■オフテクス提供■2.前眼部の解剖学と生理学土至田宏順天堂大学医学部附属静岡病院眼科松澤亜紀子聖マリアンナ医科大学,川崎市立多摩病院眼科英国コンタクトレンズ協会の“ContactLensEvidence-BasedAcademicReports(CLEAR)”の第2章1)は,コンタクトレンズ診療に必要な前眼部の解剖と生理についてである.その概要と,その中でも比較的新しい知見について解説する.はじめにコンタクトレンズ(CL)診療においては,前眼部の各組織の臨床的評価や組織解剖学,生理学的知識の整理が重要である.これらはCL装用による前眼部への影響と相互作用の考察する際の基盤となりうるものである.本章では,検索可能なすべての情報源からの知見が集約され,眼表面に対する検査手技にまで及ぶ.本章はまた,解剖学的用語委員会推奨の専門用語使用を推進することをも目的としているとのことである.角膜と角膜輪部最初の解説は角膜組織のマクロとミクロの解剖についてで,既知の内容が多いが,ミクロでの角膜の5層構造以外に第6の角膜層であるDua層2)の存在説についての言及があった.既知の事象としては,角膜輪部基底上皮の幹細胞は一生上皮に留まると考えられており,上皮の恒常性は基底細胞の有糸分裂(X)+細胞の移動(Y)=表面からの細胞の損失(Z)の理論で表され,角膜上皮細胞は約10日ごとに入れ替わり,健康な角膜上皮では細胞の4%が有糸分裂し,表面細胞の約1%でアポトーシスを生じる,などの解説がとりあげられた.Anteriorlimitinglamina(Bowman層),角膜実質,pos-teriorlimitinglamina(Descemet膜),角膜内皮に関する基本事項の解説がなされた.角膜の神経支配については,角膜神経の発生と分布,機能についてのほか,最近の話題である角膜の感覚神経について解説がなされている.これは単なる知覚のみならず,瞬目,涙液分泌,角膜恒常性維持など,さまざまな生理学的反応にも関与しており,動物での研究では主に①ポリモーダル痛覚受容体,②冷感受容体,③機械.痛覚受容体に分類される.これらのうちポリモーダル痛覚受容体がもっとも多く,おもにC線維から構成され,機械的,温度や化学的刺激に応答する.ポリモーダル痛覚受容体の分子マーカーは,一過性受容器ポテンシャル(TRP)サブファミリーVメンバー1(TRPV1)である.(67)0910-1810/24/\100/頁/JCOPY冷感受容体は角膜の感覚神経の約10~15%を占め,Aデルタ(Ad)およびC線維からなり,眼表面の温度変化と涙液の浸透圧の変化を検出する.機械.痛覚受容体は感覚神経の約20~30%を占め,角膜表面に加えられる機械的な刺激に反応する.異物が眼に入るなどの強い刺激は,涙液の流れを最大100倍増加させることがあり,これらの神経経路への障害は,乾燥眼症,神経痛,および神経性角膜炎など,さまざまな眼表面の合併症を引き起こす可能性がある.角膜の生理機能についての基本事項は以下のように示された.角膜は透明で,その透明性の維持には水分が必要で,その割合は約78%である.眼球の屈折の2/3を担い,紫外線から眼を守る役割を果たす.角膜は無血管組織で,酸素と栄養はおもに涙液と房水から供給される.角膜の酸素消費はおもに上皮,角膜実質,内皮の各層に均等に分散する.涙液は主たる酸素供給源であり,房水はブドウ糖や必須アミノ酸を供給する.角膜の代謝には酸素が必要で,解糖が主要な経路でありブドウ糖消費の85%を占める.代謝の結果,乳酸が生成され前房に放出される.低酸素状態では乳酸蓄積が角膜浮腫を引き起こす.角膜上皮と内皮は水分含有率を維持するのに関与し,涙液の浸透バリアを形成する.角膜内皮細胞はイオンポンプ作用があり,このプロセスが妨げられると角膜浮腫が発生する.角膜上皮は損傷からの回復力が高く,角膜実質はある程度回復力があるが瘢痕組織を形成しやすく,角膜内皮細胞は再生しない.結膜解剖学,血流,神経支配,生理と機能などの解説があり,リンパについても以下の言及がある.鼻側の眼球結膜からのリンパ液は顎下リンパ節に流入する一方,耳側の眼球結膜からのリンパ液は前耳リンパ節に流入する.円蓋部結膜からのリンパ液も同様である.眼瞼結膜内側からのリンパ液は,眼瞼のリンパ管を介して顎下リンパ節に流入するが,外側からのリンパ液は耳前リンパ節にあたらしい眼科Vol.41,No.2,2024177流入する.強膜解剖学,血流,神経支配,生理と機能などの解説がなされた.眼瞼・睫毛眼瞼のマクロとミクロの解剖に続き,眼瞼炎,粘膜・皮膚移行部,lidwiper,眼瞼の神経解剖,筋,血管系・リンパ系,神経支配,マイボーム腺,脂腺,汗腺,副涙腺について解説している.そのうちlidwiperについては,粘膜皮膚移行部の一部ではなく,結膜の初期部分であり,扁平上皮細胞と粘膜細胞を含む最大で15層の細胞層で構成され,この領域の厚さ約100μmの上皮の隆起が角膜の表面を「拭く」役割を果たすと考えられ,そのためlidwiperとよばれると解説している.眼瞼の生理としては,機能,瞬目,涙液拡散と涙道へのポンプ作用,マイボーム腺,副涙腺,睫毛の役割について記載されている.涙器主涙腺についてはマクロとミクロの解剖,血管系,神経支配,生理と機能,鼻道については解剖,涙点,涙.,鼻涙管の解剖と,生理と機能について記載されている.涙液涙液は眼球表面に存在する保護的な液体層であり,それらは互いに密接に関連しており,その破綻はドライアイの悪化を引き起こす.涙液は約3~4μmの厚さで,瞬目によって約16%が補充される.涙液構造は,従来の3層モデルから,マイボーム腺由来の脂層,粘液を含む水層,膜結合性ムチンからなる構造へと考え方がシフトした.摩擦の軽減,保湿,抗酸化作用,防御機能を担っており,涙液の恒常性維持に重要な役割を演じている.涙液は主涙腺以外にも副涙腺や結膜などから生成され,その組成は蛋白質,脂質,粘液,電解質などから構成される.涙液は涙液産生,分布,蒸発,吸収のバランスでなりたっている.先進的な眼表面検査法角膜厚測定(パキメトリー)は角膜の厚さを測定するための方法である.角膜知覚検査は,角膜を刺激して瞬目が誘発されるかどうかを評価する.CochetBonnet知覚計は定量的に測定できるが,やや侵襲的であるのと,しばしば閾値を超えてしまうこともあるのが欠点である.インプレッションサイトロジーは,局所麻酔下でニトロセルロース膜を用いて角結膜の細胞サンプルを採取し,組織学的,免疫学的,分子特性の評価が可能である.結論と今後の展望本章はCL診療実践の基盤としての前眼部の解剖と生理をまとめたものである.関連する基本的研究に加え,光干渉断層計や生体共焦点顕微鏡などの技術の進歩により,生体内の動的解剖学・生理学の理解が進化し,CL装用を含む外的要因の影響を定義するために縦断的な評価が可能となった.これらの複雑な構造機能の関係に関する科学的理解は,CLの継続的な進歩の基盤を提供し,CL装用時の快適さ,生体適合性,安全性のさらなる最適化につながると思われる.おわりに原著1)ではCLに関連する眼組織から涙液の解剖と生理機能,さらにはそれらの検査法のほとんどを網羅しているが,本項では誌面の都合でそのすべてに言及することはできなかった.最近のトピックスに関してはこの領域の理解を深めるきっかけになれば幸いである.文献1)DownieLE,BandlitzS,BergmansonJPGetal:CLEAR.anatomyandphysiologyoftheanterioreye.ContactLensAnteriorEye44:132-156,20212)DuaHS,FarajLA,SaidDGetal:Humancornealanato-myrede.ned:anovelpre-Descemet’slayer(Dua’slayer).Ophthalmology120:1778-1785,2013