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Computed Tomographyにより結核症の確定診断に至ったEales病の1例

2009年8月31日 月曜日

———————————————————————-Page1(133)11390910-1810/09/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科26(8):11391142,2009cはじめにEales病は若年者にみられる網膜静脈周囲炎を伴う網膜出血で,病因として結核の重要性が指摘されているが,原因不明とされている.今回筆者らは若年者の両眼にみられた網膜出血から,胸部X線写真では所見が認められなかったがツベルクリン反応,胸部computedtomography(CT)などの検査により,最終的に結核の確定診断に至った症例を経験したので報告する.I症例患者:17歳,男性.高校3年生.主訴:視力が下がったような気がする.現病歴:3カ月ほど前から視力低下感があり,平成19年4月6日当科初診.両眼眼底に出血・血管白線化を認めた.既往歴:3歳時から気管支喘息.現在も発作予防のため予防的内服中.家族歴:2年前に父が結核に罹患.初診時所見(平成19年4月6日):外眼部異常なし.眼〔別刷請求先〕深尾真理:〒177-8521東京都練馬区高野台3-1-10順天堂練馬病院眼科Reprintrequests:MariFukao,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JuntendoNerimaHospital,3-1-10Takanodai,Nerima-ku,Tokyo177-8521,JAPANComputedTomographyにより結核症の確定診断に至ったEales病の1例深尾真理*1工藤大介*1横山利幸*1村上晶*2*1順天堂練馬病院眼科*2順天堂大学医学部眼科学教室ACaseofEales’DiseasewithTuberculosisDiagnosedbyComputedTomographyMariFukao1),DaisukeKudo1),ToshiyukiYokoyama1)andAkiraMurakami2)1)DepartmentofOphthalmology,JuntendoNerimaHospital,2)DepartmentofOphthalmology,JuntendoUniversitySchoolofMedicine17歳,男性が視力低下感を主訴に受診した.両眼眼底に出血・血管白線化を認めた.ツベルクリン反応が強陽性であったが胸部X線写真では異常を認めず,その他の全身疾患も否定され,若年男性,網膜出血や血管の白線化といった典型的な臨床的特徴によりEales病と診断された.胃液・喀痰検査も陰性であったが,胸部computedtomography(CT)所見にて結核に特徴的な粒状網状影を認め結核症と診断された.抗結核治療が開始されると眼症状も改善した.胸部X線写真にて異常を認めない症例に対しても,ツベルクリン反応陽性であれば胸部CTでの検索を施行する必要があると考えられた.A17-year-oldmalewasreferredtouswithcomplaintofbilateraldecreasedvisualacuity.Ocularexaminationdisclosedretinalhemorrhagesandvascularsheathingsinbotheyes.Generalexaminations,includingchestX-ray,showednoabnormality,exceptingstronglypositivereactiononthetuberculintest.Thepatientwasinitiallydiag-nosedwithEales’disease,becauseofsuchtypicalclinicalfeaturesas:healthyyoungmale,bilateralretinalhemor-rhagesandvascularsheathings.Althoughgastricanalysisandsputumculturewerenegative,hewasdiagnosedwithtuberculosisbecausechestcomputedtomography(CT)revealedthespecificreticulonodularpatternfortuberculosis.Treatmentwithanti-tuberculousdrugsimprovedtheocularsymptoms.Wheneverthetuberculintestispositive,chestCTisnecessaryevenifthechestX-rayisnormal.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(8):11391142,2009〕Keywords:Eales病,網膜静脈周囲炎,結核,ツベルクリン反応.Eales’disease,retinalperiphlebitis,tuberculo-sis(TB),tuberculintest.———————————————————————-Page21140あたらしい眼科Vol.26,No.8,2009(134)位・眼球運動異常なし.視力は右眼0.3(0.7×1.0D(cyl0.5DAx5°),左眼0.4(1.0×1.0D(cyl1.5DAx175°).眼圧は右眼14mmHg,左眼14mmHg.前眼部には炎症細胞なし.瞳孔反応異常なし.眼底には両眼周辺部網膜に出血斑,血管白線化を認めた(図1a,b).血液検査所見(平成19年5月1日):赤血球4.3×106/μl,白血球6.6×103/μl,血小板2.5×105/μl,総コレステロール6.1g/dl,C-リアクティブ・プロテイン0.1,アスパラギン酸アミノ基転移酵素17U/l,アラニンアミノ基転移酵素13U/l,アンジオテンシン変換酵素8.2IU/l,血清蛋白分画正常,血清免疫グロブリンA177mg/dl,血清免疫グロブリンG591mg/dl,血清免疫グロブリンM113mg/dl,補体蛋白C389mg/ml,C427mg/ml,CH5047.5U/dl,B型肝炎ウイルス抗原(),B型肝炎ウイルス抗体(),C型肝炎ウイルス(),ヒト免疫不全ウイルス(HIV)(),梅毒定性(),トレポネーマ・パリダム抗体(),ツベルクリン反応12×18mm,硬結(),二重発赤(+).経過:両眼網膜出血を認め,ツベルクリン反応も強陽性であったものの,胸部X線写真では明らかな異常所見はなく,明らかな全身症状も認めなかったため,眼底所見よりEales病と診断し,同時に精査目的のため当院呼吸器内科にコンサルトした.呼吸器内科にて施行された喀痰,胃液検査では菌の検出を認めなかったが,CTを施行したところ左上肺野に結核に典型的な粒状網状影を認めた(図2a).さらに,気管支肺生検を施行したところ結核菌を検出し結核症の診断に至った.診断後は結核専門病院に転院となり抗結核療法による治療が開始され,イソニアジド・リファンピシン・エタンブトール・ピラジナミドの4剤併用療法を平成19年6月11日より6カ月間施行することとなった.本症例ではフルオレセインは皮内反応陽性のため使用できず,インドシアニングリーン蛍光眼底検査を施行したところ網膜血管の狭細化・閉塞所見を認めたので,両眼周辺部網膜に対し光凝固を開始した.平成19年5月9日,右眼に68spots,同年5月19日,左眼に291spots,条件はargongreen;400μm,150mW,0.5secにて施行.抗結核治療開始後は網膜出血,血管の白線化は改善した(図1c,d).視力は右眼0.3(1.0×1.0D(cyl0.5DAx5°),左眼0.4(1.2×1.0D(cyl1.5DAx175°)と矯正視力,眼底所見ともに改善を認めている.なお,治療開始後の胸部X線所見は初診時と比較し明らかな変化はなく異常は認められなかった.治療開始後の胸部CT所見acbd図1眼底写真上段:初診時(平成19年4月6日).a:右眼,b:左眼.両眼周辺部網膜に出血,血管白線化を認めた.下段:抗結核治療開始,約3カ月経過後(平成19年9月6日).c:右眼,d:左眼.両眼周辺部網膜の出血,血管の白線化は改善した.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.8,20091141(135)は治療開始前と比較し明らかに改善を認めた(図2b).II考按Eales病は1880年にHenryEalesが便秘や鼻出血を伴うが全身疾患や網膜の炎症もなく再発性網膜出血を起こした若年男性を報告したのが最初とされている.その後網膜静脈周囲炎を伴うことや,ステロイド投与により結核を発症した例などがあり病因としての結核の重要性が指摘された.そのほかにもMycobacteriumfortuitumやMycobacteriumchelonaeとの関連性を指摘する報告などがある1)が,一般的に原因不明の再発性網膜硝子体出血をEales病とよぶようになっている2).1.比較的若年男性(女性の3倍)・多くは両眼性(90%),2.ぶどう膜炎や全身疾患を伴わない原因不明の網膜静脈周囲炎(DukeElderの定義),3.イソニアジド内服投与などの治療的診断がEales病の診断に有用な基準とされているが,いまだ統一された疾患概念はない.Madhavanらによると,Eales病の報告のうちの6.2%から35%に全身性の結核が認められ,Eales病の硝子体あるいは黄斑部からの結核菌DNAの存在も指摘されている3)ことから,Eales病と結核菌あるいは抗酸菌の関係はきわめて密接と思われる.しかしEales病,眼結核症,特に結核性網膜静脈炎などについては現在一定の診断基準はなく,その概念はやや混乱している.安積4)によれば,結核性眼病変の診断は1.結核菌または結核病巣の検出〔①胸部X線,CT,②前房水polymerasechainreaction(PCR)〕,2.結核菌に対する免疫反応〔①細胞性免疫(ツベルクリン反応),②液性免疫〕,3.典型的な結核性眼病巣の存在,4.治療的診断(イソニアジド内服投与など),の4項目のうち3項目以上があてはまれば確定診断とすると述べられている.菌の直接検出があれば確定的だが,実際に臨床的には困難なため,画像による病巣の検出が重要となる.胸部X線は必須検査であるが,CTでは胸部X線写真で見つからなかった結核の肺内病変(小葉中心性粒状影,小葉内分岐構造,空洞形成,粟粒結節など)5)を検出できるという報告もあり6,7),X線検査で否定的な症例においても重要な検査と考えられる.個体の細胞性免疫を利用したツベルクリン反応は,日本ではBCG(BacilledeCalmetteetGuerin)ワクチンの接種により必ずしも結核の感染を示すものではないが補助的な検査としては非常に有用である.このほかに血清抗体価の検出も補助診断として有用とされており,感度,特異度ともに良好であるが,非結核性抗酸菌症などに陽性になる可能性やHIV(ヒト免疫不全ウイルス)陽性患者において感度が低下するなどの問題点がある.イソニアジド内服による治療的診断については,結果が偽陽性や偽陰性に生じる可能性があり,肝機能障害などの薬剤副作用の問題点もある8).結核とは結核菌(Mycobacteriumtuberculosis)による感染症で,結核菌は抗酸菌全体の約85%を占めるといわれている.世界保健機関の統計によると,世界では新規発病患者が年間800万人発生し,年間300万人の患者が死亡している.平成16年の日本国内の新患数は29,736人で,国内の結核死亡者数は年間2,328人と,この数字は先進国のなかではきわめて悪い数字である.平成17年,およそ50年ぶりに結核予防法が改正され,BCG接種の生後6カ月以内での接種が義務化され,高齢者や医療従事者などハイリスク群に定期健診を実施することとなった.このように,結核は決して過去の感染症ではなく,現在もわれわれにとって大きな脅威とな図2胸部CT所見a:治療前(平成19年5月9日).左上肺野に粒状網状影を認める.b:抗結核治療開始,約5カ月経過後(平成19年11月16日).左上肺野の粒状網状影は改善した.ab———————————————————————-Page41142あたらしい眼科Vol.26,No.8,2009(136)っている.本症例は初診時に両眼網膜出血・ツベルクリン反応強陽性以外の異常所見はなく,胸部X線写真,喀痰・胃液検査においても異常が認められず,臨床的にEales病と診断した.さらに胸部CT検査を施行したことにより結核病巣が検出され,結核の治療を行い,眼症状も改善することとなった.以上のことより,現在までに原因不明のEales病として報告された症例のなかにも,潜在的に結核症の症例が含まれており,より精査を施行することで原因治療がなされ,眼症状の改善に至る可能性もあったと考えられる.以上のことより,若年性の網膜出血をみた際はツベルクリン反応検査を行い,胸部X線写真で異常を認めない症例に対しても,胸部CTでの検索を積極的に施行する必要があると思われた.文献1)ThereseKL,DeepaP,ThereseJ:Associationofmyco-bacteriawithEales’disease.IndianJMedRes126:56-62,20072)六鹿秀夫,原彰,清水由規:若年者にみられた静脈周囲炎の硝子体出血の発生機序について.眼科30:663-666,19883)MadhavanHN,ThereseKL,GunishaPetal:PolymerasechainreactionfordetectionofMycobacteriumtuberculo-sisinepiretinalmembraneinEales’disease.InvestOph-thalmolVisSci41:822-825,20004)安積淳:結核性眼疾患.日本の眼科70:1043-1046,19995)村田喜代史,高橋雅士,古川顕ほか:気道感染症のCT像.日本医放会誌59:371-379,19996)DrapkinMS,MarkEJ:A38-year-oldmanwithfever,cough,andapleuraleusion.NEnglJMed335:499-505,19967)齋藤航:結核.臨眼61:210-215,20078)安積淳:抗結核薬による治癒試験.眼科42:1721-1727,2000***

ガラクトースラット糖白内障モデルガラクトースラット糖白内障モデルの蛋白質解析

2009年8月31日 月曜日

———————————————————————-Page1(125)11310910-1810/09/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科26(8):11311137,2009cはじめに糖尿病は若年者でも白内障を進行させることから,問題視されている1,2).ラットにガラクトースを投与し発生する糖白内障はヒト糖尿病白内障と類似点が多いことから,糖尿病白内障メカニズムの解明のためさまざまな研究3,4)が行われてきた.これまでの研究により糖白内障は,糖代謝異常により糖アルコールの蓄積が生じ,水晶体線維細胞が膨化,破壊され5),水晶体が混濁すると考えられている.水晶体は高蛋白質の組織であり蛋白質の恒常性は水晶体の透明性維持に重要であるが,糖白内障においては実際に生じている蛋白質変化を解析した報告は少ない.そこで今回筆者らは糖白内障の蛋白質変化に着目した.ラットにガラクトースを投与し,細隙灯を用いて糖白内障の進行を経時的に観察した.水晶体の透明性維持に重要な役割をもつと考えられる細胞骨格蛋白質6)を中心に水晶体蛋白質を分子生物学的および免疫組織学的に解析した.〔別刷請求先〕松島博之:〒321-0293栃木県下都賀郡壬生町北小林880獨協医科大学眼科学教室Reprintrequests:HiroyukiMatsushima,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,DokkyoMedicalUniversity,880Kitakobayashi,Mibu,Shimotsuga-gun,Tochigi321-0293,JAPANガラクトースラット糖白内障モデルの蛋白質解析武井千明*1向井公一郎*2松島博之*2妹尾正*2小原喜隆*1*1国際医療福祉大学*2獨協医科大学眼科学教室ProteinAnalysisUsingGalactosemicRatCataractModelChiakiTakei1),KoichiroMukai2),HiroyukiMatsushima2),TadashiSenoo2)andYoshitakaObara1)1)InternationalUniversityofHealthandWelfare,2)DepartmentofOphthalmology,DokkyoMedicalUniversityガラクトース糖白内障の観察と蛋白質変化を解析し糖尿病白内障の原因を検討した.生後9週齢のSprague-Daw-ley(SD)ラットを使用し,50%ガラクトース食餌群(糖白内障群),通常食餌群(対照群)を作製した.経時的に水晶体を細隙灯で観察し,水晶体の混濁をグレード分類した.2,4週に眼球を摘出して水晶体を採取し,蛋白質変化を解析した.細隙灯による観察結果では,糖白内障群は2週から周辺部皮質に軽度混濁が生じ経時的に進行し,4週目には高度の白内障に進行した.対照群ではいずれの時期にも混濁は観察されなかった.糖白内障群は蛋白質密度解析とウェスタンブロッティングで4週目に細胞骨格蛋白質領域のバンドの減少が確認された.免疫組織化学染色を行うと,糖白内障群では投与1週目より水晶体皮質表層に細胞配列と細胞骨格蛋白質の異常を認めた.糖白内障の進行性と細胞骨格蛋白質の関連性について考察した.Causesofcataractinthegalactose-inducedratcataractmodelwereclariedthroughobservationofcataractdevelopmentandanalysisofproteinchanges.Approximately9-weekoldSprague-Dawley(SD)ratswerepre-paredandseparatedinto2groups:thediabeticcataractgroup(50%galactose-fedrats)andthecontrolgroup(normallyfedrats).Theirlenseswereobservedviaslit-lampandgradedatselectedtimepoints.At2and4weeks,thelensesweredissectedfrombothgroupsandsubjectedtoproteinanalysis.Inthediabeticcataractgroup,slightopacicationwasobservedincorticalpartsat2weeks,developingintosevereopacicationat4weeks.Nosignicantchangeswereobservedinthecontrolgroup.Densitometryanalysisandwesternblottingshowedadecreaseincytoskeletalproteinsat4weeks.Immune-histologicalanalysisshowedabnormalitiesofcellalignmentandcytoskeletalproteinsinthesurfaceofthelenscortexafter1week.Changesinthecytoskeletalpro-teinsandthecauseofdiabeticcataractdevelopmentareconsidered.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(8):11311137,2009〕Keywords:糖白内障,ガラクトースラット白内障,細胞骨格蛋白質,蛋白質解析,ウェスタンブロッティング,免疫組織学.diabeticcataract,galactosemicratcataractmodel,cytoskeletalprotein,proteinanalysis,westernblot-ting,immunohistology.———————————————————————-Page21132あたらしい眼科Vol.26,No.8,2009(126)I対象および方法1.ラット糖白内障の観察生後9週齢約180gの雌のSprague-Dawley(SD)ラットを24匹用意し,無作為に2群に分けた.ラットの実験に関しては,動物実験の飼養および保管に対する基準(NationalInstitutesofHealthGuidelinesontheCareandUseofLaboratoryAnimalsinResearchおよびARVOStatementfortheUseofAnimalsinOphthalmicandVisionResearch)に基づいて行った.1群を対照群とし,通常食餌であるMF(飼育用)実験動物用固形試料(オリエンタル酵母工業株式会社)のみを与えた.もう1群を糖白内障群としてMF実験動物用固形飼料にガラクトースを50%含有させた飼料を与えた.給水は自由に取らせ,1匹当たり1日13gすべての飼料を食べていることを目視で確認した.実験開始から1週ごとに細隙灯を用いて,前眼部撮影を行った.細隙灯の観察結果をもとに白内障の進行をSippelの報告7)を基にGrade0から4に分類(表1)しグラフ化した.2.ラット糖白内障の水晶体蛋白質解析ガラクトース投与2,4週で6匹ずつ安楽死させ眼球摘出を行った.眼球摘出後,水晶体を採取し氷上に置くことで水晶体核部を混濁させる寒冷白内障を発症させ,水晶体核と皮質に分離し実験に使用するまで80℃で冷凍保存した.摘出した水晶体の蛋白質量が微量なため,単一個体の2眼を1つのサンプルとした.核と皮質をそれぞれ水溶性蛋白質と不水溶性蛋白質に分けるため,それぞれにホモジェネートバッファー(EGTA)(20mMsodiumphosphate+1.0mMethyl-eneglycol-bis(b-aminoethylether)-N,N,N¢,N¢-tetraa-ceticacid,pH7.0)を50μl加えてホモジェネートし,遠心分離(10,000g,10分間)を行い,得られた上清を別のマイクロチューブに移し,再び同じ操作を2回くり返した.上清成分を水溶性蛋白質,残った沈殿物を不溶性蛋白質として,不溶性蛋白質に8M尿素を加えて溶解し,解析に使用した.採取した蛋白質濃度をBCAProteinAssayKit(PIERCE)を用いて測定した.蛋白質濃度測定後,一次元電気泳動(ドデシル硫酸ナトリウム-ポリアクリルアミド・ゲル電気泳動:SDS-PAGE)を,200Vで約1時間20分間行った.発色にはクーマッシーブルルアントブルー溶液を使用し,脱色後ゲルドライキット(TEFCO)を用いてゲルを乾燥保存した.電気泳動で得た蛋白質のバンドを量的に解析するためゲルをスキャナ(8bit/pixel)で取り込み,Scionimage(Scion社)を用いて蛋白質バンドを定量して,蛋白質全体量に対するバンド密度の割合を算出することで蛋白質密度解析を行った.統計学的解析にはWelcht検定を用い,p<0.05を有意差ありとした.また免疫学的に蛋白質を同定するためにウェスタンブロッティングを行った.上記と同じ方法を用いて電気泳動を行い,転写膜にはPVDF(polyvinylidenediuoride)膜を用いて26Vで2時間転写を行った.ブロッキング液には5%non-fat-dry-milk,0.1%Tween20溶液を用いた.一次抗体として抗ビメンチン抗体を200倍希釈,抗アクチン抗体を200倍希釈して使用し,二次抗体としてalkalinephos-対照群糖白内障群3週2週4週1週図1ラット糖白内障観察結果細隙灯を用いて撮影した水晶体の経時的変化の1例.上段の対照群ではすべての週で透明水晶体が確認された.下段の糖白内障群は,2週から泡状の淡い混濁が周辺部に発現し,3週,4週で混濁は後中心方向に向け増強した.表1ラット糖白内障グレード分類Grade0混濁なしGrade1赤道部の混濁Grade2赤道部から皮質1/2以下の混濁Grade3赤道部から皮質1/2以上の混濁Grade4水晶体中心部付近までの混濁細隙灯で観察した水晶体をGrade0からGrade4まで分類した.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.8,20091133(127)phataseconjugateのanti-mouseIgG抗体(Bio-Rad)を使用し,BCIP/NBT(5-bromo-4-chloro-3¢indolyphosphate/nitro-bluetetrazoliumchloride,Bio-Rad)で発色した.3.組織学的解析組織学的解析にはSDラット4匹を使用した.ガラクトース投与1,2週目に対照群と糖白内障群の1匹ずつ眼球を摘出し,カルノア固定を行った.脱水後,パラフィンに包埋し,4μmの組織切片を作製し,ヘマトキシリン・エオジン染色した.細胞骨格蛋白質の変化をみるために免疫組織染色を行い,一次抗体として抗ビメンチン抗体(SIGMA×100),抗アクチン抗体(MPbiomedicals×100)を使用し,ヒストファインSAB-PO(MULTI)キット(ニチレイ)を用いてストレプトアビジン・ビオチン法にて増感し,発色にはジアミノベンチジンを使用した.II結果1.ラット糖白内障の観察図1に対照群,糖白内障群の水晶体を細隙灯で観察した経過の1例を示す.対照群では,いずれの週においても混濁は生じていなかった.糖白内障群では2週から周辺部に泡状の混濁が発生し,3週では後中心部に向け混濁が強まり,4週には後全体に混濁が広がった.グレード分類したグラフを図2に示す.対照群では経過観察中,混濁のグレードは0のままであるが,糖白内障群では,経過とともに混濁が増強していた.2.ラット糖白内障の水晶体蛋白質解析SDS-PAGEにおいて核領域水溶性および不溶性蛋白質,皮質領域水溶性蛋白質では,対照群と糖白内障群の間で差を認めなかった(データ表示せず).皮質領域不溶性蛋白質のSDS-PAGE(図3)では,2週において対照群と糖白内障群に差異は確認できないが,4週では対照群に比べ,糖白内障群の高分子量領域の蛋白質量が減少していた.皮質領域不溶性蛋白質を構成する細胞骨格蛋白質であるビメンチンとアクチンの変化を蛋白質密度解析で定量した結果(図4),57kDaのビメンチン領域において2週では対照群と糖白内障群に有意差はないが,4週では対照群と比較して糖白内障群の蛋白質量は有意に減少していた(p<0.01).48kDaのアクチン領域においては,2,4週ともに有意差を認めなかった.図5に皮質領域不溶性蛋白質のウェスタンブロッティングの結果を示す.2週では対照群,糖白内障群ともに抗ビメンチン抗体,抗アクチン抗体により,ビメンチン,アクチンが検出された.4週では,対照群のバンドは検出されたが,糖白内障群の4週においてビメンチン,アクチンの抗体反応蛋白質量が低下していた.3.ラット糖白内障の組織学的解析ヘマトキシリン・エオジン染色を行った結果を図6に示す.対照群では投与1週,2週目で線維細胞の配列が確認できた.糖白内障群では投与1週目に赤道部から後の表層皮質にかけて線維細胞は膨潤し,細胞膜に融解がみられ皮質に空胞を呈していた.前,後付近の表層皮質も細胞配列の異常が生じていた.投与2週目では,赤道部に崩壊した線維細胞が多数存在し,前,後にも空胞を呈していた.抗ビメンチン抗体の免疫組織染色の結果を図7に示す.対照群では線維細胞の配列に沿って均一な陽性染色を認めたのに対して,糖白内障群では投与1週目から表層皮質の細胞配2週4週20011596513729207kDa20011596513729207kDa対照群糖白内障群対照群糖白内障群→図3皮質領域不溶性蛋白質のSDSPAGE皮質領域不溶性蛋白質のSDS-PAGEの結果を示す.2週では対照群と糖白内障群に明らかな差異は確認されないが,4週で糖白内障のバンドが減少,消失している(矢印部).012341234(週)Grade:対照群:糖白内障群n=6図2ラット糖白内障グレード分類結果対照群はすべての週でGrade0であったが,糖白内障群は週の経過とともに混濁が増強した.———————————————————————-Page41134あたらしい眼科Vol.26,No.8,2009(128)列異常が生じている部位に一致して不均一な陽性染色を認めた.2週では不均一な陽性染色はさらに強まり,前部,後部付近も変性傾向にあった.抗アクチン抗体で免疫染色した結果を図8に示す.抗ビメンチン抗体染色と類似して1週目の赤道部,2週目の前部など細胞配列異常が生じている部位に一致して不均一な染色を認めた.III考察糖尿病が白内障の発症要因となることはわかっているが,メカニズムについてはいまだ不明な点も多い.糖白内障の原因の一つとして,糖アルコールであるガラクチトールの蓄積が関与していると考えられているが,ガラクチトールの濃度を測定した報告8)では,50%のガラクトースを負荷したラットの水晶体で4.5から8.5日目に濃度がピークに達し白内障出現時期には濃度が低下していたとされている.このことからも単にガラクチトールの蓄積が直接水晶体を混濁しているのではなく,ガラクチトールの蓄積により生じるさまざまな障害により白内障が発生した可能性が示唆される.糖白内障の発症機序については他にも報告があり,糖代謝異常によるATP(アデノシン三リン酸)産生の低下や細胞膜の異常9),水晶体細胞内へのカルシウム流入によるカルパインなどのカルシウム依存性の蛋白質分解酵素が活性化し,細胞骨格蛋白質が分解される可能性を示唆している報告1012),線維細胞の膨化,崩壊による,無機イオン,アミノ酸,ミオイノシトールなどの細胞膜維持に関与物質の水晶体外漏出13)や,抗酸化作用のあるスーパーオキシドディスムターゼの活性が低下による蛋白質凝集の可能性を示唆した報告14)などがある.蛋白質密度()蛋白質密度()01234564週2週012345:対照群:糖白内障群*4週2週6ab図4蛋白質密度解析結果SDS-PAGEの蛋白質密度を解析した.aがビメンチン領域,bがアクチン領域.ビメンチン領域の4週の結果で対照群と糖白内障群に有意差を認めた(*:p<0.01).投与2週投与4週ab対照群糖白内障群対照群糖白内障群対照群糖白内障群対照群糖白内障群図5皮質領域不溶性蛋白質のウェスタンブロッティング結果皮質領域不溶性蛋白質を抗ビメンチン抗体(a),抗アクチン抗体(b)を用いてウェスタンブロッティングを行った結果を示す.2週ではビメンチン,アクチンの存在が確認できるが,4週の糖白内障群ではビメンチン,アクチンともに抗体の反応が低下,消失している.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.8,20091135(129)しかし,糖白内障における水晶体蛋白質の変化を検討した報告は少ない.筆者らは,以前より水晶体透明性維持と細胞骨格蛋白質の関係6)について着目しており,今回糖白内障モデルを用いて水晶体混濁と細胞骨格蛋白質変化について解析した.今回のモデルではガラクトース投与2週目から軽度の混濁が発症し,混濁は週の経過とともに増強した.細胞骨格蛋白質は水晶体の透明性維持に重要15,16)とされ,ビメンチンは,水晶体細胞の形状,透明性維持に関与17,18)し,アクチンは,水晶体細胞形状の維持と伸長,水晶体調節機能に関与する19)といわれている.ビメンチン,アクチンを含む細胞骨格蛋白質の減少は蛋白質間のネットワークを乱し,白内障の要因になる20)とされていることから,筆者らは細胞骨格蛋白質であるビメンチン,アクチンの変化に着目し,蛋白質解析を行った.しかし,蛋白質解析による細胞骨格蛋白質の変化は,混濁が進行した4週でのみ生じていた.そこで,白内障初期の細胞骨格の変化分布を追うために組織学的に細胞骨格を解析したところ,実験開始早期である1週,2週の糖白内障群で水晶体皮質部に細胞骨格蛋白質の異常が生じていることがわかった.今回の結果によりガラクチトールの蓄積,ATP産生の低下などが細胞骨格蛋白質を含んだ細胞膜の異常を発生させて初期の細胞骨格蛋白質の変化を生じ,活性化した蛋白質分解酵素によって細胞内の細胞骨格蛋白質が分解され,蛋白質漏出現象から後期の細胞骨格蛋白質の減少を生じたと考えた.白内障の発生原因は一つでなく,糖尿病白内障だけでもさまざまな組織化学的変化が複雑に絡み,水晶体蛋白質間のネットワークが破壊され,白内障が進行していく.細胞骨格蛋白質変化は糖白内障を発生させる要因の一つであるが,細胞骨格蛋白質変化を解明するだけでは糖白内障のメカニズムを解明することはできない.糖代謝異常によって生じる複雑な水晶体成分の変化を一つひとつ解明していくことが,糖白1週2週2週1週abc対照群糖白内障群図6組織学的解析ヘマトキシリン・エオジン染色上段が対照群,下段が糖白内障群を示し,a:赤道部,b:前部,c:後部の結果を各々示す.投与1週の対照群赤道部では水晶体上皮細胞が弧状形状を保ちながら水晶体核部に移動しているが,ガラクトース白内障群では細胞の配列は不均一で細胞間隙が開いている(↑).投与2週になると糖白内障群で前部,後部に空胞化がみられ,赤道部皮質では細胞配列の乱れが生じている.cap:水晶体,cortex:水晶体皮質,Bar=100μm.———————————————————————-Page61136あたらしい眼科Vol.26,No.8,2009(130)内障のメカニズム解明や,予防法の確立に重要であると思われる.本論文の要旨は,第47回日本白内障学会にて発表した.文献1)藤永豊:糖尿病性白内障.眼科MOOK8:220-233,19792)髙村佳弘,久保江理,赤木好男:糖尿病白内障.眼科45:1267-1275,20033)RobisonWGJr,HoulderN,KinoshitaJH:Theroleoflensepitheliuminsugarcataractformation.ExpEyeRes50:641-646,19904)DvornikE,Simard-DuquesneN,KramiMetal:Polyolaccumulationingalactosemicanddiabeticrats:controlbyanaldosereductaseinhibitor.Science182:1146-1148,19735)KinoshitaJH:Mechanismsinitiatingcataractformation.Proctorlecture.InvestOphthalmol13:713-724,19746)MatsushimaH,DavidLL,HiraokaTetal:Lossofcytoskeletalproteinsandlenscellopacicationinthesele-nitecataractmodel.ExpEyeRes64:387-395,19977)SippelT:Changesinthewater,protein,andgalactosecataractdevelopmentinrats.InvestOphthalmol5:568-575,19668)竹村俊彦:ガラクトース負荷ラットにおけるガラクチトールの影響について.阪市医誌39:233-252,19909)小原喜隆:病因.眼科学大系水晶体,p113-126,中山書店,199510)SandersonJ,MarcantonioJM,DuncanG:Ahumanlensmodelofcorticalcataract:Ca2+-inducedproteinloss,vimentincleavageandopacication.InvestOphthalmolVisSci41:2255-2261,200011)MarcantonioJM,DuncanG:Calcium-induceddegrada-tionofthelenscytoskeleton.BiochemSocTrans19:1148-1150,199112)YoshidaH,MurachiT,TsukaharaI:DegradationofactinandvimentinbycalpainII,aCa2+-dependentcysteineproteinase,inbovinelens.FEBSLett21:259-262,19841週2週2週1週abc対照群糖白内障群図7組織学的解析免疫組織染色(抗ビメンチン抗体)抗ビメンチン抗体組織免疫染色の結果.上段が対照群,下段が糖白内障群を示し,a:赤道部,b:前部,c:後部の結果を各々示す.投与1週の対照群赤道部では均一に抗ビメンチン抗体陽性部位が観察できた.糖白内障群では赤道部と後部に細胞配列の乱れが生じている部位に一致して抗ビメンチン抗体強陽性反応を認めた(*).投与2週でも糖白内障群では抗ビメンチン抗体強陽性反応がみられたが,空胞化のみられた部位には反応を認めない(※).———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.26,No.8,20091137(131)13)KinoshitaJH:Aldosereductaseinthediabeticeye.XLIIIEdwardJacsonMemorialLecture.AmJOphthalmol102:685-692,198614)橋本浩隆:糖尿病者白内障と非酵素的糖化反応の関係.日眼会誌102:34-41,199715)IrelandM,MaiselH:Evidenceforacalciumactivatedproteasespecicforlensintermediatelaments.CurrEyeRes3:423-429,198416)松島博之,小原喜隆,向井公一郎ほか:亜セレン酸白内障モデルにおける水晶体混濁減少に関する蛋白質の変動.日眼会誌104:377-383,200017)EliisM,AlousiS,LawniczakJetal:Studiesoflensvimentin.ExpEyeRes38:195-202,198418)SandilandsA,PrescottAR,CarterJMetal:VimentinandCP49/lensinfromdistinctnetworksinthelenswhichareindependentlymodulatedduringlensbrecelldierentiation.JCellSci108:1397-1406,199519)MousaGY,TrevithicJR:Actininthelens:chengesinactinduringdierentiationoflensepithelialcellsinvivo.ExpEyeRes29:71-81,197920)CapetanakiY,SmithS,HeathJP:Overexpressionofthevimentingeneintransgenicmiceinhibitsnormallenscelldierentiation.JCellBiol109:1653-1165,1994***1週2週2週1週abc対照群糖白内障群図8組織学的解析免疫組織染色(抗アクチン抗体)抗アクチン抗体組織免疫染色の結果.上段が対照群,下段が糖白内障群を示し,a:赤道部,b:前部,c:後部の結果を各々示す.投与1週対照群では均一な反応が確認できたが,糖白内障群の赤道部において抗アクチン抗体強陽性所見を認めた(*).投与2週糖白内障群では前部,後部においてアクチンの強陽性所見を認めた(*).

硝子体出血を伴った血管新生緑内障に対するBevacizumabの硝子体内注射の効果

2009年8月31日 月曜日

———————————————————————-Page11126あたらしい眼科Vol.26,No.8,2009(00)1126(120)0910-1810/09/\100/頁/JCOPY19回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科26(8):11261130,2009cはじめに網膜虚血が発症の主因である血管新生緑内障(NVG)の治療は網膜光凝固(PC)が基本である.しかしながら,硝子体出血が存在する場合は眼底が透見できず,汎網膜光凝固はできない.出血の吸収が長引けば,その間にNVGが進行する可能性もある.したがって,このような場合は硝子体手術を施行する必要がある1).NVG患者では硝子体および前房水中の血管内皮増殖因子(VEGF)濃度が上昇2)し,隅角新生血管の形成に関与しているため,抗VEGF薬であるbevacizumabの硝子体内注射(IVB)はNVGの治療として有効35)とされている.また,IVBは硝子体出血の吸収を速めると報告6)されている.このように,IVBは硝子体出血を伴ったNVGに有効である可能性があり,IVBは硝子体手術と比較し患者負担が少ないと予想される.今回筆者らは,硝子体出血を伴ったNVG症例に対してIVBを行ったので,その効果を報告する.〔別刷請求先〕北善幸:〒153-8515東京都目黒区大橋2-17-6東邦大学医療センター大橋病院眼科Reprintrequests:YoshiyukiKita,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOhashiMedicalCenter,2-17-6Ohashi,Meguro-ku,Tokyo153-8515,JAPAN硝子体出血を伴った血管新生緑内障に対するBevacizumabの硝子体内注射の効果北善幸高木誠二北律子富田剛司東邦大学医療センター大橋病院眼科/東邦大学医学部眼科学第二講座IntravitrealBevacizumabintheTreatmentofNeovascularGlaucomawithVitreousHemorrhageYoshiyukiKita,SeijiTakagi,RitsukoKitaandGojiTomitaDepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOhashiMedicalCenter/SecondDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySchoolofMedicine硝子体出血を伴った血管新生緑内障(NVG)3例3眼に対してbevacizumabの硝子体内注射(IVB)〔1.25mg(0.05ml)〕を行ったのでその効果を報告する.NVGのstageはpreglaucomastageが2眼,open-angleglaucomastageが1眼であった.経過観察期間は9.0±2.9カ月であった.IVB直前の眼圧は平均20.7±2.5mmHg.IVB後,平均16.3±1.7mmHgに低下した.IVB後1カ月の時点で,隅角新生血管はすべての症例で消失した.2眼は硝子体出血も消失し網膜光凝固ができ硝子体手術を回避できた.1眼は,硝子体出血が消失せず硝子体手術が必要となった.硝子体出血を伴ったNVGに対するIVBは,眼圧下降効果と硝子体出血の吸収促進効果が期待でき,有効な治療法として検討に値すると思われた.Wereporttheeectofintravitrealbevacizumab(IVB)〔1.25mg(0.05ml)〕in3patients(3eyes)intreatingneovascularglaucoma(NVG)withvitreoushemorrhage.TheNVGstagewaspreglaucomain2eyes,andopen-angleglaucomastagein1eye.Thenalfollow-upperiodwas9.0±2.9months.Theaverageintraocularpressure(IOP)justbeforeIVBwas20.7±2.5mmHg.IOPreducedtoanaverageof16.3±1.7mmHgafterIVB.At1monthoffollow-up,completeregressionofNVGwasseeninallcases.In2eyes,vitrectomycouldbeavoidedthankstovitreoushemorrhageregression,enablingadjuvantretinalphotocoagulation.Vitrectomywasnecessaryinoneeyefortheincompleteresolutionofvitreoushemorrhage.IVBresultedinmarkedregressionofvitreoushemorrhageandledtorapidIOPreductioninNVGwithvitreoushemorrhage.IVBshouldbeconsideredaneectivetreatment,andmaybeusedadjunctivelyinmanagingNVGwithvitreoushemorrhage.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(8):11261130,2009〕Keywords:bevacizumab,血管新生緑内障,硝子体出血.bevacizumab,neovascularglaucoma,vitreoushemor-rhage.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.26,No.8,20091127(121)I対象および方法2007年2月6月までの期間に東邦大学医療センター大橋病院で硝子体出血を伴ったNVGのためIVBを施行した3例3眼を対象とした.IVBの適応は,PCが不可能な程度の硝子体出血を伴ったNVGで,硝子体出血が消失しPCの追加治療をすることによって眼圧コントロールができる可能性があり,眼底の状態からも硝子体手術の必要性が少ないと判断した症例とした.Closed-angleglaucomastageのNVGは適応外とした.内訳は,男性2例2眼,女性1例1眼で,年齢は平均54.3歳であった.硝子体出血の原因疾患は増殖糖尿病網膜症(PDR)が2眼,網膜中心静脈閉塞症(CRVO)が1眼であった.NVGstageはpreglaucomastageが2眼,open-angleglaucomastageが1眼であった.IVB直前の眼圧(平均±SD)は20.7±2.5mmHgであった.IVBは本院倫理委員会の承認を得て文書によるインフォームド・コンセントを取得のうえ,施行した.手術室において術野をポビドンヨードで消毒した.そして,結膜下麻酔を施行し,32ゲージ針を用いてbevacizumab1.25mg(0.05ml)を角膜輪部から3.5mm後方の毛様体扁平部より硝子体内に注射した.眼圧調整の目的で前房穿刺を行った.IVB前後の隅角鏡検査による隅角所見およびGoldmann圧平眼圧計による眼圧を比較した.また,硝子体出血の消退を診察した.眼圧測定は注射後1日目と注射後1カ月までは1週間おきに施行し,その後は23週間おきに施行した.II症例と経過〔症例1〕70歳,女性.主訴:左眼視力低下.現病歴:左眼CRVO(図1)の診断のもと7カ月前に組織プラスミノーゲンアクチベーターの硝子体内注射施行.その後,来院しなくなった.数日前から主訴出現し来院した.眼所見:視力右眼(1.2×cyl1.50DAx90°),左眼30cm指数弁.眼圧右眼16mmHg,左眼20mmHg.左眼隅角および虹彩新生血管(図2)を認め,周辺虹彩前癒着(PAS)はなかった.硝子体出血のため,眼底は透見不能であったが,超音波検査では網膜離を認めなかった.経過:左眼CRVOによる硝子体出血を伴ったNVG(pre-glaucomastage)と診断し,IVBを施行した.IVB前の眼圧は20mmHgであった.IVBから1週間後眼圧14mmHgになり,24日後には眼圧は13mmHgに下降し,隅角新生血管は減少し,硝子体出血も減少していた(図3a,b).そのため,汎網膜光凝固を開始した.1カ月後の眼圧は17mmHg,2カ月後の眼圧18mmHgであった.10カ月後,左眼視力(0.08×2.00D),眼圧は降圧剤の点眼なしで18mmHg.検眼鏡的には虹彩および隅角新生血管や硝子体出血の再発を認めない.〔症例2〕49歳,男性.主訴:左眼視力低下.現病歴:左眼のPDR,硝子体出血,NVG(preglaucomastage)のため,14カ月前に硝子体手術施行.術後,隅角および虹彩新生血管は消失していたが,術後9カ月目より,虹彩新生血管が出現した.眼圧上昇がないため,経過観察した.10日前より主訴出現し来院.眼所見:視力右眼(0.7×0.50D(cyl0.75DAx60°),左眼手動弁.眼圧右眼16mmHg,左眼18mmHg.左眼の虹彩と隅角に新生血管(図4)を認めたがPASはなかった.左眼白内障を軽度認めた.硝子体出血のため眼底は透見不可能であったが,超音波検査では網膜離を認めなかった.図1初診時眼底写真左眼に網膜中心静脈閉塞症がある.耳下側に光凝固が施行されている.図2前眼部蛍光造影(59秒)虹彩新生血管を認める.———————————————————————-Page31128あたらしい眼科Vol.26,No.8,2009(122)経過:左眼硝子体手術後の強膜創血管新生による硝子体出血が疑われ,硝子体出血を伴ったNVG(preglaucomastage)と診断した.1カ月間,経過観察したが改善しないのでIVBを施行した.IVB前眼圧16mmHg.IVBから1週間後眼圧20mmHgで硝子体出血は減少傾向があった.1カ月後の眼圧は18mmHgで隅角新生血管は消失した.2カ月後,眼圧18mmHg,硝子体出血は消失し汎網膜光凝固が不十分であったので,さらにPCを追加(415発)した.12カ月後,左眼視力(1.2×+0.25D(cyl0.75DAx90°),眼圧は降圧剤の点眼なしで19mmHg.硝子体出血や虹彩および隅角新生血管の再発を認めない.〔症例3〕44歳,男性.主訴:左眼視力低下.現病歴:左眼PDR,NVG(preglaucomastage)の診断のもと他院より紹介された.初診時所見:視力右眼(0.9×3.25D(cyl1.25DAx90°),左眼(0.05×3.00D(cyl1.25DAx90°).眼圧右眼14mmHg,左眼14mmHg.虹彩および隅角に新生血管を認めたが,PASはなかった.眼底は両眼PDRであった.経過:眼科的治療が未施行なので,PCを開始した.その3カ月後より硝子体出血が出現した(図5).その後,硝子体出血が増加,眼圧が24mmHgに上昇しNVGのopen-angleglaucomastageになった.以前のフルオレセイン蛍光眼底造影では黄斑部の虚血が強く視力改善には限界があり,牽引性網膜離がなかったのでIVBを予定した.注射前眼圧は2%カルテオロール塩酸塩(2%ミケランR)点眼液を点眼し24mmHg.IVBから1週間後眼圧は12mmHg,隅角新生血管は消失した.1カ月後の眼圧は14mmHg,硝子体出血は減少傾向を認めたが,PCの追加はできなかった.超音波検査では牽引性網膜離の出現はなかった.2カ月後,眼圧は14mmHg.5カ月後,眼圧は12mmHg,隅角および虹彩新生血管は消失したままであったが,硝子体出血が消失しない図3IVBから24日後a:フルオレセイン蛍光眼底造影(3分47秒):硝子体出血がほぼ消退した.無灌流域がある.b:前眼部蛍光造影(59秒):蛍光漏出が軽減している.図4前眼部蛍光造影(95秒)虹彩新生血管がある.図5眼底写真硝子体出血が出現してきている.———————————————————————-Page4あたらしい眼科Vol.26,No.8,20091129(123)ため,硝子体手術を施行した.III結果IVB後1カ月の時点で,検眼鏡的には隅角新生および虹彩新生血管の消失が全例にみられた.IVB後1カ月の眼圧は降圧剤の点眼治療なしで平均16.3±1.7mmHgとなり,全例で正常眼圧を保てた.硝子体出血は2眼で消失しPCができ硝子体手術が回避できたが,1眼は消退傾向があったがPCはできず硝子体手術が必要となった.経過観察期間(症例3は硝子体手術までの期間)は9.0±2.9カ月であり,この時点での眼圧は16.3±3.1mmHg,検眼鏡的に隅角および虹彩新生血管は消失したままであった.IVBによる眼局所および全身の合併症はなかった.IV考按一般的にNVGに対する治療は,隅角などの新生血管の活動性を弱め消退させることが第一であり,このため,いずれの病期にも赤道部を越える広範かつ高密度の汎網膜光凝固を実施することが重要である7).しかし,硝子体出血があるとPCができず硝子体手術を施行し術中にPCをするか網膜冷凍凝固をする必要がある.現在,硝子体出血を伴ったNVGに対しては,硝子体出血で十分なPCができない場合は早期の硝子体手術が必要とされている8).これはNVGを伴った糖尿病網膜症に対する硝子体手術成績の報告8)で,術前が正常眼圧群は術後も96%が眼圧正常であったのに対し,術前が高眼圧群は術後に緑内障手術の追加をしても58%しか眼圧が正常にならず,眼圧上昇する前に硝子体手術をしたほうが術後の眼圧コントロールが良好であるためである.最近,IVBがNVGに対して使用され,隅角新生血管や虹彩新生血管が減少し,眼圧も下降したと報告35)されている.ただし,closed-angleglaucomastageでは,IVB後93%に緑内障手術が必要であったと報告9)されている.また,硝子体出血を伴うPDRに対し,SpaideらはIVBを施行し硝子体出血の吸収に有効であったと報告6)している.これらのことより今回は,硝子体出血を伴ったpreglauco-mastageおよびopen-angleglaucomastageのNVGに対して早期硝子体手術ではなくIVBを行った.IVB施行後,硝子体出血が消退するのを待つ間にPASが出現し房水流出路が閉塞し眼圧のコントロールが困難になることが危惧されたが,IVB後に隅角新生血管は消失し,眼圧は下降または維持でき,PASが出現することはなかった.そして,その間に3例中2例で硝子体出血が吸収し,PCの追加をすることができ,硝子体手術を回避することができた.今回の症例を初めから硝子体手術を施行した場合,佐藤らの報告8)のように,術後の眼圧コントロールは良好である可能性がある.ただ,一般的には硝子体手術は入院が必要であり,手術時間もIVBと比較して長く患者負担が少なくない.そのため,IVBは硝子体出血を伴ったNVGに対し,硝子体出血が消退する期間のNVGの進行を予防しPCを可能とすることより患者負担の少ない治療の一つになると思われた.この3例の内訳は,CRVOによる硝子体出血が1眼,PDRによる硝子体出血が1眼,PDRに対する硝子体手術後の硝子体出血が1眼であった.以前筆者らは硝子体手術後のNVGに対するIVBは,無硝子体眼であるため,bevacizum-abの半減期が短くなっており効果が十分ではないと報告10)したが,NVGがpreglaucomastageであれば無硝子体眼であっても効果が得られると思われた.PDRが原因の症例3においては眼圧下降やPASの出現の予防には有用であったが,硝子体出血の消退には効果がなく硝子体手術が必要となった.重症のPDRに対しIVBを行うと,膜の収縮を増強し牽引性網膜離が5.2%に生じた11)り,黄斑偏位が生じたと報告12)されているため,IVB後に経過観察することで牽引性網膜離が黄斑部に及び視力予後を不良にする可能性がある.症例3は初診時から黄斑部がフルオレセイン蛍光眼底造影上で虚血になっており,視力予後が不良であると考えられたためIVBを施行したが,牽引性網膜離は出現することはなかった.今後,硝子体出血を伴ったPDRにIVBを行う際には,IVB後に超音波検査で注意深く経過観察し,牽引性網膜離が出現または悪化するような場合は硝子体手術を施行する必要があり,また,黄斑偏位は超音波検査では判断が困難であるが,眼底検査を注意深く行い硝子体出血が減少し,黄斑偏位が疑われる場合は硝子体手術を施行する必要がある.今回はNVG症例であっても開放隅角で眼圧上昇がみられないか軽度の症例であったので,良好な経過をたどった例があったが,今後,どの程度までの眼圧上昇には有効であるかなど検討する必要がある.Bevacizumabの硝子体注射は1,000人に1人の確率で眼内炎などの危険が伴うと報告されている13)が,硝子体出血を伴ったNVGに対するIVBは慎重に症例を選べば,硝子体手術を回避し患者負担を減らすことができる非常に有用な方法と考えられた.文献1)松村美代:糖尿病網膜症による血管新生緑内障に取り組んで.眼紀58:459-464,20072)AielloLP,AveryRL,ArriggPGetal:Vascularendothe-lialgrowthfactorinocularuidofpatientswithdiabeticretinopathyandotherretinaldisorders.NEnglJMed331:1480-1487,19943)DavidorfFH,MouserJG,DerickRJ:Rapidimprovementofrubeosisiridisfromasinglebevacizumab(Avastin)injection.Retina26:354-356,20064)MasonJOIII,AlbertMAJr,MaysAetal:Regressionof———————————————————————-Page51130あたらしい眼科Vol.26,No.8,2009(124)neovascularirisvesselsbyintravitrealinjectionofbevaci-zumab.Retina26:839-841,20065)IlievME,DomigD,Wolf-SchnurrburschUetal:Intravit-realbevacizumab(Avastin)inthetreatmentofneovascu-larglaucoma.AmJOphthalmol142:1054-1056,20066)SpaideRF,FisherYL:Intravitrealbevacizumab(Avas-tin)treatmentofproliferativediabeticretinopathycompli-catedbyvitroushemorrhage.Retina26:275-278,20067)佐藤幸裕:血管新生緑内障と汎網膜光凝固.眼科診療プラクティス3,レーザー治療の実際(田野保雄ほか編),p178-181,文光堂,19938)佐藤幸裕,佐藤わかば,李才源ほか:虹彩隅角新生血管を伴う糖尿病網膜症に対する硝子体手術の長期予後.眼紀49:997-1001,19989)WakabayashiT,OshimaY,SakaguchiHetal:Intravitre-albevacizumabtotreatirisneovacularizationandneovas-cularglaucomasecondarytoischemicretinaldiseasesin41consecutivecases.Ophthalmology115:1571-1580,200810)北善幸,高木誠二,北律子ほか:硝子体手術後に発症した血管新生緑内障に対しBevacizumab(AvastinR)の硝子体内注射を施行した4例.あたらしい眼科25:1719-1723,200811)ArevaloJF,MaiaM,FlynnHJretal:Tractionalretinaldetachmentfollowingintravitrealbevacizumab(Avastin)inpatientswithsevereproliferativediabeticretinopathy.BrJOphthalmol92:213-216,2008,Epub26Oct200712)北善幸,佐藤幸裕,北律子ほか:Bevacizumabの硝子体内注射で硝子体手術時期が延期できた増殖糖尿病網膜症の1例.あたらしい眼科25:885-889,200813)JonasJB,SpandauUH,RenschFetal:Infectiousandnoninfectiousendophthalmitisafterintravitrealbevaci-zumab.JOculPharmacolTher23:240-242,2007***

ラタノプロスト単独点眼からチモロール・ドルゾラミド併用点眼へ切り替え時の眼圧,視神経乳頭血流の変化

2009年8月31日 月曜日

———————————————————————-Page11122あたらしい眼科Vol.26,No.8,2009(00)1122(116)0910-1810/09/\100/頁/JCOPY19回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科26(8):11221125,2009cはじめに現在,原発開放隅角緑内障(POAG)の治療にはラタノプロスト点眼薬が第一選択薬として使用されることが多く,眼血流に及ぼす作用に関しては,測定部位や測定方法により多少異なる結果が報告されているが,おおよそ不変あるいは増加作用があると考えられる1).しかし,ラタノプロストのノンレスポンダーの存在や局所副作用の問題などから,古くから使用されているチモロール点眼薬やチモロール点眼薬とドルゾラミド点眼薬の併用療法に切り替えられることがあり,海外ではチモロールとドルゾラミドの合剤(CosoptR)も使用されている.チモロール点眼薬単独では眼循環に影響を与えないとする報告が多い1).ドルゾラミド点眼薬は毛様体の炭酸脱水酵素を阻害2)して眼圧を下降させるとともに,その眼血流増加作〔別刷請求先〕小嶌祥太:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:ShotaKojima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-machi,Takatsuki,Osaka569-8686,JAPANラタノプロスト単独点眼からチモロール・ドルゾラミド併用点眼へ切り替え時の眼圧,視神経乳頭血流の変化小嶌祥太杉山哲也柴田真帆植木麻理池田恒彦大阪医科大学眼科学教室ChangesinIntraocularPressureandOpticNerveHeadMicrocirculationResultingfromTimorol-DorzolamideCombinedTherapyafterLatanoprostTreatmentShotaKojima,TetsuyaSugiyma,MahoShibata,MariUekiandTsunehikoIkedaDepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege目的:今回筆者らはラタノプロスト単独点眼(L)からチモロール単独点眼(T),さらにドルゾラミド併用(T+D)に変更したときの,眼圧および視神経乳頭血流の変化を調べた.方法:対象は広義の原発開放隅角緑内障(POAG)7名10眼,Lで治療するも眼圧が16mmHg以上の症例とした.方法として4週間以上Lで治療を受けた後,Tで4週間,T+Dで4週間治療を行い,それぞれの切り替え直前および最終日に眼圧,血圧・脈拍,視神経乳頭血流(SBR値:レーザースペックル法)を測定した.また,眼圧と平均血圧から眼灌流圧を計算して検討した.結果:眼圧,平均血圧,脈拍,眼灌流圧はいずれもLと比較しT+Dで有意に低下していた.SBR値は変化しなかった.結論:POAGにおいては,Lと比較してT+Dは有意に眼圧が下降した.今回眼灌流圧が低下し,視神経乳頭血流が変化を示さなかったことより,T+Dによって末梢血管抵抗が減弱することが示唆された.Westudiedchangesinintraocularpressure(IOP)andopticnerveheadmicrocirculationaftertherapywithtimolol(T)onlyortogetherwithdorzolamide(T+D)afterlatanoprosttreatment(L).Subjectscomprised7prima-ryopen-angleglaucoma(POAG)patientswithIOP16mmHgorhigherdespitetreatmentwithL.After4weeksormoreofL,patientsreceivedTfor4-weeks,followedby4weeksofT+D.IOP,bloodpressure(BP),pulserateandopticnerveheadbloodow〔squareblurrate(SBR):laserspecklemethod〕weremeasuredattheendofthe4thweek.Ocularperfusionpressure(OPP)wascalculatedfromIOPandmeanBP.T+DcausedsignicantdecreasesinIOP,meanBP,pulserateandOPPbutinSBRcomparedwithL.T+DsignicantlydecreasedIOP.T+DdecreasedOPPbutbloodowintheopticnervehead,indicatingthatT+Ddecreasestheperipheralvascularresistanceanddilatesbloodvessels.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(8):11221125,2009〕Keywords:ドルゾラミド,チモロール,ラタノプロスト,原発開放隅角緑内障,視神経乳頭血流.dorzolamide,timolol,latanoprost,primaryopen-angleglaucoma,opticnerveheadbloodow.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.26,No.8,20091123(117)用が報告3,4)されているが,変化がなかったとする報告5)もある.そこで今回,広義のPOAG患者においてラタノプロスト単独点眼からチモロール単独点眼,さらにドルゾラミド併用に変更したときの,眼圧や視神経乳頭血流の変化を調べた.I対象および方法対象は大阪医科大学附属病院眼科に受診中の広義のPOAGで,ラタノプロスト単独点眼にて治療するも眼圧が16mmHg以上である7名(平均年齢59.9±14.0歳,男性4名,女性3名)である.糖尿病など重篤な全身疾患をもつ症例,眼血流に影響を及ぼす可能性のある薬剤(bブロッカー,Ca拮抗薬,炭酸脱水酵素阻害薬,アスピリン,ニトログリセリンなど)を使用している症例は対象から除外した.また,視力や視野が著しく不良または固視が不良で安定した血流測定が困難であった眼は除外し計10眼にて検討した.他科からの処方は試験期間中,原則として変更しないこととした.本研究の実施にあたっては大阪医科大学倫理委員会の承認を得たうえで,対象者には説明して文書による同意を得た.これら対象患者にラタノプロスト点眼を4週間以上行った(L)後に,チモロール点眼を4週間行い(T),最後にチモロール+ドルゾラドミド点眼4週間(T+D)行った.それぞれの点眼切り替え直前および最終日に眼圧,血圧・脈拍,視神経乳頭血流を測定した.測定はすべて午前9時から11時までの間に行った.視神経乳頭血流はレーザースペックル法を用いて,0.5%塩酸トロピカミド散瞳下にて,血流速度および組織血流量の指標であるsquareblurrate(SBR)値6)を測定した.測定部位として視神経乳頭耳側の表在血管の見えない部位を選んだ.また,平均血圧と眼圧から眼灌流圧を次式により算出し検討した.平均血圧=拡張期血圧+1/3(収縮期血圧拡張期血圧)眼灌流圧=2/3平均血圧眼圧統計学的検討は各群間にて対応のあるt検定を用い,有意水準はp<0.05とした.II結果眼圧はLと比較し,Tでは有意な変化は生じなかったが,T+Dでは有意に低下し,その差は平均2.1mmHgであった(表1,図1).平均血圧はLと比較し,Tでは有意な変化は生じなかったが,T+Dで有意に低下した(表1).脈拍はLと比較し,Tでは有意な変化は生じなかったが,T+Dで有表1ラタノプロスト単独点眼(L)から,チモロール単独点眼(T),チモロール+ドルゾラミド併用点眼(T+D)へ変更したときの各パラメータの変化とLに対する有意差ラタノプロスト(L)チモロール(T)チモロール+ドルゾラミド(T+D)眼圧(mmHg)15.4±2.016.3±2.7(0.0947)13.3±2.3(0.0082)**平均血圧(mmHg)102.1±16.4102.6±13.2(0.8652)95.1±15.0(0.0036)**脈拍(拍/分)72.1±10.366.7±8.8(0.1601)67.4±8.2(0.0098)**眼灌流圧(mmHg)53.1±8.951.8±5.9(0.4562)50.6±8.2(0.0264)*SBR7.00±1.897.12±1.89(0.6956)7.52±2.46(0.1568)平均±標準偏差.()内はLに対する有意差(p値).**:p<0.01,*:p<0.05,(pairedt-test),n=10.101520ラタノプロストチモロールチモロール+ドルゾラミド眼圧(mmHg)**図1ラタノプロスト単独点眼(L)から,チモロール単独点眼(T),チモロール+ドルゾラミド併用点眼(T+D)へ変更したときの眼圧の変化眼圧はL(15.4±2.0mmHg)と比較し,T(16.3±2.7mmHg)では有意な変化は生じなかった(p=0.0947)が,T+D(13.3±2.3mmHg)で有意に低下した(平均±標準偏差,**:p=0.0082,n=10).404550556065*ラタノプロストチモロールチモロール+ドルゾラミド眼灌流圧(mmHg)図2LからT,T+Dへ変更したときの眼灌流圧の変化眼灌流圧はL(53.1±8.9mmHg)と比較し,T(51.8±5.9mmHg)では有意な変化は生じなかった(p=0.4562)が,T+D(50.6±8.2mmHg)で有意に低下した(平均±標準偏差,*:p=0.0264,n=10).———————————————————————-Page31124あたらしい眼科Vol.26,No.8,2009(118)意に低下した(表1).眼灌流圧はLと比較し,Tでは有意な変化は生じなかったが,T+Dで有意に低下した(表1,図2).視神経乳頭SBR値はLと比較し,Tでは有意な変化は生じず,T+Dでも減少しなかった(表1,図3).III考按今回の筆者らの結果では,開放隅角緑内障眼においてラタノプロスト点眼と比較してチモロール+ドルゾラミド点眼は有意に眼圧を下降させた.さらに,チモロール単独点眼よりもチモロール+ドルゾラミド併用点眼が平均眼圧が下降したことから,今回の対象群においてはドルゾラミドが眼圧下降に効果的であった.これらのことから,ラタノプロストとチモロール点眼では差がなく,ドルゾラミドの追加が有効であると考えられ,ラタノプロストやチモロール点眼で十分な眼圧下降効果が得られない場合に,従来の報告どおりドルゾラミドの追加が有効であると考えられた.さらに今回ラタノプロスト点眼と比較してチモロール点眼では血流の有意な変化は認められず,これはラタノプロストやチモロール点眼が血流に変化を与えにくいという過去の報告1)と合致する.つぎにドルゾラミドとチモロール併用による眼血流への影響に関して4週間のラタノプロスト点眼とドルゾラミド+チモロール点眼との血流の比較をした研究7)では,POAGにおいてラタノプロスト点眼ではpulsatileocu-larbloodow(POBF)に変化を及ぼさなかったものの,ドルゾラミド+チモロール点眼ではPOBFが有意に増加したと報告されている.ここでPOBFは脈絡膜血流由来とされているが明確ではない.また,colordopplerimaging(CDI)で測定した球後血流には変化がなかったが,網膜血流の一部が蛍光色素による測定で増加したという報告8)もあり,部位によって血流の変化は一定していない.さて今回の結果では,4週間のドルゾラミド+チモロール点眼によってラタノプロスト点眼と比較して有意な視神経乳頭血流の変化は生じなかった.この原因としてチモロール点眼を8週間行ったことにより血圧が低下9)し,その結果眼灌流圧が低下したことが考えられる.眼灌流圧が低下したにもかかわらず視神経乳頭血流は変化しなかったことから,チモロール+ドルゾラミドによる末梢血管抵抗減弱の可能性が示唆された.一方,レーザースペックル法を用いてドルゾラミドとブリンゾラミドの点眼の視神経乳頭血流への影響を調べた報告5)では,両剤とも2週間点眼にて健康成人の視神経乳頭循環に影響がなかったとしている.ただ,この報告は非緑内障眼が対象であり,点眼期間も2週間であったため,ドルゾラミドの視神経乳頭循環に及ぼす効果も今回より少なかったのではないかと推測できる.ドルゾラミドの投与により組織血流が増加するが,そのメカニズムは明確にされておらず,炭酸脱水酵素阻害作用により細胞内間隙のpHが上昇して血管径が拡大されるという推測もされるが,ドルゾラミドの細胞外pH非依存性動脈拡張作用10)も報告されている.いずれにしても今回対象となったラタノプロスト単独点眼で16mmHg以上の広義のPOAG症例においては,ラタノプロスト点眼と比較してチモロールとドルゾラミド併用点眼により有意に(約2mmHg)眼圧が下降した.さらに,この併用療法では視神経乳頭の末梢血管抵抗が減弱する(血管拡張作用がある)ことが示唆された.今後は視野などに及ぼす臨床的意義をさらに検討する必要があると思われる.最後に本研究の欠点として,無治療時の眼圧・循環器系因子などの詳細なデータが取られていないことから,広義のPOAGといえどもラタノプロストに対して眼圧下降反応性が悪いとは限らない対象であること,n=10しかないことがあげられる.今後のさらなる詳細な研究には対象群のベースラインデータが必要である.文献1)富所敦男:1.緑内障.V疾患と眼循環NEWMOOK眼科(大野重昭,吉田晃敏,水流忠彦編集主幹,張野正誉,桐生純一,玉置泰裕編),7巻,p164-172,金原出版,20042)MarenTH,ConroyCW,WynnsGCetal:Ocularabsorp-tion,bloodlevels,andexcretionofdorzolamide,atopicallyactivecarbonicanhydraseinhibitor.JOculPharmacolTher13:23-30,19973)TamakiY,AraieM,MutaK:Eectoftopicaldorzol-amideontissuecirculationintherabbitopticnervehead.JpnJOphthalmol43:386-391,19994)ArendO,HarrisA,WolterPetal:Evaluationofretinalhaemodynamicsandretinalfunctionafterapplicationofdorzolamide,timololandlatanoprostinnewlydiagnosedopen-angleglaucomapatients.ActaOphthalmolScand45678910ラタノプロストチモロールチモロール+ドルゾラミドSBR†図3LからT,T+Dへ変更したときの視神経乳頭循環の変化視神経乳頭SBR値はL(7.00±1.89mmHg)と比較し,T(7.12±1.89mmHg)では有意な変化は生じず(p=0.6956),T+D(7.52±2.45mmHg)でも減少しなかった(平均±標準偏差,†:p=0.1568,n=10).———————————————————————-Page4あたらしい眼科Vol.26,No.8,20091125(119)81:474-479,20035)廣石悟朗,廣石雄二郎,長谷川裕平ほか:炭酸脱水酵素阻害点眼薬による視神経乳頭循環への影響.臨眼62:733-737,20086)新家眞,玉置泰裕,永原幸ほか:眼内循環.レーザースペックル法による生体眼循環測定.装置と眼科研究への応用.日眼会誌103:871-909,19997)JanulevicieneI,HarrisA,KagemannLetal:Acompari-sonoftheeectsofdorzolamide/timololxedcombinationversuslatanoprostonintraocularpressureandpulsatileocularbloodowinprimaryopen-angleglaucomapatients.ActaOphthalmolScand82:730-737,20048)HarrisA,Jonescu-CuypersCP,KagemannLetal:Eectofdorzolamidetimololcombinationversustimolol0.5%onocularbloodowinpatientswithprimaryopen-angleglaucoma.AmJOphthalmol132:490-495,20019)NelsonWL,FraunfelderFT,SillsJMetal:Adverserespiratoryandcardiovasculareventsattributedtotimololophthalmicsolution,1978-1985.AmJOphthalmol102:606-611,198610)JosefssonA,SigurdssonSB,BangKetal:Dorzolamideinducesvasodilatationinisolatedpre-contractedbovineretinalarteries.ExpEyeRes78:215-221,2004***

カルテオロール塩酸塩持続性点眼液とカルテオロール塩酸塩点眼液の眼圧降下の比較

2009年8月31日 月曜日

———————————————————————-Page1(113)11190910-1810/09/\100/頁/JCOPY19回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科26(8):11191121,2009cはじめに日本においても1日1回点眼のカルテオロール持続性点眼液が発売となった.カルテオロール持続性点眼液は,カルテオロール点眼液にアルギン酸を添加することで粘性を高めて,1日1回の点眼を可能にしている.点眼回数を減らすことで,アトヒアランスを上げることが期待できる1).カルテオロール持続性点眼液の眼圧下降効果はカルテオロール点眼液と比較して有意差はみられないと報告されているが,カルテオロール塩酸塩点眼液からカルテオロール持続性点眼液への切り替えによる眼圧の変動状況を検討した報告は少ない.〔別刷請求先〕新夕愛:〒153-8515東京都目黒区大橋2-17-6東邦大学医療センター大橋病院眼科Reprintrequests:AiNitta,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOhashiMedicalCenter,2-17-6Ohashi,Meguro-ku,Tokyo153-8515,JAPANカルテオロール塩酸塩持続性点眼液とカルテオロール塩酸塩点眼液の眼圧降下の比較新夕愛竹山明日香北善幸富田剛司東邦大学医学部眼科学第二講座ComparisonofHypotensiveEectsbetweenStandardCarteololandLong-ActingCarteololEyedropsAiNitta,AsukaTakeyama,YoshiyukiKitaandGojiTomitaSecondDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySchoolofMedicine目的:カルテオロール塩酸塩持続性点眼液の眼圧下降効果についてレトロスペクティブに比較検討した.対象および方法:対象は東邦大学にてカルテオロール塩酸塩点眼液を使用されていて持続性点眼液に変更した13名26眼,平均年齢73.8歳.眼圧下降点眼薬はカルテオロール塩酸塩点眼液を含めた平均1.88種類(13種類)を使用していた.点眼していた患者の内訳は原発開放隅角緑内障(POAG)が10眼,正常眼圧緑内障が14眼,高眼圧症が2眼であった.変更前2回の平均眼圧と変更後2回の平均眼圧を比較検討した.さらに,眼圧の季節変動の影響を考慮して,投与1年前の同時期の眼圧との関連を評価した.結果:変更後平均経過観察期間は4.1カ月.変更前の眼圧(平均±SD)は13.5±2.6mmHg,変更後の眼圧は13.8±1.9mmHgであった.変更前に比べて変更後に眼圧上昇を認めたのは26眼中11眼で有意差は認められなかった(t検定,p=0.354).変更後眼圧上昇を認めた11眼中,1年前の同時期に眼圧上昇を認めたのは11眼中2眼であった.結論:持続性点眼液は変更前と比較し眼圧はほぼ一定であったが,変更後眼圧が上昇する症例も散見された.Toevaluatethehypotensiveeectsoflong-actingcarteololeyedrops,weswitchedfromstandardtolong-act-ingcarteololeyedropsin26eyesof13glaucomapatientswhohadbeentreatedwithstandardtypecarteololeye-dropsfor1yearorlonger.Averagepatientagewas73.8years(range:4482yrs).Onaverage,1.88typesofocularhypotensiveeyedropshadbeenusedbeforetheswitchtolong-actingcarteolol.Wecomparedintraocularpressure(IOP)readingsobtainedbyGoldmannapplanationtonometerbeforeandafterthechangetolong-actingcarteololeyedrops.WealsoevaluateddierenceinmagnitudeofIOPchangesbetweenayearagoandthepresent.AverageIOP(±SD)beforeandatabout4monthsafterswitchingwas13.5±2.6mmHgand13.8±1.9mmHg,respectively.Although11of26eyesshowedanincreaseafterswitching,thedierencewasnotsignicant(p=0.354).Twoof11eyesthatshowedanIOPincreaseafterswitchinghadalsoshowedanincreaseduringthesameseasononeyearpreviously.TherewasnosignicantdierenceinIOPbetweenbeforeandafterswitchingfromstandardtolong-actingcarteololeyedrops.However,severalindividualeyesshowedIOPincreaseafterswitching,thoughtheincreaseseemedtobewithintherangeofseasonalIOPvariation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(8):11191121,2009〕Keywords:緑内障,カルテオロール,眼圧,比較.glaucoma,carteolol,intraocularpressure,comparison.———————————————————————-Page21120あたらしい眼科Vol.26,No.8,2009(114)そこで,今回は季節変動を考慮し,持続性点眼液への変更による眼圧下降効果を検討した.I対象東邦大学医療センター大橋病院の眼科外来(以下,当科)において,カルテオロール塩酸塩(1日2回点眼)を点眼されていて,持続性点眼液のカルテオロール持続性点眼液に変更した13名26眼を対象とした.点眼液変更は平成19年9月から1月頃にかけて行われ,変更時にはwashout期間なしで切り替えを行った.受診時の年齢分布は4482歳(平均73.8歳)で男性7名,女性6名であった.変更時に使用していた眼圧下降点眼液数はカルテオロール塩酸塩のみの1種が7眼,2種が15眼,3種が4眼で平均1.88種類であった.使用していた点眼液の内訳はラタノプロスト点眼液が16眼,イソプロピルウノプロストンが2眼,ドルゾラミドが1眼であった.緑内障の内訳は原発開放隅角緑内障(POAG)が5例10眼,正常眼圧緑内障(NTG)が7例14眼,高眼圧症(OH)が1例2眼であった.カルテオロール塩酸塩を1年以上当院にて使用されている症例を対象としたが,経過観察中にアセタゾラミド内服を追加した症例,持続性点眼液へ変更するまでの期間に眼圧下降点眼液の変更や追加した症例,内眼手術やレーザー手術を行った症例は今回の対象から除外した.II方法カルテオロール持続性点眼液への変更前2回の平均眼圧と,変更後2回の平均眼圧をレトロスペクティブに比較検討した.季節変動の影響も考慮して,カルテオロール持続性点眼液へ変更する前後と1年前の同時期の眼圧との関連も比較評価した.眼圧値はGoldmann圧平眼圧計を用い,当科受診時に1回のみ座位で測定しその値を評価した.測定眼圧は10時から14時の間に測定し,同一症例での測定時間は一定化した.統計的解析法として,割合の差の検定にはc2検定を用い,平均値の差の検定には,対応のあるt検定および対応のないt検定を用いた.有意水準はp<0.05とした.III結果カルテオロール持続性点眼液への変更前の平均眼圧±標準偏差は13.5±2.6mmHgであったが,変更後のそれは13.8±1.9mmHgであり,変更前と変更後の値で有意差は認められなかった(対応のあるt検定,p>0.1).変更前は来院時に測定された眼圧値3回分の眼圧の平均を,変更後は2回分の眼圧の平均を求め平均眼圧とした.各症例の,眼圧の変動を図1に示した.カルテオロール持続性点眼液への変更で有意差はみられなかったものの,変更後の眼圧が変更前に比べて数値上上昇した症例は26眼中11眼(42.3%)であった.副作用については受診時に調査したが,今回の症例では特にみられなかった.緑内障の病型別による比較(表1)において,POAGでは眼圧上昇が2眼,眼圧下降が5眼,不変が3眼であった.NTGでは眼圧上昇7眼,眼圧下降6眼,不変1眼.OHでは眼圧上昇2眼,眼圧下降0眼,不変0眼であった.病型と眼圧の変化に関連性はみられなかった(c2検定,p>0.1).眼圧下降点眼剤数による比較(表2)では,1種類点眼7眼中で眼圧上昇を示したのは2眼,眼圧低下は5眼であった.2種類点眼では15眼中,眼圧上昇は8眼,不変1眼,低下6眼であった.3種類点眼では4眼中,眼圧上昇は1眼,不変3眼であった.眼圧上昇群での平均点眼剤数は1.91種類.眼圧不変群では2.75種類,眼圧下降群では1.55種類であり,点眼剤数と眼圧の変動に関連がみられた(c2検定,p=0.04).つぎに季節変動を考慮して,1年前の眼圧との変化を比較した.約1年前に同時期に測定した眼圧は14.2mmHg(秋:9,10,11月冬:12,1,2月)から13.8mmHg(冬春:4,5,6月)という変動をしていた(図2).今回,カルテオロール持続性点眼液に変更した変更前眼圧79111315171921眼圧(mmHg)投与前投与後図1変更前と変更後の眼圧変化表1緑内障病型による比較眼圧上昇眼圧下降眼圧不変NTG7(4/3)6(2/4)1(0/1)POAG2(2/0)5(1/4)3(3/0)OH2(2/0)0(0/0)0(0/0)症例数(男性/女性)表2点眼剤数による比較1種類2種類3種類眼圧上昇2眼8眼1眼眼圧不変0眼1眼3眼眼圧下降5眼6眼0眼———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.8,20091121(115)は,13.5mmHg(秋冬)から13.8mmHg(冬春)と有意差はみられなかった.約1年前眼圧と今回の点眼変更時の眼圧変動幅を各々の症例別に図3に示した.1年前の眼圧と今回の眼圧の変動幅を比較検討したところ有意差は認められなかった(対応のないt検定,p=0.060).持続性点眼液に変更後,眼圧上昇を示したのは13眼であったが,1年前の同時期に眼圧上昇を認めたのは11眼中2眼であった.IV考察カルテオロール持続性点眼液の眼圧下降効果は従来のカルテオロール点眼液と比較して差はないと報告されている2,3).今回は季節変動を考慮し,約1年前の眼圧変動とカルテオロール点眼液から持続性点眼液への変更における眼圧下降効果を検討したところ,点眼前後で眼圧値に有意な差は認められなかった.したがって,持続性点眼液は従来のカルテオロール点眼液とほぼ同等の眼圧下降効果を示すことが確認されたと考えた.しかし,変更前に比べて変更後に眼圧値が高かった例が26眼中11眼あった.このことが,単に各眼による眼圧変動によるものか他に要因がありうるのか,特に眼圧の季節変動を中心に検討を加えてみた.眼圧の季節変動は夏に比べて冬に0.81.0mmHg程度眼圧が上昇する傾向にあると報告されている4,5).今回の点眼の変更は秋から春にかけて行われ,季節においても一般的に眼圧は上昇する時期であると考えられる.1年前の同時期の眼圧変動と,今回点眼液切り替え後の変動との間に有意差は認められなかったものの,変更前に比べて変更後に眼圧値が高かった症例が多かったことに影響したものと考えた.井上ら6)はカルテオロール点眼液から持続性点眼液へ今回と同様にwashout期間なしで切り替えた群で検討を行っている.この検討では眼圧測定が点眼液変更後と切り替え時の変動幅を検討し,持続性点眼液への変更で眼圧が有意に下降したと報告している.しかし,眼圧変動が1mmHg以内の症例が投与34カ月後で91.7%と多く,眼圧の変動における季節変動,日日変動,体位変動などを考慮すると臨床的には眼圧は変化しなかったと示されている.点眼剤数と眼圧下降効果による比較において,関連性がみられていた.1種のみだと眼圧下降を示した症例が多く,3種では少ない傾向がみられた.これは,点眼剤数が増加するとアトヒアランスが低下するためと考えられる.しかし,症例数が少ないため,今後さらに症例数を増やしての検討が必要と考えられた.今回,カルテオロール持続性点眼変更時の眼圧変動について眼圧季節変動も考慮に入れた検討を行った.しかし,眼圧は季節変動だけでなく日日変動もあり外来で測定された眼圧は,その患者のその瞬間の眼圧にすぎず,深夜や早朝に眼圧変動が起こっていることも考えられる7).そのため,カルテオロール点眼液と同様の眼圧下降を認めたカルテオロール持続性点眼液であるが,今後点眼液変更による眼圧下降効果は眼圧の季節変動のみにとどまらず日日変動も考慮し測定していく必要があると考えられた.文献1)生島徹,森和彦,石橋健ほか:アンケート調査による緑内障患者のコンプライアンスと背景因子との関連性の検討.日眼会誌110:497-503,20062)TeiaquadC,RomanetJ-P,NordmannJ-Petal:Eci-encyandsafetyoflong-actingcarteolol1%oncedaily:adouble-masked,randomizedstudy.JFrOphtalmol26:131-136,20033)DemaillyP,AllaireC,TrinquamdC,FortheOnce-dailyCarteololStudyGroup:Ocularhypotensiveecacyandsafetyofoncedailycarteololalginate.BrJOphthalmol85:921-924,20014)佐々木あかね,土坂寿行,金恵媛:緑内障患者における眼圧の季節変動.あたらしい眼科13:281-283,19965)古吉直彦,布田龍佑:眼圧季節変動に関する臨床研究.眼紀37:281-285,19866)井上賢治,野口圭,若倉雅登ほか:原発開放隅角緑内障(広義)患者における持続型カルテオロール点眼薬の短期効果.あたらしい眼科25:1291-1294,20087)原岳,橋本尚子:効率よく日内眼圧測定を行うには?.あたらしい眼科25(臨増):42-44,20087911眼圧(mmHg)131517192123251年前今回秋冬冬春秋冬冬春図21年前眼圧との比較年前回【冬~春眼圧】―【秋~冬眼圧】-6-4-20246図31年前眼圧との眼圧変動幅比

1年以上角膜内に生息したPenicillium属による角膜真菌症の1例

2009年8月31日 月曜日

———————————————————————-Page1(107)11130910-1810/09/\100/頁/JCOPY45回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科26(8):11131117,2009cはじめに糸状菌による角膜真菌症は,一般的に遷延化しやすい.初期治療に抵抗する症例は31%であり1),角膜真菌症の治療期間は平均2575日と報告されている2,3).2025%の角膜真菌症では治療的角膜移植を要し,その手術までの期間については19±40日あるいは530日間と報告されている4,5).今〔別刷請求先〕佐々木香る:〒860-0027熊本市西唐人町39番地出田眼科病院Reprintrequests:KaoruAraki-Sasaki,M.D.,IdetaEyeHospital,39Nishi-Tohjinmachi,Kumamoto860-0027,JAPAN1年以上角膜内に生息したPenicillium属による角膜真菌症の1例山本恭三*1佐々木香る*1砂田淳子*2園山裕子*1石川章夫*3刑部安弘*3天野史郎*4浅利誠志*2出田秀尚*1*1出田眼科病院*2大阪大学医学部付属病院臨床検査部*3東京医科大学病理学講座*4東京大学医学部眼科学教室KeratomycosisCausedbyPenicilliumsp.SurvivinginCorneaforOver1Year:CaseReportTakamiYamamoto1),KaoruAraki-Sasaki1),AtsukoSunada2),HirokoSonoyama1),AkioIshikawa3),YasuhiroOsakabe3),ShiroAmano4),SeishiAsari2)andHidenaoIdeta1)1)IdetaEyeHospital,2)DepartmentofMedicalTechnology,OsakaUniversityHospital,3)DepartmentofPathology,TokyoMedicalUniversity,4)DepartmentofOphthalmology,UniversityofTokyoSchoolofMedicine長期間角膜内に生息した角膜真菌症を経験した.症例は78歳,男性,右眼.他院にてPenicillium属による角膜真菌症と診断され,ピマリシンとミカファンギンナトリウム局所頻回投与にて加療されたが寛解・再燃をくり返し,1年以上も上皮欠損が持続するため出田眼科病院を紹介された.薬剤毒性と判断し,抗真菌薬を減量したところ,角膜実質深部の羽毛状病変,endothelialplaqueの出現を認めたため,ボリコナゾール点眼,ピマリシン眼軟膏,イトリゾール内服に変更した.角膜実質表層切除にて採取した組織からPenicillium属が多数分離された.E-testR,ASTYRに基づいた感受性試験で,ボリコナゾールは高い薬剤感受性を示したが,ミカファンギンナトリウムの感受性はボリコナゾールに比して低いことが示された.ボリコナゾールとミコナゾールの頻回点眼にて臨床所見は改善するも,菲薄化が進行し,治療的全層角膜移植を要した.Penicillium属は,感受性の低い抗真菌薬加療によって,1年以上静菌的に角膜内に生息しうることが示唆された.Wereportacaseofkeratitiscausedbyfungusthatsurvivedinthecorneaforalongperiod.Thepatient,a78-year-oldmalediagnosedwithkeratomycosiscausedbyPenicilliumsp.inhisrighteye,wasreferredtous1yearafteronset.Hesueredrepeatedepisodesofkeratomycosisremissionandrelapse,withpersistentepithelialdefect,despitefrequentinstillationoftopicalpimaricinandmicafunginsodium.Hyphalgrowthpatternsandanendothelialplaquedevelopedaftertheeyedropusewastaperedo,sowechangedthetreatmentregimentotopi-calvoriconazole,pimaricinointmentandoralitraconazole.ThePenicilliumsp.wasisolatedfromcornealbiopsies.E-testRandASTYRshowedthatvoriconazolehadhighantifungalactivityincomparisontomicafunginsodium.Theulceratedcorneabecamethinnerdespitefrequentinstillationoftopicalvoriconazoleandmiconazole,sothera-peuticpenetratingkeratoplastywaseventuallyperformed.Penicilliumsp.cansurviveinthecorneaforoverayearwithinsucientlyeectiveantifungaltherapy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(8):11131117,2009〕Keywords:角膜真菌症,ペニシリウム,感受性,治療的角膜移植,ボリコナゾール.keratomycosis,Penicillium,antifungalactivity,therapeuticpenetratingkeratoplasty,voriconazole.———————————————————————-Page21114あたらしい眼科Vol.26,No.8,2009(108)回,筆者らは,抗真菌薬を頻回に点眼しているにもかかわらず,1年以上の長期間にわたって穿孔することなく角膜内に生息したPenicillium属による角膜真菌症を経験したので報告する.I症例および所見患者:78歳,男性.主訴:右眼の異物感.内科既往歴:ヘモグロビンA1C(HbA1C)7%前後の糖尿病,高血圧症,狭心症.眼科既往歴:特記すべきことなし.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:2007年2月頃に右眼の異物感と充血を自覚したため,近医眼科を受診した.病巣擦過物よりPenicillium属が検出され,角膜真菌症としてピマリシン5%点眼1時間ごと,ミカファンギンナトリウム0.1%点眼1時間ごと,フルコナゾール全身投与で加療された.一旦軽快したが,点眼のコンプライアンスの低下もあり,寛解・再燃をくり返した.1年以上経過するも,上皮欠損が残存するため,加療目的で2008年2月に出田眼科病院(以下,当院)を紹介受診した.角膜掻爬や感受性検査の施行歴はなかった.初診時(第0病日)所見:矯正視力は右眼10cm指数弁,左眼0.8.角膜中央に一部菲薄化を伴う潰瘍と遷延性上皮欠損を認めたが,毛様充血は軽度で,角膜後面沈着物やDescemet膜皺襞,endo-thelialplaque,前房蓄膿は認めなかった(図1).両眼に軽度の白内障を認めたが,角膜混濁のため,眼底の詳細な観察は不能であった.II治療経過と結果当院初診時,ピマリシン5%点眼1時間ごと,ミカファンギンナトリウム0.1%点眼1時間ごと,レボフロキサシン点眼1日4回を投与されていた.潰瘍底は硬く乾燥した感じであること,辺縁は白く隆起した遷延性上皮欠損様であること,毛様充血や実質内細胞浸潤が非常に軽度であったことから真菌症の活動性は低く,主として薬剤毒性による遷延性角膜上皮欠損と判断し,ピマリシン5%点眼1回/日,ミカファンギンナトリウム0.1%点眼(ファンガードR注射液を生理食塩水で0.1%に調整して使用)6回/日に減量した.治療経過を図2に示す.抗真菌薬減量の翌日(第1病日),臨床所見の急激な悪化を認めた.角膜実質浮腫とともにendothelialplaqueが明瞭となり,毛様充血,流涙が高度となり,上皮欠損部も拡大した(図3).真菌がまだ生存しているとの判断で,抗真菌療法を強化する目的で,ボリコナゾール1%点眼(ブイフェンドR注射液を生理食塩水で1%に調整して使用)6回/日を追加,ピマリシン眼軟膏3回/日塗布に変更し,イトラコナゾール150mg/日内服に治療を変更した.第8病日には実質浮腫,細胞浸潤は減少し,endothelialplaqueは縮小した.しかし遷延性上皮欠損が持続するため,潰瘍底の壊図1初診時の右眼前眼部写真角膜中央に一部菲薄化を伴う潰瘍と遷延性上皮欠損を認めるが,毛様充血や実質内細胞浸潤が非常に軽度.眼軟膏点眼内服点第病日結膜下注射ピマリシン眼軟膏ピマリシン5ミカファンギンナトリウム0.1ボリコナゾール1ミコナゾール0.1レボフロキサシンイトラコナゾールボリコナゾールボリコナゾール時間ごと1×1時間ごと4×0(初診)18(実質切除)28(実質切除)36(全層移植)図2治療経過図3抗真菌薬減量翌日の前眼部写真角膜実質浮腫,endothelialplaque,毛様充血が高度となり,上皮欠損部が拡大した.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.8,20091115(109)死組織を除去する目的と,真菌の存在部位を確認する目的で,表層角膜切除術を施行し,組織診,培養,感受性試験を行った.組織診では,切除した角膜実質全層にわたってPAS(過ヨウ素酸Schi染色)陽性の菌糸が多数,確認された.角膜切除物および擦過物をSabouraud寒天培地にて26℃で培養し,発育コロニーをラクトフェノールコットンブルー染色にて検鏡したところ,青色の筆状構造がみられ,Penicillium属と同定された(図4).抗真菌薬感受性試験用キットのE-testR(ABBiodisk社,薬剤濃度勾配法)による最小発育阻止濃度(minimuminhibi-toryconcentration:MIC)測定結果(図5)では,ボリコナゾールのMICが0.125μg/mlと最小であった.ASTYR(極東)によるMIC測定結果では,ミコナゾールとミカファンギンナトリウムのMICは2.0μg/mlであり,ボリコナゾールに比べて感受性は低かった.本菌は,ASTYR本来の方法では測定困難なため,指定の培地で分生子を104個に調整後,各穴に接種し,測定を行った.Penicillium属を含む糸状菌は明確なブレークポイントが定められていないため,「深在性真菌症の診断・治療ガイドライン2007」を参考にし,投薬後の前房内および硝子体内薬剤濃度よりもMICが低いボ42272oab図4表層角膜切除片の組織診と培養結果a:角膜実質切除片の全領域にPAS陽性の菌糸を多数検出.b:Penicillium属が分離・培養された.①:ボリコナゾール②:アムリシンB③:5-FC:フルコナゾール:イトラコナゾール①③②図5EtestRによる感受性試験結果ボリコナゾールの周囲に大きな阻止帯を認めた.接種薬液量:各50μl,培養条件:25℃・3日間,培地:RPMI寒天培地.ab図6全層移植前の前眼部写真と切除組織a:全層移植直前の右眼前眼部写真.角膜中央の遷延性上皮欠損は縮小し,実質内細胞浸潤はごく軽度.b:切除角膜片組織.実質中層に菌糸(矢印)をわずかに認める.———————————————————————-Page41116あたらしい眼科Vol.26,No.8,2009(110)リコナゾールを高感受性,MICが高いミコナゾールとミカファンギンナトリウムを低感受性と判定した.角膜表層切除の翌日,再び臨床所見は悪化した.前房蓄膿,プラーク,毛様充血の悪化を認め,角膜真菌症の活動性が上昇したと思われた.組織診にて,まだ相当量の真菌が生存していたことから,ボリコナゾールの点眼回数を1時間ごとに増加したところ,約2週間で再び臨床所見は改善した.そこで,治療効果判定目的で第28病日に再度角膜実質切除を施行し,切除組織を培養したところ,依然としてPenicil-lium属が分離培養された.感受性試験結果に基づいて,0.1%ミコナゾール(フロリードR注射液を生理食塩水で0.1%に調整して使用)の1時間ごと点眼,ボリコナゾール結膜下注射と全身投与を追加し,臨床所見はさらに改善したが,菲薄化が進行し,患者の強い要望もあったため,第39病日に保存角膜を用いた全層角膜移植を施行した.その切除組織では,角膜実質中層にわずかな菌糸を認めるのみであった(図6).術後は2カ月かけて抗真菌薬を漸減中止するも真菌症の再発は認めず,抗真菌薬中止5カ月後,新鮮角膜を用いた全層角膜移植と水晶体再建術を施行し,2008年12月20日現在,右眼矯正視力は(0.3×sph+0.5D(cyl6.0DAx60°)である.III考按真菌の角膜感染が成立した後,真菌因子,薬剤因子,角膜因子が病態の進行に影響を及ぼす.真菌因子は,菌種と菌量であり,薬剤因子は,薬剤感受性,角膜透過性と毒性,角膜因子は,炎症反応の程度や創傷治癒力である.これらのバランスにより遷延化することがある.角膜真菌症の起因菌同定には角膜擦過物の塗抹検査,培養検査が重要であるが,その活動性については臨床所見から推測する必要がある.本症例では,初診時,潰瘍底は硬く乾燥した遷延性上皮欠損様であったこと,毛様充血や実質内細胞浸潤が非常に軽度であったことから薬剤毒性と判断し抗真菌薬を減量したところ,急激に悪化,再燃した.このことから,初診時の病態として,角膜内に真菌は静菌的に生存していたことが示唆された.すなわち1年前に分離されていたPenicillium属が当院初診時まで継続して生息していたと考えられる.Candida属は長期にわたって角膜に生息し,白色針状および分枝状の実質内混濁,無痛性で角膜や前房内に炎症所見が乏しいことを特徴とするinfectiouscrystallinekeratopathyの病態を示しうることが報告されている6).今回の症例は細隙灯顕微鏡観察にて,crystallinekeratopathyに特徴的な結晶様所見がみられなかったこと,定期的に明らかな炎症所見をくり返していたことなどから,infectiouscrystallinekeratopathyの病態を示さず長期間角膜内に生息したまれな角膜真菌症と考えられた.今回の原因菌が,長期間角膜内に生息した理由として,①原因菌の低い毒性,②低感受性抗真菌薬の使用,③潰瘍底における壊死性物質による創傷治癒阻害と薬剤透過性阻害の3つがあげられる.Penicillium属は,大気中,土壌,植物を中心とした生活環境中に広く生息する糸状菌であるが,Fusarium属やAspergillus属などが角膜破壊傾向が強く,角膜穿孔率が高いのに比して1),増殖が遅く,病原性,活動性が低い.そのため角膜真菌症にしては臨床像が鎮静化されてみえる場合があると思われる.既報のPenicillium属による角膜真菌症によると,難治で角膜移植を要した例もある7,8)が,薬剤のみで比較的速やかに瘢痕治癒した症例もある2,9).さらに,感受性試験結果から,ボリコナゾールは高い薬剤感受性を,当院初診時まで近医で頻回点眼されていたミカファンギンナトリウムの感受性はボリコナゾールに比して低く,静菌的作用にとどまる可能性が示された.この感受性の低い抗真菌薬使用によって,Penicillium属を静菌的に長期間角膜内に生存させた可能性が示唆される.加えて,長期間の上皮欠損により潰瘍底に壊死物質が蓄積され,これが除去されなかったことによって,抗真菌薬の角膜内移行を妨げたことも,長期生息につながったと考えられる.このように遷延化させないためには,糸状菌に対しても薬剤感受性試験を行うことの重要性が高まりつつある10).現在,抗菌薬投与の指標として行われている感受性検査は,敗血症や呼吸器感染症などに対する全身投与を考慮したMIC測定であるが,その測定濃度と点眼薬としての用いる濃度とは約10100万倍異なるため薬剤選択の目安にはなるが,実際の臨床効果と必ずしも一致しない.また,糸状菌に対する抗真菌薬の感受性測定はいまだ明確に確立されておらず,現在市販されているキットを用いてすべての薬剤の感受性測定を行うのは困難である.今回は,ミコナゾールおよびミカファンギンナトリウムの感受性傾向を知るため,ASTYRとE-testRとの相関は不確実ではあるが,両キットを併用し測定を行った.一般的にE-testRによる感受性検査結果は,感染性角膜炎の薬剤選択の目安にはなるが,実際の臨床効果と必ずしも一致しないとされている1113).しかし,本症例では,E-testRで高度感受性を示したボリコナゾールを中心とした抗真菌薬治療に変更してからは徐々に臨床所見も改善し,切除片の病理組織でも菌糸は減少し,その治療効果は明らかであった.糸状菌による角膜炎の視力予後は不良であり,同一菌種であっても感受性に差があることが多い14)ので,ボリコナゾールなどの新しい薬剤も含めた感受性試験のデータ蓄積が必要であると考える.ボリコナゾールは新しいアゾール系の抗真菌薬であり,広い抗真菌スペクトルを有し,従来の抗真菌薬に抵抗性であったFusarium属やAspergillus属にも有効例が報告されている.1%ボリコナゾール点眼は,角膜上皮のタイトジャンクションが障害されていなくても角膜透過性が良好で,安全性———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.8,20091117(111)が高いことが報告されている15).筆者らが検索した限り,Penicillium属による角膜真菌症に対してボリコナゾール点眼が有効であったという報告はなく,今後は治療薬の選択肢になると考えられた.今回Penicillium属は,感受性の低い抗真菌薬投与の下,1年以上もの間,角膜内に生息しうることが示された.角膜真菌症の遷延化,重症化を防ぐには,感受性試験が必須であり,その治療効果判定には,臨床所見の評価とともに組織採取による診断および培養も重要であると考えられた.文献1)LalithaP,PrajnaNV,KabraAetal:Riskfactorsfortreatmentoutcomeinfungalkeratitis.Ophthalmology113:526-530,20062)妙中直子,日比野剛,福田昌彦ほか:近畿大学眼科で1995年より経験した11例の角膜真菌症の検討.眼紀48:883-886,19973)鈴木崇,宇野敏彦,宇田高広ほか:糸状菌による角膜真菌症における病型と予後の検討.臨眼58:2153-2157,20044)VemugantiGK,GargP,GopinathanUetal:Evaluationofagentandhostfactorsinprogressionofmycotickerati-tis:Ahistologicandmicrobiologicstudyof167cornealbuttons.Ophthalmology109:1538-1546,20025)XieL,DongX,ShiW:Treatmentoffungalkeratitisbypenetratingkeratoplasty.BrJOphthalmol85:1070-1074,20016)MatsumotoA,SanoY,NishidaKetal:Acaseofinfec-tiouscrystallinekeratopathyoccurringlongafterpene-tratingkeratoplasty.Cornea17:119-122,19987)濱生仁子,足立格郁,鈴木克佳ほか:治療的全層角膜移植術が奏効した角膜真菌症の1例.臨眼57:363-366,20038)石倉涼子,池田欣史,山崎厚志ほか:Aspergillus角膜真菌症に対する治療的角膜移植後1年でPenicillium感染を起こした1例.あたらしい眼科25:379-383,20089)高橋信夫,北川和子,桜木章三ほか:角膜真菌症の治療経験.眼紀34:972-979,198310)InoueT,InoueY,AsariSetal:UtilityofEtestinchoos-ingappropriateagentstotreatfungalkeratitis.Cornea20:607-609,200111)QiuWY,YaoYF,ZhuYFetal:Fungalspectrumidentiedbyanewslidecultureandinvitrodrugsuscep-tibilityusingEtestinfungalkeratitis.CurrEyeRes30:1113-1120,200512)LalithaP,ShapiroBL,SrinivasanMetal:AntimicrobialsusceptibilityofFusarium,Aspergillus,andotherla-mentousfungiisolatedfromkeratitis.ArchOphthalmol125:789-793,200713)砂田淳子,上田安希子,井上幸次ほか:感染性角膜炎全国サーベイランス分離菌における薬剤感受性と市販点眼薬のpostantibioticeectの比較.日眼会誌110:973-983,200614)XieL,ZhaiH,ZhaoJetal:AntifungalsusceptibilityforcommonpathogensoffungalkeratitisinShandongProv-ince,China.AmJOphthalmol146:260-265,200815)HariprasadSM,MielerWF,LinTKetal:Voriconazoleinthetreatmentoffungaleyeinfections:areviewofcur-rentliterature.BrJOphthalmol92:871-878,2008***

白内障手術後のPaecilomyces lilacinus角膜炎・眼内炎の1例

2009年8月31日 月曜日

———————————————————————-Page11108あたらしい眼科Vol.26,No.8,2009(00)1108(102)0910-1810/09/\100/頁/JCOPY45回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科26(8):11081112,2009cはじめに真菌,なかでも糸状菌による角膜炎は,進行は比較的緩徐であるが,感染が深部に至るときわめて難治であることが多い.効果的な治療のためには,早期に診断して感受性のある抗真菌薬を感染巣に十分到達させることが必要である.今回筆者らは,眼科関連の感染症としては比較的まれな糸状菌,Paecilomyceslilacinusによる白内障手術後角膜炎の症例を経験した.本症例は,Paecilomyceslilacinus感染の診断が〔別刷請求先〕稲毛道憲:〒113-8603東京都文京区千駄木1-1-5日本医科大学眼科学教室Reprintrequests:MichinoriInage,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NipponMedicalSchool,1-1-5Sendagi,Bunkyo-ku,Tokyo113-8603,JAPAN白内障手術後のPaecilomyceslilacinus角膜炎・眼内炎の1例稲毛道憲鈴木久晴國重智之小野眞史高橋浩日本医科大学眼科学教室ACaseofKeratitisandEndophthalmitisCausedbyPaecilomyceslilacinusafterCataractSurgeryMichinoriInage,HisaharuSuzuki,TomoyukiKunishige,MasafumiOnoandHiroshiTakahashiDepartmentofOphthalmology,NipponMedicalSchool緒言:白内障手術後のPaecilomyceslilacinus角膜炎・眼内炎の1例を経験した.症例:74歳,女性.平成19年9月19日,近医にて左眼超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術を施行した.翌日より虹彩炎を認め,ステロイド,抗菌薬の投与にて一時的に改善した.その後再燃し,角膜炎も出現し増悪したため,11月15日に当科紹介入院となった.初診時,左眼視力5cm指数弁,角膜潰瘍,角膜混濁,前房蓄膿を認め,抗菌薬,抗ヘルペス薬,抗真菌薬を投与したが角膜潰瘍は拡大した.入院12日目,手術創部擦過標本の培養検査よりPaecilomyceslilacinusが検出されたため,ボリコナゾールの全身,局所投与したが改善せず,創部付近の強膜菲薄化も進んだため,入院33日目,全層角膜移植,眼内レンズ摘出,硝子体手術,眼内洗浄,強膜被覆術を施行した.その後,感染は鎮静化し移植片は生着したが,眼球癆の状態となった.結論:Paecilomyceslilacinus角膜炎・眼内炎はきわめて難治であり,速やかな診断と手術的治療が必要である.WereportacaseofkeratitisandendophthalmitiscausedbyPaecilomyceslilacinusaftercataractsurgery.Thepatient,a74-year-oldfemale,underwentphacoemulsicationandintraocularlensimplantationinherlefteyebyalocalophthalmologistonSeptember19,2007.Afterthesurgery,recurrentiritisdevelopedinherlefteye,andgraduallyexacerbated;onNovember15,2007,shewasreferredtoourhospitalwithsevereiritisandkeratitis.Oninitialexamination,hervisualacuityOSwas5cmCF;slitlampexaminationrevealedcornealopacity,cornealulcerandhypopyon.Sinceshehadnotyetbeendiagnosed,weimmediatelyinitiatedgeneralandtopicalantibiotics,ananti-herpeticagentandantifungalmedications,whichshowednoeects.Onday12afterhospitalization,Paecilo-myceslilacinuswasculturedfromthecataractsurgeryincisionsite.Wetheninitiatedgeneralandtopicalvoricon-azole,butthisresultedinnoimprovement.Onday33afterhospitalization,weperformedpenetratingkeratoplasty,intraocularlensremovalandvitrectomy.Althoughtheinfectionsubsidedandthegraftwasacceptedaftersurgery,thepatientdevelopedphthisisbulbi.SinceocularinfectionbyPaecilomyceslilacinusisextremelyintractable,promptdiagnosisandsurgicalinterventionisneeded.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(8):11081112,2009〕Keywords:Paecilomyces,白内障手術,術後眼内炎,ボリコナゾール,全層角膜移植.Paecilomyces,cataractsurgery,postoperativeendophthalmitis,voriconazole,penetratingkeratoplasty.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.26,No.8,20091109(103)遅れたために,強力な抗真菌薬治療も奏効せず,最終的に眼内炎から眼球癆に陥った.I症例患者:74歳,女性.主訴:左眼視力低下と眼痛.家族歴:特記すべきことなし.既往歴:帯状疱疹(平成11年,眼病変はない).生活歴:趣味は家庭菜園.現病歴:平成19年初めより左眼視力低下を自覚し,近医に左眼加齢性白内障と診断された.同年9月19日,同医にて,上方強角膜切開による超音波乳化吸引術と眼内レンズ挿入術を施行された.本症例は,当日同医により同手術を施行された3例中の2例目であった.術中,創口より虹彩脱出を認めたが,その他に合併症はなく手術は終了した.その後,術翌日に前房内にフィブリンの析出を認めたため,虹彩脱出に伴う虹彩炎の他,細菌性眼内炎も考え,イミペネム(IPM/CS)1g点滴,ジベカシン200mg筋注,レボフロキサシン600mg内服,0.5%モキシフロキサシン,0.3%ジベカシン,0.1%リン酸ベタメタゾンの頻回点眼を施行した.炎症は沈静化し,9月25日には矯正視力1.2となったが,10月15日,再び虹彩炎を認めたため,IPM/CS1g点滴,ジベカシン200mg筋注,レボフロキサシン600mg/day内服,0.5%モキシフロキサシン,0.3%ジベカシン,0.5%セフメノキシムの頻回点眼を開始し,さらに10月19日より,プレドニゾロン30mg/day内服,0.1%リン酸ベタメタゾン点眼4回を追加した.その後,炎症は沈静化し,10月24日の矯正視力は1.0であった.しかし,11月1日より再び虹彩炎が出現し,11月2日には,矯正視力0.04,角膜浮腫,豚脂様角膜後面沈着物を認めたため,ヘルペス性角膜ぶどう膜炎を疑い,11月4日よりアシクロビル1,000mg/day内服を追加した.11月7日には,角膜浮腫は軽快し,矯正視力0.5まで改善した.ところが,再度悪化し,11月13日には視力0.02(矯正不能)と低下した.その後も症状は改善しないため,11月15日に当科紹介受診となった.初診時眼所見:左眼は,視力5cm指数弁(矯正不能),眼圧30mmHg,細隙灯顕微鏡にて,角膜潰瘍,角膜混濁,角膜浮腫,Descemet膜皺襞,豚脂様角膜後面沈着物,前房蓄膿,および手術創部付近角膜の軽度混濁を認めた(図1).中間透光体,眼底は透見不良であったが,Bモードエコーでは異常所見は認めなかった.右眼は,矯正視力0.9,眼圧19mmHgで,前眼部,中間透光体,眼底に異常は認めなかった.経過:入院後より,細菌もしくは真菌感染を考え,IPM/CS1g/day点滴,0.5%レボフロキサシン,0.3%トブラマイシン,0.5%セフメノキシム,0.1%フルコナゾール頻回点眼を開始した.同時に,抗ヘルペス治療が一時的に効果的であったことから,ヘルペス性角膜ぶどう膜炎に対する治療を強化する目的で,パラシクロビル3,000mg/day,プレドニゾロン60mg/dayの内服も開始した.同日,PCR(polymerasechainreaction)による前房水中ウイルスDNAの検索および角膜擦過物を塗抹・培養検査に提出したが,結果は陰性であった.入院5日目,症状改善なく,白内障手術創部付近の混濁が増強したため(図2),手術創部を離開したうえで擦過標本を培養検査に提出し(図3),1%バンコマイシン頻回点眼,1%ピマリシン軟膏,0.3%トブラマイシンの結膜下注射ならびにフルコナゾール200mg/dayの内服を追加するとともにバラシクロビル,プレドニゾロン内服は中止した.入院12日目の時点でも角膜所見は改善せず(図4),同日,培養よりPaecilomyceslilacinusの検出が報告されたため,ただちに,図1初診時,前眼部写真角膜混濁,角膜潰瘍,角膜浮腫,Descemet膜皺襞,豚脂様角膜後面沈着物,前房内フィブリン,前房蓄膿を認める.また,白内障手術切開創部付近に軽度の混濁を認める.図2入院5日目,前眼部写真角膜所見に改善なく,白内障手術創部付近の混濁が増悪している.———————————————————————-Page31110あたらしい眼科Vol.26,No.8,2009(104)感受性が高いと報告されているボリコナゾール600mg/dayの内服,1%濃度の頻回点眼,および前房内注射を開始した.しかし,その後も角膜所見は悪化した.入院28日目,図5に示すように,角膜混濁の増悪ならびに白内障手術創部付近の強膜に菲薄化を認める状況に陥ったため,入院33日目,全層角膜移植,眼内レンズ除去,硝子体切除,眼内洗浄,表層角膜片による強膜被覆術を施行した.術中,眼内レンズ表面(図6),虹彩裏面,脈絡膜下にも広範囲に菌塊を認めた(図7).虹彩の切除時に出血をきたしたため後極部は観察が不可能であったが,確認できる限りの硝子体を切除し,1%ボリコナゾールにて洗浄後,全層角膜移植術を行い,残った移植片にて融解した強膜部を被覆した(図8).術後は,ボリコナゾール600mg/dayの内服,1%濃度の頻回点眼,プレドニゾロン15mg/dayの内服,0.1%リン酸ベタメタゾンの点眼を施行した.その後,感染の再増悪は認めず,移植角膜は生着した.そして,入院48日目に退院となったが,最終図3入院5日目,前眼部写真白内障手術創部を離開し綿棒にて創口を擦過している.図5入院28日目,前眼部写真角膜潰瘍は拡大し,混濁範囲も広がっている.白内障手術切開創付近の強膜は融解し,ぶどう膜が露出している.図4入院12日目,前眼部写真角膜潰瘍の拡大がみられる.図6入院33日目,手術中写真全層角膜切除後,眼内レンズを摘出している.レンズ表面に白色の菌塊を認める.図7入院33日目,手術中写真脈絡膜下にも広範囲にわたり菌塊を認める.———————————————————————-Page4あたらしい眼科Vol.26,No.8,20091111(105)的には眼球癆となった(図9).II考按Paecilomyces属は土壌中,空中など自然界に広く分布する糸状真菌である.通常,ヒトに感染することはまれであるが,免疫不全患者における心内膜炎,腎盂腎炎,静脈洞炎,および皮膚炎などの起因菌となる1,2).眼科関連の感染症としては,コンタクトレンズや異物外傷を契機とした角膜炎を起こす37)ほか,白内障手術に関連したものとして,1970年代後半の眼内レンズ導入期に,レンズ挿入に伴うPaecilo-myces属眼内炎の報告が相つぎ,眼内レンズの汚染が原因となりうることが示唆されている811).いずれも汚染された異物侵入に伴う感染例であることが特徴である.一方,感染経路が不明な白内障手術後Paecilomyces属眼内炎としては,大久保ら12),Tarkkanenら13)の症例報告がある.2報とも白内障手術+眼内レンズ挿入術時の合併症はなく,前者では外摘出術後約1カ月,後者では小切開超音波乳化吸引術後4カ月経過した時点で原因不明の虹彩炎として発症し,最終的にPaecilomyces属が眼内液から同定されている.Tark-kanenらの報告では手術時の空調設備汚染が疑われるとしているが,感染経路は不明に近い.本症例は,虹彩炎の発症が術翌日と早いが,この時点では虹彩脱出に伴う炎症も否定できず,実際,加療による消炎後,一時的に矯正視力1.2と良好な視力を得ている.真菌感染が手術直後より強い炎症を生じることはまれであると思われることから,少なくとも術翌日の所見はPaecilomyces属感染が直接ひき起こしたものとは考えにくい.術後約1カ月経過してから再び虹彩炎が出現しているが,それ以降に再燃する虹彩炎の経過を考えると,このときの虹彩炎はPaecilo-myces属の感染が原因であったと考えるのが妥当であろう.感染経路については,同日手術を受けた他の2例には何ら問題を生じておらず,空調設備の問題もなかったということと,患者は家庭菜園を趣味としており,白内障手術前後に土いじりをしているということが,感染経路を推測させる項目としてあるが,それを裏付ける証拠はないため結局感染経路は不明である.また,本症例では,白内障手術創部の擦過培養により初めてPaecilomyces属が検出されているが,当科紹介時点で,Bモードエコーにて中間透光体,眼底に異常所見がなく,活発な角膜炎所見が目立っていたために,術創付近の混濁に対する注意が不十分であったことは否めない.一般的にPaecilomyces属感染症はきわめて難治であるとされるが,その原因として,アンホテリシンB,フルコナゾール,イトラコナゾールなど多くの抗真菌薬に抵抗性であることがあげられる.最近登場したアゾール系抗真菌薬ボリコナゾールに対しては,invitroや動物実験において感受性が高いことが報告されている14,15)が,外傷によるPaecilomyces属角膜炎に対しボリコナゾール投与を含む保存的治療は奏効せず,角膜穿孔を生じて角膜移植術を要した報告が示唆するように7),比較的薬剤が到達しやすい角膜感染症においても,一度感染が深部に成立すると保存的治療の効果は限定的と思われる.眼内炎の場合,さらに難治となるのは明らかである.汚染眼内レンズによる多発例をまとめた報告によれば,13眼中視力を保てたのは2眼のみであり,1眼が光覚弁,2眼で光覚なし,残る8眼では眼球摘出に至っている8).近年の報告でも,抗真菌薬の点眼,全身投与などの保存的治療の効果はほとんど認められず,硝子体手術により眼球は温存できても,視力は指数弁にとどまっている12,13).今回の症例において,角膜炎の初期段階でPaecilomyces属を検出できていればボリコナゾールが効果的であったかもしれないが,現実にはかなり感染巣が拡大してからの検出となってしまっ図9手術後98日目,前眼部写真角膜は生着しているが,混濁のため後極部は透見不能.眼球癆となっている.図8入院34日目,手術翌日前眼部写真全層角膜移植術および強膜融解部に対する表層角膜被覆術後.———————————————————————-Page51112あたらしい眼科Vol.26,No.8,2009(106)た.検出後,ただちにボリコナゾールの内服と点眼を開始したが,全く効果を認めなかった.真菌感染が疑われたとき,速やかな菌の同定が重要であることは言うまでもないが,培養検査の結果が判明するまでの間に従来の抗真菌薬が無効の場合,Paecilomyces属感染を考慮する必要がある.Paecilo-myces属による眼感染症はきわめて難治であり,強力な薬物療法と同時に,早期より角膜移植術や硝子体手術などの手術的治療を併施する必要があると思われた.文献1)SherwoodJA,DanskyAS:PaecilomycespyelonephritiscomplicatingnephrolithiasisandreviewofPaecilomycesinfections.JUrol130:526-528,19832)OrthB,FreiR,ItinPHetal:Outbreakofinvasivemyco-sescausedbyPaecilomyceslilacinusfromacontaminatedskinlotion.AnnInternMed125:799-806,19963)WilhelmusKR,RobinsonNM,FontRAetal:Fungalker-atitisincontactlenswearers.AmJOphthalmol106:708-714,19884)HirstLW:Paecilomyceskeratitis.BrJOphthalmol79:711,19955)AndersonKL,MitraS,SaloutiRetal:FungalkeratitiscausedbyPaecilomyceslilacinusassociatedwitharetainedintracornealhair.Cornea23:516-521,20046)陳光明,鈴木崇,宇野敏彦ほか:Paecilomyces属による角膜真菌症の2例.あたらしい眼科22:1397-1400,20057)椋本茂裕,井出尚史,嘉山尚幸ほか:角膜穿孔を生じたPaecilomyces属による角膜真菌症の1例.臨眼61:1049-1052,20078)PettitTH,OlsonRJ,FoosRYetal:Fungalendophthalmi-tisfollowingintraocularlensimplantation.Asurgicalepi-demic.ArchOphthalmol98:1025-1039,19809)MillerGR,RebellG,MagoonRCetal:Intravitrealanti-mycotictherapyandthecureofmycoticendophthalmitiscausedbyaPaecilomyceslilacinuscontaminatedpseu-dophakos.OphthalmicSurg9:54-63,197810)O’DayDM:FungalendophthalmitiscausedbyPaecilomy-ceslilacinusafterintraocularlensimplantation.AmJOph-thalmol83:130-131,197711)MosierMA,LuskB,PettitTHetal:Fungalendophthal-mitisfollowingintraocularlensimplantation.AmJOph-thalmol83:1-8,197712)大久保真司,島崎真人,東出朋巳ほか:白内障手術後に生じたPaecilomyceslilacinusによる眼内炎の1例.日眼会誌98:103-110,199413)TarkkanenA,RaivioV,AnttilaVJetal:Fungalendo-phthalmitiscausedbyPaecilomycesvariotiifollowingcata-ractsurgery:apresumedoperatingroomair-condition-ingsystemcontamination.ActaOphthalmolScand82:232-235,200414)MarangonFB,MillerD,GiaconiJAetal:Invitroinvesti-gationofvoriconazolesusceptibilityforkeratitisandendophthalmitisfungalpathogens.AmJOphthalmol137:820-825,200415)SponselW,ChenN,DangDetal:Topicalvoriconazoleasanoveltreatmentforfungalkeratitis.AntimicrobAgentsChemother50:262-268,2006***

コリネバクテリウムが起炎菌と考えられた感染性角膜炎の1例

2009年8月31日 月曜日

———————————————————————-Page1(99)11050910-1810/09/\100/頁/JCOPY45回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科26(8):11051107,2009cはじめにコリネバクテリウムは結膜に常在菌叢を形成している1)が,その病原性は低く,角膜炎患者で分離されることがあっても実際の起炎性については議論がある.免疫抑制状態でバイオフィルムを形成したような特殊なケースでは角膜炎の起炎菌となりうると考えられている210)が,通常の感染性角膜炎の起炎菌としてはあまり考慮されていない11).今回,免疫抑制状態にない患者においてコリネバクテリウムが起炎菌と〔別刷請求先〕稲田耕大:〒683-8504米子市西町36-1鳥取大学医学部視覚病態学講座Reprintrequests:KoudaiInata,M.D.,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,36-1Nishimachi,Yonago-shi683-8504,JAPANコリネバクテリウムが起炎菌と考えられた感染性角膜炎の1例稲田耕大*1前田郁世*1池田欣史*1宮大*1井上幸次*1江口洋*2塩田洋*2桑原知巳*3*1鳥取大学医学部視覚病態学講座*2徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部視覚病態学分野*3徳島大学大学院ヘルスサイエンス研究部分子細菌学分野ACaseofInfectiousKeratitisCausedbyCorynebacteriumKoudaiInata1),IkuyoMaeda1),YoshifumiIkeda1),DaiMiyazaki1),YoshitsuguInoue1),HiroshiEguchi2),HiroshiShiota2)andTomomiKuwahara3)1)DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualNeuroscience,InstituteofHealthBiosciences,TheUniversityofTokushimaGraduateSchool,3)DepartmentofMolecularBacteriology,InstituteofHealthBiosciences,TheUniversityofTokushimaGraduateSchoolコリネバクテリウムが起炎菌と考えられた感染性角膜炎の1例を経験したので報告する.症例は23歳,男性.頻回交換ソフトコンタクトレンズを1週間連続装用していた.主訴は左眼の眼痛,羞明,視力低下.矯正視力は0.01であった.左眼角膜中央に大きさ2mm程度の不整形の上皮欠損とその辺縁の淡い浸潤を認め,小さい白色の角膜後面沈着物および角膜浮腫・Descemet膜皺襞,高度の毛様充血を伴っていた.角膜擦過物の塗抹検鏡にて多数のグラム陽性桿菌を認め,擦過培養にてCorynebacteriummastitidisが分離された.コリネバクテリウムは免疫抑制状態でバイオフィルムを形成したような特殊なケースでは角膜炎の起炎菌となりうると考えられているが,今回のように通常の感染性角膜炎でも起炎菌となりうる可能性が示唆された.コリネバクテリウム感染と判断する際に塗抹検鏡でのグラム陽性桿菌の検出が重要と考えられた.WereportacaseofinfectiouskeratitiscausedbyCorynebacterium.Thepatient,a23-year-oldmale,hadusedfrequentreplacementsoftcontactlenseswithovernightwearfor1week.Hecomplainedofpain,photophobiaandreducedvisioninhislefteye;hisleftvisualacuitywas0.01.Slit-lampexaminationrevealeda2mmirregularepi-thelialdefect,withmildinltrationofthedefectmargin,inthecenteroftheleftcornea,togetherwithsmallwhitekeraticprecipitates,cornealedema,Descemet’sfoldsandsevereciliaryinjection.NumerousGram-positiverodswereobservedinasmearfromthefocus,andCorynebacteriummastitidiswasisolated.AlthoughitisthoughtthatCorynebacteriumcancausekeratitisonlyinspecialcases,suchasbiolmformationinimmunosuppressedcondition,thepresentcaseindicatesthatCorynebacteriumcanbeacausativeagentincasesoftheusualinfectiouskeratitis.ThiscasealsoindicatesthatthedetectionofGram-positiverodsisakeytothediagnosisofCorynebacteriuminfec-tions.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(8):11051107,2009〕Keywords:コリネバクテリウム,感染性角膜炎,グラム陽性桿菌,コンタクトレンズ.Corynebacterium,infec-tiouskeratitis,Gram-positiverods,contactlens.———————————————————————-Page21106あたらしい眼科Vol.26,No.8,2009(100)考えられた1例を経験したので報告する.I症例患者:23歳,男性.初診:2008年2月17日.主訴:左眼眼痛,羞明,視力低下.既往歴:特記すべき事項なし.現病歴:2週間頻回交換ソフトコンタクトレンズをインターネットで購入し,1週間連続装用していた.2008年2月15日,仕事中にコンクリートの薄い溶解液が左眼に飛入したが市販の点眼薬で経過をみていた.2月16日より左眼眼痛,羞明出現.2月17日より左眼視力低下をきたしたため同日鳥取大学医学部附属病院救急外来を受診した.初診時所見:左眼視力は0.01(n.c.),眼圧は20mmHgであった.高度な睫毛内反のため睫毛の角膜への接触を認めた.角膜中央に2mm程度の不整形の上皮欠損とその辺縁の淡い角膜浸潤を認め,角膜浮腫およびDescemet膜皺襞を呈していた.小さい白色の角膜後面沈着物と軽度の前房細胞も認めた(図1).経過:2月17日,感染性角膜炎の診断にて眼脂および角膜擦過物を採取し,レボフロキサシンおよびセフメノキシムの1時間ごとの点眼を開始した.2月18日,角膜浸潤の悪化を認め,セフタジジム2g点滴を開始.角膜擦過物の塗抹検鏡にてグラム陽性桿菌を多数検出した(図2).2月19日より入院.睫毛抜去を施行し,以後もレボフロキサシンおよびセフメノキシム点眼,セフタジジム点滴を継続した.初診時の眼脂よりCorynebacteriumspp.およびStaphylococcusepidermidis,角膜擦過物よりCorynebacteriumspp.が分離された.その後は順調に軽快し,3月2日退院となった.後日,角膜擦過物から分離されたコリネバクテリウムの遺伝子解析を徳島大学にて行いrRNAの塩基配列を調べたところ,結膜常在菌として圧倒的多数を占めるC.macginleyiではなく,比較的少ないC.mastitidis近縁種であることが判明した.また,その薬剤感受性は表1のごとくであり,フルオロキノロン系も含めて多くの抗菌薬に良好な感受性を示した.II考按コリネバクテリウムは結膜の常在菌として知られているが,その病原性は低く,角膜炎の起炎菌としてもあまり考慮されていない.しかし近年になって,コリネバクテリウムは結膜炎および眼瞼結膜炎をひき起こすことが報告され1214),免疫抑制状態でバイオフィルムを形成したような特殊なケースでは角膜炎の起炎菌にもなりうると認識されるようになった210).しかし,今回筆者らが経験したような,免疫抑制状態にない患者においてコリネバクテリウムが起炎菌と考えられた症例の明確な報告はあまりなされていない.本症例において,結膜の培養では表皮ブドウ球菌とコリネバクテリウムが分離されているが,角膜擦過物からはコリネバクテリウムのみが分離された.また,角膜擦過物の塗抹検鏡でグラム陽性桿菌を認め,その結果が一致していることは本症例がコリネバクテリウム感染であることを裏付けている.病原性が表1本症例のコリネバクテリウムの薬剤感受性(MIC)シプロフロキサシン0.125エリスロマイシン<0.016ノルフロキサシン1クロラムフェニコール4レボフロキサシン0.064ドキシサイクリン0.5ガチフロキサシン0.016イミペネム0.008モキシフロキサシン0.016セフトリアキソン0.125トブラマイシン0.064バンコマイシン0.5ゲンタマイシン<0.064テイコプラニン0.5単位(μg/ml)図1初診時前眼部写真2mm程度の不整形の上皮欠損とその辺縁の淡い角膜浸潤を認める.病巣部からコリネバクテリウムが分離された.図2角膜擦過物の塗抹検鏡好中球に加えグラム陽性桿菌を認める.各視野で認められる菌体は多くないが,塗抹の広い範囲にわたって認められた.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.8,20091107(101)低いコリネバクテリウムによる感染としては強い角膜浮腫など初診時の所見が強すぎるが,これは薄いコンクリート溶解液飛入による炎症を伴っていたためと考えると説明がつくと思われる.コリネバクテリウムが角膜炎をひき起こした機序としては,睫毛内反やコンタクトレンズの誤使用に伴い常に角膜上皮が傷害されていた可能性が高く,病原性の低い菌であっても角膜で増殖する下地を形成していたと考えられる.今回の分離菌がC.macginleyiではなく,結膜常在菌として比較的少ないC.mastitidisであったことは,外傷に伴って外部からC.mastitidisが飛入した可能性が考えられる.あるいは,従来から頻回交換レンズの連続装用,睫毛内反などがあり,結膜常在菌として少数ながら認められるとの報告があるC.mastitidisが眼表面に常在しており,さらに外傷が加わって角膜感染となった可能性も考えられる.残念ながら,結膜から分離されたコリネバクテリウムは分離後すぐに廃棄されたため,結膜にいる菌もC.mastitidisかどうかの確認はとれなかった.本症例のように,コリネバクテリウムは通常の感染性角膜炎でも起炎菌となる可能性が示唆され,これまでも軽症で比較的容易に治癒したものや,起炎菌不明とされてきた角膜炎のなかにコリネバクテリウムによってひき起こされたものが含まれていた可能性も考えられる.本症例で分離されたコリネバクテリウムはフルオロキノロン系抗生物質に対し感受性を認めたが,Eguchiら15)は,わが国におけるフルオロキノロン系点眼薬の使用量の増加により,近年眼科領域でフルオロキノロン系抗菌薬に対して耐性を示すコリネバクテリウムの報告が増加していると指摘している.このことを考慮すると,抗菌薬に対する耐性を獲得したコリネバクテリウムによる難治性の角膜炎が増加する可能性も危惧される.コリネバクテリウムは結膜常在菌であるため,外眼部感染症患者において分離されても起炎菌であるかどうかの判断はむずかしい.コリネバクテリウム感染と判断する際には塗抹検鏡でのグラム陽性桿菌の検出が重要と考えられる.文献1)InoueY,UsuiM,OhashiYetal:Preoperativedisinfec-tionoftheconjunctivalsacwithantibioticsandiodinecompounds:aprospectiverandomizedmulticenterstudy.JpnJOphthalmol52:151-161,20082)RubinfeldRS,CohenEJ,ArentsenJJetal:Diphtheroidsasocularpathogens.AmJOphthalmol108:251-254,19893)HeidemannDG,DunnSP,DiskinJAetal:Corynebacteri-umstriatuskeratitis.Cornea10:81-82,19914)鹿島佳代子,百瀬隆行,石引美貴ほか:角膜移植片に起こったコリネバクテリウム感染症の1例.あたらしい眼科13:1587-1590,19965)LiA,LalS:Corynebacteriumpseudodiphtheriticumkera-titisandconjunctivitis.ClinExpOphthalmol28:60-61,20006)中島秀登,山田昌和,真島行彦:角膜移植眼に生じた感染性角膜炎の検討.臨眼55:1001-1006,20017)柿丸晶子,川口亜佐子,三原悦子ほか:レボフロキサシン耐性コリネバクテリウム縫合糸感染の1例.あたらしい眼科21:801-804,20048)岸本里栄子,田川義継,大野重昭:多剤耐性のCorynebac-teriumspeciesが検出された角膜潰瘍の1例.臨眼58:1341-1344,20049)柿丸晶子,寺坂祐樹,三原悦子ほか:3種の異なる起炎菌により感染を相ついで生じた難治性角膜炎の1例.あたらしい眼科22:795-799,200510)SuzukiT,IiharaH,UnoTetal:Suture-relatedkeratitiscausedbyCorynebacteriummacginleyi.JClinMicrobiol45:3833-3836,200711)日本眼感染症学会感染性角膜炎診療ガイドライン作成委員会:感染性角膜炎診療ガイドライン.日眼会誌111:769-809,200712)FunkeG,Pagano-NiedererM,BernauerW:Corynebacte-riummacginleyihastodatebeenisolatedexclusivelyfromconjunctivalswabs.JClinMicrobiol36:3670-3673,199813)JoussenAM,FunkeG,JoussenFetal:Corynebacteriummacginleyi:aconjunctivaspecicpathogen.BrJOphthal-mol84:1420-1422,200014)原二郎,横山順子,田聖花ほか:外眼部感染症からの臨床分離菌の薬剤感受性.あたらしい眼科18:89-93,200115)EguchiH,KuwaharaT,MiyamotoTetal:High-leveluoroquinoloneresistanceinophthalmicclinicalisolatesbelongingtothespeciesCorynebacteriummacginleyi.JClinMicrobiol46:527-532,2008***

私が思うこと18.緑内障の木陰で

2009年8月31日 月曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.26,No.8,20091095私が思うことシリーズ⑱(89)この欄は若くてアクチヴな眼科医たちの熱烈な思いが述べられる場と理解していたが,どうゆうわけか高齢の代表みたいな私にお鉢が回ってきた.当方,高齢症状の自覚がないままに,思うことのみぞ多かりけるの心境でいるためであろうか.わが愛するシューベルトが,菩提樹の木蔭でまどろんでは甘い夢をみたり,愛の言葉を幹に刻み込んだりしたように,50年以上も付き合ってきた緑内障の大樹の蔭にまどろみながら,四次元の世界をさまよってみるのも悪くはあるまい.私が付き合いはじめた頃は,緑内障(学)の樹木は今からみればとても未熟であった.この樹木は西暦が始まるはるか前のヒポクラテスの時代から立っていたが,発育停止の状態が長い間つづき,ようやく150年ほど前になってフォン・グレーフェが緑内障学の樹木として科学的に手を加え,樹形も大きくなり,一応形が整えられた.だが,その後も本態不明のままに再び発育停止し,最近まで野ざらしのままであった.私が眼科医になった50数年前当時もそんな状況で,細隙灯はVogtの天然記念物的なもの,眼底カメラはノルデンゾンの写らない壊れ物,眼圧計は錆びているシェッツ・トノメーター,視野計はフェルステルのこれも天然記念物.眼圧下降剤はエゼリン,ピロカルピンのみ.眼底検査はピロカルピン縮瞳下の倒像検査で乳頭陥凹の有無さえ透見できればよいといった低レベルで,現在からは想像もできない貧困な状況であった.近年の幾人かの天才たちによる新分野の開拓に加えて,その普及化に休むことなく努力を続けてきた眼科医たちのお蔭で今日があること,そしてその発展経過の一部始終を自ら体験し,自分のからだに緑内障学発展の歴史が刻まれていると思うと不思議な気持ちだ.現在,緑内障の木は巨木に育ったようで,その幹にも年輪の重なりとともに,歴史が刻みこまれている.私はその木蔭でまどろんだり,いじめたり,いじめられたり,シューベルトの菩提樹にあるように,愛の言葉を幹に刻んだりしてきたようだ.「あばたもえくぼ」のうちは幸せだ.「山に入りて山を見ず」という諺があるが,山に入ると,林や谷間が見えても山全体も頂上もみえなくなるというもので,物ごとに深く入り込むと,全体像がわからず,兎角,目先のことのみに囚われて,本当の姿,真理が見えなくなることを諫めた言葉である.緑内障の大樹の蔭にはいると,同じように,全体像がつかめなくなり,おまけに良い気分になってまどろんだりする誘惑のままに,満足で平和の世界に溶け込み勝ちになる.最近の豊かな情報のお蔭で,国際的なスリーピングがはじまり,まどろみに漬かっているような雰囲気となった.このまどろみの世界を脱出するには,創造力を生むための強烈なエネルギーを爆発寸前まで蓄えなければならない.既成概念の殿堂であるアカデミズムに浸っていては,孫悟空のごとくどんな凄いことをやってもそれはお釈迦様の掌の中の蠢きにすぎず,脱出もできなければ新しい世界も生まれはしない.幸か不幸か,緑内障の巨木をいまだ見きわめた人はいないのだ.近代のフランス絵画の革命をもたらしたゴッホにしろ,セザンヌにしろアカデミーとは関係ない素人であったし,印象派の巨匠モネーにしろ,世紀の天才と評価されているピカソにしろ,アカデミーから得るところなしとて脱出した人たちである.健全で着実な発展はアカデ0910-1810/09/\100/頁/JCOPY岩田和雄(KazuoIwata)新潟大学名誉教授国際的にも数少ない徹底した緑内障学メカニカル・テオリスト.類例のない正常眼圧緑内障の病理所見をベースにした理論体系を樹立.エッセーが趣味で「緑内障百話」執筆中.クラッシック音楽や雑話的エッセーも盛ん.エーデルワイス,エンチアン,数十種類の石楠花などの栽培が道楽.BMWを乗り回す.スペクトラルドメイン3D-OCT(光干渉断層計)で篩状板病態に挑戦中.(岩田)緑内障の木蔭で———————————————————————-Page21096あたらしい眼科Vol.26,No.8,2009ミズムによるとしても,それは着実にレベルを上げることにすぎず,飛躍は困難である.大志を抱く人は,奥深い教養を蓄えながらも,研ぎ澄まされた創造心にあふれ,飛躍する夢を持ち続けねばなるまい.だが単なる無謀の創造心ではどうにもならない.若い頃,そんな体験をした.私が眼科入局3年のころ,春季カタールで,コーチゾンを点眼すると眼がかすむという人を診察し,眼圧が高いことに驚き,検討の結果,コーチゾン点眼で眼圧が上昇していることを確認し,まだ文献に見ない新しい病気として恐る恐る学会で発表した.だが教養もなく,学問の進め方も知らぬアマチュアではどうにもならず,症例報告に留まった.その後10年ほどしてArmaly,Beckerらがステロイドレスポンス学説を樹立して国際的に有名になったのをみて臍(ほぞ)をかんだものだ.だが,私の報告から50数年も経た現在,なお,その本態はわかってはいない.当時,緑内障の主因は隅角にありというわけで,電顕もなくて,強拡大による隅角生態観察に熱中し,サルコイドジスの線維柱帯壁につらなる隅角結節を発見し,それによる続発眼圧上昇機構をも解明した.結節タイプが他の肉芽性炎症と異なることから,診断に重要なポテンシァルとなり,現在に至っている.さらに,シュレンム管を血液逆流法で可視化し動態観察する装置を考案し,線維柱帯メッシュワークや管腔の房水流出の病態,アウトレットに流れ込む状態などを16ミリ映画に撮り,国内外でデモした.ドイツの学会ではトラベクロトミーの元祖Harms教授や,光凝固の元祖Mayer-Schwickerat教授に大変にお褒めをいただき,Tuebingen大学に招待された.アメリカではNEI(NationalEyeInstitute)に招待されて,コーガン,カッパー,クワバラら超大家の控えている前でデモしたものだ.また「君のおかげでシュレンム管というものがよく理解できた」と4代前の東北大学の桐沢教授に握手を求められたことを思い出した.実際,血液で彩られた房水が,いろいろなパターンで管腔に留まったり流出したりする状況は我ながら感動的で,病態を知るのにずいぶんと役立った.シュレンム管のアウトレット部のメッシュワークに限局して色素が点々と沈着し,そこが房水流出の主路であることも明らかにした.VascularTheoryの大元締めで,尊敬されていたバンクーバーのDrance教授とシンポジユームを担当したときに,私はMechanicalTheoryを病理組織所見をベースに主張し,Drance教授の血管説に反論したが,「ドクター・イワタは前から私の親しい友であるが,緑内障の視神経障害に関しては相容れないのは学問の上のことで,やむを得ないことだ…」.彼我ともにリタイヤーして久しく,当時を懐かしく思い出している.だが相容れない状況は現在も変わってはいない.緑内障の木蔭でまどろんだ夢が次々と思い出されて止めどがない.紙面の都合もあり,話題を変えてみよう.なんといっても,緑内障学が新しい世界に踏み出す契機を作ったのは,多治見スタディである.その十年ほど前に,私は日本眼科学会の特別講演で,眼圧が高くとも,正常でも,より低く眼圧を保持したほうが視野障害を緩めたり,停止させたりすることを後ろ向き調査で明らかにし,眼圧が正常でも進行することを強調し,タイプやステージごとに目標眼圧を設定した.多治見スタディは原発開放隅角緑内障(POAG)の92%は正常眼圧緑内障(NTG)であることを実証したが,私どもの成績とともに眼圧の高いのが緑内障という古典的コンセプトを覆す革命的事実となった.研究者の常識としては,正常眼圧でも緑内障性視神経障害(GON)をきたすのは血流障害など多因子の作用している疾患(multifactorialdisease)だからだと思い込むことになる.その後の研究でNTGでもGONに眼圧依存性の強いことがエヴィデンスとして確認された.しかしそれでも緑内障は進行することから,緑内障の本態がちらりとその姿を露見させたわけで,研究者はそこに喰らい付かねばなるまい.統計学では無視されるが,observationalstudyが新たなモチベーションを与えてくれるに違いない.科学は観察から始まるのだ.GONの解明のために日本に与えられた絶好のチャンスなのだ.話題のNTGの低脳圧現象は病態生理学的にはGONを説明できない.また緑内障で皮質中枢まで障害されるとは,単純には考えにくい.精密な追試が必要だ.現在緑内障の視神経障害は国際的に緑内障視神経症(glau-comatousopticneuropathy:GON)とよばれている.そして緑内障は視神経自身の病気と理解されている.これはきわめていい加減な表現で,惑わされてはならない.GONが自発的な視神経自身の病気とすべき根拠はどこにもない.私はGONという表現は,視神経が退行変性し消えてゆくmolecularbiologicalな複雑な処理過程を示しているにすぎず,病理所見からも視神経炎みたいな自発的疾患ではないとするのが妥当と考える.視神(90)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.8,20091097(91)経自身の疾患ならば解決は簡単だ.だが,それは本末転倒で,真の病態がますます見えなくなるのではないか.現在,臨床的に緑内障が進行しているか否かの判定法を巡って視野とか視神経線維層の厚みの変化を対象に論争が激しい.だが,それは年単位程度のごく大まかなものにすぎない.現時点で緑内障の本態がactiveに活動していることを「微分」的に確認する方法はないであろうか.未来の超高解像力OCT(光干渉断層計)が鍵を握っているのではあるまいか.私のフーリエ・ドメインOCTによる探索では,GONで視神経萎縮が起こる場合には,萎縮の前の段階で,視神経線維が腫脹することを確認できた.これこそが現在リアルタイムで観察可能な唯一のactiveなサインと考えている.また私どもは失敗したが,眼圧自動調整中枢のレベルを,エアコンの目盛りを下げてリセットし,室温を下げるみたいに調整できないか.緑内障の巨木の木蔭で見る,夢がつづく.(2009年5月,みどりの日に)岩田和雄(いわた・かずお)1927年生まれ19611963年Bonn大学留学1972年新潟大学教授1993年退官,名誉教授日本眼科学会,日本緑内障学会,日本臨床眼科学会,各総会特別講演☆☆☆

インターネットの眼科応用7.インターネット学会

2009年8月31日 月曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.26,No.8,200910930910-1810/09/\100/頁/JCOPY学会の意義「世界中のすべての情報をネット上に整理し,世界中の人々がアクセスして使えるようにする」1)は,Googleという巨大企業のミッションです.私は,以前にインターネットの利用方法が,軍事→通信→アダルト→物販→交流,と移行していることを紹介しました2).インターネット上の交流にはさまざまな形態があります.参加者が自由に投稿できる掲示板機能は「交流」のひとつです.ただ,静的な情報交流であってリアルタイムではありません.近年では,通信技術の発展に伴い,動的なリアルコミュニケーションがネット上で可能になりました.パソコンにウェブカメラを繋ぎ,遠隔地を繋いで会議をする事例が企業を中心に報告されています.肉声すらデジタル化され,テキスト化され議事録となります.インターネットの本質は「繋ぐ」ことにあります.人とモノを繋ぎ,人と情報を繋ぎ,人と人を繋ぎます.情報がデジタル化されるに伴い,マッチングに要する時間が圧倒的に効率化されました.では,医療現場において「現場臨床医」と「最先端の医療情報」を繋ぐ方法は何でしょうか.従来は,学会であり,論文です.論文はすでにデジタル化されインターネットで検索可能になりました.では学会はどうでしょう.インターネットとどのように融合するでしょう.学会の本質は知の結集です.その場に参加することで最先端の知に触れることができます.参加した人にしか触れることができない「神聖性」は,その場に参加するインセンティブになりますが,本来,学会が担うべき医療水準の向上には,この神聖性は,逆に閉鎖性となり,情報流通のネックとなります.結果として,学会に参加しやすい臨床医と学会に参加できない臨床医の間に,知識格差を生みます.多忙な臨床医は遠いエリアの学会には参加することができません.インターネットはその不自由さをどのように解決して,医療情報の流通をスムーズにするのでしょうか.ひと昔前は,スライドを現像してから学会に参加したものです.何度もでき栄えをチェックして,修正は学会の5日前でないと間に合いません.そんな時代がありました.今ではデジタルプレゼンテーションが主流となり,学会のデジタル化は完了しました.学会の次の進化はIT化です.インターネット上で学会が運営される日が必ず訪れます.物事が大きく変わる際には3つの段階を踏みます.まず,技術的に可能になって,つぎに法律や行政などの外部環境が整備されて,最後に人間の意識が変わって世の中に普及します.学会のIT化も医療のIT化も同じ流れを進んでいます.現在は,「技術的には可能」という段階です.以下に,インターネットを応用した先駆的な実例を紹介します.インターネット学会インターネットを用いた新しい論文投稿の形態として,PLoSONEというオンラインジャーナルがあります3).このオンラインジャーナルは,研究(実験)の方法に特に問題がなければ,結果の意義を問わず,初回投稿から数カ月で掲載されます.研究者はインターネット(87)インターネットの眼科応用第7章インターネット学会武蔵国弘(KunihiroMusashi)むさしドリーム眼科シリーズ⑦図1オンラインジャーナル「PLoSONE」———————————————————————-Page21094あたらしい眼科Vol.26,No.8,2009を通じて投稿し,論文はインターネット上に掲載され,世界中の読者からコメントが寄せられます.このシステムでは,有意義な知見が査読者の一存で掲載されない可能性は減るものの,不適切なコメント・修正が増える可能性があります.読者の立場としては,玉石混淆のなかから本物を拾い出す眼力を求められます.投稿の容易さが研究者の間で話題となり,また,来年度以降にはインパクトファクターが認められるため,急速に論文数を増やしています.PLoSONEは,インターネットの特性を活用した,きわめて革新性の高い試みです.サイトの文化を決めるのは,事業者でなく参加者である,というインターネットの潮流を学界に持ち込んでいます.今後の展開に注目です(図1).インターネット学会INABIS(InternetAssociationforBiomedicalScienc-es)という国際学会があります.1994年当時,三重大学の村瀬澄夫先生が世界に先駆けて,インターネット上ですべてが完結した国際会議を開催しました4).演題審査もインターネット上で行われ,発表はポスターセッションと掲示板討論でした.このようなインターネット学会が,通信容量の少ない15年前に可能でした.主催者の先見性に驚かされるばかりです(図2).MVConlineでできること④(インターネット学会)5月号より,インターネットの医療応用の実例を紹介(88)しています.MVC-onlineでは参加する医師・歯科医師がエリアや所属を越えて意見交換しています.臨床に関する相談事が可能です.手術動画を会員限定で共有し,議論を深めることが可能です.演者の同意を得られた講演をインターネット上で共有すれば,地方都市で開催された研究会が全国学会に変貌します(図3).【追記】NPO法人MVC(http://mvc-japan.org)では,医療というアナログな行為と眼科という職人的な業を,インターネットでどう補完するか,さまざまな試みを実践中です.MVCの活動に共感いただいた方は,k.musashi@mvc-japan.orgまでご連絡ください.MVC-onlineからの招待メールを送らせていただきます.先生方とシェアされた情報が日本の医療水準の向上に寄与する,と信じています.文献1)http://www.google.co.jp/corporate/2)武蔵国弘:インターネットの歴史.あたらしい眼科26:221-222,20093)http://www.plosone.org/home.action4)LarkinM:Websiteinbrief.Lancet355:665-666,2000図3MVConlineで講演動画を放送中図2インターネット学会INABIS'98のホームページ☆