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涙点閉鎖術後に涙.炎を発症したSjögren症候群の1例

2013年9月30日 月曜日

《第1回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科30(9):1298.1301,2013c涙点閉鎖術後に涙.炎を発症したSjogren症候群の1例植木麻理*1三村真士*2今川幸宏*2佐藤文平*2勝村浩三*3池田恒彦*1*1大阪医科大学眼科学教室*2大阪回生病院眼科*3八尾徳洲会総合病院眼科ACaseofAcuteDacryocystitisafterSurgicalPunctalOcclusioninSjogren’sSyndromeMariUeki1),MasashiMimura2),YukihiroImagawa2),BunpeiSato2),KozoKatsumura3)andTsunehikoIkeda1)1)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2)DepartmentofOphthalmology,OsakaKaiseiHospital,3)DepartmentofOphthalmology,YaoTokusyukaiGeneralHospital目的:涙点閉鎖術後に急性涙.炎を発症した1例を報告する.症例:74歳,女性.Sjogren症候群によるドライアイにて涙点プラグを挿入したが脱落を繰り返し,涙点閉鎖術施行となった.術3年後ごろより時折,鼻根部の腫脹,疼痛を自覚するようになった.疼痛,腫脹,眼脂が強くなり受診したところ鼻根部の発赤,腫脹を認め,涙点は閉塞していた右眼鼻側結膜より排膿を認めた.CT(コンピュータ断層撮影)にて涙.の腫脹があり,急性涙.炎を診断.抗生物質点滴加療後,涙.摘出術を施行.その後,疼痛,眼脂は消失.角膜障害も悪化していない.結論:涙点閉鎖術後に涙道が閉鎖腔となると急性涙.炎を発症することがあり,このような症例に対して涙.摘出術は有効な術式と思われる.Purpose:Wepresentacaseofacutedacryocystitisaftersurgicalpunctalocclusion.Case:Thepatient,a74-year-oldfemale,hadseveraltimesundergonepunctalocclusionwithpunctalplugfordryeyecausedbySjogren’ssyndrome,althoughtheplugfellouteachtime.Shethenunderwentsurgicalpunctalocclusion.At3yearsafterthatsurgery,therootofhernosewasswellingandshefeltseverepain.Herconditionworsenedandshevisitedourclinic;herpunctawereclosed,althoughitelcameoutfromthenasalsideoftheconjunctiva.computedtomographyshowedlacrimalductswelling;Shewasdiagnosedwithacutedacryocystitisandunderwentadacryocystectomy.Aftersurgery,herpainanditeldisappearedandcornealconditionremainedgood.Conclusion:Surgicalpunctalocclusionmightinduceacutedacryocystitisifthelacrimalductbecomesoccluded.Dacryocystectomyisapossibleeffectivetreatmentinsuchacase.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(9):1298.1301,2013〕Keywords:Sjogren症候群,涙点閉鎖術後,涙.炎,涙.摘出術.Sjogren’ssyndrome,afterpunctalocclusion,dacryocystitis,dacryocystectomy.はじめにSjogren症候群は涙腺と唾液腺を標的とする自己免疫疾患の一つで,臓器特異的自己免疫疾患であり,多くの症例で強い眼や口の乾燥症状が出現することが知られている.Sjogren症候群によるドライアイでは点眼治療のみで効果が不十分なことがしばしばあり,難治症例では積極的に涙点プラグや涙点縫合などが行われている.一方,ドライアイに対する涙点閉鎖術後の涙小管炎や涙.炎の報告も散見される1.3).今回,筆者らは涙点閉鎖術3年後に急性涙.炎による蜂巣炎を発症した症例を経験したので報告する.I症例患者:74歳,女性.現病歴:平成14年より前医にて涙液減少症にて角膜障害,異物感が出現し,人工涙液やヒアルロン酸ナトリウム点眼による治療に加えて,両側上下涙点に涙点プラグ挿入も施行されていたが脱落を繰り返していた.角膜障害の悪化,疼痛が出現したため,平成18年7月大阪医科大学(以下,当院)眼科,紹介受診となった.既往歴:平成3年より関節リウマチにて当院膠原病内科にて加療中であり,平成14年に抗SS-A抗体が陽性であり〔別刷請求先〕植木麻理:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:MariUeki,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-cho,Takatsuki,Osaka569-8686,JAPAN1298(98)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY abab図1初診時前眼部所見(a:右眼,b:左眼)両眼に角膜上皮障害,および左眼には著明なmucusplaqueを認める.ab図2再診時所見左眼の上下涙点は完全に閉鎖しており(a),内眼角部眼瞼が発赤腫脹,内眼角部結膜より排膿を認めた(b).Sjogren症候群と診断されていた.初診時所見:視力はVD=0.1(0.4×sph+3.0D(cyl.1.0DAx50°),VS=0.07(0.1×sph+2.0D(cyl.1.5DAx25°).眼圧はRT=15mmHg,LT=19mmHg.前眼部・中間透光体:両眼点状表層角膜症,左眼には著明なmucusplaqueを認めた(図1).右眼下涙点に挿入された涙点プラグが残存していた.同月(平成18年7月),右眼上涙点に涙点プラグ挿入および左眼上下涙点縫合術が施行された.治療後,両眼とも涙液メニスカスは上昇し,角膜障害は改善,視力も右眼(0.9),左眼(0.9)まで改善した.涙点縫合術2年9カ月後左眼流涙,充血が出現し,近医にて流行性角結膜炎と診断された.その後,継続する眼脂,間欠性の眼瞼腫脹,疼痛を自覚し,眼脂培養にてMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)が検出された.クロラムフェニコール点眼にて一時的には軽快していたが,術3年8カ月後,眼瞼腫脹,疼痛が増悪し,当院眼科を再診した.再診時,左眼の上下涙点は完全に閉鎖しており,内眼角部眼瞼が発赤腫脹,内眼角部結膜より排膿を認めた(図2).膿の培養ではMRSAが検出された.CT(コンピュータ断層撮影)により涙.腫脹を認め(図3),涙.炎による蜂巣炎と判断し,バンコマイシン点滴,ガチフロキサシン点眼による治療,消炎後,左側涙.摘出術を施行した.術中所見で涙.は膿で満たされており,拡張していた.病理組織では涙.は下部で閉塞しており,涙.周囲には多数の形質細胞を中心とする炎症細胞浸潤が認められ,慢性炎症の存在が示唆された.また,涙.の多列円柱上皮は一部壊死による破壊像はあるものの粘液分泌細胞も良好に保たれていた(図4).術後,眼脂は消失,現在まで再発はない.(99)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131299 図3CT所見(左:冠状断,右:水平断)涙.部に涙.炎と思われるhighdensityareaを認める.強拡大図4病理組織所見涙.は下部で閉塞しており(左下),涙.周囲には多数の形質細胞を中心とする炎症細胞浸潤が認められ,慢性炎症の存在が示唆弱拡大された.II考按過去にも涙点閉鎖後に涙.炎を発症したという報告はあり,涙点閉鎖術から涙.炎の発症まで3週間と早期のものはもともと涙.炎の既往があったものであり,その他の者は外界と涙.との連絡があり,菌が侵入可能であったため発症したと考察されている1.3).今回の症例では涙点閉鎖後3年以上を経過して発症しており,涙.炎発症時には涙点は完全に1300あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013閉塞しているにもかかわらず,内眼角の結膜より排膿していた.流行性角結膜炎罹患後に発症しており,結膜炎発症時に結膜が障害され,結膜と涙小管に瘻孔が形成,菌が侵入することにより涙.炎を発症したと考えられる.涙液は涙.粘膜から90%が再吸収されるといわれており,涙液減少症では涙.以降の鼻涙管に閉塞があっても流涙症状がなく,診断が困難な症例も多い1,4).本症例に涙点閉鎖術前から鼻涙管閉塞があったかは不明であるが,病理組織所見(100) より長期にわたり閉塞していたものと推察される.涙点プラグなど涙点閉鎖術前には通水検査による鼻涙管閉塞の有無を確認することが必要であり,鼻涙管閉塞が存在する場合に涙点閉鎖を施行すれば涙.を閉鎖腔とすることになり,術後,涙.炎を発症する可能性も高くなると考えられる.また,総涙小管閉塞症において涙液の排出が少なくなるため鼻涙管が萎縮閉塞することがあるとされており,涙点閉鎖時に鼻涙管閉塞がなくても経過中に閉塞する可能性は考えられる.このような症例に対してドライアイの治療として涙.摘出術も選択肢の一つであると思われた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)GlattHJ:Acutedacryocystitisafterpunctalocclusionofkeratoconjunctivitissicca.AmJOphthalmol111:769770,19912)MarxJL,HillmanDS,HinshawKDetal:Bilateraldacryocystitisafterpunctalocclusionwiththermalcautery.OphthalmicSurg23:560-561,19923)RumeltS,RemullaH,RubinPA:Siliconepunctalplugmigrationresultingindacryocystitisandcanaliculitis.Cornea16:377-379,19974)HurwitzJJ,MaiseyMN,WelhamRA:Quantitativelacrimalscintillography.I.Methodandphysiologicalapplication.BrJOphthalmol59:308-312,1975***(101)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131301

超音波手術器「ソノペットTM UST-2001」の骨窓作製時における使用経験

2013年9月30日 月曜日

《第1回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科30(9):1294.1297,2013c超音波手術器「ソノペットTMUST-2001」の骨窓作製時における使用経験高野俊之高野眞綾たかの眼科SonopetTMUST-2001(UltrasonicOsteotome)forExternalDacryocystorhinostomyToshiyukiTakanoandMayaTakanoTakanoEyeHospital緒言:硬組織用超音波手術器ソノペットTMUST-2001は,25kHz,34kHzの周波数の振動により,高速で伸縮するチップを骨組織と接触させることで骨を物理的に乳化,破砕削除する装置である.骨削除と同時に灌流,吸引ができるため,術野の確保もできる.今回,涙.鼻腔吻合術鼻外法(Ext-DCR)での骨窓作製における骨削除にソノペットTM使用の経験を得たので報告する.方法:10症例10眼のExt-DCR施行での骨窓作製にソノペットTMを使用した.骨窓は上顎骨前頭突起から前涙.稜部に10mm×10mmの円形の骨削除を行った.結果:鼻粘膜に近接する骨組織の削除中,鼻粘膜組織にソノペットTMチップが接触しても出血を認めなかった.結論:超音波手術器ソノペットTMは,ドリルと比較して視認性,操作性が優れ,なおかつ出血がほとんど起こらず,安全性において大きなアドバンテージがあると考えられた.Introduction:SonopetTMisanultrasonicosteotomethatphysicallyemulsifiesbonetissuesthroughvibrationatfrequenciesof25kHzand34kHz,whilemaintainingaclearoperationfieldwithitsinfusion-aspirationsystem.Weevaluatedtheoutcomesofexternaldacryocystorhinostomy(Ext-DCR)usingSonopetTM.Methods:PrimaryExt-DCRwasperformedon10patients(10procedures).Theareaofboneoftheanteriorcrestandthewallofthelacrimalfossawasremovedasanovalportion(10mm×10mm)usingSonopetTM.Results:DuringthesurgeryweobservednosignificantbleedingoranydamagetothenasalmucosaltissuesattachedtotheSonopetTMtip.Conclusion:TheSonopetTMultrasonicosteotomeissuperiortodrillsintermsofvisualization,safety,manipulationandeaseofuse.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(9):1294.1297,2013〕Keywords:ソノペットTMUST-2001,涙.鼻腔吻合術鼻外法,硬組織用超音波手術器.SonopetTMUST-2001,externaldacryocystorhinostomy,ultrasonicosteotome.はじめに超音波手術器は,眼科領域において白内障超音波水晶体乳化吸引術として広く用いられている.一方,脳外科領域では1993年,硬組織用超音波手術器として「ソノペットTMUST2001」(以後,ソノペットTMと略す)が開発導入され,ハイスピードドリルに替わり広く使用されてきている1,2).ソノペットTMは,25kHzの超音波周波数振動により高速で伸縮するチップが骨組織と接触することで骨を物理的に乳化,破砕,吸引することができる3,4).今回,涙.鼻腔吻合術鼻外法(Ext-DCR)での骨窓作製における骨削除にソノペットTMを使用したので報告する.I装置および方法1.装置:超音波手術器「ソノペットTMUST-2001」(Stryker社)(図1)本装置は,25kHzおよび34kHzの周波数で高速伸縮振動するチタン合金製チップを骨組織と直接接触させることにより,骨組織を物理的に乳化,破砕,吸引する手術器である.吸引ポンプおよび灌流ポンプが内蔵された本体にフットスイッチとハンドピースを接続する構造になっている.ハンド〔別刷請求先〕高野俊之:〒360-0041熊谷市宮町2-1たかの眼科Reprintrequests:ToshiyukiTakano,M.D.,TakanoEyeHospital,2-1Miyamachi,Kumagaya-shi,Saitama360-0041,JAPAN1294(94)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY ピースは,本体より供給される高周波電力を振動に変換する圧電素子と振動を増幅するチップ部から構成される.チュービングによりハンドピースまで送られてきた生理食塩水は,チップとチップカバーの間を通り,切削部に供給され,超音波振動によって乳化,破砕された組織とともにチップ部貫通穴に吸引される.今回,ハンドピースとカッティングヘッド図1超音波手術器ソノペットTMUST-2001(Stryker社)切削面吸引口内部背面部図2チップ先端部(3.5×2mm)が一体となっているタイプを用いた(HB-14Sハイパー細型LTキュレットハンドピースS,Stryker社).チップ先端は300μm振幅,かつ高速非回転往復運動(25,000回振動/秒)をすることにより,骨組織を乳化,破砕,削除する(図2).骨窓作製時での設定は,Power85%(0.100%),吸引80%(5.100%,最大吸引圧500mmHg),灌流量8ml/min(3.40ml/min)とした(表1).2.対象および方法対象は,慢性涙.炎を併発した鼻涙管閉塞,10症例10眼である.男性3例,女性7例で,年齢53.92歳(平均68.3歳),術後経過観察期間は1.10カ月(平均5.2カ月)であった(表2).2%キシロカインR(5ml)にて前篩骨神経ブロックおよび滑車下神経ブロック後,涙.鼻腔吻合術鼻外法(Ext-DCR)を行った.上顎骨前頭突起外側部よりソノペットTMを用いて骨削除を開始し,骨窓作製(f10×10mm)を行った(図3).表1骨窓作製時における設定・Power85%(0.100%)・吸引80%(5.100%)最大吸引圧500mmHg・灌流8ml/min(3.40ml/min)図3骨窓作製表2Ext-DCR時ソノペットTMを用いての骨窓作製症例症例年齢/性別眼疾患名涙道内視鏡的probing閉塞部位経過観察1234567891053歳/男性(A.M)81歳/女性(A.H)44歳/女性(I.F)92歳/女性(S.T)72歳/女性(O.N)71歳/女性(O.T)60歳/女性(M.K)61歳/男性(H.K)82歳/男性(T.S)67歳/女性(H.K)右眼左眼左眼右眼左眼右眼右眼右眼右眼左眼慢性涙.炎慢性涙.炎慢性涙.炎慢性涙.炎慢性涙.炎慢性涙.炎慢性涙.炎慢性涙.炎急性涙.炎慢性涙.炎1回3回3回3回1回4回1回1回1回4回涙.直下涙.直下鼻涙管下部涙.直下涙.直下涙.直下涙.直下涙.直下鼻涙管中部鼻涙管中部5カ月10カ月6カ月9カ月5カ月7カ月6カ月2カ月1カ月1カ月(95)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131295 表3骨窓作製でのソノペットTMとドリルとの比較超音波器ソノペットTM電動ドリル周囲組織巻き込み灌流・吸引周囲軟部組織損傷術中操作音無◎無小(超音波白内障手術と同等)有×有大II結果骨窓作製時,チップ先端を骨面と平行に当て,軽度の圧力をかけるのみで,容易に骨は破砕され,骨組織はほぼ同時に吸引された.ハンドピースはペンホルダーの操作で,超音波白内障手術と同様の使用感で行えた.ドリルと異なりチップの回転運動がないため,周囲組織の巻き込みがなく,また,骨削除中灌流,吸引が同時に行われるので,術野の視認性が良好であり,手術操作を中断することなく行えた.骨削除中,鼻粘膜に接触しても鼻粘膜の損傷を生じにくく,出血も認められなかった.骨が厚い場合,ドリルに比べて骨削除にやや時間がかかる傾向があった.しかし,鼻粘膜付近の骨削除はむしろドリルより容易に行え,骨窓作製のトリミングもソノペットTMのみで行うことができ,彫骨器などは必要としなかった.しかし,長時間連続して骨削除を続けると削除骨面が茶褐色に変色,バーン(熱傷)が生じることがあった.その際は一時的に超音波操作を止めて灌流のみとすれば,支障をきたすことはなかった.ソノペットTMの操作音は,白内障超音波手術操作音と同様であり,ドリル操作で生じるような高音,金属音,振動もなく,静寂に手術をすることができた.ソノペットTM操作中は,患者からの疼痛,不快感の訴えはほとんどなかった.超音波手術器ソノペットTMとドリルとの比較を表3に示す.今回,ソノペットTMを使用して骨窓作製した10症例10眼において,鼻粘膜穿孔,涙.損傷も認めず,視力低下,感染などの合併症も生じなかった.現在のところ,全例,流涙も消失し,涙道洗浄による通水も良好であった.III考按白内障超音波乳化吸引手術器におけるハンドピースは磁歪超音波機構からなり,チップ先端の40kHz超音波振動によって水晶体核を切削,乳化,同時に吸引する構造になっている5,6).ソノペットTMは,電歪超音波機構からなる.25kHzおよび34kHzの周波数振動により,多数の突起面で構成されたチタン合金製チップが高速伸縮し,骨組織を物理的に乳化,破砕,削除する仕組みになっており,超音波結石破砕装置と1296あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013異なり,超音波波動が放出され組織を破砕するものではない.ソノペットTMのチップ先端背面部,側面部の振幅は切削部の約1/7倍と小さくなっていること,ドリルと異なり回転モーメントがないため周囲組織の巻き込みが起こらないこと4),さらに,チップ先端の高周波振動は軟部組織に吸収されるため,骨以外の軟部組織は傷つきにくいこと7),これらの理由より,脳外科領域での脳動脈瘤,髄膜腫などの頭蓋底手術での骨削除(anteriorclinoidectomy)に超音波手術器ソノペットTMの使用が急速に普及してきた.眼科領域においても,近年,海外においてDCR鼻外法8),DCR鼻内法9)でのソノペットTM使用が報告されている.今回筆者らは,涙.炎を合併し,かつ涙道内視鏡的プロービングを施行後,治癒しなかった鼻涙管閉塞10症例10眼のDCRにソノペットTMを使用し,安全に骨窓を作製することができた.ソノペットTMでは,1方向のみの超音波振動による骨破砕のため,ドリルで問題となっていた周囲組織の巻き込みもなく,周囲軟部組織の損傷も認めなかった.鼻粘膜および涙.などに超音波チップが直接接触しても超音波振動は吸収されるため,損傷もほとんど認めなかった.さらに,骨削除と同時に灌流,吸引を行うため,視認性がきわめて良好であり,手術操作の中断もなく手術が行えた.ソノペットTMでの骨削除操作音は白内障超音波水晶体乳化吸引術と同程度であり,局所麻酔下手術における患者の疼痛や不安を著明に軽減することができた.骨が厚い場合,ソノペットTMでは骨窓作製に要する時間がドリルと比べてやや長くかかる傾向がある.しかし,荒削り用チップも数種あり,交換可能タイプのハンドピースであれば,術中にチップ交換することもできる.また,チップ先端の骨への圧迫をやや強めにすると切削力が高まる.さらに,骨の硬さ,厚さに応じて超音波出力を調節すればドリルと同程度の時間で骨窓を作製することができた.ソノペットTM器機の価格は高速ドリルとほぼ同等であるが,現在国内では,脳外科での販売実数が約600台あるといわれ,脳外科と共用,使用することも可能であると思われる.DCRは,手術操作の煩雑性,出血の処理,眼科医に馴染みのないドリルとノミや彫骨器などの使用,不慣れな鼻内操作などの理由で敬遠される傾向にあるが,ソノペットTMを使用することにより,今後,DCRを手掛ける眼科医が増えるきっかけになる可能性があると思われた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)InoueT,IkezakiK,SatoY:Ultrasonicsurgicalsystem(96) (SONOPETR)formicrosurgicalremovalofbraintumors.NeurolRes22:490-494,20002)井上洋:超音波手術装置(SONOPETUST-2001TM)脊髄・頭蓋底手術から通常の開頭手術まで.脳神経外科速報13:423-426,20033)HadeishiH,SuzukiA,YasuiNetal:Anteriorclinoidectomyandopeningoftheinternalauditorycanalusinganultrasonicbonecurette.Neurosurgery52:867-871,20034)大田英史:超音波メス“ソノペット”の原理について.動物臨床医学会年次大会プロシーディング26:299-301,20055)KelmanCD:Historyofemulsificationandaspirationofsenilecataracts.TransAmAcadOphthalmolOtolaryngol78:5-13,19746)NormanSJ(馬嶋慶直訳):白内障手術とその合併症.p249,メディカルブックサービス,19867)日高聖,千葉康洋,高田寛人:超音波骨メスを利用した棘突起縦割式頸部脊柱管拡大術超音波骨メスの有用性について.脊髄外科12:19-24,19988)Sivak-CallcottJA,LinbergJV,PatelS:UltrasonicboneremovalwiththeSonopetOmni:Anewinstrumentfororbitalandlacrimalsurgery.ArchOphthalmol123:15951597,20059)MurchisonAP,PribitkinEA,RosenMRetal:Theultrasonicboneaspiratorintransnasalendoscopicdacryocystorhinostomy.OphthalPlastReconstrSurg29:25-29,2013***(97)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131297

経涙小管レーザー涙囊鼻腔吻合術

2013年9月30日 月曜日

《第1回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科30(9):1289.1293,2013c経涙小管レーザー涙.鼻腔吻合術宮久保純子*1,2岩崎明美*1,2森寺威之*3*1宮久保眼科*2群馬大学医学部眼科学教室*3森寺眼科医院TranscanalicularDiodeLaser-AssistedDacryocystorhinostomySumikoMiyakubo1,2),AkemiIwasaki1,2)andTakeshiMoritera3)1)MiyakuboEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,GunmaUniversitySchoolofMedicine,3)MoriteraEyeClinic目的:近年,経涙小管レーザー涙.鼻腔吻合術(transcanalicularlaser-assisteddacryocystorhinostomy:TCLDCR)は,大人の鼻涙管閉塞の低侵襲で有効な術式と報告されている.今回,半導体レーザーを用いてTCLDCRを施行した9症例を経験したので,術式と手術結果を報告する.対象および方法:対象は2010年5月.12月に施行した鼻涙管骨内部閉塞の連続症例9例9側で,平均年齢は68歳である.半導体レーザーのファイバーを上涙点より鼻涙管閉塞部まで挿入し,鼻内視鏡で観察しながら吻合孔を作製し,涙管チューブを挿入した.結果:全例,出血は少なく,合併症なく吻合孔が作製できた.涙管チューブを平均308±176日留置し,術後平均638±176日経過観察の結果,maxillarylineの後方の骨の薄い部位に吻合孔を作製できた6側中5側は成功した.残りの3側は骨や鼻粘膜が厚く,術後吻合孔が狭窄したため2側はレーザーを追加し1側は成功した.結論:TCLDCRは適応と安全性を検討することでわが国でも有効な術式となると考えられた.Purpose:Transcanalicularlaser-assisteddacryocystorhinostomy(TCLDCR),arecentlyintroducedprocedure,isconsideredaminimallyinvasiveandeffectivetechniquefortreatingnasolacrimalductobstruction.WereporttheuseandpostoperativeresultsofTCLDCRwith980nmdiodelaserin9cases,thefirstinJapan.Methods:Aretrospectivestudyof9consecutiveeyesof9patientswithlacrimalductobstructionthatunderwentTCLDCRbetweenMayandDecemberof2010.Underobservationvianasalendoscopy,laserosteotomywasperformedandsiliconeintubationstentwasplaced.Result:Therewasdiminishedbleedingandnocomplications.Thesiliconestentswereremovedatanaverageof10monthsaftersurgery.Ataverage21-monthfollowup,resultfor5ofthe9patientsweresuccessful.Theosteotomiesofthe5patientswereperformedthroughthethinlacrimalboneandnasalmucosa.Conclusion:TCLDCRisdeemedasafeandeffectiveprocedureasperformedinJapan.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(9):1289.1293,2013〕Keywords:経涙小管,涙.鼻腔吻合術,半導体レーザー,涙管チューブ挿入,鼻内視鏡.transcanalicular,dacryocystorhinostomy,diodelaser,siliconeintubationstent,nasalendoscopy.はじめに大人の特発性鼻涙管閉塞の根治手術である涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)鼻外法では皮膚切開が必要で,また鼻外法でも鼻内法でも涙.や鼻粘膜からの多量の出血,骨窓作製時にドリルやノミを使用するときの振動など侵襲が大きい.そこで,レーザーを使用したDCR鼻内法が報告され1),その後Chiristenburyら2)はアルゴンレーザーのファイバーを涙小管から挿入し,鼻内視鏡で涙.内のレーザー光を確認しながらレーザーを照射して吻合孔を作製する経涙小管レーザー涙.鼻腔吻合術(transcanalicularlaser-assisteddacryocystorhinostomy:TCLDCR)を発表した.当初は従来のDCRと比較して手術成績が悪かったが,その後の報告3.8)では手術成績は改善してきている.わが国でのレーザーを使用したTCLDCRの臨床報告はなく,今回半導体レーザーを使用したTCLDCRの症例を経験したので,手術方法と成績を検討し報告する.I対象および方法1.使用レーザーレーザーはBiolitec社製のEVOLVETM半導体レーザー〔別刷請求先〕宮久保純子:〒371-0044前橋市荒牧町2丁目3-15宮久保眼科Reprintrequests:SumikoMiyakubo,M.D.,MiyakuboEyeClinic,2-3-15Aramaki-machi,Maebashi-shi,Gunma-ken371-0044,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(89)1289 (波長980nm,最大出力15W)を用い,パルスモードで出力8Wの条件で使用した(図1).外径400μmの光ファイバーに21ゲージ(G)の専用の金属カニューラに通し,金属カ図1Diode(半導体)LaserEVOLVETM(Biolitec社製)EVOLVETMは波長980nm,最大出力15Wの半導体レーザーで,外径400μmの光ファイバーを使用し,専用の金属カニューラにファイバーを通し,金属の先端を半導体レーザーの先端と同程度に曲げて使用した.ニューラの先端を涙道内視鏡の先端と同程度に(先端10mmを27°)曲げて使用した.2.対象本手術に先立ち,宮久保眼科倫理委員会にてレーザーの使用についての承認を得,対象患者には文書による手術説明を行い,同意を得たうえで施行した.対象は2010年6月.12月に施行した鼻涙管骨内部閉塞症例の連続した9例9側(男性2例,女性7例,53.78歳,平均年齢69歳)である(表1).全例慢性涙.炎があり,3側は急性涙.炎の既往があった.経過観察期間は手術後347.913日(平均638±176日)である.3.手術方法麻酔は2%塩酸リドカインエピネフリン入りで滑車下神経ブロックと鼻粘膜浸潤麻酔(塩酸リドカインとオキシメタゾリン塩酸塩とを混合),4%点眼用塩酸リドカインにて涙道内麻酔を行った.手術は涙道内視鏡(FiberTech社製)と鼻内視鏡(町田製作所製)の映像をモニターに映し,映像を見ながら行った.シースとして18Gエラスター針の外筒を涙道内視鏡に装着して使用し,涙道内視鏡を上涙小管から鼻涙管閉塞部まで挿入し,シースを残して涙道内視鏡を抜去した.金属カニュ表1鼻涙管閉塞9例9側の経過と結果,照射エネルギーと吻合孔1.吻合孔作製時,骨,鼻粘膜が薄かった症例(吻合孔は鼻堤部より下方でML後方)症例年齢涙.炎合併チューブ留置期間(日)経過観察期間(日)再照射日まで(日)結果初回手術照射(J)初回手術照射(秒)前篩骨洞の介在作製吻合孔(mm)1女性61歳慢性165648成功72393なし2×42女性53歳慢・急性221913成功851110なし3×43女性71歳慢性193477成功1,095144なし2×54男性78歳慢性283489成功712100あり3×65女性77歳慢・急性206689成功904116なし3×46女性70歳慢性385752再閉塞820106なし2×6平均242±110661±52851±49112±163×52.吻合孔作製時,骨は薄いが,鼻粘膜が厚かった(吻合孔は鼻堤部より下方でMLの後方)7男性67歳慢・急性102347再閉塞1,998254あり4×48女性59歳慢性572572103不明不明不明あり2×5平均337±235460±1133×53.吻合孔作製時,骨が厚かった症例(照射部位の骨は厚く,吻合孔は鼻堤部より下方でMLの前後)9女性78歳慢性636859241成功2,266293あり2×4全体平均68歳308±176638±176172±691,171±570159±813×5・成功は流涙症状改善,慢性涙.炎治癒,通水可能,吻合孔ありであった.・第8症例はチューブ抜去後来院なく,結果不明である.・全例で術中・術後出血は少なかった.術後合併症はなかった.・骨,鼻粘膜が薄かった症例の成功率は83%(5/6),全体の成功率は67%(6/9).1290あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(90) ーラに通した半導体レーザーのファイバーを涙小管に残したシースの中に通して,閉塞部まで挿入した.鼻内視鏡で半導体レーザーの光を確認しながらレーザーを照射して吻合孔を作製した.吻合孔を作製後,N-SチューブTM(カネカメディックス社製)またはPFカテーテルTM(東レ)を挿入し,鼻内ガーゼ挿入は行わず手術を終了した.手術翌日より抗生物質内服5日間,抗生物質点眼4回,ステロイド点眼2回を開始した.術後1週間.1カ月ごとに涙管洗浄,鼻内視鏡検査を中心に経過観察を行った.II結果全例涙.は大きく,術中に鼻涙管閉塞部直上まで挿入した涙道内視鏡の光は,鼻堤部より下方でmaxillaryline(ML)の後方に観察できた.レーザー照射で吻合孔を作製時,レー図2症例4(78歳,男性)の左側:術中の鼻内視鏡写真鼻内視鏡で観察しながら骨窓を作製するとき,最初にレーザーファイバーを鼻腔に穿孔させた.図3症例4(78歳,男性)の左側:術中の鼻内視鏡写真鼻粘膜を溶かすように蒸散し広げてから,薄い骨を蒸散して涙.壁を出し,涙.内腔を上下に開いて吻合孔を作製した.ほとんど出血なく,炭化も少なかった.(吸引管は直径3mm)(91)ザーファイバーの先端を涙.下端あるいは鼻涙管閉塞部から斜め内下方に向け,中鼻道に穿孔させた(図2).その後周囲の鼻粘膜を溶かすように蒸散し広げてから,薄い骨を蒸散した.このとき,鼻粘膜は非接触で溶けるように蒸散し,接触させて照射した場合は,鼻粘膜や涙.粘膜は黒く炭化した.骨は接触した部位が白く光り,骨が白色になって破壊された.できるだけ,涙.壁を出してから,最後に上下に涙.内腔を開き,MLの後方に吻合孔を作製した(図3).照射エネルギーは不明の1側を除き,平均1,171±570J(712.2,266J),照射時間は平均159±81秒(93.293秒)であった(表1).手術時間は平均35分(23.45分)であった.術中術後の鼻内出血は少なく,手術翌日の眼瞼腫脹,皮下出血もほとんどなかった.涙管チューブ抜去時までは,手術翌日,1週間後,その後は2週間.1カ月ごとに,涙管洗浄と涙管チューブについた分泌物を吸引除去した.分泌物は多量に吸引されたが,徐々に減少した.吻合孔作製時,照射部位の骨や鼻粘膜が薄かった6側は,レーザー照射量は平均851±49J(712.1,095J),照射時間は平均112±16秒(93.144秒)で平均3×5mmの吻合孔を鼻堤部より下方でMLの後方に作製できた.涙管チューブを平均242±110日(165.385日)留置し,術後661±52日(477.913日)経過観察して,5側は流涙症状,慢性涙.炎症状は消失し涙管洗浄で通水した.吻合孔は,徐々に縮小したがスリット.小孔(図4)となり固定した.1側は術後385日目に涙管チューブを抜去した後,吻合孔が徐々に収縮し術後752日目に再閉塞した.6側中5側が成功し成功率は83%,残りの1側も,術後752日間は閉塞しなかった(表1).図4症例4(78歳,男性)の左側:術後489日目の鼻内視鏡写真涙管チューブを術後283日目に抜去し,抜去後206日間経過観察したが,流涙症状は改善し,通水も良好で,吻合孔の形はほぼ固定した.あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131291 吻合孔作製時,照射部位の骨は薄かったが,鼻粘膜が厚く,前篩骨洞も介在した2側のうち1側は,レーザー照射量は1,998J,照射時間は254秒で,1側は照射量,時間の詳細が不明だが吻合孔をあけるのに時間がかかった.平均3×5mmの吻合孔を鼻堤部より下方でMLの後方に作製できた.前者は術後102日目にチューブを抜去した後吻合孔が徐々に収縮し,術後347日目に再閉塞した.後者は術後103日目に吻合孔周囲にレーザーを追加して広げ,涙管チューブを2本挿入して術後572日目に抜去したが,その後の受診はない.吻合孔作製時,レーザーを照射できる部に骨の薄い部位がなかった症例9は,照射量が2,266J,照射時間が293秒で,2×4mmの吻合孔を鼻堤部より下方でMLの後方に作製できた.術後241日目に吻合孔周囲にレーザーを追加して広げ,涙管チューブを2本挿入して術後636日目に抜去し,術後859日間経過観察して,吻合孔は徐々に縮小し小孔となって固定した.流涙症状,慢性涙.炎症状は消失し涙管洗浄で通水した.全体では,1回目の手術で成功したのは9側中5側で成功率は56%,追加のレーザーも含め成功したのは9側中6側(1側は結果不明)で成功率は67%であった.骨と鼻粘膜が薄かった6側だけでみると成功率は83%(5/6)であった(表1).III考按初めTCLDCRに使用されたレーザーは,アルゴンレーザーやKTPレーザー,Nd:YAGなどいろいろな報告2,3,5)があったが,最近の報告では半導体レーザーによる手術5.7,10)が主流となった.わが国では,Nariokaら8)が半導体レーザーを使用して,DCR鼻外法の再閉塞例にTCLDCRを行ったと報告しているが,初回手術としての臨床報告はない.筆者の一人森寺は,以前9)今回使用したものと同じBiolitec社製のEVOLVETM半導体レーザー(波長980nm,最大出力15W)を使い,遺体にDCRの骨窓を短時間で作製できたと報告している.そのなかで森寺らは,通常のDCRと同様に,パルスモードの10Wでレーザー照射し平均19.4±8.2秒でレーザーファイバーを鼻腔に穿孔させ,全体で平均74.6±19.2秒で骨窓を完成できたが,骨の厚さによりばらつきがあり,直のファイバーを使用したことにより孔をあける位置をコントロールできなかったと述べている.今回,ファイバーの太さが400μmとやや細いが,先端を適宜曲げた金属カニューラを使用することで,ファイバー先端の向きのコントロールができた.そこで,吻合孔作製の位置を鼻涙管骨内部閉塞の直上で,できるだけMLの後方の骨が紙状に薄い部位に作製することを試みた.しかし,骨と1292あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013涙道の位置は個人差があり,下方でMLの後方で骨が薄く,鼻粘膜も薄い部位を蒸散して吻合孔を作製できたものは6側で,残り2側の骨は薄かったが鼻粘膜が厚く,1側は骨の薄い部位を照射できずMLの前後の厚い骨を蒸散しなければならなかった.骨が薄く,照射量の平均が851J,照射時間の平均が112秒と簡単に吻合孔を作製できた6症例中5症例は1回の手術で成功した.一方,照射量が2,000J前後で照射時間250秒以上と,手術時の吻合孔作製に時間がかかった7.9症例は吻合孔の狭窄が強く,1側は術後347日目に再閉塞し,残りの2側はチューブ留置中に再照射して吻合孔を大きくしてからも長期間チューブを留置した.このうちの1側は経過良好だが,1側は抜去後来院せず結果は不明である.この2つのグループを比較すると,骨も鼻粘膜も薄く,少ないレーザー照射で吻合孔をあけられた症例の手術成績が良いことがわかる.6側中5側(83%)が成功し,骨や鼻粘膜が厚く2,000J近く照射した症例は閉塞したり,再照射している.Rieraら6),Hensonら7),Nuhogluら10)も涙骨の薄い骨を削ると述べている.しかし,骨の薄い部位が中鼻甲介の後方であったり,篩骨蜂巣が介在したりと簡単にはレーザーで吻合孔を作れない症例もある.今回筆者らは骨の薄い部位をレーザー照射できず厚い部位に吻合孔を作製したり,厚い鼻粘膜を照射したが,これらの結果は良好とはいえず,TCLDCTの適応ではないか,何回かに分けて照射することを前提に施行する必要があると考えられた.栗橋11)は無理せずドリルやメスなど他の方法を加えながら手術することを勧めている.筆者らの骨の薄い部位とはHensonら7),Nuhogluら10)の涙.窩の骨ではなく,さらに下方をさしている.レーザーを照射したとき,鼻粘膜は非接触で溶けるように蒸散させたが,骨はファイバーの先端を接触させて照射し,骨は白く光り,白色になって破壊された.接触させて照射した鼻粘膜や涙.粘膜は黒く炭化した.これらは,かなり高温になったと考えられた.高温になると周囲組織への障害が問題となるが,特に総涙小管や涙小管水平部組織が閉塞する合併症が問題となる7,11).総涙小管の近くで,高温となる骨,特に厚い骨を照射して削ることは勧められない.そこで,総涙小管から遠い下方の骨の薄い部位,鼻涙管骨内部閉塞部位の照射がより安全と考えた.涙.の左右径は非常に狭いことが多く,盲目的に照射すると総涙小管を熱する危険がある.そこで,レーザーファイバーをまず鼻腔に穿孔させ,鼻粘膜,つぎに薄い骨を蒸散して涙.や鼻涙管壁を出し,涙.は直視下に照射するほうがより安全と考えた.筆者らの方法は,涙小管閉塞などの周囲組織への合併症はなく,より安全な方法と言える.金属カニューラを用いた場合,レーザーファイバーが金属(92) カニューラより5mm以上出ていることが重要で,出ていないと金属カニューラが高温となり,涙小管を焼いてしまうので特に注意が必要である6).つぎに,吻合孔の大きさについてみると,Hensonら7)は8.10mm,Plazaら5)は4×4mm,Nuhogluら10)は11mm以上の大きな吻合孔を作製すると報告している.最終的な吻合孔の大きさが3mm以上であれば再閉塞しないと述べ5),Nuhogluら10)は大きな吻合孔ほど成功率は良いと述べている.筆者らの骨が薄い症例で吻合孔が閉塞した1側は術後752日(約25カ月)と長期間徐々に縮小して閉塞した.成功例の吻合孔の平均は約3×5mmで,平均約21カ月経過観察して最終的に3mm以下の吻合孔となって固定しているが,今後再閉塞する可能性は否定できない.DCR鼻外法の吻合孔は術後3カ月以内にほぼ固定することから12),レーザーによって作製された吻合孔は切開などとは違う反応を示したと考えられる.吻合孔の大きさ,照射エネルギー量,照射方法,最近報告されている吻合孔の収縮予防のためマイトマイシンCの使用6,7),など今後検討する必要があるだろう.TCLDCRの涙管チューブ留置期間の報告はさまざまで,2カ月から4カ月の報告が多い4.7,10).今回,筆者らは全体で平均308±176日(102.636日)と長期の留置を行った.それは,術後鼻内視鏡で吻合孔を観察すると,レーザー照射後の吻合孔が長期間徐々に収縮したこと,吻合孔がDCR鼻外法や鼻内法より小さめになったことからである.留置期間の最も短かった症例7は術後102日目に抜去したが,その後吻合孔は徐々に縮小して閉塞した.このことから,今回同様3×5mm程度の吻合孔の大きさでは,状態を観察しながら抜去時期を検討し,4.6カ月以上留置することが勧められる.また,2本のチューブを留置することも一つの方法である.術中の出血は照射によりほぼ止血したため,術中も術後も出血は軽微で,術直後止血のための鼻ガーゼを挿入する必要もなかった(図4).980nmの波長は水とヘモグロビンに吸収される波長で,粘膜・骨組織の切開や出血の凝固・止血に適するという利点がある6).多量の出血をさせないで手術できることはTCLDCRの利点の一つであり,出血傾向のある症例も手術が可能と考えられる.TCLDCRは,皮膚切開の必要がなく,のみやドリルの振動がなく,出血も少ない侵襲の少ない術式である.一方,DCR鼻外法や鼻内法に比較して手術成績が劣り,吻合孔が安定するのに時間がかかり,涙小管閉塞という重篤な合併症を生じる危険があることなどの欠点もある.今後の検討課題は多いが,低侵襲の有用なDCRの一方法となるだろうと期待できる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)MassaroBM,GonnerringRS,HarrisGJ:Endonasallacrimalductobstruction.ArchOphthalmol108:1172-1176,19902)ChristenburyJD,CharlotteNC:Transcanalicularlaserdacryocystorhinostomy.ArchOphthalmol110:170-171,19923)PiatonJM,LimonS,OunnasNetal:Endodacryocystorhinostomietranscanaliculaireaulaserneodymium:YAG.JFrOphtalmol17:555-567,19944)HongJE,HattonMP,LeibMLetal:Endocanalicularlaserdacryocystorhinostomyanalysisof118consecutivesurgeries.Ophthalmology112:1629-1633,20055)PlazaG,BetereF,NogueiraA:Transcanaliculardacryocystorhinostomywithdiodelaser:long-termresults.OphthalPlastReconstrSurg23:179-182,20076)RieraJM,FabresMTS:Trans-canaliculardiodelaserdacryocystorhinostomy:technicalvariationsandresults.ActaOtorrinolaringolEsp58:10-15,20077)HensonRD,HensonRG,CruzHLetal:UseofthediodelaserwithintraoperativemitomycinCinendocanalicularlaserdacryocystorhinostomy.OphthalPlastReconstrSurg23:134-137,20078)NariokaJ,OhashiY:Transcanalicular-endonasalsemiconductordiodelaser-assistedrevisionsurgeryforfaildedexternaldacryocystorhinostomy.AmJOphthalmol146:60-68,20089)森寺威之,栗橋克昭:新しい半導体レーザーを用いた経涙小管的涙.鼻腔吻合術.眼科手術23:483-486,201010)NuhogluF,GurbuzB,EltutarK:Long-termoutcomesaftertranscanalicularlaserdacryocystorhinostomy.ActaOtorhinolaryngolItal32:258-262,201211)栗橋克昭:DCR涙小管法(中鼻道法).涙.鼻腔吻合術と眼瞼下垂手術,I涙.鼻腔吻合術,p50-53,メディカル葵出版,200812)宮久保純子,宮久保寛:涙.鼻腔吻合術鼻外法術後の吻合孔の内視鏡所見.臨眼53:1237-1241,1999***(93)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131293

My boom 20.

2013年9月30日 月曜日

監修=大橋裕一連載⑳MyboomMyboom第20回「酒井寛」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)連載⑳MyboomMyboom第20回「酒井寛」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)自己紹介酒井寛(さかい・ひろし)琉球大学大学院医学研究科・医科学専攻眼科学講座東北大学の布施昇男先生からバトンを受けました.琉球大学眼科でおもに緑内障を担当しています.出身大学も琉球大学です.大学の学籍番号が87〇〇○でしたので,1987年に来沖していることになります.1993年に卒業し,以来沖縄で眼科医をしています.気がつけば,沖縄を離れたのは留学(シカゴ,イリノイ州立大学,BeatriceYue先生のラボにて)の2年半だけ.琉球大学在学中を含めると,ほぼ四半世紀を沖縄で過ごしています.1993年,というとTHEBOOMの「島唄」がリリースされ沖縄でも大ヒットしたのが眼科医になったこの年でした.この曲は県外人が沖縄民謡をモチーフに作った歌ということで,沖縄県内では批判的な意見もあったようです.奇妙なことに,典型的なナイチャーである私も共感してしまいます.今でもBEGINの「島人ぬ宝」(2002年)のほうが「本物」と感じる部分があります.同じような感覚は「さとうきび畑」(作詞・作曲:寺島尚彦)にも感じることがあります.森山良子が1969年にアルバム収録したこの曲は,父が聞くレコードで幼少時に良く聴いていました.悲しく胸に迫る叙情的な歌詞で,時代背景から反戦歌としても良く知られている名曲です.県内にも読谷村に歌碑があるようです.歌のイメージの沖縄戦は,ただ,なにか漠然として遠い場所に感じてしまいます.(81)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY仕事のmyboom―閉塞隅角緑内障の診断沖縄で眼科医になってすぐに,閉塞隅角緑内障の診断の難しさを感じました.点眼で眼圧がそこそこコントロールされているけれども,ときに上昇するとしてフォローされていた方の隅角をみると非常に小さい周辺虹彩前癒着(PAS)があるだけ,もしくはPASはないけれど隅角は狭いという症例があり,その当時は(その後も),混合緑内障や開放隅角緑内障として治療されていました.その後,隅角鏡,UBM,OCTと械器の発明に伴い診断力は向上し,新しい知見も得られましたが,発症予測はできません.治療は,水晶体再建術の技術的な進歩から診断さえ早くつけばほぼ満足のいく結果がでると思います.発症してしまった緑内障(全般)の治療では,濾過胞感染を起こしにくい濾過胞を目指す工夫,トラベクロトミーと深層強膜切除術を下方象限で行ったり,エクスプレスシャントを使用したり,といったところが最近の工夫でしょうか.それなりに臨床の内容は変化しています.ブームは虫の羽音を語源とし,集まってくる虫の羽音から転じて大流行という意味.仕事でのマイブームは一過性の流行ではなくずっと閉塞隅角緑内障の診断だったと思います.もう少し,続きそうです.先日,シンガポールでAPACRSのサテライトミーティングとして開催されたアジア閉塞隅角緑内障クラブ(AACGC)にシンポジストとして参加しました.シンガポール1泊3日(機内1泊)という強行スケジュールでしたが,シンガポール,インド,マレーシア,香港,中国,台湾,タイ,韓国,UAE,米国などの先生方と「久しぶり」と声を掛け合いながら立ち話をしたり,昼食をとったり,夕食会でお酒を飲んだりと楽しい会でした.お題は,私のオリジナルネタの原発閉塞隅角緑内障に潜在する毛様体脈絡膜.離(uvealeffusioninprimaryあたらしい眼科Vol.30,No.9,20131281 〔写真〕AACGCミーティングのFacultydinnerにて各国の先生方と(シンガポール)2013/7/11angleclosureglaucoma)とからめてOCTのenhanceddepthimagingを用いて発表された最近のデータをまとめたものでしたが,歴史とからめて話したところプレゼンテーションはすこぶる好評でした.また,学会中もどのセッションでもeffusionという言葉が連呼され,大分認知されてきたようで嬉しく思っています.今回は強行日程で無理でしたが,時間があれば海外の先生方と屋台でお酒を飲んだり,カラオケに行ったり,クラブで踊ったりなど遊びの部分も(おもにそっちがメインかも)大事にしています.日本の先生方との飲みニケーションも好きなほうです.これも,ブームではなく体と相談しながら続けていきたいと思います.趣味のmyboom―ヴァイオリン最近,学生時代に活動していたオーケストラで指揮者として指導していただいていた教育学部音楽科教授の先生の退官記念コンサートの準備をしています.留学時代には少し開けましたが,医者になってほとんど触っていなかったケースを開けて,ヴァイオリンの弦も弓も張り替えて弾いています.腕前は一人でお聴かせするには耐えられませんが,合奏している最中は非常に楽しいものです.ここ数カ月のことなので,これはマイブームかもしれません.社会人オーケストラにも誘われていますが,これは続けるかどうかは思案中です.オーケストラは合奏の練習も多くて大変です.その点,四重奏など室内楽は手軽にできるのですが,気の合うメンバーを集めるという大きな制約があり,これもなかなか難しいのですが,機会があれば挑戦したいという気持ちはあります.THEBOOMの「島唄」は,しかしながら,20年を経て沖縄民謡と流行歌を結びつけ全国に広めた先人として,今では県内でも評価されているようです.私も,長いブームで沖縄における緑内障診療に携わっていきたいと考えています.次回のプレゼンターは秋田大学の阿部早苗先生です.しばらく琉球大学に勉強(遊び)にきていた日本緑内障学会の若手のホープの一人です.よろしくお願いします.注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.☆☆☆1282あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(82)

日米の眼研究の架け橋 Jin H. Kinoshita先生を偲んで 9.恩師Kinoshita先生を偲んで

2013年9月30日 月曜日

JinH.Kinoshita先生を偲んで日米の眼研究の架け橋★シリーズ⑨責任編集浜松医科大学堀田喜裕JinH.Kinoshita先生を偲んで日米の眼研究の架け橋★シリーズ⑨責任編集浜松医科大学堀田喜裕恩師Kinoshita先生を偲んでSanaiSato(佐藤佐内)医療法人出田会呉服町診療所院長金沢医科大学(眼科)客員教授1978年弘前大学大学院医学研究科卒業.山形大学医学部(眼科)助手.1980年同大学講師.1984年NationalEyeInstitute,NIH.1995年NIH終身在職権(Tenure)授与.2002年米国オクラホマ大学医学部(糖尿病内分泌学)教授.2006年出田眼科病院.2007年金沢医科大学(眼科)客員教授.2008年東北文化学園大学客員教授,奈良県立医科大学(生化学)非常勤講師,呉服町診療所院長.現在に至る.私自身のことを話すのは恐縮ですが,私は1986年より18年間Dr.JinH.Kinoshita(Jin先生)がScientificDirectorをされていたNationalEyeInstitute(NEI),NIHにお世話になりました.その後,よく竜巻(Tornado)で話題になるオクラホマ(Oklahoma)に移り,オクラホマ大学医学部で4年間過ごさせていただきました.“誰に会うかで人生が変わる”とよくいわれますが,Jin先生にお会いできたこと,先生に特別のサポートをいただいたことに感謝しております.Jin先生に最初にお会いしたのはもう30年前になります.先生が仙台に来られたときにお会いする機会をいただきました.そのときのお話では,最近Awardをいただいたとのことで,それがちょうど1年分の給料になるので1年で良ければNIHに来ないかと誘っていただきました.結局1年のはずが18年にもなってしまいました.NIHでは多くの日本人研究者にお会いしました.ほとんど例外なく,できればもう少し残りたいといいながら帰っていかれました.よほどNIHの研究環境が良かったのだろうと思います.私が最も印象に残ったのは,Jin先生が自分でプロジェクターを持って来られセミナーをされたときでした.米国では上に立つ者は自分の下の人を教育する義務と責任をもつという意識が強いと感じます.日本では,“とにかく自分で苦労しろ.それが勉強だ.必ず将来役に立つ.”とよく励まされました.ある意味で事実ですが,ときに責任逃れの口実に使われることもあるように感じます.この教育に対しての意識の差が存在する限り日本が米国に追いつくのは難しいと実感しました.研究者としてのJin先生の功績はご存知のとおりであ(79)0910-1810/13/\100/頁/JCOPYります.眼科領域で最も権威のあるProctorMedalとFriedenwaldAwardの両方を受賞されたのはおそらく今でもJin先生が唯一ではないかと思います.NIHは大きく2つのプログラム(IntramuralandExtramuralPrograms)に分けられます.Instituteによっても異なりますが,全予算の約80.90%が全国各地の大学や研究機関,それに研究者個人へのGrant(研究費)として使われます(ExtramuralProgram).米国ではこのNIHgrantは研究者としての生死を決めるとまでいわれます.どんなに有名な教授であっても例外ではなく,それほどNIHgrantは重要であります.残りの予算がNIH内での研究費として使われます(IntramuralProgram).ScientificDirectorとはDirector,IntramuralProgramをさします.Grantの決定には直接関与しませんが,現実には米国全体の医学研究に多大の影響力をもっています.米国ではGrant申請もせずに自由に研究ができるNIHでTenureを取ることは一般的な研究者にとっての憧れの的ともいわれています.同時に厳しい非難の目に耐えなければなりません.NEIScientificDirectorであるJin先生はNEI内での研究に絶対的な権限をもっていました.同時にその研究結果や業績に対し責任を共有し,さらに眼科領域の研究の将来を見据えた方向性を常に考慮すべき立場にありました.このシリーズの最初の筆者である矢部(西村)千尋教授が書かれているように,不本意な形でNEIを去って行った研究者もたくさんおられたことは事実であります.Jin先生にとってどんなにか辛かったろうと思います.Jin先生は私と個人的に話されるときは白内障や糖尿病網膜症に偏っていましたが,分子生物学や遺伝学にその将来をみられていたようあたらしい眼科Vol.30,No.9,20131279 写真1NIHのあるベセスダ郊外のレストランで写真1NIHのあるベセスダ郊外のレストランでに感じます.ちょうど私のTenureの話が始まった頃,一度Jin先生の部屋に呼ばれました.その頃の私は網膜毛細血管のPericye細胞培養やAldosereductaseの酵素学的な研究に没頭していました.Jin先生がまずいわれたのが,“今の研究テーマでいくら頑張ってもDr.Satoの業績にはならない.Tenureとして認められるには研究におけるIndependencyとOriginalityを示す必要がある.何か新しいことを初めてほしい.もし,特に希望やアイデアがないのであれば,Neutrophilsをテーマにしたらどうだろうか.”とのことでした.早速,当時好中球と癌細胞の研究で有名な山形大学寄生虫学の仙道富士朗教授に手紙を書かせていただき,私の新しいプロジェクトをスタートしました.その後,骨髄幹細胞(特にMesenchymalstemcells)の仕事へと発展していく第一歩となりました.Jin先生には個人的にもいろいろお世話になりましたが,学問研究でも生涯の恩人であります.眼科医局に入局される学生のほとんどは将来臨床医を目ざしており,基礎研究よりは高度な手術手技の習得に関心をもっています.図1は基礎医学の奨励の目的で学生の講義に使っていたスライドです.基礎研究に携わる人が経済的に優遇されることはまずありえません.将来教授になるほど成功することはごくまれで,ノーベル賞をいただけるような優れた業績を残すこともほとんど不可能であります.好きなことができるから研究生活は楽●★写真2Dr.KinoshitaのRetirementParty図1学生への講義に使うスライドからしいといわれる人もいますが,現実には自分の好きな研究をさせてもらえません.日常の診療で経験する達成感や満足感はまずあり得ないといってよいでしょう.非常に地味で,仕事が楽しいとは信じがたいと思います.それなら基礎医学を志す理由はあるのでしょうか.私自身は医学の進歩は基礎医学の進歩なしにはありえないと考えています.Jin先生もそのことを私たちに教え続けてきたと思います.Jin先生のご冥福を祈るとともに,これからも機会があるたびに基礎医学の重要性を伝え続けていきたいと願っています.●★1280あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(80)

WOC2014への道:あと7ヵ月

2013年9月30日 月曜日

WorldOphthalmologyCongressR(WOC)2014まで,いよいよあと半年あまりとなりました.WOC2014が来年東京で開催されることをご存知の方は多いと思いますが,具体的にどのような内容であるのか,ここでは行事を中心にざっくりとご紹介させていただきます.会期は2014年4月2日(水曜日).6日(日曜日)の5日間で,会場は東京国際フォーラムと帝国ホテルで,両会場の間にはシャトルバスが運行されます.WOCとAPAOのプログラムは英語の講演で5日まで,3日.6日まで併催される日本眼科学会総会のプログラムは日本語で,最終日は日本眼科学会総会のみです.4月2日はサブスペシャリティーデーで,白内障,緑内障,眼形成,小児眼科,屈折矯正手術,網膜の6分野があります.その後,WOCとAPAOの特別講演,シンポジウム,一般講演,インストラクションコース,ポスター,ビデオ,器械展示などが始まります.基本的には日本の学会と同じパターンですが,ポスターとビデオのセッションは,会場内のパソコンで好きな時間に自分が選んで見ることになります.4月2日午後6時.7時まで,オープニングセレモニーが開催されます.これは本学会のハイライトの一つです.オリンピックの開会式をイメージしていただければわかりやすいと思いますが,単に世界中の眼科医が一堂に会する儀式だけではなく,参加者を魅了するイベントになっています.そのためWOCやAPAOに出席された先生はご存知のように,オープニングセレモニーは人気が高く,いつも盛況です.今回も感動的な内容になると聞いておりますので,皆様,ぜひご参加ください.オープニングセレモニーの終了後には,オープニングレセプションが行われます.これは日本の学会での一般懇親会に相当するものです.場所は東京国際フォーラムの広場です.参加者は誰でも夜の花見の感覚で気軽に軽食を楽しんでいただこうという趣向です.4月4日の夜には,Japannightが東京ビックサイトで行われます.こちらは会費制で,東京国際フォーラムからバスが出ます.日本の祭りをテーマに,広い会場で,日本らしいアトラクションや和食をはじめさまざまな料理が楽しめます.さて,WOC2014の早期登録の締切が10月18日に迫ってきました.日本眼科学会員の場合,早期登録は4万円,事前登録が4万5千円,当日登録は5万円ですので,WOC2014に参加を考えておられましたら,早めのご登録をお勧めいたします.また,医学部学生,初期臨床研修医は登録料が無料です.ぜひ,多くの医学部学生や初期臨床研修医に参加いただいて,眼科の魅力を実感してもらいたいと希望しております.ちなみに,WOC2014に出席した場合の眼科専門医の単位は1日6単位であり,5日間で最高30単位となります!また,眼科専門医として5年に一度義務づけられている日本眼科学会総会への出席もクリアできます.わざわざ出向かなくてもあちらからやって来るまたとない国際学会です.ぜひ楽しんでいただければと思います.WOC2014への道あとカ月前田直之大阪大学大学院視覚情報制御学<ImportantDate>2013年10月18日(金)早期参加登録締切2013年11月11日(月)日本眼科学会総会演題登録締切2014年3月3日(月)事前参加登録締切7WorldOphthalmologyCongressR(WOC)2014まで,いよいよあと半年あまりとなりました.WOC2014が来年東京で開催されることをご存知の方は多いと思いますが,具体的にどのような内容であるのか,ここでは行事を中心にざっくりとご紹介させていただきます.会期は2014年4月2日(水曜日).6日(日曜日)の5日間で,会場は東京国際フォーラムと帝国ホテルで,両会場の間にはシャトルバスが運行されます.WOCとAPAOのプログラムは英語の講演で5日まで,3日.6日まで併催される日本眼科学会総会のプログラムは日本語で,最終日は日本眼科学会総会のみです.4月2日はサブスペシャリティーデーで,白内障,緑内障,眼形成,小児眼科,屈折矯正手術,網膜の6分野があります.その後,WOCとAPAOの特別講演,シンポジウム,一般講演,インストラクションコース,ポスター,ビデオ,器械展示などが始まります.基本的には日本の学会と同じパターンですが,ポスターとビデオのセッションは,会場内のパソコンで好きな時間に自分が選んで見ることになります.4月2日午後6時.7時まで,オープニングセレモニーが開催されます.これは本学会のハイライトの一つです.オリンピックの開会式をイメージしていただければわかりやすいと思いますが,単に世界中の眼科医が一堂に会する儀式だけではなく,参加者を魅了するイベントになっています.そのためWOCやAPAOに出席された先生はご存知のように,オープニングセレモニーは人気が高く,いつも盛況です.今回も感動的な内容になると聞いておりますので,皆様,ぜひご参加ください.オープニングセレモニーの終了後には,オープニングレセプションが行われます.これは日本の学会での一般懇親会に相当するものです.場所は東京国際フォーラムの広場です.参加者は誰でも夜の花見の感覚で気軽に軽食を楽しんでいただこうという趣向です.4月4日の夜には,Japannightが東京ビックサイトで行われます.こちらは会費制で,東京国際フォーラムからバスが出ます.日本の祭りをテーマに,広い会場で,日本らしいアトラクションや和食をはじめさまざまな料理が楽しめます.さて,WOC2014の早期登録の締切が10月18日に迫ってきました.日本眼科学会員の場合,早期登録は4万円,事前登録が4万5千円,当日登録は5万円ですので,WOC2014に参加を考えておられましたら,早めのご登録をお勧めいたします.また,医学部学生,初期臨床研修医は登録料が無料です.ぜひ,多くの医学部学生や初期臨床研修医に参加いただいて,眼科の魅力を実感してもらいたいと希望しております.ちなみに,WOC2014に出席した場合の眼科専門医の単位は1日6単位であり,5日間で最高30単位となります!また,眼科専門医として5年に一度義務づけられている日本眼科学会総会への出席もクリアできます.わざわざ出向かなくてもあちらからやって来るまたとない国際学会です.ぜひ楽しんでいただければと思います.WOC2014への道あとカ月前田直之大阪大学大学院視覚情報制御学<ImportantDate>2013年10月18日(金)早期参加登録締切2013年11月11日(月)日本眼科学会総会演題登録締切2014年3月3日(月)事前参加登録締切7(77)あたらしい眼科Vol.30,No.9,201312770910-1810/13/\100/頁/JCOPY

現場発,病院と患者のためのシステム 20.情報セキュリティ

2013年9月30日 月曜日

連載⑳現場発,病院と患者のためのシステム連載⑳現場発,病院と患者のためのシステム厚生労働省から,医療情報システムに関するガイドラインが出されています.医療に限らず,財産を扱う銀行のシステム,生命にかかわる航空管制システムなど,情報システムの機能,情報が質量ともに増えるに伴い,作る側,使う側ともに守るべきことが多くなります.とりわけ,他人には知られたくない最たる個人情報である診療情報を情報セキュリティ杉浦和史*.情報の漏洩経路図1に示すように,多種多様な出口からの漏洩が考えられます.これらに対応する監視ツールを導入することで,「見張られている」という抑止力が働くことが期待されます.扱う医療情報システムには,守るべきことがたくさんあります.しかし,簡単にいえば“情報を漏洩させない”,これだけです.例を挙げ,簡単に説明しましょう.図1情報漏洩経路の例.情報の保護情報の保護は,一般的に操作者を認証し,そのシステム,機能,情報を扱う資格があるかをチェックしてから操作させることで実現します.許可された操作者であっても,禁止されている操作を行っていないか,アクセスが禁止されているファイルを開こうとしたかなどがわかるよう,操作履歴を採っておくことも可能です.しかし,疑えばキリがなく,何でも記録しておく設定では採取されるデータ量も膨大になるので(図2),監視対象パソコンを選択し,コピー操作など,外部持ち出しになりそうな操作をした場合の履歴を採取するのが一般的です.気をつけなければならないのは,当該情報にアクセスを許可された者に悪魔がささやき,処罰を承知のうえで情報を持ち出すことです.厳重な監視が行われている銀行や通信サービス会社でも情報漏洩事件が起き,問題に(75)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY指定した参照条件で29000000件のデータが見つかりました。表示しますか?はい(Y)いいえ(N)図2条件を緩くすると膨大な量がヒットなることがあります.待遇への不満や,反社会的勢力に脅されてというケースがあるようですが,十重二十重の対策も,最終的には人に帰結します.きめ細かな監視ができるツールを導入したり,厳しい罰則を就業規則に盛り込んでも,処罰覚悟の確信犯に対しては無力です.経験からいえば,基本的な監視ツールを導入し,抑止力とした後は,働きやすい職場環境,楽しく仕事できる雰囲気が醸成できていれば,自分はもちろん,親しい同僚達の働く職場を失うような所業をする気には“なりにくい”ということです.非科学的ではありますが,最も効果的ではないかと考えています..情報漏洩防止の例医療スタッフには門外漢の情報セキュリティの仕組みですが,発想は簡単です.何を操作したのか?この情報を収集,蓄積して適宜利用するだけです.ただし,前出のように,おしなべて観るのではなく,重要な情報を扱う部門にフォーカスし,狙いを定めて監視するのがポ*KazushiSugiura:宮田眼科病院CIO/技術士(情報工学部門)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131275 イントです.医療機関においては,医事会計,検査,診察,手術室,病棟など,ほとんどすべての部内が対象になりますが,全操作を観るのではなく,情報漏洩につながりそうな操作をしたケースだけを抽出するほうが効率的です.筆者が,セキュリティソフト開発のコンサルティングをしていたときに試作した監視ツールの事例を紹介します.どんな操作が情報漏洩に結びつくかを調べ実用的なものを列挙し,どこまで管理するかのセキュリティポリシーに従い,適宜選択する仕組みです.禁止されている操作をしたケースが検出され,情報漏洩を防いでいることを示しています(図3).外部記憶装置書き出し禁止ネットワークフォルダ書き出し禁止OutlookExpress/Outlookでのファイル添付禁止Webメールでのファイル添付禁止印刷禁止PrtScrn操作禁止設定ポリシー設定McosoPowerPonファイルを保存できません。この保存場所は書き込み禁止に設定されています。終了OK名前を付けて保存保存先(I):ファイル名(N):保存(S):キャンセルファイルの種類(T):ローカルディスク(D:)テストプレゼンテーション図3情報漏洩の懸念がある操作種類の指定と検出結果の例図3に示した,情報の外部流失につながるUSBメモリなど,外部記憶装置へのコピー操作を監視する機能はポピュラーなもので,どの監視ツールにもある機能です.意外に忘れられているのが,メールに添付して送るという抜け道です.筆者は,この抜け道を塞ぐための機能を試作をしたことがあります.紹介しましょう.図4に示すように,ファイルを添付する操作を行い,つぎ送信操作を行います.①添付②送信をクリック送信東工大.ppt(5.07MB)ファイル名(N):ファイルの種類(T):このファイルへのショートカットを作成する(S)東工大すべてのファイル(*.*)添付(A)キャンセル日本OR学会図4ファイル添付操作とそれを送信する操作メールソフトに細工をして(フックをかけるといいます),外部への送信を許可されたファイルかを聞き,許可された者しか知らないパスワードを入力しないと送ることができない仕掛けです.OutookExpress情報漏洩監視“杉浦技術士事務所”を使用してメールを送信中…メッセージの送信中(1/1)…完了時に接続を切断する(F)送信中のメールに添付ファイルがあります。添付ファイルを送信するにはパスワードを入力して下さい。パスワード確定送信中止0/1のタスクが完了しました表示しない(H)〈〈詳細(D)停止(S)図5送ろうとしたファイルが許可されているかをチェックパスワードを知らない不正に送ろうとした者は,やむを得ず,送信中止をするしかありません.この間の操作は誰がいつ行ったのかの操作履歴が採られており,操作者は管理者から操作の事実を示されたうえ,説明を求められることになります.なお,このメッセージを見て,慌ててシャットダウンをしても,履歴は保存されているので隠しようがありません.もちろん,履歴を保存しているファイルを削除することはできない仕掛けです..その他米国政府機関の情報収集が問題になっていますが,一般的には,外部からのアタックによって情報が持ち出された例はきわめて少なく,図6に示すように,大半は内部的要因であることも知っておいて損はありません.なお,盗難は内部の管理が疎かになっているということで,内部的要因に入れています.内部的要因93%紛失置き忘れ盗難不正持ち出し内部犯罪設定ミス目的外使用不正アクセスセキュリティホールウイルス不明図6情報漏洩要因(出典:日本ネットワークセキュリティ協会データを編集)1276あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(76)

タブレット型PCの眼科領域での応用 16.デジタルコミュニケーションツールとしての活用-その2-

2013年9月30日 月曜日

シリーズ⑯シリーズ⑯タブレット型PCの眼科領域での応用三宅琢(TakuMiyake)永田眼科クリニック第16章デジタルコミュニケーションツールとしての活用─その2─■タブレット型PCのコミュニケーションツールとしての意義第16章で取り上げる端末は,私が代表を務めるGiftHandsの活動や外来業務で扱っているタブレット型PC“iPadRetinaディスプレイモデル(米国AppleInc.)”と“iPadmini(米国AppleInc.)”のiOSバージョン6.1.3です.この章ではタブレット型PCの聴覚障害の患者に対するデジタルコミュニケーションツールとしての活用法とその意義について,患者の声とともに紹介していきます.■私のデジタルコミュ二ケーションツール活用法「聴覚障害者編」タブレット型PCを臨床業務へ導入する以前,私は難聴の患者に対してホワイトボードを使用して症状の説明や,必要な点眼薬の処方の確認などの意思疎通を図っていました.眼科外来に通院する患者の半数は高齢者であり,聴覚の低下を自覚している方も多いことを実感していましたが,難聴の患者へのコミュニケーションを向上さる手段をもっていませんでした.しかし,タブレット型PCの臨床業務への導入後は,聴覚に障害をもつ患者に対する意思疎通の方法は大きく変化しました.2013年7月現在,私の外来ではタブレット型PCの聴覚障害者向けのアプリケーションソフトウェア(以下アプリ)や,マイク機能を利用したコミュニケーションツールとしての活用法を,患者や患者家族とのデジタルコミュケーションツールとして紹介しています.①手書き筆談アプリの活用タブレット型PCには多数の手書き入力アプリが存在しています.なかには筆談に特化したアプリもありま(73)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY図1手書き入力アプリを利用して,難聴の患者と意思疎通を図っている様子(筆談パット:開発CatalystwoLimited)す.このアプリを起動すると,上下に二分割されたシンプルな記載画面が表示されます.患者と医療スタッフの間にタブレット型PCを配置することで,双方がフリーハンドで記載した内容がリアルタイムに反転されて相手側に表示されます(図1).ホワイトボードのように向きを変える必要などがなく自然な会話の流れのなかで難聴の患者とコミュニケーションをとることが可能なため,患者との関係性は向上します.実際の患者の声には以下のようなものがあります.「暗い部屋でも先生の言葉を,文字として見えるのでとても安心できます.」「シンプルなアプリだから家でも使えて,おじいちゃんも満足そうです.」シンプルなアプリであるために患者と患者家族のコミュニケーションにも利用することが可能であり,私の外来では実際にこのアプリが自宅でのタブレット型PC導入の契機となった症例を多く経験しています.あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131273 図2ワイヤレスのイアフォンに付属したマイクで,テキストを音声入力して患者にリアルタイムに言葉をテキスト化して表示している(アクセシビリティ機能:色の反転およびテキストを大きな文字で表示56pt)②音声入力システムの活用タブレット型PCの音声によるテキスト入力機能とマイク機能付きのイアフォンとを組み合わせることで,医療スタッフがマイクに向かって話した内容を即時テキストとして表示することが可能です.アプリの文字表示サイズの設定を大きめに設定しておくことで,実際に会話をするように聴覚と視覚に障害をもつ患者とも意思疎通を図ることが可能となります.タブレット型PCでは背景色や文字の色および書体などを任意に設定することができるため,患者はもっとも視認性のよい状態で医療スタッフの言葉を視認できます.音声入力システムの導入を始めた患者の声には以下のようなものがあります.「言葉が口動きとともに文字として見えるので,まるで先生の声が聞こえるような感覚になります.」「先生の言葉に字幕がついているみたいで,とても心に伝わります.」今後,このような活用法に特化したアプリが登場すれば,音声入力システムとタブレット型PCをディスプレイとして利用することで,日常会話にリアルタイムに簡易式の字幕をつけることが可能な環境が実現できると私は考えています.本章ではおもに聴覚に障害をもつ患者や患者家族に,タブレット型PCを用いた筆談アプリと音声入力システムの活用法とその意義について簡単に紹介しました.聴覚障害という音声情報の入力障害に伴う不便さに対して,適切なアプリの導入を行うことで患者と患者家族,そして医師患者間の相互理解は格段に向上します.これまでに紹介したようにタブレット型PCやスマートフォンは,視機能障害の程度によらず活用の可能性をもっています.しかし,タブレット型PCを実用的なエイドとして活用を継続して行くための条件が存在します.それは患者と周囲の人々とのつながりの重要性です.すなわち,家族や仲間の存在がなく孤立した生活環境の症例では,タブレット型PCやスマートフォンの導入はきわめて困難であるといえます.今回紹介したアプリのように患者と患者家族間や患者と患者の友人間で利用できるシンプルなアプリの存在は,これらデバイスをエイドとして活用していくうえで最も大切なことなのだと私は考えます.本文の内容や各種セミナーの詳細に関する質問などはGiftHandsのホームページ「問い合わせのページ」よりいつでも受けつけていますので,お気軽に連絡ください.GiftHands:http://www.gifthands.jp/☆☆☆1274あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(74)

硝子体手術のワンポイントアドバイス 124.ブリリアントブルーGを用いた特発性黄斑上膜に対する硝子体手術(初級編)

2013年9月30日 月曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載124124ブリリアントブルーGを用いた特発性黄斑上膜に対する硝子体手術(初級編)池田恒彦大阪医科大学眼科●ブリリアントブルーGの有用性Enaidaらにより開発されたブリリアントブルーG(BBG)は,網膜面に塗布することで内境界膜を染色でき,黄斑円孔手術時などの内境界膜.離を容易に施行できる有用な手術補助剤である1).従来のインドシアニングリーン(ICG)に比較して網膜毒性が低いこともあり,近年急速に普及してきている.●BBGの黄斑上膜手術への応用内境界膜はMuller細胞の基底膜であり細胞増殖の足場になることから,特発性黄斑上膜の膜.離時に内境界膜.離を併用することで術後の黄斑上膜の再発を予防できると考えられる.黄斑上膜が存在する部位はBBGを塗布しても染色されないので,黄斑上膜.離後に再度BBGを塗布して内境界膜.離を施行する方法が報告されている2,3).●黄斑上膜.離の切っ掛けをBBGで作る黄斑上膜のなかには非常に薄く透明で,膜.離の切っ掛けを作りにくい症例に遭遇することがある.慣れないとこの際にピックで網膜を損傷してしまうこともある.このような症例に対して筆者はBBGで黄斑上膜周囲の内境界膜を染色し,黄斑上膜の範囲を確実に同定するとともに,黄斑上膜の周囲から内境界膜.離を開始し,これに連続する黄斑上膜を.離する方法を行っている.この方法は,内境界膜.離に慣れている術者であれば,内境界膜と一緒に黄斑上膜も確実に.離できる.黄斑上膜.離部位でも内境界膜と網膜の癒着(通常.離部位のラインが見える)が確認できるので,再度BBGを塗布する必要は少ない.(71)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY図1BBG塗布黄斑上膜.離前に網膜面にBBGを塗布する.図2内境界膜.離BBGで染色された黄斑上膜周囲の内境界膜から膜.離を開始する.図3黄斑上膜.離内境界膜に連続した黄斑上膜を.離する.この際に.離部位にラインが観察され,内境界膜も同時に.離されているのが確認できる.文献1)EnaidaH,HisatomiT,HataYetal:BrilliantblueGselectivelystainstheinternallimitingmembrane/brilliantblueG-assistedmembranepeeling.Retina26:631-636,20062)KifukuK,HataY,KohnoRIetal:Residualinternallimitingmembraneinepiretinalmembranesurgery.BrJOphthalmol93:1016-1019,20093)ShimadaH,NakashizukaH,HattoriTetal:DoublestainingwithbrilliantblueGanddoublepeelingforepiretinalmembranes.Ophthalmology116:1370-1376,2009あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131271

眼科医のための先端医療 153.古くて新しい感染症の治療:ファージを用いた眼感染症の治療

2013年9月30日 月曜日

監修=坂本泰二◆シリーズ第153回◆眼科医のための先端医療山下英俊古くて新しい感染症の治療:ファージを用いた眼感染症の治療福田憲(高知大学医学部眼科学講座)はじめに現在,感染性眼疾患に対し,多くの抗微生物薬が治療に用いられていますが,迅速な診断と適切な治療がなされない場合は未だ視機能障害を残します.細菌感染による眼疾患では,治療が奏効しない原因は2つ考えられます.1つは起炎菌がわからず感受性のある適切な薬物が投与されていない場合,もう1つは起炎菌は同定されているが薬剤耐性菌であるために薬物が奏効しない場合です.現在でもメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)を代表とする薬剤耐性菌による眼感染性疾患は治療に苦慮しますが,今後他科で報告されているような多剤に対して高度の薬剤耐性を示す細菌が眼疾患をひき起こすことが予想されます.したがって,従来の抗菌薬に依存しない治療法の開発が重要です.本稿では,細菌に感染し破壊するウイルスであるバクテリオファージ(ファージ)の溶菌活性を利用する「ファージ療法」の眼感染症の治療への応用の可能性について紹介します.バクテリオファージとは「バクテリオファージ」とは「細菌を食べるもの」という意味ですが,その名のとおり細菌に感染し菌体を溶かして増殖するウイルスです.細菌への寄生に特異性があり,それぞれ特定の細菌種にのみ感染します.たとえば,緑膿菌に対するファージはブドウ球菌には寄生しません.ファージは土壌,河川,海洋,食物などの自然環境やヒトを含んだ動物の腸管など至るところに普遍に存在し,地球上最も多く存在する微生物ともいわれています.ファージは感染後の菌体内での増殖様式から,溶菌型と溶原化型の2つに大別されます.ファージは頭部と尾部からなりますが,尾を使って細菌の細胞壁や莢膜を突破し,細胞内に核酸を送り込みます.溶菌型ファージは,感染すると細菌内で増殖し,細菌を破壊(溶菌)して多数の子ファージを放出します(図1).ファージの多くはこの溶菌型です.一方,溶原化型ファージは細菌へ感染しても細菌の染色体と共存したまま細菌も生存し,DNAを複製するプロファージといわれる状態になります.ファージの発見は古く,1915年にバクテリアを溶かしてしまうウイルスとして偶然発見されました.その後ファージのもつ溶菌活性を利用して抗菌薬として用いる,いわゆるファージ療法の研究が始まりました.しかしながら,1929年に最初の抗生物質であるペニシリンが発見されてから,次々と新しい抗生物質が開発されたため,抗菌薬としての主役は完全に抗生物質に奪われることとなりました.ファージを用いた感染症の治療は,おもに旧ソ連と東欧に限って続けられていましたが,その後抗生物質の濫用により薬剤耐性菌が出現した1980年代になって西欧諸国でも米国を中心とする研究者のグループによりファージ療法の研究が再開されました1).これまでマウスなどを用いた動物実験でMRSA,バンコマイシン耐性腸球菌,多剤耐性緑膿菌などの感染症にDNA図1バクテリオファージの溶菌サイクルファージ感染は,まず宿主の細菌表面に吸着し,尾を使って細菌の細胞壁や莢膜を突破しゲノム核酸を細菌へ注入する.その後ファージは細菌内で菌の増殖の約50倍の速度で増殖し,ファージ由来の溶菌酵素により細菌の菌体が破壊され多数の子ファージが放出され,隣接する細菌に再び感染するという溶菌サイクルを繰り返す.(67)あたらしい眼科Vol.30,No.9,201312670910-1810/13/\100/頁/JCOPY 43210135対照群ファージ群角膜臨床スコア3210135対照群ファージ群角膜臨床スコア感染後A対照群Bファージ点眼群C角膜スコアの日数1日3日5日図2バクテリオファージ点眼のマウス緑膿菌角膜炎への効果緑膿菌を角膜に感染させると,経時的に角膜混濁が増悪し穿孔をきたす(対照群点眼).ファージを1回点眼すると,感染後の日数角膜混濁は経時的に軽減した.対するファージ療法の有効性が報告されています2).さらに東欧から多くのファージ療法の臨床的有効性が報告されています3).眼科領域のファージ療法の報告はブドウ球菌による結膜炎の治療が報告されているのみで,ほとんどありません.マウス緑膿菌性角膜炎への応用筆者らは高知大学医学部微生物学講座と共同で,薬剤耐性菌による角膜潰瘍や眼内炎などの眼疾患の治療にファージが応用できないか研究をしています.まず緑膿菌による角膜潰瘍に対するファージの効果を検討しました4).緑膿菌特異的ファージKPP12は高知大学の近くの河川水を,緑膿菌を生やした培地に塗抹することで分離しました.分離されたファージを増殖させた後,宿主(緑膿菌)由来の核酸を除去し,密度勾配超遠心により精製しました.マウスの緑膿菌性角膜炎は,角膜に針で傷をつけた後に高知大学医学部附属病院での臨床分離株の緑膿菌を点眼して作製し,感染後に精製したファージKPP12を点眼してその効果を対照群と比較しました.その結果,対照群では感染後角膜混濁が経時的に増悪し,3日後にはほとんどすべてのマウスで角膜穿孔がみられたのに対し,ファージを1回点眼したマウスは,経時的に角膜混濁が軽減しました(図2).また,感染5日後に角膜内の生細菌数を測定すると対照群ではすべてのマウスで105/ml以上の緑膿菌が検出されましたが,ファージ点眼群では1匹を除いて緑膿菌は検出されず,検出されたマウスでも60/mlと非常に低い細菌数でした.この結果は,細菌性角膜炎に対するファージ療法の1268あたらしい眼科Vol.30,No.9,2013(文献4より引用・改変)臨床応用の可能性を示唆する結果といえます.筆者らは現在MRSA特異的ファージや腸球菌特異的ファージなどが感染性眼内炎の治療に応用できないか,またファージそのものではなくファージが産生する溶菌酵素,たとえばMRSA特異的溶菌酵素などの眼感染症の治療への応用を目ざして研究しています.臨床応用に向けてアメリカの食品医薬品局は,すでに2006年にリステリア菌に対するファージを食肉の添加物として認可し,翌2007年にはすべての食品に対してこのファージを認可しています.今後,感染症の治療として用いられるようになるのもそう遠い未来ではないでしょう.ファージを用いた細菌感染の制御の利点は,1)大量に安価に調整できる(今回用いたファージは大学の近くの河川から分離),2)病原菌が存在すればファージの生体内増殖が期待でき,病原菌が死滅すればファージも死滅する(ファージの投与回数が少なくてすむ),3)ヒトの細胞には感染しない(安全性が高い),4)宿主菌に対する特異性があるので病原菌以外の常在細菌叢に影響を与えない,などの点があげられます.一方,欠点は宿主菌の特異性が高いことがあげられます.すなわち,特定の菌にしか感染しないため,原則的には起炎菌が同定されてからの投与となります.また,同じ種の細菌でも,株によって特定のファージが感染するものとしないものがあります.今回,研究に用いたファージKPP12は,眼感染症からでた緑膿菌株5株のうち4株で溶菌効果を示しました.これらの欠点を補い,感染初期の治療に用(68) いるためには,眼感染症から分離した菌株に広く感染能力を有するファージの組み合わせを準備しておくことや,眼内炎の4大起炎菌のファージのカクテルを投与する,などの工夫が今後必要となるでしょう.すでに緑膿菌を標的とするファージの混合物が開発され,薬剤耐性緑膿菌による慢性耳炎に対する臨床試験が行われ,安全性と有効性が報告されています5).角膜炎や眼内炎などの感染性眼疾患は,ファージの投与が点眼や硝子体内投与など他の臓器に比して比較的簡単であり,また効果の判定もわかりやすいので,眼球はファージ療法の臨床応用をしやすい臓器であるといえます.今後,多剤耐性菌による眼感染性疾患の増加が予想され,それに比例して抗生物質による治療が困難な症例が増加すると思われます.本稿で紹介したファージ療法は,多剤耐性菌に対する有望な代替療法の一つになると思います.人類が開発した武器である抗生物質によって生み出された薬剤耐性菌に対して,昔からある自然由来の細菌の天敵を治療に用いることになるのは皮肉な感じがします.文献1)MerrilCR,SchollD,AdhyaSL:TheprospectforbacteriophagetherapyinWesternmedicine.NatRevDrugDiscov2:489-497,20032)MatsuzakiS,YasudaM,NishikawaHetal:ExperimentalprotectionofmiceagainstlethalStaphylococcusaureusinfectionbynovelbacteriophagephiMR11.JInfectDis187:613-624,20033)Weber-DabrowskaB,MulczykM,GorskiA:Bacteriophagetherapyofbacterialinfections:anupdateofourinstitute’sexperience.ArchImmunolTherExp(Warsz)48:547-551,20004)FukudaK,IshidaW,UchiyamaJetal:Pseudomonasaeruginosakeratitisinmice:effectsoftopicalbacteriophageKPP12administration.PloSOne7:e47742,20125)WrightA,HawkinsCH,AnggardEEetal:Acontrolledclinicaltrialofatherapeuticbacteriophagepreparationinchronicotitisduetoantibiotic-resistantPseudomonasaeruginosa;apreliminaryreportofefficacy.ClinOtolaryngol34:349-357,2009■「古くて新しい感染症の治療:ファージを用いた眼感染症の治療」を読んで■今回の福田憲先生(高知大学眼科)のファージをされれば,より多くの眼科医が安全で有効な治療を患用いた細菌感染症の治療は,まさにわれわれ眼科医が者に提供できるようになると考えられます.ファージ待ち望んでいる多剤耐性菌に対する治療法です.それを用いた治療法が抗生物質で一度はすたれたものを,を「昔からある自然由来の細菌の天敵を治療に用いる薬剤耐性菌が出現ののち利用するという新たな命を吹ことになる」(本文から)というきわめてユニークな方き込んだことにより再度研究が進められるというのは法での解決を明解にわかりやすく紹介していただきま大変に教訓的なことと考えます.医学,医療は,いうした.医療が高度化し種々の疾患が錯綜している現代までもなくこれまでの先人の大きな努力とその生み出の医療では,福田先生が本文中でも述べていらっしゃしてきた膨大な知識,データに基づいて行われていまるように,「今後他科で報告されているような多剤にす.生物学的に意味がきちんとある治療法も多くあり対して高度の薬剤耐性を示す細菌が眼疾患をひき起こます.人類の大きな財産としてこの先人の業績をきちす」状態に遭遇することがきわめて多くなると考えらんと保持することで新しい状態に対応することができれます.角膜感染は日常臨床でも遭遇する機会が多いる新しい治療法を手に入れることができるかもしれま疾患であり,治療に苦慮することも多々あります.抗せん.古きを訪ね新しきを知る(温故知新)をまさに生物質と細菌の耐性獲得のイタチごっこのなかで不安最高の形で提示していただいたことになります.このを感じているのはすべての眼科医といっても過言ではような発想が出てくる素地は,研究者の優秀さにあるありません.その問題に福田先生の研究は大きな光明と考えます.マニュアルではなく,医学的な知識のいを投げかけていただきました.いわれてみればなるほわば真髄,本当に意味,意義を熟知していることからど,という合理性とユニークさが痛快ですらありま新しい発想が出てくるのではないでしょうか?医学す.原因菌をそのゲノム解析により行い,原因菌が同教育においても大切なポイントになると考えます.定されれば抗生物質に加えてきわめて特異的な効能を山形大学医学部眼科山下英俊もつファージを用いた治療を行うといった方式が確立(69)あたらしい眼科Vol.30,No.9,20131269