《第35回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科42(7):887.891,2025cチューブ断裂による過剰濾過により低眼圧をきたしたロングチューブシャント術後の1例川村光*1池田華子*1,2沼尚吾*1森雄貴*1三宅正裕*1須田謙史*1亀田隆範*1辻川明孝*1*1京都大学大学院医学研究科眼科学教室*2大阪医科薬科大学医学部眼科学教室CACaseofHypotonyDuetoOver.ltrationfromTubeDisruptionafterLong-TubeShuntSurgeryHikaruKawamura1),HanakoO.Ikeda1,2)C,ShogoNuma1),YukiMori1),MasahiroMiyake1),KenjiSuda1),TakanoriKameda1)andAkitakaTsujikawa1)1)DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,KyotoUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalandPharmaceuticalUniversityC多重手術後の原発開放隅角緑内障症例に対して緑内障インプラント手術を施行後に,低眼圧と脈絡膜.離が出現した.改善の兆しがなく,チューブ再結紮目的で行った再手術にてチューブを確認したところ,吸収糸での結紮部位付近でチューブが断裂していた.チューブ断端を縫合し,チューブ内にC3-0ナイロン糸をステント糸として留置した.術後C30日目にステント糸を抜去し,以降は眼圧C8CmmHg前後で推移した.ロングチューブシャント手術後に低眼圧が遷延する場合は,チューブの断裂の可能性をも考慮に入れる必要がある.CFollowingglaucomaimplantsurgeryinacaseofprimaryopen-angleglaucomawithahistoryofmultiplepre-vioussurgeries,hypotonyandchoroidaldetachmentwereobserved,withnosignsofimprovement.Duringasubse-quentCsurgery,CitCwasCdiscoveredCthatCtheCtubeCwasCrupturedCnearCtheCligationCsiteCofCtheCabsorbableCsuture.CForCtreatment,theseveredendsofthetubeweresutured,andthen3-0nylonthreadwasinsertedasastentwithinthetube.At30-dayspostoperative,thestentwasremovedandintraocularpressure(IOP)inthateyeremainedataroundC8CmmHg.CInCcasesCofCprolongedClowCIOPCfollowingClong-tubeCshuntCsurgery,CtheCpossibilityCofCaCrupturedCtubeshouldbeconsidered.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C42(7):887.891,C2025〕Keywords:バルベルト緑内障インプラント,チューブ断裂,3-0ナイロン糸.Bearveldtglaucomaimplant,tubedisruption,3-0nylon.CはじめにBaerveldt緑内障インプラント(BaerveldtCglaucomaimplant:BGI)は眼外への房水流出を増加させる目的で眼内に挿入する緑内障インプラントの一つである.BGIとマイトマイシンCC併用線維柱帯切除術との前向き比較試験にて,多重手術眼ではCBGI手術のほうが線維柱帯切除術より累積失敗率が低く1),初回手術眼では累積失敗率に有意差がない2)と報告されている.わが国では,線維柱帯切除術が不成功に終わった,成功が見込めない,手術既往により結膜の瘢痕化が高度であるなどの症例に実施することが推奨されている3).BGIは調圧弁がなく,術後早期の低眼圧防止のためチューブを吸収糸で結紮する必要があり,結紮糸が溶けるまでの間の高眼圧予防目的でチューブにCSherwoodslitを入れる4).ステント糸をチューブ内に留置してリップコードとし,術後の眼圧に応じてステント糸を抜去し,眼圧を調整することもある5).BGIの術後合併症の一つに,過剰濾過に伴う低眼圧があり,チューブ結紮が不十分または結紮の解除が原因と考〔別刷請求先〕池田華子:〒606-8507京都市左京区聖護院川原町C54京都大学大学院医学研究科眼科学教室Reprintrequests:HanakoO.Ikeda,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoUniversityGraduateSchoolofMedicine,Shogoin-kawahara-cho54,Sakyo,Kyoto606-8507,JAPANCえられる場合には,再手術にてチューブ結紮を追加することがある.今回筆者らは多重手術後の眼圧コントロール不良眼にCBGI挿入術を実施,術後に低眼圧と脈絡膜.離が遷延し,チューブ再結紮目的に行った再手術時にチューブ断裂を認めたC1例を経験したので報告する.CI症例79歳,女性.50歳代に両眼強度近視・原発開放隅角緑内障の診断を受け,55歳時に両眼線維柱帯切除術,73歳時に両眼白内障手術を施行した.75歳時に左眼眼内レンズ偏位に対して硝子体手術ならびに眼内レンズ強膜内固定術を施行した.75歳時まで,眼圧下降点眼薬下で両眼眼圧C10CmmHg台前半を推移していた.79歳時に左眼眼圧が上昇し,眼圧下降点眼薬C5剤とアセタゾラミド内服下で左眼眼圧C15CmmHg前後となった.視野はC60歳代に両眼ともに中心視野が欠損し,その後も視野狭窄が進行していた.治療方針の相談目的にて当科紹介となった.当科初診時の視力は右眼C0.03(0.09C×sph.4.75D(cylC.1.00DCAx135°),左眼C0.02(0.09C×sph.7.00D(cyl.3.0CDAx60°),眼圧は,眼圧下降点眼薬C5剤およびアセタゾラミドC250Cmg2錠分C2内服下にて,右眼C10CmmHg,左眼C14mmHgであった.両眼眼内レンズ挿入眼,隅角検査にて開放隅角で特記すべき所見はなく,両眼C11時方向結膜に濾過手術痕と周辺虹彩切除,左眼耳上側に眼内レンズ摘出および強膜内固定術による結膜瘢痕を認めた.眼軸長は右眼C29.8mm,左眼C28.8mm,視野は両眼湖崎分類CVb期だった.眼圧上昇した左眼に関して,眼圧C10CmmHg台前半で視野狭窄が進行していたこと,多重手術後かつ硝子体切除済みであったことから,左眼耳上側にCBGIを挿入,チューブ先端は毛様体扁平部から硝子体腔内へ挿入する方針とした.CII初回BGI挿入術BGI(BGI-101-350)のチューブはC8-0バイクリル糸でC3カ所結紮し,SherwoodslitをC3カ所作成した.耳上側にBGIのプレートを挿入し,角膜輪部よりC9Cmmの強膜にC5-0ダクロン糸で固定した.チューブ先端を硝子体腔内に留置し,チューブをC9-0ナイロン糸で強膜に固定した.チューブを保存強膜片で被覆し,結膜縫合を行った.BGI挿入術翌日より眼圧C2CmmHg程度の低眼圧と全周性に丈の高い脈絡膜.離を認めた.眼圧上昇する兆候を認めず(図1),チューブ結紮が不十分なことによる過剰濾過を疑い,術後C7日目に再手術にてCBGIを確認することにした.結膜を切開し,チューブを被覆した保存強膜片を.離して確認したところ,もともとチューブを結紮していたバイクリル糸のうち,一番プレート側のC1糸が確認できず,その付近でチューブが断裂し,断裂部位からの多量の房水流出を認めた(図2).房水流出を抑制するため,断裂部位より角膜側にてC8-0バイクリル糸でC1カ所チューブを結紮した(図2).再手術翌日より左眼圧がC34CmmHgに上昇し,眼圧下降点眼薬とアセタゾラミド内服を再開,眼球マッサージを開始した.再手術C2週間以降は,眼圧下降薬使用下C14-18CmmHgで推移した.結紮したバイクリル糸の吸収を待つも眼圧は下降せず,アセタゾラミド内服を中止するとC20CmmHg以上に上昇した(図1).前眼部光干渉断層計(OCT)でCBGIを観察したところ,チューブ内腔は開通していたが,プレート上の濾過胞形成が不良であった(図3a).プレート付近の過度な瘢痕形成により通水が不十分である可能性が疑われたため,BGI再建術を実施することとした.CIIIBGI再建術結膜を切開したところ,BGIプレートおよびチューブ周囲に瘢痕組織を認めた.チューブ断端部周囲の瘢痕組織を除去したところ,房水の漏出を認めた.BGIプレート周囲の瘢痕組織を.離・除去した.チューブ内にC3-0ナイロン糸をステント糸として留置し,チューブ断端同士をC10-0ナイロン糸でC2カ所縫合した(図4).プレート上にわずかに房水が流出していることを確認した.BGIチューブを保存強膜片で被覆縫合し,結膜を縫合した.ステント糸の片端を結膜切開創から結膜上に出し,固定した(リップコード).BGI再建術後,数日は眼圧C3CmmHg前後の低値であったが,上昇傾向となり退院した(図1).そのあとに眼圧がさらに上昇したため,眼圧下降点眼薬および眼球マッサージを再開した.ステント糸は再建術後C30日目に抜去した.術後C47日目には眼圧はC13CmmHgに低下し,前眼部COCTでプレート上の濾過胞が良好に形成されていた(図3b).以降の半年間は眼圧の再上昇がなく,眼圧下降薬C2剤(ラタノプロスト,チモロール配合薬)にてC8CmmHg前後で推移している(図1).CIV考按BGI手術後に低眼圧を呈し,再手術時にCBGIのチューブが断裂していた症例を経験した.チューブ結紮追加で眼圧が上昇したが,そののち良好な眼圧コントロールが得られなかったため,BGI再建術を行った.BGI周囲の瘢痕組織を除去後,チューブ内にステント糸を挿入し,断端同士を縫合した.ステント糸抜去後,濾過胞形成および眼圧下降は良好である.本症例において術翌日からの低眼圧は,チューブが断裂したことによる過剰濾過が原因であった.チューブは吸収糸での結紮部位付近で断裂していた.BGI挿入初回手術の操作を録画映像にて見返したところ,結膜とCTenon.によるCBGI左眼眼圧(mmHg)353025201510501D4D7D8D11D15D1M2M3M4M5M1D3D6D9D13D19D30D33D47D2M3M7M眼圧下降点眼薬アセタゾラミド4剤内服図1BGI挿入術実施後の左眼眼圧の推移図2術後7日目のBGI確認とチューブ結紮a:チューブが断裂し(.),断裂部位からの多量の房水流出を認めた.断裂部位より角膜側にてC8-0バイクリル糸でC1カ所チューブを結紮した(.).b:チューブ結紮部のシェーマ.被覆時にプレートが角膜輪部側へ押される場面が確認できり高眼圧をきたした症例が報告されている6).BGIのチューた.術中や術終了時にチューブの断裂や付近からの房水流出ブは厚み約C0.3Cmmで原材質がシリコンであることを考慮すは認めなかったことから,チューブによじれる力が加わり,ると,吸収糸による結紮にて負荷がかかった部位によじれる術終了後翌日までの間に結紮部位が断裂した可能性が考えら力が加わったことが断裂の一因となった可能性がある.れた(図5).チューブ断裂を予防する方法としては,プレートを緩みがロングチューブシャント術後にチューブ断裂を認めた症例ないように固定する5),結膜とCTenon.の被覆時にプレートの報告は見当たらなかったが,術後にチューブのよじれによ偏位がないか確認すること,などが考えられる.図3BGI再建術前後の前眼部OCT画像a:BGIプレート(#)上の濾過胞形成は不良である(→).b:BGI再建術後C47日目にはCBGIプレート(#)上の濾過胞が良好に形成された(*).b3-0ナイロン図4BGI再建術a:BGIプレート周囲の瘢痕組織を.離・除去した.チューブ内にC3-0ナイロン糸をステント糸として留置し,チューブ断端同士をC10-0ナイロン糸でC2カ所縫合した(.).b:チューブ断端のシェーマ.BGI挿入術後に低眼圧を認めた際,チューブの早期開放による過剰濾過と考えた.しかし,チューブの再結紮目的で行った再手術にてチューブ断裂を認めた.断端より角膜側のチューブを再結紮し,結紮糸吸収による眼圧下降を期待したが,チューブ断端が瘢痕組織により閉鎖したことで想定していた眼圧調整が困難となった.チューブ断裂を認めた時点で,BGIチューブを端端縫合しプレートまでの房水流出路を保つことができれば,BGI再建・被膜除去術を回避できた可能性もある.BGI再建術時には,術後の低眼圧予防としてチューブ内に3-0ナイロン糸をステントとして留置し,術後の眼圧推移を見ながら抜去できる様にリップコードとした.Sherwoodslitを作成し,3-0ナイロン糸を留置したCBGIチューブの房水流出能は,生理的な眼球の房水流出能に近いとの報告もあり7),BGI周囲に瘢痕が過度に形成されることを懸念し,本症例では吸収糸による再度のチューブ結紮は行わなかった.BGI再建術後数日は眼圧が低めで推移したものの,術後C9日目に眼圧がC18CmmHgに上昇しており,チューブ結紮することなく低眼圧遷延を予防することができた.BGIプレート周囲の線維性被膜は術後C4.6週間で形成されること8),術後早期の過度な房水漏出は過度な炎症と被膜増殖をもたらし,濾過胞形成不良と眼圧上昇に関連すること9)から,BGIチューブ内に留置したC3-0ナイロン糸は術後所見に応じてC4.68週後に抜去したとの報告がある10).本症例ではCBGI再建術後C9日目に眼圧上昇を認めたが,眼圧下降点眼薬と眼球マッサージにて眼圧調整しつつ,術後C30日目にステント糸を抜去した.以降は良好な濾過胞形成およびb図5BGI挿入初回手術時の操作a:BGI挿入初回手術の操作を録画映像で見返したところ,結膜とCTenon.によるCBGI被覆時にプレートが角膜輪部側へ押される場面が確認できた.b:BGI被膜時のシェーマ.眼圧下降を得られており,ステント糸抜去時期は適切であったと考えられる.BGI手術後に吸収糸での結紮部位付近でチューブ断裂をきたし,過剰濾過をきたした症例を経験した.チューブ内にステント糸を挿入してリップコードとし,断端同士を縫合,BGIを再建することで良好な眼圧下降を得られた.ロングチューブシャント術時にはチューブ断裂につながる力を加えないように注意するとともに,術後の低眼圧遷延時にはチューブの断裂も念頭におく必要がある.利益相反川村光なし池田華子なし沼尚吾なし森雄貴なし三宅正裕:ノバルティス・ファーマ株式会社,第一三共株式会社須田謙史なし亀田隆範なし辻川明孝:キヤノン株式会社,株式会社ファインデックス,参天製薬株式会社,住友ファーマ株式会社文献1)GeddeCSJ,CSchi.manCJC,CFeuerCWJCetal:TreatmentCout-comesintheTubeVersusTrabeculectomy(TVT)studyafter.veyearsoffollow-up.AmJOphthalmolC153:789-803,C20122)GeddeCSJ,CFeuerWJ,CLimCKSCetal:TreatmentCOutcomesCinCtheCPrimaryCTubeCVersusCTrabeculectomyCStudyCafterC5CYearsCofCFollow-up.COphthalmologyC129:1344-1356,C20223)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン改訂委員会:緑内障診療ガイドライン(第C5版).日眼会誌C126:118.C20224)SherwoodCMB,CSmithMF:PreventionCofCearlyChypotonyCassociatedCwithCMoltenoCimplantsCbyCaCnewCoccludingCstenttechnique.OphthalmologyC100:85-90,C19935)谷戸正樹:緑内障ロングチューブシャント手術実践マニュアル,日本医事新報社,p18-21,20236)朝岡聖子,本田理峰,山ロ昌大ほか:バルベルト緑内障インプラントにおけるチューブのよじれを整復したC1例.あたらしい眼科C34:899-902,C20177)BreckenridgeCRR,CBartholomewCLR,CCrossonCCECetal:COut.owCresistanceCofCtheCBaerveldtCglaucomaCdrainageCimplantandmodi.cationsforearlypostoperativeintraocu-larpressurecontrol.JGlaucomaC13:396-399,C20048)MoltenoCAC,CFucikCM,CDempsterCAGCetal:FactorsCcon-trollingcapsule.brosisaroundMoltenoimplantswithhis-topathologicalCcorrelation.COphthalmologyC110:2198-2206,C20039)HongCCH,CArosemenaCA,CZurakowskiCDCetal:GlaucomaCdrainagedevices:asystematicliteraturereviewandcur-rentcontroversies.SurvOphthalmolC50:48-60,C200510)StringaCF,CChenCR,CAgrawalP:One-yearCoutcomesCfol-lowingCinternalCligationCsutureCremovalCinC350Cmm2CBaer-veldtCtubeCimplantCsurgery.CJCCurrCGlaucomaCPractC16:C20-23,C2022C***