連載Myboom監修=大橋裕一第57回「村田敏規」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.自己紹介村田敏規(むらた・としのり)信州大学眼科教授(1986年九州大学卒)「まじめか!」といわれそうですが,1988年に研修医を終えて大学院生となった日からずっと,私のmyboomはVEGF(vascularendothelialgrowthfactor)です.約30年前の話ですから,眼科のresearchmeetingでVEGFを熱く語っても反応は薄く,大学院でお世話になった実験病理の基礎研究者の間でも,まったく注目されていない成長因子でした.大学院生の間で研究テーマは奪い合いでしたから,眼科から来た大学院生の村田はVEGFを研究テーマに選んだと,少しだけ馬鹿にされていたかもしれません.しかし,VEGFとの恋に落ちた私には,すべてはどうでもよいことでした.全くめだたなかったVEGF当時の病理学教室は,1年間はまったく解剖と外科病理診断しか許されず(眼科でいう視力検査と眼圧測定を1年間毎日やるような状況),研究するのは2年生からで,自分のために働くことを,大学院生皆で晩飯を食ったあとの時間で許されるようになりました.結婚して子供がいる大学院生もいましたが,当時はだれも家に帰らず,皆で大学で出前を取って晩飯を済ませてから寝るまでが研究の時間でした.今でも私よりも年上の基礎の先生は,そういった生活が研究者の生活だと思っておられますから,若い先生達が誰も大学院生になることは希望しないのは必然かもしれません.当時眼科では,角膜上皮の再生に期待されていたEGF(epidermalgrowthfactor)と,線維化を誘導することで黄斑円孔を閉鎖させることが期待されるTGFb(transforminggrowthfactorb)が注目されていました.基礎の分野では,どんな細胞でも(血管内皮細胞を含む)劇的に増殖能をあげるFGF(fibroblastgrowthfactor),動脈硬化の世界で凝集した血小板が放出するとして有名になったPDGF(plateletderivedgrowthfactor)に隠れて,VEGFは人口に膾炙することのない成長因子でした.VEGFと私の30年―100%他力本願なtranslationalresearchの完成当時,VEGFが怪しい物質と評価されたのには理由があり,アイソフォームが多数存在するためか,westernblottingで決定されるVEGFの分子量は報告によってまちまちで,実際に存在するのかどうかさえ疑われていました.しかし1989年,私が大学院2年生になった年には,クローニング技術の進歩により,アイソフォームの存在と,他のグループから報告されていたVPF(vascularpermeabilityfactor)と同じ物質であることが報告され,私の愛はさらに燃え上がりました.VPF自体は,白色マウスに青い色素を静脈注射した後で,VPFを皮下注射すると,皮下注射部位の皮膚が青く染まる(血管からの青色の色素の漏出が増加する)ことを売りにして論文発表された,何の役に立つのかわからない物質でした.しかし,眼科経験2年の私にでも,血管新生(増殖糖尿病網膜症)と透過性亢進(黄斑浮腫)の両者を促進し,しかも虚血(蛍光眼底造影でいえば無灌流領域)で産生が亢進する物質は,糖尿病網膜症の病因であると確信できました.VEGFと眼疾患の論文は,なかなかacceptに至りませんでした仮説はいつの時代にも山ほど存在しますから,私が1991年に投稿した「VEGFは糖尿病黄斑浮腫の病因である」という論文は,1995年に『OphthalmicResearch』に採用になるまで7本の雑誌にrejectになり,私自身は周囲の理解を得ることに苦労しました.しかし,VEGFがGenentechという米国初のバイオベンチャーと呼ばれた会社の研究者であるナポレオンフェラーラという,英雄と高級車を並べたようなお名前の先生(現在はUCSDの教授)により発見されたこともあり,Harvard大学眼科との共同研究であっという間に論文が量産され,阻害薬として製品化されたのが,今世界中で広く使われているルセンティスです.基礎研究から製品化のtranslationalresearchの過程で,私は直接的にその(経済的)恩恵になにもあずかってはおりませんが,VEGFの基礎研究から抗VEGFが臨床応用される過程を体験できたことは,他力本願とはいえ,私にとっては紛れもなくtranslationalresearchの完成でした.その過程で,1996年にLosAngelesの(84)DohenyEyeInstituteのRyan教授の研究室で研究させていただきました2年間は本当に充実した日々でした(写真1).LosAngeles留学中に前述のVEGFが糖尿病黄斑浮腫の原因であると書いた論文が,JuvenileDiabetesResearchFoundationの賞をいただき,その結果Harvard大学のFolkman研究室(血管新生という概念とことばを作られたパイオニア,何回もノーベル賞候補になられたが急逝された)の中のAdamis研究室(抗VEGF薬Macugenを開発)で働かせていただいたことは,やりがいという意味で最高の経験でした.TV番組の「しくじり先生,俺みたいになるな」的に言わせていただくと幾つかの反省点があります.VEGFを愛することだけで満足し,それを仕事に残すことに努力が足りませんでした.1)加齢黄斑変性で黄斑下から抜去した脈絡膜血管新生の組織でVEGFを免疫染色して,脈絡膜血管新生にもVEGFが関与することを,やはり1990年代に何回か論文投稿しましたがacceptに至りませんでした.あの論文(達)をどこかに通しておけば,私は加齢黄斑変性の専門家になれていたかもしれません.糖尿病網膜症ほどの興味を持っていなかったので,通るまで出し直す努力を怠りました.2)とくにHarvard大学に移ってからは,直接的に抗VEGF薬の開発にかかわる研究室に所属したにもかかわらず,研究者に徹し,薬の開発にかかわっているという自覚がありませんでした.当時は,特許とか商品化などを考える習慣が,日本の田舎で育った私にはまったくなく,もっと権利の主張を,せめて論文の著者にきちんと加えてもらうことを,強行に主張しておくべきであったと思います.3)眼科診療を根底から変えるような仕事を,『Nature』『Science』に載るような仕事が自分にできるかもしれないという野望をまったく持たずに,研究者としての賞味期限を過ぎてしまいました.これからの若い先生方には本気で世界と戦っていただきたいと思います.次号は大分大学眼科教授の久保田敏昭教授が担当されます.久保田教授は私の大学の先輩で,緑内障,とくに電子顕微鏡による隅角構造に造詣が深い先生です.注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.(83)あたらしい眼科Vol.33,No.10,201614690910-1810/16/\100/頁/JCOPY写真1信州大学医学部の学生に留学を勧めるときに使っている写真上:DohenyEyeInstituteのRyan教授(故人)と当時のブッシュ米国大統領.Ryan教授はブッシュ政権で医療政策のアドバイザーを務めておられた.下:Ryan教授と留学中の私.留学すればそんな偉い人と写真が撮れることを強調し,さらにこの2枚のスライドを交互に映写すると,Ryan教授がいつも一定の顔の角度で写真に写られるため,ブッシュ大統領と私の姿が重なり,サブリミナル効果を期待できる.(84)