0910-1810/10/\100/頁/JCOPYIプリーの位置異常(heterotophy)プリーの位置異常が原因と考えられるものには,直筋プリーの位置異常4),上斜筋萎縮を伴う上斜筋麻痺における内直筋プリーの上方偏位5),水平直筋プリーの加齢による下方偏位6),高度近視に伴う固定斜視の外直筋下方偏位および内直筋の鼻側偏位7)などがある.症例1:偽上斜筋麻痺8)83歳の男性.8年前に左眼の白内障手術を施行.4年前から上下・回旋複視を自覚するようになった.最近では常時,複視を自覚するようになり,当科を紹介され受診した.視力:右眼(0.6),左眼(0.8).既往歴:心疾患,糖尿病.現症:正面視で1-2Δ左上斜視,右傾斜時に1-2Δ,左傾斜時に2-3Δの左上斜視を認めたが,明らかな眼球運動異常を認めなかった.診断的9方向むき眼位検査,Hess赤緑試験(図1)から左眼・代償不全型上斜筋麻痺と診断した.眼窩MRI検査では明らかな上斜筋萎縮は認められず,同筋の収縮性にも異常を認めなかった(図2).眼窩MRI冠状断画像をもとに眼球中心から約9mm後方の4直筋の重心に近似した4直筋のプリーの二次元座標位置を解析した.正常者の平均の2SDを超えるものを異常と判定したところ,両側の水平直筋,特に外直筋の下方偏位を認めた(図3,4).はじめにMilller&Demerらの組織学的,あるいはMRI(磁気共鳴画像)画像解析により,眼球赤道部のTenon.内に存在するスリーブ様の結合組織(プリー)が,外眼筋の機能的起始部としての役割を担い,さらには外眼筋の走行や眼球運動を制御する働きのあることが明らかにされている1.3).このプリーが,眼位異常や複視の原因となる場合がある.Demerは眼位異常の原因として,プリーの位置異常,プリーの不安定性,可動性の障害,プリーの加齢性変化の4つをあげている2).複視の原因がはっきりしない症例ではプリーの位置異常や可動性の障害を疑うことの大切さを指摘している.プリーの異常判定にはMRIなどの画像検査が必須である.MRI撮像では,サーフェイスコイルを使用して撮像条件を工夫し,いろいろなむき眼位をとらせて外眼筋を撮像する.MRI画像からは直接にはプリーを読み取れないので,つぎのような方法で間接的にプリーを評価する.一つは,冠状断画像を用いて眼球中心から約9mm後方の4直筋の重心位置(図3,6)を二次元的に解析し,上下・水平方向への位置偏位をみる.もう一つは,軸位断画像を用いて上下・左右方向のむき眼位における筋の走行が屈曲する部位をプリーの付着位置とみなして(図9:矢頭)解析し,屈曲部位の移動距離とむき眼位との関係をみる.以下にプリーの位置異常と可動性の障害により生じたと推察される斜視症例について述べる.(43)903*ReikaKono:岡山大学大学院医歯薬学総合研究科眼科学〔別刷請求先〕河野玲華:〒700-8558岡山市北区鹿田町2-5-1岡山大学大学院医歯薬学総合研究科眼科学特集●物が二重に見えるあたらしい眼科27(7):903.908,2010複視とプリーDiplopiaandthePulley河野玲華*904あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(44)図1症例1:Hess赤緑試験正面視で1-2Δ左上斜視,右方視で左上斜視の増強,右Bielschowsky頭部傾斜試験陽性であった.眼球運動検査では明らかな異常はないが,Hess赤緑試験では軽度の左下斜筋過動を認める.右上斜筋左図2症例1:眼窩MRI(冠状断)上斜筋最大筋腹断面積は,右17.2mm2,左15.2mm2であり(正常18.1±3.2mm2),明らかな上斜筋萎縮を認めなかった.右上斜筋眼球外直筋内直筋左図3症例1:眼窩MRI(冠状断)正常者では内直筋と外直筋の重心の垂直方向の位置はほぼ一致するが,本症例の外直筋は内直筋よりも下方に偏位している.(45)あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010905年齢と直筋プリーの二次元座標位置との関係を解析し,水平直筋のプリー位置が加齢の影響を受けて有意に偏位することを報告6)している.すなわち,加齢に伴って下方へ偏位し,特に内直筋プリーよりも外直筋プリーのほうが影響をより強く受けやすいと述べている.代償不全型上斜筋麻痺には上斜筋萎縮を認めない症例の割合が比較的多く(自験例で8例中5例,63%),非萎縮例には症例1のようにプリーの位置異常が原因と考えられるものも存在する.Demerは,上斜筋麻痺を上斜筋萎縮の収縮力が低下したtruetypeと上斜筋萎縮がなく,収縮力の低下もないものをsimulatedtypeとして2型に分類する方法を提唱している.さらに,Demer9)は,MRI撮像は外眼筋の形態や機能評価に最も有用な検査手段であるので,斜視の原因を検索するうえでMRI検査が重要であることを強調している.症例2:V型外斜視33歳の女性.子供のころから斜視があったが放置していた.2年前から眼精疲労と頭痛を自覚するようになった.頭痛がひどくなったため,近医の眼科を受診したところ,外斜視を指摘された.頭部MRIでは異常は検出されなかった.精査・加療を目的に当科を紹介され受診した.視力:右眼(1.2),左眼(1.5).診断:プリーの位置異常による非共同性斜視(偽上斜筋麻痺)と診断した.なぜプリーの位置偏位が上斜筋麻痺様の上下偏位を生じさせたのか?内直筋と外直筋それぞれに付着するプリーの位置(プリー組織が最も発達した部位)が非対称性に下方へ偏位することによって,視線変化に対する筋の作用方向(ベクトル変化)が変化し,上下偏位が生じたと推察される.この直筋プリーの下方への位置偏位は,病歴などから,加齢変化と考えられる.Clarkは,図55方向むき眼位V型外斜視と右下斜筋過動を認める.-20-15-10-5051015Horizontalpulleylocation(mm)Verticalpulleylocation(mm)151050-5-10-15-20内直筋上直筋下直筋外直筋:右眼:左眼:正常者(平均±2SD)図4症例1:直筋プリーの位置両側の水平直筋,特に外直筋の下方偏位を認める.水平は正が耳側,負が鼻側,垂直は正が上方,負が下方を示す.906あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(46)の直筋の外方回旋の報告2)がある.このように,水平斜視でもプリーの異常が原因で眼位異常を生じさせることを念頭におく必要がある.IIプリーの可動性の障害正常者や共同性の斜視を対象に行った冠状断撮像画像の解析では,プリーの位置変動が小さく,いろいろなむき眼位をとらせたときの変動幅は±2mm(95%信頼区間)である.一方,軸位断撮像画像の解析では,プリーの位置は前後方向に,最大14mm程度の大きさで移動する.さらに,輻湊時には外方回旋することが報告されている2).眼瞼形成術,内視鏡下鼻内副鼻腔手術,眼窩壁骨折既往歴:金属アレルギー,卵巣膿腫.家族歴:近親者に斜視なし.現症:正面視で14Δ外斜視,6Δ右上斜視,上方視で25Δ外斜視,8Δ右上斜視,下方視で8Δ外斜視,5Δ右上斜視,右下斜筋過動を認めた(図5).眼窩MRI冠状断画像で,左側の上直筋プリーの耳側偏位と両側の外直筋プリーの下方偏位を認めた(図6,7).治療:眼精疲労が強いため,近用眼鏡にプリズムを処方し,その後,右眼外直筋後転5mm(半筋腹上方移動),内直筋切除5mm(1筋腹下方移動)を施行した.手術後1年の遠見,近見眼位は,ともに右上斜視5Δで,問題のあるときには処方されたプリズム眼鏡を装用している.A-V型斜視は,プリーの位置異常が原因と考えられる斜視の一つである2).V型では,片眼あるいは両眼の外直筋が下方へ偏位し,ときに,下直筋の鼻側偏位あるいは上直筋の耳側偏位を伴う.一方,A型では,V型の鏡面像であり,片眼あるいは両眼の外直筋が内直筋よりも上方へ偏位し,ときに,下直筋の耳側偏位あるいは上直筋の鼻側偏位を伴う2).プリーの位置異常に加えてプリーの不安定性も合併する症例もある.プリーの不安定性の報告には,高度近視,X型外斜視,V型外斜視におけるプリーの不安定性,Y型外斜視におけるプリーの不安定性によると考えられる上方視で-20-15-10-5051015Horizontalpulleylocation(mm)Verticalpulleylocation(mm)151050-5-10-15-20内直筋上直筋下直筋外直筋:右眼:左眼:正常者(平均±2SD)図7症例2:直筋プリーの位置左上直筋の耳側偏位,両外直筋の下方偏位を認める.水平は正が耳側,負が鼻側,垂直は正が上方,負が下方を示す.右上直筋外直筋左図6症例2:眼窩MRI(冠状断)正常者では内直筋と外直筋の重心の垂直方向の位置はほぼ一致するが,本症例の外直筋は内直筋より下方に偏位している.また,左上直筋の耳側偏位も認める.(47)あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010907らかな外眼筋の損傷を疑わせる所見はなかった.診断:複視発症の病歴より,プリーの可動性障害による輻湊障害が疑われた.で,プリーの可動性が障害される場合がある.障害されると,眼球運動制限(機械的斜視)や非共同性斜視が生じる.下眼窩や下眼瞼手術による瘢痕が,下直筋プリーの後方への移動を障害し,非共同性の上下斜視を生じさせた症例が紹介されている2).外傷や手術後に生じた複視では画像診断で筋に直接の障害が及んでいないようにみえても,プリーの可動性が障害されることがあるので注意が必要である.症例3:輻湊障害,間欠性外斜視56歳の女性.1年前右副鼻腔炎の手術後から上下複視を自覚するようになった.その後複視は軽減したが,近見時に複視が残存した.下方視や近見時に複視を自覚するため,精査目的で当科を紹介され受診した.視力:右眼(1.5),左眼(1.5).既往歴:特記すべきことなし.現症:正面視遠見で6Δ外斜位,近見で20-25Δ間欠性外斜視を認めた.明らかな眼球運動異常はないが,輻湊障害を認めた(図8).眼窩MRI軸位断画像で,右側内直筋の作用方向(内転)とその逆方向(外転)の2つのむき眼位から内直筋の収縮・弛緩を確認した(図9).冠状断画像では,右内直筋と眼窩内壁の距離が左側と比較して短く,右内直筋の下端が内側へ牽引され(図10),CT(コンピュータ断層撮影)の眼窩内壁骨折の位置と一致した.しかし,明図8症例3:Hess赤緑試験正面視遠見で6Δ外斜位,近見で20-25Δ間欠性外斜視,明らかな眼球運動異常はないが輻湊障害を認めた.右左図9症例3:眼窩MRI(矢状断)外転時に右眼の内直筋が屈曲(矢頭)する所見がみられる.内直筋の収縮・弛緩は画像から正常と判断され,明らかな左右差は認めない.908あたらしい眼科Vol.27,No.7,2010(48)本稿は,第30回日本眼科手術学会インストラクションコース(2007)で講演した内容を一部修正・追加したものであり,文部科学省科学研究費助成金(20592044,22591964)の補助を受けた.文献1)MillerJM,DemerJL:Clinicalapplicationofcomputermodelsforstrabismus.In:RosenbaumAL,SantiagoAP,eds.ClinicalStrabismusManagement.Chapter7,p99-113,Saunders,Philadelphia,19992)DemerJL:Pivotalroleoforbitalconnectivetissuesinbinocularalignmentandstrabismus.TheFriedenwaldlecture.InvestOphthalmolVisSci:45:729-738,20043)MillerJM:Understandingandmisunderstandingextraocularmusclepulleys.JournalofVision7(11):10.1-15,20074)ClarkRA,MillerJM,RosenbaumALetal:Heterotopicrectusmusclepulleysorobliquemuscledysfunction?JAAPOS2:17-25,19985)ClarkRA,MillerJM,DemerJL:Displacementofthemedialrectuspulleyinsuperiorobliquepalsy.InvestOphthalmolVisSci39:207-212,19986)ClarkRA,DemerJL:Effectofagingonhumanrectusextraocularmusclepathsdemonstratedbymagneticresonanceimaging.AmJOphthalmol134:872-878,20027)KrzizokTH,SchroederBU:Measurementofrectieyemusclepathsbymagneticresonanceimaginginhighlymyopicandnormalsubjects.InvestOphthalmolVisSci40:2554-2560,19998)KonoR,OkanobuH,OhtsukiHetal:Displacementoftherectusmusclepulleyssimulatingsuperiorobliquepalsy.JpnJOphthalmol52:36-43,20089)DemerJL:GilliesLecture:ocularmotilityinatimeofparadigmshift.ClinExpOphthalmol34:822-826,200610)OrtubeMC,RosenbaumAL,GoldbergRAetal:Orbitalimagingdemonstratesocularblowoutfractureincomplexstrabismus.JAAPOS8:264-2732004Demerらは読書時の眼精疲労を主訴とする症例に,陳旧性眼窩壁骨折による両側の内直筋プリーとその周辺結合組織が牽引される所見を報告し,筋性眼精疲労の原因は,内直筋プリー組織の牽引が輻湊時の外眼筋への機能的負荷を生じたためと推察している10).すなわち,正常者では輻湊時には内直筋に付着するプリー組織が上方へ移動するので,プリーに余分な負荷がかかり輻輳障害をひき起こすことを指摘している.症例3は眼窩内壁骨折が内直筋プリーの可動性を障害し,輻湊障害を生じさせたと推察される.このように明らかな外眼筋への直接侵襲がなくても,筋の走行の異常や筋周囲のプリーおよび結合組織の異常所見にも注意する必要がある.それには外傷などの受傷時期と複視の発症時期との関係について詳細な問診が欠かせない.内直筋図10症例3:眼窩MRI(冠状断)右内直筋と眼窩内壁の距離が左側に比べて短く,右内直筋の下端が内側へ牽引されている(矢印).