———————————————————————- Page 1(117)ツꀀ 12750910-1810/09/\100/頁/JCOPYツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ あたらしい眼科 26(9):1275 1278,2009cはじめに緑内障に対する線維柱帯切除術の不成功例のおもな原因は強膜弁の瘢痕形成によるものであり1),この瘢痕形成を抑制する線維芽細胞増殖阻害薬マイトマイシン C(MMC)が併用されるようになり,術後成績が格段に向上した2,3).しかし,MMC の併用によっても,結膜下癒着および強膜弁癒着により再び眼圧上昇をきたす難治性の緑内障症例に対し治療に難渋することが少なくない.今回筆者らは,通常腹腔内手術や骨盤内手術において術後の癒着防止目的にて使用されている癒着防止吸収性バリア(セプラフィルムR,科研製薬株式会社,図 1)4 6)が,強膜弁および強膜結膜間の物理的なバリアとして存在することにより癒着を軽減,濾過胞の維持に効果的と考え,強膜および結膜の癒着が強く濾過胞形成不全をきたしやすいと考えられる結膜瘢痕を有する緑内障 5 例 6 眼に対し,セプラフィルムR併用線維柱帯切除術を施行したので報告する.I対象および方法対象は,2007 年 8 月から 2008 年 4 月の間に,当科にてセプラフィルムR併用線維柱帯切除術を施行し,術後 2 カ月以上経過観察した緑内障患者 5 例 6 眼である.病型は落屑緑内障 1 例 2 眼,原発開放隅角緑内障(狭義)1 例 1 眼,続発緑内障 2 例 2 眼,慢性閉塞隅角緑内障 1 例 1 眼であった.内訳は,男性 3 例,女性 2 例,年齢は 59 79 歳(平均値±標準偏差;69.2±9.1 歳),全例 2 回以上の内眼手術の既往があった(表 1).眼圧下降薬 2 6 剤(4.3±1.4 剤:アセタゾラミ ド 内 服 は 2 剤 と し て 換 算)使 用 下 に て 術 前 眼 圧 は 21 47 mmHg(32.3±8.5 mmHg),術後経過観察期間は 2 13〔別刷請求先〕鶴田みどり:〒060-8543 札幌市中央区南 1 条西 16 丁目札幌医科大学医学部眼科学講座Reprint requests:Midori Tsuruta, M.D., Department of Ophthalmology, Sapporo Medical University School of Medicine, S1W16, Chuo-ku, Sapporo 060-8543, JAPANセ プ ラフィル ムR併用線維柱帯切除術を施行した 緑内障の 5 例鶴田みどり田中祥恵稲富周一郎片井麻貴大黒幾代大黒浩札幌医科大学医学部眼科学講座Trabeculectomy Using Sepra lmR in Five Cases of GlaucomaMidori Tsuruta, Sachie Tanaka, Syuichiro Inatomi, Maki Katai, Ikuyo Ohguro and Hiroshi OhguroDepartment of Ophthalmology, Sapporo Medical University School of Medicine目的:緑内障症例に対しセプラフィルムR併用線維柱帯切除術を施行した 5 症例の報告.対象および方法:全例 2回以上の内眼手術の既往のある結膜瘢痕を有する緑内障 5 例 6 眼.術式は,強膜弁下にセプラフィルムRを留置,強膜弁とともに縫合した.結果:2 眼では術後 2 カ月でさらなる眼圧下降手術を要したが,4 眼では良好な経過であった.重篤な合併症は認められなかった.結論:セプラフィルムR併用により安定した濾過胞と眼圧下降が得られる可能性があるが,今後適応および術式につきさらなる検討を要する.Weツꀀ reportツꀀ onツꀀ 5ツꀀ patients(6ツꀀ eyes)whoツꀀ underwentツꀀ trabeculectomy,ツꀀ usingツꀀ Sepra lmR,ツꀀ forツꀀ refractoryツꀀ glaucoma(exfoliation glaucoma, primary open-angle glaucoma, secondary glaucoma, chronic closed-angle glaucoma)and who had undergone intraocular surgery at least twice. Postoperative intraocular pressure(IOP)was signi cantly lower than the baseline IOP, but 2 eyes required additional glaucoma surgery. There were no severe complications. Tra-beculectomyツꀀ usingツꀀ Sepra lmRツꀀ isツꀀ expectedツꀀ toツꀀ beツꀀ aツꀀ safeツꀀ andツꀀ e ectiveツꀀ method;furtherツꀀ studyツꀀ isツꀀ neededツꀀ forツꀀ evalua-tion of this technique.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)26(9):1275 1278, 2009〕Key words:線維柱帯切除術,セプラフィルムR,緑内障.trabeculectomy,Sepra lmR,glaucoma.———————————————————————- Page 21276あたらしい眼科Vol. 26,No. 9,2009(118)カ月(6.0±4.5 カ月)であった.学内倫理委員会の承認を得た後,すべての患者より手術に先立ち,術式・結果および合併症に関する十分な情報提供を行い,文書による同意を得た.6 眼中 1 眼に水晶体超音波乳化吸引術および眼内レンズ挿入術(PEA+IOL)との同時手術を施行,3 眼が偽水晶体眼であり,2 眼が術後無水晶体眼であった.術式は,①円蓋部基底結膜切開,② 4×4 mm(四角形)の強膜外方弁作製,③ 4×3.5 mm の強膜内方弁を作製,切除,④線維柱帯切除,⑤周辺部虹彩切除,⑥強膜弁下に約 5×6 mm のセプラフィルムRを留置,⑦強膜弁をセプラフィルムRとともに 10-0 ナイロン糸にて 2 4 糸縫合した(図 2).硝子体切除術,水晶体再建術および線維柱帯切開術の既往があり,結膜の癒着が強いと思われた症例⑤および複数回にわたる線維柱帯切除術の既往があり結膜瘢痕が強いと思 わ れ た 症 例 ⑥ に 対 し MMC を 併 用 し た(表 2). な お,MMC は強膜外方弁作製後 0.04%の濃度で 3 分間接触させたのち生理食塩水 250 ml にて洗浄した.当術式における術後眼圧値,術後処置および合併症につき検討した.なお,眼圧はすべて Goldmann 圧平眼圧計を用いて測定し,有意差の検定には paired-t 検定を用いた.図 1セプラフィルムR12.7×14.7 cm の半透明のフィルム.:セプラフィルムR図 2術式模式図表 1症例の内訳症例年齢(歳)性別病型手術の既往(施行順)①R79FPEGPEA,ALT,ALT,adNPT②L79FPEGPEA,ALT,ALT,LEC,GSL+A-vit,LOT,A-vit+濾過胞再建③L59MSEG(色素散布性)PEA+IOL,LEC,LEC LOT④R59MPOAGLEC,LEC⑤R67FSEG(ぶどう膜炎)VIT+PEA+IOL,LOT⑥L72MCACGLI,LEC,LEC,PEA+IOL L:左眼,R:右眼,M:男性,F:女性,PEG:落屑緑内障,SEG:続発性緑内障,POAG:原発開放隅角緑内障,CACG:慢性閉塞隅角緑内障,PEA:超音波水晶体乳化吸引術,IOL:眼内レンズ挿入術,ALT:アルゴンレーザー線維柱帯形成術,adNPT:改良型非穿孔性トラベクレクトミー,LEC:トラベクレクトミー,LOT:トラベクロトミー,GSL:隅角癒着解離術,A-vit:前部硝子体切除,VIT:硝子体手術,LI:レーザー虹彩切開術.表 2術式と経過症例術式眼圧経過(mmHg)観察期間追加治療術前1 カ月2 カ月3 カ月最終①LEC+セプラフィルムR4789121613 カ月②LEC+セプラフィルムR32746── 2 カ月毛様体光凝固③LEC+セプラフィルムR32622181610 カ月IOL 縫着術④LEC+セプラフィルムR+PEA-IOL212026── 2 カ月濾過胞再建術⑤LEC+セプラフィルムR+MMC346141717 4 カ月⑥LEC+セプラフィルムR+MMC281613147 5 カ月———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 9,20091277(119)II結果1. 術後眼圧(平均値±標準偏差)(表 3)術前眼圧値 32.3±8.5 mmHg に比べ,術後 1 週目の眼圧値は 6.2±2.4 mmHg(p<0.001),術後 2 週目は 9.2±2.0 mmHg(p<0.001)と有意に下降した.また,術後 2 カ月で 2 眼がさらなる眼圧下降手術を要したのに対し,有血管性でびまん性の良好な濾過胞例 4 眼(図 3)では,それぞれ術後 2 カ月で 2 眼,4 カ月で 1 眼に眼圧下降薬を併用したものの,眼圧は術後 1 カ月,2 カ月および 3 カ月目の眼圧値はそれぞれ 10.5±6.0 mmHg,15.3±2.8 mmHg,15.0±1.4 mmHg と良好な眼圧下降が得られた.2. 術後処置術後,全例で laserツꀀ suturelysis(LSL)を要し,術後 13 日目から 20 日目に施行した.眼球マッサージも全例で併用した.4 症例 5 眼(83.3%)で needling を要した.症例⑤では厚い Tenonツꀀ により LSL が困難であったため,needling にて切糸した.3. 術後合併症(表 4)2 眼に術後低眼圧による脈絡膜 離が眼底周辺部に限局してみられたが,術後 8 20 日で消失した.房水漏出は 3 眼(50%)あり,3 眼ともに輪部切開部からの漏出であり,セプラフィルムRの吸収とともに 2 眼は自然に治癒,1 眼は縫合を追加し房水漏出が消失した.また,セプラフィルムRの前房内迷入が 1 眼あったが前房洗浄で除去でき,その後の眼圧,濾過胞の維持に影響はなく角膜内皮障害なども認められなかった.なお,浅前房,持続性低眼圧など重篤な合併症は認めなかった.III考按緑内障に対する MMC 併用線維柱帯切除術は,現在最も有効な手術である2,3)が,結膜瘢痕を有する症例に対する線維柱帯切除術は MMC を使用しても不成功に終わることが少なくない.MMC 以外に成功率を高める方法の一つとして,新井らはセプラフィルムRを強膜フラップ間の物理的バリアとして用いた新しい緑内障手術を報告した(血管新生緑内障に対するセプラフィルムR併用線維柱帯切除術,第 61 回日本臨床眼科学会総会).セプラフィルムRはヒアルロン酸ナトリウムとカルボキシルメチルセルロースを重量比 2:1 で含有する合成生体吸収性癒着防止剤で,通常腹腔内手術や骨盤内手術において術後の癒着防止目的にて広く使用されている4 6).セプラフィルムRはおよそ 7 日間適用部位にとどまり,体内に吸収された後 28 日以内に体外へ排出され,物理表 3眼圧下降例の術後眼圧の推移(平均±標準偏差)眼圧(mmHg)術前1 週間2 週間1 カ月3 カ月6 カ月12 カ月32.3±8.56.2±2.4**9.2±2.0**10.5±6.0**15.3±2.8*15.0±1.4*16(n=6)(n=6)(n=6)(n=6)(n=4)(n=2)(n=1) *p<0.05,**p<0.001.表 4術後合併症合併症眼 数脈絡膜 離2 眼(8,20 日でそれぞれ消失)房水漏出3 眼(結膜縫合 1 眼)セプラフィルムR前房内迷入1 眼(前房洗浄)図 3術後13日の前眼部写真有血管性,びまん性の濾過胞(症例③).セプラフィルムR強膜弁図 4術後10日のUBM強膜弁下にセプラフィルムRを認める.(今回の症例とは別の経過良好な症例.73 歳,男性,POAG)———————————————————————- Page 41278あたらしい眼科Vol. 26,No. 9,2009(120)的なバリアとして存在することにより癒着を軽減する9)ことから,緑内障の術後濾過胞の維持にも効果的と思われる(図4).セプラフィルムRは毒性がなく,免疫反応を起こさないことが証明されており10,11),頭蓋内の皮下組織および硬膜の癒着を防止する目的で頭蓋内での使用も報告されている12).したがって本症例のような MMC 併用濾過手術不成功である緑内障進行例に対し,術後早期に眼圧値を 7 12 mmHgに調整する必要性13)から,合成生体吸着性癒着防止剤であるセプラフィルムR併用にて術後早期の癒着を防止することにより眼圧コントロールできないか考えた.今回 6 眼中 2 眼でさらなる緑内障手術を要したが,複数回の手術既往で結膜瘢痕があり,また,セプラフィルムRは創傷治癒を抑制するものではなく14),本法の限界を示しているのかもしれない.一方,MMC を併用した 2 症例は観察期間が短いものの,いずれも良好な濾過胞を維持しており,併用が可能な症例では MMC も併用することでより良好な成績が得られることが示唆された.濾過胞を維持するための術後処置として,全例で LSL および眼球マッサージを要した.術後合併症として房水漏出が3 眼(50%)とこれまでの報告 7 10%15)と比べ頻度が高く,セプラフィルムRが輪部切開部の癒着も遅延させてしまった可能性が考えられたが,1 週間程度の経過観察および縫合の追加で房水漏出に対処することができると思われた.また,セプラフィルムRの前房内迷入が 1 例あったが問題なく経過しており,浅前房,持続性低眼圧など重篤な合併症は認められず,比較的安全性の高い手法と思われた.結膜瘢痕を有する緑内障に対する線維柱帯切除術では,セプラフィルムRを使用することにより安定した濾過胞と眼圧下降が得られる可能性がある.しかしながら,術後比較的早期に濾過胞の消失がみられる症例もあり,セプラフィルムR併用に関して今後適応および術式につき,さらなる検討を要する.文献 1) Scuta GL, Parrish PK:Wound healing in glaucomaツꀀ ltering surgery. Surv Ophthalmol 32:149-170, 1987 2) Kitazawaツꀀ Y,ツꀀ Kawaseツꀀ K,ツꀀ Matsushitaツꀀ Hツꀀ etツꀀ al:Trabeculec-tomy with mitomicin C. Arch Ophthalmol 109:1693-1698, 1991 3) 八百枝潔,阿部春樹,白柏基宏ほか:マイトマイシン Cを併用した線維柱帯切除術後の長期眼圧下降効果.あたらしい眼科 14:395-398, 1997 4) 貞廣荘太郎,鈴木俊之,石川健二ほか:泌尿器科医に必要な新しい医療材料の知識合成吸収性癒着防止剤.臨床泌尿器科 56:45-49, 2002 5) 赤羽勉,佐藤耕一郎,橋本有ほか:開腹手術における癒着防止シート(セプラフィルムR)による術後早期イレウス防止効果の検討.外科治療 87:557-562, 2002 6) 登内仁,小林美奈子,楠正人:合成吸収癒着防止剤(セプラフィルムR)による腸管癒着防止法.外科 64:187-188, 2002 7) 山本哲也,北澤克明:線維芽細胞増殖阻害薬を併用するトラベクレクトミー:その光と影.眼科 37:39-46, 1995 8) 宮田博:トラベクレクトミーその併発症と対策.眼科 41:979-984, 1999 9) 毛利靖彦,内田恵一,楠正人:癒着防止フィルム.外科 69:1168-1172, 2007 10) Sueda J, Sakuma T, Nakamura H et al:In vivo and in vitroツꀀ feasibilityツꀀ atudiesツꀀ ofツꀀ intraocularツꀀ useツꀀ ofツꀀ Sepea lmツꀀ to close retinal breaks in bovine and rabbit eyes. Invest Oph-thalmol Vis Sci 47:1142-1148, 2006 11) Burnsツꀀ JW,ツꀀ Coltツꀀ MJ,ツꀀ Burgessツꀀ LSツꀀ etツꀀ al:Preclinicalツꀀ evalua-tion of Sepra lm bioresorbable membrane. Eur J Surg 163:40-48, 1997 12) 一ノ瀬努,宇田武弘,日下部太ほか:外減圧後頭蓋形成術における癒着防止吸収性バリア(セプラフィルムR)の有用性.脳神経外科 35:151-154, 2007 13) 清水美穂,丸山幾代,八鍬のぞみほか:マイトマイシン C併用トラベクレクトミーの術後成績に影響を及ぼす臨床因子.あたらしい眼科 17:867-870, 2000 14) Akyol N, Aydogan S, Akpolat N:E ect of membrane adhesion barriers on wound healing reaction after glauco-maツꀀ ltration surgery. Eur J Ophthalmol 15:591-597, 2005 15) 狩野廉,桑山泰明,水谷泰之:強膜トンネル併用円蓋部基底トラベクレクトミーの術後成績.日眼会誌 109:75-82, 2005***