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眼内レンズ:一過性糖尿病白内障

2010年9月30日 木曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.9,201012330910-1810/10/\100/頁/JCOPY糖尿病患者に白内障が合併しやすいことはよく知られている.そのなかで,一過性の白内障が生じることが,Nettleshipにより1885年報告され,以後も海外で同様の報告が散見される1~4)が,わが国での報告はまれであり,それらのなかでもくり返し白内障が出現した症例は報告がない.今回,水晶体混濁が可逆性であった糖尿病白内障を経験したので報告する.●症例患者:31歳,女性.17歳時より両眼増殖糖尿病網膜症に対し汎網膜光凝固術を施行後,外来で経過観察を行っていた.経過中に両眼霧視を訴え受診した.矯正視力は両眼とも1.0を保持していたものの,両眼特に左眼の水晶体前.および後.下皮質に粟粒状の多数の混濁を楔状に認めた(図1).前眼部に特記すべき異常所見はなく,網膜症は汎網膜光凝固後で鎮静化していた.その後,外来で経過観察をしたが,約2カ月後には自覚症状(67)は改善し両眼とも白内障は完全に消失した(図2).しかし,約2カ月後に,再度両眼霧視が出現し,両眼の水晶体前.および後.下皮質に前回と同様の混濁を認めた(図3).その後,白内障は再び消失し以後は出現してい高山圭池田恒彦大阪医科大学眼科眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎289.一過性糖尿病白内障糖尿病患者に白内障が合併することはよく知られているが,血糖コントロールが不良な糖尿病患者に生じる白内障は,血糖値管理を厳格にすることで改善・消失することがある.血糖コントロールが不良の糖尿病白内障に対する手術適応は慎重に決定する必要がある.図1初回の一過性白内障出現時の左眼細隙灯顕微鏡所見水晶体前.および後.下皮質に粟粒状の多数の混濁を楔状に認めた.図3さらに2カ月後の左眼細隙灯顕微鏡所見再度両眼霧視が出現し,前回と同様の水晶体混濁を認めた.図22カ月後の左眼細隙灯顕微鏡所見自覚症状は改善し両眼とも白内障は完全に消失した.ない.屈折値については,両眼とも経過中に著変はなかった.血糖値管理については,白内障出現時のヘモグロビン(Hb)A1Cは12%に上昇しており,血糖コントロールは不良であったが,その後は8~9%前後を保持している.●考按糖尿病白内障の発症機序としては,①終末糖化物質蓄積説,②ポリオール代謝説,③酸化ストレス説,などが提示されている5).①終末糖化物質蓄積説高血糖状態では糖が蛋白質と非酵素的に結合し,さらにアマドリ化合物,中間反応性生物形成,脱水・重合を経て蛍光物質である終末糖化物質に変化する.この終末糖化物質が水晶体に蓄積することにより混濁が生じるとされている.②ポリオール代謝説水晶体線維細胞はグルコースを取り込みエネルギーとしているが,高血糖状態ではグルコースがアルドース還元酵素によりソルビトールに,さらにソルビトールがフルクトースに変換され,それらは透過性が悪いため水晶体線維細胞に蓄積する.その結果,水晶体の浸透圧を上昇させ,浮腫を起こし白内障を生じると考えられている.アルドース還元酵素は前.および後.下の表層皮質に多く分布する.③酸化ストレス説水晶体が酸化ストレスを受け,グルコースが自動酸化し活性酸素を生成する.これらが水晶体中のクリスタリンの変性を惹起し水晶体が混濁する.過去の報告によると,一過性糖尿病白内障は後.下に雪片状混濁および楔状混濁1)として認められることが多いとされており,今回の症例でも同様に後.下に楔状混濁および粟粒状の多数の混濁を認めた.一過性糖尿病白内障の発症機序としては,以下のようなことが考えられる.すなわち,まず高血糖状態から血糖値が急激に減少することにより眼内液のグルコース濃度も減少し,グルコース・ソルビトールなどが蓄積した水晶体組織との間に浸透圧の不均衡が生じ,浸透圧差から水晶体が浮腫を起こし白内障が出現する1,2).その後,水晶体細胞の代謝などでそのグルコースが減少することで浸透圧差が是正され,浮腫が消失し白内障が消失する3,4).過去の報告では血糖値是正後に発症したものが多い2.4)が,血糖値の変動や高血糖の持続期間についてはいまだ詳細な報告がない.本症例では白内障出現時のHbA1Cはきわめて高値であり,血糖値の変動が大きかったことが一過性白内障を生じた要因と考える.今回のように,血糖コントロールが不良な糖尿病患者に見られる皮質白内障は一過性である可能性も念頭においたうえで,手術適応を慎重に決定する必要があると考えられる.文献1)DickeyJB,DailyMJ:Transientposteriorsubcapsularlensopacitiesindiabetesmellitus.AmJOphthalmol115:234-238,19932)ButlerPA:Reversiblecataractsindiabeticmellitus.JAmOptomAssoc65:559-563,19943)SaitoY,OhmiG,KinoshitaSetal:Transienthyperopiawithlensswellingatinitialtherapyindiabetes.BrJOphthalmol77:145-148,19934)TrindadeF:Transientcataractandhypermetropizationindiabetesmellitus:casereport.ArqBrasOftalmol70:1037-1039,20075)太田好次:糖尿病白内障の発症・進展機序─基礎的検討からのアプローチ─.日本白内障学会誌14:15-18,2002

コンタクトレンズ:私のコンタクトレンズ選択法 ボシュロム メダリスト ワンデープラス乱視用

2010年9月30日 木曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.9,201012310910-1810/10/\100/頁/JCOPYトーリックソフトコンタクトレンズ(トーリックSCL)は円柱軸安定化のデザインの違いからプリズムバラスト・デザインとダブルスラブオフ・デザインに分類され,装用眼の状態に応じてフィッティングが良好で円柱軸の回転安定性が高く,装用時に違和感の少ないデザインのレンズが選択される.最近のトーリックSCLはデザインによるフィッティングの差は少なくなっているが,素材とデザインの両方の特性によってフィッティグや装用感が異なり,適応となるレンズの種類が限定される場合がある.本稿では,プリズムバラスト・デザインのハイドロゲル素材の代表的な1日交換トーリックSCL,ボシュロムのメダリストワンデープラス乱視用(表1)に変更して処方が成功した典型的なケースについて解説する.●ケース症例:30歳,女性.主訴:使用中のトーリックSCLで乾燥感が強いため,他のタイプへの変更を希望.CL使用歴:5年前から頻回交換トーリックSCLを人工涙液型点眼液とヒアルロン酸点眼液を使用しながら装用している.異物感がありハードCLの装用は困難であった.検査所見:自覚的屈折検査VD=0.06(1.2×.3.25D(C.3.50DAx10°)VS=0.06(1.5×.3.25D(C.3.50DAx170°)他覚的屈折検査R).4.00D(C.4.75DAx11°L).4.25D(C.5.25DAx165°角膜曲率半径R)7.98mm(42.25D)Ax4°/7.36mm(45.75D)Ax94°C.3.50DAx4°L)7.98mm(42.25D)Ax169°/7.35mm(46.00D)Ax79°C.3.75DAx169°(65)細隙灯顕微鏡検査両眼の角膜に軽度のSPK(点状表層角膜炎)使用レンズ:頻回交換トーリックSCL〔プリズムバラスト・デザイン/ハイドロゲル素材(FDA分類IV)〕R)8.70/S.2.75C.2.25Ax180°/14.4L)8.70/S.3.00C.2.25Ax180°/14.4VD=0.7×SCL(1.2×.0.50D(C.1.00DAx180°)VS=0.8×SCL(1.2×.0.25D(C.1.25DAx180°)フィッティング:両眼のレンズともセンタリング,回転安定性は良好であった.トーリックSCL処方経過:まず乾燥感に対処するため,素材の特性として乾燥しにくいシリコーンハイドロゲル素材(FDA分類I)のダブルスラブオフ・デザインの頻回交換トーリックSCLをテスト装用させたが,レンズが乾きやすく,異物感の自覚症状が強まったため処方には至らなかった.つぎに,それまで使用していたレンズと同じハイドロゲル素材(FDA分類IV)のダブルスラブオフ・デザインの1日交換トーリックSCLをテスト装用させたが,塩谷浩しおや眼科コンタクトレンズセミナー監修/小玉裕司渡邉潔糸井素純私のコンタクトレンズ選択法315.ボシュロムメダリストワンデープラス乱視用表1ボシュロムメダリストワンデープラス乱視用の製品概要素材含水率FDA分類製造方法酸素透過係数(Dk値)*1酸素透過率(Dk/L値)*2ベースカーブ直径光学部中心厚球面度数円柱度数円柱軸レンズカラーガイドマークhilafilconB59%グループII(非イオン性高含水)Cast-molded2217.68.6mm14.2mm8.0mm(.3.00D)0.125mm(.3.00D)0.00D~.6.00D(0.25Dステップ).6.50D~.9.00D(0.50Dステップ).0.75D,.1.25D,.1.75D90°,180°ライトブルー6時方向に1本*1×10.11(cm/sec)・(mLO2/mL・mmHg).*2×10.9(cm/sec)・(mLO2/mL・mmHg).1232あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(00)使用レンズと乾燥感に差はなく,夜間にはレンズが外れやすく,長時間の装用が困難であった.そこでハイドロゲル素材(FDA分類II)のメダリストワンデープラス乱視用をテスト装用させたところ,乾燥感は軽減し,装用の継続が可能と判断し処方することになった.処方レンズ:1日交換トーリックSCL:メダリストワンデープラス乱視用〔プリズムバラスト・デザイン/ハイドロゲル素材(FDA分類II)〕R)8.60/S.2.75C.1.75Ax180°/14.2L)8.60/S.3.00C.2.25Ax180°/14.2VD=0.6×SCL(1.2×.0.25D(C.1.50DAx180°)VS=0.8×SCL(1.2×.0.25D(C.1.50DAx180°)フィッティング:両眼のレンズともセンタリング,回転安定性は良好であった.考察:一般的に軽度のドライアイでSCL装用時に乾燥感の症状が強く,人工涙液型点眼液やヒアルロン酸点眼液の使用で改善しないケースには,SCLの素材を乾燥しにくいものに変更したり,使用期間の短いタイプに変更したりして対処する.しかしレンズのデザイン特性による違いもあるため,理論どおりの結果が得られないことも多い.そこで最適なレンズを選択するためには適当と思われる各種のレンズをテスト装用させることが必要である.本ケースの自覚症状が改善した理由としては非イオン性で汚れが付きにくい柔軟なハイドロゲル素材の1日交換タイプになったことのほかに,メダリストワンデープラス乱視用の特性として涙がレンズ全体に広がりやすいデザイン(図1)であること,保湿成分「ポロキサミン」がレンズを覆う涙液膜を安定化させていることが考えられる.リファインド・オプティカルゾーン左右対称のレンズ厚プリズムバラストデザイン360°コンフォートチャンファーOZDIA14.2mmOpticalZone8.0mmBackToricSurfaceCT0.125mm(-3.00D)BaseCurve8.6mm図1ボシュロムメダリストワンデープラス乱視用のデザイン

写真:緑膿菌性角膜潰瘍

2010年9月30日 木曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.9,201012290910-1810/10/\100/頁/JCOPY(63)写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦316.緑膿菌性角膜潰瘍福田昌彦近畿大学医学部眼科図1緑膿菌性角膜潰瘍(28歳,男性)1カ月の定期交換ソフトコンタクトレンズ装用者.コンタクトレンズケアは悪く1カ月以上装用していた.2日前から眼痛があり,急激に増悪して受診.角膜中央は著明に白濁,浮腫を認め一部は裂け目のような透明帯を認める.角膜は感染による炎症で融解し膨隆している.(福田昌彦:知っておきたいCL合併症34.日コレ誌52:67-68,2010,p67,図1より)図3図1の治療3日後実質融解はさらに進行して広範囲に及んでいる.(福田昌彦:知っておきたいCL合併症34.日コレ誌52:67-68,2010,p67,図2より)図4緑膿菌性角膜潰瘍(19歳,男性)ソフトコンタクトレンズを装用したまま就寝,翌日眼痛出現,2日後受診.著明な輪状膿瘍を認める.①②③④⑤図2図1のシェーマ①:融解,膨隆した角膜実質.②:実質間の裂け目.③:融解,膨隆した角膜実質.④:前房蓄膿.⑤:付着した眼脂.1230あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(00)ソフトコンタクトレンズ(SCL)装用に伴う眼感染症は緑膿菌とアカントアメーバが多い.緑膿菌による角膜潰瘍の特徴は急激な発症と進行である.すべての症例ではないが1~2日で提示例のように角膜膿瘍や融解となり,視力予後が悪いことがある.緑膿菌性角膜潰瘍の治療はニューキノロン系抗菌薬とアミノ配糖体系抗菌薬点眼が第一選択であり1~2時間ごとの頻回点眼を行うことが多い.重症例ではセフェム系抗菌薬のセフタジジム(モダシンR)やイミペナム/シラスタチンナトリウム(チエナムR)などの点滴を併用する.臨床所見としては図4の症例のような輪状膿瘍がよく知られているが,図1の症例のように強い膿瘍から角膜融解をきたす症例がある.図1の症例は,その後全層角膜移植を行ったが,拒絶反応で移植片不全となった.1年後に再度DSAEK(Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty)を行ったが,やはり拒絶反応で移植片不全となった.SCL装用に伴う角膜感染症は緑膿菌とアカントアメーバによるものが多く,どちらも角膜病巣部とコンタクトレンズケース内から検出されることが多い.2週間交換レンズ,1カ月交換レンズ使用においては,不適切なコンタクトレンズの取り扱いが原因でコンタクトレンズケース内に緑膿菌やアカントアメーバが増殖して,それらが付着したコンタクトレンズを装用することで角膜感染症をひき起こすことがわかっている(図5).感染を起こして入院治療を行った症例に関する調査では,コンタクトレンズの洗浄,消毒を怠っている例やレンズケースの交換を行っていない例,決められた期間以上にレンズを装用している例,定期検査をまったく行っていない例などが多数認められた.SCL感染症を起こさないためには,レンズを取り扱う前の手洗い,レンズの洗浄,こすり洗いの徹底,レンズケースの3カ月に一度の交換,過酸化水素,ヨードなどによる消毒などが必要であると考えられる.文献1)福田昌彦:コンタクトレンズ関連角膜感染症の実態と疫学.日本の眼科80:693-698,2009図5コンタクトレンズ装用による角膜感染症の発症メカニズムCLケース内角膜:緑膿菌:アカントアメーバ不適切なレンズケアMPSの弱い殺菌力+長時間装用など角膜炎発症

糖尿病網膜症の遺伝素因

2010年9月30日 木曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPYについて解説し,今後の展望について考える.I2型糖尿病糖尿病網膜症の関連解析これまでに報告されている糖尿病網膜症の感受性遺伝子は,ほとんどが候補遺伝子についての,おもに一塩基はじめに糖尿病網膜症は糖尿病人口とともに増加していて,わが国では視覚障害者の約5分の1を占めており,世界的にみても,先進国における失明原因のトップとなっている.糖尿病網膜症を進展させるおもな原因としては,血糖コントロールと糖尿病罹病年数が重要な原因であることは間違いなく,TheWisconsinEpidemiologicStudyofDiabeticRetinopathy(WESDR)によれば,2型糖尿病患者における糖尿病網膜症罹患率は,糖尿病罹患5年未満の場合は29%,15年以上の場合は78%と報告されている1)し,血糖コントロールの重要さについては,TheDiabetesControlandComplicationsTria(lDCCT)やTheUKProspectiveDiabetesStudy(UKPDS)で示されている.しかし一方で臨床の現場では,長期間血糖コントロール不良でも糖尿病網膜症がみられなかったり,その逆のパターンもしばしば経験する.2008年に発表された2型糖尿病11,140人を対象としたADVANCE試験では,HbA1C6.5%以下を目標とする強化療法群と標準療法群の間で,5年間の網膜症発症率に有意差はみられなかったことが報告されている.さらに民族間で網膜症有病率に差がみられたり,兄弟が網膜症を有する場合は発症率が約3倍になるなどの家族内集積も報告されている2).これらのことから,糖尿病網膜症進展のリスクファクターとして何らかの遺伝的要素の存在が推測され,多くの研究がされてきた.ここでは,これまでに報告されている糖尿病網膜症の感受性遺伝子(57)1223*MayumiEnya,YukioHorikawa&JunTakeda:岐阜大学医学部附属病院糖尿病代謝内科〔別刷請求先〕塩谷真由美:〒501-1194岐阜市柳戸1-1岐阜大学医学部附属病院糖尿病代謝内科特集●糖尿病と糖尿病網膜症あたらしい眼科27(9):1223.1228,2010糖尿病網膜症の遺伝素因GeneticStudiesinDiabeticRetinopathy塩谷真由美*堀川幸男*武田純*表1糖尿病網膜症の候補分子.ポリオール代謝Aldosereductase.レニン・アンギオテンシン系ACE,angiotensinogen,AT2R1.AGE受容体RAGE,AGE-R1,AGE-R3.サイトカイン・増殖因子VEGF,TGF-b,TNF,Insulin,PEDF.血管・血流・血液凝固MTHFR,eNOS,iNOS,PAI-1,PON,Lp(a),ApoE,prothrombin.その他VDR,ADRB3,ICAM-1,PKCb,SOD図1糖尿病網膜症の進展毛細血管瘤毛細血管閉塞血管透過性亢進網膜・硝子体出血網膜新生血管網膜浮腫増殖糖尿病網膜症牽引性網膜.離血管新生緑内障糖尿病黄斑症1224あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(58)遺伝子についてメタ解析を行った3).そのうち5スタディ以上で取り上げられた7種類の遺伝子多型を表2に示し,2~5スタディで取り上げられた残りの27SNPsを表3に示す.1.AngiotensinIconvertingenzyme(ACE):17q23.3ACEはアンジオテンシンIをアンジオテンシンIIへ変換する酵素である.アンジオテンシンIIは眼球内血流,血圧,毛細血管発達,血管透過性の亢進,酸化ストレス増加,細胞増殖調整の役割を有する.ACEのイントロン16のインサーション/デリーションについて,2型糖尿病の7スタディのメタ解析では,すべての網膜症多型(SNPs)を用いた関連解析から得られたものである.糖尿病網膜症が進展していく途中の各段階において(図1),病態,生化学,病理学などから糖尿病網膜症との関連が示唆される遺伝子を絞り(表1),患者群と対照群におけるSNPsの頻度差を検定する.多数の遺伝子や遺伝子多型の報告がなされているが,研究グループや民族が異なると再現しない場合も多い.ここではまず,最近報告された糖尿病網膜症感受性遺伝子のメタ解析について紹介し,つぎに個々の遺伝子について解析を加えることとする.Abharyらは,糖尿病網膜症の進展に関係する遺伝子多型として1990年から2008年までに論文として報告された702論文のなかから82スタディ,34SNPs,20表22型糖尿病の糖尿病網膜症に関する関連解析のメタ解析遺伝子多型OR(95%CI)p値比較ACEINS/DELatintron161.01(0.89-1.15)0.866DRありvsなし0.91(0.75~1.12)0.3786NPDRvsなし1.12(0.89~1.42)0.3237PDRvsなし1.12(0.92~1.35)0.2512NPDRvsPDRNOS3rs31388080.93(0.74~1.17)0.5408DRありvsなし0.53(0.12~2.46)0.421NPDRvsなし0.42(0.05~3.69)0.4341PDRvsなし0.79(0.42~1.5)0.4723NPDRvsPDRVEGFrs20109630.86(0.7~1.05)0.1407DRありvsなし0.62(0.48~0.81)0.0005*NPDRvsなし0.8(0.6~1.06)0.1166PDRvsなし1.32(0.99~1.76)0.0559NPDRvsPDRAKR1B1rs7598531.16(0.98~1.36)0.0885DRありvsなし1.17(0.88~1.55)0.2945NPDRvsなし0.84(0.6~1.19)0.3285PDRvsなし0.76(0.47~1.2)0.2364NPDRvsPDR(CA)nリピート:z1.04(0.70~1.57)0.8330DRありvsなし0.65(0.45~0.94)0.0215*NPDRvsなし0.77(0.59~1.00)0.0482*PDRvsなし0.65(0.45~0.94)0.0215*NPDRvsPDR(CA)nリピート:z.22.64(1.39~5.01)0.0029*DRありvsなし1.87(1.29~2.71)0.0010*NPDRvsなし1.64(1.21~2.22)0.0016*PDRvsなし1.87(1.29~2.71)0.0010*NPDRvsPDR(CA)nリピート:z+20.97(0.57~1.65)0.9038DRありvsなし0.71(0.42~1.20)0.2001NPDRvsなし0.62(0.39~0.99)0.0464*PDRvsなし0.71(0.42~1.20)0.2001NPDRvsPDRDR:糖尿病網膜症,PDR:増殖網膜症,NPDR:非増殖網膜症.*:p<0.05.(59)あたらしい眼科Vol.27,No.9,201012253.VascularendothelialgrothfactorA(VEGFA):6p12VEGFAは多機能なサイトカインで,血管新生を促進したり,毛細血管の透過性を調整する.5¢UTRのrs2010963について,7スタディでメタ解析されており,対照群と非増殖網膜症(NPDR)群の間に有意差が認められた.4.Nitricoxidesynthase3(NOS3):7q36eNOSは内皮細胞から産生される酵素で,eNOSにより作られるNOは血管拡張因子である.NO濃度は活動型で有意差を認めなかった.2.Aldosereductase(AKR1B1):7q35アルドースレダクターゼはポリオール経路の律速酵素である.プロモーターのSNPであるrs759853とAKR1B1遺伝子の5¢側のCAリピートのうちz,z+2,z.2がメタ解析され,z.2アリルではすべての網膜症型で有意差を認め,z,z+2アリルでも弱いながらも関連性を認めている.一方,rs759853では有意差はみられなかった.表32型糖尿病の糖尿病網膜症に関するその他の関連解析遺伝子多型OR(95%CI)p値比較AGTR1rs51860.73(0.43~1.22)0.2251DRありvsなしITGA2rs29109641.65(1.26~2.15)0.0002*DRありvsなしADRB3rs49942.16(1.32~3.51)0.0020*DRありvsなし1.71(0.94~3.14)0.0811NPDRvsなし1.56(0.81~3.01)0.1829PDRvsなしAGTrs47620.84(0.63~1.11)0.2102DRありvsなしAPOEe2/e3/e41.05(0.76~1.45)0.7681DRありvsなしFGF2rs414560441.19(0.74~1.91)0.4672PDRvsなしrs3083951.08(0.81~1.45)0.5882PDRvsなしNOS3rs17999831.11(0.94~1.31)0.2279DRありvsなしrs413220521.04(0.75~1.45)0.7956DRありvsなし0.83(0.43~1.59)0.5686PDRvsなしICAM1rs133064300.56(0.39~0.81)0.0017*DRありvsなしMTHFRrs18011331.39(0.99~1.94)0.0563DRありvsなしNPYrs161392.62(0.9~7.61)0.0759DRありvsなしPAI-1rs17997681.06(0.85~1.32)0.6017DRありvsなしPON1rs6620.99(0.44~2.27)0.9896DRありvsなしPON2rs74930.72(0.46~1.15)0.1685DRありvsなしPPARGrs18012820.83(0.62~1.11)0.2135DRありvsなしAGERrs18006241.89(0.53~6.75)0.3271DRありvsなし2.94(0.46~18.76)0.2540NPDRvsなし0.93(0.62~1.38)0.7055PDRvsなし0.94(0.7~1.27)0.7035DRありvsなし0.99(0.64~1.55)0.9803PDRvsなしVDRrs107358101.15(0.8~1.66)0.4415DRありvsなしVEGFrs256481.48(0.42~5.19)0.5363DRありvsなしrs15703600.93(0.67~1.3)0.6740DRありvsなしrs30950391.1(0.47~2.62)0.8230DRありvsなし0.97(0.33~2.85)0.9560NPDRvsなし1.44(0.88~2.36)0.1491PDRvsなしrs355693942.28(1.59~3.26)1.0×10.5DRありvsなしrs6999471.01(0.56~1.83)0.9741DRありvsなしDR:糖尿病網膜症,PDR:増殖網膜症,NPDR:非増殖網膜症.*:p<0.05.1226あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(60)7.Intercellularcelladhesionmolecule(ICAM1):19p13.3.p13.2ICAM-1は免疫グロブリンスーパーファミリーに属する接着分子であり,血管内皮に白血球が接着したり,内皮を通過して遊走する際の重要なメディエーターとして作用する.白血球が網膜の血管に接着することにより,blood-retinaバリアが破壊され,毛細血管の非灌流,内皮細胞の損傷と細胞死に至る.Kamiuchiら日本人データとLiuらの中国人データでrs13306430の有意差が報告されている.II糖尿病網膜症候補遺伝子獲得の試み糖尿病網膜症候補遺伝子としては,上記のごとく糖尿病網膜症との関連が示唆される機能を有する遺伝子が取り上げられることが多いが,別の角度から候補遺伝子を絞り込んだり,獲得する試みについて,筆者らの施設の結果を含めて報告する.1.大血管障害と糖尿病網膜症糖尿病網膜症を有する患者は,脳梗塞,冠動脈疾患など大血管障害を有するリスクが高いことが報告されていることから,糖尿病網膜症と大血管障害に共通して報告されている遺伝子に注目することは重要といえる6)(表4).性の糖尿病増殖網膜症で高濃度であることから,eNOS遺伝子であるNOS3が候補遺伝子と考えられた.しかし3SNPs(rs1799983,rs41322052,rs3138808)でメタ解析が行われたが,いずれも有意差を認めなかった.5.a2b1integrin(ITGA2):5q23.q31a2b1integrinは,コラーゲンに対する血小板上の受容体として作用する.糖尿病患者の血小板は凝集能が高いことが報告されており,糖尿病網膜症や糖尿病腎症の進展に血小板が関与しているのではないかと推測されていることから,候補遺伝子とされた.Matsubaraら日本人のデータ4)とPetrovicら欧米人のデータ5)でrs2910964の有意差が報告されている.6.Beta.3.adrenergicreceptor(ADRB3):8p12.p11.2rs4994であるTrp64Argは,肥満およびインスリン抵抗性との関連性が報告されている.また,血流にも影響する可能性があると考えられ,候補遺伝子と考えられた.Sakaneらの215人の日本人データで有意差が報告されている.表4糖尿病網膜症と大血管障害に共通して報告されている関連遺伝子遺伝子大血管障害での報告網膜症での報告AR2(aldosereductase)Stroke(Wataraietal,2006)Demaineetal(2000),Ichikawaetal(1999),Kaoetal(1999)HLA(humanleukocyteantigen)CHD(Palikheetal,2007)Agardthetal(1996),Cisseetal(1998),Falcketal(1997)IgG(immunogloblinsubclassheavychains)Nephropathy(Jennetteetal,2006)Stewartetal(1993)TNF(tumornecrosisfactorinMHC)Stroke(Hoppeetal,2007)Hawramietal(1996)b-AR(betaadrenoreceptor)CHD(Barbatoetal,2005)Sakaneetal(1997)PON1(paraoxonase1)Stroke(Ranadeetal,2005)Kaoetal(1998)a2b(alpha-2-betaintegrin)Stroke(Abumiyaetal,2000)Matsubaraetal(2000)NPY(neuropeptideY)CHD(Pattersson-Fernholmetal,2004)Niskanenetal(2000)ACE(angiotensin-convertingenzyme)CVD(Schunkertetal,1997)Hanyuetal(1998),Matsumotoetal(2000)IGF-1(insulingrowthfactor1)Stroke(vanRijnetal,2006)Rietveldetal(2006)NOS2A(induciblenitricoxidesynthase)Cardiomyopathy(Dawsonetal,2005)Warpehaetal(1999)(文献6より)(61)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101227国からもKCNQ1のイントロン15の多型が日本人2型糖尿病の感受性多型として報告された10).しかしこれらの遺伝子と糖尿病網膜症との関連は,今のところ報告されていない.また2007年にはLookerらが,ピマインディアンの211家系を用いてゲノムワイドの糖尿病網膜症の連鎖解析を報告している11).それによれば,1番染色体にLOD(logarithmofodds)スコアのピークが認められている.この領域に存在する遺伝子には,PADI1,2,3,4,6やCASP-9,CLCN-Na,CLCN-Kbなどをコードする遺伝子があるが,これまでにこれらの遺伝子のなかから糖尿病網膜症感受性遺伝子としての報告はなされていない.IV今後の糖尿病網膜症遺伝素因の解析これまで述べてきた内容からわかるように,糖尿病網膜症の遺伝素因の同定は非常に困難な道程といえる.解析を困難にしている原因としては,糖尿病網膜症の病期分類が統一されていないために網膜症の進展度を統一して解析しにくいこと,網膜症進展には高血圧など糖尿病以外の原因が影響するため,純粋な糖尿病網膜症症例のみを抽出することが困難であること,また糖尿病感受性遺伝子群と糖尿病網膜症感受性遺伝子群がどの程度オーバーラップするのか不明であること,などがあげられる.さらに2型糖尿病の感受性遺伝子獲得のために行われたGWASの結果をみると,得られた遺伝子の発症リスクは小さく,最も重要なTCF7L2でさえ,オッズ比1.7程度でしかなかったことを考えると,これまで行われてきた高頻度なSNPsを対象とした解析のみでは不十分と考えられる.また,最近では遺伝子の配列変化を伴わないメチル化など,エピジェネティックな遺伝子発現制御機構の重要性や,マイクロRNAが減数分裂をこえて引き継がれ,接合体内でエピゲノム状態を回復させうることが報告されるなど,配列変異以外の遺伝素因についても解明を進める必要があり,今後糖尿病網膜症の分野でも研究が進むと推測される.文献1)KleinR,KleinBE,MossSEetal:TheWisconsinepidemi-2.膵島と網膜に共通して発現している遺伝子の獲得筆者らはラットの膵島と網膜に共通して発現している遺伝子を網羅的に獲得し,そのなかで転写因子に注目した(表5).そのうちHIF1aは発現レベルが酸素濃度により左右されるため,糖尿病網膜症の候補遺伝子として検討を行った.残念ながら糖尿病網膜症との関連はみられなかったが,2型糖尿病の感受性遺伝子である可能性が示唆された7).IIIゲノムワイド関連解析と連鎖解析タイピングコストの低下,大規模タイピング技術の高速化により,全ゲノム領域で,数10万個のSNPsを数千人規模の患者-対照群で解析する全ゲノム関連解析(Genome-WideAssociationStudy:GWAS)が各国で行われるようになっている.2型糖尿病領域においては,TCF7L2,HHEX,CDKN2B,CDKAL1,IGF2BP2などの遺伝子領域の多型が欧米にて報告され8,9),わが表5網膜・膵島に共通して発現が認められた転写因子網膜膵島遺伝子155activatingtranscriptionfactorATF-451hypoxia-induciblefactor-1alpha(Hif1a)42zincfingerRNAbindingprotein311ringfingerprotein1131corebindingfactorbeta26damagespecificDNAbindingprotein12211-zincfingerprotein(Ctcf)21DEKoncogene21CCR4-NOTtranscriptioncomplex,subunit221down-regulatoroftranscription121Pax614generaltranscriptionfactorIIIC,polypeptide2,beta13bHLHtranscriptionfactorMist1(Mist1)13CXXCfinger512calmodulinbindingtranscriptionactivator212E74-likefactor2(Elf2)12etsvariant112makorin,ringfingerprotein,112myocyteenhancerfactor2C12NF-E2-relatedfactor212nucleasesensitiveelementbindingprotein112TARDNAbindingprotein11activatingtranscriptionfactor111transcriptionfactor-like411zincfingerprotein2781228あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(62)ologicstudyofdiabeticretinopathy.III.Prevaranceandriskofdiabeticretinopathywhenageatdiagnosisis30ormoreyears.ArchOphthalmol102:527-532,19842)LeslieRD,PykeDA:Diabeticretinopathyinidenticaltwins.Diabetes31:19-21,19823)AbharyS,HewittAW,BurdonKPetal:Asystematicmeta-analysisofgeneticassociationstudiesfordiabeticretinopathy.Diabetes58:2137-2147,20094)MatsubaraY,MurataM,MaruyamaTetal:Associationbetweendiabeticretinopathyandgeneticvariationsinalpha2beta1integrin,aplateletreceptorforcollagen.Blood95:1560-1564,20005)PetrovicMG,HawlinaM,PeterlinBetal:BglIIgenepolymorphismofthealpha2beta1integringeneisariskfactorfordiabeticretinopathyinCaucasianswithtype2diabetes.JHumGenet48:457-460,20036)CheungN,WongTY:Diabeticretinopathyandsystemicvascularcomplications.ProgRetinEyeRes27:161-176,20087)YamadaN,HorikawaY,OdaNetal:Geneticvariationinthehypoxia-induciblefactor-1ageneisassociatedwithtype2diabetesinJapanese.JClinEndocrinolMetab90:5841-5847,20058)ZegginiE,WeedonMN,LindgrenCMetal:Replicationofgenome-wideassociationsignalsinUKsamplesrevealsrisklocifortype2diabetes.Science316:1336-1341,20079)ScottLJ,MohlkeKL,BonnycastleLLetal:Agenomewideassociationstudyoftype2diabetesinFinndetectsmultiplesusceptibilityvariants.Science316:1341-1345,200710)YasudaK,MiyakeK,HorikawaYetal:VariantsinKCNQ1areassociatedwithsusceptibilitytotype2diabetesmellitus.NatGenet40:1092-1097,200811)LookerHC,NelsonRG,ChewEetal:Genome-widelinkageanalysistoidentifylocifordiabeticretinopathy.Diabetes56:1160-1166,2007

糖尿病黄斑浮腫の治療戦略

2010年9月30日 木曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY後部硝子体膜や硝子体のゲル内にサイトカインなどの透過性因子が貯留すること,硝子体内にある細胞が透過性因子を産生することなどが黄斑浮腫の悪化因子として考えられている.本稿では,糖尿病黄斑浮腫に対する治療法の概略と新たな点眼薬による治療の自験例について述べる.I黄斑部光凝固EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy(ETDRS)により黄斑部光凝固が糖尿病黄斑浮腫に対して有効であることが示されている2).このスタディによると,Clinicallysignificantmacularedema(CSME)に対して,毛細血管瘤に対する直接凝固または格子状光凝はじめに糖尿病網膜症のなかで黄斑部における病変は糖尿病黄斑症とよばれ,視力低下に直結する重要な病態であることから独立に扱われている.糖尿病黄斑症を有する割合は糖尿病網膜症の約20.30%と報告されており,現在の日本での糖尿病黄斑症患者数は約80.90万人と推測される.糖尿病網膜症重症度との関連では,軽度の非増殖糖尿病網膜症の3%,中等度から重度の非増殖糖尿病網膜症の38%,増殖糖尿病網膜症の71%に合併しているといわれる1).その糖尿病黄斑症のなかで90%以上を占めるのが糖尿病黄斑浮腫である.黄斑浮腫は網膜症の血管透過性亢進と血管閉塞といった病態に付随して発症,進展する.長期に網膜血管の透過性亢進が持続すると,網膜色素上皮の機能が疲弊し,バリアや能動輸送の機能低下をきたして,浮腫が遷延しやすくなる.バリア破壊のメカニズムは炎症の分子メカニズムに起因していると考えられているが,この分子メカニズムは眼局所にステロイド薬を投与することが有効な治療として確立していることから推測されている(図1).糖尿病では網膜血管透過性亢進により後部硝子体に構造的な変化が生じ,後部硝子体膜の肥厚と収縮を起こすと考えられている.肥厚・収縮した後部硝子体膜は,網膜の前後・接線方向の牽引を生じ,黄斑浮腫を助長させる.さらに,網膜の前に硝子体ゲルが存在することで,網膜内の液性成分の拡散が妨げられることや,肥厚した(51)1217*SakikoGoto:山形大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕後藤早紀子:〒990-9585山形市飯田西2-2-2山形大学医学部眼科学講座特集●糖尿病と糖尿病網膜症あたらしい眼科27(9):1217.1221,2010糖尿病黄斑浮腫の治療戦略TreatmentforDiabeticMacularEdema後藤早紀子*脈絡膜毛細血管網膜色素上皮血管透過性亢進硝子体の牽引前後・接線方向ポンプ機能の低下生理活性物質の貯留脈絡膜循環障害網膜循環動態変化VEGFIL-6図1糖尿病黄斑浮腫の病態網膜血管の透過性亢進や網膜色素上皮のポンプ機能低下,硝子体牽引など複合的な病態により浮腫が遷延する.1218あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(52)2.抗VEGF薬硝子体内注射米国の多施設研究であるDRCR.netでは,黄斑部光凝固とベバシズマブ硝子体内注射(IVB)の単独治療および併用療法の効果について検討している10).光凝固のみの場合に比べ,IVB群では視力,網膜厚とも有意に改善しており,有効な治療法と考えられる.現在Phase3trialが進行中である.同様にBOLTstudyでもIVBは光凝固に比べ平均視力,網膜厚が有意に改善しており,視力改善の程度も大きく,治療法として有効であった11).III治療法の組み合わせ最近,トリアムシノロン,抗VEGF薬と光凝固の組み合わせについて検討した結果が報告された12).それによると,IVTと光凝固,ラニビズマブ硝子体内注射(IVR)と光凝固,光凝固単独で比較したところ,1年後には光凝固単独群に比べIVR+光凝固群で有意に視力,網膜厚が改善し,IVT+光凝固群では網膜厚が有意に改善した.このことから,光凝固単独よりも薬物治療と併用したほうがより効果が高いと考えられるが,長期的な予後についてはまだ不明である.現時点では,毛細血管瘤を伴うびまん性黄斑浮腫に対しては,光凝固とIVRの併用を考慮してもよいと思われる.IV硝子体手術硝子体手術は視力改善が39.53%,網膜厚減少が67%と報告されており,その効果が2年以上は持続するといわれている13,14).当科で初回硝子体手術を施行し,3カ月以上観察可能であった36例45眼(男性18例24眼,女性18例21眼)を対象として検討した結果,術後3カ月の時点で視力改善または維持されている割合は78%(35眼/45眼)であり,網膜厚改善がみられた割合は64%(29眼/45眼)であった.硝子体手術で網膜厚改善が得られなかった,すなわち無効例は36%(16眼/45眼)であった.生命表法を用いた解析では,有効であった症例のうち,有効を維持している割合が術後3カ月で80%,6カ月で75%であり,その後,65%の有効率が術後3年まで維持された.筆者らの検討では,高血圧を合併する症例では硝子体手術の成績が不良である傾向が認められており15),硝子体手術の結果に全身のリスク因子固を施行し,治療群は非治療群に比べ経過観察3年後の時点で視力低下を50%抑制できたとしている.米国の多施設研究であるDiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork(DRCR.net)の報告では,治療開始後3年の時点で視力改善が平均5letters,網膜厚250μm以下が67%であった3).局所性黄斑浮腫に比べ,びまん性黄斑浮腫では効果が低いという報告もある4).DRCR.netでは黄斑部光凝固の効果と関連する因子について検討している5).2年間の経過観察では,治療前視力の低いほうが視力改善を得られやすく,光干渉断層計(OCT)での黄斑浮腫容積が大きいと効果が低いが,黄斑部光凝固や汎網膜光凝固の既往歴とは関連しないと報告している.II薬物療法1.トリアムシノロン眼局所投与糖尿病黄斑浮腫の眼内ではインターロイキン(IL)-6や血管内皮増殖因子(VEGF)などの炎症性サイトカインが上昇していることが報告され,糖尿病黄斑浮腫にも炎症性疾患の一面があることが知られている6).2002年にMartidisらは糖尿病黄斑浮腫に対するトリアムシノロン硝子体内注射(intravitrealinjectionoftriamcinoloneacetonide:IVT)により黄斑浮腫が改善することを報告した7).以降,糖尿病黄斑浮腫に対する治療法として一般的に行われるようになっている.Yilmazらは光凝固に反応しない難治性の糖尿病黄斑浮腫に対するIVTの効果について検討した6研究をまとめている8).視力および網膜厚は3カ月後の時点では無治療群,STTA(sub-Tenontriamcinoloneacetonide)群に比べ有意に改善がみられるものの,6カ月後では視力においては有意差が認められず,網膜厚は無治療群に比べ有意に減少しているものの,STTA群とは有意差が認められなかったと報告している.当科で施行したIVT30例40眼の検討では,網膜厚減少の有効率が80%と高い治療効果が認められたが,一方で有効期間は4.6カ月以内と短期間であった9).びまん性黄斑浮腫に対しては有効な治療法と考えられるが,侵襲が大きいことや眼圧上昇の可能性があるためくり返し投与がむずかしいという難点がある.(53)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101219術が有効であるとしている17).現時点では有効性,有効期間の点から硝子体手術がびまん性糖尿病黄斑浮腫に対する治療として最も有効と考えられる.V点眼薬治療硝子体手術後に残存または再発した黄斑浮腫に対しては,無硝子体眼では薬剤のクリアランスが短くなり,硝子体内注射の効果持続期間も短縮するというデメリットがあったために,おもにTenon.下注射が行われてきた.効果は硝子体手術前と同様に認められるが,薬液注入に際しては結膜.に小切開をおく必要があり,侵襲が小さいとはいえ存在した.点眼は非観血的治療であるので方法として望ましいが,網膜まで有効濃度が到達する点眼薬はこれまで開発されていなかった.2008年,これまでのステロイド点眼薬に比べ後眼部への移行濃度が高い点眼薬〔difluprednateophthalmicemulsion0.05%(DurezolR,SirionTherapeuticsInc.,USA)〕が米国におが関係する可能性を示唆する症例もある16)(図2).DRCR.netでは硝子体牽引が認められる症例に対しての治療効果について報告している.術後6カ月で視力改善が38%,網膜厚改善は50μm以上の減少が82%,100μm以上の減少が66%であった.12カ月後の平均視力は20/80,平均網膜厚は256μmであり,硝子体手01002003004005006007008009001,0002005/6/142005/8/292006/3/282006/4/252006/5/162006/5/302006/6/262006/7/312006/10/232006/12/192007/2/202007/4/1000.511.522.533.54網膜厚(μm)アルブミン(g/dl)右硝子体手術左硝子体手術Alb右眼左眼図2血清アルブミン値の増加に伴い網膜厚が減少した1例治療効果を得るためには全身因子の改善も重要であると考えられる.(文献16より改変)点眼前点眼後2カ月点眼後1カ月点眼後3カ月図3硝子体手術後に再発した黄斑浮腫に対する点眼治療の1例点眼後1カ月で浮腫が消失し,点眼治療中は効果が継続している.1220あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(54)が認められる症例や,薬物治療で無効,再発した場合には硝子体手術を考慮する.硝子体手術は有効性が高いものの,薬物治療に比べて手術の合併症は重篤なものが起こりうることから第一選択とはしづらい.硝子体手術後に残存した症例に対しては,ステロイド点眼を治療法の一つとして加えられる可能性がある.治療に抵抗する難治性黄斑浮腫の場合には,高血圧や腎機能障害による低蛋白血症などの全身因子が関与していないかについても考慮する必要がある.しかし,いずれも単独の治療法で糖尿病黄斑浮腫を完治することは困難であり,実際には薬物治療と光凝固の併用などの治療法の組み合わせが必要と考えられる.文献1)BresnickGH:Diabeticmacularedema.Areview.Ophthalmology93:989-997,19862)EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup:Treatmenttechniquesandclinicallyguidelinesforphotocoagulationofdiabetesmacularedema.ETDRSreportNo2.Ophthalmology94:761-774,19873)DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork(DRCR.net):Three-yearfollow-upofarandomizedtrialcomparingfocal/gridphotocoagulationandintravitrealtriamcinolonefordiabeticmacularedema.ArchOphthalmol127:245-251,20094)LeeCM,OlkRJ:Modifiedgridlaserphotocoagulationfordiffusediabeticmacularedema,Long-termvisualresults.Ophthalmology98:1594-1602,19915)AielloLP,EdwardsAR,BeckRWetalformDRCR.net:Factorsassociatedwithimprovementandworseningofvisualacuity2yearsafterfocal/gridphotocoagulationfordiabeticmacularedema.Ophthalmology117:946-953,20106)FunatsuH,YamashitaH,IkedaTetal:Vitreouslevelsofinterleukin-6andvascularendothelialgrowthfactorarerelatedtodiabeticmacularedema.Ophthalmology110:1690-1696,20037)MartidisA,DukerJS,GreenbergPBetal:Intravitrealtriamcinoloneforrefractorydiabeticmacularedema.Ophthalmology109:920-927,20028)YilmazT,WeaverCD,GallagherMJetal:Intravitrealtriamcinoloneacetnideinjectionfortreatmentofrefractorydiabeticmacularedema.Ophthalmology116:902-913,20099)NakanoS,YamamotoT,KiriiEetal:EffectsofTriamcinoloneand/orBevacizumabonRefractoryDiabeticMacularEdema.80thTheAssociationforResearchinVisionandOphthalmologyAnnualMeeting,FortLauderdale,いて承認された.筆者らはこの点眼薬による硝子体手術後に残存した黄斑浮腫に対する治療効果を検討した18).対象は当科で硝子体手術後に黄斑浮腫がみられた7例11眼(男性3例6眼,女性4例5眼)である.治療期間中の視力改善または維持の割合は64%(7眼/11眼)であった.平均網膜厚は点眼前に比べ2カ月後に有意に減少した.治療期間中の網膜厚改善の割合は73%(8眼/11眼)であった.有効であった症例を図3に示す.合併症である眼圧上昇(≧25mmHg)は36%に認められたが,降眼圧剤の点眼で正常範囲内にコントロール可能であった.感染症や白内障の進行は認められなかった.点眼のメリットは,侵襲が少なく,開始─有効性を確認しての休止─再発時の治療再開のサイクルがスムーズに行えることがあげられ,浮腫再発に対しても断続的にくり返し投与することで対処が容易であることがあげられる.まとめ糖尿病黄斑浮腫に対する治療方針としては,筆者らの施設では図4のようなdecisiontreeを基に診療を行っている.局所性糖尿病黄斑浮腫に対しては黄斑部光凝固を行う.びまん性黄斑浮腫の場合には,黄斑部光凝固のみで高い治療効果が得られないことがあるため,薬物治療を第一選択とすることもある.網膜硝子体界面に異常黄斑部光凝固ステロイド硝子体内注射硝子体手術無効,再発の場合無効,再発の場合ステロイド点眼抗VEGF薬硝子体内注射局所性黄斑浮腫びまん性黄斑浮腫(+黄斑部光凝固)無効,再発の場合無効,再発の場合黄斑部光凝固図4糖尿病黄斑浮腫に対する治療法選択(55)あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010122114)KumagaiK,FurukawaM,OginoNetal:Long-termfollow-upresultsofparsplanavitrectomyfordiabeticmacularedema.Retina29:464-472,200915)中野早紀子,山本禎子,山下英俊:糖尿病黄斑症に対する硝子体手術成績に影響する術前,術中因子についての検討.眼紀58:465-470,200716)中野早紀子,山本禎子,山下英俊ほか:糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術後に直接の眼科治療によらず黄斑浮腫が変動した2例.臨眼62:1159-1166,200817)DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetworkWritingCommittee:Vitrectomyoutcomesineyeswithdiabeticmacularedemaandvitreomaculartraction.Ophthalmology117:1087-1093,201018)NakanoS,YamamotoT,KiriiEetal:Steroideyedroptreatment(difluprednateophthalmicemulsion)iseffectiveinreducingrefractorydiabeticmacularedema.GraefesArchClinExpOphthalmol248:763-778,2010USA;April-May200810)DiabeticRetinopahtyClinicalResearchNetwork:Aphase2randomizedclinicaltrialofintravitrealbevacizumabfordiabeticmacularedema.Ophthalmology114:1860-1867,200711)MicaelidesM,KainesA,HamiltonRDetal:Aprospectiverandomizedtrialofintravitrealbavacizumaborlasertherapyinthemanagementofdiabeticmacularedema(BOLTstudy)12-monthdata:report2.Ophthalmology117:1078-1086,201012)DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork:Randomizedtrialevaluatingranibizumabpluspromptordeferredlaserortriamcinolonepluspromptlaserfordiabeticmacularedema.Ophthalmology117:1064-1077,201013)YamamotoT,TakeuchiS,SatoYetal:Long-termfollow-upresultsofparsplanavitrectomyfordiabeticmacularedema.JpnJOphthalmol51:285-291,2007

糖尿病網膜症に対する硝子体手術

2010年9月30日 木曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPYどにより視力への影響はさまざまである.少量の出血であればすぐに手術をせずにしばらく自然吸収を待ってもよい.多量の出血があり眼底透見が困難な場合には,これまでの治療経過により,方針は異なる.すでにしっかり汎網膜光凝固が行われている症例なら,Bモードエコーなどを行って網膜.離の有無をチェックし,問題がなければ1週間程度の間隔で診察し,自然吸収を待ってもよい.2.3週間で自然吸収傾向がなければ手術を施行する.一方,汎網膜光凝固が不足している症例の場合には早期に硝子体手術を行って,光凝固を追加すべきである.出血量が少なくても眼底下方の光凝固が不足していて,出血により光凝固の追加が困難であれば,手術を施行して光凝固を追加する必要がある.新生血管からの出血が網膜と後部硝子体膜の間にたまったものは網膜前出血とよばれる.この場合,出血は硝子体出血のように広がらない代わりに吸収もされにくい.黄斑部が出血で隠されているような場合には著明な視力低下をきたすため,手術が必要である.そうでない場合にはしばらく経過をみてもよいが,こういうときはたいてい増殖膜を伴っていて経過中に増殖が悪化してくることが多いので,時期をみて手術を考える.b.牽引性網膜.離線維血管増殖が強くなると増殖膜の収縮が起こる.増殖膜はおもに後部硝子体膜に沿ってできているが,新生血管の根元の部分で網膜と強く癒着しているため,増殖膜が収縮すると網膜は増殖膜によって硝子体側に牽引さはじめに糖尿病網膜症の治療は血糖コントロールを中心とする適切な全身管理と必要時の網膜光凝固によって増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopathy:PDR)まで悪化させないことが望ましいが,残念ながらPDRとなってしまった症例では,しばしば硝子体手術が必要となる.また,糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)に対する治療としても硝子体手術は有用である.本稿では糖尿病網膜症における硝子体手術の適応,手術方法,合併症などについて概説する.I糖尿病網膜症に対する硝子体手術の適応糖尿病網膜症に対する硝子体手術には増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術と糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術がある.それぞれについての適応を述べる.1.増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術増殖糖尿病網膜症では網膜新生血管とその周囲に形成される増殖膜,いわゆる線維血管増殖が起こる.このような増殖膜(fibrovascularproliferativemembrane:FVPM)が生じると,視力低下を伴うさまざまな合併症をひき起こす.以下のような場合が硝子体手術の適応である.a.硝子体出血網膜新生血管が破綻して硝子体中に出血が起こったもので,突然の視力低下をきたす.出血の部位・出血量な(45)1211*MunenoriYoshida:名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学〔別刷請求先〕吉田宗徳:〒467-8602名古屋市瑞穂区瑞穂町川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学特集●糖尿病と糖尿病網膜症あたらしい眼科27(9):1211.1216,2010糖尿病網膜症に対する硝子体手術VitrectomyfortheTreatmentofDiabeticRetinopathy吉田宗徳*1212あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(46)血管のできた隅角は房水の流出抵抗が増加し,眼圧が上昇する.さらに進行すれば新生血管のある部位は周辺虹彩前癒着(peripheralanteriorsynechia:PAS)となり,さらに房水流出は妨げられ,高度の眼圧上昇をきたす.このようにならないためには日ごろから眼底,隅角の状態をよく観察しておく必要がある.眼底ではフルオレセイン蛍光眼底造影(FA)を施行し,必要であれば光凝固を追加する.虹彩にルベオーシスがなくても隅角にルベオーシスが生じていることがあるため,虹彩だけをみて安心してはいけない.面倒でも隅角鏡による検査を怠ってはならない.一見眼底の状態がよさそうで隅角ルベオーシスが生じているような場合には,スリットランプでの光凝固では届かないような最周辺部の網膜に虚血が生じ,十分に光凝固による処理ができていないことが考えられる.このような場合にはただちに硝子体手術を施行して,最周辺部までの光凝固を完成させる.事前に隅角をよく観察して,PASの程度が少なく,眼圧もそれほど高くなければ硝子体手術を行って,それから緑内障の対応を行えばよい.PASが強く,眼圧も高い場合には状況によりトラベクレクトミーをまず施行するか,硝子体手術とトラベクレクトミーを同時に行うか,硝子体手術と毛様体光凝固を同時に行うかを選択する.れる.さらに増殖膜は後部硝子体膜と一体となっているので硝子体自身の収縮による基底部方向への牽引も生ずる.これらの力により,網膜が.離を生ずることを牽引性網膜.離という(図1,2).このような場合には硝子体手術を施行し,増殖膜を切除し,牽引力を解除しなければならない.牽引性網膜.離には2次的に網膜裂孔を生じることがあり,この場合には網膜.離は急速に進行する.牽引性網膜.離があれば硝子体手術によって網膜を復位させてやる必要がある.裂孔を伴わない牽引性網膜.離では通常増殖膜を処理し,網膜への牽引が取れれば網膜は自然に復位するので特に意図的裂孔を作製して網膜下液を排出したり,ガスタンポナーデなどを行う必要はない.ただし,黄斑部の.離がある場合には早期に黄斑部を復位させるため下液排出を行ったほうがよいこともある..離の丈や範囲が広く,吸収に時間がかかりそうな場合,網膜裂孔を合併している場合も下液排液を行うほうがよい.2.新生血管緑内障新生血管緑内障はPDRの合併症のうちでも最も予後の悪いものの一つである.虚血網膜からの血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)などの新生血管惹起因子が原因となり,前房隅角に新生血管(隅角ルベオーシス)が生じると考えられている.新生図1増殖糖尿病網膜症眼底視神経乳頭,アーケード血管周囲に著明な線維血管増殖がみられ,その部分の網膜は牽引性網膜.離となっている.図2牽引性網膜.離後部硝子体膜に沿って新生血管とそれを取り巻く増殖膜ができ,その収縮力によって網膜は前方に牽引され牽引性網膜.離となる.(47)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101213この部分はepicenterとよばれている.増殖膜と網膜はほとんどの場合epicenterの部分と乳頭新生血管の部分でしかつながっていないので,このepicenterの部分をすべて切り離してしまえば,増殖膜を網膜から剥がすことができる.このような方法を膜分層(delamination)という(図3).PDRの手術では膜分層を行うことが理想であるが,症例によってはすべての増殖膜に膜分層を行うのが困難な場合もある.このような場合にはepicenter間を分断し,牽引力がかからないようにする.この方法は膜分割(segmentation)とよばれる(図4).増殖膜と網膜の癒着があまり強くないときにはピックなどで増殖膜を引っ張って剥がしてもよいが,癒着の強い場合には医原性の網膜裂孔を形成してしまう.こういうときには硝子体剪刀などを用いて(23G,25Gでは硝子体カッターで切除できることが多い)鋭的に切除するよ3.糖尿病黄斑浮腫糖尿病黄斑浮腫の治療法としては,黄斑部光凝固(格子状光凝固および局所光凝固)が行われている.黄斑部光凝固が有効であることは確かだが,問題点もあり光凝固に代わる方法として,硝子体手術と薬物治療(トリアムシノロンあるいは抗VEGFなど)が行われる.わが国では硝子体手術が広く行われ,良い結果を残しており,一つの重要な選択肢と考えられる.硝子体手術が有効である理由として,硝子体による黄斑牽引がなくなることは最も重要であり,後部硝子体膜が肥厚しているような症例,OCT(光干渉断層計)で黄斑部への硝子体牽引がはっきりしているような症例では第一選択としてもよい.しかし,すでに後部硝子体.離ができているような症例にも硝子体手術は有効であることが報告されている.これは硝子体を取り除くことにより,硝子体中のVEGFなどの血管透過性亢進因子を取り除くこと,硝子体がなくなることによって硝子体腔の酸素分圧(Pao2)が上昇することなどが理由として考えられている.II硝子体手術の手技硝子体手術の手技についてあまり細かいことは紙面の関係もあり割愛するが,増殖糖尿病網膜症の硝子体手術では,大まかにいえば以下のようなことを目標とする.1)混濁した硝子体の除去,2)増殖膜の除去,3)後部硝子体.離の作製(増殖膜除去と同時に行われることも多い),4)網膜.離の処置,5)汎網膜光凝固の追加.症例に応じて,これらのうち必要なことをしっかりと行うことができるよう手術の計画を立てて臨むことが重要である.硝子体出血で強く混濁した硝子体を取り除くときには誤って網膜を切除してしまわないように,あまり周辺方向へ切除を広げずに硝子体中央部を視神経乳頭方向へ切除してゆき,そこから徐々に周辺に広げるとよい.特に器質化した硝子体出血では硝子体と網膜が粘っこく接着していることがあるので注意する.器質化した出血では25ゲージ(G)のカニューラが出血で詰まってしまい器具が抜けなくなる合併症があるので注意する.PDRの増殖膜は前にも述べたように後部硝子体膜に沿って広がり,新生血管の根っこの部分で網膜とつながっている.図3膜分層増殖膜と網膜はほとんどの場合点で癒着しているので,それぞれの点を切り離していけば増殖膜と網膜を分離できる.この方法が膜分層である.シェーマのようなイメージで一つずつ癒着点を切り離してゆく.図4膜分割増殖膜と網膜の癒着している点と点の間には膜の収縮による牽引力がかかる.それぞれの点と点の間の増殖膜を分断し,癒着点を孤立させてしまえば牽引力はなくなる.この方法が膜分割である.1214あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(48)る.ポートの部位に硝子体の嵌頓が残らないようになるべくきれいに切除しておく.最後に網膜最周辺部までしっかり光凝固を追加しておくほうがよい.20Gの場合は創を確実に縫合する.25Gなどの場合には創からの液漏れを確認し,漏れが多い場合には縫合を追加する.どちらの場合にも創から硝子体の脱出がみられた場合には切除する.糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術では,術中にトリアムシノロンアセトニドによる硝子体の可視化を用いて,確実な後部硝子体.離を作製することが重要である.黄斑部にうすい硝子体皮質が残存する場合にはこれも除去する.症例によっては網膜内境界膜(ILM).離を行ったほうがよいものもあるかもしれない.浮腫の強いときにはILMをインドシアニングリーンなどで染色しないと.離がなかなかむずかしい.III合併症硝子体手術の合併症として,術中には出血,網膜裂孔,網膜.離などがある.これらは術中によくチェックし,確実に処理しておく必要がある.術中出血を止める目的で眼圧を上げることが多いが,乳頭などの虚血の原因となる可能性があるので気をつける.術後早期の合併症として,硝子体出血,低眼圧,高眼圧,網膜裂孔,網膜.離,眼内炎などがある.術後晩期の合併症としては新生血管緑内障や増殖膜の再発,前部硝子体線維血管増殖(anteriorhyaloidalfibrovascularproliferation:AHFVP)などがある.AHFVPはポートの創口に嵌頓した硝子体に新生血管が生じて起こると考えられている.PDR術後にくり返し起こる硝子体出血はAHFVPによるものであることが多い.新生血管緑内障やAHFVPを予防するためには周辺部の硝子体をしっかり切除して,光凝固をしっかり行うことと,創へ嵌頓した硝子体をきれいに取り除くことが重要である.AHFVPが起こったと考えられる症例では再手術を行って創からつながっている増殖膜を見つけ,切除する.筆者らの施設での調査では術中の医原性裂孔や術後早期の硝子体出血,AHFVPの発生頻度などが25Gの手術で20Gよりも少ないという結果が得られた.うにする.網膜裂孔を形成しないためには,少しずつ慎重に増殖膜と網膜の癒着部位,癒着の強さを見きわめながら切除を進める必要がある.症例によっては,粘弾性物質を増殖膜と網膜の間に注入し,スペースを作って切除を進めるviscodelaminationや,シャンデリア照明を使用することによって両手で器具を扱う双手法が有効である(図5).増殖膜を切除した後にはepicenterの部位に血管の切断面が残るので,乳頭以外の新生血管切断部位は眼内ジアテルミーなどで確実に止血しておく.硝子体は実際問題完全に切除するのは不可能であるが,最周辺部までできる限りきれいに切除することが望ましい.そのためには視認性を確保するテクニックが重要となカッター鉗子網膜増殖膜AB図5双手法シャンデリア照明を用いれば両手がフリーとなり,片手に鉗子,片手に硝子体カッターあるいは硝子体剪刀を持った双手法が可能となる.A:写真は左手の鉗子で増殖膜を持ち上げて右手のカッターで癒着部の切除を行っている.B:図解.写真の図を横方向から見た状態になっている.(49)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101215広角眼底観察システムや高輝度の眼内照明装置などの設備投資も必須といってよい.これらの器具は高価であり,高額なディスポ製品を用いることもあってコスト面も大きな問題となる.V硝子体手術の補助に用いられる薬剤薬剤による硝子体の可視化などの技術が用いられるようになったことは近年の硝子体手術の進歩の一つである.先述したがDMEの硝子体手術では硝子体の可視化IV極小切開硝子体手術最近ではDMEの手術はもちろん,PDRの手術に極小切開硝子体手術(microincisionvitrectomysurgery:MIVS)も多く用いられるようになってきている.MIVSを用いたPDRの手術には賛否両論があるが,手術用広角眼底観察システムや進歩した眼内照明(高輝度照明とシャンデリアの実用性向上)などをうまく利用すればほとんどのPDRの症例でMIVS(25G)を用いても十分な手術が可能であるうえ,むしろ手術の合併症が少ないという報告もある.しかしMIVSでPDRを手術する場合にはMIVSの特性をよく理解し,その長所を生かし短所を補うようにしなければならない.たとえば,MIVSでは増殖膜の処理をほとんど硝子体カッターで行うことができるので,器具の出し入れが少なくてすむし,医原性裂孔も作りにくい.一方,周辺部の処理などでは器具剛性が低く,眼球を傾けにくいうえ,結膜切開をしていないので普通に強膜圧迫をしてもなかなか視認性の確保がむずかしい(図6).この対策としては,たとえば広角眼底観察システムとシャンデリア照明を併用することで結膜上からの軽い強膜圧迫でも網膜の最周辺部までの十分な視認性と操作性が得られる(図7).このように今ではMIVSでも十分PDRの手術は可能であるが,確実な手術を行うにはある程度の知識と経験が必要であるし,結膜図6MIVSでの眼底周辺部の確認A:20ゲージの硝子体手術では,器具によって眼球を傾けることができ,結膜も切開しているので眼底周辺部の圧迫と観察が行いやすい.B:MIVSでは器具の剛性が低いため,眼球が傾けにくく,結膜切開もしていないので特に鼻側では圧迫がしにくい.結果として眼底周辺部の観察は困難である.AB図7広角眼底観察システムA:広角眼底観察システムを用いると一度に広い範囲の眼底を観察しながら手術を行うことが可能である.写真はBIOMを用いて手術をしているところ.B:広角眼底観察システムにシャンデリア照明を併用すれば空いた片手で強膜圧迫をすることが可能になる.この組み合わせでは結膜上からの軽い圧迫でも眼底最周辺部までの観察,処理が可能となる.写真は強膜圧迫をしながら網膜最周辺部に光凝固を行っているところ.PDRの症例ではこのように硝子体をなるべく周辺まで切除し,光凝固を追加しておくほうがよい.1216あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(50)VEGF薬の硝子体内投与を行うことによって増殖膜内部の新生血管が退縮し,術中の出血が減少して手術が格段にやりやすくなるといわれている.おわりに現在のところ糖尿病網膜症治療において硝子体手術は必要不可欠な選択肢であり,その役割は大きい.硝子体手術を成功させるためには適応の選択から始まって,術前の入念な検査,患者説明,術中の確実な手技,術中・術後の合併症対策まで幅広い知識と技術が必要とされる.特にPDRの重症例では手術もむずかしく,結果がよくない場合もあるため一歩間違えば大きなトラブルになりかねない.ひとつひとつの症例に対して十分な準備を怠らないように手術に臨むことが重要と考える.参考文献1)CharlesS,CalzadaJ,WoodB:6.Diabeticretinopathy.In:VitreousMicrosurgery4thed,LippincottWilliamsandWilkins,20072)井上真:極小切開硝子体手術:黄斑部以外.あたらしい眼科25:1367-1371,20083)吉田宗徳:極小切開硝子体手術での増殖膜切除のコツ.眼科手術22:504-505,20094)SakamotoT,IshibashiT:Visualizingvitreousinvitrectomybytriamcinolone.GraefesArchClinExpOphthalmol247:1153-1163,20095)KadonosonoK,ItohN,UchioEetal:Stainingofinternallimitingmembraneinmacularholesurgery.ArchOphthalmol118:1116-1118,20006)中静裕之,島田宏之,服部隆幸ほか:増殖糖尿病網膜症に対する25ゲージ硝子体手術成績.臨眼64:667-671,2010によって手術をより確実にすることができる.硝子体可視化にはトリアムシノロンアセトニドが広く用いられている(図8).そのほか11-デオキシコルチゾール,ポリ乳酸,フルオロメトロンアセテート,トラニラストなどの薬剤の使用が検討されている.DMEの硝子体手術でILM.離を行うことがあるが,浮腫を起こしている網膜からILMを.離するのには内境界膜染色が必要である.これにはインドシアニングリーンが用いられることが多い.それ以外にもトリパンブルーが用いられるほか,インフラシアニングリーン,パテントブルー,ブロモフェノールブルー,ブリリアントブルーGなどが研究されている.PDRの硝子体手術では手術数日前に抗図8トリアムシノロンアセトニド(TA)による硝子体の可視化TAを少量吹き付けることによって,透明な硝子体を可視化すると手術の確実性が格段に増す.写真は眼底後局部にTAを付着させたところ.線で囲んだ部分に白いTAが付着している.これは後部硝子体皮質ポケットの後面とCloquet’scanalの一部が描出されたものである.

糖尿病網膜症の治療:網膜光凝固

2010年9月30日 木曜日

1206あたらしい眼科Vol.27,No.9,20100910-1810/10/\100/頁/JC(O0P0Y)ともどちらの病態に対する網膜光凝固を行っているのかを明白にしたうえで施行する必要がある.ここでは,糖尿病網膜症に対する網膜光凝固と黄斑浮腫に対する光凝固という言葉で区別して話を進める.I糖尿病網膜症に対する網膜光凝固1.適応と実施基準1994年に糖尿病網膜症に対する光凝固の適応と実施基準が厚生省から示された2)(表1,2).わが国における光凝固の適応の標準的なものと考えられるが,明らかなevidenceに立脚した基準ではない.それに対し,米国ではevidenceに基づき,ETDRS(EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy)分類での非常に重症な非はじめに1971年にはアルゴンレーザーが市販されるようになり,周辺部網膜への間接的な凝固による新生血管の退縮が報告され,汎網膜光凝固の有用性が示された1).1973年にはわが国でも導入する施設が誕生してから,糖尿病網膜症による失明を阻止する治療として現在では日常診療に広く用いられるようになった.網膜光凝固術の目的は大きく二つあり,一つは新生血管の発生の予防とそれを消退または活動性を低下させることで,増殖前網膜症,増殖網膜症が対象となる.もう一つは細小血管や毛細血管瘤からの血漿成分の漏出を防止することで,おもに網膜浮腫,特に黄斑浮腫が対象となる.網膜静脈閉塞症に対する網膜光凝固にもいえることであるが,少なく(40)*SatoshiKato:東京大学大学院医学系研究科外科学専攻眼科学・視覚矯正科学〔別刷請求先〕加藤聡:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学大学院医学系研究科外科学専攻眼科学・視覚矯正科学特集●糖尿病と糖尿病網膜症あたらしい眼科27(9):1206.1210,2010糖尿病網膜症の治療:網膜光凝固TreatmentforDiabeticRetinopathy:RetinalPhotocoagulation加藤聡*表1糖尿病網膜症の光凝固適用および実施基準1.単純網膜症では,黄斑浮腫の予防ないし治療,および,増殖化の予防が主要な目的である.具体的には,蛍光眼底造影で網膜血管に透過性亢進があり,特に黄斑またはその近接部位に透過性亢進があり,視力に影響しているときには積極的に光凝固が勧められる.眼底中間部に無血管領域があるときには,増殖前の状態である可能性が大きいので,この部位への光凝固を加える必要がある.2.増殖網膜症では,新生血管の退縮および新しい新生血管の発生予防が光凝固の主目的になる.新生血管そのものを直接凝固することは必要ではなく,蛍光眼底造影で発見される無血管領域を主対象とし,無血管領域が3象限以上に存在する場合などでは,汎網膜光凝固を実施する.虹彩ルベオーシスのある場合にも,増殖網膜症に準じた扱いをする.3.既に硝子体網膜間に癒着があり,牽引性網膜.離や硝子体出血が発症しているときには,光凝固のみではこれを治療しがたい.光凝固のみで糖尿病網膜症すべてを有効に治療できると過信してはならず,このような場合には,硝子体手術を前提として光凝固を実施する.以上の原則に基づいた光凝固の実施基準を表2に具体的にまとめた.(文献2より)(41)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101207法である選択的光凝固(病巣凝固)(網膜血管床閉塞領域のみを主として光凝固を行う)の概念はなく,ほとんどが網膜光凝固といえば汎網膜光凝固であり,欧米の適応がすぐにわが国に当てはまるとは限らない.網膜症の所見のみで言えば確実に光凝固を行うべき程度,考慮されるべき程度,非適応と分けられるが,さらには全身状態をはじめとする他の要因が考慮され,本来の網膜光凝固の適応が考えられるべきである.明らかなevidenceはないが,より早期の網膜光凝固を考慮すべき因子として表3に示す.2.網膜光凝固の手順a.網膜光凝固を行う前のインフォームド・コンセント網膜光凝固を施行する前に他の内眼手術と同様に十分増殖網膜症(網膜内最小血管異常,網膜出血,毛細血管瘤,数珠状静脈異常が明らかにある)以上に進行した病態での網膜光凝固術を推奨している3).しかしながら,欧米ではわが国で多く取り入れられている光凝固術の手表2糖尿病網膜症の光凝固適応および実施基準病型検眼鏡所見蛍光造影所見光凝固対象部位備考単純網膜症・黄斑症は別項参照・びまん性網膜浮腫広範な血管拡張と透過性亢進後極部を除く病巣部位増殖前網膜症に移行しやすい増殖前網膜症・急性型軟性白斑の多発と血管異常(網膜内細小血管異常または静脈数珠状拡張)血管拡張と透過性亢進が目立つ病巣部位は網膜全体あるいは後極部黄斑を除く病巣部位軟性白斑のみが主要な所見の場合は光凝固非適応・慢性型白線化血管網膜内細小血管異常広範な血管閉塞血管閉塞域硝子体.離があれば増殖しにくい増殖網膜症・新生血管広範な血管閉塞新生血管からの蛍光漏出血管閉塞域(汎網膜光凝固)硝子体出血は何時でも起こり得る・線維増殖合併同上同上(増殖膜は除く)・硝子体牽引合併同上同上(網膜.離部は除く)硝子体手術を前提黄斑症・単純浮腫(びまん性)黄斑周囲のびまん性透過性亢進格子状光凝固黄斑症以外の周辺部位にも注意を払う黄斑牽引病変は手術適応・単純浮腫(限局性)毛細血管瘤病巣部位・.胞様黄斑浮腫.胞造影びまん性の蛍光漏出は格子状光凝固限局性の蛍光漏出は病巣凝固・輪状網膜症硬性白斑の異常血管血管異常黄斑から離れていれば不要・脂質沈着透過性亢進病巣および格子状凝固・虚血性黄斑症黄斑部血管閉塞非適応隅角および虹彩血管新生広範な血管閉塞循環遅延汎網膜光凝固隅角閉塞の程度により他の治療を併用糖尿病網膜症で光凝固を実施するにあたっては,事前に硝子体観察と蛍光眼底造影を行うことが望ましい.光凝固を実施するにあたっては,起こり得る合併症に関して患者に十分な説明を行う.また,どのような状態に対し,どのような光凝固を行ったかを,その後の経過を含めて内科主治医に連絡するのが望ましい.(文献2より)表3光凝固の適応の際に考慮すべき要因─早めのレーザーを考えるとき─血糖コントロール不良および変動が大きいコンプライアンスが不良(中断歴など)糖尿病以外に重大な全身疾患の合併インターフェロン治療予定がある蛍光眼底撮影施行が不可若年齢妊娠の希望もしくは妊婦白内障手術予定がある他眼の糖尿病網膜症の転帰が不良1208あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(42)基本的にはアーケード内の網膜毛細血管瘤から透過性が亢進している部分の光凝固を1回目の汎網膜光凝固時に同時に施行する.すでに新生血管が出現して,光凝固施行後に硝子体出血の合併症が危惧される症例では,後部硝子体.離が完成しているところや下方の網膜を1回目汎網膜光凝固時に照射する.各回の凝固の間隔は基本的には2週間程度であるが,黄斑浮腫が光凝固で悪化する可能性がある症例では3週間以上の間隔のゆっくり光凝固が推奨されている一方,逆に血管新生緑内障や虹彩隅角ルベオーシスがすでに出現しているようなときは3日おきに施行し,1週間以内で広域な汎網膜光凝固を完成させる必要がある.3.網膜光凝固の際に使用する前置レンズ網膜光凝固の際に使用する前置レンズは大きく接触型と非接触型に分けられるが,非接触型は角膜疾患の合併や内眼手術直後以外は使用することは少ない.接触型レンズは三面鏡型レンズと広視野倒像レンズに分けられ,近年では後者で網膜光凝固を行う術者が増えている.広視野倒像レンズでは像倍率が小さくなり,凝固径が大きくなる特徴がある.そのため,視野が広く,小瞳孔径例,白内障合併例,眼内レンズ眼では明らかに有利であるが,網膜光凝固装置の凝固径の設定を大きくした場合には,網膜面上よりも前眼部(角膜,水晶体)で径が小さくなる.すなわち単位面積当たりの照射エネルギーが強くなるため,前眼部への影響に注意する必要がある.広視野倒像レンズの添付文書には最大許容設定径が明記されており(表4),その値を遵守する必要がある.詳細な観察が必要とされる場合,大きな凝固斑が必要とされる場合などは躊躇なく三面鏡による網膜光凝固を行う.4.網膜光凝固の際の凝固条件の設定教科書には具体的な凝固条件が掲載されているが,光なインフォームド・コンセントが必要である.現在の網膜症の病態,それに対して期待される網膜光凝固の効果と治療の必要性,起こりうる合併症とそれに対する処置法,具体的な治療の方法について十分に説明する.最後に網膜光凝固に必要な医療費も具体的な額を説明しておく.学術的ではないが,手術により給付金が得られる生命保険に加入している場合は,網膜光凝固も該当し,患者の負担が軽減する可能性もあることまで言及する.すなわち,網膜光凝固を行うことによって,患者が治療に対して不満をもったり,それを契機に通院しなくなったりしないように心がける.b.汎網膜光凝固の範囲,凝固密度と凝固施行間隔汎網膜光凝固では施行する範囲により大きく二つに分けられる.一つは赤道部より後方でアーケード血管の外まで行う標準的な汎網膜光凝固と,赤道部より周辺まで行う広域汎網膜光凝固である.汎網膜光凝固というからにはすべて後者のように思えるが,少なくとも中等度の非増殖糖尿病網膜症に対する網膜光凝固の場合には,標準的な汎網膜光凝固で十分なこともある.逆に高度の乳頭新生血管,血管新生緑内障,虹彩隅角ルベオーシス,硝子体術前の場合は広域汎網膜光凝固が不可欠である.c.汎網膜光凝固の凝固密度汎網膜光凝固の凝固密度も病態により異なる.一般に各凝固斑は一凝固斑ずつあけることとされており,その凝固斑密度を求めると20%強となる.凝固斑は約10%程度拡大するを考え合わせても通常の光凝固密度は20%前後を目標としてよいと考えられる.しかし,前述したような広域汎網膜光凝固術の適応となる病態,特に血管新生緑内障や虹彩隅角ルベオーシスがすでに出現しているようなときは,凝固斑密度が50%程度となるように密に凝固する必要がある.もちろん,標準的な汎網膜光凝固の際にあまりに密に網膜光凝固を行うと,視野狭窄などの合併症が出現する可能性が高くなるのですべての例での過度に密な光凝固は慎まなければならない.d.汎網膜光凝固の凝固施行間隔汎網膜光凝固を施行するときにアーケードの外方の網膜を3~5分割して,1回につき300~800発の照射を行う.1回当たりの凝固数はすべての凝固する範囲やその密度により異なる.網膜光凝固の照射する順序として,表4広視野倒像レンズ使用の際の凝固装置上の最大許容設定凝固径SuperQuadR160200μmMainsterPRP165275μmTransEquatorR300μm(43)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101209固視が良ければ,さらに長い凝固時間で浮腫への凝固を行うこともある.d.波長波長を選択できる機種ばかりとは限らないが,糖尿病網膜症例の場合,少なからず白内障を合併している症例が多いので510~535nm(緑)よりも560~570nm前後(黄)の波長で行うほうが凝固しやすい.650nm前後(赤)の波長は白内障術前など中間透光体の混濁が強いときに用いるが疼痛が強い.e.凝固出力網膜光凝固の機種や使用頻度という光凝固装置の差異による影響,使用する前置レンズ,波長や凝固時間という設定条件,中間透光体の混濁や網膜浮腫の程度に影響されるため,具体的な数値を示すことは意味がなく,網膜面上に淡い混濁がみられる程度の凝固出力とする.5.網膜光凝固術後1カ月以内(できれば2週間以内)に視力検査,眼圧測定,眼底検査などの通常の眼科的検査を行う.術前に蛍光眼底撮影を施行している場合でも,網膜光凝固の効果が十分に現れているかを確認するために術後3カ月目に蛍光眼底撮影を再度施行し,不十分ならば追加を行う.〔注〕今まで述べてきた網膜光凝固の手順は従来からある網膜光凝固の機種を使用した場合を想定している.今までの網膜光凝固装置は単照射のものしかなかったが,近年新しく発売されたPASCALR(ThePatternScanningLaser,Opti-Medica社,カリフォルニア,米国)はあらかじめ設定したパターンで複数のスポット照射が行える.従来の光凝固装置に比べ,照射時間が約1/10程度のショートパルスであり,短時間で低侵襲な光凝固治療を行うことができ,結果として患者の痛みが軽減できる.凝固の設定条件が短時間,高出力である点が最も大きな違いであるが,それに伴い,凝固による侵襲が少なくなるために,1回の凝固により多数の凝固を行うことができ,汎網膜光凝固を今まで3.4回に分けて行っていたものが,2回程度で完成させることも可能になってきている.網膜血管床閉塞領域に対して光凝固を行う場合,従来はできる限り凝固径を大きくして,光凝固を行うことが効率的であったが,短時間・高出力凝固では,凝固密度を密にして(spacingを小さく設定して),より多数の凝固数で行うことが有効である.凝固装置の機種や透光体の状態により異なるので,あくまでも参考程度にするべきである.日常使用している機種での自分なりの基本的凝固条件を身につけるようにしたい.a.焦点方式以前の光凝固装置には焦点ずらし方式(defocus)と同焦点方式(parfocal)が選択できるようになっていたものがあるが,最新型の光凝固装置ではおのおの特長を取り入れた焦点方式が採用されてきている.元来の焦点ずらし方式では大きめの凝固斑が得にくいが前眼部への影響が少ないという利点があり,同焦点方式では大きめの凝固斑が得やすいものの前眼部への影響が大きいという特徴があった.そのようなことより,各社最新式の光凝固装置には焦点方式として大きめの凝固斑が得られるうえで前眼部への影響が少ないものが搭載されるようになってきた.それらのなかには網膜の手前に焦点を合わせると設定された凝固斑よりも小さい凝固斑がでることになる.すなわち最も瘢痕の出やすい焦点が,正しく網膜面上に合わされた焦点と等しくないことを理解しておく必要がある.このようなことを防ぐためには,スリットの倍率をある程度以上に拡大して網膜面上に確実に焦点を合わせて照射する習慣をつけるべきである.少なくとも網膜光凝固を行う前に,自分が使用する装置の焦点方式の特徴を調べておくことを忘れてはいけない.b.凝固径前述した理由により使用している前置レンズにより設定する凝固径が異なるため,少なくとも凝固径を議論する場合は網膜面上での凝固径でいう必要がある.小さな凝固径で多くの凝固数を照射したほうが疼痛が少なく,視野障害が少ない傾向があるという考え方もあるが,少なくとも血管新生緑内障や虹彩隅角ルベオーシスがすでに出現しているような症例や広範に網膜血管床閉塞領域が広がっている症例では凝固密度を密にする必要があり,網膜面上で400~500μm径になるように凝固したほうが効率的である.c.凝固時間一般的にはアーケード外では0.2~0.5秒,アーケード内では0.1~0.2秒といわれているが,中間透光体や網膜浮腫の状態により異なる.アーケード内でも患者の1210あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(44)上皮にごく淡い混濁が得られる程度を目標とする.また,凝固間隔は1.5凝固径おきに凝固することが肝要で,それ以上密に行うことは避ける.黄斑の中心部から500μm外側の浮腫の部分にのみ凝固を行うこととする.おわりに実践的な糖尿病網膜症に対する網膜光凝固法について述べた.欧米では黄斑凝固を除けば,網膜光凝固といえば汎網膜光凝固のことである故か,蛍光眼底撮影なしに網膜光凝固の適応が議論されることがあり,選択的網膜光凝固(病巣凝固)を施行することもあるわれわれには違和感がある.網膜光凝固の適応にはまだグレーゾーンがあるものの,絶対的な適応と非適応があるので,その適応についてグレーゾーンが広いことを言い訳にして誤ることのないようにしなければならない.わが国では網膜専門医ではなく,多くの術者が網膜光凝固を行っている現状があり,最近の網膜光凝固装置や前置レンズの特徴を十分理解して,合併症が少なく,確実な効果が得られるような網膜光凝固を心がけるべきである.文献1)L’EsperanceFAJr:Clinicalhistoryofophthalmiclaser.OphthalmicLaser(2ndedition),p3-7,CVMosby,StLouis,19832)清水弘一:分担研究報告書汎網膜光凝固治療による脈絡膜循環の変化と糖尿病血管新生緑内障のレーザー治療ならびに糖尿病網膜症の光凝固適応及び実施基準.平成6年度糖尿病調査研究報告書厚生省;346-349,19953)EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup:Earlyphotocoagulationfordiabeticretinopathy.ETDRSreportnumber9.Ophthalmology98:766-785,19914)大越貴志子:糖尿病黄斑浮腫の光凝固療法─低出力広間隔格子状光凝固─.眼紀52:104-111,2001II黄斑浮腫に対する光凝固黄斑浮腫は大きく分けて局所性浮腫とびまん性浮腫に分けられるが,実際には双方を合併している症例も多数ある.局所性黄斑浮腫では透過性の亢進した毛細血管瘤の直接凝固を行う.そのことにより黄斑部の浮腫を軽減させ,硬性白斑が中心窩に沈着することを防止するのを目的とする.びまん性黄斑浮腫では,格子状光凝固術の適応となるが,成績は局所性の症例に比し悪いうえに,凝固斑の拡大などの合併症があることより,比較的軽症なびまん性黄斑浮腫に対し,低出力広間隔格子状光凝固法4)が行われる以外は,最近ではトリアムシノロンのTenon.下注射(一部では硝子体内注射)や硝子体手術の適応とされてきている.1.直接凝固凝固条件は毛細血管瘤の大きさにもよるが,凝固径は50~100μmで,出力は毛細血管瘤がピンク色に変色する程度のパワー(約0.1~0.15W)で,凝固時間は0.1秒で行う.輪状白斑の中心にある毛細血管瘤が,浮腫の原因となっていることが多いが,蛍光眼底撮影の後期像での浮腫とその原因となっている毛細血管瘤を前期像でとらえ,効率的に毛細血管瘤を凝固するように行う.硬性白斑が中心窩にかかってから行っても効果が少ないため,中心窩にかかる前に施行する.もちろん,中心窩近くの毛細血管瘤には光凝固を行わない.2.格子状凝固大越らが考案した低出力広間隔格子状凝固がわが国では行われている.凝固条件として,凝固径は100μm以下,凝固時間は0.1秒,出力は0.06~0.15Wで,色素

糖尿病網膜症の治療:全身管理の面から

2010年9月30日 木曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY間にわたる早期腎症の進行経過およびRAS(レニン-アンジオテンシン系)遺伝子の多型性の縦断的分析結果では,軽症ではあっても高血圧を合併すること,そしてACE(angiotensinconvertingenzyme)遺伝子のD/D多型を有するもので腎症の進行がより速いことを明らかにしている2).今日では腎症の進行と高血圧の合併,あるいは両者を結びつけるリスクファクターとしてRASはじめに糖尿病症例に対して早期から長期間にわたって接する内科医には,継続性があるとともに各病期においてインパクトのある患者指導と的確な治療介入が要求される.すなわち,糖尿病網膜症の進行抑止には,網膜症進行期に入ってからの眼科的治療よりも糖尿病自体の発症早期からの全身管理がより大きな意義を有する.高血糖はもちろん,低血糖も可及的に回避することで達成される厳格な血糖コントロールがその将来を決定する.また同時に高血圧や脂質異常症に対する適切な薬物介入もEBM(evidence-basedmedicine)からみて重要である.すなわち内科医は増殖網膜症や血管新生緑内障などから最悪のシナリオを経てロービジョンに至るハイリスク症例のみならず,すべての糖尿病患者に対して長期にわたる治療を行わねばならない.これには集学的アプローチから得られたEBMに基づく生活指導・薬物介入とともに,個々の症例に対してテーラーメイド医療を実践することが最も必要である.これが,「明日のQOV(qualityofvision)」低下を回避することに繋がる1).I網膜症と腎症との関連性従来から網膜症の重症度は,同じく細小血管症である腎症の病期と正相関することが報告されている.筆者らの断面的調査結果でも,増殖網膜症期に至った例の多くが,顕性蛋白尿期あるいは微量アルブミン尿期のなかでもかなり進行したステージにある(図1)2).また,10年(35)1201*1MitsuyoshiNamba&KosukeKonishi:兵庫医科大学内科学糖尿病科*2NoriyoKubo&KeisukeKosugi:大阪警察病院内科*3TomohiroIkeda:兵庫医科大学眼科〔別刷請求先〕難波光義:〒663-8501西宮市武庫川町1-1兵庫医科大学内科学糖尿病科特集●糖尿病と糖尿病網膜症あたらしい眼科27(9):1201.1205,2010糖尿病網膜症の治療:全身管理の面からManagementofDiabeticRetinopathy:ImportanceofMetabolicControlofMicro-andMacro-VascularComplications難波光義*1小西康輔*1久保典代*2小杉圭右*2池田誠宏*3NDRSDRPDRNormoLowMicroHighMicroMacro411425207283892031(n=244)38図1外来通院中の2型糖尿病症例における網膜症と腎症の重症度別合併頻度(文献2を基に作図)NDR:nodiabeticretinopathy,SDR:simpleDR,PDR:proliferativeDR,Normo:尿中アルブミン10mg/gCr未満,LowMicro:同10~20,HighMicro:同20~150,Macro:同150以上.1202あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(36)虚血のリスクが高まるのではないかと想像される.従来から起立性低血圧合併例など全眼虚血に陥りやすい例は増殖性変化のハイリスク例であり,このような自律神経障害例を含めて,高齢者,ヘビースモーカー,高血圧,脂質異常症合併例など,大血管障害ハイリスク例に対する配慮や介入策も当然必要となる.III厳格な血糖コントロールの重要性網膜症のみならず,すべての糖尿病合併症の発症進行には高血糖が関与するが,これがEBMとしてはじめて確立されたのがDCCT(TheDiabetesControlandComplicationsTrial)であった4)(図4A,B).1型糖尿病に対し,約9年間にわたって平均HbA1Cで約1.5%の活性亢進が注目されており,すでにこの系の抑制薬であるACEI(angiotensinconvertingenzymeinhibitor)あるいはARB(angiotensinIIreceptorblocker)が腎症進行抑止薬としてその地歩を確立している.さらに増殖網膜症例の眼房水中のVEGF(vascularendothelialgrowthfactor)およびアンジオテンシンII濃度は有意に高値であるとされ,最近ではVEGF産生とRASとの関連性も注目されつつある(図2).現在のところ,VEGF遺伝子多型と非増殖網膜症との関連性を疑わせる報告はあるが,増殖変化などのハイリスク性との直接的関連性を報告したものはない.今後RAS構成分子の遺伝子多型性を含めて,これらとの関係が明らかにされれば,ある種の多型性を有するハイリスク症例に対して,より選択的で効果的な介入策を講じる必要がある.現在の段階では,後述のように高血圧に対しては十分な薬物療法,とりわけRASを介した効果を有する薬物介入が第一次選択と考えられる.II網膜症と大血管障害との関連性筆者らの検討では,図3,4のように,網膜症の重症度と内頸動脈内中膜複合体IMT(intimamediathicknessofinternalcarotidartery)の肥厚度あるいは大動脈脈波伝播速度baPWV(brachial-anklepulsewavevelocity)との間に相関が認められた3).この事実は網膜症が単に細小血管症としての側面のみならず,大血管障害の性格も併せ持つことを示している.すなわち,眼動脈など頭蓋内動脈の硬化性病変が血流障害を招き,全眼0.80.911.11.21.31.4NDRSDRPPDRPDRIMT(mm)図3過去3年間に筆者らの糖尿病科に教育入院あるいは血糖コントロール立て直しのために(網膜症治療のためではなく)入院した症例における網膜症の病期分類と内頸動脈内中膜複合体厚(IMT:intimamediathicknessofinternalcarotidartery)(文献3,21より)NDR:nodiabeticretinopathy(DR),SDR:simpleDR,PPDR:pre-proliferativeDR,PDR:proliferativeDR.1,0001,2001,4001,6001,8002,0002,200NDRSDRPPDRPDRbaPWV(cm/sec)図4図3の症例における網膜症の病期分類と大動脈脈波伝播速度(baPWV:brachial-anklepulsewavevelocity)(文献3,21より)高血糖VEGF産生亢進VEGF,PDGF遺伝子多型?酸化ストレスAGEsRAS活性??図2高血糖とVEGFの産生亢進を結ぶメカニズムAGEs:advancedglycationendproducts,RAS:renin-angiotensinsystem,VEGF:vascularendotherialgrowthfactor,PGDF:platelet-derivedgrowthfactor.(37)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101203会値で6.5%以下とされている.DCCTに引き続いて実施されたEDIC(EpidemiologyofDiabetesControlandInterventionsandComplications)では,DCCTの期間中に従来療法群に属していた症例のうち強化療法群に転向した群とそのまま強化療法を継続した群とを7年間にわたって追跡したところ,後者のほうが前者よりも累積増悪率が62%も低かったことが明らかとなった7,8)(図6).この事実は,厳格なコントロールを導入実施するのであれば,可及的速やかに導入すべきであり,その一方である期間継続した悪いコントロールはその後も年余にわたって合併症に悪影響を及ぼすことを示している.現在ではこの結果は,「legacyeffect(遺産効果)」あるいは,「metabolicmemory(代謝の記憶)」とよばれている(図6).IV急激な血糖コントロールが網膜症に与える影響一方,DCCTの結果が報告されたときすでに,急激な血糖コントロールの改善が網膜症に与える悪影響に対する危惧も感じられていた.図5Bのように,すでに網膜症が存在する患者群に対する強化療法の介入においては,1~2年以内に一旦網膜症の増悪が観察されており,その後この危険性の分析結果が報告された9).の改善をもたらすことが,網膜症のないものにおける新たな発症リスクを1/3程度,すでに網膜症を有するものにおける進行リスクを1/2に抑制することが明らかとなった.2型糖尿病の網膜症においても,UKPDS(UnitedKingdomProspectiveDiabetesStudy)5)やKumamotoStudy6)によって,厳格な血糖コントロールがその予後を改善することが明らかとなっている.特に後者の分析によって,わが国における目標HbA1Cは日本糖尿病学B:進展阻止効果試験期間(年)試験期間(年)01020304050600123456789従来療法群(n=375)強化療法群(n=342)p<0.001従来療法群(n=348)強化療法群(n=354)p<0.0011020304050600123456789A:発症阻止効果0発症率(%)進展率(%)図5DCCTの従来療法.強化療法両群における網膜症の累積発症抑制率(A)と進展抑制率(B)(文献4を基に作図)AHbA1C(%)111098760123456789DCCTDCCTendDCCTendEDIC1234567(年)従来療法群強化療法群DCCT期間中の従来療法群DCCT期間中の強化療法群0.40.30.20.11234567DCCT終了後の年数(EDIC)B網膜症の累積増悪率62%従来療法群から強化療法群に移行したもの0図6EDICによって明らかとなった,良好な血糖コントロールによって得られる「legacyeffect(遺産効果)」あるいは,「metabolicmemory(代謝の記憶)」(文献7,8より改変)■用語解説■DCCT:米国とカナダの両国において,約9年間にわたり1型糖尿病患者約1,400例に対して行われたメガスタディ.1日1~2回のインスリン注射を行い平均HbA1C約9.0%に維持された従来療法群と,血糖自己測定を併用して1日数回の頻回注射や持続注入ポンプを用いた治療を行い平均HbA1C7.5%に維持された強化療法群の2群において網膜症をはじめとする糖尿病合併症の発症/進行を比較した.EDIC:DCCTの終了後,従来/強化療法それぞれに対して,新たなゴールを設定して行われた延長研究.両群がともにHbA1C約8%前後に集約されたことで,過去のDCCT期間中の持ち越し効果が比較されることとなった.UKPDS:英国の2型糖尿病数千例を対象として10年以上にわたって行われた介入研究.治療は食事・運動療法と経口血糖降下薬,インスリンなどが広く比較された.KumamotoStudy:わが国の熊本大学を中心に行われた.インスリン治療2型糖尿病110例において,6年間にわたって,頻回注射群と従来注射群の合併症に与える影響が比較された.1204あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(38)ARBを第一次選択薬として用いることがコンセンサスとなっている.なかでも,カンデサルタン(ARB)が1型糖尿病における網膜症の発症を抑制する可能性や,2型糖尿病における非増殖網膜症では網膜症を改善する可能性が示されている15,16).糖尿病患者の血圧管理目標値としては家庭血圧測定で,早朝起床時座位上腕測定で130/80mmHg以下とされている.さらに,脂質異常症の合併が硬性白斑や黄斑浮腫のリスクを高めるとの報告があり17,18),LDL(低比重リポ蛋白)-コレステロール低下作用の強いスタチンの硬性白斑に対する効果や中性脂肪低下作用のあるフィブラートの増殖網膜症に対する効果の報告もみられる19,20).おわりに今日まで糖尿病診療は,患者集団の統計データに基づいて合併症リスクを把握し,十把ひとからげの生活指導と内科的薬物介入を行ってきた.個々の患者さんに即したテーラーメイド医療の重要性が叫ばれる今日では,より集学的アプローチによってロービジョンハイリスク症例に対するEBMに基づく患者指導と適切な薬物介入を行うべきである.とりわけ糖尿病の発症当初から関与する内科医はより厳格な血糖・血圧・脂質管理を可及的早期から実践することが重要である21).文献1)難波光義,大植孝徳,山本浩司ほか:内科医を中心としたチーム医療における網膜症ハイリスク患者の管理.眼紀49:989-992,19982)OueT,NambaM,NakajimaHetal:RiskfactorsfortheprogressionofmicroalbuminuriainJapanesetype2diabeticpatients─a10yearfollow-upstudy.DiabResClinPract46:47-52,19993)小西康輔,勝野朋幸,難波光義:上腕足首脈波伝導速度(baPWV),および平均頸動脈内膜中膜複合体厚(meanIMT)と糖尿病細小血管症の関係について.MedicalPostgraduate47:120-125,20094)TheDiabetesControlandComplicationsTrial(DCCT)ResearchGroup:Theeffectofintensivetreatmentofdiabetesonthedevelopmentandprogressionoflong-termcomplicationsininsulin-dependentdiabetesmellitus.NEnglJMed329:977-986,19935)UnitedKingdomProspectiveDiabetesStudy(UKPDS)Group:Intensiveblood-glucosecontrolwithsulphonyluわが国でもかなり以前から,急激な血糖コントロール,とりわけインスリン治療の導入がその引き金になるのでは?といった考えがあり,そのような症例報告や総説は枚挙にいとまがない10,11).自験例を含めた私見も交えて,糖尿病症例を多く経験する内科・眼科両専門医のコンセンサスを表1にまとめた.その悪化機序としては,急激な血糖降下に伴う網膜血管の透過性亢進やスパズム,あるいは血小板凝集能亢進などによる網膜組織内の低酸素血症が関与すると想定されるが,いまだ明らかではない.確かに有症状/無症状を問わず,低血糖を経験するほどタイトコントロールが行われた例に好発する印象もあり,またインスリンなど低血糖誘発リスクの高い薬物介入を受けた例に起こりやすい感じもある.しかしながら,一切薬物を用いず,食事療法のみで治療を開始したにもかかわらず,急激な網膜症の進行をきたした例を筆者らも経験しているし,そのような症例報告も散見される12).特に妊娠合併例ではより高率に網膜所見の増悪,とりわけ黄斑浮腫をきたしやすいので,頻回の網膜所見の観察が重要である13).基本的には表1のようなハイリスク因子をもつ例に対しては可及的緩徐な血糖降下を行い,眼底所見をより綿密に観察していく心構えが重要と思われる.V高血圧・脂質異常症管理と網膜症糖尿病に合併する高血圧の治療が網膜症の進行防止に有効であることがEBMで認められている14).特に薬物介入に際しては,前述の血管保護作用やVEGF産生抑制作用も期待できる抗RASのもの,すなわちACEIや表1急激な血糖コントロールが網膜症を悪化進行させるリスクのある要注意例1.それまで放置されていた例(糖尿病の管理状況が把握できない例)2.介入前のコントロールがきわめて不良な例3.介入後約3カ月間の血糖改善がHbA1Cで3.0%以上あるいは介入前値の30%以上低下させた例4.前増殖網膜症以上の合併例5.自律神経障害の合併により起立性低血圧がある例6.ヘビースモーカー例7.妊娠合併例(39)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101205complicationsinthediabetescontrolandcomplicationstrial.DiabetesCare23:1084-1091,200014)UnitedKingdomProspectiveDiabetesStudy(UKPDS)Group:Tightbloodpressurecontrolandriskofmacrovascularandmicrovascularcomplicationsintype2diabetes(UKPDS38).BrMedJ317:703-713,199815)ChaturvediN,PortaM,KleinRetal:DIRECTProgrammeStudyGroup:Effectofcandesartanonprevention(DIRECT-Prevent1)andprogression(DIRECT-Protect1)ofretinopathyintype1diabetes.Arandomizedplacebo-controlledtrial.Lancet372:1394-1402,200816)SjolieAK,KleinR,PortaMetal:Effectofcandesartanonprogressionandregressionofretinopathyintype2diabetes(DIRECT-Protect2):Arandomizedplacebocontrolledtrial.Lancet372:1389-1393,200817)MiljanovicB,GlynnRJ,NathanDMetal:Aprospectivestudyofserumlipidsandriskofdiabeticmacularedemaintype1diabetes.Diabetes53:2883-2892,200418)CohenRA,HennekensCH,ChristenWGetal:Determinantsofretinopathyprogressionintype1diabetesmellitus.AmJMed107:45-51,199919)鷹羽照子,西川憲清,三ヶ尻健一ほか:糖尿病網膜症における硬性白斑に対するアトルバスタチン投与の効果.眼紀57:295-300,200620)KeechAC,MitchellP,SummanenPAetal:Effectoffenofibrateontheneedforlasertreatmentfordiabeticretinopathy(FIELDstudy):arandomizedcontrolledtrial.Lancet370:1687-1697,200721)難波光義,小西康輔,浜口朋也ほか:ロービジョンハイリスク症例への対応─内科医としての立場から─.眼紀58:403-406,2007reasorinsulincomparedwithconventionaltreatmentandriskofcomplicationsinpatientswithtype2diabetes(UKPDS33).Lancet352:837-853,19986)OhkuboY,KishikawaH,ArakiEetal:IntensiveinsulintherapypreventstheprogressionofdiabeticmicrovascularcomplicationsinJapanesepatientswithnon-insulindependentdiabetesmellitus:Arandomizedprospective6-yearstudy.DiabetesResClinPract28:103-117,19957)Retinopathyandnephropathyinpatientswithtype1diabetesfouryearsafteratrialofintensivetherapy:TheDiabetesControlandComplicationsTrila/EpidemiologyofDiabetesInterventionsandComplicationsResearchGroup.NEnglJMed342:381-389,20008)WhiteNH,SunW,ClearyPAetal:Effectofpriorintensivetherapyintype1diabeteson10-yearprogressionofretinopathyintheDCCT/EDIC:Comparisonofadultsandadolescents.Diabetes59:1244-1253,20109)TheDiabetesControlandComplicationsTrial(DCCT)ResearchGroup:EarlyworseningofdiabeticretinopathyintheDiabetesControlandComplicationsTrial.ArchOphthalmol116:874-886,199810)垂井清一郎:長期間きわめて治療不完全であった糖尿病患者における急速な血糖調節に伴う網膜症の変動・悪化.糖尿病27:743-745,198411)福田全克:急激な血糖コントロールの網膜症に及ぼす影響─眼科の立場から─.DiabetesJournal20:13-17,199212)高綱陽子,中村洋介,山本修一:食事療法のみによる急激な血糖コントロール後に著しく増悪した糖尿病網膜症の1例.眼紀58:538-543,200713)TheDiabetesControlandComplicationsTrial(DCCT)ResearchGroup:Effectofpregnancyonmicrovascular

糖尿病網膜症・黄斑症の病態:血流動態の面から

2010年9月30日 木曜日

1194あたらしい眼科Vol.27,No.9,20100910-1810/10/\100/頁/JC(O0P0Y)予防」(疾病が発症した後,必要な治療を受け,機能の維持・回復を図ること)に留まることなく,「一次予防」(生活習慣を改善して健康を増進し,生活習慣病などを予防すること)に重点を置いた対策が強力に推進されている(厚生労働省・健康日本21).予防医学の観点から糖尿病網膜症を考えるうえで,網膜症発症前からすでにひき起こされている網膜血管障害を鋭敏に捉え,それを診断・治療に生かすうえでは,非侵襲的かつ定量的に病変を捉えることのできる眼循環測定の果たす役割は大きいと考えられ得る.そこで本稿では,現在臨床に応用されている眼循環測定法を解説し,それを用いて行われた臨床研究の成果をまとめながら,糖尿病網膜症・黄斑症の病態を,眼血流動態の面から考えてみたい.I眼血流の評価法現在までに臨床応用されている眼血流動態を評価する方法について,その特徴を簡潔に述べる.1.網膜血流の評価a.レーザードップラー速度計(laserDopplervelocimeter:LDV)網膜動静脈の血管径と血流速度を測定して血流量の絶対値を算出できる,唯一の非侵襲的眼循環測定法である.絶対値を測定できるため,個体間すなわち正常者と糖尿病網膜症患者の結果を比較することも可能である1).はじめにわが国の糖尿病人口は増加の一途をたどり,今後もさらに増えることが予想されている.糖尿病慢性合併症の一つである糖尿病網膜症はわが国における成人の失明原因の主因であり,社会経済的損失も計り知れず,その予防法と治療法の確立,特に網膜症発症早期から鋭敏に異常を検出する検査法の確立は,われわれ眼科医にとって急務である.糖尿病網膜症は腎症・神経症と並びいわゆる三大糖尿病細小血管合併症の一つであり,その病態は長期間にわたる高血糖や酸化ストレス,慢性炎症などによる網膜血管障害が本態である.壁細胞の消失,毛細血管瘤形成から始まる病理学的変化が生じれば,検眼鏡的にも網膜症を検出することができるようになり,蛍光眼底造影検査で無灌流領域・新生血管の有無を評価し,光凝固や薬物療法,場合によっては硝子体手術などの治療が行われる.しかしながら,未治療のまま増殖性変化や牽引性黄斑.離をきたした症例や,びまん性の黄斑浮腫症例などはいまだに難治であり,糖尿病人口の爆発的増加と相まって,糖尿病網膜症で失明に至る糖尿病患者数は,当分の間は増えこそすれ減りはしないと予想される.わが国の糖尿病患者の大部分を占める2型糖尿病は,生活習慣病の一つであり,現在国を挙げてその予防に取り組んでいるところである.国民総医療費の抑制という観点からも,従来の疾病予防の中心であった「二次予防」(健康診査などによる早期発見・早期治療)や「三次(28)*TaijiNagaoka&AkitoshiYoshida:旭川医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕長岡泰司:〒078-8510旭川市緑が丘東2条1丁目旭川医科大学眼科学教室特集●糖尿病と糖尿病網膜症あたらしい眼科27(9):1194.1200,2010糖尿病網膜症・黄斑症の病態:血流動態の面からRoleofOcularCirculationinPathogenesisofDiabeticRetinopathyandMaculopathy長岡泰司*吉田晃敏*(29)あたらしい眼科Vol.27,No.9,201011953.眼動脈血流の評価a.超音波カラードップラー法(colorDopplerimaging:CDI)血流速度測定法として広く普及しているカラードップラー法を眼科に応用したもので,超音波BモードとPulseDoppler法を組み合わせて眼窩内深部の網膜動静脈の血管の血流動態を測定する.網膜中心動脈,短長後毛様動脈,眼動脈などの血流速度,さらに収縮期と拡張期の最高速度から血管抵抗指数などを求め,眼循環を大まかに評価することができる6).b.レーザースペックル血流計(laserspeckleflowgraphy:LSFG)生体組織にレーザーを照射すると,移動する血球により散乱されたレーザー光に干渉が生じることによってスペックルパターンとよばれるランダムな模様が形成される.このスペックルパターンのぶれ(bluring)を求めることで,血流速度を解析することができる.視神経乳頭,脈絡膜の末梢血流速度,網膜内血流速度の測定が可能となっている7).II糖尿病網膜症と血流1.網膜症の病期と眼循環糖尿病網膜症の病態生理を眼循環の観点から考えるうえで,網膜症の病期と眼循環との関係は非常に重要であり,欧米を中心にこれまで数多くの報告がなされてきたが,その報告の大部分は,他に全身合併症を有さない1型糖尿病患者を対象としており,罹病期間が短ければ網膜血流量は減少し,長くなるにつれて増加に転じるとされている8)が,反対に早期には網膜血流は増加しているという報告もある9).おそらく,測定法の違いに加えて,以下に述べるとおり眼循環はさまざまな因子に影響されるため,対象のばらつきもその一因と考えられる.一方,日本人の糖尿病患者の大部分を占める2型糖尿病患者は,高血圧など他の全身合併症を有することが多く,これまで眼循環の詳しい検討がなされていなかった.最近筆者らの施設では,2型糖尿病患者を対象にしてLDV法を用いて網膜動脈血流量を測定し,網膜症のない,あるいは単純網膜症を有する糖尿病患者では正常対照群に比べ網膜動脈血流量が低下しており,網膜症発b.走査レーザー検眼鏡(SLO)を用いたフルオレセイン蛍光眼底造影検査(FA)SLOを用いてFAを行うと,白血球もしくは血小板と考えられる蛍光点が観察される.これをデジタル画像に取り込んで解析し,蛍光点の移動速度を測定し,中心窩近傍の網膜毛細血管レベルでの血流速度を定量的に測定できる2).c.ScanninglaserDopplerflowmeter(Heidelbergretinaflowmeter:HRF)SLOとlaserDopplerflowmeter(LDF)を組み合わせ,網膜および視神経乳頭の組織血流を測定することのできる装置である.視神経乳頭および黄斑領域の網膜組織血流を評価できる.d.内視現象を用いた方法(ブルーフィールドシミュレーション:BF)内視現象とは,青い空を見上げた際に無数の細かい透明な点が見える現象で,これを利用して黄斑周囲毛細血管を流れる白血球を内視させ,この内視白血球像をコンピュータでシミュレートし,被検者自身が内視像と一致させることにより,毛細血管の血流速度計測が客観的に可能であるe.網膜血管解析装置(retinalvesselanalyzer:RVA)網膜血管の血管径を連続して計測できる唯一の測定機器である.眼底カメラから取り込んだ網膜血管像を画像処理して血管径を算出する.15分まで連続して血管径を測定し,網膜血管の動的反応を捉えることができる3).2.脈絡膜血流の評価a.レーザードップラー血流計(laserDopplerflowmeter:LDF)おもに視神経あるいは中心窩の脈絡膜の毛細血管の組織血流量を測定できる4).b.拍動性眼血流計(pulsatileocularbloodflowmeter:POBF)眼球の拍動による脈波を測定・解析し,全眼球血流量を算出する.大部分は脈絡膜全体の血流量を反映すると考えられる5).1196あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(30)andComplicationsTrial),2型糖尿病患者を対象としたUKPDS(UnitedKingdomProspectiveDiabetesStudy)などの大規模臨床試験の結果から,糖尿病罹病期間以外では,血糖コントロールが最も強いリスクファクターであることが示されている.眼循環の観点から考えると,血糖コントロールの良し悪しが網膜循環に影響を与え,それが網膜症発症・進展に関与している可能性がある.これについては,LDV法を用いて多くの検討がなされている.まず,網膜症のみられない1型糖尿病患者ではHbA1Cと網膜血流量の間には負の相関関係が認められ,血糖コントロールが悪いと網膜血流量はより低下している13).さらに最近では,HbA1Cが平均7.5%程度の比較的血糖コントロールが良好な1型糖尿病患者では,正常対照群との網膜血流量は変わらないが,体位変換に伴う全身血圧の変化に対する網膜血管の収縮反応(網膜血流自己調節機構)が早期に障害されていることが報告されている14).急激な血糖コントロールにより網膜症が悪化することが報告されているが,その詳しいメカニズムはわかっていない.Grunwaldらは,厳格な血糖コントロールを行った1型糖尿病患者を対象にしてコントロール開始後の網膜血流変化と網膜症の進行の有無について検討し,コントロール開始5日後に網膜血流量が増加した群では網膜症が進行し,反対に網膜血流量が低下した群では網膜症前・発症早期からの網膜血流低下は1型・2型糖尿病に共通の病態であることを明らかにした10)(図1).この研究では,血中のLDL値と網膜血流が負の相関関係にあり,重回帰分析でも有意な関連を認めた.LDLそのものの直接作用により網膜血管を障害・収縮させる作用があるとされ,この結果はLDLによる血管障害の可能性を示唆している.2型糖尿病患者では半数近くが脂質異常を合併しており,厳格な血糖コントロールに加えて,網膜循環改善作用をもつシンバスタチン11)などを使った適切な脂質のコントロールも糖尿病による網膜血管障害を予防するうえで重要と考えられる.糖尿病網膜症早期の網膜血流減少の機序については,白血球の血管内皮への接着が関与するという報告もあるが,血流には影響しないという報告もあり,結果は一致していない.糖尿病ラットでの検討では糖尿病発症早期から強力な血管収縮物質エンドセリン-1が増加しており,これが血流低下に関与すると考えられる12).一方,網膜症の進行に従って網膜血流が増加に転じるとされているが,糖尿病網膜で産生が増加する血管内皮増殖因子(VEGF)が網膜血流を増加させており,血流低下による組織低酸素に反応して網膜でのVEGF産生が増え,その結果として網膜血流が増加に転じるものと推測される13)(図2).2.血糖コントロールの影響1型糖尿病を対象としたDCCT(DiabetesControl中心窩脈絡膜血流↓網膜血流↓網膜組織低酸素VEGFなど血管増殖因子↑網膜症発症・進展黄斑浮腫酸化ストレス亢進血管収縮物質(ET-1)増加血管拡張物質(NO)低下図22型糖尿病患者の網膜症・黄斑浮腫の発症・進展における眼循環動態(仮説)(n=79)健常人網膜動脈血流量(μl/min)12111098765網膜症なし(n=160)単純網膜症(n=49)11.49.39.6図12型糖尿病患者の網膜血流LDV法を用いた測定による.(文献10より改変)(31)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101197る22).このように,内服薬による網膜症治療の効果判定にも網膜循環の評価は有用であると考えられる.最近,多施設ランダム化比較試験による内服薬による糖尿病網膜症抑制の可能性を示す興味深い報告が相ついでなされている.DIRECT(DiabeticRetinopathyCandesartanTrials)研究ではアンジオテンシンI受容体阻害薬(ARB)カンデサルタンが1型糖尿病網膜症の発症を抑制すること23),FIELD研究ではフェノフィブラートが2型糖尿病網膜症のレーザー治療の必要性を減らすことが明らかとなった24).これら臨床結果の具体的な奏効機序は明らかではないが,網膜血管への保護的効果がその一因である可能性も考えられる.特にARBに関しては,糖尿病網膜症への有効性について,基礎研究で多くの検討がなされている.複数のARBが用いられているが,糖尿病ラットでは,ARBは網膜血流障害と血管内皮機能を改善させうること25),白血球の網膜血管内皮への接着を抑制すること26),さらに糖尿病マウスでは,網膜の炎症反応を抑制することが報告されている27).筆者らの検討では,正常人ではARBによる網膜循環への影響は認めなかった28)が,レニン-アンジオテンシン系は糖尿病状態で亢進するため,今後は糖尿病患者におけるARBの網膜循環への影響を検討する必要がある.さらに筆者らは網膜摘出血管を用いた実験から,シンバスタチン29)や赤ワイン含有ポリフェノールのレスベラトロール30)は網膜血管拡張作用を有することも見いだしており,これら「網膜血管保護作用」を有する内服薬の網膜循環への影響を糖尿病患者で評価し,今後の臨床研究を発展させたいと考えている.III糖尿病黄斑症と血流黄斑浮腫は重篤な視力障害をひき起こすが,その発生機序は明らかではない.VFA(videofluoresceinangiography)法を用いた検討では,黄斑浮腫では傍中心窩の網膜毛細血管血流は低下し,それは中心窩網膜厚と負の相関があり,この部位の網膜毛細血管の血流障害が黄斑浮腫の発症に関与すると考えられている31).筆者らもLDF法を用いて糖尿病患者の中心窩の脈絡膜血流について検討し,網膜症のない病期からすでに低下し,黄斑浮腫が生じるとさらに低症の進行がみられなかったと報告した15).網膜血流の変化を評価することでその後の網膜症の進展がある程度予知しうる可能性を示したものであり重要な知見である.最近の報告では,血糖コントロール開始5日後に眼血流が増加し,これは血中エンドセリン-1の減少に関連するとされている16).短時間での血糖値の変動と眼循環との関連については,1型糖尿病患者においては,グルコースクランプにより血糖を徐々に上げていくと,低下していた網膜血流が増加し,正常人と同じレベルに戻るが,インスリン投与により急激に血糖を降下させると網膜血流が減少するとの報告もある17).さらに,糖尿病患者では急激な血糖増加あるいは朝食後の経時的な血糖変動の網膜血流への影響はみられないが,一方で高血糖時にはフリッカー刺激に対する網膜血流増加反応が減弱しているという報告もある18).実際,糖尿病患者では血糖値の変動が大きいほど網膜症の発症頻度が増加するとの報告もあり,HbA1C値による血糖コントロール評価に加えて,血糖値の短期的な変動が網膜循環動態にどのように影響しているか,今後検討されねばならない.3.喫煙の影響喫煙は高血圧,高脂血症,肥満などと並び代表的な糖尿病細小血管障害の危険因子であると考えられている.喫煙の眼循環への影響に関しては,喫煙により酸素吸入に対する網膜血管の反応性が減弱すると報告されている.糖尿病患者では喫煙により網膜血流の自己調節機構が障害され,それが糖尿病網膜症の発症・進展に影響を与える可能性がある19).4.内服薬による網膜循環への影響網膜症発症前に網膜血流が低下しており,これが網膜症の発症・進展に関与しているならば,網膜血流を改善させる治療薬が有効であると考えられる.これまでアスピリン内服20)あるいはビタミンE大量投与21)により,糖尿病患者の低下していた網膜血流を正常化したと報告されている.新しい糖尿病治療薬として期待されながらも現在開発が中止されているPKC-b阻害薬ruboxistaurinの内服でも網膜循環を改善させると報告されてい1198あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(32)な循環動態の変化が関与しているかはわからないが,適切な光凝固により黄斑部の脈絡膜循環を改善しうると考えている.2.硝子体手術糖尿病網膜症や黄斑浮腫に対して施行される硝子体手術の眼循環への影響も考慮されねばならない.Kadonosonoらは.胞様黄斑浮腫(CME)を有する糖尿病患者に対する硝子体手術を施行しSLOによるFAで黄斑部毛細血管血流速度を測定し,術後6カ月で約20%増加すると報告した37).一方,HRFを用いた検討では,術後浮腫が消失した症例では黄斑血流が低下したとの報告もある38).さらに増殖糖尿病網膜症(PDR)症例に対する硝子体手術の眼循環への影響については,前田らがLSFGを用いてPDR眼に対する硝子体術後に網膜中心動脈の血流速度が増加すると報告した39)が,CDIを用いた検討では,眼動脈や網膜中心動脈では反対に減少するとの報告がある40).以上述べたように,硝子体手術の眼循環に及ぼす影響については,測定部位,測定方法,対象とする症例にばらつきがあり,一定の見解が得られていない.おわりに本稿で紹介した糖尿病患者の網膜循環動態を検討した報告は,いずれも単施設・少数例での検討であり,エビデンスとしての質は決して高いとはいえない.今後は,多施設ランダム化比較試験による多数例での臨床試験が必要である.そのためには,誰もが手軽に,そして信頼性と再現性をもった非侵襲的眼循環測定法の開発が必要不可欠である.しかしながら,本稿で述べたように,これまでの眼循環測定装置にはそれぞれに長所・短所があり,眼循環測定のgoldenstandardは確立されていないのが現状である.近年の眼科領域での画像解析装置の進歩には目を見張るものがあり,このテクノロジーを応用した新しい網膜循環測定装置の開発も行われており,その登場が待たれるところである.下していることを報告した32)(図3).これより,黄斑浮腫の発生に中心窩近傍の脈絡膜の循環障害も関与していると考えられる.増殖糖尿病網膜症でも中心窩脈絡膜血流は低下していることが報告され33),糖尿病網膜症のすべての病期において中心窩脈絡膜血流は低下すると考えられている.IV糖尿病網膜症・黄斑症の治療と血流1.網膜光凝固現在糖尿病網膜症の増殖性変化を抑制する唯一の治療法は光凝固術であるが,その網膜循環への影響も検討されており,LDVを用いた検討では汎網膜光凝固後に網膜動脈血流量が約50%も低下した34).光凝固後の網膜血流低下に関してはその後同様の報告がなされており,特に光凝固を行った領域に限局して血流量が低下する35).その機序としては,光凝固による網膜酸素分圧の上昇により網膜血管が収縮するという,一種の網膜血流自己調節機構が働くためと考えられている.また,PRP(汎網膜光凝固)施行後には,高酸素負荷に対する網膜循環の反応性は改善しており,適切な光凝固により減弱した網膜血管の反応性を改善することが可能であると考えられている34).筆者らはPRPの脈絡膜循環への影響についても検討を行ったところ,前述のように中心窩脈絡膜血流は糖尿病早期から低下するが,PRPによりこの部位の血流は増加することが明らかとなった36).全症例にPRP後の黄斑浮腫が生じなかったため黄斑浮腫の成因にこのよう(n=36)健常人20100中心窩脈絡膜血流量(a.u.)網膜症なし(n=33)非増殖網膜症黄斑浮腫なし(n=20)非増殖網膜症黄斑浮腫あり(n=17)図32型糖尿病患者における中心窩脈絡膜血流LDF法を用いた測定による.(文献32より改変)(33)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101199607,199016)Fuchsjager-MayrlG,Kautzky-WillerA,KissBetal:Ocularhyperperfusionfollowingonsetofintensifiedinsulintherapyisinverselycorrelatedwithplasmaendothelin-1intypeIdiabetes.Diabetologia45:883-889,200217)BursellSE,ClermontAC,KinsleyBTetal:Retinalbloodflowchangesinpatientswithinsulin-dependentdiabetesmellitusandnodiabeticretinopathy.InvestOphthalmolVisSci37:886-897,199618)MandeckaA,DawczynskiJ,BlumMetal:Influenceofflickeringlightontheretinalvesselsindiabeticpatients.DiabetesCare30:3048-3052,200719)MorgadoPB,ChenHC,PatelVetal:Theacuteeffectofsmokingonretinalbloodflowinsubjectswithandwithoutdiabetes.Ophthalmology101:1220-1226,199420)FekeGT,YoshidaA,OgasawaraHetal:Retinalbloodflowincreasesfollowingshort-termaspirinusageintypeIdiabeticswithnoorminimalretinopathy.OphthalmicRes28:108-116,199621)BursellSE,ClermontAC,AielloLPetal:High-dosevitaminEsupplementationnormalizesretinalbloodflowandcreatinineclearanceinpatientswithtype1diabetes.DiabetesCare22:1245-1251,199922)AielloLP,ClermontA,AroraVetal:InhibitionofPKCbetabyoraladministrationofruboxistauriniswelltoleratedandamelioratesdiabetes-inducedretinalhemodynamicabnormalitiesinpatients.InvestOphthalmolVisSci47:86-92,200623)ChaturvediN,PortaM,KleinRetal:Effectofcandesartanonprevention(DIRECT-Prevent1)andprogression(DIRECT-Protect1)ofretinopathyintype1diabetes:randomised,placebo-controlledtrials.Lancet372:1394-1402,200824)KeechAC,MitchellP,SummanenPAetal:Effectoffenofibrateontheneedforlasertreatmentfordiabeticretinopathy(FIELDstudy):arandomisedcontrolledtrial.Lancet370:1687-1697,200725)HorioN,ClermontAC,AbikoAetal:AngiotensinAT(1)receptorantagonismnormalizesretinalbloodflowandacetylcholine-inducedvasodilatationinnormotensivediabeticrats.Diabetologia47:113-123,200426)MoriF,HikichiT,NagaokaTetal:Inhibitoryeffectoflosartan,anAT1angiotensinreceptorantagonist,onincreasedleucocyteentrapmentinretinalmicrocirculationofdiabeticrats.BrJOphthalmol86:1172-1174,200227)KuriharaT,OzawaY,NagaiNetal:Angiotensintype1receptorsignaling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糖尿病網膜症・黄斑症の分子病態:血管症の特性から

2010年9月30日 木曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPYintercellularadhesionmolecule(ICAM)-1の発現誘導を促進することで炎症細胞のリクルートや血管内皮への接着を促進する(図1).このように,VEGFの炎症性サイトカインとしての生物活性は,VEGFがそもそも血管透過性因子(vascularpermeabilityfactor:VPF)として発見(1983年)された経緯からも納得できるが,糖尿病網膜症でみられる浮腫性・滲出性病変を説明しうる重要な性質なのである.したがって糖尿病網膜症は炎症性疾患と捉えられ,従来のレーザー網膜光凝固術や硝子体手術に加えて,黄斑浮腫による視力低下例に対してはじめに―VEGFを中心とした分子病態と抗VEGF療法の登場―糖尿病網膜症の進行期(増殖期)に合併する血管新生は難治病態であり,その病態解明は中途失明の撲滅のために急務であった.糖尿病網膜症に限らず,病理的血管新生をきたす疾患に関する研究の大きな突破口は,血管内皮細胞の分裂・増殖に中心的な役割を担う血管内皮増殖因子(VEGF)が1989年に報告されたことによる.血管内皮細胞には,VEGF受容体VEGFR-1とVEGFR-2が発現しており,血管内皮細胞の分裂を担うシグナルはVEGFR-2を介する.VEGFR-1はマクロファージ系の炎症細胞にも発現しておりVEGFは白血球走化因子として機能し炎症細胞をリクルートする.さらにVEGFは,血管内皮細胞のVEGFR-2を介して強力な走化因子monocytechemotacticprotein(MCP)-1や接着分子(19)1185*SusumuIshida:北海道大学大学院医学研究科眼科学分野〔別刷請求先〕石田晋:〒060-8648札幌市北区北14条西5丁目北海道大学大学院医学研究科眼科学分野特集●糖尿病と糖尿病網膜症あたらしい眼科27(9):1185.1193,2010糖尿病網膜症・黄斑症の分子病態:血管症の特性からMolecularPathogenesisofDiabeticRetinopathyandMaculopathy:VascularComplications石田晋*CCR2MCP-1VEGFR-2血管内皮細胞CD18ICAM-1VEGFR-1炎症細胞内皮細胞分裂白血球浸潤炎症血管新生VEGF図1VEGFによる炎症性血管新生AT1-RAT2-RAngIV(3-8)AminopeptidaseNAngIII(2-8)AminopeptidaseAChymaseACE2ACEReninAngII(1-8)AngI(1-10)AngiotensinogenAng-(1-7)InactivefragmentBradykininProrenin血圧上昇血管収縮細胞増殖炎症血管新生血圧降下血管拡張細胞増殖抑制アポトーシス図2レニン.アンジオテンシン系(RAS)1186あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(20)を集めた.細胞生物学的手法が大きく進歩を遂げた1990年代には,網膜血管新生疾患におけるVEGF研究は飛躍的に展開した.そしてついに2004年にはVEGF分子を標的とした新薬が網膜症に臨床応用され,糖尿病黄斑浮腫に対する第II相臨床試験では浮腫の軽減と視力の向上をもたらした2).一方,VEGF研究とは独立して白血球・炎症との関連を解析する一連の研究により,糖尿病網膜症における網膜浮腫は白血球が関与する炎症の結果であることが指摘されるようになった3,4).そして最近では,VEGFが白血球を誘導して網膜の炎症を惹起させる炎症性サイトカインとして捉えられるようになり4,5),VEGFによる血管透過性亢進もその一部は炎症であると考えられるようになった.まずここで,糖尿病網膜症の3大病態の分子細胞メカニズムについて,「炎症」という観点から各論を概説する.1.網膜浮腫のメカニズム糖尿病患者の眼内VEGF濃度は,増殖期ほどではないが単純期からも上昇している.VEGFは低酸素によって誘導されることは周知であるが,黄斑浮腫をきたす単純期には低酸素を示唆する所見は血管造影上も病理組織学的にも認められない.糖尿病網膜症における低酸素以外の誘導因子の一つとして,持続する高血糖によって生成される最終糖化産物(advancedglycationendproduct)が網膜グリア細胞でVEGF発現を誘導することが確認されている6).では,VEGFはどのようにして糖尿病網膜症の血管透過性を亢進させるのであろうか?VEGFは血管内皮VEGF阻害薬や抗炎症ステロイド薬がオフラベルながら臨床応用されているのである.さらに,早期から積極的に行える安全かつ有効な治療戦略として,生活習慣病における臓器障害の鍵因子レニン-アンジオテンシン系(RAS)(図2)への介入が考えられる.筆者らは網膜症動物モデルにおいてRAS活性化の下流でVEGFなど主要な炎症関連分子が誘導されることを明らかにしてきたが,実際に海外の大規模臨床試験の結果から,RAS抑制薬の網膜症への適応拡大は有望視されている.近年の細胞生物学的研究の進歩によりさまざまなサイトカインの網膜症病態への関与が示唆されているが,紙面の限られた本稿では,VEGFやRAS関連分子を中心に臨床応用に直結する分子病態に絞って解説したい.I網膜症の3大血管病態における分子細胞メカニズム糖尿病網膜症のおもな病態は浮腫・虚血・血管新生の3つであり,すべて血管障害に起因する.各病態は臨床病期の単純期・前増殖期・増殖期に対応しており,浮腫・虚血・血管新生という順序で進行し,この順序が逆転することは臨床経験上ありえない.眼底所見ではまったく独立した3つの病態が,なぜ常に順を追って出現するのか?規則正しい進行の順序は偶然の結果ではなく,必然的な何らかのメカニズムが存在するはずである.また,これら3つの病態に対するもっと根元的な疑問がある.なぜ血漿成分が漏出するのか?なぜ血管が閉塞・消失するのか?なぜ血管は虚血網膜内でなく硝子体へ向かうのか?これらの問いに対して,最近の細胞生物学的研究から少なくとも答えの一部が得られるようになった.近年の細胞生物学的研究の進歩は,血管新生の責任分子がVEGFであることを明らかにしたが,VEGFはそもそもVPFとしてすでに報告されていた分子と同一であることが判明した.すなわちこのサイトカインは,血管内皮細胞を分裂させるだけでなく,血管透過性を亢進させる.単純期の網膜浮腫にはVPFとして,増殖期の網膜血管新生にはVEGFとして関与する1)ため,網膜症の初期から後期まで病態を進行させる分子として注目正常糖尿病図3ストレプトゾトシン誘導糖尿病モデル糖尿病網膜では,網膜血管に白血球接着(矢印)が認められる.(21)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101187る前に白血球が網膜血管に接着する(図4).内皮細胞ICAM-1と結合する白血球の接着分子CD18を中和抗体で阻害して白血球の接着を抑制すると無血管野形成が軽度となったなどの実験結果から,白血球が網膜血管へ接着することが血管内皮細胞のアポトーシスをひき起こし無血管野形成に関与することがわかった9).糖尿病動物モデルにおいても,網膜血管に接着した白血球が血管内皮細胞にアポトーシスを誘導し,これが透過性亢進の原因の一つとなることが示されている10).さらに,CD18欠損マウスおよびICAM-1欠損マウスを用いた糖尿病モデルを長期観察すると,糖尿病野生型マウスと比較して網膜毛細血管の内皮細胞消失が著明に抑制された11).これらのことから白血球を介するメカニズムは,糖尿病網膜症が単純期から前増殖期へと増悪する過程において継続的に働いていると考えられる.網膜浮腫と網膜虚血は,血管造影上はまったく異なる所見を示すが,細胞生物学的に捉えれば,同一のメカニズムを共有しながら進んでいく一連の現象であるのかもしれない.3.網膜血管新生のメカニズム網膜血管新生は網膜虚血により誘導される.すなわち,正常網膜発生における生理的血管新生も,増殖糖尿病網膜症や虚血網膜症モデルでみられる病理的血管新生細胞における接着分子ICAM-1の発現を誘導することが知られている4,5).糖尿病患者の剖検眼7)でも糖尿病モデル動物(図3)でも網膜血管におけるICAM-1発現が亢進しており,網膜へ白血球が浸潤していることが指摘されている.白血球がICAM-1を介して血管内皮細胞に接着すると,タイトジャンクション構成蛋白の変化をひき起こし,血管透過性の亢進につながると考えられている.このように,VEGFは網膜において白血球を伴う炎症性サイトカインとして機能し,透過性亢進の一役を担っていると考えられる.2.網膜虚血のメカニズム糖尿病網膜症において網膜血管が消失する機序については,適切な動物モデルがないことから不明な点が多く残されている.少なくとも糖尿病患者の剖検眼網膜では,血管内皮細胞アポトーシスが進行していることがわかっている8).網膜虚血の病態モデルとしては,未熟児網膜症を模倣した虚血網膜症モデルがある.虚血網膜症モデルにおける無血管野形成は,網膜血管内皮細胞のアポトーシスによる血管退縮であることがわかっている.さらに,この血管内皮細胞アポトーシスに白血球が関与するメカニズムが最近になってわかってきた.すなわち,虚血網膜症モデルにみられる血管退縮の過程では,経時的にICAM-1発現が上昇し,無血管野が形成され図4虚血網膜症モデル(血管退縮期)血管退縮に先行して白血球接着(矢印)が認められる.1188あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(22)炎症性疾患と理解されるようになった.糖尿病では網膜血管への白血球接着が早期から亢進しており,白血球接着は網膜血管の透過性亢進4)や網膜病理的血管新生12)のトリガーとなる重要な病態である.最近,生活習慣病における臓器障害でRASが亢進しており,血管新生・炎症などの多様な作用を有することが注目されている.1.RASに関する基礎知識RASは,生物が海から陸へと進化する過程で塩分と水を体内に保持するために発達した循環ホルモンシステムであるが,臓器局所では細胞の分化・増殖,炎症,線維化など組織修復やホメオスタシス維持などの役割を担ってきたと考えられる.前者は循環RAS,後者は組織も,虚血に陥った網膜細胞から低酸素誘導されるVEGFにより推進される.生理的・病理的網膜血管新生は両者とも網膜虚血により誘導されるにもかかわらず,根本的な相違点がある.前者では,新生血管は網膜内を無血管野(正しい方向)へ秩序正しく進展する.これに対し,後者では,新生血管は虚血網膜を補.せずに網膜から硝子体(誤った方向)へ侵入してしまう.なぜ網膜血管が硝子体へ向かうのであろうか?動物モデルの観察から,病理的網膜血管新生では生理的血管新生と異なり血管新生先端部の血管に白血球が接着していることが明らかになった(図5)12).また,増殖糖尿病網膜症患者から摘出した線維血管組織に白血球の浸潤がみられることは以前より指摘されていた.動物実験の結果から病理的網膜血管新生は,マクロファージ系炎症細胞に依存して進行することが明らかとなり12),虚血とともに炎症の性質を併せもつと考えられるようになってきた.マクロファージはVEGFを産生することが知られている.これらのことから病理的血管新生とは,VEGFによって誘導された炎症細胞がさらにVEGFを分泌しながら硝子体に遊走することにより,網膜血管新生を網膜内ではなく硝子体へと方向転換させた悪循環の結果であると考えられる.II網膜症病態におけるRASの関与以上のように,網膜における浮腫・虚血・血管新生などの病態形成は白血球接着などの炎症メカニズムによって促進されることが明らかになり4,9,12),糖尿病網膜症は生理的血管新生病理的血管新生図5虚血網膜症モデル(血管新生期)病理的血管新生では,血管新生に先行・随伴して白血球接着(矢印)が認められるが,生理的血管新生では認められない.血圧調整高血圧AngIIAngIACEReninAngiotensinogen(全身性)循環RASリモデリング臓器障害AngIIAngIIAngIACEChymaseActivatedproreninAngiotensinogen(臓器局所)組織RAS図6循環RASと組織RAS(23)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101189convertingenzyme(ACE)などによってアンジオテンシン(Ang)に変換される.AngはRASの主要なエフェクター分子であり,7回膜貫通型受容体であるアンジオテンシン1型受容体(AT1-R),AT2-Rに結合して多彩な作用を発揮する.AT1-Rは血管平滑筋,心臓,腎臓,脳,眼などに発現している.主要なAngの作用はAT1受容体を介しており,循環血液量を増RASとよばれる(図6).飢餓の時代に塩分保持など生命維持に必須の役割を担ってきたRASは,皮肉にも飽食の現在では生活習慣病の進行因子となっている.RASはアンジオテンシノーゲンを基質とする酵素カスケードである.アンジオテンシノーゲンから酵素レニンがアンジオテンシンI(angiotensinI:AngI)を産生し,さらにAngIがアンジオテンシン変換酵素angiotensin-AT1-RNegativecontrolAT1-RNegativecontrolA,B:増殖糖尿病網膜症新生血管組織C,D:マウス網膜(切片)E,F,G:マウス網膜(wholemount)Scalebar=25μmScalebar=80μm図7網膜血管,新生血管におけるAT1.Rの発現増殖糖尿病網膜症患者から摘出した線維血管組織の新生血管(A)やマウス網膜の血管内皮細胞(C,F)にAT1-R(黒矢印)が発現していた.B,D:Negativecontrol.E:血管内皮細胞マーカーPECAM-1染色.G:PECAM-1(E)とAT1-R(F)の重ね合わせ.1190あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(24)点も多い.2.網膜症の血管病態におけるRASの関与眼局所においてもRAS関連分子は網膜や毛様体などに発現しており13),興味深いことに増殖糖尿病網膜症14)や糖尿病黄斑浮腫15)の硝子体中でAngは糖尿病網膜症の病態形成に重要なVEGFと相関して上昇することし,血管平滑筋を収縮させ血圧を上昇させるほか,細胞増殖作用,炎症作用などを示す.AT2-Rは心筋,子宮筋,網膜などに分布し,血圧降下作用,アポトーシス促進作用などを有し,AT1-Rの作用と拮抗するが不明のRT-PCRNormalDMNormalDMWesternblottingNormalAngiotensinogenAT1-RAT2-Rb-actinAngiotensinIIAT1-RAT2-Ra-tubulinDMAngII/a-tubulin2.01.51.00.50†NormalDMAT1-R/a-tubulin2.01.51.00.50†NormalDMAT2-R/a-tubulin2.01.51.00.50†図8糖尿病網膜におけるRAS分子の発現誘導STZによる高血糖誘導後2カ月の時点で,網膜におけるAngII,AT1-R,AT2-Rの発現はmRNA,蛋白レベルいずれも亢進しており,組織RASが活性化されている.†:p<0.05.0.5NormalVehicleNormalABCDE5Leukocytecounts(cells/retina)TelmisartanDM+Telmisartan(5mg/kg)PosteriorretinaPeripheralretinaDM+VehicleValsartanDM+Valsartan(10mg/kg)PD123319DM+PD123319(20mg/kg)13020100DM10220(mg/kg)**††**図9AT1.R阻害による網膜血管白血球接着の抑制糖尿病マウスにAT1-R拮抗薬telmisartan(C)またはvalsartan(D)を投与すると,Vehicle投与群(B)と比べて網膜血管への白血球接着(白矢印)は有意に抑制された.AT2-R拮抗薬PD123319(E)の投与では,抑制効果はみられなかった.†:p<0.05,*:p<0.01,**:p<0.001.あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101191が示された.AngはVEGF・VEGF受容体・接着分子・走化因子・サイトカインなどの血管新生・炎症関連分子を誘導し,血管新生に関与する.たとえば,Angは培養網膜血管内皮細胞においてAT1-Rを介し,VEGFR-2の発現を増加させ,VEGFによる血管新生作用を促進する16).そこで筆者らは,増殖糖尿病網膜症患者から摘出した線維血管組織の新生血管やマウス網膜の血管内皮細胞にAT1-Rが発現していることを示した(図7)17).さらに糖尿病網膜症とRASの関係を明らかにするために,ストレプトゾトシン(streptozotocin:STZ)誘導糖尿病モデルを用いて検討を行った.これはSTZにより膵臓のb細胞が特異的に破壊されるために高血糖が誘導される1型糖尿病モデルである.高血糖誘導後2カ月の時点では,網膜におけるAng,AT1-R,AT2-Rの発現はいずれも亢進しており,RASが活性化されていることがわかった(図8)18).ここにAT1-R拮抗薬(ARB;telmisartanまたはvalsartan)を投与すると,高血糖により亢進していた網膜血管への接着白血球数は有意に抑制され(図9)18),さらに網膜におけるVEGFやICAM-1の発現も有意に抑制された(図10)18).しかし,AT2-R拮抗薬(PD123319)の投与では,網膜血管への接着白血球数は抑制されず,VEGFやICAM-1の発現も変化がみられなかった18).これらのことから,糖尿病網膜症ではRASが活性化されており,AT1-Rを介するシグナルが病態に大きく関与している可能性が示唆された.3.糖尿病網膜症に対するRAS抑制薬介入試験の結果実際に臨床では,EURODIABControlledTrialofLisinoprilinInsulin-DependentDiabetesMellitus(EUCLID)により,高血圧のない1型糖尿病患者に対するアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬(lisinopril)がプラセボ群と比較して糖尿病網膜症の進行を50%抑制することが報告されている19).また,UKProspectiveDiabetesStudy(UKPDS)ではACE阻害薬(captopril)やb遮断薬(atenolol)による厳格な血圧コントロールによって糖尿病網膜症の発症・進行が有意に抑制されたため20),高血圧は糖尿病網膜症の発症・進行のリスクファクターとみなされている.このようにRASの抑制は,糖尿病網膜症のリスクファクターである高血圧の改善のみならず,血圧に依存しない網膜症の進行メカニズムを制御することが示唆されている.さ(25)VehicleNormal***NSTelmisartanICAM-1expression(ng/mgtotalretinalprotein)ValsartanDM121086420VehicleNormal†††NSTelmisartanVEGFexpression(pg/mgtotalretinalprotein)ValsartanDM403020100VehicleNormalb-actinVEGFICAM-1164120TelmisartanValsartanDMRT-PCRELISA図10AT1.R阻害による網膜ICAM.1,VEGFの発現抑制AT1-R拮抗薬(telmisartanまたはvalsartan)を投与すると,網膜におけるVEGFやICAM-1の発現は,mRNA,蛋白レベルいずれも有意に抑制されることから,糖尿病網膜症の病態責任分子はRASの下流で制御されていることがわかる.*:p<0.01,†:p<0.05.1192あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010らずその全身背景をも是正する予防医学的な側面ももった新しい治療戦略の一つと考えられる.文献1)IshidaS,ShinodaK,KawashimaSetal:CoexpressionofVEGFreceptorsVEGF-R2andneuropilin-1inproliferativediabeticretinopathy.InvestOphthalmolVisSci41:1649-1656,20002)CunninghamETJr,AdamisAP,AltaweelMetal;MacugenDiabeticRetinopathyStudyGroup:AphaseIIrandomizeddouble-maskedtrialofpegaptanib,ananti-vascularendothelialgrowthfactoraptamer,fordiabeticmacularedema.Ophthalmology112:1747-1757,20053)MiyamotoK,KhosrofS,BursellSEetal:Preventionofleukostasisandvascularleakageinstreptozotocininduceddiabeticretinopathyviaintercellularadhesionmolecule-1inhibition.ProcNatlAcadSciUSA96:10836-10841,19994)IshidaS,UsuiT,YamashiroKetal:VEGF164isproinflammatoryinthediabeticretina.InvestOphthalmolVisSci44:2155-2162,20035)MiyamotoK,KhosrofS,BursellSEetal:Vascularendothelialgrowthfactor(VEGF)-inducedretinalvascularpermeabilityismediatedbyintercellularadhesionmolecule-1(ICAM-1).AmJPathol156:1733-1739,20006)LuM,KurokiM,AmanoSetal:Advancedglycationendproductsincreaseretinalvascularendothelialgrowthfactorexpression.JClinInvest101:1219-1224,19987)McLeodDS,LeferDJ,MergesCetal:Enhancedexpressionofintracellularadhesionmolecule-1andP-selectininthediabetichumanretinaandchoroid.AmJPathol147:642-653,19958)MizutaniM,KernTS,LorenziM:Accelerateddeathofretinalmicrovascularcellsinhumanandexperimentaldiabeticretinopathy.JClinInvest97:2883-2890,19969)IshidaS,YamashiroK,UsuiTetal:Leukocytesmediateretinalvascularremodelingduringdevelopmentandvaso-obliterationindisease.NatMed9:781-788,200310)JoussenAM,PoulakiV,MitsiadesNetal: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