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免疫抑制薬の使い方の基本

2014年9月30日 火曜日

特集●眼炎症(ぶどう膜炎・強膜炎)の治療方針あたらしい眼科31(9):1279~1286,2014特集●眼炎症(ぶどう膜炎・強膜炎)の治療方針あたらしい眼科31(9):1279~1286,2014免疫抑制薬の使い方の基本BasicConceptsofImmunosuppressiveDrugTherapy慶野博*はじめに局所治療に抵抗性を示す非感染性ぶどう膜炎に対して副腎皮質ステロイド(以下,ステロイド)による免疫抑制療法は一般臨床で広く行われているが,ステロイド以外の免疫抑制薬はsecondlineの薬剤として用いられることが多い.わが国でのぶどう膜炎領域における免疫抑制薬の使用については1987年にBehcet病網膜ぶどう膜炎に対してシクロスポリンのみが保険適用となっていたが,2013年3月,公知申請によりBehcet以外の非感染性ぶどう膜炎に対しても適用が拡大された.本稿では非感染性ぶどう膜炎や強膜炎などの炎症性眼疾患に対する免疫抑制薬の適応,免疫抑制薬導入前のスクリーニング,シクロスポリンを中心に眼科領域で使用頻度の高い免疫抑制薬の作用機序・投与法・副作用,導入後の注意点について述べる.さらに免疫抑制薬の具体的な使用法について実際の症例を示しながら概説する.I眼炎症性疾患に対する免疫抑制薬の種類・適応局所治療に抵抗する非感染性ぶどう膜炎や壊死性強膜炎などの眼炎症性疾患に用いられる代表的な免疫抑制薬にはT細胞阻害薬であるシクロスポリン,タクロリムス,代謝拮抗剤であるアザチオプリン,ミコフェノール酸モフェチル,メトトレキセート,アルキル化剤であるシクロフォスファミドなどがある(表1)1~3).これらの薬剤は長期間にわたるステロイド全身投与による副作用の軽減(steroidsparingeffect)を目的として使用される.眼炎症性疾患に対する免疫抑制薬導入の適応として,つぎの1)~4)が挙げられる.1)ステロイド全身投与の離脱が困難な症例,2)副作用でステロイド全身投与の継続が困難な症例,3)ステロイド局所療法に抵抗性を示す小児の慢性ぶどう膜炎,4)全身性炎症性疾患の合併例1~3)(表2).表1免疫抑制薬の分類分類薬剤アルキル化剤シクロフォスファミド(CPA)代謝拮抗剤プリン拮抗剤アザチオプリン(AZP),ミコフェノール酸モフェチル(MMF)葉酸拮抗剤メトトレキセート(MTX)カルシニューリン阻害剤シクロスポリン(CyA),タクロリムス(TAC)*HiroshiKeino:杏林大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕慶野博:〒181-8611東京都三鷹市新川6-20-2杏林大学医学部眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(31)1279 表2免疫抑制薬の適応ステロイドの離脱が困難な症例(ステロイド漸減中に再燃をきたす症例)全身の副作用でステロイドの継続投与が困難な症例ステロイド局所療法に抵抗性を示す小児の慢性ぶどう膜炎全身性炎症性疾患を合併した症例表3免疫抑制薬導入前のスクリーニング全身疾患の有無(高血圧,糖尿病,肺炎,肝・腎機能障害の有無など)血液(CBC,生化学一般)・尿検査胸部X線,心電図感染症の確認(特に結核,梅毒,B型・C型肝炎ウイルス,ヘルペスウイルスなど)小児ぶどう膜炎では小児科との連携 代謝拮抗剤(MTX,MMF,AZP)アルキル化剤(CPA)アルキル化剤(CPA)B細胞核内T細胞阻害剤(CyA)T細胞核内IL-2産生を抑制CPA:シクロフォスファミド,MTX:メトトレキセートMMF:ミコフェノール酸モフェチル,AZP:アザチオプリンCyA:シクロスポリン図1免疫抑制薬の作用部位アザチオプリン,ミコフェノール酸モフェチル,メトトレキセートなどの代謝拮抗剤,アルキル化剤であるシクロフォスファミドはおもに核酸合成を抑制する.シクロスポリンなどのカルシニューリン阻害剤はIL-2産生を抑えT細胞の増殖を選択的に抑制する. 1282あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014(34)代謝経路のなかでdihydrofolatereductaseを競合的に阻害し,還元型葉酸への変換を抑制することでプリン合成を抑制する.また,ピリミジン合成に必要なdUTPからdTMPへの変換を阻害することでDNA合成を抑制する1,2).b.投与法と副作用週1回の経口投与1,2).2~4mgを12時間ごとに内服し,週2日以内で投与する.たとえば月曜日朝1回2mg,夕方1回2mg,翌日(火曜日)朝1回2mgの計6mg/週などである.効果発現までの期間は2~4週間と比較的短い.欧米からの報告では7.5~22.5mg/週が通常量とされるが,わが国では関節リウマチの患者に対して,平成23年2月より16mg/週までの使用が認可されている.副作用は軽症なものとして胃腸障害,口内炎,肝機能傷害があり,MTX併用中のアルコール摂取は減量・中止することが望ましい.重篤なものとして間質性肺炎,骨髄障害(腎機能低下例では要注意)などがある.特に高齢者にMTXを投与する場合,間質性肺炎を誘発する恐れがあり注意を要する.HBVキャリアの場合,劇症肝炎の報告があり投与禁忌である.催奇形性がある.葉酸の併用はMTXの副作用を軽減させるので副作用発現例やハイリスクの患者に対して葉酸5mgの週1回投与(MTX投与後24~48時間)を行う.c.効果ぶどう膜炎や強膜炎に対するMTXの有効性はShahらによって初めて報告され,その後も多数報告されている25~29).特にSamsonらは慢性非感染性ぶどう膜炎160例にMTXを投与したところ,全体の56%でステロイド投与量の減量が可能であったと報告している26).さらに最近の米国多施設共同研究の報告では1979~2007年までのステロイド治療に抵抗性のぶどう膜炎・強膜炎症例384例についてMTXの有効性を検討したところ,治療開始後1年の時点で全体の66%で寛解を維持,また全体の58%の症例でプレドニゾロン10mg/日以下への減量が可能であった30).また,副作用のため最初の1年間で全体の16%でMTXの投与が中止されたと報告している30).当院においてMTXの併用療法を行った強膜炎患者13例中12例で寛解が維持され,ステロイド3.ミコフェノール酸モフェチル(薬剤名:セルセプトR)ミコフェノール酸モフェチル(MMF)もAZPと同様,プリン拮抗薬である.MMFは腎移植においてステロイド,シクロスポリンとの併用で高い効果をあげている.a.作用機序MMFはプリン合成経路のうち,inosinemonophos-phatedehydrogenase(IMP)を抑制することでプリン体のdenovo合成が阻害される.Denovo経路のみに作用し,salvage経路には影響を与えないため活発に増殖しているリンパ球を選択的に抑制する1,2).b.投与法と副作用1~3g/日の経口投与1,2).3g/日まで増量すると副作用の発生率が上昇する.おもに白血球減少,高尿酸血症,嘔気,下痢,悪性リンパ腫などの悪性腫瘍,血栓症などの副作用が報告されているが頻度は高くない.催奇形性がある.c.効果ぶどう膜炎に対しては1998~1999年にかけて英国を中心にMMFの有効性が初めて報告され,その後米国からも多数例での有効性が示された19~22).ついでSobrinらは,メトトレキセート抵抗性のぶどう膜炎・強膜炎の約50%でMMFを導入することで寛解に至ったことを示した23).さらに2010年に米国から報告された多施設共同研究の報告によれば,1995~2007年までのステロイド治療に抵抗性のぶどう膜炎・強膜炎症例236例についてMMFの有効性を検討したところ,治療開始後1年の時点で全体の73%で寛解を維持,また全体の55%の症例でプレドニゾロン10mg/日以下への減量が可能であった24).副作用のため最初の1年間で全体の12%でMMFの投与が中止された24).4.メトトレキセート(薬剤名:リウマトレックスR)メトトレキセート(MTX)は高用量では抗悪性腫瘍薬として使用されるが,低容量ではその抗炎症作用,免疫抑制作用から免疫抑制薬としてリウマチ関連疾患や膠原病の治療などに広く用いられている.a.作用機序MTXは腸管から速やかに吸収され,内服後1~2時間で最高血中濃度に到達する.MTXは葉酸依存性核酸 投与量を5mg/日以下まで減量することが可能であった31).5.シクロフォスファミド(薬剤名:エンドキサンR)シクロフォスファミド(CPA)はアルキル化剤に分類され,DNA合成を阻害し細胞死を誘導する.特にB細胞に対する効果が大きい.抗悪性腫瘍薬として使用されるが,全身性エリテマトーデスや血管炎症候群,特にWegener肉芽腫症に対して高い有効性が報告されている.a.作用機序CPAは肝臓において,強いアルキル化能をもつ活性体(phosphoramidemustard)と膀胱毒性をもつ活性体(acrolein)に変換される.DNAのグアニン基と結合し水素をアルキル基に置換し核酸合成を阻害する.アルキル化剤は細胞毒性がありT細胞,B細胞の増殖抑制,抗体産生抑制を誘導する1,2).b.投与法と副作用1~3mg/kg/日で連日経口投与1,2).Wegener肉芽腫では寛解導入にCPAのパルス投与を施行する32).腎機能低下時には25~50%の減量が必要である.また,骨髄抑制と治療効果により投与量を調整する.注意すべき副作用として骨髄抑制(血球減少),日和見感染,出血性膀胱炎,性腺機能障害,催奇形性,長期使用により膀胱癌などの悪性腫瘍の発生が懸念される1,2,32).メスナは2次代謝産物のacroleinに結合して反応基を中和するので,CPA静注時に同時投与することで出血性膀胱炎の発症を抑制することができる.投与開始1カ月は毎週血液,尿検査を行い,寛解導入後は月1回のモニタリングを継続する.c.効果以前から難治性ぶどう膜炎や強膜炎に対する有効性について欧米を中心にいくつかの報告があるが33~35),2009年の米国の多施設研究によると215例のぶどう膜炎・強膜炎などにしてCPAが経口投与され治療開始12カ月では全体の76%で寛解が維持され,さらに併用ステロイド量を10mg/日以下まで減量できた割合が61%であったと報告している36).また,副作用のため1年以内に33%の症例で投与が中止された36).V各種免疫抑制薬の有効性・副作用・継続率の比較Galorらは眼炎症性疾患に対して使用される頻度の高い代謝拮抗薬であるMTX,AZP,MMFの有効性,副作用について比較検討を行った.その結果,寛解導入までの期間はMMFが最も短く,かつ導入できた割合もMMFが最も高かった37).副作用の発現率,投与中止率についてはAZPが最も高く,MTXとMMFはほぼ同様であった.一方,Nguyenらは非感染性ぶどう膜炎580例について免疫抑制薬の使用頻度を調査したところ,汎ぶどう膜炎(122例)ではMTXが16%と最も高く,MMF6%,AZP4%であった38).さらに上述した2009~2010年にかけて米国から報告された多施設共同研究による各種免疫抑制薬の有効性(治療開始1年以内にプレドニゾロン内服量が10mg/日以下まで減量できた割合),1年以内の副作用による中止率を比較すると(表4),有効性はCPAが最も高く,以下MTX,MMF,AZP,CyAの順であった.一方,中止率についてはCPAが33%で最も高く,以下AZP,MTX,MMF,CyAの順であった.VI症例提示症例は44歳,男性.両眼の視力低下にて当院受診.難聴などの眼外症状を認め眼底検査にて両眼の漿液性網表4各種免疫抑制薬の有効性,継続率の比較CPAMTXMMFAZPCyAステロイド減量効果*(%)61585547361年以内の投与中止例(%)3316122410CPA:シクロフォスファミド,MTX:メトトレキセート,MMF:ミコフェノール酸モフェチル,AZP:アザチオプリン,CyA:シクロスポリン.*1年以内にステロイド(プレドニゾロン)の投与量が10mg/日以下まで減量できた割合.(35)あたらしい眼科Vol.31,No.9,20141283 ABAB図2初診時の眼底写真,OCT画像A:初診時の右眼眼底写真.後極部を主体に漿液性網膜.離を認める.B:右眼OCT画像.黄斑部に著明な網膜下液を認める.寛解導入寛解再導入寛解維持ステロイドパルスステロイドパルスシクロスポリン内服PSL漸減療法PSL漸減療法シクロスポリン150mg/日PSL50再燃25PSLを漸減初診時6カ月後12カ月後18カ月後24カ月後図3治療経過(ステロイドと免疫抑制薬の投与量の推移)原田病の再燃時(眼底型)にはステロイドを用いて早期に寛解導入し,その後はシクロスポリンを併用することで寛解を維持する.所見を確認しながらシクロスポリン導入1カ月を目安にステロイドの減量を開始する.PSL:プレドニゾロン膜.離,視神経乳頭の発赤,髄液検査にて細胞増多を認めたことから原田病と診断(図2).ステロイドパルス療法を2回施行,その後プレドニゾロン(PSL)内服に切り替え漸減したが,25mg/日まで漸減したところで再度両眼の漿液性網膜.離を認めたため,寛解導入目的でステロイドパルス療法を2回施行,その後PSL50mg/日より漸減し,PSL40mg/日へと減量したのと同時にシクロスポリン(ネオーラルR:150mg/日)の併用を開始した(図3).その後PSLを漸減,シクロスポリン併用後は再燃を認めず初診から2年の時点でシクロスポリン内服のみで経過観察を行っている.上記のようなステロイドの漸減に伴い再燃を生じるような症例では寛解へと導入できた時点で免疫抑制薬を併用していくことで,再燃の予防・ステロイド総投与量の減量(steroidsparingeffect)が期待できる39).免疫抑制薬の使用中は定期的な問診,血液検査などを行い副作用の早期発見に努める.さらに免疫抑制薬導入の時点ですでに肝・腎機能低下や肺炎の合併など全身状態が不良1284あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014(36) あたらしい眼科Vol.31,No.9,20141285(37)の場合,他科と連携をとりながら治療方針を決定することが望まれる.また挙児希望のある場合,免疫抑制薬のもつ催奇形性のリスクについて使用前に十分に説明する.おわりに難治性ぶどう膜炎や強膜炎に対して免疫抑制薬を併用することで寛解の維持,ステロイドによる副作用の軽減,ステロイドの減量・離脱が期待できる反面,さまざまな全身の副作用が生じる可能性がある.使用に際しては免疫抑制薬の投与方法,副作用について患者に十分に説明を行い,各専門科と密に連携を取りながら治療を継続していく必要がある.文献1)JabsDA,RosenbaumJT,FosterCSetal:Guidelinesfortheuseofimmunosuppressivedrugsinpatientswithocu-larinflammatorydisorders:recommendationsofanexpertpanel.AmJOphthalmol130:492-513,20002)OkadaAA:Immunomodulatorytherapyforocularinflammatorydisease:Abasicmanualandreviewoftheliterature.OculImmunolInflamm13:335-351,20053)KimEC,FosterCS:Immunomodulatorytherapyforthetreatmentofocularinflammatorydisease:Evidence-basedmedicinerecommendationsforuse.IntOphthalmolClin46:141-164,20064)日本リウマチ学会:B型肝炎ウイルス感染リウマチ性疾患患者への免疫抑制療法に関する提言(改訂)http://www.ryumachi-jp.com/info/news110906_new.pdf5)望月學ほか:非感染性ぶどう膜炎におけるネオーラルRの安全使用マニュアル2013年版.ノバルティスファーマ6)BenEzraD,CohenE,ChajekTetal:Evaluationofcon-ventionaltherapyversuscyclosporineAinBehcetsyn-drome.TransplantProc20(Suppl):136-143,19887)MasudaK,NakajimaA,UrayamaAetal:Double-maskedtrialofcyclosporineversuscolchicineandlong-termopenstudyofcyclosporineinBehcetdisease.Lancet1:1093-1096,19898)MichelSS,EkongA,BaltatzisSetal:Multifocalchoroidi-tisandpanuveitis:immunomodulatorytherapy.Ophthal-mology109:378-383,20029)MurphyCC,GreinerK,PlskovaJetal:Cyclosporinevstacrolimustherapyforposteriorandintermediateuveitis.ArchOphthalmol123:634-641,200510)NussenblattRB,PalestineAG,ChanCCetal:Random-ized,double-maskedstudyofcyclosporinecomparedtoprednisoloneinthetreatmentodendogenousuveitis.AmJOphthalmol112:138-146,199111)WakefieldD,McCluskeyP:Cyclosporinetherapyforseverescleritis.BrJOphthalmol73:743-746,198912)McCarthyJM,DubordPJ,ChalmersAetal:Cyclospo-rineAforthetreatmentofnecrotizingscleritisandcorne-almeltinginpatientwithrheumatoidarthritis.JRheuma-tol19:1358-1361,199213)後藤浩,横井秀俊,臼井正彦:強膜炎に対するシクロスポリン療法.眼臨90:132-136,199614)KacmazRO,KempenJH,NewcombCWetal:Cyclospo-rineforocularinflammatorydisease.Ophthalmology117:576-584,201015)YaziciH,PazarliH,BarnesCGetal:AcontrolledtrialofazathiopurineinBehcet’ssyndrome.NEnglJMed322:281-285,199016)HooperPL,KaplanHJ:Tripleagentimmunosuppressioninserpiginouschoroiditis.Ophthalmology98:944-951,199117)MichelSS,EkongA,BaltatzisSetal:Multifocalchoroidi-tisandpanuveitis.Ophthalmology109:378-383,200218)PasadhikaS,KempenJH,NewcombCWetal:Azathiopu-rineforocularinflammatorydisease.AmJOphthalmol148:500-509,200919)KilmartinDJ,ForresterJV,DickAD:Rescuetherapywithmycophenolatemofetilinrefractoryuveitis.Lancet352:35-36,199820)LarkinG,LightmanS:Mycophenolatemofetil.Ausefulimmunosuppressiveininflammatoryeyedisease.Ophthal-mology106:370-374,199921)BaltatzisS,TufailF,YuENetal:Mycophenolatemofetilasanimmunomodulatoryagentinthetreatmentofchron-icocularinflammatorydisease.Ophthalmology110:1061-1065,200322)SenHN,SuhlerEB,Al-KhatibSQetal:Mycophenolatemofetilforthetreatmentofscleritis.Ophthalmology110:1750-1755,200323)SobrinL,ChristenW,FosterCS:Mycophenolatemofetilaftermethotrexatefailureorintoleranceinthetreatmentofscleritisanduveitis.Ophthalmology115:1416-1421,200824)DanielE,ThroneJE,NewcombCWetal:Mycophenolatemofetilforocularinflammation.AmJOphthalmol149:423-432,201025)ShahSS,LowderCY,SchmittMAetal:Low-dosemeth-otrexatetherapyforocularinflammatorydisease.Oph-thalmlogy99:1419-1423,199226)SamsonCM,WaheedN,BaltatzisSetal:Methotrexatetherapyforchronicnoninfectiousuveitis.Analysisofacaseseriesof160patients.Ophthalmology108:1134-1139,200127)Kaplan-MessasA,BarkanaY,AvniIetal:Methotrexateasafirst-linecorticosteroid-sparingtherapyinacohortofuveitisandscleritis.OculImmunolInflamm11:131- 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ステロイド薬の使い方の基本

2014年9月30日 火曜日

特集●眼炎症(ぶどう膜炎・強膜炎)の治療方針あたらしい眼科31(9):1273.1277,2014特集●眼炎症(ぶどう膜炎・強膜炎)の治療方針あたらしい眼科31(9):1273.1277,2014ステロイド薬の使い方の基本BasicConceptsofCorticosteroidDrugTherapy水内一臣*北市伸義**はじめにぶどう膜炎や強膜炎の原因は多岐にわたるが,感染によるものを除き,内因性のものの治療ではステロイド薬(副腎皮質ステロイド薬)は現在も中心的な薬剤である.しかし,その使用する薬剤の選択,投与法,適応,副作用などを正確に理解して用いなければ十分な効果が得られないばかりか,かえって病状を悪化させることにもなりかねない.本稿ではステロイド薬の使用について,その投与方法ごとに分けて解説したい.I局所療法ステロイド薬の局所療法としては点眼が最も多く用いられる.炎症が強い場合や全身状態などによりステロイド薬の全身投与がむずかしい場合,眼局所注射も行われる.1.点眼薬炎症が前眼部にある場合にはステロイド点眼薬を使用する(表1).強膜炎では通常0.1%ベタメタゾン(リンデロンR)を1日3.4回から開始する.ぶどう膜炎でも前房内の炎症の程度により0.1%ベタメタゾン(リンデロンR)を1日3.4回で開始し,消炎とともに漸減する.短期間で完全に消炎していれば中止してかまわないが,炎症を繰り返す場合は消炎していても0.1%ベタメタゾン1日1回で継続投与,あるいはぶどう膜炎では0.01%ベタメタゾン,強膜炎ではフルオロメトロン(フルメトロンR)への切り替えを考慮しても良い.サルコイドーシスは前房内に炎症細胞がみられなくても隅角結節を生じて続発緑内障を合併することがあるため,維持量として0.1%ベタメタゾン1日1回を継続投与する場合もある.HLA(humanleukocyteantigen)-B27関連ぶどう膜炎など前房内にフィブリンが析出するほどに前眼部炎症が強い場合は,0.1%ベタメタゾン頻回(1.2時間ごと)点眼に加えて虹彩後癒着を防ぐために散瞳薬点眼,場合によっては後述するステロイド薬の眼局所注射を併用する1).初診時,すでに虹彩後癒着がみられても,夜間就寝時に硫酸アトロピン眼軟膏を点入することで解除できることが多く,試みるべきである(表1)2).糖尿病虹彩炎でもときに前房蓄膿やフィブリン析出,Descemet膜皺襞を伴う強い前眼部炎症をみる.しかし,糖尿病虹彩炎は点眼と糖尿病の内科的治療が基本であり,ステロイド薬は原則として内服しない3).ステロイド薬点眼の副作用には,おもに眼圧上昇や白内障の進行がある.フルオロメトロンのような比較的弱いステロイド薬でも,その使用中は定期的に眼圧を測定する必要がある.小児では白内障・緑内障を予防するためにもその使用は最小限にするよう心がける.2.眼局所注射点眼のみでコントロールがむずかしい激しい炎症や後眼部の炎症の場合,ステロイド薬の眼局所注射を行う.急性前部ぶどう膜炎や前房蓄膿を伴うBehcet病の発*KazuomiMizuuchi:北海道大学大学院医学研究科眼科学分野**NobuyoshiKitaichi:北海道大学大学院医学研究科眼科学分野/北海道医療大学個体差医療科学センター眼科学系〔別刷請求先〕北市伸義:〒002-8072札幌市北区あいの里2条5丁目北海道医療大学個体差医療科学センター眼科学系0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(25)1273 表1急性前部ぶどう膜炎に対する処方例<軽症例>0.1%リンデロン液R1日3回ミドリンPR1日1回就寝時<中等度例>0.1%リンデロン液R1日6回ミドリンPR1日3回<重症例で虹彩後癒着を伴う場合>0.1%リンデロン液R1日6回ミドリンPR1日6回サイプレジンR1日6回ネオシネジンR1日6回リュウアト眼軟膏R1日1回就寝時デカドロンR2mgを連日結膜下注射これらで改善が不十分な場合はさらに下記内服を追加するプレドニン錠(5mg)R6錠分2朝4錠昼2錠2.4週ごとに5.10mg漸減表2後部Tenon.下注射の実施手順<鈍針を用いる場合>1.仰臥位で4%キシロカインなどを点眼後16倍イソジンなどで消毒する2.シリンジに23G針を接続(2%キシロカインを0.1ml程度混注してもよい)する3.開瞼器をかけ患者に上鼻側を注視させる4.角膜輪部から5.6mm後方下耳側スプリング剪刀で結膜・Tenon.を切開する5.鈍針の先端を強膜に沿わせながら挿入6.Tenon.下に達したら血液の逆流がないことを確認して薬液を注入する7.1週間程度の抗生物質点眼を指示する<鋭針を用いる場合>1.仰臥位で4%キシロカインなどを点眼する(通常消毒は不要)2.シリンジに25G鋭針を接続する3.患者に上鼻側を注視させる(開瞼器は不要)4.下耳側の結膜円蓋部から鋭針をベベルダウンで刺入し,刺入点を支点にして左右に針の先端を大きく振りながら強膜に沿わせ挿入する5.ほぼ垂直位でTenon.下に達したら薬液を注入する6.冷蔵庫で冷やした清浄綿(冷リント)を5分程度眼瞼上に載せて安静にする(抗生物質の点眼は不要)2 3表3ステロイド薬大量療法とパルス療法の投与例<大量療法>・プレドニゾロン(水溶性プレドニンR)200mg+生理食塩水250ml※点滴静注で治療を開始し,2日間.以後2日ごとに150,100,80mgと漸減↓・プレドニゾロン(プレドニンR)60mg+グラケーR1カプセル1日3回※内服4日間.以後40mgを7日間,30mを14日間と漸減↓・プレドニゾロン(プレドニンR)20mg+グラケーR1カプセル1日3回※内服28日間.以後28日ごとに15mg,10mg,10/5mg,5mg,5/0mgと漸減して中止<パルス療法>・メチルプレドニゾロン(ソル・メドロールR)1,000mg+生理食塩水250ml※点滴静注で治療を開始し,3日間↓・プレドニゾロン(プレドニンR)40mg+グラケーR1カプセル1日3回※内服14日間.以後30mgを14日間と漸減↓・プレドニゾロン(プレドニンR)20mg+グラケーR1カプセル1日3回※内服28日間.以後28日ごとに15mg,10mg,10/5mg,5mg,5/0mgと漸減して中止 表4ステロイド薬で予想されるおもな副作用や注意点a.眼圧上昇b.白内障の進行c.免疫力の低下d.消化性潰瘍e.血糖値の悪化f.骨粗鬆症g.精神変調h.満月様顔貌(ムーンフェイス),肥満i.離脱症候群(副腎不全)j.妊婦および授乳婦への投与k.小児の成長障害l.骨壊死(大腿骨頭壊死など)m.その他血圧の上昇,肝機能障害,腎機能障害,血栓症,動脈硬化,脂質異常症,むくみ,便秘,ステロイド.創,増毛,脱毛,生理不順,不整脈,ステロイド筋症(ミオパチー),創傷治癒遷延など= あたらしい眼科Vol.31,No.9,20141277(29)理解し,適切に管理して使用すれば大変有効な薬であり,今後もなお眼炎症治療の中心となるであろう.本稿が眼炎症にステロイド薬治療を行う際の一助になれば幸いである.文献1)北市伸義:急性前部ぶどう膜炎.眼科薬物療法.眼科54(臨増):1358-1361,20122)北市伸義:急性前部ぶどう膜炎.外傷以外で救急処置が必要な眼疾患.専門医のための眼科クオリファイ21眼救急疾患スクランブル.p316-319,中山書店,20143)北市伸義:糖尿病虹彩炎.専門医のための眼科クオリファイ16糖尿病眼合併症の新展開.p158-162-319,中山書店,20134)北市伸義:CQ眼内注射法の実際について教えてください.専門医のための眼科クオリファイ13ぶどう膜炎を斬る.p119-121,中山書店,20125)北市伸義:Vogt-小柳-原田病・交感性眼炎.眼科プラクティス23眼科薬物療法AtoZ.p136-138,文光堂,20086)KitaichiN,HorieY,OhnoS:PrompttherapyreducesthedurationofsystemiccorticosteroidsinVogt-Koyanagi-Haradadisease.GraefesArchClinExpOphthalmol246:1641-1642,2008k.小児の成長障害小児にステロイド薬を長期間投与すると低身長など成長障害を起こす可能性がある.小児科と連携しながらその必要性や投与量や投与期間を十分検討する.l.骨壊死(大腿骨頭壊死など)頻度は多くないが,ステロイド薬の投与期間が長くなると大腿骨や下腿などの骨端が壊死することがある.早期発見が大切であるが痛みを伴わないことも多く,発見が遅れることがある.m.その他血圧の上昇,肝機能障害,腎機能障害,血栓症,動脈硬化,脂質異常症,むくみ,便秘,ステロイド.創,増毛,脱毛,生理不順,不整脈,ステロイド筋症(ミオパチー),創傷治癒遷延など.おわりにぶどう膜炎や強膜炎の重要な治療薬の一つとして,ステロイド薬の選択,適応,投与法,副作用などについて解説した.ステロイド薬は局所投与・全身投与いずれの場合も,その効果と予想しうる副作用を事前にしっかり

抗真菌薬の使い方の基本

2014年9月30日 火曜日

特集●眼炎症(ぶどう膜炎・強膜炎)の治療方針あたらしい眼科31(9):1267.1271,2014特集●眼炎症(ぶどう膜炎・強膜炎)の治療方針あたらしい眼科31(9):1267.1271,2014抗真菌薬の使い方の基本BasicConceptsofAnti-fungalDrugTherapy橋田徳康*はじめに感染性眼内炎はぶどう膜炎のなかでも病原体感染が原因となって起こる炎症疾患で,なかでも原因としての真菌性眼内炎は大学附属病院を対象としたぶどう膜炎の疫学調査によれば,ぶどう膜炎全体に占める割合は1.0%と報告されている1,2).真菌性眼内炎は,外傷や眼内手術創からの感染が原因となって起こる外因性眼内炎と,体内にもともと真菌の感染病巣があり血行性に真菌が移行して起こる内因性眼内炎がある.もちろん,内因性のものが多い.内因性のものは,悪性腫瘍・移植後・AIDS(後天性免疫不全症候群)など免疫抑制状態・ステロイド薬全身投与が長期にわたる場合や,経中心静脈高カロリー輸液(intravenoushyperalimentation:IVH),血管内留置カテーテルの挿入および維持やバルーン留置に関連して生じる場合が多い.眼科手術後の真菌性眼内炎は非常にまれで発症を完全に予防することはむずかしく,場合によっては術後半年から1年以上経過してから発症することもある.真菌自体は,角膜および眼内に病変を作りさまざまな病態を呈するが,本稿では角膜の真菌感染症ではなく,眼内に播種した真菌感染による感染性ぶどう膜炎の一つとしての真菌性眼内炎について,その診断と治療について述べる.I病原体について真菌は形態学的に糸状菌と酵母菌の2つに分類される.糸状菌は分岐性フィラメント状の多胞性構造体をもち,Fusariumsolaniなどのフサリウム属が多く,他にアスペルキルス属・ペニシリウム属などがある.一方,単細胞性の栄養体で球形もしくは楕円形をしているものを酵母菌とよぶ.感染菌種の同定はとても大切であり,過去の報告によるとほとんどの起因菌はカンジダ属である3,4).特にCandidaalbicansは代表菌種で,角膜真菌感染症と合わせて他にC.tropicaris,C.parapsilosis,C.glabrata,C.kruseiなどが報告されている5).真菌性眼内炎の起因菌としてはカンジダがほとんどであるため,菌が証明されるまではカンジダ症を想定しながら対処して良いと思われる.II臨床症状・眼科的所見眼症状の初発症状として,まず飛蚊症・霧視から始まりしばらくして充血・視力低下を自覚してくることが多い.真菌血症に引き続いて起こるので,発熱の既往があることが多いが,高齢者の場合は発熱もないこともあり(本人が気づかない場合も)特異性が高いわけではない.他覚的所見な眼科所見に関して,前眼部所見として軽度の虹彩炎や角膜後面沈着物があり(図1),前房内に非常に炎症細胞の浸潤を認めたり虹彩後癒着を生じたりすることがある(図2,3).炎症は硝子体全体に及ぶので,細隙灯顕微鏡で観察すると硝子体への炎症波及を反映して前部硝子体付近に強い細胞浸潤が認められるのがわかる.真菌はまず血管内に侵入して血行性に脈絡膜毛細血*NoriyasuHashida:大阪大学大学院医学系研究科眼科学教室〔別刷請求先〕橋田徳康:〒160-0023大阪府吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(19)1267 図175歳,女性の真菌性眼内炎患者の前眼部所見図264歳,男性の真菌性眼内炎患者の前眼部所見大小不同な角膜後面沈着物を認める.強い毛様充血と虹彩後癒着を認める.図3図2と同一症例の前眼部所見前房内に強い炎症細胞浸潤を認める.図470歳,男性患者のパノラマ眼底所見視神経乳頭付近に比較的大きな病巣があるほか,散在性に感染病巣を認める.硝子体混濁はまだ強くない. 図5図2と同一症例のパノラマ眼底所見白色滲出病巣は黄斑部にあり,一部周囲に出血を伴っている.周辺網膜にも斑状出血が認められる.図672歳,男性患者の眼底所見病期が進行すると雪玉状や羽毛状のフォーカス(病巣)が認められるようになり,強い硝子体混濁により眼底が透見不能になってくる.表1抗真菌薬の分類ポリエン系アゾール系フロロピリミジン系キャンディン系フルコナゾールアムホテリシンBピマリシンミコナゾールイトラコナゾールフルシトシンミカファンギンナトリウムボリコナゾール 表2抗真菌薬の点滴・経口使用量と硝子体内投与量フルコナゾール(ジフルカンR)イトラコナゾール(イトリゾールR)ボリコナゾール(ブイフェンドR)ミコナゾール(フロリードR)ミカファンギン(ファンガードR)アムホテリシンB(ファンギゾン)通常投与量50.400mg1日1回(点滴・内服)100.200mg1日1回(内服)200.400mg1日2回(点滴・内服)600.1,200mg1日3回(点滴)50.150mg1日1回(点滴)0.5.1.0mg/kg/日1日2回(点滴)硝子体内投与量(μg/0.1mL)100101004055硝子体内灌流液添加量(μg/mL)201010図7図2と同一症例.硝子体手術1年後の眼底所見黄斑部に周囲に網膜出血を伴う隆起性の脈絡膜新生血管を認める.1,200mg/日3回投与に変更する.1.2週間ごとに漸減しながら3週間から3カ月投与する7).症状が進行した状態で治療を開始する場合は,フルコナゾール400mg/日を2週間使用して効果判定する.硝子体混濁や網脈絡膜白斑の消失の程度をもって効果判断を行う.フルコナゾールは点滴静注と内服の2種類の服用形態があるので,点滴静注で網脈絡膜滲出斑がある程度,瘢痕化し病変の消退をみることができた後には,内服に切り替え少なくとも2カ月は経過観察をする.b-D-グルカンが正常になり,網脈絡膜滲出斑が消失あるいは瘢痕化するまで投与を行う.急速な薬物投与の中止は病変の再発につながるからである.フルコナゾールを第一選択にしていることが多い理由として,眼組織への移行の良さと副作用の少なさ,1日1回で済む点があげられるが,最近ではフルコナゾール耐性のカンジダも増えてきており,ボリコナゾール(ブイフェンドR)200.400mg/日を第一選択とすることも多い8).もちろん,1270あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014図8図7と同時期のOCT所見OCTにて脈絡膜新生血管を認める.培養結果に基づいた薬剤感受性試験結果を踏まえて,最終的に薬剤を決定する.眼底が透見できないほどの高度な硝子体混濁がある場合,病変が黄斑に及んで視力予後を脅かす場合・抗真菌薬の全身投与が無効な場合,副作用などで治療ができない場合は,視力予後のことも考えて硝子体手術の適応となる.石橋分類の病期9)は抗真菌薬の効果や硝子体手術後の予後を反映しており,治療方針決定に有用である.特に硝子体手術に関しては,感受性のある抗真菌薬を十分に全身投与したうえで,石橋分類のIII期bが適応時期とされている10).硝子体手術の利点は,原因となった真菌の除去と同時に,投与薬物の眼内移行性を高めよりよい治療効果をもたらすことである.その場合,硝子体術中の灌流液中にフルコナゾール(ジフルカンR)10μg/mLを混入する9).硝子体内注射の有用性についても報告がなされており7),全身状態が悪く点滴静注や内服ができない場合,筆者らの施設では病院薬剤部に依頼して(22) あたらしい眼科Vol.31,No.9,20141271(23)なく,他科との連携も大切である.文献1)GotoH,MochizukiM,YamakiKetal:EpidemiologicalsurveyofintraocularinflammationinJapan.JpnJOph-thalmol51:41-44,20072)OhguroN,SonodaKH,TakeuchiMetal:The2009pro-spectivemulti-centerepidemiologicsurveyofuveitisinJapan.JpnJOphthalmol56:432-435,20123)石橋康久,木村幸子,渡辺享子ほか:本邦における内因性真菌性眼内炎─1986年末までの報告例の集計─.日眼会誌92:952-958,19884)大西克尚:1.真菌性眼内炎.眼科プラクティス47:臼井正彦編,p32-35,文光堂,19995)木下茂,塩田洋,浅利誠志ほか:感染症角膜炎ガイドライン第二版.日眼会誌117:467-509,20136)難波研一:真菌性眼内炎・細菌性眼内炎.眼科プラクティス12眼底アトラス:田野保雄編,p255-256,文光堂,20067)喜多美登里:特集:眼感染症治療戦略アップデート2011転移性眼内炎.あたらしい眼科28:351-356,20118)BreitSM,HariprasadSM,MielerWFetal:Managementofendogenousfungalendophthalmitiswithvoriconazoleandcaspofungin.AmJOphthalmol139:135-140,20059)石橋康久:内因性真菌性眼内炎の病期分類の提案.臨眼47:845-849,199310)佐藤幸裕ほか:内因性真菌性眼内炎の治療成績と石橋分類の有用性.日眼会誌105:37-41,200111)SchulmanJA,PeymanG,FiscellaRetal:Toxicityofintravitrealinjectionoffluconazoleintherabbits.CanJOphthalmol22:304-306,1987フルコナゾール(ジフルカンR)を無菌的にバイアルに分注してもらい,必要時使用として,1週間に1回100μg/0.1mL硝子体内投与している.表2に,抗真菌薬の点滴・経口投与量および,硝子体内投与量の概略について示す.前述したが,抗真菌薬服用に伴う副作用発現には十分留意する必要があり,副作用が少ないとされているフルコナゾールでも長期に使用した場合,肝障害・腎臓機能障害が出ることもあるので,定期的な機能検査は行う必要がある.治療に成功して感染コントロールができても後に,経過中に脈絡膜新生血管を生じて瘢痕化し(図7,8),視力低下の原因になることもあるので,定期的な経過観察が必要である.おわりに移植医療の発達とそれに伴った免疫抑制治療がもたらす恩恵は計り知れないところがある.しかしながら,同時に発がんや感染症の問題は避けて通れない問題になってきており,真菌感染症を含めた免疫抑制患者における感染症・IVH患者は近年増加傾向にある.全身状態が悪い場合,全身治療を優先させるために眼の治療が遅れて進行する場合もあり,できるだけ早く発見して,外科的治療を含めた治療を開始する必要がある.眼科だけで

抗ウイルス薬の使い方の基本

2014年9月30日 火曜日

特集●眼炎症(ぶどう膜炎・強膜炎)の治療方針あたらしい眼科31(9):1259.1265,2014特集●眼炎症(ぶどう膜炎・強膜炎)の治療方針あたらしい眼科31(9):1259.1265,2014抗ウイルス薬の使い方の基本BasicConceptsofAnti-viralDrugTherapy竹内大*はじめにウイルスがぶどう膜炎,強膜炎の病因として知られているのはDNAウイルスであるヒトヘルペスウイルス(humanherpesvirus:HHV),およびRNAウイルス(レトロウイルス科)のヒトTリンパ好性ウイルス1型(humanT-lymphotropicvirus-1:HTLV-1),ヒト免疫不全ウイルス(humanimmunodeficiencyvirus:HIV)である.この他にも,風疹ウイルス,麻疹ウイルス,ムンプスウイルス,インフルエンザウイルス,コクサッキーウイルスなどがウイルス性ぶどう膜炎の病因として報告されているが,ウイルスによる直接の組織障害が発症要因になっているか否かは不明である.I眼科領域で用いられている抗ウイルス薬ウイルスは遺伝子からなり細胞をもたないため,細胞に寄生し,宿主細胞を介して増殖する.細胞内に侵入したウイルスは脱殻し,核酸,蛋白合成により新たなウイルス粒子を形成し,宿主細胞から脱出する.このサイクルの一部のプロセスを薬剤により阻害すること,またはウイルスに対する免疫機構の活性化によりウイルスの増殖を抑制することがウイルス感染症の治療であり,その治療薬を総称して抗ウイルス薬という.そのため,細菌など病原体の細胞を直接破壊する抗生物質とは薬理作用が異なる.細菌は,分子生物学的に共通な形質を有しているため,複数の菌種に対して抗菌活性をもつ(スペクトラムが広い)薬剤があるが,ウイルスは個々で分子生物学的形質の多様性が著しく高いため,それぞれに対する治療薬が必要となることが多い.ぶどう膜炎をきたすウイルスのなかでもHHVは,いったん感染すると終生体内に持続・潜伏して存続し,免疫能が低下すると再発を繰り返す.現在使用されている抗ヘルペスウイルス薬はいずれもウイルスの増殖を抑制するためのものであり,潜伏感染しているウイルスを除外することはできない.眼科領域で使用されている抗ヘルペスウイルス薬には,アシクロビル,ガンシクロビルなどのヌクレオシド類似体,フォスカルネットのピロリン酸類似体がある.ヌクレオシド類似体は,感染細胞内で三リン酸化され活性型となり,ウイルスDNApolymeraseの基質として三リン酸化核酸と競合しDNA合成を阻害する.しかし,アシクロビル,ガンシクロビルは経口吸収が悪いため,経口吸収を改善したこれらの薬剤のプロドラッグであるバラシクロビル,バルガンシクロビルがある.易感染性宿主では長期間薬剤を使用する必要があるため,必然的に薬剤耐性ウイルスが出現する.薬剤耐性ウイルスに対しては,リン酸化などの過程を経ずに直接DNApolymeraseを抑制することができるフォスカルネットが用いられる.しかし,フォスカルネットも経口吸収がきわめて悪く静注薬として使用され,腎臓で直接代謝されるために腎毒性が強いことが問題である.B型肝炎,C型肝炎の治療に用いられているインターフェロンは,ウイルスに対する免疫作用を促進することによりウイルス増殖,あるいはウイルス感染細胞の増殖を抑制*MasaruTakeuchi:防衛医科大学校眼科学講座〔別刷請求先〕竹内大:〒359-0042埼玉県所沢市並木3-2防衛医科大学校眼科学講座0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(11)1259 ====図1実質型角膜炎領域に一致して色素を伴ってみられた豚脂様角膜後面沈着 あたらしい眼科Vol.31,No.9,20141261(13)では,続発緑内障による視神経乳頭所見以外の後眼部所見を呈することはない.〈治療〉重症度に応じて副腎皮質ステロイド(リンデロンR)点眼1日3.6回,散瞳薬(ミドリンPR)点眼1日1.3回,混合感染予防に抗生物質の点眼1日3回,眼圧下降目的の抗緑内障点眼を処方するとともに,バルガンシクロビルの内服(バリキサR)またはその点滴(デノシンR)を行う.HSV,VZVによる虹彩毛様体炎と比較して難治性であり,抗ウイルス薬投与は数カ月以上継続投与することが多く,また再発を繰り返す.b.急性網膜壊死(acuteretinalnecrosis:ARN)HSV-1,HSV-2,VZV感染による汎ぶどう膜炎であ毛様体炎を生じることが前房水を用いたPCR(poly-merasechainreaction)法検査により明らかとなった3).角膜内皮炎を伴う症例が多く,眼圧上昇は40mmHg以上のことも少なくない.炎症は軽度から中等度で,フィブリン析出や虹彩結節などをきたすことはない.角膜後面沈着物は角膜病変に一致してみられ,白色微塵なものからPosner-Schlossman症候群にみられるような類円形で灰白色なもの,coinlesionとよばれる所見を呈するものまでさまざまであるが,持続する炎症により角膜内皮細胞が減少し,水疱性角膜症をきたすこともある(図3).HSV,VZVによる虹彩毛様体炎と同様に虹彩萎縮を呈し,その形状は斑状,扇状,区画性,びまん性とさまざまである.正常免疫能保持者のCMV虹彩毛様体炎図2VZV虹彩毛様体炎にみられる濃密でほぼ一様な類円形の豚脂様角膜後面沈着物(A)および扇状の虹彩萎縮(B)AB図3CMV虹彩毛様体炎にみられる白色微細な角膜後面沈着物(A)および角膜内皮炎による角膜浮腫(B)AB図2VZV虹彩毛様体炎にみられる濃密でほぼ一様な類円形の豚脂様角膜後面沈着物(A)および扇状の虹彩萎縮(B)AB図3CMV虹彩毛様体炎にみられる白色微細な角膜後面沈着物(A)および角膜内皮炎による角膜浮腫(B)AB 1262あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014(14)継続療法(2週間):表2に示す.両眼発症の急性網膜壊死では,先行眼発症後1カ月以内に後発眼に発症する確率が70%程度あるため,両眼発症予防のためにも1カ月以上抗ウイルス療法を行う必要がある.また,胃薬,抗骨粗鬆症薬を併用する.り,原因ウイルスに関係なく豚脂様角膜後面沈着物を伴う急性虹彩毛様体炎を呈する.多くの例で眼圧上昇がみられる.病初期は軽度の硝子体混濁,網膜周辺部に散在する黄白色小滲出斑,視神経乳頭の発赤腫脹,および網膜動脈周囲炎を呈する4)(図4A).経過とともに滲出斑は拡大癒合し,病変部は周辺部網膜のほぼ全周および後極に向かって進展する.網膜血管から染み出るような出血が滲出斑に混在してみられ(図4B),視神経乳頭炎も呈する.前眼部炎症は徐々に沈静化するが,硝子体混濁は経過とともに増悪し,眼底の透見性はさらに悪くなる.しかし,発症後3週間程度経過すると病変の拡大は停止し,網膜滲出斑は徐々に萎縮病巣となる.この間,硝子体混濁も軽快し眼底の透見性が一時的に良くなるが,後部硝子体.離の発生とともに硝子体混濁が増悪し,網膜.離を生じる.なお,網膜滲出斑が急速に後極部に向かって進展し,網膜全体が障害される劇症型があり,予後はきわめて不良である.HSV-ARNとVZV-ARNでは病像が多少異なり,HSV-ARNのほうが発症年齢が低く,抗ウイルス薬に対する感受性が高いこともあり軽症例が多い.しかし,臨床所見に相違はなく,臨床所見から鑑別することは困難である.〈治療〉a.局所療法はVZV虹彩毛様体炎の治療に準ずるが,同時に以下の全身治療を開始する.初期療法(2週間):表1に示す.表1急性網膜壊死に対する全身治療:初期療法(2週間)療法薬剤用法用量抗ウイルスアシクロビル(ビクロックスR)点滴3回/日30mg/kg/日抗炎症副腎皮質ステロイド(プレドニゾロンR)点滴1回/日(朝)30.40mg/日抗血小板アスピリン(バイアスピリンR)内服1回/日100mg/日表2急性網膜壊死に対する全身治療:継続療法(2週間)療法薬剤用法用量抗ウイルスアシクロビル(ビクロックスR)点滴3回/日30mg/kg/日抗炎症副腎皮質ステロイド(プレドニゾロンR)点滴1回/日(朝)20.30mg/日(10mg/週で漸減)抗血小板アスピリン(バイアスピリンR)内服1回/日100mg/日*継続療法ではバラシクロビル(バルトレックスR)3,000mg/日,3回/日の内服とともにすべての投薬を内服に変更することも可能である.図4ARNの病初期における軽度の硝子体混濁,視神経乳頭の腫脹,網膜動脈周囲炎(A)およびに散在する黄白色小滲出斑AB表1急性網膜壊死に対する全身治療:初期療法(2週間)療法薬剤用法用量抗ウイルスアシクロビル(ビクロックスR)点滴3回/日30mg/kg/日抗炎症副腎皮質ステロイド(プレドニゾロンR)点滴1回/日(朝)30.40mg/日抗血小板アスピリン(バイアスピリンR)内服1回/日100mg/日表2急性網膜壊死に対する全身治療:継続療法(2週間)療法薬剤用法用量抗ウイルスアシクロビル(ビクロックスR)点滴3回/日30mg/kg/日抗炎症副腎皮質ステロイド(プレドニゾロンR)点滴1回/日(朝)20.30mg/日(10mg/週で漸減)抗血小板アスピリン(バイアスピリンR)内服1回/日100mg/日*継続療法ではバラシクロビル(バルトレックスR)3,000mg/日,3回/日の内服とともにすべての投薬を内服に変更することも可能である.図4ARNの病初期における軽度の硝子体混濁,視神経乳頭の腫脹,網膜動脈周囲炎(A)およびに散在する黄白色小滲出斑AB あたらしい眼科Vol.31,No.9,20141263(15)1)後極部劇症型:網膜血管アーケードに沿って出血を伴った黄白色滲出斑が出現し,速やかに拡大する.2)周辺部腫瘤型:眼底周辺部に顆粒状の小滲出斑が集積した所見を呈し,網膜出血がみられないこともある.病巣は必ずしも網膜血管の走行に伴わなく,病巣の拡大も後極部劇症型よりも緩徐である.いずれのタイプも病巣と正常網膜の境界部分に顆粒状の滲出病変が認められ,granularborderとよばれている.滲出斑は徐々に拡大するが,病巣の中心部は萎縮傾向を示し,約20%の症例で網膜.離を併発する.通常は片眼性で発症するが,未治療または治療が奏効しない症例では両眼性になることが多い.〈治療〉全身治療:ガンシクロビルの点滴,バルガンシクロビル内服,ホスカルネットの点滴,または全身的な副作用を考慮しなければならない症例に対してはガンシクロビルの硝子体内投与を行う.CMV網膜炎は免疫不全者に生じる疾患であることから原疾患の治療はもとより,ガンシクロビルには骨髄抑制,ホルカルネットには腎障害の副作用があることから全身状態のモニタリングが必要であり,内科医との連携を密にして治療を継続していくことが大切である.以下に各治療の投与方法を示す.a)ガンシクロビル(デノシンR)の点滴初期療法:5mg/kg/日,2回/日,3週間維持療法:5mg/kg/日,1回/日,5日/週c.サイトメガロウイルス(CMV)網膜炎免疫力低下状態にあるものに発症し(日和見感染),発病者では末梢血CD4+T細胞数が50個/μl以下に減少していることが多い.CMV網膜炎の原因となる疾患を表3に示すが,これらのなかでもHIV感染による後天性免疫不全症候群(acquiredimmunodeficiencysyn-drome:AIDS)患者に最も頻度が高くみられる.1996年以降,HIV感染者に対するHAART(highlyactiveanti-retroviraltreatment)療法によりCMV網膜炎は激減し,今日はHAART導入後に惹起される免疫回復ぶどう膜炎(immunerecoveryuveitis:IRU)がAIDS患者における新たな問題となっているが,CMV網膜炎がAIDS患者の代表的眼合併症であることには変わりはない5).成人のCMV網膜炎は,ウイルスによる直接的な網膜浸潤であるため,前眼部炎症や硝子体炎などの炎症所見に乏しく,基本的な臨床所見は網膜血管病変,網膜滲出斑,網膜出血からなり,以下の2つのタイプに大別される(図5).表3サイトメガロウイルス網膜炎の原因となる免疫力低下をきたす疾患1)後天性免疫不全症候群(acuiredimmunodeficiencysyndrome:AIDS)2)白血病,悪性リンパ腫3)後天性成人型T細胞白血病4)臓器移植後の免疫抑制薬治療図5CMV網膜炎眼所見により後極部劇症型(A)と周辺部腫瘤型(B)に分類される.AB表3サイトメガロウイルス網膜炎の原因となる免疫力低下をきたす疾患1)後天性免疫不全症候群(acuiredimmunodeficiencysyndrome:AIDS)2)白血病,悪性リンパ腫3)後天性成人型T細胞白血病4)臓器移植後の免疫抑制薬治療図5CMV網膜炎眼所見により後極部劇症型(A)と周辺部腫瘤型(B)に分類される.AB 図6PORNの眼底写真周辺部網膜に“cracked-mudappearance”とよばれる所見が図7HTLV.1ぶどう膜炎にみられたヴェール状の硝子みられる.体混濁 図8HIV網膜症にみられる綿花状白斑および網膜出血

抗菌薬の使い方の基本

2014年9月30日 火曜日

特集●眼炎症(ぶどう膜炎・強膜炎)の治療方針あたらしい眼科31(9):1251.1258,2014特集●眼炎症(ぶどう膜炎・強膜炎)の治療方針あたらしい眼科31(9):1251.1258,2014抗菌薬の使い方の基本BasicConceptsofAntibacterialDrugTherapy山田直之*園田康平*はじめに眼球においては,血液眼関門の存在により全身投与された抗菌薬が他臓器に比して届きにくいという特徴がある.われわれ眼科医はこの特徴を理解したうえで眼感染症に対して抗菌薬の選択と投与方法,投与量を決めていかなければならない.抗菌薬とは一般的に細菌に対する治療薬のことである.抗菌薬のうち微生物が作った天然のものを抗生物質,人工的に合成したものを合成抗菌薬という.抗菌薬はbラクタム系,アミノグリコシド系,マクロライド系,リンコマイシン系,ニューキノロン系,テトラサイクリン系,グリコペプチド系,オキサゾリジノン系などに分類される(表1).bラクタム系とは炭素3つと窒素1つからなる環状構造物であるbラクタム環(図1)構造をもつもので,ペニシリン系,セフェム系,カルバペネム系などが含まれる.bラクタム系抗菌薬は細菌の細胞壁の合成に必要な酵素に結合して阻害することで細胞壁合成を妨げ,溶菌することで殺菌的に作用する.一方,細菌の側はbラクタム環を破壊する酵素であるbラクタマーゼを産生して抗菌薬による殺菌を免れようとする(図1).これに対してわれわれ人類は,bラクタマーゼ阻害薬を含む抗菌薬(例:スルバクタム・アンピシリン,タゾバクタム・ピペラシリン)を開発してきた.これにより,細菌が産生するbラクタマーゼによるbラクタム環の破壊を阻害し,抗菌作用を保っている.抗菌薬はbラクタマーゼ阻害薬を配合することでブドウHNRHONSOOHbラクタマーゼO図1bラクタム系であるペニシリンの化学構造式赤色の部分がbラクタム環である.bラクタマーゼがbラクタム環を分解し,薬剤耐性を獲得する.球菌,大腸菌,嫌気性菌に対するスペクトラムを広げてきたが,使用に当たっては漫然と使用せず耐性化や菌交代に留意が必要である.I抗菌薬各系のスペクトラム概要まずポピュラーで常在菌も多いグラム陽性球菌に対する抗菌薬としてペニシリンが開発された.ペニシリン系はグラム陽性球菌,特にStreptococcus属(レンサ球菌,肺炎球菌)に有効である.近年は緑膿菌にまでスペクトラムが広げたものが開発されているが,グラム陽性菌に対する効力は相対的に落ちると考えられているので注意が必要である.一方で,ペニシリンが効きにくい菌も増えてきたためセフェム系が開発された.セフェム系は世代にかかわらずグラム陰性桿菌,特に大腸菌に有効な抗菌薬といえる.第1世代はグラム陽性*NaoyukiYamada&Koh-HeiSonoda:山口大学大学院医学系研究科眼科学〔別刷請求先〕山田直之:〒755-8505宇部市南小串1-1-1山口大学大学院医学系研究科眼科学0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(3)1251 表1スペクbラクタム系ペニシリン系細胞壁合成阻害殺菌性ベンジルペニシリンベンジルペニシリン(ペニシリンGカリウム,PCG)アンピシリンアンピシリン(ビクシリンR,ABPC)アモキシシリン(サワシリンR,AMPC)スルバクタム・アンピシン(ユナシンR-S,SBT/ABPC)ピペラシリンピペラシリン(ペントシリンR,PIPC)タゾバクタム・ピペラシリン(ゾシンR,TAZ/PIPC)セフェム系第1世代セファゾリン(セファメジンR,CEZ)第2世代セフォチアム(パンスポリンR,CTM)セフメタゾール(セフメタゾンR,CMZ)第3世代セフトリアキソン(ロセフィンR,CTRX)セフォタキシム(セフォタックスR,CTX)セフタジジム(モダシンR,CAZ)第4世代セフェピム(マキシピームR,CFPM)カルバペネム系イミペネム・シラスタチン(チエナムR,IPM/CS)メロペネム(メロペンR,MEPM)bラクタム系以外アミノグリコシド系蛋白質合成阻害殺菌性ゲンタマイシン(ゲンタシンR,GM)トブラマイシン(トブラシンR,TOB)アミカシン(硫酸アミカシンR,AMK)ストレプトマイシン(硫酸ストレプトマイシンR,SM)マクロライド系静菌性エリスロマイシン(エリスロシンR,EM)クラリスロマイシン(クラリスR,CAM)アジスロマイシン(ジスロマックR,AZM)リンコマイシン系クリンダマイシン(ダラシンR,CLDM)ニューキノロン系DNA複製阻害殺菌性シプロフロキサシン(シプロキサンR,CPFX)レボフロキサシン(クラビットR,LVFX)テトラサイクリン系蛋白質合成阻害静菌性ミノサイクリン(ミノマイシンR,MINO)グリコペプチド系細胞壁合成阻害バンコマイシン(バンコマイシンR,VCM)テイコプラニン(タゴシッドR,TEIC)ダプトマイシン(キュビシンR,DAP)オキサゾリジノン系蛋白質合成阻害静菌性リネゾリド(ザイボックスR,LZD)その他ST合剤スルファメトキサゾール・トリメトプリム(バクタR,ST)メトロニダゾールメトロニダゾール(フラジールR,MNZ,MTZ)代表的な抗菌薬代表的な抗菌薬とおもなスペクトラム,関連するぶどう膜炎疾患を記した.連鎖球菌には連鎖球菌,肺炎球菌など,大腸菌には大腸菌,肺炎桿菌,インフルエンザ桿菌など,緑膿菌にはセラ(S.P.A.C.E.)などを含む.1252あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014(4) トル表おもなスペクトラム関連するぶどう膜炎疾患連鎖球菌,梅毒トレポネーマ梅毒連鎖球菌,腸球菌,リステリア,梅毒トレポネーマ連鎖球菌,黄色ブドウ球菌,大腸菌,嫌気性菌連鎖球菌,大腸菌,緑膿菌連鎖球菌,黄色ブドウ球菌,大腸菌,緑膿菌,嫌気性菌黄色ブドウ球菌,大腸菌大腸菌(セフメタゾールは嫌気性菌も)大腸菌(セフトリアキソンは肺炎球菌,淋菌,セフタジジムは緑膿菌も)内因性眼内炎(細菌性)広域広域グラム陰性桿菌結核(ストレプトマイシン)マイコプラズマ,クラミジア猫ひっかき病嫌気性菌グラム陰性桿菌,最近はより広域に猫ひっかき病マイコプラズマ,クラミジア,リケッチア,レジオネラ猫ひっかき病MRSA内因性眼内炎(細菌性)バンコマイシン耐性腸球菌黄色ブドウ球菌,大腸菌,原虫(トキソプラズマ,カリニ)原虫,嫌気性菌チア,緑膿菌,アシネトバクター,シトロバクタ―,エンテロバクター(5)あたらしい眼科Vol.31,No.9,20141253 1254あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014(6)そこから眼球に感染が波及しているのかなども検討する.感染している臓器,部位が定まれば,臓器,部位ごとに微生物種による特異的な親和性もあるため,原因微生物の同定につながる有益な情報が得られる.一方,感染部位が同定できないと原因微生物の推測がむずかしい.また,感染臓器,部位が定まれば,今後何をアウトプットとして治療効果を評価していけば良いのか自ずとわかるといえる.III感染微生物の同定感染症治療の原則として必ず治療開始前に検体を採ることが望ましい.いったん,抗菌薬を投与すれば原因微生物の同定は困難となる.結膜炎や感染性角膜潰瘍といった前眼部疾患であれば検体採取も容易である.一方,ぶどう膜炎では検体採取には一定の侵襲も伴うが,積極的に前房水や硝子体を採取すべきと考える.検体採取後にまず行いたいのはグラム染色である.簡便に行え,すぐに結果がわかるという利点がある.グラム陽性菌は細胞壁が厚く,グラム陰性菌は細胞壁が薄い.グラム染色の過程で加えるエタノール(脱色液)により陰性菌は容易に細胞壁が傷害され,クリスタルバイオレット液により染色された紫色が漏出し,最終的にフクシン液により赤色に染まる.たとえば肺炎球菌であればグラム陽性の莢膜を伴った双球菌として観察されるので,グラム染色のみでほぼ原因菌の同定が可能である.感染症に対する抗菌薬の治療としては,最初にempirictherapy(初期治療,経験的治療)を行う.これは感染微生物の同定がなされるまでの間,予想される微生物を想定し,そこにターゲットを絞った抗菌薬を投与する治療である.このとき,市中感染なのか院内感染なのか,患者背景,感染部位などから微生物を推定する.患者背景としては,年齢,性別,基礎疾患(糖尿病,悪性腫瘍,リウマチなど),ステロイド投与(局所,全身)の有無,免疫抑制薬・抗癌剤・抗菌薬などの使用歴,眼科手術歴,眼外傷歴,動物との接触歴,旅行歴,職業,過去の培養結果などを確認する.また,角膜後面沈着物の性状や眼底所見などの臨床所見そのものも,当然原因微生物の推測に有益である.他に,抗体価など血液検査も活用していく.原因微生物が同定できると疾患の重症菌に強いが陰性菌には弱い一方,第3世代はグラム陰性菌には強いが陽性菌には弱くなる傾向がある.特に,第1世代は黄色ブドウ球菌に,第2世代はグラム陰性桿菌と嫌気性菌に,第3世代のうちセフタジジムは緑膿菌もカバーする.第4世代は広いスペクトラムをもつ.カルバペネム系は広いスペクトラムをもつが,第一選択にはなりにくい.アミノグリコシド系はグラム陰性桿菌に有効な抗菌薬である.また,抗結核作用のあるストレプトマイシン,カナマイシンはこの系統に属する.マクロライド系はマイコプラズマ,クラミジアなどに有効な抗菌薬である.ペニシリンアレルギーのある患者のレンサ球菌,肺炎球菌の治療に使用できる.リンコマイシン系は嫌気性菌に有効な抗菌薬である.ニューキノロン系はグラム陰性桿菌に有効であるが,徐々に広いスペクトラムをもつ抗菌薬が開発されてきている.テトラサイクリン系はマイコプラズマ,クラミジア,リケッチア,レジオネラなどに有効な抗菌薬である.グリコペプチド系はMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)などに有効な抗菌薬である一方,MSSA(メチシリン感受性黄色ブドウ球菌)に対してはセファゾリンなどに劣る.bラクタム系,アミノグリコシド系,ニューキノロン系は殺菌的に,マクロライド系,リンコマイシン系,テトラサイクリン系,オキサゾリジノン系は静菌的に作用する.アミノグリコシド系とニューキノロン系はPAE(postantibioticeffect)があるため1日1回の投与でも有効である.マクロライド系やテトラサイクリン系はマイコプラズマや細胞内に寄生する菌に有効である.マイコプラズマは細胞壁をもたないため,細胞壁合成阻害がその作用機序であるbラクタム系は無効である.各種抗菌薬について表1に簡潔に示しているが,詳細は各種スペクトラム表や参考となる図書1,2)などで確認してもらいたい.II抗菌薬の使い方の基本われわれが扱う疾患は眼科疾患であるので眼球および付属器のどの部位の感染であるのか,特にぶどう膜炎であれば,片眼性なのか両眼性なのか,肉芽腫性なのか非肉芽腫性なのか,炎症の部位とその広がりを検討する.また,全身性の感染症なのか,他臓器に感染巣があり, あたらしい眼科Vol.31,No.9,20141255(7)テトラサイクリン,ニューキノロン系,アミノグリコシド系(ストレプトマイシン,カナマイシンなど),ST(スルファメトキサゾール・トリメトプリム)合剤などは禁忌であるため使用を避ける.以下に抗菌薬で加療する細菌(表2)の関与するぶどう膜炎について述べていく.IV抗菌薬で加療する細菌性ぶどう膜炎治療の実際(表2)1.内因性眼内炎(細菌性)内因性眼内炎とは細菌や真菌が眼球以外の感染巣から血行性に眼内に転移して起こる眼内炎である.本稿では細菌性のものを中心に述べる.内因性の細菌性眼内炎の原因菌としては肺炎桿菌(Klebsiellapneumoniae),大腸菌(Escherichiacoli)といったグラム陰性桿菌が多く,グラム陽性菌は少ない4).グラム陰性桿菌では視力予後が悪い5).真菌性のものにはカンジダが多い.対照的に外因性のものではグラム陽性菌が多い.本疾患を発症する患者には糖尿病などの基礎疾患があることが多い.本疾患を疑えば感染源を同定するために速やかにCTなどで全身検索を行う.原発巣としては肝膿瘍,尿路感染症,細菌性心内膜炎,皮膚膿瘍などがある.原発巣が判明すれば速やかに当該科にも原発巣の治療を依頼する.また,前房水や硝子体液,血液培養を積極的に行う.細菌性のものは通常,片眼性の非肉芽腫性ぶどう膜炎を呈し,急激に進行するため硝子体手術が必要になることが多い.第3世代セフェム系で緑膿菌にも有効なセフタジジム(2mg/0.1mL)とバンコマイシン(1mg/度や自然経過(naturalcourse)がわかり,使用すべき抗菌薬の選定などに役立つ.まさに,原因微生物の同定なくして感染症の治療なしといえる.推定した微生物に感受性のある抗菌薬を選定することになるが,この際参考となるものとして「サンフォード感染症治療ガイド」3)がある.この本に記載されている投与量も参考となる.つぎに利用可能であればlocalfactor(各医療機関での抗菌薬感受性パターン)も参考にする.検体を培養検査に提出後は毎日,検査結果が更新されていないかを確認し,必要な折には検査室に足を運ぶことも重要である.数日後,培養検査の結果(原因微生物の同定や感受性)が出ればそれを参考にして,広域から狭域に抗菌薬を変える(de-escalation)ことでdefinitivetherapy(最適治療)へと切り替える.抗菌薬の使い方の基本として,盲目的に広域スペクトラムのものを選ぶことは避けたい.必ず原因微生物の推定もしくは同定をしたうえで感受性のある抗菌薬のなかからできるだけ狭域スペクトラムのものを選ぶべきである.たとえば耐性のない肺炎球菌であればベンジルペニシリンやアンピシリン,黄色ブドウ球菌であればセファゾリンなどである.この姿勢は,耐性化や菌交代を避ける目的もあるが,一般的に狭域ほど感受性のある菌に対する抗菌力は強いためでもある.感染症治療における治療の原則は,早期に積極的な抗菌薬投与を行うことである.抗菌薬が効いてないと判断する前に投与量,投与間隔についても再考する.日本における投与量は米国におけるものより少ないケースがあるので注意が必要である.投与薬剤を変更する前に現在の投与量が十分であるのか,投与間隔は適切であるのか再考の余地がある.一般には炎症が起こっているときは薬剤の移行性も高まるが,眼は前立腺とともに薬剤の移行性が悪い代表的な臓器でもある.一方で,副作用についても留意が必要である.特に,過去の薬剤アレルギーについての問診はしっかりと行い,アレルギーを起こした薬剤は基本的には投与しない.たとえばペニシリン系でアレルギー反応を起こしたことがある症例では同じbラクタム系であるセフェム系やカルバペネム系は避けたほうが良い.また,使用する抗菌薬の代謝経路もしっかり理解し,肝機能や腎機能の経時的変化も追っていく.妊娠の有無も確認し,特に表2細菌の分類グラム陽性球菌黄色ブドウ球菌(Staphylococcusaureus)桿菌グラム陰性球菌桿菌バルトネラ・ヘンセラ菌(Bartonellahenselae)大腸菌(Escherichiacoli)肺炎桿菌(Klebsiellapneumoniae)緑膿菌(Pseudomonasaeruginosa)その他結核菌(Mycobacteriumtuberculosis)梅毒トレポネーマ(Treponemapallidum)特に抗菌薬を用いて治療するぶどう膜炎疾患に関与する細菌について示した.表2細菌の分類グラム陽性球菌黄色ブドウ球菌(Staphylococcusaureus)桿菌グラム陰性球菌桿菌バルトネラ・ヘンセラ菌(Bartonellahenselae)大腸菌(Escherichiacoli)肺炎桿菌(Klebsiellapneumoniae)緑膿菌(Pseudomonasaeruginosa)その他結核菌(Mycobacteriumtuberculosis)梅毒トレポネーマ(Treponemapallidum)特に抗菌薬を用いて治療するぶどう膜炎疾患に関与する細菌について示した. 図2内因性眼内炎の眼底写真硝子体混濁のため透見不良である.原因菌はMSSA(メチシリン感受性黄色ブドウ球菌).図3図2の内因性眼内炎の症例のCT椎体周囲に低吸収軟部影(赤丸内)を認め,化膿性脊椎炎と診断された.抗体量IgGIgM約1週間日数抗原感染図4感染後の抗体価の推移感染が起こるとまずIgMが出現し,1.2週間でピークとなり次第に減少し,数カ月で消失する.一方,IgGはIgM抗体に引き続き出現し,1.2カ月でプラトーに達する. 初診時1週間後初診時1週間後図5猫ひっかき病の眼底写真乳頭浮腫と黄斑部に放射状の星状斑(macularstar)を認める.徐々に星状斑が目立ってきている.図7梅毒性角膜実質炎後の角膜白斑の前眼部写真図6結核の眼底写真内皮側の輝度が高いことが特徴である.網膜静脈の白鞘形成と周囲に点状・斑状の網膜出血を認める.(近藤由樹子:所見から考えるぶどう膜炎.p.222:結核性ぶどう膜炎,医学書院,2013より)図8梅毒性ぶどう膜炎の前眼部写真角膜後面沈着物を認める. -

序説:眼炎症(ぶどう膜炎,胸膜炎)の治療方針

2014年9月30日 火曜日

●序説あたらしい眼科31(9):1249.1250,2014●序説あたらしい眼科31(9):1249.1250,2014眼炎症(ぶどう膜炎,強膜炎)の治療方針Introduction:TherapyofOcularInflammation(Uveitis,Scleritis)大黒伸行*岡田アナベルあやめ**本誌では,定期的に眼炎症(ぶどう膜炎,強膜炎)の診断および治療の基本についての特集を組んでいる.その理由としては,眼炎症診療には眼科研修だけではなかなか学ぶチャンスのない内科的な知識も必要だからである.また,眼科における他の領域同様,一人前の眼炎症専門家になるためには経験豊富な先輩から教わる必要がある.しかし,残念ながら眼炎症診療について経験豊富な医師が在籍する医療機関はそれほど多くない.そこで,その先輩に代わるものとして本特集の存在意義がある.眼炎症診療が他の眼科領域と異なる点は,診断の遅れや治療の選択により生命予後が変わる可能性があることである.極端な例かもしれないが,網膜.離に対して正確な手術をすれば,良好な視力を維持できるかもしれない.一方,再発性多発軟骨炎による強膜炎を正確に診断し適切な治療を行えば,強膜炎が鎮静化するだけでなく,再発性多発軟骨炎により生じる気道虚脱(それにより患者の1割が命を落とす可能性がある)が防げるかもしれない.したがって,眼炎症専門家の責任は重大である.しかし,これを読んでいる読者諸氏は,自分自身が多数の症例を経験しないと,眼底所見の見方,全身状態の判断,治療の選択,他科との連携などは上手にできない,と諦めているかもしれない.繰り返しになるが,だからこそ本誌の存在意義があるのである.さて今回の特集は,眼炎症疾患に使用する薬剤の使い方をまとめて説明する企画である.しかし,薬に関してはすべてここに書くことは不可能であり,本特集ではその「基本の考え方」をお伝えする.教師のラインアップは現在わが国における眼炎症領域の指導者ばかりである.抗菌薬を担当してくださったのは山田直之先生と園田康平先生,抗ウイルス薬は竹内大先生,抗真菌薬は橋田徳康先生,ステロイド薬は水内一臣先生と北市伸義先生,免疫抑制薬は慶野博先生,生物学製剤は蕪城俊克先生と田中理恵先生である.また,特殊ケースの妊婦,小児および高齢者を担当してくださったのは中尾久美子先生,それから治療における手術の位置づけについて担当してくださったのは永田健児先生と丸山和一先生である.各項を熟読することで,読者諸氏の眼炎症疾患に対する経験値もおのずと向上するものと確信している.ところで,誌面の都合上本特集で取り上げることができなかった項目がある.それは各薬剤の併用療法,通常は抗微生物薬とステロイド薬の併用,に関する項目である.実際の臨床では単剤のみで治療を行うということはなく,複数の薬剤(そこには副作用予防として使用されるものも含まれる)が併用さ*NobuyukiOhguro:地域医療機能推進機構大阪病院眼科**AnnabelleAyameOkada:杏林大学医学部眼科学教室0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(1)1249 1250あたらしい眼科Vol.31,No.9,2014(2)れる.そして薬剤の組み合わせを病態に応じて微調整していくことが眼炎症専門医としての一番の腕の見せ所である.これについては機会があればぜひ取り上げたいと思っている.少しだけ紹介すると,急性網膜壊死や眼トキソプラズマ症のように著しい炎症により組織破壊が急速に進行する感染症がある.このような疾患に対する基本的考えは,病巣の広がりの程度や病巣と黄斑部との位置関係により,抗ウイルス薬・抗菌薬にステロイド薬を併用するかどうかを決定するということである.感染症の基本は抗微生物薬による治療である.網膜病巣が小さく,黄斑部から離れていれば抗微生物薬だけで数日間経過を見るという選択肢もある.しかし,病巣が広範囲かつ後極部に近ければ,炎症による組織破壊から黄斑機能を守らなければならない.ゆえにそのような場合にはステロイド薬は最初から十分量併用するという判断もありうる.しかも感染性疾患などでは病勢は1日で急変することも稀ではない.重要なのは,病状の変化をきめ細かく観察し,変化に応じて治療内容を修正していくことである.ただ,どのような場合においても,各項目を担当していただいた先生方がまとめてくださった内容が基本となることはいうまでもない.基本ができて初めて応用が可能となるのである.最後になるが,薬の処方は当然,各自で用量や副作用を添付文書や薬剤師などに確認したうえ,主治医である眼科医から患者に説明するのが義務である.また,使い慣れない薬剤を使用する場合には,それを使い慣れている内科医の意見を求めることも主治医の義務である.本特集が,読者諸氏の眼炎症疾患治療の手助けになればと執筆者一同願っている.

眼窩膿瘍をきたした眼窩底骨折の1例

2014年8月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(8):1239.1242,2014c眼窩膿瘍をきたした眼窩底骨折の1例玉井一司*1山田麻里*1高野晶子*2間宮紳一郎*3*1名古屋市立東部医療センター眼科*2名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学*3間宮耳鼻咽喉科ACaseofOrbitalAbscessafterOrbitalBlowoutFractureKazushiTamai1),MariYamada1),ShokoTakano2)andShinichiroMamiya3)1)DepartmentofOphthalmology,NagoyaCityEastMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,3)MamiyaENTClinic目的:眼窩吹き抜け骨折後に眼窩膿瘍を生じた1例を報告する.症例:21歳,男性でラグビーの練習中に右眼部を打撲した.上方視で複視があり,CT(コンピューター断層撮影)で右眼窩底骨折がみられた.複視は上方視のみであったため無治療で経過観察していたが,受傷10日後に右眼球の突出と全方向の運動制限が出現した.CTでは右眼窩下方に異常陰影があり,眼球は上方へ圧排され,上顎洞および篩骨洞に混濁がみられた.急性副鼻腔炎に伴う眼窩膿瘍と診断し,内視鏡下副鼻腔手術により膿汁をドレナージした.術後眼球運動は著明に改善した.結論:眼窩吹き抜け骨折後の副鼻腔炎による眼窩膿瘍は稀な合併症である.内視鏡下副鼻腔手術により眼窩内および副鼻腔の膿汁をドレナージすることが有効と考える.Purpose:Toreportacaseoforbitalabscessafterorbitalblowoutfracture.Case:A21-year-oldmalesufferedblunttraumatohisrightorbitwhileplayingrugby.Hehaddoublevisionatuppergaze.Computedtomography(CT)showedfractureoftherightorbitalfloor.Hewasfollowedwithouttreatmentbecausedoublevisionoccurredonlywithuppergaze.Tendayslater,hereturnedwithexophthalmosandlimitedocularmotilityatallgazesintherighteye.CTdisclosedanabnormalshadowdisplacingtheglobesuperiorlyintheinferiorpartoftherightorbit,andopaquemaxillaryandethmoidalsinuses.Hewasdiagnosedwithacuteparanasalsinusitiswithorbitalabscess.Endoscopicsinussurgerywasperformed,withdrainageofpurulentfluid.Postoperatively,heshowedmarkedimprovement,withincreasedocularmotility.Conclusion:Orbitalabscesswithparanasalsinusitisisararecomplicationoforbitalblowoutfracture.Endoscopicsinussurgerytodrainorbitalandparanasalabscessappearstobeeffective.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(8):1239.1242,2014〕Keywords:眼窩膿瘍,眼窩吹き抜け骨折,副鼻腔炎,内視鏡下副鼻腔手術.orbitalabscess,orbitalblowoutfracture,paranasalsinusitis,endoscopicsinussurgery.はじめに眼窩底骨折は,眼部鈍的外傷により,急激な眼窩内圧の上昇をきたし,最も脆弱な眼窩下壁に骨折が生じるものである.受傷後に眼球運動障害,複視,眼球運動痛などを呈することが多いが,眼窩内膿瘍をきたすことは稀である1,2).今回,筆者らは,受傷10日後に眼窩内膿瘍を形成し,内視鏡下副鼻腔手術により良好な経過をたどった1例を経験したので報告する.I症例患者:21歳,男性.主訴:両眼複視.現病歴:2010年11月14日,ラグビーの練習中に右眼を他選手の頭部で打撲した.受傷直後から両眼複視があり,11月16日に近医眼科を受診した.右眼窩吹き抜け骨折を疑われ,11月17日に名古屋市立東部医療センター眼科(以下,当科)を紹介され受診した.既往歴,家族歴:特記する所見はない.〔別刷請求先〕玉井一司:〒464-8547名古屋市千種区若水1-2-23名古屋市立東部医療センター眼科Reprintrequests:KazushiTamai,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,NagoyaCityEastMedicalCenter,1-2-23Wakamizu,Chikusa-ku,Nagoya464-8547,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(159)1239 図1初診時頭部CT右眼窩下壁骨折があり,眼窩内の軟部組織が上顎洞内に陥入している.ab図3頭部MR眼窩,上顎洞,篩骨洞内の異常陰影は,T1強調像(a)で低信号,T2強調像(b)で高信号を示した.初診時所見:視力は,右眼0.04(1.5×.8.0D(cyl.3.0DAx170°),左眼0.05(1.5×.8.0D(cyl.2.75DAx175°)で,眼圧は右眼15mmHg,左眼14mmHgであった.眼位は正面視では正位であったが,右眼上転制限があり,上方視で両眼複視がみられた.前眼部・中間透光体,眼底には両眼とも特記する異常はなかった.頭部CT(コンピュータ断層撮影)で,右眼窩下壁骨折が認められ,眼窩軟部組織が上顎洞内に陥入しており,眼窩内に数カ所気腫がみられた(図1).複視は上方視のみで出現し,自覚的に軽減傾向があったため無治療で経過観察していた.11月24日朝から右眼瞼腫脹が生じ,1240あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014acb図2再診時所見右眼瞼腫脹,眼球突出があり,眼球は上方に偏位している(a).頭部CTでは,眼窩内下方に異常陰影があり,眼球は上方へ圧排されている.右上顎洞,篩骨洞に異常陰影の充満がみられる(b,c).次第に増強した.11月26日からは正面視でも複視が出現するようになったため11月27日当科を再診した.再診時,右上下眼瞼は腫脹し,右眼球の突出,結膜充血がみられ,全方向で運動制限を示した(図2a).右眼視力は矯正1.0,眼圧は22mmHgで眼内に炎症所見はなかった.頭部CTでは,右眼窩内の下方に異常陰影を認め,眼球は上方へ圧排され,下直筋の同定が困難であった.右上顎洞,篩骨洞にも異常陰影の充満がみられた(図2b,c).頭部MRI(核磁気共鳴画像)では異常陰影はT1強調像で低信号,T2強調像で高信号を呈した(図3).採血検査では,CRP(C反応性蛋白)6.4,(160) WBC(白血球)8,490であった.副鼻腔および眼窩内の膿瘍が疑われるため,当院耳鼻咽喉科に依頼し,同日内視鏡下で右上顎洞および篩骨洞開放術を施行し,多量の膿汁をドレナージした.術後はセフトリアキソンナトリウム点滴(2g/日)を5日間投与した.その後,術中に採取した膿汁の細菌培養検査で化膿レンサ球菌が検出されたため,同菌に感受性のあったクラリスロマイシン内服(400m/日)を投与した.右眼瞼腫脹,眼球突出は,手術翌日から速やかに軽快し,12月17日には上方視でわずかに複視が出現する程度に眼球運動も改善した(図4a).同日の頭部CTでは,右眼窩内の異常陰影は消失し,右上顎洞の粘膜肥厚が残存するものの副鼻腔の含気は良好となった(図4b,c).12月24日には上方視での複視は消失した.抗菌薬の投与は12月24日で終了し,その後再燃はみられていない.II考按眼窩蜂巣炎や眼窩膿瘍は,副鼻腔炎,歯性感染,血行感染などによって引き起こされることが多く3,4),眼窩外傷により生じることは稀である1,2).眼窩壁骨折後に眼窩内炎症を生じる頻度については,Simonらが眼窩骨折497例について検討し,4例(0.8%)に眼窩蜂巣炎がみられ,そのうち2例(0.4%)で眼窩膿瘍に進展したと報告している2).これら4例はいずれも上顎洞や篩骨洞から眼窩に炎症が波及し,蜂巣炎に至っている,受傷から眼窩内炎症が出現するまでの期間については受傷後7日以内の場合が多いが,受傷から5.6週経過して生じた症例もみられる2,5.9).本症例では,受傷後10日後から眼瞼腫脹を自覚しており,その頃には眼窩内に炎症が波及していたことが推定される.受傷前の既往について,Simonらの報告では受傷前から上気道感染の既往があったものが4例中2例あり2),Silverらは3例中2例で副鼻腔炎,他の1例で上気道感染を繰り返していたと述べている6).平田らの症例では,3例中2例で慢性副鼻腔炎を合併していた9).受傷前に上顎洞や篩骨洞の炎症があれば,骨折後に眼窩との間に交通が生じることにより,炎症が眼窩内に波及しやすくなる.したがって,副鼻腔炎の既往がある場合は,骨折後の感染拡大に特に留意が必要である.しかし,本症例のように副鼻腔炎や上気道感染の既往がなくても,受傷後に生じた副鼻腔の炎症が眼窩炎症に進展した報告例がみられる5,8,9).機序として,眼窩壁骨折後は,骨片や浮腫,出血などにより,副鼻腔の開口部が閉鎖されてドレナージ効果が失われるため洞内に感染が生じやすくなり,さらに貯留した血液が細菌の繁殖を促す培地として作用し,感染拡大を助長することが考えられる4,6).眼窩感染の誘引として,受傷後に強く鼻をかむことを指摘した報告がみられる2,6,8,9).Simonらの症例2)では,4例中2例で,福田らの報告9)では,3例すべてで外傷後に強く鼻を(161)abc図4内視鏡下副鼻腔手術3週間後の所見右眼瞼腫脹,眼球突出は消失し,眼位は正位となった(a).頭部CTでは,眼窩内の異常陰影は消失し,下直筋が同定される.右上顎洞の粘膜肥厚がみられるが,含気は良好である(b,c).かんだ既往があった.これらのなかには受傷後5週経過して眼窩感染を生じた症例も含まれており2),受傷後はやや長期にわたって,鼻を強くかまないように指導することが望ましいと考える.受傷後に感染予防の目的で,抗菌薬を投与することについては議論がある2,6.8).予防投与を推奨する報告6,8)もみられるが,Simonらは,4例中3例で受傷直後から経口抗菌薬が投与されていたにもかかわらず眼窩蜂巣炎を発症したことから感染予防効果を疑問としており2),今後さらに多数の症例で比較検討することが必要と思われる.あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141241 治療については,抗菌薬全身投与による保存的治療で軽快した例もみられるが2,5),ほとんどの場合はドレナージや副鼻腔手術を必要とする2,4,6.9).特に眼窩膿瘍を形成した場合は,視神経障害や頭蓋内へ感染進展の可能性があるため速やかな対応が必要である.本症例ではCTおよびMRIで膿瘍性病変が眼窩下方に充満し,視神経への炎症波及が危惧されたため,緊急で耳鼻咽喉科医による内視鏡下副鼻腔手術を行った.眼窩下壁骨折部を介して眼窩内膿瘍の吸引除去が可能であった.起炎菌としては,黄色ブドウ球菌,レンサ球菌,表皮ブドウ球菌などのグラム陽性菌が報告されているが5.9),嫌気性菌も指摘されており2),嫌気性培養も必須である.本症例では,膿瘍の細菌培養から化膿連鎖球菌が検出され,感受性のある抗菌薬の使用により再燃なく良好な経過が得られた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)BurmJS,ChungCH,OhSJ:Pureorbitalblowoutfracture:newconceptsandimportanceofmedialorbitalblowoutfracture.PlastReconstrSurg103:1839-1849,19992)SimonGJB,BushS,SelvaDetal:Orbitalcellulitis:ararecomplicationafterorbitalblowoutfracture.Ophthalmology112:2030-2034,20053)O’RyanF,DiloretoD,BarderDetal:Orbitalinfections:clinical&radiographicdiagnosisandsurgicaltreatment.JOralMaxillofacSurg46:991-992,19884)HarrisGJ:Subperiostealabscessoftheorbit.ArchOphthalmol101:751-757,19835)GoldfarbMS,HoffmanDS,RosenbergS:Orbitalcellulitisandorbitalfracture.AnnOphthalmol19:97-99,19876)SilverHS,FucciMJ,FlanaganJCetal:Severeorbitalinfectionasacomplicationoforbitalfracture.ArchOtolaryngolHeadNeckSurg118:845-848,19927)PatersonAW,BarnardNA,IrvineGH:Naso-orbitalfractureleadingtoorbitalcellulitis,andvisuallossasacomplicationofchronicsinusitis.BrJOralMaxillofacSurg32:80-82,19948)DhariwalDK,KitturMA,FarrierJNetal:Post-traumaticorbitalcellulitis.BrJOralMaxillofacSurg41:21-28,20039)平田佳史,角谷徳芳,伊藤芳憲ほか:眼窩骨折後に眼窩膿瘍を発症した3例.日形会誌29:12-18,2009***1242あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(162)

さまざまな基礎疾患を有した肥厚性硬膜炎の5例

2014年8月31日 日曜日

1232あたらしい眼科Vol.4108,21,No.3(00)1232(152)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(8):1232.1238,2014cはじめに肥厚性硬膜炎(hypertrophicpachymeningitis)は,硬膜の肥厚により頭痛・脳神経麻痺・失調などさまざまな神経症状を呈する頭蓋底を好発部とする炎症性疾患である.近年の画像診断の進歩により報告数は増加している.原因としては従来,結核・梅毒などの感染症に続発するものの報告が多くみられていた1,2)が,近年膠原病や血管炎などの慢性炎症性疾患に続発する症例の報告が増加している3.10).今までに筆者らは肥厚性硬膜炎の5例を経験し,うち3例が自己免疫疾患の合併例であった.今回これら5症例を報告し,既報も加え検討した.I症例〔症例1〕57歳,男性.主訴:右眼のかすみ・頭痛.家族歴・既往歴:特記事項なし.現病歴:2カ月前より前頭部を中心とした頭痛が出現した.その後,右眼のかすみ・右眼下方の視野欠損に気づき,脳外〔別刷請求先〕持原健勝:〒889-1692宮崎市清武町木原5200宮崎大学感覚運動医学講座眼科学分野Reprintrequests:KenshoMochihara,M.D.,DepartmentofOphthalmology,UniversityofMiyazaki,5200Kihara,Kiyotake,Miyazaki889-1692,JAPANさまざまな基礎疾患を有した肥厚性硬膜炎の5例持原健勝前久保知行西田智美中馬秀樹直井信久宮崎大学感覚運動医学講座眼科学分野HypertrophicCranialPachymeningitisAssociatedwithVariousDiseasesKenshoMochihara,TomoyukiMaekubo,TomomiNishida,HidekiChumanandNobuhisaNao-iDepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,UniversityofMiyazaki近年,画像診断の進歩により肥厚性硬膜炎と診断される症例が増加している.今回筆者らは,さまざまな基礎疾患を有した肥厚性硬膜炎の5例を経験したので報告する.症例1は,Wegener肉芽腫症の合併例でFosterKennedy症候群を呈し,造影MRIにて前頭蓋底に硬膜肥厚を認めた.症例2は,P-ANCA陽性アレルギー性血管炎を合併し,前.中頭蓋底の硬膜肥厚と眼窩内外上方の炎症像を認めた.症例3は,混合性結合組織病を合併し,反復する視神経炎があり,前.中頭蓋底の硬膜の肥厚を認めた.症例4は16歳と若年で,反復する頭痛・視神経障害があり,前頭蓋底の硬膜の肥厚を認めた.症例5は,眼窩先端部腫瘍から前頭蓋窩へと連続する硬膜の肥厚を認めた.基礎疾患をもつ,頭痛・多発性脳神経障害患者は肥厚性硬膜炎を考慮する必要があると考えられた.Casesofhypertrophicpachymeningitishaveincreasedrecently,asaresultofprogressinneuroradiologicaldiagnosis.Weexperienced5casesofhypertrophicpachymeningitiscomplicatedwithvariousdiseases,andherereporttheclinicalfeatures,neuroimagingfindings,histopathologicalfeaturesandtreatmentoutcomesforthesepatients.Case1:57-year-oldmalewhopresentedwithFosterKennedysyndromeinacaseofWegener’sgranulo-matosisandexhibitedthickeningoftheduraoftheanteriorcranialfossa.Case2:66-year-oldmalediagnosedwithP-ANCA-positivevasculitiswhodemonstratedinflammatoryorbitalpseudotumorinvolvingtheanteriorcra-nialfossadura.Case3:51-year-oldfemalewithrelapsingopticalneuritisandmixedconnectivetissuediseasewhoshowedthickeningoftheduraoftheanterior.middlecranialfossa.Case4:16-year-oldfemalewithrepeat-edheadacheandopticneuritiswhodemonstratedthickeningoftheduraofthetentoriumandanteriorcranialfos-sa.Case5:77-year-oldmalewithheadacheanddiplopiawhoshowedthickeningofthedurafromanorbitalapextumortotheanteriorcranialfossa.Itisthoughtnecessary,inpatientswhohaveheadacheandcranialneuropathy,toconsiderthepossibilityofhypertrophicpachymeningitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(8):1232.1238,2014〕Keywords:肥厚性硬膜炎,視神経炎,Wegener肉芽腫症,混合性結合組織病,眼窩先端部腫瘍.hypertropicpachymeningitis,opticneuritis,Wegener’sgranulomatosis,mixedconnectivetissuedisease,orbitalapextumor.(00)1232(152)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(8):1232.1238,2014cはじめに肥厚性硬膜炎(hypertrophicpachymeningitis)は,硬膜の肥厚により頭痛・脳神経麻痺・失調などさまざまな神経症状を呈する頭蓋底を好発部とする炎症性疾患である.近年の画像診断の進歩により報告数は増加している.原因としては従来,結核・梅毒などの感染症に続発するものの報告が多くみられていた1,2)が,近年膠原病や血管炎などの慢性炎症性疾患に続発する症例の報告が増加している3.10).今までに筆者らは肥厚性硬膜炎の5例を経験し,うち3例が自己免疫疾患の合併例であった.今回これら5症例を報告し,既報も加え検討した.I症例〔症例1〕57歳,男性.主訴:右眼のかすみ・頭痛.家族歴・既往歴:特記事項なし.現病歴:2カ月前より前頭部を中心とした頭痛が出現した.その後,右眼のかすみ・右眼下方の視野欠損に気づき,脳外〔別刷請求先〕持原健勝:〒889-1692宮崎市清武町木原5200宮崎大学感覚運動医学講座眼科学分野Reprintrequests:KenshoMochihara,M.D.,DepartmentofOphthalmology,UniversityofMiyazaki,5200Kihara,Kiyotake,Miyazaki889-1692,JAPANさまざまな基礎疾患を有した肥厚性硬膜炎の5例持原健勝前久保知行西田智美中馬秀樹直井信久宮崎大学感覚運動医学講座眼科学分野HypertrophicCranialPachymeningitisAssociatedwithVariousDiseasesKenshoMochihara,TomoyukiMaekubo,TomomiNishida,HidekiChumanandNobuhisaNao-iDepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,UniversityofMiyazaki近年,画像診断の進歩により肥厚性硬膜炎と診断される症例が増加している.今回筆者らは,さまざまな基礎疾患を有した肥厚性硬膜炎の5例を経験したので報告する.症例1は,Wegener肉芽腫症の合併例でFosterKennedy症候群を呈し,造影MRIにて前頭蓋底に硬膜肥厚を認めた.症例2は,P-ANCA陽性アレルギー性血管炎を合併し,前.中頭蓋底の硬膜肥厚と眼窩内外上方の炎症像を認めた.症例3は,混合性結合組織病を合併し,反復する視神経炎があり,前.中頭蓋底の硬膜の肥厚を認めた.症例4は16歳と若年で,反復する頭痛・視神経障害があり,前頭蓋底の硬膜の肥厚を認めた.症例5は,眼窩先端部腫瘍から前頭蓋窩へと連続する硬膜の肥厚を認めた.基礎疾患をもつ,頭痛・多発性脳神経障害患者は肥厚性硬膜炎を考慮する必要があると考えられた.Casesofhypertrophicpachymeningitishaveincreasedrecently,asaresultofprogressinneuroradiologicaldiagnosis.Weexperienced5casesofhypertrophicpachymeningitiscomplicatedwithvariousdiseases,andherereporttheclinicalfeatures,neuroimagingfindings,histopathologicalfeaturesandtreatmentoutcomesforthesepatients.Case1:57-year-oldmalewhopresentedwithFosterKennedysyndromeinacaseofWegener’sgranulo-matosisandexhibitedthickeningoftheduraoftheanteriorcranialfossa.Case2:66-year-oldmalediagnosedwithP-ANCA-positivevasculitiswhodemonstratedinflammatoryorbitalpseudotumorinvolvingtheanteriorcra-nialfossadura.Case3:51-year-oldfemalewithrelapsingopticalneuritisandmixedconnectivetissuediseasewhoshowedthickeningoftheduraoftheanterior.middlecranialfossa.Case4:16-year-oldfemalewithrepeat-edheadacheandopticneuritiswhodemonstratedthickeningoftheduraofthetentoriumandanteriorcranialfos-sa.Case5:77-year-oldmalewithheadacheanddiplopiawhoshowedthickeningofthedurafromanorbitalapextumortotheanteriorcranialfossa.Itisthoughtnecessary,inpatientswhohaveheadacheandcranialneuropathy,toconsiderthepossibilityofhypertrophicpachymeningitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(8):1232.1238,2014〕Keywords:肥厚性硬膜炎,視神経炎,Wegener肉芽腫症,混合性結合組織病,眼窩先端部腫瘍.hypertropicpachymeningitis,opticneuritis,Wegener’sgranulomatosis,mixedconnectivetissuedisease,orbitalapextumor. 図1症例1:入院時頭部MRI所見大脳鎌・両側頭部の硬膜肥厚を認める(→).Gd造影にて強く増強された.科にて頭部単純コンピュータ断層撮影(CT)を撮影されたが異常は認められなかった.そのため,緑内障の疑いにて当科紹介受診となった.眼科的所見:視力は,右眼視力(VD)=指数弁/30cm,左眼視力(VS)=0.8(1.0),眼圧は,右眼16mmHg,左眼16mmHg,瞳孔は正円かつ同大で,対光反応は右眼遅鈍かつ不完全であり,相対的求心性瞳孔反応(RAPD)は,右眼陽性であった.動的視野検査は,右眼では下方視野欠損,左眼ではMariotte盲点拡大を認めた.眼球運動には異常なく,前眼部・中間透光体にも異常を認めなかった.眼底は,右眼に視神経萎縮,左眼に視神経乳頭腫脹があり,FosterKennedy症候群と考えられた.神経学的所見:意識清明で,視神経障害以外に明らかな神経脱落所見はみられなかった.検査所見:C反応性蛋白(CRP)7.6mg/dl,白血球数(WBC)7,500/μl,赤血球沈降速度(ESR)45mm/時,ツベルクリン反応は陰性,抗体検査において抗好中球細胞質抗体(C-ANCA)20EUと上昇を認めた.髄液所見は初圧47cmH2Oと著明な脳圧の亢進を認めた.また,髄液細胞24個/3μl,髄液蛋白116mg/dlと増加がみられた.放射線学的所見(図1):頭部MRIにおいて,ガドリニウム(Gd)造影にて強く増強される大脳鎌・両前頭蓋窩・側頭部の硬膜肥厚を認めた.また,脳溝が消失しており,脳圧の亢進が示唆された.経過:肥厚性硬膜炎と診断し,原疾患の検索を行った.C-ANCA陽性のため,耳鼻咽喉科にて精査したところ鼻中隔穿孔が認められ,生検を施行した結果,Wegener肉芽腫症と診断された.プレドニゾロン(PSL)45mg/日より内服を開始し,脳圧亢進に対してグリセオール点滴を行った.その後,頭痛が増悪し,誇大発言や行為心迫などの精神障害が出現したため,抗躁薬の内服・シクロホスファミド(CPA)100mg/日の内服を追加した.それ以降症状軽減し,脳圧の下降とともに頭痛症状も消失した.その後,緩徐にPSL・CPAを減量していったが,症状の再発はみられなかった.〔症例2〕66歳,男性.主訴:頭痛.家族歴:妹関節リウマチ.既往歴:リケッチア症.現病歴:半年前に不明熱が続き,精査をしたところ尿蛋白陽性・抗好中球細胞質ミエロペルオキシダーゼ抗体(P-ANCA)陽性であり,アレルギー性血管炎症候群と診断されていた.2週間前より右前頭部痛が起こり,複視・左聴力低下も同時期に出現した.内科入院となり,複視に対する精査目的にて当科紹介受診となった.原疾患に対してPSL20mg内服を行われていた.眼科的所見:視力は,VD=(1.2),VS=(1.2),眼圧は,右眼13mmHg左眼16mmHg,瞳孔は正円かつ同大で,対光反応は迅速かつ完全,RAPD陰性であった.眼位は,右眼上斜視・外斜視で,Bielschowsky頭部傾斜試験は右眼陽性であった.視野検査は正常,前眼部・中間透光体および眼底には異常を認めなかった.神経学的所見:意識清明で,右角膜知覚低下・左聴力低下を認めた.その他,明らかな神経脱落所見はみられなかった.検査所見:CRP6.9mg/dl,WBC9,500/μl,ESR46mm/時と炎症所見がみられた.ツベルクリン反応は陰性,抗体検査においてリウマトイド因子定量139IU/ml,P-ANCA19EUと上昇を認めた.髄液所見は正常であった.放射線学的所見:単純頭部MRIにおいて海綿静脈洞・眼窩先端部に異常を認めなかった.経過:現疾患による血管炎の増悪を疑い,PSL20mgより50mgに増量し経過観察した.1カ月後より頭痛・眼痛が増悪し,CRPも25.2mg/dlと上昇,眼球運動障害の増悪,右眼瞼下垂が出現した.VD=(0.8)と低下し,右眼散瞳,対光反応遅鈍かつ不完全となった.眼球運動も全方向性に不良となった.造影頭部MRI(図2)では,前.中頭蓋窩の硬膜肥厚と眼窩内外上側の炎症像が認められた.眼窩内炎症性偽腫瘍の頭蓋内浸潤に伴い肥厚性硬膜炎を呈しているものと考えた.ステロイドパルス療法〔メチルプレドニゾロン(mPSL)1g×3日〕1クール・CPAパルス(CPA500mgを4週間毎)を3クール施行するも,その後に視力障害が急速に進み右眼手動弁まで低下した.MRI所見では眼窩内炎症・硬膜肥厚の改善を認め,眼球運動・聴力障害も改善したものの,頭痛症状・視力障害の改善は得られなかった.(153)あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141233 水平断冠状断図2症例2:頭部MRI所見(Gd造影)中頭蓋窩の硬膜肥厚と眼窩内外上側の炎症像が認められた(→).眼窩内炎症性偽腫療が頭蓋内に浸潤している所見であった.〔症例3〕51歳,女性.主訴:左眼のかすみ.既往歴:混合性結合組織病(MCTD).現病歴:2カ月前より左眼のかすみに気づいた.次第に増強してきたため近医を受診し,左視神経症の疑いにて単純頭部MRIを撮影されたが明らかな異常なく,精査目的にて当院初診となった.眼科的所見:視力はVD=(1.5),VS=(0.06),眼圧は右眼18mmHg,左眼19mmHg,瞳孔は正円かつ同大で,対光反応は左眼遅鈍かつ不完全,RAPDは左眼陽性であった.動的視野検査では左眼下方視野障害を認めた.眼球運動に異常なく,眼球運動痛も認めなかった.前眼部・中間透光体に異常なく,眼底は視神経乳頭に異常を認めなかった.神経学的所見:意識清明で視神経障害以外に明らかな神経脱落所見はみられなかった.検査所見:CRP1.6mg/dl,WBC6,700/μl,ESR102mm/時と炎症所見を示した.抗体検査において抗リボヌクレオチド蛋白(RNP)抗体高値であった.放射線学的所見:初診時造影頭部MRIにおいて異常は認められなかった.経過:抗RNP抗体高値から自己免疫性の視神経炎と診断しステロイドパルス療法を施行した.投与後早期から視力の改善がみられ,VS=(1.5)まで改善した.パルス療法以降のステロイド投与は1カ月につきPSL5mgのペースで漸減した.4カ月後に再増悪し,造影頭部MRI(図3)にて,前.中頭蓋窩・大脳鎌・側頭部に硬膜肥厚を認め,肥厚性硬膜炎と診断した.ステロイドの漸減に伴い症状の増悪を繰り返すため,CPAパルス(CPA500mgを4週間毎に投与)を6クール施行した.頭痛症状も軽快し,経過良好であったが,1年後に再び両眼の視神経障害をきたした.ステロイドパル図3症例3:増悪時頭部MRI所見(Gd造影)前.中頭蓋窩・大脳鎌・側頭部に硬膜肥厚(→)を認める.スを行い,視力は1.2まで改善し,頭痛症状も軽快した.再発に注意しながら現在はCPA100mg内服・PSL20mg内服にて経過は良好である.〔症例4〕16歳,女性.(154) 図4症例4:頭部MRI所見(Gd造影)Gd造影において造影効果を示し,右小脳テント・中頭蓋窩・後頭蓋窩に肥厚(→)を認めた.主訴:複視.家族歴・既往歴:特記事項なし.現病歴:5年前より近医で間欠性外斜視にて経過観察されていた.今回,右眼周囲の痛み・複視が出現した.近医受診し,内斜視を認めたため当院へ紹介受診となった.眼科的所見:視力はVD=(1.2),VS=(1.2),瞳孔は正円かつ同大,対光反応は迅速かつ不完全,RAPDは陰性であった.眼位は20プリズムディオプター(PD)の間欠性外斜視,眼球運動には異常を認めず,前眼部・中間透光体および眼底にも異常を認めなかった.神経学的所見:意識清明,右三叉神経第一枝領域痛があった.検査所見:CRP1.6mg/dl,WBC7,600/μl,ESR35mm/時と軽度の炎症所見を示した.ツベルクリン反応は陰性であった.単純頭部MRI:異常を認めなかった.経過:頭痛が持続し,1カ月後より右眼に眼前暗黒感が出現した.右眼RAPD陽性を認め,視神経症が疑われたため,造影頭部MRI(図4)を撮影したところ,右小脳テント・中頭蓋窩・後頭蓋窩に造影効果を示す硬膜の肥厚を認めた.肥厚性硬膜炎と診断し,ステロイドパルスを施行したところ早期より視神経障害は改善した.しかし,頭痛症状は持続した.その後,ステロイド内服の増減をしながら経過をみているが再発はみられていない.〔症例5〕77歳,男性.主訴:頭痛.既往歴:高血圧.家族歴:姉,母;高血圧,姉;脳出血,母;脳梗塞.現病歴:52歳頃より右半側の頭痛を自覚.集中すると感じない程度の痛みであった.62歳頃より頭痛に対して市販の鎮痛薬の内服を開始した.同時期より左難聴が出現した.3年前より頭痛が左半分に移るようになった.その約2年後に頭痛は消失したが,さらに1年後左頭痛が再発・増悪し,幻視・左耳痛が出現するようになった.さらに左方視時に複視を自覚するようになり近医を受診した.精査加療目的で当科紹介初診となった.眼科的所見:視力はVD=(0.9),VS=(0.8),瞳孔は正円かつ同大で,対光反応は迅速かつ完全,RAPDは左眼陽性であった.眼位は正位,左外転障害が認められた.視野には異常がなかった.前眼部・中間透光体および眼底には異常を認めなかった.神経学的所見:意識清明,左三叉神経第一枝領域に感覚異(155)あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141235 図5症例5:頭部MRI所見(Gd造影)Gd造影において造影効果を示し,左眼窩先端部腫瘍から連続する左側優位の硬膜肥厚(→)を認めた.常があった.検査所見:CRP1.3mg/dl,WBC7,100/μl,ESR53mm/時と炎症所見を示した.ツベルクリン反応は陰性,梅毒抗体陰性,b-Dグルカン陰性,P-ANCA陰性であった.髄液検査は髄液細胞数3/3μl,髄液蛋白70mg/dl,髄液グルコース63mg/dlと正常であった.経過:入院後,眼窩部CTにて左眼窩先端部腫瘤を認めた.症状,経過より側頭動脈炎が否定できないため,左浅側頭動脈生検を施行した.同日施行した頭部造影MRI(図5)にて,左眼窩先端部腫瘍から連続する左側優位の硬膜肥厚と造影効果を認め,左眼窩先端部腫瘤を伴う肥厚性硬膜炎と考えられた.眼窩先端部腫瘤に関して,悪性腫瘍を疑ってポジトロン断層法(PET-CT),胸部CTによる他病巣の検索を行ったが特に異常はみられなかった.他の炎症性疾患は否定的であったため,特発性肥厚性硬膜炎との診断を下し,mPSL1,000mg/日にてパルス療法を開始した.開始同日より左眼の視力改善の自覚あり.その後は,PSL60mg内服を開始し,以後漸減した.視力はVD=(1.0),VS=(0.7p)となり退院となった.その後,ステロイド薬の漸減をしながら経過をみているが再発はみられていない.II考按肥厚性硬膜炎は頭蓋底に好発するリンパ球や形質細胞などの炎症細胞の浸潤を伴う硬膜肥厚を特徴とするとされている.以前は結核1)・梅毒2)などの感染性疾患が多く報告されていたが,現在では膠原病や血管炎などの慢性炎症性疾患に続発するものが多く報告されている3.10).筆者らもWegener肉芽腫症,P-ANCA陽性アレルギー性血管炎症候群,MCTDの3例を経験した.報告例は多くないものの今までにも同疾患との合併報告がなされている3.5).さらにOlmosら11)は,multifocalfibrosisに肥厚性硬膜炎が高頻度で合併していることを報告している.Multifocalfibrosisは後腹膜線維症,縦隔線維症,硬化性胆管炎,Riedel甲状腺炎,眼窩内偽腫瘍などがさまざまな組み合わせで生じる原因不明の疾患であるが,ステロイドが奏効するため自己免疫疾患であることが推定されている10,11).症例2において眼窩内に生じた偽腫瘍が頭蓋内に進展し,硬膜肥厚を呈した症例を経験したが,他の疾患の合併は認めなかった.また,症例5においても,眼窩先端部腫瘤へと続く前頭蓋窩の硬膜肥厚を認めていたが,他の炎症性疾患の合併を認めなかった.宮田ら12)は,自験例とそれまでに報告された22例の日本での報告例を以下のようにまとめている.性別は男性9例,女性13例でやや女性が多く,年代的には50歳代・70歳代が多かった.19例(87%)に脳神経障害がみられ,11例(50%)に頭痛,4例(18%)に失調症状が認められた.検査結果においてCRPの上昇が71%にみられ,血沈が76%で亢進していた.また,髄液検査において細胞数増多かつ蛋白上昇が66%,蛋白のみ上昇が23%にみられた.Parneyら13)は頭痛,脳神経麻痺,失調がそれぞれ88%,62%,32%であったと報告している.また,脳神経障害の頻度は,内耳神経,三叉神経,顔面神経,舌咽神経,迷走神経,視神経の順であったと報告している.筆者らの自験例5例の特徴を表1に示す.年齢は慢性炎症性疾患の合併例3例においては50.60歳代であった.また,全例で頑固な頭痛症状を認め,炎症反応も上昇していた.Rikuら14)は,硬膜肥厚部を海綿静脈洞・上眼窩裂を巻き込んだものと,小脳テント・後頭蓋窩の肥厚例の2つのパターンに分類し,それに伴った神経症状をまとめている.彼らによると前者は脳神経II.VII麻痺を生じるとされている.今までの報告例のなかでTolosa-Hunt症候群とされてきた症例のなかに肥厚性硬膜炎であった可能性や,2つの疾患の関連性が考えられる.自験例においては5例ともに前頭蓋窩の肥厚を認め,前者のパターンに分類されるが,症例4では小脳テントの肥厚・後頭蓋窩の肥厚も合併していた.また,(156) 表1各症例の所見と治療年齢性別基礎疾患症状脳神経症状CRP(mg/dl)赤沈(mm/時)髄液MRI所見治療症例157男性Wegener肉芽腫症頭痛・II7.645細胞数8/μl蛋白116mg/dl大脳鎌・両前頭蓋窩・側頭部の硬膜肥厚ステロイドCPAグリセオール症例266男性アレルギ―性血管炎頭痛・II・III・IV・V1・VII6.946細胞数1/μl蛋白23mg/dl前.中頭蓋窩の硬膜肥厚と眼窩内外上側の炎症像ステロイドCPAパルス症例351女性混合性結合組織病頭痛・II1.6102未施行前頭蓋窩.中頭蓋窩,大脳鎌の硬膜肥厚ステロイドCPAパルス症例416女性(間欠性外斜視)頭痛・IIV11.635未施行右小脳テント・中.後頭蓋窩の硬膜肥厚ステロイド症例577男性(眼窩先端部腫瘤)頭痛・IIV1・VI1.353細胞数1/μl蛋白70mg/dl左眼窩先端部腫瘤から連続する左前頭蓋窩の硬膜肥厚ステロイドMckinneyら15)は,頭蓋内進展と虚血性視神経症との関係にも言及している.自験例のうち,症例2も急激な視力低下があり,ステロイド・CPAの投与により眼窩内偽腫瘍の縮小・硬膜肥厚の改善が早期よりみられたにもかかわらず視力の改善が得られておらず,虚血性変化の関連が示唆される.肥厚性硬膜炎の治療には原疾患の治療が第一であるが,症状に応じて種々の方法が行われている.一般的には副腎皮質ステロイドが治療の第一選択とされている.しかし,ステロイドが有効な症例であっても,中止や減量により再燃することが多いことが問題である16).治療期間の明確なエビデンスは示されていないが,数カ月から数年の少量投与を必要とすることが多い.Bosmanら17)は,1990年以降に行われた治療法をまとめた結果を報告している.それによると60例中56例(93%)でステロイド治療が施行されている.そのなかでステロイド単独が65%であり,そのうち46%で再発を認めている.10%でアザチオプリン,3.3%でメソトレキセート,1.6%でCPA,1.6%で外科的手術が併用されていた.自己免疫疾患に関連する症例においては,ステロイドに反応しない,もしくは再燃する場合,アザチオプリンやCPAなどの免疫抑制薬の併用が検討される.自験例においても再燃例が多く,病状のコントロールのためCPAのパルス療法を併用した.血漿交換療法が有効であったとの報告もあるが,報告例はまだ少ない.肥厚性硬膜炎は難治性であり,治療に苦慮するケースが多くみられる.自己免疫疾患に有効な治療が肥厚性硬膜炎に有効であり,硬膜に対する自己免疫反応が大きくかかわっていることが示唆される.硬膜への特異的な自己抗体の解明や,肥厚性硬膜炎で認められるリンパ球のサブタイプの解明により,より有効な治療法の発見が期待される.(157)文献1)YamashitaK,SuzukiY,YoshizumiH:Tuberculouspachymeningitisinvolvingtheposteriorfossaandhighcervicalregion.NeurolMedChir34:100-103,19942)MooreAP,RolfeEB,JonesEL:Pachymeningitiscranialishypertrophica.JNeurolNeurosurgPsychiatry48:942944,19853)KashiyamaT,SuzukiA,MizuguchiKetal:Wegener’sgranulomatosiswithmultiplecranialnerveinvolvementsastheinitialclinicalmanifestation.InternMed34:11101113,19954)金田康秀,高井佳子,寺崎浩子ほか:P-ANCA陽性肥厚性硬膜炎に合併した視神経炎の経過.神経眼科23(増補):38,20065)FujimotoM,KiraJ,MuraiHetal:Hypertrophiccranialpachymeningitisassociatedwithmixedconnectivetissuedisease;acomparisonwithidiopathicandinfectiouspachymeningitis.InternMed32:510-512,19936)日野英忠,青戸和子:Reumatoidmeningitis.神経内科42:70-72,19957)西川節,坂本博昭,岸廣成ほか:リュウマチ因子陽性の肥厚性硬膜炎の一例.脳神経48:735-739,19968)MayerSA,YimGK,OnestiSTetal:Biopsy-provenisolatedsarcoidmeningitis.Acasereport.JNeurosurg78:994-996,19939)伊藤恒,仲下まゆみ,松本禎之ほか:Sjogren症候群に合併した肥厚性硬膜炎の1例.神経内科52:117-119,200010)AstromKE,LidholmSO:Extensiveintracraniallesioninacaseoforbitalnon-specificgranulomacombinedwithpolyarteritisnodosa.JClinPathol16:137-143,196311)OlmosPR,FalkoJM,ReaGLetal:Fibrosingpseudotumorofthesellaandparasellarareaproducinghypopituitarismandmultiplecranialnervepalsies.Neurosurgery32:1015-1021,199312)宮田和子,藤井滋樹,高橋昭ほか:肥厚性脳硬膜炎の臨床特徴.神経内科55:216-224,2001あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141237 13)ParneyIF,JohnsonES,AllenPBetal:Idiopathiccranialhypertrophicpachymeningitisresponsivetoantituberculoustherapy:acasereport.Neurosurgery41:965-971,199714)RikuS,KatoS:Idiopathichypertrophicpachymeningitis:Neuropathology23:335-344,200315)McKinneyAM,ShortJ,LucatoLetal:Inflammatorymyofibroblastictumoroftheorbitwithassociatedenhancementofthemeningesandmultiplecranialnerves.AmJNeuroradiol27:2217-2220,200616)KupersmithMJ,MartinV,HellerGetal:Idiopathichypertrophicpachymeningitis.Neurology62:686-694,200417)BosmanT,SimoninC,LaunayDetal:Idiopathichypertrophiccranialpachymeningitistreatedbyoralmethotrexate:acasereportandreviewofliterature.RhermatolInt28:713-718,2008***(158)

慎重な鑑別を要したLeber遺伝性視神経症の1例

2014年8月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(8):1227.1231,2014c慎重な鑑別を要したLeber遺伝性視神経症の1例青木優典*1竹内篤*1田口朗*2*1関西電力病院眼科*2大阪赤十字病院眼科AnAtypicalCaseofLeber’sHereditaryOpticNeuropathyMasanoriAoki1),AtushiTakeuchi1)andHogaraTaguchi2)DepartmentofOphthalmology,1)KansaiElectricPowerHospital,2)DepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossOsakaHospital症例は家族歴のない47歳,男性.急激な両眼視力低下を主訴に関西電力病院眼科を受診.30歳代に手足が2度にわたって動きにくくなるという全身の既往から多発性硬化症による視神経炎を,一時的な光視症の訴えから急性帯状潜在性網膜外層症(AZOOR)を鑑別する必要があったが,最終的に遺伝子検査にてミトコンドリアDNA11778変異が見つかり,Leber遺伝性視神経症(LHON)の診断が確定した.LHONの確定診断は遺伝子検査によってなされ確度の高いものである.しかし,そこに至るまでの各種検査,すなわち瞳孔検査,眼底検査,蛍光眼底造影検査,光干渉断層法(OCT),磁気共鳴画像法(MRI),多局所網膜電図(ERG)などはいずれも決定的なものではなく,これらを総合して鑑別を進め,慎重かつ円滑に診断すべきであると思われた.A47-year-oldmalewithnofamilyhistorycomplainedofsubacutevisualdisturbance.Best-correctedvisualacuity(BCVA)was0.6and0.6pinhisrightandlefteye.Hehadpathologicalevents,hislimbmovementsbecomingpoortwiceinhisthirties;thecauseswereunknown.Theinitialdiagnosiswasopticneuritisassociatedwithmultiplesclerosis.Theseconddiagnosiswasacutezonaloccultouterretinopathy(AZOOR),basedonacomplaintoftemporaryphotopsia.MitochondrialDNAanalysisrevealedpointmutationat11778,leadingtoadefinitediagnosisofLeber’shereditaryopticneuropathy(LHON).NumeroustypesofexaminationsaredonebeforeDNAanalysis:pupillaryreaction,funduscopy,fluoresceinangiography,opticalcoherecetomography(OCT),magneticresonanceimaging(MRI)andmultifocalelectroretinogram(ERG);however,theseexaminationsdonotnecessarilyclearlyrevealcharacteristicfindingsofLHON.LHONshouldbediagnosed,exclusiveofotherdisorders,consideringallexaminationfindingscarefullyandcomprehensively.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(8):1227.1231,2014〕Keywords:Leber遺伝性視神経症,視神経炎,急性帯状潜在性網膜外層症,眼窩MRI,多局所網膜電図.Leber’shereditaryopticneuropathy,opticneuropathy,AZOOR,orbitalMRI,multifocalERG.はじめにLeber遺伝性視神経症(Leber’shereditaryopticneuropathy:LHON)は,10.30歳代の男性に好発し,両眼性に急性あるいは亜急性の視力低下をきたす遺伝性疾患である.やや稀な疾患であるために,一般眼科医が確定診断を下すまでにはさまざまな迷いが生じる場合も多いと考えられる.今回筆者らは,家族歴のはっきりしない47歳発症の1症例を経験したので,多少の文献的考察を加えて報告する.I症例患者:47歳,男性.主訴:両眼視力低下.既往歴:30歳代に2回手足が動きにくくなった(原因不明),外傷の既往なし.生活歴:喫煙1日20本,飲酒:1日にビール大ビン5本と焼酎ロック数杯.中毒歴はなく,栄養状態も良好.家族歴:特記すべき事項なし.現病歴:2012年12月頃より両眼の視力低下を自覚.翌〔別刷請求先〕青木優典:〒553-0003大阪市福島区福島2-1-7関西電力病院眼科Reprintrequests:MasanoriAoki,DepartmentofOphthalmology,KansaiElectricPowerHospital,2-1-7Hukushima,Hukushima-ku,Osaka553-0003,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(147)1227 2013年1月10日関西電力病院眼科初診.初診時視力は右眼0.6,左眼0.6pで眼圧は右眼20mmHg,左眼18mmHg.眼位・眼球運動に異常なく,眼球運動痛もなかった.瞳孔・対光反応に異常なく,RAPD(relariveafferentpupillarydefect)は陰性であった.中心フリッカ値は右眼25Hz,左眼21Hz.前眼部・中間透光体にも異常を認めなかった.眼底は視神経に明らかな発赤・腫脹を認めず,黄斑部および周辺網膜にも明らかな異常はなかった(図1).Goldmann視野計では両眼の比較中心暗点と左眼のMariotte盲点の拡大を認めた(図2).特徴的な全身の既往から,まずは多発性硬化症による視神経炎の可能性を考えたが,全身の神経学的検査では特に異常を認めず,頭部および脊髄の磁気共鳴画像(MRI)も正常であった.同年1月29日,視力は右眼0.4,図1初診時の眼底写真左眼の視神経は軽度発赤し,下耳側血管アーケードに沿って神経線維層の混濁も認められる.しかし,初診時にこれらを有意な所見と捉えることは困難であった.左眼0.2と低下しており,蛍光眼底造影検査(FA)と眼窩MRIを施行した.FAでは両眼とも腕─網膜時間の延長はなく,視神経乳頭からの蛍光漏出も認められなかった.眼窩MRIでは,右副鼻腔に炎症所見を認めたが,視神経に炎症所見はなかった(図3).視神経炎を積極的に考えることはむずかしい検査結果であった.続いて問診上,モニター画面を見ると光っており文字が見えにくいという訴えが1月下旬頃にあったため,急性帯状潜在性網膜外層症(AZOOR)の可能性も考慮し,多局所網膜電図(ERG)を施行した.中心固視がやや悪く,ノイズの多い波形ではあったが,視野の中心暗点に一致する中心部波形の振幅の低下は認められなかった(図4).網膜疾患であるAZOORは一応否定してよいと思われた.また,SRLに提出していた抗AQP4抗体の結果が陰性と判明した.以上の経過や検査結果だけでは,少なくとも視神経炎は完全には否定できないことと,患者の希望があったことから,同年2月20日入院のうえ,ステロイドパルス(1g×3日間)を1クール施行したが,反応はなかった.そこで改めて眼底をよく見ると,両眼とも上下の乳頭黄斑線維束の腫脹を認めた(図5).これがLHONに特有の所見1)であることと,経過・問診などから他の視神経症や視神経炎お図2Goldmann視野検査両眼の比較中心暗点と左眼のMariotte盲点の拡大を認める.1228あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(148) よび網膜疾患がおおむね否定的であることから,患者に遺伝子検査を勧めたが,患者は他の医師の診察を希望された.そこで神経眼科を専門にしている医師を紹介し,遺伝子検査を施行していただいた結果,同年3月27日ミトコンドリアDNA11778変異が見つかり,LHONと確定診断した.同医師に指摘され,FA写真を拡大して見ると,LHONに特徴的とされる乳頭周囲の毛細血管拡張所見を認めた(図6).また,初診時の眼底写真においても,特に血管アーケード下方の神経線維層の混濁を指摘された(図1).II考按LHONについては,本症例のように,発症年齢や眼底所見(特に視神経乳頭の発赤)が典型的でない症例や家族歴がはっきりしない症例も多い.さらに,本症の確定診断に必要な遺伝子検査は,料金面(SRLに依頼する場合,11778変異だけで実費2.5万円)からも気軽に実施できるものではないため,スムーズに本症の確定診断をすることは,一般眼科医にとって必ずしも容易ではないかもしれない.遺伝子検査に持ち込むまでの各種検査について,今回の症例を通して留意図3眼窩MRISTIR冠状断にて視神経内に高信号を認めなかった.検査データ右眼検査データ左眼鼻側耳側耳側鼻側視野視野視野視野図4多局所ERG中心固視が悪いためノイズの多い波形であるが,視野の暗点に一致した中心部の振幅の低下は認めない.(149)あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141229 図5光干渉断層計LHONの急性期においては,まず下耳側のRNFLの肥厚が顕著となる1).図6蛍光眼底造影検査強拡大にして初めて,乳頭周囲の毛細血管の拡張所見を確認できた.特に下方に顕著である.すべき点がいくつかあると感じられたので,つぎに記したい.まず一つは,初診の段階で想定されることが最も多いと考えられる視神経炎2)を鑑別・除外する場合に必要となる眼窩MRIについてである.造影MRI脂肪抑制の冠状断と水平断において高信号がないことを確認して活動性のある視神経炎を否定したうえで,STIRにおいても高信号がないことが,LHONの診断を支持する所見となる3).しかしながらLHONであっても,剖検にて視交叉部を含む視神経に炎症所見を認1230あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014めた報告4)や造影効果が認められた症例5,6),T2での増強効果が視神経から視索に至るまで認められた症例7),さらには多発性硬化症(MS)による視神経炎に引き続いてLHONを発症したと思われる症例8)も存在するため,本症が疑われる場合の眼窩MRI所見については,慎重な解釈が必要な場合もあると思われる.LHONとMSの合併したものは,Leber’s‘plus’ssyndromeなどともよば(disease)あるいはHarding’れ,Harding9)以来,数多くの報告がなされている.本症例のようにMS様の神経学的症状の既往がある場合は特に,頭部および視神経脊髄における脱髄の有無については,今後の合併の可能性も含め,より厳密に評価すべきであろうと思われる.また,視神経炎とまぎらわしい疾患として言及されることの多い網膜疾患AZOOR10)についても,本症例のように鑑別しておくほうが好ましい場合もあるかもしれない.この場合,網膜疾患の除外目的で多局所ERGや高解像度の光干渉断層法(OCT)などを施行することになる.本症例において多局所ERGを施行したのは初診より36日後で,中心固視が悪いため良好な波形が得られなかった.もう少し早期に施行しないと信頼度の高い結果は得られないと考えられる.その一方で,急性期を過ぎて以降のLHONの多局所ERG所見について,中村らの報告11)によると,視野の中心暗点に一致して最中心領域の応答密度が低下し,周辺部の応答密度は正常範囲となるようである.網膜疾患を鑑別する際,発症より数カ月以上経過した症例の多局所ERG所見については慎重な解釈が必要となるであろう.また,OCT所見については,RNFL(網膜神経線維層)が肥厚を示し,まだ減少に(150) 転じていない発症早期においてもganglioncell(GCIPL厚)は経時的に減少を示す12)ことが判明し,LHONの早期診断および病態生理の解明に向けて有力な情報が得られるものと期待される.詳細な問診に加えて,視力の経過や視野,瞳孔反応に着目しつつ,OCT,MRI,眼底写真やFA写真の精緻な読み取り,多局所ERGなど,各種検査所見を総合的に判断したうえで,遺伝子検査へと進み,LHONの確定診断を円滑に行いたいものと反省させられた1症例であった.文献1)BarboniP,CarbonelliM,SaviniGetal:NaturalhistoryofLeber’shereditaryopticneuropathy:longitudinalanalysisoftheretinalnervefiberlayerbyopticalcoherencetomography.Ophthalmology117:623-627,20102)設楽幸治,村上晶,金井淳:視神経炎と考えステロイドパルス療法を施行した21例31眼の検討.臨眼56:1563-1566,20023)中尾雄三:視神経疾患の画像診断─撮像法の工夫と臨床応用.臨眼61:1624-1633,20074)井街譲:レーベル氏病.日眼会誌77:1658-1735,19735)VaphiadesMS,NewmannNJ:OpticnerveenhancementonorbitalmagneticresonanceimaginginLeber’shereditaryopticneuropathy.JNeuroophthalmol19:238-239,19996)OngE,BiottiD,AbouafLetal:Teachingneuroimages:chiasmalenlargementinLeberhereditaryopticneuropathy.Neurology81:126-127,20137)vanWestenD,HammarB,BynkeG:MagneticresonancefindingsinthepregeniculatevisualpathwaysinLeberhereditaryopticneuropathy.JNeuroophthalmol31:48-51,20118)坂本英久,西岡木綿子,山本正洋ほか:レーベル病と多発性硬化症が合併した1例.臨眼53:167-171,19999)HardingAE,SweeneyMG,MillerDHetal:Occurrenceofamultiplesclerosis-likeillnessinwomenwhohaveaLeber’shereditaryopticneuropathymitochondrialDNAmutation.Brain115:979-989,199210)大出尚郎:視神経炎と誤りやすい網膜症・視神経網膜症.あたらしい眼科20:1069-1074,200311)中村誠,妹尾健治,田口浩司ほか:視神経疾患の多局所網膜電図.眼紀48:845-850,199712)AkiyamaH,KashimaT,LiDetal:RetinalganglioncellanalysisinLeber’shereditaryopticneuropathy.Ophthalmology120:1943-1944,2013***(151)あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141231

頭蓋咽頭腫術後にHemifield Slide現象を示した1例

2014年8月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(8):1224.1226,2014c(00)1224(144)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY《原著》あたらしい眼科31(8):1224.1226,2014cはじめにHemifieldslide現象とは,眼球運動障害のない網膜正常対応の両耳側半盲患者において斜位または斜視が存在する場合,単眼の鼻側半視野間にずれが生じ,視界の中心部に生じる視覚異常をさす1).眼位が外斜の場合は,単眼の半視野が重複するため視野の中心部に水平性複視を起こし,また内斜の場合は半視野間に解離が生じるため,視野中心部に欠損を生じる臨床上まれな現象である.今回,筆者らは頭蓋咽頭腫術後にhemifieldslide現象を呈した1例を経験したので報告する.I症例患者:23歳,男性.主訴:水平性複視.既往歴,家族歴:特記すべきことなし.現病歴:平成25年春頃より両側視野狭窄に気づき,8月近医眼科を受診.両耳側半盲を指摘され,近医脳神経外科を紹介された.精査の結果,下垂体腫瘍を指摘され,精査加療目的にて当院脳神経外科入院となり,術前の視機能評価のため,同月当科初診となった.〔別刷請求先〕王瑜:〒060-8543札幌市中央区南1条西16丁目札幌医科大学医学部眼科学講座Reprintrequests:YuWang,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversity,SchoolofMedicine,S1W16Chuo-ku,Sapporo,Hokkaido060-8543,JAPAN頭蓋咽頭腫術後にHemifieldSlide現象を示した1例王瑜橋本雅人川田浩克錦織奈美大黒浩札幌医科大学医学部眼科学講座ACaseofHemifieldSlidePhenomenonafterNeurosurgeryforCraniopharyngiomaYuWang,MasahitoHashimoto,HirokatsuKawata,NamiNishikioriandHiroshiOhguroDepartmentofOphthalmology,SapporoMedicalUniversity,SchoolofMedicine今回,筆者らは頭蓋咽頭腫術後にhemifieldslide現象を呈した1例を経験した.患者は23歳,男性.視野狭窄を自覚し近医を受診したところ,部分型両耳側半盲を認め,画像検査で直径2.5cmの鞍上部腫瘍を認めた.当院脳神経外科で腫瘍摘出され,病理診断は頭蓋咽頭腫であった.術後視野中心部の水平性複視を自覚.眼位検査では近方14プリズム,遠方10プリズムの外斜位を認め,眼球運動制限はみられなかった.Goldmann視野検査では,両眼ともに垂直子午線に沿った完全型両耳側半盲を認めた.プリズムレンズで斜位矯正したところ,複視は消失した.以上の臨床所見より視野中心部の水平性複視は外斜位と完全型両耳側半盲の合併による,単眼鼻側半視野間の重複(hemifieldslide現象)が原因と考えられた.両耳側半盲患者において,眼球運動障害のない視野中心部の複視がある場合,hemifieldslide現象を念頭に入れておく必要があると思われた.Wereportacasewithhemifieldslidephenomenonafterneurosurgeryforcraniopharyngioma.A23-year-oldmalenoticedvisualfielddefects.Ophthalmologicexaminationdisclosedpartialbitemporalhemianopia;magneticresonanceimaging(MRI)revealeda2.5cm-diametersuprasellarmass,whichwasdiagnosedascraniopharyngiomaafterresectionbyneurosurgery.Afterthesurgery,thepatientnoticedhorizontaldoublevisioninthecentralbin-ocularvisualfields.Ophthalmologicexaminationdisclosedexophoriaatnear(14prism)anddistant(10prism),withnormalocularmotility.Visualfieldexaminationrevealedcompletebitemporalhemianopia.Thediplopiadisap-pearedafterexophoriawascorrectedbyprismlens.Theseclinicalfindingssuggestthatthecentralhorizontaldou-blevisionmayhavebeencausedbytheoverlappingofthetwohalvesofthenasalfieldwithexophoria,theso-called“hemifieldslidephenomenon”.Itshouldbenotedthatsomeexophoricpatientswithbitemporalhemianopiamayexperiencebinoculardiplopiawithoutocularmotorparesis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(8):1224.1226,2014〕Keywords:hemifieldslide現象,両耳側半盲,外斜位,頭蓋咽頭腫,複視.hemifieldslidephenomenon,bitempo-ralhemianopia,exophoria,craniopharyngioma,diplopia. 左眼右眼図1術前の動的視野検査所見左眼は部分的な耳側半盲を示し,右眼は完全耳側半盲を認める.図2術前の中頭蓋窩造影MRI冠状断像辺縁に造影効果を有する鞍上部腫瘍(白矢印)を認める.初診時眼科所見:視力は右眼0.03(0.2×Sph.7.0D),左眼0.05(0.5×.5.75D(cyl-0.5DAx180°)で,眼圧は右眼12mmHg,左眼15mmHg,眼球運動は正常で,瞳孔反応に異常はなかった.前眼部,中間透光体に異常はなく,眼底も正常であった.Goldmann動的視野検査で,右眼は垂直子午線に沿った完全型の耳側半盲を示し,一方,左眼は中心約30°に限局した部分的な耳側半盲を認めた(図1).頭部造影MRI(磁気共鳴画像)検査では,中頭蓋窩部の冠状断像において,辺縁に造影効果を有する直径2.5cm大の鞍上部腫瘤陰影を認めた(図2).同月,経鼻的腫瘍摘出術が施行され,病理診断は頭蓋咽頭腫であった.術後数日後に両眼の焦点が合わないことに気づき,当院神経眼科外来受診となった.視力は右眼が矯正0.3,左眼が矯正1.0で,眼科初診時よりも左眼に改善傾向を認めた.眼位は,近方視で14プリズム,遠方視で10プリズムの外斜位を認め,red-glass試験で網膜異常対応はなかった.Goldmann視野検査で,術前左眼に残存していた耳側視野は消失し,両眼ともに垂直子午線に沿った完全な両耳側半盲を認めた(図3).治療としてプリズム眼鏡装用を行ったところ,複視は消失し,現在経過観察中である.II考按Hemifieldslide現象は,1972年にKirkhamが初めて提唱した概念で1),眼球運動障害のない網膜正常対応の両耳側半盲患者に,斜位または斜視が存在する場合,残存する単眼の鼻側半視野の重複あるいは解離によって生じる視覚異常をいう.両耳側半盲,特に完全型の両耳側半盲では,両眼の視野は単眼の鼻側半視野で構成されているため融像範囲がない.したがって,もともと外斜位または外斜視が存在すると視野が重複し,視界の中心付近に限局した水平性複視を自覚する.一方,内斜位あるいは内斜視が存在する場合は半視野間の解離が生じるため,垂直性暗点が生じる(図4).本症例においては,もともと外斜位に加え頭蓋咽頭腫摘出後に完全な両耳側半盲となったことでhemifieldslide現象を呈したと思われた.一般に,頭蓋咽頭腫は小児から若年者に多くみられる脳腫瘍で鞍上部に発症する.頭蓋咽頭腫の大部分は,周辺の神経組織との癒着が強く,摘出後に視覚障害などの合併症が多いとされている2).本症例における術後視野が悪化した原因として,腫瘍の癒着.離時に生じた視交叉部神経組織への侵襲(145)あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141225 (146)あるいは視交叉部への栄養血管の破綻,虚血などが関与したのではないかと推察された.これまでにhemifieldslide現象についての報告は,筆者らが調べた限りいくつか散見するにすぎない.O’Neillらは下垂体腺腫の患者で両耳側半盲に外斜位と上斜位を伴った眼球運動障害のない両眼性複視の症例を報告し3),また,vanWaverenらは,外傷による両耳側半盲(外傷性視交叉症候群)の2例について,1例は外斜視を,もう1例は内斜視を伴ったhemifieldslide現象を呈したと報告している4).さらにBorchetらは,両眼の正常眼圧緑内障患者で片眼が下方視野欠損,他眼が上方視野欠損をきたした症例と,両眼の前部虚血性視神経症による上方水平半盲と他眼の下方水平半盲をきたした症例において,垂直方向のhemifieldslide現象を示したと述べている.これら2例はともに,両眼の視野中心部に視野水平線に沿った上半盲,下半盲が各片眼に生じ,斜位を合併していたために起こったのではないかと推察している5).完全両耳側半盲は,両鼻側半視野だけで両眼視野が構成されているため,注視点の奥側は完全な盲区となり深径覚異常を起こす.そのため,両眼対応による融像性輻湊の連動性調整ができにくく,眼位は不安定で斜位が恒常化しやすくなるといわれている1,4).したがって,両耳側半盲患者の長期経過をみていくうえで,視野検査に加え眼位検査も重要な検査であると思われる.さらに,hemifieldslide現象を呈する患者においては,眼位ずれによる中心部の複視,あるいは中心部の視矇感を自覚することも念頭に入れておく必要があると思われる.文献1)KirkhamTH:Theocularsymptomologyofpituitarytumors.ProcRSocMed65:517-518,19722)西村雅史,三村治:中枢性の視野異常.あたらしい眼科26:1627-1633,20093)O’NeillE,ConnellP,RawlukDetal:Delayeddiagnosisinasight-threateninglesion.IrJMedSci178:215-217,20094)vanWaverenM,JagleH,BeschD:Managementofstra-bismuswithhemianopicvisualfielddefects.GraefesArchClinExpOphthalmol251:575-584,20135)BorchetMS,LessellS,HoytWF:Hemifieldslidediplopiafromaltitudinalvisualfielddefects.JNeuroophthalmol16:107-109,1996右眼鼻側視野左眼鼻側視野外斜内斜図4Hemifieldslide現象のシェーマ両眼の視野は単眼鼻側半視野で構成されているため,外斜が存在すると半視野は重複し,内斜がある場合視野は分割され垂直性暗点が生じる.図3術後の動的視野検査所見完全型の両耳側半盲を認める.右眼左眼