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多発性硬化症・視神経脊髄炎の免疫学的背景

2009年10月31日 土曜日

———————————————————————- Page 10910-1810/09/\100/頁/JCOPYがって臨床的には NMO と OSMS はかなりオーバーラップすることとなったが,NMO において特異的な自己抗体(NMO-IgG)の発見と,同抗体が日本人 OSMS においても高頻度(30 70%)で認められることから,病態の面でも NMO と OSMS は同様の機序を共有している可能性が高まった.この機序は MS とはまったく異なるとする意見もあるが,OSMS に対するインターフェロンb治療の奏効例の存在や MS と同様の頭部病巣を呈する例があるなど,共通の土台がある可能性もあり,まだ議論すべき点は多い.本稿では,疫学的・病理的特徴にも簡単に触れながら,現在想定されている病態機序について概説する.I多発性硬化症の病態・機序MS の病理像はその名が示すように慢性期では,神経軸索に比してミエリンの消失が目立ち,グリオーシスを伴う硬化した脱髄病巣(プラーク)の形成が特徴であり,血管周囲に炎症細胞浸潤を伴って形成される.脱髄の活動性により浸潤細胞の構成は変化するが,基本的にはリンパ球とマクロファージが主体であり,特に急性期はマクロファージの割合が高く,分解されたミエリンがマクロファージ内部に認められる.このような多発性の病巣を形成する動物モデルが EAE である.EAE はもともとホモジネートした脊髄をマウスに接種することで発症する脳脊髄炎のモデルであったが,その抗原がミエリン塩基性蛋白(myelin basic protein:MBP)であることがはじめに多発性硬化症(multipleツꀀ sclerosis:MS)は,臨床的には症状および画像を含む検査上,2 カ所以上の中枢神経の脱髄が,それぞれ明らかに区別された時間に生じた疾患をさす.すなわち中枢神経に時間的・空間的に脱髄が散在する疾患である.これは病理学的な対応では中枢神経にみられる急性期の炎症性脱髄と軸索傷害を伴う限定的な再髄鞘化であり,最終的にはその名前が示すように硬化したプラークを形成する.こうした病像を作り出す機序については,臨床上の情報,病理上の情報,および動物モデル(実験的自己免疫性脳脊髄炎,experimental autoimmune encephalomy-elitis:EAE)を含む基礎医学からの情報が相互にフィードバックしながら徐々にその詳細が明らかになってきた.一方で動物モデルが確立した際に予想されたほど,単純な機序ではないことも示されている.視神経脊髄炎(neuromyelitisツꀀ optica:NMO,Devic病)はもともと重篤な両側性視神経炎と脊髄炎が連続して生じる疾患として報告され,のちに急性・亜急性視神経炎と横断性脊髄炎が 8 週間以内に連続して起こる単発性の脱髄疾患として定義された1).しかし症例の集積・解析により視神経,脊髄病巣の時間的な散在,再発がありうることが示され,その疾患概念は大きく拡張され た2,3).一方,日本における MS 症例では視神経と脊髄を病変の首座とする例が多く,視神経脊髄型 MS(optic-spinalツꀀ formツꀀ ofツꀀ MS:OSMS)と分類されていた4).した(17)ツꀀ 1315 Tツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ Mツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 学 学ツꀀ 学ツꀀツꀀ 神経ツꀀ 学ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 812 8582ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 3 1 1ツꀀツꀀツꀀ 学 学ツꀀ 学ツꀀツꀀ 神経ツꀀ 学特集●多発性硬化症・視神経脊髄炎と抗アクアポリン4抗体 あたらしい眼科 26(10):1315 1322,2009多発性硬化症・視神経脊髄炎の免疫学的背景Immunological Background of Multiple Sclerosis and Neuromyelitis Optica松下拓也*吉良潤一*———————————————————————- Page 21316あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(18)成されるポリペプチドの混合物であるが,CD8 陽性 T細胞の HLA-E を介して CD4 陽性 T 細胞を選択的に傷害していることが示されており7),CD8 陽性 T 細胞を介した病原性 CD4 陽性 T 細胞の除外システムも病態に関与している可能性がある.しかし CD4 陽性 T 細胞だけでなく,CD8 陽性 T 細胞も病態形成に寄与していると考えられている.MS 病変部では数のうえでは CD8 陽性 T 細胞のほうが CD4陽性 T 細胞より多く,少数例の検討ではあるが,T 細胞レセプターの解析から,病変部における CD8 陽性 T細胞のクローナルな増殖が報告されている8).CD8 陽性T 細胞により誘発される EAE も作製されており9),これらの所見は CD8 陽性 T 細胞の関与を示唆している.現在のところ,CD8 陽性 T 細胞は CD4 陽性 T 細胞によって惹起された炎症反応の増強と組織傷害を仲介していると考えられている.特に軸索傷害については CD8陽性 T 細胞の関与が示されている.一方,古くから MS ではオリゴクローナルバンドの存在や IgG インデックスの高値から髄液中の免疫グロブリン産生が亢進していることが示されており,これらはB 細胞の関与を疑わせる所見である.MS では髄液中にMBP,PLP,MOG,MAG といったミエリン蛋白に対する自己抗体を認めることが多く10),ミエリンだけでなく軸索に発現する蛋白質である neurofascin11),Contac-tin-212)に対する抗体も報告されている.病理上も急性期病変に補体と免疫グロブリン(おもに IgG)が認められている13).以上のような所見から病態に自己抗体が関与していると考えられ,B 細胞の影響が示唆される.また,CD20 に対するモノクローナル抗体であるリツキシマブにより,急性期病変の迅速な改善が得られていることから,B 細胞は当初考えられていたより MS の病態に広範に関与している可能性がある.II多発性硬化症とサイトカイン・ケモカイン上記のように,EAE,MS の病態に関与する,type II HLA に拘束される CD4 陽性 T 細胞は炎症を促進するサイトカイン(IFN-g,TNF-aなど)を分泌しており,健常人ではミエリン反応性 CD4 陽性 T 細胞は炎症を制御するサイトカイン(IL-4,IL-5 など)を分泌する割合わかり,さらに MBP で刺激をした脾臓細胞を受動免疫することで,EAE を惹起できることが明らかとなった.これらの所見は病理像の相同性から MS の動物モデルと考えられ,MS の病態解析に大きな影響を及ぼしている.EAE における病巣形成は CD4 陽性 T 細胞に依存することから,MS においても免疫細胞,特に T 細胞の関与に注目が集まった.抗原として MBP のみではなく,ミエリン関連糖蛋白(MAG),ミエリンオリゴデンドロサイト糖蛋白(MOG),プロテオリピッド蛋白(PLP)といったその他のミエリン関連蛋白やミエリン以外の蛋白質であるaB-クリスタリン,S-100 蛋白も EAE を惹起することから,さまざまな抗原が MS の自己抗原候補にあげられるようになった.ヒト MS においても,EAE の研究結果を受けミエリン蛋白と T 細胞の反応性について解析が行われた.MBP に応答する T 細胞は,健常人と異なりメモリー T 細胞の占める割合が高いことが示され,その T 細胞はインターフェロンg(IFN-g)などの炎症促進性サイトカインを分泌していることが明らかになった5,6).以上のように MS は中枢神経の抗原(特にミエリンが有力な候補であるが)を標的にした自己免疫性疾患であると考えられている.また,免疫反応と多発性硬化症の関係を示すさまざまな研究結果から,免疫システムに関連する遺伝子を候補に遺伝学的解析が行われた.この結果欧米白人種においてクラス II HLA(組織適合抗原)分子をコードする特定のハプロタイプが遺伝学的リスクであることが明らかになった(DRB1*1501 と DRB5*0101).このことは抗原提示分子が病態に関与していることを示しており,CD4 陽性 T 細胞の関わりをさらに示唆する結果である.免疫システムの調整異常が MS の病態に関与している可能性もある.これは EAE モデルで詳しい検討がなされているが,CD25 を発現している CD4 陽性 T 細胞(転写因子として Foxp3 を発現している)は IL-10 を分泌し,直接的もしくはサイトカインを介して間接的に自己応答性 T 細胞を抑制している.このような調節性 T 細胞の異常が MS の発症に影響している可能性もあるが,ヒトにおける調節性 T 細胞の詳細は今のところまだ明らかにはなっていない.MS の治療薬として欧米で使用されている glatiramerツꀀ acetate は,4 つのアミノ酸で構———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,20091317(19)トでの分化には IL-1bと IL-6 がその役割を果たしていると考えられている18,19)(図 1).IL-23 は IL-12 と p40サブユニットを共有しており,p40 の抑制が EAE の発症を抑制したのは結局 IL-23 の抑制効果に基づいたもので,研究結果の矛盾も解決した.MS においてもIL-17 mRNA を発現する髄液中・血中の単核球数の増加20),単球から分化させた樹状細胞の IL-23 産生亢進および CD4 陽性 T 細胞からの IL-17 の産生亢進21)といった Th17 細胞の関与を示す所見が得られている.Th17 細胞の増殖にはスフィンゴシン一リン酸レセプター(sphingosine-1-phosphate type 1 receptor:S1P1R)からの経路が影響を与えていることが示されており22),現在日本でも治験が行われているフィンゴリモド(FTY720)は,このレセプターのモデュレーターであることから,Th17 細胞への直接的な影響による治療効果も期待されている.IL-17 はもともと炎症促進性サイトカインとして知られており,特に顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)やIL-8 を介して好中球の遊走を誘導している.マウスの線維芽細胞は IL-17 存在下で CCL2,CCL7,CXCL1,CCL20,matrixツꀀ metalloprotease(MMP)3 および 13 の発現を増加させており16),このような走化性因子(ケモカイン)と血液脳関門の傷害が病変部へのマクロファーが高い.前者のような T 細胞は転写因子として T-betを発現し炎症を誘発する type 1 ヘルパー T 細胞(Th1),後者は GATA-3 を転写因子として発現し,typeツꀀ 2 ヘルパー T 細胞(Th2)とよばれており喘息やアトピーなどアレルギー疾患にかかわる.転写因子は相互に排他的に働くことから,分化の状況によりどちらかの状態にシフトすることになる.MS,EAE は Th1 にシフトした病態と考えられ,Th1 細胞が病態形成のうえでも最も決定的な役割を果たすと考えられた.MS に対して IFN-g投与が行われた際に病状の悪化がみられた14)こともこれらの想定を補強するものであり,現在 MS 治療に広く使用されている IFN-bは Th1 から Th2 へのシフトをきたすことがその効果の原因と考えられている.しかしIFN-gノックアウトマウスでもEAEが誘発され,IFN-g産生 Th1 細胞への熟成効果を有する IL-12 の抑制は MS の治験において効果がみられないなど,Th1仮説に矛盾する研究結果も提示されていた.そして現在では EAE の検討から,発症に最も重要な T 細胞はIL-17 を産生するヘルパー T 細胞(Th17)であると考えられている15,16).これは Th1,Th2 に属さない別の系統に属するヘルパー T 細胞であり,転写因子としてROR-gを発現し IL-23 の影響下で増殖,ナイーブ T 細胞からの分化には IL-6 と TGF-bが必要である17).ヒツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ b/IL-10( +ツꀀツꀀツꀀツꀀ #ツꀀツꀀ ( , F 7N aツꀀ # .pF 7N aG&GpGoG2G $D @( +ツꀀツꀀツꀀツꀀ #ツꀀツꀀ ( , G %7, F 7N a+ツꀀ dツꀀ $7$D @ツꀀ $71″‘ツꀀツꀀツꀀ BIL-27IL-12IFN-gIL-4TGFb+IL-6TGFb(IL-6?敍圜辣)IL-23IL-2Na ve T cellDendritic cells(APC)逃?Th1T-betIFN-gRORgt図 1T細胞の分類———————————————————————- Page 41318あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(20)制御する分子的ポイントを抑制する治療法が効果をあげている.プロセス(2)については,先ほど述べたフィンゴリモド(FTY720)が作用する.フィンゴリモドはS1P1R の細胞表面への発現を抑え,S1P が作用できず,リンパ組織から血中へとリンパ球が移行しない.フィンゴリモドには MS に対し優れた再発抑制効果が確認されている24).サイトカイン・ケモカインは血管内皮細胞上にVCAM-1(vascular cell adhesion molecule-1)やICAM-1(intercellularツꀀ adhesionツꀀ molecule-1)といった細胞接着分子を誘導する.これは活性化した T 細胞の血管内皮への接着を促進し,中枢神経への免疫細胞の移行を促進させる.このプロセス(3)に関わる接着因子のうち,活性化したリンパ球表面に発現するa4 integrinに対するモノクローナル抗体(ナタリズマブ)が作製されており,進行性多巣性白質脳症の発症という問題があるものの,MS において MRI 画像上の増強効果と再発を抑制する効果が得られている25,26).また,非選択的にリンパ球を除去する CD52 に対するモノクローナル抗体(アレンツズマブ)27),B 細胞を選択的に除去するCD20 に対するモノクローナル抗体(リツキシマブ)28)も MS に対して画像上,臨床上の効果をあげている.ジの集簇およびさらなる自己反応性 T 細胞の中枢神経への移行をひき起こし,炎症を増幅させていくというカスケードが病態として想定されている.III病態プロセスと分子標的治療図 2 に MS に想定されている病態機序を示す.MS の発症,再発には大きく分けて 4 つのステップがあり,まずは(1)末梢リンパ組織において抗原を提示され自己反応性の T 細胞を形成し,(2)これらのリンパ球が血中に移行,(3)血中から中枢神経へ移行,(4)自己抗原の提示により炎症性サイトカインの分泌,炎症カスケードの惹起,といった経路が考えられる.治療薬のターゲットとしては,根本的な治療法として自己抗原を同定し,その自己反応を抑制する点に目が向く.MBP を抗原と考え,これに対する免疫寛容の導入を目的とした DNA ワクチン治療の試験が行われており,MRI 上の増強病変の出現を減少させる効果が認められている23)が,その効果は十分とは言いがたい.MS の病態は heterogene-ity があり,抗原も多様なものが想定されている.標的抗原を限定すると治療効果も一部の例に限定されてしまう可能性がある.一方で,そのプロセス自体に目を向け,各プロセスをツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ b+IL-6IL-23VCAM-1LFA-1ICAM-1VLA-4IL-17敏????????????????IL-1IL-6IL-8G-CSFMMP???????VEGF???????IL-6IFN-g舁????舁鉄?鉄B cell??????????CD8T????????敏?????敏?曉?Th17Th17図 2MSの病態———————————————————————- Page 5あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,20091319(21)を傷害し,病像を修飾すると考えられる.ただし,抗体単独では発症せず,T 細胞を介した免疫反応が必要であり,T 細胞系の関与が必要と考えられる.また,補体価は抗 AQP4 抗体陽性患者では再発期に上昇しており,全身的な炎症反応を反映していると考えられ,補体消費傾向は認められていない37).病理上は軸索傷害,壊死を反映する空洞形成を伴った脱髄像がみられ,急性期はマクロファージの浸潤と血管周囲に好中球・好酸球の集簇が認められる.T 細胞の浸潤は少なく,血管周囲に補体と免疫グロブリンの沈着があり,血管壁の肥厚もみられる38).MS でも補体沈着が認められるが,これは病変の辺縁で生じており,NMOとは分布が異なっている.また,NMO の病変部では急性期・慢性期ともに AQP4 の染色性がミエリン蛋白に比して低下39,40),AQP4 の発現低下に伴いアストロサイトに特異的な蛋白質である GFAP の発現も低下している所見が報告されている39).この所見はミエリン蛋白は染色性が低下し,グリオーシスのため GFAP の発現が亢進している MS とは異なる所見である.NMO のサイトカイン・ケモカインの特徴については,脳脊髄液中の単核球において MOG 反応性に IL-5,IL-6,抗 MOGツꀀ IgG および IgM 抗体の産生,髄液中のeosinophil cationic protein(好酸球の顆粒に含まれる蛋白質),エオタキシン 2,3(好酸球の走化性因子)のレベルが MS に比較して高いことが報告されている41).これらは NMO の病変部に好酸球が認められる所見と矛盾せず,MS に比較して液性免疫へシフトしていることを示唆しており,病理上,抗体と補体の血管周囲の沈着が認められる所見と合致している.臨床的にも NMO 患者は NMO-IgG 以外にも SS-A など自己抗体が陽性になることが多く,この点も液性免疫の亢進を示唆している.また,日本人 OSMS においては髄液中の IL-17,IL-8 濃度が通常型 MS と比較して高いことが確認されており42),これは病変部に好中球浸潤がみられる病理所見と合致する.以上のように NMO においては MS と比較してアストロサイト傷害が主体で,免疫反応としては液性免疫の影響が強いと考えられている.AQP4 に対する自己抗体はAQP4 発現に影響を及ぼしていると思われるが,その臨このような治療効果は,MS の病態機序の想定に対する臨床面からの裏付けとなっている.IV視神経脊髄炎の病態・機序NMO に関する病態・機序については MS に比較すると不明な点が多いが,前述のように特異的抗体であるNMO-IgG の発見29)と,この抗体の対応抗原が水チャネルであるアクアポリン 4(aquaporin-4:AQP4)であることが判明し30),病態解明への大きな手がかりになると考えられている.AQP4 は水を選択的に通過させるチャネルで,単量体は 6 回膜貫通型で両末端は細胞内に存在し,基本的には細胞膜上で四量体を形成している.中枢神経ではアストロサイトの,特に軟膜や血管周囲に面した足突起に多く発現がみられ,脳以外でも腎臓の遠位集合管,胃の壁細胞,網膜の Muller 細胞,内耳や骨格筋にも発現がみられる.脳における分布は,AQP4 が脳内水分の in-outを司っていることを示唆している.NMO-IgG 陽性血清を用いた研究では,補体とともにアストロサイトに反応させることで細胞膜上の AQP4の発現を低下させる作用が確認されている31)が,TNC- 1 細胞に AQP4 を発現させた系では,NMO-IgG による水分調整への影響は認められなかったとする報告もあ る32).現時点で AQP4 の機能障害が何をもたらすかについて,明らかなことはわかっていないが,AQP4 ノックアウトマウスにおいては低浸透圧負荷や虚血による脳浮腫(細胞傷害性浮腫)は軽減され33),一方で血管原性浮腫が増悪することが報告されている34).抗 AQP4 抗体陽性患者において時にみられる白質の巨大な T2 延長病変は拡散強調画像と ADCツꀀ map の所見から血管原性浮腫と考えられ35),このような AQP4 の機能異常を示唆する所見である.MBP を抗原とした EAE を誘発したうえに,抗 AQP4 抗体陽性患者から精製した IgG を投与すると,EAE が重症化し,AQP4,およびアストロサイトに特異的な蛋白質である glialツꀀ brillary acidic pro-tein(GFAP)の消失,補体の沈着といった NMO に近い病理像が得られた36).すなわち,血液脳関門が破綻した状態では抗 AQP4 抗体は補体存在下にアストロサイト———————————————————————- Page 61320あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(22)るともいえる.NMO については病理所見や免疫反応の相違,そしてNMO-IgG の存在から,MS とはまったく異なる病態機序を有する疾患とする意見が強い.しかし,NMO-IgG陽性患者においても,その臨床像・画像所見はかなりのheterogeneity がみられ,MS 自体,B 細胞の関与が指摘されており,先ほど述べたように単純な免疫学的機序に還元できない以上,NMO と MS の背景に共通する要因が存在する可能性はある.OSMS における髄液中IL-17 の高値は,EAE と同様の免疫学的機序の存在を疑わせる.また,日本人 OSMS では欧米白人種とは異なり HLA-DPB1*0501 が関連するリスクファクターとして知られており,特に抗 AQP4 抗体陽性患者でそ床的な影響については今のところ不明である(図 3,表1 ).まとめ上記のように,MS の病態については実験的・臨床的な証拠が積み上がっており,理論上の構築は進んでいるが,それに伴い関連する病態の範囲は拡大を続けており,単純な病因に収束するとは今後も考えにくい.実際,現在もミエリン関連蛋白が重要な抗原の候補であることは間違いないが,確定的なエピトープは EAE とは異なり明らかではない.これは免疫反応が進むにつれ,認識する抗原の範囲が広がっていく epitopeツꀀ spreadingも原因と考えられるが,MS の複雑な病態を示唆していツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ AQP4舁AQP4舁鉄/NMO-IgGB cell悗単?悗????敏?曉?B cellT??超圜磔?渧??粳鞐?????????渧?図 3NMOの病態表 1NMO IgG/抗AQP4抗体の病原性支持する所見矛盾する所見 抗 AQP4 抗体は NMO に特異的に認められる 抗 AQP4 抗体は細胞表面の AQP4 に結合し,補体を活性化する NMO の病巣で AQP4 の消失が認められる AQP4 の分布は NMO の病変分布と相同的 抗 AQP4 抗体価と疾患活動性が相関するという報告 EAE を増悪させる作用 AQP4 は中枢神経より抗体のアクセスが容易な腎臓や筋にも発現しているがこれらの臓器病変の合併がない AQP4 の発現が高い小脳や大脳皮質,腰髄灰白質の傷害はまれ 抗 AQP4 抗体が中枢神経に到達するために,先行する血液脳関門の傷害が必要 AQP4 のノックアウトマウスには NMO 様症状は出現しない 抗体が存在しても再発が長期間ない例が存在する———————————————————————- Page 7あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,20091321(23)の頻度が高いとする報告がある.このような遺伝的相違が現れてくる病像の違いに影響している可能性もある.NMO における AQP4 に対する抗体の発見は,今後,研究の焦点を決めるうえで重要な指針となるであろう.現在のところ AQP4 に対する抗体反応と,病理上認められるようなマクロファージの浸潤や組織傷害との間には,まだ多くの解明されなければならない段階がある.抗体の存在は病像へ影響していると考えられるが,現時点では抗体単独で発症する動物モデルは形成されていない.MOG 抗原特異的な T 細胞,B 細胞を導入されたマウスは NMO と同様に視神経と脊髄に強く病変が出現する EAE を自然発症する43,44).T 細胞による免疫反応とB 細胞による反応(および自己抗体の発現)のバランスが病像を決定している可能性も考えられる.文献 1) Stansbury F:Neuromyelitis optica;presentation ofツꀀ ve cases, with pathologic study, and review of literature. 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視神経脊髄炎の病理学的特徴

2009年10月31日 土曜日

———————————————————————- Page 10910-1810/09/\100/頁/JCOPYI多発性硬化症(MS)と視神経脊髄炎(NMO)MS は,中枢神経系の炎症性脱髄を特徴とする慢性再発性疾患である.いまだにその原因は不明なままであるが,近年は,髄鞘の種々のミエリン蛋白に対する自己免疫疾患であるとする説が有力である.中枢神経系のあらゆる部位に相次いで脱髄斑が出現し,典型的には初期には再発と寛解をくり返すが,徐々にはっきりとした再発を認めずに症状が慢性的に悪化する二次進行型に移行する.一方で,従来の古典的 MS とは異なる亜型・類縁疾患としては,Marburg 型急性 MS や Balo 同心円硬化症,Schilder型びまん性硬化症,急性散在性脳脊髄炎(ADEM)や NMO などがあげられ,病態機序の違いが長年議論されてきた.歴史的に最も長く議論されてきた MS と NMO の違いは諸説あるが,特に議論されたのは,病変の局在,臨床経過,重症度,壊死性病変の有無である.MS と比較して,NMO は再発に関連して急性に失明や横断性脊髄症状といった重度の症候を呈する傾向があり後遺症も残りやすく,病理学的にも壊死性変化が強いといわれているが,MS のように二次進行性に悪化する例はきわめて稀である.1894 年の Devic らによる 17 例の検討では,再発例 3 例があるほか,単発例のうち 8 例は死亡または完全臥床状態であったが,一方で 8 例は軽度の障害に留まるなど,比較的軽症例や再発・寛解型 NMO を含めた多様な疾患群と考えられた.わが国では戦後,沖中や黒岩はじめに視神経脊髄炎(neuromyelitisツꀀ optica:NMO)は視神経と脊髄を病変の主座とする急性の炎症性疾患である.長い間多発性硬化症(multipleツꀀ sclerosis:MS)との異同が議論されてきたが,脱髄を伴うことから,MS 同様に髄鞘(ミエリン)を標的とする疾患と考えられてきた.2004 年,NMO の血清中に中枢神経系の軟膜や血管周囲に特異的に反応する NMO-IgG(免疫グロブリンG)が見いだされ,2005 年にその対応抗原がアストロサイトの足突起に高密度に発現するアクアポリン 4(AQP4)であることが報告された.当科の検討では,NMO の剖検脊髄病変における免疫組織学的検討では,本来 AQP4の豊富な脊髄灰白質や白質の血管周囲の壊死性病変において AQP4 は欠落し同部位で GFAP(glialツꀀ brillary acidic protein)も低下していたが,一方 AQP4・GFAPの欠落とは対比的にミエリンは比較的保存されることを初めて報告し,NMO 病変は MS の脱髄病変とは異なったアストロサイト障害に起因する病態を有することを明らかにした.NMO における視神経炎の病理学的特徴は,従来の MS や特発性の視神経炎とは異なり,高度の壊死性の脱髄を呈し視交叉や両側視神経に及ぶ広範な病変を呈することが多い.急性の片側あるいは両側の視力障害から場合によっては失明に至ることも多く,早期の適切な診断と迅速な治療を要する.本稿では,近年その免疫病態が明らかになりつつある NMO の病理学的特徴を中心に述べることとする.(9)ツꀀ 1307 1ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ Mツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ Fツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 学 学ツꀀ 学ツꀀツꀀツꀀ 神経ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 学ツꀀツꀀ 2ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ Iツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 学 学ツꀀ 学ツꀀツꀀツꀀ 神経ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 980 85 4ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 1 1ツꀀツꀀツꀀ 学 学ツꀀ 学ツꀀツꀀツꀀ 神経ツꀀ 特集●多発性硬化症・視神経脊髄炎と抗アクアポリン4抗体 あたらしい眼科 26(10):1307 1314,2009視神経脊髄炎の病理学的特徴Pathological Features of Neuromyelitis Optica三須建郎*1藤原一男*1糸山泰人*2———————————————————————- Page 21308あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(10)ブリンや補体を介する血管壁の変化を特徴とし,細胞性免疫を主体とする MS とは明確に異なる液性免疫を中心とする疾患群とした点で非常に重要であった.IIIアクアポリン4(AQP4)抗体の発見と意義1. NMO IgG/AQP4抗体の発見Lennon らはマウスの脳切片に患者血清を一次抗体として反応させる免疫組織学的方法を用いて NMO の患者血清には脳の軟膜や血管周囲に反応するヒト IgG を発見し,NMO-IgG と命名した4).NMO 患者における感度は 73%,特異度は 91%という驚くべき結果であった.日本人の純粋型 OSMS(optic-spinalツꀀ multipleツꀀ sclerosis)患者血清を盲検下で検索したところ,感度 58%,特異度 100%という結果であり,NMO と OSMS は同じ免疫学的背景をもった疾患群であることが証明された.2005 年,NMO-IgG は中枢神経系で主にアストロサイトに発現する AQP4 であることが明らかにされた5).当科で開発したヒト AQP4 を HEK293 細胞に発現させた系での抗 AQP4 抗体の検討(計 148 症例)では,NMO では 91%,ハイリスク群(再発性視神経炎あるいは横断性脊髄炎)では 85%が陽性であり,MS や他の対照群ではまったく検出されなかった(図 1).21 例のAQP4 抗体陽性例中,NMO-IgG 陽性は 15 例に留まり,Lennon らのラット脳を用いた系よりヒト AQP4 を用いた系のほうが高い感度を有することが示された6).らによる MS の報告とともに NMO 類似の視神経炎と脊髄炎を呈する患者が比較的多く経験されることが明らかとなり,日本およびアジアの特徴とされてきた1).IINMOの疾患概念の確立1993 年 Mandler らは剖検 5 例を含む自験 NMO 8 症例に文献的考察を含めて報告し,MS と厳密に区別しうる概念として 4 点を提唱している2).それらは,①臨床的には,視神経(両眼と限定しない)と脊髄(横断性と限定しない)に限局した症候が同時もしくは数カ月 数年の間隔で生じ,他の大脳,小脳,脳幹による症候を認めない,②画像上,頭部 MRI(磁気共鳴画像)は正常で脊髄 MRI にて脊髄の腫大や空洞形成を認める,③髄液所見として,髄液の蛋白上昇と髄内 IgG 産生の欠如,④病理学的に,脊髄の壊死性変化と空洞形成を認め,血管の肥厚・硝子変化と浸潤細胞の欠如を特徴とするとした.2002 年,Lucchinetti らは Mandler らの症例を含む剖検 8 例について,液性因子の詳細な検討を報告した3).NMO 病変においては,肥厚化・硝子化した血管変化が多数認められることを特徴とし,血管壁に免疫グロブリンおよび補体の沈着が全例で認められ,MS とはまったく異なるパターンであった.補体の沈着パターンは血管周囲に rosette 状あるいは rim 状に認められ MS とは異なる NMO の特徴とした.その当時,NMO は免疫グロ疾患名NMO01234567891011Cut-o (4×)65,536×8,192×1,024×128×16×16,384×4,096×1,024×256×64×16×4×HRMSCISp<0.0001r=0.9108r2=0.8295MiscellaneousdiseaseB脊髄病変長血清抗AQP4抗体価A血清抗AQP4抗体価図 1当科におけるアクアポリン4(AQP4)抗体価と脊髄病変との関連(文献 6 より改変)A: 視神経脊髄炎(NMO)およびハイリスク群(HR)において,それぞれ 91%,85%で AQP4 抗体が陽性であったが,多発性硬化症(MS)や他の神経疾患ではすべて陰性であった.MS:multiple sclerosis, CIS:clinically isolated syndrome.B: AQP4 抗体価は,急性期 NMO の脊髄病変長と強い正の相関が認められた.———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,20091309(11)管周囲で AQP4 は欠落し,同部位では GFAP の染色も低下あるいは消失していた.一方,その周囲では反応性グリオーシスに伴い AQP4 が強く発現していた.さらに興味深いことには,急性期 NMO 病巣では AQP4 の欠落に比較して,髄鞘蛋白であるミエリン塩基性蛋白(MBP)の免疫染色性は保たれていた(図 2).NMO の病理像は,無くなる時期が急性期から慢性期まで病変の様相・程度は著しく異なっている.そこで筆者らは,NMOツꀀ 12 例,MSツꀀ 6 例の延髄および脊髄において,急性炎症性,活動期脱髄性,慢性活動性,慢性非活AQP4 抗体価は,脊髄炎の病変長と正の相関を示し,ステロイドや免疫抑制薬の治療により抗体価は低下し再発率も低下することが示された6).2. NMOの病理―アクアポリン4の脱落とアストロサイト障害2006 年,筆者らは NMO の急性炎症病巣にて AQP4の発現が欠損していることを,免疫組織学的手法を用いて検討し世界で初めて報告した7)(図 1).NMO の病変においては,補体である C9neo の沈着する拡張した血表 1視神経脊髄炎(NMO)病変の病期分類とその特徴病期分類組織の特徴液性因子活動性脱髄炎症細胞浸潤マクロファージ急性炎症性中心部の脱落・浮腫+++++(特に血管周囲)+活動期脱髄性全般的な組織脱落++++++(びまん性)+++(全般的)慢性活動性 胞状壊死─±─+(病変周囲)慢性非活動性 胞状壊死(全般的)───±液性因子:補体,免疫グロブリン(IgG, IgM)の血管周囲の沈着.活動性脱髄:KB 染色によるミエリン含有マクロファージ.炎症細胞浸潤:リンパ球または多核球・好酸球の浸潤.図 2視神経脊髄炎患者の血管周囲病巣におけるアクアポリン4(AQP4)およびGFAP発現パターン(文献 7 より改変)A: 急性期 NMO 病変での AQP4 と補体の検討.補体(C9neo)の沈着(茶色,矢印)する拡張した血管周囲において,AQP4(桃色)は欠落しており(*),その病変周囲で網目状の反応性グリアに AQP4 は発現している(矢頭).急性期 NMO 病変では,本来 AQP4 が豊富に発現する血管周囲で特異的に AQP4 が欠落することが証明された.B: Aと同じ切片での IgM と GFAP の検討.同様に IgM(桃色, 矢印)は血管に優位に沈着しており, 一方で反応性グリアは血管周 囲(Aの*相当部分)では認められず,病変周囲で GFAP 陽性のグリア(矢頭)が認められた(Scaleツꀀ bar=100 μm).炎症の中心部では, AQP4 の欠落に一致して GFAP 陽性のアストロサイトも認められず, グリオーシスが起きないことが示唆された.———————————————————————- Page 41310あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(12)と,一方で NMO 病変では欠落することを示し,筆者らと同様に MS と NMO は異なる病態機序が関連することを報告している9).Roemer らは,同様に NMO,MS,および対象群における,AQP4 の発現を検討し,NMOの急性期から慢性期まで AQP4 が欠落することを報告した.また,MS では急性期に一部で AQP4 の低下する病変が存在することを報告している.その意義は不明である10)が,AQP4 の脱落は病期にかかわらず NMOの病理学的特徴としており,筆者らの結果を支持するものである.3. AQP4の局在と病変との関わり筆者らは 2005 年に難治性吃逆をくり返す NMO 症例では,ガドリニウムで造影されずに治療で縮小する最後野の浮腫性病変が生じることを報告し,解剖学的に血液脳関門(BBB)の存在しない部位が再発病変の起こりやすさなどの病態に関連する可能性を示した11).その後,NMO では視床下部や延髄背側(最後野)など BBB がなく AQP4 が豊富に発現する部分に病巣が多い傾向が指摘されている12).Roemer らは欧米人 NMO の病変における AQP4 の発現を検討したなかで,NMO 病巣において AQP4 が欠落することを報告し,さらに最後野に生じた炎症性で浮腫状でありながら壊死や脱髄を伴わない病変が認められた病理所見を提示して,筆者らの吃逆例との類似性を考察している10).これらの事実は,BBBがなく AQP4 が豊富に発現することが知られている最後野などの脳室周囲器官が AQP4 抗体を介して病態に関わる可能性を示唆したものと思われる.しかし,動性の各病期を設定し,それぞれ AQP4・GFAP・MBP の各染色性および免疫グロブリン・補体の沈着を検討した(表 1).特に,血管周囲に著明な単核球や多形核球の浸潤を伴い比較的マクロファージの浸潤が少ない早期炎症性病変(n=22)において,著明な血管周囲の補体の沈着が明らかであり,その 16 病変では AQP4 やアストログリアの染色性は完全に欠落するが MBP は保たれる傾向が認められた8)(図 2,表 2).一方,脱髄に関わるマクロファージが病変を占める活動性脱髄性病変では,AQP4 は一貫して欠落するものの,GFAP やMBP の免疫染色性の程度はさまざまであり,グリオーシスや脱髄が heterogeneous に起こると思われる病期であった.慢性期では,一部でグリオーシスが認められる一方,脱髄は完成して壊死を伴った 胞状病変を呈していた.一方,古典的 MS の病変においては,MS 病巣では明瞭にミエリンの免疫染色性の脱落を認めるが,AQP4 や GFAP は反応性アストログリアとともに発現が亢進しており,NMO とはまったく逆のパターンを示していた(図 3).これらの結果から,NMO の病巣においては,AQP4 に対する自己抗体によって,AQP4 やアストロサイトの障害が,脱髄に先行して生じている可能性が高いと推察され,この AQP4 抗体が病態に関わることが示唆されるとともに,従来の古典的 MS とは免疫病態上まったく異なる疾患群であることが示された8)(表 2).Sinclair らは,MS および NMO において AQP4 の染色性を検討し,MS においては急性期から慢性期までAQP4 の発現が確認でき特に活動期の病変で亢進するこ表 2視神経脊髄炎の病変におけるAQP4,GFAP,MBPの染色パターン病変パターン病期分類AQP4GFAPMBP急性炎症性(n=22)活動期脱髄性(n=25)慢性活動性(n=8)慢性非活動性(n=12)パターン A( )( )(+)16730パターン B( )( )( )3701パターン C( )(+)(+)2400パターン D( )(+)( )1646パターン E(+)(+)( )0113パターン F(+)(+)(+)0002AQP4:アクアポリン 4,GFAP:グリア線維性酸性蛋白,MBP:ミエリン塩基性蛋白.( ):病変部における免疫染色性の完全な欠落,(+):病変部における染色性の部分的保存.———————————————————————- Page 5あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,20091311(13)壊死といった特徴的な NMO の病態が起こるのか不明な点が多いが,近年急速に AQP4 抗体の作用機序が解明されつつある.Hinson らは,AQP4 を強発現させたHEK293 細胞に対して NMO 患者血清による作用を詳細に検討した.その結果では,AQP4 抗体は補体介在性に細胞膜状に発現する AQP4 がすぐに degradation し,さらにendocytosisを受けることを示している13).AQP4 が degradation し た 後 も 細 胞 自 体 は 死 な ず,AQP4 は消化管や腎臓など他臓器にも分布し,またほとんど病変の出現しない大脳皮質などにも発現することから,AQP4 局在の特徴のみでは NMO の病態を説明できず,他の解剖学的・免疫学的要素なども関わると考えられている.IVNMO―アストロサイトパチーという概念この AQP4 抗体の存在によって,なぜ脱髄,浮腫,A.MBPB.AQP4C.GFAPD.MBPE.AQP4F.GFAP図 3視神経脊髄炎(NMO)と多発性硬化症(MS)の免疫組織学的相違NMO(A~C)では,非常に激しい破壊性病変が活動性・非活動性病変において認められる.多発性に組織の脱落が認められる脊髄において,脊髄実質の残る領域において(選択部ほか),AQP4(B,AQP4=桃色)や GFAP(C,GFAP=茶色)の欠落した病巣において,MBP(A,MBP=茶色)は比較的保たれていることがわかる.この所見からもNMO の予後が悪いことが想像される.M S 病 変(D~F)では,組織の破壊性変化は比較的軽度である.MBP が染まらない多発性白質病変(D,MBP=茶色)において,AQP4(E,AQP4=桃色),GFAP(F,GFAP=茶色)ともに発現低下は認められず,むしろグリオーシスとともに亢進傾向にある.MBP:myelin basic protein, AQP4:aquaporin 4, GFAP:glialツꀀ brillary acidic protein.———————————————————————- Page 61312あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(14)急性再発期の髄液の検討で,髄液中 GFAP が MS や対象群と比較して数千倍以上ときわめて高く上昇していることを見出し,治療によって速やかに正常範囲まで低下すること,重症度や脊髄病変長と強く相関することを報告した14).このように,NMO は AQP4 抗体を介するアストロサイト障害に起因する疾患(アストロサイトパチー)であることが示唆されており,これまで脱髄疾患の範疇として考えられてきた MS の類縁疾患 NMO は,その病態が明らかに異なる範疇の疾患であることが認識されつつある.おわりにMS の研究史において,NMO と MS の違いは最も古くから議論がなされてきたといえるが,現在その臨床・AQP4 抗体の影響を除くと AQP4 が再発現することを示し,また AQP4 は Ranvier 絞輪に発現して脱髄に関与する可能性を示唆した.さらに AQP4 抗体は補体介在性に,AQP4 とともにアストロサイトに発現する興奮性アミノ酸トランスポーター 2(EAAT2)の発現を低下させて glutamate の再吸収を阻害させることが示され,アストロサイトの機能障害によって生じた glutamate 毒性による神経系障害が NMO 病態に関与することを示唆した.一方,Vincent らは胎児アストロサイトと血管内皮細胞の共培養系を用い,AQP4 抗体は補体介在性にアストロサイトの足突起に極性をもって発現する AQP4が脱落して細胞質内へ取り込まれ,その後 BBB の透過性が亢進してアストロサイト自体も抗体・補体依存性に細胞死を生じることを示した.筆者らは,最近 NMO の表 3視神経脊髄炎と多発性硬化症における臨床・病理学的相違視神経脊髄炎多発性硬化症臨床的特徴経過再発・寛解型単発型一次進行二次進行>80%<20%稀稀>80%<10%30 60%発症年齢30 40 歳(平均)20 30 歳(平均)男女差1対91対2症候横断性脊髄症状失明・重度視力障害>50%30 50%稀稀脳 MRI頻度好発部位特徴初発時は稀延髄・第四脳室周囲視床下部・内包びまん性・血管性浮腫多発性脳梁・脳室周囲皮質直下・テント下斑状・楕円状脊髄 MRI縦長の病変(>3 椎体)中心灰白質優位の病変有高頻度稀稀髄液所見細胞増多(>50/mm3)細胞種類オリゴクローナルバンド有しばしば多核球10 20%稀単核球60 80%病理学的特徴血管所見血管壁の肥厚血管壁の硝子化多多稀稀細胞浸潤リンパ球・マクロファージ好中球・好酸球グリオーシス有有部分的有稀全般的組織外観活動期脱髄壊死・ 胞変化再髄鞘化破壊性有有少非破壊性有稀有AQP4脱落亢進GFAP脱落あるいは低下亢進補体(C9neo)花弁状・血管周囲髄鞘免疫グロブリン花弁状・血管周囲髄鞘———————————————————————- Page 7あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,20091313病理学的相違は表 3 のように多くの相違点があり,それぞれ病態にとって重要な要素を含んでいると思われる.特に眼科的には,MS を含む視神経炎におけるステロイドパルス療法は長期的予後を改善することはないと考えられてきた経緯があったが,NMO における視神経炎は,ときに視交叉や両側視神経に及ぶ広範な病変を呈し,また壊死性変化を伴って重度の視力障害をきたす場合があり(図 4),適切な初期治療が行われずに失明に至る場合がある.視神経炎の病態は均一ではなく NMO のように緊急性を要する疾患が含まれており,ステロイドパルス療法や血漿交換療法などへの対応も念頭に置く必要がある.文献 1) Kuroiwa Y:Neuromyelitis optica(Devic’s disease, Devic’s syndrome). In:Koetsier JC, editor. Handbook of Clinical Neurology, Vol. 47, Demyelinating disease, p397-408, Elsevier Science Publishers, 1985 2) Mandler RN, Davis LE, Je ery DR et al:Devic’s neuro-myelitis optica:a clinicopathological study of 8 patients. Ann Neurol 34:162-168, 1993 3) Lucchinetti CF, Mandler RN, McGavern D et al:A role for humoral mechanisms in the pathogenesis of Devic’s neuromyelitis optica. Brain 125:1450-1461, 2002 4) Lennonツꀀ VA,ツꀀ Wingerchukツꀀ DM,ツꀀ Kryzerツꀀ TJツꀀ etツꀀ al:Aツꀀ serum autoantibody marker of neuromyelitis optica:distinction from multiple sclerosis. Lancet 364:2106-2112, 2004 5) Lennon VA, Kryzer TJ, Pittock SJ et al:IgG marker of optic-spinal multiple sclerosis binds to the aquaporin-4 water channel. J Exp Med 202:473-477, 2005 6) Takahashi T, Fujihara K, Nakashima I et al:Anti-aqua-porin-4 antibody is involved in the pathogenesis of NMO:a study on antibody titre. Brain 130:1235-1243, 2007 7) Misu T, Fujihara K, Nakamura M et al:Loss of aqua-porin-4 in active perivascular lesions in neuromyelitis optica:a case report. Tohoku J Exp Med 209:269-275, 2006 8) Misuツꀀ T,ツꀀ Fujiharaツꀀ K,ツꀀ Kakitaツꀀ Aツꀀ etツꀀ al:Lossツꀀ ofツꀀ aquaporinツꀀ 4 inツꀀ lesionsツꀀ ofツꀀ neuromyelitisツꀀ optica:distinctionツꀀ fromツꀀ multi-ple sclerosis. Brain 130:1224-1234, 2007 9) Sinclair C, Kirk J, Herron B et al:Absense of aqua-porin-4 expression in lesions of neuromyelitis optica but increasedツꀀ expressionツꀀ inツꀀ multipleツꀀ sclerosisツꀀ lesionsツꀀ andツꀀ nor-malツꀀ appearingツꀀ whiteツꀀ matter.ツꀀ Actaツꀀ Neuropathol 113:187-194, 2007 10) Roemerツꀀ SF,ツꀀ Parisiツꀀ JE,ツꀀ Lennonツꀀ VAツꀀ etツꀀ al:Pattern-speci c loss of aquaporin-4 immunoreactivity distinguishes neuro-myelitis optica from multiple sclerosis. Brain 130:1194-1205, 2007 11) Pittock SJ, Weinshenker BG, Lucchinetti CF et al:Neuro-myelitis optica brain lesions localized at sites of high aqua-porin 4 expression. Arch Neurol 63:964-968, 2006 12) Misu T, Fujihara K, Nakashima I et al:Intractable hiccup and nausea with periaqueductal lesions in neuromyelitis optica. Neurology 65:1479-1482, 2005 13) Hinson S, Pittock S, Lucchinetti C et al:Pathogenic (15)図 4視神経脊髄炎(NMO)および多発性硬化症(MS)における視神経病変A: NMO における視神経交叉部を含む視神経炎像(KB 染色).視神経交叉部に強い破壊性変化による組織欠損が認められ,同領域を含む両側視神経に広範の激しい脱髄と壊死所見が認められる.B: MS における視神経炎像(KB 染色).片側の視索の一部に髄鞘の脱落が認められるが,組織の脱落は軽微である.ツꀀ ———————————————————————- Page 81314あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009potential of IgG binding to water channel extracellular domain in neuromyelitis optica. Neurology 69:2221-2231, 2007 14) Misuツꀀ T,ツꀀ Takanoツꀀ R,ツꀀ Fujiharaツꀀ Kツꀀ etツꀀ al:Markedツꀀ increaseツꀀ in cerebrospinalツꀀ uid glialツꀀ brillar acidic protein in neuromy-elitis optica:an astrocytic damage marker. J Neurol Neu-rosurg Psychiatry 80:575-577, 2009(16)

臨床と疫学

2009年10月31日 土曜日

———————————————————————- Page 10910-1810/09/\100/頁/JCOPYMS の再発予防薬としてさまざまな病態を想定した治療薬が次々に開発されてきている.I多発性硬化症の疫学1. 遺伝的・環境的要因MS は人種や地域により有病率に大きな差がある.北半球でも南半球でも緯度が高いほど有病率が高い.日本国内でも北海道では九州に比べ 3 4 倍も有病率が高い.環境因子が大きいと考えられる要因として,15 歳までに高頻度地域に居住した場合,その後低頻度地域に移住しても,低頻度地域に出生・居住する住民よりも発症率が高いとされる.典型的な欧米型多発性硬化症(conventional MS:CMS)について,日本を北緯 37°で北と南に分けて比較すると,北で出生しそのまま北に居住する人々では,南で出生しそのまま居住する場合に比べ,MRI(磁気共鳴画像)でも典型的な CMS 画像を呈する場合が多いとされる.また緯度が近い地域でも人種により有病率が異なり,北ヨーロッパに出自をもつ北米・オーストラリアなどの国々に居住するコーカソイド人種では特に有病率が高く,40 100 人 /10 万人とされる.アジア・アフリカ系人種では 7 10 人 /10 万人と少ない.米国在住の日系二世は同世代の白人より MS の頻度が低く,南アフリカ在住の黒人でも同地域在住の白人に比し頻度が低い.このように,CMS の発症には遺伝的要因に加え環境要因が強く関連する.米国の調査では,同胞発症は 3 はじめに多発性硬化症(multipleツꀀ sclerosis:MS)は,中枢神経組織に,自己免疫機序によると考えられる炎症性脱髄性病変を多発性・多巣性に生じる疾患であり,視神経・大脳・脳幹・小脳・脊髄に炎症を生じ,再発と寛解をくり返す.本症は欧米白人に多く日本人には少ないとされてきたが,2004 年に施行された全国臨床疫学的調査では,過去 30 年間で患者数が 4 倍に増加したことが明らかになり,生活環境の欧米化の関与が考えられている.臨床病型についても,最近大きな変遷があった.すなわち,日本やアジア諸国に特徴的な病型と考えられてきた視神経脊髄型(optic-spinal form:OSMS)の多くが欧米で MS とは異なる疾患と考えられている neuromy-elitisツꀀ optica(NMO)と同一疾患である可能性が高くなった.さらに,これまで MS の病態は,中枢神経の白質がおもに CD4 陽性 T 細胞により傷害される機序が考えられてきたが,最近,髄鞘のみではなく早期から軸索にも病変が及ぶこと,白質のみではなく灰白質にも病変が及ぶこと,CD8 陽性 T 細胞も e ector になっていること,抗体が病変を修飾する可能性があること,これまでTh1/Th2 バランス仮説で病態が説明されてきたが,IL-17 を産生する Th17 細胞が重要な e ector であることが明らかになってきた.また,これまで,MS の再発予防にわが国では唯一使用可能であったインターフェロン-bが無効と考えられる病型が明らかになり,一方,(3)ツꀀ 1301ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ a a aツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 学ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 学ツꀀツꀀツꀀツꀀ 学ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 920 0293ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 学 1 1ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 学ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 学ツꀀツꀀツꀀツꀀ 学 特集●多発性硬化症・視神経脊髄炎と抗アクアポリン4抗体 あたらしい眼科 26(10):1301 1306,2009臨床と疫学Clinical Aspects and Epidemiology in Multiple Sclerosis/ Neuromyelitis Optica and Anti-Aquaporin-4 Antibody田中惠子*———————————————————————- Page 21302あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(4)速に増加しており,欧米化した生活習慣,土壌中の微生物環境,日照時間が短いことによるビタミン D の産生など,さまざまな環境要因の変化が考えられている1)(図1).また,女性の有病率が増加しており,1972 年には男性 1 に対し 1.3 であったものが,2004 年では 3.9 であった.女性 MS の増加は世界的な現象であるとの報告もある2).2. 臨床病型日本を含むアジア諸国の MS は,以前から欧米とは異なる臨床疫学的特徴を有すると考えられてきた.すなわち,わが国の MS は,主たる病変分布から,大脳病変を主体とする通常型(conventional form:CMS),視神経と脊髄に主たる炎症病巣を呈する視神経脊髄型(optic-spinalツꀀ form:OSMS)の 2 病型に大別され,欧米に比しOSMS の比率が高く,これがわが国を含むアジアの MSの特徴とされてきた3,4).最近の疫学調査では,OSMSはわが国の MS の約 20%を占め,CMS のように高緯度地域に多いという地域差がなく,CMS が近年増加の一途を辿るのに比し,OSMS の発症頻度は一定であるなどの特徴が示された(Osoegawaツꀀ Mツꀀ etツꀀ al:Multツꀀ Scler 15:159-173, 2009;Ishizu T et al:J Neurol Sci 280:22-28, 2009).5%とされるが,一卵性双生児の場合は 20%以上と推計されている.近年多数の MS 患者についての疾患感受性遺伝子の解析が進んでおり,HLA(組織適合抗原)その他多数の遺伝子が候補として検討されている.CMS における発症年齢のピークは 25 35 歳であるが,10 歳以前,あるいは 60 歳以降の発症もある.男女比は 1:2 3 とされる.米国での統計によると,CMSによる年間死亡率は 10 万対 0.7 で,平均死亡年齢が58.1 歳と,国民全体の平均死亡年齢 70.5 歳に比べ短縮している(The US Department of Health and Human Service, 1992).デンマークでも,MS の生命予後は国民平均より 10 年短いとの調査がある.近年,わが国でも MS は増加している.これまで,わが国では 1972 年,1982 年,1989 年,2004 年に全国疫学調査が施行されている.2004 年に厚生労働省の研究班が中心となって行った全国疫学調査によれば,10 万対の有病率は,1972 年時で 0.8 3.9,2004 年の調査では 7.7 と増加しており,さらに発症年齢のピークが 30歳代前半から 20 歳代前半へと移行し,若年者の MS が増加していることが明らかになった.特に北での増加が著しく,旭川での調査によれば,1975 年には 2.5 人 /10万人であったものが,2002 年には 8.9 人 /10 万人と急ツꀀ (1958)1.6(1968)1.0 本(1957)1.8(1983)1.3 児 (1973)0.7(1984)2.5 前(1973)3.8(1983)5.7旭川(1973)2.5(2002)8.9a):Northern patients(n=381):Southern patients(n=681)1926~19441945~19541955~19641965~19741975~199802468101214b)図 1 国内でのMS有病率の推移(a)と生年によるCMS/OSMS比の推移(b) (文献 1,2 より改変)———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,20091303(5)大脳病変に起因するものとして,半身の運動・感覚障害を呈する場合が多いが,ときにけいれんや失語・失行などの高次脳機能障害を呈する.頻度は低いものの,大脳に径 2 cm 以上の massツꀀ e ect を伴う大きな病変が生じる場合があり,tumefactiveツꀀ MS と呼称される.また近年,記銘力障害や注意集中困難,思考遅延などの認知機能障害が比較的早期から生じているとの報告があ る5).MRI で白質の脱髄プラークが目立たない場合も多く,むしろ大脳皮質の萎縮・脳梁の菲薄化・脳室拡大と関連し,MS ではこれまで考えられたよりも高頻度に,早期から軸索変性・神経細胞脱落が生じていることが推測されている.かつて,MS では euphoric になることが強調されたが,実際は MS の半数程度がうつ状態を呈するとされ,自殺の頻度も高い.このほか,MS に高頻度にみられるものとして,慢性疲労,性機能不全,restlessツꀀ leg 症候群がよく知られており,個々の対策が必要である.MS の症状の多くは,発熱や高温気象,入浴などによる体温上昇により症状が一過性に増悪する(Uhthoツꀀ 現象).MS は,大脳・脳幹・小脳に多数の病変を生じるため,MRI 検査が診断および経過観察に非常に有用である.MS の早期診断を目指して,2001 年に MRI に重点を置いた診断基準(McDonald の診断基準)6)が提唱されたが,その MRI に関する基準は Barkhof の基準7)に基づいている.欧米ではこの基準を満たせば,初回の発症時点から clinically isolated syndrome(CIS)として,再発予防の治療導入が開始される傾向があるが,OSMS の診断には有用とはいえず,その早期診断には別の基準が必要である.III視神経脊髄炎(neuromyelitis optica:NMO)ツꀀ わが国では,CMS は頻度が低いため,かつてはその存在に疑問がもたれた時期もあった.一方で視神経と脊髄に炎症性脱髄性病変を反復する病型が注目され,視神経脊髄型(optic spinal)MS と呼称されて,わが国のMS を特徴付けるものと考えられてきた.OSMS と診断された例,特に脊髄に 3 椎体長以上に及ぶ縦長の病変II多発性硬化症の臨床MS は中枢神経の諸処に炎症性脱髄性病変を生じ,増悪と寛解,再燃をくり返すことが特徴とされ,「時間的・空間的多発性を呈する脱髄疾患」として知られている.病型の分類として,多くの場合は再発寛解型(relaps-ing-remitting form:RRMS)を呈し,長期経過の後,既存の脱髄斑の周囲に小病巣が重畳したり,軸索変性から神経細胞の脱落が進み,徐々に症状が進行性の経過をとるようにみえる二次性進行型(secondary progressive MS:SPMS)を呈するようになる.その他わが国ではまれとされるが,明らかな再発・寛解の経過をとらず,当初から緩徐に進行する経過を呈する一次性進行型(pri-mary progressive MS:PPMS)の病型も知られている.これらの病型の頻度は地域差があり,わが国ではRRMS が 90%以上を占め,PPMS は 5%程度とされる.一方,欧米では進行性経過を呈する例が多く,85 90%が RRMS で発症し,その約半数が 10 年以上の経過の後 SPMS に移行する.わが国ではまれである PPMS の頻度は 10 15%と高い.症候としては,脱髄巣を生じた部位によりさまざまであるが,15 20%の患者では視神経炎で発症する.通常は眼痛を伴う片眼の視力低下を呈するが,両眼同時あるいは数日の間隔で反対側にも症状が及ぶ.CMS では数週間の経過で良好な視力改善が得られるが,後述の抗アクアポリン 4 抗体陽性群では早期に高度の視力低下を生じ失明に至る場合がある.脳幹病変による複視や小脳脚病変による失調症状がみられる.小脳病変による失調の場合もある.脊髄に病変を生じる場合は,数時間から数日の経過で横断性脊髄症を呈することが多い.この場合,対麻痺や四肢麻痺,膀胱直腸障害,病変部以下の感覚障害を生じる.ときに,脊髄半側症状として障害側の運動麻痺・深部感覚障害と反対側の温痛覚障害を呈するBrown-Sequard 症候群を呈する.脊髄病変が生じると,頸部を急に前屈させた場合,背部を上から下に走る電撃痛(Lhermitte 徴候)がみられる.また,脊髄病変の回復期に多い症候として,手足を急に伸展するなどの際に上肢や下肢に発作的に強い疼痛を伴う,有痛性強直性攣縮がみられ,抗けいれん薬の投与を要する場合がある.———————————————————————- Page 41304あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(6)して発現させ,患者血清や髄液を反応させ,蛍光色素をラベルした抗ヒト IgG を二次抗体として検出するもので,同じ検体を用いて免疫組織化学で検出する NMO-IgG との比較でも両者の判定結果がほぼ一致することを確認している11).AQP4-Ab 陽性連続 20 例での検討では,AQP4-Abは IgG1 サブクラスに属した.IgG1 サブクラスは補体結合能を有する.NMO の病理所見の特徴として,血管壁への免疫複合体の沈着を伴う血管壁の肥厚がみられ,活性化補体が沈着していることは,本抗体の関与を支持する所見と考えられる.抗体価を同一患者の血清と髄液とで比較すると,血清のほうが 400 500 倍力価が高い.この関係は各検体でほぼ一定であることから,髄液中の抗体は血液からの流入によると考えられ,抗体産生の場は末梢リンパ系であると考えられている.2. 抗AQP4抗体陽性群の特徴全国諸施設から OSMS または MS の臨床診断のもとに NMO-IgG/AQP4-Ab 検査を目的に筆者のもとに寄せられた約 2,800 検体について解析が終了し,わが国での本抗体陽性例の臨床的特徴が明らかになってきている.全検体における AQP4-Ab 陽性率は 27%であったが,大脳・小脳病変を主とする CMS ではすべて陰性で(longitudinary extensive spinal cord lesion:LESCL)を生じる一群(LESCL-OSMS)は,欧米で疾患概念が提唱された NMO ときわめて類似点が多く,その異同については長い間議論があった.2004 年,米国 Mayo Clinic の Dr. Lennon のグループが,NMO に特異的に出現するとされる血清中の抗体:NMO-IgG を発見し8),さらに NMO-IgG が認識する抗原は神経系に発現する水チャネル分子,aquaporin-4(AQP4)であることを同定した9).この発見により,筆者を含めわが国の複数の施設で抗 AQP4 抗体の検出がなされるようになり,これまで OSMS と呼称してきた例の多くが,本抗体を有する NMO と同様の病態に基づく疾患であることが明らかとなり,MS の疾患概念および治療の選択に大きな変化をもたらした.1. NMO IgG/抗アクアポリン4抗体(anti-aqua-porin-4 antibody:AQP4-Ab)NMO-IgG は,NMO 患者血清・髄液で免疫組織化学染色を行った場合,マウスやラットの中枢神経組織の軟膜,Virchow-Robin 腔,小血管壁に沿う染色パターンを呈する IgG 抗体であり,NMO に特異的に認められる.遠位尿細管や胃壁細胞・筋線維も染色されるが,抗原の発現は神経系に優位なパターンを呈することから,水チャネル分子,AQP4 である可能性が考えられ,実際AQP4 との反応が確認された9).AQP4 は,脳表の軟膜直下の gliaツꀀ limitans,中小血管の外膜に接する部位,脳室壁上衣細胞に接する部位などでアストロサイトの endfeet に発現し,血液脳関門の機能を担い,脳浮腫に関連することが知られている(図 2)10).哺乳類のアクアポリンは現在 13 個の分子種が同定されており,そのうち中枢神経系で発現の多いサブタイプは 1 と 4 である.特に 4 は最も発現が多く,その構造は6 回の膜貫通領域をもち,四量体の形で存在し,水分子が通過しうるサイズのポアが水分子の出入りをコントロールしている.筆者の確立した AQP4-Ab の検出系は,ヒト AQP4の全長 cDNA を作製し,発現ベクターに組み込んで,human embryonic kidney(HEK)293 細胞に transfect図 2 水チャネルの機能に関連が深いと思われるAQP4発現部位(文献 10 より)———————————————————————- Page 5あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,20091305(7)定化により抗体が検出感度以下になっている可能性も考えられ,ある時点で AQP4-Ab が陰性でも NMO と同様の病態を有する例であることもある.ちなみに眼科領域からの症例で集計が可能であった266 例をみてみると,抗体陽性例は 36/266(13.5%),うち初発例 18(視神経症状のみ 9 例)で,視神経炎のみを 16 年で 5 回反復した例,12 年で 4 回反復した例があった.欧米の統計では,本抗体陽性例の 50%は 5 6 年の経過で脊髄炎を呈するとする報告もある12).最近,視神経軸索や網膜神経細胞の変性を非侵襲的に評価し,症状経過を追跡する目的で,opticalツꀀ coherence tomography(OCT)が施行され,有用であることが報告されている.すなわち,nearツꀀ infraredツꀀ light を利用して retinal nerveツꀀ ber layer(RNFL)の厚さおよび mac-ularツꀀ volume(retinalツꀀ ganglionツꀀ cells)を測定し,明らかな再燃がない例でもこれらのパラメータが経過とともに増悪し,症状とも相関するとの報告がある13).なお,抗 AQP4 抗体関連 NMO の多くの例で,急性期にはメチルプレドニゾロンパルス療法が行われており,パルス療法に反応が不良な例では血漿交換療法が加えられて,症状の改善が得られた例がみられる.再発予防には少量のプレドニゾロン継続投与に加え,アザチオプリンなどの免疫抑制薬,ミトキサントロン,リツキシマブの投与の試みがあり,良好な経過をとる例の報告があった.対照として検討した,神経症状を認めないSjogren 症候群や全身性エリテマトーデス(SLE)などの膠原病,その他の神経変性疾患,健康人を加えた 50例では陽性例はみられなかった.AQP4-Ab 陽性例で詳細な臨床情報が得られた 569 例では,陽性例の 79.1%が女性であり,発症年齢の平均が 47.2±16.3 歳,EDSS(Expandedツꀀ Disabilityツꀀ Statusツꀀ Scale)の平均は 6.2±2.1と高く,初発部位としては視神経と脊髄が多く,MRIでは脊髄に 3 椎体以上にわたる長大な病変を有する例が74.1%と多数を占めた.大脳・小脳・脳幹病変も 63%に認めた.高度の視力障害を有する例は約半数あり,年間再発回数も 3.6 回と,再発頻度も高い例が多くみられた.オリゴクローナルバンド陽性率は 10.4%と低かった(表 1).抗体陽性例の脊髄 MRI の代表的所見は,胸髄を中心として上下に長い病変を認め,横断面でみると脊髄中心部に病変の主座があった.経過の長い一部の例では脊髄が長い範囲にわたり高度に萎縮していた(図3).大脳病変はさまざまであり,視床下部病変があり過眠症が目立った例,大脳白質に空洞を伴う大きな病変を有する例もあった.なお,LESCLツꀀ を認めるものの,抗体陰性例も存在する.抗体陰性という場合,治療により抗体価が低下して検出できなくなる例があること,また寛解期で症状の安図 3NMOの脊髄MRI脊髄中心管を中心とした 3 椎体以上に及ぶ長大病変.表 1抗AQP4抗体陽性例の特徴AQP4-Ab 陽性例総数(男性/女性)569(119/450)(女性:79.1%)初発年齢(歳)47.2±16.3病型(再発寛解型)(%)75.8EDSS スコア6.2±2.1車いす/寝たきり85/138(38.1%)高度視力障害(視力喪失)99/116(46.0%)初発部位(ON/SP/BS/Cbr)(%)43.9/41.0/8.1/7.0MRI(cbr/cbll/BS)(%)35.9/4.8/22.3MRI LCL(+/ )(%)74.1/7.6OCB(+)/MBP(+)(%)10.4/57.4 RR:再発寛解型,SP:二次進行型,PP:一次進行型,ON:視神経,SP:脊髄,BS:脳幹,cbr:大脳,cbll:小脳,LCL:脊髄長大病変,OCB:オリゴクローナルバンド,MBP:ミエリン塩基性蛋白.———————————————————————- Page 61306あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(8)─.日本臨牀 61:1300-1310, 2003 2) 小副川学,吉良潤一:多発性硬化症の疫学─最近の全国臨床疫学調査からみえてくるもの─.医学のあゆみ 219:129-134, 2006 3) Kira J:Multiple sclerosis in the Japanese population. Lan-cet Neurol 2:117-127, 2003 4) Saidaツꀀ T,ツꀀ Tashiroツꀀ K,ツꀀ Itoyamaツꀀ Yツꀀ etツꀀ al:Interferonツꀀ beta-1b is e ective in Japanese RRMS patients:A randomized, multicenter study. Neurology 64:621-630, 2005 5) Chiaravalloti ND, DeLuca J:Cognitive impairment in multiple sclerosis. Lancet Neurol 7:1139-1151, 2008 6) McDonald WI, Compston A, Edan G et al:Recommended diagnostic criteria for multiple sclerosis:guidelines from the International Panel on the diagnosis of multiple sclero-sis. Ann Neurol 50:121-127, 2001 7) Barkhof F, Filippi M, Miller DH et al:Comparison of MRI criteria atツꀀ rst presentation to predict conversion to clini-cally de nite multiple sclerosis. Brain 120:2059-2069, 1997 8) Lennonツꀀ VA,ツꀀ Wingerchukツꀀ DM,ツꀀ Kryzerツꀀ TJツꀀ etツꀀ al:Aツꀀ serum autoantibody marker of neuromyelitis optica:distinction from multiple sclerosis. Lancet 364:2106-2112, 2004 9) Lennon VA, Kryzer TJ, Pittock SJ et al:IgG marker of optic-spinal multiple sclerosis binds to the aquaporin-4 water channel. J Exp Med 202:473-477, 2005 10) Verkman AS:More than just water channels:unexpect-ed cellular roles of aquaporins. J Cell Sci 118:3225-3232, 2005 11) Tanaka K, Tani T, Tanaka M et al:Anti-aquaporin 4 antibody in Japanese multiple sclerosis with long spinal cord lesions. Multiple Sclerosis 13:850-855, 2007 12) Matiello M, Lennon VA, Jacob A et al:NMO-IgG pre-dicts the outcome of recurrent optic neuritis. Neurology 70:2197-2200, 2008 13) Seze J, Blanc F, Jeanjean L et al:Optical coherence tomo-graphy in neuromyelitis optica. Arch Neurol 65:920-923, 2008 14) Mandlerツꀀ RN,ツꀀ Ahmedツꀀ W,ツꀀ Dencoツꀀツꀀ JE:Devic’sツꀀ neuromyeli-tis optica:a prospective study of seven patients treated with prednisone and azathioprine. Neurology 51:1219-1220, 1998 15) Creeツꀀ BA,ツꀀ Lambツꀀ S,ツꀀ Morganツꀀ Kツꀀ etツꀀ al:Anツꀀ openツꀀ labelツꀀ study of the e ects of rituximab in neuromyelitis optica. Neurol-ogy 64:1270-1272, 2005 16) Weinstock-Guttman B, Ramanathan M, Lincoツꀀ N et al:Study of mitoxantrone for the treatment of recurrent neu-romyelitis optica(Devic disease). Arch Neurol 63:957-963, 2006 17) Misuツꀀ T,ツꀀ Fujiharaツꀀ K,ツꀀ Kakitaツꀀ Aツꀀ etツꀀ al:Lossツꀀ ofツꀀ aquaporinツꀀ 4 inツꀀ lesionsツꀀ ofツꀀ neuromyelitisツꀀ optica:distinctionツꀀ fromツꀀ multi-ple sclerosis. Brain 130:1224-1234, 2007 18) Hinson SR, Pittock SJ, Lucchinetti CF et al:Pathogenic potential of IgG binding to water channel extracellular domain in neuromyelitis optica. Neurology 69:2221-2231, 2007なされている14 16).3. 抗AQP4抗体関連NMO/OSMSにおけるAQP4抗体の病因的意義これまで,AQP4 抗体の病因的意義を支持する知見と考えられている点は, a ) AQP4-Ab は,NMO/OSMS の病型で特異的かつ高頻度に検出される b ) 抗体価と病勢(活動性)が並行して推移する場合が多い c ) 抗体を除去する血漿交換療法や B 細胞を除去する治療が有効とされる d ) 病理学的に,本症の早期病変で,髄鞘がまだ残存する段階でも AQP4 が広範に消失している17) e ) AQP4 の発現が多い部位と病変好発部位が一致する f ) AQP4-Ab の免疫グロブリンサブタイプは,IgG1が主体であり,病理学的に本症病変で観察される,免疫グロブリンおよび活性化補体の沈着する所見を説明できる g ) 抗体は AQP4 の細胞外ドメインに結合すると考えられ,血液・髄液中の抗体が到達しやすいと考えられる h ) 培養系で AQP4 発現細胞に AQP4-Ab と補体を反応させると,AQP4 が degradation を受け,細胞が傷害される18) i ) ラットに実験的脳脊髄炎(experimental allergic encephalopathy:EAE)を作製し,AQP4 抗体陽性 NMO 患者より採取した血清 IgG を投与すると,NMO と同様の病理学的・免疫組織化学的所見が得られるなどの知見が集積されている.上述の多くの知見は本抗体が病態に深く関わっていることを示唆するものであり,今後の治療法の確立にも理論的根拠を与える知見となると考えられる.文献 1) 吉良潤一:多発性硬化症の臨床疫学─環境要因と遺伝要因

序説:多発性硬化症・視神経脊髄炎と 抗アクアポリン4 抗体

2009年10月31日 土曜日

———————————————————————- Page 10910-1810/09/\100/頁/JCOPYに解明されつつあり,治療への応用が考察されている.本年 10 月初旬に International Sympo-sium“New aspects of neuromyelitis optica(NMO)”が淡路夢舞台国際会議場(会長は楠 進教授:近畿大学神経内科)で開催され,わが国および世界各国から著名な NMO 研究者が集結して,最新の研究成果を発表し友好を深めたことはまことに意義深いことであった.本特集「多発性硬化症・視神経脊髄炎と抗アクアポリン 4 抗体」は,このテーマの重要性を熟知された当誌編集主幹の木下茂教授(京都府立医大眼科)のご提案で,吉良潤一教授と私,中尾雄三が企画・構成をさせていただいた.執筆者はベテラン・若手を問わず,現在の神経内科と眼科の領域で最もアクティブに NMO の研究にたずさわっている方々ばかりで,最高のメンバーをそろえたと自負している.神経内科の先生方からは,まず MS と NMO の臨床と疫学(田中惠子),病理学的特徴(三須建郎,他),免疫・病態の背景(松下拓也,他),最近の治療法(西山修平,他)について幅広く解説していただいた.また眼科の先生方からは,抗AQP4 抗体陽性視神経炎(中尾雄三),視神経炎ここ数年前から,多発性硬化症(multipleツꀀ scle-rosis:MS)と視神経脊髄炎(neuromyelitis opti-ca:NMO)の診断,治療,予後に関する考え方に衝撃的な paradigmツꀀ shift が生じている.MS は脳,脊髄,視神経など中枢神経を障害する炎症性脱髄疾患で,なかでも特に視神経炎と脊髄炎の組み合わせは視神経脊髄型 MS(optic-spinalツꀀ multi-ple sclerosis:OSMS)とよばれてアジアに多くみられる.一方,NMO もまた視神経と脊髄を病変の主座とする炎症性脱髄疾患であるが,臨床像や病理所見の差から欧米では MS とは一線を画して扱われ,NMO と OSMS の異同が長く論議されている.近年,Lennon らが NMO の患者血清中に特異的な自己抗体(NMO-IgG)を見出し,これはアストロサイトの細胞膜のアクアポリン 4(aquaporin-4:AQP4)を標的とする抗体(抗AQP4 抗体)であることが明らかとなった.抗AQP4 抗体を意識した新しい NMO の診断基準が提唱され,重症で長い病変(3 椎体以上)の脊髄炎,再発が多く失明率の高い視神経炎など,改めて NMO の重大な臨床的特徴の報告が相次いでいる.抗 AQP4 抗体を軸とした NMO と MS(OSMSを含む)の免疫システムの違いの詳細が加速度的(1)ツꀀ 1299 1ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 2ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 神経ツꀀツꀀ ●序説 あたらしい眼科 26(10):1299 1300,2009多発性硬化症・視神経脊髄炎と 抗アクアポリン 4 抗 体Multiple Sclerosis/Neuromyelitis Optica and Anti-Aquaporin-4 Antibody中尾雄三*1吉良潤一*2———————————————————————- Page 21300あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(2)と光干渉断層計(池田陽子,他),自己免疫性視神経炎(久保玲子,他),実験的視神経炎(毛塚剛司)について詳しく述べていただいた.いずれもMS と NMO に関してはわが国を代表する研究施設と病院からの優れた研究成果ばかりである.医学を学び,医療に従事していて,幸運にも光り輝くような新事実に直面し,難しい疾患の病態の解明や治療法に光明を見出す喜びに感動することがあるが,今まさにこの抗 AQP4 抗体を中心とした NMO 研究がそれである.本特集をぜひとも多くの読者に熟読していただき,この思いを共有できれば企画・編集した者にとってこれ以上の喜びはない.執筆された研究者諸氏のさらなる発展に期待したい.

新生血管黄斑症に対する Bevacizumab 硝子体内投与後の 一過性眼圧上昇

2009年10月29日 木曜日

———————————————————————- Page 1(123)ツꀀ 14210910-1810/09/\100/頁/JCOPYツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ あたらしい眼科 26(10):1421 1423,2009cはじめに近年,網膜領域では眼内注射は増加しており,特に新生血管黄斑症に対する抗血管内皮増殖因子(VEGF)薬剤投与は重要な治療法になっている.しかし,投与後の眼圧変化について検討した報告はわが国にはない.今回,新生血管黄斑症に対する bevacizumab 硝子体内投与後の眼圧変化について検討した.I対象および方法2007 年 8 月より 2008 年 4 月までに杏林アイセンターにて bevacizumab 硝子体内投与した新生血管黄斑症を有する33 例 33 眼(男性 18 例,女性 15 例)について retrospectiveに検討した.平均年齢は 69.3 歳(35 89 歳)であった.緑内障既往眼,硝子体手術既往眼は除外した.白内障手術既往眼は含めた.疾患の内訳は狭義の加齢黄斑変性(AMD)9 眼(27%),ポリープ状脈絡膜血管症(PCV)16 眼(49%),網膜血管腫状増殖(RAP)2 眼(6%),近視性血管新生黄斑症 5眼(15%),網膜色素線状 1 眼(3%)であった.1 回投与が14 眼(42%),2 回 投 与 が 18 眼(55%),4 回 投 与 が 1 眼(3%)であった.数回投与の場合,最低 1 カ月の間隔で行った.〔別刷請求先〕山本亜希子:〒180-8611 東京都三鷹市新川 6-20-2杏林大学医学部眼科学教室Reprint requests:Akiko Yamamoto, M.D., Department of Ophthalmology, Kyorin University School of Medicine, 6-20-2 Shinkawa, Mitaka, Tokyo 180-8611, JAPAN新生血管黄斑症に対する Bevacizumab 硝子体内投与後の一過性眼圧上昇山本亜希子杉谷篤彦岡田アナベルあやめ平形明人杏林大学医学部眼科学教室Changes in Intraocular Pressure after Intravitreal Injection of BevacizumabAkiko Yamamoto,Atsuhiko Sugitani, Annabelle Ayame Okada and Akito HirakataDepartment of Ophthalmology, Kyorin University School of MedicineBevacizumab 硝子体内投与後の眼圧変化について retrospective に検討した.対象は新生血管黄斑症を有する 33例 33 眼であった.Bevacizumabツꀀ 1.25 m g/0.05 ml注入後の投与眼の眼圧を注射前,注射直後,30 分後に非接触式眼圧計にて測定した.平均眼圧の推移は,注射前が 13.44±2.99 mmHg,注射直後は 28.17±10.27 mmHg,注射 30 分後は16.94±4.45 mmHgであった.30 分後の眼圧は全例 30 mmHg以下になっていた.注射直後,30 分後とも注射前に比べ有意に眼圧上昇していた.注射前に比べ平均眼圧上昇は注射直後 15 mmHg(p<0.0001),30 分後4 mmHg(p<0.0001).緑内障の既往はないが 1 眼のみ持続性の眼圧上昇を認め,眼圧下降薬の使用を必要とした.硝子体内投与後は眼圧のモニタリングが必要であると考えられた.Weツꀀ examinedツꀀ short-termツꀀ changesツꀀ inツꀀ intraocularツꀀ pressure(IOP)inツꀀ patientsツꀀ receivingツꀀ intravitrealツꀀ injectionsツꀀ of bevacizumab.ツꀀ Theツꀀ subjectsツꀀ comprisedツꀀ 33ツꀀ patientsツꀀ whoツꀀ receivedツꀀ intravitrealツꀀ injectionsツꀀ ofツꀀ bevacizumab(1.25 m g/ 0.05 ml)forツꀀ theツꀀ treatmentツꀀ ofツꀀ neovascularツꀀ maculopathy.ツꀀ Theツꀀ short-termツꀀ e ectsツꀀ ofツꀀ bevacizumabツꀀ injectionsツꀀ onツꀀ IOP wereツꀀ analyzed.ツꀀ Theツꀀ baselineツꀀ meanツꀀ IOPツꀀ wasツꀀ 13.44±2.99 mmHg. Immediately post-injection, the mean IOP was 28.17±10.27 mmHg. At 30 minutes after injection, the mean IOP was 16.94±4.45 mmHg. In one patient who had no history of glaucoma, the 30-minute post-injection IOP was 29 mmHg;this patient continued to exhibit elevated IOP requiring pressure-lowering medication. Our results suggest a need to monitor IOP following intravitreal injections.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)26(10):1421 1423, 2009〕Key words:ベバシズマブ,眼圧,加齢黄斑変性,硝子体内注射.bevacizumab,ツꀀ intraocularツꀀ pressure,ツꀀ age-related macular degeneration, intravitreal injection.———————————————————————- Page 21422あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(124)総投与回数は 54 回であった.なお,bevacizumab 投与は倫理委員会の承認をもとに,書面によるインフォームド・コンセントを患者より得てから行った.方法は,キシロカイン点眼・結膜 Tenonツꀀ (穿刺部位付近の一部のみに注入)麻酔後,逆流防止しながら 30 ゲージ針にて bevacizumab 1.25 mg/0.05 ml 注入した.投与眼と僚眼の眼圧を注射前(局所麻酔前),注射直後,30 分後に非接触式眼圧計にて測定した.全例前房穿刺は行わなかった.眼圧の推移について Student-tツꀀ test にて検討し,p<0.05を統計学的な有意差ありと判定した.II結果注射前の眼圧は全例で 21 mmHg以下であった.平均眼圧の推移は,注射前が 13.44±2.99 mmHg(7 21 mmHg),注射直後は 28.17±10.27 mmHg(7 60 mmHg),注射 30 分後は 16.94±4.45 mmHg(5 29 mmHg)で あ っ た(図 1). 直後の眼圧が 50 mmHg以上に上昇した症例は 3 眼(9%)みられたが,30 分後の眼圧は全例 30 mmHg以下になっていた.30 分後眼圧が注射前に比して5 mmHg以上眼圧下降した 2例は,どちらも 9 D 以上の強度近視眼であった.この 2 例では直後の眼圧も術前の眼圧より下がっていた.強度近視眼でも注射直後に 20 mmHg以上眼圧上昇した症例も 5 例中 2例みられた.全例で注射直後,30 分後とも注射前に比べ有意に眼圧上昇していた.注射前に比べ平均眼圧上昇は注射直後15 mmHg(p<0.0001),30 分後4 mmHg(p<0.0001)であった.投与回数別の検討を行ったが有意差はなく,投与回数を重ねても眼圧上昇度は変化しないことがわかった.疾患別の眼圧上昇度を検討した.近視性脈絡膜血管新生の症例のみ有意な眼圧上昇はみられなかった.年齢については,50 歳未満(5 例)と 50 歳以上(28 例)の症例を比べ,有意差はみられなかった.1 例のみ持続的な眼圧上昇を認めた.症例は 79 歳,女性,PCV の症例であった.既往歴として糖尿病があった.それまで他の治療は受けていなかった.初回投与前眼圧 18 mmHgで直後眼圧が 33 mmHgまで上昇し,30 分後は 29 mmHgであった.60 分後はさらに 39 mmHgまで上昇したため 1% ブリンゾラミドの投与を開始した.投与 1 週間後の再診時に点眼を継続していたにもかかわらず眼圧 20 mmHgであり,その後も点眼継続とした.2 回目投与後も注射直後の眼圧が50 mmHg,30 分後 29 mmHg,1 時間後 28 mmHgと下降せず,0.5%チモロール追加とした.その後は 2 剤継続し 20 台前半で推移したが,3 回目の投与後は直後 51 mmHg,30 分後24 mmHgとなった.4 回目の投与直後は 60 mmHgまで上昇し,30 分後は 25 mmHgであった.投与 2 週間後に眼圧23 mmHgと高めであり,0.005%ラタノプラスト点眼追加となった.現在も 3 剤の点眼を継続中であり,眼圧は 20 mmHg台前半にて推移している.視神経は緑内障変化を認めず,視野検査においても緑内障を疑う異常所見はみられなかった.III考按抗 VEGF 薬剤投与の普及に伴い,その効果,合併症についての検討が必要とされている.Benz ら1)は 0.1 ml の硝子体内投与は 2.5%の硝子体容積に相当し,眼圧上昇は硝子体容積の増大が原因であるとしている.今回の検討でも一時的な眼圧上昇については同様の機序が考えられた.強度近視眼のみ有意な眼圧上昇がみられず,むしろ 30 分後に眼圧が下降した症例もみられた.これもまた硝子体容積の違いが影響していると考えられた.Benz ら1)は投与後逆流がみられない場合に眼圧が上昇することを指摘しており,強度近視の症例では強膜の菲薄化がみられる場合や硝子体の液化が進行していることが多く,穿刺部位より液化硝子体が漏出することによって眼圧が下がる可能性も否定できないと考えられた.持続性眼圧上昇をきたした 1 例について原因は明らかではなかった.Hollands ら2)は糖尿病黄斑症に対して bevaci-zumab を投与した 1 例において持続性眼圧上昇を認めたとしている.この症例は前回治療として triamcinolone を使用しており,それによる線維柱帯の障害が疑われたとしている.今回筆者らの症例では同様の機序は否定的であった.過去の報告においても bevacizumab 0.05 ml 注射後に一過性眼圧上昇がみられるとされており,平均 20 mmHg以上の眼圧上昇がみられたと報告している2).Kim ら3)は 213 回の硝子体内投与を施行し,直後の眼圧が 87 mmHgまで上昇した症例があったと報告している.また,一過性眼圧上昇により動脈閉塞の危険性が高まるとされており,VISIONツꀀ studyでは 7,545 例中 4 例で網膜動脈閉塞が起きたと報告してい る4).そのうち 1 例は pegaptanib 0.3 mg投与,4 例は pegap-tanib 1 mg投 与 後 で あ っ た.Huang ら5)は通常みられる40 mmHg以上の眼圧上昇により,網膜の微細構造や視神経,0510152025眼圧(mmHg)30354045注射前注射直後注射30分後図 1硝子体内投与後の眼圧変動———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,20091423(125)網膜や脈絡膜の小血管に障害を起こす可能性があると述べている.眼圧上昇はツꀀ 一過性とはいえ,注意深い経過観察が必要であると考えられる.Hollands ら2)も指摘しているように緑内障の既往がある症例では眼圧上昇によって視神経障害が進行する可能性があり,特に注意する必要がある.Byeonら6)は 0.5%チモロールと 2%ドルゾラミドの合剤投与後に房水流出が抑制されることにより bevacizumab の効果がより持続することを報告している.今後緑内障既往眼では投与後の眼圧のみではなく薬剤投与後,抗 VEGF 作用が持続する可能性も念頭におき経過観察するべきかもしれない.Bevacizumab 投与後は有意に眼圧上昇するが,ほとんどの症例では 30 分後は眼圧下降していた.前房穿刺の必要性については前房穿刺を行うことによって感染や水晶体損傷の危険性が高まるとの意見7,8)や前房穿刺を行うことによって眼圧上昇を防げる5)という意見,注射前に前房穿刺を行うことで薬剤の逆流を防げるという考え方9)もあり,意見が分かれているところではあるが,今回の検討結果からは治療を必要とする症例は 1 眼のみであり,前房穿刺は必ずしも必要はないと考えられた.しかし,まれに持続性の眼圧上昇をきたすこともあるため,投与後手動弁や指数弁の確認は全例に必要であり,症例によっては眼圧のモニタリングが必要と考えられる.文献 1) Benz MS, Albini TA, Holz ER et al:Short-term course of intraocularツꀀ pressureツꀀ afterツꀀ intravitrealツꀀ injectionツꀀ ofツꀀ triamci-nolone acetonide. Ophthalmology 113:1174-1178, 2006 2) Hollands H, Wong J, Bruen R et al:Short-term intraocu-lar pressure changes after intravitreal injection of bevaci-zumab. Can J Ophthalmol 42:807-811, 2007 3) Kim JE, Mantravadi AV, Hur EY et al:Short-term intra-ocular pressure changes immediately after intravitreal injections of anti-vascular endothelial growth factor agents. Am J Ophthalmol 146:930-934, 2008 4) VEGF Inhibition Study in Ocular Neovascularization(V.I.S.I.O.N.)Clinicalツꀀ Trialツꀀ Group:Pegaptanibツꀀ sodiumツꀀ for neovascular age-related macular degeneration. Ophthal-mology 113:992-1001, 2006 5) Huang W-C, Lin J-M, Chiang C-C et al:Necessity of paracentesisツꀀ beforeツꀀ orツꀀ afterツꀀ intravitrealツꀀ injectionツꀀ ofツꀀ beva-cizumab. Arch Ophthalmol 126:1314, 2008 6) Byeon SH, Kwon OW, Song JH et al:Prolongation of activity of single intravitreal bevacizumab by adjuvant topical aqueous depressant(Timolol-Dorzolamide). Greafes Arch Clin Exp Ophthalmol 247:35-42, 2009 7) Hariprasad SM, Shah GK, Blinder KJ et al:Short-term intraocular pressure trends following intravitreal pegap-tanib(Macugen)injection. Am J Ophthalmol 141:200-201, 2006 8) Lee EW, Hariprasad SM, Mieler WF et al:Short-term intraocularツꀀ pressureツꀀ trendsツꀀ afterツꀀ intravitrealツꀀ triamcinolo-ne injection. Am J Ophthalmol 143:365-367, 2007 9) Tsui Y-P, Chiang C-C, Tsai Y-Y et al:Paracentesis before intravitreal injection of bevacizumab. Can J Oph-thalmol 43:239, 2008***

小児に発症した MRSA による急性化膿性涙腺炎

2009年10月25日 日曜日

———————————————————————- Page 1(107)ツꀀ 14050910-1810/09/\100/頁/JCOPYツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ あたらしい眼科 26(10):1405 1408,2009cはじめに急性感染性涙腺炎は比較的まれな疾患であり,原因不明の上眼瞼の腫脹と疼痛を主訴として紹介されることが多い.病原体としては,ウイルス,細菌,真菌がある1 4).ウイルス性では,ムンプスが最多で,他にサイトメガロウイルス,コクサッキー A 群ウイルス,エコーウイルス,伝染性単核球症ウイルス,帯状ヘルペスウイルスなど多種類のウイルスがある.細菌性には,黄色ブドウ球菌,表皮ブドウ球菌,レンサ球菌,肺炎球菌,淋菌,緑膿菌,Morax-Axenfeld 菌,Koch-Weeks 菌,トラコーマなどが知られている.局所からの細菌感染は,結膜炎,麦粒腫,眼瞼炎などから細菌が涙腺の排出管を逆行性に上がって起こるとされている.分枝菌,真菌,原虫では,ブラストマイコーシス,ヒストプラズモーシス,アクチノマイコーシス,ノカルディオーシス,スポロトリコーシス,アカントアメーバが知られている1,2).今回筆者らは,近医初診時に麦粒腫が疑われ,抗菌薬点眼,内服にて軽快せず当院紹介受診となったメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistantツꀀ Staphylococcusツꀀ aureus:MRSA)による急性化膿性涙腺炎の 7 歳,男児例を経験したので報告する.I症例患者:7 歳,男児.主訴:左眼の眼瞼腫脹,疼痛.〔別刷請求先〕稲垣伸亮:〒920-0293 河北郡内灘町大学 1-1金沢医科大学感覚機能病態学(眼科学)Reprint requests:Shinsuke Inagaki, M.D., Department of Ophthalmology, Kanazawa Medical University, 1-1 Daigaku, Uchinada-machi, Kahoku-gun 920-0293, JAPAN小児に発症した MRSA による急性化膿性涙腺炎稲垣伸亮北川和子永井康太萩原健太佐々木洋金沢医科大学感覚機能病態学(眼科学)An Infant Case of Acute Purulent Dacryoadenitis due to MRSAShinsuke Inagaki, Kazuko Kitagawa, Kouta Nagai, Kenta Hagihara and Hiroshi SasakiDepartment of Ophthalmology, Kanazawa Medical University7 歳の男児に発症したメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)による急性化膿性涙腺炎を経験した.左上眼瞼の腫脹と疼痛を認め,近医にて麦粒腫の診断で加療されたが増悪を認めたため,当院へ紹介された.充血,上眼瞼耳側の発赤腫脹,触診にて涙腺の腫大と圧痛,左耳前リンパ節腫脹がみられた.涙腺炎を疑い上眼瞼反転したところ,腫脹した外眼角近辺より黄色膿性分泌物が漏出した.分泌物の塗抹鏡検で多核白血球,グラム陽性球菌を多数認め,培養でMRSA が検出された.入院のうえ,抗生物質の頻回点眼,点滴静注を開始したところ,速やかに軽快した.筆者らが知る限りでは,MRSA による急性化膿性涙腺炎の報告はなく,健常な小児で本菌が起炎菌となることは少ない.本症例は,涙腺炎発症数日前にインフルエンザ罹患既往があり,免疫状態が低下した状態にあったことが MRSA 感染の要因であった可能性があるが,きわめてまれな症例と考えられた.Weツꀀ reportツꀀ theツꀀ caseツꀀ ofツꀀ aツꀀ 7-year-oldツꀀ maleツꀀ withツꀀ leftツꀀ acuteツꀀ purulentツꀀ dacryoadenitisツꀀ dueツꀀ toツꀀ methicillin-resistant Staphylococcus aureus(MRSA). In pus from the gland, many neutrophiles and gram-positive cocci were observed;culturingツꀀ revealedツꀀ MRSA.ツꀀ Theツꀀ patientツꀀ wasツꀀ admittedツꀀ andツꀀ treatedツꀀ withツꀀ frequentツꀀ topicalツꀀ antibioticsツꀀ and intravenousツꀀ antibiotics,ツꀀ resultingツꀀ inツꀀ aツꀀ rapidツꀀ cure.ツꀀ Toツꀀ ourツꀀ knowledgeツꀀ thereツꀀ areツꀀ noツꀀ reportsツꀀ ofツꀀ dacryoadenitisツꀀ with MRSA,ツꀀ butツꀀ itツꀀ shouldツꀀ beツꀀ keptツꀀ inツꀀ mindツꀀ thatツꀀ MRSAツꀀ infectionツꀀ canツꀀ occurツꀀ inツꀀ aツꀀ healthyツꀀ infant,ツꀀ asツꀀ inツꀀ theツꀀ presentツꀀ case. One cause of this infection might have been the in uenza he su ered just before this episode;the immune system may also have been somewhat depressed.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)26(10):1405 1408, 2009〕Key words:涙腺炎,黄色ブドウ球菌,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA),小児.dacryoadenitis,ツꀀ Staphylo-coccus aureus, methicillin-resistant Staphylococcus aureus(MRSA), infant.———————————————————————- Page 21406あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(108)現病歴:2006 年 7 月 2 日より左眼上眼瞼耳側の腫脹,疼痛を認めた.翌日近医を受診し,麦粒腫の診断にてタリビッドR眼軟膏と 0.1%フルメトロンR点眼,フロモックスR内服を投与されたが,症状の改善なく次第に下眼瞼にも腫脹が広がってきたため,7 月 5 日に当院に紹介受診となった.既往歴:2006 年 6 月 19 日手足口病,6 月 27 日インフルエンザ発症.今回退院後に流行性角結膜炎を発症.家族歴:特記事項なし.初診時所見:全身状態良好;体温 35.5℃,耳前リンパ節触知(左).視力;右眼 1.5(n.c.),左眼 1.2p(1.2×cyl 0.5 D Ax150°).眼位;正位,眼球運動:制限なし.眼 瞼;左眼瞼が著明に腫脹.特に上眼瞼耳側の発赤・腫脹が顕著で,腫脹した涙腺を触知でき,涙腺部を中心として眼瞼全体に圧痛があった(図 1).結 膜;左眼で球結膜・瞼結膜ともに充血と耳側球結膜に浮腫が存在した.角膜,中間透光体,眼底に異常所見は認められなかった.右眼には結膜炎症状を含め異常所見はみられなかった.上記所見より左眼の急性涙腺炎を疑い上眼瞼反転したところ,上円蓋部耳側涙腺部と思われる部位から大量の黄色膿性分泌物の排出を認めた(図 2).塗抹標本をグラム染色し鏡検を行うと多数の好中球とグラム陽性球菌,菌を貪食したマクロファージが確認された(図 3).血液・生化学所見では白血球増多(9,130/μl),CRP(C 反応性蛋白)(0.86 mg/dl),赤沈(37 mm)の亢進を認めた.CT(コンピュータ断層撮影)画像では眼瞼部・眼窩部涙腺の高度の腫脹があり,眼球後方までの辺縁が明瞭で均一な高吸収域を認めた.骨破壊像や周辺組織への炎症の波及は認めなかった(図 4).経過:グラム陽性球菌による左化膿性涙腺炎と診断し,即日入院のうえ,治療を開始した.タリビッドR眼軟膏 4 回を継続,ベストロンRツꀀ 1 時間毎点眼,セフェム系抗生物質(セファメジンaR 1 g 点滴用キットを 1 日 2 回)3 日間継続した.入院 2 日目より眼瞼腫脹は軽快してきた.その後,膿の培養より MRSA が分離されたが,すでに症状が改善してきていたため上記治療を継続し,10 日後には眼瞼腫脹はほぼ消失した.ちなみに,分離菌の薬剤感受性試験の結果を表 1 に示した.検討した 18 薬剤中,耐性であった薬剤は 8 剤で,そ図 2 左眼上眼瞼反転時 膿(矢印)が流出.図 1眼瞼左眼の眼瞼腫脹,結膜充血が存在.図 3膿のグラム染色所見上: 多核白血球優位で,グラム陽性球菌を多数認めた(400倍 ).下: マクロファージがグラム陽性球菌を貪食している像が認められる(1,000 倍).———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,20091407(109)の内訳は,ペニシリン系のメチシリン(MPIPC),ベンジルペニシリン(PCG),セフェム系のセファクロル(CCL),セファゾリン(CEZ),セフメタゾール(CMZ),カルバペネム系のイミペネム・シラスタチン(IPM/CS),マクロライド系のエリスロマイシン(EM),リンコマイシン系のクリンダマイシン(CLDM)であった.感受性を示した薬剤は 10 剤で,グリコペプチド系のバンコマイシン(VCM),テイコプラニン(TEIC),アミノグリコシド系のゲンタマイシン(GM),アミカシン(AMK),アルベカシン(ABK),テトラサイクリン系のテトラサイクリン(TC),ミノサイクリン(MINO),ニューキノロン系のレボフロキサシン(LVFX),ホスホマイシン系のホスホマイシン(FOM),そしてスルファメトキサゾール・トリメトプリム(ST)であった.II考察感染性涙腺炎の原因は,細菌性とウイルス性に大別され,細菌感染は,涙腺の排出管を逆行性に菌が進入して起こることが多いとされている.それに対し,ウイルス感染に伴うものは,体力が低下したときなどに発症し両眼性が一般的である.小児では流行性耳下腺炎のときに合併することが多い5).今回筆者らは,近医で麦粒腫が疑われ抗菌薬の点眼,内服投与で軽快せず当院紹介受診となった急性涙腺炎の小児例を経験した.急性涙腺炎はまれな疾患であり,急性結膜炎,麦粒腫,化膿性霰粒腫などの診断で抗生物質の点眼,内服療法を行い治癒していく症例のなかに急性涙腺炎が含まれている可能性がある.そのため,眼瞼部化膿性炎症所見を認める疾患の一つとして本疾患を認識しておく必要があると考えられた.左眼化膿性涙腺炎と診断した根拠は以下の通りである1).①上眼瞼耳側 1/3 に強い炎症性浮腫と圧痛が存在,眼瞼下垂と上眼瞼縁の典型的な S 字状カーブ,②多量の粘稠な眼脂,③球結膜外側の浮腫,④ CRP 陽性,⑤涙腺の触知とCT 像での涙腺腫脹と眼窩内炎症所見の存在,⑥上眼瞼結膜 耳側涙腺部からの黄色膿性の排膿がある.今回の症例は上記のすべてに合致した.眼瞼反転時に排膿がみられたが,これは診断とともに,治療的効果,また病原体同定のためのサンプルとして有用であった.本例は片側の涙腺炎で膿内から多核白血球,グラム陽性球菌が観察されたことより,細菌性涙腺炎として治療を開始した.多剤耐性の MRSA であるとの結果を得たが,その時点では薬剤感受性試験にて耐性であった薬剤を用いていた.また,近医でセフェム系抗生物質の内服が処方され,軽快を認めなかったが,広域スペクトルであるセフェム系抗生物質を再度第一選択し,静注(セファメジンaRツꀀ 2 g/日)を高濃度に行ったこと,病巣部が血管の多い組織なので,血流移行性が良く,著効したのではないかと考えられる.また,排膿したことも治療としての重要な要因の一つであると考えられた.小児の MRSA による眼感染症としては結膜炎がほとんどであり,まれに涙 炎の報告がある6).MRSA 感染症は,com-promised host に発症しやすく高度耐性の院内感染型 MRSAと,健常小児や成人に発症する中等度耐性の市中感染型MRSA に分類される.厳密には薬剤耐性遺伝子(SCCmec)の検索が必要であり,タイプ I,II,III を有するのは病院型,IV,ツꀀ V は市中型とされる.本例では遺伝子検索は行っていないが,入院歴がないこと,薬剤感受性パターンが中等度耐性,非多剤耐性であることより市中感染型と判定した7).本症例は入院前に手足口病,インフルエンザを認めており,免疫状態が低下するような全身疾患に罹患していたことが発症要因の一つではないかと考えている.なお,筆者らが検索した限りでは小児の MRSA による涙腺炎の症例報告はわが国および国外にも認められていない.しかし,小児感染症としてこのような疾患があることも念頭表 1分離菌の薬剤感受性試験の結果抗菌薬判定MIC 値抗菌薬判定MIC 値MPIPCR≧4AMKS≦2PCGR≧ 0.5ABKS≦4CCLR≦8EMR≧8CEZR≦4TCS≦1CMZR≦ 16MINOS≦4IPM/CSR≦1LVFXS≦ 0.12VCMS≦1FOMS≦8TEICS≦ 0.5CLDMR≧8GMS≦ 0.5STS≦ 10 R:耐性,S:感受性,MIC:最小発育阻止濃度.(抗菌薬の略語の説明は本文参照)図 4眼部CT像左眼窩内涙腺の著しい腫脹が観察される.———————————————————————- Page 41408あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(110)におく必要がある.文献 1) Duke-Elder S:System of Ophthalmology, In ammations of the Lacrimal Gland. XIII:601-618, London, 1974 2) Tomitaツꀀ M,ツꀀ Shimmuraツꀀ S,ツꀀ Tsubotaツꀀ Kツꀀ etツꀀ al:Dacryoadenitis associatedツꀀ withツꀀ acanthamoebaツꀀ keratitis.ツꀀ Archツꀀ Ophthalmol 124:1239-1242, 2006 3) Obata H, Yamagami S, Saito S et al:A case of acute dacryoadenitisツꀀ associatedツꀀ withツꀀ herpesツꀀ zosterツꀀ ophthalmic-us. Jpn J Ophthalmol 47:107-109, 2003 4) 早川純子,谷瑞子:涙腺腫瘍とまぎらわしい所見で発症した急性涙腺炎.眼科 28:1303-1305, 1986 5) 渡辺仁:I.疾患別:薬の使い方薬を使用する前に確認しておくべき事項.眼科プラクティス 眼科薬物治療ガイド,p101-103,文光堂,2004 6) 関根寿樹:新生児の眼科疾患─新生児の結膜炎,涙 炎.周産期医学 36:469-472, 2006 7) 外園千恵:眼感染アレルギーセミナー─感染症と生体防御─ 2.市中型 MRSA による眼感染症.あたらしい眼科 25:195-196, 2008***

岐阜県内で感染したと推定される東洋眼虫のヒト結膜蝗鞄 寄生例

2009年10月24日 土曜日

———————————————————————- Page 1(103)ツꀀ 14010910-1810/09/\100/頁/JCOPYツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ あたらしい眼科 26(10):1401 1404,2009cはじめに東洋眼虫(Thelaziaツꀀ callipaeda)は,イヌあるいはネコをおもな終宿主とする線虫で,中間宿主はショウジョウバエ科のメマトイ(Amiota)である.その分布には地域性が強く,おもに東南アジアや中国などの温暖な地域,日本では特に九州や西日本に多いという1 14).わが国では 1957 年に初めて熊本で人体寄生例が報告1)されて以来,九州を中心に 100 例余り報告され,筆者らが調べた限り,茨城県からの報告が最北で,つぎに東京都であった2 4).いずれも九州地方へ旅行しており感染場所の確定はできていない2 4).今回筆者らは,岐阜県内で感染したと思われる東洋眼虫症の初の 1 例を経験したので報告する.I症例患者:70 歳,女性.初診:平成 20 年 7 月 22 日.主訴:右眼の異物感.既往歴:Parkinson 病および肺結核.家族歴:特記事項なし.生活歴:岐阜県岐阜市在住の主婦.近所の竹やぶにてタケノコ狩りをするのが趣味であった.ペットの飼育歴および海外渡航歴はなし.当科受診 1 年以内に岐阜県外に出たことはない.現病歴:平成 20 年 5 月 26 日に右上眼瞼内に異物感が出現し,近医眼科を受診したところ,右外眼角付近に虫体を発見し数隻摘出された(図 1).6 月 2 日再診時にも同部位から虫体が捕獲された.その後,しばらく症状は治まっていたが,6 月 29 日に右眼の異物感が出現し再受診.虫体 1 隻が捕獲された.虫体が何隻も発見されるので,精査および加療目的で当眼科を紹介となった.〔別刷請求先〕小森伸也:〒501-1194 岐阜市柳戸 1-1岐阜大学医学部眼科学教室Reprint requests:Shinya Komori, M.D., Department of Ophthalmology, Gifu University Graduate School of Medicine, 1-1 Yanagido, Gifu-shi 501-1194, JAPAN岐阜県内で感染したと推定される東洋眼虫のヒト結膜 内 寄生例小森伸也*1小國務*1末森晋典*1望月清文*1林裕子*2高橋優三*3*1 岐阜大学医学部眼科学教室*2 眼科林クリニック*3 岐阜大学医学部寄生虫学教室A Case of Conjunctival Sac Infection with Thelazia callipaeda in Gifu PrefectureShinya Komori1), Tsutomu Oguni1), Shinsuke Suemori1), Kiyofumi Mochizuki1), Yuko Hayashi2) and Yuzo Takahashi3)1)Department of Ophthalmology, Gifu University Graduate School of Medicine, 2)Hayashi Eye Clinic,ツꀀ 3)Department of Parasitology, Gifu University Graduate School of Medicine岐阜市在住のタケノコ狩りを趣味とする 70 歳,女性の右眼にみられた東洋眼虫症を経験した.平成 20 年 5 月に右眼に違和感が出現し当科を紹介受診.数回にわたり虫体を摘出した.摘出された虫体はすべて東洋眼虫の雌であった.また,外眼角部に 腫を認め, 腫が寄生の一因と考え,結膜 腫摘出術を施行した.現在経過観察中であるが,新たな虫体は検出されていない.岐阜県内で感染したと推定される東洋眼虫症を初めて報告した.We report a case of human thelaziasis. The patient, a 70-year-old female living in Gifu Prefecture, complained ofツꀀ foreign-bodyツꀀ sensationツꀀ inツꀀ herツꀀ rightツꀀ eye.ツꀀ Herツꀀ hobbyツꀀ wasツꀀ bambooツꀀ shootツꀀ picking.ツꀀ Weツꀀ extractedツꀀ wormsツꀀ fromツꀀ the conjunctival sac;all were identi ed as female worms of the species Thelazia callipaeda. We also excised a cyst at theツꀀ lateralツꀀ canthus,ツꀀ inツꀀ whichツꀀ wormsツꀀ mightツꀀ reside.ツꀀ Afterツꀀツꀀ nalツꀀ extractionツꀀ ofツꀀ theツꀀ worms,ツꀀ weツꀀ foundツꀀ noツꀀ otherツꀀ worms. This was probably theツꀀ rst case of human thelaziasis found in Gifu Prefecture.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)26(10):1401 1404, 2009〕Key words:東洋眼虫,人畜共通感染症,メマトイ,岐阜県.Thelazia callipaeda, parasitic zoonoses, Amiota, Gifu Prefecture.———————————————————————- Page 21402あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(104)初診時所見:視力は右眼 1.0(n.c.),左眼 0.3(0.9×+1.5 D(cyl 1.50 Dツꀀ Ax145°)で, 眼 圧 は 右 眼 12 mmHg, 左 眼14 mmHg であった.前眼部所見では左眼に異常所見は認められなかった.右眼では,外眼角部に 腫を認め,軽度の結膜充血がみられ,少量の眼脂を認めた.中間透光体では両眼とも後 下白内障を認めた.眼底には両眼とも軽度の動脈硬化性変化を認めた.画像所見:頭部 MRI(磁気共鳴画像)では,T2 強調像にて 5 mm 大の高信号の 胞様構造物を右外眼角部に認めたが,虫体はみられなかった(図 2).血液学的検査:白血球数は 5,090/mm3,白血球分画は正常で,IgE 値は 85.0 と正常範囲内であった.結膜 内分泌物培養:Staphylococcus haemolyticus およびEubacterium lentum が検出された.経過:初診時,細隙灯顕微鏡検査時に右外眼角上方結膜 に白色の虫体を数隻発見したので,0.4%塩酸オキシブプロカインで点眼麻酔後,無鈎鑷子にて摘出を試みた.虫体は光を当てると結膜 内の奥へ逃げるように蠕動運動をしたが,2 隻の虫体を摘出することができた.摘出した虫体を生理食塩水中に保存し,同定に供した.レボフロキサシンの点眼を開始したが,平成 20 年 7 月 31日に異物感が継続するため再受診となった.前回同様に右眼結膜 に 1 隻の虫体を確認し摘出した.その際,涙道洗浄を行ったが,虫体は確認されなかった.外眼角部の 腫内が棲図 1右眼前眼部写真外眼角部に数隻の虫体(矢印)を認める.図 3採取した虫体標本右側が口側,左側が肛門側.幼虫を排出する陰門を認める(矢印).図 2MRI所見a:拡散強調画像,b:T2 強調画像.T2 強調画像(矢印)で右眼外眼部に高信号の大きさ 5 mm 大の 胞様構造物を認める.ツꀀ ———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,20091403(105)みかではないかと考え同年 8 月 20 日に右眼結膜 腫摘出術を施行した.摘出前に 0.25%インドシアニングリーンにて 腫内を染色し 腫摘出を行った.摘出時, 腫内および術野から虫体は確認されなかった.現在,外来にて経過観察中であるが,右眼の違和感は継続しているが虫体は確認されていない.虫体所見:摘出された虫体は,体長 6.2 6.5 mm で,口腔は歯と口唇が欠如し,虫体の中央部付近に陰門を認め,体表には細かい鋸歯状の striation を認めた.以上の形態学的特徴および採取場所から,東洋眼虫の雌と同定した(図 3).病理学的所見:摘出された 腫内に,虫体はみられなかったが,脱皮の残骸と思われる所見を認めた(図 4).II考按東洋眼虫は,線形動物門・線虫網・螺尾虫目・眼虫科・テラジア属に属する体長 8 16 mm の白色の小線虫である5).結膜に寄生し,イヌ,ネコ,サル,タヌキおよびキツネなどの哺乳類を終宿主とし,ときにヒトの結膜 にも寄生する6).ショウジョウバエの一種であるメマトイ(マダラメマトイ,オオメマトイおよびナガタメマトイ)を中間宿主とする6,15).メマトイは哺乳類の涙液を舐める習性があり,すでに東洋眼虫に感染している終宿主の涙液を舐める際に,第一期幼虫を摂取する6).第一期幼虫はメマトイの生殖器内で 2 回脱皮後,第三期幼虫(体長 2.0 2.5 mm)となる6).メマトイが終宿主の涙液を舐める際に,この第三期幼虫が結膜に寄生し約 1 カ月後に成虫となる6).東洋眼虫の寿命は約 12 カ月である7,8)ので,虫体の発見・摘出後 1 年間は経過観察を要すると考えられる.東洋眼虫の雌雄の見分け方は,①雌のほうが雄に比べて体長が長い傾向にある,②雌成虫では子宮内に仔虫を認める,③雄成虫には左交接刺が右交接刺に比べて異常に長い,および④雌成虫の口腔には歯と口唇が欠如し,体表に鋸歯状のstriation を認めるなどがあげられる9).今回摘出した東洋眼虫は体長が 6.5 mm 前後と小振りであったが,すべて雌であった.東洋眼虫症の症状として異物感,眼脂,流涙,充血あるいは掻痒感など慢性の結膜炎様を呈することが多いが,自覚症状に乏しい症例もあるという6).寄生部位として上円蓋部結膜 内が多いとされる6)が,他に涙道内寄生例,眼瞼の肉芽腫形成例,前房内あるいは硝子体内に侵入した報告例もあ る10,16).本症例では MRI 画像にて虫体は確認されなかったが,外眼角部の 腫内が寄生部位ではないかと考え,右眼結膜 腫摘出術を施行した.摘出時および摘出された 腫内に虫体はみられなかったが,脱皮の残骸と思われる所見を認めた.治療は虫体の摘出とされる15).成虫は活動性が高く,結膜 の奥深くへ逃げ込むと摘出がときとして困難になる11).本症例では虫体の動きを抑える目的も含め 0.4%塩酸オキシブプロカインを用い,数回にわたり虫体の摘出を行った.その後現在まで,自覚症状は継続しているが新たな虫体は確認されていない.東洋眼虫は,ヒト結膜 内では産生された卵から成虫まで発育する可能性はなく,虫体を摘出すれば再発はないという7).しかしながら,中間宿主であるメマトイとの接触により再罹患することがある6 9,11 13)ので,メマトイが渓流近くのスギ,シイ,カシや竹林などで採集される7)ことからも,本症例ではタケノコ狩りの際には“ハエに注意”と指導している.今回,岐阜県で初めて東洋眼虫が発見されたが,岐阜県近隣では愛知県ならびに三重県から数例の報告が散見され る2 4,10,13 17).筆者らが調べた限り,茨城県での報告例が最北であった2).しかし茨城県からの報告は,発症 22 日ほど前に熊本県内で野外作業に従事しており熊本において感染した可能性は否定できない2).東京都の報告は,虫体発見の 3週間ほど前に福岡県八女市から上京しているので,茨城県の報告同様,感染場所について若干問題が残る3).一般に,東洋眼虫症の分布には偏在性が強く,九州を中心(特に熊本,宮崎および大分)とした西日本に報告例が多い1,4,6)が,最近では中国,四国および近畿地方や都市部でもその報告例が増加しているという5,7 9,11,12,17).地域性の原因として,一つには,中間宿主であるメマトイは九州地方から北海道まで全国的に分布しているものの,終宿主であるイヌの東洋眼虫の寄生率に地域差があることが指摘されている7).しかし今日ではイヌやネコなどをペットとしてともに移動することが予想され,その地域性が容易に変化することが危惧される.つぎに東洋眼虫がメマトイの体内で第一幼虫期から第三期幼虫(感染幼虫)に発育するのに要する日数は温度依存性である6)ので,温暖な地域での感染が多くなっている6)という.メマトイは初夏から 9 月にかけて図 4摘出した 腫の一部脱皮の残骸(矢印)を認める(HE 染色).———————————————————————- Page 41404あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(106)13℃以上で活動性が高く,低温ではその活動性が制限さ れ12),東洋眼虫は 17℃以下では生存ができないという7).一方,1883 年(岐 阜 市 気 象 台 観 測 開 始 年),1977 年 お よ び2007 年における岐阜市の平均気温を検討したところ,年平均気温ではそれぞれ 13.7℃,15.4℃および 16.4℃であった.平 均 気 温 13℃ 以 上 の 月 は, そ れ ぞ れ 5 月(15.6℃:4 月 は11.4℃)か ら 10 月(17.4℃:11 月 は 9.3℃),4 月(14.1℃)から 11 月(13.4℃)および 4 月(14.0℃)から 10 月(19.0℃:11 月は 12.2℃)であった.よって岐阜市の平均気温の上昇は明らかであり,メマトイの活動日数の増加ならびに活発化が予想され,少なくとも岐阜県での東洋眼虫によるヒト感染例に注意を要すると思われた.今後,温暖化現象ならびにペット管理の不徹底などによる東日本などへの感染地域の拡大が懸念される.ご校閲賜りました岐阜大学医学部眼科学教室教授ツꀀ 山本哲也先生に深く感謝いたします.文献 1) 萩原武雄,楠元忠雄,村上和充ほか:人結膜より摘出した線虫の二例.熊本医学会雑誌 31:179-183, 1957 2) 滝田弘子,影井昇,橋口淳一ほか:東洋眼虫 Thelazia callipaeda 寄生の 1 症例とその感染地について.眼臨 78:1909-1912, 1984 3) 影井昇,林滋生,石田常康ほか:東京都下で発見された東洋眼虫の人体寄生例.寄生虫誌 30:337-344, 1981 4) 宮原道明,讃井浩喜,保利哲也:大分県と熊本県で見出された東洋眼虫症 2 例.九州大学医療技術短期大学紀要 26:85-88, 1999 5) 高田園子,宇仁茂彦,国吉一樹ほか:大阪府で見出された東洋眼虫の 1 例.眼紀 53:150-153, 2002 6) 小池生夫,吉川洋,小池直栄ほか:東洋眼虫症の 1 例.眼紀 57:301-304, 2006 7) 森下真美,上村宏和,村主節雄ほか:香川県で見出された東洋眼虫の 3 症例.あたらしい眼科 22:554-556, 2005 8) 石川喜隆,佐藤綾子,田中俊朗ほか:山口県で見出された東洋眼中のヒト結膜 内寄生例.眼臨 98:97-99, 2004 9) 金子明生,児玉俊夫,石川明那ほか:ヒト結膜 に寄生した東洋眼虫の形態学的特徴.臨眼 61:531-536, 2007 10) 湯口幹典,馬嶋昭生,滝昌弘ほか:前房内に迷入した東洋眼虫の 3 症例.眼紀 33:1117-1122, 1982 11) 石坂拓也,水川憲一,溝上志朗ほか:香川県で発見された結膜 内寄生東洋眼虫の 1 症例.眼臨 98:383-384, 2005 12) 高静花,堀本幸嗣,壇上幸孝ほか:大阪市居住者に見られた東洋眼虫寄生の 1 症例.眼紀 54:47-50, 2003 13) 丹羽慶子,水谷聡,岩城正佳ほか:東洋眼虫の結膜多数寄生の 1 例.眼臨 94:1360, 2000 14) 吉田淳,鈴木康之,亀井喜世子:東洋眼虫の 1 症例.眼臨 101:220, 2007 15) 小木曽正博:東洋眼虫による眼感染症について教えてください.あたらしい眼科 17(臨増):201-202, 2000 16) Zakir R, Zhong-Xia Z, Chioddini P et al:Intraocular infestationツꀀ withツꀀ theツꀀ worm,ツꀀ Thelaziaツꀀ callipaeda.ツꀀ Brツꀀ Jツꀀ Oph-thalmol 83:1194-1195, 1999 17) 影井昇,原田正和,村主節雄:香川大学医学部国際医動物学教室に鑑別を依頼された眼虫属線虫類について.Clini-cal Parasitology 18:14-17, 2007***

洗面所における微生物汚染調査

2009年10月22日 木曜日

———————————————————————- Page 1(89)ツꀀ 13870910-1810/09/\100/頁/JCOPYツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ あたらしい眼科 26(10):1387 1391,2009cはじめに細菌や真菌による角膜感染症は,日常診療において比較的よく遭遇する疾患で,ときに角膜穿孔や角膜混濁をひき起こして高度視力低下をもたらす場合もある点で,術後眼内炎とともに大きな臨床的課題となっている.発症メカニズムを考えるうえにおいて,原因病原体が角膜に接着,侵入する契機は重要であるが,先に行われた角膜感染症全国サーベイランスでは,角膜感染症(ウイルスを除く)の発症誘因として,〔別刷請求先〕鈴木崇:〒791-0295 愛媛県東温市志津川愛媛大学医学部眼科学教室Reprint requests:Takashi Suzuki, M.D., Department of Ophthalmology, Ehime University School of Medicine, Shitsukawa, Toon-shi, Ehime 791-0295, JAPAN洗面所における微生物汚染調査鈴木崇*1白石敦*1宇野敏彦*1江口秀一郎*2勝海修*3望月清文*4 井上康*5岡宮史武*6宮田和典*7大橋裕一*1*1 愛媛大学医学部眼科学教室*2 江口眼科病院*3 西葛西・井上眼科クリニック*4 岐阜大学医学部眼科学教室 *5 井上眼科*6 岡宮眼科*7 宮田眼科病院Microbial Contamination in SinkTakashi Suzuki1), Atsushi Shiraishi1), Toshihiko Uno1), Shuichiro Eguchi2), Osamu Katsumi3), Kiyofumi Mochizuki4), Yasushi Inoue5), Fumitake Okamiya6), Kazunori Miyata7) and Yuichi Ohashi1)1)Department of Ophthalmology, School of Medicine Ehime University, 2)Eguchi Eye Hospital, 3)Nishikasai Inouye Eye Clinic, 4)Department of Ophthalmology, School of Medicine Gifu University, 5)Inoue Eye Clinic, 6)Okamiya Eye Clinic,ツꀀ 7)Miyata Eye Hospitalコンタクトレンズ関連角膜感染症の発症には,レンズケアあるいは保管の舞台である洗面所の微生物汚染が関与している可能性がある.そこで今回,全国 6 カ所(北海道,東京,岐阜,岡山,愛媛,宮崎),計 60 家庭における夏季と冬季の洗面所の汚染状況を検討した.夏季と冬季の細菌の検出率は,それぞれ 83.3%,93.3%と冬季に高い傾向を示した.真菌のうち,糸状菌については夏季,冬季ともに 100%近く検出されたが,酵母状真菌については夏季(18.3%)よりも冬季(38.3%)に多く検出された.アカントアメーバの検出率は夏季 3.3%,冬季 6.6%とほぼ一定であった.検出菌種では,Sphingomonasツꀀ paucimobilis,Flavimonasツꀀ oryzihabitans,Pseudomonasツꀀツꀀ uorescens などのグラム陰性桿菌や Aspergillusツꀀ sp.,Penicilliumツꀀ sp. が年間を通じて多く,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,Klebsiellaツꀀ sp.,Fusarium sp. などに季節変動がみられた.わが国の洗面所の微生物汚染状況はほぼ一定ではあるが,気候や季節によって一部の菌種が変動している可能性が示唆される.Contact lens-related infectious keratitis is associated with microbial contamination of the lens, or with lens storageツꀀ inツꀀ theツꀀ sink.ツꀀ Thisツꀀ studyツꀀ investigatedツꀀ microbialツꀀ contaminationツꀀ ofツꀀ theツꀀ sinksツꀀ inツꀀ 60ツꀀ homesツꀀ inツꀀ 6ツꀀ di erentツꀀ areas(Hokkaido,ツꀀ Tokyo,ツꀀ Gifu,ツꀀ Okayama,ツꀀ Ehimeツꀀ andツꀀ Miyazaki)inツꀀ summerツꀀ andツꀀ winter.ツꀀ Bacteriaツꀀ wereツꀀ detectedツꀀ inツꀀ 83.3% or 93.3% of all homes in summer and winter, respectively;fungi were detected in 98.3% of all homes in summer andツꀀ winter.ツꀀ Furthermore,ツꀀ Acanthamoebaツꀀ wasツꀀ detectedツꀀ inツꀀ 3.3%ツꀀ andツꀀ 6.6%ツꀀ ofツꀀ allツꀀ homesツꀀ inツꀀ summerツꀀ andツꀀ winter, respectively.ツꀀ Althoughツꀀ gram-negativeツꀀ rodツꀀ suchツꀀ asツꀀ Sphingomonasツꀀ paucimobilis,ツꀀ Flavimonasツꀀ oryzihabitans,ツꀀ and Pseudomonasツꀀ uorescens andツꀀ lamentous fungi such as Aspergillus sp. and Penicillium sp. were predominant throughツꀀ theツꀀ year,ツꀀ coagulase-negativeツꀀ staphylococciツꀀ andツꀀ Fusariumツꀀ sp.ツꀀ wereツꀀ ofツꀀ tenツꀀ detectedツꀀ inツꀀ summerツꀀ andツꀀ Kleb-siella sp. was often detected in winter. Microbial contamination of sinks appears to be in uenced by climate or sea-son.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)26(10):1387 1391, 2009〕Key words:コンタクトレンズ,角膜感染症,レンズケア,洗面所,細菌,真菌,アカントアメーバ.contactツꀀ lens, infectious keratitis, lens care, sink, bacteria, fungi, Acanthamoeba.———————————————————————- Page 21388あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(90)コンタクトレンズ(CL)装用が大きくクローズアップされている1).CL 装用に伴って生じる角膜感染症,すなわち CL 関連角膜感染症は,CL 装用に伴う角膜上皮障害や局所免疫の低下などのホスト側の要因に,CL 自体の微生物汚染が加わって発症すると考えられる2).CL への微生物汚染のメカニズムとしては,第一に,CL が結膜 内でブドウ球菌などの外眼部常在菌に汚染される経路,第二に,CL が眼外,すなわちレンズケースにおいて環境菌に汚染される経路とが考えられる2).特に,後者の汚染ルートにおいては,レンズケアが不十分な場合,multipurposeツꀀ solution(MPS)の消毒効果では間に合わないため,繁殖した環境微生物が容易に CL を汚染するものと思われる.さて,ほとんどの CL 装用者は,CL 装用,CL ケア,CLの管理を洗面所で行っていることから,洗面所に存在する微生物が CL やレンズケースを汚染する可能性は非常に高いと考えられるが,わが国の住環境下での洗面所にどのような微生物が存在するのかはこれまでほとんど明らかにされていない.そこで,今回,気候・風土の異なる 6 地点を全国から選抜し,家庭の洗面所にどのような微生物が存在するのか,また,微生物検出状況に季節変動は認められるかについて検討した.I方法北海道・東京・岐阜・岡山・愛媛・宮崎の各地点において,それぞれ 10 家庭(計 60 家庭)の洗面所を対象に,細菌,真菌,アカントアメーバによる汚染状況を調査した.細菌とアカントアメーバについては,直径 3 cm の滅菌広口瓶に滅菌蒸留水を入れ,蓋を開けたままで 1 週間洗面所に静置することで,多くの部位(空気中,蛇口からの水道水,手指・口内からの分泌物など)からの汚染の検出を試みた.真菌については,ポテトデキストロース培地面を上に向け,蓋を開けた状態で 1 日間洗面所に静置した.その後,両サンプルを回収し,細菌・真菌・アカントアメーバの培養・同定を財団法人ツꀀ 阪大微生物病研究会に依頼した.調査は夏季 7 月と冬季12 月の 2 回行った.また,調査時期の各地における気温と湿度も調べた.II結果1. 微生物検出率細菌,真菌,アカントアメーバの夏季・冬季の検出率を表1 に示す.細菌の検出率は,夏季で 83.3%,冬季で 93.3%と冬季で高かった.また,糸状菌が夏季・冬季ともに 98.3%と,ほぼすべての家庭で年間を通じて検出されたのに対し,酵母状真菌は,夏季で 18.3%,冬季で 38.3%と冬季で検出率が上昇した.アカントアメーバの検出率は,夏季 3.3%,冬季 6.6%とほぼ一定であった.なお,北海道と東京における細菌検出率が,夏季・冬季ともに他の地域よりも低い傾向を示した.2. 検出菌種夏季,冬季における上位検出菌種(細菌,真菌)と検出株数を表 2,3 に示す.細菌においては,夏季・冬季ともに,Sphingomonasツꀀ paucimobilis,Flavimonasツꀀ oryzihabitans,Pseudomonasツꀀ uorescens などのグラム陰性桿菌が 6 7 割を占め,coagulase-negative staphylococci(CNS)や Micrococ-cusツꀀ sp. などのグラム陽性球菌,Bacillusツꀀ sp. や Corynebacte-riumツꀀ sp. などのグラム陽性桿菌はそれぞれ 1 2 割程度であった.CL 関連角膜炎感染症の原因菌として知られる Pseu-domonasツꀀ aeruginosa,Serratiaツꀀ marcescens も検出されたが,検出菌の上位にはランクされなかった.季節変動がみられたものとしては,CNS(夏季>冬季)やStaphylococcusツꀀ aureus(夏季>冬季),Pseudomonasツꀀツꀀ uores-cens(夏季<冬季),Klebsiellaツꀀ sp.(夏季<冬季),Serratia marcescens(夏季<冬季),Streptococcusツꀀ sp.(夏季<冬季)などがあげられる.真菌では,同定ができないものも含めて糸状菌が多数を占め,Penicillium sp. と Aspergillus sp. が検出菌上位であった.夏季では,Acremoniumツꀀ sp.,Cladosporiumツꀀ sp.,Fusarium sp. が上位で検出されるなど,バリエーションが増加している.角膜炎の原因菌となりうる Aspergillus sp.,Penicillium sp., Fusarium sp. をピックアップし,地域別の検出数をみてみると,Aspergillusツꀀ sp. は全国に広く分布し夏季にやや多いこと,Penicilliumツꀀ sp. は東北日本に多く冬季に多いこと,Fusarium sp. は夏季に多いことが判明した(表 4).酵母状真菌については,冬季に増加する傾向が認められた.3. 調査時期の各地の気温と湿度表 5 に調査時期 1 週間の平均気温と平均湿度を示す.気温,湿度は夏季,冬季とも西高東低の傾向であった.表 1地域別微生物検出率─ 1 地域 10 家庭中,微生物が検出された家庭数を示す─北海道東京岐阜岡山愛媛宮崎計細菌夏季86109101053(83.3%)冬季971010101056(93.3%)酵母状真菌夏季42021211(18.3%)冬季33436423(38.3%)糸状菌夏季1010101010959(98.3%)冬季9101010101059(98.3%)アカントアメーバ夏季001001 2(3.3%)冬季000121 4(6.7%)———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,20091389(91)III考察CL 装用者の増加に伴って,CL 関連角膜感染症の患者数も急増しており,若年層に多発することから大きな社会的問題ともなりつつある.先にも述べたように,こうした CL 関連角膜感染症の発症メカニズムには,レンズケースを介した微生物の CL 汚染が関与している可能性が高い.ほとんどのCL ユーザーが CL ケアを洗面所で行っていることから,わが国の住居内の洗面所にどのような微生物が存在するのかを調査することはきわめて重要である.これまでのわが国における家庭の洗面所の汚染状況についての検討は 1 報のみで3),表 2検出細菌の上位菌種と検出数夏季株数冬季株数○:Bacillus sp.15W*:Pseudomonasツꀀ uorescens22*:Sphingomonas paucimobilis14△:Micrococcus sp.13S△:Coagulase-negative staphylococci12*:Sphingomonas paucimobilis13△:Micrococcus sp.11○:Bacillus sp.12*:Flavimonas oryzihabitans 9*:Flavimonas oryzihabitans10*:Acinetobacter sp. 8W*:Klebsiella oxytoca 7W*:Pseudomonasツꀀ uorescens 7○:Corynebacterium sp. 6○:Corynebacterium sp. 6W*:Klebsiella pneumoniae 6*:Methylobacterium mesophilicum 6*:ブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌 6*:Brevundimonas vesicularis 5W*:Serratia marcescens 5*:Comamonas acidovorans 5*:Acinetobacter sp. 5W*:Klebsiella oxytoca 3*:Stenotrophomonas maltophilia 5S*:Pseudomonas alcaligenes 3W△:Streptococcus sp. 5S△:Staphylococcus aureus 3*:Brevundimonas vesicularis 4*:ブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌 3*:Acinetobacter baumannii 3S*:Aureobasidium sp. 2S△:Coagulase-negative staphylococci 3S*:Comamonas testosteroni 2*:Pseudomonas aeruginosa 3S*:Enterobacter cloacae 2*:Comamonas acidovorans 3*:Pseudomonas aeruginosa 2*:Methylobacterium mesophilicum 3W*:Serratia marcescens 2*:Pseudomonas putida 2*:Pseudomonas stutzeri 2*:グラム陰性桿菌,△:グラム陽性球菌,○:グラム陽性桿菌.S:検出株数が夏季>冬季である菌,W:検出株数が夏季<冬季である菌.表 5調査日1週間の平均気温と平均湿度地域7月12 月気温(℃)湿度(%)気温(℃)湿度(%)北海道18.6±1.575.1±6.20.2±1.168.3±7.1東京23.8±1.273.9±7.68.9±1.256.0±12.0岐阜24.3±1.575.7±9.78.0±0.974.4±10.9岡山24.8±1.077.7±6.48.5±1.575.1±8.4愛媛24.4±1.386.1±4.911.4±2.472.5±9.1宮崎25.5±1.383.4±5.811.6±3.075.9±9.6表 3検出真菌の上位菌種と検出数夏季株数冬季株数Aspergillus sp.22Penicillium sp.20Penicillium sp.15Aspergillus sp.15Acremonium sp.14酵母様真菌(同定不能)27Cladosporium sp. 9糸状菌(同定不能)91Fusarium sp. 8Absidia sp. 6Geotrichum sp. 6Alternaria sp. 5Paecilomyces sp. 3酵母様真菌(同定不能) 4糸状菌(同定不能)74表 4角膜炎原因糸状菌の地域別検出数北海道東京岐阜岡山愛媛宮崎計Aspergillus sp.夏季63232622冬季14224215Penicillium sp.夏季12721215冬季46360120Fusarium sp.夏季1200418冬季0000000———————————————————————- Page 41390あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(92)5 家庭の洗面所を含む 90 カ所について,黄色ブドウ球菌,緑膿菌,大腸菌,好気性細菌の汚染を拭き取り試験によって調査したものである.真菌やアカントアメーバを含む詳細な分離菌の解析,季節性や地域性も考慮した検討はなされていないが,黄色ブドウ球菌は洗面所において 5 家庭中 1 家庭で検出され,緑膿菌が検出された家庭は一つもみられなかったという.筆者らの調査では,洗面所に 1 週間静置した滅菌蒸留水を培養検査しているため,CL ケースへの環境微生物汚染をより模擬しうるものであると考える.今回の調査により,洗面所には細菌や真菌などの微生物が常に存在していることが再確認された.これは,レンズケースに保存するタイプの CL を使用しているユーザーの MPSの使用法やレンズケースのケアに問題があれば,細菌や真菌による汚染が容易に起きる状況にあることを示唆している.検出菌種の調査では,水場などの環境中に生息しているグラム陰性桿菌や環境汚染菌である Bacillusツꀀ sp. が,また,真菌では Aspergillusツꀀ sp. や Penicilliumツꀀ sp. が多く検出されており,洗面所がこれら環境菌の温床である可能性が高い.一方で,環境菌だけでなく, Staphylococcus sp. や Coryne-bacterium sp. など,皮膚や粘膜の常在細菌も比較的高頻度に検出された.このことは,手指や顔面の洗浄,あるいは歯磨きなどの行為によって,生体内の常在細菌が洗面所にも存在する可能性を示している.重篤な角膜炎の病原体として近年注目されているアカントアメーバの検出率は夏季 3.3%,冬季 6.6%と,今回の検討では決して高いものではなかった.これは,アカントアメーバ角膜炎の発症頻度からもうなずける数字ではあるが,レンズケース細菌により汚染されている場合には,日常のレンズケアのなかで,アカントアメーバによる汚染が十分に起こりうることを示唆している.細菌の検出率は北海道,東京で,夏季・冬季とも他の地域よりも低い傾向にあった.このことは,洗面所の細菌汚染には気候や風土,特に気温が関与していると思われる.一般に寒冷地では細菌や真菌などによる感染症が少ないとされてはいるが,近年の地球温暖化に伴って,今後は様相が変わる可能性もある.地域,季節を問わず検出される微生物がある一方で,季節変動を示すものも少なからず見受けられた,特に,CL 関連角膜感染症の主要原因菌とされる CNS が夏季に多く検出されたことは,体表面の汗などの分泌物の曝露が夏に多く,CNS が汚染しやすいためではないかと推測される.また,重篤な角膜炎をひき起こす Pseudomonasツꀀ aeruginosa や Ser-ratiaツꀀ marscescens については Pseudomonasツꀀ aeruginosa 夏季2 株,冬季 3 株,Serratiaツꀀ marscescens 夏季 2 株,冬季 5 株と,後者で冬季に多い傾向を示した.他のグラム陰性桿菌も同様な傾向を示しており,この理由としても,気温,湿度などの影響が考えられる.一方,Sphingomonas paucimobilis,Flavimonas oryzihab-itans,Pseudomonasツꀀツꀀ uorescens などのグラム陰性桿菌が 1年を通して多く検出された.しかしながら,これらは角膜に対しての病原性が確認されていないため,角膜炎の原因菌にはなりえない可能性がある.このことが,CL 関連角膜感染症が過剰に発症しない理由であると思われる.近年,CL 装用者における Fusarium 角膜炎が,アメリカやシンガポールなどで爆発的に発生し大きな問題となった4 6).Fusarium 角膜炎のアウトブレイクの原因については,感染者の MPS と同じロットナンバーにおける MPS 汚染調査において Fusariumツꀀ sp. の汚染が認められず,また,検出された Fusariumツꀀ sp. の遺伝背景が感染者によって異なることより MPS の汚染でないことが証明されている6).一方では,ReNuツꀀ Moistureツꀀ LocRの MPS を使用することで,ケース内でフィルムが形成され,このフィルムを足場に環境中のFusarium sp. が増殖したことがアウトブレイクの原因ではないかと推測されている7).そのため,わが国における洗面所の Fusariumツꀀ sp. の汚染状況を調べることは,今後の MPSの開発に多くの情報を与える.今回の検討では,Fusarium sp. は夏季のみに検出されており,気候に大きく左右される可能性が高い.わが国では,Fusariumツꀀ sp. による角膜炎は植物による角膜外傷後にみられることが一般的であり,CL装用者の報告はほとんどない.この要因の一つには,日本の気候風土,および生活習慣(靴を脱ぐ)などが関与していると思われるが,もしも ReNu Moisture LocRが販売されていたなら,同様の Fusarium 角膜炎が生じていた可能性も考えられる.今回の多施設調査により,わが国の洗面所での微生物汚染状況の輪郭が明らかになった.これらのデータは,CL 関連角膜感染症の発症機序を考えるうえで示唆を与えるものであり,レンズケアのあり方を再確認するうえでも有用である.今後,できれば学会ベースで継続的なサーベイランスを実施し,洗面所での検出菌の動向を監視していく必要があると思われる.文献 1) 感染性角膜炎全国サーベイランス・スタディーグループ:感染性角膜炎全国サーベイランス─分離菌・患者背景・治療の現況─.日眼会誌 110:961-972,2006 2) 大橋裕一,鈴木崇,原祐子ほか:コンタクトレンズ関連細菌性角膜炎の発症メカニズム.日コレ誌 48:60-67, 2006 3) Ojimaツꀀ M,ツꀀ Toshimaツꀀ Y,ツꀀ Koyaツꀀ Eツꀀ etツꀀ al:Bacterialツꀀ contamina-tion of Japanese households and related concern about sanitation. Int J Environ Health Res 12:41-52, 2002 4) Khor WB, Aung T, Saw SM et al:An outbreak of Fusari———————————————————————– Page 5あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,20091391(93)um keratitis associated with contact lens wear in Singa-pore. JAMA 295:2867-2873, 2006 5) Bernal MD, Acharya NR, Lietman TM et al:Outbreak of Fusarium keratitis in soft contact lens wearers in San Francisco. Arch Ophthalmol 124:1051-1053, 2006 6) Chang DC, Grant GB, O’Donnell K et al:Multistate out-breakツꀀ ofツꀀ Fusariumツꀀ keratitisツꀀ associatedツꀀ withツꀀ useツꀀ ofツꀀ aツꀀ con-tact lens solution. JAMA 296:953-963, 2006 7) Zhang S, Ahearn DG, Noble-Wang JA et al:Growth and survival of Fusarium solani-F. oxysporum complex on stressedツꀀ multipurposeツꀀ contactツꀀ lensツꀀ careツꀀ solutionツꀀツꀀ lmsツꀀ on plastic surfaces in situ and in vitro. Cornea 25:1210-1216, 2006***

α1 遮断薬使用中の超音波白内障手術成績―術中虹彩緊張低下症候群の発生頻度と特徴

2009年9月30日 水曜日

———————————————————————- Page 1(129)ツꀀ 12870910-1810/09/\100/頁/JCOPYツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ あたらしい眼科 26(9):1287 1292,2009cはじめに白内障手術中に起こる合併症の一つとして,術中虹彩緊張低下症候群(intraoperativeツꀀツꀀ oppyツꀀ irisツꀀ syndrome:IFIS)が最近注目されている.IFIS は,前立腺肥大症に対する排尿改善剤a1遮断薬を服用している患者で,超音波白内障手術中「水流による虹彩のうねり」,「虹彩脱出・嵌頓」,「進行性〔別刷請求先〕一色佳彦:〒737-0046 呉市中通 2 丁目 3-28木村眼科内科病院Reprint requests:Yoshihiko Isshiki, M.D., Kimura Eye & Internalツꀀ Medicine Hospital, 2-3-28 Nakadori, Kure-shi 737-0046, JAPANa1遮断薬使用中の超音波白内障手術成績―術中虹彩緊張低下症候群の発生頻度と特徴一色佳彦*1木村亘*1横山光伸*1正化圭介*2木村徹*1武田哲郎*1 宮崎婦美子*1*1 木村眼科内科病院*2 焼山木村眼科Results of Phacoemulsi cation Cataract Surgery on Systemic or Topical a1-Adrenoceptor Antagonist―Incidence and Characteristics of Intraoperative Floppy Iris SyndromeYoshihiko Isshiki1), Wataru Kimura1), Mitsunobu Yokoyama1), Keisuke Syoge2), Tohru Kimura1), Tetsuro Takeda1) and Fumiko Miyazaki1)1)Kimura Eye & Internal Medicine Hospital, 2)Yakeyama Kimura Eye Clinic目的:a1遮断薬使用中の白内障手術における術中虹彩緊張低下症候群(intraoperativeツꀀ oppy iris syndrome:IFIS)の薬剤関連性と特徴を比較検討した.方法:対象は,超音波白内障手術施行患者のうちa1遮断薬使用患者 75 例132 眼.これらの症例の,a1遮断薬使用状況,器質的眼疾患の有無,術前前房深度,術前散瞳状態,IFIS の有無,IFIS に対する処置,術中・術後合併症を検討した.結果:男性は塩酸タムスロシン内服,女性は塩酸ブナゾシン点眼を多く使用していた.術前前房深度は,男性 27.6%,女性 69.6%が浅前房であり,男性 33.3%,女性 38.8%は術前散瞳不良であった.IFIS は男性 14.1%,女性 6.0%であった.男性は塩酸タムスロシン内服,女性は塩酸ブナゾシン点眼で発生が多かった.術中合併症は,後 破損や虹彩離断を認めた.全白内障手術患者に対する IFIS 発生頻度は 0.49%であった.結論:IFIS は,散瞳不良のa1A受容体サブタイプ高選択性薬剤使用者に発症する傾向であり,前房深度が浅い症例では重篤な合併症を起こしやすかった.Toツꀀ evaluateツꀀ theツꀀ incidenceツꀀ andツꀀ characteristicsツꀀ ofツꀀ intraoperativeツꀀツꀀ oppyツꀀ irisツꀀ syndrome(IFIS)inツꀀ relationツꀀ toツꀀ the use of a1-adrenoceptor antagonists, we conducted a prospective study of 75 patients(132 eyes)receiving systemic or topical a1-adrenoceptor antagonists who underwent cataract surgery. Use of a1 antagonist, eye disease, anterior chamber depth, presurgery mydriasis, IFIS occurrence, IFIS treatment and complications were studied. The a1 antagonistsツꀀ mostツꀀ commonlyツꀀ usedツꀀ wereツꀀ systemicツꀀ tamsulosinツꀀ inツꀀ malesツꀀ andツꀀ bunazosinツꀀ inツꀀ females.ツꀀ Theツꀀ preoperative anterior chamber was shallow in 27.6% of the males and 69.6% of the females;presurgery mydriasis was poor in 33.3%ツꀀ ofツꀀ malesツꀀ andツꀀ 38.8%ツꀀ ofツꀀ females.ツꀀ IFISツꀀ wasツꀀ observedツꀀ inツꀀ 17ツꀀ eyes(0.49%),ツꀀ ofツꀀ whichツꀀ 15ツꀀ wereツꀀ inツꀀ malesツꀀ andツꀀ 2 were in females. IFIS developed systemic tamsulosin use in males and bunazosin use in females, especially after 70 years of age. Posterior capsule rupture occurred in 1 eye;iridodialysis occurred in 3 eyes. IFIS occurred more eas-ily in eyes with poor mydriasis receiving a1-adrenoceptor antagonists.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)26(9):1287 1292, 2009〕Key words:術中虹彩緊張低下症候群,a1遮断薬,超音波白内障手術,a1A受容体サブタイプ,塩酸タムスロシン.intraoperativeツꀀツꀀ oppyツꀀ irisツꀀ syndrome, a1-adrenoceptorツꀀ antagonists,ツꀀ phacoemulsi cation, a1Aツꀀ receptorツꀀ subtype, systemic tamsulosin.———————————————————————- Page 21288あたらしい眼科Vol. 26,No. 9,2009(130)の縮瞳」の 3 徴を生じるものである.2005 年に Chang らが提唱した1)のが初めであり,以後種々の施設から同様の報 告2,9 14)がされている.しかし,発生頻度は各報告によって異なっており,また多施設調査が多く単独施設による調査は少ない.今回筆者らは,a1遮断薬使用中の超音波白内障手術において,a1遮断薬使用状況,術前前眼部状態,IFIS の発生頻度,術中・術後合併症などを prospective に調査し比較検討したので報告する.I対象および方法1. 対象対象は,2005 年 9 月 21 日 2007 年 10 月 31 日に木村眼科内科病院(以下,当院)で超音波白内障手術を施行した連続 症 例 1,955 例 3,219 眼(男 性:807 例 1,296 眼, 女 性:1,148 名 1,923 眼)のうちa1遮断薬使用患者 75 例 132 眼(男性 57 例 99 眼,女性 18 例 33 眼).年齢は男性 45 89 歳(75±8.3 歳, 平 均値±標 準 偏 差), 女 性 64 87 歳(74.5±8.16歳,平均値±標準偏差)であり,白内障の硬度はそれぞれEmelly-Little 分類 1 4 度(平均で男性 2.24 度,女性は 2.15度)であった.なお,本研究は超音波白内障手術のみを対象としており,硝子体手術や緑内障手術など他手術併用例,眼内手術既往例は除外した.2. 手術方法手術方法は,超音波乳化吸引術を行いすべて眼内レンズ(intraocularツꀀ lens:IOL)挿入術を併施した.超音波白内障手術装置は,アキュラス 600DS(アルコン社)を用い,超音波出力 50%ツꀀ 吸引圧 200 mmHgツꀀ パルスモード 15 で設定し,核の硬度などさまざまな条件により設定を術中随時変更した.粘弾性物質は中間分子量(オペリードR)を用い必要に応じて適宜追加し,Devideツꀀ &ツꀀ Conquer 法(フェイコチョップ法も併施)で乳化吸引を行った.切開は上方強角膜切開で,自己閉鎖創を作製した.IOL は,後 破損例を除いて全例 内固定した.3. 検討項目と方法以上の症例におけるa1遮断薬使用状況,術前散瞳状態〔トロピカミド(ミドリン PR)・フェニレフリン(ネオシネジンコーワR)を 15 分間隔で 2 回点眼したあと 30 分後測定.6 mm 未満を散瞳不良とした〕,術前前房深度(周辺部前房深度計測の目安である van Herick 法で測定),器質的眼疾患の有無,IFIS の発生頻度と発生状況(白内障手術中に水流のうねり,虹彩脱出や嵌頓,進行性の縮瞳の所見 3 徴すべてを認めたものを「IFIS 完全型」,2 徴候以下を「IFIS 不全型」とした),手術の転帰・IFIS に対する処置,術中・術後合併症を prospective に調査し比較検討した.なお,手術前にa1遮断薬使用に関する詳細な問診ならびに他科かかりつけ医に対して過去のものも含めて内服薬の調査を行い,a1遮断薬使用症例に手術終了後すぐ執刀医が IFIS の発生の有無・状況など検討項目を記載した.II結果1. a1遮断薬使用状況(図 1)a1遮断薬使用例は,男性 57 例(全男性白内障手術患者に対し 7.0%),女性 18 例(全女性白内障患者に対し 1.5%)であった.男性は塩酸タムスロシン(ハルナールRなど,34 例)が多く,ナフトピジル(フリバスR,アビショットRなど,10 例),メシル酸ドキサゾシン(カルデナリンR,6 例)と続いた.a1遮断薬を重複使用例もあり(6 例),すべて塩酸タ(例)メシル酸ドキサゾシン塩酸タムスロシンナフトピジルウラピジルシドロシン塩酸ブナゾシン点眼塩酸ブナゾシン内服0510152025303540:散瞳良 :散瞳不良図 2術前散瞳状況散瞳不良は,女性はすべて塩酸ブナゾシン点眼例であったが,男性は塩酸タムスロシンをはじめとしてさまざまな薬剤でみられた(グラフ左側男性,右側女性).:*併用(例)5101520253035400メシル酸ドキサゾシン塩酸タムスロシンナフトピジルウラピジルシドロシン塩酸ブナゾシン点眼塩酸ブナゾシン内服図 1a1遮断薬使用状況併用例はすべて塩酸タムスロシンを併用していた(グラフ左側男性,右側女性).———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 9,20091289(131)ムスロシンが含まれていた.女性は,塩酸ブナゾシン点眼(デタントールR,12 例)が多く,メシル酸ドキサゾシン(3例),塩酸ブナゾシン内服(1 例)と続いた.2. 術前散瞳状態(図 2)男性19例(a1遮断薬使用男性手術患者に対し 33.3%),女性5例(a1遮断薬使用女性手術患者に対し 27.7%)に術前散瞳不良を認めた.そのうち男性では,片眼手術例が 4 例〔うち偽落屑症候群(pseudo-exfoliationツꀀ syndrome:PE)1例〕,両眼手術例で片眼のみ不良例が 1 例(PE1 例)あった.女性では,片眼手術例が 2 例,片眼のみ不良例が 1 例あった.女性はすべて塩酸ブナゾシン点眼例であったが,男性は塩酸タムスロシン 11 例をはじめとして,ナフトピジル,シドロシン(1 例は塩酸タムスロシン併用),メチル酸ドキザゾシン,塩酸ブナゾシン点眼とさまざまに認めた.3. 術前前房深度(図 3)Gradeツꀀ 3 4 は 男 性 71 眼(71.7%), 女 性 10 眼(30.3%),Gradeツꀀ 2 は男性 17 眼(17.1%),女性 9 眼(27.2%),Grade 1 は男性 11 眼(11.1%),女性 14 眼(42.4%)であった.女性では,塩酸ブナゾシン点眼使用例で前房深度が浅かった.4. 器質的眼疾患の有無器質的眼疾患を,男性 42 眼(42.4%),女性 18 眼(54.5%)に認めた.前述の術前前房深度に関係するが,閉塞隅角緑内障や原発閉塞隅角症(疑い)など浅前房眼が男性 14 眼(14.1%),女性 7 眼(21.2%)にあった.ほか糖尿病網膜症をはじめとする網膜硝子体疾患(男性 24 眼,女性 8 眼)などさまざまな眼疾患を認めた.5. IFISの発生頻度と発生状況(図 4)「IFIS 完全型」は男性 12 例 15 眼(23.4%),女性 1 例 2 眼(6.0%),「IFIS 不全型」は男性 49 眼(2 徴候 20 眼,1 徴候29 眼), 女 性 12 眼(2 徴 候 2 眼,1 徴 候 10 眼)に 認 め た.IFIS 完全型は,塩酸タムスロシン(8 眼),女性は塩酸ブナゾシン点眼(2 眼)で最も多かった.2 種のa1遮断薬併用例は男性 3 眼にあり,すべて塩酸タムスロシンと併用(シドロシン 2 眼,塩酸ブナゾシン 1 眼)していた.術前散瞳径が 3 mm と散瞳不良で,手術開始から虹彩リトラクター(グリスハーバー社製)を用いた例が男性 1 眼あり,IFIS 発生状況は不明とした.6. 手術の転帰・IFISに対する処置対処により手術続行したものは男性 41 眼(66.6%),女性7 眼(50%)であった.対処として,男性はフェニレフリン前房内注入(37 眼)が大半であったが,viscoadaptive 粘弾性物質であるビスコートRを使用(5 眼)例や,虹彩リトラクターや分散型粘弾性物質であるヒーロンR V の使用,虹彩縫合を行ったものもそれぞれ 1 眼ずつ認めた.女性はフェニレフリンを使用した 5 眼のみであった.「IFIS 完全型」では,対処により手術続行した例は男性13 眼,女性 2 眼あり,男性 12 眼にフェニレフリン,2 眼にビスコートR,1 眼にヒーロンR V を使用した.女性は 2 眼ともフェニレフリンを使用した.7. 術中合併症術中合併症は男性 7 眼であり,後 破損 3 例 3 眼,虹彩離断 3 例 3 眼,ほか連続円形破 術裂孔,皮質残存,前房出血を 1 眼ずつ認めた.女性では術中合併症を認めなかった.そのうち「IFIS 完全型」では,男性で虹彩離断 3 眼,後 破損 1 眼,連続円形破 術裂孔 1 眼が発生した.8. 術後合併症術後合併症は,男性 17 例 20 眼(18.1%),女性 2 例 3 眼(6.0%)に認めた.男性は,角膜浮腫 10 眼,瞳孔不整 7 眼,(例)メシル酸ドキサゾシン塩酸タムスロシンナフトピジルウラピジルシドロシン塩酸ブナゾシン点眼塩酸ブナゾシン内服05101520253035:G3 4:G2:G1図 3術前の前房深度浅前房例もみられる(グラフ左側男性,右側女性).メシル酸ドキサゾシン塩酸タムスロシンナフトピジルウラピジルシドロシン塩酸ブナゾシン点眼塩酸ブナゾシン内服:1つ:2つ:3つ510015202530354045図 4薬剤別IFISの発生頻度と発生状況a1遮断薬使用者は,IFIS 徴候を発現しやすい(グラフ左側男性,右側女性).———————————————————————- Page 41290あたらしい眼科Vol. 26,No. 9,2009(132)続発緑内障 3 眼,IOLツꀀ 外固定 3 眼,その他 2 眼であり,女性は,皮質残存(続発緑内障)2 眼,角膜浮腫 1 眼であった.角膜浮腫というのは術後に出た一過性の炎症性の強い浮腫である.「IFIS 完全型」では,男性は,瞳孔不整 4 眼,IOLツꀀ 外固定 1 眼などを認めたが,女性では大きな術後合併症は認めなかった.III考按a1遮断薬は排尿改善薬以外にも降圧薬,眼科では眼圧下降薬として使われている.IFIS は,当初排尿改善薬である塩酸タムスロシン使用患者に特異的に IFIS が発症するとされていた1)が,現在ではa1受容体サブタイプ(a1A,a1B,a1D)のうちa1A受容体サブタイプに選択性が高い薬剤(塩酸タムスロシン,ナフトピジル,シドロシン)により生じやすいといわれている2).これは,a1A遮断薬が前立腺のみならず虹彩散大筋でも同受容体がドミナントとなっているからである.また,a1A受容体サブタイプと同様a1a 遺伝子由来でありながら代表的なa1作動薬 prazosin 低親和性のa1L受容体サブタイプも最近報告されており3,4),ヒト瞳孔散大筋に分布するa受容体のサブタイプはa1L受容体であることを示唆する試験報告もある5).本研究では,塩酸タムスロシン以外にもナフトピジル,シドロシン(塩酸タムスロシン併用),メシル酸ドキサゾシン,塩酸ブナゾシンで IFIS を認めた.村松ら3)は,シドロシンや塩酸タムスロシンは,a1Lサブタイプにもa1Aサブタイプ同様の高い親和性を示すが,ウラピジルなどはa1Lサブタイプにきわめて低い親和性を示し,ナフトピジルはすべてのa1サブタイプで親和性は低いがa1Dサブタイプ選択的と報表 1IFIS患者一覧番号服用期間術前散瞳不良転帰IFIS に対する処置術中合併症術後合併症その他眼疾患前房深度(男性)1①メシル酸ドキサゾシン120 Mなし対処で手術続行フェニレフリン使用なしなしなしG-3 42②塩酸タムスロシン(0 . 2)4 8 Mなしなしなしなしなし原発閉塞隅角症疑いG-13③塩酸タムスロシン(0 . 2)3 6 Mなし対処で手術続行フェニレフリン使用虹彩離断前 離断瞳孔不整角膜浮腫原発閉塞隅角症疑いG-24④塩酸タムスロシン(0 . 2)3 6 Mあり対処で手術続行フェニレフリン使用なしなしなしG-3 4⑤あり対処で手術続行なしなしなしなしG-3 45⑥塩酸タムスロシン(0 . 2)6 0 Mあり対処で手術続行フェニレフリン使用なしなしなしG-3 46⑦ナフトピジル3 6 Mなし対処で手術続行フェニレフリン使用ビスコートR使用後 破損眼内レンズ 外固定なしG-3 47⑧シドロシン8 4 Mなし対処で手術続行フェニレフリン使用なしなし加齢性黄斑変性症注視麻痺G-3 4⑨(塩酸タムスロシン併用)なし対処で手術続行フェニレフリン使用なし皮質残存加齢性黄斑変性症注視麻痺G-3 48⑩メシル酸ドキサゾシン120 Mなし対処で手術続行フェニレフリン使用なしなし翼状片G-3 49⑪塩酸ブナゾシン点眼8 4 Mあり対処で手術続行フェニレフリン使用なしなし甲状腺眼症G-2⑫(塩酸タムスロシン併用)8 4 Mなし対処で手術続行フェニレフリン使用虹彩離断連続円形破 術裂孔瞳孔不整角膜浮腫原発閉塞隅角症疑いG-210⑬塩酸タムスロシン6 0 Mなし対処で手術続行フェニレフリン使用なし瞳孔不整角膜浮腫なしG-3 411⑭塩酸タムスロシン(0 . 2)4 8 Mあり対処で手術続行ビスコートR使用なしなし網膜静脈分枝閉塞症G-1⑮あり対処で手術続虹彩縫合,ヒーロンR V 使用虹彩離断瞳孔不整なしG-1(女性)12⑯塩酸ブナゾシン点眼6 0 Mあり対処で手術続行フェニレフリン使用なし皮質残存・続発緑内障なしG-1⑰あり対処で手術続行フェニレフリン使用なしなしなしG-1———————————————————————- Page 5あたらしい眼科Vol. 26,No. 9,20091291(133)告している.緑内障治療として用いられているa1遮断薬点眼の塩酸ブナゾシンは,虹彩に対する影響を直接検討されていないが,点眼後の瞳孔径変化を検討した報告が複数あ り6,7), いずれも縮瞳傾向を示しているが点眼濃度においては有意な差はなかったと述べている.塩酸ブナゾシンは,a1L受容体への親和性が有意に低かったという報告もある8).これらから塩酸ブナゾシンは瞳孔散大筋に分布するといわれているa1Aサブタイプに作用するがa1Lへの親和性が低く,瞳孔径に対する影響が軽微であると解釈できる.また,メシル酸ドキサゾシン9)や塩酸テラゾシン10)にも IFIS 発生の報告があるが,これらもa1Aサブタイプが関与していると考えられている.IFIS の発生頻度は,海外では 1 2%1),わが国では大鹿ら11)が約 1%と報告している.本研究では,超音波白内障手術患者の 0.49%(男性 1.08%,女性 0.10%)と他の報告に比べ低値であった.a1遮断薬頻度が少ない女性の母集団が多いからと思われたが,a1遮断薬使用者の IFIS の割合が 12.1%(男性 14.1%,女性 6.0%),a1A遮断薬使用者の IFIS 割合が 10.0%(男性 10.4%,女性 8.3%)と他の報告12)(40 60%)に比べ低値であったことからも,本研究は IFIS の頻度が少ないといわざるをえない.IFIS の重篤な術中合併症である虹彩離断を起こした 3 眼は,すべて塩酸タムスロシンを使用し前房が浅めの症例であった.IFIS は 3 徴以外に術前散瞳状態が悪い1)といわれているが,前房深度との関係を示した報告はない.今回比較的客観性が高い検査法である vanツꀀ Herick 法を用いたが,van Herick Grade 2 以下の IFIS 症例は 8 眼であった.女性にa1遮断薬使用例で浅前房が多かったのは,浅前房・狭隅角に対し塩酸ブナゾシン点眼が使用されていたためと考えられるが,IFIS がa1遮断薬使用浅前房例で起こると仮定すると,浅前房が多かった女性で IFIS が少なく,重篤な合併症例を認めなかったことは矛盾する.塩酸タムスロシンをはじめとした虹彩に影響が強いと考えられるa1A遮断薬を使用し前房が浅めの白内障手術例は,IFIS を生じた場合重篤な合併症を生じやすいのではないかと考えている.IFIS は薬剤の使用目的・白内障手術という観点からも高齢者に多いことが示唆される.本報告の IFIS 症例 13 例 17眼のうち,男性は塩酸ドキサゾシン使用者の 40 歳代 1 眼を除くとすべて 70 歳代以上,女性は 80 歳代であった.IFISにa1遮断薬使用期間は関与しないという報告6)もあるが,塩酸タムスロシンは半減期が長く,長期間受容体を阻害し,虹彩の瞳孔散大筋の廃用性萎縮をさせる13).3 年前から点眼していたメラニン親和性の高い塩酸ブナゾシンが,虹彩色素に沈着し平滑筋の空胞形成をひき起こした14)という報告からも,瞳孔散大筋の萎縮が起こるある一定期間以上a1遮断薬を使用している場合は,IFIS を起こしやすいと考えら れる.小瞳孔,成熟白内障,角膜内皮細胞が少ない,落屑症候群などを伴った白内障手術は,さまざまな術中・術後合併症を起こす可能性がありハイリスク症例といわれる15).IFIS を起こすa1遮断薬も今後ハイリスク因子となるであろう.最近では IFIS を起こす要因として,a1遮断薬以外にクロルプロマジンなどの薬剤16)や糖尿病や高血圧症,うっ血性心不全などの疾病17)や硝子体手術眼,高度近視眼など18)も示唆されている.当院では,a1遮断薬使用症例を「IFIS 注意例」,加えて散瞳不良で前房が浅めの症例を,「IFIS 要注意例」として術前再確認している.このような症例には,非常時に備えて前房深度と散瞳径を保つため分散型粘弾性物質ビスコートR19)や散瞳薬フェニレフリンをすぐに使用できるよう常に準備している.また,今回は示してはいないが,本研究では「IFIS 完全型」の僚眼に「IFIS 不全型」例が多かった.IFIS 症例は,両眼注意が必要と考えられる.IFIS の概念が浸透した現在,IFIS が予測されるa1遮断薬使用超音波白内障手術例では,術者の技量による症例の選択,散瞳を促す非ステロイド抗炎症薬術前点眼や低濃度アドレナリンの術中前房灌流,場合により術中虹彩リトラクターの使用や高分子量粘弾性物質による viscomydriasis の必要があると考えている.このようにa1遮断薬使用者の超音波白内障手術時には,IFIS を十分留意し重篤な合併症を起こさないようにしなければならない.本研究より,IFIS は点眼・内服すべてa1遮断薬使用症例で発症する可能性があると判明した.今回はa1遮断薬使用症例を術前確認し IFIS の検討を行ったため,ニプラジノールを含めたa作用もあるといわれるb遮断薬の内服・点眼による検討は行っていない.また,a1遮断薬未使用症例での IFIS 様所見を呈した症例も少数であったが見受けられた.Retrospective 研究も含め今後検討する予定である.本論文は,第 47 回日本白内障学会総会・第 23 回日本眼内レンズ屈折手術学会総会にて「a1 遮断薬使用中の白内障手術成績─術中虹彩緊張低下症候群の年齢別発生状況と特徴─」で発表した.文献 1) Chang DF, Campbell JR:Intraoperativeツꀀ oppy iris syn-drome associated with tamsulosin. J Cataract Refract Surg 31:664-673, 2005 2) 大鹿哲郎:術中虹彩緊張低下症候群(IFIS).眼科手術 20:195-199, 2007 3) 村松郁延,鈴木史子,田中高志ほか:a1アドレナリン受容体の分類とa1遮断薬の最新情報.薬学雑誌 126:187-198, 2006 4) Hiraizumi-Hiraoka Y, Tanaka T, Yamamoto H et al:Identi cation of alpha-1L adrenoceptor in rabbit earar-tery. J Pharmacol Exp Ther 310:995-1002, 2004———————————————————————- Page 61292あたらしい眼科Vol. 26,No. 9,2009(134) 5) Nakamuraツꀀ S,ツꀀ Taniguchiツꀀ T,ツꀀ Suzukiツꀀ Fツꀀ etツꀀ al:Evaluationツꀀ of a1-adrenocepters in the rabbit iris:pharmacological characterizationツꀀ andツꀀ expressionツꀀ ofツꀀ mRNA.ツꀀ Brツꀀ Jツꀀ Pharma-col 127:1367-1374, 1999 6) 渡邊敏夫,内海隆,杉山哲也ほか:最近の緑内障点眼薬の瞳孔に及ぼす影響.神経眼科 22:42-45, 2006 7) 大鹿哲郎,新家眞:塩酸ブナゾシン点眼による正常人眼及び房水動態の変化.日眼会誌 94:762-768, 1990 8) Maruyamaツꀀ K,ツꀀ Ohmuraツꀀ N,ツꀀ Yagiツꀀ Yツꀀ etツꀀ al:Alpha-1ツꀀ adreno-ceptor subtypes in canine aorta. Jpn J Pharmacol 62:263-267, 1993 9) Herd MK:Intraoperativeツꀀ oppy-iris syndrome with dox-azosin. J Cataract Refract Surg 33:562, 2007 10) Venkatesh R, Veena K, Gupta S et al:Intraoperativeツꀀ oppy iris syndrome associated with terazosin. Indian J Ophthalmol 55:395-396, 2007 11) Oshika T, Ohashi Y, Inamura M et al:Incidence of intra-operativeツꀀ oppy iris syndrome in patients on either sys-temic or topical a1-adrenocepter antagonist. Am J Oph-thalmol 143:150-151, 2007 12) Chadha V, Borooah S, Tey A et al:Floppy iris behaviour during cataract surgery:associations and variations. Br J Ophthalmol 91:40-42, 2007 13) 清水盛充,吉田正至,石原兵冶ほか:塩酸タムスロシン長期服用により IFIS をきたした 1 例.眼臨 100:874-876, 2006 14) 後関利明,清水公也,石川均ほか:デタントールR点眼使用中に生じた Intraoperativeツꀀツꀀ oppyツꀀ irisツꀀ syndrome.眼科手術(日本眼科手術学会誌臨時増刊号) 20:95, 2007 15) 松島博之,佐々木洋,松田章男ほか:白内障手術の傾向と対策術中・術後合併症と難治症例.臨眼 58:20-99, 2004 16) Unal M, Yucel I, Tenlik A:Intraoperativeツꀀ oppy-iris syn-drome associated with chronic use of chlorpromazine. Eye 21:1241-1242, 2007 17) Schwinn DA, Afshari NA:Alpha 1-adrenergic antago-nists andツꀀ oppy iris syndrome:tip of the icebergツꀀ Oph-thalmology 112:2059-2060, 2005 18) 安間哲史:IFIS(術中虹彩緊張低下症候群).眼科手術 20:457-463, 2007 19) 大鹿哲郎:排尿障害改善剤による Intraoperative Floppy Iris Syndrome. IOL&RS 21:55-58, 2007***

各種緑内障手術の成績

2009年9月30日 水曜日

———————————————————————- Page 1(121)ツꀀ 12790910-1810/09/\100/頁/JCOPYツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ あたらしい眼科 26(9):1279 1285,2009cはじめに緑内障のなかでも開放隅角緑内障(open-angle glaucoma:OAG)に対する手術療法として線維柱帯切除術(trabeculec-tomy:TLE),非穿孔性線維柱帯切除術(non-penetrating trabeculectomy:NPT),線維柱体切開術(trabeculotomy:LOT),ビスコカナロストミー(viscocanalostomy:VCS)などがあげられるが,それぞれに長所と短所があり絶対的な選択肢は存在せず,術式の選択には各々の特性が深く関与する.この特性を深く理解するため,筆者らは弘前大学医学部附属病院眼科における 2002 年から 2007 年までの各種緑内障手術成績を検討した.I対象および方法1. 対象対象は 2002 年 4 月から 2007 年 3 月までに弘前大学医学部附属病院眼科で TLE,NPT,LOT,VCS が施行された233 例 322 眼を後ろ向きに検討した.白内障手術併施,非併施,既眼内レンズ挿入眼にかかわらず緑内障初回手術症例をすべて対象とした.今回の検討対象となった 4 つの術式を表 1 に示す.各術式ともに利点や予想される合併症を十分に説明した後,文書による同意を得て行った.〔別刷請求先〕木村智美:〒036-8562 弘前市在府町 5弘前大学大学院医学研究科眼科学講座Reprint requests:Satomi Kimura, M.D., Department of Ophthalmology, Hirosaki University Graduate School of Medicine, 5 Zaifu-cho, Hirosaki 036-8562, JAPAN各種緑内障手術の成績木村智美石川太山崎仁志目時友美伊藤忠竹内侯雄中澤満弘前大学大学院医学研究科眼科学講座Surgical Results of Various Glaucoma SurgeriesSatomi Kimura, Futoshi Ishikawa, Hitoshi Yamazaki, Tomomi Metoki, Tadashi Ito, Kimio Takeuchi andツꀀ Mitsuru NakazawaDepartment of Ophthalmology, Hirosaki University Graduate School of Medicine目的:各種緑内障手術成績の検討.方法:2002 年 4 月から 2007 年 3 月までに trabeculectomy(TLE),non-pen-etratingツꀀ trabeculectomy(NPT),trabeculotomy(LOT),viscocanalostomy(VCS)を施行した 233 例 322 眼の後ろ向き検討.結果:術前眼圧(平均±標準偏差 mmHg)は TLEツꀀ 21.3±6.9,NPTツꀀ 18.3±5.9,LOT 24.0±9.0,VCS 19.8±4.1,術後眼圧は TLE 11.2±3.1 mmHg,NPTツꀀ 13.9±3.0,LOTツꀀ 15.8±3.6,VCSツꀀ 20.0±0.0 であった.合併症は TLEで最も多く,VCS ではみられなかった.結論:TLE は眼圧下降が大きいが合併症が多い.NPT は合併症は少ないが,眼圧下降が TLE よりも劣る.LOT および VCS では合併症はより少ないが,眼圧下降はより劣る傾向にある.To evaluate the surgical results of various types glaucoma surgeries performed at Hirosaki University Hospital between April 2002 and March 2007, we recorded intraocular pressure(IOP), postoperative treatment and compli-cations in 322 eyes of 233 patients who underwent trabeculectomy(TLE), non-penetrating trabeculectomy(NPT), trabeculotomy(LOT)or viscocanalostomy(VCS). Postoperative IOPs were 11.2±3.1, 13.9±3.0, 15.8±3.6 and 20.0±0.0 mmHg.ツꀀ Complicationsツꀀ wereツꀀ seenツꀀ mostツꀀ inツꀀ TLE;thereツꀀ wereツꀀ noツꀀ complicationsツꀀ inツꀀ VCS.ツꀀ Theseツꀀ resultsツꀀ suggest that TLE should be chosen if lower IOP is needed, though the procedure poses signi cant complications. Complica-tions with NPT are fewer than with TLE, but the postoperative IOP is inferior to that with TLE. In addition, NPT alsoツꀀ hasツꀀ theツꀀ characteristicsツꀀ ofツꀀ requiringツꀀ re-operationツꀀ moreツꀀ oftenツꀀ thanツꀀ doツꀀ otherツꀀ methods.ツꀀ Withツꀀ LOTツꀀ andツꀀ VCS,ツꀀ the postoperative IOP is inferior to those of TLE and NPT, but the complications are fewer.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)26(9):1279 1285, 2009〕Key words:線維柱帯切除術,ツꀀ 非穿孔性線維柱帯切除術,ツꀀ 線維柱体切開術,ツꀀ ビスコカナロストミー,ツꀀ 手術成績,緑内障.trabeculectomy, non-penetrating trabeculectomy, trabeculotomy, viscocanalostomy, surgical out come, glaucoma.———————————————————————- Page 21280あたらしい眼科Vol. 26,No. 9,2009(122)2. 検討項目各群の術前平均眼圧,術後 1,3,6,12,24,36 カ月での眼圧,眼圧下降率,術前,術後各時点での薬剤スコア,術中,術後合併症,再手術の有無について検討した.術前平均眼圧は術直前 3 回の平均眼圧とした.再手術例は再手術前の最終受診時を最終眼圧とし,それ以降は検討から除外した.また,Kaplan-Meier 法を用い,術前眼圧よりも 20%下降した眼圧をカットオフ値として生存率を算出した.眼圧下降率は術前平均眼圧と最終受診時眼圧から算出した.眼圧はすべて Goldmann 圧平眼圧計を用いて測定した.薬剤スコアは 1剤につき抗緑内障点眼薬を 1 点,内服薬を 2 点とした.薬剤スコアの術前後の比較は Spearman 順位相関係数検定で行った.LOT における前房出血とそれに伴う一過性の眼圧上昇は術後に起こりうる経過であり,合併症には含めなかったが,術後 30 mmHg 以上の眼圧が 2 週間以上遷延する場合は術後高眼圧と定義して合併症に含めた.また,術後低眼圧は2 週間以上 5 mmHg 未満の眼圧が遷延した場合と定義し,2週間以内のものは一過性の低眼圧として合併症に含めなかった.再手術は何らかの観血的緑内障手術を追加的に行う必要があった症例と定義した.II結果各群における緑内障病型,性別,年齢などの患者背景を表2 に示す.性別は男性 171 眼,女性 151 眼,年齢は 57.7±20.1 歳(平均±標準偏差),術後平均観察期間は 25.6±15.8カ 月( 平 均±標準偏差).術式の内訳は TLE 群 73 眼,NPT群 103 眼,LOT 群 124 眼,VCS 群 22 眼であった.各術式に各緑内障病型を無作為に割り当てたものではないが,全体の傾向として TLE と NPT は比較的高齢者の緑内障に,LOT と VCS は比較的若年者の緑内障に対して用いられる傾向があった.1. TLE群a. 眼圧(平均±標準偏差)TLE 群全体の眼圧経過を図 1 に示す.術前眼圧は 21.3±6.9 mmHg,術後 1,3,6,12,24,36 カ月での眼圧はそれぞれ 11.0±4.2 mmHg,10.6±3.6 mmHg,11.2±3.9 mmHg,11.3±3.7 mmHg,12.6±4.4 mmHg,11.2±3.1 mmHg であった.Kaplan-Meier 法を用いた術後各時点での生存率はそれぞ表 1手術手技【LEC】①ツꀀ 結膜輪部切開または円蓋部切開②ツꀀ 4×4 mm 強膜弁作製③ツꀀ 0.04% MMC 塗布④ツꀀ 300 ml 生理食塩水で洗浄⑤ツꀀ 白内障手術併施行の場合は超音波水晶体乳化吸引術,眼内レンズ挿入(角膜切開)⑥ツꀀ 線維柱帯切除⑦ツꀀ 周辺虹彩切除⑧ツꀀ 強膜弁縫合⑨ツꀀ 結膜縫合【NPT】①ツꀀ 結膜輪部切開②ツꀀ 4×4 mm 強膜外方弁作製③ツꀀ 0.04% MMC 塗布④ツꀀ 300 ml 生理食塩水で洗浄⑤ツꀀ 白内障手術併施行の場合は超音波水晶体乳化吸引術,眼内レンズ挿入(角膜切開)⑥ツꀀ 4×3.5 mm の強膜内方弁作製⑦ツꀀ 線維柱帯内皮網擦過,除去⑧ツꀀ 強膜内方弁を角膜側に伸ばし,Descemet 膜を露出した後,強膜内方弁除去⑨ツꀀ 強膜外方弁を縫合せず整復または強膜外方弁を縫合後半円形切除 2 カ所⑩ツꀀ 結膜縫合【LOT】①ツꀀ 結膜輪部切開②ツꀀ 4×4 mm 強膜弁作製ないし 4×4 mm 強膜弁作製後,さらに 3.5×3.5 mm の強膜内方弁作製③ツꀀ 白内障手術併施行の場合は超音波水晶体乳化吸引術,眼内レンズ挿入(角膜切開)④ツꀀ Schlemm 管外壁を開放,強膜内方弁があれば切除後に線維柱帯切開⑤ツꀀ 強膜(外方)弁縫合後に半円形切除 1 カ所,小児の場合は半円形切除は非施行⑥ツꀀ 結膜縫合【VCS】①ツꀀ 結膜輪部切開②ツꀀ 4×4 mm 強膜弁作製③ツꀀ 3.5×3.5 mm の強膜内方弁作製④ツꀀ 白内障手術併施行の場合は超音波水晶体乳化吸引術,眼内レンズ挿入(角膜切開)⑤ツꀀ Schlemm 管外壁を開放,さらに強膜内方弁を角膜側に伸ばし Descemet 膜を露出後,強膜内方弁除去⑥ツꀀ 線維柱帯内皮網擦過⑦ツꀀ Schlemm 管内,強膜外方弁下に粘弾性物質を留置⑧ツꀀ 強膜外方弁縫合⑨ツꀀ 結膜縫合:TLE:NPT:LOT:VCS5.010.015.020.025.030.035.0術前1カ月3カ月6カ月12カ月24カ月36カ月眼圧(mmHg)図 1平均眼圧経過———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 9,20091281(123)れ 90%,86%,84%,81%,73%,71%であった(図 2).白内障手術併施,非併施,既眼内レンズ挿入眼で TLE 群を分けた眼圧経過を図 3 に示す.白内障手術併施例では術前眼圧 19.7±6.3 mmHg,術後各時点での眼圧はそれぞれ 11.0±3.8 mmHg,11.1±3.5 mmHg,11.7±4.0 mmHg,11.8±3.8 mmHg,12.7±4.3 mmHg,11.2±3.1 mmHg であった.白内障手術非併施例では術前眼圧 24.7±7.1 mmHg,術後各時点での眼圧はそれぞれ 9.5±2.3 mmHg,9.4±2.3 mmHg,10.3±3.0 mmHg,10.6±2.9 mmHg,11.8±3.7 mmHg,10.0±2.5 mmHg であった.既眼内レンズ挿入眼では術前眼圧 26.2±6.5 mmHg,術後各時点での眼圧はそれぞれ11.5±7.6 mmHg,8.5±5.6 mmHg,9.8±3.9 mmHg,9.8±3.6 mmHg,13.4±5.3 mmHg,12.9±2.9 mmHg であった.表 2患者背景TLENPTLOTVCS性差(男性:女性)40:3355:4867:579:13年齢(歳・平均±標準偏差)67.6±12.363.9±12.047.9±24.845.3±14.3病型POAG+NTG32834114EXG116180DEV13396SG(EXG を除く)2810232計(眼)7210212122白内障手術併施(眼)5279130術前平均眼圧(mmHg・平均±標準偏差)21.3±6.918.8±5.924.0±9.019.8±4.1術前平均薬剤スコア(点・平均±標準偏差)3.1±1.62.9±1.02.9±1.52.6±1.2 POAG:原発開放隅角緑内障,NTG:正常眼圧緑内障,EXG: 性緑内障,DEV:発達緑内障,SG:続発緑内障,TLE:trabeculectomy,NPT:non-penetrating trabeculectomy,LOT:trabeculotomy,VCS:visco-canalostomy.00.20.40.60.811.20510152025303540観察期間(月)生存率TLENPTLOTVCS*p 0.05,ツꀀ **p<0.001,ツꀀ *** p<0.00001******図 2各術式の眼圧生存率Kaplan-Meier 法を用い,術前眼圧よりも 20%下降した眼圧をカットオフ値とした.ログランク検定(危険率 5%)で,TLEと NPT,TLE と VCS の眼圧下降率には有意差があった.0.05.010.015.020.025.030.035.0術前1カ月3カ月6カ月12カ月24カ月36カ月眼圧(mmHg)眼圧(mmHg)眼圧(mmHg)a:TLE0.05.010.015.020.025.030.035.040.045.0術前1カ月3カ月6カ月12カ月24カ月36カ月b:NPT0.05.010.015.020.025.030.035.040.045.0術前1カ月3カ月6カ月12カ月24カ月36カ月c:LOT:白内障手術併施:白内障手術非併施:既IOL挿入眼:白内障手術併施:白内障手術非併施:既IOL挿入眼:白内障手術併施:白内障手術非併施:既IOL挿入眼図 3水晶体の状態別眼圧経過TLE(a)では,水晶体の状態によらず安定した眼圧下降がみられ,NPT(b)では水晶体温存では他に比較して術後平均眼圧が高い傾向があった.LOT(c)では白内障手術併施のほうがより低値で安定する傾向がみられたが,水晶体温存でも眼圧下降は十分に得られていた.———————————————————————- Page 41282あたらしい眼科Vol. 26,No. 9,2009(124)b. 眼圧下降率TLE 群の眼圧下降率の散布図を図 4 に示す.平均眼圧下降率は 43.1%であった.眼圧下降率 30%以上の症例は 53 眼(68.8%),20%以上 30%未満の症例は 3 眼(3.9%),20%未満の症例は 16 眼(22.2%)であった.c. 薬剤スコア(平均±標準偏差)TLE 群全体の薬剤スコアの経過を図 5 に示す.術前薬剤スコアは 3.1±1.6 点,術後 1,3,6,12,24,36 カ月での薬剤スコアはそれぞれ 0.3±1.2 点,0.2±0.6 点,0.3±0.7 点,0.8±1.2 点,0.9±1.0 点,1.0±1.1 点であり,術後各時点で術前に比較して有意に低下していた(p<0.05).d. 合併症術後の前房消失,脈絡膜 離が 4 眼(5.2%),術後の追加縫合が 3 眼(3.9%),前房出血が 2 眼(2.6%),濾過胞炎が 2眼(2.6%),術後の濾過胞穿孔が 1 眼(1.3%),術後低眼圧が 5 眼(6.5%)みられた.e. 再手術術後に追加的に緑内障手術が必要になった症例は 7 眼(9.1%)であった.2. NPT群a. 眼圧(平均±標準偏差)NPT 群全体の眼圧経過を図 1 に示す.術前眼圧は 18.8±5.9 mmHg,術後 1,3,6,12,24,36 カ月での眼圧はそれぞれ 13.6±3.2 mmHg,13.5±3.1 mmHg,14.1±3.2 mmHg,13.9±3.3 mmHg,13.8±2.3 mmHg,13.9±3.0 mmHg であった.20%下降30%下降20%下降30%下降20%下降30%下降20%下降30%下降0510152025303540455055606505101520253035404550556065c:LOT0510152025303540010203040術前眼圧(mmHg)術前眼圧(mmHg)術前眼圧(mmHg)術前眼圧(mmHg)術後眼圧(mmHg)術後眼圧(mmHg)術後眼圧(mmHg)術後眼圧(mmHg)051015202530350102030b:NPT051015202530051015202530d:VCSa:TLE図 4眼圧下降率平均眼圧下降率は TLE(a)43.1%,NPT(b)20.2%,LOT(c)25.1%,VCS(d)7.9%であった.:TLE:NPT:LOT:VCS術前1カ月3カ月6カ月12カ月24カ月36カ月0.01.02.03.04.05.0薬剤スコア図 5平均薬剤スコア薬剤スコアは各群で術後各時点で術前に比較して有意に低下していた(p<0.05,Spearman 順位相関係数検定).———————————————————————- Page 5あたらしい眼科Vol. 26,No. 9,20091283(125)Kaplan-Meier 法を用いた術後各時点の生存率はそれぞれ78%,74%,63%,52%,48%,42%であった(図 2).白内障手術併施,非併施,既眼内レンズ挿入眼で NPT 群を分けた眼圧経過を図 3 に示す.白内障手術併施例では術前眼圧 17.8±4.2 mmHg,術後各時点での眼圧はそれぞれ 13.5±3.0 mmHg,13.3±3.2 mmHg,13.6±2.9 mmHg,13.8±2.4 mmHg,13.4±2.0 mmHg,13.2±2.4 mmHg であった.白内障手術非併施例では術前眼圧 20.2±6.3 mmHg,術後各時点での眼圧はそれぞれ14.1±3.4 mmHg,14.1±2.8 mmHg,15.6±3.4 mmHg,14.4±5.3 mmHg,15.6±2.4 mmHg,15.8±3.4 mmHg であった.既眼内レンズ挿入眼では術前眼圧 29.5±12.0 mmHg,術後各時点での眼圧はそれぞれ 11.2±4.2 mmHg,15.5±2.5 mmHg,17.7±5.0 mmHg,15.0±0.0 mmHg,12.0±0.0 mmHg,18.5±0.0 mmHg であった.b. 眼圧下降率NPT 群の眼圧下降率の散布図を図 4 に示す.平均眼圧下降率は 20.2%であった.眼圧下降率 30%以上の症例は 29 眼(28.4%),20%以上 30%未満の症例は 21 眼(20.6%),20%未満の症例は 47 眼(46.0%)であった.なお,術中合併症の生じた症例(2 眼)と術後 2 週間以内に再手術を要した症例(3 眼)は含めなかった.c. 薬剤スコア(平均±標準偏差)NPT 群全体の薬剤スコアの経過を図 5 に示す.術前薬剤スコアは 2.9±1.0 点,術後 1,3,6,12,24,36 カ月での薬剤スコアはそれぞれ 0.3±0.6 点,0.5±0.7 点,0.7±0.8 点,0.9±0.9 点,1.1±0.9 点,1.3±1.0 点であった.薬剤スコアは術後各時点で術前に比較して有意に低下していた(p<0.05).d. 合併症術中前房穿孔が 2 眼(2.0%)みられたが,重篤な術後合併症はみられなかった.e. 再手術術後に追加的に緑内障手術が必要になった症例は 11 眼(10.8%)あった.3. LOT群a. 眼圧(平均±標準偏差)LOT 群全体の眼圧経過を図 1 に示す.術前眼圧は 24.0±9.0 mmHg,術後 1,3,6,12,24,36 カ月での眼圧はそれぞれ 15.4±4.0 mmHg,16.1±5.0 mmHg,16.4±5.2 mmHg,16.1±3.8 mmHg,15.2±3.1 mmHg,15.8±3.6 mmHg であった.Kaplan-Meier 法を用いた術後各時点の生存率はそれぞれ73%,70%,68%,65%,63%,58%であった(図 2).白内障手術併施,非併施,既眼内レンズ挿入眼で LOT 群を分けた眼圧経過を図 3 に示す.白内障手術併施例では術前眼圧 21.3±6.0 mmHg,術後各時点での眼圧はそれぞれ 14.7±2.9 mmHg,13.0±2.5 mmHg,13.7±3.0 mmHg,13.7±2.7 mmHg ,14.5±2.2 mmHg,14.9±2.9 mmHg であった.白内障手術非併施例では術前眼圧 24.4±9.6 mmHg,術後各時点での眼圧はそれぞれ15.6±4.2 mmHg,17.1±5.1 mmHg,17.2±5.6 mmHg,16.6±3.8 mmHg,15.5±3.4 mmHg,16.1±3.8 mmHg であった.既眼内レンズ挿入眼では術前眼圧 34.7±6.0 mmHg,術後1,3,6,12,24 カ月での眼圧はそれぞれ 17.6±5.9 mmHg,18.4±5.2 mmHg,16.9±2.8 mmHg,17.8±3.8 mmHg,12.3±0.0 mmHg であった.b. 眼圧下降率LOT 群の眼圧下降率の散布図を図 4 に示す.平均眼圧下降率は 25.1%であった.眼圧下降率 30%以上の症例は 54 眼(43.5%),20%以上 30%未満の症例は 21 眼(16.9%),20%未満の症例は 41 眼(33.1%)であった.なお,術中合併症の生じた症例(2 眼)と術後 2 週間以内に再手術を要した症例(3 眼)は含めなかった.c. 薬剤スコア(平均±標準偏差)LOT 群全体の薬剤スコアの経過を図 5 に示す.術前薬剤スコアは 2.9±1.5 点,術後 1,3,6,12,24,36 カ月での薬剤スコアはそれぞれ 0.6±1.0 点,0.9±1.2 点,1.1±1.2 点,1.2±1.5 点,1.0±1.0 点,1.3±1.2 点であった.薬剤スコアは術後各時点で術前に比較して有意に低下していた(p<0.05).d. 合併症術後眼内炎が 1 眼(0.8%),術後高眼圧が 3 眼(2.4%)みられた以外,重篤な合併症はみられなかった.e. 再手術術後に追加的に緑内障手術が必要になった症例は 7 眼(5.6%)であった.4. VCS群a. 眼圧(平均±標準偏差)VCS 群の眼圧経過を図 1 に示す.術前眼圧は 19.8±4.1 mmHg,術後 1,3,6,12,24,36 カ月での眼圧はそれぞれ 16.6±3.0 mmHg,16.2±4.4 mmHg,18.2±3.9 mmHg,18.0±2.7 mmHg,19.0±3.2 mmHg,20.0±0.0 mmHg であった.Kaplan-Meier 法を用いた術後各時点の生存率はそれぞれ50%,50%,30%,25%,19%,19%であった(図 2).b. 眼圧下降率VCS 群の眼圧下降率の散布図を図 4 に示す.平均眼圧下降率は 7.9%であった.眼圧下降率 30%以上の症例は 0 眼(0%),20%以上 30%未満の症例は 5 眼(22.7%),20%未満の———————————————————————- Page 61284あたらしい眼科Vol. 26,No. 9,2009(126)症例は 14 眼(63.6%)であった.なお,術後 2 週間以内に再手術を要した症例(3 眼)は含めなかった.c. 薬剤スコア(平均±標準偏差)VCS の薬剤スコアの経過を図 5 に示す.術前薬剤スコアは 2.6±1.2 点,術後各時点での薬剤スコアはそれぞれ 1.2±0.9 点,1.5±1.0 点,1.5±1.0 点,1.6±1.0 点,1.0±0.5 点,2.0±0.0 点であった.薬剤スコアは術後各時点で術前に比較して有意に低下していた(p<0.05).d. 合併症VCS 群においては重篤な合併症はみられなかった.e. 再手術術後に追加的に緑内障手術が必要になった症例は 3 眼(13.6%)であった.一番生存率の高かった TLE とそれぞれの術式の累積生存率をログランク検定により比較すると,TLE は NPT(p<0.001),VCS(p<0.00001)より有意に生存率が高かったが,LOT との間には有意な差はみられなかった(図 2).III考按OAG に対するおもな緑内障手術としては TLE,NPT,LOT,VCS などがあげられる.これらの手術はそれぞれ長所と短所を内包しており,絶対的な手術法選択ができないという現状がある.手術方法の選択には各方法の特性が深く関与し,これを深く理解するためには,これまでの手術成績を振り返ることが重要である.そこで,筆者らは今回の検討を行った.手術方法の選択を考える場合,進行期緑内障では眼圧下降効果の大きさから流出路再建術よりも濾過手術が選択される場合が多い1).なかでも TLE は主流の術式である.今回の検討では TLE 群全体で術後 10 mmHg 台前半であり(図 1),眼圧下降率も下降率 30%以上の症例が 73.6%,20%以上が77.8%という結果が得られた(図 4).眼圧下降効果の面からは目標眼圧が 10 mmHg 台前半の後期緑内障や眼圧下降率が20%以上ないし 30%以上が求められる正常眼圧緑内障の良い適応であるといえる.薬剤スコアも術後各時点で術前よりも有意に減少していた(図 5).TLE は OAG,慢性閉塞隅角緑内障,落屑緑内障,その他の続発緑内障などさまざまな病型の緑内障に効果があるとされる1)が,今回の検討でもTLE 群では背景に続発緑内障が多い傾向にあったものの眼圧はよく下降していた.また,水晶体の状態別の眼圧経過は,水晶体温存,白内障手術併施,眼内レンズ眼でも経過に大きな差異はないようである(図 3).これらは TLE の長所であるといえる.一方で TLE は過剰濾過に伴う前房消失,低眼圧,低眼圧黄斑症などの忌むべき合併症が多いことも知られている2).今回の検討でも術後前房消失・脈絡膜 離が4 眼(5.6%),術後の追加縫合が 3 眼(4.2%),前房出血が 2眼(2.8%),濾過胞炎が 2 眼(2.8%),術後の濾過胞穿孔が 1眼(1.4%),術後低眼圧が 5 眼(6.9%)と他群にみられないさまざまな合併症がみられた.このように視機能を著しく低下させる重篤な合併症に加え,術後数年経過してからの晩期合併症があることに特徴がある.また,再手術に至った例が7 眼(9.1%)あった.TLE の合併症の多さから前房に穿孔しない NPT が考え出された.今回の検討では NPT 群全体で術後 10 mmHg 台前半の眼圧であった(図 1)が,背景因子が近い TLE と比較すると術後いずれの時点でも平均眼圧は TLE に劣る.眼圧下降率も下降率 30%以上が 28.4%,20%以上が 49.0%であり(図 4),TLE に劣る結果であった.また,水晶体の状態別の眼圧経過は,水晶体温存では他に比較して術後平均眼圧が高い傾向がある(図 3)3).また,再手術に至った例が 11 眼(10.8%)あった.これらの点は NPT の短所であり,水晶体の状態,目標眼圧などの面からは TLE よりも症例を選ぶ必要があると考えられた.しかし,検討期間中にみられた合併症は術中前房穿孔が 2 眼(2.0%)のみで,TLE のような重篤な合併症はみられず,術後管理は TLE よりも容易であるという利点があった.TLE,NPT は濾過胞を形成する手術であり,濾過胞感染の危険性を考えると眼球上方から手術を施行せざるをえない共通の短所がある.したがって同一方法での再手術回数は限られ,適応は慎重に選ばなくてはならない.一方で LOT に代表される流出路再建術は濾過胞が不要であり,眼球下方からの手術施行が可能である.また LOT は発達緑内障,ステロイド緑内障,落屑緑内障など特定の病型に対して効果が高いとされ,若年で眼圧が高く視神経乳頭の変化が軽度な場合に良い適応とされている4).今回の検討でも,これらの報告から LOT を選択した傾向がみられ,LOT群では TLE 群, NPT 群に比較して発達緑内障の症例が多く,患者年齢平均が低かった(表 1).眼圧経過は術後 16 mmHg前後であり(図 1),眼圧下降率 30%以上の症例が 44.6%,20%以上が 62.0%であった(図 4).目標眼圧が 10 mmHg 台後半ならば十分な値であるが,目標眼圧が 10 mmHg 台前半の後期緑内障や正常眼圧緑内障の手術適応には眼圧下降面から不十分である5).合併症は術後眼内炎が 1 眼(0.8%),術後高眼圧が 3 眼(2.5%)と頻度が低かった.水晶体の状態別の眼圧経過も,白内障手術併施のほうがより低値で安定する傾向がみられた(図 2)が,水晶体温存でも眼圧下降は十分に得られていた.この点からも LOT は病期が早期ないし中期,若年の患者には良い方法と考える.VCS 群は,22 眼ですべて白内障手術非併施であった.また,LOT 群同様に TLE 群,NPT 群より若年の患者に施行していた.眼圧経過は 17 mmHg 程度であり(図 1),術後———————————————————————- Page 7あたらしい眼科Vol. 26,No. 9,2009128512 24 カ月頃より再上昇する傾向がみられた6).眼圧下降率も 30%以上の症例は 0%,20%以上が 22.7%,20%未満の症例は 63.6%と高くはない(図 4).再手術に至った例は 3眼(13.6%)であった.VCS の場合,白内障手術併施のほうが術後眼圧は良好との報告がある7).一方で重篤な合併症はまったくみられず,安全性については非常に優秀である.以上より,白内障非併施の VCS は LOT 同様に目標眼圧が 10 mmHg 台前半の症例,正常眼圧緑内障の手術には眼圧効果面からは不適応と考えられる.VCS は症例こそ選ぶが多剤点眼している症例の負担を減らす目的,少しでも眼圧のベースラインを下げるための早期手術などには良い選択である可能性がある.このようにいずれの手術を選択するにせよ,それぞれ長所,短所があるが故に,それぞれの方法の特性を含めて患者に十分な情報を与え術式を選択することが必要であると考えられた.なお,今回の検討では術後平均観察期間が 25.6 カ月であり,全症例が 36 カ月や 48 カ月経過観察されていない点と,無作為に各術式に症例を振り分けたものではなく症例ごとに術式の選択がなされた結果である点が問題となる.しかしながら従来いわれているような各術式の適応病型について術後に想定される眼圧下降度や薬剤スコアの予想については参考となるデータであると思われる.また各術式については,各病型によって効果が異なるため,今後は緑内障各病型ごとの各術式の術後成績をまとめることも検討課題であると考えられた.文献 1) 東出朋巳:流出路手術か濾過手術か.臨眼 60(増刊号):60-64, 2006 2) Jongsareejitツꀀ B,ツꀀ Tomidokoroツꀀ A,ツꀀ Mimuraツꀀ Tツꀀ etツꀀ al:E cacy and complications after trabeculectomy with mitomycin C in normal-tension glaucoma. Jpn J Ophthalmol 49:223-227, 2005 3) 村上智昭,宮本秀樹,倉員敏明ほか:非穿孔性線維柱帯切除術の術後成績.臨眼 58:187-191, 2004 4) 小松務,横田香奈,松下恵理子ほか:緑内障病型別にみた線維柱帯切開術の成績.臨眼 61:1039-1043, 2007 5) 大黒幾代,大黒浩,中澤満:弘前大学眼科における緑内障手術成績.あたらしい眼科 20:821-824, 2003 6) 三宅三平:Viscocanalostomy ─原法と中期成績.眼科手術 14:315-319, 2001 7) Gimbel HV, Penno EE, Ferensowicz M:Combined cata-ract surgery, intraocular lens implantation, and visco-canalostomy. J Cataract Refract Surg 25:1370-1375, 1995(127)***