特集●抗VEGF薬による治療あたらしい眼科32(8):1075.1081,2015特集●抗VEGF薬による治療あたらしい眼科32(8):1075.1081,2015抗VEGF薬の治療─種々の眼疾患,眼腫瘍への応用─Anti-VEGFTherapy:UseinVariousOcularDisordersandOcularTumors加瀬諭*石田晋*はじめにVascularendothelialgrowthfactor(VEGF)は血管透過性因子,血管新生因子であり,さまざまな眼内血管新生疾患の病態に重要な役割を果たす.これらの病態解析を背景として,抗VEGF薬硝子体内注射が加齢黄斑変性症,網膜静脈閉塞症,糖尿病黄斑浮腫,近視性脈絡膜新生血管の治療に保険適用になり,ますます抗VEGF薬がこれらの疾患の治療に中心的な役割を果たすようになってきている.一方,上記の疾患のみならず,眼部のさまざまな腫瘍性疾患,炎症性疾患の病態にもVEGFが関与することが示され,抗VEGF薬の局所投与が試みられている.これらの疾患に対しては主としてbeva-cizumab(AvastinR)あるいはranibizumab(LucentisR)が使用されている.Bevacizumabはリコンビナントヒト化抗VEGF抗体であり,ranibizumabはヒト化抗VEGF抗体Fabフラグメントで,いずれもすべてのVEGFアイソフォームに結合し,VEGF受容体経路を阻害する.本稿では眼部腫瘍性疾患,増殖性疾患,炎症性疾患,すなわち前眼部疾患として結膜扁平上皮癌,翼状片,後眼部疾患として放射線網膜症,Coats病,結節性硬化症,vasoproliferativeretinaltumor,最後にぶどう膜炎をとりあげ,これらの疾患に対する抗VEGF薬治療の効果と限界について概説する.I結膜扁平上皮癌に対する抗VEGF薬治療結膜扁平上皮癌(conjunctivalsquamouscellcarcinoma:CSCC)は眼表面に発生する代表的な悪性腫瘍の一つで,しばしば眼窩内進展をきたして眼窩内容除去術を要したり,耳下腺などへ転移して生命予後に影響を及ぼす重大な疾患である.これまで,CSCCの主たる治療である外科的切除に加え,インターフェロンやマイトマイシンCなどの抗腫瘍薬局所投与,放射線照射,冷凍凝固が付加的治療として行われてきたが,治療抵抗性を示す症例も混在する.他方,CSCCでは腫瘍細胞にVEGFが高発現していることが判明し1),CSCCの補助療法として抗VEGF薬の局所治療が試みられてきた.Fingerらは,5例の再発性角結膜扁平上皮癌に対して,ranibizumabを結膜下に投与し,注射後2年で腫瘍が縮小傾向を示したことを報告した2).今後,さらなる長期経過と多数例の検討により,抗VEGF薬局所投与がCSCCにおける補助療法の一つとして確立されることが期待される.II翼状片に対する抗VEGF薬治療翼状片はわが国では代表的な眼表面の増殖性疾患である.翼状片の手術療法の問題点として,術後再発が重要である.これまでの基礎的研究で,翼状片上皮細胞や間質の血管内皮細胞にVEGFが発現していることが知られている.翼状片では正常結膜よりもVEGFが高発現しており,VEGFが翼状片の発生病理や再発にかかわっていることが報告されてきた3).これらの背景から,翼状片の進展,再発予防を期待しbevacizumabによる*SatoruKaseandSusumuIshida:北海道大学大学院医学研究科医学専攻感覚器病講座眼科学分野〔別刷請求先〕加瀬諭:〒060-8638札幌市北区北15条西7丁目北海道大学大学院医学研究科医学専攻感覚器病講座眼科学分野0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(9)10751076あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015(10)注射を3カ月ごとに計2回行い,黄斑浮腫は軽減した.したがって,抗VEGF薬治療は黄斑浮腫を軽減させることができるが,一方でその効果は一過性と考えられている5).他方,脈絡膜悪性黒色腫に関しては,小線源療法やgナイフ,サイバーナイフといった放射線治療により,眼球を温存することが可能な症例が増加してきた.しかし,このような症例に発生した放射線網膜症に伴う黄斑浮腫に対しては,抗VEGF薬硝子体内投与の安全性が議論となっている.Filaliらはヒト脈絡膜由来悪性黒色腫細胞を初代培養し,bevacizumabをinvitroで投与すると,腫瘍細胞の増殖が抑制されたことを確認した.しかしながら,マウスの眼球内に培養悪性黒色腫細胞を注入し,bevacizumabの眼内注射を行っても,腫瘍の増殖を抑制できないばかりでなく,むしろ腫瘍が増大した6).以上より,脈絡膜悪性黒色腫に対する放射線治療によって温存眼球に発症した放射線網膜症に対して,抗VEGF薬硝子体内注射を行うことは,腫瘍の再発を招く危険性がある.IVCoats病に対する抗VEGF薬治療Coats病は原因不明の滲出性網膜症であり,特徴的な治療が試みられてきた4).翼状片の再発抑制にbevaci-zumabの局所投与が有効か無効か,近年多くの臨床研究が行われているが,依然決着はついていない.その理由の一つに,各研究施設で用いられているbevacizum-abの投与量や経過観察期間が一定ではないことがあげられる4).この問題を解決するため,翼状片に対する抗VEGF薬投与の効果について多数例での解析が可能な施設における前向き臨床研究,長期の経過観察が必須である.なお,基本的にbevacizumabの結膜下投与による重大な副作用はないが,術後に結膜下出血が高頻度にみられる.III放射線網膜症および脈絡膜悪性黒色腫に対する抗VEGF薬治療放射線網膜症は眼窩腫瘍,副鼻腔腫瘍,脳腫瘍あるいは眼内腫瘍に対する放射線照射施行後に発生する網膜症である.黄斑浮腫や血管新生緑内障は重大な視力障害を引き起こすが,その発生原因の一つに眼内におけるVEGFの発現が関与している.放射線網膜症に伴う黄斑浮腫症例に対する抗VEGF薬治療が行われてきた.図1に自検例を示す.Bevacizumab(1.25mg)の硝子体abcdBevacizumab投与前Bevacizumab投与後図1放射線網膜症に対するBevacizumab投与前(a,b)と投与後(c,d)の眼底写真(a,c),光干渉断層(b,d)所見50歳,女性.上顎癌切除手術と放射線照射後に発生した放射線網膜症を示す.黄斑浮腫,硬性白斑がみられる(a,b).1.25mgのbevacizumabを3カ月毎計2回投与を行った後,硬性白斑は減少傾向を示し(c),黄斑浮腫は軽減した(d).abcdBevacizumab投与前Bevacizumab投与後図1放射線網膜症に対するBevacizumab投与前(a,b)と投与後(c,d)の眼底写真(a,c),光干渉断層(b,d)所見50歳,女性.上顎癌切除手術と放射線照射後に発生した放射線網膜症を示す.黄斑浮腫,硬性白斑がみられる(a,b).1.25mgのbevacizumabを3カ月毎計2回投与を行った後,硬性白斑は減少傾向を示し(c),黄斑浮腫は軽減した(d).あたらしい眼科Vol.32,No.8,20151077(11)されている症例では網膜光凝固が選択されうるが,病巣範囲が2象限以上に及ぶ症例や滲出性網膜.離を伴う症例では,光凝固単独の治療は困難である.実際,小児あるいは成人発生にかかわらず,病巣の限局したCoats病に対し網膜光凝固と抗VEGF薬局所投与の併用療法で,網膜浮腫や白斑が軽快し,視力の改善が期待できる8,9).一方,Coats病に対する抗VEGF療法単独の治療効果は明らかにされていないが,自検例(図2)を含め臨床的にその投与後は良好な反応を示す症例が多い10).以上網膜血管の異常と滲出がみられ,小児のみならず成人にも発症しうる.Coats病の治療は,網膜光凝固,副腎皮質ステロイド薬局所投与,網膜冷凍凝固,硝子体手術などが行われてきた.近年,筆者らはCoats病の摘出眼球を用いた病理組織学的検討にて,Coats病の眼内においてVEGFが高発現していることを示した7).このような背景から,Coats病の病態にVEGFが重要な役割を果たすことが示唆され,これまでの治療に加え,抗VEGF薬治療の有効性が報告されてきた.病巣が限局abcdBevacizumab投与前Bevacizumab投与後図2Coats病(12歳男児)におけるBevacizumab投与前(a,b)と投与後30週(c,d)の眼底写真(a,c)とフルオレセイン蛍光眼底造影所見(b,d)Bevacizumab投与間では,眼底に著明な網膜浮腫,硬性白斑,網膜血管の拡張蛇行,網膜出血がみられ(a),FAでは著明な蛍光漏出がみられる(b).Bevacizumab1回投与後,網膜浮腫は軽減し(c),FAでの蛍光漏出は軽減した(d).abcdBevacizumab投与前Bevacizumab投与後図2Coats病(12歳男児)におけるBevacizumab投与前(a,b)と投与後30週(c,d)の眼底写真(a,c)とフルオレセイン蛍光眼底造影所見(b,d)Bevacizumab投与間では,眼底に著明な網膜浮腫,硬性白斑,網膜血管の拡張蛇行,網膜出血がみられ(a),FAでは著明な蛍光漏出がみられる(b).Bevacizumab1回投与後,網膜浮腫は軽減し(c),FAでの蛍光漏出は軽減した(d).1078あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015(12)皮膚を始め,全身性に腫瘍が発生する疾患である.網膜では,両眼に多発性の白色腫瘤が幼小児期よりみられる.本体は良性の網膜過誤腫であり,基本的には経過観察されるが,網膜腫瘍に関連した黄斑浮腫や新生血管,硝子体出血を伴う際には,視力障害の原因となるため治療を要する.近年,黄斑浮腫を伴う結節性硬化症では,より,抗VEGF薬局所投与はCoats病の有用な治療選択の一つとして確立されつつある.V結節性硬化症の網膜腫瘍に対する抗VEGF薬治療結節性硬化症はTSC遺伝子変異により,脳,腎臓,abBevacizumab投与前Bevacizumab投与後図4Vasoproliferativeretinaltumorに対してBevacizumab硝子体内注射を施行した1例53歳,女性.右眼耳側周辺部に硬性白斑を伴う赤色調の隆起性病変がみられる(a).Bevacizumab硝子体内注射後,腫瘍性病変は徐々に萎縮し,注射後10カ月では硬性白斑は消失した(b).(北海道大学眼科齋藤航先生のご厚意による)abBevacizumab投与前Bevacizumab投与後図3結節性硬化症(30歳,男性)の左眼底写真Bevacizumab投与前(a)と硝子体内注射1カ月後の眼底写真(b).白色の網膜腫瘍が散在しており(a,→),硝子体出血を伴っている.Bevacizumab硝子体内注射後1カ月で,硝子体出血は消退傾向を示す(b).abBevacizumab投与前Bevacizumab投与後図4Vasoproliferativeretinaltumorに対してBevacizumab硝子体内注射を施行した1例53歳,女性.右眼耳側周辺部に硬性白斑を伴う赤色調の隆起性病変がみられる(a).Bevacizumab硝子体内注射後,腫瘍性病変は徐々に萎縮し,注射後10カ月では硬性白斑は消失した(b).(北海道大学眼科齋藤航先生のご厚意による)abBevacizumab投与前Bevacizumab投与後図3結節性硬化症(30歳,男性)の左眼底写真Bevacizumab投与前(a)と硝子体内注射1カ月後の眼底写真(b).白色の網膜腫瘍が散在しており(a,→),硝子体出血を伴っている.Bevacizumab硝子体内注射後1カ月で,硝子体出血は消退傾向を示す(b).あたらしい眼科Vol.32,No.8,20151079(13)る.腫瘍は通常周辺網膜にみられ,硬性白斑,無血管領域や網膜前膜の形成,硝子体出血,網膜変性,牽引性網膜.離を伴うことがある.大部分は特発性であるが,網膜色素変性,Coats病,網膜.離に合併してみられることがある.近年,VPRTの腫瘍細胞にVEGFの発現がみられることが報告され12),bevacizumab硝子体内注射が腫瘍の活動性を低下させることが明らかとなった.図4に示す症例は,bevacizumab硝子体内注射を1回施行し,結果的に腫瘍が萎縮した.小型の腫瘍であればbevacizumab単独療法で腫瘍の制御が可能な症例が混在するが,大型の腫瘍や治療抵抗性を示す症例,牽引性網膜.離に進展する症例では網膜光凝固,冷凍凝固および硝子体手術を併用して治療を行う.VIIぶどう膜炎に対する抗VEGF薬治療ぶどう膜炎では経過中に黄斑浮腫や眼内血管新生,硝硝子体液中のVEGF濃度が上昇していることが報告され,bevacizumab硝子体内注射による黄斑浮腫の軽減,視力の改善が期待されている11).図3に示すのは自検例で,30歳男性の左眼の眼底写真である.経過中に硝子体出血をきたし,視力が低下したが,bevacizumab硝子体内注射を施行したところ,硝子体出血は消退傾向を示した.しかし,このような活動性のある網膜腫瘍を伴う症例では,bevacizumab単独療法では黄斑浮腫や硝子体出血が再燃する可能性があるため,注射後は腫瘍部への直接光凝固や硝子体手術が必要になる可能性がある.VIVasoproliferativeretinaltumor(VPRT)に対する抗VEGF薬治療VPRTは感覚網膜に発生する赤色.橙色を呈する良性腫瘍で,腫瘍本体はグリア細胞と血管内皮細胞よりなabcdBevacizumab硝子体内注射前Bevacizumab硝子体内注射後図5眼サルコイドーシスに伴う黄斑浮腫に対するBevacizumab硝子体内注射の効果フルオレセイン蛍光眼底造影(a,c)と光干渉断層(b,d)所見.1.25mgのbevacizumab硝子体内注射後,若干の蛍光漏出の低下(a,c)と黄斑浮腫の改善がみられた(b,d)が,浮腫は残存した.(北海道大学眼科南場研一先生のご厚意による)abcdBevacizumab硝子体内注射前Bevacizumab硝子体内注射後図5眼サルコイドーシスに伴う黄斑浮腫に対するBevacizumab硝子体内注射の効果フルオレセイン蛍光眼底造影(a,c)と光干渉断層(b,d)所見.1.25mgのbevacizumab硝子体内注射後,若干の蛍光漏出の低下(a,c)と黄斑浮腫の改善がみられた(b,d)が,浮腫は残存した.(北海道大学眼科南場研一先生のご厚意による)Bevacizumab投与前Bevacizumab投与後acbd図6尿細管間質性腎炎ぶどう膜炎に伴う脈絡膜新生血管に対するBevacizumab硝子体内注射の効果症例は12歳,女児.Bevacizumab投与前では,脈絡膜新生血管,網膜下出血,網膜下液の貯留がある(a,b).投与後,脈絡膜新生血管は退縮し,滲出は軽減した(c,d).(北海道大学眼科南場研一先生のご厚意による)’-