●連載●連載監修=ビッセン宮島弘子23.多焦点眼内レンズ挿入眼の脳順応柴琢也東京慈恵会医科大学眼科多焦点眼内レンズは特殊な光学的構造を有するため,最良の視機能を獲得するまでに一定の期間を要する.これは術後に多焦点眼内レンズの特殊な見え方に対して,患者の脳が次第に順応していくことにより,多焦点眼内レンズの機能を使えるようになっていくものと推察される.また,特殊な視覚訓練を行うことによって,順応期間を短縮し,順応度を向上させようという研究もされている.近年の白内障手術は目覚しい進歩を遂げており,超音波白内障手術とfoldable眼内レンズ(IOL)による小切開白内障手術によってほぼ完成された術式となっている.IOLの分野においては,着色,非球面,極小切開対応,大光学径,乱視矯正などのさまざまな付加価値を有するIOLがすでに臨床使用されている.多焦点IOLもそのうちの一つであるが,2005年頃より新世代の多焦点IOLを用いた白内障手術が欧米を中心に開始され,わが国でも2007年より順次使用可能になった.さらに2008年には先進医療として承認され,現在までに数多く使用されている.多くの付加価値IOLは,正しく使用すれば有する付加価値により視機能低下をきたすことは少ない.それに比べて多焦点IOLは,付加価値を有するが故に(この場合は二重焦点であるということ),単焦点IOLとは術後経過に相違がある.そこで本稿では,多焦点IOLの術後経過について脳順応の観点から考察する.脳順応多焦点IOLの術後経過について考察する前に,脳順応について述べる.神経系は外界の刺激などによって常に解剖学的・機能的に変化しており,このことは神経可塑性とよばれている.神経可塑性は,①発生・発育段階に認めるもの,②加齢・外傷などにより損失した神経回路が,回復する際に認めるもの,③記憶・学習などにより獲得するものの3つに大別される.このうち③の神経可塑性が,多焦点IOL挿入眼の脳順応を考える際に重要になる.脳科学の分野では,神経可塑性を獲得するために行う事柄を知覚学習(perceptuallearning:PL)とよび,特に視覚領域に限定した事柄に対しては視覚的知覚学習(visualperceptuallearning:VPL)という言葉(65)を用いている.たとえば,超音波エコーを一瞥して胎児の性別を判定することは,多くの眼科医には不可能であろう.しかし同じ映像を見ても,熟練した産婦人科医にはこれが可能になる.当然であるが産婦人科医が眼科医よりも視機能が良好であるという報告はなく,これはトレーニングを重ねて獲得されたものである.このトレーニングがまさにVPLである1).現在までにPLについては多くの研究が行われているにもかかわらず不明な点も多いが,PLは神経可塑性に関係するものと考えることが通説となっている.つまり脳の神経回路が組み換えられていくことで,特定の行動を効率よく行えるようになるということである.先述の例でいえば,産婦人科医はエコー画像から胎児の性別を判断するトレーニングを重ねることによって自身の診断能力を向上させていくことは,該当する視覚野のネットワークが適切に組み換わっていくことによって獲得されるということである.さらにいえば,産婦人科医は小児期からこのトレーニングを行っている訳ではないということより,解剖学的な成長によらなくてもPLは有効であるといえよう.多焦点IOLの術後経過多焦点IOL挿入術後の経過は,単焦点IOLに比べてどのような違いがあるのであろうか.単焦点IOLに比べて多焦点IOL挿入眼のコントラスト感度は,術後1カ月目ではすべての周波数領域で低下しているが,術後3カ月目では高周波領域のみが有意に低下しており,術後6カ月以降では両IOL挿入眼に有意差を認めなかったとの報告がある2).さらに多焦点IOL挿入後の最良の遠方視力,近方視力が得られるまでの期間は,単焦点IOL挿入眼に比べて延長するとの報告も散見される3.5).これらの報告では,その理由の一つに脳順応が関与してあたらしい眼科Vol.28,No.11,201115770910-1810/11/\100/頁/JCOPYいることを推察している.そこで脳順応が関与している可能性があるのであれば,これを積極的に利用して多焦点IOL挿入眼の術後視機能を向上させようという試みもされている.Kaymakらは,多焦点IOL挿入術後から,特殊な視覚訓練を行うことにより最良の遠方視力,近方視力が得られるまでの期間を短縮することが可能であったと報告しているいることを推察している.そこで脳順応が関与している可能性があるのであれば,これを積極的に利用して多焦点IOL挿入眼の術後視機能を向上させようという試みもされている.Kaymakらは,多焦点IOL挿入術後から,特殊な視覚訓練を行うことにより最良の遠方視力,近方視力が得られるまでの期間を短縮することが可能であったと報告している.さらに,検査指標の照度やコントラストによってその期間は異なり,より見えづらい条件のほうが最良視力獲得までの期間が必要であるとも述べている6).多焦点IOLの術後経過の脳科学的推察前述の報告を脳科学的に推察すると,以下のようである.多焦点IOL挿入術を施行された患者は,今まで経験したことのない視機能を獲得することになる.経験したことがないために手術直後は,多焦点IOLの性能を発揮しきれない.しかし覚醒時には視覚刺激を常に受けているため,これが結果的に無意識のVPLとなっている.その結果,VPLの積み重ねによって,多焦点IOLを介した視覚情報の処理を行うための神経回路が適切に組み換えられていくことで,効率よく視覚判断を行うことができるようになっていく.この現象は,簡易なものから早く達成されていく.さらに,積極的にVPLを行うことによって,この期間を短縮できるようになる.おわりに多焦点IOL挿入術後の脳順応に関して,従来の臨床報告を脳科学的に推察したが,実際に脳活動を計測して,脳順応の関与の証明はいまだされていない.この分野は,患者の術後満足度向上に重要であり,今後さらなる研究が必要であろう.文献1)CarmelD,CarrascoM:Perceptuallearninganddynamicchangesinprimaryvisualcortex.Neuron57:799-801,20082)Montes-MicoR,AlioJL:Distanceandnearcontrastsensitivityfunctionaftermultifocalintraocularlensimplantation.JCataractRefractSurg29:703-711,20033)GoesFJ:VisualresultsfollowingimplantationofarefractivemultifocalIOLinoneeyeandadiffractivemultifocalIOLinthecontralateraleye.JRefractSurg24:300-305,20084)PalominoBautistaC,CarmonaGonzalezD,CastilloGomezAetal:Evolutionofvisualperformancein250eyesimplantedwiththeTecnisRZM900multifocalIOL.EurJOphthalmol19:762-768,20095)MesterU,HunoldW,WesendahlTetal:FunctionaloutcomesafterimplantationofTecnisRZM900andArrayRSA40multifocalintraocularlenses.JCataractRefractSurg33:1033-1040,20076)KaymakH,FahleM,OttGetal:IntraindividualcomparisonoftheeffectoftrainingonvisualperformancewithReSTORRandTecnisRdiffractivemultifocalIOLs.JRefractSurg24:287-293,2008☆☆☆1578あたらしい眼科Vol.28,No.11,2011(66)