‘記事’ カテゴリーのアーカイブ

屈折矯正手術:オルソケラトロジーによる近視進行抑制効果

2015年4月30日 木曜日

屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂●連載179大橋裕一坪田一男179.オルソケラトロジーによる近視進行平岡孝浩筑波大学医学医療系眼科抑制効果オルソケラトロジーによる学童期の近視進行抑制効果が多数報告されるようになった.既報によれば32~63%の抑制効果が期待できる.過去にさまざまな近視進行抑制法が試みられたが,エビデンスが確認された手法は少なく,その中でもオルソケラトロジーは有効性と安全性のバランスに優れ,小児期に導入しやすい方法といえる.オルソケラトロジー(orthokeratology:OK)の近視進行抑制効果が学術論文として初めて報告されたのは2004年である.Cheungらは,左眼のみOK治療を受けていた11歳男児の眼軸長変化を2年間追跡調査したところ,左眼は0.13mmしか延長しなかったのに対して,治療を受けていない右眼は0.34mmの眼軸長伸長を認めたと報告した1).なお,OKにおける近視進行を評価する場合には眼軸長変化が指標として用いられる.なぜなら,OK治療中は角膜がフラット化しているため屈折は常に正視に近い状態となっているため,屈折変化を経時的に調べてもほとんど変化しないことになってしまうからである.その後,2つのパイロットスタディが施行され,2年間の観察期間においてOK治療群は眼鏡群やソフトコンタクトレンズ(SCL)群よりも50%前後の眼軸長伸長抑制効果を有することが示された(表1).そこで筆者らは日本人において類似の臨床研究を行ったところ,OK群は対照群よりも眼軸長伸長が36%抑制されたことを確認した2).最近では,香港でエビデンスレベルの高いランダム化臨床試験が施行され,その結果においてもOK群は眼鏡対照群よりも43%の眼軸長伸長抑制を示したと報告された3).上記にあげた臨床研究はいずれも2年間に限局されていたため,つぎに筆者らは5年間へと観察期間を延長して前向き研究を行ったところ,きわめて興味深い結果が得られた.まず,5年の長期にわたっても約30%の眼軸伸長抑制効果を有することが判明した.しかし,治療開始後3年間は有意な抑制効果がみられるものの,4年目以降はその効果が減弱することも明らかとなった4)(図1).また,治療開始年齢が早いほど近視進行抑制効果が強いこともわかり,この知見は他の研究でも確認されるようになっている.さらに最近では,partialreductionortho-kといって,強度近視眼に対してOKで4Dだけ部分的に近視矯正を行い,残存した近視度数に対して眼鏡を装用させるというスタディが施行され,眼鏡対照群よりもきわめて強い表1オルソケラトロジー(OK)の小児眼軸長伸長抑制効果著者(雑誌,発行年)年齢(歳)OK群の眼軸伸長(2年間)対象群の眼軸伸長(眼鏡orSCL)対照群と比較した抑制効果Choetal(CurrEyeRes.2005)7~120.29mm0.54mm(眼鏡)46%Wallineetal(BrJOphthalmol.2009)8~110.25mm0.57mm(SCL)56%Kakitaetal(InvestOphthalmolVisSci.2011)8~160.39mm0.61mm(眼鏡)36%Santodomingo-Rubidoetal(InvestOphthalmolVisSci.2012)6~120.47mm0.69mm(眼鏡)32%Choetal(InvestOphthalmolVisSci.2012)6~100.36mm0.63mm(眼鏡)43%CharmJetal(OptomVisSci.2013)8~110.19mm0.51mm(眼鏡)63%(49)あたらしい眼科Vol.32,No.4,20155130910-1810/15/\100/頁/JCOPY 眼軸長(mm)2726252423オルソケラトロジー眼鏡①*②*③*④⑤pre1Y2Y3Y4Y5Y経過(year)眼軸長伸長オ眼鏡群(mm)(mean±SD)ルソケラトロジー群(mm)(mean±SD)p値①0.38±0.200.19±0.090.0002*②0.33±0.180.26±0.130.0476*③0.29±0.160.19±0.150.0385*④0.24±0.180.18±0.170.0938⑤0.17±0.140.16±0.130.8633*対応のないt検定図1オルソケラトロジー群と眼鏡群における5年間の眼軸長変化両群とも年々眼軸長は伸長していくが,群間比較を行うと1~3年目(①~③)は眼軸長の変化量に有意差がみられ,オルソケラトロジー群で有意に伸びが抑制されている.4年目(④)もオルソケラトロジー群のほうが眼軸伸長が抑制されているが有意差は認められなかった.5年目(⑤)はほぼ同値であった.(文献4)より引用改変)眼軸伸長抑制効果(63%)が得られたと報告されている.OK開始時の近視度数が大きいほうが眼軸長伸長抑制効果は強いとの報告は他にも散見されており,この点に関しては今後の検証が必要である.また,乱視を有する近視眼を対象としてトーリックOKを施行した場合も有意な眼軸伸長抑制効果が確認されたと報告されており5),近視進行抑制治療を目的としたOKの適応が拡大している.上記のような効果が得られる理由として,周辺部遠視性デフォーカス(焦点ぼけ)の改善がそのメカニズムであると推測されているが(図2),真のメカニズムは残念ながら解明されていない.過去にさまざまな近視進行抑制法が試みられてきたが,もっとも強い効果を示したのは1%アトロピン点眼である.これと比較するとOKの抑制効果は若干劣ることは否めないが,アトロピンがもたらす調節麻痺や散瞳,近方視力低下,さらには全身副作用出現などの危険性を考えると,OKは明らかに小児に導入しやすいといえる.また,アトロピン点眼は視機能を犠牲にして近視進行を抑制するという側面を有するのに対して,OKは514あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015周辺部遠視性デフォーカス結像面結像面遠視性デフォーカスの改善A.眼鏡(凹レンズ)による矯正B.オルソケラトロジー治療後図2眼鏡矯正とオルソケラトロジーでの網膜結像面の違いA:近視眼に対して通常の眼鏡で矯正すると,周辺部に遠視性デフォーカス(焦点ぼけ)を生じ,これが眼軸を伸長(近視を進行)させるトリガーとなると考えられている.B:オルソケラトロジー治療後は角膜中央はフラット化し近視が軽減するが,周辺部角膜は肥厚・スティープ化するため周辺での屈折力が増し,周辺網膜像での遠視性デフォーカスが改善する.その結果,眼軸長伸長が抑制され,近視が進行しにくくなるという仮説が支持されている.裸眼視力を向上させるため,視機能の改善を図りながら,近視進行抑制効果を得るというメリットがある.ただし,CL装用に起因する感染性角膜潰瘍を発症した場合はきわめて重篤な視力障害をきたす可能性があり,レンズケアを含めた患者教育には細心の注意を払う必要がある.未解決の問題点としては,1)治療を中止するとリバウンド現象が出るのか,2)リバウンド現象を避けるためには,どの程度の治療継続が必要か,3)最大限の効果を得るための最適の治療開始年齢は何歳か,4)アトロピン点眼など他の治療法との併用療法の効果,などがあげられる.さらなる研究の蓄積が待たれる.文献1)CheungSW,ChoP,FanD:Asymmetricalincreaseinaxiallengthinthetwoeyesofamonocularorthokeratologypatient.OptomVisSci81:653-636,20042)KakitaT,HiraokaT,OshikaT:Influenceofovernightorthokeratologyonaxialelongationinchildhoodmyopia.InvestOphthalmolVisSci52:2170-2174,20113)ChoP,CheungSW:RetardationofmyopiainOrthokeratology(ROMIO)Study:a2-yearrandomizedclinicaltrial.InvestOphthalmolVisSci53:7077-7085,20124)HiraokaT,KakitaT,OkamotoFetal:Long-termeffectofovernightorthokeratologyonaxiallengthelongationinchildhoodmyopia:a5-yearfollow-upstudy.InvestOphthalmolVisSci53:3913-3919,20125)CharmJ,ChoP:Highmyopia-partialreductionorthok:a2-yearrandomizedstudy.OptomVisSci90:530539,2013(50)

眼内レンズ:分節状屈折型多焦点眼内レンズ

2015年4月30日 木曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋342.分節状屈折型多焦点眼内レンズ荒井宏幸みなとみらいアイクリニック欧州を中心に使用されている分節状屈折型多焦点眼内レンズLentisRMplusを紹介する.近用部を分節状に配置することで,光学的なロスを低減している.乱視用の度数設定は100分の1D単位となり,ほぼオーダーメイドである.最近は中間視力の向上を目的にLentisRMplusXが開発された.●分節状屈折型多焦点眼内レンズOculentis社製LentisRMplusはおもに欧州で発売されており,日本では未承認である.LentisRMplusの外観を図1に示す.レンズの光学部下方が加入部分に相当する構造になっている.2013年11月には中間視力をより重視した設計のLentisRMplusXが発売された.遠用部と近用部の接合部分の角度と形状が変化している(図2).屈折型として,近用部を集約して網膜上に結像させるアイデアは斬新である.他の多焦点レンズと同様に,網膜上には遠方・近方ともに集光されており,脳の選択によりどちらかの集光像を認識する.素材は親水性アクリル(25%含水)であり,形状はプレート型である.切開創は2.0mmからの挿入が可能で,レンズ長径は11mm,光学部は6.0mmである.球面度数の製作範囲は0D~+36Dであり,toricレンズにおいては0.25~12Dまでの円柱レンズが対応可能となっている.●LentisRMplusの光学的優位性現在,選択が可能な多焦点眼内レンズは,同心円状の屈折型多焦点レンズと回折型レンズである.同心円状の屈折型眼内レンズには,遠方と近方のzone部分のギャップがあり,その部分の散乱により光学的なロスが生じる.暗所にて瞳孔径が大きくなると,このギャップ部分が何周も表出されるため,より多くのロスが生じてしまう.回折型眼内レンズの場合には,回折構造の物理特性として,常に約20%の入射光が減弱する.残りの80%を利用して遠方と近方に振り分けており,そのため鮮明度は甘くなり,これがwaxyvisionとして知覚される.術前にwaxyvisionに対する予測が可能であれば,非常に使い勝手の良いレンズであるが,それがむずかしいために躊躇することも多い.LentisRMplusは光学的なロスを最小限に留めるよう(47)図1LentisRMplusの外観近用部分が下方(6時方向)になるように.内に固定する.マーカーラインは水平方向を示している.図2LentisRMplusとMplusXのシェーマMplusXでは中央の陥凹部が少し小さくなり,接合部の傾斜が水平方向に変更されている.中間視力を向上させるための設計変更である.LENTIS.LENTIS.に設計されている.レンズの中心部分および60%以上の部分が遠方焦点の単焦点レンズであるため,良好な遠方視が担保される.また,屈折型に特徴的なzone間のギャップは1本のラインしかなく,したがって,瞳孔径が大きくなっても表出するギャップはラインの1部分のみである.そのギャップも非常に精緻に作製されている.●驚異的なtoricレンズの製作度数LentisRMplusおよびMplusXにはtoricレンズの設定がある.Toricレンズの度数設定は,球面・円柱面ともに100分の1D単位である(図3).レンズのオーダーはおもにIOLマスター(CarlZeissMeditec社製)のデーあたらしい眼科Vol.32,No.4,20155110910-1810/15/\100/頁/JCOPY 図3LentisRMplustoricのオーダーフォーム100分の1D単位での推奨レンズ度数が示されている.乱視軸の角度によらず,レンズの固定は常に垂直方向である.1.61.41.21Lentis遠方LentisX遠方Lentis近方0.80.6LentisX近方0.40.20図5LentisRMplusとLentisRMplusXの術後裸眼視力の経過遠方視力はMplusが良好であり,近方視力はMplusXが優れている.n=149(Mplus:101,MplusX:48)タを元に決定する.円柱面の軸方向は製作時点ですでに回転をつけて位置づけされており,.内での固定位置は球面レンズと同様に12時.6時の縦方向に固定すればよい.納期は約5週間である(図4).●MplusとMplusXの使い分け現在の欧州における傾向は,より中間視を確保する方向にあり,すでに3重焦点の多焦点眼内レンズが発売されている.その傾向にあわせるようにLentisRMplusXが開発された.中間~近方への光学分布が強化される反術前1W1M3M6M1Y図4LentisRMplustoricの細隙灯顕微鏡写真下方の加入部分の反射とtoricラインが観察される.面,遠用部の面積が小さくなったため,遠方視力の立ち上がりはやや低下傾向にある(図5).瞳孔径の大きい場合には従来のMplusにても十分な近方視力が確保できるため,個々の症例での使い分けが必要であろう1).●今後の展望多焦点眼内レンズの使用頻度は,今後も増加することが予想される.それぞれのレンズには特性があり,個々の症例に応じたレンズの選択が重要である2).今回紹介したLentisRMplusは術後満足度の高いレンズとして重要な選択肢の一つになると思われる3).文献1)BerrowEJ,WolffosohnJS,BikhuPSetal:Visualperformanceofnewbi-aspheric,segmented,asymmetricmulti-focalIOL.JRefractSurg305:84-858,20142)Braga-MeleR,ChangD,DeweySetal:Multifocalintraocularlenses:relativeindicationsandcontraindicationsforimplantation.JCataractRefractSurg40:313-322,20143)VenterJA,PelouskovaM,CollinsBMetal:Visualoutcomesandpatientsatisfactionin9366eyesusingarefractivesegmentedmultifocalintraocularlens.JCataractRefractSurg39:1477-1484,2013

コンタクトレンズ:製品選択

2015年4月30日 木曜日

提供コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ処方はじめの一歩監修/下村嘉一11.製品選択●はじめに適正なコンタクトレンズ(CL)を処方するためには,特別な条件がある場合を除いて,眼科医がCLの適応者に対してハードCLとソフトコンタクトレンズ(SCL)のどちらの適応なのかを判断し,レンズの種類(表1)を選択する必要がある1).そして,処方可能なメーカーのCLを漠然と選択するのではなく,患者のさまざまな条件に応じて適当な製品を選択し処方する必要がある.本稿ではSCLの適応となった場合を想定した製品選択ついて解説する.●SCLの選択の考え方SCLの選択の考え方の流れは,まずSCLの使用期間分類からレンズの種類を選択し,乱視を考慮しSCLの機能分類からレンズの種類を選択する.ここで球面レンズを選択することになった場合には,調節補助の必要性の有無を考慮して焦点分類から種類を選択する.トーリックレンズを選択することになった場合には,円柱軸の安定化デザイン分類から種類を選択する.つぎに素材分類から種類を選択し,最終的に各メーカーの製品特性から具体的なSCLの製品を選択する(図1).●使用期間分類からの選択SCLはレンズの使用期間によって分類(使用期間分類表1コンタクトレンズの分類ハードコンタクトレンズ球面レンズ単焦点レンズ遠近両用レンズトーリックレンズ前面トーリックレンズ後面トーリックレンズ両面トーリックレンズ球面レンズ単焦点レンズソフトコンタクト遠近両用レンズレンズトーリックレンズ前面トーリックレンズ後面トーリックレンズ塩谷浩しおや眼科使用期間分類からの選択(1日交換)(1週間交換)(頻回交換)(定期交換)(従来型)機能分類からの選択(球面レンズ)(トーリックレンズ)焦点分類からの選択円柱軸の安定化デザインからの選択(単焦点レンズ)(遠近両用レンズ)(プリズムバラスト)(ダブルスラブオフ)素材からの選択(シリコーンハイドロゲル)(ハイドロゲル)製品選択図1ソフトコンタクトレンズの選択の考え方または装用スケジュール分類:1日交換,1週間交換,頻回交換,定期交換,従来型)されており,想定されるCLの使用スタイル(たとえば,スポーツやイベント時などの必要時のみの使用)を考慮し,簡便性を求めている場合,レンズの汚れに配慮する必要がある場合,若年者でレンズの扱いに不安がある場合,より高い安全性を求める場合には,使用期間が最短で常に一定のレンズ性能を期待できる1日交換SCLを選択する.コストを考慮する必要がある場合など状況に応じて,最長2週間までの使用期間の頻回交換SCLや1カ月あるいは3カ月と使用期間が長い定期交換SCLを選択する.より広いレンズ規格の製作範囲を必要とする場合や,より低いコストを考慮する必要がある場合には最長使用期間を設けていない従来型SCLを選択する.また,とくに連続装用を要する場合には1週間交換SCLを選択する.(45)あたらしい眼科Vol.32,No.4,20155090910-1810/15/\100/頁/JCOPY 510あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(00)●機能分類からの選択使用期間分類からレンズの種類を選択したら,通常は機能分類(球面レンズ,トーリックレンズ)から球面レンズを選択し,調節補助の必要性の有無を考慮して焦点分類から種類を選択する.角膜頂点間距離補正後の乱視が1.00D以上で球面レンズでの矯正視力が不良であったり,自覚的な見え方の質が不良となったりすることが想定される場合には,機能分類からトーリックレンズを選択し,円柱軸の安定化デザイン分類(プリズムバラストデザイン,ダブルスラブオフデザイン)から種類を選択する2).トーリック面の部位(前面,後面)を考慮して選択する場合もある.●焦点分類からの選択機能分類から球面レンズを選択したら,通常は焦点分類(単焦点レンズ,遠近両用レンズ)から単焦点レンズを選択する.加齢に伴い調節力の低下した老視患者,ときには近業による眼精疲労の訴えのある患者,眼内レンズ挿入眼の患者へは,調節補助を目的に遠近両用レンズを選択する.遠近両用レンズは製品により光学部特性が異なるため,それぞれの患者に合わせて適正なデザインのレンズを選択する.●素材分類からの選択焦点分類からレンズを選択したら,素材分類(シリコーンハイドロゲル,ハイドロゲル)から種類を選択する.想定される装用時間(1日の装用時間,装用を開始する年齢を考慮したCL処方後の延べ装用時間)が長い場合,装用スタイルが連続装用や不規則装用の場合,乾燥による角結膜変化がある場合,装用時に乾燥感が強い場合には,酸素透過性が高く乾燥しにくいシリコーンハイドロゲルレンズ(SHCL)を選択する.SHCL装用時に素材の硬さやレンズ周辺部形状により異物感が強い場合,SHCLではフィッティングが不良の場合,SHCLで角結膜障害が発生しやすい場合(SHCL非適応眼)にはハイドロゲルレンズを選択する.●メーカーの製品特性からの選択素材分類からレンズを選択したら,各メーカーの製品特性からレンズを選択する.SHCLを選択した場合には,患者に応じて耐汚染性や耐乾燥性を考慮する必要がある場合には表面処理や表面加工の特性から製品を選択する.また,装用感を考慮する必要がある場合には,これに加えて素材の柔軟性,含水率,周辺部デザインから製品を選択する.ハイドロゲルレンズを選択した場合には,装用感や見え方の質,取り扱いの容易さなどを考慮する必要がある場合にはFDA分類,光学部デザイン(球面,非球面),周辺部デザイン,中心厚,UVカット,ハンドリング,レンズパッケージの特徴から製品を選択する.文献1)塩谷浩:はじめてのCL処方3HCLの適応・SCLの適応.日コレ誌56:67-69,20142)塩谷浩ほか:ソフトコンタクトレンズの乱視矯正効果.日コレ誌42:171-177,2000ZS941あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(00)●機能分類からの選択使用期間分類からレンズの種類を選択したら,通常は機能分類(球面レンズ,トーリックレンズ)から球面レンズを選択し,調節補助の必要性の有無を考慮して焦点分類から種類を選択する.角膜頂点間距離補正後の乱視が1.00D以上で球面レンズでの矯正視力が不良であったり,自覚的な見え方の質が不良となったりすることが想定される場合には,機能分類からトーリックレンズを選択し,円柱軸の安定化デザイン分類(プリズムバラストデザイン,ダブルスラブオフデザイン)から種類を選択する2).トーリック面の部位(前面,後面)を考慮して選択する場合もある.●焦点分類からの選択機能分類から球面レンズを選択したら,通常は焦点分類(単焦点レンズ,遠近両用レンズ)から単焦点レンズを選択する.加齢に伴い調節力の低下した老視患者,ときには近業による眼精疲労の訴えのある患者,眼内レンズ挿入眼の患者へは,調節補助を目的に遠近両用レンズを選択する.遠近両用レンズは製品により光学部特性が異なるため,それぞれの患者に合わせて適正なデザインのレンズを選択する.●素材分類からの選択焦点分類からレンズを選択したら,素材分類(シリコーンハイドロゲル,ハイドロゲル)から種類を選択する.想定される装用時間(1日の装用時間,装用を開始する年齢を考慮したCL処方後の延べ装用時間)が長い場合,装用スタイルが連続装用や不規則装用の場合,乾燥による角結膜変化がある場合,装用時に乾燥感が強い場合には,酸素透過性が高く乾燥しにくいシリコーンハイドロゲルレンズ(SHCL)を選択する.SHCL装用時に素材の硬さやレンズ周辺部形状により異物感が強い場合,SHCLではフィッティングが不良の場合,SHCLで角結膜障害が発生しやすい場合(SHCL非適応眼)にはハイドロゲルレンズを選択する.●メーカーの製品特性からの選択素材分類からレンズを選択したら,各メーカーの製品特性からレンズを選択する.SHCLを選択した場合には,患者に応じて耐汚染性や耐乾燥性を考慮する必要がある場合には表面処理や表面加工の特性から製品を選択する.また,装用感を考慮する必要がある場合には,これに加えて素材の柔軟性,含水率,周辺部デザインから製品を選択する.ハイドロゲルレンズを選択した場合には,装用感や見え方の質,取り扱いの容易さなどを考慮する必要がある場合にはFDA分類,光学部デザイン(球面,非球面),周辺部デザイン,中心厚,UVカット,ハンドリング,レンズパッケージの特徴から製品を選択する.文献1)塩谷浩:はじめてのCL処方3HCLの適応・SCLの適応.日コレ誌56:67-69,20142)塩谷浩ほか:ソフトコンタクトレンズの乱視矯正効果.日コレ誌42:171-177,2000ZS941

写真:エルロチニブ内服により生じた角膜潰瘍

2015年4月30日 木曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦371.エルロチニブ内服により生じた宮本佳菜絵*1,2外園千恵*2*1バプテスト眼科クリニック角膜潰瘍*2京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学図2図1のシェーマ①結膜充血,②角膜潰瘍,③潰瘍周囲に淡い浸潤あり.図1初診時の前眼部所見図3初診時フルオレセイン染色周囲に淡い浸潤を伴った深い潰瘍を認める.図4睫毛の長毛化・乱生化を認める図51カ月後の前眼部所見図61カ月後のフルオレセイン染色菲薄化は残存しているものの良好な上皮化を得た.(43)あたらしい眼科Vol.32,No.4,20155070910-1810/15/\100/頁/JCOPY 症例は79歳,女性.3年前より肺癌を患い,エルロチニブを内服していた.内服開始の数カ月後より右眼の充血を認めていたが,近医にて結膜炎の診断を受け,経過観察となっていた.その1年後,右眼の眼痛を自覚し近医を再受診したところ,角膜潰瘍を指摘された.エルロチニブ内服による薬剤性角膜上皮障害を疑われ,エルロチニブの内服を中止して点眼・軟膏などの投薬を受けたが,角膜潰瘍を繰り返すため,当院へ紹介となった(図1~3).エルロチニブは,上皮成長因子受容体(epithelialgrowthfactorreceptor:EGFR)に作用してチロシンキナーゼを選択的に阻害し,癌細胞の増殖を抑制する内服抗癌剤である.同じくEGFR阻害薬であるゲフィチニブに続く分子標的治療薬として2007年に承認を受け,現在,広く進行および再発肺癌や膵癌の治療に用いられている.眼表面では,上皮成長因子(epithelialgrowthfactor:EGF)が角膜上皮の創傷治癒過程における細胞の増殖と層化に関係していることが知られている1).EGFR阻害薬ではこうしたEGFの働きが阻害されるため,角膜上皮の創傷治癒遅延が生じると考えられる.眼科領域ではこれまでにも,エルロチニブ内服による遷延性上皮欠損の報告2)や,同じくEGFR阻害薬であるセツキシマブでも遷延性上皮欠損が生じたとの報告3)がなされている.さらにEGFR阻害薬では,毛包におけるKeratin遺伝子の発現のレギュレーションが阻害される.これにより睫毛の乱生や長毛化といった睫毛変化が生じ4),また睫毛だけでなく,頭髪や眉毛もカールを有する太い毛に変化することが皮膚科領域で多く報告5)されている.本症例も,睫毛の長毛化・乱生化を認め,潰瘍部位に一致して睫毛の接触を認めた(図4).今回の症例は,長毛化・乱生化した睫毛が接触することにより角膜上皮障害が生じ,さらに角膜上皮の創傷治癒遅延により重篤な角膜潰瘍に至ったと考えられた.エルロチニブ内服を中止し,ガチフロキサシン点眼,フルオロメトロン点眼,オフロキサシン眼軟膏による局所治療に加え,睫毛抜去を行うことで,1カ月後に良好な上皮化を得ることができた.また,睫毛管理を継続して行うことにより,1年以上経過する現在まで,再発を認めていない(図5,6).癌治療中の患者において,睫毛の変化や遷延化する角膜上皮欠損を認めた場合には,EGFR阻害薬内服の有無を確認する必要がある.本症例のような眼障害を生じる頻度は決して高くはないが,重篤化すれば角膜穿孔をきたす可能性もあり,十分な注意が必要である.文献1)NakamuraY,SotozonoC,KinoshitaS:Theepidermalgrowthfactorreceptor(EGFR):roleincornealwoundhealingandhomeostasis.ExpEyeRes72:511-517,20012)JohnsonKS,LevinF,ChuDS:Persistentcornealepithelialdefectassociatedwitherlotinibtreatment.Cornea28:706-707,20093)FoersterCG,CursiefenC,KruseFE:Persistingcornealerosionundercetuximab(Erbitux)treatment(epidermalgrowthfactorreceptorantibody).Cornea27:612-624,20084)MethvinAB,GausasRE:Newlyrecognizedocularsideeffectsoferlotinib.OptjalPlastReconstrSurg23:63-65,20075)AlexandrescuDT,KauffmanCL,DasanuCA:PersistenthairgrowthduringtreatmentwiththeEGFRinhibitorerlotinib.DermatolOnlineJ15:15,2009508

眼表面からみた眼瞼下垂手術の術前・術後対策

2015年4月30日 木曜日

特集●完璧マスター!眼瞼下垂あたらしい眼科32(4):499~506,2015特集●完璧マスター!眼瞼下垂あたらしい眼科32(4):499~506,2015眼表面からみた眼瞼下垂手術の術前・術後対策Pre-andPostoperativeMeasuresforBlepharoptosisSurgeryfromtheAspectoftheOcularSurface横井則彦*はじめに近年,眼科において,眼瞼下垂の手術が盛んに行われるようになり,眼瞼下垂手術に関連したセミナーが活況を呈している.その背景として,高齢化や治療に積極的な患者と術者の増加が推察される.また,その増加に伴って,眼不快感を主訴に受診する眼瞼下垂手術後の紹介例が増えてきたように思われる.眼瞼は眼表面と表裏の関係にあり,一方の異常が他方に異常を引き起こしうる.そして,そうした症例の背景には,瞬目を介した眼瞼と眼表面の動的な関係が関与し,涙液や眼表面を専門とするわれわれにとっても,しばしば未解決の問題を提示する.しかし,その克服は,眼表面により優しい眼瞼下垂手術の方法を提案してくれるに違いない.本稿では,眼瞼下垂手術の術前・術後の諸問題とその対策について,眼表面の視点から述べる.眼瞼下垂の術者のみならず,第一線の眼科医にも役立てば幸いである.I眼瞼下垂手術後の眼不快感と眼表面の2つの悪循環眼不快感を訴える眼瞼下垂手術後の眼表面は,一般に,ドライアイの眼表面に類似しており(図1),その症状は,一般に,ドライアイの2つのコア・メカニズム(悪循環)すなわち開瞼維持時の「涙液層の安定性の低下」と「瞬目時の摩擦亢進」で説明しうる(図2).そして最新のドライアイの考え方1)によれば,ドライアイとは,さまざまな上流の要因(リスクファクター)が眼表面に流れ込み,これら2つのコア・メカニズムを介して,眼不快感・視機能異常を生じる疾患であり,眼瞼下垂手術も上流の要因の1つとなりうる.その一方で,眼瞼下垂手術の対象の多くは,高齢者であり,すでに既存の涙液異常を有する場合も多く,眼瞼下垂手術がドライアイを顕性化する最後の一打となっていると思われる例もある.眼不快感を訴える眼瞼下垂の術後眼には,手術と上記のコア・メカ二ズムを橋渡しするいくつかのメカニズムが存在する(図2).すなわち,「涙液層の安定性の低下」には,涙液減少,蒸発亢進,表層上皮の水濡れ性低下が関与しうる.なかでも,後述する涙液減少は,蒸発亢進に比べて,より大きく眼表面をドライアイにシフトさせるため,注目すべきメカニズムといえる.そして,術後に生じうる閉瞼不全に伴う夜間兎眼に涙液減少が合併すると,涙液減少と蒸発亢進による複合メカニズムを介して,難治性のドライアイを発症する可能性がある.一方,後述する眼瞼に隠れた「瞬目時の摩擦亢進」のメカニズムは,ドライアイにおいて,近年その理解が急速に進んで来ており,眼瞼下垂の術後眼においても注意すべきメカニズムといえる2~4).II眼瞼下垂手術後の涙液減少最近になって,眼瞼下垂手術後に涙液減少が生じうることがわかってきた.Watanabeらは,筆者らが共同開発したビデオメニスコメトリー法5,6)を応用して,眼瞼*NorihikoYokoi:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕横井則彦:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(35)499 500あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(36)abcdef図1眼不快感を訴える眼瞼下垂手術後の眼瞼所見と眼表面所見(上・下は同一症例)a,b:閉瞼不全による蒸発亢進型ドライアイ.c,d:瞬目時の摩擦亢進が推察される上輪部角結膜炎様角結膜上皮障害(d:リサミングリーン染色),e,f:瞬目時の摩擦亢進が推察されるlid-wiperepitheliopathy.表層上皮障害悪循環知覚神経眼瞼水濡れ性低下水濡れ性低下目が乾く,目が疲れる,物が見えにくい症状目がゴロゴロする,痛い症状+涙液層の安定性低下炎症涙液減少(術後は涙小管ポンプ機能亢進が関与)悪循環瞬目時の摩擦亢進涙液層表層上皮蒸発亢進[術後は閉瞼不全(兎眼)が関与](術後の上皮障害も関与?)術後の眼瞼圧上昇図2眼瞼下垂手術後の眼不快感において推定される眼表面のメカニズム眼不快感を訴える眼瞼下垂手術後眼では,開瞼維持時の涙液層の安定性の低下や瞬目時の摩擦亢進が悪循環を生み,炎症も関与して知覚神経を刺激し,症状が引き起こされていると考えられる.また,それぞれの悪循環に術後のメカニズムや既存のメカニズムの術後の増強が関与しうる.abcdef図1眼不快感を訴える眼瞼下垂手術後の眼瞼所見と眼表面所見(上・下は同一症例)a,b:閉瞼不全による蒸発亢進型ドライアイ.c,d:瞬目時の摩擦亢進が推察される上輪部角結膜炎様角結膜上皮障害(d:リサミングリーン染色),e,f:瞬目時の摩擦亢進が推察されるlid-wiperepitheliopathy.表層上皮障害悪循環知覚神経眼瞼水濡れ性低下水濡れ性低下目が乾く,目が疲れる,物が見えにくい症状目がゴロゴロする,痛い症状+涙液層の安定性低下炎症涙液減少(術後は涙小管ポンプ機能亢進が関与)悪循環瞬目時の摩擦亢進涙液層表層上皮蒸発亢進[術後は閉瞼不全(兎眼)が関与](術後の上皮障害も関与?)術後の眼瞼圧上昇図2眼瞼下垂手術後の眼不快感において推定される眼表面のメカニズム眼不快感を訴える眼瞼下垂手術後眼では,開瞼維持時の涙液層の安定性の低下や瞬目時の摩擦亢進が悪循環を生み,炎症も関与して知覚神経を刺激し,症状が引き起こされていると考えられる.また,それぞれの悪循環に術後のメカニズムや既存のメカニズムの術後の増強が関与しうる. あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015501(37)味するとともに,涙液層の安定性低下を導いて,涙液減少型ドライアイとなる.そして,涙液減少型ドライアイは,反射性涙液分泌が得られにくいために,比較的重症のドライアイとなりやすい.しかし,Watanabeらの症例では,挙筋短縮術の術後は,後述するメカニズムで涙液貯留量の減少は生じるものの,反射性涙液分泌は保たれるため,顕性の涙液減少型ドライアイになりにくいのではないかと筆者は考えている.III挙筋短縮術後の涙液減少のメカニズムところで,挙筋短縮術がなぜ涙液貯留量を低下させるのであろうか.この機序を考察する前に,涙液メニスカスにおける涙液動態2)(図3)について考えてみたい.涙液メニスカスには,毛細管の原理によって陰圧Δp(毛管圧Δp=g/R:g:涙液の表面張力,R:涙液メニスカス曲率半径)が発生するが,涙道に流れ込む涙液量(V)は,上・下の涙液メニスカスに発生する陰圧(2Δp)と開瞼時に涙小管内に発生する陰圧(涙小管ポンプ:ΔP)との引き合い(圧差)で決まり,V=K(ΔP.2Δp)(Kは比例定数)で与えられる9).そして,この関係式から,下垂手術(挙筋短縮術)の前・後で涙液メニスカス曲率半径(R,mm:眼表面全体の涙液貯留量に一次相関するパラメータ6))を計測し,36例59側中,31例46側(78%)で,術1.5カ月後の時点において,涙液貯留量が有意に減少すること,および,術前のRが大きいほど,術後のRが小さくなることを世界で初めて示した7).また,彼らはその続報において,挙筋短縮術後は,術1.5カ月のみならず,術3カ月および6カ月後においても継続的に涙液貯留量が減少していること,術前の涙液量が多いほど術後の減少が大きいこと,および眼瞼下垂手術の別法である眼瞼皮膚切除術の前・後では涙液貯留量に有意な変化がないことを示した.そして,眼瞼挙上の程度と涙液貯留量の減少程度に相関がなかったことから,挙筋短縮術それ自体が涙液貯留量を減らす可能性があることを示した.しかし幸いなことに,涙液層の安定性の指標となる涙液層破壊時間(breakuptime;BUT)には,術1.5カ月,3カ月,6カ月後のいずれの時点においても有意な悪化はみられず,術後に新たに発症したドライアイ症状も術6カ月後までに解消したと述べている.一般に涙液貯留量の低値は,反射性涙液分泌量の低値を意Δ涙液メニスカスの陰圧(2p)Δ涙小管ポンプによる陰圧(P)涙道に流れ込む涙液量(V)図3涙道に流れ込む涙液量(V)を決定する上・下涙液メニスカスの毛管圧(Δp)と涙小管ポンプ(ΔP)上・下涙液メニスカスの陰圧Δp(Δp=g/R:g:涙液の表面張力,R:涙液メニスカス曲率半径)と開瞼時に涙小管内に発生する陰圧(涙小管ポンプ:ΔP)との圧差で,涙道に流れ込む涙液量(V)[V=K(ΔP.2Δp)(Kは比例定数)]9),ひいては,涙液クリアランスが決定される.Δ涙液メニスカスの陰圧(2p)Δ涙小管ポンプによる陰圧(P)涙道に流れ込む涙液量(V)図3涙道に流れ込む涙液量(V)を決定する上・下涙液メニスカスの毛管圧(Δp)と涙小管ポンプ(ΔP)上・下涙液メニスカスの陰圧Δp(Δp=g/R:g:涙液の表面張力,R:涙液メニスカス曲率半径)と開瞼時に涙小管内に発生する陰圧(涙小管ポンプ:ΔP)との圧差で,涙道に流れ込む涙液量(V)[V=K(ΔP.2Δp)(Kは比例定数)]9),ひいては,涙液クリアランスが決定される. 502あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(38)る眼輪筋涙.部ともよばれ,瞼板前眼輪筋の一部であるHorner筋の収縮(閉瞼時)と弛緩(開瞼時)による10)涙小管容量の差に基づく涙小管のポンプ機能に由来すると考えられる.そのため,挙筋短縮術後は開瞼時に瞼板が上方に移動しやすく,瞼板を起始部とするHorner筋の至適筋長(最大の張力が発揮できる適切な筋の長さ)が得られるようになり,ポンプ機能が術前に比べて増強するのではないかと考えられる.したがって,涙液分泌量が挙筋短縮術の前・後で変わらないとすると,ΔPの増強によりメニスカスの涙液がより多く吸引されるようになることで,涙液貯留量の減少を招くのではないかと推察される.この考えに方に立てば,涙液量の多い例(Rの大きい例)では,Δpが小さいために,より涙液量が減りやすかった(術後のRの減少が大きい)理由も理解できる.しかし,挙筋短縮術後の涙液減少は欠点ばかりではない.すなわち,Watanabeらも述べているように8),流涙を訴える眼瞼下垂の例では,眼瞼下垂手術が流涙の改善に奏効する可能性があり,流涙症治療のための眼瞼下垂手術という選択肢が示唆され,興味深い.IVドライアイに対する挙筋短縮術の注意点挙筋短縮術後に涙小管ポンプ機能が回復あるいは増強する可能性を考慮すると,術前から点眼治療を行っている顕性のドライアイにはとくに,注意が必要である.すなわち,術後に点眼液が容易に吸引されやすくなることで,その滞留時間が短くなり,術前ほどの点眼効果が得られなくなる可能性があるからである.そのため,点眼管理可能であったドライアイが挙筋短縮術後に涙点プラグの挿入を必要とする場合もある(図4).さらに,挙筋短縮術後に涙小管ポンプ機能が増強すると,通常は有効なサイズのプラグが奏効しなくなる場合もある.すなわち,適切なプラグが選択されてもポンプ機能の増強のために,涙点と涙点プラグの間隙から点眼液が吸引されて,通常のサイズでは十分な閉塞効果が得られなくなってしまう場合がある(図5).つまり,挙筋短縮術後には,一過性の閉瞼不全による涙液の蒸発亢進が起こりうることに加えて,涙液減少が術後のドライアイの発症に大きく関与しうることに注意する必要があるであろう.涙液メニスカスの陰圧ΔpはRが小さいと大きいため,涙液減少眼ではVが減少して,涙液クリアランスが悪くなることや,ΔPが変わらない条件下では,Rが大きいとΔpが小さいため,導涙されやすいことも容易に理解できる.ここに,ΔPは,瞼板内側から後涙.稜に至abc図4点眼治療で良好に治療されていたドライアイが術後に増悪し(a),上・下涙点プラグ挿入(b)によって改善(c)した症例術前からのドライアイが挙筋短縮術により増悪したと推測される.点眼治療で管理できていた例が上・下の涙点プラグ挿入を必要としている点に注目したい.abc図4点眼治療で良好に治療されていたドライアイが術後に増悪し(a),上・下涙点プラグ挿入(b)によって改善(c)した症例術前からのドライアイが挙筋短縮術により増悪したと推測される.点眼治療で管理できていた例が上・下の涙点プラグ挿入を必要としている点に注目したい. あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015503(39)の球結膜との間に,健常眼では過剰摩擦を生じないKessingspaceとよばれる13)(図6)空隙を形成する.しかし,結膜の巨大乳頭,重瞼術後に脱出してきた縫合糸の影響,上輪部角結膜炎(superiorlimbickeratocon-junctivitis:SLK)14)や加齢に基づく上方の結膜弛緩症などで,このKessingspaceにおいても過剰な摩擦が生じることがある.そして,以上のような瞬目時の摩擦亢進に基づく角結膜上皮障害は,Cherによってblink-relatedmicrotrauma(BRMT)と総称され12),Korbらが報告したLWE11)もこの一部として捉えることができる12).興味深いことに,挙筋短縮術を初めとする眼瞼下垂手術は,この瞬目時の摩擦亢進に対して両刃の剣的作用をもつ.すなわち,組織学的検討から瞬目時の摩擦亢進がV眼瞼下垂手術と瞬目時の摩擦亢進先に述べたように,眼不快感を有する眼瞼下垂手術後の眼表面のもう一つのコア・メカニズム(悪環境)として瞬目時の摩擦亢進がある.瞬目時に眼表面と摩擦を生じる眼瞼結膜部位は,Korbらによって,lidwiperと名付けられ11)(図6),この部は,生理的には,角膜上皮との適度な摩擦を通じて上皮のターンオーバに寄与すると考えられるが,角膜との間で過剰な摩擦を生じるとlidwiperの上皮障害(lid-wiperepitheliopathy:LWE,図1f)や,それと対峙する角膜上方の上皮障害の原因となり,眼瞼の背後で悪循環が形成されて(図2),異物感を初めとする慢性の眼不快感の原因となりうる2~4,11,12).一方,lidwiperより後方の眼瞼結膜は,対峙する上方染色直後3分後15分後60分後abcd図5挙筋短縮術後に上・下涙点にプラグを挿入する(a)も無効(b)で,よりサイズの大きなプラグを挿入(c)することで改善をみた症例(d:挿入後1カ月)涙点径の計測に基づく適切なサイズの涙点プラグが挿入されていても,連続写真(中段)から,点眼されたフルオレセイン液が徐々に消失してゆくことが分かる(下方の涙液メニスカスの高さに注目したい).染色直後3分後15分後60分後abcd図5挙筋短縮術後に上・下涙点にプラグを挿入する(a)も無効(b)で,よりサイズの大きなプラグを挿入(c)することで改善をみた症例(d:挿入後1カ月)涙点径の計測に基づく適切なサイズの涙点プラグが挿入されていても,連続写真(中段)から,点眼されたフルオレセイン液が徐々に消失してゆくことが分かる(下方の涙液メニスカスの高さに注目したい). 閉瞼閉瞼開瞼lidwiperと摩擦を生じる角膜部位角膜lidwiperKessingspace眼瞼図6瞬目時の摩擦亢進を理解するための背景上眼瞼は閉瞼時と開瞼時に摩擦力(閉瞼時>開瞼時)を眼表面に及ぼし,下眼瞼は閉瞼時に擦り上げるような摩擦力を眼表面に及ぼす(左)(文献11より改変).上,下眼瞼縁には,lidwiperとよばれる眼表面との間に摩擦を生じる上皮の肥厚部位を認め,眼瞼結膜と球結膜との間には,Kessingspaceとよばれる,生理的には摩擦を生じにくい空隙が存在する12).abcdef図7眼瞼下垂手術後の兎眼に対し挙筋延長術を受け,閉瞼可能となったが,その後強い眼刺激症状を訴えている症例上方球結膜に上輪部角結膜炎(SLK)様の充血(a)と上皮障害(b:リサミングリーン染色)および結膜弛緩(c)を認め,上方眼瞼結膜も充血(c)を認める.上方球結膜に対するSLK手術の結果,球結膜と眼瞼結膜の充血およびリサミングリーン染色所見は大幅に軽減し(それぞれd,f,e),症状も消失した. あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015505(41)そのメカニズムとして推定される15)角膜糸状物の形成にしばしば眼瞼下垂が関与しており,眼瞼下垂手術がその治療に有効であることが知られる16,17).その一方で,眼瞼手術の既往眼に難治性の角膜糸状物が生じたり,SLK様の病変が生じることがある(図7).おそらく,複数回手術を含む過度の眼瞼への侵襲は,術後の瘢痕形成を介して,眼瞼と眼表面の接触面積を増やして,瞬目時の摩擦亢進を導くのではないかと考えられる.実際,挙筋短縮術の術後に慢性的な異物感,眼痛を認める例で,上眼瞼の反転が非常に困難な例を経験することがある.こうした例では,しばしば角膜の上方や上方の球結膜の上皮障害,あるいは摩擦を示唆するコイル状の血管異常(cork-skrewsignとよばれる)が球結膜に認められ,瞬目時の摩擦亢進が所見や症状の原因になっていることがある.球結膜の弛緩は,加齢性に進行するものであるが,上方の結膜弛緩が進行することで,過去に受けた眼瞼下垂手術によるタイトな眼瞼との過剰な摩擦が生じはじめ,眼瞼下垂手術から数年以上経過してSLK様の病変を示してくる例もある.そしてこのような例は,本来空隙であるべきKessingspaceが弛緩結膜とタイトな眼瞼により狭められた結果生じる,新たな病変として捉えることができるだろう.一般に,下方の結膜弛緩症を高度に認める例では,上方の結膜弛緩も強いため,それを参考に眼瞼下垂手術の前に,上方の結膜弛緩症の有無も確認しておき,手術においては,侵襲を最小限にして,タイトな眼瞼とならないよう注意することが大切と思われる.また,涙液減少眼では,Kessingspaceにクッションとしての役割を果たす涙液が減少しているため,摩擦が増強しやすいことも覚えておくべきである.瞬目を介した眼瞼と眼表面の動的関係(図6)は,その研究の歴史も浅く,まだまだ解明すべき問題が多く残されていると思われる.VI眼瞼下垂手術の術前対策眼瞼下垂の術前には,涙液層の安定性低下と瞬目時の摩擦亢進の観点から,眼表面をくまなくチェックしておくことが重要である.まず,涙液層の安定性低下の観点からは,術前の涙液減少にはとくに注意し,角膜下方の上皮障害,3時9時方向の球結膜上皮障害,角膜下方の筋状の涙液層の破壊(linebreak18))は,涙液減少型ドライアイの存在を示唆するため,術後に悪化する可能性を伝えておく必要がある.可能であれば,Schirmerテスト1法を施行しておくことも有用であろう.次に,瞬目時の摩擦亢進の観点からは,術前からの結膜弛緩症(とくに上方の結膜弛緩症)の存在やSLKおよびLWEを初めとするBLMTの存在を確認し,それを適切に治療しておくこと,および術後にそれが増悪する可能性を患者に伝えておくことが重要と思われる.VII眼瞼下垂手術の術中・術後対策これまで述べてきたように,眼瞼下垂手術を行う際には,術後に涙液層の安定性の低下,瞬目時の摩擦亢進が生じうることを念頭に置き,術前よりそのメカニズムの関与が眼表面に見られる場合はもとより,それが見られなくとも,可能な限り低侵襲の手術を心がけることが大切である.そして,術後にそれらのメカニズムの増強により予期しない症状が生じた場合は,適切な対応を行う.ときには涙点プラグ挿入術やSLKの手術に準じた外科手術14)が必要になることもあり,それらが奏効しない場合は,眼瞼に対する再手術が必要となる場合もあると思われる.しかし,近年のドライアイの点眼治療の進歩により1,18),わが国においては,ジクアホソルナトリウムやレバミピド点眼液が,それぞれ涙液層の安定性低下,および瞬目時の摩擦亢進に対して効果的に利用できるため,それらの活用も考えると良いであろう1).おわりに眼瞼,涙液,涙液層,眼表面上皮は,動的な関係を保ちながら,互いの健常性を維持し合い,眼の快適性と視機能の維持に貢献している.眼瞼下垂そのものも,眼瞼下垂手術も,これらの組織の均衡のとれた動的関係に障害を及ぼす可能性があり,眼不快感や難治性の上皮障害の原因となることがある.眼瞼下垂手術を行う際には,日頃から術眼や僚眼の眼表面や眼瞼の状態を良く観察し,これらの組織の良好な動的関係を崩すことのないよう,眼に優しい手術を心がけたいものである. -’

前頭筋吊り上げ術

2015年4月30日 木曜日

特集●完璧マスター!眼瞼下垂あたらしい眼科32(4):493~498,2015特集●完璧マスター!眼瞼下垂あたらしい眼科32(4):493~498,2015前頭筋吊り上げ術FrontalisSuspensionSurgeryUsingaPolytetrafluoroethylene(Gore-TEXR)Sheet尾山徳秀*はじめに眼科医にも比較的使用しやすい人工材料であるポリテトラフルオロエチレン(ゴアテックスRシート)での前頭筋吊り上げ術について説明する.習得しておけば,挙筋腱膜,Muller筋操作による挙上が困難と思われる症例に対し,術中に本術式に変更することも可能であり,先天性眼瞼下垂症例の後天性眼瞼下垂合併例などに対しても有用である.図1がイメージである.自家材料として大腿筋膜や側頭筋膜などもあるが,眼科医としては採取手技などに馴染みがないので使用しにくく,また術後に筋膜収縮が約10~30%起こるため長期経過が予測できない.人工材料であるナイロン糸,ポリプロピレン糸は感染などの合併症や瘢痕形成が少ない長所があり,乳幼児症例や外傷後など病状の回復や進行が予測できない短期挙上を望む患者の一時的な材料としては最適であるが,長期経過で再発率が高い1~3).I適応一般的には挙筋機能が4~5mm以下であり,自力での眼瞼挙上時に前頭筋を使用して眉毛挙上していることが重要である.通常,小児では3~4歳以降で手術を行う.3歳以下では患児の協力がなかなか得られず,挙筋機能のチェックなどがしにくいからである.禁忌としては,人工材料の使用を拒否する患者はもちろんであるが,顔面神経麻痺で前頭筋機能が障害されている患者が該当する.また,Bell現象が確認できない,高度な動眼abROOF(用語解説参照)(retroorbicularisoculifat)図1前頭筋吊り上げ術のイメージシート状素材で瞼板と前頭筋をつないでいる(a).矢印(緑)の位置にシート状素材を通すトンネルを作製する(b).前頭筋眼輪筋Whitnall靭帯前頭骨上眼瞼挙筋眼窩隔膜眼窩脂肪Whiteline眉毛睫毛神経麻痺,generalfibroussyndrome患者は眼球上転が得られないため角膜障害が重症化する可能性があるので,禁忌ではないが挙上量は控えめにする.なお,ゴアテックスRシートは医療材料であるが適応外使用であるため倫理委員会などでの承認が必要である.*TokuhideOyama:新潟大学医歯学総合病院眼科/医療法人社団オクルスうおぬま眼科〔別刷請求先〕尾山徳秀:〒951-8510新潟市中央区旭町通1-757新潟大学医歯学総合病院眼科/医療法人社団オクルスうおぬま眼科0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(29)493 図2手術に使用するドレープ形状と手術デザインドレープは眼科用のものであれば,穴を拡大し両眼解放とする.眉毛直上に約1cmの線をデザインし,その位置から直線状にラインを想定し(わかりやすいようにデザインを描いている),眼瞼皮膚に約2cm程度の線をデザインする.図4瞼板の露出挟瞼器をかけて,15番円刃刀,スプリングハンドル剪刀を使用し,瞼板を露出させる.挙筋腱膜やMuller筋を切離する必要はない.図3使用するゴアテックスRシートゴアテックスRシートは厚さ0.3mmのものを使用し,幅は5~7mm,長さは30mmあれば十分である.図5重瞼線の決定ブジーにて開瞼状態を確認して重瞼線を決定する. あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015495(31)まず,重瞼線がある場合はその位置および瞳孔中央直上の中央垂直線,眉毛上小切開線の3本をデザインする(図2).上眼瞼皮膚および眼輪筋を切開し,瞼板を露出させる(図4).眼窩隔膜とwhiteline(用語解説参照)が見えるように眉毛側へ向かって眼輪筋下を.離する.予定重瞼線がない場合はブジーにて開瞼状態を確認して,その位置から約2cm程度眼瞼皮膚を横切開する(図図6眉毛上切開眉毛毛流に沿って切開をする.眉毛毛流の方向を確認し,毛流と平行になるように切開することで眉毛脱毛も防止でき,傷も目立たない.図7眉毛上の創口.離スティーブン氏剪刀で創を丁寧に広げるが,皮膚切開がしっかりできていれば容易に広げることができる.図8トンネル作製眼瞼方向に眼窩隔膜と眼輪筋の層間を.離し,whiteline周辺につながるトンネルを作製する.常に剪刀先端の位置を意識する.図9ゴアテックスRシートの挿入創口にモスキート鉗子を挿入し(a),ゴアテックスRシートを挟んで引き抜き,トンネル内を通す(b).ab図6眉毛上切開眉毛毛流に沿って切開をする.眉毛毛流の方向を確認し,毛流と平行になるように切開することで眉毛脱毛も防止でき,傷も目立たない.図7眉毛上の創口.離スティーブン氏剪刀で創を丁寧に広げるが,皮膚切開がしっかりできていれば容易に広げることができる.図8トンネル作製眼瞼方向に眼窩隔膜と眼輪筋の層間を.離し,whiteline周辺につながるトンネルを作製する.常に剪刀先端の位置を意識する.図9ゴアテックスRシートの挿入創口にモスキート鉗子を挿入し(a),ゴアテックスRシートを挟んで引き抜き,トンネル内を通す(b).ab 496あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(32)5).次に眉毛上皮膚切開を,眉毛毛流に沿って約1cm切開をする.円刃刀の刃先を頭側に向け,皮膚側に刃先を寝かせて行うことで傷もきれいに治癒し,眉毛脱毛も防止できる(図6).その後,スティーブン氏剪刀で創を広げれば直視下に前頭筋が確認できる(図7).その創からスティーブン氏剪刀で眼瞼方向に眼窩隔膜と眼輪筋の層間を.離し,whiteline周辺につながるトンネルを作製する(図8).トンネル幅はゴアテックスRシート幅より広くすることが重要である.丁寧に.離すればほとんど出血することはない.もし出血しても軽く圧迫することで十分止血できる.創口にモスキート鉗子を挿入し,ゴアテックスRシー図10ゴアテックスRシートの瞼板への固定瞳孔領をはさむようにゴアテックスRシートを瞼板に縫合する(a).眉毛上のシートを牽引し,上眼瞼縁の形状およびlashptosisや睫毛内反の程度を確認する(b).ab図11眼瞼部縫合の手順ゴアテックスRシートの辺縁を丸くトリミングし(a),眼輪筋で包むように眼輪筋同士を7-0糸で縫合する(b).その後に皮膚縫合を行う(c).abc図10ゴアテックスRシートの瞼板への固定瞳孔領をはさむようにゴアテックスRシートを瞼板に縫合する(a).眉毛上のシートを牽引し,上眼瞼縁の形状およびlashptosisや睫毛内反の程度を確認する(b).ab図11眼瞼部縫合の手順ゴアテックスRシートの辺縁を丸くトリミングし(a),眼輪筋で包むように眼輪筋同士を7-0糸で縫合する(b).その後に皮膚縫合を行う(c).abc あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015497(33)程度をみるが,瞼縁が瞳孔縁と角膜上輪部の中間~上1/3の位置であれば通常は問題ないが,前述の低矯正にすべき症例などでは個々に矯正量を変える必要がある.6-0糸で前頭筋にシート,前頭筋,シートの順に通糸し,ゴアテックスRシートを縫合する(図12).成人例では通常約21~23mmの位置になることが多い.局所麻酔下であれば座位にして挙上量と上眼瞼縁形状を確認する.ゴアテックスRシートの断端を5mm程度残し,辺縁を丸くトリミングしたのちに皮下に埋没する.断端を少し長く残すことで,過矯正の修正に利用できる.同様に6-0糸で真皮縫合を行い,その後皮膚縫合をして終了である(図13).トを挟んでトンネル内を通す(図9).瞼板の内側と外側2カ所でゴアテックスRシートを,7-0糸でシート,瞼板,シートの順に通糸し仮縫合する.眉毛上のゴアテックスRシートを牽引し,瞼縁の形状がきれいになっていることを確認してから本縫合する(図10).このときに,lashptosis(用語解説参照)や睫毛内反になっているようであれば,Hotz変法を行い矯正する.その後,ゴアテックスRシートの辺縁を丸くトリミングし,眼輪筋で包むように眼輪筋同士を7-0糸で縫合してから,皮膚縫合を行う(図11).眼輪筋を縫合する理由は,ゴアテックスRシートは異物であり,できる限り脱出や感染する可能性を少なくするためである.眉毛上のゴアテックスRシートを牽引し上眼瞼挙上の図13眉毛上部縫合の手順6-0糸で真皮縫合を行い(a),皮膚縫合をして終了である(b).ab図12眉毛上のゴアテックスRシートの固定6-0糸で,前頭筋に固定する(a,b).上眼瞼縁の形状に注意を払い,縫合した後も座位で確認をする.ab図13眉毛上部縫合の手順6-0糸で真皮縫合を行い(a),皮膚縫合をして終了である(b).ab図12眉毛上のゴアテックスRシートの固定6-0糸で,前頭筋に固定する(a,b).上眼瞼縁の形状に注意を払い,縫合した後も座位で確認をする.ab 498あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(34)て決定するべきである(図14).感染やゴアテックスRシートの露出は数%と頻度は低いが可能性は常にあるので,インフォームド・コンセントをしっかりと行う3).文献1)BenSimonGJ,MacedoAA,SchwarczRMetal:Frontalissuspensionforuppereyelidptosis:evaluationofdifferentsurgicaldesignsandsuturematerial.AmJOphthalmol140:877-885,20052)WassermanBN,SprungerDT,HelvestonEMetal:Com-parisonofmaterialsusedinfrontalissuspension.ArchOphthalmol119:687-691,20013)HayashiK,KatoriN,KasaiKetal:Comparisonofnylonmonofilamentsutureandpolytetrafluorethylenesheetforfrontalissuspensionsurgeryineyeswithcongenitalpto-sis.AmJOphthalmol155:654-663,2013おわりに本術式の難易度を上げているものは,眉毛上から瞼縁に向かった眼輪筋下のトンネル作製である.皮膚および眼輪筋の厚みを感じながら,ほとんど切開することなく横方向に.離していくことが重要である.また,眼瞼挙上量の過矯正・低矯正判定は,術後腫脹が軽減し,前頭筋を使用することに慣れるまでの1~2カ月は経過をみ図14術前・後の顔面写真図5の術前は眉毛挙上もよくわかり(a),術後開瞼状態は良好である(b).5歳時で右眼は重度の眼瞼下垂と左眼も中等度の眼瞼下垂を認める(c).右眼の前頭筋吊り上げ後であるが,前頭筋を使うことにより左右差はなく開瞼状態は良好である(d).abcd■用語解説■Whiteline:上眼瞼挙筋腱膜(aponeurosis)と眼窩隔膜の合流部に位置する白いline.Lashptosis:上眼瞼の睫毛が直線状に真下に向かっている状態.ROOF(retroorbicularisoculifat):後眼輪筋脂肪.隔膜前脂肪.瞼板前脂肪へつながる.図14術前・後の顔面写真図5の術前は眉毛挙上もよくわかり(a),術後開瞼状態は良好である(b).5歳時で右眼は重度の眼瞼下垂と左眼も中等度の眼瞼下垂を認める(c).右眼の前頭筋吊り上げ後であるが,前頭筋を使うことにより左右差はなく開瞼状態は良好である(d).abcd■用語解説■Whiteline:上眼瞼挙筋腱膜(aponeurosis)と眼窩隔膜の合流部に位置する白いline.Lashptosis:上眼瞼の睫毛が直線状に真下に向かっている状態.ROOF(retroorbicularisoculifat):後眼輪筋脂肪.隔膜前脂肪.瞼板前脂肪へつながる.

挙筋腱膜群短縮術

2015年4月30日 木曜日

特集●完璧マスター!眼瞼下垂あたらしい眼科32(4):487~492,2015特集●完璧マスター!眼瞼下垂あたらしい眼科32(4):487~492,2015挙筋腱膜群短縮術LevatorResection今川幸宏*はじめに一般眼科医にとって「挙筋腱膜群」という言葉は馴染みが薄いと思うが,上眼瞼挙筋から移行して眼瞼を挙上している挙筋腱膜とMuller筋の2つを合わせたものを,挙筋腱膜群あるいは挙筋群と表現する.すなわち「挙筋腱膜群短縮術」とは,いわゆる眼瞼挙筋短縮術として知られている手術のなかで,挙筋腱膜とMuller筋をまとめて短縮する方法のことをさす.書籍によっては「挙筋群短縮術」や「挙筋腱膜群縫着術」などと記載されているものもあり混乱されがちであるが,すべて同義語で欧米では“Levatorresection”と呼ばれている1).白内障サージャンにとって,水晶体乳化吸引術以外にも白内障.外摘出術や白内障.内摘出術,縫着術が必要であるのと同様に,眼瞼下垂症手術も決まりきった一つの術式だけではなく,いくつかの方法を習得しておかなければ個々の症例に対応することができない.なかでも挙筋腱膜群短縮術は単なるオプションの一つではなく,後述する理由から習得すべき必須の術式と考えている.本稿では挙筋腱膜群短縮術の有用性について解説し,実際に手術を行う際に役に立つであろうポイントやちょっとしたコツをお伝えする.I挙筋腱膜群短縮術の有用性挙筋腱膜群短縮術の最大の利点は,挙筋腱膜縫着術やMuller筋タッキングと比較して適応範囲が広く,かつ矯正の確実性が高いことにあると考えている.たしかにMuller筋を結膜から.離するため,出血しやすく手術時間を要する,他の術式と比較して術後腫れやすく回復までに時間がかかる,といった欠点もあるが,ここでは本法の利点について解説する.1.適応範囲が広い挙筋腱膜縫着術やMuller筋タッキングは軽度~中等度の下垂に対しては有効であるが,重度の下垂に対して施行すると,どれだけ短縮(タッキング)しても術中に十分な挙上を得られないことがある.そのような場合,挙筋腱膜群短縮術に変更すればほとんどの症例で満足のいく挙上を得ることができる.もちろん挙筋腱膜群短縮術は軽度の下垂に対しても有効であるため,本法を習得すれば前頭筋吊り上げ術を必要とする症例を除く,すべての眼瞼下垂に対応することができる.2.矯正の確実性術中定量で十分な挙上を確認できていても,挙筋腱膜が薄い症例に対して挙筋腱膜縫着術を施行した場合や,構造的に弱いMuller筋に通糸するMuller筋タッキングでは,糸をかけた組織が術後に裂ける(cheesewiring)ことによって予想外の低矯正になってしまうことがある.一方,挙筋腱膜群に通糸する本法はcheesewiringをきたす可能性が低く,他の術式と比較して術中定量時と術後の開瞼状態の差が出にくいと考えている.また,本法ではエピネフリンによる術中定量への影響が出にく*YukihiroImagawa:大阪回生病院眼科〔別刷請求先〕今川幸宏:〒532-0003大阪市淀川区宮原1-6-10大阪回生病院眼科0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(23)487 488あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(24)III使用機器必要な使用機器は他の術式とほぼ同様であるが,当院で使用している機器を紹介する(図1).基本となる鑷子や剪刃,持針器は内眼手術で使用しているものでかまわない.バイポーラ鑷子には先端の接触面積が狭く通電する範囲が狭いものもあるが,Muller筋を.離する工程で使用するため,先端が平行になった鑷子(図1)を用意しておきたい.挟瞼器は使用したほうが展開しやすいが,挙筋腱膜群の動きを確認しながら手術を進めたいので当科では使用していない.本稿では挟瞼器を使用しない手順で手術手技を解説する.VI手術手技と手術のポイント1.デザイン症例に応じて調節する必要はあるが,瞼縁から7~8mmで皮膚割線に乗せるようにデザインすればまず問題ない.手術に慣れてくれば切開範囲を狭くしても構わないが,慣れるまでは内側は涙点まで,外側は外眼角まで切開して大きな術野を作製したほうが全体像を捉えやすくわかりやすい.2.麻酔上眼瞼を反転して,1%または2%E入りキシロカインRを瞼板上縁よりやや眉毛側の結膜下に注入する.この際,結膜とMuller筋を.離するイメージで麻酔液を結膜直下に注入できると,本法の重要な工程であるMuller筋の.離が格段にやりやすくなる.瞼板の中央に近づくほど結膜下に刺入しづらくなるため,まず端から麻酔液を注入し,膨らんだところに再度注入するようにして全体に浸透させる.次いでデザインに沿って皮膚側にも麻酔液を注入し,数分待って手術を開始する.3.皮膚切開~術野の展開デザインに沿って皮膚と眼輪筋全層をメスで切開する.術中この工程がもっとも出血するため,ここで十分に止血しておく.次に眉毛側の眼輪筋下を眼窩隔膜と.離し,眼窩隔膜の前面を露出する.この際,眼輪筋と眼窩隔膜の境界に十分なテンションがかかっていないと境いことも,矯正の確実性が高い一因になっている2).局所麻酔薬に添加されているエピネフリンがMuller筋に対してよく効いてしまう症例では,挙筋腱膜縫着術やMuller筋タッキングを施行すると,ほとんど短縮(タッキング)していないのに術中定量で予想外の過矯正になってしまうことがあり,正確な定量が困難になる.一方,Muller筋を瞼板から.離して短縮する本法は,エピネフリンによってMuller筋が収縮してしまう影響を極力抑えることができるため,そのような症例に対してもより正確に定量することができる.3.病因から考える挙筋腱膜群短縮術の有用性退行性眼瞼下垂は挙筋腱膜に,ハードコンタクトレンズ(HCL)関連眼瞼下垂はMuller筋に病因があると考えられがちであるが,実際には退行性眼瞼下垂では挙筋腱膜とMuller筋ともに脂肪浸潤を生じていること,HCL関連眼瞼下垂では挙筋腱膜への脂肪浸潤とMuller筋の線維化を生じていることが報告されている3).すなわち,挙筋腱膜群をターゲットとした本法は腱膜性眼瞼下垂に対するもっとも病因に沿った治療と考えられ,理論上も合目的な術式といえる.II手術適応上眼瞼挙筋の有効な収縮が期待できない(前頭筋吊り上げ術を必要としない)すべての眼瞼下垂が適応となり,術前の下垂の程度や挙筋機能の状態は関係ない.成書では「挙筋機能が4mm以下の眼瞼下垂は前頭筋吊り上げ術を選択する」と書いてあるものもあるが4),この基準は正しいとはいえない.挙筋機能が悪くても先天性あるいは筋原性・神経原性下垂でない限り,本法を適切に施行できればほとんどの症例で矯正可能であり,術中定量で十分な挙上を得られない場合に初めて前頭筋吊り上げ術への変更を検討するべきである.挙筋腱膜縫着術やMuller筋タッキングではなく本法を選択したほうがよい症例としては,前述した理由から高度の眼瞼下垂,エピネフリンによるMuller筋への影響が強い症例などがあげられる.また,再手術例に対しては矯正の確実性が高い本法を選択すべきと考えている. 眼窩隔膜眼輪筋図1当院で使用している機器の概要左から15Cメス,眼科用有鈎鑷子,眼科用持針器,スプリングハンドル剪刃,バヨネット型バイポーラ鑷子,中村氏釣針型開創鈎(できれば小・中×2),モスキートペアン(釣り針鈎の数だけ必要),下段はものさし.図2眉毛側の眼輪筋と眼窩隔膜の.離図3挙筋腱膜の.離眉毛側の眼輪筋を腹側に牽引しながら.離する.まず瞼板の上縁よりやや瞼縁側で挙筋腱膜に切開を加える.挙筋腱膜 490あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(26)腱膜を削ぎ落とすようにして瞼板上縁に向かって.離を進めると,上縁に付着するMuller筋を確認することができる(図4).ここで瞼縁側の眼輪筋下にかけていた釣り針鉤を,切断した瞼縁側の挙筋腱膜下にかけ直しておくと,この後のMuller筋の.離がやりやすくなる.5.Muller筋の.離Muller筋を瞼板および結膜から.離するために,まず瞼板上縁に付着するMuller筋に結膜まで達する「小Muller筋図4挙筋腱膜の.離を完成させてMuller筋を同定瞼板から削ぎ落とすようにして挙筋腱膜の.離を瞼板上縁に向かって進めると,瞼板上縁に付着するMuller筋を確認できる.図6Muller筋の.離②Muller筋と結膜の境界にスプリング剪刃の先端を当て,瞼板の上縁に沿って鈍的に境界の.離を進める.図5Muller筋の.離①スプリング剪刃をMuller筋の走行に対して垂直に構え,Muller筋の線維を鈍的に裂くようにして結膜まで達する隙間を作製する.図7Muller筋の.離③a:.離した範囲のMuller筋をバイポーラで凝固する.b:凝固した範囲のMuller筋をスプリング剪刃で切断する.abMuller筋図4挙筋腱膜の.離を完成させてMuller筋を同定瞼板から削ぎ落とすようにして挙筋腱膜の.離を瞼板上縁に向かって進めると,瞼板上縁に付着するMuller筋を確認できる.図6Muller筋の.離②Muller筋と結膜の境界にスプリング剪刃の先端を当て,瞼板の上縁に沿って鈍的に境界の.離を進める.図5Muller筋の.離①スプリング剪刃をMuller筋の走行に対して垂直に構え,Muller筋の線維を鈍的に裂くようにして結膜まで達する隙間を作製する.図7Muller筋の.離③a:.離した範囲のMuller筋をバイポーラで凝固する.b:凝固した範囲のMuller筋をスプリング剪刃で切断する.ab 挙筋腱膜Muller筋挙筋腱膜Muller筋図8Muller筋の.離④図9Muller筋の裏面と結膜を.離してMuller筋の.離図6,7の操作を繰り返し,術野全体のMuller筋と瞼板上を完成させる縁の.離を完成させる.Muller筋の裏面と結膜の接着は,スプリング剪刃で鈍的に.離することができる.図10挙筋腱膜前面の露出眼窩隔膜を切開して挙筋腱膜の前面を露出する. -

Muller筋タッキング

2015年4月30日 木曜日

特集●完璧マスター!眼瞼下垂あたらしい眼科32(4):481.486,2015特集●完璧マスター!眼瞼下垂あたらしい眼科32(4):481.486,2015Muller筋タッキングMuller’sMuscleShortening江口秀一郎*はじめにMuller筋が上眼瞼の挙上においてどのような役割を果たすかについては諸説があり,未だ結論が出ていない.Muller筋が瞼挙筋の筋紡錘として働き,その機械受容体での刺激が上眼瞼挙筋の不随意的持続収縮をもたらすとの説1)や,Muller筋が上眼瞼挙筋の収縮力を瞼板に伝達する主役を演じており,上眼瞼挙筋腱膜は眼瞼前葉の皮膚,眼輪筋,眼窩脂肪の挙上の働きを担っているとする説もある2).従来,眼瞼下垂の手術加療のなかで,Muller筋を短縮またはタッキングする手術方法は,Fasanella-Sarva法に代表されるように,Muller筋の眼瞼挙上能は限定的であるので,眼瞼挙筋機能が良好な眼瞼下垂軽症例のみを適応とする考え方が一般的であった.しかし,最近のMuller筋研究やさまざまな手術症例の蓄積から,Muller筋は結膜円蓋部付近の上眼瞼挙筋下枝から直接起始し,弾性線維からなる結合組織を介して瞼板上面および前面に付着しているため3),Muller筋短縮前転は上眼瞼挙筋腱膜前転と同様に眼瞼挙上に十分な役割を果たすことが認識されつつある.さらに,Muller筋と上眼瞼挙筋との間には疎な結合組織を含むpost-aponeuroticspaceが存在し,Muller筋と上眼瞼挙筋腱膜の.離は比較的容易であり,術中の両者の識別や選択的タッキングが容易であること4),炭酸ガスレーザーを利用した経皮的Muller筋タッキング手術の術後成績が比較的良好であることが報告されている5).Muller筋タッキング手術の適応が軽度眼瞼下垂から退行性眼瞼下垂全般に拡大され,その手術手技の簡便さや手術侵襲の少なさに注目が集まっている.I手術適応・禁忌Muller筋タッキング手術は老人性眼瞼下垂,白内障術後やコンタクトレンズ長期装用に伴う眼瞼下垂,晩発性遺伝性眼瞼下垂などの腱膜性眼瞼下垂が良い手術適応となる.上眼瞼挙筋機能がきわめて低下した症例は手術適応とはならず,眼瞼挙筋発育異常や神経原性眼瞼下垂,さらには眼瞼腫瘍などによる機械的眼瞼下垂などは手術適応とならない.術前の上眼瞼挙筋機能測定値にてMuller筋タッキング法か眼瞼挙筋腱膜短縮術を選別する必要はないが,術中定量にて著しく多量のMuller筋のタッキングまたは前転を行うと上眼瞼が眼球より浮き上がる場合があることが知られており,そのような極端に多量のMuller筋短縮を行ってはならない.また,術前に重症のドライアイを有する患者では,術後上眼瞼挙上に伴い涙液蒸発量の増加が生じ,ドライアイ症状悪化が予想されるため,本手術の適応とはならない.小切開Muller筋タッキングでは,通常,上眼瞼皮膚弛緩に対する皮膚切除,眼輪筋切除,重瞼術は行わないため,上眼瞼の余剰皮膚が強い症例や重瞼を希望する症例に対しては,皮膚切除や重瞼作製を同時あるいは追加手術として考慮しなければならない.上眼瞼皮膚弛緩が強く,上眼瞼前葉が豊富な症例にMuller筋タッキングのみを行うと,術後,眼瞼後葉のみが強く挙上されるため,眼瞼*ShuichiroEguchi:江口眼科病院〔別刷請求先〕江口秀一郎:〒040-0053北海道函館市末広町7-13江口眼科病院0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(17)481 図1Muller筋タッキングに使用する手術器具一式 図2瞳孔中心および切開部位マーキング所見 図3皮下浸潤麻酔図4炭酸ガスレーザーを用いた皮膚切開角板にて角膜を保護しながら行う.図5Muller筋の.離同定図6Muller筋と上眼瞼挙筋腱膜の.離筋線維,辺縁動脈弓,postaponeuroticspaceに張る網目Muller筋をwhitelineの高さまで上眼瞼挙筋から.離する.状の疎な結合組織が確認できる. 図7Muller筋と瞼板への通糸図8眼瞼挙上量の術中定量瞳孔中心を挟んで鼻側と耳側に2針通糸する.仮縫合にて開瞼量の術中定量を行う.上眼瞼縁が角膜上縁を超えて挙上していないことを確認している. ’

挙筋腱膜前転術

2015年4月30日 木曜日

特集●完璧マスター!眼瞼下垂あたらしい眼科32(4):475~480,2015特集●完璧マスター!眼瞼下垂あたらしい眼科32(4):475~480,2015挙筋腱膜前転術LevatorAponeurosisAdvancement渡辺彰英*I手術適応眼瞼下垂手術には多くの術式があるが,術式はまず挙筋機能があるかどうかで異なる.加齢やコンタクトレンズの長期装用,内眼手術が原因である後天性の眼瞼下垂の場合は,挙筋機能が良好であれば,広義の挙筋短縮術(前転術)が選択されることが多い.挙筋短縮術といっても上眼瞼挙筋のWhitnall靭帯より末梢である上眼瞼挙筋腱膜(aponeurosis)単独の前転術(aponeuroticadvancement)や挙筋腱膜とMuller筋の両者の短縮術(levatorresection)などがあるが,ここでは挙筋腱膜単独の前転術について解説する.挙筋腱膜前転術は,挙筋機能がある眼瞼下垂に適応されるが,挙筋機能が若干悪い症例では挙筋腱膜の前転量が多くなり,下方視時のlidlag(眼瞼の置き去り現象)や閉瞼不全の原因となるため,術前の挙筋機能が10mm以上の良好な症例に行うのが好ましい.挙筋機能が6~7mm程度またはそれ以下の眼瞼下垂に対しては,挙筋腱膜とMuller筋を同時に短縮する方法が確実であるが,挙筋腱膜前転術を適応した場合でも,術中の挙筋の伸縮が十分であれば,そのまま挙筋腱膜の前転のみで十分な挙上が得られるが,挙上が不十分な場合は,手術中にMuller筋と結膜間を.離して,挙筋腱膜とMuller筋の同時短縮術にコンバートできる技量があると安心である.II使用器具当科で使用している器具を図1に示す.皮膚切開のデザインは,ピオクタニンエタノールを用いて,竹串で行っている.皮膚マーカーペンでもよいが,太いペンでは切開ラインが意図する線からずれてしまう可能性があるため,できるだけ細いものを用いるのがよい.メスはNo.15Cを用いている.眼瞼下垂手術ではNo.15Cがもっともも使いやすい.局所麻酔は30ゲージ(G)の針を用いて2.5mlのシリンジを使用する.挙筋腱膜前転術であれば,片側で1mlもあれば十分である.鑷子および剪刀類は,眼瞼下垂手術の際にはスプリング剪刀,カストロビエホ鑷子no.3などの有鈎鑷子類,カストロ持針器を用いている.創の展開の際にあると便利なのは釣り針フックで,シルク糸を釣り針につけてモスキート鉗子などでシーツに固定し,創を愛護的に展開できる.制御糸をかけて引くよりも創に優しく術野を展開しやすい.筆者は挟瞼器を通常使用しないが,使用する場合は,ネジ式のものが使用しやすい.徐々にゆるめながら出血点を確認できるからである.バイポーラは必ず鑷子型バイポーラを用いる,眼瞼下垂の手術の際にはあまり大きめのものでなくてもよい.III手術の流れとポイント挙筋腱膜前転術の流れを表1に示す.重瞼線に沿った皮膚切開のデザイン,結膜下注射,皮*AkihideWatanabe:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕渡辺彰英:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(11)475 図1使用器具左上からピオクタニンアルコール,竹串,2%E入りキシロカイン,No.15Cメス,7-0アスフレックスR,6-0ナイロン糸.右上からスプリング剪刀,有鈎鑷子,バイポーラ,中村式釣り針フック.表1挙筋腱膜前転術の流れ・デザイン,局所麻酔・皮膚切開,止血・瞼板の露出・挙筋腱膜とMuller筋間の.離・眼窩隔膜切開・挙筋腱膜の前転,瞼板への固定・術中定量・余剰の挙筋腱膜切除,重瞼形成・皮膚縫合膚側からの眼輪筋下麻酔(図2)を行う.結膜側に注入するキシロカインは,エピネフリン無添加のものが望ましい.エピネフリン入りの場合は,Muller筋を収縮させる症例があり,術中定量が術後低矯正となる可能性があるからである.No.15Cの円刃刀を用いて皮膚切開をする(図3).左右の指を用いて皮膚にテンションをかけて切開することがポイントである.止血の際には,左手の指を使ってうまく創を上下で開きながら,傍らにガーゼを置いて出血点から少しずつずらしながら止血するとよい.バイポーラの先は少し開いたままでその間にある組織を焼灼することを考えながら止血する(図3).瞼板を露出するときは,有鈎鑷子で瞼縁側の眼輪筋を把持し,天井方向へ引き上げ,左手の薬指で創の頭側を引くようにテンションをかける.スプリング剪刀を用いて,瞼板が見えるまで一気に切開するのがポイントである(図4).また,瞼板鼻側は瞼板上に脂肪沈着していることが多く,血管も豊富であるため,しっかりと露出するのがややむずかしい症例もあるが,眼瞼鼻側が下がった開瞼状態にならぬように,中央部から瞼板表面を追いかけながら,バイポーラを用いて焼灼して切開するという動作を繰り返し,瞼板鼻側の表面もきちんと露出することがポイントである.次に釣り針フックや制御糸を用いて創を上下に展開し,瞼板やや頭側の挙筋腱膜を手前に引きながら切開す476あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(12) 図2皮膚切開のデザインと局所麻酔重瞼ラインに沿った皮膚切開のデザインの後,結膜下と眼輪筋下へ局所麻酔薬を注入する.図3皮膚切開と止血皮膚切開は左右の指でテンションをかけて行い,止血は左手やガーゼを使いながら創を開いたままの状態で行う.バイポーラの先は少し開いて焼灼する.図4瞼板の露出有鈎鑷子で眼輪筋を把持して上に引き上げ,左手の薬指で頭側の皮膚を引いて創にテンションをかける.スプリング剪刀で瞼板を露出する. 図5挙筋腱膜とMuller筋間を.離挙筋腱膜を手前に引きながら切開し,白くつるっとした挙筋腱膜の裏面を露出するように挙筋腱膜をMuller筋間を.離する.図6挙筋腱膜のdefectによる挙筋腱膜+Muller筋前転へのコンバート挙筋腱膜にdefectを認め前転不十分であったため,Muller筋と結膜間を.離して,挙筋腱膜+Muller筋前転術へとコンバートした.図7眼窩隔膜の切開光沢のある挙筋腱膜の表面と眼窩脂肪が露出するまで眼窩隔膜を横方向に切開する.下で眼窩脂肪が動いていればまだ挙筋腱膜の表面に到達していない. 図8挙筋腱膜の前転,瞼板への定量瞳孔直上の瞼板上1/3へ通糸固定する.中央の糸が決まれば鼻側と耳側に追加し3点固定とする.図9重瞼形成余剰の腱膜を切除し眼輪筋と縫合.眼輪筋と腱膜の先端部を通糸固定し重瞼形成する.図10皮膚縫合瞼縁側を少し浅く,頭側を少し深く拾って通糸する. 480あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(16)重瞼形成のため,挙筋腱膜の先端と眼輪筋を7-0アスフレックスRで3点通糸固定する.これを行わないと睫毛内反になることがある.皮膚を7-0アスフレックスRで縫合し手術を終了する(図10).皮膚縫合のポイントは,瞼縁側を少し浅く,頭側を少し深く拾って通糸することである.そうすることで,重瞼になりやすくなる.おわりに挙筋腱膜前転術は,Muller筋と結膜間の.離を行わず,疎な組織である挙筋腱膜とMuller筋の間を.離する術式である.挙筋機能が良好で,初回手術であれば比較的手術を行いやすいが,Muller筋と挙筋腱膜間の脂肪変性が強く,挙筋腱膜のみではしっかりとした前転が行えないことも十分あり得ることを念頭に置いておく必要がある.また,再手術症例の場合は,挙筋腱膜とMuller筋の同時前転でなければ瘢痕を外すことがむずかしく,挙筋腱膜前転の適応とはなりにくい.挙筋腱膜前転術を行う際には,挙筋機能や手術歴の有無,脂肪変性をきたしている可能性が高い(腫れぼったい瞼)かどうかなどの術前の評価が重要である.文献1)渡辺彰英,荒木美治(編著):顕微鏡下眼形成手術.(木下茂監修,嘉鳥信忠編集協力).メジカルビュー社,東京,20132)渡辺彰英:Ⅳ眼瞼手術眼瞼下垂.眼科外来処置・小手術クローズアップ.114-117.メジカルビュー社,東京,20143)渡辺彰英:特集眼科小手術PearlsandPitfalls.眼瞼下垂手術.あたらしい眼科29:907-912,2012る(図5).Muller筋と挙筋腱膜の間は疎な組織であるため,割合に.離しやすい.メルクマールは挙筋腱膜の裏面の白くつるっとした色である.また,しばしば挙筋腱膜の裏面とMuller筋間に脂肪沈着が多く,挙筋腱膜のdefectをきたしているような症例がある.このような場合は,挙筋腱膜のみを露出しようとするとペラペラな挙筋腱膜になってしまったり,脂肪を挙筋腱膜側につけたとしても挙筋腱膜の前転量がかなり大きくなり兎眼となる可能性や,相当量前転してもなかなか挙上しないようなこともあり,その場合はMuller筋と結膜間を.離し,挙筋腱膜とMuller筋を一塊にして前転する術式にコンバートする必要がある(図6).裏面の.離後,挙筋腱膜の先端を下方へ引き,光沢のある挙筋腱膜の表面が出てくるまで眼窩隔膜を横方向へ切開する(図7).眼窩隔膜の下で眼窩脂肪が動いていればまだ挙筋腱膜の表面が露出できていないということである.次に挙筋腱膜の前転であるが,挙筋腱膜表面の白く強い組織を前転するように,はじめは眼窩隔膜が翻転する部位であるwhitelineを目安に6-0ナイロン糸で挙筋腱膜を瞳孔上の瞼板上1/3の部位に仮留めする(図8).術中定量は,瞳孔上縁より上,角膜輪部より1~2mm下が基本であるが,片側の状態や患者の希望に応じて挙上量はあらかじめ決めておく.挙上が足りなければ前転量を増やし,過剰であれば減らす.瞼縁の形,カーブがよければ内側,外側にも通糸し,3点固定とする.3点固定の後,挙上量,瞼縁のカーブを確認する.過不足や変形があれば瞼板の固定位置を適宜変更する.定量が決定したら余剰の挙筋腱膜を切除する(図9).

眼瞼の解剖と眼瞼下垂の病態生理

2015年4月30日 木曜日

特集●完璧マスター!眼瞼下垂あたらしい眼科32(4):467.473,2015特集●完璧マスター!眼瞼下垂あたらしい眼科32(4):467.473,2015眼瞼の解剖と眼瞼下垂の病態生理AnatomyandPhysiologyofBlepharoptosis野田実香*I診察室で必要な解剖静的,動的な観察の仕方について述べる.診察の段階でよくわからない場合でも,とりあえず写真やビデオで記録を撮っておく.後で落ちついて見るとわかる所見も多い.1.静的観察―写真でわかる解剖静的観察をする場合に便利なものが写真である(図1).写真なので眼瞼外眼部の表面から認められる構造だけが記録される.外眼部とは眼瞼,眼窩,涙器など多様な構造を含む.それらは左右対称に配列している.高齢化するとさまざまなシワやたるみが生じる.a.瞼裂高(瞼裂縦幅)(図2)正面視において,瞼裂の上縁は通常12時の角膜輪部で最高位置になり,角膜輪部を1.3mm覆う.b.重瞼線日本人における睫毛根から重瞼までの平均距離は開瞼時2mm,閉瞼時6mmである.重瞼線は,眼瞼挙筋腱膜の枝が皮膚に付着する位置で形成され,開瞼時に消失する(図3).眼窩脂肪が多い場合や皮膚が厚い場合は,重瞼線が形成されずに一重瞼となる.年齢とともに重瞼線は高くなる傾向にある.①②③ab図1眼瞼全体像a:若年女性の正面視時における眼瞼全体像.組織に張りがあり,健康である.b:老年女性の正面視時における眼瞼全体像.若年ではみられないさまざまなシワが生じている.①眉毛,②重瞼線(上眼瞼溝),③前頭眼瞼溝.*MikaNoda:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕野田実香:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(3)467 468あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(4)c.MRD(図4)角膜中央から上眼瞼縁までの距離はMRD-1(MarginReflexDistance-1),角膜中央から下眼瞼までの距離はMRD-2と定義されている.通常,MRDといえばMRD-1のことをさす.瞼裂の測定にはペンライトとスケールを用いる.垂れ下がった皮膚ではなく,真の瞼縁から計測するように心がける.d.瞼板(図5)瞼板は横幅約25mm,縦幅は上眼瞼で約10mm,下眼瞼は上眼瞼に比べるとかなり小さく約5mmである.瞼板からは,マイボーム(Meibom)腺の配列が透見できる.眼球を圧迫すると,主涙腺の眼瞼部が円蓋部から出ることがある.ab図2正常な瞼裂と三角目瞼裂高が最大の位置と瞳孔が一致しているのが正常.瞳孔より明らかに耳側にずれると三角目といわれる.ただし,健常者でもいくらか耳側に変位している顔貌がある.図3閉瞼時閉瞼時には重瞼線は消失する.③④①②図4瞳孔と眼瞼関連の測定箇所①MRD:角膜反射と上眼瞼縁の距離,②瞳孔上縁と上眼瞼縁の距離,③上眼瞼の一番高い所と下眼瞼縁の距離,④重瞼線と上眼瞼縁の距離を開瞼時,閉瞼時の両方で測定する.ab図5上眼瞼翻転・下眼瞼翻転眼瞼を翻転すると瞼結膜が露出する.上眼瞼翻転(a)より下眼瞼翻転(b)のほうが翻転は容易である.瞼結膜側からマイボーム腺が透見できる.ab図2正常な瞼裂と三角目瞼裂高が最大の位置と瞳孔が一致しているのが正常.瞳孔より明らかに耳側にずれると三角目といわれる.ただし,健常者でもいくらか耳側に変位している顔貌がある.図3閉瞼時閉瞼時には重瞼線は消失する.③④①②図4瞳孔と眼瞼関連の測定箇所①MRD:角膜反射と上眼瞼縁の距離,②瞳孔上縁と上眼瞼縁の距離,③上眼瞼の一番高い所と下眼瞼縁の距離,④重瞼線と上眼瞼縁の距離を開瞼時,閉瞼時の両方で測定する.ab図5上眼瞼翻転・下眼瞼翻転眼瞼を翻転すると瞼結膜が露出する.上眼瞼翻転(a)より下眼瞼翻転(b)のほうが翻転は容易である.瞼結膜側からマイボーム腺が透見できる. 図6上方視・下方視上下方向の眼球運動とともに眼瞼も動く.とくに上眼瞼は動きが大きい.ab図7挙筋機能測定上方視(a)と下方視(b)における瞼縁の位置の差により挙筋機能を評価する.眉毛が挙上しないように定規を持つ左手で眉毛を固定している. 470あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(6)し,開瞼にもっとも深くかかわる.上眼瞼挙筋が筋から腱膜に移行する付近に,Whitnall靭帯(上横走靭帯)がある.Whitnall靭帯は,挙筋の筋膜が凝集したものと考えられている.上眼瞼挙筋の前を横走し,挙筋の作用方向を下方に変換する役割をもつ.上斜筋の滑車腱鞘と涙腺の被膜や眼窩外壁によって,両端を固定されている.Muller筋(瞼板筋)は,結膜円蓋部付近で上眼瞼挙筋の結膜側から起始し,上瞼板上面に停止する.交感神経支配の薄い平滑筋である.結膜に強く接着している(図11).Whitelineとは,眼窩隔膜と挙筋腱膜前層の移行部の折り返し周辺である.手術中に挙筋腱膜を同定する際,重要なランドマークとなる.シワを寄せる.いずれも顔面神経支配である.II手術や機能判定に必要な解剖1.上眼瞼,上眼瞼挙筋群上眼瞼挙筋は上直筋と平行して走る大きな筋肉である.遠位端で筋は腱膜となり,扇状に広がって瞼板に付着する.内側と外側に広がる部分はmedialhorn,lat-eralhornと呼ばれる.眼瞼下垂の手術では,ここに切開を入れないと上がらない症例がある.上眼瞼挙筋腱膜は機能的に3つの層に分類できる(図10).1)前方の層は厚く,瞼板上よりも上方で折り返して眼窩隔膜に連続する.それ以外の層は薄く,はっきりとした層を呈していないことも多い.2)中間の層は眼輪筋と皮下に枝を伸ばして重瞼線を形成する.3)後方の層は瞼板に付着ab前頭筋皺眉筋図9前頭筋と皺眉筋の作用前頭筋は眉毛を挙上する.皺眉筋は眉間にシワを寄せる.皮膚のシワは筋肉の作用と垂直方向に生じていることがよくわかる(a,b).ab図8ベル現象a:閉瞼時に眼球が上転する.b:右眼は正常,左眼は動眼神経麻痺によるベル現象の消失例.ab前頭筋皺眉筋図9前頭筋と皺眉筋の作用前頭筋は眉毛を挙上する.皺眉筋は眉間にシワを寄せる.皮膚のシワは筋肉の作用と垂直方向に生じていることがよくわかる(a,b).ab図8ベル現象a:閉瞼時に眼球が上転する.b:右眼は正常,左眼は動眼神経麻痺によるベル現象の消失例. 眼輪筋ROOF眼瞼挙筋腱膜前層挙筋whiteline上直筋腱膜の眼瞼筋穿通枝眼瞼挙筋腱膜後層重瞼線腱膜の瞼板枝瞼板マイポーム腺uller筋(瞼板筋)M¨筋層arcusmarginalis(retro-orbicularisoculifat)Riolan筋Riolan筋眼縁血管弓瞼結膜腱膜後方空隙辺縁血管弓上円蓋部懸垂結膜円蓋部眼窩隔膜眼窩脂肪図10上眼瞼の解剖上眼瞼の矢状断シェーマ.薄い眼瞼に数多くの器官が含まれ,複雑な構造をなしている.②③①④図11上眼瞼挙筋群上眼瞼挙筋とMuller筋の総称.挙筋腱膜は機能的に3層に分かれている.上直筋と上眼瞼挙筋は平行に走っている.皮膚表面に平行ではないところに注意する.図12眼輪筋瞬目にかかわり機能的に3層に分かれる.①眼輪筋,②瞼板部,③隔膜部,④眼窩部.(7)あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015471 472あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(8)またマイボーム腺開口部付近で導管を囲んでいる.このグレイラインは粘膜皮膚移行部と一致する.ただし粘膜皮膚移行部の位置は,加齢などにより眼球側に移動することがある.マイボーム腺は脂腺で,涙液表面を覆う脂肪を分泌し,その分泌孔は瞼縁に沿って並んでいる.孔の数は上眼瞼では30.40個,下眼瞼では25.30個である.睫毛の根部付近にZeis腺,Moll腺がある.Moll腺はアポクリン腺,Zeis腺は脂腺として睫毛の毛.に開口している.2.眼瞼下垂の病態生理a.神経性・筋原性下垂(図14)動眼神経の異常や眼瞼挙筋の異常によって眼瞼下垂が生じる.先天眼瞼下垂,重症筋無力症,慢性進行性外眼a.眼輪筋(図12)眼輪筋は瞼裂を取り囲む平らな筋肉で,同心円状に分布し,眼瞼部と眼窩部に分けられる.眼瞼部はさらに隔膜前部と瞼板前部に分けられる.通常の瞬目では瞼板前部がおもに用いられ,強閉瞼では隔膜前部と眼窩部が用いられる.眼輪筋の腱は鼻側にある.眼瞼部眼輪筋は内眼角に集まり,浅枝にて内眼角靭帯を形成する.深枝は涙.後方に向けて走行する.b.瞼板,マイボーム腺,睫毛(図13)瞼縁皮膚より睫毛が生えている.睫毛内側でマイボーム腺外側に横紋筋であるRiolan睫毛筋が透見され,日本人では薄い茶色を帯びている.これをグレイライン(grayline)と呼ぶ.上下眼瞼の睫毛は,睫毛筋と瞼板前部眼輪筋に挟まれた,三角形状の密度の高い結合組織の中に生育している.毛包の全長は平均1.8mmある.①②③④①②③④図13上眼瞼縁・下眼瞼縁睫毛の眼球側にグレイラインとマイボーム腺が観察される.①グレイライン,②マイボーム腺,③睫毛,④眼瞼縁後縁abc図14a:Hornel症候群,b:腱膜性下垂,c:CPEO(慢性進行性外眼筋麻痺)下垂の程度は原因疾患によって異なる.下垂の程度のみから原因を判別することはできない.Hornel症候群の例は右眼であり,左眼は代償性の過開大となっている.①②③④①②③④図13上眼瞼縁・下眼瞼縁睫毛の眼球側にグレイラインとマイボーム腺が観察される.①グレイライン,②マイボーム腺,③睫毛,④眼瞼縁後縁abc図14a:Hornel症候群,b:腱膜性下垂,c:CPEO(慢性進行性外眼筋麻痺)下垂の程度は原因疾患によって異なる.下垂の程度のみから原因を判別することはできない.Hornel症候群の例は右眼であり,左眼は代償性の過開大となっている. 図15左眼瞼下垂左眼に明らかな下垂を認める.加齢性変化であれば右眼にも軽度の下垂が始まっていることが多いため,左眼術後にHeringの法則にて右眼が下垂する可能性を念頭におく.