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ロービジョン者におけるガボールパッチを用いたコントラスト感度測定

2010年12月31日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(121)1753《原著》あたらしい眼科27(12):1753.1758,2010cはじめに社会の高齢化や食の欧米化による視覚障害が増加している.糖尿病網膜症や緑内障による視覚障害は働き盛りの40~50代で起こることも多く生活困難に直結することから,眼科診療におけるロービジョンケアのニーズが高まっている1).大規模病院やそれを専門とする一部の病院ではロービジョン専門外来が設けられ,ニーズに応える体制は少しずつ整ってきている2)が,その個別性の高さや対コスト面などの問題から,すべての眼科診療で環境が整ってきているわけではなく,まだ多くのロービジョン者が十分な情報も得られないまま不自由な生活を余儀なくされている.視覚障害更生訓練施設を紹介し生活訓練につなげていることもあるが,それらの専門施設は少数かつ通所の不便なところにあることが多い.重度のロービジョン者にとっては治療の継続・定期検査を兼ねながら,生活の場に近い医療の場でケアを受けられる状況になることが望ましい.〔別刷請求先〕小町祐子:〒324-8501栃木県大田原市北金丸2600-1国際医療福祉大学保健医療学部視機能療法学科Reprintrequests:YukoKomachi,DepartmentofOrthopticsandVisualSciences,InternationalUniversityofHealthandWelfare,2600-1Kitakanemaru,Ohtawara-shi,Tochigi324-8501,JAPANロービジョン者におけるガボールパッチを用いたコントラスト感度測定小町祐子山田徹人新井田孝裕国際医療福祉大学保健医療学部視機能療法学科ContrastSensitivityFunctioninLowVision,asMeasuredUsingGaborPatchesYukoKomachi,TetsutoYamadaandTakahiroNiidaDepartmentofOrthopticsandVisualSciences,InternationalUniversityofHealthandWelfare既存のコントラスト感度(contrastsensitivityfunction:CSF)測定装置では高度な視機能低下を示すロービジョン者での測定は困難である.そこで低い空間周波数域を測定できるCSF測定装置を試作しロービジョン者のCSF測定を行った.対象は中心視野が保たれている網膜色素変性症患者,視力0.02~1.2の8名とした.CRTディスプレイ上に左右30°傾けたガボール刺激を呈示し,傾きの方向の応答によりCSFを測定した.全例0.12~2.4cycles/degree(以下cpd)の低い空間周波数域で測定可能であった.CSF曲線は平均0.24cpdで最大となり1.2cpd以上で急激な感度低下,3.6cpd以上では全例測定不能であった.CSFは視力値と相関がみられたが,視能率とはほとんど相関がみられなかった.視野5°未満の強い求心性視野狭窄が認められているにもかかわらず低い空間周波数域での応答が得られたことから,視野検査では測定できない保有視覚が残存している可能性も考えられた.CSF測定は日常に近い視機能を評価しており,より生活に即したロービジョンケアの有効な一助になると考えられた.Tostudythedailyvisualperformanceofindividualswithlowvision,wedevisedcontrastsensitivityfunction(CSF)measuringequipmentcapableofmeasuringlowspatialfrequencyregions.WeusedtheequipmenttomeasureCSFinlowvisionsubjectscomprising8retinitispigmentosapatientswhohadconcentriccontraction.GaborpatchstimuliwerepresentedonaCRTdisplaythatwasinclined30°totherightorleft.Perceptioninaregionof0.12-2.4cpdwaspossible.Formeasuredspatialfrequency,correlationwasseeninlogMARandcontrastsensitivity,butnotinSinouritsu(:ratioofremainingvisualfield)oreachspatialfrequency.Thepossibilitythat“Possessionvisualfield”thatwewerenotabletounderstandingbythevisualfieldtestremainedwasthoughtforthereasonswhyeventheobjectpersonwhohadastrongconcentriccontractionoflessthan5°wasabletomeasureitatalowspatialfrequency.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(12):1753.1758,2010〕Keywords:ロービジョン,コントラスト感度,ガボールパッチ,求心性視野狭窄,日常に近い視機能.lowvision,contrastsensitivityfunction,Gaborpatch,concentriccontraction,assessmentofvisualfunctionindailylife.1754あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(122)コントラスト感度(contrastsensitivityfunction:CSF)の測定は,日常視を反映する検査として3~5)ロービジョン者に対しても有用であることは以前から知られている6,7).視力や視野の検査は統制された一定の条件下での評価でしかなく,日常の見え方とは直結しない.残された視覚機能を生活上生かすための情報を必要としているロービジョン者にとって視力と視野の検査だけではロービジョンの十分な評価とはいえない.一般診療でロービジョン者のCSF測定を行い日常視の概要をつかむことで,生活困難の軽減・解消に役立つ情報を提供すれば,時間をかけた専門的なケアが不可能でもニーズと現実のギャップを多少は解消することができるのではないだろうか.しかし,空間周波数刺激を用いた既存のCSF測定装置では,高度な視機能低下をきたしている症例での測定は困難なことが多い.そこで,ロービジョン者でも測定可能な空間周波数刺激の大きさを検討することから,ロービジョン者の日常視機能評価法として日常診療で短時間に行えるCSF測定法を考えることを目的として研究を行った.I対象および方法対象は,視覚障害者更生施設利用者のうち中心視野の残存している網膜色素変性症患者8名16眼とした.倫理規定に則り研究協力の同意を得られた方々17名に,基礎的視機能検査として(1)他覚的屈折検査,(2)自覚的屈折検査,(3)表1対象者基礎的視機能検査結果と視能率年齢(歳)・性別検査眼視力字ひとつS面(D)C面(D)乱視軸(°)眼内レンズ視能率(%)128・男性RELE1.21.0.0.5.0.25.0.75.2.25170157.415.18247・男性RELE0.080.08.2.25.545.36346・男性RELE0.60.7.3.5.3.0.5408.579.64445・男性RELE0.080.09.2.5.0.5.1.1.51701012.3213.21547・男性RELE0.060.15.3.1.3.14090○○5.719.11619・男性RELE0.20.02.5.5.8.317011.252.14731・男性RELE0.20.1500○○1.071.07844・男性RELE0.20.70.5.0.5403.575.36RE:右眼,LE:左眼.図1刺激表示パネルを表示したCRTディスプレイ図2測定刺激(ガボールパッチ)の一例本研究で使用したガボール刺激のうち,0.48cpdと0.92cpdの視標.0.48cpd0.92cpd(123)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101755東大式視野計による動的視野検査,(4)近見視力検査の実施と疾患名の聞き取り調査を行い,本研究の対象に該当する8名に近見視力測定とCSF測定を実施した.年齢は19~47歳(平均37.4歳),全員男性であった.(3)の視野測定に際し,中心視野については近見視力によって得られた値にて矯正を行った.検査後視能率を算出し,結果の検討に用いた.視能率の算出方法は身体障害者福祉法判定基準に則った.基礎的検査の結果と視能率を表1に示す.CSF測定プログラムは,ノート型パーソナルコンピュータ(PC)AppleiBookG4とプログラム開発ソフトLabVIEW(NATIONALINSTRUMENTS)にて作成した.測定刺激にはガボール(Gabor)パッチを用いた.PC画面上に刺激表示パネルとパネル上に正方形の刺激表示窓を作成し,表示窓左方に刺激空間周波数,コントラスト数値操作用アイコンと縞刺激の傾き方向および角度制御用のアイコンを設置した.視標呈示は,刺激表示窓のみを20型CRTディスプレイ(SONYPVM-20M2MDJ)上に表示して行った.2つの刺激数値制御アイコンは被験者の視界には入らないよう設定され,験者は手元のPC画面上でアイコンを操作し,刺激条件を変化させて測定を行った(図1).検査距離50cm,CRT画面上の刺激呈示窓の大きさは幅22.8×高さ23.0cmで視角約25°とした.刺激空間周波数は,最も低いものを0.12cycles/degree(以下,cpd)とし,等比段階的に空間周波数を上げながら測定不能のレベルまで行った.ガボールパッチは縞の本数は一定の状態で,みかけの視野は空間周波数に比例して小さくした.CSFの測定には,正弦波格子にガウス(Gauss)関数をかけたガボールパッチ(図2)を用いた.左右片眼ずつ,各空間周波数で左右に30°傾けたガボールパッチをコントラストの低いほうから順に呈示し,見えたところで傾きの方向を応答してもらい,方向に偏らず確実に正答できる値を閾値として採用した.刺激呈示パネルは1条件で回答が得られるごとに手動でパネル交換を行って呈示した.また,縞の残像を排除するため1回答ごとに背景輝度を一定にした無地のパネルを呈示した.刺激がガボールパッチであることから,空間周波数が高くなるとともにみかけの刺激視野が小さくなってしまうこと,対象者の視野が求心狭窄であり固視点があることで縞刺激が見えづらくなってしまうことを考え,固視点を定めずに行った.したがって,対象者に最初に刺激窓の四隅を確認させ,その中心部をぼんやり固視するよう指示することで刺激呈示中心への固視の誘導を行った.また,測定中は験者が常に固視状態の監視を行った.明るさ条件は,刺激呈示用CRTディスプレイの平均輝度125cd/m2で,室内照度は一般家庭の部屋テレビ鑑賞時の明るさを参考に平均220luxとした8).屈折矯正は,調節力の低下・不全に対しては,検査距離に合わせて加入を行った.上記の条件で対象者の測定が可能であることを確認した後,4名の健常者において同様の測定を行い,結果の検討の参考とした.空間周波数(cpd)コントラスト感度1101001,0000.1110図4健常者8眼のCSF感度曲線1101001,0000.1110空間周波数(cpd)コントラスト感度対象者1左眼対象者2左眼図3対象16眼のCSF感度曲線ロービジョン対象者8名16眼のコントラスト感度曲線.1756あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(124)II結果対象者の矯正視力は0.02~1.2(平均0.19),屈折は近視もしくは正視であった(表1).8名16眼中2名4眼は眼内レンズ挿入眼であった.対象者の視野は,周辺に島状視野が残存しているものを含め全例求心性狭窄で,視能率は最も広いもので13%強,最小のものは1%強のものもあった.視力と視能率の関係は,視能率が2%と最も不良であったものは視力も不良であったが,視能率が10%を超えるものでも視力が(0.1)以下のものや,視力が(1.0)以上でも視能率10%未満などばらつきがみられ,視力不良=視能率の低下といった関連は認められなかった.全眼のCSFの結果を図3に,健常者4名の結果を図4に示す.ロービジョン対象者では0.12~2.4cpdの低空間周波数帯域で応答が得られ,最も低いCSFを示したものでも0.48cpdまで測定が可能であった.CSFの空間周波数に対する特性(以下,CSFプロファイル)は各眼のなかでも測定空間周波数による感度の変動がみらればらつきが大きいが,おおむね0.24~1.2cpd付近で感度上昇し,それ以上では感度低下を示すbandpass型を示す傾向が認められた.1.2cpd以上ではいずれも急激な感度低下が認められ,2.4cpdより高い空間周波数は全例測定不能であった.同じ条件下で健常0.12cpd0.24cpd0.48cpd0.6cpd0.92cpd1.2cpd2.4cpd2.521.510.5021.510.50対数最小分離閾角(logMAR)対数コントラスト感度(logCSF)2.521.510.5021.510.50対数最小分離閾角(logMAR)対数コントラスト感度(logCSF)2.521.510.5021.510.50対数最小分離閾角(logMAR)対数コントラスト感度(logCSF)2.521.510.5021.510.50対数最小分離閾角(logMAR)対数コントラスト感度(logCSF)2.521.510.5021.510.50対数最小分離閾角(logMAR)対数コントラスト感度(logCSF)2.521.510.5021.510.50対数最小分離閾角(logMAR)対数コントラスト感度(logCSF)2.521.510.5021.510.50対数最小分離閾角(logMAR)対数コントラスト感度(logCSF)p=0.016p=0.009p=0.010p=0.002p=0.006p=0.014p=0.007図5空間周波数ごとの視力とCSFの相関グラフコントラスト感度と最小分離閾角の対数をグラフにした.いずれの空間周波数でも相関が認められた.(125)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101757者4名8眼を測定したところ,5.2cpdまで測定可能であった.健常者のCSFプロファイルは低空間周波数帯域での感度が一定に高く,2.4cpdから緩やかな感度低下,4.8cpdで急激な感度低下を示すlowpass型となった.視能率5%強でほぼ同じであった視力良好例と不良例では,視力(1.0)の対象者1左眼の場合,低空間周波数帯域では正常被験者に比しやや低い感度で推移し,1.0cpd付近で感度上昇,2.4cpdで感度が下がるbandpass型を示した.それより高い空間周波数刺激では100%に近いコントラストでも視認できなかった.一方,視力(0.08)の対象者2の左眼では,1.0cpd付近でわずかに感度上昇しbandpass型を示してはいるが,全体に低い感度でほぼ平坦に推移した.低い空間周波数帯域で,視力の差によるCSFの差が認められた.視力をlogMAR値に換算し,測定した空間周波数ごとにCSFとの相関関係をグラフに示した(図5).いずれの空間周波数でも相関がみられ,特に,0.48~1.2cpdでは危険率0.01以下の比較的強い相関が認められた(p<0.002~0.009).一方,同じ視力値を示した対象眼のCSFを比較すると,それぞれ異なるCSFプロファイルを描く例が多く,同じようなプロファイルを示したものはほとんど認められなかった.同様に,各空間周波数と視能率との関係を調べると,視能率が1~13%の狭い範囲に限られているなかでCSFにはばらつきがみられ,ほとんど相関は認められなかった.空間周波数が高くなるほどCSFのばらつきが大きくなる傾向が認められたが,視能率が同程度の場合でもCSFが良好なものと不良なものがみられた.空間周波数2.4cpdでは,一部を除いて全体にCSFが低下した.視能率がきわめて低いものについては,空間周波数を変化させても低い感度でほぼ平坦に推移した.III考察ロービジョン者のコントラスト感度については近年,羞明に対する遮光眼鏡の効果判定として文字視標を用いたコントラスト視力の測定が行われている9).しかし,文字の判読は日常視の一側面に過ぎない.日常視環境にはさまざまな大きさ,形のものが存在し,輪郭も鮮明でなく低コントラストのなかで周囲を識別している.このような状況を反映するものとして縞刺激を用いた空間周波数特性の測定は,視覚の包括的な機能の評価として有用である.したがって,ロービジョン者にも空間周波数刺激を用いたCSF測定を行うことで,日常行動を想定した情報を提供できるものと考えられる.しかし,既存のCSF測定装置では高度な視機能低下をきたしている症例の測定は困難なことが多い.CSFは輝度や縞の本数,その他さまざまな要素から影響を受けている.刺激視野の大きさによる感度変化はその一つであり,ある大きさまでは刺激視野が広いほうがコントラスト感度がよくなり,より正確な周波数特性を測定できるとされている10~14).また,高い空間周波数は視力とよく相関する.したがって,刺激視野の大きさや視力の影響を受ける空間周波数を用いたCSFの測定が,視力・視野ともに大きく障害され生活全般に支障をきたしている重度のロービジョン者に対して測定困難あるいは不能になることは当然といえる.そこで,本研究では低空間周波数帯域に重点を置いて測定を行うことで,重度のロービジョン者でも測定可能な空間周波数帯域を確認した.その結果,視力(0.02)の対象者でも空間周波数1cpd以下であれば,測定が可能であった.重度の視力障害でも中心視野が保有されていれば,1cpd程度の低空間周波数帯域でCSFの測定が可能であることがわかった.ところで,本研究対象者の保有視野は,最も広くて18°であり,方向により中心0°に迫る狭窄を示すものもあった.一方,測定した最も低い空間周波数0.12cpd刺激の1cycleの視角は8.33°であり,黒・白どちらかの縞1本でも4.1°以上の視角をもつ刺激である.縞と縞の境界を判別することによって縞刺激を視認すると仮定しても4°以上の視野が残存していることが必要である.しかし,それを下回る保有視野の対象者でも0.12~0.48cpdの低空間周波数刺激帯域での測定が可能であった.このようなきわめて低い空間周波数帯域で縞刺激の視認が可能であった理由は不明であるが,保有視野を超える視角の低空間周波数刺激で応答が得られたことから,視野検査だけでは捉えきれない視覚能力が残存している可能性がある.Goldmann視野計のⅤの視標は直径9.03mmで視角約2°,Humphery視野計ではさらに小さいIIIの視標が使われていることから,本研究で応答の得られた空間周波数域よりも高い空間周波数域の刺激といえる.したがってロービジョン者が視認するには刺激が小さく,そのため刺激の検出がむずかしく,視野が小さく測定されている可能性もある.既存のいわゆる「視野検査」では検出しきれない視野が残存している可能性があり,CSF測定によってその存在を明らかにすることが可能なのではないかと考えられた.測定した各空間周波数での視力とCSFとの相関では,いずれの空間周波数でも相関が認められた(図4).一般にCSFにおいて視力とよく相関するのは10cpd以上の高空間周波数帯域であり,本研究でロービジョン者に測定可能であった0.12~2.4cpdの範囲は低空間周波数帯域である.視力との関係においても,低い空間周波数帯域で相関が認められた理由は不明である.一方,同じ視力値の例で異なったCSFプロファイルを示したことについては,たとえば視力(0.08)の3眼の場合,CSFプロファイルが高めに推移した1眼は,比較的中心部に保有する視野が広くかつ各方向にほぼ均等に残存していた.他の2眼は同一対象者の左右眼の結1758あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(126)果であり視能率は5%余りでほとんど差はみられなかったが,視野の形状が左眼視野の下方,内方で1~2°と非常に狭くなっていることが,右眼の保有視野の状態と異なる点であり,左眼CSFが右眼に比し全体的に低く推移している理由となっている可能性もあると考えられた.このように,残存している保有視野の広さと形状や,本研究では確認できていないが眼底の器質的変化もCSFに影響を与えている可能性を考慮する必要があると思われた.視能率と各空間周波数の関係は,研究対象者の視能率が平均約6%でばらつきも大きくないにもかかわらずCSFプロファイルが大きなばらつきを示していることから,ほとんど相関が認められなかった.視野中心部のCSFでは,広さのみならず視覚受容野の感度が影響していると考えられ,GoldmannやHumpheryといった量的に感度分布を計測できる視野の結果を用いて検討する必要があると考えられた.また,より多岐にわたる保有視野の形状との関連も検討を進める必要があり,広さと感度を合わせて今後の課題としたい.今回の刺激装置では空間周波数が上がるにつれ刺激の縞が細くなり,刺激呈示用CRTディスプレイの走査線の太さに近づくことになった.2.4cpd視標付近からはロービジョン対象者のみならず正常被験者からもたびたび走査線の存在が「気になる」といった発言がなされており,縞刺激視認の阻害要因となった可能性がある.走査線は水平に走っており,縞刺激は左右30°に必ず傾きをもって呈示されたため混同されることはなかったが,応答に際し心理的影響があったことは無視できない.正常被験者の結果が,一般に健常者で感度が高い中空間周波数帯域で感度低下し,5.2cpdまでしか応答が得られなかった結果をみても,低い空間周波数を測定するために高い空間周波数が犠牲になったと考えられる.ディスプレイ表示の広さの制約のために検査距離を50cmという短距離に設定した結果,かえって画面の走査線まで視認されてしまうこととなった.また,羞明を感じやすい網膜色素変性症である対象者のなかにはCRTディスプレイ画面にまぶしさを感じる者もあった.これらの要因は結果の不安定さや値の低下の原因要素となりうるものと考えられ,刺激の与え方,呈示機器,条件など,ロービジョン者を被験者とする測定に際し,今後さらに考慮を要すべき点であった.これらの点を改善することで,さらに良好な測定結果が得られる可能性も考えられる.測定条件の改善や対象者の条件をさらに広げて測定することにより,日常診療でロービジョン者に行えるCSF測定環境を考えていく必要がある.日常診療で短時間に行えるロービジョンケアの一環として,ロービジョン者に行えるCSF測定について検討を行った.視野検査では測定できない視機能が残存している可能性もあり,日常生活に即した形での情報を提供できる可能性が高いと考えられた.今後,測定条件や対象を広げ,より日常に即した視機能評価として活用できる情報基盤を構築したいと考えている.文献1)佐渡一成:眼科日常診療で行うべきロービジョンケア.日本の眼科74:333-336,20032)佐渡一成:眼科診療所におけるロービジョンケア─小規模診療所で考えていること,伝えたいこと─.あたらしい眼科22:948-952,20053)大頭仁,河原哲夫:視覚系の空間周波数特性とその臨床眼科への応用.東京医学83:63-70,19754)BartenPGJ:ContrastSensitivityoftheHumanEyeanditsEffectsonImageQuality.SPIE,USA,19995)OwsleyC,SloaneM:Contrastsensitivity,acuity,andtheperceptionof‘real-world’targets.BrJOphthalmol71:791-796,19876)簗島謙次:ロービジョンケアマニュアル.p18-20,南江堂,20007)川嶋英嗣:Ⅲ.視機能と行動の評価2)コントラスト感度.眼科プラクティス14,ロービジョンケアガイド,p90-93,文光堂,20078)岩崎弘治,藤根俊之:液晶テレビの輝度制御技術.シャープ技報98:26-28,20089)石井雅子,張替涼子,阿部春樹:新潟大学におけるロービジョン者に対する遮光眼鏡処方の状況.日本ロービジョン学会誌8:159-165,200810)FrederickenRE,BexPJ,VerstratenFAJ:HowbigisaGaborPatch,andwhyshouldwecare?JOptSocAmA14:1-12,199711)PeliE,ArendLE,YoungGMetal:Contrastsensitivitytopatchstimuli:Effectsofspatialbandwidthandtemporalpresentation.SpatialVision7:1-14,199312)RobsonJG,GrahamN:Probabilitysummationandregionalvariationincontrastsensitivityacrossthevisualfield.VisionRes21:409-418,198113)塩入諭:コントラスト感度関数.視覚情報処理ハンドブック,p193-210,日本視覚学会,200014)蘆田宏:ガボール視覚刺激と空間定位.VISION18:23-27,2006***

Sjögren 症候群に抗アクアポリン4 抗体陽性視交叉部視神経炎を合併した1 症例

2010年12月31日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(115)1747《原著》あたらしい眼科27(12):1747.1751,2010cはじめに抗アクアポリン4(以下,AQP4)抗体は,視神経脊髄型多発性硬化症やこれと同一疾患ではないかと考えられている視神経脊髄炎(以下,NMO,別名Devic病)に最近頻繁に見出されている抗体である1.6).Sjogren症候群(以下,SjS)に視神経炎が合併する例があることは従来から指摘されており,その場合視神経炎に対するステロイド薬治療の効果は特発性視神経炎に対するほどは〔別刷請求先〕新井歌奈江:〒162-8666東京都新宿区河田町8-1東京女子医科大学眼科学教室Reprintrequests:KanaeArai,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversity,8-1Kawada-cho,Shinjuku-ku,Tokyo162-8666,JAPANSjogren症候群に抗アクアポリン4抗体陽性視交叉部視神経炎を合併した1症例新井歌奈江*1大平明彦*1,2篠崎和美*1樋口かおり*1勝又康弘*3市田久恵*3高橋利幸*4*1東京女子医科大学眼科学教室*2若葉眼科病院*3東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センター*4東北大学大学院医学系研究科神経内科学Anti-Aquaporin-4AntibodySeropositiveOpticNeuritisAssociatedwithSjogren’sSyndromeKanaeArai1),AkihikoOohira1,2),KazumiShinozaki1),KaoriHiguchi1),YasuhiroKatsumata3),HisaeIchida3)andToshiyukiTakahashi4)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversity,2)WakabaEyeHospital,3)InstituteofRheumatology,TokyoWomen’sMedicalUniversity,4)DepartmentofNeurology,TohokuUniversityGraduateSchoolofMedicineSjogren症候群に抗アクアポリン4(AQP4)抗体陽性の球後視神経炎を合併した症例に対して,シクロホスファミドのパルス治療で比較的良好な効果を得たので報告する.症例は62歳の女性である.視神経炎発症前からSjogren症候群にて治療を受けていた.治療前矯正視力は右眼20cm指数弁,左眼(0.15),中心フリッカー値は右眼12Hz,左眼23Hzであった.磁気共鳴画像(MRI)にて視交叉部視神経に造影効果を伴う腫大を認めた.視神経炎と診断し,ステロイドパルス治療を行ったが反応を認めなかった.シクロホスファミドのパルス治療を施行したところ,右眼の視力は(0.01),中心フリッカー値は20Hz弱,左眼の視力は(0.4),中心フリッカー値は30Hzとなった.経過中に抗AQP4抗体陽性であることが判明した.抗AQP4抗体陽性の視神経炎は特発性視神経炎に比べ予後が良好でない例が多いので,視神経炎患者には抗AQP4抗体検査をできるだけ実施すべきであろう.Wereportacaseofanti-aquaporin-4antibodyseropositiveopticneuritisassociatedwithSjogren’ssyndromethatrespondedwelltocyclophosphamidepulsetherapy.Thepatient,a62-year-oldfemale,complainedofdecreasedvision.Visualacuitywasfingercountintherighteyeand0.15inthelefteye.Centralcriticalfusionfrequency(CFF)was12Hzintherightand23Hzintheleft.Magneticresonanceimaging(MRI)revealedaswollenopticnerveatthechiasmwhenenhancedwithgadolinium.Opticneuritiswasdiagnosedandthepatientreceivedsteroidpulsetreatment,butnoimprovementcouldbeseen.Additionalcyclophosphamidepulsetherapyimprovedvisiontoavisualacuityof0.01,CFF20Hzintherighteyeand0.4,30Hzintheleft.Sincethevisualprognosisforanti-aquaporin-4antibodyseropositiveopticneuritisisnotasgoodasthatforidiopathicopticneuritis,patientstreatedforopticneuritisshouldbetestedfortheanti-aquaporin-4antibody.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(12):1747.1751,2010〕Keywords:Sjogren症候群,抗アクアポリン4抗体,視交叉,視神経炎.Sjogrensyndrome,anti-aquaporin-4antibody,opticchiasm,opticneuritis.1748あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(116)高くないことが報告されている7).また,抗AQP4抗体陽性の視神経炎患者において抗SS-A/Ro抗体,抗SS-B/La抗体が見出されることがある1).SjSに抗AQP4抗体陽性の球後視神経炎が合併した症例に対して,ステロイドのパルス治療では反応がなかったが,自己免疫疾患の治療によく用いられるシクロホスファミドのパルス治療を行ってみたところ比較的良好な効果を得たので報告する.I症例患者:62歳,女性.主訴:左眼視力低下.現病歴:1週間前からの左眼視力低下を自覚し,2008年9月1日東京女子医科大学病院(以下,当院)眼科受診.全身既往歴:SjS,両腎結石.家族歴:特記すべきことなし.眼科的既往歴:1987年他院にて抗核抗体320倍,抗SS-A/Ro抗体128倍,ガム試験1ml以下,Schirmer試験両眼2mmとの結果でSjSと診断された.1994年右眼角膜ヘルペスを発症し,以後くり返していた.1996年右眼眼脂が増加し,当院受診した.虹彩炎が強く,虹彩後癒着となった.1997年豚脂様角膜裏面沈着物を伴う虹彩炎,眼底周辺部に出血,滲出斑を認めた.両眼肉芽腫性ぶどう膜炎としてサルコイドーシスも疑われ,全身精査を行ったが,胸部コンピュータ断層撮影(CT),核医学検査,ガリウムシンチグラフィーでは異常がなく否定された.その後も定期的に通院していた.現病歴:2008年8月6日の定期検査で,右眼視力は20cm眼前指数弁,左眼視力(1.0)であり眼科的所見としては従前と変わりはなかった.2008年8月末に左眼視力が低下し,2008年9月1日に受診した.前駆症状としての感冒や頭痛はなかった.9月1日受診時所見:矯正視力は右眼20cm眼前指数弁,左眼(0.15)であった.眼圧は正常であり,中心フリッカー値は右眼12Hz,左眼23Hzと両眼とも低下していた.右眼は虹彩後癒着により散瞳せず,過熟白内障を認めたため眼底は透見できなかった.左眼は軽度の白内障がある以外は前眼部・中間透光体に異常なく,眼底検査でも視神経乳頭に発赤,腫脹は認めなかった.左眼のフルオレセイン蛍光眼底検査では初期から後期に至るまで神経乳頭より蛍光漏出は認めず,網膜血管にも特記すべき所見はなかった.Goldmann視野計での検査では,右眼には耳側の感度低下を認め,左眼ではMariotte盲点の拡大と中心耳側の感度低下を認め,両耳側半盲様の視野異常と考えられた(図1).ガドリウム造影後の磁気共鳴画像(MRI)では,眼窩内の視神経には異常を認めなかったが,視交叉レベルの前額断左眼右眼図1初診時視野(Goldmann視野計)右眼は耳側全体に視野の沈下を認め,左眼は中心視野の耳側から下方にかけての視野の沈下と盲点の拡大を認めた.図2aMRIガドリニウム造影後T1強調画像冠状断(視交叉レベル)視交叉部(矢印)が肥大し,左半分を中心に造影効果が認められる.図2bMRIガドリニウム造影後T1強調画像冠状断(眼窩レベル)眼窩内の視神経(矢印)には左右差なく,腫大などは認めなかった.(117)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101749(図2)では視交叉自体が軽度腫大しており,左側に偏った造影効果を認めた.大脳半球や副鼻腔には異常は認められなかった.脊髄は椎間板ヘルニアを認めたが,それ以外の脊髄の信号強度は保たれていた.血液,尿検査では抗SS-A/Ro抗体500U/ml以上,抗SS-B/La抗体61.3U/ml,抗核抗体1,280倍であった.これらの検査結果よりSjSが関与した球後視神経炎と診断した.ステロイド薬をはじめとする免疫抑制薬の全身投与にあたり全身管理が必要なため,当大学の膠原病リウマチ痛風センターに紹介し,精査加療目的で2008年9月8日に入院となった.入院後の経過:入院直後の矯正視力は右眼20cm指数弁,左眼(0.05),中心フリッカー値は右眼9Hz,左眼11Hzであった.視神経炎以外には明らかな神経症状がなく,SjSの腺外症状も認めなかった.視神経炎に対してステロイドパルス(1,000mg/日)を3日間と後療法としてのプレドニゾロン内服(60mg/日)を実施した.しかし,ステロイド薬単独では早期効果を得られなかった.そのため,入院1週間後よりSjSが基礎疾患にあることを考慮し,膠原病に伴う難治性視神経症に効果があったと報告されているシクロホスファミドパルス(600mg/日,体表面積当たり400mg/m2を3日間)を行ったところ,左眼中心フリッカー値は19Hzと改善したため,さらに10月7日からの3日間,11月6日から3日間の計3回のシクロホスファミドパルス(600mg/日)を施行した.並行して東北大学神経内科に抗AQP4抗体の測定を依頼し,2回目と3回目のシクロホスファミドパルス療法の間に陽性との結果を得た.自己抗体の関与という点でB細胞を特に抑制するとされるシクロホスファミドは適した治療と考えられ,実際臨床的に有効であったため,その後も続行した.2回目シクロホスファミドパルスを施行後には右眼視力(0.01),左眼視力(0.3),中心フリッカー値右眼14Hz,左眼20Hzであった.1回目のシクロホスファミドパルス後よりプレドニゾロン内服を60mg/日から徐々に漸減した.その後両眼点状表層角膜炎の悪化改善により視力の変動はあったが,2009年5月には左眼視力は(0.4),中心フリッカー値は治療7カ月後の2009年4月には30Hzであった.また,右眼視力は(0.01)と横ばいのままであったが,中心フリッカー値は徐々に改善し,3回目施行後にはやや変動はあるものの17から20Hzまで改善した.治療8カ月後の視野検査でも,両眼に改善がみられた(図3).なお,経過を通じて視神経炎以外には明らかな神経症状はなく,脳や脊髄のMRIにも異常は認められなかった.II考按本例は疾患特異的自己抗体の存在,ガム試験,Schirmer試験と蛍光色素検査の結果から1999年の厚生省研究班の改訂診断基準を満たしておりSjSと診断された.本症例の視力低下は眼底に特記すべき所見もなく,頭部MRIにて視交叉部視神経に造影効果を伴う軽度腫大を認め,他の原因を示唆する所見がなかったことにより,視交叉部視神経炎と診断された.SjSに視神経炎を合併した症例の報告はすでに多数なされている7~10).しかし,郷らが過去の邦人6症例についてまとめているが,特発性視神経炎に比べるとステロイドパルス療法に対する反応は良くない7).SjSに伴う中枢神経障害に対してはステロイドパルス療法のほかにシクロホスファミドをはじめとする免疫療法や抗凝固療法,血漿交換療法などが試みられている.Williamsらの18例のミエロパチーに対する治験の検討ではステロイド単独療法は8例中5例で無効であり,シクロホスファミドまたはクロラムブシルの併用を推奨している11).Sophieらも82例の検討からミエロパチーや末梢神経障害に対するシクロホスファミドの有効性を強調している12).従来,SjS以外にも,自己免疫疾患患者や自己抗体陽性患者に視神経症が合併することが報告されてきた13~16).全身性エリテマトーデスに伴う視神経症に関しては報告も多く,SjSに伴う場合と同じく,ステロイド薬への反応がしばしば良くないことやシクロホスファミドに反応することが報告されている14~16).自己免疫疾患に伴う視神経症は,自己抗体と関連する血管炎や血流障害が視神経症に関与していると考えられ,臨床経過も多発性硬化症との関連の大きい特発性視神経炎とは異なり,視力低下が強く回復も不良の傾向がある.これら過去の自己免疫疾患に伴う視神経症の例も今回のように抗AQP4抗体陽性の症例が含まれていた可能性が推測される13).アクアポリンは細胞膜水チャンネル蛋白であり,中枢神経ではそのうちのAQP4がアストロサイトの足突起に認められている4,6).これに対する自己抗体が産生さ左眼右眼図3治療8カ月後の視野(Goldmann視野計)右眼は初診時に比べると,特に耳側視野が回復してきたが,盲点と中心視野を含む中心暗点が残存している.左眼も中心視野が回復してきたが,耳側に傍中心暗点が残存している.1750あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(118)れると中枢神経系アストロサイトが攻撃されることになる.この抗AQP4抗体はいわゆる視神経脊髄型多発性硬化症やこれと同一疾患ではないかといわれている視神経脊髄炎(NMO)に最近頻繁に見出されている抗体であり,この疾患の単なるマーカーではなく主たる病因の一つではないかと推定されている4,5).近畿大学の中尾らは28例の抗AQP4抗体陽性例と46例の陰性例の視神経炎患者を比較し,陽性患者には以下の特徴があると述べている.年齢的には比較的高齢者が多く,性別では圧倒的に女性が多い.視野は中心暗点,両耳側半盲,水平半盲が出やすく,抗核抗体,抗SS-A/Ro抗体,抗SS-B/La抗体などの自己抗体が陽性であることが多いことも特徴となっている1).本症例も中尾らの述べた特徴をもっていた.すなわち60歳と比較的高齢の女性で両耳側半盲様の視野異常を認めた.自己抗体もSjSに関連した自己抗体を認めた.抗AQP4抗体陽性視神経炎に対して最も効果のある治療法は何かという点に関しては,ステロイドパルス,シクロホスファミドパルスや血漿交換法などの治療法を直接比較した研究はなく,まだ定まっていない.中尾らは抗AQP4抗体陽性の視神経炎にはステロイドパルス療法が効きにくい例がかなりあると報告をしている.そして,治療としてはまずステロイドパルス治療を行い,抗AQP4抗体が陽性の場合でかつステロイドパルス無効例には血漿交換を行い,維持療法として少量のステロイド薬か免疫抑制薬を勧めている1).NMOの治療において推奨される単純血漿交換ではグロブリンやアルブミンをはじめとする血漿中の有用成分も除去され,ほぼ全血漿を他人の血漿に入れ替える.そのため,肝炎ウイルスやヒト免疫不全ウイルス(HIV),ヒトT細胞白血病ウイルス(HTLV)など血漿感染の危険性が増大し,ショック,アレルギーによる全身発疹,循環器系障害など重篤な症状の発生の危険があり,施行前の全身検索が重要である2,17).抗AQP4抗体陽性視神経炎での発症年齢は中年から高年が多く,全身状態などから単純血漿交換の施行困難な例も存在する可能性がある.本症例は62歳と高齢であり,ステロイドパルス療法では視力回復が思わしくなく,その時点では抗AQP4抗体陽性の結果が未確認であったこと,膠原病に伴う難治性視神経症にシクロホスファミドは一定効果があったと報告されていることもあり,本症例ではシクロホスファミドパルス療法を施行し,比較的良好な結果を得た7,11,13~15).ステロイド薬は末梢の白血球細胞の数,分布や機能に対して強く働き,組織マクロファージや他の抗原提示細胞の機能を抑制する.液性免疫よりも細胞免疫のほうをより抑制するが,一次的な抗体応答が消失し,持続的使用により,過去に確立した抗体応答も低下していき,結果的には液性免疫も抑制する.一方,シクロホスファミドはDNAアルキル化作用および代謝拮抗作用により,細胞毒作用をもち,T細胞よりB細胞に強く作用する傾向がある.B細胞をおもに抑制することにより,T細胞とB細胞は相互作用をするため,結果的にT細胞の機能も抑制し,免疫抑制効果が高い.また,血液脳関門を通過し,中枢神経系の局所で抗炎症作用を発揮する効果もあるといわれている.シクロホスファミドの副作用として白血球減少,感染症,消化管潰瘍,膀胱炎,不妊,奇形,白血病を誘発する危険性などがあり,総投与量に比例して,副作用の頻度が高まるとされている.パルス療法は,総投与量を減らし,結果として副作用を減らすことができるので本症例でも採用した18,19).日本人の体格の小ささ,副作用に対する耐性の低さなどを考慮し,当院ではシクロホスファミドパルスの1日投与量は400.600mg/m2で,4週間間隔で投与している.そして副作用の一つである出血性膀胱炎を防ぐため,全例大量輸液とメスナの併用をし,当日と翌朝は頻回に検尿を施行している.感染症対策として,ステロイド大量投与の場合と同様に,入院中は2週間ごとにIgGなどで免疫状態のモニタリングをし,b-d-グルカンやサイトメガロウイルスアンチゲネミアなどで感染症のモニタリングや,ニューモシスチス肺炎予防にバクタ内服を行っている.筆者らの症例は,SjSに合併する難治性の視神経症と当初から予想されたので,ステロイドパルス療法が無効であったときシクロホスファミドパルス療法を選択し比較的良好な結果を得た.その途中で抗AQP4抗体が陽性だと判明したのだが,抗AQP4抗体陽性視神経炎にシクロホスファミドパルス療法が有効である可能性を示唆する症例でもあると考え報告した.予後良好な特発性視神経炎に対しては,ステロイド大量療法か無治療での経過観察かを選ぶことが一般的である.ステロイド大量療法か経過観察の二択を機械的に当てはめると,特発性視神経炎に混じっている抗AQP4抗体陽性視神経炎患者を無治療で経過観察する例が出て,その場合予後不良となる可能性が高くなるので注意すべきであろう.視神経炎患者が受診した場合,種々の視機能検査,MRI検査を行うが,抗AQP4抗体の検査はまだ一般的ではない.抗AQP4抗体の有無は単に診断に役に立つだけでなく,治療方針も大きく異なるため,今後は必須の検査になってくると考えられる.文献1)中尾雄三,山本肇,有村英子ほか:抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎の臨床的特徴.神経眼科25:327-342,20082)吉岡雅之,仲田由紀,谷口洋ほか:二重膜濾過血漿交換が有効であった抗アクアポリン4抗体陽性neuromyelitisopticaの62歳女性例.神経内科69:82-88,20083)久保玲子,若倉雅登:自己免疫性視神経症.あたらしい眼科26:1343-1349,20094)田中恵子:臨床と疫学.あたらしい眼科26:1301-1306,(119)あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010175120095)松下拓也,吉良潤一:多発性硬化症・視神経脊髄炎の免疫学的背景.あたらしい眼科26:1315-1322,20096)三須建郎,藤原一男,糸山泰人:視神経脊髄炎の病理学的特徴.あたらしい眼科26:1307-1314,20097)郷佐江,山野井貴彦,古田歩ほか:両側難治性視神経症の背景にSjogren症候群が存在した1例.神経眼科21:47-53,20048)HaradaT,OhasiT,MiyagishiRetal:OpticneuropathyandacutetransversemyelopathyinprimarySjogren’ssyndrome.JpnJOphthalmol39:162-165,19959)船本由香,小暮美津子,八代成子ほか:ブドウ膜炎および視神経炎で発症した原発性Sjogren症候群の1例.眼臨92:1153-1157,199810)桶谷美香子,出口治子,大久保忠信ほか:球後視神経炎を合併し,皮膚血管炎を呈したSjogren症候群の1症例.リウマチ39:847-852,199911)WilliamsCS,ButlerE,RomanGCetal:TreatmentofmyelopathyinSjogrensyndromewithacombinationofprednisoneandcyclophosphamide.ArchNeurol58:815-819,200112)SophieD,JeromeS,Anne-LaureFetal:NeurologicmanifestationsinprimarySjogrensyndrome,astudyof82patients.Medicine83:280-291,200413)MokCC,ToCH,MakAetal:Immunoablativecyclophosphamideforrefractorylupus-relatedneuromyelitisoptica.JRheumatol35:172-174,200814)RosenbaumJT,SimpsonJ,NeuweltCM:Successfultreatmentofopticneuropathyinassociationwithsystemiclupuserythematosususingintravenouscyclophosphamide.BrJOphthalmol81:130-132,199715)Galindo-RodriguezG,Avina-ZubietaA,PizarroSetal:Cyclophosphamidepulsetherapyinopticneuritisduetosystemiclupuserythematosus,anopentrial.AmJMed106:65-69,199916)SiatkowskiRM,ScottIU,VermAMetal:Opticneuropathyandchiasmopathyinthediagnosisofsystemiclupuserythematosus.JNeuro-Ophthalmol21:193-198,200117)WatanabeS,NakashimaI,MisuTetal:TherapeuticefficacyofplasmaexchangeinNMO-IgG-positivepatientswithneuromyelitisoptica.MultipleSclerosis13:128-132,200718)AduD,PallA,LuqmaniRAetal:Controlledtrialofpulseversuscontinuousprednisoloneandcyclophosphamideinthetreatmentofsystemicvasculitis.QJMed90:401-409,199719)Gayr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眼科手術後眼内炎に対するピペラシリンの予防効果と安全性の検討

2010年12月31日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(111)1743《原著》あたらしい眼科27(12):1743.1746,2010cはじめに日本における眼科領域の術後細菌性眼内炎例からは,おもな起炎菌としてコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS),黄色ブドウ球菌,腸球菌,アクネ菌などが検出されている1~3).洗浄や消毒,ドレーピングといった手術環境整備および手術手技の向上などから,眼科領域における細菌性眼内炎などの術後感染症は近年ではまれとなったものの,いったん発症すると眼組織に不可逆的な損傷を与え,失明につながる危険性をはらむ.特に,わが国では欧米に比べて起炎菌としての腸球菌の検出率が高い(15%程度).腸球菌感染の場合は,術翌日から3日以内と早期に急性眼内炎を発症2)(表1)し,かつ予後不良であるといわれている.その背景から,現在予防投与薬として用いられることの多いセフェム系抗菌薬が腸球菌に抗菌力を有さない点に注意が必要である.そこで,今回〔別刷請求先〕日吉敦寿:〒518-0842三重県伊賀市上野桑町1734岡波総合病院眼科Reprintrequests:NobutoshiHiyoshi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OkanamiGeneralHospital,1734Uenokuwamachi,Iga,Mie518-0842,JAPAN眼科手術後眼内炎に対するピペラシリンの予防効果と安全性の検討日吉敦寿右京久樹大澤俊介井島広規岡波総合病院眼科EfficacyandSafetyofPiperacillininPreventingEndophthalmitisafterOphthalmicSurgeryNobutoshiHiyoshi,HisakiUkyo,ShunsukeOsawaandHirokiIshimaDepartmentofOphthalmology,OkanamiGeneralHospital洗浄や消毒,ドレーピングといった手術環境整備および手術手技の向上などから,眼科領域における細菌性眼内炎などの術後感染症は近年ではまれとなったものの,いったん発症すると眼組織に不可逆的な損傷を与え,高度な視機能障害をきたすことも少なくない.このような背景から,眼科領域の術後感染に対する全身的な抗菌薬の予防投与の必要性については今なお賛否両論あるのが実状である.今回筆者らは高齢者への使いやすさ,術後眼内炎起炎菌に対する抗菌スペクトル,菌の耐性化の問題などを考慮し,ペニシリン系抗菌薬ピペラシリン(PIPC)について,術後感染予防薬としての有効性と安全性を検討することにした.対象は,当院にて2008年9月から2009年7月までに白内障手術や硝子体手術を中心とした手術施行症例625例1,070眼である.術後感染予防薬としてのPIPCは,原則3日以内,2gを1日2回点滴静注した.その結果,1,070眼の眼科手術において術後感染症の発症を認めず,安全性に関しても軽微な副作用が6例(0.6%)に認められたにとどまったことから,PIPCの予防的投与は患者に不利益をもたらすことなく術後感染を回避し得ると考えられた.Weexaminedtheefficacyandsafetyofapenicillinantimicrobialdrug,piperacillin(PIPC),inpreventingpostoperativeinfectionintheophthalmologicalfield,givenitsutilityintheelderly,itsantimicrobialspectrumforthepathogenicbacteriaofpostoperativeendophthalmitis,theoccurrenceofbacterialresistance,etc.Thesubjectscomprised625patients(1,070eyes)whowereundergoingcataractsurgeryorvitrectomyatourhospitalfromSeptember2008toJuly2009.PIPC,asadrugforpreventingpostoperativeinfection,wasintravenouslyadministeredtwicedailyatadoseof2gbydripinfusionforupto3days,inprinciple.Nopostoperativeinfectionwasobservedinanyofthe1,070eyes;therewereonly6slightlyadversereactions(0.6%),soitisconsideredthattheprophylacticadministrationofPIPCcanpreventendophthalmitisafterophthalmicsurgery,withoutcausingproblems.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(12):1743.1746,2010〕Keywords:細菌性眼内炎,ペニリシン系抗菌薬,ピペラシリン,術後感染予防,耐性菌抑制,腸球菌感染.bacterialendophthalmitis,penicillinantimicrobialdrug,piperacillin,preventionofpostoperativeinfection,inhibitionofresistantbacteria,Enterococcusinfection.1744あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(112)筆者らは腸球菌にも適応のあるペニシリン系抗菌薬ピペラシリン(PIPC)について,術後感染予防薬としての有効性と安全性を検討することにした.I対象および方法当院にて2008年9月から2009年7月までに行われた白内障手術,硝子体手術を中心とした症例625例1,070眼を対象とした(表2).術後感染予防薬としてのPIPCは,手術開始30~60分前から投与を開始し,原則3日以内,2gを1日2回点滴静注した.また,同時に予防投与としてレボフロキサシンもしくはモキシフロキサシンを術前3日前から点眼した.II結果全625例,1,070眼の手術時の平均年齢はそれぞれ72.2±11.0歳,72.6±10.6歳と高く,男女比は,症例数では男性/女性:41.8%(261例)/58.2%(364例),手術眼数では男性/女性:42.2%(452眼)/57.8%(618眼)で女性が多い傾向があった.手術時間は16.1±17.9分,PIPCの平均1日投与量は3.8±0.7g,同平均投与日数は2.8±0.6日,同平均総投与量は10.5±2.8gであった(表3).術後細菌性眼内炎などの感染症の発現は認めず,副作用は表1白内障術後眼内炎の発症時期と検出菌の関連(150眼,1983~2004年)(原二郎)検出菌発症時期計%術後0~29日術後1カ月以上コアグラーゼ陰性ブドウ球菌3343725腸球菌2302315黄色ブドウ球菌1901913アクネ菌0151510グラム陽性球菌8196レンサ球菌属6175緑膿菌5053その他20103020真菌3253(文献2より)表2手術内訳手術名手術数白内障手術緑内障手術網膜.離手術硝子体手術その他830眼3眼15眼129眼93眼合計1,070眼表3患者背景症例数眼数症例数手術眼数総数625(例)100(%)1,070(眼)100(%)性別男性26141.845242.2女性36458.261857.8年齢平均年齢72.2±11.0歳72.6±10.6歳30歳未満6(例)1.0(%)7(眼)0.7(%)30~40未満40.660.640~50未満132.1222.150~60未満447.0716.660~70未満12419.820519.270~80未満28145.089.348445.290.180歳以上15324.527525.7手術時間平均手術時間16.1±17.9分PIPC投与量1日平均投与量3.8±0.7g1日投与量4g945(眼)2g51g101日投与回数1日平均投与回数2.8±0.6回総投与量平均総投与量10.5±2.8g,O.O.,O.O.(113)あたらしい眼科Vol.27,No.12,201017456例(0.6%)に認められたが,重篤なものはなかった(表4).III考察眼科領域における術後感染症の発現は今日ではきわめてまれであり,予防的抗菌薬投与の必要性に関しては議論の多いところである.しかしながら,白内障手術あるいは硝子体手術などでいったん術後感染が発症した場合は,眼組織が不可逆的な損傷を被ることにより高度な視機能障害をきたすことが多く,その危険性を考慮すれば局所および全身的な抗菌薬の予防投与は妥当な処置といえる.その際,白内障などが手術対象の大半を占める眼科領域においては,患者年齢の高さを考慮した薬剤の選択が必要となる.また,術後眼内炎に関する全国症例調査3)によると,起炎菌がメチシリン耐性表皮ブドウ球菌(MRSE)を含むCNSの場合には比較的良好な視力予後が得られていたが,腸球菌やメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の場合には視力予後が悪い傾向を認めており,感染症予防に使用する抗菌薬はこれらの起炎菌に対する十分な抗菌力を有するものを選択する必要がある.このような条件を勘案した場合,PIPCは①腎臓および肝臓双方から排泄されることから腎機能低下時にも半減期の延長は短いとされている4,5)ため,眼科領域で手術適応となることの多い高齢者にも安心して使える,②腸球菌および緑膿菌といった失明を招く恐れのある起炎菌に対しても感受性を有している,③MRSAなどの耐性菌をセレクションしにくく6),b-ラクタマーゼ誘導能も低いことから菌の耐性化を招きにくい薬剤であり,眼科領域の術後感染のための予防薬として好適なプロファイルを有していると考えられた.さらに,眼科手術感染防止対策と抗菌薬使用に関する全国アンケート調査の結果7)をみると,術後感染予防目的に投与された全身的抗菌薬のうち,セフェム系薬(第一,第二,第三世代)が80%を超え,ペニシリン系薬は4%を占めるにとどまっていた.術後眼内炎の原因菌はCNSが多くを占めているが,欧米に比べわが国における腸球菌感染は無視できない頻度であること,発症時期により起炎菌が変遷しグラム陰性菌(緑膿菌など)による感染症も認められていることから,広域スペクトルを有するニューキノロン系点眼薬の局所投与に加え,それらに感受性を有するPIPCの予防的全身投与の併用も眼科術後感染症予防治療の選択肢の一つになると思われた.今回の検討ではコントロールとなる対象がなかったが,PIPCを予防的全身投与した1,070眼における術後感染症の発現が認められなかったことは,眼科領域の術後感染予防薬として同剤が有効である可能性を示唆するものである.安全性に関しても軽微な副作用が6例(0.6%)に認められたにとどまったことから,PIPCの予防的全身投与は患者に不利益をもたらすことなく術後感染による失明の危険性を回避しうる投与法であると考えられた.なお,今回の検討では,感染予防に有効な手術中の血中濃度を考慮し,執刀予定時間の30~60分前からPIPCの投与を開始し,原則として3日以内,2gを1日2回点滴静注とした.予防的抗菌薬投与については,その投与期間の短縮化,あるいはそれ自体の是非についても議論が多いところであり,今後の検討課題であると考える.今後さらなる症例数を集積し検討していきたい.IV結語1,070眼の白内障手術,硝子体手術を中心とした手術症例に対し,術後感染予防の目的でPIPCを原則3日以内,2gを1日2回点滴静注し,その有効性と安全性を検討した.その結果,術後感染の発症は認めず,副作用は程度,頻度ともに軽微であったことから,PIPCは眼科領域における術後感染予防薬として使いやすく,有効である可能性をもった抗菌薬であると結論づける.文献1)秦野寛,井上克洋,的場博子ほか:日本の眼内炎の現状表4副作用症例一覧性別年齢(歳)診断名(手術対象の原疾患)手術手技手術時間(min)1回投与量1日投与量投与日数総投与量副作用男性82L)白内障L)PEA+IOL142g2g2日2g掻痒感男性74L)RRDL)Vitrectomy972g4g3日12g膨疹女性75L)白内障L)PEA+IOL7.51g1g1日1g膨疹男性76L)白内障L)PEA+IOL92g2g1日2g嘔吐男性74L)PVRL)Vitrectomy+シリコーンオイル注入1602g4g3日12g膨疹男性73R)白内障R)PEA+IOL92g4g3日12g足のしびれ注)RRD:裂孔原性網膜.離,PVR:増殖硝子体網膜症,PEA+IOL:超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術.1746あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(114).発症動機と起炎菌.日眼会誌95:369-376,19912)秦野寛:白内障術後眼内炎:起炎菌と臨床病型.あたらしい眼科22:875-879,20053)薄井紀夫,宇野敏彦,大木孝太郎ほか:白内障に関連する術後眼内炎全国症例調査.眼科手術19:73-79,20064)柴孝也:高齢者におけるpiperacillinの体内動態の検討.日本化学療法学会雑誌51:76-86,20035)MorrisonJA,DornbushAC,SatheSSetal:Pharmacokineticsofpiperacillinsodiuminpatientswithvariousdegreesofimpairedrenalfunction.DrugsExpClinRes7:415-419,19816)TakahataM,SugiuraY,AmeyamaSetal:InfluenceofvariousantimicrobialagentsontheintestinalflorainanintestinalMRSA-carryingratmodel.JInfectChemother10:338-342,20047)大石正夫,秦野寛,阿部達也ほか:眼科手術感染予防対策と抗菌薬使用に関する全国アンケート調査成績.臨眼57:499-502,2003***

近方加入+3.0 D 多焦点眼内レンズSN6AD1 の白内障摘出眼を対象とした臨床試験成績

2010年12月31日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(105)1737《原著》あたらしい眼科27(12):1737.1742,2010cはじめに2007年に3mm以下の小切開から挿入可能な単焦点眼内レンズ(IOL)と同じ素材および形状で光学部に回折デザインを加えた多焦点IOL(SA60D3:アルコン社,ZM900:Abbott社)がわが国で承認を受け,翌年に白内障摘出眼における多焦点IOL挿入が先進医療として認められた.わが国におけるこれら多焦点IOLの良好な臨床成績はすでに報告されている1~3)が,近方加入度数は+4.0diopter(D),角膜面で3Dのため最適近見距離が30cmであった.近年,近方視は読書のみならず,コンピュータの普及により,30cmよ〔別刷請求先〕ビッセン宮島弘子:〒101-0061東京都千代田区三崎町2-9-18東京歯科大学水道橋病院眼科Reprintrequests:HirokoBissen-Miyajima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital,2-9-18Misaki-cho,Chiyoda-ku,Tokyo101-0061,JAPAN近方加入+3.0D多焦点眼内レンズSN6AD1の白内障摘出眼を対象とした臨床試験成績ビッセン宮島弘子*1林研*2吉野真未*1中村邦彦*1吉田起章*2*1東京歯科大学水道橋病院眼科*2林眼科病院ClinicalResultsof+3.0DiopterNearAddPowerMultifocalIntraocularLens:SN6AD1forEyesfollowingCataractExtractionHirokoBissen-Miyajima1),KenHayashi2),MamiYoshino1),KunihikoNakamura1)andMotoakiYoshida2)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital,2)HayashiEyeHospital目的:白内障手術時に近方加入+3.0Dの回折型多焦点眼内レンズ(IOL)を挿入し,安全性および有効性を検討した.対象および方法:対象は,東京歯科大学水道橋病院,林眼科病院にて本臨床試験に同意した,角膜乱視1.5D以下の両眼性白内障64例128眼,平均年齢68.8歳であった.IOLはアルコン社の近方加入+3.0D回折型アクリル製シングルピースSN6AD1を用いた.術後1年までの遠見,近見(40cm),中間(50cm,1m)視力,コントラスト感度,眼鏡装用状況,グレア,ハローを検討した.結果:術後1年での平均logMAR(logarithmicminimalangleofresolution)視力は,遠見裸眼0.03±0.14,矯正.0.06±0.09,近見裸眼0.04±0.12,遠方矯正0.00±0.11,矯正.0.08±0.08,両眼にて50cmは裸眼0.10±0.14,遠方矯正0.07±0.11,1mは裸眼0.11±0.13,遠方矯正0.09±0.11であった.明所視コントラスト感度は遠方,近方とも正常範囲内,76.2%がまったく眼鏡装用せず,日常生活に影響する重篤なグレア,ハローを訴える例はなかった.結論:+3.0D加入多焦点IOLは遠方から近方40cmの裸眼視力,眼鏡依存度,グレア,ハローの面で安全性および有効性が確認され,+4.0D加入IOLに加え有用なIOLと思われた.Theefficacyandsafetyofanewlydevelopeddiffractivemultifocalintraocularlens(IOL)with+3.0diopternearaddpower(SN6AD1:Alcon)wereevaluatedin128eyesof64patientsfollowingcataractextraction.Visualacuities(VAs)atdistance,near(40cm),andintermediate(50cm,1m),contrastsensitivity,spectacleusage,andglare/halowereexamineduntil1yearpostoperatively.UncorrecteddistanceVAwas0.03±0.14logarithmicminimalangleofresolution(logMAR),correcteddistanceVAwas.0.06±0.09logMAR,uncorrectednearVAwas0.04±0.12logMAR,distancecorrectednearVAwas0.00±0.11logMAR,correctednearVAwas.0.08±0.08logMAR,bilateralintermediateuncorrectedVAsat50cmand1mwere0.10±0.14logMARand0.11±0.13logMAR.Photopiccontrastsensitivitiesatbothdistanceandnearwerewithinnormalrange,and76.2%ofthepatientsdidnotrequireanyspectacles.Noneofthepatientscomplainedofsevereglareandhalo.ThenewdiffractivemultifocalIOLwith+3.0dipoternearaddpowerprovidespreferableVAfromdistancetonearat40cm.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(12):1737.1742,2010〕Keywords:回折型多焦点眼内レンズ,近方付加,中間視力,近見視力,コントラスト感度.diffractivemultifocalintraocularlens,nearaddpower,intermediatevisualacuity,nearvisualacuity,contrastsensitivity.1738あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(106)り離れた距離でモニターを見る機会が増えている.また,回折型多焦点IOLでは近方と遠方が見えるため,中間距離での視力低下が単焦点IOLより明らかである.最適近見距離を延ばす目的で,近方加入度数を+4.0Dから+3.0Dに減らした多焦点IOLが開発され,その良好な臨床成績は,すでに米国および欧州の多施設研究として報告されている4~6).今回,わが国において施行された経過観察1年の臨床試験結果を報告する.I対象および方法1.対象本研究は厚生労働省へ承認申請のための臨床試験として施行されたもので,東京歯科大学水道橋病院および林眼科病院の2施設において,各施設の治験審査委員会で承認を受け,対象患者に臨床試験の目的,使用するIOLの特徴および挿入後に予想される利点,問題点を十分説明し,同意を得た.対象は,超音波水晶体乳化吸引術およびIOL挿入を予定している20歳以上の両眼性白内障患者で,挿入予定IOL度数が16から25Dの範囲で,術後矯正視力0.5以上が期待でき,角膜乱視が1.5D以下,同意説明文書を理解し,術後経過観察に協力を得られるという選択基準を満たし,本IOLの有効性,安全性評価に影響すると考えられる眼疾患,重篤な術中合併症を伴わない64例128眼であった.性別は男性4例8眼,女性60例120眼,平均年齢は68.8±6.2歳であった.2.方法使用したIOLはSN6AD1(アルコン社)で,すでに承認を受け市販されているアクリル素材のワンピース形状で非球面構造をもつ回折型多焦点IOL:SN6AD3(アルコン社)と同じ素材および形状で,光学部前面の中心3.6mm径に回折デザインを有することも共通している.違いは,SN6AD3は12本の回折リングにより+4.0D近方加入であるが,SN6AD1は9本の回折リングにより+3.0D近方加入である.したがって,従来の+4.0D加入IOLでは30cmの距離で良好な近見視力が得られるが,本IOLは40cm前後において良好な近見視力が期待される.手術は,医療機関ごと同一術者が行い,2.0~2.65mmの角膜ないし強角膜切開から超音波水晶体乳化吸引術にて白内障摘出を行い,IOLを専用のCまたはDカートリッジとインジェクターを用いて水晶体.内に挿入した.第2眼の手術は,第1眼の術後1~2日の経過観察で問題ないことを確認してから施行された.経過観察は,術後1日,1週,1カ月,6カ月,1年の5回にわたり,おもな検査,観察項目および実施時期を表1に示す.近見視力は,本IOLの特徴から欧米の臨床試験と同じ40cmとし,わが国で使用されている30cm近見視力表で測定した結果を40cm視力に換算した.中間視力は,各施設で50cm視力表(はんだや)および新井氏1m視力表(はんだや),または全距離視力表AS-15(KOWA)を用いて測定,遠見コントラスト感度は各施設でVCTS(visioncontrasttestsystem:Vistech社),CSV-1000(VectorVision社)にて測定,近見コントラスト感度はFACT(FunctionalAcuityContrastTest:StereoOptical社)にて測定した.グレア,ハローはなし(障害の自覚なし),軽度(障害の自覚はあるが,視覚の障害とはならない程度),中等度(視覚の障害となるが,日常生活で許容できる程度),重度(視覚の障害となり,日常生活に支障がある)の4段階に分類した.測定結果の経時的な推移の評価にはFriedman検定,隣接する検査時期間の比較にはWilcoxonの符号付順位和検定を用い,有意水準5%で有意差ありとした.1例2眼のみ術後1年の経過観察時期に脳梗塞で入院し検査が行えなかったため,遠見,近見視力など術後1年の平均値,標準偏差の算出から除外した.表1おもな検査,観察項目と実施時期(片眼および両眼視)検査・観察項目1日1週1カ月6カ月1年遠見視力裸眼・矯正○○○○○近見視力(40cm)裸眼・矯正○○○○○遠方矯正○○○近見視力(最適距離)裸眼・遠方矯正○○○○○中間視力(50cm)※裸眼・遠方矯正○○中間視力(1m)※裸眼・遠方矯正○○コントラスト感度(遠見)※○コントラスト感度(近見)※○焦点深度※○眼鏡装用状況○○○○※両眼視のみ.(107)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101739II結果1.屈折術後1日から1年までの,最良遠見視力を得るために要した球面,円柱,等価球面度数を図1に示す.各検査時期の球面度数平均は0.16D以下,等価球面度数は.0.11D以下で,予定どおり正視に近い状態が得られていた.各観察時期による差は,球面,等価球面度数とも術後1日と1週,1週と1カ月で有意差を認めたが,円柱度数は全経過観察期間において有意差を認めなかった.2.視力術後1年における遠見裸眼logMAR(logarithmicminimalangleofresolution)視力の平均は0.03±0.14,矯正視力は.0.06±0.09で,術翌日から1年後までの経過観察期間において,裸眼視力は術後1カ月と6カ月,矯正視力は術後1日と1週,1カ月と6カ月で統計学的に有意差を認めた(図2)が,全観察期間において小数視力で裸眼0.8以上,矯正1.0以上と良好な結果であった.両眼logMAR視力の平均は,術後1年で裸眼.0.05±0.13,矯正.0.12±0.09であった.近見視力も遠見視力同様,経過観察期間において一部統計学的な有意差を認めたが,術後1年における裸眼logMAR視力の平均は0.04±0.12,遠見矯正下0.00±0.11,最良矯正.0.08±0.08と良好な結果で,全観察期間において小数視力で裸眼0.7以上が得られていた(図3).また,両眼視力は,術後1年で裸眼.0.04±0.08,遠見矯正下.0.07±0.08,最良矯正.0.12±0.07であった.両眼視における近見最適距離は,裸眼で平均37.4cm,遠見矯正下で平均38.0cmであった(図4).最適距離における近見裸眼視力,遠見矯正下視力は経時的に向上する傾向を認めたが,術後1年における裸眼logMAR視力の平均は0.03±0.11と良好な結果であった(図5).中間視力は両眼視で測定され,術後1年において50cmは裸眼0.10±0.14,遠見矯正下0.07±0.11,1mは裸眼0.11±0.13,遠見矯正下0.09±0.11と良好で,術後6カ月の結果と有意差を認めなかった(図6).3.02.01.00.0-1.0-2.0-3.0度数(D)1日1週1カ月6カ月1年経過観察時期球面円柱等価球面n=1260.160.030.100.080.11-0.33-0.27-0.310.00-0.11-0.29-0.30-0.05-0.05**-0.07**図1屈折変化術後1日から1年までの最良矯正視力に必要な球面,円柱,等価球面度数の変化を示す.円柱度数は全経過観察期間で有意な変化を認めなかった.*p<0.05(Wilcoxon検定).0.01.00.30.50.60.251.00.1小数視力logMAR0.090.070.040.03-0.02-0.06-0.05-0.06-0.061日1週1カ月6カ月1年経過観察時期0.06***裸眼矯正n=126図2遠見視力術後1日から1年までの裸眼および矯正遠見視力の変化を示す.一部経過観察期間内で有意差を認めたが,全体を通して良好な結果であった.*p<0.05(Wilcoxon検定).0.140.070.070.040.010.010.040.000.01-0.03-0.04-0.05-0.080.01.00.30.50.60.251.00.1小数視力logMAR1日1週1カ月6カ月1年経過観察時期****裸眼遠方矯正下矯正n=126図3近見視力術後1日から1年までの裸眼,遠方矯正下,矯正近見視力の変化を示す.遠方矯正下のみ術1カ月以降のみの測定である.*p<0.05(Wilcoxon検定).72302223137117102010303132333435363738394041424344454647眼数(cm)303132333435363738394041424344454647眼数(cm)裸眼20602331156163410001遠方矯正下n=63図4近見最適距離各症例の最適近方視が得られる距離を測定した結果である.裸眼,遠方矯正下とも38cm付近が最も見やすい距離であった.1740あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(108)3.焦点深度曲線両眼視における焦点深度曲線は,付加球面度数0.0Dと.2.5Dにピークをもつ二峰性で,最低値でも0.68を保ち,.2.5から.3.0D加入においても0.89以上となだらかな曲線であった(図7).4.コントラスト感度明所視(100~180cd/m2)での両眼での遠見コントラスト感度測定は,両施設で用いたコントラスト感度測定装置が異なるが,両検査結果とも全周波数領域において正常範囲内であった(図8).近見コントラスト感度の平均も同様に,全周波数領域で正常範囲内であった(図9).5.眼鏡装用状況術後1年での眼鏡装用状況は,76.2%の症例がまったく眼鏡を使用せずに生活しており,17.5%が近用,3.2%が遠近両用を使用していた.0.01.00.30.50.60.251.00.1小数視力logMAR1日1週1カ月6カ月1年*****0.140.080.060.050.030.110.050.020.030.00裸眼遠方矯正下n=126図5最適距離における近見視力図4に示される最適近見距離における術後1日から1年までの裸眼および遠方矯正下近見視力の変化を示す.*p<0.05(Wilcoxon検定)2.0D1.0D0.0D-1.0D-0.02-0.10-0.01-0.00-2.0D-3.0D-4.0D-5.0D付加球面度数n=640.470.300.140.110.170.030.050.160.310.420.560.01.00.30.51.00.1小数視力logMAR図7焦点深度曲線術後6カ月で測定された結果で,0Dおよび.2.5Dにピークをもつ,なだらかな二峰性曲線である.0.140.100.100.070.130.110.00.110.091.00.30.50.60.251.00.1小数視力logMAR6カ月1年経過観察時期裸眼(50cm)遠方矯正下(50cm)裸眼(1m)遠方矯正下(1m)n=63図6中間視力術後6カ月および1年における両眼視での50cmおよび1m中間視力の変化を示す.両経過観察期間で有意な変化を認めず,安定した結果である.3210361218logcontrastsensitivity3210logcontrastsensitivityn=321.5361218空間周波数(cycles/degree)n=321.882.071.701.231.691.991.931.520.93図8遠見コントラスト感度2施設における術後6カ月に両眼で測定されたコントラスト感度で,上段がCSV-1000,下段がVCTSの結果である.平均値は全空間周波数領域で正常範囲内(灰色部分)である.1.5361218空間周波数(cycles/degree)n=641.841.911.781.370.923210logcontrastsensitivity図9近見コントラスト感度術後6カ月に両眼で測定されたコントラスト感度で,全空間周波数領域で正常範囲内(灰色部分)である.86%13%2%グレア59%41%□:なしハロー■:軽度■:中等度■:重度n=63図10ハロー,グレア日常生活に支障のある重度の訴えはなかった.(109)あたらしい眼科Vol.27,No.12,201017416.グレア,ハロー術後1年におけるグレアまたはハローの訴えを図10に示す.いずれも,日常生活に問題になる重篤な訴えはなかった.III考按本臨床試験において,術中および術後にIOLに起因する合併症は認められなかった.すでに+4.0D近方加入IOLが承認を受け臨床使用されているが,+3.0D近方加入でも同等の良好な結果が得られるか,+4.0D近方加入IOLに比べ最適近見視の距離が異なっているか,中間距離での見え方が異なるか,それによって眼鏡装用状況が異なるかを検討する必要がある.まず,屈折についてであるが,円柱度数は術翌日から1年まで統計学的に有意差を認めず,安定した結果であった.これは,SN6AD1が2.65mm以下の切開創から挿入可能で,手術による惹起乱視が最小限におさまっていたためと考えられる.多焦点IOLにおいて,角膜乱視が少ないほど裸眼視力が良好で満足度も高くなるので,本臨床試験のように,術前の角膜乱視1.5D以下で選択した症例の角膜乱視が術後に増大していなかったことが,良好な視力結果につながったと考えられる.球面度数は術後1カ月まで変動があったが,全経過観察期間を通じて0.16D以下,最終観察である1年後の等価球面度数が.0.05Dと予定術後屈折値の正視に非常に近い結果であった.これは,両施設において,すでに同じタイプの単焦点IOLであるSN60WFおよび+4.0D近方加入多焦点IOLであるSN6AD3の挿入経験があり,A定数を含むIOL度数計算の精度が高かったためと思われる.通常,白内障手術後の視力測定前にオートレフラクトメータにて他覚的屈折値を測定し,この値を参考に矯正するが,多焦点IOL挿入後では注意が必要である7).今回の矯正視力検査は,視力測定する者が多焦点IOL挿入術後であることを把握して矯正視力測定を行っているので,円柱および球面度数の値は信頼性が高いと思われる.つぎに視力についてであるが,遠見,近見,中間と3種類に分け,海外の同じIOL挿入報告(表2)および近方加入+4.0Dの臨床成績と比較検討した.遠見視力は,術後1年における裸眼が0.03logMAR,両眼で.0.05logMARと,ヨーロッパ多施設およびアメリカにおける結果と同等の良好な結果であった4,5).また,経過観察時期によって有意差を認めたが,どの経過観察時期の結果も小数視力で0.8以上と良好で,術後屈折のわずかな差および測定結果のばらつきが少ないため,有意差がでたと考えられる.以前筆者らが報告した+4.0D加入多焦点IOL挿入眼の術後1年における裸眼視力0.7,矯正視力1.0の結果と比較しても1),同等以上の結果であった.以上より,SN6AD1挿入眼の遠見視力は従来の多焦点IOLと比較して劣ることがなく,同じIOLの海外における報告と比較しても,良好な結果であることが確認できた.近見視力は,このIOLの近方加入度数から40cmで最も良好な視力が期待されるため,欧米の臨床試験同様40cmで評価した.わが国における近見視力は30cmでの測定が基準で,海外で使用されている近見視力表がアルファベット表示であるため,本臨床試験では30cm視力表で得られた数値を40cmに換算した.すでに40cm視力表が開発され,今後普及することが予想される.近見視力は,裸眼,矯正とも遠見視力同様,海外の同じIOLを挿入した報告と比較しても非常に良好な結果であった.わが国における+4.0D近方加入多焦点IOL挿入眼における30cmでの近見裸眼視力は0.4以上が100%で1),今回の臨床試験においても同じく30cmの距離で測定しているが,術1年後で全例裸眼視力0.4以上が得られている.このことより近方加入度数が少ないIOLでも40cmより手前においても良好な視力が期待できる.最適近見距離は,実際の症例における測定結果において裸眼,遠方矯正下とも37から38cmと理論値である40cmとほぼ一致していた.この距離における視力も全経過観察期間を通して良好であった.中間視力について,定義は統一したものがなく,多焦点IOLが導入されてから従来の遠方および近方視力測定範囲以外での見え方が注目されるようになり,中間視力という言葉が使用されている.多くの報告は50cmから1mにおける視力をintermediatevisionとしており4~6),今回の臨床試験では50cmと1mを中間視力として検討した.SN6AD1挿入眼は,従来の+4.0D近方加入表2+3D近方加入SN6AD1の海外報告との比較両眼裸眼logMAR視力Kohnenら4)(n=82)USclinicaltrials4)Alfonsoら6)(n=20)本報告(n=63)遠見.0.03±0.130.040.001±0.100.0.05±0.13中間(1m)0.20±0.14(70cm)─0.165±0.111(70cm)0.11±0.13中間(60cm)0.13±0.150.120.082±0.141─中間(50cm)0.05±0.180.06.0.080±0.0920.10±0.14近見(40cm)0.04±0.11─.0.035±0.060.0.04±0.081742あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(110)多焦点IOL挿入眼で,遠方と近方が見えるため,その間の見えにくさを訴える症例があり,加入度数を減らすことで自覚的な中間での見えにくさの改善が期待されている.+3.0Dおよび+4.0Dの異なる近方加入度数多焦点IOLを比較検討した臨床報告でも,+3.0D加入のほうがより良好な中間視力が確認されている5).この点については,焦点深度曲線でも特徴が確認できる.+4.0D加入では,付加球面度数0Dと.3Dに明らかなピークをもつ二峰性であったが,+3.0D加入では0Dと.2.5Dにピークをもち,かつ.2Dから.3Dを付加しても0.9以上,0~.3Dの間で最も低い値が.1.5Dの0.68である.このことから,中間距離における視力の低下が少なく,自覚的に見えにくさを訴える例が少なくなっていると思われる.回折型,屈折型多焦点IOLと単焦点IOLにおける焦点深度曲線についての報告で,屈折型多焦点IOLが中間距離で回折型多焦点IOLより良好な視力が期待できる8)が,期待される.2.0から.2.5Dにおいての視力の立ち上がりが症例によってばらつきがあり,回折型で近方加入度数を減らすほうがより安定した結果が出やすいと思われる.回折型多焦点IOLは,光学デザインからコントラスト感度低下が危惧されている.今までの報告でもコントラスト低下が指摘されている9~11)が,本臨床試験において,2施設で異なる測定装置を用いたが,どちらも平均値は正常範囲内で,重篤な低下例は認めなかった.近方コントラスト感度も同様に正常範囲で,コントラスト感度においては良好な結果であった.IOLが球面から非球面になったことで,より良好なコントラスト感度が期待されている.以前の球面タイプで得られたコントラスト感度より,今回の非球面タイプでの結果のほうが良好だが,この差は,今回の明室における検査時の瞳孔径から球面,非球面デザインの差が出るとは考えにくく,それ以外の要素を含めて,今後さらなる検討が望まれる.眼鏡装用状況について,8割近くの症例がまったく使用していず,残りの症例も常用する例はなく,日常生活における眼鏡への依存性は軽減していた.以前の報告でも同様の結果であるが,+4.0D加入との大きな違いは+4.0D加入ではコンピュータや楽譜を見るときに眼鏡を必要とする例があったのに対し,+3.0D加入では,この距離で必要とする例はなかったが,長時間読書する場合に必要とする例があり,近方加入度の差が影響していると思われた.グレア,ハローは自覚的に4段階に分けて評価したが,以前の単焦点IOL後の結果と比べても多焦点IOLではこれらを訴える症例の率は高かった1).適応判断,および術前説明時にこの点については十分把握しておく必要がある.以上の臨床成績から,+3.0D近方加入多焦点IOLであるSN6AD1は,すでに承認を受けている+4.0D近方加入多焦点IOLと比べて同等あるいはそれ以上の遠方視力を保ちつつ,中間および40cm付近で良好な視力が得られ,コントラスト感度,グレア,ハローの面でも問題になるような症例がないことから,挿入後の安全性および有効性が確認された.術後に患者が望む最適近見距離,中間での見え方への希望によっては,+3.0D近方加入多焦点IOLの選択が可能と思われた.文献1)ビッセン宮島弘子,林研,平容子:アクリソフRApodized回折型多焦点眼内レンズと単焦点眼内レンズ挿入成績の比較.あたらしい眼科24:1099-1103,20072)平容子,ビッセン宮島弘子,小野政祐:アクリソフRApodized回折型多焦点眼内レンズ挿入例におけるアンケート調査による視機能評価.あたらしい眼科24:1105-1108,20073)YoshinoM,Bissen-MiyajimaH,OkiSetal:Two-yearfollow-upafterimplantationofdiffractiveasphericsiliconemultifocalintraocularlenses.ActaOphthalmol,2010(inpress)4)KohnenT,NuijtsR,LevyPetal:Visualfunctionafterbilateralimplantationofapodizeddiffractiveasphericmultifocalintraocularlenseswitha+3.0Daddition.JCataractRefractSurg35:2062-2069,20095)MaxwellWA,CionniRJ,LehmannRPetal:Functionaloutcomesafterbilateralimplantationofapodizeddiffractiveasphericacrylicintraocularlenseswith+3.0or+4.0diopteradditionpower.Randomizedmulticenterclinicalstudy.JCataractRefractSurg35:2054-2061,20096)AlfonsoJF,Fernandez-VegaL,AmhazHetal:Visualfunctionafterimplantationofanasphericbifocalintraocularlens.JCataractRefractSurg35:885-892,20097)Bissen-MiyajimaH,MinamiK,YoshinoMetal:Autorefractionafterimplantationofdiffractivemultifocalintraocularlenses.JCataractRefractSurg36:553-556,20108)大木伸一,ビッセン宮島弘子,中村邦彦:多焦点眼内レンズの焦点深度.日本視能訓練士協会誌36:81-84,20079)KohnenT,AllenD,BoureauCetal:EuropeanmulticenterstudyoftheAcrySofReSTORapodizeddiffractiveintraocularlens.Ophthalmology113:578-584,200610)AlfonsoJF,Fernandez-VegaL,BaamondeBetal:Prospectivevisualevaluationofapodizeddiffractiveintraocularlenses.JCataractRefractSurg33:1325-1343,200711)SouzaCE,MuccioliC,SorianoESetal:VisualperformanceofAcrySofReSTORapodizeddiffractiveIOL:Aprospectivecomparativetrial.AmJOphthalmol141:827-832,2006***

線維柱帯切除術後の脈絡膜剝離に関する臨床経過の検討

2010年12月31日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(99)1731《原著》あたらしい眼科27(12):1731.1735,2010cはじめに緑内障手術後早期に低眼圧や浅前房に伴い脈絡膜.離がしばしば出現する.緑内障手術,特に線維柱帯切除術後の脈絡膜.離の発症原因として,過剰濾過や房水漏出による低眼圧,眼内炎症が関与すると報告されている1~5).脈絡膜.離が持続すると,低眼圧のため濾過創からの房水流出が低下し,その間に結膜下の癒着が進み,術後の眼圧コントロールが不良になる可能性が懸念される.今回,線維柱帯切除術単独もしくは白内障との同時手術を行った症例で,術後3週間以内に脈絡膜.離が出現した眼の臨床経過と術6カ月後の眼圧コントロールについて検討した.I対象および方法1.対象2006年1月1日.2007年12月31日までの2年間に産業医科大学病院で,緑内障に対しマイトマイシンC(MMC)併〔別刷請求先〕新田憲和:〒807-8555北九州市八幡西区医生ヶ丘1-1産業医科大学眼科学教室Reprintrequests:NorikazuNitta,M.D.,DepartmentofOphthalmology,UniversityofOccupationalandEnvironmentalHealth,Japan,1-1Iseigaoka,Yahatanishi-ku,Kitakyusyu807-8555,JAPAN線維柱帯切除術後の脈絡膜.離に関する臨床経過の検討新田憲和田原昭彦岩崎常人藤紀彦久保田敏昭産業医科大学眼科学教室InfluenceofEarlyOnsetChoroidalDetachmentonOcularClinicalCourseafterTrabeculectomyNorikazuNitta,AkihikoTawara,TunehitoIwasaki,NorihikoTouandToshiakiKubotaDepartmentofOphthalmology,UniversityofOccupationalandEnvironmentalHealth,Japan緑内障に対する線維柱帯切除術後3週間以内に脈絡膜.離をきたした眼について臨床経過を検討する.2006年1月1日.2007年12月31日までの2年間に産業医科大学病院で,緑内障に対し線維柱帯切除術単独もしくは白内障との同時手術を行った眼で,術後3週間以内に脈絡膜.離を生じた眼を対象に以下の項目について調べた.すなわち,上記の期間に同様の手術を行い脈絡膜.離を生じなかった眼を対照として,脈絡膜.離の発症に関係する要因,脈絡膜.離に対する処置,脈絡膜.離消失までの期間,脈絡膜.離消失後の眼圧経過と緑内障点眼薬数の変化について調べた.線維柱帯切除術を行った122例128眼中,術後3週間以内に脈絡膜.離が出現したのは12例12眼(9.4%)であった.水晶体再建術既往眼で非既往眼に比べ脈絡膜.離が有意に多かった.術6カ月後の平均眼圧は14.9±5.6mmHgで,術前平均眼圧(29.6±10.3mmHg)に比べ有意に低かった(p<0.01).また,術6カ月後の平均眼圧と緑内障点眼数に関して,脈絡膜.離発症眼と脈絡膜.離非発症眼の間に有意差はなかった.線維柱帯切除術後における脈絡膜.離発症の有無は,術後6カ月の眼圧コントロールに影響しない.ThesubjectsofthisstudycomprisedpatientswhounderwenteithertrabeculectomyorcombinedsurgeryoftrabeculectomyandlensreconstructionattheUniversityofOccupationalandEnvironmentalHealthHospitalduringthetwoyearsfromJanuary1,2006toDecember31,2007.Weexaminedfactorsrelatingtothedevelopmentofpostoperativechoroidaldetachment(CD),treatmentsforthedisease,periodrequiredforCDdisappearance,timecourseofintraocularpressure(IOP)andchangeofmedicationineyeswithCD,ascomparedwitheyesthathadundergonethesameoperationbuthadnotexperiencedCD.Of128eyesof122patients,12eyes(9.4%)of12patientsmanifestedCDwithin3weekspostsurgery.Thereweresignificantlymorechoroidaldetachmentsineyeswithahistoryoflensreconstructionthanineyeswithoutsuchhistory.IOPat6monthspostoperatively(14.9±5.6mmHg)wassignificantlylowerthanthepreoperativelevel(29.6±10.3mmHg)(p<0.01).TherewasnosignificantdifferenceineitherIOPoranti-glaucomaeyedropdosagebetweeneyeswithandwithoutCD.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(12):1731.1735,2010〕Keywords:線維柱帯切除術,脈絡膜.離,低眼圧.trabeculectomy,choroidaldetachment,hypotony.1732あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(100)用線維柱帯切除術単独あるいは白内障との同時手術を行った症例122例128眼である.術後3週間以内に検眼鏡的に脈絡膜.離が確認された眼について検討した.同期間に線維柱帯切除術を行い,術後3週間以内に脈絡膜.離を生じなかった眼を対照として,下記の項目について調べた.2.検討項目脈絡膜.離の発症に関係する要因として年齢,性別,術眼(左右),水晶体再建術の既往,緑内障の病型,結膜切開部位について検討し,さらに脈絡膜.離に対する処置,脈絡膜.離消失までの期間,脈絡膜.離眼の眼圧経過,術6カ月後の眼圧と緑内障点眼薬数を調べた.術6カ月後の眼圧と緑内障点眼薬数に関しては,術後6カ月経過観察できた脈絡膜.離非発症眼と脈絡膜.離発症眼との間で平均眼圧と緑内障点眼薬数を比較検討した.3.統計学的解析統計学的解析は,年齢と眼圧についてはStudentのt検定を,性別,術眼(左右),結膜切開部位,水晶体再建術の既往,緑内障の病型についてはc2検定を,脈絡膜.離消失後の緑内障点眼治療薬の数についてはMann-Whitney’sUtestを用いた.脈絡膜.離消失後眼圧について,術前,脈絡膜.離出現時,脈絡膜.離消失時,脈絡膜.離消失後1カ月,2カ月,3カ月,6カ月の平均眼圧をそれぞれ多重比較した(Bonferroni/Dunn).危険率5%以下を有意水準とした.4.術式手術は,複数の術者によって行われた.線維柱帯切除術の術式は,結膜弁(輪部基底あるいは円蓋部基底)を作製し,結膜下組織を.離した.つぎに四角形の強膜半層フラップを作製し,結膜下と強膜半層フラップ下にMMCを塗布(0.04%,3分間)した後,生理食塩水250mlで洗浄した.線維柱帯を含む強角膜片を切除して,周辺虹彩切除を行った.強膜フラップを10-0ナイロン糸で5糸縫合した後,結膜を縫合して手術を終了した.II結果線維柱帯切除術後3週間以内に脈絡膜.離をきたした症例は12例12眼(9.4%)であり,脈絡膜.離非発症眼は110例116眼であった.脈絡膜.離消失後6カ月以上経過観察できたのは101例106眼(脈絡膜.離発症眼12眼と脈絡膜.離非発症眼94眼)であった.脈絡膜.離発症眼12例12眼と脈絡膜.離非発症眼110例116眼の患者背景を表1に示す.平均年齢,性別,術眼,眼圧下降薬,術前平均眼圧は脈絡膜.離発症眼と脈絡膜.離非発症眼との間で有意差はなかった.脈絡膜.離発症眼では輪部基底結膜切開は4眼,円蓋部基底結膜切開は8眼で,脈絡膜.離非発症眼では輪部基底結膜は42眼,円蓋部基底結膜切開は74眼であった.結膜切開の方法の違いによって脈絡膜.離の発症頻度に有意差はなかった.緑内障の病型では,続発緑内障で脈絡膜.離発症の割合が高かった(13.0%).しかし,統計学的には緑内障病型によって脈絡膜.離発症に差はなかった(p値=0.56).水晶体再建術既往眼で非既往眼よりも有意に多く(p値=0.037)脈絡膜.離が発症していた.脈絡膜.離発症直前と脈絡膜.離発症時の平均眼圧は,それぞれ4.7±2.3mmHgと4.5±2.3mmHg(図1)で,全例9mmHg以下であった.低眼圧の原因は,術後の過剰濾過(9表1患者背景非脈絡膜.離眼(110例116眼)脈絡膜.離眼(12例12眼)p値年齢(歳)66.4±15.569.9±16.30.42**性別0.22*男性67例(60.9%)5例(41.7%)女性43例(39.1%)7例(58.3%)術眼0.45*右眼56眼(48.3%)5眼(41.7%)左眼60眼(51.7%)7眼(58.3%)平均眼圧(mmHg)27.4±9.629.6±10.30.45**緑内障病型別0.56*原発開放隅角緑内障36眼(31.0%)1眼(8.3%)原発閉塞隅角緑内障10眼(8.6%)1眼(8.3%)発達緑内障10眼(8.6%)1眼(8.3%)続発緑内障60眼(51.7%)9眼(75.0%)水晶体再建術既往0.037*なし87眼(75.0%)5眼(41.7%)あり29眼(25.0%)7眼(58.3%)結膜切開部位0.56*輪部基底切開42眼(36.2%)4眼(33.3%)円蓋部基底切開74眼(63.8%)8眼(66.7%)*:c2検定,**:Studentのt検定.35302520151050術前CD発症時CD消失時1カ月後2カ月後3カ月後6カ月後眼圧(mmHg)******図1脈絡膜.離眼の眼圧の経過脈絡膜.離発症時眼圧は,4.5±2.3mmHgである.また脈絡膜.離発症眼の術6カ月後平均眼圧(14.9±5.7mmHg)は,術前平均眼圧(29.6±10.3mmHg)に比べて有意に低下している.:脈絡膜.離発症眼,:脈絡膜.離非発症眼.*:p<0.01(Bonferroni/Dunn法).(101)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101733眼)と濾過胞からの房水漏出(3眼)で,過剰濾過ではレーザー切糸後に起こったものが3眼あった(表2).過剰濾過によるものでは,ほぼ全例(8眼/9眼)で一時的に浅前房がみられたが,脈絡膜.離の軽快とともに浅前房は改善した.脈絡膜.離に対し表3に示す処置を行い,全例23日以内に脈絡膜.離は消失した.全例アトロピン点眼を行っており,脈絡膜.離消失までの平均日数は9.2±5.7日(4~23日)であった.このうちアトロピン点眼のみを行った眼や,さらに圧迫眼帯や副腎皮質ステロイド薬の内服を併用したが外科的処置を行わなかった眼は12眼中9眼(75%)で,脈絡膜.離消失までの期間が外科的処置を行った眼に対して比較的長かった.濾過胞周辺の結膜癒着による房水漏出に対して,ニードリングと同時に結膜縫合を行った.脈絡膜.離発症眼の6カ月間の眼圧の経過を図1に示す.術前の平均眼圧(29.6±10.3mmHg)に比較して,脈絡膜.離消失6カ月後の平均眼圧(14.9±5.7mmHg)は有意に低かった.また,脈絡膜.離消失6カ月後の眼圧は,脈絡膜.離発症眼では14.9±5.7mmHgであり,脈絡膜.離非発症眼13.6±6.0mmHgに比べてやや高値であったが,統計学的に有意差はなかった(p値=0.76)(表4).術6カ月後の緑内障点眼薬数に関しても,両群間に有意差はなかった(p値=0.37)(表4).III考按緑内障手術後の脈絡膜.離発症と患者背景との関係について,Berkeら6)は,慢性かつ再発性の術後脈絡膜.離は,高齢,高血圧,動脈硬化性心疾患,高度近視,房水産生抑制薬の使用や眼内炎症,全層性濾過手術の既往を有する患者で多くみられたと報告している.Altanら7)は,年齢,性別,高血圧,糖尿病,術前の眼圧,術前の緑内障点眼薬の数,MMC併用の有無において脈絡膜.離発症に有意な差はなかったが,視神経乳頭の陥凹が大きい眼,術前視力不良眼,落屑緑内障眼において統計学的に脈絡膜.離が多くみられたと報告している.落屑緑内障眼で脈絡膜.離が多かった理由として,血液房水関門の破綻による術後炎症の悪化をあげている.今回の検討では,年齢,性別,術眼(左右),術前平均眼圧,緑内障病型,結膜切開部位による違いで,脈絡膜.離の発症に差はなかったが,水晶体再建術既往眼で非既往眼に比較して脈絡膜.離が有意に多かった.水晶体再建術既往眼で脈絡膜.離が多い理由は不明であるが,水晶体再建術時にZinn小帯を通じて毛様体に外力が及び,それが脈絡膜上腔の接着などに影響して線維柱帯切除術後に脈絡膜.離発症を起こしやすくした可能性が推測される.線維柱帯切除術後の脈絡膜.離発症には,過剰濾過や房水漏出などによる術後低眼圧あるいは眼内炎症が関与すると考えられている1~5).眼内炎症や毛様体.離があると房水産生機能が低下し低眼圧になることで,脈絡膜上腔ヘの水分の滲表2脈絡膜.離を起こした低眼圧の発症要因①過剰濾過(線維柱帯切除術後(レーザー切糸後9眼6眼)3眼)②房水漏出3眼表3脈絡膜.離に対する処置処置の組み合わせ眼CD消失までの日数①アトロピン3眼11.3日②アトロピン+圧迫眼帯3眼11.6日③アトロピン+ステロイド内服2眼6.5日④アトロピン+圧迫眼帯+副腎皮質ステロイド内服1眼10日⑤アトロピン+圧迫眼帯+濾過胞圧迫縫合1眼4日⑥アトロピン+圧迫眼帯+自己血結膜下注射1眼7日⑦アトロピン+結膜縫合+ニードリング1眼7日CD:脈絡膜.離.表4術6カ月後の平均眼圧と緑内障点眼数脈絡膜.離非発症眼(94眼)脈絡膜.離発症眼(12眼)p値眼圧(眼圧±SDmmHg)13.6±6.0mmHg14.9±5.7mmHg0.76*緑内障点眼薬数0.37**0剤58眼6眼1剤17眼2眼2剤13眼3眼3剤5眼1眼4剤1眼0眼*Studentのt検定,**Mann-Whitney’sUtest.1734あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(102)出が促進される.炎症でも脈絡膜上腔への蛋白質の蓄積が増えて,脈絡膜上腔への水分滲出を促進し,結果として脈絡膜.離の発生が助長される4).今回の症例において,脈絡膜.離発症時の平均眼圧は4.5±2.3mmHg,脈絡膜.離発症直前の平均眼圧は4.7±2.4mmHgであり,脈絡膜.離発症前後の平均眼圧はともに低眼圧であった.このことから,脈絡膜.離発症の原因の一つに低眼圧が関与していると考えられる.大黒ら4)は,線維柱帯切除後に重篤な脈絡膜.離をきたした続発緑内障の2症例を報告し,脈絡膜.離発症の原因の一つに,術後炎症で促される毛様体機能低下による低眼圧をあげている.ぶどう膜炎による続発緑内障眼に関して,Jasonら8)は,線維柱帯切除術を行ったぶどう膜炎眼と非ぶどう膜炎眼とで術後の低眼圧,脈絡膜出血,眼内炎の発症率に有意差はなかったと報告している.Kaburakiら9)も,線維柱帯切除術を行ったぶどう膜炎眼(53眼)と原発開放隅角緑内障眼(80眼)において,長期の術後低眼圧と低眼圧黄斑症はぶどう膜炎眼に多くみられたが,脈絡膜.離発症率に関して差はなかったとしている.ぶどう膜炎眼において長期の低眼圧や低眼圧黄斑症が多くみられた理由として,術後炎症による房水産生機能低下をあげている.今回,緑内障の病型(表1)では,脈絡膜.離眼において続発緑内障が12眼中9眼で比較的多かったが,非.離眼との間で統計学的有意差はなかった.続発緑内障眼を含め脈絡膜上腔ドレナージを必要とする重篤な脈絡膜.離はなかった.Shiratoら10)は線維柱帯切除術後の脈絡膜.離の大部分(40眼/41眼)は,薬物治療(副腎皮質ステロイド薬内服など)や圧迫眼帯などの保存的加療で3週間以内に消失すると報告している.今回の検討では,薬物治療(副腎皮質ステロイド薬内服点眼,アトロピン点眼)や圧迫眼帯で脈絡膜.離が消失したものが12眼中9眼(75%)で,過去の報告と同様に保存的加療が多くの症例に有効であった.今回過剰濾過に対する外科的処置として自己血結膜下注射(1眼)と濾過胞圧迫縫合(1眼)を行い,短期間に眼圧上昇し脈絡膜.離は消失した.過去の報告においても遷延する過剰濾過による低眼圧に対して,自己血結膜下注射や濾過胞圧迫縫合は短期間に眼圧上昇させ脈絡膜.離を改善する有効な外科的手段と報告されている12,13).線維柱帯切除後の脈絡膜.離は一過性であり,脈絡膜.離の改善は眼圧の正常化と炎症の沈静化により得られると報告されている14).今回の検討においても脈絡膜.離消失までの期間(図2)は平均9.8日(最短4日,最長23日)と比較的短期間であり,全例眼圧が上昇するとともに,脈絡膜.離は消失した.脈絡膜.離発症眼の術6カ月後の眼圧は術前に比べ有意に低下していた(図1).術6カ月後の眼圧と緑内障点眼薬数に関しても,脈絡膜.離発症眼(12眼)と脈絡膜.離未発症眼(94眼)とで有意差はなかった.このことから,脈絡膜.離の発症は,術6カ月の時点において線維柱帯切除術の眼圧下降効果に影響はないと考えられる.Stewartら15)は術後3カ月以内に生じた脈絡膜.離発症眼18眼の臨床経過を検討し,脈絡膜.離非発症眼18眼と比較し,1年後の平均眼圧および緑内障点眼数において,両群間で統計学的な有意な差はなかったと報告しており,今回の結果と同様である.今回の検討から,線維柱帯切除術後早期に発症した脈絡膜.離は,術後6カ月において線維柱帯切除術の眼圧下降効果に影響しないと考えられる.文献1)PedersonJE,GaasterlandDE,MacLellanHM:Experimentalciliochoroidaldetachment:Effectonintraocularpressureandaqueoushumorflow.ArchOphthalmol97:536-541,19792)BrubakerRF,PedersonJE:Ciliochoroidaldetachment.SurvOphthalmol27:281-289,19833)CapperSA,LeopoldIH:Mechanismofserouschoroidaldetachment:Areviewandexperimentalstudy.ArchOphthalmol55:101-113,19564)大黒幾代,大黒浩,中澤満ほか:緑内障濾過手術後に重篤な脈絡膜.離を来した続発緑内障の2症例.眼紀55:575-578,20045)VladislavP:Earlychoroidaldetachmentaftertrabeculectomy.ActaOphthalmolScand76:361-371,19986)BerkeSJ,BellowsR,ShingletonBJetal:Chronicandrecurrentchoroidaldetachmentafterglaucomafilteringsurgery.Ophthalmology94:154-162,19877)AltanC,OzturkerC,BayraktarSetal:Post-trabeculectomychoroidaldetachment:notanadverseprognosticsignforeithervisualacuityorsurgicalsuccess.EurJOphthalmol18:771-777,20088)JasonN,LarissaDD,TheodoreRetal:OutcomeoftrabeculectomywithintraoperativemitomycinCforuveiticglaucoma.CanJOphthalmol42:89-94,20079)KaburakiT,SiratoS,AraieMetal:InitialtrabeculectomywithmitomycinCineyeswithuveiticglaucomawith76543210~4日5~8日9~12日13~16日17~20日21日~眼数脈絡膜.離消失までの日数図2脈絡膜.離消失までの日数脈絡膜.離消失までの平均日数は,9.2±5.7日である.(103)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101735inactiveuveitis.Eye23:1509-1517,200910)ShiratoS,KitazawaY,MishimaS:Acriticalanalysisofthetrabeculectomyresultsbyaprospectivefollow-updesign.JpnJOphthalmol26:468-480,198211)KuWC,LinYH,ChuangLHetal:Choroidaldetachmentafterfilteringsurgery.ChangGungMedJ28:151-158,200512)OkadaK,TsukamotoH,MishimaHetal:AutologousbloodinjectionformarkedoverfiltrationearlyaftertrabeculectomywithmitomycinC.ActaOphthalmolScand79:305-308,200113)HaynesWL,AlwardWL:Combinationofautologousbloodinjectionandblebcompressionsuturestotreathypotonymaculopathy.JGlaucoma8:384-387,199914)ObuchowskaI,MariakZ:Choroidaldetachment-pathogenesis,etiologyandclinicalfeatures.KlinOczna107:529-532,200515)StewartWC,CrinkleyCM:Influenceofseroussuprachoroidaldetachmentsontheresultsoftrabeculectomysurgery.ActaOphthalmolScand72:309-314,1994***

ラタノプロストからタフルプロストへの切り替えによる長期効果

2010年12月31日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(95)1727《原著》あたらしい眼科27(12):1727.1730,2010cはじめに現在,プロスト系プロスタグランジン点眼薬は緑内障治療の第一選択薬である.初のプロスト系製剤であるラタノプロスト(キサラタンR,ファイザー)は10年以上の臨床使用経験を有し,効果・安全性が確立されている1).タフルプロスト(タプロスR,参天製薬)は,ラタノプロストよりFP受容体親和性が強く2),ベンザルコニウム塩化物(以下,BAC)濃度が低い.ディンプルボトルR3)によるアドヒアランス向上も期待される.両者は薬理学的に類似しているが,プロスト系プロスタグランジン製剤に対する反応には個人差を含む差異が指摘されている4).眼圧には季節変動5)があるとされるが,ラタノプロストとタフルプロストの長期経過を,季節変動を考慮してprospectiveに観察した報告はほとんどない.今回筆者らは,プロスタグランジン点眼薬単剤治療患者と他〔別刷請求先〕中野聡子:〒879-5593大分県由布市挾間町医大ヶ丘1-1大分大学医学部眼科学講座Reprintrequests:SatokoNakano,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OitaUniversityFacultyofMedicine,1-1Idaigaoka,Hasama-machi,Yufu-shi,Oita879-5593,JAPANラタノプロストからタフルプロストへの切り替えによる長期効果中野聡子*1,2久保田敏昭*1*1大分大学医学部眼科学講座*2公立おがた総合病院眼科Long-TermEfficacyofTafluprostafterSwitchingfromLatanoprostSatokoNakano1,2)andToshiakiKubota1)1)DepartmentofOphthalmology,OitaUniversityFacultyofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,MunicipalOgataGeneralHospital緑内障・高眼圧症患者71例71眼を対象とした.ラタノプロストを1年間使用後,タフルプロストに切り替え,さらに1年間経過観察し,眼圧下降効果,安全性,使用感をprospectiveに比較した.季節変動を考慮し比較した結果,単剤治療群およびチモロール併用群の両者で,ラタノプロストとタフルプロストの眼圧下降効果は同等で,いずれも1年間にわたり有意に眼圧が下降し,視野も維持されていた.ラタノプロスト単剤治療31眼中,未治療時眼圧からの下降率が20%未満の眼圧下降不良例が11眼あったが,タフルプロスト変更後,眼圧下降不良例の割合が有意に減少した.ラタノプロストとタフルプロストの副作用として軽度の球結膜充血と角膜上皮障害があった.球結膜充血の程度はほぼ同等で,角膜上皮障害はタフルプロストでやや少ない傾向であった.点眼容器の利便性,差し心地に対する患者評価は,ラタノプロストよりタフルプロストが優れていた.Aprospectivestudywasperformedtoevaluatethelong-termefficacyandsafetyoftafluprost(TaprosR)afterswitchingfromlatanoprost(XalatanR).Subjectscomprised71eyesof71patients(21primaryopen-angleglaucoma,46normal-tensionglaucomaand4ocularhypertension)thatwetreatedwithlatanoprostfor1year,thenswichedtotafluprostfor1year.Every3monthsweevaluatedintraocularpressure(IOP),adversereactionsandfacilityofadministeringtheeyedrops.TafluprosthadahypotensiveeffectsimilartothatoflatanoprostandsignficantlydecreasedIOPatalltimepoints,ascomparedtoIOPwithoutmedication.Tafluprostwaseffectiveaswellasinlatanoprostnonresponders(IOPhaddecreasedbylessthan20%).Latanoprostandtafluproststabilizedthevisualfieldfor1year.Adverseeffectsrelatingtolatanoprostandtafluprost,suchasconjunctivalhyperemiaandsuperficialpunctatekeratitis,wereobservedinafewpatients,butthefindingsweremild.Manypatientspreferredtafluprosttolatanoprostbecauseoftheeaseofadministeringtheeyedrops.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(12):1727.1730,2010〕Keywords:タフルプロスト,緑内障,眼圧,長期経過,前向き研究.tafluprost,glaucoma,intraocularpressure,long-term,prospectivestudy.1728あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(96)剤併用患者について,まずラタノプロストを1年間使用し,季節変動を含めた効果と安全性を検討した後に,タフルプロストに切り替え,さらに1年間観察し両者を比較したので報告する.I対象および方法1.対象対象は,公立おがた総合病院眼科外来にて3カ月以上ラタノプロストを使用し,アドヒアランスが良好で眼圧が安定している緑内障・高眼圧症患者71例71眼である.このうち,ラタノプロスト単剤治療群は38例38眼,チモロール(チモプトールR点眼液0.5%,参天製薬)併用群は28例28眼,チモロールとドルゾラミド(トルソプトR点眼液1%,萬有製薬)併用群は5例5眼であった.除外基準は,3年以内にレーザー治療を含む内眼手術の既往を有する症例,活動性の眼感染症,炎症性眼疾患や,眼乾燥症,角膜ヘルペスを含む角膜疾患を有する症例,コンタクトレンズ装用,角膜屈折矯正手術の既往がある症例,正確な眼圧測定を妨げる疾患を有する症例,視野に影響する他の疾患を有する症例,炭酸脱水酵素阻害薬全身投与,副腎皮質ステロイド薬投与などの眼圧に影響する薬剤使用している症例,使用薬剤にアレルギーがある症例とした.対象眼は,未治療時の眼圧が高い眼とし,同値の場合は右眼とした.試験は公立おがた総合病院の倫理規定に従い行い,対象患者には試験の内容を口頭で十分に説明し同意を得た.2.方法2008年1月に被験者を選定後,まず1年間ラタノプロストを使用し,1カ月後,3カ月後,6カ月後,9カ月後,12カ月後に問診,眼圧測定,細隙灯顕微鏡検査を行った.タフルプロストへの変更を承諾した被験者について,2008年12月にwashout期間なしでタフルプロストに変更し,変更1カ月後,3カ月後,6カ月後,9カ月後,12カ月後に同様に検査を行った.他剤併用群では,併用薬は継続とした.眼圧は同一検者がGoldmann圧平眼圧計で測定し,測定時刻は午前中,症例ごとに同一時間帯とした.試験開始前とラタノプロスト継続12カ月後,タフルプロスト変更12カ月後に静的視野検査(HumphreyFieldAnalyzer,CarlZeissMeditec)中心30-2プログラムを行った.副作用について,球結膜充血の程度を4段階(なし,軽度,中等度,重度)で評価し,角膜上皮障害の程度をAD(AreaDensity)分類7)で評価した.試験終了時に容器の利便性と差し心地についてアンケート調査を行った.容器の利便性は容易に点眼瓶を把持し滴下できること,差し心地は刺激感がないことを評価基準として,優れている点眼薬を回答させた.3.検討項目単剤治療群とチモロール併用群,チモロール・ドルゾラミド併用群について,それぞれラタノプロスト点眼時の眼圧と,1年後同月のタフルプロスト変更後の眼圧をpaired-ttestで比較した.季節変動について,1カ月後,3カ月後,6カ月後,9カ月後,12カ月後の測定値をSteel-Dwass多重比較で検討した.視野について,試験開始前とラタノプロスト継続12カ月後,タフルプロスト変更12カ月後のmeandeviation(MD)値をSteel-Dwass多重比較法で比較した.続いて,単剤治療群について,平均眼圧下降率が20%未満を眼圧下降不良例8)とし,その割合をFisher’sexacttestで検討した.副作用の頻度をFisher’sexacttestで検討し,球結膜充血と角膜上皮障害の程度をWilcoxonmatched-pairssigned-ranktestで比較した.最後に,容器の利便性と差し心地をFisher’sexacttestで検討した.各統計学的手法は正規検定後に選択し,p<0.05(両側検定)を有意とした.II結果被験者71例のうち,10例が観察期間中に脱落した.脱落理由はタフルプロスト変更の承諾が得られなかったものが4例,受診自己中止が6例であった.すべての試験を完了した61例のうち,単剤治療群31例の内訳は,男性15例,女性16例,年齢74.6±10.9(平均値±標準偏差)歳,原発開放隅角緑内障(POAG)6眼,正常眼圧緑内障(NTG)22眼,高眼圧症(OH)3眼,未治療時3回の平均眼圧は17.4±3.2mmHgであった.チモロール併用群25例の内訳は,男性6例,女性19例,年齢77.0±8.0歳,POAG8眼,NTG16眼,OH1眼,未治療時眼圧は18.3±5.4mmHg,チモロール・ドルゾラミド併用群5例の内訳は,男性4例,女性1例,年齢76.8±6.5歳,POAG3眼,NTG2眼,未治療時眼圧は17.4±4.7mmHgであった.1.眼圧の年間推移a.単剤治療群ラタノプロスト点眼時は13.7±2.6mmHg(2008年1月),13.4±2.7mmHg(3月),13.0±2.5mmHg(6月),13.3±2.9mmHg(9月),13.8±2.6mmHg(12月)で,すべての測定時点で未治療時眼圧から有意に眼圧が下降していた(p<0.001).タフルプロスト変更後は13.0±2.3mmHg(2009年1月),12.7±2.9mmHg(3月),13.1±2.9mmHg(6月),13.4±2.6mmHg(9月),14.0±2.6mmHg(12月)で,同様に未治療時眼圧から有意に下降していた(p<0.001).両者の同じ月の眼圧を比較すると有意差はなく,眼圧下降効果は同等であった(図1).ラタノプロスト点眼時,タフルプロスト変更後とも季節変動は有意でなかった.b.チモロール併用群ラタノプロスト点眼時は14.4±3.4mmHg(2008年1月),14.4±4.0mmHg(3月),14.2±4.1mmHg(6月),15.2±4.1mmHg(9月),15.0±4.9mmHg(12月)で,すべての測定(97)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101729時点で未治療時眼圧から有意に眼圧が下降していた(1,3,6月p<0.001,9,12月p<0.01).タフルプロスト変更後は14.0±3.5mmHg(2009年1月),14.5±3.5mmHg(3月),13.4±3.2mmHg(6月),14.0±3.8mmHg(9月),14.7±3.4mmHg(12月)で,同様に未治療時眼圧から有意に下降していた(p<0.001).両者の同じ月の眼圧を比較すると有意差はなく,眼圧下降効果は同等であった(図2).ラタノプロスト点眼時,タフルプロスト変更後とも季節変動は有意でなかった.c.チモロール・ドルゾラミド併用群ラタノプロスト点眼時は13.4±3.8mmHg(2008年1月),14.0±2.8mmHg(3月),14.0±4.1mmHg(6月),14.6±3.9mmHg(9月),14.6±3.8mmHg(12月)で,6,9,12月で未治療時眼圧から有意に眼圧が下降していた(9月p<0.05,6,12月p<0.01).タフルプロスト変更後は12.4±4.3mmHg(2009年1月),12.6±4.3mmHg(3月),11.4±4.3mmHg(6月),13.4±6.3mmHg(9月),11.6±3.4mmHg(12月)で,3,6,12月で未治療時眼圧から有意に眼圧が下降していた(p<0.05).両者の同じ月の眼圧を比較すると,6月のみタフルプロストで有意に眼圧が低値であった(p<0.01)(図3).ラタノプロスト点眼時,タフルプロスト変更後とも季節変動は有意でなかった.2.視野単剤治療群の試験開始前MD値は.4.79±4.48dB,ラタノプロスト継続12カ月後.5.05±4.69dB,タフルプロスト変更12カ月後.4.39±4.46dBと有意な変化はなかった.同様に,チモロール併用群の試験開始前MD値は.7.93±6.47dB,ラタノプロスト継続12カ月後.7.66±5.94dB,タフルプロスト変更12カ月後.8.35±7.55dB,チモロール・ドルゾラミド併用群の試験開始前MD値は.11.60±10.28dB,ラタノプロスト継続12カ月後.11.42±10.14dB,タフルプロスト変更12カ月後.11.87±10.52dBと有意な変化はなかった.3.ラタノプロスト眼圧下降不良例単剤治療群31眼中,ラタノプロスト眼圧下降不良例は11眼(35.4%)あった.このうち4眼でタフルプロスト変更後20%以上の眼圧下降が得られ,眼圧下降不良例の割合が有意に減少した(p<0.05).逆に,タフルプロスト眼圧下降不良例は8眼(25.8%)あり,このうち1例はラタノプロストのほうが眼圧が低値であった.4.副作用単剤治療群31眼中,球結膜充血の頻度はラタノプロスト8眼(25.8%),タフルプロスト7眼(22.6%),程度はラタノプロスト0.4±0.8点,タフルプロスト0.4±0.7点といずれも有意差はなかった.角膜上皮障害の頻度はラタノプロスト6眼(19.4%),タフルプロスト2眼(6.5%)で,程度は密度・範囲ともラタノプロスト0.2±0.4点,タフルプロスト0.1±0.2点といずれも有意差はなかったが,タフルプロストで軽度の傾向にあった.副作用による投与中止例はなかった.5.使用感全患者61例中,点眼容器の利便性が良いとした点眼はラ2520151050:ラタノプロスト(2008年1月~12月):タフルプロスト(2009年1月~12月)眼圧(mmHg)1月3月6月9月12月NSNSNSNSNS図2眼圧の年間推移(チモロール併用群)(paired-ttestNS:Statisticallynotsignificant,n=25)2520151050:ラタノプロスト(2008年1月~12月):タフルプロスト(2009年1月~12月)眼圧(mmHg)1月3月6月9月12月NSNSNSNSNS図1眼圧の年間推移(単剤治療群)(paired-ttestNS:Statisticallynotsignificant,n=31)2520151050:ラタノプロスト(2008年1月~12月):タフルプロスト(2009年1月~12月)眼圧(mmHg)1月3月6月9月12月NSNS**NSNS図3眼圧の年間推移(チモロール・ドルゾラミド併用群)(paired-ttest**:p<0.01,NS:Statisticallynotsignificant,n=5)1730あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(98)タノプロストが1.6%,タフルプロストが23.0%で,両者を比較するとタフルプロスト選択患者が多かった(p<0.001).差し心地が良いとした点眼はラタノプロストが3.3%,タフルプロストが11.5%で,タフルプロスト選択患者が多かった(p<0.05).他の患者は両者は同等に良いと評価した.III考按点眼薬切り替え試験では,被験者選定でアドヒアランスが向上し,薬効が過大評価されるHawthorne効果6)が生じるとされる.Swichback試験が有用であるが,眼圧の季節変動5)に注意を要する.今回筆者らはこれらを考慮し,被験者を選定後,1年間ラタノプロストを使用し季節変動を含めた経過観察を行った後にタフルプロストに変更し,同様に1年間経過観察を行った.単剤治療群において,ラタノプロストとタフルプロストはいずれも,1年間有意に眼圧が下降し,視野も維持されていたことから,両者は同等の効果をもつ有用な薬剤と考えられる.近年,各種プロスト系プロスタグランジン点眼薬とチモロールとの合剤が発売されている.今回のチモロール2回点眼併用群の検討では,ラタノプロストとタフルプロストいずれとの併用でも効果は同等であった.チモロール・トルソプト併用群では症例数は少ないが,未治療時眼圧から有意に眼圧が下降していない月もあり,3剤併用が必要となる症例では手術を含めた他の治療を考慮する必要があると考えられる.今回の検討では有意な季節変動はなかったが,既報5)と同様,冬季にやや高値となる傾向にあった.ラタノプロスト眼圧下降不良例で,薬理学的に類似するタフルプロスト変更後に眼圧が下降した.これはタフルプロストのFP受容体親和性の強さやディンプルボトルRによるアドヒアランス向上の影響と考えられる.しかし,タフルプロストの球結膜充血は,FP受容体親和性が強いにもかかわらずラタノプロストと同等であった.プロスト系製剤間の切り替え時は充血が目立たないとされるが,眼圧下降不良例への反応と考え合わせると,両者の薬理学的機序に微妙な差がある可能性もある.プロスト系プロスタグランジン(PG)点眼薬はおもにFP受容体を介して作用する9)が,ほかにPGD210)やPGE211)による作用や,matrixmetalloproteinase活性化による房水流出抵抗低下が関与12)する可能性が指摘されており,点眼薬間の反応の差は,各経路に対する反応の複雑なバランスに起因する可能性も考えられる.角膜上皮障害については,有意差はないもののタフルプロストで軽度であった.これはタフルプロストのBACや基剤の濃度が低いことが影響していると考えられる.2010年からタフルプロストのBAC濃度はさらに低減されており,さらなる安全性の向上が期待できる.わが国の緑内障の有病率は高く,ほとんどが慢性に経過することから,使用感の良さはアドヒアランスを向上させる重要な因子である13).対象者に高齢者が多く積極的にいずれかの点眼を選択する症例は少なかったが,選択した患者のなかでは点眼容器の利便性,差し心地のいずれもタフルプロストの評価が高かった.以上から,特にラタノプロスト眼圧下降不良例で,タフルプロスト切り替えを試みる価値があると考えられる.ただし,タフルプロスト眼圧下降不良例の存在には注意を要すると考えられた.文献1)北澤克明,ラタノプロスト共同試験グループ:ラタノプロスト点眼液156週間長期投与による有効性および安全性に関する多施設共同オープン試験.臨眼60:2047-2054,20062)TakagiY,NakajimaT,ShimazakiAetal:PharmacologicalcharacteristicsofAFP-168(tafluprost),anewprostanoidFPreceptoragonist,asanocularhypotensivedrug.ExpEyeRes78:767-776,20043)兵頭涼子,溝上志朗,川崎史朗ほか:高齢者が使いやすい緑内障点眼容器の検討.あたらしい眼科24:371-376,20074)YildirimN,SahinA,GultekinS:Theeffectoflatanoprost,bimatoprost,andtravoprostoncircadianvariationofintraocularpressureinpatientswithopen-angleglaucoma.JGlaucoma17:36-39,20085)KleinBE,KleinR,LintonKL:IntraocularpressureinanAmericancommunity.TheBeaverDamEyeStudy.InvestOphthalmolVisSci33:2224-2228,19926)FrankeRH,KaulJD:TheHawthorneexperiments:Firststatisticalinterpretation.AmSociolRev43:623-643,19787)宮田和典,澤充,西田輝夫ほか:びまん性表層角膜炎の重症度の分類.臨眼48:183-188,19948)DuBinerHB,MrozM,ShapiroAMetal:Acomparisonoftheefficacyandtolerabilityofbrimonidineandlatanoprostinadultswithopen-angleglaucomaorocularhypertension:athree-month,multicenter,randomized,doublemasked,parallel-grouptrial.ClinTher23:1969-1983,20019)OtaT,AiharaM,NarumiyaSetal:TheeffectsofprostaglandinanaloguesonIOPinprostanoidFP-receptordeficientmice.InvestOphthalmolVisSci46:4159-4163,200510)WoodwardDF,HawleySB,WilliamsLSetal:StudiesontheocularpharmacologyofprostaglandinD2.InvestOphthalmolVisSci31:138-146,199011)WangRF,LeePY,MittagTWetal:Effectof8-isoprostaglandinE2onaqueoushumordynamicsinmonkeys.ArchOphthalmol116:1213-1216,199812)OhDJ,MartinJL,WilliamsAJetal:Analysisofexpressionofmatrixmetalloproteinasesandtissueinhibitorsofmetalloproteinasesinhumanciliarybodyafterlatanoprost.InvestOphthalmolVisSci47:953-963,200613)KosokoO,QuigleyHA,VitaleSetal:Riskfactorsfornoncompliancewithglaucomafollow-upvisitsinaresidents’eyeclinic.Ophthalmology105:2105-2111,1998

ラタノプロスト点眼液0.005%「サワイ」の角結膜障害性の評価

2010年12月31日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(89)1721《原著》あたらしい眼科27(12):1721.1726,2010cはじめにラタノプロストはプロスタノイドFP受容体と高い親和性をもつプロスタグランジンF2a(以下,PGF2a)誘導体である.PGF2a誘導体を有効成分とするPG関連薬は,緑内障病型を選ばない強い眼圧下降効果があり,全身副作用が少ないことから,近年では世界的に第一選択薬として高く評価されている.しかし,PG関連薬は結膜充血,角膜炎,色素沈着,刺激感などの局所的副作用をひき起こすことが指摘されている.これらの局所的副作用は主剤であるPGF2a誘導体自体の影響のほかに,点眼液中に含まれる防腐剤の細胞毒性およびアレルギー反応が関与しているとされている1).点眼液に使用される防腐剤のなかでも,溶解性が良く,抗菌力および防腐力が強いベンザルコニウム塩化物が頻用されており,0.001~0.02%の濃度で使用されている2).しかし,ベンザルコニウム塩化物は防腐剤としての高い有用性をもつ反面,角結膜の上皮細胞に対する細胞毒性があり2,3),それによる眼表面への障害が問題視されている4).また,ベンザルコニウム塩化物の細胞毒性作用にはアポトーシスが関与していることが示唆されている3,5).ラタノプロスト点眼液0.005%「サワイ」(以下,ラタノプ〔別刷請求先〕伊田昌弘:〒532-0003大阪市淀川区宮原5-2-30沢井製薬株式会社学術部Reprintrequests:MasahiroIda,MedicalInformationDepartment,SawaiPharmaceuticalCo.,Ltd.,5-2-30Miyahara,Yodogawa-ku,Osaka532-0003,JAPANラタノプロスト点眼液0.005%「サワイ」の角結膜障害性の評価小倉岳治*1片岡博文*1大坪義和*1伊藤吉將*2*1沢井製薬株式会社生物研究部*2近畿大学薬学部製剤学研究室EvaluationofCorneoconjunctivalDamagefromLatanoprostEyedrops0.005%「SAWAI」TakeharuOgura1),HirofumiKataoka1),YoshikazuOhtsubo1)andYoshimasaIto2)1)BiologicalResearchDepartment,SawaiPharmaceuticalCo.,Ltd.,2)LaboratoryofAdvancedDesignforPharmaceuticals,SchoolofPharmacy,KinkiUniversity眼表面への局所的副作用を考慮して開発されたジェネリック医薬品であるラタノプロスト点眼液0.005%「サワイ」について,invivoおよびinvitroにおける細胞毒性およびアポトーシス誘導能を測定し,角結膜障害性を評価した.本点眼液をヒト結膜由来の培養細胞に曝露したところ,細胞生存率は経時的に低下したが,対照品であるキサラタンR点眼液0.005%と比して高い生存率であった.また,細胞核の凝集は軽度で,断片化DNA量の増加は認められなかった.さらに,ウサギにラタノプロスト点眼液0.005%「サワイ」を頻回点眼したところ,結膜上皮層のTUNEL(TdTmediateddUTP-biotinnick-endlabeling)陽性細胞の増加は認められず,単回点眼後の涙液中へのグルタチオン漏出も認められなかった.以上の結果,ラタノプロスト点眼液0.005%「サワイ」の細胞毒性およびアポトーシス誘導能は低く,角結膜障害性は低いと考えられた.Corneoconjunctivaldamagecausedbythegenericformulationoflatanoprost,Latanoprosteyedrops0.005%「SAWAI」,wasevaluatedonthebasisofcytotoxicityandpro-apoptoticeffectsinhumanconjunctivalcellsinvitro,andinrabbitsinvivo.Invitro,thetestformulationtriggeredcelldeathofChangconjunctivacells,thoughlessthanwiththebrandedformulation,XalatanReyedrops0.005%.NoDNAfragmentationandlessevidentnuclearcondensationwereobservedincellstreatedwiththetestformulation.Invivo,frequentinstillationofthetestformulationtorabbiteyeshadnoeffectonthenumberofTUNEL-positivecellsintheepitheliallayeroftheconjunctiva.Exudationofglutathioneintotearfluidwasnotincreasedbysingleinstillationofthetestformulation.TheseresultssuggestthatLatanoprosteyedrops0.005%「SAWAI」causeslesscorneoconjunctivaldamage.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(12):1721.1726,2010〕Keywords:ラタノプロスト,角結膜障害,細胞毒性,アポトーシス,ベンザルコニウム塩化物.latanoprost,corneoconjunctivaldamage,cytotoxicity,apoptosis,benzalkoniumchloride.1722あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(90)ロスト点眼液「サワイ」)は1mL中にラタノプロスト50μgを含有する点眼液であり,先発医薬品であるキサラタンR点眼液0.005%(以下,キサラタンR点眼液)と同一の有効成分を同量含有するジェネリック医薬品として開発された6).両製剤はともに防腐剤としてベンザルコニウム塩化物を含有するが,ラタノプロスト点眼液「サワイ」は角結膜障害を考慮し,ベンザルコニウム塩化物を減量して処方設計されている.そこで,新たに筆者らが開発したラタノプロスト点眼液「サワイ」について,角結膜に対する障害性を評価することを目的として,ヒト成人結膜由来細胞株およびウサギを用いて,細胞毒性およびアポトーシス誘導能を測定し,角結膜障害性を評価したので報告する.I実験材料および方法1.被験物質ラタノプロスト点眼液「サワイ」(沢井製薬),キサラタンR点眼液(ファイザー)を用いた.陰性対照としてinvitroではEagle’sminimumessentialmedium(以下,EMEM,Sigma),invivoではリン酸緩衝生理食塩水(以下PBS,和光純薬)を,陽性対照として0.02%ベンザルコニウム塩化物(和光純薬)を用いた.2.使用細胞ヒト成人結膜由来細胞であるChangconjunctiva細胞はDSファーマバイオメディカルより入手した.細胞は50IU/mLペニシリン(Invitorogen),50μg/mLストレプトマイシン(Invitorogen)および10%ウシ胎児血清(BioWhittaker)を添加したEMEMにて培養し,各試験には対数増殖期の細胞を用いた.3.使用動物12週齢の雄性NZWウサギを日本エスエルシーより入手し,馴化飼育の後,試験に用いた.なお,動物実験はすべて沢井製薬動物実験倫理委員会により承認され,動物実験承認規定に準拠し実施した.4.Invitro細胞毒性試験96穴マイクロプレートにChangconjunctiva細胞を20,000cells/wellで播種し,コンフルエントになるまで培養した.培養上清を除去し,PBSで1回洗浄し,被験物質を50μL添加した.37℃で5~30分間インキュベート後,薬液を除去し,PBSで2回洗浄し,MTS法(CellTiter96AQueousOneSolution,Promega)にて490nm(対照640nm)の吸光度を測定することにより生存細胞を測定した.生存率は下式より算出した.なお,試験は5回くり返し実施した.生存率(%)=(処理群の吸光度)÷(陰性対照の吸光度)×1005.細胞核の形態学的観察Changconjunctiva細胞をチャンバースライド(8well,BDFalcon)に45,000cells/wellで播種し,コンフルエントになるまで培養した.PBSで1回洗浄後,被験物質を100μL添加し,37℃で20分間インキュベートした.PBSで2回洗浄後,4%ホルマリンで固定し,10μg/mLDAPI(4¢,6-diamidino-2-phenylindole,同仁化学)を添加した後,蛍光顕微鏡下にて核の形態学的観察を行った.6.細胞内断片化DNA量の測定細胞内の断片化DNAは,細胞DNAフラグメンテーションELISA(enzyme-linkedimmunosorbentassay;酵素免疫測定法)キット(Roche)を用いて測定した.Invitro細胞毒性試験と同様に96穴プレートに培養したChangconjunctiva細胞にBrdU(bromodeoxyuridine;ブロモデオキシウリジン)を10μMとなるように添加し,18時間培養した.PBSで洗浄後,被験物質を50μL添加し,37℃で20分間インキュベートした.氷冷したPBSを150μL添加し,3,500rpmで1分間遠心後,上清を除去し,細胞溶解液を200μL添加した.室温で30分間インキュベート後,3,500rpmで10分間遠心し,上清中の断片化DNA量をELISAにて測定した.なお,試験は5回くり返し実施した.7.頻回点眼後のウサギ結膜におけるアポトーシス誘導能の測定ウサギに被験物質50μLを5分ごとに10回点眼し,24時間後にペントバルビタールの過剰投与による致死後,結膜を摘出した.摘出結膜は10%中性緩衝ホルマリン溶液で固定後,作製した薄切標本について,InsituApoptosisDetectionKit(タカラバイオ)を用いてTUNEL染色後,ヨウ化プロピジウム(同仁化学)で対比染色した.TUNEL陽性細胞を蛍光顕微鏡下でカウントし,結膜上皮層面積当たりの数を算出した.試験にはウサギ20羽の両眼,計40眼を使用し,各群5例で実施した.8.単回点眼後のウサギ涙液中グルタチオン濃度の測定ウサギに被験物質200μLを結膜.内に点眼し,薬液が流出しないように下瞼を引きながら1分間保持した.貯留する涙液をマイクロピペットで採取し,グルタチオン(以下,GSH)濃度を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)法にて測定した.涙液70μLに内部標準溶液(1μg/mLシステアミン)20μLおよびジチオストレイトール10μL(終濃度0.1mM)を添加し,室温で30分間インキュベートし還元した.発蛍光試薬として1mMABD-Fを100μL添加し,50℃で5分間インキュベート後,0.1MHClを60μL添加し反応を停止した.この反応液について,逆相HPLC法(使用カラム:ImtaktCadenzaCD-C18100×4.6mm3μm,蛍光検出:EX380nm/EM510nm)にて涙液中総GSH濃度を定量した.試験にはウサギ3羽の両眼,計6眼を使用した.試(91)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101723験は4×4クロスオーバー法で実施し,1週間の休薬期間をおいてPBS,ベンザルコニウム塩化物,続いてラタノプロスト点眼液「サワイ」またはキサラタンR点眼液の順に点眼した.II結果1.Invitro細胞毒性試験図1にヒト結膜細胞に点眼液を曝露した際の生存率の経時的変化を示した.キサラタンR点眼液を曝露すると5分後に生存率は9.8%となり,生存率は急激に低下した.また,0.02%ベンザルコニウム塩化物を曝露した場合も同様の時間的推移を示し,急激に生存率が低下した.それに対し,ラタノプロスト点眼液「サワイ」では5,10および20分後の生存率はそれぞれ78.9%,76.8%および41.2%で,30分後には15.7%まで減じるものの,いずれの時点においてもキサラタンR点眼液よりも高い生存率であった.2.細胞核の形態学的変化ヒト結膜細胞にキサラタンR点眼液および0.02%ベンザルコニウム塩化物を曝露すると,顕著な核の凝集が認められた0255075100曝露時間(分)051015202530生存率(%ofControl)図1ヒト結膜由来細胞における細胞毒性試験(5例平均±SD)培養細胞を各被験物質に曝露後,経時的に生細胞をMTS法にて測定した.●:ラタノプロスト点眼液「サワイ」,○:キサラタンR点眼液,×:0.02%ベンザルコニウム塩化物.A.コントロール(EMEM)B.ラタノプロスト点眼液「サワイ」C.キサラタンR点眼液D.0.02%ベンザルコニウム塩化物図2ヒト結膜由来細胞における核の形態学的変化培養細胞を各被験物質に20分間曝露後,DAPI(4¢,6-diamidino-2-phenylindole)染色した.1724あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(92)(図2CおよびD).これに対し,ラタノプロスト点眼液「サワイ」を曝露した際は,一部の細胞で核の凝集が認められるものの,凝集度は軽度であった(図2B).3.細胞内断片化DNA量図3に示したように,ヒト結膜細胞にラタノプロスト点眼液「サワイ」を曝露しても,細胞内の断片化DNA量に変化は認められなかった.それに対し,キサラタンR点眼液を曝露すると有意な断片化DNAの増加が認められた.4.頻回点眼後のウサギ結膜におけるアポトーシス誘導能5分ごとに10回連続点眼後のウサギ結膜をTUNEL染色し,アポトーシス細胞を測定した(図4).キサラタンR点眼液および0.02%ベンザルコニウム塩化物点眼群では,コントロールと比して有意なTUNEL陽性細胞の増加が認められた.それに対し,ラタノプロスト点眼液「サワイ」点眼群ではTUNEL陽性細胞の増加は認められなかった.5.単回点眼後のウサギ涙液中GSH濃度単回点眼後のウサギ涙液中の総GSH濃度を測定した(図5).キサラタンR点眼液および0.02%ベンザルコニウム塩化物点眼群では,コントロールと比して有意な涙液中GSH濃度の増加が認められた.それに対し,ラタノプロスト点眼液「サワイ」点眼群では涙液中GSH濃度の増加は認められなかった.III考按緑内障は特徴的な視神経の変化と視野欠損を呈する進行性の疾患である.その原因はさまざまであるが,緑内障進行の最大のリスクファクターは眼圧であり,眼圧を下降させることが緑内障治療の基本となっている.眼圧下降治療は薬物治療が基本であり,薬剤選択のポイントには最小限の薬剤で設定した目標眼圧を達成できるような薬理学的側面がある一方,副作用,年齢,社会的経済的な側面も考慮して患者のqualityoflife(QOL)を損ねない配慮も必要である7).局所的副作用の側面として,PG関連薬では結膜充血,角膜上皮障害,しみるなどの刺激症状などが高頻度で起こることが知られている.このような局所的副作用は有効成分のほか,点眼液に含まれる添加物,特に防腐剤が原因となっている2,3).緑内障における点眼治療は生涯にわたって継続し,目標眼圧の達成に多剤併用を必要とすることも多く,これらの多面的要因により薬剤の変更や治療の中止を余儀なくされる場合もある.点眼液は主薬の有効性,溶解性および安定性のほか,刺激性,無菌性などさまざまな因子を考慮し,可溶化剤,等張化剤,pH調節剤,防腐剤など添加物を用いて処方設計される.キサラタンR点眼液のジェネリック医薬品であるラタノプロスト点眼液「サワイ」はこれらの添加物を効率よく配合することにより,キサラタンR点眼液と同等の眼圧下降作用を有しながら6),安定性を向上させて室温保存を可能とした.さらに添加物のなかでも局所的副作用のおもな原因であるベンザルコニウム塩化物の濃度を減じ,かつ防腐剤としての効力を十分に発揮させることを可能とした.そこで,本研究ではラタノプロスト点眼液「サワイ」の角結膜における局所的副作用を評価することを目的とし,invivoおよびinvitroにおける細胞毒性およびアポトーシス誘導能を測定した.Invitroでヒト結膜細胞にラタノプロスト点眼液「サワイ」およびキサラタンR点眼液を曝露した際,いずれの群においても細胞死が誘導された.しかし,ラタノプロスト点眼液「サワイ」ではキサラタンR点眼液と比較して細胞生存率は高率であった.また,ラタノプロスト点眼液「サワイ」による長時間の曝露でも顕著な生存率の低下が認められたが,これは高濃度の薬剤を長時間曝露した場合であり,ヒトに点眼した場合は点眼刺激による涙液分泌増加のために薬剤濃度が速やかに希釈され,余剰な薬剤は流出すること,さらには涙液交換率が約17%/分2)であることを考慮すると,臨床上,細胞の生死にはほとんど影響を与えないと考えられる.Invivoにおける細胞毒性の指標として涙液中GSH濃度を測定した.GSHは涙液腺からは分泌されないが,角結膜に多量に含有されており,角結膜組織の物理的,生化学的,生理学的な変化によりその表面や内部から流出するため,流出したGSH量が角結膜の障害性を反映すると考えられている8).ウサギにキサラタンR点眼液を単回点眼した際,涙液中のGSH濃度の有意な増加が認められたが,ラタノプロスト点眼液「サワイ」では認められなかった.これらの結果から,本点眼液はキサラタンR点眼液と比較して細胞毒性は低く,角結膜組織への障害性は軽減されていると考えられた.0.250.200.150.100.050.00吸光度####**コントロール(EMEM)ラタノプロスト点眼液「サワイ」キサラタンR点眼液0.02%BAC図3ヒト結膜由来細胞における細胞内断片化DNA量の比較(5例平均±SD)培養細胞を各被験物質に20分間曝露後,ELISAにて細胞内の断片化DNA量を測定した.BAC:ベンザルコニウム塩化物.##:p<0.01vsControlbyDunnetttest,**:p<0.01byttest.(93)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101725ベンザルコニウム塩化物は角膜上皮細胞や結膜上皮細胞のアポトーシスを誘導することが知られている.ベンザルコニウム塩化物を含有する点眼液でも同様の報告があり,これが点眼液による細胞毒性の機序の一つと考えられている3,5).本研究で用いたinvivoでウサギに頻回点眼するモデルは,点眼液の毒性の有無を鋭敏に評価できるとされており,キサA.コントロール(PBS)B.ラタノプロスト点眼液「サワイ」C.キサラタンR点眼液D.0.02%ベンザルコニウム塩化物E.TUNEL陽性細胞数(5例平均±SD)6005004003002001000TUNEL陽性細胞(個/mm2)###*コントロール(PBS)ラタノプロスト点眼液「サワイ」キサラタンR点眼液0.02%BAC図4頻回点眼後のウサギ結膜のTUNEL染色像5分ごと10回点眼し,24時間後に結膜を採取してTUNEL染色(緑)およびPI(ヨウ化プロビジウム)染色(赤)した.BAC:ベンザルコニウム塩化物.#,##:p<0.05,0.01vsControlbyDunnetttest,*:p<0.05byt-test.6.05.04.03.02.01.00.0涙液中グルタチオン(μg/mL)####**コントロール(PBS)ラタノプロスト点眼液「サワイ」キサラタンR点眼液0.02%BAC図5単回点眼後の涙液中グルタチオン濃度(6例平均±SD)結膜.内に各被験物質を1分間貯留させ,貯留液中の総グルタチオン濃度を測定した.BAC:ベンザルコニウム塩化物.##:p<0.01vsControlbyDunnetttest,**:p<0.01byt-test.1726あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(94)ラタンR点眼液あるいはベンザルコニウム塩化物の点眼により,角結膜における炎症反応の惹起およびアポトーシスの誘導が報告されている5,9).しかし,ラタノプロスト点眼液「サワイ」を頻回点眼してもアポトーシス(TUNEL陽性)細胞数の増加は認められなかった.また,invitroでヒト結膜細胞に曝露しても,アポトーシスの指標となる核の凝集は軽度で,DNAの断片化は認められなかった.これらの結果から,ラタノプロスト点眼液「サワイ」による結膜上皮細胞に対するアポトーシス誘導能は低いものと考えられた.ラタノプロスト点眼液「サワイ」に使用されているベンザルコニウム塩化物以外の添加物(トロメタモール,クエン酸,d-マンニトール,グリセリン,ヒプロメロースおよびポリソルベート80)について,ヒト結膜細胞における細胞毒性試験を実施した結果,いずれの添加物についても本点眼液に含有する濃度では細胞毒性は認められなかった(データ示さず).各添加物の相互作用あるいは保護作用などの影響は未知であるが,本点眼液はキサラタンR点眼液に対し,ベンザルコニウム塩化物濃度を約半分へ減じており,両製剤の細胞毒性およびアポトーシス誘導能の差異は,ベンザルコニウム塩化物含有量の違いがその一因と考えられる.本研究はヒト結膜細胞を用いたinvitro試験およびウサギを用いたinvivo試験の結果であり,まだ臨床的な検証はされていない.しかし,本研究の結果は点眼液の処方を検討することにより,細胞毒性を軽減させることが可能であることを示しており,同一主薬の製剤でも同等の効果を維持しながら,臨床使用における角結膜障害リスクを低減させることが可能であることを示唆している.点眼液の処方設計と局所的副作用に関する臨床的な検証はまだ不十分であり,今後のさらなる検討が必要である.以上,ヒト結膜由来細胞およびウサギを用いてラタノプロスト点眼液「サワイ」の角結膜障害性を評価した結果,その細胞毒性およびアポトーシス誘導能は低く,角結膜障害性は低いと考えられた.また,本検討で行ったいずれの試験においても,本点眼液の毒性は対照に用いたキサラタンR点眼液と比して軽度であった.よって,ラタノプロスト点眼液「サワイ」は角結膜障害発生のリスク低減という意味で有用性が期待できると考えられた.文献1)相良健:オキュラーサーフェスへの影響─防腐剤の功罪.あたらしい眼科25:789-794,20082)中村雅胤,西田輝夫:防腐剤の功罪.眼科NewInsight2点眼薬─常識と非常識(大橋裕一編),p36-43,メジカルビュー社,19943)GuenounJM,BaudouinC,RatPetal:Invitrostudyofinflammatorypotentialandtoxicityprofileoflatanoprost,travoprost,andbimatoprostinconjunctiva-derivedepithelialcells.InvestOphthalmolVisSci46:2444-2450,20054)PisellaPJ,PouliquenP,BaudouinC:Prevalenceofocularsymptomsandsignswithpreservedandpreservativefreeglaucomamedication.BrJOphthalmol86:418-423,20025)LiangH,BaudouinC,PaulyAetal:Conjunctivalandcornealreactionsinrabbitsfollowingshort-andrepeatedexposuretopreservative-freetafluprost,commerciallyavailablelatanoprostand0.02%benzalkoniumchloride.BrJOphthalmol92:1275-1282,20086)竹内譲,沖田祐佳,上野眞義ほか:ラタノプロスト点眼液0.005%「サワイ」の健康成人における薬力学的試験.診療と新薬47:298-303,20107)相原一:緑内障点眼薬─選択のポイント.あたらしい眼科25:751,20088)開繁義,石田俊郎,狩野真由美:涙液の生化学的分析による眼局所用薬剤の角膜障害性の評価.日眼会誌92:1553-1564,19889)LiangH,Brignole-BaudouinF,Rabinovich-GuilattLetal:Reductionofquaternaryammonium-inducedocularsurfacetoxicitybyemulsions:aninvivostudyinrabbits.MolVis14:204-216,2008***

エキシマレーザー角膜手術後眼の眼内レンズ度数計算における光線追跡法の有用性

2010年12月31日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(85)1717《原著》あたらしい眼科27(12):1717.1720,2010c〔別刷請求先〕大谷伸一郎:〒885-0051都城市蔵原町6-3宮田眼科病院Reprintrequests:ShinichiroOhtani,M.D.,MiyataEyeHospital,6-3Kurahara-cho,Miyakonojo-city,Miyazaki885-0051,JAPANエキシマレーザー角膜手術後眼の眼内レンズ度数計算における光線追跡法の有用性大谷伸一郎南慶一郎本坊正人尾方美由紀宮田和典宮田眼科病院UseofRay-tracingIntraocularLensPowerCalculationforCataractSurgeryafterExcimerLaserCorneaSurgeriesShinichiroOhtani,KeiichiroMinami,MasatoHonbou,MiyukiOgataandKazunoriMiyataMiyataEyeHospital目的:エキシマレーザー角膜手術後眼の白内障手術において,光線追跡法を用いた眼内レンズ度数計算ソフトOKULIXRとSRK/T式とを比較した.方法:宮田眼科病院にて,LASIK(laserinsitukeratomileusis),PTK(phototherapeutickeratectomy)後に白内障手術を行った患者7例8眼を対象とし,SRK/T式,OKULIXRの術後屈折誤差を白内障術後1カ月の時点で比較した.さらに角膜前面形状の指標である離心率と術後屈折誤差との関係を検討した.SRK/T式で用いる角膜曲率半径K値は,ケラトメータの測定値,PentacamR(OCULUS)で得たTrueNetPower,TMS-4A(TOMEY)で得たring3法の3種類を用いた.結果:LASIK症例におけるSRK/T式の術後屈折誤差は,ケラトメータの場合2.03±1.42D(0.61~3.77D),TrueNetPowerの場合.1.75±0.79D(.2.83~.0.91D),TMSring3の場合1.34±1.16D(.0.19~2.83D)であった.OKULIXRは.0.27±0.45D(.0.77~0.28D)であり,他と比較し有意に少なかった(p<0.05,pairedt-test).全症例での離心率の範囲は.0.88~0.45であり,SRK/T式(ケラトメータ)の術後屈折誤差と離心率との間に相関関係を認めた(r2=0.88,p<0.01).一方,OKULIXRでは離心率との間に相関関係はなかった.結論:OKULIXRはSRK/T式よりも角膜前面形状の違いによる影響が少なく,エキシマレーザー角膜手術後眼の眼内レンズ度数計算において有用であるWecomparedtheray-tracingintraocularlenscalculationprogramOKULIXRwiththeSRK/Tformulaforcataractsurgeryafterexcimerlasercornealsurgery.In6eyesof5patientswhounderwentcataractsurgeryafterlaserinsitukeratomileusis(LASIK)and2eyesof2patientsafterphototherapeutickeratectomy(PTK),wecomparedpostoperativerefractionerrorbetweenOKULIXRandSRK/Tat1monthpostoperatively.Inaddition,theeffectofanteriorcornealasphericitytopostoperativerefractionerrorwasexaminedwithanindexofeccentricity.Threekeratometricdataobtainedwithakeratometer(ARK-730A,NIDEK),TrueNetPowerobtainedwithaPentacamR(OCULUS)andring3obtainedwithaTMS-4A(TOMEY)wereusedascornealradiiintheSRK/Tformula.PostoperativerefractionerrorsinSRK/Twere2.03±1.42D(range:0.61~3.77D)withcornealradiimeasuredviakeratometer,.1.75±0.79D(range:.2.83~.0.91D)withTrueNetPowerdata,and1.34±1.16D(range:.0.91~2.83D)withring3results.RefractionerrorofOKULIXRwas.0.27±0.45D(range:.0.77~0.28D),significantlylowerthanforanySRK/Tresults(p<0.05,paired-ttest).Eccentricitywas.0.88~0.45.RefractionerrorsinSRK/Tshowedsignificantcorrelationwitheccentricity(r2=0.88,p<0.01),whereastherewasnocorrelationinOKULIXR.Theray-tracingpowercalculationprogramOKULIXR,wasnotaffectedbycornealasphericity,soisconsideredaneffectivepowercalculationprogramforcataractsurgeryafterexcimerlasersurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(12):1717.1720,2010〕Keywords:光線追跡法,OKULIXR,SRK/T,LASIK(laserinsitukeratomileusis),PTK(phototherapeutickeratectomy),離心率.ray-tracing,OKULIXR,SRK/T,LASIK(laserinsitukeratomileusis),PTK(phototherapeutickeratectomy),eccentricity.1718あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(86)はじめに国内のエキシマレーザー角膜手術は,厚生省の認可以後すでに10年が経過しており,その症例総数は100万例以上に達している.それに伴い,エキシマレーザー角膜手術後眼の白内障手術症例が増加しているが,その際の眼内レンズ(intraocularlens:IOL)度数計算において誤差が生ずることが報告されている1,2).その原因としてエキシマレーザー角膜手術による角膜前面形状の変化による影響が指摘されている3,4).近年の視機能に対する要求水準は高く,IOL度数計算の誤差を減らすことは急務とされ,多くの対策が提唱されてきた5~11)が,まだ十分といえる手段はない.そのような状況のなか,光線追跡法を用いた新しいIOL度数計算ソフトOKULIXRが開発され12),臨床において使用可能となった.筆者らはエキシマレーザー角膜手術後眼の白内障手術において同法と,現在広く用いられているIOL度数計算法であるSRK/T式とを比較し,その有用性を検討した.Ⅰ対象および方法対象は,2008年5月から2009年12月に宮田眼科病院において,LASIK(laserinsitukeratomileusis),PTK(phototherapeutickeratectomy)後に白内障により超音波白内障手術ならびに眼内レンズ挿入術を行った患者7例8眼(LASIK症例5例6眼,PTK症例2例2眼)である(表1).平均年齢は57.4±13.0歳,エキシマレーザー角膜手術前の平均等価球面度数はLASIK症例.8.65±4.03D,PTK症例.8.00±5.66D,角膜切除量はLASIK症例86.5±26.5μm(47~103μm),PTK症例34.0±21.2μm(19~49μm)であった.LASIK症例うち1例は,他院にて近視矯正手術後に遠視矯正手術を受けていた.他のLASIK症例は全例が近視矯正手術であった.PTK症例の原疾患は2例とも角膜白斑であった.方法は,白内障術後1カ月の自覚屈折度数から術後等価球面を算出し,SRK/T式,OKULIXRそれぞれの術後屈折誤差を比較した.なお,術後屈折誤差は術後等価球面度数から予想屈折度数を引いた値と定義した.さらに角膜前面形状の指標として離心率を用い,術後屈折誤差との関係を検討した.離心率とは幾何学上,円錐曲線の形を決める定数であり,0の場合は円形,0<離心率<1の場合は楕円形を意味する.眼光学においては楕円形の長軸または短軸のどちらを視軸とみなしたかを区別するために正負の符号をつけている.すなわち,角膜前面形状の中心が平坦で周辺部が急峻なoblateの場合は.1<離心率<0,球面の場合は0,周辺部にいくほど平坦になるprolateの場合は0<離心率<1となる.SRK/T式で使用する角膜曲率半径K値には,ケラトメータARK-730A(NIDEK)の測定値,PentacamR(OCULUS)で得たTrueNetPower,TMS-4A(TOMEY)で得たring3法8)の3種類を用い,眼軸長測定は光学的眼軸長測定装置AL-2000(TOMEY)を用いた.OKULIXRとは,光線追跡法を用いたIOL度数計算ソフトであり,角膜トポグラフィより得られた角膜中央部の前面曲率,眼軸長,IOLの光学的情報をもとに,中心窩より角膜方向への光線の軌道計算を行い,挿入予定のIOLにおいて度数ごとの眼屈折力が算出される.眼軸長はSRK/T式と同じ値を用い,度数計算はTMS-4A(TOMEY)で行った.また,離心率もOKULIXRにて算出した.II結果ケラトメータによるK値を用いたSRK/T式〔以下,表1症例の内訳症例年齢(歳)性別エキシマレーザー手術の種類矯正量(D)角膜切除量(μm)ABCDEF515453555542男性男性女性女性女性男性LASIKLASIKLASIKLASIKLASIKLASIK不明11.54.2512.011.254.25不明1004710396不明GH6483女性女性PTKPTK──49190-1123-24症例術後屈折誤差(D)ABCDEFGH□:SRK/T式■:OKULIXRLASIKPTK図1各症例の術後屈折誤差術後屈折誤差(D)-3-2-101234ABCDEFGH□:SRK/T式(TMSring3)■:SRK/T式(TrueNetPower)■:OKULIXRLASIK症例PTK図2各症例の術後屈折誤差(87)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101719SRK/T式(ケラトメータ)〕とOKULIXRの術後屈折誤差の比較を図1に,PentacamRのTrueNetPower〔以下,SRK/T式(TrueNetPower)〕ならびにTMSring3法によるK値を用いたSRK/T式〔以下,SRK/T式(TMSring3)〕とOKULIXRの術後屈折誤差の比較を図2に,離心率と術後屈折誤差の関係を図3に示す.LASIK症例の術後屈折誤差の範囲は,SRK/T式(ケラトメータ)0.61~3.77D,SRK/T式(TrueNetPower).2.83~.0.91D,SRK/T式(TMSring3).0.19~2.83D,OKULIXR.0.77~0.28D,平均値はSRK/T式(ケラトメータ)2.03±1.42D,SRK/T式(TrueNetPower).1.75±0.79D,SRK/T式(TMSring3)1.34±1.16D,OKULIXR.0.27±0.45Dであった.LASIK症例の術後屈折誤差は,OKULIXRが他と比べ有意に少なかった(p<0.05,pairedt-test).また,LASIK症例のSRK/T式(ケラトメータ)は全例が術後に遠視化,SRK/T式(TrueNetPower)は全例が術後に近視化した.全症例での離心率の範囲は.0.88~0.45であり,SRK/T式(ケラトメータ)の術後屈折誤差と離心率との間に相関関係を認め,回帰直線y=.3.6x.0.24(r2=0.88,p<0.01)で示された.一方,OKULIXRでは術後屈折誤差と離心率との間に相関関係はなかった.III考按IOL度数計算式は,より正確な術後屈折度数を得るために進化してきた.第3世代の理論式であるSRK/T式の正常眼における計算精度は高い水準に達しており,広く用いられている.しかし,LASIKやPTKなど,エキシマレーザー角膜手術後のIOL度数計算では,誤差が生ずることが知られており問題となっている1,2).その理由として,エキシマレーザー角膜手術後の角膜前面形状の変化が角膜屈折力の測定誤差,前房深度の予測誤差を生ずることがあげられる3,4).具体的には,①角膜中心と傍中心の屈折力の違いによるもの,②角膜前面曲率半径と後面曲率半径比の変化によるもの,③前房深度の予測の際に,角膜前面曲率を利用することによるもの,がある.①については,ケラトメータは,原理上,角膜中心ではなく,傍中心を測定している.正常眼ではその差が小さく問題とならない場合が多いが,エキシマレーザー角膜手術によって,角膜中央がフラット化した場合,角膜中心と傍中心の屈折力の差が大きくなるため,測定値への影響が無視できなくなる.近視矯正のLASIK後の場合,中央部がフラット化しているため,角膜屈折力が実際よりも過大評価され,挿入するIOL度数は小さくなり,結果として術後の遠視化をきたす.②については,ケラトメータは角膜前面曲率から角膜全屈折力を換算屈折率により算出しているが,適切な換算屈折率は角膜前面曲率半径と後面曲率半径の比により変化する.エキシマレーザー角膜手術によって,角膜前面曲率が変化した場合,適切な換算屈折率は変化するが,ケラトメータでは同一の換算屈折率を用いている.このため測定値と実際の値との間に誤差が生じる.近視矯正のLASIK後の場合,角膜前面曲率半径が大きくなるため,角膜前面曲率半径と後面曲率半径比が大きくなり,適切な換算屈折率は減少する.これも角膜屈折力の過大評価をきたし,挿入するIOL度数は小さくなり,結果として術後の遠視化をきたす.③については,SRK/T式では前房深度の予測の際に角膜曲率を用いている.エキシマレーザー角膜手術によって,角膜曲率が変化した場合,実際の前房深度は変化がないにもかかわらず,前房深度の予測値が変化し,計算結果に誤差が生ずる.近視矯正のLASIK後の場合,前房深度の予測値は実際よりも浅くなるため,挿入するIOL度数は小さくなり,結果として術後の遠視化をきたす.これらのIOL度数計算誤差の対策として,いくつかの方法が提唱されている.角膜屈折力の測定誤差に対しては,エキシマレーザー角膜手術前の角膜屈折力を利用するClinicalHistory法5),既知のベースカーブをもつハードコンタクトレンズ(HCL)装着前後の屈折度数の変化を利用するHCL法5,6),経験式による角膜屈折力の補正7),ビデオケラトスコープにおける中心から3本目のMeyerリング上の平均角膜屈折力を用いるTMSring3法8),角膜前面曲率と後面曲率の実測値から算出するOrbscanRのTotalOpticalPower,PentacamRのTrueNetPowerがある9).一方,前房深度の予測誤差に対しては,エキシマレーザー角膜手術前の角膜屈折力で前房深度の予測を行うDouble-K法10),前房深度の予測に角膜前面曲率を用いないHaigis式がある11).これらを用いた報告によると,IOL度数計算の誤差が少なかったものの,一部の症例では依然として誤差があり,さらに精度の高いIOL度数計算法が求められている.近年,光線追跡法を用いたIOL度数計算ソフトOKULIXRが開発された.これはトーメー社製TMS-4以上のバージョンにおいて利用可能であるソフトであり,中心窩より角膜方向へ光線の軌道計算を行い,角膜前面からの光線出射角によ離心率屈折誤差(D)○:SRK/T式●:OKULIXR43210-1-2-1.0-0.500.5y=-3.6x-0.24r2=0.88p<0.01図3離心率と術後屈折誤差の関係1720あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(88)り眼屈折力を算出している.IOLの度数計算は,瞳孔面において光軸から瞳孔半径/2離れた位置を通る光線を用いている.現在,160種類以上のIOLにおける前面曲率,後面曲率,屈折率が各度数別に組み込まれており,軌道計算に利用されている.角膜前面曲率は角膜トポグラフィにより直径6mm内の角膜形状の経線を円錐曲線で近似し,中心部の角膜曲率を算出している.角膜後面曲率は,今回用いたTMS-4Aの場合,角膜厚を500μmと仮定して算出している.前房深度の予測は角膜前面曲率を用いず,眼軸長をもとに行っている.このため同法は角膜前面形状の変化による影響を受けにくいと考えられる.今回の検討において,OKULIXRの術後屈折誤差は,SRK/T式よりも有意に少なかったこと,さらに離心率の変化にOKULIXRはSRK/T式より影響されなかったことから,OKULIXRは角膜前面形状の変化による影響を受けにくい手段であり,エキシマレーザー角膜手術後の白内障手術において優位であることが臨床において確認できた.OKULIXRのように光線追跡により度数計算する場合とSRK/T式などの第3世代の理論式により度数計算する場合との間に,原理上2つの大きな違いがある.1つめは,後者は角膜,IOLともに1つの面として捉えているのに対して,前者は角膜前面,角膜後面,IOL前面,IOL後面に分け,Snellの法則に基づき各面を屈折面として計算している点である.IOLは各製品,各度数により,前面曲率と後面曲率の比率が異なり,IOLごとに主点の位置が異なる.第3世代の理論式ではこの点が考慮されていない.2つめは,後者は近軸光学に基づき,近似がなされている点である.具体的には光軸にきわめて近い光線の場合,sinq=qとして扱っている.この2つの点により生じうる誤差に対して,後者は最終的にA定数などで経験的に補正を行っている.そのため後者の場合,生体測定の精度の進歩,前房深度の予測精度の向上のたびに,再補正や計算式の構造を作り替える必要がある.一方,前者の場合は,それらが直接的にIOL度数計算精度の向上に寄与すると考えられる.生体測定の精度の進歩例としては,角膜後面曲率の測定ができるようになったことがあげられる.今回用いたOKULIXRはTMS-4Aによるものであり,角膜後面曲率は仮定により算出したものであるが,次バージョンであるTMS-5では,Scheimpflugの原理により,角膜後面曲率の測定が可能となり,当データをOKULIXRで用いることができるようになった.筆者らは前述の理由により,IOL度数計算の精度はさらに向上するものと考えているが,今後の検討が必要である.今回,エキシマレーザー角膜手術後の白内障手術症例7例8眼において,光線追跡法を用いたIOL度数計算ソフトOKULIXRと第3世代の理論式であるSRK/T式を比較した.OKULIXRはSRK/T式よりも有意に術後屈折誤差が少なかった.また,OKULIXRはSRK/T式よりも角膜前面形状の違いによる影響が少なく,エキシマレーザー角膜手術後のように角膜形状が変化した症例において有用であることが示唆された.エキシマレーザー角膜手術の症例数増加と高齢化により,今後も当手術後眼の白内障手術の機会が増加していくことが予想され,本法の臨床的価値がますます高まると思われる.文献1)KalskiR,DanjouxJ,FraenkelGetal:Intraocularlenspowercalculationforcataractsurgeryafterphotorefractivekeratectomyforhighmyopia.JRefractSurg13:362-366,19972)GimbelH,SunR,FurlongMetal:Accuracyandpredictabilityofintraocularlenspowercalculationafterphotorefractivekeratectomy.JCataractRefractSurg26:1147-1151,20003)魚里博,舛田浩三:屈折矯正手術後の眼内レンズパワー計算の問題点.眼臨94:354-356,20004)飯田嘉彦:屈折矯正手術後の白内障手術.IOL&RS22:39-44,20085)HofferK:Intraocularlenspowercalculationforeyesafterrefractivekeratotomy.JRefractSurg11:490-493,19956)SeitzB,LangenbucherA:Intraocularlenspowercalculationineyesaftercornealrefractivesurgery.JRefractSurg16:349-361,20007)ShammasH,ShammasM:No-historymethodofintraocularlenspowercalculationforcataractsurgeryaftermyopiclaserinsitekeratomileusis.JCataractRefractSurg33:31-36,20078)CelikkolL,PavlopoulosG,WeinsteinBetal:Calculationofintraocularlenspowerafterradicalkeratotomywithcomputerizedvideokeratography.AmJOphthalmol120:739-750,19959)臼井審一,前田直之,池田欣史ほか:Orbscanによる角膜全屈折力を用いたエキシマレーザー後の眼内レンズ度数計算.眼紀56:488-493,200510)AramberriJ:Intraocularlenspowercalculationaftercornealrefractivesurgery:double-Kmethod.JCataractRefractSurg29:2063-2068,200311)HaigisW:TheHaigisFormula.IntraocularLensPowerCalculation,edbyShammasHJ,p41-57,SLACK,Thorofare,NJ,200412)PreussnerPR,WahlJ,LahdoHetal:Raytracingforintraocularlenscalculation.JCataractRefractSurg28:1412-1419,2002***

再発性多発性軟骨炎の1 例

2010年12月31日 金曜日

1714(82あ)たらしい眼科Vol.27,No.12,20100910-1810/10/\100/頁/JC(O0P0Y)《原著》あたらしい眼科27(12):1714.1716,2010cはじめに再発性多発性軟骨炎(relapsingpolychondritis)は,全身の軟骨組織を冒す自己免疫疾患で,II型コラーゲンに対する自己免疫が発症に関与しているといわれている.1976年にMcAdamら1)が両側耳介軟骨炎,非びらん性血清反応陰性多発関節炎,鼻軟骨炎,眼の炎症症状,気道軟骨炎,蝸牛・前庭機能障害が6大症状とする診断基準を報告した.今回25年間虹彩炎・強膜炎などの眼症状をくり返した症例で,再発性多発性軟骨炎と診断されたまれな1例を経験したので報告する.I症例患者:51歳の男性.主訴:右眼視力低下.既往歴:4歳時にアデノイド摘出.家族歴:父:筋萎縮性側索硬化症(ALS).母:Sjogren症〔別刷請求先〕能谷紘子:〒162-8666東京都新宿区河田町8-1東京女子医科大学病院眼科Reprintrequests:HirokoNotani,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,TokyoWomen’sMedicalUniversity,8-1Kawada-cho,Shinjuku-ku,Tokyo162-8666,JAPAN再発性多発性軟骨炎の1例能谷紘子*1島川眞知子*1豊口光子*1菅波由花*1上村文*1幸野敬子*2堀貞夫*1*1東京女子医科大学病院眼科*2幸野メディカルクリニック眼科ACaseofRelapsingPolychondritisHirokoNotani1),MachikoShimakawa1),MitsukoToyoguchi1),YukaSuganami1),AyaUemura1),KeikoKono2)andSadaoHori1)1)DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,TokyoWomen’sMedicalUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,KonoMedicalClinic長期に遷延していたぶどう膜炎の原因検索において,再発性多発性軟骨炎と診断された1例を経験した.症例は51歳の男性.25歳頃より,両眼のぶどう膜炎,両耳介の変形,鼻根部の発赤・腫脹・疼痛をくり返していたが精査をされなかった.50歳時に右眼視力低下を主訴に東京女子医科大学眼科を初診し,視力は右眼(0.3),左眼(0.8),両眼に眼球突出,輪部に沿った全周の著明な強膜菲薄化と角膜混濁があり,右眼には,フィブリン塊を伴う虹彩炎,虹彩後癒着を認めた.耳介軟骨炎,鼻軟骨炎,ぶどう膜炎,気管軟骨炎,感音性難聴を認め,再発性多発性軟骨炎と診断した.再発性多発性軟骨炎は全身の軟骨組織を冒すまれな自己免疫疾患で,耳介軟骨や鼻中隔軟骨,気管軟骨,眼球,関節などに多彩な症状を呈する.生命予後は不良であり,眼合併症による視機能低下を予防するためにも早期診断,治療が重要である.Wereportararecaseofchronicuveitisassociatedwithrelapsingpolychondritis.Thepatient,a51-year-oldmalewitha25-yearhistoryofbilateralrecurrentuveitis,hadbilateralauriculardeformityaccompaniedbyrecurrentnasalinflammation,butnofurtherinvestigationhadbeenconducted.Heconsultedourclinicwithchiefcomplaintofdecreasedvision.Hiscorrectedvisualacuitywas0.3ODand0.8OS.Exophthalmos,scleralthinningandcornealopacitywereobservedbilaterally.Inaddition,iritiswithfibrinformationandposteriorsynechiawaspresentintherighteye.Ocularfindings,togetherwithassociatedsystemicfindingsofchondritisofauricles,nasalcartilage,bronchusandsensorineuraldeafness,ledtothediagnosisofrelapsingpolychondritis.Arareautoimmunediseaseaffectingcartilagetissuessuchasauricularcartilage,nasalseptalcartilage,trachealcartilages,theeyeballandarticulation,relapsingpolychondritisshouldbediagnosedandtreatedassoonaspossible.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(12):1714.1716,2010〕Keywords:再発性多発性軟骨炎,ぶどう膜炎,強膜炎,耳介軟骨炎,鼻軟骨炎.relapsingpolychondritis,uveitis,scleritis,chondritisofauricles,nasalcartilage.(83)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101715候群疑い,子宮癌,狭心症.現病歴:25歳頃より,両眼のぶどう膜炎を発症し,約3カ月に一度の割合で,再燃していた.同時期より両耳介の変形,鼻根部の発赤・腫脹・疼痛をくり返し,45歳頃には突発性難聴と診断され,ステロイド治療を受けた.25年間特に精査をされずに近医でステロイドの内服,局所投与で加療されていた.50歳時に転院をきっかけに,Wegener肉芽腫などの膠原病が疑われ,精査目的に東京女子医科大学眼科初診となった.初診時所見:1)眼所見:矯正視力は右眼0.08(0.3×.3.50D(cyl.1.25DAx20°),左眼0.30(0.8×.1.75D(cyl.2.00DAx140°)で,眼圧は右眼4mmHg,左眼10mmHgであった.Hertel眼球突出計で両眼ともに19mmと眼球突出がみられた.前眼部では両眼とも輪部から後方約6mm幅で全周にわたってぶどう膜が透見されて,強膜菲薄化が著明であった(図1).角膜周辺部には全周に硬化性角膜炎を示唆する実質混濁があり(図2),以前に強膜炎が持続していたことが推測された.右眼前房内炎症細胞2+あり,前房内下方に多くのフィブリン塊,さらに5時方向に虹彩後癒着を認めた.両眼とも虹彩紋理が粗になっていた.中間透光体に中等度白内障を認め,右眼虹彩後癒着のため散瞳不良であり,両眼にびまん性の硝子体混濁で透見困難であったが,眼底には明らかな出血,滲出斑,血管炎などはなかった.その他の所見として,両耳介の変形(図3),鞍鼻(図4)を認め,耳介軟骨炎,鼻軟骨炎が疑われた.2)臨床検査所見:血液検査で白血球10,700/mm3,CRP(C反応性蛋白)10.41mg/dl,赤沈1時間値92mm,2時間値117mm,Ig(免疫グロブリン)G:2,264mg/dl,IgA:556mg/dl,IgE:210mg/dl,C3:145mg/dlと高値であったが,抗核抗体や抗白血球細胞質抗体(PR3-ANCA,MPOANCA)は陰性であった.その他の血液,生化学所見に特記すべき異常は認めなかった.3)頭部CT(コンピュータ断層撮影)所見:前頭洞,篩骨洞の粘膜肥厚を認め副鼻腔炎が示唆された.4)胸部CT所見:両側気管支の石灰化,内腔狭窄を認めた.5)気管支鏡検査所見:喉頭軟骨,輪状軟骨,主気管・気管支軟骨の浮腫を認めた.6)耳鼻科的所見:聴力検査で両側感音性難聴であり,耳介軟骨炎,鼻軟骨炎を認めた.Wegener肉芽腫に典型的な膿性,血性鼻汁,鼻中隔穿孔などの所見は認めず,特異的なANCAも陰性であり,当初疑ったWegener肉芽腫は否定的であった.以上より両耳介軟骨炎,鼻軟骨炎(鞍鼻),ぶどう膜炎,気管軟骨炎,難聴を認めることにより再発性多発性軟骨炎と診断された.図1前眼部両眼ともに19mmと両眼球突出が著明であり,前眼部は両眼ともに輪部から約6mmにわたり全周にぶどう膜が透見されて,強膜菲薄化が著明である.(図1~4は患者の同意のもにと写真を掲載)図2右眼周辺角膜実質混濁両眼ともに角膜輪部から約1mm幅で角膜実質混濁を認め,硬化性角膜炎を疑う.図4鞍鼻鼻背部が陥凹しており,鞍鼻を呈している.図3左耳介の変形左耳介の腫脹・変形.右耳介も同様の変形を認めた.1716あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(84)経過:内科で両側気管軟骨炎に対してプレドニゾロン(プレドニンR)60mg内服治療を開始した.ぶどう膜炎・強膜炎に対して,局所ステロイド治療,トロピカミド・フェニレフリン点眼液(ミドリンPR),0.05%シクロスポリン点眼薬を開始した.虹彩炎の再燃をくり返し,点眼加療にて改善を認めたが,強膜菲薄化,眼球突出,硝子体混濁に改善はみられなかった.現在白内障の進行により,徐々に視力低下をきたしているが,強膜の状態などから慎重に手術を検討予定である.全身状態はステロイド療法でやや緩解はしたが,依然として,気道軟骨炎,関節痛,耳漏などに加え,最近は帯状疱疹や呼吸器真菌症を併発し,今後とも他科での加療が必要である.II考按本症例は両側耳介軟骨炎,鼻軟骨炎,ぶどう膜炎,気道軟骨炎,蝸牛・前庭機能障害を認めた.1976年にMcAdamが報告した再発性多発軟骨炎の診断基準を,1979年にDamianiら2)が改定し,両側耳介軟骨炎,非びらん性血清反応陰性多発関節炎,鼻軟骨炎,眼の炎症症状,気道軟骨炎,蝸牛・前庭機能障害の6項目中,3項目以上あれば診断基準を満たすと改定した.本症例は5項目が当てはまり,再発性多発性軟骨炎の確定診断に至った.再発性多発性軟骨炎は,全身の軟骨組織やムコ多糖類を多く含む組織を冒すまれな自己免疫疾患である.II型コラーゲンに対する自己免疫が発症に関与しているともいわれている3).耳介軟骨や鼻中隔軟骨,気管軟骨,眼球,多関節などに多彩な症状を呈する特徴がある.海外では,本症は50~70%に眼症状が合併すると報告されている1)が,わが国では,谷村ら4)が眼科領域の報告14例をまとめたところ,上強膜炎は8例(57%),ぶどう膜炎は6例(43%),視神経乳頭炎は5例(36%),角膜浸潤は4例(29%)に合併していた.欧米では前房蓄膿がみられたという報告5)があるが,ぶどう膜炎や強膜炎の病型や頻度はまだ明らかではない.そのほかにまれではあるが重篤な後部強膜炎,網膜静脈炎,漿液性網膜.離,視神経萎縮などの報告がある4,6).気管軟骨病変が進行すると,肺炎や気管閉塞による窒息が生じることがあり,本症の5年生存率は70~80%といわれている7).また,慢性関節リウマチや全身性エリテマトーデスなどの自己免疫疾患を合併することもあり症状はさらに多彩,複雑になる.本症の治療で主体をなすのは現在のところはステロイドの全身投与であり,ステロイド使用中の再燃例では,アザチオプリンやシクロフォスファミドなどの免疫抑制薬を併用することがある8).本症例は眼症状が初発であり,25年間ぶどう膜炎をくり返した.すでに強膜の菲薄化が著明であり,眼球穿孔も危惧された.これは,強膜に軟骨の主成分であるムコ多糖類が存在しているため,強膜のくり返す炎症の後に菲薄化が生じたと考えられる9).本症例のようにぶどう膜炎に対してステロイド内服・点眼を漫然と続けており,精査されずに,診断がついていないこともまれではない.実際に,眼症状・耳痛・呼吸苦で各診療科を受診していても,生前には診断がついていないままで,窒息による心肺停止に至った1例の報告もある10).さらに,本症例は,ステロイド内服治療が開始された後に,肺真菌症や顔部帯状疱疹など,ステロイドの副作用と考えられる合併症を起こしている.そのため,他科と連携して,注意深く治療・経過観察していかなければならない.まれではあるものの,予後不良であるので,強膜炎,ぶどう膜炎をくり返す症例では,眼症状だけでなく,耳や鼻などの多臓器所見にも注意深い観察が必要で,原因疾患として本症も念頭におき,早期診断・早期治療をすることが重要である.文献1)McAdamLP,O’HanlanMA,BluestoneRetal:Relapsingpolychondritis:prospectivestudyof23patientsandareviewoftheliterature.Medicine55:193-215,19762)DamianiJM,LevineHL:Relapsingpolychondritis.Reportoftencases.Laryngoscope89:929-946,19793)FoidartJM,AbeS,MartinGRetal:AntibodiestotypeIIcollageninrelapsingpolychondritis.NEnglJMed299:1203-1207,19784)谷村真知子,横山勝彦,安部ひろみほか:後部強膜炎を合併した再発性多発軟骨炎の1例.臨眼61:1299-1303,20075)AndersonNG,Garcia-Valenzuela,MartinDF:Hypopyonuveitisandrelapsingpolychondritis.Ophthalmology111:1251-1254,20046)田邊智子,山本禎子,上領勝ほか:硝子体手術によりぶどう膜炎が軽快した再発性多発性軟骨炎の1例.臨眼61:215-219,20077)岡見豊一,松永裕史,白数純也ほか:多彩な眼症状を示した再発性多発性軟骨炎の症例.臨眼57:867-871,20038)渡邉紘章,平松哲夫,松本修一:視力障害を主訴とした再発性多発性軟骨炎の1例.内科98:939-941,20069)田中才一:眼症状を初発とし診断に苦慮した再発性多発性軟骨炎の一症例.眼臨紀1:662-666,200810)山口充,間藤卓,福島憲治ほか:窒息による心肺停止で搬入された再発性多発性軟骨炎の1例,日救急医会誌19:972-978,2008***

涙道閉塞に対する涙管チューブ挿入術による高次収差の変化

2010年12月31日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(77)1709《原著》あたらしい眼科27(12):1709.1713,2010cはじめに涙道内視鏡の導入によって正確な涙管チューブ挿入を行うことが可能になり,より少ない侵襲で涙道を再建することができるようになった1,2).流涙が改善することによる患者満足度は非常に高く,視機能(qualityofvision:QOV)の改善を自覚する症例もまれではない.涙道閉塞による過剰な涙液貯留は流涙の原因となるだけでなく,不均一な涙液層の形成によりQOVが低下する可能性もある.しかし現在まで涙道閉塞とQOVとの関連に着目した報告はない.近年,波面センサーの眼科領域への導入により,波面収差の定量的かつ動的な測定が可能となり,さまざまな涙液動態における高次収差の変化について検討が行われている3~5).これらのなかに,ドライアイに対する涙点プラグ挿入により,涙液貯留量は増加し角膜上皮病変は改善したが,逆に高次収差の増加を認めた症例の報告がある6).この結果は,涙道閉塞に対して本手術を行うことにより,涙液貯留量が減少すれば,高次収差が減少する可能性を示している.今回,涙道閉塞が視機能に与える影響を調査する目的で,総涙小管閉塞および鼻涙管閉塞の症例に対する涙道内視鏡下涙管チューブ挿入術前後の高次収差の変化について検討した.〔別刷請求先〕井上康:〒706-0011岡山県玉野市宇野1-14-31井上眼科Reprintrequests:YasushiInoue,M.D.,InoueEyeClinic,1-14-31Uno,Tamano,Okayama706-0011,JAPAN涙道閉塞に対する涙管チューブ挿入術による高次収差の変化井上康*1下江千恵美*2*1井上眼科*2藤田眼科EffectofBinocularLacrimalPathwayIntubationonOcularHigh-orderAberrationsYasushiInoue1)andChiemiShimoe2)1)InoueEyeClinic,2)FujitaEyeClinic目的:涙道閉塞の治療が視機能に与える影響を調べるために,総涙小管閉塞および鼻涙管閉塞の症例に対する,涙道内視鏡下涙管チューブ挿入術前後の眼高次収差の変化について検討した.対象および方法:2009年8月から2010年2月までの間に井上眼科にて涙管チューブ挿入術を行った,総涙小管閉塞群25例26側,鼻涙管閉塞群17例19側を対象とした.Landolt環を用いた視力検査,自覚的な見え方に関するアンケート調査,涙液メニスカス高,短焦点高密度波面センサー(トプコン)により測定した総高次収差,コマ様収差および球面収差について比較した.結果:涙液メニスカス高,全高次収差とコマ様収差の最大値は両群において有意に低下していた(p<0.01).結論:総涙小管閉塞および鼻涙管閉塞の症例に対して,涙管チューブ挿入術を行うことによって,高次収差は減少した.本手術が視機能の改善に寄与する可能性を示すことができた.Toinvestigatetheeffectoflacrimalpathwayreconstructiononqualityofvision,ocularhigh-orderaberrationsweremeasuredin26eyesof25caseswithcommoncanalicularobstructionsand19eyesof17caseswithnasolacrimalductobstructions,beforeandafterbicanalicularlacrimalpathwayintubationusingalacrimalendoscope.Totalhigh-orderaberrations,coma-likeaberrations,sphericalaberrationsmeasuredwithawavefrontsensor,visualacuity,tearmeniscusheightandsubjectiveimprovementofvisionbasedonquestionnaireswereanalyzed.Tearmeniscusheight,totalhigh-orderaberrationsandcoma-likeaberrationsweresignificantlyreducedpostsurgery(p<0.01).Ourresultssuggestthatbicanalicularlacrimalpathwayintubationcanprovidebetterqualityofvision.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(12):1709.1713,2010〕Keywords:涙管チューブ挿入術,眼高次収差,波面センサー,総涙小管閉塞,鼻涙管閉塞.bicanalicularintubation,ocularhigh-orderaberrations,wavefrontsensor,commoncanalicularobstruction,nasolacrimalductobstruction.1710あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(78)I対象および方法2009年8月から2010年2月までの間に,井上眼科にて総涙小管閉塞および鼻涙管閉塞に対して涙道内視鏡下涙管チューブ挿入術を施行した症例を対象とした.総涙小管閉塞群は25例26側(男性4例4側,女性21例22側),平均年齢66.6±10.1歳,鼻涙管閉塞群は17例19側(男性2例3側,女性15例16側),平均年齢67.7±8.0歳であった.閉塞部の開放はシース誘導内視鏡下穿破法(sheathguidedendoscopicprobing:SEP)1)を用いて,チューブ挿入はシース誘導チューブ挿入法(sheathguidedintubation:SGI)2)を用いて行った.チューブはポリウレタン製PFカテーテルR(東レ)を使用した.術前後の視力の比較はLandolt環を用いた視力検査結果と,自覚的な見え方に関するアンケート調査の結果について行った.また,フォトスリットにて記録した術前後の涙液メニスカス高を比較した(図1).高次収差の測定は,術前と術後に短焦点高密度波面センサー(トプコン)を用いて10秒間の開瞼の間,連続的に行った.瞳孔径4mmにおける術前後の総高次収差,コマ様収差および球面収差の最大値,高らの報告に従い術前後のfluctuationindex(高次収差のばらつき)および高次収差の経時的変化を,「安定型」,「動揺型」,「のこぎり型」,「逆のこぎり型」に分類し,術前後で比較した7).術後検査はすべて涙管チューブ挿入術の4週間後,チューブ留置中に行った.比較には対応のあるt-検定を用いた.II結果視力検査の結果は総涙小管閉塞群において術前1.38,術後1.30,鼻涙管閉塞群において術前1.30,術後1.36であった.対数視力は,総涙小管閉塞群において術前.0.11±0.04logMAR,術後.0.11±0.04logMAR,鼻涙管閉塞群において術前.0.10±0.07logMAR,術後.0.12±0.06logMARであり,術前後で有意差を認めなかった(図2).自覚的な見え方に関するアンケート調査では,見え方が改善したという回答が総涙小管閉塞群において63.16%,鼻涙管閉塞群において64.71%で得られた(図3).涙液メニスカス高は総涙小管閉塞群においては,術前0.55±0.20mmから術後0.32±0.18mm,鼻涙管閉塞群においては術前0.64±0.24mmから術後0.33±0.18mmと有意に低下していた(p<0.01)(図4).全高次収差とコマ様収差の最大値は,総涙小管閉塞群において術前0.255±0.117μm,0.216±0.110μmに対し,術後0.203±0.106μm,0.171±0.096μmと有意に減少していた(p<0.01).鼻涙管閉塞群においても術前0.253±0.099μm,0.216±0.092μmに対し,術後0.210±0.080μm,0.178±図1フォトスリットにより記録した涙液メニスカス高(左:術前,右:術後)0-0.05-0.1-0.15-0.2logMAR0-0.05-0.1-0.15-0.2logMAR術前術後術前術後NSNS総涙小管閉塞群(n=26)鼻涙管閉塞群(n=19)図2視力検査結果(79)あたらしい眼科Vol.27,No.12,201017110.071μmと有意に減少していた(p<0.01).球面収差の最大値は,総涙小管閉塞群においては術前0.054±0.011μm,術後0.057±0.011μmと有意な減少を認めなかったが,鼻涙管閉塞群においては術前0.067±0.006μmから,術後0.056±0.005μmと有意に減少していた(p<0.01)(図5).高次収差の経時的変化については,術前には瞬目後数秒でピークを示し,その後徐々に低下する「逆のこぎり型」を,総涙小管閉塞群の42.31%に,鼻涙管閉塞群の31.58%に認めた6).術後「逆のこぎり型」を示した症例は,総涙小管閉塞群の7.69%,鼻涙管閉塞群の10.53%であった.また,術後は「安定型」を示す症例が,総涙小管閉塞群では0%から34.62%に,鼻涙管閉塞群では5.26%から31.58%に増加していた(図6).全高次収差のfluctuationindexについては,総涙小管閉塞群において術前0.027±0.015μmから術後0.015±0.011μmに(p<0.01),鼻涙管閉塞群において術前0.023±0.014μmから術後0.016±0.009μmに有意に低下していた(p<0.05)(図7).III考按Kohらは涙点プラグ挿入後,視力低下を訴えたドライアイ症例を報告している6).この症例では,プラグ挿入前には瞬目後の高次収差の変化は軽微であったのに対し,プラグ挿入後は「逆のこぎり型」パターンを示していた.全高次収差の変化は,球面収差よりコマ様収差との関連が強く,涙液層の厚みの上下非対称性によることが示唆されている.今回,総涙小管閉塞群においては,全高次収差とコマ様収差の最大値はともに術前に比べ術後では有意に減少してい10.750.50.250(mm)術前術後10.750.50.250(mm)術前術後総涙小管閉塞群(n=26)鼻涙管閉塞群(n=19)**図4涙液メニスカス高(*p<0.01pairedt-test)00.10.20.30.4μmμmTotalComalikeSphericallike****総涙小管閉塞群(n=26)鼻涙管閉塞群(n=19)□:術前■:術後00.10.20.30.4TotalComalikeSphericallike□:術前■:術後*図5各高次収差の最大値(*p<0.01pairedt-test)31.58%35.29%36.84%17.65%26.32%47.06%0%50%100%□:著明に改善した■:改善した■:不変■:悪化した■:著明に悪化した鼻涙管閉塞群(n=19)総涙小管閉塞群(n=26)5.26%図3アンケート結果1712あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(80)た.球面収差に関しては有意差を認めず,高次収差の変化は球面収差よりもコマ様収差と連動していることが確認された.涙液メニスカス高と涙液メニスカス曲率半径の間には相関があり8),さらに涙液メニスカス曲率半径は涙液貯留量と相関することが報告されている9).今回の結果では,涙液メニスカス高は術後有意に低下しており,総涙小管閉塞による涙液の過剰な貯留を解消することによって,瞬目直後の非対称な涙液層に起因するコマ様収差を主とした全高次収差の最大値を減少させることができたと考えられる.連続測定による高次収差の経時的変化については,術前には「逆のこぎり型」を示す症例が多かったが,術後は安定型を示す症例が増加しており,高次収差のばらつきを示す指標であるfluctuationindexについても術後は有意に低下していた.総涙小管閉塞を開放することで,開瞼中の安定した高次収差を得ることができたと考えられる.鼻涙管閉塞群においても同様に,涙液メニスカス高,全高次収差およびコマ様収差の最大値,全高次収差のfluctuationindexに関しては有意な減少が認められた.また高次収差の経時的変化についても,術前は「逆のこぎり型」を示すものが多かったが,術後は安定型を示す症例が増加していた.総涙小管閉塞群と同様に,過剰な涙液の貯留を解消することで,瞬目直後のコマ様収差を主とした全高次収差の最大値を減少させ,開瞼中の安定した高次収差を得ることができたと考えられる.また,総涙小管閉塞群では球面収差に変化を認めなかったが,鼻涙管閉塞群では術後に有意な球面収差の減少を認めている.鼻涙管閉塞群では,術前の涙液に粘液および膿が含まれており,総涙小管閉塞群の涙液と比較して粘性が高いことが推測される.チモロールイオン応答性ゲル化製剤(チモプトールRXE)の正常眼への点眼により,全高次収差および球面収差が有意に増加することが報告されていることから10),今回の球面収差の減少は涙液の粘性の低下による可能性が考えられる.波面センサーを用いた今回の検討では,総涙小管閉塞および鼻涙管閉塞の症例に対する涙管チューブ挿入術後の高次収差は術前に比べ減少していた.本手術がQOVの改善に寄与する可能性を示すことができたと考えている.文献1)杉本学:シースを用いた新しい涙道内視鏡下手術.あたらしい眼科24:1219-1222,20070.050.040.030.020.0100.050.040.030.020.010***術前術後術前術後総涙小管閉塞群(n=26)鼻涙管閉塞群(n=19)(μm)(μm)図7Fluctuationindex(*p<0.01,**p<0.05pairedt-test)46.15%57.69%42.31%7.69%11.54%34.62%0%50%100%10.53%5.26%31.58%52.63%57.89%31.58%10.53%0%50%100%■:逆のこぎり型■:動揺型■:安定型□:のこぎり型総涙小管閉塞群(n=26)鼻涙管閉塞群(n=19)図6高次収差の経時的変化(81)あたらしい眼科Vol.27,No.12,201017132)井上康:テフロン製シースでガイドする新しい涙管チューブ挿入術.あたらしい眼科25:1131-1133,20083)KohS,MaedaN,KurodaTetal:Effectoftearfilmbreak-uponhigher-orderaberrationsmeasuredwithwavefrontsensor.AmJOphthalmol134:115-117,20024)KohS,MaedaN,HirobaraYetal:Serialmeasurementsofhigher-orderaberrationsafterblinkinginnormalsubjects.InvestOphthalmolVisSci47:3318-3324,20065)KohS,MaedaN,HirobaraYetal:Serialmeasurementsofhigher-orderaberrationsafterblinkinginpatientswithdryeye.InvestOphthalmolVisSci49:133-138,20086)KohS,MaedaN,NinomiyaSetal:Paradoxicalincreaseofvisualimpairmentwithpunctualocclusioninapatientwithmilddryeye.JCataractRefractSurg32:689-691,20067)高静花:涙液と高次収差.あたらしい眼科24:1461-1466,20078)OguzH,YokoiN,KinoshitaS:Theheightandradiusofthetearmeniscusandmethodsforexaminingtheseparameters.Cornea19:497-500,20009)YokoiN,BronAJ,TiffanyJMetal:Relationshipbetweentearvolumeandtearmeniscuscurvature.ArchOphthalmol122:1265-1269,200410)平岡孝浩:点眼薬と高次収差.あたらしい眼科24:1489-1495,2007***