0910-1810/10/\100/頁/JCOPY網膜色素変性1. 疾患の定義遺伝子変異が原因で網膜の視細胞および色素上皮細胞が広範に変性する疾患である.進行は緩徐であるが,個人差が大きい.視細胞のうち,杆体のみの変性を杆体ジストロフィ,杆体と錐体両者の変性を杆体錐体ジストロフィと称する(図1).2. 疫学種々の調査から網膜色素変性症の頻度は通常4,000 人から8,000 人に1 人と考えられている.網膜色素変性症は遺伝病であるが,実際には明らかに遺伝傾向が認められる例は全体の50%程度で,あとの40.50%では親族に誰も同じ病気の方がいない孤発例,あるいは遺伝形式不明例である.遺伝傾向が認められる例のうち最も多いのは常染色体優性遺伝を示すタイプでこれが全体の 15.25%,つぎに多いのが常染色体劣性遺伝を示すタイプでこれが全体の5.20%程度,最も少ないのがX 連鎖性遺伝(X 染色体劣性遺伝)を示すタイプでこれが全体の5.15%程度である1).3. 症状最も一般的な初発症状は杆体視細胞の変性(図2)による夜盲であるが,生活の環境によっては気がつきにくはじめに網膜変性疾患では,視力低下や視野異常などの症状はよく知られているものの,「眼のかすみ」は一般にあまり知られていない.しかし,実は進行した患者では,「眼のかすみ」という症状は必発といえるほど頻度が非常に高いのである.多くの患者が経験するにもかかわらず網膜変性の症状として認識されていないために,患者が訴えても,そのような症状は普通はないという返答をもらったり,白内障のせいだとして手術されたりということが実際に起こっている.本文で詳しく述べるが網膜変性疾患の診療では「眼のかすみ」に関して以下のことが重要である.. 網膜変性疾患(特に網膜色素変性)の進行例では,「眼のかすみ」は頻度の高い症状であるので,皆と一緒であることを伝え安心させる..「眼のかすみ」の出現時間(頻度)や程度が徐々に強くなるが,それと矯正視力とは必ずしも相関しないので,「かすみ」が出現したからといって見えなくなる前兆ではないことを伝える.. 白内障による「かすみ」と網膜変性による「かすみ」が重なることを伝え,白内障手術ですべてが解決するわけではないことを理解させる.おそらく網膜変性疾患の場合の「眼のかすみ」は錐体の変性によってもたらされる症状と思われるが,最も頻度が高く遭遇する網膜色素変性を中心に述べる.(47) 185* Masayo Takahashi:理化学研究所 発生再生科学総合研究センター〔別刷請求先〕高橋政代:〒650-0047 神戸市中央区港島南町2-2-3理化学研究所 発生再生科学総合研究センター特集●眼のかすみ あたらしい眼科 27(2):185.190,2010眼のかすみを起こす疾患(6)網膜色素変性Diseases with Blurred Vision(6):Retinitis Pigmentosa高橋政代*186あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (48)よる症状,あるいは視細胞変性に伴う異常シナプス形成がひき起こす症状かもしれない.遺伝子変異が原因であるので,症状は両眼性で両眼の進行はほぼ一致する.両眼の進行がそろっており,進行が緩徐で経過が長いことが,網膜変性疾患の大きな診断根拠となるので,アナムネと視力視野で,ほとんど診断がつく.4. 診断a. 眼底所見定型例では網膜血管狭細,網膜色素上皮の色調変化(色ムラ,網膜変性)を認め,変性が進むと骨小体様色素沈着が特徴的である.非定型例では無色素性,白点を呈するものなどもあるが,特に早期はどの症例でも色素沈着が明らかでないので,正常眼圧緑内障などと間違われる場合がある.網膜色素変性の診断に網膜色素沈着は必須ではない(図3).b. 視野求心性,輪状,地図状,傍中心性など病変の部位に一致した狭窄を認める.いこともある.最近は人間ドックなどで眼底の異常を指摘されて初めて夜盲を認識する例も多い.逆に網膜変性以外でも視力が低下すると当然ながら薄暗いところで見えづらく,さまざまな疾患による視力低下の際に「夜見えにくい」という症状を訴えることがあるので,夜盲性疾患と間違えないように注意する必要がある.視野が狭くなっていることに気がつくのはかなり経過してからである.よくつまずく,ひとにぶつかりやすくなるといったことが気づくきっかけになるが,車の運転でぶつけたり,事故で眼科を受診して初めて気づく例もある.視力の低下や色覚異常は,さらにあとから出現してくる.「かすみ」は視力低下が進行してくると多くの患者が経験するものである.同様の症状は「かすみ」以外にもさまざまな表現で表される.湯気の中,吹雪の中,砂嵐の中,夕焼け状,紫色,さまざまな色の光の玉,光の粒の点滅などさまざまである.最初はこれらの症状が短時間現れくり返すが,徐々に頻度と持続時間が増していき,最終的に常時症状が出現するようになる.この間に矯正視力が大幅に低下することは少なく,まったく視力が変化しないこともあるので,視細胞の数の変化である解像度の低下ではなく,視細胞の性状の変化にa b図 1網膜色素変性の視野a: 輪状暗点.この状態で白内障や黄斑浮腫がなく視力が低下していれば杆体錐体ジストロフィと考えられる.杆体錐体ジストロフィでは視野狭窄が始まると同時に視力低下が進行する.b: 求心性視野狭窄.この状態で視力が1.0 であれば,杆体ジストロフィで錐体は変性していないので,Goldmann 視野計による視野狭窄は10°で進行が止まり,良好な視力が保持できる可能性がある.しかし,年月とともに錐体の変性が2 次的に起こり,徐々に視力が低下する.(49) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010187c. 暗順応暗順応曲線の第2 次曲線の閾値の上昇が認められる.d. 視力同じ網膜色素変性でも視力低下の進行時期は病型によって異なる.杆体ジストロフィでは杆体がすべて変性して視野が10°まで狭窄してから錐体変性の開始とともに出現するのに対し,杆体錐体ジストロフィでは視野狭窄と同時に若年から視力低下がはじまる(図1).さらに頻度の少ない病型で,早期から輪状暗点が10°よりも内側に進行する傍中心型では,中心視野がごくわずか(3°ほど)でも良好な視力をしばらく保つが,視力低下がはじまると比較的急速に(2,3 年の間に)良好な視力から0.1 未満に低下する.若年から水晶体の前極または後極の混濁するタイプの白内障を合併することが多く,白内障による視力低下をきたす場合もある.acbd視細胞消失視細胞消失網膜色素変性正常図 2網膜色素変性の網膜断層像a:正常マウス網膜,b:正常ヒト網膜,c:網膜色素変性モデルマウス網膜,d:網膜色素変性患者網膜.ONL:外顆粒層,INL:内顆粒層,IPL:内網状層,GCL:神経節細胞層.図 3色素沈着を認めない初期の網膜色素変性眼底写真血管の狭細と血管アーケイド部の網膜色素上皮の色素ムラを認める.188あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (50)今後さらに多数の原因遺伝子変異が明らかにされるものと期待される.7. 治療現時点では治療法が確立されていないが,遺伝子治療,人工網膜,網膜再生,視細胞保護治療などについて研究が進んでいる.網膜色素変性に対する遺伝子治療については近年その報告が注目をあびた3,4).対象はLeber 先天盲のなかで,網膜色素上皮細胞で働くRPE65 遺伝子の異常が原因となっているタイプの患者である.RPE65 は,視細胞で使用ずみのall-trans-レチノールが網膜色素上皮細胞で回収され,11-cis-レチナールにリサイクルされる途中で働く酵素である.11-cis-レチナールは網膜色素上皮から視細胞に回収されて使われる.RPE65 の遺伝子異常がホモの場合,正常なRPE65 酵素がないために,11-cis-レチナールを再生することができず,杆体の中でロドプシンとして光シグナルを神経シグナルに変換することができない.つまり弱い光に反応して機能するべき杆体が働くことができないので,夜盲をきたす.上記の場合はホモの遺伝子異常(常染色体劣性遺伝形式)で,正常な遺伝子がないことから疾患がひき起こされている.つまり,正常なRPE65 酵素が作れないので杆体も働けないわけであるから,治療のためには正常なRPE65 遺伝子を網膜色素上皮細胞に導入して,酵素蛋白を作らせるようにするとよい.アメリカとイギリスのグループがそれぞれ3 例のRPE65 の変異によるLeber先天盲(ただし20 歳以上)にアデノ随伴ウイルスベクターを用いて正常なRPE65 遺伝子を網膜色素上皮細胞に導入したところ,夜盲が改善し,一部の患者では視機能も回復したという画期的な結果を論文にして発表した.人工網膜はすでに長期の移植にて,大きな字が読めるe. 電気生理学的所見1)網膜電図(ERG)の振幅低下・消失.初期には軽度低下であっても進行すると消失する病型もあり,また,定型的な眼底所見がなくとも ERG の異常で発見されることもある.2)網膜常在電位(EOG)は網膜色素上皮の初期の異常を検出しうる.f. 蛍光眼底造影所見網膜色素上皮萎縮および網脈絡膜萎縮による過蛍光.5. 鑑別すべき疾患a. 炎症性のものb. 続発性のもの(悪性腫瘍随伴網膜症を含む)視野の進行の左右差を示す症例は頻度が低いので,両眼性で,進行がそろっており,進行が緩徐であることが診断の重要なポイントである.まれに片眼に炎症疾患などを伴うなどの原因や,あるいは原因不明で両眼の進行が異なる場合がある.これに対し,視力は黄斑の.胞様浮腫や白内障の影響で左右差がある場合もある.しかし,基本的に遺伝子変異による進行は同程度と考えられ,左右差がある場合はその原因を考えるべきである.6. 原因この病気は視細胞あるいは網膜色素上皮細胞で特異的に働く遺伝子変異が原因である.しかし今のところ,明らかに原因となる遺伝子がわかっているのは日本の網膜色素変性症の全体の20%弱でしかなく2),大部分はいまだ遺伝子診断を行っても原因遺伝子が判明しない.現在までにわかっている原因遺伝子としては常染色体劣性網膜色素変性症では杆体cGMP-ホスホジエステラーゼa およびb サブユニット,杆体サイクリックヌクレオチド感受性陽イオンチャンネル,網膜グアニルシクラーゼ,RPE65,細胞性レチニルアルデヒド結合蛋白質,アレスチンなどの遺伝子が知られており,常染色体優性網膜色素変性症ではロドプシン,ペリフェリン・RDS(retinal degeneration slow の略),ロム-1,X 連鎖性網膜色素変性症では網膜色素変性症GTPase 調節因子(RPGR)などの遺伝子が知られている(表1).表 1網膜色素変性の原因遺伝子数(RetNet ホームページより)判明している遺伝子座or 遺伝子の合計同定された遺伝子の数常染色体優性常染色体劣性伴性劣性1820617162現在判明している網膜色素変性の原因遺伝子の数.(51) あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010189患の合併症と同様の治療法が行われるが,白内障の手術時期については注意が必要である.前述のように白内障と網膜変性とどちらがどれだけの割合で,視力低下や「かすみ」に影響しているかを推測しなければならない.そのうえで,白内障が症状のおもな原因である場合は積極的に手術を行うが,若年で手術が必要となる場合は調節力がなくなることを十分に理解してもらう必要がある.白内障と網膜変性のどちらの影響が大きいかが不明の場合は,よく患者と話し合わねばならない.視力向上するかどうかは手術してみなければわからないことを説明して,希望に応じて検討する.白内障はわずかで,網膜変性が症状のおもな原因と思われる場合は,羞明が増したり,手術後の炎症で網膜変性に影響が出たりもするので,白内障手術は行うべきでない..胞様黄斑浮腫は,視野狭窄が必至で中央視力が大切な網膜色素変性にとってしっかりと治療を要する状態である..胞様黄斑浮腫の機序にもよるが,血管からの漏出が原因の場合や原因が不明な場合は炭酸脱水酵素阻害薬内服が推奨されていたが,最近点眼でも浮腫軽減の効果が学会報告された.内服でも浮腫が消失する割合は数割と高くなく長期に投与する必要があるので,点眼で効果があるならばそれが望ましい.後部硝子体膜の牽引を認めるものは手術も適応となる.9. 予後前述のように病型により異なるが,すべて両眼性進行性で,早いものでは40 歳代に社会的失明状態(0.1 以下程度)になる.医学的失明(光覚なし)に至る割合は高程度の視機能の回復を認めており,今後は探知ポイントの数を増やして,解像度を上げる試みがなされている.細胞移植では,幼弱網膜細胞やES 細胞(embryonicstem cell)由来の網膜細胞を移植することによって,網膜変性モデルマウスの視機能がわずかながら回復することが報告されている5)(図4).視機能を維持して進行を緩徐にしようという試みもなされている.ビタミンA の投与は進行を1 年に数%程度遅らせることが知られている.一方で,遺伝子変異によっては,ビタミンA が疾患を進行させるという報告も存在する.そのほかにドコサヘキサエン酸(DHA)が進行を遅らせるというデータやビタミンE は量が多いと進行を促進するという報告もある.また,日本では,緑内障に使われるウノプロストン点眼が視細胞の変性を抑制し,進行を抑えるという報告があり,現在千葉大学を中心に治験が行われている.羞明に関しては,遮光眼鏡が有効である.遮光眼鏡は明るいところから急に暗いところに入ったときに感じる暗順応障害に対して有効であるほか,物のコントラストをより鮮明にしたり,明るいところで感じる眩しさを軽減させたりする.視細胞の変性は可視光の短波長部分(青色)が促進する方向に影響すると報告されているので,遮光眼鏡は治療の一つでもある.本稿のテーマである,「眼のかすみ」については,現在のところ治療法がまったくない.8. 網膜色素変性と白内障,黄斑浮腫の治療本症に合併する白内障や黄斑浮腫に対しては,他の疾図 4網膜細胞移植生後5 日目のマウス網膜細胞(白)を網膜変性初期のモデルマウス網膜へ移植すると完全な視細胞の形状を呈して生着する.ONL:外顆粒層.190あたらしい眼科Vol. 27,No. 2,2010 (52)2) 和田裕子,玉井信:日本人常染色体優性網膜色素変性の分子遺伝学的検討.日眼会誌 107:687-694, 20033) Bainbridge JW, Smith AJ, Barker SS et al:Effect of genetherapy on visual function in Leber’s congenital amaurosis.N Engl J Med 358:2231-2239, 20084) Maguire AM, Simonelli F, Pierce EA et al:Safety andefficacy of gene transfer for Leber’s congenital amaurosis.N Engl J Med 358:2240-2248, 20085) Lamba DA, Gust J, Reh TA:Transplantation of humanembryonic stem cell-derived photoreceptors restoressome visual function in Crx-deficient mice. Cell Stem Cell4:73-79, 2009くない.60 歳代でも中心に視野が残り視力良好例もあるが,視野狭窄のため歩行など視野を要する動作が困難となり生活に支障をきたす.白内障など,合併症による視力低下の一部は手術によって視機能が改善する.文献1) Fishman GA:Retinitis pigmentosa. Genetic percentages.Arch Ophthalmol 96:822-826, 1978新糖尿病眼科学一日一課初版から7 年,糖尿病の治療,眼合併症の診断,治療の進歩に伴い,待望の改訂版刊行!【編集】堀貞夫(東京女子医科大学教授)・山下英俊(山形大学教授)・加藤聡(東京大学講師)本書の初版が出版されて7 年余がたった.この間に糖尿病自体の治療や合併症の診断と治療が大きく変遷し進歩した.ことに糖尿病網膜症と糖尿病黄斑浮腫の発症と進展に関与するサイトカインの研究が進展し,病態の解明が大きく前進した.これを踏まえて,発症と進展に関与する薬物療法の可能性を追求する臨床試験が進んでいる.一方で,視機能,ことに視力低下に直接つながる糖尿病黄斑浮腫の治療は,現時点で最も論議が活発な病態となっている.硝子体手術やステロイド薬の投与の適応と効果について,初版が出版された頃に比べると大きく見解が変化している.そして,糖尿病黄斑浮腫の診断に大きな効果を発揮する画像診断装置が普及した. (序文より)〒113-0033 東京都文京区本郷2-39-5 片岡ビル5F振替00100-5-69315 電話(03)3811-0544 株式メディカル葵出版会社Ⅰ糖尿病の病態と疫学Ⅱ糖尿病網膜症の病態と診断Ⅲ網膜症の補助診断法Ⅳ糖尿病網膜症の病期分類Ⅴ糖尿病網膜症の治療 Ⅵ糖尿病黄斑症Ⅶ糖尿病と白内障Ⅷその他の糖尿病眼合併症Ⅸ網膜症と関連疾患Ⅹ糖尿病網膜症による中途失明糖尿病眼科における看護Ⅸ■ 内容目次■B5 型総224 頁写真・図・表多数収載定価9,660 円(本体9,200 円+税460 円)