での2方向と4方向カラー眼底撮影を,もっとも診断精度の高い9方向FAとの対比を含めて検討し,2方向眼底カラー眼底撮影の病期診断における有用性を検討した.I対象および方法対象は,自治医科大学附属病院眼科において,2010年11月.2014年8月に,散瞳下の倒像検眼鏡および細隙灯顕微鏡と前置レンズを用いた眼底検査で糖尿病網膜症の診断を受け,網膜症の治療方針を検討する目的で,カラー眼底撮影とFAを受けた症例を後ろ向きに調査し,除外項目に合致しないと判定された167例287眼である.男性100例173眼,女性67例114眼,年齢は31.85歳,平均59.1±9.44(平均±標準偏差)歳であった.眼底写真は,画角50°のデジタル眼底カメラ(KOWA社製VX-10)で,日本糖尿病眼学会が報告した方法12)に準じた1眼につき4方向のカラー撮影(以下,4方向カラー)と,EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy(ETDRS)で用いられた画角30°の散瞳・7方向立体撮影より広い領域をカバーする9方向のFAを行い,ファイリングソフトを用いて2方向,4方向カラー写真,9方向FAとして合成した(図1).判定は30年以上の臨床経験がある1名の眼底疾患専門医(YS)が行ったが,同一症例の画像を照らし合わせず,①全症例の2方向カラー,②全症例の4方向カラー,③全症例の9方向FAの順に準暗室においてモニター上で行い,糖尿病網膜症なし(nondiabeticretinopathy:NDR),単純網膜症(simplediabeticretinopathy:SDR),前増殖網膜症(preproliferativediabeticretinopathy:PPDR),増殖網膜症(proliferativediabeticretinopathy:PDR)に病期分類した.除外項目は,①網膜光凝固が施行されているもの,②鮮明な画像が得られなかったもの,③完全な合成写真が得られなかったもの,④網膜静脈閉塞症,網膜動脈分枝閉塞症,傍中心窩網膜毛細血管拡張症などの糖尿病網膜症以外の眼底疾患を合併したものとした.糖尿病網膜症の病期は,前報10)と同様に,改変Davis分類13)に基づいて判定した(表2).2,4方向カラーで3個以内の小軟性白斑を認めるが,静脈の数珠状拡張や網膜内細小血管異常(intraretinalmicrovascularabnormalities:IRMA)がない場合はSDRとした.また,FAで1乳頭面積以上の無灌流域がある場合は,静脈の数珠状拡張やIRMAがなくともPPDRとした.カラー写真における静脈の数珠状拡張とIRMAはETDRSの基準写真8)を参考にして,各所見の下限の写真を設定した(図2).なお,IRMAの判定は,カ120あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016(120) ab表2改変Davis分類13)を基にした今回の病期判定基準図2下限とした症例のカラー眼底写真.a:静脈の数珠状拡張(→),b:網膜内細小血管異常(→).図1同一眼(右眼)の眼底写真(合成)a:2方向カラー眼底写真,b:4方向カラー眼底写真,c:9方向蛍光眼底写真.単純網膜症:毛細血管瘤,網膜出血,硬性白斑,網膜浮腫,3個以内の小軟性白斑前増殖網膜症:軟性白斑,静脈の数珠状拡張,網膜内細小血管異常,1乳頭面積以上の無灌流域(蛍光眼底造影所見)増殖網膜症:新生血管,網膜前・硝子体出血,線維血管性増殖膜,牽引性網膜.離ラー写真では異常に拡張した網膜毛細血管,FAでは無灌流認を得て行われた.域に隣接して認められる異常に拡張した網膜毛細血管で硝子体腔へ拡散する蛍光漏出を伴わないものとした(図3).白線II結果化血管は病期の判定基準に含めなかった.1.撮影条件別の病期の頻度なお,本研究は自治医科大学疫学研究倫理審査委員会の承判定された病期の頻度は287眼中,2方向カラーでは(121)あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016121 100%90%80%70%60%50%40%30%20%10%0%12.2%60.9%26.1%0.7%13.6%60.9%25.1%0.3%14.9%64.8%20.2%■増殖網膜症■前増殖網膜症■単純網膜症網膜症なし図3網膜内細小血管異常の下限とした症例の蛍光眼底造影写真(→)NDRが2眼(0.7%),SDRが75眼(26.1%),PPDRが175眼(60.9%),PDRが35眼(12.2%).4方向カラーではNDRが1眼(0.3%),SDRが72眼(25.1%),PPDRが175眼(60.9%),PDRが39眼(13.6%).FAではSDRが58眼(20.2%),PPDRが186眼(64.8%),PDRが43眼(14.9%)であった.病期の頻度に3群間で有意差はなかった(p=0.12,m×nc2検定,図4)2.病期診断の一致率つぎに病期診断の一致率を検討した.2方向と4方向カラーの一致率は287眼中277眼(96.5%)であった.一方,2方向カラーとFAの一致率は287眼中241眼(83.9%),4方向カラーとFAは287眼中249眼(86.7%)で有意差はなかった(p=0.34,c2検定).最後に,2方向,4方向カラーとFAの一致率を,病期別に比較した.SDRでの一致率は2方向,4方向ともに58眼中55眼(94.8%),PPDRでは2方向で186眼中160眼(86.0%),4方向で186眼中163眼(87.6%),PDRでは2方向で43眼中26眼(60.5%),4方向で43眼中31眼(72.1%)であった.2方向と4方向で有意差はないが(SDR,PPDR,PDRでそれぞれ,p=0.68,0.65,0.25,c2検定),病期が進行すると一致率は低下した(図5).III考按筆者らが所属する自治医科大学では,卒業生に9年間の地域医療が義務づけられており,勤務地には眼科医不在の地域が多い.2011年に報告されたアンケート調査14)によれば,糖尿病などによる眼底変化が診断可能と回答した卒業生は約15%と低率である.このため,無散瞳眼底カメラで撮影さ122あたらしい眼科Vol.33,No.1,20162方向4方向FA図4撮影条件別の病期の頻度100p=0.689080706050403020100単純網膜症前増殖網膜症増殖網膜症p=0.65p=0.2594.8%86.0%87.6%60.5%72.1%94.8%■2方向■4方向図52方向,4方向カラー眼底写真と9方向蛍光眼底写真の病期別一致率れた画像を用いた遠隔医療による診療支援が可能であるかどうかの予備調査として今回の検討を行った.糖尿病網膜症を有する症例における散瞳下での4方向と9方向カラー撮影の判定結果を比較検討し,4方向カラー撮影で十分と結論したこと10),無散瞳眼底カメラを用いた検討で,2方向と4方向カラーの一致率が非常に高い結果を得たこと11)はすでに述べた.今回の検討では,画角50°の散瞳2方向,4方向カラーを9方向FAと比較した.無散瞳4方向カラー撮影では両眼で平均15分を要する(未発表データ).また,撮影画像を用いた遠隔医療による診療支援では,送付する画像は少ないほうが有利である.このため,もっとも診断精度の高いFAと比較することにより,2方向カラー撮影の病期診断における有用性を検討した.また,画角200°の無散瞳1方向撮影で眼底の80%以上の領域をカバーする超広角カラー撮影は,ETDRSの画角30°の散瞳・7方向立体カラー撮影と同等の結果をより短時間で得られるとの報告15)もあるが,地域診療所には高価な装置であるため,従来の画角50°のデジタル眼底カメラで検討し(122) た.糖尿病網膜症スクリーニングでの2方向カラー撮影は,疫学研究である米国のTheMulti-ethnicStudyofAtherosclerosis2)で画角45°・無散瞳2方向カラーが,TheSingaporeMalayEyeStudy3)で画角45°・散瞳2方向カラーが,英国での網膜症早期発見プログラムであるUKNSCdiabeticeyescreeningprogurame9)で画角45°・散瞳2方向カラーが用いられ,網膜症の有無と病期の判定が行われている.また,EURODIABIDDMComplicationsStudy16)では,画角45°・散瞳2方向と画角30°・散瞳7方向カラー撮影で網膜症の病期診断の一致率が比較検討され,散瞳2方向カラー撮影は大規模な疫学調査に有用と結論づけている.なお,具体的な病期診断の一致率は,5名のgraderの平均で76%だが,10年以上の経験があるgraderでは90%,2年未満のgraderでは58%と,経験年数により一致率に差があることも報告されている16).本研究では,経験十分な専門医が病期診断を行ったので,高い一致率であった.今回,画角50°・散瞳2,4方向カラーと9方向FAを比較したが,2,4方向カラーの病期診断一致率は非常に高率で,FAとの一致率も差がなかった.したがってより短時間で撮影でき,画像の送付にも有利な2方向撮影で十分であると考えられた.しかし,カラー撮影の限界として,微細な網膜新生血管を見逃す危険性があることはすでに報告した10).今回の検討でも,結合組織を伴わない裸の新生血管を見逃す可能性があることや,病期が進行するにつれて診断一致率が低下することが示された.したがって,眼底カメラで撮影されたカラー写真を遠隔医療による診療支援に用いる場合は,改変Davis分類や,新福田分類の単純網膜症に止め,それ以上の病期が疑われる場合は,たとえ通院に困難を伴っても,眼科医の診察を求める必要があると思われた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)川崎良:糖尿病網膜症─舟形町スタディ.日本の眼科79:1697-1701,20082)WongTY,KleinR,IslamAetal:Diabeticretinopathyinamulti-ethniccohortintheUnitedStates.AmJOphthalmol141:446-455,20063)FoongAW,SawSM,LooJLetal:Rationaleandmethodologyforapopulation-basedstudyofeyediseasesinMalaypeople:TheSingaporeMalayEyestudy(SiMES).OphthalmicEpidemiol14:25-35,20074)HardingSP,BroadbentDM,NeohCetal:Sensitivityandspecificityofphotographyanddirectophthalmoscopyonscreeningforsightthreateningeyedisease:theLiverpoolDiabeticEyeStudy.BMJ311:1131-1135,19955)MitchellP,SmithW,WangJJetal:Prevalenceofdiabeticretinopathyinanoldercommunity.TheBlueMountainEyeStudy.Ophthalmology105:406-411,19986)KleinR,KundtsonMD,LeeKEetal:TheWisconsinEpidemiologicStudyofDiabeticRetinopathy:XXIIthetwenty-five-yearprogressionofretinopathyinpersonswithtype1diabetes.Ophthalmology115:1859-1868,20087)UKProspectiveDiabetesStudyGroup:Tightbloodpressurecontrolandriskofmacrovascularcomplicationsintype2diabetes:UKPDS38.BMJ317:703-713,19988)EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup:Gradingdiabeticretinopathyfromstereoscopiccolorfundusphotographs─anextensionofthemodifiedAirlieHouseclassification:ETDRSreportnumber10.Ophthalmology98:786-806,19919)GillowJT,GrayJA:TheNationalScreeningCommitteereviewofdiabeticretinopathyscreening.Eye15:1-2,200110)反保宏信,大河原百合子,高橋秀徳ほか:糖尿病患者の眼底スクリーニング─散瞳4方向と9方向カラー撮影の比較─.あたらしい眼科30:1461-1465,201311)反保宏信,大河原百合子,高橋秀徳ほか:糖尿病症例の眼底スクリーニング─無散瞳デジタル眼底カメラでの検討─.あたらしい眼科32:274-278,201512)日本糖尿病眼学会糖尿病網膜症判定基準作成小委員会:薬物治療などに関する糖尿病網膜症判定基準.日本の眼科71:21-28,200013)船津英陽:糖尿病網膜症の分類について教えてください.網膜・硝子体Q&A(小椋祐一郎,山下英俊・編)あたらしい眼科19(臨増):35-37,200214)神田健史,梶井英治,桃井眞里子:自治医大からの地域医療に対する提言─自治医大の実績から見えてくる地域医療に求められる医師像.日本医事新報4573:29-33,201115)SilvaPS,CavalleranoJD,SunJKetal:Nonmydriaticultrawidefieldretinalimagingcomparedwithdilatedstandard7-field35-mmphotographyandretinalspecialistexaminationforevaluationofdiabeticretinopathy.AmJOphthalmol154:549-559,201216)AldingtonSJ,KohnerEM,MeuerSetal:Methodologyforretinalphotographyandassessmentofdiabeticretinopathy:theEURODIABIDDMcomplicationsstudy.Diabetologia38:437-444,1995***(123)あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016123

当院のロービジョンケアにおける糖尿病網膜症患者と他の疾患患者との比較

2016年1月31日 日曜日

《第20回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科33(1):115.118,2016c当院のロービジョンケアにおける糖尿病網膜症患者と他の疾患患者との比較上野恵美*1柴田拓也*1黒田有里*1堀貞夫*1井上賢治*2*1西葛西・井上眼科病院*2井上眼科病院ComparisonbetweenPatientswithDiabeticRetinopathyandThosewithOtherDiseasesinLowVisionCareatOurHospitalEmiUeno1),TakuyaShibata1),YuriKuroda1),SadaoHori1)andKenjiInoue2)1)NishikasaiInouyeEyeHospital,2)InouyeEyeHospital目的:糖尿病網膜症(DR)患者のロービジョンエイドの傾向を検討する.対象および方法:対象は,2012年10月.2014年10月に補助具選定検査を行った患者110名.A群:DR(30名),B群:黄斑変性・網脈絡膜萎縮(24名),C群:緑内障・網膜色素変性(30名),D群:その他疾患・疾患が重複するもの(26名)に分け,視力の良いほうの眼の矯正視力,患者のニーズ,処方した補助具,身体障害者手帳の取得率を診療録から後ろ向きに調査した.結果:平均対数視力は,A群0.70,B群0.91,C群0.67,D群0.49であった.羞明の訴えは,読字・書字困難の訴えに比べ視力が有意に高かった(p<0.05).A群では,遮光眼鏡の処方数と拡大鏡・携帯用拡大読書器の処方数は,ほぼ同数であった.B群は拡大鏡・携帯用拡大読書器の処方がやや多く,C,D群は遮光眼鏡の処方が多かった.結論:DRは病状が多岐にわたることもあり,処方された補助具もさまざまであった.Purpose:Toconsiderthetendencyoflowvisionaidfordiabeticretinopathy(DR)patients.SubjectsandMethods:Subjectswere110patientswhounderwentanaidselectioncheckfromOctober2012toOctober2014.Patientsweredividedinto4groups:groupA:DR(30patients);groupB:Maculardegenerationandretinochoroidalatrophy(24patients);groupC:Glaucomaandretinitispigmentosa(30patients)andgroupD:otherdiseases(26patients).Inreviewingthemedicalrecordsofthesepatients,weretrospectivelyinvestigatedthevisualacuityofeyeswithbettereyesight,patientneeds,prescribedaidandphysicaldisabilitycertificateacquisitionrate.Results:TheaverageeyesightwasgroupA0.70,groupB0.91,groupC0.67andgroupD0.49logMAR.Patientswhocomplainedofphotophobiahadsignificantlybettereyesightthanpatientswhocomplainedofreadingandwritingdifficulty.(p<0.05)IngroupA,absorptivelensesandmagnifiersorclosed-circuittelevisionwereprescribedtothesameextent.IngroupB,prescriptionofmagnifiersorclosed-circuittelevisionwasslightlygreater.IngroupsCandD,absorptivelenseswereprescribedthemost.Conclusion:ThesymptomsinDRtransferinvariousways,sotheprescribedaidswerealsovarious.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(1):115.118,2016〕Keywords:糖尿病網膜症,ロービジョン,ロービジョンケア.diabeticretinopathy,lowvision,lowvisioncare.はじめにレーザー光凝固や硝子体手術の技術の向上により,糖尿病網膜症(diabeticretinopathy:DR)も治療や進行の予防が可能な疾患となりつつある.しかし,内科治療の中断や全身状態の悪化などにより,眼底出血や牽引性網膜.離を起こし,ロービジョン(lowvision:LV)の状態となる患者も後を絶たない.それらの患者のqualityofvision(QOV)を向上させるためには,遮光眼鏡や拡大鏡などのLVエイドが有効である.疾患ごとのLVケアの特徴についての報告は多いが,DRに特化したものは少ない.竹田らはDR群と全疾患群で,処方された補助具の種類に差はなかったとしている1).〔別刷請求先〕上野恵美:〒134-0088東京都江戸川区西葛西3-12-14西葛西・井上眼科病院Reprintrequests:EmiUeno,NishikasaiInouyeEyeHospital,3-12-14Nishikasai,Edogawa-ku,Tokyo134-0088,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(115)115 D群白内障第1次硝子体糖尿病網膜症27%加齢黄斑変性7%その他の黄斑変性6%網脈絡膜萎縮8%緑内障12%網膜色素変性15%網膜疾患5%角膜疾患4%視神経疾患3%眼瞼痙攣3%3%過形成遺残2%その他5%A群B群C群図1各群の疾患内訳今回筆者らは,DR以外の疾患も群別に分け,DR患者には他疾患と比較して補助具の処方内容に差異があるかを調査した.I対象および方法対象は2012年10月.2014年10月に当院で補助具選定検査を行った患者110名(男性42名,女性68名),平均年齢は67.3±14.12(平均±標準偏差)歳であった.年齢,優位眼(視力の良いほうの眼)の矯正対数視力,患者のニーズ,身体障害者手帳の所持率,処方した補助具について,診療録から後ろ向きに調査を行った.なお,近用眼鏡には加入度数を強めたハイパワー眼鏡も含めている.今回の調査では,補助具選定検査から処方となった例のみ確認できたため,通常の眼鏡検査から処方になったハイパワー眼鏡は数に含まれていない.対象者を,疾患別に4つの群に分けて検討した.A群はDR30名(27%),B群は黄斑変性・網脈絡膜萎縮24名(21%),C群は緑内障・網膜色素変性30名(27%),D群はその他疾患・疾患が重複するもの26名(25%)である(図1).II結果各群の平均年齢はA群66.2±11.4歳,B群73.9±8.7歳,C群66.2±13.8歳,D群63.7±18.6歳であった.加齢黄斑変性を含むB群が,他の群より有意に年齢が高かった(p<0.05).年代の分布を示す(図2).各群の優位眼の平均対数視力はA群0.70±0.46,B群0.91±0.59,C群0.67±0.57,D群0.49±0.66であった.中心部が障害されやすいB群が一番視力が悪く,B群とD群の間に有意差がみられ,その他の群間では有意差は認められなかった(p<0.05).116あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016(%)5040302010010代20代30代40代50代60代70代80代A群B群C群D群図2各群の年齢分布表1各群のニーズ(人)A群B群C群D群羞明1472020読字・書字困難191688羞明と読字・書字困難3003重複あり表2各群のニーズ別障害者手帳取得率(%)A群B群C群D群羞明57.185.785.025.0読字・書字困難42.162.562.550.0各群のニーズはA群では,羞明と読字・書字困難の訴えがほぼ同数であり,B群では読字・書字困難の訴えが多く,C群D群では羞明の訴えが多かった(表1).ただし,すでに遮光眼鏡・近用眼鏡・拡大鏡などを使用している患者もおり,それらを使用すれば不自由がないという場合,ニーズとして出てこないこともあった.優位眼の対数視力の平均は,羞明の訴えの患者は0.60±0.59,書字・読字困難の訴えの患者は0.84±0.54で,羞明の訴えの患者のほうが視力は有意に高かった(p<0.05).また,羞明の訴えは視力に関係なく現れたが,読字・書字困難の訴えは,各群ともおおむね0.80位から出現した.各群のニーズ別の身体障害者手帳,取得率を示す(表2).A群は手帳取得率がやや低く,B群,C群の羞明の訴えの患者は手帳取得率が高かった.各群において処方された補助具の内訳を示す(表3).A群では遮光眼鏡と読字・書字用の補助具が同数であり,拡大鏡の処方のうち約半数の6個がLEDライト付きルーペだった.B群は,ニーズとしては,読字・書字が多かったものの,現在の補助具が合っている,または中心暗点のため倍率を変更しても見え方が変わらない,という理由で読字・書字用補助具の処方とならない例があった.C群には網膜色素変(116) 表3処方した補助具(例数)A群B群C群D群遮光眼鏡1461919読字・書字用補助具(合計)14974拡大鏡11442拡大読書器2300近用眼鏡1031単眼鏡0001タイポスコープ0200性が含まれているため,遮光眼鏡が多かった.D群の多くはニーズがはっきりしており,それに沿った処方がされていた.処方された遮光眼鏡の色系統と視感透過率を数が少ないB群以外で検討すると,A群では視感透過率50.60%代が78.6%を占めた.C群では,屋内用と屋外用を分けて作る症例もあり,視感透過率の高いものと低いものの両極に分かれる傾向がみられた.D群は視感透過率の高いものが多かった(表4).色系統では,A群はグレー系(35.7%),C群はブラウン系(31.6%)・グリーン系(36.8%),D群はグレー系(57.9%)が多かった.III考察今回の筆者らの調査では,DRが全体の27%を占め,DRへの補助具選定の必要性の高さがわかった.小林らの2009年のアンケート調査2)では,優位眼の矯正対数視力が2.0.0.4で,これまでにLVケアを受けたことがない患者のうち,37%がDRであったことから,LVケアを必要とするDR患者が潜在していることが予想される.LVケアを受けるDR患者は,働き盛りの若年者が多いという報告1)もあるが,今回の筆者らの調査では60代以上が約83%を占めた.手術目的で紹介される若い患者も多いが,手術後は紹介元の病院に戻り,当院ではLVケアに至らない例もあったため,50代以下が少ない結果となった.また,若年者でも,すでに仕事を辞め,生活保護を受けており,仕事のために補助具を求める必要がないという患者もいた.今回の調査では高齢の患者が多かったが,国立障害者リハビリテーションセンター(以下,国リハ)のLVクリニックでもその傾向がみられる3).また,65歳以上の視覚障害の原因疾患としてはDRが28%,緑内障が15%という報告もある4).高齢者は全身状態も悪く,補助具を用いて何がしたいかという意志が弱い例も多いことから,動機づけが難しいと思われる.今回の調査の視力の内訳としては,A群では,0.4.1.0の症例が63%を占め,視力良好例が多かった(図3).B群で(117)表4視感透過率別の遮光眼鏡処方数(例数)視感透過率(%)A群B群C群D群11.20013021.30002031.40001041.50103151.60822961.70310171.80206481.900214調光レンズ0010図3各群の視力分布(%)■1.4~■1.04~1.3■0.4~1.0■0.04~0.3■~0(logMAR)A群B群C群D群6.76.763.320.23.325.020.837.54.212.513.313.333.326.713.315.47.726.93.846.2は,83%が優位眼対数視力0.4以下であり,視力障害の顕著な症例が多かった.C群は視野障害が先行することが多く,0.0より良い視力を13%含むが,視力が低下してからLVケアに至る例も多く,平均視力は0.67であった.D群は0.0より良い視力を46%含むが,標準偏差が大きかった.国リハのLVクリニックではDRは視力不良例が多く3),また竹田らの調査1)でも,対数視力0.3以上は3%しかいなかったが,当院ではA群で同等以上の視力が23%いた.今回の調査が補助具選定を行った患者の検討であったため,視力不良の患者は補助具を諦めていたという可能性もある.B群では中心暗点,C群では視野狭窄のような典型的な状況がみられたのに対し,A群では黄斑浮腫や硝子体出血などによる視機能低下の状況は患者ごとに異なった.そのため,A群は,B群とC群の間を取ったようなニーズが表れ(表1),処方された補助具もさまざまで,一定の傾向はなかった.患者のニーズを聞き,現在の視機能の状態を検査し,適切な補助具を処方することが基本となる.DR患者は,読字・書字困難の訴えだけでなく,羞明の訴えも多いことがわかった.一般に羞明の原因は,入射光路に光の散乱を引き起こす病変があることや,眼底に反射を増強する病変があることといわれている5).硝子体手術や白内障手術,レーザー光凝固施行後に羞明を訴えやすいとされている7,8)が,同様の症例でも羞明の訴えがないこともある.まあたらしい眼科Vol.33,No.1,2016117 た,羞明は視力に関係なく現れるため,患者への聴き取りがとくに必要である.DRでは硝子体出血や硝子体手術が度重なる症例もあり,身体障害者手帳の申請時期や補助具を選定する時期の検討が難しいことがある.LVケアを提案しても,外科的治療で治ると考えている患者には受け入れられないこともある.しかし,視力不良期間が長くなるにつれ,LVケアへの希望が減っていくという報告8)もあるため,医師と相談のうえ,比較的早期に補助具の存在を知らせておくような対応が必要であると考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)竹田宗泰,竹田峰陽:糖尿病網膜症患者に対する視覚補助具の有用性.眼紀54:947-951,20032)小林薫,荻嶋優,宮田真由美ほか:アンケート調査から考える西葛西井上眼科病院のロービジョンケア.日本ロービジョン学会誌9:108-112,20093)久保明夫:糖尿病を伴うロービジョン.月刊眼科診療プラクティス61,ロービジョンへの対応(丸尾敏夫ほか編),p100-101,文光堂,20004)高橋広:高齢者におけるロービジョンケア.眼紀000:1110-1114,20005)梁島謙次:第8章視覚障害の特性別ケア.コンパクト眼科学18ロービジョンケア(梁島謙次編),p231-263,金原出版,20046)西脇友紀:V糖尿病患者のロービジョンケア.眼科プラクティス7,糖尿病眼合併症の診療指針(樋田哲夫編),p222227,文光堂,20067)吉田ゆみ子,新井三樹:VI疾患への対応糖尿病網膜症.ロービジョンケア-疾患への対応(新井三樹編),p98-104,メジカルビュー社,20038)林由美子,奥村詠里香,中川拓也ほか:富山大学付属病院眼科におけるロービジョン患者へのアンケート調査結果.日視会誌42:191-199,2013***118あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016(118)

糖尿病黄斑浮腫に対するラニビズマブ硝子体注射の治療成績

2016年1月31日 日曜日

《第20回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科33(1):111.114,2016c糖尿病黄斑浮腫に対するラニビズマブ硝子体注射の治療成績村松大弐*1三浦雅博*1岩崎琢也*1阿川哲也*1伊丹彩子*1三橋良輔*1後藤浩*2*1東京医科大学茨城医療センター*2東京医科大学病院IntravitrealInjectionofRanibizumabforDiabeticMacularEdemainJapanDaisukeMuramatsu1),MasahiroMiura1),TakuyaIwasaki1),TetsuyaAgawa1),AyakoItami1),RyosukeMitsuhashi1)andHiroshiGoto2)1)TokyoMedicalUniversity,IbarakiMedicalCenter,2)TokyoMedicalUniversityHospital目的:糖尿病黄斑浮腫(DME)に対するラニビズマブ硝子体注射(IVR)の効果を検討する.対象および方法:2014年3.11月にDMEにIVRを行い,3カ月間以上観察が可能であった28例34眼を対象に,後ろ向きに調査した.初回IVR後1,2,3カ月と最終受診時の視力と中心網膜厚,追加治療について検討した(抗VEGF抗体初回投与25眼,ベバシズマブ注射から切り替え9眼).初回注射の後は毎月観察を行い,必要に応じて再治療を行った.結果:経過観察期間は平均7.6カ月であった.治療前の網膜厚は509.7μmで,治療1,2,3カ月後,および最終受診時には392.6,399.7,385.4,386.7μmと全期間で有意な改善を示した(p<0.01).治療前の完全矯正視力の平均logMAR値は0.45で,治療1,2,3カ月後はそれぞれ0.39,0.36,0.33であり,最終受診時には0.31と有意な改善を示した(p<0.05).3カ月までの平均IVR回数は1.8回,最終観察時までは2.9回であった.光凝固の追加は13眼,トリアムシノロンTenon.下注射の追加は9例であった.70%の症例は最終時に小数視力0.5以上となり,治療前と比較してlogMAR0.2以上の改善も38%で認められた.結論:IVRは短期的にはDMEの軽減に有効である.Purpose:Toassesstheefficacyofintravitrealinjectionofranibizumab(IVR)inJapanesepatientswithdiabeticmacularedema(DME).Casesandmethods:Inthisretrospectivecaseseries,34eyesof28patientswithDMEwhoreceived0.5mgIVR(25anti-VEGFnaivecasesand9casesswitchingfrombevacizumab)werefollowedupfor3monthsorlonger.BestcMAR)andcentralretinalthickness(CRT)werethemainoutcomemeasures.Results:BaselineBCVAandCRTwere0.45and509.7μm,respectively.Atmonth1,BCVAhadimprovedto0.39andCRThadsignificantlydecreasedto392.6μmascomparedtobaseline(p<0.01).Atthefinalvisit,BCVAhadsignificantlyimprovedto0.31(p<0.05)andCRThaddecreasedto386.7μm(p<0.01).ThenumberofIVRaveraged2.9times.Visualacuityindigitswas0.5oroverin70%ofpatients.Conclusion:IntravitrealinjectionofranibizumabisaneffectivetreatmentforDME.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(1):111.114,2016〕Keywords:ラニビズマブ,糖尿病黄斑浮腫,光凝固,トリアムシノロンアセトニド,抗VEGF.ranibizumab,diabeticmacularedema,photocoagulation,triamcinoloneacetonide,anti-vascularendothelialgrowthfactor.はじめにわが国における糖尿病網膜症の有病率は,久山町研究1)によると40歳以上の人口の15%,舟形町研究2)によると35歳以上の人口の14.6%であると報告されている.なかでも糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)は視力障害の主要因子の一つといえ,病態には眼内で増加する血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)が関与していることが知られている.DMEに対する治療は,これまでは網膜光凝固3,4)が標準的治療とされ,その他にも硝子体手術5)やステロイド治療6)などが行われてきたが,VEGFを直接阻害する薬剤が使用可能となった近年では,抗VEGF療法が治療の主体となりつつある7,8).抗VEGF抗体の一種であり,ヒト化モノクローナル抗体のFab断片であるラニビズマブは,当初は加齢黄〔別刷請求先〕村松大弐:〒300-0395茨城県稲敷郡阿見町中央3-20-1東京医大茨城医療センターReprintrequests:DaisukeMuramatsu,M.D.,Ph.D.,TokyoMedicalUniversity,IbarakiMedicalCenter,3-20-1Chu-ou,Amimachi,Inashiki-gun,Ibaraki300-0395,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(111)111 斑変性に対する治療薬として開発されたが,近年ではDMEにも適応が拡大され,大規模研究であるRISEandRIDEstudyによって,偽注射に対して治療の優位性が証明された9).また,同様の大規模研究であるRESTOREstudyにより光凝固への優位性も証明された10).しかし,これらの研究の対象は約95%が白人やアフリカンアメリカン人種であり,日本人をはじめとするアジア人における反応性や効果についてはいまだに不明である.2014年2月から,わが国においてもDMEへのラニビズマブ治療が認可され,広く使用されるようになってきたことから,東京医大茨城医療センター眼科(以下,当院)における日本人患者への治療成績を報告する.I対象および方法対象は2014年3月.2014年11月の期間に,当院において加療したびまん性黄斑浮腫を伴う糖尿病網膜症で,ラニビズマブ0.5mgの硝子体注射(intravitrealinjectionofranibizumab:IVR)にて治療を行い,3カ月以上の観察が可能であった28例34眼(男性20例,女性8例)で,全例,日本人の症例であった.治療時の年齢分布は39.81歳で,平均年齢±標準偏差は65.9±9.0歳である.治療前の光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)による浮腫のタイプは,網膜膨化型が22眼,.胞様浮腫が14眼,漿液性網膜.離が12眼であり,これらの所見は同一症例で混合している場合もあった.過去の治療歴として,ベバシズマブからの切り替え例が9眼であり,初回抗VEGF抗体治療眼が25眼であり,このうちの9眼はまったくの無治療であり,16眼では光凝固やトリアムシノロンTenon.下注射での治療歴があった.本研究時の治療プロトコールとして,初回IVRの後に毎月観察を行い,その後は必要に応じて再治療を行った(prorenata:PRN).再治療は,2段階以上の視力低下,もしくは20%以上の中心網膜厚(centralretinalthickness:CRT)の増加がみられ,患者の同意が得られた場合に原則IVRを行った.浮腫の悪化があってもIVRに同意しなかった場合や,IVR後の浮腫改善が不十分な場合はトリアムシノロンTenon.下注射を施行している.全症例のうち,蛍光眼底造影で無灌流域や網膜毛細血管瘤を認めた10眼に対しては,IVRの後1.2週の時点で計画的に光凝固(汎網膜光凝固や血管瘤直接凝固)を行う併用療法を行い,残りの24眼はIVR単独で治療を開始し,適宜追加治療を行った.これら24眼のうち18眼においては,眼所見が安定するまで当初の1カ月ごとに2.3回の注射を行うIVR導入療法を施行し,その後はPRNとした.検討項目は,IVR後,1,2,3カ月ならびに最終来院時における完全矯正視力,および3D-OCT2000(トプコン)を用いて計測したCRTで,そのほかにも再発率,治療方法ならびに投与回数,投与時期112あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016について診療録を基に後ろ向きに調査した.II結果全34眼の平均観察期間は7.6±2.5カ月(3.12カ月)であった.全症例における治療前の平均CRTは509.7±157.3μmであったのに対し,IVR後1カ月の時点では392.6±158.8μmと減少していた.CRTは2カ月の時点で399.7±163.8μm,3カ月では385.4±158.0μm,最終来院時では386.7±147.3μmと,全期間を通じ,治療前と比較して有意な改善を示した(p<0.01,t-検定)(図1).全症例における治療前の視力のlogMAR値の平均は0.45±0.28であった.視力はIVR後1カ月で0.39±0.28へ上昇し,IVR後2,3カ月,最終来院の時点で,それぞれ0.36±0.30,033.±0.29,0.31±0.29であり,最終来院時において有意な改善を示した(p<0.05,t-検定)(図2).全症例を,治療前後の視力変化をlogMAR0.2で区切って検討すると,IVR後1カ月の時点で改善例は8眼(24%)不変例は26眼(76%),悪化例は0眼(0%)であり,3カ月(,)の時点で改善例は12眼(35%),不変例は21眼(62%),悪化例は1眼(3%),最終来院時には改善例は13眼(28%)不変例は20眼(59%),悪化例は1眼(3%)であり,経時的(,)に視力改善例が増加していた(表1).全症例において,治療前の小数視力が0.5以上を示した症例は13眼(38%)存在したが,IVR後1カ月では18眼(53%),2カ月で20眼(59%),3カ月で22眼(65%),最終来院時で24眼(70%)と,これら視力良好例の占める割合も増加していた(表2).経過中に浮腫が完全に消失したことがある症例は14眼(41%)であった.このうち,初回注射の1カ月の時点での完全消失は5眼であり,3カ月以内に完全消失した例は10眼であった.最終来院時まで完全消失が持続した症例は3眼のみであった.経過観察中には浮腫の再発を繰り返す症例がみられ,初回治療後3カ月までの平均IVR回数は1.8±0.9回,最終観察時までのIVR回数は2.9±1.9回(1.7回)であった.また,光凝固を追加した症例は13眼(38%),トリアムシノロンアセトニドのTenon.下注射を追加した症例は9例(26%)存在し,光凝固やTenon.下注射併用例での平均IVR回数は2.6±1.9回であり,IVRのみで追加治療した例での平均IVR回数3.3±1.8回よりも少なかった.また,1回注射の後に浮腫の再発を認めなかった例が3例存在したが,いずれも網膜血管瘤への光凝固を併用した症例であった.最終視力が0.5以上得られた場合の術前因子をc二乗検定にて解析すると,術前視力が0.5以上あることが有意な関連性があった.しかし,併用療法の有無や,術前の浮腫のタイプなどは関連性がなかった(表3).(112) 治療前1カ月2カ月3カ月最終n=3434343434=3434343434図1治療前後の中心網膜厚の経時的変化全症例の各時点における中心網膜厚を示す.注射1カ月で網膜厚は大きく減少しその後も2,3カ月,最終時と治療前と比較し有意に網膜厚は減少している.†p<0.01.経過中の追加治療の内訳と施行眼数を示す.IVR:ラニビズマブ硝子体注射,PC:光凝固,TA:トリアムシノロンTenon.下注射.表12段階以上の視力変化の割合改善不変悪化1カ月8眼24%26眼76%0眼0%3カ月12眼35%21眼62%1眼3%最終13眼38%20眼59%1眼3%表3最終視力との関連因子関連因子眼数最終視力0.5以上の割合p値治療前視力0.5以上ありなし24眼10眼100%(24眼)0%(10眼)p<0.01併用療法ありなし19眼15眼74%(14眼)67%(10眼)p=0.94漿液性.離ありなし12眼22眼75%(9眼)68%(15眼)p=0.98c2検定III考按DMEに対するラニビズマブ治療の有効性を証明した大規模研究として,RISEandRIDEstudyがあげられる.この研究では対象を無作為に偽注射群とラニビズマブ治療群に割り当てし,治療開始から24カ月において,偽注射群ではETDRS視力で2.5文字の改善にとどまっていたが,ラニビズマブ治療群では12.0文字の改善と,ラニビズマブ治療の優位性が報告された9).しかし,この研究における治療プロトコールでは,当初の24カ月は毎月ラニビズマブ注射を行っており,多数の注射を要していた.その後に行われた光凝(113)340360380400420440460480500520540560††††IVRn=16PCn=0TAn=3IVRn=12PCn=0TAn=1IVRn=0PCn=10TAn=1中心網膜厚(μm)0.50.450.40.350.30.25p=0.4*p=0.04p=0.08p=0.2logMAR治療前1カ月2カ月3カ月最終n=3434343434図2治療前後の視力の経時的変化全症例の各時点における視力のlogMAR値を示す.注射1カ月で視力は上昇し,その後も経時的に向上している.最終時にはおいては治療前と比較し有意に改善している.*p<0.05.表2治療前後の各時点における小数視力0.5以上が占める割合治療前13眼(38%)1カ月18眼(53%)2カ月20眼(59%)3カ月22眼(65%)最終24眼(70%)固との比較試験であるRESTOREstudyにおいては,当初の3カ月は毎月ラニビズマブ注射を行い,それ以降は1カ月ごとの観察を通じて,必要に応じた再治療を行っている.そして12カ月の時点において6.1文字の改善を得ており,0.9文字の改善にとどまった光凝固への優位性が報告された10).当院における今回の治療方法では,29%(n=10)の症例ではIVR後1.2週で毛細血管瘤に対する直接光凝固や汎網膜光凝固を計画的に併用する方法で治療した.53%(n=18)の症例では1カ月ごとに2.3回の注射で導入療法を行い,その後は毎月観察を行って再発,悪化時に再投与を行う方法(PRN)で治療を行い,18%(n=6)の症例では1回の注射の後にPRNとし,3カ月間で平均1.8回,最終来院時までに2.9回の注射を行った.治療成績については,ラニビズマブ治療の開始直後から網膜浮腫は劇的に減少し,視力も治療前と比較して最終来院時には有意な向上が得られた.視力のデータをlogMARさらにETDRSの文字数に換算すると,最終来院時において7文字の改善が得られた結果となった.この改善度はRISEandRIDEstudyには及ばなかったが,RESTOREstudyの結果とは同等であった.本研究において,少ない注射回数でRESTOREstudyと同等程度の視力改善効果を得られた理由として観察期間が短いことが大きな理由の一つであり,今後,治療期間の延長とあたらしい眼科Vol.33,No.1,2016113 ともに注射回数も増加していく可能性はある.少ない注射数であったもう一つの理由として,本研究においては積極的に毛細血管瘤への直接光凝固や無灌流域への選択的光凝固を併用,追加していることや,適宜トリアムシノロンアセトニドのTenon.下注射を併用していることも関係しているのかもしれない.RESTOREstudyにおいてもラニビズマブと光凝固の併用療法を行っている群があるが,ラニビズマブ単独治療群と比較して視力改善度はやや劣り,1年間の注射回数もラニビズマブ単独群で平均7回であったのに対し,光凝固併用群でも6.8回とそれほど大きな差が認められなかった.しかし,この報告では光凝固の適応や凝固条件が明記されておらず,詳細は不明である.米国における光凝固は,後極部における格子状光凝固ならびに広範な無灌流域に対する徹底的な汎網膜光凝固が主体であり,わが国で一般的に行われている網膜毛細血管瘤に対する直接光凝固や,部分的な無灌流域に対する選択的光凝固は行われていないため,これが本研究の治療成績との差異につながった可能性も考えられる.IVRを行う時期に関する一つの知見として,RISEandRIDEstudyにおいては偽注射群が研究開始後2年目からはIVRを施行されたが,初回から治療した群と比較して視力改善率が低かったことが重要であると思われる.本研究においても治療後の良好な視力に有意に関連する事象として,治療前の視力が良好であることが示された.これらを考え併せると,黄斑浮腫が遷延化して視力が低下する前,すなわち浮腫発生後,早い段階でラニビズマブ治療を開始したほうが良好な治療成績が得られる可能性が高い.以上より,日本人に対するラニビズマブ治療も短期的には有効と考えられたが,本研究は後ろ向き研究であり,症例数も十分とは言えない.今後も長期にわたる経過観察と,治療データの蓄積が必要であると考えられる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)安田美穂:世界の眼科の疫学研究のすべて久山町研究.あたらしい眼科28:25-29,20112)田邉祐資,川崎良,山下英俊:世界の眼科の疫学研究のすべて舟形町研究.あたらしい眼科28:30-35,20113)EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyResearchgroup:Photocoagulationfordiabeticmacularedema.EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyreportnumber1.ArchOphthalmol103:1796-1806,19854)EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup:Earlyphotocoagulationfordiabeticretinopathy.ETDRSreportnumber9.Ophthalmology98:766-785,19915)KumagaiK,FurukawaM,OginoNetal:Long-termfollow-upofvitrectomyfordiffusenontractionaldiabeticmacularedema.Retina29:464-472,20096)JonasJB,SofkerA:Intraocularinjectionofcrystallinecortisoneasadjunctivetreatmentofdiabeticmacularedema.AmJOphthalmol132:425-427,20017)ShimuraM,YasudaK,YasudaMetal:Visualoutcomeafterintravitrealbevacizumabdependsontheopticalcoherencetomographicpatternsofpatientswithdiffusediabeticmacularedema.Retina33:740-747,20138)志村雅彦:糖尿病黄斑浮腫.眼科55:1525-1536,20139)BrownDM,NguyenQD,MarcusDMetal:RIDEandRISEResearchGroup:Long-termoutcomesofranibizumabtherapyfordiabeticmacularedema:the36monthresultsfromtwophaseIIItrials:RISEandRIDE.Ophthalmology120:2013-2022,201310)MitchellP,BandelloF,Schmidt-ErfurthUetal:RESTOREStudyGroup:TheRESTOREstudy:ranibizumabmonotherapyorcombinedwithlaserversuslasermonotherapyfordiabeticmacularedema.Ophthalmology118:615-625,2011***114あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016(114)

山名眼科医院を受診中の1型糖尿病患者の網膜症

2016年1月31日 日曜日

《第20回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科33(1):103.109,2016c山名眼科医院を受診中の1型糖尿病患者の網膜症山名泰生*1髙嶋雄二*1松尾雅子*1合屋慶太*2*1山名眼科医院*2こやのせ眼科クリニックRetinopathyinType-1DiabetesYasuoYamana1),YujiTakashima1),MasakoMatsuo1)andKeitaGoya2)1)YamanaEyeClinic,2)KoyanoseEyeClinic平成25年度に当院を受診した1型糖尿病患者は35人.総患者の0.4%で,全糖尿病患者の2%であった.15歳以下の1型発症が40%,16歳以上発症が60%(16.35歳発症29%,36歳以上発症31%)であった.罹病期間別の糖尿病網膜症の有病率は,15年未満では17%,15.34年で69%,35年以上で90%であり,罹病期間が長いほど有病率は高かった.1型糖尿病患者の半数以上で現在のHbA1Cは8.0%以上であった.当院受診中の1型では,15歳以下発症群では罹病期間が長く,網膜症の有病率も高く,増殖網膜症もみられるが,視力は良好な症例も多かったことから早期からの眼科の介入が重要である.Wereport35casesofType-1diabetespresentingretinopathyseenatourclinicsince2013.TheincidenceofType-1diabeteswas0.4%ofalltreatedcaseswithretinopathyand2%ofallwithdiabetes(Type-1andType-2).Ofthese35cases,14(40%)developedType-1diabetesat15yearsoryoungerand21(60%)developedthediseaseat16yearsorolder.Theprevalenceofdiabeticretinopathyperdiseasedurationwas17%of9casesatlessthan15years,69%of16casesatbetween15and34years,and90%of10casesatmorethan35years.TheprevalenceofretinopathyincreasedwithincreasingType-1diabetesduration.Inmorethanhalfthecases,HbA1Cwasmorethan8%.Althoughvisualacuitywasgenerallystable,thisseriesof35casesinourrecentexperienceofType-1diabetespresentedanunusuallyhighincidencerateofdiabeticretinopathy,suggestingtheimportanceofophthalmologicalinterventionfromanearlystage.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(1):103.109,2016〕Keywords:1型糖尿病,糖尿病網膜症,視力,罹病期間,有病率.Type1diabetes,diabeticretinopathy,visualacuity,diseaseduration,prevalencerate.はじめに1型糖尿病(以下,1型)は2型糖尿病(以下,2型)と同じ高血糖の病態を示すが,自己免疫性疾患などが原因とされる.日本人の糖尿病は95%が2型であり,1型は発症頻度が低いために眼科医が1型患者に接する機会は多くはなかった.しかし,最近は小児期に発症した成人の1型患者のみでなく,成人して発症した1型患者も外来で診療する機会が増えてきた.日本臨床内科医会は1997年に行った調査で,糖尿病網膜症の有病率について2型は23%,1型は29%であったと報告している1).今回は山名眼科医院(以下,当院)を受診中の1型患者の病状を把握するために診療記録を調査し,視機能と糖尿病網膜症(diabeticretinopathy:DR)の状態を発症年齢や罹病期間などで比較検討した.I対象および方法平成25年に当院を受診した糖尿病患者1,485名のうち,内科もしくは小児科で1型と診断されて治療中の患者35名を対象に調査した.年齢は17.89歳であった.当院受診中の糖尿病患者における1型患者率は2%であった.また総患者数における1型の患者率は0.4%であった.II結果1.当院受診中の1型患者の概要平成25年に当院受診時の年齢は17.20歳未満1名,20〔別刷請求先〕山名泰生:〒809-0022福岡県中間市鍋山町13-5山名眼科医院Reprintrequests:YasuoYamana,M.D.,Ph.D.,YamanaEyeClinic,13-5Nabeyama-machi,Nakama,Fukuoka809-0022,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(103)103 .29歳2名,30.39歳4名,40.49歳8名,50.59歳9名,60.69歳8名,70.79歳2名,80歳以上1名であった.発症年齢は1.71歳で,発症年齢を15歳以下,16.35歳,36歳以上に分けるとそれぞれ14名(40%),10名(29%)11名(31%)であった.25%20%20%14%15%11%11%10%9%9%9%6%6%6%5%0%罹病期間は,5年未満3名(9%),5.9年2名(6%),10.14年4名(11%),15.19年7名(20%),20.24年3名(9%),25.29年2名(6%),30.34年4名(11%),35.39年5名(14%),40.44年2名(6%),45年以上3名(9%)であった(図1).発症年齢を小児期(15歳以下)発症群,若年期(16.35歳)発症群,壮年期以降(36歳以降)発症群の3群に分け,罹病期間を罹病短期群(15年未満群),中期群(15.34年群),長期群(35年以上群)の3群に分類した.今回の全症例35例を発症期別に表1.表3に示した.全症例の現在の網膜症(DR)病期の内訳は無網膜症(nondiabeticretinopathy:NDR)27眼(39%),単純網膜症(simplediabeticretinopathy:SDR)15眼(21%),増殖前網膜症(preproliferativediabeticretinopathy:PPDR)18眼(26%),増殖網膜症(proliferativediabeticretinopathy:PDR)10眼(14%)であった.2.発症年齢群および罹病期間群別の網膜症病期発症年齢群別のDR病期は,小児期発症群ではPDRの割図11型糖尿病患者の5年区切りの罹病期間合が36%と多く,若年期発症群ではPPDRの割合が40%,表1小児期発症症例一覧(n=14)症例No性別年齢発症年齢罹病期間右眼視力左眼視力右網膜症左網膜症HbA1C1男21歳1歳20年0.3(1.0)0.3(1.0)NDRNDR8.5%2男17歳3歳14年0.4(1.5)0.4(1.5)NDRNDR8.3%3男51歳4歳47年1.0(1.5)0.6(1.5)PPDRPPDR7.8%4女53歳6歳47年0.5(0.8)0.7(0.9)PDRPDR7.9%5女26歳9歳17年0.09(1.2)0.09(1.2)SDRNDR9.7%6女49歳10歳39年0.09(1.2)0.1(1.0)NDRNDR8.8%7男51歳10歳41年0.09(1.0)0.08(1.5)SDRSDR7.6%8女38歳10歳28年0.03(1.2)0.03(1.0)SDRSDR10.1%9男46歳11歳35年0.4(1.2)1.0(1.2)PDRPDR7.6%10男46歳13歳33年0.2(1.0)0.3(1.2)NDRNDR8.4%11女50歳13歳37年1.5(n.c.)0.8(1.2)PPDRPPDR8.1%12男45歳13歳32年0.6(0.8)0.6(0.7)PDRPDR9.0%13女58歳14歳44年光覚なし0.02(0.03)PDRPDR7.2%14女63歳15歳48年0.7(1.0)0.7(1.2)PDRPDR6.3%表2若年期発症症例一覧(n=10)症例No性別年齢発症年齢罹病期間右眼視力左眼視力右網膜症左網膜症HbA1C15161718192021222324女女男女女男男女男男52歳35歳60歳44歳40歳39歳47歳37歳64歳54歳19歳20歳21歳23歳25歳26歳27歳28歳34歳35歳33年15年39年21年15年13年20年9年30年19年0.1(1.0)0.6(1.0)0.06(0.7)0.06(0.3)0.3(1.0)0.3(1.2)0.8(1.2)0.9(1.5)0.08(1.2)0.1(n.c.)0.1(1.5)0.1(1.2)0.3(1.0)0.5(1.0)1.5(n.c.)0.7(0.9)0.1(0.3)0.4(0.8)0.6(0.9)1.0(1.5)PPDRPPDRPPDRSDRNDRNDRSDRNDRSDRPPDRPPDRPPDRPPDRSDRNDRNDRSDRNDRSDRPPDR7.4%6.5%10.7%6.6%5.6%7.8%12.9%9.3%9.2%6.3%104あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016(104) 表3壮年期発症症例一覧(n=13)症例No性別年齢発症年齢罹病期間右眼視力左眼視力右網膜症左網膜症HbA1C25女55歳36歳19年0.09(0.4)0.4(1.2)NDRSDR9.9%26男66歳37歳29年0.6(1.0)0.5(0.9)PPDRPPDR9.7%27男44歳39歳5年0.8(0.9)0.9(1.0)NDRNDR12.0%28女59歳42歳17年0.4(1.5)1.5(n.c.)NDRNDR7.4%29男62歳46歳16年0.06(n.c.)0.04(n.c.)PPDRPPDR8.6%30女89歳51歳38年0.2(0.8)0.3(0.8)PPDRPPDR7.3%31女60歳56歳4年0.4(0.7)0.2(0.6)NDRNDR9.8%32女69歳57歳12年0.1(0.6)0.1(1.2)NDRSDR8.4%33女63歳59歳4年0.9(1.2)1.5(n.c.)NDRNDR6.0%34男79歳65歳14年0.6(1.0)0.1(0.2)SDRSDR6.9%35女73歳71歳2年0.6(0.9)0.5(1.0)NDRNDR7.3%■NDR■SDR■PPDR■PDR100%90%80%70%60%50%40%30%20%10%0%36%40%27%18%14%18%30%55%32%30%小児期若年期壮年期以降(n=14)(n=10)(n=11)図2発症年齢群別の糖尿病網膜症の病期発症年齢は小児期(15歳以下)発症群,若年期(16.35歳)発症群,壮年期以降(36歳以降)発症群の3群に分けた.壮年期以降発症群ではNDRの割合が55%と多かった.また,小児期発症群でのみPDRがみられた(図2).また,罹病期間群別をみると,短期群ではNDRが83%,中期群ではNDR,SDR,PPDRが31%,長期群ではPPDRとPDRが40%と多く,PDRの症例は中期群と長期群でみられた(図3).小児期発症群での糖尿病発症年齢とDRの関係は,NDRは1.13歳で平均7歳.有DRは4.15歳までで平均10歳(SDRは平均10歳,PPDRは平均8歳,PDRは平均12歳)であった.罹病期間とDRの有無との関係は,NDRの罹病年数は罹病14.41年で平均27年,有DRは17.48年で平均38年(SDRは17.28年で平均29年,PPDRでは37.47年で平均42年,PDRでは32.48年で平均41年)であった.若年期発症群の罹病期間とDRの有無との関係は,NDRの罹病年数は罹病9.15年で平均12年,有DRは15.39年で平均25年(SDRは20.30年で平均24年,PPDRでは15.39年で平均27年)であった.壮年期以降発症群の罹病期間とDRの有無との関係は,NDRの罹病年数は罹病2.17年で平均6年,有DRは12.(105)■NDR■SDR■PPDR■PDR100%90%80%70%60%50%40%30%20%10%0%17%6%40%31%83%31%40%31%10%10%短期群中期群長期群(n=18)(n=32)(n=20)図3罹病期間群別の糖尿病網膜症の病期罹病期間は罹病短期群(15年未満群),中期群(15.34年群),長期群(35年以上群)の3群に分類した.38年で平均21年(SDRは12.19年で平均15年,PPDRでは16.38年で平均28年)であった.表4に示したように,PDRを発症している10眼の1型発症は小児期であり,罹病期間は30年以上と長期であった.10眼のうち6眼は,当院初診時にすでにPDRを発症していた,また1例2眼を除き矯正視力0.7以上を保っていた.3.発症年齢群および罹病期間群別の視力,HbA1C,低血糖の有無,その他の合併症発症年齢群別の現在の矯正視力を矯正視力0.1未満,0.1.0.6,0.7.0.9,1.0以上に分類すると,小児期および若年期発症群では矯正視力1.0以上が70%以上,壮年期以降発症群でも45%が矯正視力1.0以上であった.罹病期間群別にみても,矯正視力1.0以上は,短期群31%,中期群66%,長期群70%と安定した視力を保っている(表5).また,矯正視力0.1以下の4眼の視力不良の原因は,PDR(2眼)と糖尿病黄斑症(2眼)であった.発症年齢群別に現在のHbA1C値をみると,小児期および壮年期以降発症群でHbA1C8.0以上の割合が57%,55%と多く,若年期発症群では,HbA1C7.0未満と8.0以上の割合がそれぞれ40%であった.罹病期間群別では,短期群と中あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016105 表4増殖糖尿病網膜症を発症した症例一覧症例氏名性別年齢発症年齢罹病期間現在(両眼)現在視力初診時(両眼)硝子体手術手術年齢備考RV=0.5平成16年に左)硝子体出血を起こし,K病院を紹介.1T.T女53歳6歳47年PDR(0.8)LV=0.7(0.9)SDRH27.1.6左)硝子体手術39歳血糖コントロール不良気味であったため,全身状態が落ち着いてから,硝子体手術を施行.平成25年5月,右)硝子体出血平成6年に受診後,平成21年まで受RV=0.4診なし.9F.M男46歳11歳35年PDR(1.2)LV=1.0(1.2)SDRH24.11.13右)硝子体手術44歳平成21年に再受診でSDRであったが,FAG後,中間周辺部に新生血管の形成がみられ,網膜光凝固を施行.H21.6.16PDR(41歳)RV=0.6H16.1.2712K.M男45歳13歳32年PDR(0.8)LV=0.6PDR右)硝子体手術H26.7.135歳初診時よりPDR(34歳)(0.7)左)硝子体手術初診時(48歳)よりPDR13H.Y女58歳14歳44年PDRRV=I.p(-)LV=0.02(0.03)PDRS60年両)硝子体手術29歳S59眼底出血を起こした.S602箇所の大学病院にて両)硝子体手術右)眼球癆14K.F女63歳15歳48年PDRRV=0.7(1.0)LV=0.7(1.2)PDRH17右)硝子体手術55歳K病院からI眼科へ.硝子体出血発症.本人が不安を感じ,当院紹介された.硝子体手術のため,大学病院を紹介.表5発症年齢群および罹病期間群別の矯正視力の比較矯正視力発症年齢罹病期間小児期群若年期群壮年期群短期群中期群長期群0.1未満2眼(7%)0眼(0%)2眼(9%)0眼(0%)2眼(6%)2眼(10%)0.1.0.60眼(0%)2眼(10%)4眼(18%)3眼(17%)3眼(9%)0眼(0%)0.7.0.94眼(14%)4眼(20%)6眼(27%)4眼(22%)6眼(19%)4眼(20%)1.0以上22眼(79%)14眼(70%)10眼(45%)11眼(61%)21眼(66%)12眼(70%)矯正視力0.1以下の4眼の視力不良の原因は,PDR(2眼)と糖尿病黄斑症(2眼)であった.期群ではHbA1C8.0以上が56%,63%と多いが,長期群になるとHbA1C7.0.7.9%の割合が60%と多かった(表6).最近の低血糖をかなりある(以下,「ある」)とほとんどない(以下,「ない」),不明の3つに分けると,発症年齢群別では,小児期および若年期発症群では「ある」の割合が50%以上であったが,壮年期以降発症群では「ある」と「ない」の割合は同じ36%であった.罹病期間群別では短期群と長期群では「ある」が44%,90%,中期群では「ない」の割合が38%と多かった(表7).発症年齢群別および罹病期間群別の白内障手術施行の有無,硝子体手術施行の有無,糖尿病黄斑症発症の有無につい106あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016ては表8に,各群別のその他の眼症状の発症については表9に示した.4.小児期発症群で罹病期間は長期であるにもかかわらず視力良好な症例小児期発症群(表1)の症例6は,10歳で発症し罹病39年の女性で,NDRである.33歳のとき(平成9年)に片眼の白内障手術を施行し,48歳(平成24年)で僚眼の手術を施行した.本症例は筆者(Y.Y.)も眼科医として参加していた第9回福岡小児糖尿病キャンプで14歳のときに眼底検査で一過性に網膜に出血斑を認めたが,その1カ月後再度眼底検査したときには出血斑は消失していた.以後現在までDR(106) 表6発症年齢群および罹病期間群別のHbA1C値の比較HbA1C発症年齢罹病期間小児期群若年期群壮年期群短期群中期群長期群7.0%未満7%40%18%22%25%10%7.0.7.9%36%20%27%22%13%60%8.0%以上57%40%55%56%63%30%表7発症年齢群および罹病期間群別の低血糖の有無低血糖発症年齢群罹病期間群小児期群若年期群壮年期群短期群中期群長期群ある57%50%36%45%25%90%ない21%30%36%33%38%10%不明21%20%27%22%38%0%は認めていない.矯正視力は左右1.2と1.0である.症例9は,11歳で発症し罹病35年の男性で,28歳時(平成7年)にはSDRであったが,41歳(平成20年)で再来したときに,蛍光眼底造影検査でPDRであることがわかり汎網膜光凝固術を施行した.その1年後に右眼に硝子体出血を起こして硝子体手術を施行した症例であり,矯正視力は左右とも1.2である.III考察Kleinら2)は1型のDRの有病率は71%であると報告した.1型を25年間追跡してChatruvediら3)は15.60歳の1型患者を7年観察した結果としてDRの発症は56%で,リスクが高いと報告している.また近年小児期発症の1型については増加していることも報告されている4).わが国での1型の発症割合は糖尿病患者の5%と言われているが,当院を受診中の1型患者の割合は2%と低かった.1型患者はインスリン注射が不可欠であるために,かかりつけ医よりも総合病院の小児科や内科,眼科を受診していることから,単科の診療所である当院への受診率が低いことによると推定される.わが国での小児期発症症例について,樋上5)は東京女子医大の1型糖尿病123名について10年間追跡調査し,HbA1C(JDS)が9%以上であるとDRを発症しやすく,8%以下であるとDR発症は少ないこと,性別では男性では12歳未満発症,女性では9歳未満発症ではDR発症は少ないこと,また25歳を超えた時点でDRを認めないと10年後にもDRの発症が少ないこと,罹病年数については15年でDR発症は40%,PDRの発症は6%であったと報告した.1型受診患者の現在の年齢は50.59歳でもっとも多かった.発症年齢は3.71歳と幅が広かった.発症期群による(107)表8発症年齢群別および罹病期間群別の白内障手術施行の有無,硝子体手術施行の有無と糖尿病黄斑症発症の有無の割合白内障手術施行の有無施行あり施行なし小児期発症群39%61%若年期発症群35%65%壮年期発症群23%77%罹病短期群6%94%罹病中期群34%66%罹病長期群55%45%硝子体手術施行の有無施行あり施行なし小児期発症群25%75%若年期発症群15%85%壮年期発症群5%95%罹病短期群6%94%罹病中期群16%84%罹病長期群25%75%糖尿病黄斑症の有無発症あり発症なし小児期発症群7%93%若年期発症群15%85%壮年期発症群14%86%罹病短期群0%100%罹病中期群19%81%罹病長期群15%85%患者数と割合は小児期発症群12例,若年期発症群10例,壮年期以降発症群11例であり,それぞれ4割,3割,3割であり,受診患者での発症年齢による差は大きくなかった.罹病期間も2.47年と幅広く,15.19年がもっとも多く,あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016107 表9発症年齢群別と罹病期間群別のその他の眼症状病名発症年齢群罹病期間群小児期28眼若年期20眼壮年期22眼短期群22眼中期群30眼長期群18眼糖尿病黄斑症2眼(7%)3眼(15%)3眼(14%)0眼6眼(19%)3眼(15%)DME以外の黄斑浮腫1眼(4%)0眼2眼(9%)1眼(6%)2眼(6%)0眼白内障11眼(20%)9眼(23%)20眼(45%)10眼(28%)19眼(30%)11眼(28%)角膜びらん5眼(18%)2眼(10%)0眼0眼2眼(6%)5眼(25%)緑内障・高眼圧症6眼(11%)5眼(13%)3眼(7%)3眼(8%)6眼(9%)5眼(13%)硝子体手術後眼7眼(25%)3眼(15%)1眼(5%)1眼(6%)5眼(16%)5眼(25%)網膜前膜1眼(4%)2眼(10%)0眼0眼2眼(6%)1眼(5%)網膜裂孔0眼0眼1眼(5%)0眼1眼(3%)0眼網脈絡脈萎縮0眼1眼(5%)0眼0眼1眼(3%)0眼網脈静脈閉塞症0眼0眼1眼(5%)1眼(6%)0眼0眼加齢黄斑変性症0眼0眼1眼(5%)1眼(6%)0眼0眼硝子体手術後眼11眼の手術施行の原因は,PDRのため7眼,網脈静脈閉塞症による黄斑部浮腫のため1眼,黄斑前膜のため3眼であった.ついで35.39年にピークがあった(図1).4歳で発症した51歳の症例と,6歳で発症した53歳の2症例の罹病期間が47年でもっとも長かった.当然のことながら小児期発症患者での罹病期間は長くなっていた(表1).現在のDR病期を平成25年に当院を受診した2型と比較してみると,2型(n=2,902眼)ではNDR61%,SDR20%,PPDR11%,PDR7%,不明1%であったので1型では有意にNDRの割合が低く(p<0.05,c2検定),重症DRの割合が高くなっていた.2型のほうが1型よりもNDRの比率は高く,重症DRの比率は低くなっていたが,2型よりも1型の罹病期間が長いことによるものと推定される.発症年代別のDRの有病率は,小児期発症群と壮年期以降発症群では70%にDRがみられるが,若年期発症群では45%と有病率は低く,DR病期も若くして発症しているほど重症化がみられた(図2).罹病期間群別でDRの有病率を比較すると,短期群,中期群,長期群では短期群ほど有病率は低く,罹病期間が長くなると有病率は高くなり,とくにPDRは小児期発症群にのみ約4割みられ,罹病年数では短期群ではPDRはなく,中期群と長期群の症例であった(図3).PDRの症例はいずれも小児期発症群で罹病期間が中期群と長期群の症例であり,光凝固を施行した年齢も20.45歳(罹病年数は40年)までと幅広かった(表4).矯正視力については1.0以上の症例がもっとも多く,1.0の割合は発症年齢で小児期発症群は8割,若年期発症群では7割,壮年期発症群では半数弱に減少していて,罹病期間では短期群と中期群で6割,長期群では7割であった.小児期発症群では若いうちにDRが進行してしまって視力も不良な一部の症例以外では,重症DRへの進行がなく,病歴が長く108あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016なっても視力は良好なままであった(表5).現在の時点でのHbA1Cは,罹病期間の短期群では約7割が8%以上と不良で,発症年齢別では小児期発症群と壮年期以降発症群で8%以上が5割を超え,若年期発症群では4割であった(表6).DRの病期とHbA1Cの良好不良との間にも,また低血糖の有無との間にも関係はなかった.白内障手術も硝子体手術も小児期発症群と罹病期間の長期群で手術施行比率は高くなっていた.糖尿病黄斑症については小児期発症群では少なく,罹病期間の短期群ではみられなかった(表8).その他の合併症として,緑内障・高眼圧症は小児期発症群と罹病中期群で比率が高かった.壮年期以降発症者では静脈分枝閉塞症と加齢黄斑症がみられ,壮年期発症者での視力低下の原因になっていた(表9).小児期発症12例24眼の発症年齢は1.15歳,罹病年数は14.48年と長かった.DR病期はNDRが9眼(32%),SDRが5眼(18%),PPDRが4眼(14%),PDR10眼(36%)であり,PDRは小児期の5例10眼のみであった.症例数が少ないので比較はむずかしいが,樋上の報告よりも病歴が長いためかNDRの比率が低くPDRの比率が高くなっていた.表1の症例9は,11歳で発症し罹病35年の男性で,28歳時にはSDRであったが,41歳のときに再来したので蛍光眼底造影検査でPDRであることがわかり汎網膜光凝固術を施行した.その1年後に右眼に硝子体出血を起こして硝子体手術を施行した症例である.視力が不良であったのは,14歳で発症した罹病44年の症例13の1例2眼のみであった.この症例は29歳(昭和60年)の頃にPDRとなり当時ようやく普及しつつあった硝子体手術を大学病院で数回にわ(108) たり施行されたが,右眼は眼球癆となり左眼のみ辛うじて視年数も長いこと,またインスリン注射が必須であるために治機能を残すことができた症例であった.現在の手術水準であ療には困難が伴う.しかし,現在では内科・眼科の治療方法ればおそらくもっと良い視機能を保てたであろうと推測されの進歩によりDRの発症や進行の防止が可能な症例も多く,る.症例6は,10歳で発症し罹病39年でNDRの女性であたとえ進行しても視機能を保つことが可能になった.当院受るが,33歳のときに片眼の白内障手術を施行し,48歳で僚診中の1型では,15歳以下発症群では罹病期間が長く,DR眼の手術を施行した.本症例は筆者も参加していた小児糖尿の有病率も高く,PDRもみられるが,視力は良好な症例も病キャンプで14歳のときに眼底検査で一過性に網膜に出血多かったことから早期からの眼科の介入が重要であるといえ斑を認めたが,その1カ月後再度眼底検査したときには出血る.斑は消失していた.以後現在までDRは認めていない.総じて小児期発症群では5例9眼にDRは認めず,1例2眼を除いて視機能も良好に保たれていた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし2型のDR有病率は,平均6.7年の追跡期間中16.8%の患者にDRが発症したとJDCS(JapanDiabetesComplication文献Study)6)では報告されている.小児期発症群でのNDRの罹1)日本臨床内科医会調査研究グループ:糖尿病神経障害に関病期間は14.39年で平均27年と長かった.また若年期とする調査研究第2報糖尿病神経障害.日本臨床内科医会会壮年期以降を合わせた群では罹病期間が2.39年,平均17誌16:353-381,2001年でDRの有病率は43%と高かったが,罹病期間が2.172)KleinR,KleinBE,MossSEetal:TheWisconsinEpide年の短い症例ではDRは認めなかった.有DRの罹病期間はmiologicStudyofDiabeticRetinopathy:XVII.The14-yearincidenceandprogressionofdiabeticretinopathy12.39年であったが,PDRはみられなかった.今後さらにandassociatedriskfactorsintype1diabetes.Ophthalmol病歴が長くなれば小児期発症の1型でもPDRを発症してくogy105:1801-1815,1998る可能性はあると思われる.3)ChaturvediN,SjoelieAK,PortaMetal:Markersof2型と比較すると1型の場合には血糖コントロールは困難insuinresistancearestrongriskfactorsforretinopathyincidenceintype1diabetes.TheEURODIABProspectiveではあるが,患者あるいは保護者の努力により,若年期以降ComplicationsStudy.DiabatesCare14:284-289,2001に発症した1型では罹病年数が長くなってもPDRの発症が4)田嶼尚子,松島雅人,安田佳苗:特集1型糖尿病1型糖尿みられなかったと推定される.しかしながら今後は加齢によ病の疫学.糖尿病42:833-835,1999る白内障,緑内障,静脈閉塞症や加齢黄斑変性症などでの視5)樋上裕子:日本人小児期発症インスリン依存型糖尿病も発症年齢から考察した網膜症出現に関する研究.東女医大誌機能障害の増加が予想される.小児期の症例で罹病30年を66:323-329,1996超えてPDRになっていた症例もあることから,罹病年数が6)YoshidaY,HaguraR,HaraYetal:Riskfactorsfortheさらに長くなれば今後PDRも発症してくるものと考えられ,developmentofdiabeticretinopathyinJapanesetype2内科や小児科との連携を保って経過観察していくことが重要diabeticpatients.DiabetesResClinPract.51:195-203,2001である.IV結語1型は発症も乳幼児から高齢になるまで幅広いこと,罹病***(109)あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016109

ブックレビュー:東範行編集 『小児眼科学』

2016年1月31日 日曜日

ブックレビューブックレビュー■東範行編集『小児眼科学』(B5判本文568頁,定価24,000円+税,ISBN978-4-89590-526-8/C3047,三輪書店,2015年10月)先日の日本臨床眼科学会でのこと.会場から会場への移動の際,特設の書店に目をやると,印象的な子どもの顔が目に飛び込んできた.先行発売本の紹介だったのだが,白い上品な表紙に「小児眼科学」と書かれていた.眼科学は,小児から高齢者までのすべての年齢の視覚障害を対象として診療を行う基本診療科である.眼科専門医になるためには,このすべての分野の標準的な診療について学ばねばならない.なかでも小児眼科は,診察の技術の習得がむずかしく,また多くの種類の疾患があるため専門医を志向する若い眼科医にとっては取っ付きにくさもある分野である.『小児眼科学』は,国立成育医療研究センターの東範行先生が渾身の力をこめてまとめられた本で,現在小児眼科のリーダー的な先生からこれから活躍が期待できる若手の先生まで,多くの医師が執筆に携わっている.いわば,日本の小児眼科医が総力を結集して作り上げたと言っても過言ではない.500ページを超える本の厚さからもその思いが伝わってくる.内容は,小児眼科の基礎から最新の治療まで詳細に書かれている.さらに疾患のみならず,小児の診察・周術期の管理法から学校保健,健診といった行政関連に至るまで網羅されている.広画角眼底カメラであるRetCamRやOCT(opticalcoherencetomography)といった最新の診断システムが充実したこともあり,これまでの本と比べものにならないほど多くの眼底写真が掲載されている.小児疾患は希少なものが多いが,なかなかお目にかかれないような眼底も見ることができる.診察さえも非協力的な小児を相手に,これほどまで症例を集められた東先生をはじめ執筆を担当された小児眼科専門の先生に敬意を表したい.これから小児眼科を学ぶ若い医師にとっては,典型的な症例をきちんと学ぶことが大変重要である.そのためにもこのように多くの臨床所見に接することのできる本書は大きな助けとなると考える.専門医の資格を取得した市中病院の医長や医員として頑張っている医師にとっては,小児の診察法を学ぼうと願ってもなかなかできないのではないだろうか.小児を診る機会が少ないと,どのようにアプローチしたら良いかとまどってしまう.あるいは,小児の眼について学ぼうと思っても,学ぶ機会が少ない.この本は小児の眼を診るときのバイブルとなる1冊である.1冊診察室に置いておけば,子どもが来たときも安心して診察することができそうだ.日本は未曾有の超高齢社会になり,医療の現場でのmajorityは高齢者となった.眼科においても,一般診療では白内障や緑内障,糖尿病網膜症,加齢黄斑変性など加齢性の眼疾患患者数が多く,これらの分野における我が国の臨床研究の発展は目覚ましい.しかしながら,これからの日本の将来を支える子どもたちの視力を守りつつ正常な発達を支える小児眼科にも,われわれは多くの労力を割くべきなのではないだろうか.本書はこれからの小児眼科を学ぶ医師,日常診療で小児眼科診療を担当する医師,そして,もちろん小児眼科を中心に眼科診療を行うベテラン医師,いずれにとっても大変大切な教科書になると確信している.(山形大学眼科山下英俊)☆☆☆(79)あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016790910-1810/16/\100/頁/JCOPY

My boom 48.

2016年1月31日 日曜日

監修=大橋裕一連載.MyboomMyboom第48回「川北哲也」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)連載.MyboomMyboom第48回「川北哲也」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)自己紹介川北哲也(かわきた・てつや)慶應義塾大学医学部眼科学教室私は平成7年に金沢大学医学部を卒業後,小牧市民病院での1年間のローテート研修を経て,名古屋大学医学部大学院に入学し,3Dの刺激を中心視野と周辺視野に負荷した際の体の動きなどの研究で学位を取得しました.その後,東京歯科大学市川総合病院眼科で角膜フェローとして2年間勉強させていただいた後,OcularSurfaceCenter(Miami,FL)でDr.Tsengのもと,角膜の上皮,実質細胞の分化について3年ほど研究させていただきました.その後,東京歯科大学市川総合病院眼科に戻らせていただき,2年間後に慶應義塾大学医学部眼科学教室に移り,臨床,研究を行っております.ご覧の通り,今までいろいろな所を転々とさせていただいていますが,周りの先生方,スタッフにとても恵まれていて,楽しく毎日を過ごさせていただいております.大学生時代は軟式テニス部に所属し,冬はスキーを楽しんでいました.ひとり旅が好きで,初めてブラジルに行ったときは(ホテルの予約はなし),クレジットカードが使えず,リオデジャネイロで知り合った日系の方(老夫婦)の家に誘われるがまま泊めてもらって仲良くなり,そこの息子と無人島でキャンプをしたこともあります.周りから見ると,サバイバル能力が高いと思われているようです.Myboom:研究今,臨床研究で興味があるのは角膜実質です.CAS(77)0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(cellalivesystem)という磁場をかけて凍結する日本の企業発の凍結装置を用いて,ヒトのドナー角膜を凍結し,実際の角膜表層移植術に用いる臨床研究を行っております.このCASという凍結保存技術は,ケーキをはじめ海産物,鮨の凍結などさまざまな食品にすでに応用されています.CASは,解凍したときにドリップ現象が起きず,おいしく食べられる技術として知られています.また再生医療の分野でも,ヒト歯根膜細胞の長期保存に応用されたりしています.今のところの中間報告としては,通常の保存角膜よりも術後の透明性がよく,術後の経過(視力)もよい印象があり,期待しています.涙腺機能の賦活化,再生も興味がある分野ですが,まだ基礎研究の段階から臨床研究へのステップアップは時間がかかりそうです.Myboom:チャリティーパーティー坪田教授はパーティーが大好きで,アイバンクのチャリティーパーティーを毎年行っています(写真1).そのほかにも,さまざまな分野で活躍されている方々と接する機会があれば,なるべく参加するように心がけていま写真1AsiaARVOの懇親会あたらしい眼科Vol.33,No.1,201677 す.いろいろなご縁で,眼科とは関係のないさまざまなチャリティーパーティーに参加させていただいたりして,各分野で活躍されている方々とお話しする機会もあります.自分とはフィールドがまったく異なっても,その道で一流とよばれている方々と接すると,こちらのモチベーションが上がったり,いろいろと得るものがあると感じます.昨年はそういったご縁で巨人軍の宮崎キャンプで選手の前で講演させていただきました.Myboom:お得なもの探しお得なものを探したりするのが趣味で,たとえば,ふるさと納税は3年前からやっています.ふるさと納税はほとんどの方々がやっていると勘違いしていましたが,周りに聞くと意外にあまりやってないというので逆に驚き,周りの方々にもすすめています.申請もそう面倒なことでもないですし,地方のさまざまな特産品,名産品がいただけます.航空会社のマイレージもうまくためて有効活用し,マイルの特典旅行に出かけたりもしています.また,自宅には42円売電の時に太陽光発電パネルの屋根を設置して,オール電化にしましたが,屋根の傷みも少なくなるうえに,電気消費量の見える化によって,なんの電気器機が電気をよく使うのか,とか,普段まったく意識しないとことに目が行くようになりました.Myboom:家族で過ごす学生結婚した私は,経済的にも精神的にも頼りにならず,妻にかなり苦労をかけてきました.妻は私のわがままをすべて受け入れ,ずっと慣れ親しんだ金沢の地から,名古屋,市川,マイアミ,東京,と付いてきてくれています.結婚したばかりの頃は夫婦げんかも結構ありましたが,時が経つにつれ,あまりそういうことがなくなってきました.私も妻も飲みに行くのは好きなので,たとえ私が遅くなっても,週2回は2人で飲みに出かけます.そこで,いろいろなことをシェアすることが,お写真2娘と囲碁初段の免状互いへの関心がなくならない秘訣かな,と私は思っています.私には一人娘がおります.幼い頃に勤務地を転々としたことで,4回も転校することとなったり,いきなり海外の公立学校に入学したりと,かなりの迷惑をかけてきました.ですが,そのなかでがんばってきた彼女は,私よりもずっと精神的にも成長しています.彼女を見て,いろいろと教えてもらうこともしばしばです.彼女は多趣味で,囲碁も初段の腕前です(写真2).忙しいことにかこつけて,つい最近まで娘と面と向かって話合うことを避けてきた気がしますが,最近は時間をみつけて,娘と2人でショッピングに行ったり,食事したりするようになりました.次のプレゼンターは和歌山医科大学の岡田由香先生です.岡田先生は研究も臨床も精力的にこなされている角膜研究の仲間です.よろしくお願いします.注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.☆☆☆78あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016(78)

硝子体手術のワンポイントアドバイス 152.網膜硝子体手術中に生じる脈絡膜出血(中級編)

2016年1月31日 日曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載152152網膜硝子体手術中に生じる脈絡膜出血(中級編)池田恒彦大阪医科大学眼科●はじめに内眼手術中に生じる脈絡膜出血(駆逐性出血)の原疾患としては白内障や緑内障の報告が多いが,硝子体手術中に脈絡膜出血が生じたとする例も少なからず報告されている.中でも強度近視眼に生じたとする報告が圧倒的に多く,その原因として脈絡膜血管の脆弱性が指摘されている.筆者は過去に3例,硝子体手術中の脈絡膜出血の経験があるが,いずれも強度近視眼であった.●脈絡膜出血の誘因脈絡膜出血の誘因として,強度近視に起因する脈絡膜血管の脆弱性に加えて,術中の眼圧変動や過度の強膜圧迫,強膜バックリング手術の併用などが指摘されている.以前の20ゲージ硝子体手術では,強膜創からの眼内液や空気の漏出が多いと術中の眼圧変動が大きくなっていたが,最近の小切開硝子体手術(micro-incisionvitreoussurgery:MIVS)では,挿入する器具のゲージが小さいことに加えて,トロカールを使用するので,眼圧変動は小さくなっているものと考えられる.ただ,トロカールは可能な限りclosurevalve付きのものを使用し,周囲部の硝子体を切除する際も,過度の強膜圧迫は避け,眼球の変形を必要最小限にすべきである.また,液体灌流下よりも空気灌流下のほうが圧に対する容積変動の許容性が大きくなるので,より脈絡膜出血が生じやすくなる.空気灌流下ではとくに眼球の変形に注意を要する.自験例のうち1例は,強度近視眼に対して初回手術でシリコーンオイルタンポナ.デを行い,シリコーンオイル抜去時に灌流液をオンにしない状態でシリコーンオイル抜去を施行したため,脈絡膜出血が生じた(図1).その他の2例は,いずれも気圧伸展網膜復位術後に経強膜冷凍凝固を裂孔周囲に施行した際に生じた.1例は過度に強膜を圧迫したため,もう1例は冷凍凝固の凝固部位が十分に解凍しないうちにプローブを抜去したため,眼球に過度のストレスがかかって出血が生じたものと考えられる.最近のMIVSにおける術中裂孔閉鎖は眼内光凝固が主体で,経強膜冷凍凝固を施行する機会は少ない(75)0910-1810/16/\100/頁/JCOPY図1シリコーンオイル抜去時に生じた脈絡膜出血例胞状の脈絡膜.離を認める.図2同症例の術後の超音波Bモード写真胞状の脈絡膜出血と扁平な網膜.離を認める.この症例では2週間後に再手術を行い,出血の排除と網膜復位術を施行した.と思われるが,注意を要する点である.●脈絡膜出血に対する治療法通常,脈絡膜出血は発症直後に凝血をきたすため,その場で強膜切開を施行しても出血を排出できないことが多い.いったん創を閉じ,溶血するのを待ったうえで再手術を施行する.経過中は超音波Bモード検査を適宜施行する(図2).溶血に要する期間は通常2週間とされているが,1週間で溶血している症例もある.裂孔原性網膜.離例では,この間に網膜.離が拡大して重症化することがあるが,再手術時に脈絡膜出血を十分に排出できないと確実な復位が得られないので,早すぎる再手術は避ける.あたらしい眼科Vol.33,No.1,201675