———————————————————————- Page 1あたらしい眼科Vol. 26,No. 9,200912270910-1810/09/\100/頁/JCOPY遠隔医療の定義遠隔医療という言葉を時折,新聞・テレビなどで見かけます.報道 では最新の通信技術を中心に紹介するため,遠隔医療とは,離島や過疎地の医療を支援するインターネット上の仕組み,と理解されがちです.後ほど説明します が,「インターネットの医療応用」と「遠隔医療」は同一ではありません.ただ,遠隔医療は,医療者が積極的に関与すべき未開拓の分野です.学術的,産業 的,社会的な観点からも多様な可能性を秘めています.私は,日本遠隔医療学会(JTTA)の分科会長の役職を任されております.その立場も踏まえて,今月 号と次号で「遠隔医療」の現状,問題点,展望について紹介させていただきます.遠隔医療を英訳すると,Telemedicine and Telecareとなり,診療行為以外の広がりをもつ言葉になります.平成 9 年に厚生労働省遠隔医療研究班がまとめた「総括班最終報告書」によると,遠隔医療とは「映像を含む患者情報の伝送に基づいて遠隔地から診断,指示などの 医療行為及び医療に関連する行為を行うこと」と定義されます1).JTTA は遠隔医療をもっとシンプルに定義します.「遠隔医療とは,通信技術を活用した健康増進, 医療,介護に資する行為をいう」となります2).「画像」という情報に拘らない点,医療だけでなく,介護・ヘルスケアの領域にも定義を広げている点で,厚 労省の定義を拡大しています.つまり,電話健康相談,ネット健康相談は,実際の診察,検査,処方を伴いませんが,立派な遠隔医療です.近年,ネットで薬を 販売しても良いかどうかが議論になりましたが,医薬品のネット販売も遠隔医療に相当するでしょう.空間を共にしない人への医療知識の伝達がすべて,「遠隔 医療」になります.その伝達手段の一つがインターネットです.参考までに,Americanツꀀ Telemedicineツꀀ Association という米国の団体による遠隔医療の定義は,「Telemedicineツꀀ isツꀀ theツꀀ useツꀀ of medical information exchanged from one site to anoth-erツꀀ viaツꀀ electronicツꀀ communicationsツꀀ toツꀀ improveツꀀ patients’ healthツꀀ status.」となります.医療物質の移動ではなく,医療情報(medical information)を用いる営みを Tele-medicine といいます.遠隔医療の本質は,高度な通信技術に依存しません.医療というのは, きわめてアナログな行為です.そして,インターネットを含めた通信技術はどこまでいってもデジタルです.アナログな人間同士の営みが主となり,通信技術が 従になります.リアルな医療行為をどのようにバーチャルで補完するかが重要です.遠隔医療の現在の課題は,数ある事業をどのようにして維持させるか,の一 点です.遠隔医療学会では方法論や事業モデルについて議論がなされます.通信手段のなかでも,インターネットを用いる遠隔医療はさまざまな事例報告を積み 上げています.その事例報告も集約すると,その本質はきわめてシンプルです.前号までに何度か紹介しましたが,インターネットとは「繋ぐ」技術です.「イ ンターネットを用いた遠隔医療」は,インターネット上の医師集団と患者集団の両者を繋げば成立します.通常の検査・治療・投薬を伴う医療は,人や物質の移 動が伴うため対面式「One to One」ツꀀ が原則です.現行の保険制度は対面診療を基本にしています.それに対し,情報のみを扱う医療行為は,1 人の医師が多数の患者に対応する「Oneツꀀ toツꀀ Mass」に加え,インターネット通信を使うことで,医師集団が多数の患者に対応する「Massツꀀ toツꀀ Mass」の医療が可能になります.その Mass同士のインターフェースをどうするか,どのように事業化するか,が次の課題です.現在は,一部の例外を除いて遠隔診断料は健康保険制度の適用外で すが,将来,保険で認められる範囲が広がると予測されます.遠隔医療の分 遠隔医療には 3 つの形態があります.1 つ目が医師と(69)インターネットの眼科応用第8章遠隔医療武蔵国弘(Kunihiro Musashi)むさしドリーム眼 科シリーズ ⑧———————————————————————- Page 21228あたらしい眼科Vol. 26,No. 9,2009医師を結ぶ媒体.2 つ目が医師と患者を繋ぐ媒体.3 つ目が患者同士のコミュニケーションを医師がガイドする媒体です.それぞれについて紹介します.1. 医 医の遠隔医療医師同士がインターネット通信を通じて,症例相談ができる媒体です.CT や MRI の画像を遠隔地から診断する,遠隔診断事業会社が 2000 年を境に日本で複数社設立されました3).これらは有償のサービスですが,私が主宰している MVC-online のように無償で情報交換をしている媒体も見受けられます.今後,多忙な臨床医の情報源として利用範囲が広がるでしょう4).2. 医 患の遠隔医療医師と遠隔地の患者を繋ぐ手段として,インターネットは現状のところ苦戦しています.基本的に日本の医療施設はフリーアクセスであるため,イ ンターネットのフリーアクセスの優位性が相対的に高くないのでしょう.また,アメリカほどの国土をもつわけでもありません.So-net M3 という医療者専用サイト内には,患者からの問いかけに対して医師が回答する「Askツꀀ Doctor」という掲示板機能があります.実験的な試みとして注目されます.また,T-PEC という企業は電話相談という方法で遠隔医療を事業化しています5).これは,遠隔医療を事業化させた数少ない成功例の一つです.3. 患者のコミュニティ支援意外に思われるかもしれませんが,これも遠隔医療の一つです.インターネット禁煙マラソンという団体があります.禁煙者同士のメー リングリストを作ったり,セミナーを開いたり,禁煙に挫折しそうなメンバーを励ましあい,自分の体験談を公開することで,禁煙者の支援をしています.その コミュニティに禁煙の専門医師が参加し,アドバイスを発信します6).これは直接の医療行為ではありませんが,「通信技術を活用した健康増進」に相当しま すので,立派な遠隔医療です.メーリングリストではなく,ブログを使って,闘病中の患者の声を集めた「TOBYO」というサイトも注目されています (図1)7).患者同士のインターネット上での交流に医師が参加することで,遠隔医療が実現できます.これらを事業化にはもう少し時間がかかりそうで す.Google はGoogleツꀀ health という,個人が自分で健康情報を管理できるサービスを無償で提供しています(図2).Boston州では,Googleツꀀ health で健康管理をしている人は,予防の意識が高く罹患率が低いとされ,有利な保険契約が可能ということです8).(70)【追記】NPO 法人 MVC(http://mvc-japan.org)では,医療というアナログな行為と眼科という職人的な業を,インターネットでどう補完するか,さまざ まな試みを実践中です.MVCの活動に共感された方は,k.musashi@mvc-japan.org までご連絡ください.MVC-online からの招待メールを送らせていただきます.先生方とシェアされた情報が日本の医療水準の向上に寄与する,と信じています.文献 1) http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/04/dl/s0409-7b.pdf 2) http://square.umin.ac.jp/jtta/ 3) 武蔵国弘:他科のインターネット事情.あたらしい眼科 26:509-510, 2009 4) http://mvc-online.jp 5) http://www.t-pec.co.jp/ 6) http://kinen-marathon.jp/ 7) http://www.tobyo.jp/ 8) http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023, 20368434,00.htm図 1TOBYOのトップページ図 2Google healthのトップページ