あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,20102110910-1810/10/\100/頁/JCOPYはじめに裂孔原性網膜.離や特発性黄斑円孔などの網膜疾患では,硝子体手術により解剖学的治癒が得られても,発症以前の視力には回復せずに視力障害が残存する場合が少なくありません.しかし,細隙灯顕微鏡などによる眼底検査や従来のタイムドメイン光干渉断層計(OCT)では,視力障害の原因を同定することは困難です.スペクトラルドメイン光干渉断層計(SD-OCT)は従来のタイムドメインOCT に比べ深さ分解能が向上し高速撮影が可能となったため網膜の層構造,とりわけ網膜視細胞層における外境界膜(ELM)や視細胞内節外節境界部(IS/OS)に相当する高反射ラインの描出力が向上しました(図1).SD-OCT を用いて裂孔原性網膜.離や黄斑円孔術後の黄斑部を撮影することにより,網膜視細胞層の微小形態異常を評価し,術後の視力障害との関連を検討できるようになりました.網膜視細胞層の形態変化1. 裂孔原性網膜.離の場合黄斑.離を伴う裂孔原性網膜.離の術後における中心窩網膜の異常所見として,従来より黄斑前膜や黄斑下液,黄斑浮腫などが報告されていますが,SD-OCT 検査ではさらに中心窩視細胞層におけるIS/OS およびELM の欠損所見を検出できます.筆者らの検討では,術前に黄斑.離を認めた症例ではSD-OCT 検査時の術後視力(logMAR)はこれら異常所見のうちIS/OS およびELM の欠損所見と有意に相関することがわかりました1).なお,中心窩視細胞層の形態はIS/OS およびELM の両者が明瞭に認められるパターン,ELM は明瞭に認められるもののIS/OS が欠損しているパターン,IS/OS およびELM の両者が欠損しているパターンの3群に分類できます.これら3 群間には視力に有意差を認め,IS/OS およびELM の両者が明瞭に観察された症例では術後視力が最もよく,両者が欠損している症例では(73)◆シリーズ第110 回◆ 眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊若林卓大島佑介(大阪大学大学院医学系研究科感覚器外科学講座)網膜視細胞層の形態変化からわかること図 2裂孔原性網膜.離術後の中心窩視細胞層の経時的変化黄斑.離を伴う裂孔原性網膜.離術後のSD-OCT 所見.症例は63 歳,男性.A: 術後1 カ月.外境界膜(ELM)は明瞭に認められるもののIS/OS が欠損している(矢頭).黄斑下液も伴っている.視力は0.3.B: 術後約12 カ月.IS/OS の欠損が残存している(矢頭).視力は0.5.C: 術後約36 カ月.IS/OS が回復し欠損が認められなくなった.視力は0.8 に改善.図 1健常眼の2 次元網膜断層像網膜内の層構造が明瞭であり,特に外境界膜(ELM),視細胞内節外節境界部(IS/OS),網膜色素上皮(RPE)の高反射ラインが明確に区別できる.NFL:神経線維層,GCL:神経節細胞層,IPL:内網状層,INL:内顆粒層,OPL:外網状層,ONL:外顆粒層,Choroid:脈絡膜.外境界膜(ELM)NFLGCLIPLINLOPLONLChoroid網膜色素上皮(RPE)視細胞内節外節境界部(IS/OS)212あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010最も悪いことがわかりました.SD-OCT 検査を経時的に行うと,初回検査でELM は明瞭に認められるもののIS/OS が欠損していた症例の約6 割で平均12 カ月の間にIS/OS が完全に回復しました(図2)が,IS/OS およびELM の両者が欠損した症例では回復は認められませんでした.IS/OS は視細胞外節の円盤膜からなる高次構造と視細胞内節の境界に相当し,一方ELM は視細胞核からなる外顆粒層と内節の境界でMuller 細胞の先端部に相当すると考えられています.したがって,IS/OS が欠損しELM が明瞭に認められる所見は,視細胞層の障害が内節および外節レベルに限局していることを示唆しています.IS/OS およびELM ラインの両者が欠損する所見は,視細胞層の障害が細胞核レベルまで及んでいることを示唆していると考えられます.実験的網膜.離の既報では,網膜.離術後に視細胞のアポトーシスや外節の脱落などが生じることが報告されており2.4),SD-OCT におけるIS/OS やELM ラインの欠損は生体内における視細胞層レベルでの障害の違いを反映した所見である可能性があります.ELM が明瞭に観察できた症例ではIS/OS が経過とともに再構成することから,視細胞層レベルでの障害が核まで及んでいない症例では外節が再生される可能性があることを示唆しています.このような症例では術後長期にわたって視力が徐々に改善する可能性があり,視力予後を予測する重要な所見の一つと考えられます.2. 特発性黄斑円孔の場合円孔閉鎖後のSD-OCT による黄斑所見では,グリア細胞の増殖によるとされる中心窩高輝度病変,中心窩.離,視神経線維欠損,視細胞層の障害が認められます5,6).多変量解析を行うと,中心窩視細胞層の障害が術後視力と最も有意に相関することがわかりました.この障害の程度は,IS/OS およびELM の再構築の違いによって3群に分類できます.すなわち,IS/OS,ELM ともに再構築されたA 群,ELM は再構築されたもののIS/OSが欠損したB 群,IS/OS,ELM ともに欠損したC 群です.平均小数視力はA 群とB 群はC 群に比べ有意に良好でしたが,A 群とB 群の間には有意差はありませんでした(図3).このことは,術後早期の視力を予測するうえで,中心窩網膜におけるELM の再構築がIS/OSの再構築よりも重要であることを示しています.さらにこの所見が術後12 カ月の視力とも最も有意に相関しました.円孔閉鎖後の視細胞層での経時的な形態変化をみると,ELM が術後早期に再構築された症例では,当初IS/OS の再構築が不完全であっても術後経過とともに約5 割以上の症例でIS/OS の再構築がみられました6).一方,術後早期にELM が再構築されなかった症例では,グリア細胞の増殖と考えられる中心窩高輝度病変が高率にみられ,IS/OS の再構築はみられませんでした.円孔の閉鎖過程において,ELM の再構築がIS/OS の修復に先行し,形態的な修復に重要な所見である可能性が示唆されます.術後早期にELM の再構築が認められない場合は,円孔閉鎖はグリア細胞で補.される可能性が高く(中心窩高輝度病変),IS/OS の再構築が困難となるだけでなく,視力の改善も不十分となる可能性が考えられます.つまり,黄斑円孔術後早期におけるELM の再構築所見が,その後のIS/OS を含めた中心窩網膜形態修復と視力改善を決定する重要な因子であると考えられます.まとめSD-OCT により従来の検査機器では描出不可能であった微小な網膜病変が非侵襲的に観察可能となり,裂孔原性網膜.離や黄斑円孔術後に残存する視力障害を裏付ける中心窩視細胞層の形態異常を検出することができる(74)*** **-0.20.00.20.40.60.81.01.2術後視力(logMAR)中心窩視細胞層所見IS/OS(+)/ELM(+)(A 群)IS/OS(-)/ELM(+)(B 群)IS/OS(-)/ELM(-)(C 群)図 3黄斑円孔閉鎖後の中心窩視細胞層障害の程度と術後視力IS/OS(+)/ELM(+)=視細胞内節外節境界(IS/OS)と外境界膜(ELM)の両者が再構築されたパターン(A 群).IS/OS(.)/ELM(+)=ELM は再構築されたもののIS/OS が欠損したパターン(B 群).IS/OS(.)/ELM(.)=IS/OS およびELM の両者が欠損したパターン(C 群).SD-OCT による術後3 カ月の検討では,A 群とB 群はC 群に比べ有意に平均視力が良好であるが,A 群とB 群の間には有意差はない.* p>0.05,** p<0.05.(75) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010213ようになりました.網膜視細胞層の構造維持や再構築が視力予後に重要であることから,視細胞障害を最小限にとどめる治療方法の開発が今後の課題であると考えられます.文献1) Wakabayashi T, Oshima Y, Fujimoto H et al:Fovealmicrostructure and visual acuity after retinal detachmentrepair:imaging analysis by Fourier-domain optical coherencetomography. Ophthalmology 116:519-528, 20092) Cook B, Lewis GP, Fisher SK et al:Apoptotic photoreceptordegeneration in experimental retinal detachment.Invest Ophthalmol Vis Sci 36:990-996, 19953) Anderson DH, Guerin CJ, Erickson PA et al:Morphologicalrecovery in the reattached retina. Invest OphthalmolVis Sci 27:168-183, 19864) Sakai T, Calderone JB, Lewis GP et al:Cone photoreceptorrecovery after experimental detachment and reattachment:an immunocytochemical, morphological, and electrophysiologicalstudy. Invest Ophthalmol Vis Sci 44:416-425, 20035) Ko TH, Witkin AJ, Fujimoto JG et al:Ultrahigh-resolutionoptical coherence tomography of surgically closedmacular holes. Arch Ophthalmol 124:827-836, 20066) Wakabayashi T, Fujiwara M, Sakaguchi H et al:Fovealmicrostructure and visual acuity in surgically closed macularholes:Spectral-domain optical coherence tomographicanalysis. Ophthalmology, in press■「網膜視細胞層の形態変化からわかること」 を読んで■最近,新しい画像診断装置が次々と眼科臨床に導入されてきています.新しい画像診断装置は,本来病名診断のために開発されたものですが,治療効果の判定あるいは予測に有用であることがわかってきました.そのなかでも特に著しい成果を上げているのが光干渉断層計(OCT)です.この装置がもつ特長は多くありますが,低侵襲性かつ操作の簡便性は,サンプルの多数収集を格段に容易にしましたし,結果を数値化できる点は,再現性客観性を改善させ,解析精度を飛躍的に向上させました.網膜薬物治療導入において,OCTが果たした役割はこの好例であり,OCT がなければ,治験から承認までははるかに長い時間がかかったといわれています.今回,若林卓・大島佑介先生が紹介されているのは,スペクトラルドメイン光干渉断層計(SD-OCT)による視力予後予想に関する新しい試みです.SDOCTは従来型OCT に比べて解像力が大幅に向上しましたが,その性質を利用して従来解析不可能であった網膜視細胞層の微細構造を分類し,その結果から視力予後に重要な所見が発見されました.これは,視力予後という臨床家が最も興味ある点に注目した研究ですが,それだけでなく,その結果には網膜.離による視力障害のメカニズムという疾患の本質的問題とその解明につながる大きな発見が含まれています.現在精力的に行われている網膜神経保護治療などが臨床応用される場合,網膜.離もその対象になる可能性は高いと思います.その際には, 今回得られた知見は適応患者,適応状態や時期を決定するために重要なポイントとなるでしょう.この分野の研究はまだ始まったばかりですが,このような知見の集積が正しい理解を生み,将来の有効な手術法の確立に貢献することは確実であり,これはその先駆けとなる素晴らしい研究といえます.鹿児島大学医学部眼科坂本泰二☆ ☆ ☆