監修=大橋裕一連載.MyboomMyboom第35回「松田淳平」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)連載.MyboomMyboom第35回「松田淳平」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)自己紹介松田淳平(まつだ・じゅんぺい)山之手眼科(愛知)2001年に岡山大学を卒業後,角膜移植や当時認可されたばかりのLASIKなど角膜手術を将来やりたいと思い,当時の白神史雄・岡山大学助教授(現・教授)の勧めで,京都府立医科大学眼科(木下茂教授)に入局しました.関連病院に勤務した後,2008年に当時LASIKで圧倒的な症例数を誇っていた品川近視クリニック(以下,品近)に入職しました.最初に赴任した大阪院は症例数が飛躍的に増加しており,最初の1年間で1万症例ほど経験することができました.2009年には名古屋院に責任者として異動し,運営業務も担当することになりました.その後5年間,「屈折矯正手術のみ」「自由診療のみ」を行う毎日の中で,自由診療と保険診療のバランスや眼科医としてのあり方など色々と思うことが積み重なり,後述するようにクリニックの体制が一段落ついた2014年秋に退職しました.仕事のMyboom:やりたいと感じることをやる尊敬する先生から「1年後のことは頑張れば見通せるようになるかもしれないが,3年後のことは誰も見通せない」と聞いたことがあります.Myboomとして「こだわり」を紹介するページということですので,私の仕事への「こだわり」を書かせていただきますと,「長期的に計算して動くよりも(=そもそもそんな先のことは見通せない),やりたいと感じることをやる.いったんやると決めたことは,カタがつくまではやめな(107)0910-1810/14/\100/頁/JCOPYい(=経験的にその方が満足度が高まり自分の幸福度が上がる)」です.2008年当時,品近には非常に多くの臨床データが未整理のまま存在していました.学会では30症例程度で発表が行われていましたが,品近では1週間に300症例のペースでデータが増えていましたので,休日を使ってデータを整理し学会に発表するのが楽しみでした.純粋に(!?)眼科の仕事,自分の興味のある屈折矯正手術のことだけに専念できた幸せな1年だったように思います.2009年,名古屋院の責任者になると経営的な仕事が加わりました.手術希望者の増加で名古屋院の規模は2倍,3倍と拡大し,それに伴って院内労務の仕事が増えていきました.人数が増えると大なり小なりスタッフ間,スタッフ・ドクター間,ドクター・運営サイド間の問題は生じており,何かのタイミングで噴出するのを待っているだけです.とくに品近ではドクターもスタッフも即戦力重視で,経験者の転職で組織していましたので,それぞれのスタッフ・ドクターが自分の意見をもっていました.トラブルが起こるのが悪いわけではなく,それをうまくマネージメントできるかどうかで,結果として悪いかどうかが決まる,と経験上思うようになりました.2013年後半からは手術希望者の減少に合わせて規模を縮小することになります.開業される先生は周りに多いのですが,廃業(!)された先生はあまり存じ上げません….60名体制の名古屋院を半分以下の体制に縮小する未知の作業でした.ドクター・スタッフの雇用打ち切りや異動辞令,退職勧奨など,憂鬱な経験と通常は知らなくても済む労務知識を得ました.これらは決して「やりたいこと」ではありませんでしたが,「やめないこと」によって否応なく知識と経験が得られました.あたらしい眼科Vol.31,No.12,20141845写真1子どものプール遊びをみながらパパ友と昼間からビール!2014年に退職を決定した後は,総合病院で勤務医をしようと思っていたのですが,結果的には①開業医,②他のクリニックで手術をする非常勤医,③複数の眼科クリニックでの運営アドバイザー,と3足のワラジを履くことになり,毎日バタバタと過ごしています.開業については,想定していなかったのですが,先方からの強い要望もあり話がどんどん進み,1カ月ほどで継承を決めてしまいました(①).継承した眼科には手術設備がありませんが,やはり手術はしたいので顧問を務める他のクリニックで行うことにしました(②).かつて名古屋院では,常勤・非常勤合わせて約15名の眼科医と約60名のスタッフを抱え年中無休で診療していましたので,シフトや院内ルールの作成,ドクター・スタッフの調整に日々追われていました.それらの経験と後半の1年で得た労務知識を運営アドバイザーとして活用できる場を授かりました(③).この6年,やりたい(あるいは,やらないといけない)とその時々の自分が感じることをやってきました.今後もその「こだわり」で仕事を続けようと思っています.趣味のMyboom:育児一般的なゴルフや車にほとんど興味のない私ですが,趣味を「無条件に楽しい時間」と定義すれば,現在は「育児」が趣味といえるかもしれません.ハイハイしかできなかった娘が伝い歩きをするようになったり,ちょ1846あたらしい眼科Vol.31,No.12,2014写真2パパ友・ママ友とバーベキュー場でスマイル!こちょことストライダーにまたがっていた息子が足を浮かせて坂道を下れるようになったりする成長をみるのは,恐らくゴルフスコアが100を切るようになったときと同じ喜びがあるのではないかと感じています.(さらにいうと,ゴルフは来年でもできると思いますが,子供の伝い歩きは来年にはもうみられなくなるので希少度合いが高いと思っています…笑)この趣味友達にあたるのがパパ友です.年齢や職業,出身地がまったく異なるパパ友と一緒に遊びに行ったり,飲みに行ったりすることによりリフレッシュしています.また,育児をすることで「母親」に対する理解や共感度合いが増したように感じます.育児中の女医さんやスタッフへも心情的なレベルで共感を感じますし,電車の乗り降りや地下街での階段などで居合わせた見知らぬお母さんにも自然にお手伝いできるようになりました.かつては苦手だった小児眼科も,子どもが好きになると苦手でなくなってきました.不思議なものですが「育児は育自」という言葉を実感しながら,今日も子どもと遊んでいます.次回のプレゼンターは岡山大学の木村修平先生です.岡山大学時代の同級生で,岡山大学にそのまま入局し,大学院,博士号,医局長,と僕とはまったく違う進路を進まれています(話しているとお互いそんなに違和感を感じないんですけどね).よろしくお願いします.注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.(108)