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現場発,病院と患者のためのシステム 14.業務システムにおけるメッセージの重要性

2013年3月31日 日曜日

連載⑭現場発,病院と患者のためのシステム連載⑭現場発,病院と患者のためのシステムテレビ,レンジなど,家電を購入すると取扱説業務システムにおけるメッセージの重要性明書(マニュアル)がついてきます.多機能な家電ほど分厚く,見ようとする気にならない方は多いでしょう.普段使わない機能を使う場合には見なければなりませんが,基本機能だけで十分な場合は多く,常識を働かせればマニュアルを見なく杉浦和史*マニュアルを見るのはどのような場合でしょう.多種多様なシーンが考えられますが,操作の結果,何らかのメッセージが表示され,判断しなければならない場合にても使えるように作って欲しいものです.業務システムも同じです.マニュアルを見ることはよく経験します.マニュアルを見ないで済むようにはできないものでしょうか?稼働12年を経過している当院の予約業務を主体とするリソースマネジメントシステムM-Magicでは,操作シーンに応じて,多数の工夫されたメッセージが用意されています.これによってM-Magicはマニュアル不要なシステムになっています.個室希望の患者さんを大部屋に移してしまった,“博美”“里美”など,女性を思わせる名前から女性の部屋に割り(,)当てたら男性だったなどは,経験するところです.これを防ぐために必要な情報(性別,希望部屋種類)は,システムが持っています.これらの情報を使えば,部屋変更の操作時,矛盾のチェックをシステムに任せることができます.M-Magicでは,性別が混在していたり,個室希望なのに大部屋に移そうとした場合には,図1のようなメッセージを表示し,注意を促して操作ミスを防いでいます.このメッセージは,部屋を変更する際,確認漏れによる移動ミスが多いことへの対策でした.これにより,誤操作,誤判断を防ぐことができ,病棟看護師は安心して操作し,患者さんからのクレームも解消する効果的な対策となりました.ところで,図1左側のメッセージで,部屋と患者さんの性別が違っているにもかかわらず,“承知”を選択できるのはどうしてでしょう.これは,患者さんが幼い男子だった場合,若い母親が看病することを想定し,女性の部屋に幼い男子を入れられるようにするための処置です.“承知”の選択肢がないと,若い母親が男性の部屋に出入りしなければならず,不都合が生じます.予約担当看護師からの仕様確認で,このような場合があることがわかりましたが,“イレギュラーなことが起きるのが病院”を前提に設計していたので,“承知”の選択肢を用意してあり,クリアすることができました.個室に入っていた患者さんが,一人では寂しくなり,大部屋に変えて欲しいという要望が出ることもあります.これを考慮し,部屋変更の操作をすると“図1右側の確認メッセージを表示し,“承知”を応答できるようにしています.ところで,このような丁寧なメッセージではなく,図2左側のメッセージだった場合はどうでしょう.操作ミスの内容がわからず,マニュアルを調べ,メッセージを捜し,表示された理由を理解してから,応答しなければなりません.何がどのように間違っていて,どうすれば良いのかがわかるメッセージと応答(選択肢)部屋割当/移動移動先の部屋は女性部屋です。承知やり直し部屋割当/移動山本一彦様は個室希望です。移動先は大部屋ですが良いですか?承知やり直しサンプル操作に誤りがあります。無視やり直しサンプル入力された値が上限値を超えています。無視やり直し図1メッセージ例1図2メッセージ例2*KazushiSugiura:宮田眼科病院CIO/技術士(情報工学部門)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(81)あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013367 ☆☆☆予約確認平成25年1月19日(火)(都城)診察:●●先生の午前1枠いいえはい予約確認平成25年1月19日(火)(都城)診察:●●先生の午前1枠よろしいですか?いいえはい図3メッセージ例3にしておかないと,このようにマニュアルが必要になります.図2右側のメッセージのように,“入力された値が上限値を超えています”の文があれば,マニュアルを見ることなく,安心して応答できます.メッセージへの応答としてよくみかける,“はい/いいえ”は,何が“はい”で,何が“いいえ”なのかがハッキリしない場合があります.この場合,“.よろしいですか?”の文を追加すれば,“はい/いいえ”,が生きてきます(図3).このように,メッセージの文章,応答ボタン名には,間違わないための工夫が必要です.当院で稼働中のM-Magicsには実装済みですが,現在開発中のHayabusaも,メッセージの文章と応答のボタンの名前に工夫をし,マニュアルレスを指向しています(図4).手術管理支援会計411号室劉備玄徳様のお迎えを、諸葛孔明様の車いすでお願いします。院内診断書が出来上がりました。※ムンテラご希望の家族の方がおられれば●●先生の診察室に取りに行って下さい。ご案内ください。了解後で了解図4メッセージ例4このようなメッセージ文,応答ボタンの名前にするには,業務を調査し,現実に起こり得る操作シーンを洗い出し,整理整頓が必要になります.お仕着せのパッケージソフトでは,説明してきたような微に入り細にわたったメッセージ,応答の選択肢は期待できず,従って分厚いマニュアルが必要となってきます.メッセージによって,作業ミスを軽減することも可能です.“医師の診察後,散瞳”の指示を見落とし,診察前の検査で散瞳してしまった.“スクラッチテスト用の抗血清剤の有効期限を確認しないまま,期限切れの抗血清剤を使ってしまった”など,インシデントになるような作業ミスも,システムが患者情報と医師の指示を参照し,注意メッセージを表示することで,避けることができます(図5).検査(スクラッチテスト)霧島つつじ様抗血清剤の有効期限を確認してください。了解検査(散瞳)宮崎ぢどり様散瞳は医師の診察後です。了解西郷ドン様ミドリンP禁止です。了解図5メッセージ例5また,応答したスタッフが誰なのかを管理すると,責任が明確になることで適度な緊張感を与え,適切な作業が期待できます.どのようなメッセージ,応答方法が用意されているか,これはシステムを評価する一つの指標になるでしょう.皆さまのご参考になれば幸いです.検査(点眼)368あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013(82)

タブレット型PCの眼科領域での応用 10.タブレット型PCのロービジョンエイドとしての臨床導入-その3-

2013年3月31日 日曜日

シリーズ⑩シリーズ⑩タブレット型PCの眼科領域での応用三宅琢(TakuMiyake)永田眼科クリニック第10章タブレット型PCのロービジョンエイドとしての臨床導入─その3─■ロービジョンエイドとしてのデバイスサイズの選定の実際今回は,私が代表を務めるGiftHandsの活動や外来業務で扱っているタブレット型PCである“RetinaディスプレイモデルiPadR(米国AppleInc.)”とスマートフォンの“iPhone5R(米国AppleInc.)”,ポータブルマルチプレイヤーのiPodtouchR(米国AppleInc.)のiOSバージョン6.01について,デバイスサイズの選定における問診の進め方を具体的な言葉とともに紹介していきます.■私のロービジョンエイド活用法『見きわめの問診後編』本章では,前章での見きわめの問診において各デバイスに関心を示した患者に対して,各人のニーズに対応した最適なタブレット端末の大きさの選定手順について説明していきます.具体的には最も大きい9.7インチのタブレット型PCであるiPadR,その軽量小型版である7.9インチのタブレット型PCのiPadminiR,最も小さい4インチ(対角)の液晶画面をもつiPhone5RやiPodtouchRなどのデバイスが,その患者の視機能やニーズにとって最適かを判断してデバイスサイズの選定を行っています(2013年1月31日現在).私は視機能にかかわらず原則的に,まず最も大きい9.7インチのデバイスを用いて前章で示したように最適な文字サイズや文章設定を行い,タブレット上での読書が可能かどうかを確認します.読書行為自体に関心を示さない患者にはカメラ機能などを用いたデジタルルーペとしての活用などを通して,画面が大きいことによる恩恵を患者が受けるかを慎重に確認します(図).画面の大きさが患者にとってのメリットとならない場(79)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY合,すなわちデバイス上で最大まで拡大表示された文字や画像が視認不可能な視機能の患者に対しては,最も小さいデバイスである4インチのデバイスを用いた音声読み上げ機能や音声フィードバック機能(voiceover)の適応について,確認するように指導の方向性を転換します.9.7インチのタブレット型PCの利点は,ディスプレイの大きさによる視認性の向上です.そのため9.7インチの画面においても視認性の向上を得られない患者では,音声情報や音声フィードバック操作による情報端末デバイスとしての切り口でデバイスサイズの選択を検討します.4インチのデバイスは,液晶画面が小さく9.7インチや7.9インチのタブレット型PCと比較して画面上のアイコンの構成要素が少なく,操作を視機能に依存しない患者にとっては液晶画面内の構成要素の配置の把握や検出が比較的容易です.操作方法などの詳細は次章で解説しますが,液晶画面の表示アイコンに依存せずに操作が可能な音声フィードバック機能(voiceover)を用いることで音声パソコンと類似した操作が可能となります.図体験をとおして患者の視機能で文字の閲覧が可能な最適なサイズを選択あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013365 一方,9.7インチのタブレット型PCで読書行為などが可能な患者に対しては,7.9インチのタブレット型PCにおいても同様の使い方が可能であるかを確認します.両サイズにおいて,遜色なく活用できた患者に対しては以下の要素に注目して,最適なサイズを選択します.①使用場所②使用目的③患者以外の使用者の有無以上の3つの要素についての問診が重要です.①に関して自宅での使用が主体で携帯性を重視しない患者には,画面が大きく視認性の最も良い9.7インチのタブレット型PCを第一選択とします.①,②に関して携帯性を重視した屋外での使用がメインである患者の場合は,軽量の7.9インチのタブレット型PCを優先的に選択します.携帯性を重視する理由の一つには,タブレット型PCを実際にロービジョンエイドとして導入した患者から,以下のような言葉をよく耳にするからです.『寝ながら本を読んだのは,生まれて初めてです』『読書という行為の概念が,根底から変わりました』『電源を気にしないで,場所を問わず読書ができることは本当に快適です』『好きなサイズ(文字)で,いつでも読めるので初めて文字を読むことが好きになりました』拡大読書器などを使用しないと読書行為が行えなかったロービジョンの患者にとって,電源確保の心配がなく場所や体勢の制約から解放されることは,タブレット型PC使用による大きな恩恵の一つといえます.そのため,タブレット型PCをエイドとして選択する際に,タブレット本体の重量やサイズは非常に大きな要素の一つであるのです.しかし,十分な視認性の向上を得られることが最も優先するべき要素であることには変わりはなく,まず視認性の向上の確保できるサイズであることは必須条件で,そのうえでニーズに対応できる必要最小のタブレットサイズを選択することが重要です.また,③の“患者以外の使用者の有無”は,実際に患者がエイドとして使用していけるかを決定する非常に大きな要素であり重要です.タブレット型PCのロービジョンエイドとしての適応条件(視力,視野など)に関366あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013する問い合わせを受けることがありますが,私の経験上,エイドの適応条件は視機能ではなく家族や仲間の存在に依存します.タブレット型PCは一般に広く普及した機器であるため,晴眼者である家族や仲間が同じ機器やそれに類似した機器を使用している可能性が高く,そのような環境が構築できるかはエイドとして使用していくうえで,患者にとって非常に大きな心の支えとなります.私は患者に最終的にエイドとしての使用を勧める際,家族や友人などを外来に同伴してもらうように勧めています.それは家族や友人がタブレット型PCを共有して使用することで,患者自身がエイドとしての使用を一時的にドロップアウトした際に,家族が一般機器として活用しながら患者のペースに合わせてロービジョンエイドとしての活用を再度導入することが可能なためです.このような二段階の導入法は,タブレット型PCやスマートフォンが一般に広く普及した汎用性の高い機器であって初めて成立するのです.家族や子どもとの共用が考えられる場合,最も大きい9.7インチであることの利点が生かされる事例も多く,最後の要素として家族や仲間との利用を含めた包括的なサイズの選定が必要になるのです.“サイズの見きわめの問診”のポイントは前章と同様にまず体験の先行を重視し,医療従事者側が安易に視機能から一方的にデバイスサイズや適応を判断するのではなく,患者本人にとっての最もニーズの高い使用目的を明確にすることです.また家族や協力者の存在の有無やニーズを考慮して包括的にデバイスサイズを選択することが最も重要であるといえます.なぜなら使えるエイドであることよりも,使い続けていけるエイドであることがロービジョンエイドを選定するうえでの最も大切な要素であるからです.一人でも多くの視覚障害者の目に希望の光を戻せるように,正しい“見きわめの問診”を広めることが視覚障害者の明日を作ると私は信じています.本文中に紹介しているアプリなどはすべてGiftHandsのホームページ内の「新・活用法のページ」に掲載されていますので,ご活用いただけたら幸いです.http://www.gifthands.jp/service/appli/また,本文の内容に関する質問などはGiftHandsのホームページ「問い合わせのページ」にていつでも受けつけていますので,お気軽にご連絡ください.GiftHands:http://www.gifthands.jp/(80)

硝子体手術のワンポイントアドバイス 118.瘢痕期未熟児網膜症に生じる裂孔原性網膜剥離に対する硝子体手術(上級編)

2013年3月31日 日曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載118118瘢痕期未熟児網膜症に生じる裂孔原性網膜.離に対する硝子体手術(上級編)池田恒彦大阪医科大学眼科はじめに瘢痕期未熟児網膜症の合併症としては,屈折異常,眼位異常,閉塞隅角緑内障,網膜.離,硝子体出血などがある.網膜.離には牽引性と裂孔原性があるが,瘢痕期未熟児網膜症に発症する網膜.離は,網膜無血管野の脆弱な網膜部位に異常な硝子体牽引が作用して生じる裂孔原性網膜.離の頻度が高い.●瘢痕期未熟児網膜症に生じる裂孔原性網膜.離の特徴瘢痕期未熟児網膜症に生じる裂孔原性網膜.離は,以下のような特徴を有しており難治例が多い.1)硝子体の液化変性が著明で網膜.離の進行が早く,しばしば胞状となる.2)後部硝子体が未.離かつ網膜との癒着が面状で,人工的後部硝子体.離作製がむずかしい.3)光凝固や冷凍凝固を施行してある辺縁に裂孔を生じることも多く,その周囲は過去の凝固操作により網膜が非常に菲薄化,脆弱化している.4)しばしば裂孔の深さが異なり,後極に向かって不規則に裂ける大きな裂孔が多い.5)牽引乳頭を認める症例では網膜の伸展性が低下していることがある.6)周辺部の無血管野に線維血管性増殖膜を生じていることがある.本シリーズの(71)家族性滲出性硝子体網膜症に伴う網膜.離に対する網膜硝子体手術(上級編)に記載したが,網膜.離の病態は家族性滲出性硝子体網膜症と類似点が多い.●瘢痕期未熟児網膜症に生じる裂孔原性網膜.離に対する手術治療裂孔が赤道部より周辺にあり,網膜に著明な増殖組織が認められない場合には,まずは強膜バックリング手術(77)0910-1810/13/\100/頁/JCOPYを考慮する.しかし,硝子体牽引が強い例や深部裂孔,大きい裂孔を有する例では硝子体手術が必要となることが多い(図1).硝子体手術での人工的後部硝子体.離作製時には,ワンハンドでの処理は困難で,双手法による処理が必要なケースが多い(図2).赤道部まで確実に人工的後部硝子体.離を作製し,残存硝子体の牽引を相殺する目的で輪状締結術を併用したほうが確実な復位が得られる.図1自験例の左眼眼底写真上鼻側の弁状裂孔と下鼻側深部に不規則な裂孔を認め,胞状の網膜.離が後極部に進行している.硝子体の液化が著明で網膜.離の進行は早い.図2術中所見網膜硝子体癒着が強固でかつ面状であり,双手法による人工的後部硝子体.離作製が必要である.あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013363

眼科医のための先端医療 147.Retinal Function Imager-網膜機能画像イメージング

2013年3月31日 日曜日

監修=坂本泰二◆シリーズ第147回◆眼科医のための先端医療山下英俊RetinalFunctionImager─網膜機能画像イメージング西川薫里野崎実穂(名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学)RetinalFunctionImager(RFI)とは網膜血流測定は古くは蛍光眼底造影,最近ではレーザースペックルを用いた評価が盛んに行われています.RetinalFunctionImager(RFI)も網膜血流評価のできる新しい網膜機能画像イメージング装置(図1)で,イスラエルのOpticalImaging社で開発され,わが国では2011年に承認されました1.3).RFIの原理は,赤血球のヘモグロビンが緑色光を吸収する特性を利用し,波長540nmの光源を使用して眼底の連続撮影をします.血管内の赤血球の動きをトラッキングすることにより,網膜血管血流速度の測定(図2A)をし,血管内の赤血球の動きのコントラストの変化を加算することにより,造影剤を使わずに毛細血管を描出することができます(図2B).RFIの上級モデルでは,さらに網膜血管酸素飽和度や網膜の代謝レベル(神経細胞活動性)の評価も可能となっています1,2).図1RetinalFunctionImager高解像度デジタルカメラ付きの眼底カメラとコンピュータおよびフラッシュ光源の内蔵されている装置からなる機械である.(文献3より)AB図2RFIによる血流速度測定と毛細血管描出A:RFIによる血流速度測定.中心窩にマーク(矢頭)をすると,あとは血管をトレースするだけで,任意の血管の血流速度の絶対値を測定できる.マイナスがついているのは,動脈(色は赤),静脈は紫色で表される.B:RFIによる毛細血管描出.画角20°で撮影,毛細血管が造影剤の投与なしで,鮮明に描出されているのがわかる.(文献3より)(73)あたらしい眼科Vol.30,No.3,20133590910-1810/13/\100/頁/JCOPY *p<0.05*p<0.055細静脈血流速度(mm/秒)RFIでは,蛍光眼底造影で検出できる「造影剤の漏出」という所見を得ることはできませんが,経口造影剤で鮮4明な蛍光眼底像がRFIで得られることも報告されてい3*p<0.01ます8).現在のRFIは,画角20°(もしくは30°)で眼底細動脈血流速度(mm/秒)撮影をするので,視神経乳頭,黄斑部以外の撮影には向2いていませんが,今後画角が大きくなり,パノラマ機能1を搭載されれば,糖尿病網膜症症例などに非常に有用に健常PDR0健常PDRなると期待されます.今後の展望造影剤を使わず非侵襲的に網膜微小循環を評価できる図3健常人と増殖糖尿病網膜症(PDR)の血流速度の比較PDRでは,健常人と比較して有意に血流速度が低下していた(健常人8眼,PDR13眼).RFIは,臨床の場でとても魅力のある機器といえます.今後さらにRFIを用いた網膜微小循環評価データを増やし,さまざまな疾患の早期発見や予後,治療効果評価RFIを用いた研究―血流速度―RFIのメリットは,従来の方法では評価できなかった,血管径60μm未満の網膜細動静脈の血流速度を測定できることです.今までに,RFIを用いて,非増殖糖尿病網膜症(nonproliferativediabeticretinopathy:NPDR)では,正常人と比較して,網膜細動静脈の血流速度が有意に低下していること4),一方で網膜症のない初期糖尿病患者では細動静脈の血流速度が有意に上昇しているという報告がありました5).筆者らのRFIを用いた検討でも,正常人と増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopathy:PDR)との比較で,PDRで有意に網膜の細動静脈血流速度が低下していました(図3).RFI以外の方法で網膜大血管や毛細血管の血流を評価した過去の報告では,糖尿病網膜症が発症すると網膜血流が低下するといわれてきましたが,網膜症発症前には,血流が増加する,という報告の他に,血流が低下するという報告もあり,正反対の結果がみられます.RFIを用いた網膜症発症前の血流評価は,まだ1グループから報告5)されただけですが,今まで評価できなかった網膜細動静脈の血流速度を,RFIを用いて今後さらに他施設でより多くの症例で追試されれば,網膜症発症機序の解明にもつながる可能性があり興味深いと思われます.また,最近では,RFIを用いた結膜血管の血流測定の報告もみられ,他の組織でも応用ができるかもしれません6).につながるように,検討していく必要があると思われます.文献1)NelsonDA,KrupskyS,PollackAetal:Specialreport:Noninvasivemulti-parameterfunctionalopticalimagingoftheeye.OphthalmicSurgLasersImaging36:57-66,20052)IzhakyD,NelsonDA,Burgansky-EliashZetal:Functionalimagingusingtheretinalfunctionimager:directimagingofbloodvelocity,achievingfluoresceinangiography-likeimageswithoutanycontrastagent,qualitativeoximetry,andfunctionalmetabolicsignals.JpnJOphthalmol53:345-351,20093)野崎実穂:【眼科の新しい検査法】網膜疾患RetinalFunctionImagerについて教えてください.あたらしい眼科27(臨増):138-140,20104)Burgansky-EliashZ,NelsonDA,Bar-TalOPetal:Reducedretinalbloodflowvelocityindiabeticretinopathy.Retina30:765-773,20105)Burgansky-EliashZ,BarakA,BarashHetal:Increasedretinalbloodflowvelocityinpatientswithearlydiabetesmellitus.Retina32:112-119,20126)JiangH,YeY,DebucDCetal:Humanconjunctivalmicrovasculatureassessedwitharetinalfunctionimager(RFI).MicrovascRes2012Oct16.doi:pii:S0026-2862(12)00166-5.10.1016/j.mvr.2012.10.003.[Epubaheadofprint]7)WitkinAJ,AlshareefRA,RezeqSSetal:Comparativeanalysisoftheretinalmicrovasculaturevisualizedwithfluoresceinangiographyandtheretinalfunctionimager.AmJOphthalmol154:901-907,20128)NelsonDA,Burgansky-EliashZ,BarashHetal:Highresolutionwide-fieldimagingofperfusedcapillarieswithRFIを用いた研究―網膜毛細血管網―RFIの毛細血管網描出画像のほうが,蛍光眼底造影画outtheuseofcontrastagent.ClinOphthalmol5:1095像に比べて,血管のループや,中心窩無血管野の大きさ1106,2011をより詳細に評価できるといわれています7).一方で,360あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013(74) ■「RetinalFunctionImager―網膜機能画像イメージング」を読んで■今回は新しい網膜血流の測定法について,西川薫里先生,野崎実穂先生にわかりやすく解説していただいた.網膜疾患,とりわけ非常に患者数の多い網膜血管疾患の病態解明には血流を定量的に測定する装置が必須です.これまでも,蛍光眼底検査,レーザードップラ,レーザースペックルなど種々の方法を用いて血流測定が試みられ,成果をあげてきました.血流をどのように捉えるかはその機械の原理によるので,今回のRFIは赤血球の動きをトラッキングすることによる測定で,網膜の病態,特に組織の酸素飽和度についてのデータをとることが期待できます.これにより,糖尿病網膜症の発症前の段階でのリスク評価を行い,今後の治療方針,特に血糖や血圧のコントロールの方針にまで眼科医の立場からアドバイスをできるかもしれません.糖尿病患者での問題として,大血管症(心筋梗塞,脳卒中)があります.網膜症の重症度がその後数年の大血管症発症のリスク評価に使えることを示すデータが近年蓄積されてきています.現時点では網膜症の評価は眼底所見によることが多いので,今後,RFIのシステムにより,網膜症発症前のリスク評価が大血管症のリスク評価をさらに精密なものにする可能性も考えられます.今後の西川先生,野崎先生のご研究の進展が期待されます.山形大学医学部眼科山下英俊☆☆☆(75)あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013361

抗VEGF治療:近視性脈絡膜新生血管(CNV)に対する抗VEGF薬

2013年3月31日 日曜日

●連載⑩抗VEGF治療セミナー─病態─監修=安川力髙橋寛二8.近視性脈絡膜新生血管(CNV)土屋香森山無価大野京子東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野に対する抗VEGF薬近視性脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)は,病的近視の合併症のなかでも特に中心視力を著しく損なう疾患として重要である.近年,近視性CNVに対して抗VEGF薬が用いられ,良好な成績が報告されている.しかしながら,保険適用外の使用であり,使用に関しては各施設で倫理委員会の承認が必要である.本稿では近視性CNVに対する抗VEGF薬の効果について概説する.近視性脈絡膜新生血管(choroidalneovasculariza-tion:CNV)は,強度近視患者の約10%に発生色の隆起性病変を認め,フルオレセイン蛍光眼底造影(fluoresceinangiography:FA)では早期から旺盛な蛍し,そのうち1/3の症例では両眼にもCNVを生じる1).また,50歳以下でのCNVの原因としては約6割を占光漏出を呈し,いわゆるclassicCNVのパターンを呈する.また,インドシアニングリーン蛍光眼底造影(indoめ,最多である2).cyaninegreenangiography:IA)ではあまり過蛍光を眼底所見では黄斑部に多くは出血を伴う黄白色.灰白呈さず,darkrimで囲まれた周囲とほぼ同輝度の蛍光図1抗VEGF薬投与によって完全消失を得た近視性CNVの症例(文献3より一部改変)58歳,女性.眼軸長30.8mm(A,B:抗VEGF療法前,C,D:抗VEGF療法後).A:傍中心窩に出血を伴う近視性CNVを認める.矯正視力は(0.3).B:造影剤注入後1分34秒のFA写真.CNVからの旺盛な蛍光漏出を認める.C:ベバシズマブ硝子体注射2年経過後の眼底写真.CNVは完全に消失.矯正視力は(0.8).D:造影剤注入後2分57秒のFA写真.FAでもCNVは同定できない.(71)あたらしい眼科Vol.30,No.3,20133570910-1810/13/\100/頁/JCOPY 図2近視性CNV治療後に網脈絡膜萎縮を生じた症例79歳,女性.眼軸長26.6mm.A:中心窩に出血を伴う大きな近視性CNVを認める.矯正視力は(0.06).B:ベバシズマブ硝子体注射4年後の眼底写真.CNVの瘢痕化を得られたものの,残存したCNV周囲に網脈絡膜萎縮を生じ,矯正視力は(0.07)と改善はみられない.を呈する.光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)では網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)下からの病変を認め,滲出性変化も伴うことがある.鑑別診断としては単純型出血があげられ,これは自然軽快が期待できるので鑑別は重要である.単純型出血ではFAにて蛍光漏出を認めず,またOCTでもRPE下からの病変が検出されない.治療はおもに抗VEGF薬の硝子体内注射あるいは光線力学的療法(photodynamictherapy:PDT)が行われるが,現在主流なのは抗VEGF薬の投与である.抗VEGF薬投与,PDTともに保険適用外の使用であるため,使用に関しては各施設で倫理委員会の承認が必要である.近視性CNVに用いる抗VEGF薬の効果としては,ベバシズマブ(アバスチンR)とラニビズマブ(ルセンティスR)の有効性がいくつか報告されている.ベバシズマブに関しては,1年間での経過観察では約半数弱の症例で2.3段階の視力改善が得られ3),2年間の経過観察では,中心窩下のCNVでは視力は維持に留まるが,中心窩外のCNVでは有意に視力が改善するとされている4).ラニビズマブに関しても治療後約1年間経過観察したいくつかの報告が出ているが,ベバシズマブ同様に良好な成績を示している5).また,新しい抗VEGF薬であるアフリベルセプト(商品名アイリーアR)の近視性CNVに対する治験もわが国で進行中である.358あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013しかしながら,近視性CNVの治療において最も重要なのはCNV退縮後に生じる網脈絡膜萎縮である.中心窩外のCNVは抗VEGF薬投与によって完全に消失する症例がある(図1).一方,中心窩下のCNVでは治療によりCNVは収縮するものの線維性瘢痕組織として残存することがあり,長期的にはこの瘢痕化したCNV周囲に網脈絡膜萎縮が生じ(図2),視力低下の原因となる3).今後はこの網脈絡膜萎縮の発生を抑制するような新たなアプローチが必要である.文献1)Ohno-MatsuiK,YoshidaT,FutagamiSetal:Patchyatrophyandlacquercrackspredisposetothedevelopmentofchoroidalneovascularizationinpathologicmyopia.BrJOphthalmol87:570-573,20032)CohenSY,LarocheA,LeguenYetal:Etiologyofchoroidalneovascularizationinyoungpatients.Ophthalmology103:1241-1244,19963)HayashiK,Ohno-MatsuiK,TeramukaiSetal:Comparisonofvisualoutcomeandregressionpatternofmyopicchoroidalneovascularizationafterintravitrealbevacizumaborafterphotodynamictherapy.AmJOphthalmol148:396-408,20094)HayashiK,ShimadaN,MoriyamaMetal:Two-yearoutcomesofintravitrealbevacizumabforchoroidalneovascularizationinJapanesepatientswithpathologicmyopia.Retina32:687-695,20125)VadalaM,PeceA,CipollaSetal:Isranibizumabeffectiveinstoppingthelossofvisionforchoroidalneovascularizationinpathologicmyopia?Along-termfollow-upstudy.BrJOphthalmol95:657-661,2011(72)

緑内障:バルベルト®緑内障インプラント手術

2013年3月31日 日曜日

●連載153153監修=岩田和雄山本哲也153.バルベルトR緑内障インプラント手術石田恭子岐阜大学大学院医学系研究科神経統御学講座眼科学分野緑内障セミナー緑内障手術のゴールドスタンダードである線維柱帯切除術(trabeculectomy:Trab)が奏効しない症例,すなわちTrabの複数回不成功例や,高度の結膜瘢痕により濾過手術の施行不可能な症例,結膜濾過胞の長期生存が期待できない難治性緑内障には,器具を用いて濾過空間を確保するバルベルトR緑内障インプラント手術が有効である.●バルベルトR緑内障インプラント手術の原理と特徴バルベルトR緑内障インプラント(AbbottMedicalOpticsInc.,SantaAna,CA,USA)は,調圧弁をもたないglaucomadrainagedeviceでチューブとプレートからなる.バルベルトR緑内障インプラントを移植するチューブシャント手術では,房水は前房や後房,硝子体腔(硝子体切除例)に留置されたシリコーンチューブを通り,赤道部結膜下に移植されたプレート上に導かれ,プレート周囲の結膜から吸収される.日本で発売されているバルベルトR緑内障インプラントのモデルは,前房挿入タイプでプレートサイズが350mm2のBG101350,硝子体挿入タイプBG102-350,プレートサイズが250mm2のBG103-250の3種類である(図1).最も汎用されているBG101-350の詳細を図2に示す.シリコーン製で,プレートの長さ,高さ,厚みはそれぞれ,31mm,14.7mm,1mmで,バリウムが染み込ませてあるため,X線検査にて移植位置が確認できる.また,プレート上にできる濾過胞の丈を抑える目的でプレートにfenestrationholesが4つあいている.チューブの長さは29mmで,移植時に切断し長さを調節する.チューブの内腔は300μmで,計算上チューブからプレートまでの抵抗はない,すなわち房水流出抵抗は0である.●バルベルトR緑内障インプラント手術の成績難治性緑内障に対する手術の成績は,各研究報告によって対象患者の背景,手術成功の定義,経過観察期間が異なるため,単純な比較は困難であるが,発達緑内障では71.100%(成功定義IOP[intraocularpressure]≦(69)0910-1810/13/\100/頁/JCOPYBG101-350前房挿入模式図BG102-350硝子体挿入模式図図1バルベルトR緑内障インプラント挿入模式図・シリコーン製・Plateの長さ:31mm・Plateの高さ:14.7mm・Plateの表面積:350mm2・Plateの厚み:1mm・Plateの特徴:Fenestrationholes:4つバリウム染込・Tubeの長さ:29mm・Tubeの内腔:300μm・房水流出抵抗は0図2バルベルトR緑内障インプラントモデルBG101.350の特徴21mmHg),ぶどう膜炎では91.100%(成功定義IOP≦21mmHg),血管新生緑内障(成功定義5<IOP≦21mmHg)では43.78%と報告されている.比較的緑内障自体の予後が良い症例に対するバルベルトR緑内障インプラント手術の成績は,TubeVersusTrabeculecutomy(TVT)Study1)で詳細に報告されている.TVTStudyでは,バルベルトR緑内障インプラント手術(Tube)とマイトマイシンC併用線維柱帯切あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013355 表1TheTubeVersusTrabeculectomyStudy1)の手術前後の眼圧値と投薬数Tube群Trab群p値術前眼圧(mmHg)25.1±5.325.6±5.30.56投薬数3.2±1.13.0±1.20.171年眼圧(mmHg)12.5±3.912.7±5.80.73投薬数1.3±1.30.5±0.9<0.012年眼圧(mmHg)13.4±4.812.1±5.00.101投薬数1.3±1.30.8±1.20.0163年眼圧(mmHg)13.0±4.913.3±6.80.78投薬数1.3±1.31.0±1.50.304年眼圧(mmHg)13.5±5.412.9±6.10.58投薬数1.4±1.41.2±1.50.335年眼圧(mmHg)14.4±6.912.6±5.90.12投薬数1.4±1.31.2±1.50.23術後2年まではTrab群で投薬数が有意に少なかったが,術後5年の時点では,眼圧,投薬数とも2群間に有意差はない.データは平均±SDで示す.p値はStudent’st-testによる.(文献1より作表)除術(trabeculectomy:Trab)の効果と安全性が前向きに比較された.対象は,難治性緑内障を除外し,白内障手術歴やTrab歴のみをもつ眼圧コントロール不良例とした.全212例の81%は原発開放隅角緑内障で,Tube群とTrab群の背景因子には統計的な有意差は認めなかった.Tube群ではBG101-350を,術早期の低眼圧予防措置としてチューブを結紮した後,耳上側に移植した.Trab群では,マイトマイシンC(0.4mg/ml,術中4分間塗布)併用Trabを上方の象限に施行した.表1には手術前後の眼圧値と投薬数を示す.術後5年の時点では,眼圧はTube群で14.4±6.9mmHg,Trab群で12.6±5.9mmHg,投薬数はTube群で1.4±1.3,Trab群1.2±1.5と,両群間に有意差はなかった.手術後5年の累積手術不成功率は,不成功の定義を眼圧21mmHg以上,または術前と比較し20%未満の眼圧下降しか得られない場合と定義すると,Tube群で29.8%,Trab群で46.9%であった(p=0.002).同様に不成功の定義を眼圧>17mmHgとすると累積手術不成功率は,Tube群で31.8%,Trab群で53.6%(p=0.002),不成功の定義を眼圧>14mmHgとすると累積手術不成功率は,Tube群で52.3%,Trab群で71.5%(p=0.017)で356あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013チューブ図3虹彩角膜内皮症候群線維柱帯切除術2回と白内障手術既往のある虹彩角膜内皮症候群.チューブを後房に挿入.あった.術中合併症の発生率に有意差はなかったが,術後1カ月以内の早期合併症では,Tube群(21%)と比較しTrab群(37%)が有意に高かった(p=0.012).しかしながら,術後1カ月目以降の合併症は,Tube群(34%)とTrab群(36%)で有意差を認めなかった.縫合部や濾過胞からの漏出,濾過胞に起因する違和感はTrab群で多く,Tube群では遷延性角膜浮腫や,Tube特有の合併症(露出,閉塞)が認められた.視力低下や再手術を要する重篤な合併症の発生率は,Tube群(19%)とTrab群(14%)では同程度であった.●バルベルトR緑内障インプラント手術の適応比較的緑内障そのものの予後が良い症例を対象としたTVTStudyの結果から,Trabと比較し,Tubeの手術成績はより良好であることが証明された.しかしながら,日本ではTubeの使用経験は少なく,過剰濾過による低眼圧,器具の露出,露出に伴う眼内炎,角膜障害など重篤な合併症が生ずる可能性のある本術式の適応には慎重であるべきで,当面はTrabの複数回不成功例(図3)や,高度の結膜瘢痕によりTrabの施行不可能な症例,結膜濾過胞の長期生存が期待できない難治性緑内障に適応を限定するべきである.文献1)GeddeSJ,SchiffmanJC,FeuerWJetal:TreatmentoutcomesintheTubeVersusTrabeculectomy(TVT)Studyafterfiveyearsoffollow-up.AmJOphthalmol153:789803,2012(70)

屈折矯正手術:円錐角膜に対する有水晶体眼内レンズ

2013年3月31日 日曜日

屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂●連載154大橋裕一坪田一男154.円錐角膜に対する有水晶体眼内レンズ神谷和孝北里大学医学部眼科学講座非進行性・軽度円錐角膜に対する屈折矯正方法として後房型有水晶体眼内レンズの安全性・有効性は高く,予測性や安定性にも優れており,新たな治療の選択肢の一つとなり得る.眼鏡やコンタクトレンズが装用困難,眼鏡矯正視力が良好,角膜中央部が透明,年齢が30歳以上,角膜形状や自覚屈折が安定,前房深度2.8mm以上といった症例選択が重要である.円錐角膜やペルーシド角膜変性症といった角膜菲薄化疾患では,ハードコンタクトレンズ(hardcontactlens:HCL)による矯正が第一選択となるが,不規則な角膜形状やアレルギー性結膜炎の合併によって,HCLが装用困難となる症例は少なくない.実際に,円錐角膜は強度近視性乱視であることが多く,屈折矯正手術希望者の6.4.9.6%を占めるという報告もあり,円錐角膜患者においてもqualityofvision(QOV)を向上させるうえで良好な裸眼視力を獲得することは重要である.これまでLASIK(laserinsitukeratomileusis)やPRK(photorefractivekeratectomy)に代表される角膜屈折矯正手術は禁忌であるために,外科的な屈折矯正は困難であった.2010年2月に厚生労働省より認可された後房型有水晶体眼内レンズ(phakicintraocularlens:phakicIOL)は高い安全性・有効性だけでなく,術後視機能の優位性が注目されている1.3).現在ではtoricphakicIOLも認可され,優れた乱視矯正効果が報告されている4).筆者らは,円錐角膜5)やペルーシド角膜変性症6)に対する屈折矯正方法としてtoricphakicIOLが有用であった症例を報告してきた.本稿では,非進行性円錐角膜に対して後房型phakicIOL挿入術を施行した症例の初期臨床成績7)について述べる.HCL装用困難かつ非進行性の円錐角膜に対して後房型phakicIOLであるvisianimplantablecollamerlens(VisianICLTM:STAARSurgical社)挿入術を施行した症例14例27眼を対象とした.いずれもAmslerKrumeich分類GradeIないしIIであった.手術時年齢37.4±7.0歳(平均±標準偏差,30.51歳),男性10眼・女性17眼,術前等価球面度数.10.11±2.46D,乱視度数.3.03±1.58Dであった.術前にレーザー虹彩切開術を施行し,耳側3.0mm角膜切開からインジェクターを(67)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY図1毛様溝に固定された有水晶体眼内レンズのシェーマ(VisianICLTM;STAARSurgical社)用いてICLTMを眼内に挿入し,その後支持部を毛様溝に固定した(図1).術前座位で水平マーキングを行い,必要に応じてレンズを回転させた.その結果,術前平均小数視力1.29から術後6カ月では1.41へ,術前平均小数視力0.03から1.23へと改善した.また,術後6カ月における安全係数(術後矯正視力/術前矯正視力),有効係数(術後裸眼視力/術前矯正視力)は,それぞれ1.12±0.18,1.01±0.25であった.矯正視力不変の症例が12眼(44%),1段階以上改善が13眼(48%),1段階悪化が2眼(7%)であり,術前眼鏡矯正視力より術後裸眼視力のほうが良好であることを意味する(図2).達成矯正度数が目標矯正度数に対して±0.5,1.0D以内に入った症例は,それぞれ85%,96%であり(図3),術後1週から術後6カ月にかけての屈折度数変化は0.00±0.35Dであった.平均内皮細胞減少率は4.4%であり,二次性白内障,瞳孔ブロック,続発緑内障や軸ずれを生じた症例はなく,重篤な合併症を認めなかった.しかしながら,現状の屈折矯正手術ガイドラインの第あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013353 100有効係数1.01±0.25眼数(%)1.0以上■0.5以上9696969693939310090807060504030201001週1カ月3カ月6カ月術後期間図2裸眼視力0.5,1.0以上の割合表1円錐角膜に対する後房型有水晶体眼内レンズの手術適応①眼鏡・コンタクトレンズが装用困難②眼鏡矯正視力が良好(0.8以上)③角膜中央部が透明④年齢が30歳以上⑤角膜トポグラフィーや自覚屈折が最低6カ月以上安定している⑥前房深度2.8mm以上非進行性・比較的軽度の円錐角膜〔Amsler-Krumeich分類GradeI.(II)〕が適応であり,若年例や直近で診断された症例は除外すべきである.6次答申では,円錐角膜に対するphakicIOLは禁忌であり,疑い例では実施に慎重を要すると報告されており,十分な注意が必要であろう.もちろん,すべての円錐角膜症例に適応するのではなく,眼鏡矯正視力が良好な比較的軽度の円錐角膜〔Amsler-Krumeich分類GradeI.(II)〕が適応であり,高度の円錐角膜症例は対象から除外すべきである.また,若年者の円錐角膜では進行する症例も多く,角膜形状や屈折度数が安定していることを確認する必要がある5).よって若年例や直近で診断された症例も除外すべきであろう.筆者らの施設では,①眼鏡・コンタクトレンズが装用困難,②眼鏡矯正視力が良好,③角膜中央部が透明,④年齢が30歳以上,⑤角膜トポグラフィーや自覚屈折が最低6カ月以上安定している,⑥前房深度2.8mm以上の症例を有水晶体眼内レンズの手術適応としている(表1)5,7).円錐角膜では強度近視性乱視を認めることが多く,これまで屈折矯正手術を断り続けられた背景もあり,本術式は患者満足度も非常に高い.今後は,角膜内リングや角膜クロスリンキングにより角膜形状を安定化させた後,残余屈354あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013±0.5D85%±1.0D96%達成矯正度数(D)151050051015予測矯正度数(D)図3術後6カ月における目標矯正屈折度数と達成矯正度数折異常をphakicIOLで矯正する方法も期待されている.文献1)IgarashiA,KamiyaK,ShimizuKetal:Visualperformanceafterimplantablecollamerlensimplantationandwavefront-guidedlaserinsitukeratomileusisforhighmyopia.AmJOphthalmol148:164-170,20092)KamiyaK,IgarashiA,ShimizuKetal:Visualperformanceafterposteriorchamberphakicintraocularlensimplantationandwavefront-guidedlaserinsitukeratomileusisforlowtomoderatemyopia.AmJOphthalmol153:1178-1186,20123)KamiyaK,ShimizuK,IgarashiAetal:Clinicalevaluationofopticalqualityandintraocularscatteringafterposteriorchamberphakicintraocularlensimplantation.InvestOphthalmolVisSci53:3161-3166,20124)KamiyaK,ShimizuK,AizawaDetal:One-yearfollow-upofposteriorchambertoricphakicintraocularlensimplantationformoderatetohighmyopicastigmatism.Ophthalmology117:2287-229420105)KamiyaK,ShimizuK,AndoWetal:Phakictoricimplantablecollamerlensimplantationforthecorrectionofhighmyopicastigmatismineyeswithkeratoconus.JRefractSurg24:840-842,20086)KamiyaK,ShimizuK,HikitaFetal:Posteriorchambertoricphakicintraocularlensimplantationforthecorrectionofhighmyopicastigmatismineyeswithpellucidmarginaldegeneration.JCataractRefractSurg36:164166,20107)KamiyaK,ShimizuK,KobashiHetal:Clinicaloutcomesofposteriorchambertoricphakicintraocularlensimplantationforthecorrectionofhighmyopicastigmatismineyeswithkeratoconus:6-monthfollow-up.GraefesArchClinExpOphthalmol249:1073-1080,2011(68)

眼内レンズ:疎水性眼内レンズに生じる表面散乱光の細隙灯顕微鏡検査による簡易分類

2013年3月31日 日曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎319.疎水性眼内レンズに生じる表面散乱光の早田光孝昭和大学藤が丘リハビリテーション病院眼科細隙灯顕微鏡検査による簡易分類疎水性眼内レンズ(IOL)に生じる表面散乱光の程度を,細隙灯顕微鏡検査を使用して,角膜実質の色合いを指標としIOL表面の白色化の程度と比較することでグレード化した.前眼部解析装置(EAS-1000)にて測定した,IOL表面のcomputer-compatibletape(CCT)値と強い相関を認め,有用と考えられた.疎例において,グリスニング1),表面散乱光2)などの経年変化も報告されるようになった.表面散乱光は,IOLの表面が,霧状に白色化して見える現象で,ホワイトニングともよばれている.IOL表層に生じたグリスニングよりさらに小さい水相分離(subsurfacenanoglistening)が原因と考えられている3).表面散乱光は,グリスニングと異なり,スリット光の条件によって見え方が変化してしまうため,程度の評価がむずかしい.そのため,前眼部解析装置(EAS-1000,NIDEK社)を用い,computer-compatibletape(CCT)値を使用して評価することが一般的であった4)が,EAS-1000は限られた施設にしかなく,現在販売も中止されている.そのため,日常診察で使用する細隙灯顕微鏡検査によって,表面散乱光の程度の目安を付ける簡易分類を考案した5).水性アクリル眼内レンズ(IOL)の長期経過観察●表面散乱光の細隙灯顕微鏡検査による簡易分類細隙灯顕微鏡の光源の条件を統一して,角膜実質の色合いを指標とし,IOL表面の白色化の程度と比較することでグレード化を試みた(図1).グレード0:表面散乱光を認めない.グレード1:表面散乱光による白色化を認めるが,角膜実質より弱い.グレード2:表面散乱光による白色化を認め,角膜実質と同程度.グレード3:表面散乱光による白色化を認め,角膜実質より白色化が強い.実際の測定方法は,以下のとおりである.1:スリット光を約45.60°方向から照射する.スリット光の明るさは最大としたほうが観察しやすい.(65)0910-1810/13/\100/頁/JCOPYグレード0グレード1グレード2グレード3図1各グレードにおける典型例フォトスリット:スリット光照射角度45°.スリット幅:縦14mm,横0.2mm.グレード0:表面散乱光を認めない.グレード1:表面散乱光の白色化が角膜実質より弱い.グレード2:表面散乱光の白色化が角膜実質と同程度.グレード3:表面散乱光の白色化が角膜実質より強い.(文献5より)2:スリット光の幅を調整し,角膜実質が層として識別できる最大の横幅(約0.2mm)とする.3:角膜実質(層の中央)の色合いを判定する(スリットの光源が角膜と重なっている場所は避ける).4:スリットの焦点をIOLの表面に移動させ,表面散乱光によるIOL表面の色合いを判定する.5:3,4を何度か繰り返し,角膜実質とIOL表面の色合いを比較しグレード分けを行う.●EAS.1000との相関疎水性アクリルIOL(AcrySofR,Alcon社)挿入患者83眼(60例)を対象に,EAS-1000にてIOL表面の表あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013351 *160140120100806040200グレード図2グレード別の表面散乱光強度(n=83)各グレード間には,多重比較検定にて有意差を認めた(*:KruskalWallistest,Steel-Dwassp<0.01).グレードと表面散乱光強度は,強い相関を認めた.相関係数(r=0.95,p<0.01)グレード.(文献5より)面散乱光強度(CCT値)を測定(解析範囲:3.0×0.25mm,フラッシュレベル:200WS)し,細隙灯顕微鏡検査による簡易分類との相関関係を検証した.グレードが増加するにつれ,CCT値は増加しており,各グレード間には,多重比較検定にて有意差を認め,グレードとCCT値にも強い相関を認めた5)(図2).また,グレードごとのCCT値の分布も一定しており,CCT値のおおまかな推定が可能であると考えられた(グレード0:20CCT前後,グレード1:50CCT前後,グレード2:90CCT前後,グレード3:120CCT前後).おわりに表面散乱光の視機能への影響は少なく6),臨床においても大半の症例では自覚症状もない場合が多い.しかし,個々の症例では,著しい表面散乱光により,コントラスト感度の低下を認め,IOLの摘出交換にて改善を認表面散乱光強度(CCT)0123めたとの報告もある7).また,摘出IOLの解析では,光線透過率が約17%近く低下した症例も経験している.他のコントラスト感度を低下させるような眼疾患を合併することで視機能の低下を認める可能性も完全には否定できないと考える.また,多焦点IOL,乱視矯正IOLなどのより繊細な結果が求められる付加価値IOLに対する影響も懸念される.いずれにしても,視機能へ影響する可能性があるのは,著しく強い表面散乱光を生じた場合と考えられ,日常診察において,細隙灯顕微鏡検査だけで行える当分類を用い,グレード3を見極めることで,臨床的にも有益ではないかと考えている.文献1)MiyataA,UchidaN,NakajimaKetal:Clinicalandexperimentalobservationofglisteninginacrylicintraocularlenses.JpnJOphthalmol45:564-569,20012)谷口重雄,千田実穂,西原仁ほか:アクリルソフト眼内レンズ挿入後長期観察例にみられたレンズ表面散乱光の増強.日眼会誌106:109-111,20023)MatsushimaH,MukaiK,NagataMetal:Analysisofsurfacewhiteningofextractedhydrophobicacrylicintraocularlenses.JCataractRefractSurg35:1927-1934,20094)NishiharaH,YaguchiS,OnishiTetal:Surfacescatteringinimplantedhydrophobicintraocularlenses.JCatractRefractSurg29:1385-1388,20035)早田光孝,廣澤槙子,入戸野晋ほか:疎水性アクリル眼内レンズに生じる表面散乱光の簡易分類.IOL&RS26:442-447,20126)HayashiK,HirataA,YoshidaMetal:Long-termeffectofsurfacelightscatteringandglisteningsofintraocularlensesonvisualfunction.AmJOphthalmol154:240-251,20127)YoshidaS,MatsushimaH,NagataMetal:Decreasedvisualfunctionduetohigh-levellightscatteringinahydrophobicacrylicintraocularlens.JpnJOphthalmol55:62-66,2011

写真:Marx’s line

2013年3月31日 日曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦346.Marx’sline加藤弘明横井則彦京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学図2図1のシェーマ緑の点線がMarx’sline.図1Marx’slineリサミングリーン染色下で上眼瞼縁に平行に,1本の染色線がみられる.図3不整なMarx’sline上下眼瞼においてMarx’slineは不整となり,特に鼻側の眼瞼縁において皮膚側へ大きく前方移動している.涙液メニスカスMarx’sline皮膚粘膜移行部眼瞼皮膚結膜上皮図4Marx’slineの形成メカニズム(仮説)涙液メニスカスが皮膚粘膜移行部と接する部位において,涙液が蒸発して上皮障害が生じることで,生体染色によって線状に染色されるようになる.(文献1より改変)(63)あたらしい眼科Vol.30,No.3,20133490910-1810/13/\100/頁/JCOPY Marx’slineは生体染色(フルオレセイン,ローズベンガル,リサミングリーン)下で眼瞼縁に平行に観察される染色線(図1,2)であり,臨床的にはマイボラインともよばれ,眼瞼皮膚と結膜との境界となる皮膚粘膜移行部(mucocutaneousjunction)にほぼ一致するとされる.健常眼においてこの染色線は,涙液メニスカスの前方遠位端にみられ,加齢によって皮膚側へ前方移動する(図3)ことが知られているが,観察されるその解剖学的位置から,涙液メニスカスとマイボーム腺の機能に大きく関連していると考えられている.Marx’slineの形成メカニズムについては,Bronらの報告では,涙液メニスカスが皮膚粘膜移行部に接する部位において涙液の蒸発が起こることで上皮障害が生じ,それが生体染色によって線状に染色されて,Marx’slineが観察されるようになるとしている1)(図4).また,これらのメカニズムがマイボーム腺開口部で生じることで,マイボーム腺導管上皮の障害をひき起こし,マイボーム腺機能不全(MGD)の発症にも関与している可能性があるとしている2).マイボーム腺開口部からは油脂(meibum)が分泌されるが,これが眼瞼縁にhydrophobicbarrier(疎水性バリア)を形成し,涙液メニスカス中の涙液が眼瞼縁から皮膚側へ溢れるのを阻止しているとされ,Marx’sline(皮膚粘膜移行部)の健常な位置を維持することに貢献していると考えられている.Marx’slineは加齢以外に,マイボーム腺機能や結膜弛緩症との関連が報告されている.Yamaguchiらの報告3)では,下眼瞼においてマイボライン(Marx’sline)の前方移動の度合いが大きいと,meibographyにて観察されるマイボーム腺の脱落の程度を示すスコアや,下眼瞼中央を指で圧迫することで観察されるマイボーム腺分泌物(meibum)の性状を示すスコアも有意に悪くなり,またMGD群と非MGD群との比較においては,前者で有意に下眼瞼のマイボライン(Marx’sline)の前方移動の度合いが大きいことが示されており,マイボライン(Marx’sline)の観察によってマイボーム腺の機能評価が可能であるとしている.広谷らの報告4)では,下眼瞼において,結膜弛緩症の程度が大きいほど,有意にマイボライン(Marx’sline)の前方移動の度合いが大きいことが示されており,結膜弛緩症によって涙液メニスカスの涙液保持機能が損なわれることで,マイボーム腺に異常がみられなくてもhydrophobicbarrierが障害され,涙液が皮膚側へとシフトし,マイボライン(Marx’sline)も前方に移動するのではないかとしている.日常臨床の場において特に高齢者の不定愁訴は,ドライアイやMGD,結膜弛緩症などが原因となり,それらが複合して症状をひき起こしていることが多いと推察される.Marx’slineは前述したように,健常眼でも観察されるが,涙液メニスカスやマイボーム腺の機能を推察するのに有用な所見であり,生体染色を行った場合には積極的に観察することが望ましいと考えられる.文献1)BronAJ,YokoiN,GaffneyEAetal:Asolutegradientinthetearmeniscus.I.AhypothesistoexplainMarx’sline.OculSurf9:70-91,20112)BronAJ,YokoiN,GaffneyEAetal:Asolutegradientinthetearmeniscus.II.Implicationsforlidmargindisease,includingmeibomianglanddysfunction.OculSurf9:92-97,20113)YamaguchiM,KutsunaM,UnoTetal:Marxline:fluoresceinstaininglineontheinnerlidasindicatorofmeibomianglandfunction.AmJOphthalmol141:669675,20064)広谷有美,横井則彦,小室青ほか:下眼瞼皮膚粘膜接合部および結膜弛緩症の程度の加齢性変化と両者の関連.日眼会誌107:363-368,2003350あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013(00)

総説:小児近視進行抑制法アップデート

2013年3月31日 日曜日

あたらしい眼科30(3):343.347,2013c総説小児近視進行抑制法アップデートNewTopicsofMyopicControlinChildren平岡孝浩*I近視進行に関するエビデンス近年,エビデンスレベルの高いコホート研究が多数行われ1.5),近視進行に関する理解が深まってきた.進行を促進する要因として,過度の近業,都市部での生活,高いIQや学歴,抑制因子としては屋外活動が知られている.また,遺伝の影響が強いことも指摘されている.遺伝に関しては予防できないが,それ以外の要因についてまとめると,「田舎で生活して,あまり勉強をせず,外で遊びなさい!」というのが理想的な近視進行予防法という結論になってしまう.しかし,現代社会でこのような生活を実現できる小児はきわめて少数である.II近視進行抑制の試みこれまでにさまざまな方法が試みられてきたが,大別すると薬物的アプローチと光学的アプローチになる.薬物療法としてはトロピカミド,眼圧降下薬,アトロピン,ピレンゼピンがあげられるが,このうちトロピカミドと眼圧降下薬に関してはエビデンスに値する研究報告はない.アトロピンは最も強い近視進行抑制効果を有する6,7)が,全身および局所の副作用が強く,特に散瞳に伴う羞明や霧視,紫外線曝露,調節麻痺による近見障害などが問題となり,長期使用は困難である.ピレンゼピンはM1選択的ムスカリン受容体拮抗薬で,散瞳や調節麻痺への影響が少ないものの効果も弱いという欠点がある8,9).光学的手法としては低矯正眼鏡が古くから処方されてきたが,近年の報告によれば,その近視進行抑制効果は否定的という結論に至っている10,11).2000年頃からは,調節ラグ(近業時にみられる網膜後方への焦点ずれ)が眼軸長の過伸展をひき起こすとの考えに基づき,これを抑制する累進屈折力眼鏡を用いたクリニカルトライアルが多数行われ12,13),統計学的には有意な抑制効果が認められたが,その効果は弱く臨床的には不十分とされている.つまり,効果や安全面,経済性,また簡便性などの条件を満たすような理想的な近視進行抑制法はいまだ存在しない.IIIオルソケラトロジーの眼軸伸長抑制効果オルソケラトロジー(OK)とは,レンズ内面に特殊なデザインが施されたハードコンタクトレンズ(HCL)を計画的に装用することにより,角膜形状を意図的に変化させて近視を矯正する手法である.2002年にParagon社のCRTRレンズが初の就寝時装用OKレンズとして米国食品医薬品局(FoodandDrugAdministration:FDA)の認可を受け,日本では2009年にアルファコーポレーション社のaオルソR-Kレンズが「角膜矯正用コンタクトレンズ」として厚生労働省の認可を取得した.本法により中央部の角膜上皮の菲薄化と中間周辺部の角膜厚増加がもたらされ,その結果近視が軽減し裸眼視力の向上が得られる.OKの普及はアジア諸国で著しく,学童の近視コントロール目的で盛んに行われている.これは小児に対する近視進行抑制効果が信じられてきたためであるが,エビデンスとしては皆無の状態であった.しかし,2005年Choら14)は,OKを継続中の35人の小児において眼軸長の伸びが眼鏡コントロール群よりも有意に抑制された*TakahiroHiraoka:筑波大学医学医療系眼科〔別刷請求先〕平岡孝浩:〒305-8575つくば市天王台1-1-1筑波大学医学医療系眼科0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(57)343 と報告した.2009年Wallineら15)も,8.11歳の小児においてOK治療群はソフトコンタクトレンズ(SCL)装用のコントロール群と比較して有意に眼軸伸長が抑制されたと報告した.筆者らも2年間の前向き研究を行い,OK群は眼鏡コントロール群よりも有意に眼軸伸長が抑制されることを確認した16).さらにその後,筆者らとほぼ同様のスタディデザインを用いた追試がスペインで行われ,やはりOKの有意な眼軸伸長抑制効果が報告された17).では,どの程度の効果が期待できるのであろうか?Choら14)は2年間の眼軸長の伸びがOK群において平均0.29mm,眼鏡コントロール群において平均0.54mmであり,46%の眼軸伸長抑制効果が得られたとしている.Wallineら15)によれば56%の抑制効果,筆者らの研究16)では36%の抑制効果,Santodomingo-Rubidoら17)の報告では32%の抑制効果が確認されている.もちろん成長期の眼軸伸長を完全に抑制することはできないが,これらの既報に基づけば3.5割の抑制効果が期待できると考えられる.IVオルソケラトロジーの長期継続が眼軸長に及ぼす影響筆者らは経過観察期間を5年間に延長し同様の検討を行った.対象は8.12歳の学童59症例で,29症例がOK治療,30症例は単焦点眼鏡装用を5年間継続した.そしてIOLマスターを用いて定期的に眼軸長を測定し27.026.526.025.525.024.524.023.523.0:オルソケラトロジー:眼鏡①*②*③*④⑤Pre1Y2Y3Y4Y5Y経過(年)眼軸長(mm)たところ,5年間での眼軸伸長はOK群で0.99±0.47mm,眼鏡群で1.41±0.68mmであり,OK群で有意に抑制されていた(p=0.0236,unpairedt-test).抑制効果は初年度が最も大きく,その後減少していくことも確認された18)(図1).表1はこれまでに報告された他の近視進行抑制法との比較表である.過去の報告は治療期間や観察期間が異なっているために,この表では観察期間を一致させた比較を行っている.2003年のGwiazdaら12)の報告では累進多焦点眼鏡と単焦点眼鏡(対照群)の3年間の比較が行われており,眼軸長の伸びは前群で平均0.64mmであったのに対して,後群では0.75mmであったと報告されている.したがって,累進多焦点眼鏡の眼軸伸長抑制効果はこれらを差し引きして0.11mm/3年間ということになる.筆者らの結果18)ではOK群の眼軸伸長抑制効果は0.36mm/3年間であるので,累進多焦点眼鏡よりもはるかに強い抑制効果であるといえる.2005年Tanら8)の報告によるピレンゼピン眼軟膏の眼軸伸長抑制効果と2011年のSankaridurgら19)の報告による特殊非球面SCLの眼軸伸長抑制効果はともに0.13mm/1年間であり,OKの0.20mm/1年間よりも劣る.一方,2001年のShihら7)と2006年のChuaら6)のアトロピン点眼を用いた研究ではそれぞれ0.37mm/1.5年間と0.40mm/2年間であり,OKの0.23mm/1.5年間と0.26mm/2年間よりも勝っている.これまでに報告された近視進行抑制治療のなかでアトロピンは最も強い効果を示しており,数値上の比較ではOKのほうが劣勢であ眼軸長の伸び眼鏡群(mm)オルソケラトロジー群(mm)p値①0.38±0.200.19±0.090.0002*②0.33±0.180.26±0.130.0476*③0.29±0.160.19±0.150.0385*④0.24±0.180.18±0.170.0938⑤0.17±0.140.16±0.130.8633(mean±SD)(mean±SD)*unpairedt-test図1眼軸長の5年間にわたる経時変化両群とも年々眼軸長は伸長していくが,群間比較を行うと1.3年目(①.③)は眼軸長の変化量に有意差がみられ,オルソケラトロジー群で有意に伸びが小さい.4年目(④)もオルソケラトロジー群のほうが眼軸長の変化量が小さいが眼鏡群との有意差は認められなかった.5年目(⑤)の変化量は両群でほぼ同値であった.(文献18より改変)344あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013(58) 表1既報にみる他の近視進行抑制法との比較文献(年)年齢(歳)介入法治療法(上段)対照群(下段)観察期間内の眼軸伸長治療群と対照群の眼軸伸長の差(対照群.治療群)オルソケラトロジーと対照群の眼軸伸長の差18)Gwiazdaetal(2003)12)6.11累進多焦点眼鏡0.64mm/3年0.11mm/3年0.36mm/3年単焦点眼鏡0.75mm/3年Tanetal(2005)8)6.12ピレンゼピン0.20mm/1年0.13mm/1年0.20mm/1年プラセボ0.33mm/1年Sankaridurgetal(2011)19)7.14特殊非球面SCL0.27mm/1年0.13mm/1年0.20mm/1年単焦点眼鏡0.40mm/1年Shihetal(2001)7)6.13アトロピン+多焦点眼鏡0.22mm/1.5年0.37mm/1.5年0.23mm/1.5年単焦点眼鏡0.59mm/1.5年Chuaetal(2006)6)6.12アトロピン.0.02mm/2年0.40mm/2年0.26mm/2年プラセボ0.38mm/2年る.ただし,これらの試験は対象年齢が異なっているので,同年齢でのさらなる検討が必要であると考える.また,アトロピンに関してはさまざまな副作用があり,視機能の悪化が避けられないことも考慮しなければならない.V近視進行抑制メカニズム近視進行抑制メカニズムの最も有力な仮説として網膜周辺部における遠視性defocus(焦点ボケ)の改善が提唱されている.Smithら20)はサル眼での実験において,周辺視すなわち黄斑(中心窩)以外の周辺網膜における像の質や光学特性が眼軸や屈折の発達に強い影響を及ぼしていることを証明した.つまり,眼軸長や屈折の発達において,中心窩は必ずしも重要ではなく,むしろ軸外(周辺部網膜)の要素のほうが重要であることを示した.この理論は発達期における近視眼に対して眼鏡やコンタクトレンズ(CL)を用いて中心窩における結像を良くしても,近視の進行を抑えることができないことを支持する.また,近視眼では非近視眼よりも軸外の屈折がより遠視化しているとの報告があり21),この軸外での遠視性defocusが眼軸の延長を促している可能性が示唆されている.通常のCLや眼鏡による近視矯正では,周辺部網膜の遠視性defocusを矯正できないが,OKでは角膜中央が扁平化すると同時に周辺角膜が厚くなるため,結果として中間周辺部での屈折力が強くなる(より近視化する)22).したがって,OK後は図2に示すような周辺部網膜での遠視性defocusが改善され,その結果,眼軸伸(59)周辺部遠視性defocus遠視性defocusの改善!結像面結像面眼鏡(凹レンズ)による矯正オルソケラトロジー治療後図2眼鏡矯正とオルソケラトロジーでの網膜結像面の違い近視眼に対して通常の単焦点眼鏡で矯正を行うと,周辺部の遠視性defocus(焦点ボケ)を生じてしまう(図左)が,オルソケラトロジー後は周辺部角膜が肥厚,steep化するため周辺での屈折力が増し,その結果,周辺網膜像での遠視性defocusが改善する(図右)という仮説が提唱されている.長が抑制されると考えられている.VI特殊デザイン眼鏡・コンタクトレンズの開発上記の仮説に基づき,周辺部遠視性defocusの改善を図った特殊累進屈折力眼鏡(MyoVisionTM,CarlZeissVision)が開発され,中国にて1年間の臨床試験が行われた.残念ながら特殊眼鏡群と単焦点眼鏡群(コントロール群)の間に有意差は認められなかったが,両親がともに近視である児童に限って解析すると約30%の近視進行抑制効果が認められたと報告されている23).その後,同グループはSCLにも類似のデザインを施し,1年間のクリニカルトライアルを行ったところ,その特殊あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013345 SCL装用群ではコントロール群よりも屈折で34%,眼軸長で33%の抑制効果が認められたと報告した19).MyoVisionTMレンズ(眼鏡)に関してはわが国でも2年間の多施設共同研究が現在進行中である.最終結果が出るのは1年以上先であり,わが国ではまだ購入することもできない.上記の特殊SCLに関してもいまのところ手に入れることはできない.VIIその他のトピックス2重焦点SCL(dualfocusSCL)の近視進行抑制効果が2011年に報告された24).この報告では,10カ月の観察期間において70%の小児に30%以上の近視進行抑制効果が認められたとされている(平均屈折変化.0.44±0.33D[2重焦点SCL群]vs.0.69±0.38D[コントロール群]).しかし,このメカニズムに関しては不明な点が多く,エビデンスとして受け入れられるためには追試や基礎研究が不可欠であると考える.また,2012年には低濃度(0.01%)アトロピン点眼が副作用を軽減し,近視進行抑制効果も有するとの報告がなされた25).この報告では,アトロピン点眼0.5,0.1,0.01%の3群で2年間の治療効果を比較しており,期間内の屈折変化はそれぞれ.0.30±0.60,.0.38±0.60,.0.49±0.63Dであり,眼軸長変化はそれぞれ0.27±0.25,0.28±0.28,0.41±0.32mmであったと報告されている.低濃度にした分,近視進行抑制効果も減弱するが,確かに副作用は抑えられているので,今後臨床応用が進む可能性がある.VIIIまとめOKは裸眼視力を改善させるうえに調節や散瞳への影響がなく,アトロピンやピレンゼピンに対して大きなアドバンテージをもつ.また,累進屈折力眼鏡よりも近視進行抑制効果が格段に大きくpromisingな方法であるといえる.また,今後は周辺部遠視性defocusの改善を図った特殊デザイン眼鏡やSCLも市場に登場してくることが予想される.低濃度アトロピン点眼もオプションの一つとなるだろう.これらを組み合わせた治療も非常に興味深いところである.まだまだ近視進行抑制治療は発展途上だが,少しずつ進化していることは間違いない.今後のさらなる研究が待たれる.文献1)MuttiDO,MitchellGL,MoeschbergerMLetal:Parental346あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013myopia,nearwork,schoolachievement,andchildren’refractiveerror.InvestOphthalmolVisSci43:3633(s)3640,20022)JonesLA,SinnottLT,MuttiDOetal:Parentalhistoryofmyopia,sportsandoutdooractivities,andfuturemyopia.InvestOphthalmolVisSci48:3524-3532,20073)SawSM,ShankarA,TanSBetal:AcohortstudyofincidentmyopiainSingaporeanchildren.InvestOphthalmolVisSci47:1839-1844,20064)IpJM,SawSM,RoseKAetal:Roleofnearworkinmyopia:findingsinasampleofAustralianschoolchildren.InvestOphthalmolVisSci49:2903-2910,20085)RoseKA,MorganIG,IpJetal:Outdooractivityreducestheprevalenceofmyopiainchildren.Ophthalmology115:1279-1285,20086)ChuaWH,BalakrishnanV,ChanYHetal:Atropineforthetreatmentofchildhoodmyopia.Ophthalmology113:2285-2291,20067)ShihYF,HsiaoCK,ChenCJetal:Aninterventiontrialonefficacyofatropineandmulti-focalglassesincontrollingmyopicprogression.ActaOphthalmolScand79:233236,20018)TanDT,LamDS,ChuaWHetal:One-yearmulticenter,double-masked,placebo-controlled,parallelsafetyandefficacystudyof2%pirenzepineophthalmicgelinchildrenwithmyopia.Ophthalmology112:84-91,20059)SiatkowskiRM,CotterSA,CrockettRSetal:Two-yearmulticenter,randomized,double-masked,placebo-controlled,parallelsafetyandefficacystudyof2%pirenzepineophthalmicgelinchildrenwithmyopia.JAAPOS12:332-339,200810)ChungK,MohidinN,O’LearyDJ:Undercorrectionofmyopiaenhancesratherthaninhibitsmyopiaprogression.VisionRes42:2555-2559,200211)AdlerD,MillodotM:Thepossibleeffectofundercorrectiononmyopicprogressioninchildren.ClinExpOptom89:315-321,200612)GwiazdaJ,HymanL,HusseinMetal:Arandomizedclinicaltrialofprogressiveadditionlensesversussinglevisionlensesontheprogressionofmyopiainchildren.InvestOphthalmolVisSci44:1492-1500,200313)HasebeS,OhtsukiH,NonakaTetal:EffectofprogressiveadditionlensesonmyopiaprogressioninJapanesechildren:aprospective,randomized,double-masked,crossovertrial.InvestOphthalmolVisSci49:2781-2789,200814)ChoP,CheungSW,EdwardsM:Thelongitudinalorthokeratologyresearchinchildren(LORIC)inHongKong:apilotstudyonrefractivechangesandmyopiccontrol.CurrEyeRes30:71-80,200515)WallineJJ,JonesLA,SinnottLT:Cornealreshapingandmyopiaprogression.BrJOphthalmol93:1181-1185,200916)KakitaT,HiraokaT,OshikaT:Influenceofovernightorthokeratologyonaxiallengthelongationinchildhoodmyopia.InvestOphthalmolVisSci52:2170-2174,201117)Santodomingo-RubidoJ,Villa-CollarC,GilmartinBetal:MyopiacontrolwithorthokeratologycontactlensesinSpain:refractiveandbiometricchanges.InvestOphthalmolVisSci53:5060-5065,201218)HiraokaT,KakitaT,OkamotoFetal:Long-termeffect(60) 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