176 あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 0910-1810/10/\100/頁/JC(O0P0Y)腫,加齢黄斑変性症など〕,先天性(optic nerve pit,小眼球),炎症性〔ぶどう膜炎(p171.175 参照)〕,腫瘍性(悪性黒色腫,転移性脈絡膜腫瘍など),その他(ステロイド長期使用,妊娠,慢性腎不全,心不全など)があげられる1,2).2. 緩徐に「かすみ」を起こす病態緩徐に進行する「かすみ」を起こす病態としては,硝子体混濁,黄斑浮腫などがあげられる.硝子体混濁を起こす病態は,先天性遺残物由来のもの(硝子体動脈遺残など),原発性のもの,炎症細胞の浸潤,腫瘍性混濁などさまざまである.原発性の硝子体混濁は通常,飛蚊症などの症状は起こすが,「かすみ」,視力障害を自覚することは少ない.具体的疾患としては星状硝子体症,閃輝性硝子体融解,アミロイドーシスなどがある.炎症性混濁には眼内炎,ぶどう膜炎(p171.175 参照),腫瘍性混濁には悪性リンパ腫,網膜芽細胞腫などがある.黄斑浮腫を起こす病態は,網膜のバリア機構(血液網膜関門,blood-retinal barrier:BRB)の破綻と硝子体牽引の因子が絡み合って浮腫が生じる.BRB の破綻の原因としては糖尿病網膜症,ぶどう膜炎,網膜静脈閉塞症,加齢黄斑変性症,傍中心窩毛細血管拡張症などがある.糖尿病黄斑浮腫は血液網膜関門の破綻による浮腫であるが,毛細血管瘤からの局所性血漿成分の漏出による局所性黄斑浮腫と,びまん性に透過性の亢進した黄斑部I眼の「かすみ」を起こす病態 1. 急性に「かすみ」を起こす病態急性に進行する「かすみ」を起こす病態としては,硝子体出血,網膜.離などがあげられる.硝子体出血の病態は,眼内新生血管からの出血,また網膜出血が硝子体中に流入した結果起こることが多い.患者は突然の急激な眼の「かすみ」(霧視),視力低下をきたす.硝子体出血をきたす疾患は,後部硝子体.離による網膜血管の破綻(網膜裂孔,avulsed vessel),網膜新生血管によるもの(糖尿病網膜症,網膜静脈閉塞症,Eales 病,未熟児網膜症,ぶどう膜炎),その他の原因としては加齢黄斑変性を含む新生血管黄斑症,網膜細動脈瘤,外傷,レーザー光凝固後,硝子体術後,Terson症候群,Coats 病,などがある.網膜.離は,裂孔原性網膜.離と非裂孔性(おもに滲出性)網膜.離があるが,比較的急性に進行する「かすみ」を訴える場合には裂孔原性を疑い,比較的緩徐に進行する「かすみ」を訴える場合には滲出性が想定される.裂孔原性網膜.離では,先行症状として飛蚊症,光視症,視野障害などを訴え,「かすみ」,視力障害を訴えた場合,.離が黄斑部に及んでいることが考えられる.滲出性網膜.離をきたす疾患には,特発性のもの(uveal effusion syndrome,Coats 病),黄斑疾患に伴うもの〔中心性漿液性脈絡網膜症(CSC),糖尿病黄斑浮( 38)* Sachi Abe & Hidetoshi Yamashita:山形大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕阿部さち:〒990-9585 山形市飯田西2-2-2山形大学医学部眼科学講座眼のかすみを起こす疾患(5)後天性網膜・硝子体疾患Diseases with Blurred Vision(5):Secondary Vitreoretinal Diseases阿部さち*山下英俊*特集●眼のかすみ あたらしい眼科 27(2):176.184,2010(39) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010177II眼の「かすみ」を起こす病態の原因疾患―診断と治療― 1. 硝子体出血硝子体出血の診断は細隙灯顕微鏡による前部硝子体の観察と眼底検査による.硝子体出血においては原因疾患によって治療の緊急性が異なるため,硝子体出血をみた場合,原因疾患の推測が重要である.眼底が透見できる場合には詳細な眼底検査を行う.また,病歴も原因を推測するうえで重要である.糖尿病網膜症,網膜静脈閉塞症などによる網膜新生血管からの出血は,病歴,全身および眼科的診察所見から推測することができる.すなわち糖尿病,高血圧など血管からの漏出によるびまん性黄斑浮腫があり,眼底所見,視力の低下の程度が異なっている.硝子体の関与,おもに硝子体の牽引による黄斑浮腫を起こす疾患は,黄斑前膜,黄斑硝子体牽引症候群(macularvitreous syndrome),網膜.離術後などがある.そのほかに黄斑浮腫をきたすものとしては,エピネフリンやラタノプロスト点眼,白内障術後の黄斑浮腫(Irvine-Gass 症候群),外傷性低眼圧黄斑症,放射線網膜症などがある.滲出性網膜.離の項で述べたステロイド長期使用,妊娠,慢性腎不全,心不全なども黄斑浮腫をきたす可能性がある1).表 1眼の「かすみ」を起こす後天性網膜・硝子体疾患病態原因疾患急性進行硝子体出血・後部硝子体.離によるもの(網膜裂孔,avulsed vessel)・網膜新生血管によるもの(糖尿病網膜症,網膜静脈閉塞症,Eales 病,未熟児網膜症,ぶどう膜炎)・その他( 加齢黄斑変性症,網膜細動脈瘤,外傷,レーザー光凝固後,硝子体術後,Terson症候群,Coats 病など)裂孔原性網膜.離非裂孔原性(滲出性)網膜.離・特発性のもの(Uveal effusion syndrome,Coats 病)・黄斑疾患に伴うもの(中心性漿液性脈絡網膜症,糖尿病黄斑浮腫,加齢黄斑変性症など)・先天性のもの(Optic nerve pit, 小眼球)・炎症性のもの(ぶどう膜炎)・腫瘍性(悪性黒色腫,転移性脈絡膜腫瘍)・その他(ステロイド長期使用,妊娠中,慢性腎不全,心不全など)緩徐進行硝子体混濁・先天性遺残物由来・変性混濁(星状硝子体症,閃輝性硝子体融解,アミロイドーシスなど)・炎症性混濁(眼内炎,ぶどう膜炎)・腫瘍性混濁(悪性リンパ腫,網膜芽細胞腫)黄斑浮腫・血液網膜関門の破綻によるもの( 糖尿病黄斑浮腫,ぶどう膜炎,網膜静脈閉塞症,加齢黄斑変性症,傍中心窩毛細血管拡張症など)・硝子体の関与によるもの(黄斑前膜,黄斑硝子体牽引症候群,網膜.離術後)・その他( エピネフリン/ラタノプロスト点眼,Irvine-Gass 症候群,外傷性眼圧黄斑症,放射線網膜症など)178あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (40)眼底検査,B モードエコーで網膜.離が確認された硝子体出血では早期に硝子体手術を行う必要がある.手術の時期が遅れると,増殖硝子体網膜症(proliferativevitreoretinopathy:PVR)発症や虹彩ルベオーシス発症のリスクがある.原因不明の硝子体出血でも同様の理由から早期硝子体手術の適応となる.網膜.離がなく,かつ糖尿病黄斑浮腫や網膜静脈閉塞症などの網膜血管病変を伴わない硝子体出血であれば,自然吸収を待ちながら超音波診断を行って出血の動向を観察し,出血が消退しない場合に硝子体手術を考慮する.また,その原因が増殖糖尿病網膜症,網膜静脈閉塞症からの新生血管の場合は硝子体出血の除去と同時に,レーザー光凝固術を追加する必要もある5).2. 裂孔原性網膜.離裂孔原性網膜.離とは網膜の裂孔を通して液状硝子体が視細胞層と網膜色素上皮の間に入り込む病態である.網膜裂孔はその形態により,狭義の網膜裂孔(retinaltear)と網膜円孔(retinal hole)に分類される.Retinaltear は後部硝子体.離(posterior vitreous detachment:PVD)が起こる際に硝子体と網膜の接着が強い部分に起きやすい.裂孔の存在範囲が90°以上にわたる大きさのものを巨大裂孔という.裂孔が起きるとPVDが起こっている中年以降では.離は急速に進行することが多い.一方,retinal hole は若年者に起こりやすい.網膜の萎縮,菲薄化した部分に発生し,格子状変性に伴うことが多く,網膜.離に格子状変性が合併する頻度は約3/4 ともいわれる..離の進行は緩徐で平たんな.離をきたすことが多い.強度近視の高齢女性や後部強膜ぶどう腫に伴う場合は黄斑円孔網膜.離を念頭に置く必要がある.裂孔原性網膜.離の診断は眼底検査による(図1).診断には双眼倒像鏡を使って立体的に眼底検査を行うことが強く推奨される.各種コンタクトレンズを併用した細隙灯顕微鏡での観察も有用である.いずれの方法においても強膜を圧迫して網膜周辺部まで入念に観察する必要がある.裂孔の発見が困難な場合も,硝子体中に色素細胞が浮遊している「タバコダスト」の所見があれば,裂孔の存在を強く疑い,術前になるべくPVD の状の全身疾患の有無とそのコントロール状態,特に糖尿病網膜症では僚眼の状態も詳細に観察する必要がある.僚眼に増殖糖尿病網膜症があれば,初診の患者であっても眼底の状態を推測できる.糖尿病網膜症,網膜静脈閉塞症では眼底検査で網膜新生血管を確認できることもあるが,定期的な蛍光眼底造影検査を行うことで早期の検出,治療開始が可能なる2).ほかに,全身疾患に関連して起こる硝子体出血にTerson 症候群がある.Terson 症候群はくも膜下出血により脳圧が亢進し網膜静脈圧が上がることにより起こると考えられている3).後部硝子体.離による網膜血管の破綻を想定した場合には特に患者の年齢が参考になる.この際,発症前患眼または僚眼の屈折,眼軸長も参考にする.外傷,眼科治療(網膜光凝固,硝子体手術など)も硝子体出血の原因となりうるので,詳細に既往歴を聞く必要がある.Eales 病では比較的若年(30.40 歳代)の男性に多く,若年性再発性網膜硝子体出血ともいわれ,比較的まれであり,病態もいまだ不明な疾患である.周辺部網膜に網膜静脈炎,網膜血管閉塞と網膜無灌流領域の形成がみられ,それに伴う網膜新生血管から硝子体出血が生じる.通常両眼性である4).眼底が透見しにくい場合は,超音波B モードエコーを行う.網膜.離の有無と後部硝子体.離の有無を調べる.びまん性硝子体出血では,硝子体全体に出血が存在する場合,エコーが点状に観察される.後部硝子体.離型では後部硝子体膜に出血が凝集し膜状に観察され,後部硝子体腔に高エコー輝度として観察される.網膜.離と後部硝子体膜に凝集した硝子体出血の鑑別は,視神経乳頭との連続の有無で判断できる.視神経乳頭を含む断面でとれば,.離網膜は全.離であっても必ず乳頭から鋸状縁に続く漏斗状のエコー像として捉えられる.ただし,後部硝子体.離が乳頭に及ばない場合ではこの限りではない.色知覚(color perception),光投影能(light projection)の検査も有用である.色知覚の有無で黄斑機能が保たれているかみることができる.また,光投影能の検査で異常を示せば,網膜.離の合併とその部位を想定できる.(41) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010179年齢は50.60 歳代の中高年齢層と20 歳代の若年層に分かれ,中高年齢層の場合は後部硝子体.離によるものが多い..離が生じればその部位に一致して視野欠損を自覚する.また,.離が黄斑部に及べば中心視力の低下や変視症が出現する6).3. 非裂孔原性(滲出性)網膜.離a.先天性の疾患としては視神経乳頭小窩(opticnerve pit),視神経乳頭小窩黄斑症候群(pit-macularsyndrome),小眼球などを考える.b.特発性のものとしてはuveal effusion syndrome,Coats 症などがある.Uveal effusion syndrome は,1963 年にSchepens らによって提唱された概念で,可動性の高い網膜下液(頭位によって移動する)と周辺部脈絡膜.離を特徴とする非裂孔原性網膜.離である.中年の男性に好発し,時期を異にして両眼性に発症する.また,前房に炎症を認めず,脳脊髄液圧の上昇と髄液蛋白の増加を認める.真性小眼球に合併することが多い.高度の遠視と浅前房の所見を認める例が多い.滲出性網膜.離を起こす病態としては強膜の肥厚により渦静脈が圧迫され脈絡膜血管外の蛋白質に富む組織液の眼球外への排出が妨げられることによる病態が考えられている.診断は,眼底検査,フルオレセイン蛍光眼底造影検査(FA)の所見による.真性小眼球を疑い眼軸長の測定を行うことも重要である.特に後述の多発性後極部網膜色素上皮症(multifocal posteriorpigment epitheliopathy:MPPE)との鑑別は,治療方針を決めるうえで注意を要する.Uveal effusionsyndrome ではFA でleopard-spot-pattern とよばれる色素上皮の色調ムラを認め,漏出点は認めない.MPPEではFA でアーケード付近に多数の漏出点を認め,この所見の違いから鑑別される7).Coats 病は網膜下の著明な滲出物を特徴とする疾患である.一般に若年男性に多く,片眼性に発症する.他に全身合併症を伴わないのが一般的である.眼底検査では網膜血管拡張,網膜滲出性変化,滲出性網膜.離を特徴とする.滲出性変化が黄斑部付近に及ぶ場合,視力低下をきたす.FA でも網膜血管異常と透過性亢進による蛍光漏出,無灌流領域が観察される.網膜血管異常所見と態や硝子体の液化所見,.離の状態を把握することも有用である.問診も詳細に行う必要がある.家族歴,外傷の有無,アトピー性皮膚炎の既往,ボクシング,相撲などの頭部に衝撃が加わるスポーツも裂孔原性網膜.離の原因となりうる.牽引性網膜.離との鑑別のために,糖尿病網膜症,網膜静脈分枝閉塞症,ぶどう膜炎などの眼科疾患の既往も聴取する.裂孔原性網膜.離に伴う症状としては光視症と飛蚊症である.後部硝子体.離が急激に生じた場合には閃光を自覚することが多く,前駆症状に光視症がある場合は後部硝子体.離に伴うものを考える.また,患者の年齢も参考になる.裂孔原性網膜.離の好発ba図 1裂孔原性に合併した硝子体出血硝子体腔内に出血しているが眼底は透見可能な程度(a)で,網膜裂孔が観察できる(b).180あたらしい眼科 Vol. 27,No. 2,2010 (42)の有無が特に有用である(図2).高齢者で黄斑部に漿液性網膜.離を認めた場合,加齢黄斑変性症に伴う可能性を常に念頭に置く必要がある.2008 年に発表された加齢黄斑変性の分類と診断基準では,滲出型加齢黄斑変性の随伴所見に漿液性網膜.離を含む滲出性変化が含まれている.以前まで狭義加齢黄斑変性(AMD)とよばれた脈絡膜新生血管を有する滲出型加齢黄斑変性,その特殊型であるポリープ状脈絡膜血管症(PCV),網膜血管腫状増殖(retinal angiomatousproliferation:RAP)のいずれでも生じる可能性があり,して動脈瘤様変化,動静脈吻合,毛細血管床の減少がしばしば認められる.特に若年者では網膜芽細胞腫との鑑別のためにCT(コンピュータ断層撮影)や超音波検査は必須である.網膜芽細胞腫ではCT で特徴的な石灰化所見がみられるが,Coats 病では石灰化所見は認めない.また,Coats 病では網膜芽細胞腫にみられるように硝子体混濁がないこと,Coats 病に特徴的な黄色滲出物が網膜芽細胞腫では一般に伴わないことなども鑑別に有用である.ほかに鑑別疾患としてはEales 病,Leber 粟粒血管瘤,von Hippel 病,網膜海綿状血管腫などがある8).c.黄斑疾患に伴うものとしては中心性漿液性脈絡網膜症(central serous chorioretinopathy:CSC),加齢黄斑変性症,糖尿病黄斑浮腫などが考えられる.CSC はおもに中年男性の片眼に発症する.その症状は変視症,小視症などさまざまで,おおむね矯正視力は良好な場合が多いが,再発する例もまれではない.その病態はいまだ明らかになっていない.何らかの原因で,色素上皮障害が起こり,バリア破綻のため脈絡膜側より網膜下へ水分の漏出が起こるものと考えられていた.近年インドシアニングリーン蛍光眼底造影検査(IA),Heidelberg Retina Angiograph(HRA)などによる眼底撮影法の改良技などにより脈絡膜血管の透過性亢進所見が特にCSC の重症例である多発性後極部網膜色素上皮症やchronic CSC でみられることが明らかになった.原因としては心身の過労,攻撃的,せっかちなどの特徴をもつ行動パターン,妊娠,副腎皮質ステロイド薬長期投与などが誘因となることも知られている.診断は,検眼鏡的診察と,FA,光干渉断層計(optical coherencetomography:OCT)が用いられる.FA では典型的には造影早期からの1.数カ所の点状蛍光漏出の拡大がみられる.蛍光漏出の型は早期は噴出型(smoke-stack)となり,経過が長くなるにつれ漏出スピードが落ち,円形拡大型(ink blot)となることが多い.鑑別すべき疾患としては,若年者では炎症性疾患によるもの,特発性脈絡膜新生血管によるもの,先天性の疾患によるもの(opticnerve pit,小眼球など)などがあり,高齢者では特に加齢黄斑変性の一亜型であるポリープ状脈絡膜血管症(polypoidalchoroidal vasculopathy:PCV)との鑑別が重要である.PCV との鑑別にはIA 上のポリープ病変の検出ab図 2 ポリープ状脈絡膜血管症に合併した漿液性網膜.離のOCT 所見眼底所見では,橙赤色隆起病変と,その周囲に漿液性網膜.離とそれを示唆する硬性白斑を認める(a).IA で橙赤色隆起病変に一致するポリープ病巣と周囲の異常血管網を認める(b).(43) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010181その診断には細隙灯顕微鏡と前置レンズを用いた詳細な眼底検査とともに,蛍光眼底造影検査,OCT が必須である.特にIA がCSC などの他疾患との鑑別,病態の理解のためにも重要である.糖尿病黄斑浮腫については次項で詳しく述べるが,.胞様黄斑浮腫(cystoid macular edema:CME)が典型的ではあるが,漿液性網膜.離を生じる症例も少なくない.4. 黄斑浮腫黄斑浮腫を起こす代表的な具体的疾患の診断について述べる.a. 糖尿病網膜症糖尿病黄斑浮腫は黄斑付近に毛細血管瘤などが多数発生し,血漿成分が血管外へ漏出して,黄斑の一部に限局した浮腫が生じる局所性黄斑浮腫と,黄斑部の増殖膜や硝子体の収縮,血管の透過性亢進などによりびまん性の浮腫が生じるびまん性黄斑浮腫とに分けられる.網膜血管の内皮細胞,網膜色素上皮ではtight junction による細胞間結合によりバリアを形成しているが,このバリアが障害されることによって網膜内に浮腫を生じ,血漿蛋白や脂質の沈着をきたすことがその病態である.糖尿病黄斑浮腫は糖尿病網膜症の進行に並行して重症化することが多いが,軽症.中等症非増殖性網膜症でも発症することがあり注意が必要である.診断には糖尿病合併を確認し,加えて眼底検査を行うことによる.蛍光眼底造影検査も血管透過性,毛細血管瘤などの検出には有用である.また近年,OCT の進歩により,黄斑部浮腫の病態を鮮明に描出することができるようになった.OCT では.胞様,漿液性網膜.離を伴うものなどの浮腫の形態や,プログラム解析によって網膜浮腫の程度を定量的に評価することが可能になった(図3)9).b. 網膜静脈閉塞症〔網膜中心静脈閉塞症(central retinalvein occlusion:CRVO),網膜静脈分枝閉塞症(branchretinal vein occlusion:BRVO)〕CRVO は視神経乳頭内の強膜篩状板付近で網膜中心静脈が閉塞し,出血などを起こす.網膜出血は全周に広範に起こる.火炎状,しみ状出血が特徴的で,視神経乳頭を中心に放射状に広がる眼底所見から診断できる.上abc図 3糖尿病黄斑浮腫糖尿病黄斑浮腫を認める.検鏡的には黄斑浮腫とその周囲に硬性白斑の出現を認め(a),FA で黄斑部に旺盛な造影剤の漏出を認める(b).OCT では黄斑部に.胞様黄斑浮腫(CME)と漿液性網膜.離(SRD)両方の所見を認める(c).182あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (44)下の主幹静脈が閉塞したものは半網膜中心静脈閉塞症(hemi-CRVO)とよばれる.虚血が高度な場合には軟性白斑が出現する場合もある.FA を施行し,腕-網膜時間,網膜内循環時間,無灌流領域の検出を行う.広範な網膜の虚血から黄斑部浮腫をひき起こし,これが視力低下の原因となる.広範な無灌流領域を伴う虚血型であれば,早期に汎網膜光凝固術を行う必要がある.虚血の高度なものでは発症から1 カ月以内に虹彩ルベオーシスを起こし,新生血管緑内障をひき起こす場合もある.BRVO は網膜の静脈分枝が動脈との交叉部で閉塞し起こる.網膜血管の動脈と静脈の交叉部では外膜が共有されているため,動脈硬化を起こした動脈は静脈を圧迫し,内腔の狭小化と血栓をひき起こす.一般に閉塞部位は上耳側が多いといわれているが,静脈閉塞部位と出血部位にかかわらず,黄斑浮腫を起こす可能性があり視力低下の原因となる.診断は眼底検査と蛍光眼底造影検査による.黄斑浮腫の検出にはOCT が有用である10).c. 加齢黄斑変性(age-related macular degeneration:AMD)滲出型加齢黄斑変性のすべての病型で網膜浮腫を生じうる.特に,滲出型加齢黄斑変性の特殊型である網膜血管腫状増殖(RAP)は2001 年にYannuzzi らによって報告された,網膜内に異常血管増殖をきたしやがて網膜内と脈絡膜の異常血管が吻合(retinal-choroidal anastomosis:RCA)を形成する病態である.多発性軟性ドルーゼンに合併する.OCT で網膜色素上皮.離(pigmentepithelial detachment:PED)をほぼ全例に認め,.胞様黄斑浮腫を形成することが多い(図4)11).d. 傍中心窩毛細血管拡張症(idiopathic juxtafovealretinal telangiectasis:IJRT)傍中心窩毛細血管拡張症は,傍中心窩毛細血管の拡張部からの滲出によって黄斑浮腫,滲出物,.胞様黄斑浮腫をきたす疾患である.原因は不明だが,何らかの網膜血管の微小循環障害が考えられている.2006 年にYannuzziらは1993 年にGass とBlodi によって3 群に分類されたものを簡素化し,血管瘤型aneurysmal telangiectasia(Type I)と血管拡張型perifoveal telangiectasia(Type II)に分類した.診断は眼底検査と蛍光眼底造影検査,OCT による.検鏡所見は,Type I の血管瘤型では網膜出血はほとんどなく,傍中心窩に血管瘤と硬性白斑があればこの疾患が疑われる.網膜静脈分枝閉塞症に伴うものなど,続発性のものとの鑑別は蛍光眼底造影検査による.Type IIの血管拡張型ではクリスタリン様沈着物や色素プラークがあればこの疾患を疑う.前述の網膜血管腫状増殖(RAP)との臨床的に鑑別を行うことは困難である.多発性軟性ドルーゼンがあればRAP を強く疑う12).e. 黄斑前膜(epiretinal membrane:ERM),黄斑硝子体牽引症候群(macular vitreous traction syndrome)黄斑前膜は中高年に好発し,女性に多いとされる.90% で後部硝子体.離(posterior vitreous detachment:PVD)を伴っている.その病態は,黄斑上の残存硝子体皮質を主体とした組織が内境界膜に付着して牽引力を及ぼした結果である.診断は眼底所見とOCT を用いて行う.眼底所見は,初期にはwater silk reflex とよばれるキラキラとした反射として捉えられる.この網膜前膜が収縮すると中心窩に前方への牽引が発生するため,中心窩陥凹は消失し網膜血管への牽引力により網膜浮腫を起こす.視力障害,歪視などの自覚症状がある場合に外科的治療の適応となる(図5).黄斑硝子体牽引症候群は,PVD の進行が黄斑近傍で停止し,黄斑部を前方向に牽引することにより起こる病図 4 網膜血管腫状増殖(retinal angiomatous proliferation:RAP)の眼底写真黄斑部への軟性ドルーゼンの集簇と,その内部の網膜出血,網膜浮腫を認める.あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010183態である.その8 割程度に網膜の.胞様変化を伴うとの報告もある.診断は眼底検査で硝子体を観察し,PVDの状態を確認することで行う.近年OCT 技術の進歩によりその形態,病態が解明されはじめており,網膜.離も合併しうることが明らかになってきている13).5. 硝子体混濁原発性に混濁をきたすものとしては星状硝子体症(asteroid hyalosis), 閃輝性硝子体融解(synchysisscintillans),アミロイドーシスなどがある.星状硝子体症は一般に60 歳以上の高齢者にみられる硝子体の変性疾患である.硝子体に星屑を散りばめたような黄白色の混濁を認める.星状体が硝子体のコラーゲン線維内に付着し,線維の変性をひき起こすと考えられている.軽度から中等度の場合無症状のことが多いが,変性の進行により「かすみ」,視力低下をきたす場合もあり,硝子体手術の適応となることもある.星状硝子体症と所見が類似している疾患として,閃輝性硝子体融解, 眼コレステロール症(cholesterosisoculi)とよばれる疾患もある.コレステロールが硝子体腔に浮遊した状態である.原因としては眼外傷や眼内炎などにより眼内の細胞の壊死,代謝障害によると考えられている.眼球癆の一つの徴候であることもある.治療は原疾患への対処である.アミロイドーシスはアミロイドが全身の組織に沈着するまれな疾患であり,おもに家族性原発性アミロイドーシスにみられる眼合併症の一つである.ガラス綿様硝子体混濁(glass-wool vitreousopacities)とよばれる特徴的な所見から診断される.通常は治療の対象にはならないが,「かすみ」,飛蚊症,視力低下を呈すると硝子体手術の適応となる場合もある.腫瘍性の硝子体混濁は,眼内悪性リンパ腫(intraocularlymphoma)や網膜芽細胞腫でみられる.眼内悪性リンパ腫の好発年齢は50 歳以上で,両眼性が多い.硝子体中に白色の細胞をみることが多く,オーロラ状混濁と表現されることもある.網膜病変を伴うものでは,網膜深層に多発性の黄色白斑がみられ,経過とともに徐々に融合・拡大する.この場合,腫瘍細胞はBruch 膜と網膜色素上皮の間に存在する.治療は化学療法と放射線療法が奏効する.眼内悪性リンパ腫は臨床所見からぶどう膜炎による炎症性の硝子体混濁と類似しているが,ステロイドが無効である場合,鑑別疾患として悪性リンパ腫を念頭に置く必要がある.網膜芽細胞腫では硝子体播種をきたした場合,硝子体混濁をきたす.診断は画像検査で,CT で石灰化がみられるのが特徴的である14).文献1) 竹内大:霧視:主訴から見た眼科疾患の診断と治療.眼科 45:1521-1529, 20032) 秋葉純:硝子体出血.眼科診療ガイド,p434,文光堂,20043) 前野貴俊:くも膜下出血.眼底アトラス,p.344,文光堂,2006(45)ab図 5黄斑前膜の眼底写真とOCT 所見眼底写真で中心窩に向かう放射状の皺襞が観察され,中心部は膜の収縮により不透明な組織が観察される(a).OCTでは黄斑部は平坦化し硝子体腔側に牽引がかかっていることが推察される(b).184あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,20104) 石原菜奈恵,湯澤美都子:Eales 病,特発性網膜静脈周囲炎.眼科診療ガイド,p354,文光堂,20045) 竹内忍:超音波検査.眼科MOOK, No.21, p34-50,金原出版, 19846) 山本修一:裂孔原性網膜.離.眼科当直医・救急ガイド,p33-37,文光堂,20047) 高橋牧:Uveal effusion:眼科疾患アトラス─網膜硝子体疾患.眼科 50:1506-1507, 20088) 佐藤達彦,日下俊次:Coats 病.眼底アトラス,p110-111,文光堂,20069) 永沢倫,山下英俊:糖尿病網膜症の概念・病因・分類・診断:新時代の糖尿病学.日本臨牀 66:144-148, 200810) 戸張幾生:CRVO, BRVO, hemi-CRVO の分類.網膜静脈閉塞症,p16-41,メディカル葵出版,200211) 五味文:網膜内血管腫状増殖.眼底アトラス,p154-155,文光堂,200612) Yannuzzi LA, Bardal AM, Freund KB et al:Idiopathicmacular telangiectasia. 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