特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):339.345,2014特集●角膜診療MinimumRequirementsあたらしい眼科31(3):339.345,2014角膜混濁をみたらDifferentialDiagnosisofCornealOpacities臼井智彦*はじめに角膜混濁の有無は細隙灯検査で容易に同定することができる.しかし混濁の原因は,となると,その要因は多岐にわたるため,診断に苦慮することも多々ある.角膜に生じる混濁には浮腫,浸潤,瘢痕,沈着に大別され,角膜に生じるさまざまな病理的イベントの結果発症する.浮腫と浸潤については他項に譲り,本稿では瘢痕,沈着による角膜混濁について述べる.I瘢痕性混濁(図1)瘢痕性混濁は外傷,創傷,感染,角膜実質炎などが生じた際,(過剰な)生体反応の結果,角膜実質のコラーゲン構造を破壊し生じたものである.細隙灯顕微鏡で,不規則な混濁が角膜実質にみられる.実質のコラーゲン構造の乱れによる白色の混濁に加えて,血管新生や形骸血管(ゴーストベッセル;角膜新生血管の名残),脂肪変性がみられることもある.瘢痕化した角膜では瘢痕収縮や角膜菲薄化がたびたびみられ,その部位の角膜はフラット化する.実質の瘢痕性混濁をみた場合,それが両眼性か片眼性かが診断の重要な手がかりとなる.両眼性であれば梅毒,結核などによる角膜実質炎後をまず考える.もちろん,他の感染症や外傷などが両眼に生じる可能性もあるが,頻度的には梅毒による角膜実質炎後が多い.梅毒性角膜実質炎では多くの症例で角膜深層,特にDescemet膜に沿った血管新生や形骸血管をみることがあり,その周囲はウミウチワ状に混濁が広がる.一方,片眼性であれば,ヘルペスの実質炎後,その他種々の感染症の既往,外傷の既往などを考える.II沈着性混濁沈着性混濁は,発生部位,形状,数などによって鑑別診断を行うとよい.多くの症例で,特徴的な混濁パターンを示すので,それを頭に入れておく.1.上皮内沈着性混濁a.渦状上皮内沈着性混濁(図2)渦状を呈する疾患として,Fabry病,薬剤による沈着がある.時にらせん状や車軸状のこともある.Fabry病は全身性代謝異常であるsphingolipidosisの一種であり,alphagalactosidaseが先天的に欠損する結果生じる.特徴的な渦状混濁を上皮に起こし,この角膜所見は発症しない女性保因者にも認めるといわれている.薬剤による渦状,らせん状沈着をきたすものとしては,抗不整脈薬のアミオダロン(アンカロンR),向精神薬であるフェノチアジン(コントミンRなど)が代表例であり,よって基礎疾患として不整脈や統合失調症などがないか,病歴聴取が診断の鍵となる.視力に影響を及ぼすことはなく,また休薬によりこれらの沈着は次第に消失する.*TomohikoUsui:東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科学〔別刷請求先〕臼井智彦:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科学0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(35)339図1瘢痕性混濁左上:梅毒性角膜実質炎後.角膜白斑とよばれるもの.右上:角膜実質炎後の表層移植後に生じた血管新生と脂肪変性.左下:MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)感染後.中央部は菲薄化を認める.右下:ヘルペスによる実質炎後.血管新生が顕著.図2渦状角膜本症例はテノーミン内服中に認められた.図3円錐角膜にみられるFleischerring(ヘモジデリンの沈着)b.線状上皮内沈着性混濁(図3)るが,その他にも翼状片のcap近傍(Stockerline),線線状沈着として,鉄(ヘモジデリン)沈着線が代表的維柱帯切除後の濾過胞近傍(Ferryline)に好発する.である.円錐角膜でみられるFleisherringが有名であまた高齢者角膜の瞼裂部下縁にも線状のヘモジデリン沈340あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(36)図4帯状角膜変性症角膜輪部と石灰化病変との間に透明帯を認める.右はPTK術後.着を認めることもあり,Hudson-Stahlilineとよばれている.これらに共通するのは,涙液層がbreakしやすい部位であり,涙液内のヘモジデリン成分がこれらの部位に残存沈着を起こすと考えられる.いずれも視力に影響を及ぼすことはない.2.上皮下沈着性混濁a.周辺部上皮下沈着性混濁輪部血管からの脂質成分の漏出〔LDL(低比重リポ蛋白)コレステロールといわれている〕によって生じる老人環が代表例である.若年者にみられることもあり,その際は若年性高コレステロール血症の有無に注意する.その他よく遭遇する周辺部上皮下沈着性混濁にlimbalgirdleofVogtがある.透明帯を伴う白色の上皮下沈着であり,高齢者に多い.病理的にはBowman膜を破壊した弾性線維の変性とカルシウムの沈着がみられ,初期の帯状角膜変性症とみる向きもある.b.瞼裂部上皮下沈着性混濁(図4)カルシウム沈着によって生じる帯状角膜変性症が代表例である.通常3.9時方向周辺部から発症し,白色または灰白色の石灰化病変が徐々に中央へと広がる.角膜輪部と石灰化病変との間に透明帯(lucidinterval)が存在する.ところどころ円形に混濁が抜けている部位があり,これは神経の走行部位であるといわれている.視力低下例や異物感が強い症例ではPTK(治療的レーザー角膜除去)またはEDTA(エチレンジアミン四酢酸)や1%塩酸を用いて石灰化物を除去する.帯状角膜変性に類似しているが,瞼裂部位に認める黄色から茶色がかった混濁はspheroiddegeneration(別名climaticdropletkeratopathy)である.太陽光線や眼表面の乾燥との関連が指摘されており,砂漠地方に多いとされている.c.びまん性上皮下沈着性混濁(図5)角膜全体に上皮下沈着性混濁を生じる代表例はReisBuckler角膜ジストロフィや膠様滴状角膜ジストロフィなど,両眼性の遺伝性疾患があげられる.Reis-Buckler角膜ジストロフィはanteriormembranedystrophyに分類され,Bowman膜から実質浅層に混濁を生じる.TGFBI遺伝子の変異を原因とし,常染色体優性遺伝形式をとる.Honeycombpatternとよばれる蜂の巣状の網目状混濁を呈することが特徴である.学童期から再発性角膜びらんを呈することが多いことから,若年者の角膜びらんを呈する疾患として記憶にとどめておく必要がある.PTKや角膜移植を行っても,その後徐々に再発する.膠様滴状角膜ジストロフィは上皮下にアミロイドが沈着する疾患で,常染色体劣性遺伝形式をとる.上皮のバリアが障害され,涙液成分であるラクトフェリンがアミロイド化して上皮下に沈着するためと考えられている.進行例では角膜はゼラチン状となり,また血管新生を生じることが多い.本疾患も,keratectomy,PTKや角膜移植を行っても再発するが,術後medicaluseSCL(ソフトコンタクトレンズ)の装用により,再発を遅らせることが可能である.(37)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014341図5左Reis.Buckler角膜ジストロフィ(左),および膠様滴状角膜ジストロフィ(右)図6Salzman結節変性d.結節性上皮下沈着性混濁(図6)隆起を伴う結節性の上皮下沈着性混濁に,Salzman結節変性(Salzmannodulardegeneration)がある.さまざまな角膜炎後に生じ,白色結節状混濁を示す.通常無症状だが,異物感,流涙,羞明などを呈することがあり,結節の頂点では上皮欠損を生じやすい.視軸にかかる部位に発症したときは,keratectomyやPTKを行うこともある.III実質沈着性混濁遺伝性疾患である角膜ジストロフィが代表例である.その他,全身疾患(多発性骨髄腫,Tangier病,代謝異常など)に伴うものに留意する.1.角膜ジストロフィ遺伝性角膜疾患である角膜ジストロフィでは両眼性に特徴的な沈着性混濁を呈する.顆粒状角膜ジストロフィ,格子状角膜ジストロフィ,Reis-Buckler角膜ジストロフィなどのTGFBI遺伝子を原因とするジストロフィは常染色体優性遺伝形式をとる.斑状角膜ジストロフィや膠様滴状角膜ジストロフィは常染色体劣性遺伝のため,近親婚の有無が手がかりとなることもある.a.顆粒状角膜ジストロフィ(図7)わが国で最も多く遭遇するのはII型の顆粒状変性(アベリノ型)といわれている.小円形,楕円形の白色沈着物(ヒアリン)に加え,棍棒状や星状のアミロイド沈着が実質浅層から中層に混在してみられるものである.I型の顆粒状角膜変性(狭義の顆粒状角膜変性)はこのアミロイドによる棍棒状混濁がない病型で,II型と原因遺伝子は同じものの,その変異部位は異なる.視力低下例ではPTKや角膜移植〔DALK(深層層状角膜移植)〕を行う.しかし術後の再発が問題になることが多い.b.格子状角膜ジストロフィ(図8)格子状角膜ジストロフィ(LCD)は,線状の格子状混濁とアミロイドの沈着がみられる.LCDは,4つに分類されている.LCDIは常染色体優性遺伝で,学童期より発症する.再発性角膜びらんを繰り返すことが多く,そのためびらんによる2次的な瘢痕性混濁も加わることも多々ある.LCDIIIは40歳以降の晩期発症で,342あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(38)図7顆粒状角膜ジストロフィII型左:顆粒状混濁(ヒアリン)が角膜中央で癒合している.一部棒状のアミロイドの沈着を認める.右:PTK後.深層に混濁が残る.図8格子状角膜ジストロフィ左:I型.角膜中央部に混濁を認める.中:II型.全身性アミロイドーシス(gelsolin遺伝子異常)にみられた格子状混濁.右:III型(IIIa).格子状混濁が太い.格子状線状混濁がLCDIより太いのが特徴である.なおLCDIIIでも角膜上皮びらんを生じるものはLCDIIIaに分類されている.LCDIVも晩期発症であるが,線状混濁は角膜深層にみられ,わが国からの報告しかない.LCDI,III,IVはTGFBI遺伝子の異常であるが,LCDIIはgelsolin遺伝子異常による全身性アミロイドーシスに合併するもので,頻度は圧倒的に少ないとされるが,他の格子状変性同様の混濁を生じる.視力低下例では角膜移植(DALK)を行う.c.斑状角膜ジストロフィ(図9)斑状角膜ジストロフィは灰白色の円形,不整楕円形の沈着物が多発してみられ,混濁間の角膜実質も淡い混濁を呈する.糖鎖硫酸転移酵素遺伝子であるCHST6の遺伝子異常により,異常なケラタン硫酸の蓄積によって生じると考えられている.視力低下以外に大きな症状はなく,再発性角膜びらんなどの上皮障害は通常みられない.混濁は角膜全層に及び,視力低下例では角膜移植〔DALKまたはPKP(全層角膜移植)〕を行う.d.Schnyderクリスタリン角膜ジストロフィ(図10)稀な遺伝性疾患である.角膜中央部実質浅層に楕円形の白色結晶状の実質沈着をきたす.この沈着は脂肪やコレステロールによる.発症は早くても20代からで,多くの症例は40代以降である.進行した視力低下例では角膜移植を行う.2.全身疾患に伴う実質の沈着性混濁(図11)いくつかの全身性疾患で,実質混濁を呈することがある.ムコ多糖の代謝異常であるmucopollysacharidosis(Hurler病やScheie病など)では,灰白色の混濁が生後より徐々に進行する.また脂質代謝異常である,apoA1(39)あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014343図9斑状角膜ジストロフィ図10Schnyderクリスタリン角膜ジストロフィ角膜中央部に灰白色の円形混濁とクリスタリン沈着を認める.まだ40代であるが,周辺角膜に若年環も認める.図11全身疾患に伴う沈着性混濁左:ApoA1欠損症にみられた角膜実質のびまん性混濁.脂質の沈着といわれている.右:多発性骨髄腫にみられたM蛋白の結晶状沈着.欠損症でも脂質の沈着による角膜実質のびまん性混濁を認める.多発性骨髄腫では,形質細胞が産生するM蛋IV実質深層,前Descemet膜の沈着性混濁白が結晶状に角膜実質全層に沈着することがある.その1.Francois角膜ジストロフィ(図12)他の結晶状実質沈着をきたす疾患として,シスチン血症角膜実質深層部中央に,灰白色の“crackedice”とや痛風があげられる.表現される斑状の混濁を示す.この混濁は浅層や周辺部に伸展することはなく,上皮びらんなども生じない.常染色体優性遺伝といわれているが,遺伝形式が不明なことも多い.視力低下をきたすことはほとんどなく,通常344あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(40)図12Francois角膜ジストロフィ(上段)と周辺部角膜実質深層にみられるposterior(crocodile)shagreen(下段)上段のFrancois角膜ジストロフィでは角膜中央部実質深層にcrackediceとよばれる灰白色の斑状混濁を認める.図13周辺部角膜実質深層にみられたKayser.Fleischerring(Wilson病)治療は行わない.類似した混濁を呈する疾患にposterior(crocodile)shagreenがあるが,これは角膜周辺部に混濁を生じ,遺伝性はなく,加齢性変化といわれている.(41)2.pre.DescemetcornealdystrophyDescemet膜前の実質深層に,びまん性に細かな線状の沈着性混濁を呈する疾患で,通常30代以降に発症する.粉状,点状,樹枝状なこともあり,その混濁の正体はリン脂質や中性脂肪の沈着といわれている.遺伝形式ははっきりせず,加齢による変性として同様の沈着を示すfarinataとの区別はむずかしい.なおpre-Descemetcornealdystrophyには魚鱗癬を伴うこともある.本混濁により視力低下をきたすことはなく,治療は必要としない.3.Kayser.Fleischerring(角膜銅症)(図13)銅代謝異常疾患であるWilson病患者でみられる.周辺部角膜深層に茶色がかった沈着物を認めるが,角膜中央部には及ばず,通常周辺部3.4mm程度の幅である.あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014345