0910-1810/11/\100/頁/JCOPYIUKPDS(UnitedKingdomProspectiveDiabetesStudy)1.UKPDS血糖コントロール研究対象は,英国の23施設より登録された新規に糖尿病と診断された2型糖尿病5,102例.3カ月間の食事指導を行い,一部の肥満者をメトホルミン研究に組み込んだ後,食事療法を継続する従来療法群に1,138名,厳格な血糖コントロールを目指す強化療法群(経口血糖降下薬またはインスリン療法)に2,729名を割り付けた.その結果,平均10年の経過観察において,研究期間中の平均HbA1C値は,強化療法群では7.0%で,従来療法群の平均HbA1C値7.9%に比し有意な低値を示し,強化療法施行群では,従来療法群に比し,細小血管合併症,白内障手術などのリスクが有意に低下していた(図1)3,4).また,血糖コントロールによる血管合併症のリスク減少は,経口血糖降下薬(スルホニル尿素薬)とインスリン間に差がなく,肥満糖尿病患者を対象としたメトホルミン研究では,メトホルミンによる有意な慢性血管合併症のリスク低下が示された.2.血糖コントロール研究終了後の観察期のデータ(UKPDSポストトライアル)血糖コントロール研究の対象となった4,209名のうち3,227名はUKPDSポストトライアルに参加することをはじめに血糖コントロールが長期間不良な患者では網膜症の発症進展が生じやすいことが,米国のKleinらの一連の研究(ウィスコンシン糖尿病網膜症疫学研究:WESDR)において示唆されていた.WESDRでは,1型糖尿病,2型糖尿病の10年間の観察により若年発症糖尿病(おもに1型),30歳以上発症の糖尿病でインスリン治療中の患者,30歳以上発症の糖尿病でインスリン以外の治療法により加療されているもの(2型)のいずれにおいても,ヘモグロビン(Hb)A1Cが高値となると網膜症の進展率が高率であった1,2).その後,1型糖尿病および2型糖尿病患者を対象に,厳格な血糖コントロールにより糖尿病性慢性血管合併症の発症,進展を阻止しうるかを検討した無作為前向き調査研究の成果が,国内外で相ついで報告され,「厳格な血糖コントロールにより糖尿病網膜症の発症,進展を阻止しうる」ことが明確になった.本稿では,2型糖尿病患者を対象に血糖コントロールの影響を検討した英国で行われたUKPDS(UnitedKingdomProspectiveDiabetesStudy),わが国で行われた大規模試験であるJDCS(JapanDiabetesComplicationsStudy),強化インスリン療法の効果を検討した熊本スタディ,また,1型糖尿病に対する強化インスリン療法の効果を検討したDCCT・EDICの結果を紹介する.(55)55*HidekiKishikawa:熊本大学保健センター〔別刷請求先〕岸川秀樹:〒860-8555熊本市黒髪2-40-1熊本大学保健センター特集●世界の眼科の疫学研究のすべてあたらしい眼科28(1):55.60,2011糖尿病についての疫学研究─Hospital-basedStudy:糖尿病細小血管合併症の発症進展における代謝コントロールの影響に関する国内外の研究StudiesofEffectsofMetabolicControlonDiabeticMicroangiopathy岸川秀樹*56あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(56)べ,糖尿病関連エンドポイントで9%,心筋梗塞で15%,全死亡率で13%となり,メトホルミン群の相対リスク減少率は,糖尿病関連エンドポイントで21%,心筋梗塞で33%,全死亡率で27%となった(図3).よって,ポストトライアル10年間の経過観察で,両群間の血糖コントロールの差が研究開始早期に消失したにもかかわらず,細小血管合併症のリスクの減少が持続し,心筋梗塞や全死亡率が減少すること,また肥満患者に適用されたメトホルミン療法が有用であることが明らかにさ求められ,5年間UKPDS関連の診療所に通院した.その際,先行試験の割り当て時の治療は継続することなく経過観察された.最初の5年間にUKPDS関連の診療所に通院できない患者にはアンケートを実施し,その後(6.10年)は対象者すべてにアンケートによる調査を行った(図2).その結果,UKPDS血糖コントロール研究で認められたHbA1Cの差はポストトライアル開始初年度に消失し,強化療法(SU薬インスリン群)における,観察開始10年後の相対リスク減少率は,従来療法に比従来療法群(n=1,138)の平均HbA1C:7.9%強化療法群(n=2,729)の平均HbA1C:7.0%020406080100糖尿病に関連したエンドポイント糖尿病に関連した死亡全死亡心筋梗塞脳卒中細小血管合併症の進展白内障手術細小血管合併症:光凝固,硝子体出血,腎不全(血漿クレアチニン値>2.93mg/dl,透析)12リスク減少率(%)10NS6NS16NS-11NS2524図1強化療法による慢性血管合併症のリスク減少率―UKPDS新規診断2型糖尿病5,102例強化療法群2,729例従来療法群1,138例メトホルミン群342例ポストトライアル参加2,118例ポストトライアル参加880例ポストトライアル参加279例ポストトライアル完了1,010例ポストトライアル完了379例ポストトライアル完了136例図2PostUKPDS血糖コントロール研究―患者割り付け(57)あたらしい眼科Vol.28,No.1,201157については,従来療法群で9.52/1,000患者年に対し,介入群では5.48/1,000患者年と有意な低値を示した.IIIDCCT.EDIC1.1型糖尿病患者を対象としたDiabetesControlandComplicationsTrial(DCCT)米国のDCCTでは,1型糖尿病患者を,研究開始時に網膜症を認めなかった一次予防群,網膜症をすでに有していた二次介入群に分け,さらに,無作為に従来インスリン療法群(持続型インスリンを用いた1日1.2回注射)と頻回注射を用いた強化インスリン療法群(1日3回以上のインスリン頻回注射またはインスリン持続皮下注入療法)に分け,平均6.5年間の観察がなされた.その結果,HbA1Cは,強化インスリン療法群では研究開始6カ月後約7.0%まで低下し,観察期間中維持されたが,従来インスリン療法群では明らかな変化は認めなかった.ETDRS(EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy:25段階)分類で3段階以上の上昇時を網膜症の悪化と定義し,網膜症の経過をみたところ,網膜症の悪化率(平均観察期間6年の成績)は,一次予防群,二次介入群ともに,従来インスリン療法群に比し,強化インスリン療法群で,有意な低値を示した11).れた5).UKPDSでは血圧コントロール研究も行われ,血糖コントロール研究と同様に,終了後の観察研究が続けられた.本試験で求められていた厳格な血圧管理による糖尿病関連イベント・糖尿病関連死・細小血管合併症・脳卒中の相対リスク減少は,観察期には消失し,血圧コントロールの好影響を維持するには厳格な血圧コントロールを維持することが必要と結論されている6.8).IIJDCS(JapanDiabetesComplicationsStudy)わが国で行われた大規模臨床介入研究であり,2型糖尿病患者2,033名(研究開始時平均年齢59歳,平均HbA1C7.7%)を対象に,非介入群(登録前の外来治療を継続)および生活習慣介入群(主治医と協力し生活指導介入)の2群に分け,経過観察された9,10).その結果,開始後5年間の網膜症発症リスクは,HbA1C〔JDS(theJapanDiabetesSociety)値〕7%未満の患者群に比し,HbA1C7.8%の患者群では約2倍,8.10%群では約3.5倍,10%以上では,7.6倍に達した.一方,HbA1C7%未満でも網膜症発症は完全に抑制されておらず,網膜症発症には非常に厳格な血糖コントロールが必要であることが示された.介入群では,非介入群に比し,0.2%のHbA1C値の低下となり,腎症・冠動脈疾患の発症率は,2群間で有意な差は認めなかったが,脳卒中の発症020406080100糖尿病に関連したエンドポイント糖尿病に関連した死亡全死亡心筋梗塞脳卒中末梢血管疾患細小血管合併症の進展細小血管合併症:光凝固,硝子体出血,腎不全(血漿クレアチニン値>2.93mg/dl,透析)9リスク減少率(%)1713159NS18NS24図3強化療法による慢性血管合併症のリスク減少率―PostUKPDS58あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(58)性網膜症を有し,尿中アルブミン排出量<300mg/日:55例)に分け,各々,従来インスリン療法群(CIT群,55名)またはインスリン頻回注射療法を用いた強化インスリン療法群(MIT群,55名)に無作為に割り付け,血糖コントロール状態および慢性血管合併症の推移を10年間追跡調査した.血糖コントロールは,CIT群は中間型インスリン1日1.2回注射,MIT群は1日3回以上の頻回注射(速効型インスリン毎食前,中間型インスリン就寝時)により行った.網膜症はmodifiedETDRS(EarlyTreatmentDiabetesRetinopathyStudy)gradingsystem(19段階分類)により判定し,腎症の悪化は1日尿中アルブミン排泄量により判定した.その結果,MIT群では,研究開始3カ月以降10年間にわたり,良好な血糖コントロール状態を達成しえたが,CIT群では研究開始時と同様な血糖コントロールで10年間推移し,MIT群における厳格な血糖コントロールが示唆された.10年間の網膜症累積悪化率は,一次予防群においてCIT群に対し,MIT群で有意な低値を示した.二次介入群でも同様の所見となった(図5).また,10年間の腎症累積悪化率も,一次予防群において,CIT群に比し,MIT群で有意な低値を示した.二2.EpidemiologyofDiabetesInterventionsandComplications(EDIC)EDICでは,DCCT登録患者を対象にDCCT終了後4年間の網膜症の状態が,調査された.DCCT終了後4年間に従来インスリン療法群の多数の患者が強化インスリン療法に移行したため,EDIC時の従来インスリン療法群と強化インスリン療法群のHbA1Cの差は,DCCT時に比し縮小した(従来インスリン療法群8.2%,強化インスリン療法群7.9%)が,EDIC開始4年後の両群の網膜症悪化率,増殖網膜症の発症率,網膜浮腫発症率,光凝固施行率は,従来インスリン療法群に比べ,強化インスリン療法群で明らかな低値となった12,13).したがって,厳格な血糖コントロールによる網膜症発症・進展に及ぼす好影響は,施行後4年間にわたり持続していることが示された(図4).IV熊本スタディ熊本大学代謝内科のインスリン治療2型糖尿病患者(中間型インスリン1日1.2回注射で加療されていた患者および新規インスリン治療患者)110例を,一次予防群(研究開始時に網膜症を認めず,尿中アルブミン排出量<30mg/日:55例)と二次介入群(研究開始時に単純:従来インスリン療法:強化インスリン療法a.網膜症の進展c.網膜浮腫b.増殖または重症網膜症d.光凝固療法発症率(%)オッズ減少76%修正後オッズ減少75%6040200DCCT終了時DCCT終了4年後発症率(%)オッズ減少46%修正後オッズ減少58%12840DCCT終了時DCCT終了4年後発症率(%)オッズ減少68%修正後オッズ減少69%20100DCCT終了時DCCT終了4年後発症率(%)修正後オッズ減少75%修正後オッズ減少52%12840DCCT終了時DCCT終了4年後図4EpidemiologyofDiabetesInterventionsandComplications(EDIC)―網膜症リスク減少率(59)あたらしい眼科Vol.28,No.1,201159重要となっている.文献1)KleinR,KleinBE,MossSEetal:Glycosylatedhemoglobinpredictstheincidenceandprogressionofdiabeticofdiabeticretinopathy.JAMA260:2864-2871,19882)KleinR,KleinBE,MossSEetal:Relationshipofhyperglycemiatothelong-termincidenceandprogressionofdiabeticretinopathy.ArchInternMed154:2169-2178,19943)UKProspectiveDiabetesGroup:Intensiveblood-glucosecontrolwithsulphonylureaorinsulincomparedwithconventionaltreatmentandriskofcomplicationsinpatientswithtype2diabetes(UKPDS33).Lancet352:837-853,19984)UKProspectiveDiabetesGroup:Effectofintensiveblood-glucosecontrolwithmetforminoncomplicationsinoverweightpatientswithtype2diabetes(UKPDS34).Lancet352:854-865,19985)HolmanRR,PaulSK,BethelMAetal:10-yearfollow-upofintensiveglucosecontrolintype2diabetes.NEnglJMed359:1577-1589,20086)UKProspectiveDiabetesGroup:Tightbloodpressurecontrolandriskofmacrovascularandmicrovascularcomplicationsintype2diabetes(UKPDS38).BrMedJ317:703-713,19987)UKProspectiveDiabetesGroup:Efficacyofatenololandcaptoprilinreducingriskofmacrovascularcomplicationsintype2diabetes(UKPDS39).BrMedJ317:713-720,19988)HolmanRR,PaulSK,BethelMAetal:Long-termfollowupaftertightcontrolofbloodpressureintype2diabetes.NEnglJMed359:1565-1576,20089)SoneH,TanakaS,IimuroSetal:Long-termlifestyleinterventionlowersincidenceofstrokeinJapanesepatientswithtype2diabetes:nationwidemulticenter次介入群においても同様の所見であった14~16).熊本スタディにおいて,血糖コントロール状態と網膜症,腎症の進展,増悪率の関係を対数線形ポアソン(Poisson)回帰分析で検討した結果,網膜症,腎症の進展,増悪率は,血糖コントロール状態の悪化とともに増大した.また,研究期間中に,空腹時血糖値<110mg/dl,食後血糖値<180mg/dl,HbA1C<6.5%では,細小血管合併症の悪化が認められず,細小血管合併症の発症・進展阻止におけるコントロール目標となりうることが示唆された.おわりに現在までに,血糖値およびHbA1Cを指標に血糖をコントロールすることの重要性は,すでにコンセンサスを得られたといってよい.しかし,糖尿病では,インスリン作用の異常に伴い,多くの病態が生じる.デンマークのSteno-2スタディは,糖尿病に伴う大血管合併症の発症・進展の抑制には,血糖コントロールのみならず,血圧・脂質代謝異常のコントロール,ひいては生活全体のコントロールが重要であることを示唆している17).近年,社会経済的な変化が糖尿病の治療にも大きな影響を与えている.糖尿病専門外来においては薬剤の長期投与が行われ,経済的問題のために教育入院の実施もむずかしくなっていることも示唆されている.しかし,糖尿病の治療においては,従来どおりの外来通院指導の回数を確保し,糖尿病療養指導士・栄養士・看護師などのコメディカルの力を結集すること,眼科医・糖尿病内科医・循環器専門医・腎臓専門医などの細かな連携がより80706050403020100累積悪化率(%)012345678910経過期間(年)一次予防従来インスリン療法群強化インスリン療法群80706050403020100累積悪化率(%)012345678910経過期間(年)二次介入従来インスリン療法群強化インスリン療法群図5KumamotoStudyにおける網膜症の推移網膜症の増悪:modifiedETDRS19段階分類2段階上昇.60あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(60)complicationsoftype1diabetesmellitus.JAMA2872:2563-2569,200214)OhkuboY,KishikawaH,ArakiEetal:IntensiveinsulintherapypreventstheprogressionofdiabeticmicrovascularcomplicationsinJapanesepatientswithnon-insulindependentdiabetesmellitus─arandomizedprospective6-yearstudy─.DiabResClinPract28:103-117,199515)ShichiriM,KishikawaH,OhkuboYetal:Long-termresultsoftheKumamotoStudyonoptimaldiabetescontrolintype2diabeticpatients.DiabetesCare23(Suppl2):B21-B29,200016)WakeN,HisashigeA,KatayamaTetal:Cost-effectivenessofintensiveinsulintherapyfortype2diabetes─Aten-yearfollow-upofKumamotostudy─.DiabResClinPract48:201-210,200017)GaedeP,VedelP,LarsenNetal:Multifactorialinterventionandcardiovasculardiseaseinpatientswithtype2diabetes.NEnglJMed348:383-393,2003randomizedcontrolledtrial.TheJapanDiabetesComplicationsStudy(JDCS).Diabetologia53:419-428,201010)曽根博仁,赤沼安夫,山田信博:JapanDiabetesComplicationsStudy(JDCS)日本糖尿病学会編糖尿病学の進歩2010.p338-343,診断と治療社,201011)TheDiabetesControlandComplicationsTrialResearchGroup:Theeffectofintensivetreatmentofdiabetesonthedevelopmentandprogressionoflong-termcomplicationsininsulin-dependentdiabetesmellitus.NEnglJMed329:977-986,199312)TheDiabetesControlandComplicationsTrial/EpidemiologyofDiabetesInterventionsandComplicationsResearchGroup:Retinopathyandnephropathyinpatientswithtype1diabetesfouryearsafteratrialofintensivetherapy.NEnglJMed342:381-389,200013)TheDiabetesControlandComplicationsTrial/EpidemiologyofDiabetesInterventionsandComplicationsResearchGroup:Effectofintensivetherapyonthemicrovascular