特集●眼の先制医療あたらしい眼科33(4):511〜516,2016Fuchs角膜内皮ジストロフィ治療の未来像FuturePerspectiveonTreatmentofFuchsEndothelialCornealDystrophy奥村直毅*はじめにFuchs角膜内皮ジストロフィは,欧米においては40歳以上の約5%が罹患するとされるもっとも頻度の高い遺伝性角膜疾患である.わが国では欧米と比較するとまれな疾患であるが,欧米では罹患率の高さに対応して,角膜移植の原因第1位である.EyebankAssociationofAmerica(EBAA)によると,2014年に全米のアイバンクが提供した角膜グラフト69,833個のうち,角膜内皮疾患に対するものが28,064個であり,そのうちFuchs角膜内皮ジストロフィに対して用いられたものは15,013個であった(表1)1).角膜移植が必要となるような重篤な視力障害の大きなウエイトを占めており,先制医療により角膜移植を回避できるようになれば大きな社会的意義がある.本稿ではFuchs角膜内皮ジストロフィに対して,先制医療を行うことが将来的に可能であるのかということについて,個人的見解を交えて述べる.IFuchs角膜内皮ジストロフィとはFuchs角膜内皮ジストロフィは,1910年にErnstFuchsにより報告された両眼性かつ進行性の角膜内皮疾患である.早期ではguttaeとよばれるDescemet膜から前房側に突出して形成される細かな疣が細隙灯顕微鏡やスペキュラーマイクロスコープにより観察される.進行してくるとguttaeがより著明に観察され,角膜内皮障害が進み,角膜実質浮腫,角膜上皮浮腫をきたす(図1).50代で発症し,20~30年かけてゆっくりと進行する.一方で,より早期に発症するFuchs角膜内皮ジストロフィの家系の報告があるためにearlyonsetとlateonsetとして分類される.Fuchs角膜内皮ジストロフィとして眼科医が一般的に診察している患者はlateonsetである.発症を抑制するような有効な治療法がないために,早期発見された場合でも経過観察をするほかに選択肢はなく,将来的に角膜内皮障害が進行して視力障害が生じると角膜移植を行うというのが現在のスタンダードである.先制医療という本号の特集テーマとは残念ながらかけ離れた状況であると認めざるを得ない.しかし,筆者は一気にこの状況は改善すると考えている.すなわち,将来的には血液検査などによるリスク判定を行い,高リスクな場合には早期から薬物などによる発症の遅延や防止を行い,最終的に角膜移植が必要となる程度まで進行することをできるかぎり回避することができるようになるのではないかと信じている.II先制医療に向けて発症前の予測は可能か1.EarlyonsetのFuchs角膜内皮ジストロフィ連鎖解析により,earlyonsetのFuchs角膜内皮ジストロフィは1番染色体の短腕と関連することが報告されていた.Biswasらはearlyonsetの患者家系を解析する中で1番染色体の短腕に6-7cMintervalがあることを見いだした2).さらに,このintervalに関連する遺伝子の中から,Descemet膜の主たる構成成分であるVIII型コラーゲンをコードするCOL8A2遺伝子(collagen,typeVIII,alpha-2gene)に着目することでp.Gln-455Lys(455番目のグルタミンがリシンに置換されている)のミスセンス変異を有するとFuchs角膜内皮ジストロフィを発症することを突き止めた.さらに,別のグループからもp.Leu450Trpおよびp.Gln455Valのミスセンス変異が別の2家系から発見された3,4).まだ,明らかになっていない変異や遺伝子異常がある可能性はあるものの,少なくともCOL8A2遺伝子の複数のミスセンス変異がearlyonsetのFuchs角膜内皮ジストロフィの原因であることが明らかにされている.Fuchs角膜内皮ジストロフィ患者全体から考えるとわずかな患者数ではあるが,遺伝子検査により現在でもリスク判定が可能といえる.2.LateonsetのFuchs角膜内皮ジストロフィa.SLC4A11(Solutecarrierfamily4,sodiumboratetransporter,member11gene)SLC4A11遺伝子が先天性遺伝性角膜内皮ジストロフィ(congenitalhereditaryendothelialdystrophy:CHED)の原因遺伝子であることが特定されたことを受けて,Fuchs角膜内皮ジストロフィにおいてもSLC4A11が調べられた.ミスセンス突然変異が発症に関与する可能性が示された一方で,SLC4A11がコードされる20番染色体は連鎖解析によりFuchs角膜内皮ジストロフィへの関連が認めておらず,原因遺伝子としては懐疑的な意見もある5,6).まだコンセンサスが得られるには至っていない状況である.b.ZEB1(zincfingerE︲boxbindinghomeobox1gene)ZEB1遺伝子のフレームシフトが後部多形性角膜ジストロフィ(posteriorpolymorphouscornealdystrophy:PPCD)の原因となることから,Fuchs角膜内皮ジストロフィ患者においてもZEB1の変異が調べられた7).Mehtaらは74名中2名においてZEB1遺伝子上のバリアントを認めたのみで原因とはいえないことを報告した9).一方で,Riazuddinらは5種類のZEB1のミスセンス突然変異を384名中7名の患者に認め,Fuchs角膜内皮ジストロフィの原因となりうると報告した8).とくにp.Q840Pの変異を有する1名は家族性発症であり,家族を調査することで12名がFuchs角膜内皮ジストロフィであることが判明した.しかしながら,SLC4A11遺伝子同様まだはっきりとしない状況である.c.TCF4(transcriptionfactor4gene)ごく一部の患者ではSLC4A11やZEB1の遺伝子変異が発症の原因となりうる可能性が報告されたが,やはり依然として大多数の患者では原因遺伝子についてはまったく不明であった.しかし,2010年MayoClinicのBaratzらはゲノムワイド関連解析(genome-wideassociationstudy:GWAS)による解析を行い,TCF4遺伝子の一塩基多型(singlenucleotidepolymorphism:SNP)(rs613872)がFuchs角膜内皮ジストロフィと強く関連することを報告した9).複数の研究グループによって別の患者集団においてもTCF4遺伝子における一塩基多型の再現性が確認された.さらに2012年には,Wieben,BaratzらはTCF4遺伝子の第3イントロンに3塩基の繰り返し配列の延長があることを発見した10).TCF4遺伝子の第3イントロンには正常者でもTGCの3塩基の繰り返し配列が認められるが,Fuchs角膜内皮ジストロフィ患者においてはTGCの繰り返し回数が伸長していたのである.彼らの報告では,正常者では63名中2名(3%)で50回以上のTGCの繰り返しを認めたのに対して,Fuchs角膜内皮ジストロフィ患者では66名中52名(79%)であった.さらに別の集団でもやや頻度は低いものの,同様に繰り返し回数の伸長が患者群で多く認められた.筆者らもWieben,Baratzらとの共同研究により,日本人のFuchs角膜内皮ジストロフィ患者においても47名中12名(26%)に繰り返し回数の伸長が認められることを確認した(図2)11).現在までのところ,TCF4遺伝子の第3イントロンのTGCの3塩基の繰り返し配列の伸長が人種を超えて認められることは間違いなさそうである.3.先制医療に向けて発症前の予測は可能か眼科の一般診療の中で,Fuchs角膜内皮ジストロフィが細隙灯顕微鏡により視力低下を生じる前に偶然発見されることもある.内眼手術に際してスペキュラーマイクロスコープにより角膜内皮の検査を行い発見されることも多い(図3).一般診療のなかで低侵襲に発見が可能であるというのは,先制医療という観点からはアドバンテージである.さらに積極的に発症リスクを評価するということを考えると,採血などによる遺伝子診断ということになるであろう.さまざまな疾患は遺伝因子と環境因子が相まって発症すると考えられている(図4).また,疾患によりどちらの因子のウエイトが大きいのかということもわかってきつつある.Fuchs角膜内皮ジストロフィは長らく孤発性の疾患と考えられてきたが,現在ではもっとも頻度の高い遺伝性角膜ジストロフィであるとされている.今後のさらなる検討が必要ではあるが,Fuchs角膜内皮ジストロフィは図4の右の絵のように遺伝因子が大きい疾患である可能性が高く,遺伝子診断よるリスク判定に適した疾患であるかもしれない.上述のように,TCF4遺伝子の3塩基の繰り返し配列の伸長が26~79%の患者において認められることが明らかになってきた.採算面との兼ね合いではあるが,血液ゲノムのシークエンス解析を行うことで一定の割合の患者については発症リスクが高いことを予測できる.いうまでもなく,より大多数の患者,健常者において同様の検討を行い,繰り返し伸長があることで本当にリスクが上がるのか,どの程度上がるのかといったことを明らかにする必要がある.さらに,TCF4の繰り返し伸長を有さない患者における遺伝子異常の発見も大きな課題である.現在でも,インターネットで申し込み,唾液や血液を送付することで,数万~10万円程度の費用で,いくつかの疾患の発症リスクを予測しようという試みがなされている.まだまだ真のリスク判定とは程遠いという厳しい指摘がなされているが,将来的には精度が高まってくることが予測される.近い将来に,Fuchs角膜内皮ジストロフィやその他の現在リスク判定の対象でない多くの疾患に対するリスク判定が一度に可能になる時代が来るのではないか.「先制医療に向けて発症前の予測は可能か」という問いに対する筆者自身の回答は「現状でもTCF4の繰り返し伸長を調べることでそれなりに可能で,近い将来に低コストでかなりの精度で可能になると考えられる」というものである.あまりに楽観的であろうか.米国のオバマ大統領は2015年1月20日にプレシジョン・メディスンを推し進める計画を発表した.これはアメリカ人の医療記録や遺伝情報を集め,数百万人の規模の大規模データベースを作成し,疾患とそれを発症させる原因となる遺伝子との関係を明らかにしようというものである.Fuchs角膜内皮ジストロフィについてもこのようないわゆるビッグデータに基づき,リスクとなる遺伝子についての解明が加速することが予測される.III薬物療法による進行抑制は可能か現在のところ有効な薬物療法は存在しない.筆者らは,発症予防を可能にする治療薬の開発をめざして,病態の解明を進めている.Erlangen大学(ドイツ)のKruse,Schlötzer-Schrehardtらとの共同研究によりFuchs角膜内皮ジストロフィ患者の角膜内皮をDMEK(Descemet’smembraneendothelialkeratoplasty)の際に採取して培養し,不死化することで疾患モデル細胞の樹立に成功した12).疾患モデル細胞はフィブロネクチンやI型コラーゲンなどの生体内でguttaeやDescemet膜肥厚の原因となる細胞外マトリックスを過剰に産生することが判明した.さらに,TGFbシグナルの活性化により,細胞外マトリックス関連蛋白質を産生し,過剰な細胞外マトリックス関連蛋白質の一部は正常な高次構造に折り畳まれず変性蛋白質として小胞体に蓄積することが明らかになった.さらには小胞体に蓄積した変性蛋白質は,小胞体ストレスを介して細胞死を誘導することを確認している.さらに詳細な検討が必要であるが,長らく不明点の多かった病態メカニズムが明らかになりつつある.このことは創薬ターゲットの発見,薬物治療の開発に今後大きく寄与しうることを示している.興味深いことに,疾患モデル細胞のレベルではあるが,すでに複数の薬剤がこれらの病態メカニズムのいくつかの作用ポイントに働くことで細胞死を抑制できることを見いだしている.まだ臨床応用には時間がかかりそうではあるが,Fuchs角膜内皮ジストロフィの発症を抑制する薬物の開発は夢物語ではないと考えている.細胞を用いた研究のレベルでは,CRISPR-Cas9などゲノム編集技術の発明もあり,ゲノム編集が飛躍的に簡単にできるようになっている.Fuchs角膜内皮ジストロフィの原因となる遺伝子異常をゲノム診断により発見し,原因となる遺伝子変異を「編集」することで,一度の治療で完全に治癒させることも可能になるかもしれない.おわりに近年ではDSEK(Descemetstrippingendothelialkeratoplasty)やDMEKという角膜内皮移植の普及により角膜全層移植と比べて,低侵襲に治療できるようになったが,依然としてFuchs角膜内皮ジストロフィによる角膜内皮障害の唯一の治療法は,ドナー角膜を用いた角膜移植である.これは1904年に行われた初めての角膜移植以来変わっていない.しかしながら,本稿で述べたように,発症前の予測,発症の抑制が可能になる時代がすぐ近くまで来ている(図5).謝辞:本稿を執筆するにあたり,内容のご確認,ご指導をいただきました京都府立医科大学分子医科学教室(ゲノム医科学部門)の中野正和准教授に深謝申し上げます.文献1)EyebankAssociationofAmerica:EyeBankingStatisticalReport.Washington,DC,20142)BiswasS,MunierFL,YardleyJetal:MissensemutationsinCOL8A2,thegeneencodingthealpha2chainoftypeVIIIcollagen,causetwoformsofcornealendothelialdystrophy.HumMolGenet10:2415-2423,20013)GottschJD,SundinOH,LiuSHetal:InheritanceofanovelCOL8A2mutationdefinesadistinctearly-onsetsubtypeoffuchscornealdystrophy.InvestOphthalmolVisSci46:1934-1939,20054)MokJW,KimHS,JooCK:Q455VmutationinCOL8A2isassociatedwithFuchs’cornealdystrophyinKoreanpatients.Eye23:895-903,20095)VithanaEN,MorganPE,RamprasadVetal:SLC4A11mutationsinFuchsendothelialcornealdystrophy.HumMolGenet17:656-666,20086)AldaveAJ,HanJ,FraustoRF:Geneticsofthecornealendothelialdystrophies:anevidence-basedreview.ClinGenet84:109-119,20137)MehtaJS,VithanaEN,TanDTetal:Analysisoftheposteriorpolymorphouscornealdystrophy3gene,TCF8,inlate-onsetFuchsendothelialcornealdystrophy.InvestOphthalmolVisSci49:184-188,20088)RiazuddinSA,ZaghloulNA,Al-SaifAetal:MissensemutationsinTCF8causelate-onsetFuchscornealdystrophyandinteractwithFCD4onchromosome9p.AmJHumGenet86:45-53,20109)BaratzKH,TosakulwongN,RyuEetal:E2-2proteinandFuchs’scornealdystrophy.NEnglJMed36:1016-1024,201010)WiebenED,AleffRA,TosakulwongNetal:Acommontrinucleotiderepeatexpansionwithinthetranscriptionfactor4(TCF4,E2-2)genepredictsFuchscornealdystrophy.PloSOne7:e49083,201211)NakanoM*,OkumuraN*,NakagawaHetal:TrinucleotiderepeatexpansionintheTCF4geneinFuchs’endothelialcornealdystrophyinJapanese.InvestOphthalmolVisSci56:4865-4869,2015(*co-firstauthors)12)OkumuraN,MinamiyamaR,HoLetal:InvolvementofZEB1andSnail1inexcessiveproductionofextracellularmatrixintheFuchsendothelialcornealdystrophy.LabInvest95:1291-304,2015表1角膜移植の原因疾患原因診断症例数診断別の割合(%)障害部位別の割合(%)角膜内皮疾患Fuchs角膜内皮ジストロフィ15,01321.5白内障手術後8,52912.250.0角膜内皮疾患,その他4,5226.5Regraft6,8119.8角膜実質疾患円錐角膜6,98110.022.1その他8,47912.1不明19,49827.927.9合計69,833100100全米のアイバンクが2014年に提供した角膜グラフトによる角膜移植の原因のまとめ.(EyeBankingStatisticalReport2014より改変)*NaokiOkumura:同志社大学生命医科学部医工学科〔別刷請求先〕奥村直毅:〒610-0394京都府京田辺市多々羅都谷1-3同志社大学生命医科学部医工学科0910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(29)511図1Fuchs角膜内皮ジストロフィの前眼部写真軽度の角膜実質浮腫と角膜上皮浮腫を認める.(あたらしい眼科31:349,2014より転載)図2正常者の血液ゲノムのシークエンス解析結果第3イントロンにTGCの反復配列を認める.本例は正常者であり12回の繰り返しを認めるが,Fuchs角膜内皮ジストロフィ患者の多くでは繰り返し回数が50回以上と伸長する.(あたらしい眼科32:53-57,2015より転載)図3非接触スペキュラーマイクロスコープ像角膜内皮細胞密度の低下とguttae(写真で黒く抜けて見える)が観察される.(あたらしい眼科32:53-57,2015より転載)図4疾患発症における遺伝因子と環境因子疾患によりどちらの因子のウエイトが大きいのかということがわかってきつつある.図5Fuchs角膜内皮ジストロフィの先制医療のイメージ(31)あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016513514あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016(32)(33)あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016515516あたらしい眼科Vol.33,No.4,2016(34)