特集●糖尿病網膜症2015年あたらしい眼科32(3):313~319,2015特集●糖尿病網膜症2015年あたらしい眼科32(3):313~319,2015糖尿病と糖尿病網膜症の疫学ClinicalEpidemiologyofDiabetesandDiabeticRetinopathy曽根博仁*川崎良**山下英俊**I世界とわが国の糖尿病患者数世界の糖尿病人口は爆発的に増え続けている.国際糖尿病連合(InternationalDiabetesFederation:IDF)によると,2014年の患者数は3億8,670万人に達し,これは20~79歳の成人の8.3%にあたる.そして今後20年間でさらにその1.5倍に増加すると見積もられている.「先進国のぜいたく病」というイメージが強いが,実は患者の8割近くは発展途上国に居住している.国別患者数では,第1位中国(9,629万人),第2位インド(6,685万人),第3位米国(2,578万人)と続き,日本は第10位に位置している.平成24年の国民栄養健康調査では,ほぼ糖尿病と考えて良い「糖尿病が強く疑われる者(=HbA1c値6.5%以上かすでに治療を受けている者)」は約950万人で,20歳以上の成人男性の15.2%,女性の8.7%を占める.同時にいわゆる予備軍と呼ばれる「糖尿病の可能性が否定できない者(=HbA1c値6.0~6.4%の者)」も約1,100万人存在し,これは成人男性の12.1%,女性の13.1%を占める.「糖尿病が強く疑われる者」は5年前の890万人から増加し続けているが,「糖尿病の可能性が否定できない者」は5年前の1,320万人から約200万人減少した.この減少の理由として,特定健診が奏効した可能性も指摘されているが,国民全体が高齢化したため,若年者の割合が高い予備軍の数が減少した可能性も否定できず,楽観はできない.II未診断,未受診,受診中断の問題糖尿病に関する莫大な患者数と並ぶ世界的課題は,患者のほぼ半数が糖尿病と診断されていない(未診断糖尿病,undiagnoseddiabetes)ことである.さらに糖尿病であることを知りながら受診しない者や,いったん通院を開始しても受診を中断してしまう患者も多く,国民栄養健康調査(平成24年)では,糖尿病患者のうち実際に通院中の者は65%に過ぎない.治療管理が行われていない,未診断,未受診,治療中断の糖尿病患者において,網膜症を含む合併症の進展リスクがきわめて高いことは言うまでもない.実際に現在でも,視力低下を主訴に眼科を受診した際に初めて糖尿病と診断される例は,頻度は減ってきたものの皆無ではない.III糖尿病のスクリーニングと発症予測網膜症を含む糖尿病合併症は健康寿命と国民医療費に莫大な悪影響を及ぼしている.糖尿病診療現場の医療者が忘れがちな視点であるが,糖尿病合併症を防ぐ最良の方法は糖尿病そのものを予防することである.初期には無症状の糖尿病を早期診断するためには,検診やスクリーニングのシステムを充実させ,さらに発症リスクの高い対象者を選別して早期に生活習慣教育による介入を集中的に行うことが重要である.幸いわが国では健康診断や人間ドックが発達し,血糖*HirohitoSone:新潟大学大学院医歯学総合研究科血液・内分泌・代謝内科**RyoKawasaki&HidetoshiYamashita:山形大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕曽根博仁:〒951-8510新潟市中央区旭町通1番町757新潟大学大学院医歯学総合研究科血液・内分泌・代謝内科0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(3)313314あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015(4)値やHbA1c値も広く測定されている.また,観察疫学研究により2型糖尿病発症のリスク因子もかなり明らかになってきた.人間ドック受診者データベースの検査指標や背景因子を用いた筆者らの検討でも,日本人の糖尿病発症予測やスクリーニングに活用できるさまざまなエビデンスが得られている.たとえば検診で広く測定されている空腹時血糖値とHbA1c値の両方を組み合わせるだけで,2型糖尿病の発症予測能は飛躍的に向上する.わが国の予備軍に相当する米国の「前糖尿病状態(pre-diabetes)」の基準範囲として用いられるHbA1c軽度高値(5.7~6.4%)と空腹時血糖値異常(100~125mg/dl)について,その片方または両方を満たす者のその後5年間の発症率を,いずれの基準も満たさない人と比較した.その結果,いずれでも片方のみ満たす人は約6倍,両方を満たす人は約32倍も発症率が高かった(図1)1).現在,空腹時血糖値とHbA1c値の両方を含めた日本人に最適化された発症予図1日本人検診受診者を空腹時血糖とHbA1cの組み合わせにより分類した際の,各群のその後5年間の糖尿病累積発症率(カプラン・マイヤー解析)(文献1より引用)0.50.40.30.20.10.02,5002,0001,5001,0005000HbA1c値と空腹時血糖値による分類HbA1c5.7~6.4%かつ空腹時血糖値100~125mg/dlHbA1c5.6%以下かつ空腹時血糖値100~125mg/dlHbA1c5.7~6.4%かつ空腹時血糖値99mg/dl以下HbA1c5.6%以下かつ空腹時血糖値99mg/dl以下累積糖尿病発症率開始時からの日数60%50%40%30%20%10%0%12111098765432113■前糖尿病状態患者■糖尿病患者有病率TOPICSDiabetesScreeningScore(point)4%0%12%12%0.2%0.2%21%23%28%36%41%45%50%53%53%57%0.5%1%1%3%4%6%8%10%15%17%図2スクリーニングスコアの点数と未診断糖尿病または前糖尿病状態米国における糖尿病予備軍に相当:HbA1c5.7~6.4%と空腹時血糖値100~125mg/dlのいずれか,または両方を満たす可能性.TOPICSDiabetesScreeningScore:年齢40~49歳(3点)or50~59歳(4点)or≧60歳(5点)+男性(2点)+糖尿病家族歴(2点)+現在の喫煙習慣(1点)+BMI23~24kg/m2(1点),25~29kg/m2(2点)or≧30kg/m2(4点)+高血圧(収縮期血圧≧140mmHgand/or拡張期血圧≧90mmHgまたは治療歴あり)(2点)(文献3より引用)標や背景因子を用いた筆者らの検討でも,日本人の糖尿病発症予測やスクリーニングに活用できるさまざまなエビデンスが得られている.たとえば検診で広く測定されている空腹時血糖値とHbA1c値の両方を組み合わせるだけで,2型糖尿病の発症予測能は飛躍的に向上する.わが国の予備軍に相当する米国の「前糖尿病状態(pre-diabetes)」の基準範囲として用いられるHbA1c軽度高値(5.7~6.4%)と空腹時血糖値異常(100~125mg/dl)について,その片方または両方を満たす者のその後5年間の発症率を,いずれの基準も満たさない人と比較した.その結果,いずれでHbA1c値と空腹時血糖値による分類HbA1c5.7~6.4%かつ空腹時血糖値100~125mg/dlHbA1c5.6%以下かつ空腹時血糖値100~125mg/dlHbA1c5.7~6.4%かつ空腹時血糖値99mg/dl以下HbA1c5.6%以下かつ空腹時血糖値99mg/dl以下0.30.20.10.0開始時からの日数05001,0001,5002,0002,500累積糖尿病発症率図1日本人検診受診者を空腹時血糖とHbA1cの組み合わせにより分類した際の,各群のその後5年間の糖も片方のみ満たす人は約6倍,両方を満たす人は約32尿病累積発症率(カプラン・マイヤー解析)倍も発症率が高かった(図1)1).現在,空腹時血糖値と(文献1より引用)HbA1c値の両方を含めた日本人に最適化された発症予60%12111098765432113■前糖尿病状態患者■糖尿病患者4%0%12%12%0.2%0.2%21%23%28%36%41%45%50%53%53%57%0.5%1%1%3%4%6%8%10%15%17%有病率50%40%30%20%10%0%TOPICSDiabetesScreeningScore(point)図2スクリーニングスコアの点数と未診断糖尿病または前糖尿病状態米国における糖尿病予備軍に相当:HbA1c5.7~6.4%と空腹時血糖値100~125mg/dlのいずれか,または両方を満たす可能性.TOPICSDiabetesScreeningScore:年齢40~49歳(3点)or50~59歳(4点)or≧60歳(5点)+男性(2点)+糖尿病家族歴(2点)+現在の喫煙習慣(1点)+BMI23~24kg/m2(1点),25~29kg/m2(2点)or≧30kg/m2(4点)+高血圧(収縮期血圧≧140mmHgand/or拡張期血圧≧90mmHgまたは治療歴あり)(2点)(文献3より引用)314あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015(4)あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015315(5)V網膜症の有病率と発症率わが国で年間約3,000人とも言われてきた成人新規失明の原因である糖尿病網膜症は,治療の進歩により首位の座を緑内障に譲ったものの,いまだに成人失明の主要原因であることに変わりはない.世界の前向き研究35本の2万3千人分のデータをプールした解析によると,糖尿病患者の34.6%に何らかの網膜症が存在し,6.96%に増殖性網膜症が,6.81%に糖尿病性黄斑浮腫がみられた.後2者のいずれかまたは両方をもつ視力低下の恐れの強い患者は全患者の10.2%であり,世界的には約2,800万人になると推計されている8).前向き研究で発症率や進展増悪率を調べた研究は多くないが,わが国のJDCSでは,網膜症の新規発症は1,000人あたり年間38.3件みられ,すでに単純網膜症のある患者のさらなる進展増悪は1,000人あたり年間21.1件みられている9).VI血糖コントロールの意義網膜症の発症と増悪には,血糖レベルの影響がとりわけ強いことが知られている.わが国の2型糖尿病患者約2,000人を前向きに追跡してきたJDCSでは,開始時に網膜症がなかった患者のうち,HbA1c(NGSP値,以下同)9.4%以上の患者では,その後8年間にほぼ半数が網膜症を発症しており,一方HbA1c7.4%未満の患者であっても,その約1割が網膜症を発症していた9)(図3).スプライン解析の結果(図4)からも,網膜症を完全に予防するためには,HbA1c値でほぼ正常に近い厳格なレベルの血糖コントロールを要することが推測される9).近年,おもに大血管合併症(動脈硬化合併症)予防の観点からは,治療強化に伴う低血糖を避けることの重要性が明らかにされている.しかし,このことは血糖コントロールを以前より甘くしてよいという意味ではなく,とくに網膜症や腎症を含む細小血管合併症予防のためには,血糖コントロールがもっとも重要な対策であることを改めて認識すべきであろう.測スコアも作成している2).また,糖尿病未診断者において,①年齢,②性別,③家族歴の有無,④喫煙の有無,⑤BMI(bodymassindex),⑥高血圧の有無により,糖尿病あるいは前糖尿病状態である確率はどの程度かを示すスクリーニングスコアも完成しており(図2)3),眼科など内科以外の初診患者において,採血検査を行うべきかどうかの判断に役立つ簡易スクリーニング法としても用いることができる.IV日本人糖尿病患者データの必要性わが国の糖尿病の95%以上を占める2型糖尿病およびその合併症の発症には,多因子遺伝と生活習慣の両者が深く関与する.たとえば欧米の糖尿病患者の7~8割は心血管合併症で死亡するのに対し4),その割合はわが国では2割程度であり,わが国の糖尿病患者の3分の1は癌で死亡する5).したがって,同じ2型糖尿病合併症であっても,欧米の疫学データをわが国の治療対策に流用するのは無理があり,日本人患者の大規模データに基づくエビデンスが必要である.網膜症についても,その有病率が南アジア人やアフリカ人,ラテンアメリカ人などで高いという人種差がみられているほか6),シンガポールの研究では,同じアジア系ですら民族(マレー系,中国系,インド系)による有病率の大きな違いが指摘されている7).近年わが国でも,全国59カ所の大学病院や基幹病院の専門医が協力して実施してきたJapanDiabetesCom-plicationsStudy(JDCS)や,その高齢者版の姉妹研究であるJ-EDIT(主任研究者:東京都健康長寿医療センター井藤英喜先生,荒木厚先生)などを始めとする大規模臨床研究から,日本人患者の合併症や治療の実態に関するエビデンスが築かれつつある.さらに,大規模臨床研究から得られたリスク因子に基づき,個別患者における合併症発症率の予測も可能になっており,疫学データが糖尿病の個別医療に貢献できる時代になってきた.以下に,上記のJDCSやJ-EDITを中心とした日本人2型糖尿病患者の網膜症の疫学を中心にメタアナリシスなども合わせて概説する.316あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015(6)比較して,網膜症の発症リスクが有意に低下していた10)(図5).この関係は他の関連因子の影響を補正しても維持され,果物の関連成分ではビタミンC摂取量と有意に関連していた.果物の過食は当然,血糖コントロール増悪(前述のとおり,これはもっとも強い網膜症の発症,VII果物摂取と糖尿病網膜症食事との関係ではJDCSにおいて,適量の果物摂取が網膜症予防的に作用する可能性が示されている.もともとわが国は欧米と比較して,1人当たりの果物摂取量が少ないが,1日250g程度(=大きさにもよるが,バナナ2本分,またはミカン3個分,またはリンゴ1個分程度)を摂取している患者は,ほとんど摂取しない患者と0.50.40.30.20.10876543210網膜症発症率網膜症進展増悪率経過年数0.50.40.30.20.10876543210経過年数図3JDCSの日本人2型糖尿病患者における網膜症の発症(a)ならびに進展増悪(b)における開始時HbA1c(NGSP)の影響点線>9.4%,実線7.4~9.3%,破線<7.4%)(カプラン・マイヤー解析).(文献6より引用)121110987610.80.60.40.20図4網膜症の発症リスクとHbA1c(NGSP)値との関係のスプライン解析網膜症発症率経過年数Q1Q2Q3Q40.50.40.30.20.10876543210図5JDCSの日本人2型糖尿病患者における果物摂取量と網膜症発症率との関係1日あたりの果物摂取重量により,対象者を四分位に分けた際の各群の網膜症発症率を示す(各群の摂取量平均値は,少ない群からQ1,Q2,Q3,Q4でそれぞれ,1日23g,83g,141g,253g).別に行われたCox多変量回帰分析でも,この4群では,果物摂取量が多いほうが網膜症発症率が低いという有意な傾向が認められた.(文献7より引用)0.50.40.30.20.10876543210網膜症発症率網膜症進展増悪率経過年数0.50.40.30.20.10876543210経過年数図3JDCSの日本人2型糖尿病患者における網膜症の発症(a)ならびに進展増悪(b)における開始時HbA1c(NGSP)の影響点線>9.4%,実線7.4~9.3%,破線<7.4%)(カプラン・マイヤー解析).(文献6より引用)121110987610.80.60.40.20図4網膜症の発症リスクとHbA1c(NGSP)値との関係のスプライン解析網膜症発症率経過年数Q1Q2Q3Q40.50.40.30.20.10876543210図5JDCSの日本人2型糖尿病患者における果物摂取量と網膜症発症率との関係1日あたりの果物摂取重量により,対象者を四分位に分けた際の各群の網膜症発症率を示す(各群の摂取量平均値は,少ない群からQ1,Q2,Q3,Q4でそれぞれ,1日23g,83g,141g,253g).別に行われたCox多変量回帰分析でも,この4群では,果物摂取量が多いほうが網膜症発症率が低いという有意な傾向が認められた.(文献7より引用)図6JDCSとJ.EDITのデータに基づいて開発された糖尿病合併症リスクエンジン(JJリスクエンジン)(http://www.med.niigata-u.ac.jp/emh/jjre.htmlより利用可能)318あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015(8)性も一層明らかになっている.文献1)HeianzaY,HaraS,AraseYetal:HbA1c5.7-6.4%andimpairedfastingplasmaglucosefordiagnosisofprediabe-tesandriskofprogressiontodiabetesinJapan(TOPICS3):alongitudinalcohortstudy.Lancet378:147-155,20112)HeianzaY,AraseY,HsiehSDetal:Developmentofanewscoringsystemforpredictingthe5yearincidenceoftype2diabetesinJapan:theToranomonHospitalHealthManagementCenterStudy6(TOPICS6).Diabetologia55:3213-3223,20123)HeianzaY,AraseY,SaitoKetal:Developmentofascreeningscoreforundiagnoseddiabetesanditsapplica-tioninestimatingabsoluteriskoffuturetype2diabetesinJapan:ToranomonHospitalHealthManagementCen-terStudy10(TOPICS10).JClinEndocrinolMetab98:1051-1060,20134)2011NationalDiabetesFactSheet,NationalCenterforChronicDiseasePreventionandHealthPromotion,US(http://www.cdc.gov/diabetes/pubs/pdf/ndfs_2011.pdf)5)HottaN,NakamuraJ,IwamotoYetal:CausesofdeathinJapanesediabetics:Aquestionnairesurveyof18,385diabeticsovera10-yearperiod.JDiabetesInvestig22:66-76,20106)SivaprasadS,GuptaB,Crosby-NwaobiRetal:Preva-lenceofdiabeticretinopathyinvariousethnicgroups:aworldwideperspective.SurvOphthalmol57:347-370,20127)ChiangPP,LamoureuxEL,CheungCYetal:Racialdifferencesintheprevalenceofdiabetesbutnotdiabeticretinopathyinamulti-ethnicAsianpopulation.InvestOphthalmolVisSci52:7586-7592,20118)YauJW,RogersSL,KawasakiRetal:Meta-AnalysisforEyeDisease(META-EYE)StudyGroup.Globalpreva-lenceandmajorriskfactorsofdiabeticretinopathy.Diabe-tesCare35:556-564,20129)KawasakiR,TanakaS,TanakaSetal:JapanDiabetesComplicationsStudyGroup.IncidenceandprogressionofdiabeticretinopathyinJapaneseadultswithtype2diabe-tes:8yearfollow-upstudyoftheJapanDiabetesCompli-cationsStudy(JDCS).Diabetologia54:2288-2294,201110)TanakaS,YoshimuraY,KawasakiRetal:JapanDiabe-tesComplicationsStudyGroup.Fruitintakeandincidentdiabeticretinopathywithtype2diabetes.Epidemiology24:204-211,201311)MoriyaT,TanakaS,KawasakiRetal:Diabeticretinopa-thyandmicroalbuminuriacanpredictmacroalbuminuriaandrenalfunctiondeclineinJapanesetype2diabeticpatients:JapanDiabetesComplicationsStudy.DiabetesCare36:2803-2809,2013IX網膜症と大血管合併症との関連網膜症の存在が顕性腎症のリスク評価に役立つことを述べたが,眼底所見は大血管合併症のリスク予測にも有用であった.すなわち,開始時に軽症~中等症の網膜症を有していた場合,他関連因子の影響を補正しても冠動脈疾患と脳卒中のリスクはいずれも1.69倍に上昇していた12).さらに興味深いことに,網膜出血/毛細血管瘤などのごく初期の病変は脳卒中と冠動脈性心疾患双方の,綿花様白斑の存在は脳卒中の,それぞれ有意なリスク上昇と結びついていた.このようなエビデンスからも,糖尿病患者の予後を改善するためには,眼科医と内科医の連携の重要であることが改めて示されている.X個別症例における網膜症を含む合併症の発症予測大規模臨床研究や疫学研究の結果は集団全体の平均や傾向を示すものなので,個別診療には直接役立たないと思われがちである.しかし,そのような研究で解明された各合併症のリスク因子を統合すれば,各患者個人の状態や条件による将来の合併症発症確率を計算することが可能になる.JDCSとJ-EDITの統合データベースから開発された糖尿病合併症リスクエンジンは,パソコン上で患者の条件や検査値を入力すれば,今後5~10年以内の,網膜症を含む各合併症別の発症確率を即座に算出できる13)(図6).このリスクエンジンは,ホームページ上で公開されており(http://www.med.niigata-u.ac.jp/emh/jjre.html),日本人2型糖尿病患者の診療個別化に役立つものと期待される.おわりに近年わが国の2型糖尿病患者の合併症に関する臨床疫学データが徐々に明らかになってきており,網膜症を含む糖尿病合併症の予測や治療に役立てられるようになってきた.日本と欧米の2型糖尿病患者では合併症に多くの違いがみられるため,日本人糖尿病患者に最適化された糖尿病治療のためには,日本人のエビデンスをさらに充実する必要がある.また,眼科と内科との連携の重要網膜症の存在が顕性腎症のリスク評価に役立つことを述べたが,眼底所見は大血管合併症のリスク予測にも有用であった.すなわち,開始時に軽症~中等症の網膜症を有していた場合,他関連因子の影響を補正しても冠動脈疾患と脳卒中のリスクはいずれも1.69倍に上昇していた12).さらに興味深いことに,網膜出血/毛細血管瘤などのごく初期の病変は脳卒中と冠動脈性心疾患双方の,綿花様白斑の存在は脳卒中の,それぞれ有意なリスク上昇と結びついていた.このようなエビデンスからも,糖尿病患者の予後を改善するためには,眼科医と内科医の連携の重要であることが改めて示されている.X個別症例における網膜症を含む合併症の発症予測大規模臨床研究や疫学研究の結果は集団全体の平均や傾向を示すものなので,個別診療には直接役立たないと思われがちである.しかし,そのような研究で解明された各合併症のリスク因子を統合すれば,各患者個人の状態や条件による将来の合併症発症確率を計算することが可能になる.JDCSとJ-EDITの統合データベースから開発された糖尿病合併症リスクエンジンは,パソコン上で患者の条件や検査値を入力すれば,今後5~10年以内の,網膜症を含む各合併症別の発症確率を即座に算出できる13)(図6).このリスクエンジンは,ホームページ上で公開されており(http://www.med.niigata-u.ac.jp/emh/jjre.html),日本人2型糖尿病患者の診療個別化に役立つものと期待される.おわりに近年わが国の2型糖尿病患者の合併症に関する臨床疫学データが徐々に明らかになってきており,網膜症を含む糖尿病合併症の予測や治療に役立てられるようになってきた.日本と欧米の2型糖尿病患者では合併症に多くの違いがみられるため,日本人糖尿病患者に最適化された糖尿病治療のためには,日本人のエビデンスをさらに充実する必要がある.また,眼科と内科との連携の重要性も一層明らかになっている.文献1)HeianzaY,HaraS,AraseYetal:HbA1c5.7-6.4%andimpairedfastingplasmaglucosefordiagnosisofprediabetesandriskofprogressiontodiabetesinJapan(TOPICS3):alongitudinalcohortstudy.Lancet378:147-155,20112)HeianzaY,AraseY,HsiehSDetal:Developmentofanewscoringsystemforpredictingthe5yearincidenceoftype2diabetesinJapan:theToranomonHospitalHealthManagementCenterStudy6(TOPICS6).Diabetologia55:3213-3223,20123)HeianzaY,AraseY,SaitoKetal:Developmentofascreeningscoreforundiagnoseddiabetesanditsapplicationinestimatingabsoluteriskoffuturetype2diabetesinJapan:ToranomonHospitalHealthManagementCenterStudy10(TOPICS10).JClinEndocrinolMetab98:1051-1060,20134)2011NationalDiabetesFactSheet,NationalCenterforChronicDiseasePreventionandHealthPromotion,US(http://www.cdc.gov/diabetes/pubs/pdf/ndfs_2011.pdf)5)HottaN,NakamuraJ,IwamotoYetal:CausesofdeathinJapanesediabetics:Aquestionnairesurveyof18,385diabeticsovera10-yearperiod.JDiabetesInvestig22:66-76,20106)SivaprasadS,GuptaB,Crosby-NwaobiRetal:Prevalenceofdiabeticretinopathyinvariousethnicgroups:aworldwideperspective.SurvOphthalmol57:347-370,20127)ChiangPP,LamoureuxEL,CheungCYetal:Racialdifferencesintheprevalenceofdiabetesbutnotdiabeticretinopathyinamulti-ethnicAsianpopulation.InvestOphthalmolVisSci52:7586-7592,20118)YauJW,RogersSL,KawasakiRetal:Meta-AnalysisforEyeDisease(META-EYE)StudyGroup.Globalprevalenceandmajorriskfactorsofdiabeticretinopathy.DiabetesCare35:556-564,20129)KawasakiR,TanakaS,TanakaSetal:JapanDiabetesComplicationsStudyGroup.IncidenceandprogressionofdiabeticretinopathyinJapaneseadultswithtype2diabetes:8yearfollow-upstudyoftheJapanDiabetesComplicationsStudy(JDCS).Diabetologia54:2288-2294,201110)TanakaS,YoshimuraY,KawasakiRetal:JapanDiabetesComplicationsStudyGroup.Fruitintakeandincidentdiabeticretinopathywithtype2diabetes.Epidemiology24:204-211,201311)MoriyaT,TanakaS,KawasakiRetal:DiabeticretinopathyandmicroalbuminuriacanpredictmacroalbuminuriaandrenalfunctiondeclineinJapanesetype2diabeticpatients:JapanDiabetesComplicationsStudy.DiabetesCare36:2803-2809,2013318あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015(8)あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015319(9)12)KawasakiR,TanakaS,TanakaSetal:fortheJapanDia-betesComplicationsStudyGroup.Riskofcardiovasculardiseasesisincreasedevenwithmilddiabeticretinopa-thy:TheJapanDiabetesComplicationsStudy.Ophthal-mology120:574-582,201313)TanakaS,TanakaS,IimuroSetal:fortheJapanDiabe-tesComplicationsStudyGroup;theJapaneseElderlyDia-betesInterventionTrialGroup.Predictingmacro-andmicrovascularcomplicationsintype2diabetes:TheJapanDiabetesComplicationsStudy/theJapaneseElderlyDiabetesInterventionTrialriskengine.DiabetesCare36:1193-1199,2013