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コンタクトレンズ:追加矯正(過矯正のチェック)

2015年3月31日 火曜日

あたらしい眼科Vol.32,No.3,20153710910-1810/15/\100/頁/JCOPY十分注意して測定した自覚的屈折値も,片眼でもっともよく見える矯正度数であり,その値は眼鏡やコンタクトレンズ(CL)に用いる矯正度数としては適切ではない.その理由は,両眼視時の屈折状態と片眼視時の屈折状態は異なるためである.●調節安静位空白視野や暗黒視野で視対象が存在しないときの眼の調節は生理的緊張状態にある.この屈折状態は調節安静位と呼ばれ,1D程度の調節状態にあると報告されている1).そして,調節安静位から遠方への調節は負の調節,近方への調節は正の調節と呼ばれている2).片眼で自覚的屈折検査を行うときには,調節安静位の屈折を測定してしまう可能性が高い(図1).後述する両眼同時雲霧法では,両眼視による距離の感覚が負の調節を惹起して,適切な矯正度数を取得することができる.●輻湊調節調節と輻湊は連動していて,輻湊すると調節が生じる.このため,外斜位が存在する場合には,両眼視を行うことによって調節が介入し,片眼よりも屈折値はマイナス寄りになる.ときには,両眼視では片眼で測定した自覚的屈折値よりもマイナス寄り(過矯正)の矯正度数が要求されることがある.(61)●適正矯正片眼で測定した自覚的屈折値そのままで眼鏡やCL度数を決定するのは早計である.快適な矯正度数を提供するためには,両眼視機能と調節機能の知識が不可欠である.●両眼同時雲霧法左右眼に大きな屈折差が存在せず両眼視が可能である場合は,両眼同時雲霧法を用いると快適な矯正度数を容易に求めることができる.両眼同時雲霧法は以下の手順で行う.①自覚的屈折検査で得られた円柱度数が1.00D以上の場合には,0.75~0.50D程度を減じた値の円柱レンズを自覚的屈折値の円柱軸に一致させて検眼枠に装入する.②自覚的屈折値の球面度数におよそ+3.00Dを加えた値の検眼レンズを検眼枠に装入する.③視力表を見てもらい両眼視での視力値を確認しながら,レンズ交換法に従って両眼同時に検眼レンズの球面度数を0.50Dずつマイナス側に交換する.④両眼視での矯正視力値が0.5~0.7程度に達した時点で,左右眼を交互に遮蔽し,左右眼のバランスを調整する.このときには視力表全体の見え方の左右差を問い,見やすいと答えたほうの検眼レンズの球面度数を0.25Dだけプラス側に変えてバランスを問う.その後も同じ眼のほうが見やすいと答えた場合には反対側に.0.25Dの球面度数を加えてバランスを取る.0.25Dの差で,左右眼の見え方のバランスが反転する場合には,日常視で利き目と考えられるほうの眼が見やすい状態を採用する(著者は万華鏡を手渡して,覗いてみるように指示している).⑤左右眼のバランスが取れたら,両眼同時に.0.25Dずつレンズ交換法を継続し,両眼視の状態で最良矯正視力が得られる屈折値を求める.この屈折値が眼鏡処方に用いる適切な矯正度数である.CLに用いる適切な矯正度数は,眼鏡処方に用いる適切な眼鏡度数を頂点間距離補正(図2)した値を用いればよい.乱視が存在する場合には,強弱主経線方向の屈折値それぞれを頂点間距離補正して,CLに用いる適正コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ処方はじめの一歩監修/下村嘉一提供10.追加矯正(過矯正のチェック)梶田雅義梶田眼科遠点他覚遠点調節安静位他覚近点調節リード調節ラグ負の調節正の調節明視域(自覚的調節域)自覚近点自覚遠点(他覚的調節域)調節域図1屈折と調節の名称とイメ.ジ遠点:完全に調節が麻痺した解剖学的な屈折状態.自覚遠点:自覚的にピントが合うもっとも遠い距離.他覚遠点:オートレフなど他覚的に検出できる屈折値.自覚近点:自覚的にピントが合うもっとも近い距離.自覚近点:アコモドメータなどで近接視標にピントを合わせたときのもっとも近い他覚的屈折値.調節安静位:空白視野や暗黒視野での屈折状態.あたらしい眼科Vol.32,No.3,20153710910-1810/15/\100/頁/JCOPY十分注意して測定した自覚的屈折値も,片眼でもっともよく見える矯正度数であり,その値は眼鏡やコンタクトレンズ(CL)に用いる矯正度数としては適切ではない.その理由は,両眼視時の屈折状態と片眼視時の屈折状態は異なるためである.●調節安静位空白視野や暗黒視野で視対象が存在しないときの眼の調節は生理的緊張状態にある.この屈折状態は調節安静位と呼ばれ,1D程度の調節状態にあると報告されている1).そして,調節安静位から遠方への調節は負の調節,近方への調節は正の調節と呼ばれている2).片眼で自覚的屈折検査を行うときには,調節安静位の屈折を測定してしまう可能性が高い(図1).後述する両眼同時雲霧法では,両眼視による距離の感覚が負の調節を惹起して,適切な矯正度数を取得することができる.●輻湊調節調節と輻湊は連動していて,輻湊すると調節が生じる.このため,外斜位が存在する場合には,両眼視を行うことによって調節が介入し,片眼よりも屈折値はマイナス寄りになる.ときには,両眼視では片眼で測定した自覚的屈折値よりもマイナス寄り(過矯正)の矯正度数が要求されることがある.(61)●適正矯正片眼で測定した自覚的屈折値そのままで眼鏡やCL度数を決定するのは早計である.快適な矯正度数を提供するためには,両眼視機能と調節機能の知識が不可欠である.●両眼同時雲霧法左右眼に大きな屈折差が存在せず両眼視が可能である場合は,両眼同時雲霧法を用いると快適な矯正度数を容易に求めることができる.両眼同時雲霧法は以下の手順で行う.①自覚的屈折検査で得られた円柱度数が1.00D以上の場合には,0.75~0.50D程度を減じた値の円柱レンズを自覚的屈折値の円柱軸に一致させて検眼枠に装入する.②自覚的屈折値の球面度数におよそ+3.00Dを加えた値の検眼レンズを検眼枠に装入する.③視力表を見てもらい両眼視での視力値を確認しながら,レンズ交換法に従って両眼同時に検眼レンズの球面度数を0.50Dずつマイナス側に交換する.④両眼視での矯正視力値が0.5~0.7程度に達した時点で,左右眼を交互に遮蔽し,左右眼のバランスを調整する.このときには視力表全体の見え方の左右差を問い,見やすいと答えたほうの検眼レンズの球面度数を0.25Dだけプラス側に変えてバランスを問う.その後も同じ眼のほうが見やすいと答えた場合には反対側に.0.25Dの球面度数を加えてバランスを取る.0.25Dの差で,左右眼の見え方のバランスが反転する場合には,日常視で利き目と考えられるほうの眼が見やすい状態を採用する(著者は万華鏡を手渡して,覗いてみるように指示している).⑤左右眼のバランスが取れたら,両眼同時に.0.25Dずつレンズ交換法を継続し,両眼視の状態で最良矯正視力が得られる屈折値を求める.この屈折値が眼鏡処方に用いる適切な矯正度数である.CLに用いる適切な矯正度数は,眼鏡処方に用いる適切な眼鏡度数を頂点間距離補正(図2)した値を用いればよい.乱視が存在する場合には,強弱主経線方向の屈折値それぞれを頂点間距離補正して,CLに用いる適正コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ処方はじめの一歩監修/下村嘉一提供10.追加矯正(過矯正のチェック)梶田雅義梶田眼科遠点他覚遠点調節安静位他覚近点調節リード調節ラグ負の調節正の調節明視域(自覚的調節域)自覚近点自覚遠点(他覚的調節域)調節域図1屈折と調節の名称とイメ.ジ遠点:完全に調節が麻痺した解剖学的な屈折状態.自覚遠点:自覚的にピントが合うもっとも遠い距離.他覚遠点:オートレフなど他覚的に検出できる屈折値.自覚近点:自覚的にピントが合うもっとも近い距離.自覚近点:アコモドメータなどで近接視標にピントを合わせたときのもっとも近い他覚的屈折値.調節安静位:空白視野や暗黒視野での屈折状態. 372あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015(00)な矯正度数を算出する必要がある.たとえば,眼鏡レンズによる適切な矯正度数がS-5.00DC.1.50DAx180°の場合,水平方向は.5.00Dであり,垂直方法は.6.50Dである.それぞれを頂点間距離補正すると,水平方向は.4.75Dであり,垂直方法は.6.00Dとなり,CLによる適切な矯正度数はS.4.75DC.1.25DAx180°となる.●追加矯正トライアルレンズを装用した状態で,矯正度数の過不足をチェックする.この場合も自覚的屈折値を求め,眼鏡による適切な矯正度数を求める両眼同時雲霧法を行う.トライアルレンズの度数が適切な矯正度数よりもマイナス寄りの度数を用いている場合には,より慎重に検査を進める.過不足の度数が±4.00Dを超える場合には頂点間距離補正を行い,CL度数に加える.●過矯正のチェック処方する度数のCLを装用状態で,矯正度数の過不足をチェックする.CLを装用した状態でオートレフラクトメータ(オートレフ)による他覚的屈折検査(オーバーレフ)を行うと過矯正が容易に検出できることがある.CLの表面は涙液が蒸発しやすいので,オートレフのモニター画面を見ながら,歪みがなく鮮明なマイヤーリングが観察されているときに操作された値のみを採用することが大切である.そして,その値を意識しながら,両眼に+3.00Dを検眼枠の両方に装入した状態から両眼同時雲霧法を行うことで,矯正の過不足を再確認できる.両眼同時雲霧法で適切な矯正度数よりも.0.75D以上過矯正にしないと満足できる矯正が得られない場合には,輻湊努力などにより調節が強く介入していることが示唆される.眼の疲れや頭痛などの症状が感じられる場合には,調節負荷を減じるためにモノビジョンの矯正を検討し勧めることも必要である.文献1)SchorCM,KotulakJC,TsuetakiT:Adaptationoftonicaccommodationreducesaccommodativelagandismaskedindarkness.InvestOphthalmolVisSci27:820,19862)LeibowitsHW,OwensDA:Newevidencefortheintermediatepositionofrelaxedaccommodation.DocumentaOphthalmonogica46:133-147,1978ZS940図2角膜頂点間距離補正表眼鏡レンズは角膜からd[m]離れているため,眼鏡レンズ度数をDspとするとき,コンタクトレンズの度数DclはDcl=Dsp/(1.d・Dsp)で計算できるが,通常は0.25Dで近似して示した換算表を用いるのが簡便である.

写真:結膜悪性黒色腫

2015年3月31日 火曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦370.結膜悪性黒色腫中井浩子*1外園千恵*2*1済生会滋賀県病院眼科*2京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学図2図1のシェーマ①色素豊富な有茎性腫瘤②腫瘍栄養血管図1前眼部写真(67歳,女性)右上眼瞼を翻転したところ,易出血性で血管豊富な有茎性腫瘤を認めた.図3図1の症例の前眼部写真(上眼瞼翻転前)上眼瞼を翻転しなければ腫瘍の存在には気づかない.矯正視力は1.5で,眼底を含め眼球には異常を認めなかった.図4病理写真淡明な胞体と核小体の目立つ不整な腫大核を有する異型細胞が血管性間質を伴いながら増生している.核分裂像を多く認め,褐色色素を有する細胞が散見される.(59)あたらしい眼科Vol.32,No.3,20153690910-1810/15/\100/頁/JCOPY 症例は67歳女性で,洗顔時に右眼から出血していることに気づき,救急外来を受診した.右上眼瞼を翻転したところ,易出血性で血管豊富な有茎性腫瘤を認めた.外傷歴はなく,視力を含め眼球には異常を認めなかった.眼窩への広がりをみるため行った眼窩造影MRIでは,眼瞼に限局した境界明瞭な腫瘤を認め,造影効果を認めた.眼形成専門医による右眼瞼腫瘍摘出術を施行したところ,病理診断は悪性黒色種(malignantmelanoma)であった.PET-CTでは遠隔転移を認めなかった.悪性黒色腫は,メラニン細胞あるいは母斑細胞が悪性化した上皮性腫瘍である.中高年の片眼に黒褐色の色素沈着を認めた場合に疑うべき疾患である.後天性メラノーシスや母斑からの発生が多く,色素沈着の増加,腫瘍栄養血管の存在,強膜への癒着などから悪性化を疑う.脳・肺・肝臓などへの転移を生じるため,CT・MRIでの全身転移の検索は必須である.また,核医学的診断法であるPET(positronemissiontomography)により,転移の診断を行うことができる.安易な生検は転移の危険があるため行わない.治療では,初回手術での腫瘍の完全摘出を目標とし,腫瘍の存在部位によって局所切除,眼球摘出術,眼窩内容除去術を行う.深部への浸潤例や転移例には化学療法,放射線療法などを併用する1).再発予防としてIFN-bの結膜下注射やIFNa2b点眼の有用性が報告されている2,3).わが国における5年生存率は53.4%で,球結膜原発のほうが眼瞼結膜原発よりも予後が良好であった.再発は5年以内に出現することが多く,最低5年間は術後の定期的経過観察を要する.写真の症例は結膜円蓋部の腫瘍であり,自覚症状に乏しいため進行してから外来受診したと考えられた.どのような腫瘍形態であっても,高度な色素沈着を認めた場合には悪性黒色種を鑑別疾患の一つとして考えておくことが肝要である.文献1)BrownsteinS:Malignantmelanomaoftheconjunctiva.CancerControl11:310-316,20042)FujiokaM,SakamotoM,AzumiAetal:Acaseofconjunctivalmalignantmelanomatreatedwithsubconjunctivalinjectionofinterferonbeta─efficacyandsideeffects.NihonGankaGakkaiZasshi110:51-57,20063)KaseS,IshijimaK,NodaMetal:Twocasesofconjunctivalmalignantmelanomatreatedwithtopicalinterferonalpha-2bdropasanadjuvanttherapy.NihonGankaGakkaiZasshi115:1043-1047,2011370

びまん性糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術の現状

2015年3月31日 火曜日

特集●糖尿病網膜症2015年あたらしい眼科32(3):361~367,2015特集●糖尿病網膜症2015年あたらしい眼科32(3):361~367,2015びまん性糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術の現状VitrectomyforDiabeticMacularEdema森實祐基*はじめに2014年11月に糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)に対するアフリベルセプトの保険適用が認可され,DMEに対する抗血管内皮細胞増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)療法に新たな選択肢が加わった.さらに,ステロイド局所療法や低侵襲レーザー治療が進歩し,DMEの治療法は近年急速に多様化している.一方で,硝子体手術については,これらの治療法を凌駕するような治療効果をもたらす技術革新は近年みられていない.そして,よりエビデンスレベルが高く,侵襲が小さい治療法が優先される結果,DMEの治療に硝子体手術が登場する機会は著しく減少している.それでは,すべてのDMEが抗VEGF療法で改善するかというと,実態はそうではない.DMEに対するラニビズマブの適用が認可されてから約1年が経過し,抗VEGF療法にまつわるさまざまな問題,すなわちVEGFのみを治療対象とすることの限界,薬剤耐性や眼および全身合併症の発症,個人および社会の経済的負担の増大などが指摘されている.一方で,抗VEGF療法に抵抗するDMEが,一度の硝子体手術で改善し,改善効果が長期間持続することがしばしば経験される.このような強力かつ長期的な治療効果は,これまでにわが国から数多く報告された硝子体手術の治療成績と合致する.このように,DME治療を取り巻く状況は混沌としており,われわれはこれまでに経験したことがないDME治療のパラダイムシフトの真っ只中にいるといっても過言ではない.本稿では,硝子体手術の現状や問題点を改めて整理し,そのうえで,筆者らの施設で行っている術式について述べる.混沌とした状況にあっても,硝子体手術の適応を適切に判断するための一助となれば幸いである.なお,DMEに対する硝子体手術の歴史,術式の変遷,奏効機序の詳細については,すでに多くの解説がなされているので,そちらを参考にしていただきたい1~6).また,本稿で取り上げるDMEはびまん性のDMEであり,網膜微小血管瘤による局所性DMEは対象としていないことをお断りしておく.I現状と問題点1:硝子体手術の適応患者はどの程度存在するか?現在,DMEの治療として最初に行われる眼科治療は抗VEGF療法である.さらに,状況に応じてステロイド局所療法や低侵襲レーザー治療が併施される.そして,これらの治療が奏効しなかった場合に初めて硝子体手術が施行される.このような状況で,果たして硝子体手術の適応患者はどの程度存在するのであろうか?抗VEGF療法に抵抗するDMEの割合をRISE/RIDEStudyを例に考えてみたい7).RISE/RIDEStudyは,2007~2012年に米国で実施された,ラニビズマブ硝子体内投与の第Ⅲ相臨床試験である.sham注射を対照と*YukiMorizane:岡山大学大学院医歯薬学総合研究科機能再生・再建学専攻生体機能再生・再建学講座眼科学分野〔別刷請求先〕森實祐基:〒700-8558岡山市北区鹿田町2-5-1岡山大学大学院医歯薬学総合研究科機能再生・再建学専攻生体機能再生・再建学講座眼科学分野0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(51)361 362あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015(52)症例が18.9~25.6%存在した.また,視力の改善が15文字に至らなかった割合は,54.3~66.4%であった(このうち,視力の改善が1文字に至らなかった割合は,12.8~15.2%,表1).この結果が,ラニビズマブの毎月投与を厳密に施行した結果であることを考慮すると,抗VEGF療法を行った後であっても20%前後の患者については硝子体手術の適応となる可能性があるのではないし,ラニビズマブおよびsham硝子体内注射を毎月1回,2年間施行した.その結果,中心窩網膜厚(centralreti-nalthickness:CRT)は,ラニビズマブ投与群がsham群に比べて有意に減少し(図1),矯正視力が15文字以上改善した患者の割合はラニビズマブ投与群がsham群よりも有意に高くなった(図2).しかし一方で,ラニビズマブを毎月投与しても,CRTが250μmよりも厚い100806040200中心窩網膜厚が250μm以下の患者の割合ラニビズマブSham(n=127)0.3mg(n=125)0.5mg(n=125)43.374.476.0p<0.0001p<0.0001100806040200中心窩網膜厚が250μm以下の患者の割合ラニビズマブSham(n=130)0.3mg(n=125)0.5mg(n=127)46.276.081.1p<0.0001p<0.0001AB図1RISE.RIDEStudyにおける中心窩網膜厚の結果RISE(A),RIDE(B)Studyにおいて,ラニビズマブ毎月投与後(24カ月後)に中心窩網膜厚が250μm以下であった患者の割合.(文献7より改変)10080604020015文字以上視力が改善した患者の割合ラニビズマブSham(n=127)0.3mg(n=125)0.5mg(n=125)18.144.839.2p<0.0001p=0.000210080604020015文字以上視力が改善した患者の割合ラニビズマブSham(n=130)0.3mg(n=125)0.5mg(n=127)12.333.645.7p<0.0001p<0.0001AB図2RISE.RIDEStudyにおける視力の結果RISE(A),RIDE(B)Studyにおいて,ラニビズマブ毎月投与後(24カ月後)に15文字以上視力が改善した患者の割合.(文献7より改変)100806040200中心窩網膜厚が250μm以下の患者の割合ラニビズマブSham(n=127)0.3mg(n=125)0.5mg(n=125)43.374.476.0p<0.0001p<0.0001100806040200中心窩網膜厚が250μm以下の患者の割合ラニビズマブSham(n=130)0.3mg(n=125)0.5mg(n=127)46.276.081.1p<0.0001p<0.0001AB図1RISE.RIDEStudyにおける中心窩網膜厚の結果RISE(A),RIDE(B)Studyにおいて,ラニビズマブ毎月投与後(24カ月後)に中心窩網膜厚が250μm以下であった患者の割合.(文献7より改変)10080604020015文字以上視力が改善した患者の割合ラニビズマブSham(n=127)0.3mg(n=125)0.5mg(n=125)18.144.839.2p<0.0001p=0.000210080604020015文字以上視力が改善した患者の割合ラニビズマブSham(n=130)0.3mg(n=125)0.5mg(n=127)12.333.645.7p<0.0001p<0.0001AB図2RISE.RIDEStudyにおける視力の結果RISE(A),RIDE(B)Studyにおいて,ラニビズマブ毎月投与後(24カ月後)に15文字以上視力が改善した患者の割合.(文献7より改変) 表1RISE.RIDEStudyにおける視力変化の内訳RISERIDERanibizumabRanibizumabSham(N=127)0.3mg(N=125)0.5mg(N=125)Sham(N=130)0.3mg(N=125)0.5mg(N=127)視力低下30文字以上,患者数(%)3(2.4)2(1.6)03(2.3)02(1.6)視力低下25~29文字,患者数(%)2(1.6)02(1.6)4(3.1)01(0.8)視力低下20~24文字,患者数(%)3(2.4)1(0.8)1(0.8)2(1.5)1(0.8)1(0.8)視力低下15~19文字,患者数(%)5(3.9)002(1.5)1(0.8)1(0.8)視力低下10~14文字,患者数(%)8(6.3)1(0.8)2(1.6)7(5.4)2(1.6)0視力低下5~9文字,患者数(%)12(9.4)7(5.6)4(3.2)9(6.9)8(6.4)3(2.4)視力低下1~4文字,患者数(%)12(9.4)6(4.8)3(2.4)14(10.8)3(2.4)2(1.6)視力不変,患者数(%)10(7.9)2(1.6)4(3.2)5(3.8)3(2.4)7(5.5)視力改善1~4文字,患者数(%)13(10.2)6(4.8)13(10.4)27(20.8)7(5.6)14(11.0)視力改善5~9文字,患者数(%)21(16.5)22(17.6)18(14.4)24(18.5)26(20.8)14(11.0)視力改善10~14文字,患者数(%)15(11.8)22(17.6)29(23.2)17(13.1)32(25.6)24(18.9)視力改善15~19文字,患者数(%)7(5.5)17(13.6)19(15.2)6(4.6)19(15.2)29(22.8)視力改善20~24文字,患者数(%)9(7.1)19(15.2)13(10.4)5(3.8)12(9.6)11(8.7)視力改善25~29文字,患者数(%)4(3.1)11(8.8)8(6.4)1(0.8)5(4.0)12(9.4)視力改善30文字以上,患者数(%)3(2.4)9(7.2)9(7.2)4(3.1)6(4.8)6(4.7)視力改善が1文字に至らなかった症例を赤で示し,15文字以上の視力改善がみられた症例を青で示す(白色は視力改善が1~14文字であった症例).(文献7より改変)かと推察される.このように,抗VEGF療法がDME治療の主体となった今日においても,一定数の症例に対しては,硝子体手術は治療選択肢として存続するものと思われる.しかし一方で,今後,VEGF以外のサイトカインを対象とした新しい分子標的薬や,徐放性のステロイド製剤が登場すると,上記の割合は低下すると考えられる.II現状と問題点2:硝子体手術の治療効果におけるパラドックスDMEに対する硝子体手術の治療効果について以前から指摘されている問題点として,「硝子体手術はCRTを減少させるが,視力を改善する効果に乏しい」という点があげられる.この問題提議の根拠としてDRCR.netによる前向き研究の結果が引き合いに出されることが多い.その報告によれば,硝子体手術後6カ月で,CRTが減少した患者が82%あり,そのうち62%で視力が改善したが,38%においては,CRTが減少したにもかかわらず視力が低下した8)(図3).通常は,DMEが改善すると視力も改善するはずであるが,硝子体手術でこのようなパラドックスが生じるのはどうしてであろうか?術前後の光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)所見と視力予後を検討した報告によれば,硝子体手術に至るまでの期間に,視細胞に不可逆的な障害が進行してしまうことが理由の一つと考えられる9~11).より良い術後視力を得るためには視細胞障害が進行する前に硝子体手術を行う必要がある.それでは,硝子体手術後の期間についてはどうであろうか?これまでの報告によれば,硝子体術後にCRTが250μm以下に改善するまでには,約半年から1年を要することが多い12,13).この期間にも視細胞障害が進行し,視力改善効果が得られなくなっている可能性がある.(53)あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015363 364あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015(54)るものの,効果の持続時間が短縮するように感じている術者が多いのではないだろうか.硝子体術後の長期経過を検討した報告によれば,硝子体手術に抵抗して術後にDMEの残存がみられる頻度は,0~30%である18)(表2).部分的にDMEが残存する場合を含めると,この頻度はさらに高くなる.したがって,硝子体手術が術後の抗VEGF療法に及ぼす影響を考えると,DMEに対する硝子体手術の適応に慎重にならざるを得ない.KogaらやSatoらは,硝子体術後にみられたDMEにトリアムシノロンのTenon.下投与(sub-Tenoninjec-tionoftriamucinoloneacetonide:STTA)が有効であったと報告している19,20).筆者の所属する施設でも,眼内レンズ挿入眼で,術後のステロイド点眼でステロイドレスポンダーでないことが確認されれば,積極的にSTTAを行うようにしている.IV現状と問題点4:硝子体手術のエビデンスわが国におけるDMEに対する硝子体手術の適応は,欧米の適応とは大きく異なることが以前から指摘されてきた.たとえば,抗VEGF薬の登場前の時代においては,欧米ではETDRSの結果を背景に格子状光凝固が治療の主体とされ,硝子体手術は肥厚した後部硝子体皮質硝子体術後にDMEの改善に時間がかかる理由としては,硝子体手術による病態改善効果が不十分であることがあげられる.DMEの病態を図4に示す2).このうち,硝子体手術によって改善するのは,硝子体黄斑牽引(vit-reomaculartraction:VMT),硝子体内サイトカインの蓄積,眼内酸素分圧であり,これらによって硝子体および網膜硝子体界面の病態が改善する.しかし,網膜内の病態を改善する効果は乏しい.抗VEGF薬の登場により,硝子体手術に踏み切るタイミングが以前に比べて遅くなっており,今後さらにその傾向が強まることを考えると,網膜内の病態を直接改善するような硝子体手術の技術的革新がなければ,DME治療における硝子体手術の役割はますます縮小する可能性が高い.III現状と問題点3:無効時,再発時の対応DMEに対する硝子体手術の問題点として,硝子体手術を行うと,眼内における抗VEGF薬やトリアムシノロンのクリアランスが亢進し,治療効果の持続期間が短縮することが指摘されている.現時点でヒト眼での報告はなく,動物実験レベルでは,硝子体手術によって薬剤の眼内滞留時間が短縮するという報告14,15)や,影響はないとする報告16,17)があり,一定の見解には至っていない.しかし実際には,抗VEGF薬による治療効果はみられ-700-600-500-400-300-200-100010020030040050060070050403020100-10-20-30-40-50視力変化[文字]中心窩網膜厚の変化[μm]図3DRCR.netstudyにおける硝子体術後の中心窩網膜厚(CRT)の変化と視力変化との関係CRTが減少し視力が改善した症例を青,CRTが減少したにもかかわらず視力が低下した症例を赤で示す.(文献8より改変)VEGFIL-6AGEsVEGFIL-6AGEs12345678図4びまん性糖尿病黄斑浮腫の病態1.硝子体黄斑牽引,2.硝子体内の炎症性サイトカインの蓄積,3.網膜内の炎症性サイトカインの蓄積,4.血管内皮細胞のバリアの破綻,5.膠質浸透圧の上昇,6.炎症細胞の網膜への浸潤,7.網膜色素上皮細胞のバリアの破綻,8.網膜色素上皮細胞の排水機能の低下.-700-600-500-400-300-200-100010020030040050060070050403020100-10-20-30-40-50視力変化[文字]中心窩網膜厚の変化[μm]図3DRCR.netstudyにおける硝子体術後の中心窩網膜厚(CRT)の変化と視力変化との関係CRTが減少し視力が改善した症例を青,CRTが減少したにもかかわらず視力が低下した症例を赤で示す.(文献8より改変)VEGFIL-6AGEsVEGFIL-6AGEs12345678図4びまん性糖尿病黄斑浮腫の病態1.硝子体黄斑牽引,2.硝子体内の炎症性サイトカインの蓄積,3.網膜内の炎症性サイトカインの蓄積,4.血管内皮細胞のバリアの破綻,5.膠質浸透圧の上昇,6.炎症細胞の網膜への浸潤,7.網膜色素上皮細胞のバリアの破綻,8.網膜色素上皮細胞の排水機能の低下. 表2糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体術後の長期経過における黄斑浮腫の変化著者硝子体術後の黄斑浮腫完全に消退部分的に残存残存Lewisetal.(10eyes)0%80%20%Harbouretal.(10eyes)50%20%30%Ikedaetal.(3eyes)100%0%0%Pendergastetal.(55eyes)81.8%12.7%5.5%Otanietal.(13eyes)31%61%8%Gandorferetal.(12eyes)100%0%LaHeijetal.(21eyes)100%0%0%Yamamotoetal.(30eyes)20%57%23%KalvodovaandZahlava(10eyes)0%100%0%OtaniandKishi(7eyes)0%100%0%TachiandOgino(58eyes)98%0%2%Ikedaetal.(5eyes)60%20%20%Yang(13eyes)0%100%0%(文献18より改変) 366あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015(56)5.網膜光凝固硝子体手術中に網膜光凝固を併施できることは,硝子体手術の大きな長所である.無灌流領域に光凝固を行うと,網膜の虚血が改善し網膜からのVEGFの産生が低下することによって黄斑浮腫の改善にプラスに働くと考えられる.また,硝子体術後に血管新生緑内障をきたす割合は約4%と報告されている25).そのため,術前にフルオレセイン蛍光眼底造影検査を行い,必要であれば網膜の最周辺部まで光凝固を行う.6.手術終了時硝子体手術の治療効果を促進することを目的として,手術終了時にトリアムシノロンの硝子体内もしくはTenon.下投与が行われることがある.しかし,手術終了時のトリアムシノロンの効果は一時的で,長期的には無効という報告もある26).ステロイドの徐放剤が使えるようになれば有効であるかもしれない.おわりに以上,DMEに対する硝子体手術に関する問題点と術式についてまとめた.今後,硝子体手術がDMEの治療選択肢として生き残っていくためには,次の点について技術革新が必要である.1)網膜内の病態を直接改善する術式の開発2)手術侵襲のさらなる軽減また,抗VEGF療法から硝子体手術に踏み切るタイミングや,硝子体手術後のDMEの再発への対応策を検討し,治療ガイドラインを策定することも必要であると考える.文献1)大越貴志子:糖尿病黄斑浮腫の治療選択.眼科55:813-823,20132)志村雅彦:糖尿病黄斑浮腫.眼科55:1525-1536,20133)大谷倫裕:糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術.眼科56:491-497,20144)山﨑舞,齋藤公子,佐藤浩章ほか:糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術.臨眼68:14-19,20145)志村雅彦:糖尿病黄斑浮腫の治療のコツ.臨眼68:425-431,20146)山切啓太:糖尿病黄斑浮腫の手術治療の進歩.あたらしいて,手術侵襲が軽減し安全性が向上した.これは,DMEの治療選択肢として硝子体手術が生き残るために大きなプラスとなる技術革新の一つであるといえる.現在は25ゲージシステムが主流であるが,27ゲージシステムの普及が進んでいる.b.広角観察システム後述のように,DMEに対する硝子体手術では,できるだけ硝子体を切除したほうが良いと考える.広角観察システムを用いることでより安全確実に,また短時間に硝子体切除が可能となる.2.水晶体超音波乳化吸引+眼内レンズ挿入50歳以上であれば原則として白内障手術を併施する.眼内レンズは光学径の大きなものを選択し,硝子体切除の前に挿入している.3.硝子体切除トリアムシノロンで硝子体を可視化し,後部硝子体.離を確実に起こす.DMEの硝子体中に存在する炎症性サイトカイン(インターロイキン-6,VEGF)を除去するため,また,酸素を多く含んだ房水を眼内に十分灌流するため,できるだけ硝子体を切除する23,24).4.内境界膜(ILM).離内境界膜(internallimitingmembrane:ILM).離を併施するかどうかについては意見の分かれるところである.ILMを.離すると,神経線維層の障害や網膜の菲薄化が懸念される.しかし,筆者の所属する施設では,1)硝子体皮質を確実に除去し黄斑牽引を完全に解除する,2)術後のERMの形成を防止する,という理由で原則的にILM.離を行っている.ILMはブリリアントブルーGで可視化し,ILM鑷子を用いて.離除去する.DMEでは,ILMが.離時に容易にちぎれるため,他の黄斑疾患に比べてILM.離がむずかしいことが多い.また,黄斑部の.胞に過剰な牽引がかかると,術後に黄斑円孔をきたすことがあるので,ILM鑷子を網膜面に平行に動かし慎重に.離することが重要である.術前のOCTで,硝子体腔側の.胞壁がきわめて薄くなっている場合は,黄斑部のILMを残存させても良い. 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糖尿病網膜症・黄斑浮腫の薬物治療(ステロイド眼局所,全身治療)

2015年3月31日 火曜日

特集●糖尿病網膜症2015年あたらしい眼科32(3):357.360,2015特集●糖尿病網膜症2015年あたらしい眼科32(3):357.360,2015糖尿病網膜症・黄斑浮腫の薬物治療(ステロイド眼局所,全身治療)MedicinalTreatmentforDiabeticRetinopathyandDiabeticMacularEdema後藤早紀子*はじめに糖尿病網膜症は高血糖が持続することで生じる網膜血管傷害で,現在においても成人の視覚障害原因の第2位の疾患である.日本人2型糖尿病患者における網膜症発症頻度は38.3/1,000人・年であり,すでに網膜症を有している患者における網膜症進展頻度は21.1/1,000人/年と報告されている1).網膜症の発症,進展を抑制するには血糖コントロールが重要であることがこれまでの大規模研究結果から明らかとなっている.糖尿病患者がよりよい視力を生涯にわたり維持するという観点で考えると,眼科的治療の重要性はもちろんのこと,網膜症が進行する以前からの全身管理の必要性も大きい.本稿では眼科的治療の一つであるステロイド眼局所治療と,大規模研究で網膜症の発症,進行抑制に効果があると考えられている全身治療について述べる.Iステロイド眼局所治療現在のステロイド眼局所治療の対象は糖尿病黄斑浮腫である.ステロイドの一種であるトリアムシノロン眼局所投与は2002年にMartidisらが硝子体内注射により黄斑浮腫が改善することを報告して以来,一般的に行われるようになった2).糖尿病網膜症,黄斑浮腫には炎症性疾患の一面があることからステロイドが有効であると考えられている.投与方法としては硝子体内注射の他にわが国ではトリアムシノロンTenon.下注射も多く行われている.現在,わが国ではマキュエイドRの硝子体内注射が保険適用として認可されており,網膜厚減少および視力改善に有効である(図1).また,網膜症に対する治療である汎網膜光凝固術後に黄斑浮腫を発症することがあるため,光凝固術と併用してトリアムシノロンTenon.下注射を施行することもある.一方でステロイド眼局所投与は,効果が一時的であることが多いこと,白内障や眼圧上昇の副作用を生じるリスクがあることがデメリットである.ステロイドの効果をより長期にわたって継続させることを目的に,徐放性ステロイド薬の硝子体内投与が検討されている.FAME(FluocinoloneAcetonideforDiabeticMacularEdema)studyでは,硝子体内投与後にフルオシノロンアセトニドが0.2μg/日もしくは0.5μg/日の量で放出される薬剤の黄斑浮腫に対する効果について検討している3).偽投与群に比べ,徐放性ステロイド薬投与群では視力改善,網膜厚減少効果が得られ,追加投与や黄斑光凝固が必要となる割合も低かった.薬剤量の違いでは効果に差がなかったが副作用である白内障や緑内障の発症は高用量群で割合が高かった.この結果から欧米ではフルオシノロンアセトニドを0.2μg/日で徐放するものがILUVIENRとして認可されている.MEAD(MacularEdema:AssessmentofImplantableDexamethasoneinDiabetes)studyでは,デキサメタゾンの硝子体内徐放剤の効果について検討している4).デキサメタゾンインプラントが0.7mg群および*SakikoGoto:山形大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕後藤早紀子:〒990-9585山形市飯田西2-2-2山形大学医学部眼科学講座0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(47)357 ab図1糖尿病黄斑浮腫に対するトリアムシノロンアセトニド(マキュエイドR)硝子体内注射の効果a:投与前:中心窩に.胞様黄斑浮腫を認める.b:投与後3週:網膜厚が減少している. プラセボ群での比較を行った研究である10).網膜症が1段階進展した率はプラセボ群で23.5%だったのに対し,リシノプリル内服群では13.2%と頻度が低かった.2段階以上の網膜症進展もリシノプリル内服群で抑制したと報告している.DIRECT(DiabeticRetinopathyCandesartanTrial)は,アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)であるカンデサルタン投与の網膜症に及ぼす影響について検討した研究であり,網膜症を発症していない1型糖尿病患者を対象にしたDIRECT-Prevent1,網膜症を有する1型糖尿病患者を対象にしたDIRECT-Protect1,網膜症を有する2型糖尿病患者を対象にしたDIRECT-Protect2からなる11,12).Prevent1においてカンデサルタン内服群では網膜症の発症がプラセボ群に比べ18%抑制されたが,Protect1では網膜症進行の割合に両群間で有意差が認められなかった.Protect2では網膜症の退縮効果が認められた.3.脂質コントロールFIELD(FenofibrateInterventionandEventLoweringinDiabetes)は,2型糖尿病患者を対象にフェノフィブラート投与の心血管イベントや細小血管合併症への効RAS活性化ACE阻害薬,ARB果を検討した研究である13).研究期間中に光凝固治療が必要となった症例がフェノフィブラート群ではプラセボ群に比べ有意に少なかったことが示された.フェノフィブラートは脂質改善薬であるが,どのような機序で網膜症に作用したのかは本研究からは明らかではない.ACCORD-Eye(ActiontoControlCardiovascularRiskinDiabetes)は2型糖尿病患者において血糖や血圧の厳格管理や脂質改善薬の投与などの集学的治療が網膜症に与える影響について検討した研究である14).シンバスタチン単独投与の従来療法群と,シンバスタチンおよびフェノフィブラートを併用した強化療法群で比較すると,強化療法群で網膜症の進展が有意に抑制されたことが報告されている.4.その他PKC(proteinkinaseC)bの特異的阻害薬であるLY333531(ルボキシスタウリン)の大規模試験が行われ,網膜症に対する効果が検討されている15).ルボキシスタウリン投与群ではコントロール群に比較して前増殖糖尿病網膜症を有する患者において視力低下,黄斑光凝固術に移行する割合を有意に減少させており,とくに黄斑浮腫に効果があることが報告された.AGEs蓄積酸化ストレスPKCb活性化血管障害サイトカインの発現亢進(VEGF,IL-6など)LY333531高血糖血糖コントロールRAS:レニンーアンジオテンシン系ACE:アンジオテンシン転換酵素ARB:アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬PKC:プロテインキナーゼCAGEs:終末糖化産物VEGF:血管内皮増殖因子図2糖尿病が引き起こす代謝異常における大規模研究で効果があるとされた薬剤の作用部位(49)あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015359 360あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015(50)diabeticmacularedemausingsteroideyedrops.ActaOphthalmol90:628-632,20126)TheDiabetesControlandComplicationTrialresearchgroup:Theeffectofintensivetreatmentofdiabetesonthedevelopmentandprogressionoflong-termcomplica-tionsininsulin-developmentdiabetesmellitus.NEnglJMed329:977-986,19937)WhiteNH,SunW,ClearyPAetal:Prolongedeffectofintensivetherapyontheriskofretinopathycomplicationsinpatientswithtype1diabetesmellitus:10yearsaftertheDiabetesControlandComplicationsTrial.ArchOph-thalmol126:1707-1715,20088)OhkuboY,KishikawaH,ArakiEetal:Intensiveinsulintherapypreventstheprogressionofdiabeticmicrovascu-larcomplicationsinJapanesepatientswithnon-insulin-dependentdiabetesmellitus:arandomizedprospective6-yearstudy.DiabetesResClinPract28:103-117,19959)UKProspectiveDiabetesStudy(UKPDS)Group:Tightbloodpressurecontrolandriskofmicrovascularandmicrovascularcomplicationsintype2diabetes:UKPDS38.BMJ317:703-713,199810)ChauturvediN,SjolieAK,StephensonJMetal:Effectoflisinoprilonprogressionofretinopathyinnormotensivepeoplewithtype1diabetes.TheEUCLIDStudyGroup.EURODIABControlledTrialofLisinoprilinInslin-Depen-dentDiabetesMellitus.Lancet351:28-31,199811)ChaturvediN,SjolieAK,StephensonJMetal:DIRECTProgrammeStudyGroup.Effectofcandesartanonpre-vention(DIRECT-Prevent1)andprogression(DIRECT-Protect1)ofretinopathyintype1diabetes:randomized,placebo-controlledtrials.Lancet372:1394-1402,200812)SjolieAK,KleinR,PortaMetal:DIRECTProgrammeStudyGroup.Effectofcandesartanonprogressionandregressionofretinopathyintype2diabetes(DIRECT-Pro-tect2):arandomizedplacebo-controlledtrial.Lancet372:1385-1393,200813)KeechAC,MitchellP,SummanenPAetal:fortheFIELDstudyinvestigators.Effectoffenofibrateontheneedforlasertreatmentfordiabeticretinopathy(FIELDstudy):arandomisedcontrolledtrial.Lancet370:1687-1697,200714)TheACCORDStudyGroupandACCORDEyeStudyGroup:Effectsofmedicaltherapiesonretinopathypro-gressionintype2diabetes.NEnglJMed363:233-244,201015)AielloLP,VingnatiL,SheetzMJetal:Oralproteinkinasecbinhibitionusingruboxistaurin:efficacy,safety,andcausesofvisionlossamong813patients(1,392eyes)withdiabeticretinopathyintheProteinKinaseCbInhib-itor-DiabeticRetinopathyStudyandtheProteinKinaseCbInhibitor-DiabeticRetinopathyStudy2.Retina31:2084-2094,2011これまで述べた各薬剤の作用部位について図2に示す.おわりにステロイド眼局所治療は糖尿病黄斑浮腫に対する眼局所薬物治療として10年以上,臨床の現場で用いられている.糖尿病黄斑浮腫は一つの治療法や単回の治療で長期にわたる効果を得ることがむずかしいため,他の治療法と組み合わせてより患者への負担が少ない治療システムを考えていく必要がある.白内障進行や眼圧上昇のリスクがあるため症例を選択する必要はあるが,徐放性の薬剤や点眼薬など新しい投与経路が開発されており,効果が期待される.血糖コントロール,血圧コントロールなどにより,糖尿病患者における全身状態を正常に近い状態で保つことが合併症予防に有効であることは大規模研究結果からも日常臨床経過からも明らかである.しかし,現時点では確実に網膜症の発症,進行を抑制できる内服薬は存在していない.糖尿病患者が長期にわたってより良好な視力を維持するためには,眼科治療が必要になる前の段階での網膜症進行抑制,さらに発症予防が可能となればその効果は大きいといえる.今後の研究結果が待たれる.謝辞:本稿は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けた.文献1)KawasakiR,TanakaS,TanakaSetal:IncidenceandprogressionofdiabeticretinopathyinJapaneseadultswithtype2diabetes:8yearfollow-upstudyoftheJapanDiabetesComplicationsStudy(JDCS).Diabetologia54:2288-2294,20112)MartidisA,DukerJS,GreenbergPBetal:Intravitrealtriamcinoloneforrefractorydiabeticmacularedema.Oph-thalmology109:920-927,20023)TheFAMEStudyGroup:Sustaineddeliveryfluocinoloneacetonidevitreousimplantslong-termbenefitinpatientswithchronicdiabeticmacularedema.Ophthalmology121:1892-1903,20144)TheOzurdexMEADStudyGroup:Three-year,random-ized,sham-controlledtrialofdexamethasoneintravitrealimplantinpatientswithdiabeticmacularedema.Ophthal-mology121:1904-1914,20145)GotoSN,YamamotoT,KiriiEetal:Treatmentofdiffuse図2に示す.おわりにステロイド眼局所治療は糖尿病黄斑浮腫に対する眼局所薬物治療として10年以上,臨床の現場で用いられている.糖尿病黄斑浮腫は一つの治療法や単回の治療で長期にわたる効果を得ることがむずかしいため,他の治療法と組み合わせてより患者への負担が少ない治療システムを考えていく必要がある.白内障進行や眼圧上昇のリスクがあるため症例を選択する必要はあるが,徐放性の薬剤や点眼薬など新しい投与経路が開発されており,効果が期待される.血糖コントロール,血圧コントロールなどにより,糖尿病患者における全身状態を正常に近い状態で保つことが合併症予防に有効であることは大規模研究結果からも日常臨床経過からも明らかである.しかし,現時点では確実に網膜症の発症,進行を抑制できる内服薬は存在していない.糖尿病患者が長期にわたってより良好な視力を維持するためには,眼科治療が必要になる前の段階での網膜症進行抑制,さらに発症予防が可能となればその効果は大きいといえる.今後の研究結果が待たれる.謝辞:本稿は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けた.文献1)KawasakiR,TanakaS,TanakaSetal:IncidenceandprogressionofdiabeticretinopathyinJapaneseadultswithtype2diabetes:8yearfollow-upstudyoftheJapanDiabetesComplicationsStudy(JDCS).Diabetologia54:2288-2294,20112)MartidisA,DukerJS,GreenbergPBetal:Intravitrealtriamcinoloneforrefractorydiabeticmacularedema.Ophthalmology109:920-927,20023)TheFAMEStudyGroup:Sustaineddeliveryfluocinoloneacetonidevitreousimplantslong-termbenefitinpatientswithchronicdiabeticmacularedema.Ophthalmology121:1892-1903,20144)TheOzurdexMEADStudyGroup:Three-year,randomized,sham-controlledtrialofdexamethasoneintravitrealimplantinpatientswithdiabeticmacularedema.Ophthalmology121:1904-1914,20145)GotoSN,YamamotoT,KiriiEetal:Treatmentofdiffuse360あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015diabeticmacularedemausingsteroideyedrops.ActaOphthalmol90:628-632,20126)TheDiabetesControlandComplicationTrialresearchgroup:Theeffectofintensivetreatmentofdiabetesonthedevelopmentandprogressionoflong-termcomplicationsininsulin-developmentdiabetesmellitus.NEnglJMed329:977-986,19937)WhiteNH,SunW,ClearyPAetal:Prolongedeffectofintensivetherapyontheriskofretinopathycomplicationsinpatientswithtype1diabetesmellitus:10yearsaftertheDiabetesControlandComplicationsTrial.ArchOphthalmol126:1707-1715,20088)OhkuboY,KishikawaH,ArakiEetal:IntensiveinsulintherapypreventstheprogressionofdiabeticmicrovascularcomplicationsinJapanesepatientswithnon-insulindependentdiabetesmellitus:arandomizedprospective6-yearstudy.DiabetesResClinPract28:103-117,19959)UKProspectiveDiabetesStudy(UKPDS)Group:Tightbloodpressurecontrolandriskofmicrovascularandmicrovascularcomplicationsintype2diabetes:UKPDS38.BMJ317:703-713,199810)ChauturvediN,SjolieAK,StephensonJMetal:Effectoflisinoprilonprogressionofretinopathyinnormotensivepeoplewithtype1diabetes.TheEUCLIDStudyGroup.EURODIABControlledTrialofLisinoprilinInslin-DependentDiabetesMellitus.Lancet351:28-31,199811)ChaturvediN,SjolieAK,StephensonJMetal:DIRECTProgrammeStudyGroup.Effectofcandesartanonpre-vention(DIRECT-Prevent1)andprogression(DIRECT-Protect1)ofretinopathyintype1diabetes:randomized,placebo-controlledtrials.Lancet372:1394-1402,200812)SjolieAK,KleinR,PortaMetal:DIRECTProgrammeStudyGroup.Effectofcandesartanonprogressionandregressionofretinopathyintype2diabetes(DIRECT-Protect2):arandomizedplacebo-controlledtrial.Lancet372:1385-1393,200813)KeechAC,MitchellP,SummanenPAetal:fortheFIELDstudyinvestigators.Effectoffenofibrateontheneedforlasertreatmentfordiabeticretinopathy(FIELDstudy):arandomisedcontrolledtrial.Lancet370:16871697,200714)TheACCORDStudyGroupandACCORDEyeStudyGroup:Effectsofmedicaltherapiesonretinopathyprogressionintype2diabetes.NEnglJMed363:233-244,201015)AielloLP,VingnatiL,SheetzMJetal:Oralproteinkinasecbinhibitionusingruboxistaurin:efficacy,safety,andcausesofvisionlossamong813patients(1,392eyes)withdiabeticretinopathyintheProteinKinaseCbInhibitor-DiabeticRetinopathyStudyandtheProteinKinaseCbInhibitor-DiabeticRetinopathyStudy2.Retina31:2084-2094,2011(50)

糖尿病網膜症・黄斑浮腫の薬物治療(抗VEGF薬の効果)

2015年3月31日 火曜日

特集●糖尿病網膜症2015年あたらしい眼科32(3):349~356,2015特集●糖尿病網膜症2015年あたらしい眼科32(3):349~356,2015糖尿病網膜症・黄斑浮腫の薬物治療(抗VEGF薬の効果)Anti-VEGFforDiabeticRetinopathyandDiabeticMacularEdema野崎実穂*はじめに糖尿病網膜症や糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)の病態に,抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)が関与していることが明らかとなり,2014年にはわが国でも抗VEGF薬がDMEに適応となったことから,抗VEGF薬を使ったDME治療が主流となりつつある.さらに,DMEに対する抗VEGF薬大規模臨床試験の解析結果では,糖尿病網膜症の悪化を抑えることも報告されてきており,糖尿病網膜症=汎網膜光凝固術(panretinalphotocoagulation:PRP)という30年近い治療のスタンダードが今後大きく変わるかもしれない.一方で,実際の臨床の場で大規模臨床試験のようなプロトコールで抗VEGF薬治療ができるのか,さまざまな因子が関与する糖尿病網膜症やDMEの病態で,果たしてすべての症例が抗VEGF薬だけで治療が可能なのか,不明な点も多い.IVEGFと糖尿病網膜症・糖尿病黄斑浮腫VEGFは二量体からなる糖蛋白で,内皮細胞に特異的に作用する.VEGFのおもな作用は,血管新生と血管透過性亢進作用であり,糖尿病網膜症の病態との関連が早くから注目されていた.Aielloら1)が,活動性のある増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopathy:PDR)患者の硝子体内や前房水中でVEGFが増加していること,さらにPRP後にはVEGFの増加が有意に抑制されていることも報告し,治療によりVEGFの発現を減少させることができることが明らかになった.その後,DME症例の硝子体中のVEGFも増加していることが報告され2,3),浮腫とVEGFの関連も明らかとなった.しかし,DME症例では,硝子体中の炎症性サイトカインであるMCP-1やIL-6,IL-8は有意に上昇しているものの,VEGFは有意な増加がみられないという報告もあり,PDRに比べて,炎症の関与が多い可能性も示唆されている4).IIDMEに対する抗VEGF薬大規模臨床試験1.ラニビズマブラニビズマブはすでに多数の大規模前向き臨床試験が行われ,3年という比較的長期の経過も報告されており,DMEに対する治療効果が立証されている.ここではRISE/RIDE試験,RESTORE試験を紹介する.a.RISE.RIDE試験RISE/RIDE試験は,米国で行われた第III相大規模多施設二重盲検試験で,ラニビズマブ0.3mg(米国でDMEに対して承認されている容量)あるいは0.5mg毎月投与の効果をシャム注射と比較しており,3年目からシャム注射群にラニビズマブ0.5mg毎月投与を行っている5).3年間の経過報告では,ラニビズマブ投与群ではETDRS視力で11~12文字の改善が認められているが,3年目からラニビズマブ治療を開始した群では,4.5文字の改善にとどまっていた(図1)5).*MihoNozaki:名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学〔別刷請求先〕野崎実穂:〒467-8601愛知県名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(39)349 350あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015(40)に無作為に割り付け,1年の経過を追い,その後オープンラベルでさらに2年の経過が報告されている.ラニビズマブは初回3回毎月連続投与後,必要時(prorenata:PRN)投与,光凝固群では1年経過後からラニビズマブPRN投与が開始され,3群とも1年経過後から必要があれば光凝固治療も可とされた.b.RESTORE試験RESTORE試験は,ヨーロッパ主体に行われた第III相大規模臨床試験で,他の大規模試験よりも,比較的視力良好な症例(20/32)も含まれている点,光凝固との併用効果をみている点が異なる.ラニビズマブ0.5mg単独投与群,ラニビズマブ+光凝固群,光凝固群の3群図1RISE.RIDE試験ラニビズマブ0.3mgあるいは0.5mg毎月投与と,シャム注射の比較.シャム注射群も3年目からラニビズマブ0.5mg毎月投与開始されているが,視力改善はやや少ない.(文献5から改変)最高矯正視力の平均変化量(文字数)20151050-536343230282624222018161412108642012.011.72.5月Day712.411.24.5シャムシャム・0.5mgラニビズマブ0.3mgラニビズマブ0.5mg図2RESTORE試験ラニビズマブ0.5mgあるいはラニビズマブ0.5mg+光凝固と,光凝固の比較.光凝固群も2年目からラニビズマブ0.5mgのPRN投与が開始され,その後ゆっくりと視力が改善している(矢印).(文献6から改変)最高矯正視力の平均変化量(文字数)36343230282624222018月1614121086420121086420-2CorestudyExtensionstudy(Ranibizumab0.5mgPRN)+7.9+7.1+2.3+7.9+6.7+5.4+8.0+6.7+6.0CorestudyassesmentInterimanalysisFullanalysis/studycompletionPrior-ranibizumab0.5mg(n=83)Prior-ranibizumab0.5mg+laser(n=83)Prior-laser(n=74)図1RISE.RIDE試験ラニビズマブ0.3mgあるいは0.5mg毎月投与と,シャム注射の比較.シャム注射群も3年目からラニビズマブ0.5mg毎月投与開始されているが,視力改善はやや少ない.(文献5から改変)最高矯正視力の平均変化量(文字数)20151050-536343230282624222018161412108642012.011.72.5月Day712.411.24.5シャムシャム・0.5mgラニビズマブ0.3mgラニビズマブ0.5mg図2RESTORE試験ラニビズマブ0.5mgあるいはラニビズマブ0.5mg+光凝固と,光凝固の比較.光凝固群も2年目からラニビズマブ0.5mgのPRN投与が開始され,その後ゆっくりと視力が改善している(矢印).(文献6から改変)最高矯正視力の平均変化量(文字数)36343230282624222018月1614121086420121086420-2CorestudyExtensionstudy(Ranibizumab0.5mgPRN)+7.9+7.1+2.3+7.9+6.7+5.4+8.0+6.7+6.0CorestudyassesmentInterimanalysisFullanalysis/studycompletionPrior-ranibizumab0.5mg(n=83)Prior-ranibizumab0.5mg+laser(n=83)Prior-laser(n=74) あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015351(41)凝固の5群に割り付けた.アフリベルセプト投与群では,52週の時点で9.7~12文字の有意な視力改善が得られたが,光凝固群では1.3文字の視力低下がみられた7)(図3).また,2mg8週毎投与群の経過の解析で,初回3回連続投与後改善していた視力,網膜中心厚が16週に一時悪化,その後毎月投与群と比べて視力の改善傾向が弱かったことから,次の第III相試験では初回毎月連続5回投与後8週毎投与というプロトコールが採用され,さらにアフリベルセプトがDMEに承認された際も,導入期に5回毎月投与することが推奨されている.b.VIVID.VISTA試験アフリベルセプトの第III相無作為大規模試験のうち,日本,ヨーロッパ,オーストラリアで行われたVIVID試験と,米国で行われたVISTA試験の1年間の経過が報告されている8).VIVID/VISTA試験は,患者を無作為に,光凝固単独群,アフリベルセプト2mg毎月投与群,アフリベルセプト2mg8週毎投与(初回5回毎月投与後)の3群に割り付けた.10文字以上の改善(少数視力で2段階以上)がみられた患者の割合が,光凝固群では25.8%であったのに対し,アフリベルセプト投与群では50%以上と有意に多く,15文字以上の改善(少数視力で3段階以上)がみられた患者の割合も,光凝固3年の結果では,ラニビズマブ単独投与で8.0文字,ラニビズマブ+光凝固群で6.7文字,2年目からラニビズマブPRN投与を開始した光凝固群でも,6.0文字の改善が得られた(図2)6).注射回数は3年間でラニビズマブ単独投与群14.2回,光凝固併用で13.8回と差はみられなかった6).注射回数は1年目と比べ,2年目,3年目と徐々に減少する傾向があり,ラニビズマブ単独投与群で1年目平均7.4回,2年目平均3.9回,3年目平均2.9回であった6).一方,2年目からラニビズマブ投与を開始した光凝固群は,初回3回連続投与の導入期はなく,PRN治療が行われているが,2年目の投与回数平均4.1回,3年目の投与回数平均2.4回で,初回からラニビズマブ治療をされていた群に,徐々に改善文字数が近づいており,DMEに関して導入期治療は不要かもしれないことが示唆される.2.アフリベルセプトa.DAVINCI試験DAVINCI試験は,北米とオーストリアで行われた第II相二重盲検多施設無作為試験で,①アフリベルセプト0.5mg毎月投与,②アフリベルセプト2mg毎月投与,③アフリベルセプト2mg8週毎投与(3回毎月投与後),④アフリベルセプト2mgPRN(3回毎月投与後),⑤光最高矯正視力の平均変化量(文字数)週14121086420-252484440363228242016128400.5q4*2q4*2q8*2PRN*Laser図3DAVINCI試験アフリベルセプト2mg8週毎投与群では,3回毎月連続投与後,16週に視力が低下し(矢印),2mg毎月投与群,2mgPRN投与群と比べて視力の改善がやや不良であった.この結果を受け,投与法として導入期は5回の毎月投与が推奨されている.(文献7から改変)最高矯正視力の平均変化量(文字数)週14121086420-252484440363228242016128400.5q4*2q4*2q8*2PRN*Laser図3DAVINCI試験アフリベルセプト2mg8週毎投与群では,3回毎月連続投与後,16週に視力が低下し(矢印),2mg毎月投与群,2mgPRN投与群と比べて視力の改善がやや不良であった.この結果を受け,投与法として導入期は5回の毎月投与が推奨されている.(文献7から改変) 352あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015(42)ている10)(図5).さらに漿液性網膜.離タイプではCMEタイプ,スポンジ状網膜膨化タイプと比べて,炎症性サイトカインのひとつであるIL-6が硝子体内に有意に多く存在していることから11),漿液性網膜.離タイプには抗VEGF薬よりもステロイド治療が有用な可能性が示唆されている.IVDMEに対する抗VEGF薬と光凝固併用の意義DMEに対する治療は,抗VEGF薬登場以前の第一選択治療は,ETDRS光凝固であった.抗VEGF薬のDMEに対する大規模臨床試験では,抗VEGF薬が光凝固治療より有効であることが証明されたが,光凝固と抗VEGF薬を併用するメリットは明らかにはなっていない.一方最近,次世代の網膜光凝固装置がいくつか登場しており,ナビゲーション機能搭載網膜光凝固装置NavilasR(OD-OS社)が注目されている.造影結果を元に,光凝固を照射する毛細血管瘤をマーキングでき,トラッキング機能もあるため,確実に毛細血管瘤を照射することが可能である(図6).ラニビズマブ単独治療群(32例)と,ラニビズマブ(初回3回毎月投与)+NavilasR光凝固群(34例)とを比較した1年の結果では,改善した文字数に有意な差はみられなかったものの,NavilasR光凝固併用群では3回の導入投与後に必要なラニビズマブ投与回数は平均0.88回であったのに対し,ラニビズマブ単独群では3.88回と有意に回数が多かった12).この結果から,的確に毛細血管瘤を照射することにより,抗VEGF薬の治療回数を減らすことが期待され,さらなる長期成績が待たれる.また,最近,超広角走査レーザー検眼鏡2000Tx(Optos社)の登場により,周辺部の網膜虚血が詳細に把握できるようになっている.周辺部網膜無灌流がある場合,DMEのリスクが有意に高いという報告もあり13),周辺部の網膜虚血が内因性VEGF増加の一因となり,DMEの病態にも関与している可能性が考えられる.Takamuraらは,DME症例を抗VEGF薬(ベバシズマブ)硝子体単独投与群と,蛍光眼底造影で認めた虚血網膜に対して選択的レーザー光凝固(targetedretinalphotocoagulation:TRP)を併用した群に無作為に割り付け,6群では9.1%であったのに対し,アフリベルセプト投与群では30%以上と有意に多かった8).III光干渉断層計による分類別の抗VEGF薬の効果DMEは光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)所見にもとづいて,.胞様黄斑浮腫(cystoidmacularedema:CME)タイプ,スポンジ状網膜膨化タイプ,漿液性網膜.離タイプの3つに分類することができる9)(図4).Shimuraらは,OCTによるDMEタイプ別にベバシズマブの効果を検討し,スポンジ状網膜膨化タイプとCMEタイプのほうが,漿液性網膜.離タイプよりも抗VEGF薬治療によく反応すると報告しABC図4OCTに基づいたDMEの分類A:CMEタイプ,B:スポンジ状網膜膨化タイプ,C:漿液性網膜.離タイプ.実際にはいくつかのタイプが混在している場合も多く,スポンジ状網膜膨化タイプ(B)にも一部漿液性網膜.離が認められる(*).Cは抗VEGF薬が効きにくい.ABC図4OCTに基づいたDMEの分類A:CMEタイプ,B:スポンジ状網膜膨化タイプ,C:漿液性網膜.離タイプ.実際にはいくつかのタイプが混在している場合も多く,スポンジ状網膜膨化タイプ(B)にも一部漿液性網膜.離が認められる(*).Cは抗VEGF薬が効きにくい. あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015353(43)図5ラニビズマブで治療したDMEの1例74歳,男性.A:左眼視力(0.3).網膜中心厚530μm.CMEとスポンジ状網膜膨化が混在しており,網膜前膜を認める.B:ラニビズマブ硝子体注射2カ月後.左眼視力(0.9).網膜中心厚324μm.浮腫は消失している.AB図6ナビゲーション機能搭載網膜光凝固装置NavilasRA:眼底カメラと網膜光凝固が一体となっており,細隙灯顕微鏡で眼底をみながら凝固する従来の光凝固装置とは異なり,カメラで眼底をモニタリングしながら,凝固を行う.B:他の機種で撮影した造影結果をナビラスに取り込み,凝固する毛細血管瘤をマーキングする.トラッキング機能もあるため,正確な凝固が可能である.AB図5ラニビズマブで治療したDMEの1例74歳,男性.A:左眼視力(0.3).網膜中心厚530μm.CMEとスポンジ状網膜膨化が混在しており,網膜前膜を認める.B:ラニビズマブ硝子体注射2カ月後.左眼視力(0.9).網膜中心厚324μm.浮腫は消失している.AB図6ナビゲーション機能搭載網膜光凝固装置NavilasRA:眼底カメラと網膜光凝固が一体となっており,細隙灯顕微鏡で眼底をみながら凝固する従来の光凝固装置とは異なり,カメラで眼底をモニタリングしながら,凝固を行う.B:他の機種で撮影した造影結果をナビラスに取り込み,凝固する毛細血管瘤をマーキングする.トラッキング機能もあるため,正確な凝固が可能である.AB 354あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015(44)RISE/RIDE試験の蛍光眼底造影結果の解析では,ラニビズマブ毎月投与群もシャム注射群も徐々に網膜無灌流領域が増加していたが,その増加スピードはシャム注射群で有意に高かった18).しかし,ラニビズマブ毎月投与でも,無灌流領域の増加を止めることはできず,毛細血管閉塞にはVEGFだけでなく他の要因も関与していることが示唆された.VII副作用糖尿病患者は心血管疾患を合併している場合も多いため,抗VEGF薬投与には慎重さが必要である.ラニビズマブもアフリベルセプトも,DMEに対する大規模多施設無作為試験において,全身の重篤な合併症の頻度は光凝固群と同等であり,心血管合併症や動脈塞栓系の合併症の頻度も低かった.しかし,大規模臨床試験では,もともと高血圧や梗塞の既往といった全身合併症のリスクの高い症例は除外されているため,実際の臨床では加齢黄斑変性同様,注意が必要であろう.VIII今後予定されている臨床試験DRCR.netが,DMEに対するベバシズマブ,ラニビズマブ,アフリベルセプトの効果を比較検討した研究(プロトコールT)を行い,その結果がもうすぐ報告される予定である.また,主な大規模臨床試験の対象DME症例は,視力0.05以上0.5以下という基準が多く,視力が比較的良好な症例は含まれていなかった.そこでDRCR.netは,視力が0.8以上と良好であるが中心窩に黄斑浮腫が存在する症例に対して,経過観察(悪化したらアフリベルセプト),すぐにアフリベルセプト治療開始,局所凝固治療(悪化したらアフリベルセプト治療)の3群にわけて,比較検討する研究(プロトコールV)も現在進めている.最終的に視力が悪化した割合を主要評価項目としているが,早期に治療を開始したほうが,結果的に抗VEGF薬注射回数は少なくすむのか,多くなるのかも,興味深い.また,糖尿病網膜症に関してもDRCR.netが,PDR症例を,すぐにPRP治療を開始する群とラニビズマブ0.5mgを硝子体注射し悪化の場合はPRPを後から行う群に分け,視力悪化の割合,視野の感度,黄斑浮腫の出現カ月の経過を追っている14).抗VEGF薬単独治療では6カ月の経過観察中に浮腫が再燃したが,抗VEGF薬とTRPを併用した群では浮腫の再燃が認められず,虚血領域と黄斑浮腫の再発の程度には有意な相関があり,虚血網膜への選択的レーザー光凝固により,浮腫の再燃や抗VEGF薬の投与回数減少が期待できるとしている14).実際の臨床の場では,大規模臨床試験のようなプロトコールで抗VEGF薬を投与し続けることは不可能であり,ナビラスR光凝固併用や,選択的レーザー光凝固併用というアプローチが,抗VEGF薬の投与回数を減らすためにも,非常に有用であると期待される.V硝子体手術眼と抗VEGF薬DME症例では,すでに硝子体手術が施行してある場合も多く,抗VEGF薬を使うか悩ましい.一般的に,硝子体手術眼では硝子体内に投与した薬剤のクリアランスが短くなる.ウサギで硝子体手術を行いラニビズマブを投与した研究では,半減期は短くなるという報告15),変わらないという報告16)があるが,サルで硝子体手術を行いベバシズマブ,ラニビズマブを投与した研究では,硝子体手術を施行した眼のほうが,やはり半減期が短くなっていた17).ヒトでも,おそらく硝子体手術眼では抗VEGF薬の半減期は短くなると考えられるため,無硝子体眼のDMEに対しては,ステロイド後部Tenon.下注射や,次世代の網膜光凝固など,抗VEGF薬ではないアプローチを考える必要があろう.VI糖尿病網膜症に対する抗VEGF薬DMEに対する抗VEGF薬の大規模臨床試験の解析で,糖尿病網膜症も抗VEGF薬により改善したと報告され,注目されている.RESTORE試験の3年間の結果では,ラニビズマブ単独群で14.8%,ラニビズマブ+光凝固群で28.3%,光凝固(+1年後からラニビズマブPRN)群で16.0%の症例でETDRS糖尿病網膜症重症度スコア3段階以上の改善がみられた6).VIVID/VISTA試験でも,1年間の経過でETDRS糖尿病網膜症重症度分類が2段階以上改善した患者の割合は,光凝固群では7.5%であったが,アフリベルセプト投与群では30%前後と有意に多い割合であった8). あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015355(45)する割合などを比較する臨床試験を行っている(プロトコールS).実際の臨床の場では,PDR患者が糖尿病腎症の悪化や糖尿病足病変(壊疽)の悪化などのため,急に外来に来なくなることもあり,本臨床試験の結果で,“抗VEGF薬治療を継続すれば,PDRにPRPは不要”というようなエビデンスが報告されても,PDRの実際の治療方針を大きく変えることになるのかどうかは不明である.おわりにDMEに対する抗VEGF治療は,多数の大規模臨床試験で長期にわたる治療効果が証明され,DME治療の第一選択となりつつある.しかし,浮腫再発のため,抗VEGF薬を繰り返し投与する必要があり,今後どのようにしたら少ない抗VEGF薬投与回数で最善の治療効果を得ることができるか,という治療戦略の確立が非常に重要であろう.文献1)AielloLP,AveryRL,ArriggPGetal:Vascularendothelialgrowthfactorinocularfluidofpatientswithdiabeticretinopathyandotherretinaldisorders.NEnglJMed331:1480-1487,19942)FunatsuH,YamashitaH,SakataKetal:Vitreouslevelsofvascularendothelialgrowthfactorandintercellularadhesionmolecule1arerelatedtodiabeticmacularedema.Ophthalmology112:806-816,20053)FunatsuH,NomaH,MimuraTetal:Associationofvitreousinflammatoryfactorswithdiabeticmacularedema.Ophthalmology116:73-79,20094)YoshimuraT,SonodaKH,SugaharaMetal:Comprehensiveanalysisofinflammatoryimmunemediatorsinvitreoretinaldiseases.PLoSOne4:e8158,20095)BrownDM,NguyenQD,MarcusDMetal:Long-termoutcomesofranibizumabtherapyfordiabeticmacularedema:the36-monthresultsfromtwophaseIIItrials:RISEandRIDE.Ophthalmology120:2013-2022,20136)Schmidt-ErfurthU,LangGE,HolzFGetal:Three-yearoutcomesofindividualizedranibizumabtreatmentinpatientswithdiabeticmacularedema:theRESTOREextensionstudy.Ophthalmology121:1045-1053,20147)DoDV,NguyenQD,BoyerDetal:One-yearoutcomesofthedaVinciStudyofVEGFTrap-Eyeineyeswithdiabeticmacularedema.Ophthalmology119:1658-1665,20128)KorobelnikJF,DoDV,Schmidt-ErfurthUetal:Intravitrealafliberceptfordiabeticmacularedema.Ophthalmology121:2247-2254,20149)OtaniT,KishiS,MaruyamaY:Patternsofdiabeticmacularedemawithopticalcoherencetomography.AmJOphthalmol127:688.693,199910)ShimuraM,YasudaK,YasudaMetal:Visualoutcomeafterintravitrealbevacizumabdependsontheopticalcoherencetomographicpatternsofpatientswithdiffusediabeticmacularedema.Retina33:740-747,201311)SonodaS,SakamotoT,YamashitaTetal:Retinalmorphologicchangesandconcentrationsofcytokinesineyeswithdiabeticmacularedema.Retina34:741-748,201412)LieglR,LangerJ,SeidenstickerFetal:Comparativeevaluationofcombinednavigatedlaserphotocoagulationandintravitrealranibizumabinthetreatmentofdiabetic■用語解説■ラニビズマブ(ルセンティスR)):VEGFアイソフォームすべてを阻害するモノクローナル抗体のFab断片のVEGFに対する親和性をさらに高めた薬剤.アフリベルセプト(アイリーアR):VEGF受容体1(VEGFR-1)と受容体2(VEGFR-2)の細胞外ドメインを融合させた蛋白VEGF-Aの他にPlGF(placentagrowthfactor),VEGF-Bとも結合するという特徴がある.ETDRS視力:糖尿病網膜症に対する臨床試験EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy(ETDRS)で用いられた視力検査表.特徴として,低視力が正確に測定できることがあげられ,視力測定の標準化,視力の経時的変化観察に優れているため,多くの臨床試験で汎用されている.5文字の変化が,ほぼ少数視力1段階の変化と同等である.ETDRS糖尿病網膜症重症度スコア分類:上述のETDRSで定められ,実際に使われた糖尿病網膜症の重症度をスコア化した分類.眼底7領域のカラー眼底写真に基づいて判定する糖尿病網膜症の重症度分類で,「網膜症なし」から「進展した増殖糖尿病網膜症」までの13段階に分類されている.3段階以上変化した場合,臨床的に明らかな改善あるいは悪化と判断される.蛍光眼底造影所見ではなくカラー眼底所見に基づく判定で,評価方法が煩雑なため,日常臨床では用いられていないが,客観的で標準化されているため,糖尿病網膜症の臨床試験では広く用いられている.DRCR.net:DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork(DRCR.net)は米国で設立された糖尿病網膜症,糖尿病黄斑浮腫といった糖尿病関連の眼疾患について多施設共同臨床試験を行うグループで,現在109の施設が登録されている.米国眼研究所(NEI)がサポートし,さまざまな臨床試験を行っている.■用語解説■ラニビズマブ(ルセンティスR)):VEGFアイソフォームすべてを阻害するモノクローナル抗体のFab断片のVEGFに対する親和性をさらに高めた薬剤.アフリベルセプト(アイリーアR):VEGF受容体1(VEGFR-1)と受容体2(VEGFR-2)の細胞外ドメインを融合させた蛋白VEGF-Aの他にPlGF(placentagrowthfactor),VEGF-Bとも結合するという特徴がある.ETDRS視力:糖尿病網膜症に対する臨床試験EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy(ETDRS)で用いられた視力検査表.特徴として,低視力が正確に測定できることがあげられ,視力測定の標準化,視力の経時的変化観察に優れているため,多くの臨床試験で汎用されている.5文字の変化が,ほぼ少数視力1段階の変化と同等である.ETDRS糖尿病網膜症重症度スコア分類:上述のETDRSで定められ,実際に使われた糖尿病網膜症の重症度をスコア化した分類.眼底7領域のカラー眼底写真に基づいて判定する糖尿病網膜症の重症度分類で,「網膜症なし」から「進展した増殖糖尿病網膜症」までの13段階に分類されている.3段階以上変化した場合,臨床的に明らかな改善あるいは悪化と判断される.蛍光眼底造影所見ではなくカラー眼底所見に基づく判定で,評価方法が煩雑なため,日常臨床では用いられていないが,客観的で標準化されているため,糖尿病網膜症の臨床試験では広く用いられている.DRCR.net:DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork(DRCR.net)は米国で設立された糖尿病網膜症,糖尿病黄斑浮腫といった糖尿病関連の眼疾患について多施設共同臨床試験を行うグループで,現在109の施設が登録されている.米国眼研究所(NEI)がサポートし,さまざまな臨床試験を行っている.

糖尿病治療と糖尿病合併症治療戦略

2015年3月31日 火曜日

特集●糖尿病網膜症2015年あたらしい眼科32(3):339.348,2015特集●糖尿病網膜症2015年あたらしい眼科32(3):339.348,2015糖尿病治療と糖尿病合併症治療戦略TreatmentStrategiesforDiabetesandDiabetes-RelatedComplications木下博之*荒木栄一*I病態に応じた糖尿病治療糖尿病治療の最終的な目標は,合併症の発症・進展を予防し,糖尿病患者の生命予後や生活の質(qualityoflife:QOL)を向上させることである.現在,わが国で使用できる経口糖尿病薬は,インスリン抵抗性改善系のビグアナイド薬,チアゾリジン薬,インスリン分泌促進系のスルホニル尿素薬(SU薬),速効型インスリン分泌促進薬(グリニド薬),DPP-4阻害薬,糖の吸収・排泄調節系のa-グルコシダーゼ阻害薬(a-GI),SGLT2阻害薬に分類される(図1).注射薬はインスリン製剤,GLP-1受容体作動薬の2つがある.実臨床では,糖尿病の病態だけでなく,糖尿病のコントロール状態,基礎疾患,合併症の程度,年齢,アドヒアランス,社会的背景,薬剤の価格などさまざまな点を考慮して薬剤を選択する必要がある1).1.経口糖尿病薬2型糖尿病の病態は,患者の遺伝的背景,生活習慣,糖尿病罹病期間,糖尿病治療歴などにより大きく異なる.しかし,いずれの病態においても生活習慣の是正を優先することが必須である.それでも糖代謝異常の改善が不十分な場合に,糖尿病の病態を踏まえたうえで,病態を標的とした経口糖尿病薬を選択することが推奨される.日本糖尿病学会編・著『糖尿病治療ガイド』による,現在上市されている経口糖尿病薬の病態に応じた使い分けの概略(図1,2),各内服薬の作用部位を示す(図3).a.ビグアナイド薬ビグアナイド薬の血糖低下作用の機序として,肝臓におけるインスリン抵抗性改善と糖新生の抑制がおもな作用と考えられている.また,骨格筋のブドウ糖取り込みや利用が増強することも報告されており,インスリン様作用,またはインスリン感受性増強作用を介して抗糖尿病作用を発揮すると考えられている.作用機序から,インスリン抵抗性を有する2型糖尿病症例によい適応であると考えられ,近年行われた臨床試験で肥満症例・非肥満症例いずれにおいても有効であることが示された.b.チアゾリジン誘導体肥満により肥大した脂肪細胞からはFFAやTNF-aが大量に産生・分泌され,骨格筋や肝臓でのインスリンシグナル伝達を阻害し,さらに,アディポネクチンの分泌低下が起こることでインスリン抵抗性を惹起すると考えられている.チアゾリジン薬は,脂肪細胞から分泌されるアディポカイン分泌の正常化を介して,末梢組織でのインスリン感受性の改善や糖取り込みを促進することで血糖降下作用を発揮する.チアゾリジン薬は肥満やインスリン抵抗性を有する2型糖尿病患者が適応であり,わが国での市販後調査でも,BMIが増大するに従い血糖降下作用が増強することが報告されている.c.SU薬とグリニド薬膵b細胞に作用してインスリン分泌を促すことによ*HiroyukiKinoshita&*EiichiAraki:熊本大学医学部附属病院代謝・内分泌内科〔別刷請求先〕木下博之:〒860-8556熊本市本荘1-1-1熊本大学医学部附属病院代謝・内分泌内科0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(29)339 ビグアナイド薬肝臓での糖新生の抑制チアゾリジン薬骨格筋・肝臓でのインスリン感受性の改善DPP-4阻害薬血糖依存性のインスリン分泌促進とグルカゴン分泌抑制スルホニル尿素薬(SU薬)インスリン分泌の促進速効型インスリン分泌促進薬:グリニド薬より速やかなインスリン分泌の促進・食後高血糖の改善a-グルコシダーゼ阻害薬(a-GI)炭水化物の吸収遅延・食後高血糖の改善SGLT2阻害薬腎での再吸収阻害による尿中ブドウ糖排泄促進インスリン抵抗性増大インスリン分泌能低下インスリン作用不足食後高血糖空腹時高血糖2型糖尿病の病態経口血糖降下薬種類機序主な作用インスリン抵抗性改善系インスリン分泌促進系糖の吸収・排泄調節系高血糖糖毒性ビグアナイド薬肝臓での糖新生の抑制チアゾリジン薬骨格筋・肝臓でのインスリン感受性の改善DPP-4阻害薬血糖依存性のインスリン分泌促進とグルカゴン分泌抑制スルホニル尿素薬(SU薬)インスリン分泌の促進速効型インスリン分泌促進薬:グリニド薬より速やかなインスリン分泌の促進・食後高血糖の改善a-グルコシダーゼ阻害薬(a-GI)炭水化物の吸収遅延・食後高血糖の改善SGLT2阻害薬腎での再吸収阻害による尿中ブドウ糖排泄促進インスリン抵抗性増大インスリン分泌能低下インスリン作用不足食後高血糖空腹時高血糖2型糖尿病の病態経口血糖降下薬種類機序主な作用インスリン抵抗性改善系インスリン分泌促進系糖の吸収・排泄調節系高血糖糖毒性図1病態に合わせた経口血糖降下薬の選択(文献1より引用・改変)り抗糖尿病効果を発揮する薬剤であり,SU薬と速効型インスリン分泌促進薬に分類される.インスリン分泌促進薬が膵b細胞のSU受容体(SUR1)に結合すると,グルコース濃度に関係なく,ATP依存性K+チャネル(KATP)が閉鎖し,細胞膜が脱分極する.これにより,電位依存性Ca2+チャネルが開口し,Ca2+が細胞内に流入すると,インスリン分泌顆粒の開口放出反応を引き起こし,血管内にインスリンが分泌される.一般的には,インスリン分泌の低下した2型糖尿病患者がよい適応となる.d.DPP.4阻害薬DPP-4阻害薬は,小腸粘膜に局在する細胞から栄養素の刺激によって分泌され,膵b細胞からのインスリン分泌を促進する活性型GLP-1の血中濃度を高め,血糖低下作用を発揮する.GLP-1の血糖降下作用は,血糖依存性のインスリン分泌促進作用と膵a細胞からのグルカゴン分泌抑制作用が主とされるが,その他にも肝340あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015臓での糖新生抑制や脂肪組織でのインスリン感受性の改善など多くの膵外作用が報告されている日本人2型糖尿病のインスリン分泌能は低下していることが多く,DPP-4阻害薬は血糖依存性にインスリン分泌を促し,日内血糖変動を改善させることが期待され,また単独では低血糖をきたしにくい特徴をもつため第一選択薬となりうる.e.a.グルコシダーゼ阻害薬でんぷんやショ(蔗)糖などの消化の最終段階では,オリゴ糖や二糖を単糖に分解する酵素を総称してaグルコシダーゼと呼ぶ.a-グルコシダーゼ阻害薬が小腸内でaグルコシダーゼ活性を阻害し,糖質の吸収を遅延させ食後の血糖上昇を抑制する.その作用機序から考えて食後高血糖を呈する糖尿病患者へ適応となる.また,1型糖尿病患者に対しても,インスリンとの併用により食後血糖上昇が抑制されることが報告されており,添付文書上で唯一使用が2型糖尿病に限定されていない(30) あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015341(31)SGLT2は腎臓においてグルコースの再吸収に関与している.通常約180gのグルコースが糸球体で濾過されるが,そのうち約90%が近位尿細管のSGLT2により,約10%が遠位尿細管のSGLT1により再吸収される.2型糖尿病患者では,SGLT2の発現が亢進しておりグルコースの再吸収が増加している.高血糖状態において経口糖尿病薬である.f.SGLT2阻害薬わが国では2014年4月に市場に登場した新規作用機序を有する薬剤である.SGLTは,濃度勾配に逆らってグルコースを輸送する輸送担体であり,SGLT1.SGLT6の6種類のアイソフォームがある.SGLT1と血糖コントロール目標は,患者の年齢や病態などを考慮して患者ごとに設定する.l図2インスリン非依存状態の治療(文献1より引用・改変)血糖コントロール目標は,患者の年齢や病態などを考慮して患者ごとに設定する.l図2インスリン非依存状態の治療(文献1より引用・改変) SGLT2阻害薬GlycogenStorageInsulin(I)I↑I↑SGLT2Fat消化管膵臓肝臓筋肉血管系吸収門脈インスリン分泌促進・血糖依存性のインスリン分泌促進・グルカゴン分泌抑制糖取り込み促進・糖取り込み促進・糖新生抑制ビグアナイド薬アディポサイトカインチアゾリジン薬a-グルコシダーゼ阻害薬炭水化物の吸収遅延DPP-4阻害薬尿糖の増加腎尿細管における糖再吸収阻害脂肪組織スルホニル尿素薬速効型インスリン分泌促進薬分泌の正常化図3経口糖尿病薬の主な標的臓器と作用機序SGLT2阻害薬はグルコース再吸収閾値を低下させ,グルコース排泄を促進させ血糖を低下させることで作用を発揮する.使用については2014年8月に「SGLT2阻害薬の適正使用に関するRecommendation」が公表されており,内容に鑑みて若年で合併症や併発症を有さない肥満2型糖尿病患者がよい適応であると考えられる.2.注射薬以上,経口血糖降下薬について述べてきたが,ここに示すインスリン製剤,GLP-1受容体作動薬も糖尿病治療薬として重要な位置を占めている.近年では,2型糖尿病患者において早い段階でインスリン治療を導入することで,膵b細胞保護効果を示すとされており,また,GLP-1受容体作動薬と基礎インスリンの併用も保険適用で認められ,さらなる治療の組み合わせが示されつつある.a.インスリン製剤現在,わが国では超速効型製剤,速効型製剤,中間型製剤,混合型製剤,持効型製剤が使用されており,さまざまな注射法が提示されている.ここではインスリン使用の適応について述べる.インスリン療法の絶対的適応は,①インスリン依存状態,②侵襲性の高い手術・重度外傷時,③妊娠合併例,④糖尿病昏睡,⑤重症感染症,⑥重度の肝機能・腎機能障害などである.インスリン依存状態とは1型糖尿病,および2型糖尿病であってもインスリン分泌が枯渇し容易にケトーシスに至る患者を含む.通常はインスリン依存状態の患者においては頻回注射による強化インスリン療法を行う.インスリン療法の相対的適応は,①インスリン非依存状態であっても著明な高血糖(空腹時250mg/dl以上,随時血糖350ml/dl以上)の場合,②経口薬で良好な血糖コントロールが得られない場合,③やせ型で栄養状態が低下している場合,④ステロイド治療時に高血糖を認める場合などである.いずれにおいても早い段階でインスリン治療を開始することにより速やかに状態の安定が見込めるためインスリン療法の導入が望ましい.342あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015(32) あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015343(33)2.慢性合併症長時間持続する高血糖・脂質異常を含む代謝障害と,高血圧などの血管障害因子によって起こる全身の血管を中心とした組織の変性・機能喪失である.全身のあらゆる臓器に起こり得るが,細小血管合併症である糖尿病網膜症,糖尿病腎症および糖尿病神経障害と,大血管合併症である冠動脈疾患,脳血管障害および末梢動脈疾患に分類され,さらに糖尿病足病変などもある.いずれの合併症も患者のQOLを著しく損ね,生命予後を脅かす.これら血管合併症の成因として高血糖が密接に関与しており,食事・運動量および薬物療法を行い,血糖コントロールを良好に保つことで進行を抑制することができる.a.糖尿病網膜症網膜症は長期間累積した高血糖に伴う代謝異常やサイトカインの発現異常により,血管壁構成細胞(内皮細胞,周皮細胞)や血液性状の変化をきたし,網膜細小血管が障害される疾患である.糖尿病網膜症は,①単純網膜症,②増殖前網膜症,③増殖網膜症に分類され,①では毛細血管瘤・斑状出血などを認める.②では網膜内の血管閉塞による虚血性変化を伴う血管異常(網膜内細小血管異常)を認める.③は虚血性変化による血管新生因子の放出により新生血管が出現する.各分類は血管透過性亢進,血管閉塞,血管新生の3つの主要病態に対応している.管理として①は血糖コントロール,高血圧の加療など内科的治療を行う.それにより②,③への進行を阻止または抑制することができる.②以降には眼科医を含めた治療が必須である.増殖前網膜症,早期の増殖網膜症の時点で,失明予防の観点から光凝固療法を行うことにより網膜症の進行を遅らせることができる.硝子体出血と網膜.離は硝子体手術で対応する.また,黄斑部浮腫は著しい視力低下をもたらすが,単純網膜症の時期にも起こりうるため注意が必要である.原則的には眼科医の定期診察が必要である.受診期間は以下が目安となる.・正常から単純網膜症の初期までは……..1回/年・単純網膜症の中期(斑状出血,少数の軟性白斑)以降は……………………..1回/3.6カ月b.GLP.1受容体作動薬GLP-1受容体作動薬は膵b細胞に作用してグルコース依存性のインスリン分泌症を増幅し,血糖降下作用をもたらす.また,グルコース依存性にグルカゴン抑制効果も認める.GLP-1受容体は脳,心臓,腎臓,消化管など広範囲に発現しており,広く膵外作用を有している.このうち,中枢神経系や消化管への作用で,食欲を抑制したり胃排泄を遅延させたりすることで,体重減少効果があり,これらの作用はGLP-1受容体作動薬の食後血糖改善効果の一端を担っていると考えられる.II糖尿病合併症の定義糖尿病合併症は,「糖尿病の病態に起因して発症する疾患,または糖尿病治療に起因して発症する疾患」と解釈され,大きく分けて,急性合併症,慢性合併症,治療による合併症に分類される.この章では急性合併症,慢性合併症について述べる.1.急性合併症急性合併症には糖尿病性ケトアシドーシス,高浸透圧高血糖症候群があり,その病態の根幹は高度のインスリン作用不足による高血糖と脱水である.糖尿病ケトアシドーシスは1型糖尿病の発症時,インスリン注射の中断や感染・外傷の併発が原因になり得る.高浸透圧高血糖症候群は高齢の2型糖尿病患者に多く,感染症・脳血管障害・外科手術・高カロリー輸液・利尿薬やステロイド薬服用などを契機に脱水をきたし発症する.いずれの疾患も初期治療は十分な輸液と電解質の補正およびインスリンの適切な投与である.体重より大まかな脱水の程度を推定し,生理食塩水(500.1,000ml/時)を開始する.同時にインスリン少量持続療法を0.1単位/kg静注後,0.1単位/kg体重/時の速度でポンプを用いて静脈内持続注入する.専門医のいる医療機関への移送はできるだけ速やかに行うのが望ましく,その際にはそれまでの輸液とインスリン治療の内容を紹介状に記載しておく. 344あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015(34)な管理,レニン-アンギオテンシン系の抑制と食事療法である.血糖コントロールの目標値はHbA1c7.0%未満とすることが推奨されている.近年発表されたADVANCE(ActioninDiabetesandVascularDis-ease:PreteraxandDiamicronModifiedReleaseCon-trolledEvaluation)試験では,さらに厳格に血糖をコントロールすることにより,腎症の発症・進展を抑制できる可能性が示されている.腎症の発症進展を予防するためには可能な限り厳格な血糖コントロールをめざすべきであるが,腎機能が高度に低下した患者では,インスリン使用量が減少し,低血糖をきたしやすくなるため注意が必要である.降圧の目標値は,後述するように130/80mmHg未満とするのが望ましいが,高齢者や他の血管合併症をもつ患者では,急激な血圧変化を避ける必要がある.腎症における降圧薬の第一選択はACE(アンジオテンシン変換酵素)阻害薬かARB(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)であり,全身の降圧作用以外に,輸出細動脈を拡張することにより糸球体内圧が低下し蛋白尿が減少する.脂質低下療法にはスタチンとフィブラート系薬が使用されるが,腎機能低下患者に使用する際には横紋筋融解症に対する十分な注意が必要であり,フィブラート系薬は腎不全患者,透析患者には慎重投与ないしは禁忌となる.食事療法の基本は蛋白質制限であり,1型糖尿病患者では,0.6g/kg/日の低蛋白食にすることで腎機能の低下を抑制できるとする研究結果が報告されている.2型糖尿病患者における蛋白制限食の有効性に関しては,短期間の研究しか報告されておらず,現在のところは有効なエビデンスが得られていない.厚生労働省糖尿病調査研究班による食事療法指導基準では,2期で1.0.1.2g/kg/日,3期で0.8.1.0g/kg/日を推奨している.c.糖尿病神経障害糖尿病神経障害の発症には,①末梢神経代謝異常と②神経栄養血管の変化による神経組織の血流低下や慢性的低酸素状態がかかわると考えられる.前者では,過剰の糖分が代謝されフルクトースやソルビトースが蓄積して神経線維を傷害するポリオール経路亢進説や,フリーラジカル,脂質代謝異常などが問題になっている.・増殖前網膜症以降は状態により….1回/1.2カ月血糖コントロールが網膜症の発症・進展を抑制することは,ウィスコンシン糖尿病網膜症疫学研究(WESDR)にて示された2).これは,米国で10年間の追跡を行った試験で,糖尿病発症時30歳未満(1型糖尿病に相当)と,30歳以上の患者(2型糖尿病に相当)を対象にHbA1c,眼底写真の網膜症の状態を評価した試験で,HbA1c上位1/4群は下位1/4群よりも網膜症の進展を認め,他のリスクを補正しても全グループで有意であった.また,UKPDS(UnitedKingdomProspectiveDiabetesStudy)3)の強化療法群,KumamotoStudyにおいてHbA1c6.9%未満の患者で,糖尿病網膜症進展が有意に抑制されたと報告されている.b.糖尿病腎症糖尿病腎症の成因として,高血糖に伴う細胞内代謝異常や,糸球体高血圧,糸球体過剰濾過などの機能的異常が生じ,その結果として細胞外基質の増加・蓄積,メサンギウム領域の増生,拡大などの器質的異常がもたらされると考えられている.その進展機序には複数の経路が想定されており,①グリケーション,②酸化ストレス,③ポリオール代謝異常,④proteinkinaseC(PKC)の活性化,⑤マクロファージの浸潤や細胞増殖因子,サイトカインの発現増強,⑥レニン-アンギオテンシン系の変化などが,単独あるいは相互に作用し腎臓に機能的および組織学的異常を惹起すると考えられる.糖尿病腎症は糖尿病が発症してから5.10年で発症し,糸球体濾過量(GER:eGFRで代用する)と尿中アルブミン排泄量(UAE)によって第1期.第5期に病期分類される.2013年の腎症合同委員会報告により腎症病期分類が下記のように改訂された4).1期:腎症前期eGFR30ml/分/1.73m2以上UAE30ml/分/1.73m2未満2期:早期腎症eGFR30ml/分/1.73m2以上UAE30.299ml/分/1.73m23期:顕性腎症eGFR30ml/分/1.73m2以上UAE300ml/分/1.73m2以上4期:腎不全期eGFR30ml/分/1.73m2未満5期:透析期透析療法中糖尿病腎症の治療の基本は,血糖・血圧・脂質の厳格 あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015345(35)二大病型として,1)四肢に対称性に生じる多発神経障害(diabeticpolyneuropathy:DPN)と,2).非対称性に生じる単神経障害(diabeticmononeuropathy:DMN)がある.1)多発神経障害(DPN)発症様式は,臨床的に下肢末端から症状が始まり,足の障害が手の障害より著しく強い.変性は緩徐に進行し,症状はほぼ左右均一である.進行期の主病理像は神経線維の著しい減少で,高度障害例では足首部より遠位の神経線維が失われる.2)単神経障害(BMN)単神経障害は末梢神経が急激かつ限局的に障害される病型で,障害神経ごとに異なる病状が生まれる.糖尿病性眼筋麻痺の発症率は糖尿病患者の数%程度と少ないものの急激な発症が特徴的である.眼窩周囲の鈍痛が先行する外眼筋神経麻痺がもっとも多いが,動眼神経麻痺でも多くの例で瞳孔機能が保持され,この点が圧迫性動眼神経麻痺との重要な鑑別点となる.発症当初は重篤でも,数カ月で軽快する比較的良性の障害が多い.糖尿病神経障害のなかでも皮膚の違和感,痛みを中心とした有痛性神経障害は患者のQOLを大きく損ない,症状のコントロールに苦慮することがある.選択的セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)であるデュロキセチン(サインバルタR)は日本の臨床試験において,有効性が明らかとなり神経障害性疼痛に対する適応が認められている.また,プレガバリン(リリカR)は,複数の第3相臨床試験で神経障害性疼痛に対する有効性と安全性が確認されており,多くの欧米諸国で糖尿病性神経障害に伴う疼痛に対する第一選択薬として用いられている.d.大血管合併症1)脳血管障害脳血管障害の病型はアテローム血栓性脳梗塞,ラクナ梗塞,心原性梗塞に分かれるが,いずれのタイプでも糖尿病が危険因子として注目されている.この中でも糖尿病がもっとも関係するのはアテローム血栓性脳梗塞である.世界各地で行われたコホート研究では,ばらつきはあるものの糖尿病によって脳梗塞のリスクが2.5倍上昇し,その関連は女性で強い傾向にあることがうかがえる.その一方で,近年では,糖尿病の既往がなくても脳卒中急性期患者の25%が高血糖状態あるいは耐糖能異常を呈するとの臨床報告がなされた.急性期の高血糖は梗塞巣拡大や転帰不良の危険因子と考えられているが,脳卒中ガイドラインでは急性期治療における血糖管理についての記載はない.急性期治療は超急性期とそれ以外の急性期に分かれるが,糖尿病はいずれの場合も関与している可能性がある.2)冠動脈疾患糖尿病は冠動脈疾患の独立した危険因子であり,冠動脈疾患は成人糖尿病の死亡の第一位を占め,非糖尿病患者の約3倍といわれている.糖尿病に合併した冠動脈疾患の特徴として,いくつかの事項があげられている.それらは,①無痛性の心筋梗塞が多い,②心筋梗塞急性期にはポンプ失調合併が多く死亡率が高い,③冠動脈疾患の長期予後が不良である,④無症候性心筋虚血が多い,⑤びまん性・末梢性冠動脈病変が多く,しばしば冠血行再建が困難である,などである.治療方針としては,安定した狭心症か急性冠症候群かを決定し,冠攣縮性狭心症の場合は薬物療法が選択される.急性冠症候群の場合は入院治療を原則とし,緊急あるいは待機的に冠動脈造影を行い,1枝病変なら薬物療法か冠動脈インターベンション(PCI),2枝病変ならPCIか冠動脈バイパス術,3枝病変・左主幹病変なら冠動脈バイパス術が選択される.III糖尿病合併症抑制のための糖尿病治療1.血糖管理の目標~熊本宣言2013日本糖尿病学会は,2013年6月1日より血糖コントロールの主要な目標値を「HbA1c(NGSP)7.0%未満」とすることを,熊本市で開催された第56回日本糖尿病学会年次学術集会で「熊本宣言2013」として発表した(図4).熊本宣言で示されたHbA1c7.0%未満の根拠として,KumamotoStudyにおいてHbA1c6.9%未満,空腹時血糖値110mg/dl未満,食後2時間血糖値180mg/dl未満では糖尿病網膜症,糖尿病腎症の増悪が抑制されたこと(図5)5),DCCT(DiabetesControlandComplica-1)多発神経障害(DPN)発症様式は,臨床的に下肢末端から症状が始まり,足の障害が手の障害より著しく強い.変性は緩徐に進行し,症状はほぼ左右均一である.進行期の主病理像は神経線維の著しい減少で,高度障害例では足首部より遠位の神経線維が失われる.2)単神経障害(BMN)単神経障害は末梢神経が急激かつ限局的に障害される病型で,障害神経ごとに異なる病状が生まれる.糖尿病性眼筋麻痺の発症率は糖尿病患者の数%程度と少ないものの急激な発症が特徴的である.眼窩周囲の鈍痛が先行する外眼筋神経麻痺がもっとも多いが,動眼神経麻痺でも多くの例で瞳孔機能が保持され,この点が圧迫性動眼神経麻痺との重要な鑑別点となる.発症当初は重篤でも,数カ月で軽快する比較的良性の障害が多い.糖尿病神経障害のなかでも皮膚の違和感,痛みを中心とした有痛性神経障害は患者のQOLを大きく損ない,症状のコントロールに苦慮することがある.選択的セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)であるデュロキセチン(サインバルタR)は日本の臨床試験において,有効性が明らかとなり神経障害性疼痛に対する適応が認められている.また,プレガバリン(リリカR)は,複数の第3相臨床試験で神経障害性疼痛に対する有効性と安全性が確認されており,多くの欧米諸国で糖尿病性神経障害に伴う疼痛に対する第一選択薬として用いられている.d.大血管合併症1)脳血管障害脳血管障害の病型はアテローム血栓性脳梗塞,ラクナ梗塞,心原性梗塞に分かれるが,いずれのタイプでも糖尿病が危険因子として注目されている.この中でも糖尿病がもっとも関係するのはアテローム血栓性脳梗塞である.世界各地で行われたコホート研究では,ばらつきはあるものの糖尿病によって脳梗塞のリスクが2.5倍上昇し,その関連は女性で強い傾向にあることがうかがえ(35)る.その一方で,近年では,糖尿病の既往がなくても脳卒中急性期患者の25%が高血糖状態あるいは耐糖能異常を呈するとの臨床報告がなされた.急性期の高血糖は梗塞巣拡大や転帰不良の危険因子と考えられているが,脳卒中ガイドラインでは急性期治療における血糖管理についての記載はない.急性期治療は超急性期とそれ以外の急性期に分かれるが,糖尿病はいずれの場合も関与している可能性がある.2)冠動脈疾患糖尿病は冠動脈疾患の独立した危険因子であり,冠動脈疾患は成人糖尿病の死亡の第一位を占め,非糖尿病患者の約3倍といわれている.糖尿病に合併した冠動脈疾患の特徴として,いくつかの事項があげられている.それらは,①無痛性の心筋梗塞が多い,②心筋梗塞急性期にはポンプ失調合併が多く死亡率が高い,③冠動脈疾患の長期予後が不良である,④無症候性心筋虚血が多い,⑤びまん性・末梢性冠動脈病変が多く,しばしば冠血行再建が困難である,などである.治療方針としては,安定した狭心症か急性冠症候群かを決定し,冠攣縮性狭心症の場合は薬物療法が選択される.急性冠症候群の場合は入院治療を原則とし,緊急あるいは待機的に冠動脈造影を行い,1枝病変なら薬物療法か冠動脈インターベンション(PCI),2枝病変ならPCIか冠動脈バイパス術,3枝病変・左主幹病変なら冠動脈バイパス術が選択される.III糖尿病合併症抑制のための糖尿病治療1.血糖管理の目標~熊本宣言2013日本糖尿病学会は,2013年6月1日より血糖コントロールの主要な目標値を「HbA1c(NGSP)7.0%未満」とすることを,熊本市で開催された第56回日本糖尿病学会年次学術集会で「熊本宣言2013」として発表した(図4).熊本宣言で示されたHbA1c7.0%未満の根拠として,KumamotoStudyにおいてHbA1c6.9%未満,空腹時血糖値110mg/dl未満,食後2時間血糖値180mg/dl未満では糖尿病網膜症,糖尿病腎症の増悪が抑制されたこと(図5)5),DCCT(DiabetesControlandComplicaあたらしい眼科Vol.32,No.3,2015345 コントロール目標値注4)目標血糖正常化を目指す際の目標注1)注2)注3)合併症予防のための目標治療強化が困難な際の目標HbA1c(%)6.0未満7.0未満8.0未満治療目標は年齢,罹病期間,臓器障害,低血糖の危険性,サポート体制などを考慮して個別に設定する.注1)適切な食事療法や運動療法だけで達成可能な場合,または薬物療法中でも低血糖などの副作用なく達成可能な場合の目標とする.注2)合併症予防の観点からHbA1cの目標値を7%未満とする.対応する血糖値としては,空腹時血糖値130mg/dl未満,食後2時間血糖値180mg/dl未満をおおよその目安とする.注3)低血糖などの副作用,その他の理由で治療の強化が難しい場合の目標とする.注4)いずれも成人に対しての目標値であり,また妊娠例は除くものとする.図4新しい血糖コントロール目標(熊本宣言2013)(文献1より引用・改変)コントロール目標値注4)目標血糖正常化を目指す際の目標注1)注2)注3)合併症予防のための目標治療強化が困難な際の目標HbA1c(%)6.0未満7.0未満8.0未満治療目標は年齢,罹病期間,臓器障害,低血糖の危険性,サポート体制などを考慮して個別に設定する.注1)適切な食事療法や運動療法だけで達成可能な場合,または薬物療法中でも低血糖などの副作用なく達成可能な場合の目標とする.注2)合併症予防の観点からHbA1cの目標値を7%未満とする.対応する血糖値としては,空腹時血糖値130mg/dl未満,食後2時間血糖値180mg/dl未満をおおよその目安とする.注3)低血糖などの副作用,その他の理由で治療の強化が難しい場合の目標とする.注4)いずれも成人に対しての目標値であり,また妊娠例は除くものとする.図4新しい血糖コントロール目標(熊本宣言2013)(文献1より引用・改変) あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015347(37)16141210864201614121086420(%)(%)網膜症腎症5678910115678910112001801601401201008020018016014012010080300260220180140300260220180140HbA1c(%)空腹時血糖値(mg/dl)食後2時間血糖値(mg/dl)HbA1c(%)空腹時血糖値(mg/dl)食後2時間血糖値(mg/dl)図5血糖コントロールと網膜症・腎症悪化率の関係(文献5より引用・改変)HbA1c6.9%(NGSP),空腹時血糖値110mg/dl,食後2時間血糖値180mg/dl未満では網膜症・腎症の悪化は認めなかった.RelativeriskHbA1c(%)051015206789101112網膜症の進行アルブミン尿への進行300mg/day症候性神経障害の発症マイクロアルブミン尿の出現40mg/day図6DCCT:血糖コントロール状態と糖尿病合併症悪化率の関係細小血管合併症は血糖値に依存して発症・進展する.HbA1cエビデンス・臨床的意味8.0虚弱高齢者や余命が5年以下と推定される高齢者の目標値(アメリカ老年病学会)7.0DCCT,Kumamotostudy,UKPDSなどで示された細小血管症抑制のエビデンスがある数値6.5空腹時血糖値126mg/dl,OGTT2時間値200mg/dlに相当し,網膜症の有意な増加が認められる数値(診断基準の指標のひとつ)6.0空腹時血糖値110mg/dlに相当する数値(OGTTが強く推奨されるカットオフ値)5.6空腹時血糖値100mg/dlに相当する数値(OGTTが推奨されるカットオフ値)(日本糖尿病学会編:科学的根拠に基づくガイドライン2013,p21-30より引用・改変)表1HbA1c値のエビデンスとその臨床的意味16141210864201614121086420(%)(%)網膜症腎症5678910115678910112001801601401201008020018016014012010080300260220180140300260220180140HbA1c(%)空腹時血糖値(mg/dl)食後2時間血糖値(mg/dl)HbA1c(%)空腹時血糖値(mg/dl)食後2時間血糖値(mg/dl)図5血糖コントロールと網膜症・腎症悪化率の関係(文献5より引用・改変)HbA1c6.9%(NGSP),空腹時血糖値110mg/dl,食後2時間血糖値180mg/dl未満では網膜症・腎症の悪化は認めなかった.RelativeriskHbA1c(%)051015206789101112網膜症の進行アルブミン尿への進行300mg/day症候性神経障害の発症マイクロアルブミン尿の出現40mg/day図6DCCT:血糖コントロール状態と糖尿病合併症悪化率の関係細小血管合併症は血糖値に依存して発症・進展する.HbA1cエビデンス・臨床的意味8.0虚弱高齢者や余命が5年以下と推定される高齢者の目標値(アメリカ老年病学会)7.0DCCT,Kumamotostudy,UKPDSなどで示された細小血管症抑制のエビデンスがある数値6.5空腹時血糖値126mg/dl,OGTT2時間値200mg/dlに相当し,網膜症の有意な増加が認められる数値(診断基準の指標のひとつ)6.0空腹時血糖値110mg/dlに相当する数値(OGTTが強く推奨されるカットオフ値)5.6空腹時血糖値100mg/dlに相当する数値(OGTTが推奨されるカットオフ値)(日本糖尿病学会編:科学的根拠に基づくガイドライン2013,p21-30より引用・改変)表1HbA1c値のエビデンスとその臨床的意味 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眼循環に着目した糖尿病網膜症・黄斑浮腫の病態と新規治療法開発の可能性

2015年3月31日 火曜日

特集●糖尿病網膜症2015年あたらしい眼科32(3):331.337,2015特集●糖尿病網膜症2015年あたらしい眼科32(3):331.337,2015眼循環に着目した糖尿病網膜症・黄斑浮腫の病態と新規治療法開発の可能性OcularBloodFlowinDiabeticRetinopathy長岡泰司*はじめに平成24年の厚生労働省による国民健康・栄養調査の結果によれば,「糖尿病が強く疑われる者」の割合は,男性15.2%,女性8.7%,「糖尿病の可能性を否定できない者」の割合は,男性12.1%,女性13.1%であった.これよりわが国では「糖尿病が強く疑われる者」は約950万人,「糖尿病の可能性を否定できない者」は約1,100万人と推計された.両者を合わせると約2,050万人であり,調査が開始された平成9(1997)年以降初め(万人)て減少に転じたものの,依然として高い水準にあり,この15年間でおよそ50%も増加している(図1).糖尿病の細小血管合併症のひとつである糖尿病網膜症は,未だわが国における成人の失明原因の主因であり,近年の外科的治療法の目覚ましい進歩にもかかわらず,年間3,000人もの糖尿病網膜症患者が失明に至るという事実は,眼局所での外科的治療法のみでは限界があることを示しており,より早期から糖尿病網膜症の病態を把握し,適切な介入を行い,視力障害を未然に防ぐための2,0001,5001,0005000H9H14H19H24H9H14H19H242,5001,3701,6202,2102,050H9H14H19H246907408909506808801,3201,100糖尿病が強く疑われる者糖尿病の可能性を糖尿病が強く疑われる者と否定できない者糖尿病の可能性を否定※平成24年のみ全国補正値.できない者図1糖尿病網膜症診療の現状糖尿病が強く疑われる者:HbA1>6.5%または医療機関で指摘.糖尿病が否定できない者:HbA1Cが6.0.6.5%.(厚生労働省ホームページ平成24年国民健康・栄養調査結果の概要より)*TaijiNagaoka:旭川医科大学眼科学講座〔別刷請求先〕長岡泰司:〒078-8510旭川市緑が丘東2条1-1-1旭川医科大学眼科学講座0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(21)331 332あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015(22)なく(中心窩無血管領域),主に脈絡膜循環に支配されており,黄斑機能には脈絡膜循環動態も大きな影響を及ぼすと考えられる.われわれ眼科医が日常診療で観察している網膜血管は,もっとも太い第一分枝でも血管径100~200μmであり,生理学的には細動脈・細静脈に分類される.細動脈は厚い平滑筋層を有しており別名抵抗血管といわれ,全身血圧を規定する因子である末梢血管抵抗の大部分を司る重要な「臓器」である.言い換えると,細動脈の血管緊張の程度により全身血圧は変動し,組織への血液供給が決定する.このため,この部位の調節機構は非常に重要である.網膜血管は,糖尿病網膜症や網膜動脈・静脈閉塞症,さらに網膜細動脈瘤など網膜疾患の病態の主座であるとともに,生体内で唯一非侵襲的に観察可能な細動脈であり,古くから動脈硬化の評価などにも用いられてきた.一方,末梢の毛細血管は,血液と周囲組織や細胞との間で物質交換が行われる重要な部位である.網膜毛細血管は無窓性毛細血管であり,血管内皮細胞はタイトジャンクション(tightjunction)で接着し,物質の能動輸送を行うことで,網膜組織内への物質移行を選択的に行っている.また,糖尿病状態では毛細血管レベルでの病変から異常が始まるとされているため,網膜大血管のみならず毛細血管レベルの循環動態を把握することは,糖尿病網膜症や黄斑浮腫の病態を考えるうえで重要であると考えられる.取り組みがわれわれ眼科医にも求められている.しかし,糖尿病網膜症に関しては,早期には血糖や血圧のコントロールといった内科的治療が中心であり,眼科医は多くの場合,視力に影響を及ぼすような重症化した状態から網膜光凝固や硝子体手術,さらにはステロイドや血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)阻害薬などによる眼局所薬物療法などを組み合わせて,糖尿病患者を視力障害から守るために治療を開始しているのが実情である.こういった現状を踏まえ,より早期から微細な網膜血管の異常を鋭敏に捉え,適切な介入を行い,網膜症・黄斑浮腫による視覚障害を未然に防ぐためにも,眼循環測定の重要性が広く認識されている.本稿では,糖尿病網膜症・黄斑浮腫における眼循環の評価法とこれまでに得られた知見を概説し,眼循環に着目した治療法開発の可能性について述べる.I糖尿病網膜症・黄斑浮腫の病態と眼循環1.眼循環の基礎知識(生理・解剖)解剖学的に網膜は内境界膜から網膜色素上皮細胞層まで10層で構成されているが,内層を網膜循環,外層を脈絡膜循環に支配されている.さらに網膜毛細血管は解剖学的に浅層・中間層・深層の3層構造をとっており,前述の通り糖尿病網膜症の初期病変は毛細血管レベルで引き起こされているため,糖尿病患者における網膜循環動態は3次元的に考える必要がある(図2).また,視力に重大な影響を及ぼす黄斑部(中心窩)には網膜血管が図2網膜の毛細血管網(4層構造)中間層~深層の毛細血管網は内顆粒層(INL)~外網状層(OPL)のあたりに位置する.RPC表層毛細血管網深層毛細血管網中層毛細血管網外層毛細血管網内境界膜外境界膜桿体錐体層網膜色素上皮神経線維層神経節細胞層内網状層外網状層内顆粒層外顆粒層脈絡膜循環網膜循環 図3周辺部無灌流領域に対する選択的光凝固超広角眼底カメラによる蛍光眼底造影で認められた周辺部無灌流領域に対して,選択的に光凝固を行うことにより,黄斑浮腫に対する薬物治療効果を向上させることができる.(文献1のFigure2より引用) 図4レーザースペックルフローグラフィLSFG-NAVIとして現在市販化されている.(文献4のFigure1より引用) を用いて中心窩の脈絡膜血流を測定したところ,網膜症のない患者や網膜症早期の患者では正常人よりも血流は低下しており,黄斑浮腫を伴う患者ではさらに低下していた9).中心窩脈絡膜血流障害が浮腫の原因か結果かは不明であるが,黄斑浮腫の成因に眼循環障害が関与している可能性が示唆された.現時点では糖尿病黄斑浮腫に対しては決定的な治療法が確立されておらず,今後は眼循環改善という観点からのアプローチによる新しい治療法の開発も期待される.3.糖尿病網膜症における眼循環に影響を与える因子それでは,どうして糖尿病患者の眼循環は網膜症早期から低下するのだろうか.これに関しては,糖尿病モデル動物を用いたジョスリン糖尿病研究所(JoslinDiabetesCenter)のグループから,一連の仕事として報告されている.それらをまとめると,高血糖の持続により,終末糖化産物(advancedglycationendproducts:AGE)が産生され,ジアシルグリセロール(diacylgycerol:DAG)-proteinkinaseC(PKC)の活性化を介して,網膜血管障害が引き起こされると考えられる10,11).糖尿病ラットでは,早期から網膜血流が低下するが,これにはエンドセリンの増加や酸化ストレスの亢進に加え,PKCbIIの特異的活性化が関与するとされる(図5).実際にこのPKCbの阻害薬が開発されており,臨床研究も行われ,糖尿病網膜症の抑制効果とともに網膜血流改善効果が報告されてはいるが12),現在のところ臨床応用には至っていない.筆者らも2型糖尿病患者では,AGEの一種と考えられるペントシジンの血中濃度が網膜血流に逆相関することを見いだしており13),AGEが血流低下に関与している可能性が示唆される.さらに善玉アディポカインの一種であるアディポネクチン濃度と網膜血流が2型糖尿病の男性患者において有意に相関しているという結果も得ており,生活習慣病を背景とした2型糖尿病においては高血糖以外の全身因子の影響を考える必要があると推測される.わが国のJapanDiabetesComplicationsStudy(JDCS)の結果から,2型糖尿病患者のうち微量アルブミン尿と網膜症が合併した患者では腎機能がより早期に高血糖DAG合成AGE蓄積酸化ストレス亢進PKC活性化網膜血管障害/毛細血管閉塞血管透過性亢進糖尿病黄斑浮腫網膜血流低下組織低酸素VEGF産生亢進血管新生増殖性変化視覚障害図5糖尿病網膜症における眼循環に影響を与える因子低下することから,網膜症は2型糖尿病の腎機能低下の危険因子であることが明らかとなった14).そこで筆者らは,この腎機能と網膜循環との関連に着目し,臨床研究を行った.網膜症を有さない,あるいは軽度の網膜症を有する2型糖尿病患者169名を対象として,LDVを用いて,網膜血管径・血流速度・血流量を測定した.さらに,血清クレアチニン値と年齢から算出される推定糸球体濾過量(estimatedglomerularfiltrationrate:eGFR)に基づき,慢性腎臓病(chronickidneydisease:CKD)分類を行って,腎機能を評価した.その結果,CKD分類ステージ3の糖尿病患者では,CKDを有さない糖尿病患者よりも網膜血管径と血流速度が有意に低値であった.これより,腎機能が低下した患者では網膜細動脈の収縮により網膜血流量が低下する可能性が示唆された15).腎血管における内皮機能障害がアルブミン尿やGFRの低下に関与すると考えると,微小血管障害が網膜症・腎症の発症早期の共通した危険因子であると考えられる.(25)あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015335 336あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015(26)以上,筆者らの基礎研究から得られた知見を概説した.もちろん基礎研究の結果に過ぎないが,今後,糖尿病網膜症・黄斑浮腫への適応拡大をめざした臨床研究での検証が期待される.おわりに日常臨床で広く用いられている内服薬の中で,網膜循環を改善させる作用を有する薬物が存在することが示された.一方,網膜血管にまったく変化をきたさない薬物も数多く存在する.筆者らの研究成果より,網膜循環改善に着目した内服薬の選択という,新しい網膜症治療戦略を開拓できる可能性が示唆された.今後の臨床研究において,この可能性について探っていきたい.文献1)TakamuraY,TomomatsuT,MatsumuraTetal:Theeffectofphotocoagulationinischemicareastopreventrecurrenceofdiabeticmacularedemaafterintravitrealbevacizumabinjection.InvestOphthalmolVisSci55:4741-4746,20142)YoshidaA,FekeGT,MoriFetal:Reproducibilityandclinicalapplicationofanewlydevelopedstabilizedretinallaserdopplerinstrument.AmJOphthalmol135:356361,20033)RivaCE,CranstounSD,GrunwaldJEetal:Choroidalbloodflowinthefovealregionofthehumanocularfundus.InvestOphthalmolVisSci35:4273-4281,19944)SugiyamaT,AraieM,RivaCEetal:Useoflaserspeckleflowgraphyinocularbloodflowresearch.ActaOphthalmol88:723-729,20105)ShigaY,AsanoT,KunikataHetal:Relativeflowvolume,anovelbloodflowindexinthehumanretinaderivedfromlaserspeckleflowgraphy.InvestOphthalmolVisSci55:3899-3904,20146)GrunwaldJE,RivaCE,SinclairSHetal:Laserdopplervelocimetrystudyofretinalcirculationindiabetesmellitus.ArchOphthalmol104:991-996,19867)FekeGT,BuzneySM,OgasawaraHetal:Retinalcirculatoryabnormalitiesintype1diabetes.InvestOphthalmolVisSci35:2968-2975,19948)NagaokaT,SatoE,TakahashiAetal:Impairedretinalcirculationinpatientswithtype2diabetesmellitus:retinallaserdopplervelocimetrystudy.InvestOphthalmolVisSci51:6729-6734,20109)NagaokaT,KitayaN,SugawaraRetal:Alterationofchoroidalcirculationinthefovealregioninpatientswithtype2diabetes.BrJOphthalmol88:1060-1063,2004IV眼循環に着目した新しい糖尿病網膜症・黄斑浮腫の治療法開発の試み上述の臨床研究の結果から,糖尿病網膜症の早期には網膜微小循環障害が引き起こされている可能性が示唆された.この微小循環障害を改善させることにより,糖尿病合併症の発症・進展を予防できるのであれば,微小循環改善に着目した新しい糖尿病細小血管合併症の治療法を開拓することができると筆者らは考えている.そこで,網膜循環を改善させる薬物の探索をめざし,ブタ摘出網膜動脈を用いたexvivo実験系を導入した16).この方法は,ブタ眼球から網膜血管を.離・摘出し,ガラスピペットの先端に網膜血管を結紮し,顕微鏡下で実際の血管の反応を直視下で観察することができる.筆者らの方法では,薬物による前収縮ではなく,生理的な血管内圧をかけることにより血管緊張を得た状態(基礎緊張)で実験を行うため,より生理的な条件に近い結果を得ることができる.次に筆者らは,この実験系を用いて網膜血管を拡張させる薬物の探索を行った.すぐに臨床に役立つ知見を得るため,内科領域ですでに用いられている薬物の中で,内服で網膜循環を改善させる薬物があれば,糖尿病網膜症はじめ眼科疾患への適応拡大が期待される.実際,これまでの筆者らの研究成果より,脂質異常症治療薬シンバスタチン16)やインスリン抵抗改善薬ピオグリタゾン17),さらには赤ワイン含有ポリフェノールのレスベラトロール18)などが網膜血管を拡張させることを報告した.さらに最近,FenofibrateIntervention&EventLoweringinDiabetes(FIELD)試験などで網膜症進行抑制作用が報告されたフェノフィブラートも,網膜血管拡張作用を有していることを見いだした19).このフェノフィブラートの網膜症抑制作用のメカニズムは未解明であるが,筆者らの研究成果より,網膜循環改善作用もその一因ではないかと考えている.さらに筆者らは最近,前述のアディポネクチンが実際に摘出網膜血管を拡張させること,網膜動脈血管内皮細胞にアディポネクチン受容体AdipoR1とR2が発現していることも確認しており20),今後,受容体作動薬が開発されれば,網膜循環改善作用を介した新しい糖尿病網膜症治療薬にもなりうると期待している.

糖尿病網膜症・黄斑浮腫の分子病態

2015年3月31日 火曜日

特集●糖尿病網膜症2015年あたらしい眼科32(3):327.330,2015特集●糖尿病網膜症2015年あたらしい眼科32(3):327.330,2015糖尿病網膜症・黄斑浮腫の分子病態MolecularMechanismsofDiabeticRetinopathyandDiabeticMacularEdema安藤亮*野田航介*はじめに糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)は,糖尿病患者における視力障害の主要な原因の一つである.本症は多彩な因子によって生じるmultifactorialdiseaseであり,各種検査によって推測される浮腫の成因に応じて光凝固,硝子体手術,ステロイド治療,抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)治療などが行われている.しかしながら,その病態の詳細はいまだ不明であり,適切な治療プロトコールを模索するためには,その病態メカニズムに対するより深い理解が不可欠である.本稿では,DMEの分子病態について,その病態に関与する分子群について概説する.IDMEと血液網膜関門中枢神経に血液脳関門(blood-brainbarrier:BBB)があるように,網膜には血液網膜関門(blood-retinalbarrier:BRB)があり,血管内から間質への物質の移動は厳格にコントロールされている.BRBには2種類あり,それぞれ網膜血管によって形成される内血液網膜関門(innerBRB:iBRB)と,網膜色素上皮細胞によって形成される外血液網膜関門(outerBRB:oBRB)とよばれている.iBRBは網膜血管内皮細胞およびその細胞同士の密接な接着により形成されており,さらにその周囲を取り巻いている周皮細胞やグリア細胞がiBRBの維持にかかわっている(図1).硝子体や黄斑前膜による物理的な黄斑部の牽引がDMEの形成に関与することはよく知られているが,黄斑浮腫とは黄斑部網膜の間質に血漿成分が貯留することであるため,BRBの破綻が主に関与することは明らかである.DMEの病態は主にiBRBの破綻であるとされ,それは網膜血管内皮細胞の透過性亢進や細胞死,周皮細胞の脱落,グリア細胞の機能障害などによって生じることが知られている.また,これらの病的変化のトリガーとしては高血糖や虚血,さらにはそれらの変化によって誘導されるさまざまなサイトカインの関与がある.II透過性亢進の機序網膜において血管腔から血管外に物質が移動するための経路は2つあると考えられている.すなわち,内皮細胞間経路(paracellularpathway)と,内皮細胞内経路(transcellularpathway)である(図1).Paracellularpathwayでは,正常時には細胞間接着(主にタイトジャンクション)によって物質の透過を防止しているが,病的な状態ではこの接着が弱くなり透過性が亢進する.Transcellularpathwayでは,本来厳格に制御されている細胞内輸送システムが血管外に向かう方向に亢進することで,その経路が成立するとされる.DMEにおいて網膜血管の透過性が亢進する分子メカニズムについては,以下のように考えられている.高血糖が持続すると終末糖化産物(advancedglycationendproduct:AGE)の産生や,ポリオール経路の活性,プ*RyoAndo&*KousukeNoda:北海道大学大学院医学研究科眼科学分野〔別刷請求先〕安藤亮:〒060-8638札幌市北区北15条西7丁目北海道大学大学院医学研究科眼科学分野0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(17)327 328あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015(18)を誘導する.この一連のカスケードが網膜血管内皮細胞を傷害することで機能障害に陥らせ,iBRBが破綻する(図2).とくにVEGFはかつて血管透過性因子(vascu-larpermeabilityfactor:VPF)とよばれていたことからもわかるように血管の透過性を亢進させる主要な因子であり,paracellularpathway1),transcellularpath-way2)の両者とも亢進し得るとされている.ロテインキナーゼC(proteinkinaseC:PKC)の活性が亢進し,活性酸素種(reactiveoxygenspecies:ROS)が産生される.これによって酸化ストレスが引き起こされ,血管内皮細胞を傷害し白血球接着を亢進させる.これが網膜微小循環における虚血と炎症を誘導し,虚血はさらなる酸化ストレスを誘導する.虚血と炎症によってさまざまな分子の発現が亢進し,それらがVEGF発現PEELG図1網膜血管の模式図緑矢印:paracellularpathway,水色矢印:transcellularpathway,E:血管内皮細胞,G:グリア細胞,L:血管腔,P:周皮細胞.網膜血管内皮細胞傷害,機能障害VEGFPKC活性化AGE産生高血糖ポリオール経路活性化虚血・炎症酸化ストレスBRB破綻図2糖尿病黄斑浮腫の病態メカニズムVEGFが主要な因子となっている.表1文中の略語AGEadvancedglycationendproduct終末糖化産物AngangiopoietinアンジオポイエチンBBBblood-brainbarrier血液脳関門BRBblood-retinalbarrier血液網膜関門DMEdiabeticmacularedema糖尿病黄斑浮腫iBRBinnerblood-retinalbarrier内血液網膜関門ICAMintercellularadhesionmolecule細胞接着分子ILinterleukinインターロイキンMCPmonocytechemoattractantprotein単球走化性蛋白質oBRBouterblood-retinalbarrier外血液網膜関門PKCproteinkinaseCプロテインキナーゼCPlGFplacentalgrowthfactor胎盤成長因子ROSreactiveoxygenspecies活性酸素種sVAPsolublevascularadhesionprotein可溶型血管接着蛋白質TGFtransforminggrowthfactorトランスフォーミング増殖因子TNFtumornecrosisfactor腫瘍壊死因子VEGFvascularendothelialgrowthfactor血管内皮増殖因子VEGFRvascularendothelialgrowthfactorreceptor血管内皮増殖因子受容体VPFvascularpermeabilityfactor血管透過性因子PEELG図1網膜血管の模式図緑矢印:paracellularpathway,水色矢印:transcellularpathway,E:血管内皮細胞,G:グリア細胞,L:血管腔,P:周皮細胞.網膜血管内皮細胞傷害,機能障害VEGFPKC活性化AGE産生高血糖ポリオール経路活性化虚血・炎症酸化ストレスBRB破綻図2糖尿病黄斑浮腫の病態メカニズムVEGFが主要な因子となっている.表1文中の略語AGEadvancedglycationendproduct終末糖化産物AngangiopoietinアンジオポイエチンBBBblood-brainbarrier血液脳関門BRBblood-retinalbarrier血液網膜関門DMEdiabeticmacularedema糖尿病黄斑浮腫iBRBinnerblood-retinalbarrier内血液網膜関門ICAMintercellularadhesionmolecule細胞接着分子ILinterleukinインターロイキンMCPmonocytechemoattractantprotein単球走化性蛋白質oBRBouterblood-retinalbarrier外血液網膜関門PKCproteinkinaseCプロテインキナーゼCPlGFplacentalgrowthfactor胎盤成長因子ROSreactiveoxygenspecies活性酸素種sVAPsolublevascularadhesionprotein可溶型血管接着蛋白質TGFtransforminggrowthfactorトランスフォーミング増殖因子TNFtumornecrosisfactor腫瘍壊死因子VEGFvascularendothelialgrowthfactor血管内皮増殖因子VEGFRvascularendothelialgrowthfactorreceptor血管内皮増殖因子受容体VPFvascularpermeabilityfactor血管透過性因子 DMEにおける虚血や炎症に関与する分子は非常に多いが,ヒト糖尿病網膜症の硝子体中で増加が報告されているものにはVEGF,monocytechemoattractantprotein(MCP)-1,interleukin(IL)-6,tumornecrosisfactor(TNF)-a,transforminggrowthfactor(TGF)-b,solublevascularadhesionprotein(sVAP)-13)などがある.糖尿病網膜症において,高血糖を誘因とした毛細血管構築の傷害は血管の閉塞につながり,その結果生じる虚血性変化はVEGFを介して,あるいは直接的に上記の分子群の発現を亢進させる.これらの分子は,炎症や酸化ストレスを増強させると同時に,VEGF発現とも関連がある.たとえば,単球走化因子MCP-1によって遊走した白血球はVEGFを産生し,それがさらなるMCP-1や白血球接着分子(intercellularadhesionmolecule:ICAM)-1の発現を増加させる.また,その白血球はIL-6,IL-8,TNF-aなどの炎症性サイトカインを放出し,血管透過性亢進や血管内皮細胞の障害・細胞死などを誘導することが知られている.sVAP-1はそれ自身がもつ酵素活性によって酸化ストレスを増強すると考えられている.このようにiBRBの破綻には多数の分子の相互作用,悪循環で形成されており,そのなかでVEGFが中心的な役割を担っている.その他には,周皮細胞やグリア細胞の障害もiBRB破綻に関与している.虚血は血管内皮細胞からのangiopoietin(Ang)-2産生を誘導し,周皮細胞が血管から離れ,いくつかの機序を介してiBRBが破綻する.また,グリア細胞の脱落はVEGFの増加やBRB破綻と直接的な相関があると報告されている.IIIVEGFファミリー前述のごとく,DMEの分子病態においてVEGFは中心的な役割を担っている(図2).VEGFにはA.Fまであり,胎盤成長因子(placentalgrowthfactor:PlGF)を含めてVEGFファミリーとよぶ.VEGF-Eはウイルスで,VEGF-Fはヘビ毒でみつかっている.一方,受け手側であるVEGF受容体(VEGFreceptor:VEGFR)には1.3まである(図3).リガンドのなかで血管透過性に主に関与しているのはVEGF-AとPlGFと考えられている.また,その作用はVEGFR-2のほうが強いと(19)表2VEGF阻害薬の標的分子薬剤名(商品名)標的分子Pegaptanibsodium(マクジェンR)VEGF-A165Bevacizumab(アバスチンR)VEGF-ARanibizumab(ルセンティスR)VEGF-AAflibercept(アイリーアR)VEGF-A,VEGF-B,PlGF考えられている.なお,VEGF-C,VEGF-D,VEGFR3は主にリンパ管新生に関与する分子である.PlGFは生理的な状態では胎盤や栄養膜などに存在し,他の組織ではわずかにしか発現していないが,腫瘍や虚血,血管新生などの病態においてその発現は増加し,血管新生や血管透過性亢進を促進する.ヒト加齢黄斑変性の脈絡膜新生血管でもその発現が報告されているが,糖尿病,とくに増殖糖尿病網膜症においても増殖膜での発現や,硝子体中で正常眼と比較して高値であること4),その硝子体中濃度がVEGF-Aと正の相関を有することなどが報告されている5).近年,筆者らのグループも糖尿病網膜症の前房水中PlGF濃度を測定し,増殖性変化を認めないDME群においても正常者と比較して有意に増加していることを示した(図4)6).このことから,PlGFは血管新生のみならずDMEの病態にも関与していることが示唆される.PlGFはVEGFR-1に結合し,血管内皮細胞の増殖や血管透過性亢進を促す.これには少量でもVEGF-Aの存在が必要との報告があるが,糖尿病網膜症の病態においてVEGF-Aは必ず存在するであろう.さらに,PlGFはVEGF-Aの効果を増強させる作用が知られており,その機序はPlGFがVEGFR-1を占拠することでVEGF-AがVEGFR-2と結合しやすくなるデコイ(decoy)作用だけでなく,PlGFのVEGFR-1への結合がVEGFR-2のリン酸化を増強させるという受容体間作用などによって相乗的にVEGF-Aの作用を強めていると説明されている7).PlGFの発現を亢進させる分子としてはVEGF,IL-6,TGF-bなどが報告されている.以上のように,PlGFにはVEGFと同じく血管透過性と血管新生の作用がある.その効果はVEGFのほうが強いため,抗PlGF治療が抗VEGF治療に替わることはないだろうが,両者を抑制することは糖尿病網膜症のあたらしい眼科Vol.32,No.3,2015329 VEGF-DPlGFVEGF-DPlGFVEGFR-1VEGFR-2VEGFR-3血管透過性亢進図3VEGFファミリーとその受容体哺乳類に存在しているVEGF-AからDおよびPlGFと,受容体の関係図.血管透過性には主にVEGF-AとPlGFが関与している.VEGFR-1と比べてVEGFR-2のほうが血管透過性作用が強いと考えられている.治療にとって有益だと考えられる.おわりにDMEの分子メカニズムについては非常に多くの研究報告がなされているが,未解明な部分,報告により矛盾している部分,モデル動物のみの証明でヒトでは明らかでない部分など,正確には解明されていないことが数多く存在する.現在のDME治療において抗VEGF治療が確実にその治療効果を示していることからもわかるように,本疾患の分子病態におけるVEGFの役割は重要である.しかし,抗VEGF治療だけでは不十分な場合,治療回数や時間を要する場合も多い.これに対しては血管透過性亢進にかかわる他の分子の抑制や,VEGF作用を増強している分子の抑制が必要であろう.現在,DMEに対する薬の臨床試験が数多く進められており,今後ますますDME治療の選択肢が広がることが期待できる.また,まだ選択肢の少ない現状ではVEGF-AとともにPlGF,VEGF-Bを抑制するアフリベルセプトは一つの有効なツールであると思われる(表2).今後,さらなる分子機構の解明と薬剤開発が進み,効果,安全性,利便性,費330あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015VEGF-BVEGF-CABVEGF-A***80100**1,000*前房水中のPlGF濃度(pg/l)前房水中のPlGF濃度(pg/l)80000controlDMEPDRPDRNVG図4糖尿病網膜症における前房水中のPlGF濃度(文献6より改変)PlGF濃度はコントロール群に比較して,DME群,PDR群で有意に高値であった(A).さらにNVG群ではPDR群よりも有意に高値であった(B).DME:糖尿病黄斑浮腫,PDR:増殖糖尿病網膜症,NVG:血管新生緑内障.*p<0.05,**p<0.01,***p<0.001,Mann-WhitneyU検定.用面など多角的な面からより良い治療ができることが期待される.文献1)AntonettiDA,BarberAJ,HollingerLAetal:Vascularendothelialgrowthfactorinducesrapidphosphorylationoftightjunctionproteinsoccludinandzonulaoccluden1.Apotentialmechanismforvascularpermeabilityindiabeticretinopathyandtumors.JBiolChem274:23463-23467,19992)FengY,VenemaVJ,VenemaRCetal:VEGF-inducedpermeabilityincreaseismediatedbycaveolae.InvestOphthalmolVisSci40:157-167,19993)MurataM,NodaK,FukuharaJetal:Solublevascularadhesionprotein-1accumulatesinproliferativediabeticretinopathy.InvestOphthalmolVisSci53:4055-4062,20124)KhaliqA,ForemanD,AhmedAetal:Increasedexpressionofplacentagrowthfactorinproliferativediabeticretinopathy.LabInvest78:109-116,19985)YamashitaH,EguchiS,WatanabeKetal:Expressionofplacentagrowthfactor(PlGF)inischaemicretinaldiseases.Eye13:372-374,19996)AndoR,NodaK,NambaSetal:Aqueoushumourlevelsofplacentalgrowthfactorindiabeticretinopathy.ActaOphthalmol92:e245-e246,20147)ZhaoB,CaiJ,BoultonM:ExpressionofplacentagrowthfactorisregulatedbybothVEGFandhyperglycaemiaviaVEGFR-2.MicrovascRes68:239-246,2004(20)606004040020200

糖尿病網膜症・黄斑浮腫悪化のリスク因子

2015年3月31日 火曜日

特集●糖尿病網膜症2015年あたらしい眼科32(3):321.325,2015特集●糖尿病網膜症2015年あたらしい眼科32(3):321.325,2015糖尿病網膜症・黄斑浮腫悪化のリスク因子RiskFactorsforDiabeticRetinopathyandDiabeticMacularEdema安田美穂*はじめに糖尿病網膜症は先進国において失明や視力低下の主原因である.全世界にはおよそ9,300万人の糖尿病網膜症患者がおり,そのうち1,700万人は増殖型の糖尿病網膜症であると推定されている1).近年糖尿病の増加とともに患者数が増加することが予想され,ますます重要な問題となっている.糖尿病網膜症および糖尿病黄斑浮腫の危険因子を明らかにすることは疾患の進行を予防し,失明や視力低下を防ぐうえで重要である.糖尿病網膜症,黄斑浮腫の危険因子として以下の因子が報告されている.修飾可能な因子として,高血糖,高血圧,脂質異常症,肥満などが,修飾不可能な因子として,人種,罹病期間,妊娠などが多くの論文で一致して報告されているものである(表1)2).I糖尿病網膜症・黄斑浮腫のリスク因子1.高血糖糖尿病網膜症および糖尿病黄斑浮腫のもっとも重要なリスク因子の一つが血糖コントロールである.糖尿病網膜症に関する大規模臨床研究であるUnitedKingdomProspectiveDiabetesStudyとDiabetesControlandComplicationsTrialのどちらにおいても,ヘモグロビンA1c(HbA1c)を7%以下に抑える厳しい血糖コントロールがI型糖尿病,II型糖尿病のどちらにおいても糖尿病網膜症の進行を予防するという強いエビデンスが示されている3).DiabetesControlandComplications表1糖尿病網膜症と黄斑浮腫の危険因子リスク因子網膜症黄斑浮腫修飾可能な因子高血糖++++++高血圧++++脂質異常症++++肥満++修飾不可能な因子罹病期間++++妊娠+++++++++強いリスク因子,++中等度のリスク因子,+弱いリスク因子(DingJ,WongT.CurrentEpidemiologyofDiabeticretinopathyanddiabeticmacularedema.CurrDiabRep12:346-354,2012より改変)Trialにおいては,通常治療群と比較し厳密な血糖コントロール群では,網膜症の発症が76%減少し,単純型網膜症から増殖型への進行が54%減少したと報告されている4).さらに黄斑浮腫の発症も厳密な血糖コントロール群では,46%減少したことが示されている.このように血糖値を低く抑えることは従来と変わらず,糖尿病網膜症および糖尿病黄斑浮腫の発症や進行予防には非常に重要であることがわかる.アメリカ糖尿病学会(AmericanDiabetesAssociation:ADS)の2008年の糖尿病診療におけるガイドラインにおいても,糖尿病の血糖コントロールの指標としてHbA1c7.0%未満が推奨されている.また,わが国における糖尿病網膜症の疫学研究の一つ*MihoYasuda:九州大学大学院医学研究院眼科学分野〔別刷請求先〕安田美穂:〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(11)321 である久山町研究では,1998年に住民健診を受けた福岡県久山町在住の40.79歳の住民のうち,網膜症の既発症者37名を除いた糖尿病者177名を9年間追跡し,網膜症の発症率と発症にかかわる危険因子を調査している(追跡率79.3%)(図1).9年間の網膜症の累積発症率は男性が18.0%,女性が4.2%で男性に多い傾向を認め,発症に関係する危険因子を検討すると,糖尿病罹病期間とHbA1cが網膜症発症の有意な危険因子であった(表2).HbA1cの値が上昇するほど網膜症発症のリス福岡市久山町1960年2011年久山町6,500人8,400人福岡市65万人145万人図1久山町研究クが有意に増加し,HbA1c6.0%以下をオッズ比1.0とすると,HbA1c6.0%以上7.0%未満ではオッズ比2.4(95%信頼区間0.5.11.7),HbA1c7.0%以上から8.0%未満でそのリスクは有意に増加しオッズ比6.8(95%信頼区間1.2.40.5)となり,8.0%以上ではオッズ比15.5(95%信頼区間2.8.85.7)とリスクが大きく増加した(表3,図2).この結果から,日本人においても長期にわたり網膜症の発症を予防するためには,HbA1cを7.0%以下に抑える必要があり,HbA1cが8.0%を超える場合は,網膜症発症のリスクが大きく増加するため密な診療が必要であることがわかる.2.高血圧高血圧は,多くの疫学調査や臨床研究で網膜症や黄斑浮腫のリスク因子であると報告されている.アメリカでの糖尿病網膜症の大規模疫学研究であるWisconsinEpidemiologicStudyofDiabeticRetinopathyでは,収縮期血圧が10mmHg上昇すると,単純型網膜症の発症リスクが約10%増加し,増殖型網膜症と黄斑浮腫の発症リスクが約15%増加すると報告している5).さらに,大規模臨床研究であるUnitedKingdomProspectiveDiabetesStudyにおいても,糖尿病で高血圧を有する患者に厳しい血圧コントロールを行うと,網膜症の進行を34%抑制し,視力低下を47%抑えることができたと報告している3).しかし,これらの抑制効果は長期にわたる継続した血圧コントロールを行わなければ得ることができないため,継続した血圧コントロールを推奨してい表2糖尿病網膜症発症の危険因子(久山町1998.2007年)危険因子年齢,性調整多変量調整OR(95%CI)OR(95%CI)糖尿病罹病期間(年)1.15**(1.11.1.19)1.10*(1.06.1.15)HbA1c(%)2.40**(1.90.3.04)1.90**(1.46.2.47)高血圧1.21(0.62.2.36)BMI(kg/m2)0.97(0.88.1.07)総コレステロール(mmol/l)1.08(0.76.1.53)HDLコレステロール(mmol/l)0.20(0.03.1.20)中性脂肪(g/l)0.81(0.54.1.20)喫煙0.90(0.38.2.11)飲酒0.92(0.44.1.91)OR:オッズ比,CI:信頼区間,**p<0.01,*p<0.05.322あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015(12) 16.3*7.2*1.0<6.06.0~7.08.0.7.0~8.02.416.3*7.2*1.0<6.06.0~7.08.0.7.0~8.02.4表3糖尿病網膜症発症とHbA1cとの関連(久山町1998.2007年)HbA1c(%)(ベースライン時)人数9年発症率(%)性・年齢調整オッズ比(95%信頼区間)p値<6.0595.11.006.0.7.03411.82.4(0.48.11.7)0.297.0.8.01225.07.2(1.15.40.5)0.038.0≦1145.516.3(2.81.85.7)0.002ORper1%increase1.61(1.04.2.50)0.03く必要があるとしている.久山町研究では,高血圧の有20無と網膜症発症には有意な関連はみられなかった(表152).一般住民を対象とした疫学調査では対象者が限定されており,疾患の発症者数が少ないと十分な結果が出なオッズ比105いことがあるため,日本人での高血圧と網膜症との関連を論じるには,わが国での複数の疫学調査の結果をまとめたメタスタディなどを行い,さらに検討する必要があると思われる.3.脂質異常症脂質異常は網膜症に何らかの関与をしていると思われが,疫学調査や臨床研究の結果は一致していない.たとえば,インドの疫学研究であるChennaiUrbanRuralEpidemiologyStudyでは,総コレステロールは網膜症の独立した有意なリスク因子だと報告しているが6),シンガポールの疫学研究であるSingaporeMalayEyeStudyでは,逆に総コレステロールは網膜症の予防因子であると報告している7).また,大規模臨床研究であるDiabetesControlandComplicationsTrialでは,総コレステロールと網膜症との関連はなく,中性脂肪の増加とHDLコレステロールの減少が網膜症の程度と関連していると報告している.一方,黄斑浮腫は血漿脂質と有意な関連があるという報告が多く,脂質異常症の薬であるフィノフィブラート系の薬を内服すると糖尿病黄斑浮腫の頻度が31%減少したという報告もあり,総コレステロールや中性脂肪などの血漿脂質は糖尿病黄斑浮腫発症の有意なリスク因子であると考えられる.4.肥満肥満と網膜症および黄斑浮腫に関する疫学調査や臨床(13)0HbA1c(%)年齢,性別,罹病期間で調整,*p<0.05図2HbA1cレベル別にみた網膜症発症のオッズ比(1998.2007年追跡調査)研究の結果も一致していない.肥満が網膜症や黄斑浮腫のリスク因子となっているという報告もあれば,関連がないという報告もある.たとえば,スウェーデンの糖尿病の若年者を対象とした疫学研究では,肥満の指標であるbodymassindex(BMI)やwaisthipratio(WHR)の増加は網膜症のリスクであり,とくに1型糖尿病では,BMIの増加やWHRの増加といった肥満の因子があると網膜症の発症が増加するという報告がある一方で8),theWisconsinEpidemiologicStudyofDiabeticRetinopathyでは,肥満と網膜症の発症や進行には関連がないという結果を報告している9).久山町研究では,BMIと網膜症発症には有意な関連はみられなかった(表2).日本人はもともとBMIが低い集団であり,欧米の結果をそのまま日本人にはあてはめるには注意が必要である.5.糖尿病罹病期間BarbadosEyeStudy(40歳以上,黒人)では9年間の追跡調査の結果,糖尿病罹病期間は網膜症発症の独立した危険因子であり,罹病期間5年未満と比較して5.あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015323 表4糖尿病網膜症発症と糖尿病罹病期間との関連(久山町1998.2007年)糖尿病罹病期間(年)(ベースライン時)人数9年発症率(%)性・年齢調整オッズ比(95%信頼区間)p値<5718.51.005.101414.31.6(0.31.10.1)0.5210≦3122.63.8(1.14.13.9)0.03オッズ比3.8*431.621.010<55~1010<糖尿病罹病期間年齢,性別,HbA1cで調整,*p<0.05(年)図3糖尿病罹病期間別にみた網膜症発症のオッズ比(1998.2007年追跡調査)10年では多変量調整後,網膜症発症のリスクが約2倍に増加したと報告している.糖尿病罹病期間は持続的な高血糖暴露のマーカーと考えられ,持続的な高血糖による網膜症発症のリスクを反映していると思われる.わが国でも久山町研究における9年間追跡調査の結果,糖尿病の罹病期間が長くなるほど,網膜症発症のリスクが有意に増加した.糖尿病の罹病期間5年未満をオッズ比1.0とすると,罹病期間5年以上10年未満でオッズ比は1.2(95%信頼区間0.3.10.1),糖尿病の罹病期間が10年以上になると有意に網膜症発症のリスクが増加し,そのオッズ比は4.0(95%信頼区間1.1.13.9)であった.この結果から罹病期間が10年以上になると網膜症発症のリスクが有意に増加するため,罹病期間10年以上の糖尿病者では定期的な眼底検査を行うなど,網膜症発症には十分注意する必要がある(表4,図3).6.妊娠妊娠中は網膜症も黄斑浮腫も進行することが知られている.とくに1型糖尿病ではその傾向が強くみられる.妊娠後期や分娩後は血液動態の変化などにより,網膜症324あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015や黄斑浮腫が急速に進行する場合があるので,注意が必要である.しかし,この変化は一時的なものであり,theDiabetesControlandComplicationsTrialでは,長期追跡調査では妊娠の有無は,網膜症の発症や進行の程度に差がなかったと報告している10).おわりにわが国においては欧米のような大規模な疫学研究や臨床研究による糖尿病網膜症の長期追跡研究のデータが少なく,欧米での研究を参考とするには人種や生活習慣が異なるため,そのまま結果をあてはめるには注意が必要である.糖尿病網膜症,黄斑浮腫の効率的な発症予防,進展予防のためにも,欧米で行われているような大規模な疫学研究および臨床研究をわが国でも行っていくことが必要であると思われる.文献1)YauJWY,RogersSL,KawasakiRetal:Globalprevalenceandmajorriskfactorsofdiabeticretinopathy.DiabetesCare35:556-564,20122)DingJ,WongTY:Currentepidemiologyofdiabeticretinopathyanddiabeticmacularedema.CurrDiabRep12:346-354,20123)MohamedQ,GilliesMC,WongTY:Managementofdiabeticretinopathy:asystematicreview.JAMA298:902916,20074)TheDiabetesControlandComplicationsTrialResearchGroup:Theeffectofintensivetreatmentofdiabetesonthedevelopmentandprogressionoflong-termcomplicationsininsulin-dependentdiabetesmellitus.NEnglJMed329:977-986,19935)KleinR,KnudtsonMD,LeeKEetal:TheWisconsinEpidemiologicStudyofDiabeticRetionpathy:XXIIthetwenty-five-yearprogressionofretinopathyinpersonswithtype1diabetes.Ophthalmology115:1859-1868,20086)RemaM,SrivastavaBK,AnihtaBetal:Associationof(14) あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015325(15)26:349-354,20039)KleinR,KleinBE,MossSE:Isobesityrelatedtomicro-vascularandmacrovascularcomlicationsindiabetes?TheWisconsinEpidemiologicStudyofDiabeticRetinopathy.ArchInternMed157:650-656,199710)TheDiabetesControlandComplicationsTrialResearchGroup:Effectofpregnancyonmicrovascularcomplica-tionsintheDiabetesControlandComplicationsTrial.Dia-betesCare23:1084-1091,2000serumlipidswithdiabeticretinopathyinurbanSouthIndians-theChennaiUrbanRuralEpidemiologyStudy(CURES)EyeStudy-2.DiabetMed23:1029-1036,20067)WongTY,CheungN,TayWTetal:Prevalenceandriskfactorsfordiabeticretinopathy:theSingaporeMalayEyeStudy.Ophthalmology115:1869-1875,20088)HenricssonM,NystromL,BlohmeG:Theincidenceofretinopathy10yearsafterdiagnosisinyoungadultpeoplewithdiabetes:resultsfromthenationwidepopulation-basedDiabetesIncidenceStudyinSweden.DiabetesCare

糖尿病と糖尿病網膜症の疫学

2015年3月31日 火曜日

特集●糖尿病網膜症2015年あたらしい眼科32(3):313~319,2015特集●糖尿病網膜症2015年あたらしい眼科32(3):313~319,2015糖尿病と糖尿病網膜症の疫学ClinicalEpidemiologyofDiabetesandDiabeticRetinopathy曽根博仁*川崎良**山下英俊**I世界とわが国の糖尿病患者数世界の糖尿病人口は爆発的に増え続けている.国際糖尿病連合(InternationalDiabetesFederation:IDF)によると,2014年の患者数は3億8,670万人に達し,これは20~79歳の成人の8.3%にあたる.そして今後20年間でさらにその1.5倍に増加すると見積もられている.「先進国のぜいたく病」というイメージが強いが,実は患者の8割近くは発展途上国に居住している.国別患者数では,第1位中国(9,629万人),第2位インド(6,685万人),第3位米国(2,578万人)と続き,日本は第10位に位置している.平成24年の国民栄養健康調査では,ほぼ糖尿病と考えて良い「糖尿病が強く疑われる者(=HbA1c値6.5%以上かすでに治療を受けている者)」は約950万人で,20歳以上の成人男性の15.2%,女性の8.7%を占める.同時にいわゆる予備軍と呼ばれる「糖尿病の可能性が否定できない者(=HbA1c値6.0~6.4%の者)」も約1,100万人存在し,これは成人男性の12.1%,女性の13.1%を占める.「糖尿病が強く疑われる者」は5年前の890万人から増加し続けているが,「糖尿病の可能性が否定できない者」は5年前の1,320万人から約200万人減少した.この減少の理由として,特定健診が奏効した可能性も指摘されているが,国民全体が高齢化したため,若年者の割合が高い予備軍の数が減少した可能性も否定できず,楽観はできない.II未診断,未受診,受診中断の問題糖尿病に関する莫大な患者数と並ぶ世界的課題は,患者のほぼ半数が糖尿病と診断されていない(未診断糖尿病,undiagnoseddiabetes)ことである.さらに糖尿病であることを知りながら受診しない者や,いったん通院を開始しても受診を中断してしまう患者も多く,国民栄養健康調査(平成24年)では,糖尿病患者のうち実際に通院中の者は65%に過ぎない.治療管理が行われていない,未診断,未受診,治療中断の糖尿病患者において,網膜症を含む合併症の進展リスクがきわめて高いことは言うまでもない.実際に現在でも,視力低下を主訴に眼科を受診した際に初めて糖尿病と診断される例は,頻度は減ってきたものの皆無ではない.III糖尿病のスクリーニングと発症予測網膜症を含む糖尿病合併症は健康寿命と国民医療費に莫大な悪影響を及ぼしている.糖尿病診療現場の医療者が忘れがちな視点であるが,糖尿病合併症を防ぐ最良の方法は糖尿病そのものを予防することである.初期には無症状の糖尿病を早期診断するためには,検診やスクリーニングのシステムを充実させ,さらに発症リスクの高い対象者を選別して早期に生活習慣教育による介入を集中的に行うことが重要である.幸いわが国では健康診断や人間ドックが発達し,血糖*HirohitoSone:新潟大学大学院医歯学総合研究科血液・内分泌・代謝内科**RyoKawasaki&HidetoshiYamashita:山形大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕曽根博仁:〒951-8510新潟市中央区旭町通1番町757新潟大学大学院医歯学総合研究科血液・内分泌・代謝内科0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(3)313 314あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015(4)値やHbA1c値も広く測定されている.また,観察疫学研究により2型糖尿病発症のリスク因子もかなり明らかになってきた.人間ドック受診者データベースの検査指標や背景因子を用いた筆者らの検討でも,日本人の糖尿病発症予測やスクリーニングに活用できるさまざまなエビデンスが得られている.たとえば検診で広く測定されている空腹時血糖値とHbA1c値の両方を組み合わせるだけで,2型糖尿病の発症予測能は飛躍的に向上する.わが国の予備軍に相当する米国の「前糖尿病状態(pre-diabetes)」の基準範囲として用いられるHbA1c軽度高値(5.7~6.4%)と空腹時血糖値異常(100~125mg/dl)について,その片方または両方を満たす者のその後5年間の発症率を,いずれの基準も満たさない人と比較した.その結果,いずれでも片方のみ満たす人は約6倍,両方を満たす人は約32倍も発症率が高かった(図1)1).現在,空腹時血糖値とHbA1c値の両方を含めた日本人に最適化された発症予図1日本人検診受診者を空腹時血糖とHbA1cの組み合わせにより分類した際の,各群のその後5年間の糖尿病累積発症率(カプラン・マイヤー解析)(文献1より引用)0.50.40.30.20.10.02,5002,0001,5001,0005000HbA1c値と空腹時血糖値による分類HbA1c5.7~6.4%かつ空腹時血糖値100~125mg/dlHbA1c5.6%以下かつ空腹時血糖値100~125mg/dlHbA1c5.7~6.4%かつ空腹時血糖値99mg/dl以下HbA1c5.6%以下かつ空腹時血糖値99mg/dl以下累積糖尿病発症率開始時からの日数60%50%40%30%20%10%0%12111098765432113■前糖尿病状態患者■糖尿病患者有病率TOPICSDiabetesScreeningScore(point)4%0%12%12%0.2%0.2%21%23%28%36%41%45%50%53%53%57%0.5%1%1%3%4%6%8%10%15%17%図2スクリーニングスコアの点数と未診断糖尿病または前糖尿病状態米国における糖尿病予備軍に相当:HbA1c5.7~6.4%と空腹時血糖値100~125mg/dlのいずれか,または両方を満たす可能性.TOPICSDiabetesScreeningScore:年齢40~49歳(3点)or50~59歳(4点)or≧60歳(5点)+男性(2点)+糖尿病家族歴(2点)+現在の喫煙習慣(1点)+BMI23~24kg/m2(1点),25~29kg/m2(2点)or≧30kg/m2(4点)+高血圧(収縮期血圧≧140mmHgand/or拡張期血圧≧90mmHgまたは治療歴あり)(2点)(文献3より引用)標や背景因子を用いた筆者らの検討でも,日本人の糖尿病発症予測やスクリーニングに活用できるさまざまなエビデンスが得られている.たとえば検診で広く測定されている空腹時血糖値とHbA1c値の両方を組み合わせるだけで,2型糖尿病の発症予測能は飛躍的に向上する.わが国の予備軍に相当する米国の「前糖尿病状態(pre-diabetes)」の基準範囲として用いられるHbA1c軽度高値(5.7~6.4%)と空腹時血糖値異常(100~125mg/dl)について,その片方または両方を満たす者のその後5年間の発症率を,いずれの基準も満たさない人と比較した.その結果,いずれでHbA1c値と空腹時血糖値による分類HbA1c5.7~6.4%かつ空腹時血糖値100~125mg/dlHbA1c5.6%以下かつ空腹時血糖値100~125mg/dlHbA1c5.7~6.4%かつ空腹時血糖値99mg/dl以下HbA1c5.6%以下かつ空腹時血糖値99mg/dl以下0.30.20.10.0開始時からの日数05001,0001,5002,0002,500累積糖尿病発症率図1日本人検診受診者を空腹時血糖とHbA1cの組み合わせにより分類した際の,各群のその後5年間の糖も片方のみ満たす人は約6倍,両方を満たす人は約32尿病累積発症率(カプラン・マイヤー解析)倍も発症率が高かった(図1)1).現在,空腹時血糖値と(文献1より引用)HbA1c値の両方を含めた日本人に最適化された発症予60%12111098765432113■前糖尿病状態患者■糖尿病患者4%0%12%12%0.2%0.2%21%23%28%36%41%45%50%53%53%57%0.5%1%1%3%4%6%8%10%15%17%有病率50%40%30%20%10%0%TOPICSDiabetesScreeningScore(point)図2スクリーニングスコアの点数と未診断糖尿病または前糖尿病状態米国における糖尿病予備軍に相当:HbA1c5.7~6.4%と空腹時血糖値100~125mg/dlのいずれか,または両方を満たす可能性.TOPICSDiabetesScreeningScore:年齢40~49歳(3点)or50~59歳(4点)or≧60歳(5点)+男性(2点)+糖尿病家族歴(2点)+現在の喫煙習慣(1点)+BMI23~24kg/m2(1点),25~29kg/m2(2点)or≧30kg/m2(4点)+高血圧(収縮期血圧≧140mmHgand/or拡張期血圧≧90mmHgまたは治療歴あり)(2点)(文献3より引用)314あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015(4) あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015315(5)V網膜症の有病率と発症率わが国で年間約3,000人とも言われてきた成人新規失明の原因である糖尿病網膜症は,治療の進歩により首位の座を緑内障に譲ったものの,いまだに成人失明の主要原因であることに変わりはない.世界の前向き研究35本の2万3千人分のデータをプールした解析によると,糖尿病患者の34.6%に何らかの網膜症が存在し,6.96%に増殖性網膜症が,6.81%に糖尿病性黄斑浮腫がみられた.後2者のいずれかまたは両方をもつ視力低下の恐れの強い患者は全患者の10.2%であり,世界的には約2,800万人になると推計されている8).前向き研究で発症率や進展増悪率を調べた研究は多くないが,わが国のJDCSでは,網膜症の新規発症は1,000人あたり年間38.3件みられ,すでに単純網膜症のある患者のさらなる進展増悪は1,000人あたり年間21.1件みられている9).VI血糖コントロールの意義網膜症の発症と増悪には,血糖レベルの影響がとりわけ強いことが知られている.わが国の2型糖尿病患者約2,000人を前向きに追跡してきたJDCSでは,開始時に網膜症がなかった患者のうち,HbA1c(NGSP値,以下同)9.4%以上の患者では,その後8年間にほぼ半数が網膜症を発症しており,一方HbA1c7.4%未満の患者であっても,その約1割が網膜症を発症していた9)(図3).スプライン解析の結果(図4)からも,網膜症を完全に予防するためには,HbA1c値でほぼ正常に近い厳格なレベルの血糖コントロールを要することが推測される9).近年,おもに大血管合併症(動脈硬化合併症)予防の観点からは,治療強化に伴う低血糖を避けることの重要性が明らかにされている.しかし,このことは血糖コントロールを以前より甘くしてよいという意味ではなく,とくに網膜症や腎症を含む細小血管合併症予防のためには,血糖コントロールがもっとも重要な対策であることを改めて認識すべきであろう.測スコアも作成している2).また,糖尿病未診断者において,①年齢,②性別,③家族歴の有無,④喫煙の有無,⑤BMI(bodymassindex),⑥高血圧の有無により,糖尿病あるいは前糖尿病状態である確率はどの程度かを示すスクリーニングスコアも完成しており(図2)3),眼科など内科以外の初診患者において,採血検査を行うべきかどうかの判断に役立つ簡易スクリーニング法としても用いることができる.IV日本人糖尿病患者データの必要性わが国の糖尿病の95%以上を占める2型糖尿病およびその合併症の発症には,多因子遺伝と生活習慣の両者が深く関与する.たとえば欧米の糖尿病患者の7~8割は心血管合併症で死亡するのに対し4),その割合はわが国では2割程度であり,わが国の糖尿病患者の3分の1は癌で死亡する5).したがって,同じ2型糖尿病合併症であっても,欧米の疫学データをわが国の治療対策に流用するのは無理があり,日本人患者の大規模データに基づくエビデンスが必要である.網膜症についても,その有病率が南アジア人やアフリカ人,ラテンアメリカ人などで高いという人種差がみられているほか6),シンガポールの研究では,同じアジア系ですら民族(マレー系,中国系,インド系)による有病率の大きな違いが指摘されている7).近年わが国でも,全国59カ所の大学病院や基幹病院の専門医が協力して実施してきたJapanDiabetesCom-plicationsStudy(JDCS)や,その高齢者版の姉妹研究であるJ-EDIT(主任研究者:東京都健康長寿医療センター井藤英喜先生,荒木厚先生)などを始めとする大規模臨床研究から,日本人患者の合併症や治療の実態に関するエビデンスが築かれつつある.さらに,大規模臨床研究から得られたリスク因子に基づき,個別患者における合併症発症率の予測も可能になっており,疫学データが糖尿病の個別医療に貢献できる時代になってきた.以下に,上記のJDCSやJ-EDITを中心とした日本人2型糖尿病患者の網膜症の疫学を中心にメタアナリシスなども合わせて概説する. 316あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015(6)比較して,網膜症の発症リスクが有意に低下していた10)(図5).この関係は他の関連因子の影響を補正しても維持され,果物の関連成分ではビタミンC摂取量と有意に関連していた.果物の過食は当然,血糖コントロール増悪(前述のとおり,これはもっとも強い網膜症の発症,VII果物摂取と糖尿病網膜症食事との関係ではJDCSにおいて,適量の果物摂取が網膜症予防的に作用する可能性が示されている.もともとわが国は欧米と比較して,1人当たりの果物摂取量が少ないが,1日250g程度(=大きさにもよるが,バナナ2本分,またはミカン3個分,またはリンゴ1個分程度)を摂取している患者は,ほとんど摂取しない患者と0.50.40.30.20.10876543210網膜症発症率網膜症進展増悪率経過年数0.50.40.30.20.10876543210経過年数図3JDCSの日本人2型糖尿病患者における網膜症の発症(a)ならびに進展増悪(b)における開始時HbA1c(NGSP)の影響点線>9.4%,実線7.4~9.3%,破線<7.4%)(カプラン・マイヤー解析).(文献6より引用)121110987610.80.60.40.20図4網膜症の発症リスクとHbA1c(NGSP)値との関係のスプライン解析網膜症発症率経過年数Q1Q2Q3Q40.50.40.30.20.10876543210図5JDCSの日本人2型糖尿病患者における果物摂取量と網膜症発症率との関係1日あたりの果物摂取重量により,対象者を四分位に分けた際の各群の網膜症発症率を示す(各群の摂取量平均値は,少ない群からQ1,Q2,Q3,Q4でそれぞれ,1日23g,83g,141g,253g).別に行われたCox多変量回帰分析でも,この4群では,果物摂取量が多いほうが網膜症発症率が低いという有意な傾向が認められた.(文献7より引用)0.50.40.30.20.10876543210網膜症発症率網膜症進展増悪率経過年数0.50.40.30.20.10876543210経過年数図3JDCSの日本人2型糖尿病患者における網膜症の発症(a)ならびに進展増悪(b)における開始時HbA1c(NGSP)の影響点線>9.4%,実線7.4~9.3%,破線<7.4%)(カプラン・マイヤー解析).(文献6より引用)121110987610.80.60.40.20図4網膜症の発症リスクとHbA1c(NGSP)値との関係のスプライン解析網膜症発症率経過年数Q1Q2Q3Q40.50.40.30.20.10876543210図5JDCSの日本人2型糖尿病患者における果物摂取量と網膜症発症率との関係1日あたりの果物摂取重量により,対象者を四分位に分けた際の各群の網膜症発症率を示す(各群の摂取量平均値は,少ない群からQ1,Q2,Q3,Q4でそれぞれ,1日23g,83g,141g,253g).別に行われたCox多変量回帰分析でも,この4群では,果物摂取量が多いほうが網膜症発症率が低いという有意な傾向が認められた.(文献7より引用) 図6JDCSとJ.EDITのデータに基づいて開発された糖尿病合併症リスクエンジン(JJリスクエンジン)(http://www.med.niigata-u.ac.jp/emh/jjre.htmlより利用可能) 318あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015(8)性も一層明らかになっている.文献1)HeianzaY,HaraS,AraseYetal:HbA1c5.7-6.4%andimpairedfastingplasmaglucosefordiagnosisofprediabe-tesandriskofprogressiontodiabetesinJapan(TOPICS3):alongitudinalcohortstudy.Lancet378:147-155,20112)HeianzaY,AraseY,HsiehSDetal:Developmentofanewscoringsystemforpredictingthe5yearincidenceoftype2diabetesinJapan:theToranomonHospitalHealthManagementCenterStudy6(TOPICS6).Diabetologia55:3213-3223,20123)HeianzaY,AraseY,SaitoKetal:Developmentofascreeningscoreforundiagnoseddiabetesanditsapplica-tioninestimatingabsoluteriskoffuturetype2diabetesinJapan:ToranomonHospitalHealthManagementCen-terStudy10(TOPICS10).JClinEndocrinolMetab98:1051-1060,20134)2011NationalDiabetesFactSheet,NationalCenterforChronicDiseasePreventionandHealthPromotion,US(http://www.cdc.gov/diabetes/pubs/pdf/ndfs_2011.pdf)5)HottaN,NakamuraJ,IwamotoYetal:CausesofdeathinJapanesediabetics:Aquestionnairesurveyof18,385diabeticsovera10-yearperiod.JDiabetesInvestig22:66-76,20106)SivaprasadS,GuptaB,Crosby-NwaobiRetal:Preva-lenceofdiabeticretinopathyinvariousethnicgroups:aworldwideperspective.SurvOphthalmol57:347-370,20127)ChiangPP,LamoureuxEL,CheungCYetal:Racialdifferencesintheprevalenceofdiabetesbutnotdiabeticretinopathyinamulti-ethnicAsianpopulation.InvestOphthalmolVisSci52:7586-7592,20118)YauJW,RogersSL,KawasakiRetal:Meta-AnalysisforEyeDisease(META-EYE)StudyGroup.Globalpreva-lenceandmajorriskfactorsofdiabeticretinopathy.Diabe-tesCare35:556-564,20129)KawasakiR,TanakaS,TanakaSetal:JapanDiabetesComplicationsStudyGroup.IncidenceandprogressionofdiabeticretinopathyinJapaneseadultswithtype2diabe-tes:8yearfollow-upstudyoftheJapanDiabetesCompli-cationsStudy(JDCS).Diabetologia54:2288-2294,201110)TanakaS,YoshimuraY,KawasakiRetal:JapanDiabe-tesComplicationsStudyGroup.Fruitintakeandincidentdiabeticretinopathywithtype2diabetes.Epidemiology24:204-211,201311)MoriyaT,TanakaS,KawasakiRetal:Diabeticretinopa-thyandmicroalbuminuriacanpredictmacroalbuminuriaandrenalfunctiondeclineinJapanesetype2diabeticpatients:JapanDiabetesComplicationsStudy.DiabetesCare36:2803-2809,2013IX網膜症と大血管合併症との関連網膜症の存在が顕性腎症のリスク評価に役立つことを述べたが,眼底所見は大血管合併症のリスク予測にも有用であった.すなわち,開始時に軽症~中等症の網膜症を有していた場合,他関連因子の影響を補正しても冠動脈疾患と脳卒中のリスクはいずれも1.69倍に上昇していた12).さらに興味深いことに,網膜出血/毛細血管瘤などのごく初期の病変は脳卒中と冠動脈性心疾患双方の,綿花様白斑の存在は脳卒中の,それぞれ有意なリスク上昇と結びついていた.このようなエビデンスからも,糖尿病患者の予後を改善するためには,眼科医と内科医の連携の重要であることが改めて示されている.X個別症例における網膜症を含む合併症の発症予測大規模臨床研究や疫学研究の結果は集団全体の平均や傾向を示すものなので,個別診療には直接役立たないと思われがちである.しかし,そのような研究で解明された各合併症のリスク因子を統合すれば,各患者個人の状態や条件による将来の合併症発症確率を計算することが可能になる.JDCSとJ-EDITの統合データベースから開発された糖尿病合併症リスクエンジンは,パソコン上で患者の条件や検査値を入力すれば,今後5~10年以内の,網膜症を含む各合併症別の発症確率を即座に算出できる13)(図6).このリスクエンジンは,ホームページ上で公開されており(http://www.med.niigata-u.ac.jp/emh/jjre.html),日本人2型糖尿病患者の診療個別化に役立つものと期待される.おわりに近年わが国の2型糖尿病患者の合併症に関する臨床疫学データが徐々に明らかになってきており,網膜症を含む糖尿病合併症の予測や治療に役立てられるようになってきた.日本と欧米の2型糖尿病患者では合併症に多くの違いがみられるため,日本人糖尿病患者に最適化された糖尿病治療のためには,日本人のエビデンスをさらに充実する必要がある.また,眼科と内科との連携の重要網膜症の存在が顕性腎症のリスク評価に役立つことを述べたが,眼底所見は大血管合併症のリスク予測にも有用であった.すなわち,開始時に軽症~中等症の網膜症を有していた場合,他関連因子の影響を補正しても冠動脈疾患と脳卒中のリスクはいずれも1.69倍に上昇していた12).さらに興味深いことに,網膜出血/毛細血管瘤などのごく初期の病変は脳卒中と冠動脈性心疾患双方の,綿花様白斑の存在は脳卒中の,それぞれ有意なリスク上昇と結びついていた.このようなエビデンスからも,糖尿病患者の予後を改善するためには,眼科医と内科医の連携の重要であることが改めて示されている.X個別症例における網膜症を含む合併症の発症予測大規模臨床研究や疫学研究の結果は集団全体の平均や傾向を示すものなので,個別診療には直接役立たないと思われがちである.しかし,そのような研究で解明された各合併症のリスク因子を統合すれば,各患者個人の状態や条件による将来の合併症発症確率を計算することが可能になる.JDCSとJ-EDITの統合データベースから開発された糖尿病合併症リスクエンジンは,パソコン上で患者の条件や検査値を入力すれば,今後5~10年以内の,網膜症を含む各合併症別の発症確率を即座に算出できる13)(図6).このリスクエンジンは,ホームページ上で公開されており(http://www.med.niigata-u.ac.jp/emh/jjre.html),日本人2型糖尿病患者の診療個別化に役立つものと期待される.おわりに近年わが国の2型糖尿病患者の合併症に関する臨床疫学データが徐々に明らかになってきており,網膜症を含む糖尿病合併症の予測や治療に役立てられるようになってきた.日本と欧米の2型糖尿病患者では合併症に多くの違いがみられるため,日本人糖尿病患者に最適化された糖尿病治療のためには,日本人のエビデンスをさらに充実する必要がある.また,眼科と内科との連携の重要性も一層明らかになっている.文献1)HeianzaY,HaraS,AraseYetal:HbA1c5.7-6.4%andimpairedfastingplasmaglucosefordiagnosisofprediabetesandriskofprogressiontodiabetesinJapan(TOPICS3):alongitudinalcohortstudy.Lancet378:147-155,20112)HeianzaY,AraseY,HsiehSDetal:Developmentofanewscoringsystemforpredictingthe5yearincidenceoftype2diabetesinJapan:theToranomonHospitalHealthManagementCenterStudy6(TOPICS6).Diabetologia55:3213-3223,20123)HeianzaY,AraseY,SaitoKetal:Developmentofascreeningscoreforundiagnoseddiabetesanditsapplicationinestimatingabsoluteriskoffuturetype2diabetesinJapan:ToranomonHospitalHealthManagementCenterStudy10(TOPICS10).JClinEndocrinolMetab98:1051-1060,20134)2011NationalDiabetesFactSheet,NationalCenterforChronicDiseasePreventionandHealthPromotion,US(http://www.cdc.gov/diabetes/pubs/pdf/ndfs_2011.pdf)5)HottaN,NakamuraJ,IwamotoYetal:CausesofdeathinJapanesediabetics:Aquestionnairesurveyof18,385diabeticsovera10-yearperiod.JDiabetesInvestig22:66-76,20106)SivaprasadS,GuptaB,Crosby-NwaobiRetal:Prevalenceofdiabeticretinopathyinvariousethnicgroups:aworldwideperspective.SurvOphthalmol57:347-370,20127)ChiangPP,LamoureuxEL,CheungCYetal:Racialdifferencesintheprevalenceofdiabetesbutnotdiabeticretinopathyinamulti-ethnicAsianpopulation.InvestOphthalmolVisSci52:7586-7592,20118)YauJW,RogersSL,KawasakiRetal:Meta-AnalysisforEyeDisease(META-EYE)StudyGroup.Globalprevalenceandmajorriskfactorsofdiabeticretinopathy.DiabetesCare35:556-564,20129)KawasakiR,TanakaS,TanakaSetal:JapanDiabetesComplicationsStudyGroup.IncidenceandprogressionofdiabeticretinopathyinJapaneseadultswithtype2diabetes:8yearfollow-upstudyoftheJapanDiabetesComplicationsStudy(JDCS).Diabetologia54:2288-2294,201110)TanakaS,YoshimuraY,KawasakiRetal:JapanDiabetesComplicationsStudyGroup.Fruitintakeandincidentdiabeticretinopathywithtype2diabetes.Epidemiology24:204-211,201311)MoriyaT,TanakaS,KawasakiRetal:DiabeticretinopathyandmicroalbuminuriacanpredictmacroalbuminuriaandrenalfunctiondeclineinJapanesetype2diabeticpatients:JapanDiabetesComplicationsStudy.DiabetesCare36:2803-2809,2013318あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015(8) あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015319(9)12)KawasakiR,TanakaS,TanakaSetal:fortheJapanDia-betesComplicationsStudyGroup.Riskofcardiovasculardiseasesisincreasedevenwithmilddiabeticretinopa-thy:TheJapanDiabetesComplicationsStudy.Ophthal-mology120:574-582,201313)TanakaS,TanakaS,IimuroSetal:fortheJapanDiabe-tesComplicationsStudyGroup;theJapaneseElderlyDia-betesInterventionTrialGroup.Predictingmacro-andmicrovascularcomplicationsintype2diabetes:TheJapanDiabetesComplicationsStudy/theJapaneseElderlyDiabetesInterventionTrialriskengine.DiabetesCare36:1193-1199,2013