特殊なデザインのハードコンタクトレンズ1.ダブルベベルハードコンタクトレンズ─ペルーシド角膜辺縁変性攻略法SpeciallyDesignedHardContactLens1.Rigid-GasPermeableContactLenswithDual-Bevels─UseofContactLenswithDual-BevelsforPellucidMarginalDegeneration柳井亮二*Iダブルベベルハードコンタクトレンズ:マイルドII(ツインベルタイプ)(サンコンタクトレンズ)マイルドI(ツインベルタイプ)は円錐角膜の3点接触法を模倣して開発されたダブルベベルハードコンタクトレンズ(HCL)で,正常角膜においても初期の円錐角膜のような3点接触のフルオレセインパターンがみられる(図1)1).このレンズの特徴はベースカーブの周辺にあるダブルベベル構造である.ベースカーブ(BC)は通常の球面レンズよりフラットに処方し,角膜に広くフィット(アライメント)する.BCの外側にBCよりもスティープな第1中間カーブ,さらにその外側にフラットな第2中間カーブが設置されている.フラットなBCと第2中間カーブ(角膜接触ゾーン,図1)がレンズのセンタリングや視力補正に関わっている.さらに,第1中間カーブと周辺カーブで涙液を保持し(涙液ゾーン),効率良く涙液交換を行うことで,装用感が良くなるという利点がある.レンズ径を大きくしても,ダブルベベルのスティープな構造が眼瞼への接触を軽減するため,違和感が少なくなる.大きなレンズ径を用いることで,角膜形状異常や乱視眼に対するセンタリングも安定しやすくなり,円錐角膜や角膜移植後などのHCLに有用である2).IIペルーシド角膜辺縁変性とは?ペルーシド角膜辺縁変性は,角膜の周辺部に菲薄化(図2,矢頭),突出をきたす進行性の拡張性角膜疾患である3~6)(表1).円錐角膜に類似した眼疾患であるが,図1マイルドII(ツインベルタイプ)のデザインと正常眼のフルオレセイン染色像(3点接触)*RyojiYanai:山口大学大学院医学研究科情報解析医学系学域眼科学分野〔別刷請求先〕柳井亮二:〒755-8505山口県宇部市小串1144山口大学大学院医学研究科情報解析医学系学域眼科学分野0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(25)1369円錐角膜が思春期に発症するのに対し,ペルーシド角膜辺縁変性は30代以降に発症する.スリットランプでは軽度の症例の角膜は健常眼と変わりなく,病期が進行してくるにつれて角膜の菲薄化が顕著になってくる(図2右).中等度の症例では,角膜菲薄化の部位が円錐角膜よりも周辺に観察されるため円錐角膜との鑑別は容易であるが,進行例では角膜の菲薄化が広範囲に及ぶため鑑別がむずかしくなる.トポグラフィの所見はペルーシド角膜辺縁変性の診断に有用で,軽度の症例では鳩がキスをしている像(KissingDove,図2中央),中等度ではカニの爪様のカラーマップ所見を呈し(図2左),さらに重度になると不整形となる.また,教科書的には両眼性の疾患と記載されているが,わが国では片眼性が約30%にみられると報告されている.症例数が少ないため,正確な患者数,頻度,性差,人種差などはわかっていないのが現状である.表1ペルーシド角膜辺縁変性の特徴・定義:非炎症性に角膜周辺部の菲薄化をきたす角膜拡張症・診断基準①視力1.0未満,1.0以上では疑い②スリットでの菲薄化:下方>>上方>耳側,鼻側(まれ)③トポグラフィ所見:カニの爪様,下方突出など・両眼性>片眼性(わが国では30%,欧米,インドではまれ)30~50歳代に視力低下,進行性・倒乱視>斜乱視・不正乱視および高次収差の増加(眼鏡による視力補正不能)・急性水腫,穿孔・輪部と菲薄部の間に正常角膜が存在(2mm)・性差(男性の割合):50%(欧米)~75%(日本,インド)・頻度,人種差など実態は不明(文献3,4,10より)1.治療方針ペルーシド角膜辺縁変性は根治的な治療法がなく,軽度では眼鏡やソフトコンタクトレンズ(SCL)による視力補正が可能であるが,中等度以降では眼鏡では補正できない不正乱視が増加するため7),HCLによる視力補正が行われる(表2).しかしながら,中等度以降ではレンズの動きが悪くなったり,左右に偏位しやすくなったりしてレンズ装用が困難になる.角膜移植は,角膜中央部に異常が限局する円錐角膜と異なり,ペルーシド角膜辺縁変性では周辺部角膜まで移植する必要があるため,拒絶反応のリスクが高くなる.このためペルーシド角膜辺縁変性においてはHCL装用の可否が治療方針の決定に重要になる.近年,進行予防を目的とした角膜コラーゲン・クロスリンキングや,角膜実質内に弧状PMMA(ポリメタクリル酸メチル樹脂,poly-methylmethacry-late)リングを挿入する角膜内リング,近視矯正用眼内レンズ挿入術や角膜熱形成など新しい治療が試みられている5,7,8).しかしながら,長期的な効果や安全性に関するデータはいまだ報告されていない.2.ペルーシド角膜辺縁変性に対するダブルベベルHCLの有用性ペルーシド角膜辺縁変性に対するHCL処方においては,角膜下方の急峻な倒乱視化した角膜形状が問題となる.球面HCLではレンズの光学部が突出部に強く接触し,レンズの下方のエッジが浮き上がるため,レンズが左右に偏位する(シーソー現象).従来,レンズ径を大きくすることでセンタリングを安定させるフィッティング方法が試みられているが,Try&Errorを繰り返しカニの爪様KissingDove図2ペルーシド角膜辺縁変性症例のスリットランプ観察像とカラーマップ(文献9より)1370あたらしい眼科Vol.30,No.10,2013(26)表2ペルーシド角膜辺縁変性の程度と治療方針矯正方法程度補足初期のペルーシド角膜辺縁変性では角膜中央部は異常になりにくいため,眼鏡眼鏡軽度による視力補正が可能.倒乱視,斜乱視を呈する症例が多い.SCL軽度乱視の補正が必要な場合にはレンズ厚が厚いレンズデザインを選択する.一般的にはシリコーンハイドロゲルレンズの視力補正効果が高い.乱視補正に優れるため,眼鏡やSCLで視力補正が不十分な症例にも有効.進HCL中等度行例ではレンズのセンタリングがむずかしくなる.鼻側,耳側に偏位するシー球面レンズソー現象がみられる.大きめのサイズのレンズを選択して,フィッティングを安定させるのがコツ.HCL中等度~球面レンズでフィッティングがむずかしい症例でも,センタリングを安定させダブルベベルることが可能.サイズを大きくして角膜突出部と周辺の角膜に広くフィッティタイプ高度ングさせても,違和感が少ないため装用しやすい.レンズ不耐症などで考慮されるが,周辺の角膜を含めた移植となるため,拒絶角膜移植超高度反応のリスクが高い.術後乱視,血管新生も問題となる.通常は適応外.根治的な治療法がないため,視力補正によるqualityofvisionの確保が重要.表3マイルドII(ツインベルタイプ)のトライアルレンズセットトライアルレンズトライアルレンズ処方レンズのセット1セット2製作可能範囲BC(mm)7.50~8.657.00~9.507.00~9.50(0.05mmステップ)(0.20mmステップ)(0.05mmステップ).30.00~+10.00度数(D).1.000(0.25Dステップ)レンズ径(mm)9.010.08.8~10.0てもなかなかむずかしいのが現実である.ダブルベベルHCLは,レンズ径9.0mm以上の大きなデザインで(表3),倒乱視化した角膜形状においてもレンズのセンタリングが安定しやすくなる9).さらに,フラットなBCとスティープな第1中間カーブのデザインにより角膜突出部とレンズ後面との過度な接触を軽減して,装用感を改善することができる.3.ペルーシド角膜辺縁変性に対するHCLの実際症例1:ペルーシド角膜辺縁変性疑い(30歳,男性)従来眼鏡を装用していたが,右眼の見えにくさを訴え,近医より角膜突出の精査・加療目的で当院を紹介された.スリットランプでは,両眼の角膜下方の菲薄化がみられ,マイヤー像は縦長に変形し,右眼は下方のマイヤーリングが断裂している(図3).トポグラフィによるカラーマップは軽度のKissingDoveを呈していた.視力は右眼0.3(1.0D×cyl.2.5DAx70°),左眼0.2(1.2×sph.2.5Dcyl.1.5DAx90°)であったが,右眼の角膜形状をFourier解析すると,球面成分,正乱視成分に加え,眼鏡では視力補正できない非対称成分(下方が急峻)や不正乱視成分もみられる.本症例に球面レンズを装用すると,角膜突出部とレンズ後面の接触が強くなり,レンズ下の涙液の過剰な貯留がみられた(図4).瞬目の際に上眼瞼で球面HCLを下方に押しこむ傾向にあり,一旦レンズが下方安定となるとレンズが動かなくなったが,ダブルべベルタイプHCLに変更すると,角膜とレンズ後面のアライメントが広くなり,ベベル部に涙液の貯留がみられた(図4).瞬目によるレンズの動きも良くなり,球面レンズの場合よりレンズの安定位置が高くなって,センタリングが改善された(図4).本症例はダブルベベルHCLにより視力は右眼(1.2×HCL)に改善した.(27)あたらしい眼科Vol.30,No.10,20131371右眼左眼図3ペルーシド角膜辺縁変性疑い(30歳,男性)症例の前眼部,マイヤー像,カラーマップ(右眼)(文献9より)球面HCLダブルベベルHCL図4ペルーシド角膜辺縁変性疑い症例に対するHCLのフィッティング(右眼)(文献9より)症例2:中等度ペルーシド角膜辺縁変性(40歳,男性)長年,SCLを装用していたが,4~5年前よりSCLを装用しても見えにくいことを自覚していた.屈折矯正手術を希望して近医を受診し,ペルーシド角膜辺縁変性を疑われて精査目的で当院を紹介された.スリットランプでは両眼の下方角膜の菲薄化,突出がみられ,右眼のカラーマップはカニの爪様を呈していた(図5).視力は右眼0.03(0.7×sph.5.0Dcyl.10.0DAx90°),左眼0.05(1.2×sph.5.5Dcyl.5.0DAx90°)であった.本症例1372あたらしい眼科Vol.30,No.10,2013に球面HCLを装用すると,レンズのセンタリングが安定せず,耳側角膜輪部からレンズ縁までの距離が大きくなり(図6,両矢印),鼻側のエッジが結膜に接触していた(図6,矢印).レンズと角膜突出部の接触は強く,レンズ下の涙液の貯留量も過剰であったが,ダブルベベルHCLの装用により,レンズのセンタリングが改善され,耳側角膜輪部からレンズ縁までの距離が小さくなった(図6,両矢印).瞳孔領がレンズ光学部で覆われてレンズ下の涙液量も適量となり,視力は右眼(1.0×HCL)に(28)図5中等度ペルーシド角膜辺縁変性疑い症例の前眼部,カラーマップ(文献9より)球面HCLダブルベベルHCL図6中等度のペルーシド角膜辺縁変性疑い症例に対するHCLのフィッティング(右眼)(文献9より)改善した.IIIまとめダブルベベルHCLは特殊なデザインのレンズであるが,正常角膜に処方するために開発された市販レンズである.このため,トライアルレンズセットの準備や処方レンズなども充実しており,処方のみならず経過観察においても,他の特殊レンズより容易な点も実際の臨床の場では有用である.本レンズの処方を始めるにあたっては,球面レンズとフルオレセインパターンが異なることが問題となるかもしれない.まずは,正常角膜で本レンズでのフルオレセインパターンの判断には慣れておくことが,ペルーシド角膜辺縁変性のような角膜形状異常へ対処するための第一歩になると思う.厚生労働省難病情報センターよりペルーシド角膜辺縁変性の診断基準が公表されたことから4),ペルーシド角膜辺縁変性と診断される症例が増加する可能性があり,今後,ダブルベベルレンズの必要な症例も増加するのではないかと考えられる.文献1)植田喜一,山本達也,小玉裕司ほか:新しい多段カーブハードコンタクトレンズの試作.日コレ誌46:31-34,20042)柳井亮二,石田康仁,植田喜一ほか:角膜移植後角膜に対する多段カーブハードコンタクトレンズの有用性.日コレ誌49:166-170,20073)FederRS,KshettryP:Nonin.ammatoryectacticdisor-ders.In:KrachmerJH,MannisMJ,HollandEJ(eds)Cornea─Fundamentals,DiagnosisandManagement.,p955-974,Elsevier,London,20054)島﨑潤,坪田一男,稗田牧ほか:ペルーシド角膜辺縁変性の実態調査と診断基準作成.平成22年度厚生労働省(29)あたらしい眼科Vol.30,No.10,20131373研究費補助金難治性疾患克服研究事業総括研究報告書.p1-9,20115)JinabhaiA,RadhakrishnanH,O’DonnellC:Pellucidcor-nealmarginaldegeneration:Areview.ContLensAnteri-orEye34:56-63,20116)BelinMW,AsotaIM,AmbrosioRJretal:What’sinaname:keratoconus,pellucidmarginaldegeneration,andrelatedthinningdisorders.AmJOphthalmol152:157-162e151,20117)KamiyaK,ShimizuK,HikitaFetal:Posteriorchambertoricphakicintraocularlensimplantationforhighmyopicastigmatismineyeswithpellucidmarginaldegeneration.JCataractRefractSurg36:164-166,20108)BelinMW,KhachikianSS,AmbrosioRJr:Theuseofintracornealringsforpellucidmarginaldegeneration.AmJOphthalmol151:558-559;authorreply559,20119)柳井亮二,植田喜一,園田康平:ペルーシド角膜辺縁変性に対するツインベルタイプハードコンタクトレンズの有用性.日コレ誌.印刷中10)SridharMS,MaheshS,BansalAKetal:Pellucidmargin-alcornealdegeneration.Ophthalmology111:1102-1107,20041374あたらしい眼科Vol.30,No.10,2013(30)