0910-1810/10/\100/頁/JCOPY体高分子の長期変化の蓄積が原因と考えられており,そのほかに遺伝因子,血管因子,サイトカインや高血圧,脂質異常症といった他の危険因子が関与していると報告されている.細胞内での急性変化としては①ポリオール経路の亢進,②プロテインキナーゼC(PKC)活性化,あるいは③活性酸素種(reactiveoxygenspecies:ROS)の増加などによる酸化ストレスの亢進,などがある.また,長期変化の蓄積としては,④非酵素的糖化後期反応生成物(advancedglycationendproducts:AGEs)の蓄積が提唱されている(図1).はじめに糖尿病研究の急速な進歩にもかかわらず,糖尿病患者は増え続けており,糖尿病網膜症などの慢性血管合併症に苦しむ患者も後を絶たない.これまでの研究により,高血糖に長期間曝露されることにより網膜症,腎症,神経障害などの糖尿病特有の細小血管合併症が発症すること,糖尿病発症早期から血糖コントロールを改善することにより細小血管合併症の発症・進展を阻止できることが明らかになった.しかしながら,高血糖による細小血管合併症の詳細な発症機序には不明な点も多く,この機序解明は新たな合併症治療薬の開発ともつながることから,精力的な研究が進められている.現在の糖尿病網膜症の治療には,血糖,血圧,血清脂質などの管理といった内科的治療と,網膜光凝固療法や硝子体手術などの眼科的治療が行われている.いずれも有効な治療法であるが,進行した網膜症ではその効果は限定的である.網膜症発症機序が明らかにされれば,網膜症の直接的な治療薬剤の開発につながることが期待できる.ここでは,糖尿病網膜症の発症メカニズムについて,おもに全身的な代謝異常の側面からこれまでの知見について述べたい.I高血糖による代謝異常高血糖による糖尿病合併症発症は,ブドウ糖の過剰な流入によって起こる細胞内での急性変化のくり返しや生(9)1175*EiichiAraki,HideoGoto&TakeshiNishikawa:熊本大学大学院生命科学研究部代謝内科学分野〔別刷請求先〕荒木栄一:〒860-8556熊本市本荘1-1-1熊本大学大学院生命科学研究部代謝内科学分野特集●糖尿病と糖尿病網膜症あたらしい眼科27(9):1175.1184,2010糖尿病網膜症の分子病態:代謝異常を中心にMolecularMechanismsofDiabeticRetinopathy:ImpactofMetabolicDisordersonRetinopathy荒木栄一*後藤秀生*西川武志*糖尿病合併症生体高分子での長期変化の蓄積ポリオール経路亢進PKC活性化酸化ストレス亢進(ミトコンドリア由来活性酸素)高血糖糖化蛋白他の危険因子(血圧,脂質異常症など)細胞内での急性変化のくり返し遺伝因子図1高血糖による合併症発症の機序高血糖による細胞内での急性変化と長期変化の蓄積,さらには他の遺伝因子や危険因子により糖尿病合併症が発症してくると報告されている.1176あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(10)ル経路の代謝が亢進することとなる.この経路が亢進することによって,いくつかの細胞障害機序が考えられている.アルドース還元酵素によるソルビトールの蓄積がソルビトール脱水素酵素によるソルビトールのフルクトースへの変換を上回ると,細胞内への蓄積が促進されることとなる.ソルビトールなどのポリオールは高い極性をもつため,これが細胞膜に働くと,細胞外へのソルビトール拡散を阻害しソルビトールは細胞膜を通過しにくくなり,細胞内浸透圧の上昇,水分貯留,浮腫状態をひき起こすといわれている.ソルビトールの蓄積はミオイノシトール(環状の糖アルコールであるイノシトールの9種ある立体異性体の1つで,細胞内に多量に存在する)の細胞内への取り込みを減少させる.ミオイノシトールはリン脂質の1つであるホスファチジルイノシトールの前駆体であり,ホスファチジルイノシトールはジアシルグリセロールを介し,PKCを活性化させ,細胞膜のNa+/K+ATPaseを活性化させることから,ミオイノシトールの取り込み減以下におもな高血糖による代謝異常について概説する.1.ポリオール代謝経路の亢進ポリオール代謝経路は糖代謝経路の副経路として知られている.ポリオール経路ではグルコースはアルドース還元酵素(aldosereductase:AR)によりソルビトールに代謝され,アルドース還元酵素は還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADPH)を補酵素としてグルコースをソルビトール(ポリオールの一種)に変換する.ソルビトールはNAD+を補酵素としてソルビトール脱水素酵素(sorbitoldehydrogenese:SDH)によりフルクトースに変換される(図2).網膜などの細胞ではインスリンに依存しないグルコース取り込みが行われるため,血糖値に応じて細胞内のグルコースは増加することとなる.通常はグルコースはほとんどが解糖系で処理されるが,細胞内のグルコース濃度が上昇すると,アルドース還元酵素を介するポリオー…………………………………………………………………………………………….1,3………………………………………………………………………………….6…………….TCA……………………..3……NADHNAD+FADH2FADH+H+H+H+O2O2–e-O2H2Oee-CoQCyt.ce-ADPATP………………………………………………………………..図2細胞内代謝異常と糖尿病合併症発症仮説(11)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101177DAGによるPKC活性化機構以外にもangiotensinIIやPG(プロスタグランジン)E2,VEGF(血管内皮増殖因子)などの因子がPKCを活性化したり8),高濃度グルコースやAGEs付加の細胞培養下においてROSが生成され,それがPKCを活性化するという報告もある7).PKCが活性化すると,網膜血管においてendothelin-1(ET-1)の発現が誘導され,血流低下,血流異常が起きる機序が想定されている4).網膜の虚血では,おもに脈管形成,血管新生に関わる糖蛋白であるVEGFが増加し,血管透過性亢進や新生血管誘導作用を示す.PKC-b活性を抑制するとVEGFによるこれらの作用を阻害もしくは抑制することが動物実験などにより報告されており9),VEGF発現の上流シグナルとしてもPKCの関与が示唆される.3.酸化ストレスの増加酸化ストレスはROSの過剰産生や局所における活性酸素種の消去が障害された状態である.このような状況は,酸化物質が過剰に産生されて還元しきれなかった場合と,抗酸化物質の産生が不足している状態で生じるといえる.抗酸化物質とはsuperoxidedismutase(SOD),カタラーゼなどの酵素,SH基を含むグルタチオンなどのアミノ酸,フラボノイドやビタミンC,Eなどの還元物質の総称である.ROSは生体の構成成分である蛋白質,脂質,糖質と反応し断裂,変性させるとともに,過酸化物を産生することで反応を拡大させる.さらにDNAとも反応し修飾する.これらの反応の結果,細胞や遺伝子が障害され,各種疾患が誘発される.高血糖に曝露されることにより代謝異常がひき起こされた状態においては,正常と比して酸化ストレスが多く生じると考えられる.糖尿病合併症を有する患者において,ROSが増加しているとする報告は,これまでにいくつかなされている.ROSは代謝が速く,そのものの測定は非常に困難であるため,活性酸素により生じた生体内産物が酸化ストレスマーカーとして測定されている.糖尿病合併症を有する患者と酸化ストレスマーカーとの関連を調べた研究では,DNA酸化的障害産物(8-ハイドロキシデオキシグアノシン:8-OHdG)の増加が網膜症などの重症度少は神経細胞膜のNa+/K+ATPaseの活性の低下を招き,細胞内部のNa+濃度が上昇し神経の伝導障害が起こるとされている1).また,アミノ酸であるL-アルギニン(L-Arg)からL-シトルリン(L-Cit)とNO(一酸化窒素)を合成する代謝反応に関与する酵素としてNOS(亜酸化窒素)が知られるが,その補酵素としてカルモジュリンやNADPHが働いているため,NADPHの低下によりNOの合成が低下し,神経組織の血流低下,還流障害をひき起こす可能性もある.これらAGEsは組織内の蛋白質を架橋し沈着することで障害を起こすとされる.また,AGE受容体(receptorforAGE:RAGE)を介する情報伝達の異常による血管細胞障害を惹起したり,AGEsの生成過程で生じる多くの酸化ストレスの関与も示されている2,3).2.プロテインキナーゼC(PKC)の活性化PKCファミリーはセリンスレオニンキナーゼの1つで,多くのアイソフォームがあり,構造や活性化機構の異なるいくつかのグループに分けられるが,ジアシルグリセロール(DAG)により活性化を受けるものが多く存在する.網膜由来血管内皮細胞の培養実験において,高濃度グルコース存在下でPKC活性化が亢進するとの報告があるが,このPKCの活性化亢進と並行し,細胞内のDAGの増加が報告されている4).高血糖に伴うジアシルグリセロールの産生経路は通常のホスホリパーゼによる経路と異なる.細胞内のグルコース増加により解糖系経路において,グリセルアルデヒド3-リン酸(G3P)が増加する.ポリオール経路におけるソルビトールからフルクトースへの代謝の過程でNAD+からNADHへの変換が亢進しNADH/NAD+比が増加するが,本来G3Pからピルビン酸への代謝の過程でNAD+からNADHへの変換が必要であるため,解糖系の進行が障害される.このためG3Pからジヒドロキシアセトンリン酸の産生増加を経て,a-グリセロール3-リン酸の産生が過剰となり,それがパルミチン酸などの脂肪酸と反応することによりジアシルグリセロールの過剰産生が起こるとされる(図2)5.7).1178あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(12)キシダーゼ(glutathioneperoxidase:GSHPx)による触媒反応により細胞内で発生した過酸化水素(H2O2)と反応しこれを還元して水に変えている.このため還元型グルタチオンの減少により過酸化水素は増加し,細胞内の酸化ストレスが増加する(図4)13,14).さらに,糖尿病ではNADPHの産生系であるペントースリン酸経路の異常がみられ,そのためNADPHが減少することもさらに上述の酸化ストレスの消去系であるグルタチオンサイクルの障害を促進することとなり,酸化ストレスは増加する(図4)1,15).c.アマドリ化合物および非酵素的糖化後期反応生成物(AGEs)糖尿病状態ではAGEs生成が亢進するが,その過程で多くの酸化ストレスを生じることも示されている.AGEsの中間産物であるアマドリ化合物が自動酸化によりスーパーオキサイドを生じるとする報告がある.また,抗酸化酵素であるカタラーゼ,GSHPx,SODなどは細胞内でAGE化され活性低下することで酸化ストレスが増加するという報告がある(図4)16).さらに血管内皮細胞表面のAGE受容体(receptorforAGE:RAGE)を介し,細胞外で生成されたAGEが細胞内に取り込まれNADPHオキシダーゼを活性化させることにより活性酸素産生を誘導することも報告されている.d.プロテインキナーゼC(PKC)の活性化PKCの活性化はホスホリパーゼA2(PLA2)の活性化を誘導し,アラキドン酸カスケードを促進することでPGへの代謝亢進により活性酸素が産生増加するとの報告がある.また,活性酸素を産生する酵素であるNADPHオキシダーゼがPKC活性化を介して活性化され酸化ストレスを増加させることも報告されている(図4)17).e.ミトコンドリア由来活性酸素ミトコンドリアは真核細胞の細胞内小器官の1つであり,酸化的リン酸化を行うことで生命維持に必要なエネルギー源であるATP(アデノシン三リン酸)産生を行っている.好気的生物が呼吸して取り入れている酸素の95%以上は生体の中のミトコンドリア電子伝達系で酸化され,水にまで還元される.しかし常に3.5%は水や水酸化物まで還元されない中間体であるROSへと代と一致することが示されている10).筆者らの研究室においても,2型糖尿病患者において,網膜症のない患者に比べて単純網膜症,前増殖/増殖網膜症を有する患者のほうが尿中8-OHdG排泄量が有意に多いことなどを報告した(図3)11).このように酸化ストレスが網膜症発症に関与することは十分考えられるが,どの程度進展に関与しているかは明らかではない.酸化ストレス増加の原因としては,以下のような報告がある.a.グルコースの自動酸化高濃度グルコース下ではFe3+やCu2+などの遷移金属の存在下に,グルコース自体が非酵素的に自動酸化されスーパーオキサイドを生成するとする報告がある12).この反応はグルコースからのエネジオールの生成速度が律速であると考えられる.b.グルタチオンサイクル障害高血糖状態においては前述のようにポリオール経路が亢進する.アルドース還元酵素は補酵素として細胞内のNADPHを消費するが,これが過剰となれば,同様にNADPHを消費するグルタチオン還元酵素(glutathionereductase:GR)の活性が阻害され,酸化型グルタチオン(GSSG)の蓄積と還元型グルタチオン(GSH)の減少を起こす.還元型グルタチオンは,グルタチオンペルオNormal尿中8-OHdG(ng/mgcreatinine)200150100500Simplep<0.05p<0.01網膜症の重症度Pre/Proliferative図32型糖尿病患者における尿中8.OHdGと糖尿病網膜症との関連8-ハイドロキシデオキシグアノシン(8-OHdG)は酸化によるDNA障害指標である.8-OHdGは糖尿病網膜症の進展した患者で増加していた.(文献11より改変)(13)あたらしい眼科Vol.27,No.9,201011791)ミトコンドリアでの活性酸素産生過程ミトコンドリアはその重要な働きの1つとして酸化的リン酸化を行っている.酸化的リン酸化はTCA(クエン酸)サイクルなどにより供給されたNADH(ニコチンアミドアデニンジヌクオレチド)およびFADH2(還元型フラビンアデニンジヌクレオチド)を基質として,複合体I〔NADH-CoQ(ユビキノン)還元酵素〕,複合体(コハク酸-CoQ還元酵素),複合体(CoQ-シトクロムc還元酵素),複合体IV(シトクロムc酸化酵素)という4つの複合酵素群(ミトコンドリア電子伝達系)に電子を順次受け渡し,このときの酸化還元エネルギー差を利用して水素イオンの電気化学的ポテンシャル差をエネルギー源として複合体V(ATP合成酵素)がATPを合成する一連の反応経路である(図4).謝される.生理的条件下では生体の消去系システムによって酸素代謝の副産物であるROSは通常は水まで還元され,生体にとって必ずしも有害なものではないが,ROSの産生と,抗酸化物質のバランスが崩れると,酸化ストレス負荷の状態となる.これまでに筆者らの研究室では西川らが,糖尿病において解糖系が亢進した結果,ミトコンドリア電子伝達系への電子の流れが増加し活性酸素の増加をひき起こすことを証明した18).また,ミトコンドリア由来活性酸素を抑制すると高グルコースによるソルビトール蓄積,膜分画PKCの活性化,細胞内AGE増加のいずれもが抑制されることも報告しており18),ミトコンドリア由来活性酸素が高グルコースによる代謝異常のなかでも大きな影響をもつ可能性が示唆されている.グルコースソルビトールフルクトースグルコース6リン酸ジヒドロキシアセトンリン酸a-グリセロールリン酸グルタチオンサイクルプロスタグランジン合成系NAD(P)Hオキシダーゼグルタチオンサイクルペントースリン酸経路1,3ジホスホグリセリン酸ジアシルグリセロールプロテインキナーゼC活性化フルクトース6リン酸ピルビン酸TCAサイクルグリセルアルデヒド3リン酸ミトコンドリア電子伝達系NADHNADHNADHNADNADGSSGGSSGGSHGSHNADPNADPNAD(P)HNAD(P)HNAD+FADH2FADH2OH2O2H2O2H2O2H2OH2OO2ADPATPⅠⅡⅢⅣⅤポリオール経路ジアシルグリセロール経路CoQCytc解糖系糖化SOD細胞内糖化蛋白糖化蛋白メチルグリオキサールO2-O2-O2-O2-ee-H+e-H+e-H+H+図4糖尿病における活性酸素の産生細胞内に取り込まれたグルコースは解糖系でピルビン酸まで代謝され,ミトコンドリアに送られる.この過程においてポリオール経路におけるグルタチオンサイクル障害,糖化蛋白蓄積増加,プロテインキナーゼC(PKC)活性化,ミトコンドリア由来活性酸素,により活性酸素が発生する.(文献4より改変)1180あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(14)物にはcopper/zincSOD(Cu/ZnSOD),extracellularSOD(ECSOD),MnSODの3種類が報告されている.Cu/ZnSODは細胞質に大量に存在している.ECSODは細胞外の血清,リンパ液など種々の体液に存在し,肺,膵,甲状腺などの組織にも微量ながら存在する.MnSODはMnを活性中心とし,サイトゾールで合成されるが,ミトコンドリア外膜への結合に必要なシグナルペプチドを有しており,シグナルペプチドの働きによりミトコンドリアに取り込まれ,ミトコンドリア内での活性酸素の消去に働く.細胞質内のスーパーオキシドは,細胞質型のSODであるCu/ZnSODによって過酸化水素に代謝され,その後GSHPx,catalase,peroxiredoxinによって水分子まで代謝される.これに対し,ミトコンドリア内のスーパーオキシドはミトコンドリア型のSODであるMnSODによって過酸化水素に代謝され,さらにGSHPx,peroxiredoxinIIIによって水分子まで代謝される.このよ酸化的リン酸化では生命維持に必要なエネルギー源であるATPを産生しているが,その過程において,生理的条件下においても常に副産物として複合体I,およびユビキノンと複合体IIIの間の2カ所で細胞を障害するスーパーオキシドが産生されることが知られる.2)ミトコンドリア由来活性酸素の抑制効果筆者らの研究室においては,高血糖によるPKCの活性化,糖化蛋白の蓄積増加,ポリオール経路へのグルコース流入増加のいずれもが,ミトコンドリア由来ROSを抑制することができる複合体II阻害薬添加,またはUCP(褐色脂肪組織)-1,MnSOD(マンガンスーパーオキサイドディスムターゼ)の細胞への過剰発現により正常化することを示している18).活性酸素除去作用のあるSODの一種でありミトコンドリア内で発現するMnSODの重要性が示唆される.SODはCu(銅),Zn(亜鉛),Mn(マンガン)などの金属原子を反応中心としたメタロプロテインで,哺乳動H2O2H2OH2O2H2OO2-O2-NADP+GSHreductaseGSH(reducedform)GSH(oxidisedform)GSH(reducedform)GSH(oxidisedform)Trx(reducedform)Trx(oxidisedform)Trx2(reducedform)Trx2(oxidisedform)GSHPxCatalasePeroxiredoxinTrxreductaseGSHreductaseGSHPxPeroxiredoxinⅢTrxreductase2Cu/ZnSODMnSODCytosolMitochondria--++NADPHNADP+NADPHNADP+NADPHNADP+NADPHΔyp30-60mVΔym150-180mV図5細胞内でのROS消去系細胞質内のスーパーオキシド(O2.)はCu/ZnSODによって過酸化水素(H2O2)に代謝され,その後glutathioneperoxidase(GSHPx),catalase,peroxiredoxinによって水分子まで代謝される.一方,ミトコンドリア内のO2.はMnSODによってH2O2に代謝され,さらにGSHPx,peroxiredoxinIIIによって水分子まで代謝される.(15)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101181うに細胞質とミトコンドリアでは異なる酵素系によってROSが消去されている(図5).酸化ストレスが血管内皮細胞に加わるとDNA鎖の切断が起こり,その修復のためにNADを器質として,poly(ADP-ribose)polymeraseが活性化される,その結果NADが欠乏し,ATP産生が抑制され,血管内皮細胞障害が促進されるとされている19).また,酸化ストレスはミトコンドリアDNAを障害することが知られている.核のDNAのクロマチン構造は酸化ストレスに対する抵抗性をもつが,ミトコンドリアDNAはヒストンに保護されず,活性酸素による障害を受けやすい.このことは糖尿病モデル動物や2型糖尿病患者における報告からも裏付けられている.ミトコンドリアDNAの障害がミトコンドリアの機能障害やATP産生障害を惹起し細胞障害を誘導することで網膜症などの合併症に関与する可能性が示唆される.最近筆者らはMnSODを血管内皮特異的に過剰発現する遺伝子改変マウス(eMnSOD-Tgマウス)を作製し,これを薬剤により糖尿病化することで網膜症の影響を解析した.糖尿病網膜症の発症や進展に重要な役割をもつVEGFおよび,細胞外基質構成成分の1つであり,腎症や網膜症に共通した組織学的変化としてその増加が報告されているfibronectinのmRNAが,正常対照糖尿病マウスの網膜では発現上昇するのに対し,eMnSOD-Tgマウスでは糖尿病導入後にもこのような変化を認めなかった(図6)20).この結果より,血管内皮細胞におけるMnSODの発現増加はミトコンドリアにおける酸化ストレスを抑制すると考えられ,その作用は糖尿病網膜症の病態に大きな影響をもつ可能性が示唆されている.残念ながら,ミトコンドリア由来ROSがVEGFやfibronectinの発現に関与する詳細なメカニズムはまだ解明できていない.これまでの報告では当研究室の研究結果に一致して,酸化ストレスが糖尿病によるVEGF21)やfibronectin22)の発現増加23)に関連することが報告されている.また,糖尿病ラットにおいて,網膜での周皮細胞の喪失(pericyteloss)24),網膜でのVEGF濃度の増加,脂質の過酸化25)などの糖尿病による網膜血管の機能不全が抗酸化薬により抑制されたことや,同様にfibronectin発現増加への関与が示唆されるtransforminggrowthfactor-b(TGF-b)の発現増加が抗酸化薬により抑制されたことも報告されている26).しかし,低酸素状態で誘導されるとされ,VEGFプロモーターに結合しVEGF発現に関与するとされるhypoxia-inducibleCont12p<0.011086420p<0.01p<0.05eMnSOD-TgConteMnSOD-Tg非糖尿病群糖尿病群ACont12p<0.011086420p<0.01p<0.01eMnSOD-TgConteMnSOD-Tg非糖尿病群糖尿病群BVEGF/betaactinmRNAratiofibronectin/betaactinmRNAratio図6コントロールおよびeMnSOD.TgマウスにおけるVEGF(A)およびfibronectin(B)のmRNAの発現eMnSOD-Tgマウスとコントロールのマウスに対し薬剤の腹腔内注射により糖尿病を導入した.網膜組織でのVEGF(A)およびfibronectin(B)mRNAの発現をリアルタイムRT-PCR法を使用し評価した.データは平均±標準誤差で表した.糖尿病群のeMnSOD-Tgマウスではコントロールに比し,VEGF,fibronectinのmRNA発現は抑制された.(文献20より改変)1182あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010factor-1(HIF-1)27),signaltransducerandactivatoroftranscriptionfactor3(STAT3)21),activatingtranscriptionfactor4(ATF4)28)などの転写因子と酸化ストレスとの関係や糖尿病網膜症との関連は十分にはわかっていない.今後ミトコンドリア由来ROS産生とこれら転写因子との関係を明らかにすることが重要だと考えられる.4.蛋白質の非酵素的糖化後期反応生成物(AGEs)の増加グルコースのアルデヒド基は蛋白質のアミノ基と反応するが,この反応には酵素が介在せず非酵素的糖化とよばれる.グルコースのアルデヒド基は蛋白質のリジン残基と結合するが,アマドリ反応(転位反応)により水素原子が転位し,より安定的な構造であるアマドリ化合物に変わる.このアマドリ化合物が分子間反応や,遷移金属などを触媒とした酸化反応を受け,不可逆的構造であるAGEsが生じるとされている(図2).また,フルクトースは強力に細胞内蛋白を糖化することが知られるが,これはグルコースの数倍強い反応を示すことが知られている.それに加え,ポリオール代謝経路の亢進により生成するフルクトースの濃度上昇により,酵素的リン酸化反応によるフルクトースのフルクトース3-リン酸(F3P)への変換が促進され,さらに3-デオキシグルコソン(3DG)やメチルグリオキサールの生成が促進され,これらがAGEsの前駆体となることが知られている.II糖尿病網膜症の病態と代謝異常これまで述べたように糖尿病網膜症の病態には高血糖によるさまざまな代謝異常が影響していると考えられる.それぞれの代謝異常が組み合わさり網膜症の病態は進展すると考えられるが,なかでも筆者らの研究室ではミトコンドリア由来ROSなどの酸化ストレスを中心とした網膜症発症,進展の仮説を提唱している.この仮説を含めた網膜症の病態と臨床所見の関係について図7に示した.それぞれの代謝異常が網膜の細小血管損傷や,細胞や組織の障害,血流低下,血液還流異常などを惹起し,網膜の毛細血管の変形や閉塞,組織の虚血や酸素不足,網(16)(出血)結合組織性増殖膜(牽引性網膜.離)びまん性網膜浮腫静脈形態異常病態眼底所見国際(Davis)分類周皮細胞壊死血流障害内皮細胞増殖基底膜肥厚血流障害点状,斑状出血硬性白斑網膜浮腫軟性白斑増殖前網膜症単純網膜症増殖網膜症血管透過性亢進血管閉塞血管変形異常血管眼内増殖促進高血糖ポリオール経路亢進PKC活性化糖化蛋白TGF-bFibronectincollagenⅣApoptosisVEGF微小血管瘤無血管領域新生血管MnSOD酸化ストレス図7高血糖による代謝異常と網膜症の病態酸化ストレスを中心とした網膜症の病態の仮説を示した.さまざまな代謝異常などにより,網膜の血管,組織の障害が起こり,網膜症は進展していくと考えられる.これらに対し,ミトコンドリア由来ROS産生の抑制により一定の病態抑制効果が期待できると予想される.あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101183膜血管発育の未熟性といった病態を現す.血管壁の脆弱化は血液成分漏出や点状・しみ状の小出血をひき起こしたり,さらに網膜に無血流領域や微小血管瘤が出現し,これらの酸素不足の領域に血液を供給するために新生血管が発生するなどの症状を示す.ここで形成された新生血管は脆弱であり,容易に出血することに加え,硝子体内部や隅角などに形成されれば,硝子体混濁による視力低下や閉塞隅角緑内障の原因となり,網膜上の新生血管からの出血は網膜に線維増殖膜を形成し,硝子体牽引による網膜.離を起こし,失明の原因となりうる.これらのさまざまな症状の発現に対して,筆者らの研究室では相対的低酸素を用いた糖尿病網膜症モデルによる動物実験において,血管内皮特異的なMnSOD発現誘導を行い,ミトコンドリア由来ROS産生を抑制することにより,微小血管瘤の減少や無血管領域の縮小などの病態抑制効果を示した.しかしこれまで述べてきた高血糖によるさまざまな代謝異常やROSのみならず,各種のサイトカインや液性因子など他の因子も網膜症の病態に複雑に影響していると考えられ,これらの因子の相互関係を明らかにすることが正確な病態解明に必要である.おわりに本稿においては糖尿病網膜症の病態における代謝異常について主なものを述べたが,現時点ではまだ,網膜症発症におけるそれぞれの代謝異常の関連や影響の程度など不明な点は多い.また,現時点では実地臨床において糖尿病患者に対して酸化ストレスを抑制することにより糖尿病網膜症発症を抑制することは十分可能とはなっていない.今後,酸化ストレスのみならず,糖尿病に関連する代謝異常や各種因子の研究により網膜症発症のメカニズムの解明が進展し,効果的な発症予防や治療につながることが期待される.文献1)黒木昌寿ほか:糖尿病細小血管症─成因解明と進展阻止.糖尿病学2000(小坂樹徳編),p128-136,診断と治療社,20002)VlassaraH:TheAGE-receptorinthepathogenesisofdiabeticcomplications.DiabetesMetabResRev17:436-443,20013)VlassaraH,PalaceMR:Diabetesandadvancedglycationendproducts.JInternMed251:87-101,20024)KoyaD,KingGL:ProteinkinaseCactivationandthedevelopmentofdiabeticcomplications.Diabetes47:859-866,19985)西尾善彦,柏木厚典:糖尿病における血管内皮細胞障害形成の分子機構.日本臨牀59:2451-2459,20016)YamagishiS,UeharaK,OtsukiSetal:DifferentialinfluenceofincreasedpolyolpathwayonproteinkinaseCexpressionsbetweenendoneuralandepineuraltissuesindiabeticmice.JNeurochem87:497-507,20037)WhitesideCI,DlugoszJA:MesangialcellproteinkinaseCisozymeactivationinthediabeticmilieu.AmJPhysiolRenalPhysiol282:F975-980,20028)XiaP,AielloLP,IshiiHetal:Characterizationofvascularendotherialcellgrowthfactor’seffectontheactivationofproteinkinaseC,itsisoforms,andendothelialcellgrowth.JClinInvest98:2018-2026,19969)KoyaD,JirousekMR,LinYWetal:CharacterizationofproteinkinaseCbetaisoformactivationonthegeneexpressionoftransforminggrowthfactor-beta,extracellularmatrixcomponents,andprostanoidsintheglomeruliofdiabeticrats.JClinInvest100:115-126,199710)SuzukiS,HinokioY,KomatuKetal:OxidativedamagetomitochondrialDNAanditsrelationshiptodiabeticcomplications.DiabetesResClinPract45:161-168,199911)NishikawaT,SasaharaT,KiritoshiSetal:Evaluationofurinary8-hydroxydeoxy-guanosineasanovelbiomarkerofmacrovascularcomplicationsintype2diabetes.DiabetesCare26:1507-1512,200312)HuntJV,SmithCC,WolffSP:AutoxidativeglycosylationandpossibleinvolvementofperoxidesandfreeradicalsinLDLmodificationbyglucose.Diabetes39:1420-1424,199013)荒木栄一,西川武志:酸化ストレス.日本臨牀66(増刊号9):99-104,200814)WilliamsonJR,ChangK,FrangosMetal:Hyperglycemicpseudohypoxiaanddiabeticcomplications.Diabetes42:801-813,199315)中村二郎:アルドース還元酵素阻害薬.ビオクリニカ16:1302-1307,200116)OokawaraT,KawamuraN,KitagawaYetal:SitespechicandrandomfragmentationofCu,Zn-superoxidedismutasebyglycationreaction.Implicationofreactiveoxygenspecies.JBiolChem267:18505-18510,l99217)InoguchiT,LiP,UmedaFetal:HighglucoselevelandfreefattyacidstimulatereactiveoxygenspeciesproductionthroughproteinkinaseC-dependentactivationofNAD(P)Hoxidaseinculturedvascularcells.Diabetes49:1939-1945,200018)NishikawaT,EdelsteinD,DuXLetal:Normalizingmitochondrialsuperoxideproductionblocksthreepathwaysof(17)1184あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010hyperglycaemicdamage.Nature404:787-790,200019)HammesHP,DuX,EdelsteinDetal:Benfotiamineblocksthreemajorpathwaysofhyperglycemiadamageandpreventsexperimentalnephropathy.NatMed9:294-299,200320)GotoH,NishikawaT,SonodaKetal:EndothelialMnSODoverexpressionpreventsretinalVEGFexpressionindiabeticmice.BiochemBiophysResCommun366:814-820,200821)CaldwellRB,BartoliM,BehzadianMAetal:Vascularendothelialgrowthfactoranddiabeticretinopathy:pathoph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