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緑内障:線維柱帯切除術の効果の限界と可能性

2009年10月31日 土曜日

———————————————————————- Page 1あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,200913630910-1810/09/\100/頁/JCOPYツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 線維柱帯切除術(trabeculectomy:TLE)は,観血的に眼内から眼外への房水流出路をつくり,その濾過効果によって眼圧下降を図る術式である.現在ある眼圧効果療法の手段のなかでは,最も大きな眼圧下降が短期間でほぼ確実に得られることは周知の事実である.ところが,TLE にはいくつかの問題点がある.低眼圧症などの合併症以外に,長期間の濾過効果を得られないケースもあり得るということがあげられる.人体には生来に創傷治癒機構が備えられていて「自然44に4傷は治る」が当たり前だが,TLE はその自然な生体反応に相反する手術である(図1).つまり,十分な濾過効果を得るために,切開して作製された強膜弁が治らず444に4,ずっと解離している必要がある.逆にいえば,「いかに傷が治りにくいか」が術後の長期の眼圧コントロールを左右する.そもそも手術療法とは,「解剖学的に元の状態に近い組織構造に戻して(骨折手術など),その生理機能を維持させる」もしくは「余計なもの(癌など)を取り除いて,その臓器の生理機能の悪化を防ぐ」という理論に基づくものが多い.そのなかでは,TLE という手術療法は,「元の状態に戻っては困る」というユニークな手術とも考えられる. えてツꀀ 悪に4444みたTLEの術後成績TLE の術後成績の報告は多いが,術中のマイトマイシンC 併用などによって,短期-中期的に良好な眼圧下降が得られていることは間違いない事実である.しかしながら,術後数カ月後にマイトマイシンC の薬効が消失した後の長期的な眼圧コントロールに着目した場合,一旦は目標眼圧に到達しても,約 30%の確率で目標眼圧を維持できない結果となる(図2).実際に,TLE 後の数年後に,濾過胞再建術や再度 TLE を要する症例を経験することもしばしばである.したがって,TLE は万4能ではなく44444,術後の長期にわたる眼圧下降を確保するには,何らかの工夫が必要になる.(65)●連載112緑内障セミナー監修=東郁郎岩田和雄ツꀀツꀀ ツꀀ 山本哲也112.ツꀀツꀀ ツꀀツꀀツꀀ ツꀀツꀀツꀀ ツꀀ線維柱帯切除術の効果の限界とツꀀツꀀ ツꀀ可能性金本尚志広島大学大学院医・歯・薬学総合研究科 視覚病態学(眼科学)緑内障の手術療法において,線維柱帯切除術に勝るものは存在せず,比較的安全に適切な眼圧下降が得られることは周知の事実である.しかしながら,創傷治癒のために眼圧下降効果が有限であっても何ら不思議なことではなく,それに対する対処法の開発が現在進行形で検討されている.:Criteria A:Criteria B:Criteria C1.00.80.60.40.20.010020経過期間(週)3040生存率強膜弁の作製房水の結膜下への濾過強膜弁の閉鎖眼圧の再上昇眼圧の下降図ツꀀツꀀ ツꀀ2有水晶体に対するTLE後の眼圧の生存率Criteria A:眼圧 18 mmHg 以下・20%眼圧下降率.Criteria B:眼圧 15 mmHg 以下・25%眼圧下降率.Criteria C:眼圧 12 mmHg 以下・30%眼圧下降率.術後 1 年後から生存曲線の低下がみられ,術後 3 年後には生存率が大きく低下してくる. (文献 1 より)図ツꀀツꀀ ツꀀ1濾過手術と創傷治癒自然な生体反応としては,創傷治癒機構によって,創である強膜弁はいずれ閉鎖してしまうはずである(点線).しかし,それでは TLE で得られた眼圧下降効果が持続しない.———————————————————————- Page 21364あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009 過胞維持のための工夫創傷治癒に伴って濾過効果が減弱してきた際に,濾過機能を復活させる観血的処置としてニードリングがある.つまり,針などを用いて結膜下瘢痕組織を切開し,癒着した強膜弁を開放する手法である.短期的には明らかな効果があるが,長期的にみると,約 50%以下の確率で目標眼圧を維持できなくなる.創傷治癒の理論を考えると当たり前ともいえるが,それに反して長期の良好な眼圧コントロールを得ることが一部の症例にみられることは確かである(図3).したがって,濾過胞再建術を検討する前に,可能であればぜひトライすべきである.一方で,分子生物学的アプローチに基づく濾過効果持続の可能性も検討されている.その一つに,ROCK 阻害薬があげられる.ROCK 阻害薬は線維柱帯房水流出路を増大させる点眼薬である3)が,別の薬効も期待できるかもしれない.すなわち,TLE 後の濾過胞での創傷治癒を抑制する効果である.ROCK 阻害薬が Tenonツꀀ 由来の線維芽細胞の機能を抑制することは基礎実験などですでに証明されている4).したがって,TLE 後にROCK 阻害薬の点眼を併用することが,濾過効果を維持して,長期的な眼圧コントロールに貢献するかもしれな い(図4).(66)おわりに主として TLE の負の側面に着目して述べてきたが,だからといって TLE がダメなわけでは,もちろんない.なにしろ,TLE に匹敵する治療法はほかにはないのだから.実際に,小生自身も困ったら TLE を即座に選択する.しかしながら,患者が超音波白内障手術のように1 回きりの手術を希望するのは当然で,その期待に応えるために,万全を期して,術中・術後療法を含めたTLE に臨みたい.そのためには,TLE の手術ストラテジー全体を今後進化させる必要があるのかもしれない.文献 1) Fontana H, Nouri-Mahdavi K, Lumba J et al:Trabeculec-tomy with mitomycin C:outcomes and risk factors for failure in phakic open-angle glaucoma. Ophthalmology 113:930-936, 2006 2) Rotchford AP, King AJW:Needling revision of trabe-culectomy:Bleb morphology and long-term survival. Ophthalmology 115:1148-1153, 2008 3) Honjo M, Tanihara H, Kameda T et al:Potential role of Rho-associated protein kinase inhibitor Y-27632 in glau-comaツꀀ ltration surgery. Invest Ophthalmol Vis Sci 48:5549-5557, 2007 4) Honjo M, Tanihara H, Inatani M et al:E ects of rho-associated protein kinase inhibitor Y-27632 on intraocular pressure and out ow facility. Invest Ophthalmol Vis Sci 42:137-144, 20011.00.80.60.40.20.0123経過期間(年後)生存率45線維芽細胞MMCROCK阻害薬濾過胞の瘢痕化TGF?b筋性線維芽細胞図ツꀀツꀀ ツꀀ3ニードリング施行後の眼圧の生存率実線:TLE 後 3 カ月以内にニードリングを施行した群.点線:TLE 後 3 カ月以降にニードリングを施行した群.施行後 1 年後には大きく生存率が低下するが,数年経ても目標眼圧を維持している症例が約 20 40%存在する. (文献 2 より)図ツꀀツꀀ ツꀀ4ROCK阻害薬と創傷治癒Tenonツꀀ 由来線維芽細胞は,房水からもたらされた TGF-b(transforming growth factor-b)によって,アクチンなどの強固な瘢痕組織を形成する筋性線維芽細胞に誘導される.ROCK阻害薬は,術後中期-後期の濾過胞瘢痕化の役割を担う筋性線維芽細胞の機能を抑制する.MMC:マイトマイシンC.☆ ☆ ☆

屈折矯正手術:ボストンレンズによるケラテクタジアの矯正

2009年10月31日 土曜日

———————————————————————- Page 1あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,200913610910-1810/09/\100/頁/JCOPYレーシック(laserツꀀ inツꀀ situツꀀ keratomileusis:LASIK)などのレーザー屈折矯正術後の合併症にケラテクタジア(keratectasia,角膜拡張症)がある.術後に角膜が脆弱化し菲薄化,前方突出する状態で,角膜の不正乱視により裸眼視力および矯正視力の低下をもたらす.現在,角膜トポグラフィなどを用いた術前のスクリーニングで危険因子が指摘されているが,危険因子がなくても発症したという報告もあり,完全に予防することは困難と思われる1 4).発生率は報告によって異なるが 0.04 0.09%程度と報告されている2,4).円錐角膜と同様,軽度のケラテクタジアであれば眼鏡矯正にて視力矯正は可能だが,進行すると眼鏡矯正は困難になる.この場合,ハードコンタクトレンズ(HCL)による矯正が選択肢となる.ただし,HCL のフィッティングは,角膜突出部と角膜周辺部の間に角膜曲率半径の差が大きいため容易ではない.また,もともとドライアイ患者が多いことや,レーシック術後のドライアイがある場合もあり,装用感が優れず継続的な装用が困難な場合がある.また,患者がレーシック後にコンタクトレンズから解放されると期待している背景があるため,コンタクトレンズ装用が精神的に受けいれられない場合もあり処方に苦慮する.ケラテクタジアのコンタクトレンズによる屈折矯正の手順としては円錐角膜の屈折矯正と同じく,眼鏡矯正ができない場合は球面 HCL を,それがむずかしければ非球面の HCL,ピギーバックを試してみる.筆者らの施設では,従来の方法でもレンズ装用が不可能な患者に対してボストンスクレラルレンズの処方を行っている.ボストンレンズは治療用強角膜レンズで,ガス透過性HCL と同じ素材で作製されており,現在の素材では Dk値は 85×10 11(cm2/sec)・(ml O2/ml×mmHg)であ(63)屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─●連載113監修=木下茂大橋裕一坪田一男113.ツꀀツꀀ ボストンレンズによるケラテクタジア の矯正小島隆司慶應義塾大学医学部眼科/ 名古屋アイクリニックケラテクタジアでは,角膜不正乱視とドライアイなどの背景から通常のハードレンズ装用が困難なことが多い.ボストンレンズは角膜と直接レンズが触らないために装用感に優れ,かつ不正乱視矯正効果もある.ただし,レンズの装用方法が通常のコンタクトレンズと異なるため適切な装脱練習が必要である.角膜移行部涙液強膜ハプティクス光学部液体の貯留部位図 1ボストンレンズの断面図図 2ボストンレンズ装用後のスリットランプ写真スリットランプで観察するとレンズと角膜の間にスペース(vault)が確認できる.———————————————————————- Page 21362あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009る.図1に示したようにボストンレンズは強膜の部分で眼球と接し,角膜とレンズの間には液体が貯留する.この液体は装用時に生理食塩水が貯留しており,徐々に涙液に置換されていく.ボストンレンズの特徴は大きく分けて 2 つある.第 1 は,HCL として角膜の不正乱視を矯正する効果があること,第 2 は,レンズと角膜の間に貯留した液体の効果で眼表面の上皮障害改善,消炎効果をもつことである.この特長を生かして,表1にあげたような疾患が適応となる4).筆者らはレーシック後ケラテクタジア 3 例 4 眼に対して,屈折矯正目的でボストンレンズの処方を行った.すべての患者に対してはじめに通常の球面 HCL,非球面の HCL 処方を行うも,異物感および乾燥感が強く継続的な使用は困難であった.HCL による矯正視力,ボストンレンズによる矯正視力を表2に示すが,ボストンレンズにおいても同等の視力が得られた.また,装用後の異物感,乾燥感は従来の HCL に比べて軽度で日常装用に十分耐えるうるものであった.ボストンレンズの欠点は,通常のレンズと装用方法が異なるため装用練習に時間的,精神的負担がかかることである.しかし,レンズの装用はレンズの見た目に比べてはるかに簡単であり,筆者らの施設では視能訓練士とともに患者とマンツーマンでできるようになるまで根気よく指導をしている.今回の患者 3 名のうち,2 名は 2回の装用練習で問題なく装用できるようになったが,1名は練習に 7 回来院してもらい最終的に自分で装用できるようになったことを経験した.レーシック後のケラテクタジアは今後レーシック患者の増加に伴って増える可能性が考えられる.術前の涙液,眼表面状態からレーシック術後に HCL を使用していくことは困難な場合があるため,ボストンレンズは一つの屈折矯正オプションになりうると思われた.* ボストンレンズは国内未承認コンタクトレンズのため名古屋アイクリニック(名古屋市熱田区)にて院内倫理委員会の承認を得て処方を行っています.なお,Boston Founda-tion for Sight よりボストンレンズの提供を受けるには規定のトレーニングを受ける必要があります.文献 1) Binder PS, Lindstrom RL, Stulting RD et al:Keratoconus and corneal ectasia after LASIK. J Cataract Refract Surg 31:2035-2038, 2005 2) Randleman JB, Trattler WB, Stulting RD:Validation of the Ectasia Risk Score System for preoperative laser in situ keratomileusis screening. Am J Ophthalmol 145:813-818, 2008 3) Klein SR, Epstein RJ, Randleman JB et al:Corneal ectasia after laser in situ keratomileusis in patients without apparent preoperative risk factors. Cornea 25:388-403, 2006 4) 中村友昭:特集ケラテクタジア角膜形状による予防法.IOL&RS 22:152-163, 2008 5) Rosenthalツꀀ P,ツꀀ Croteauツꀀ A:Fluid-ventilated,ツꀀ gas-permeable scleral contact lens is an e ective option for managing severe ocular surface disease and many corneal disorders that would otherwise require penetrating keratoplasty. Eye Contact Lens 31:130-134, 2005(64)☆ ☆ ☆表 1ボストンレンズの適応疾患1.角膜不正乱視(重症円錐角膜など)2.重症眼表面疾患(Stevens-Johnson 症候群など)3.兎眼4.重症ドライアイ表 2眼鏡・HCL・ボストンレンズの矯正視力の比較症例自覚屈折矯正視力眼鏡HCLボストンレンズ1Sph 8 D, Cyl 2 D Ax30°0.41.01.02Sph 1.5, Cyl 5 D Ax80°0.81.21.03Cyl 3 DAx90°0.71.21.04Sph 1 D, Cyl 2 D Ax120°1.21.21.2

眼内レンズ:Surgical Media Center(SMC)

2009年10月31日 土曜日

———————————————————————- Page 1あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,200913590910-1810/09/\100/頁/JCOPY眼内レンズや白内障手術方法の進歩により白内障術後視機能は向上した.そのため,若手術者は早い段階での手術手技のスキルアップを求められ,指導医にとっても頭の痛いところである.自分の手術手技を録画し確認することは重要であるが,通常の録画で超音波ハンドピースの動きは観察できるが,フットペダルの動きまで確認することは不可能である.車の運転でもハンドルだけでなくアクセル,ブレーキの動きが重要なのと同様に,白内障手術においてもフットペダルの動きは白内障手術手技の向上に重要なポイントとなる.Surgical Media Center(SMC, AMO 社)を使用すると,これまで観察が不可能であった超音波パワー,吸引,流量などの動きを手術動画と同じ画面で閲覧することができる.すなわち,フットペダルの動きを客観的にグラフ化し可(61)松島博之獨協医科大学眼科眼内レンズセミナー 監修/大鹿哲郎278.ツꀀツꀀ ツꀀツꀀツꀀ ツꀀSurgicalツꀀツꀀ ツꀀMediaツꀀツꀀ ツꀀCenter(SMC)白内障手術技術をスキルアップするためには,録画した自分の手術手技を確認することが重要である.SMCを使用すると通常の録画では得ることのできない超音波パワー,吸引圧,流量などの詳細な情報を手術動画と同時に閲覧できるため,効果的である.図 1SMC接続方法手術顕微鏡,フェイコマシンのケーブルを SMC コンバータに接続後コンピュータにつなぐと手術画像と術中超音波パワー,吸引,流量の情報をウィンドウ上に同時に表示できる.図 3SMC表示例(核破砕吸引)分割後の核片をチョップして破砕操作しているが,超音波と吸引を急速に発振し核片の一部を破砕した後,吸引だけで核片を把持しながら分割していることを画面情報から読み取ることができる.図 2SMC表示例(溝掘り)左グラフ上段より超音波パワー(黄),吸引圧(青),流量(緑)を示す.他にボトル高,フットペダル位置,超音波積算値などの情報も得ることができる.画面情報より,溝掘り操作では低い吸引圧で,超音波が規則正しく発振している様子がわかる.1324———————————————————————- Page 2視化するので,これまで捉えることのできなかった術者の隠れた操作を評価することができる.SMC のセットアップには専用ソフトウェアの入ったコンピュータとコンバータが必要で,このソフトウェアは SovereignR,SovereignR Compact,次世代の WHIT-ESTAR SignatureRにも対応する.手術顕微鏡,フェイコマシンのケーブルを SMC コンバータに接続し,コンピュータにアウトプットすると手術画像と同時に超音波パワー,吸引圧,流量,ボトル高,フットペダル位置,超音波積算値などの情報をウィンドウ上に表示することができる(図1).図2, 3に実際に表示されたウィンドウを示す.超音波パワー,吸引,流量がグラフ化されて表示されるので経時的に変化を観察することができる.図2は溝掘り操作を示すが,グラフをみると,吸引圧が低い状態で超音波が規則正しく発振している様子がわかる.図3は分割後の核片をチョップ破砕操作しているところであるが,一時的に超音波と吸引を急速に発振し核片の一部を破砕した後,吸引だけをかけて核片を把持しながら破砕していることをグラフから読み取ることができる.このように動画だけではわからなかった情報が可視化されるところに SMC の利点がある.隠れた手術手技を可視化できる SMC は教育にも効果的である.図4に豚眼を使用したウェットラボ教育方法の例を示す.フェイコチョップの手技を示したものだが,特に超音波パワーの波形(黄色)に着目してほしい.熟練者では鋭角な超音波発振の後吸引がかかった状態を保ち,核片をしっかり把持していることがわかるが,初心者では最初の超音波発振の後にしばらく超音波の波形が続いており,フットペダルの切り替えがうまくいっていないことがわかる.動画だけではわからない情報がSMC から得ることができ,術中の波形を解析することで術者の欠点を明確にし,的確な手術指導ができる.SMC はまだ新しく,応用方法にはさらなる検討は必要であるが,筆者の印象で SMC は,現在は一般化され簡便さから広く普及している車のナビゲーションシステムのようなイメージがある.今後ソフトの改良と使用方法の検討が進めば,臨床や教育現場で新たな可能性を見いだすことができる有効なマテリアルと考えている.図 4SMCによる初診者と熟練者の手術手技比較初診者(左)では無駄な超音波発振が続いているのに対し,熟練者(右)では無駄な超音波発振をせず効率よく核片を破砕していることが,SMC 画面情報のグラフ波形から読み取れる.初心者熟練者

コンタクトレンズ:私のコンタクトレンズ選択法(ニチコン・ローズK2※PG)

2009年10月31日 土曜日

———————————————————————- Page 1あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,200913570910-1810/09/\100/頁/JCOPY角膜移植後の患者に十分な視力を回復させるためには,術後角膜乱視への矯正が必要となりコンタクトレンズ(CL)の処方は,角膜に対しての安全性や可逆性などを考えると有用な方法である.実際角膜移植後の不正乱視の発生起因としては,① 宿主角膜と移植角膜の曲率半径の相違② 縫合部周辺の角膜形状③ 創傷治癒の違い④ 縫合糸による牽引 などさまざまな要因が関与していると考察される.このように非常に複雑な形状である移植後眼1)に対して,CL の処方は有用2)でありながら実際の処方にはレンズが不安定になったり,矯正が不十分であったりと苦慮させられる.今回は,そういった症例に対して,新しい角膜移植後用ガス透過性ハード CL(RGPCL):Rose K2TM PG(post graft)レンズを紹介する.円錐角膜などの不正乱視眼の患者を対象に,ローズ Kインターナショナル社のデザインによる RGPCL がRose KTMレンズである.このレンズを改良し,角膜移植後用として新しくデザインされたものが,Roseツꀀ K2TM PG である.レンズ材料は従来の Rose KTMレンズと同様で米国:Polymerツꀀ Technology 社の Boston 材料(Dk値 100)を使用している.レンズデザインを図1に示す.従来の Roseツꀀ KTMレンズと比較して,標準レンズ直径を大きくし逆形状多段カーブ(リバースジオメトリック)デザインにすることで,角膜上でのレンズセンタリングや装用感,さらに収差を軽減し視機能の向上を目的に考慮されたデザインとなっている.受注規格は表1に示す. 際の処方をしてみてレンズベースカーブ(BC)の選択は,フィッティングガイドでは第一選択は角膜曲率半径平均値より 0.3 m mスティープとなっているが,実際の処方傾向から考察してみると,移植片が抜糸済みか否かでかなり選択に違い(59)が出る.縫合糸がない移植片では平均して約 0.40 m mほどのスティープ選択となり,縫合糸が残存している症例では,現時点では平均化がむずかしくトライ&エラーでの選択が必要かと考える.またエッジクリアランスの評価には多少の慣れが必要だろうが,最適な周辺部のフィッテイングが選択できるように 5 段階のエッジリフト高を選択指定できることは有効な手段といえる.レンズ直径の標準規格は 10.4 m mであるが,経験値からみて約 6 割強は 10.0 m m以上のサイズ選択であった.処坂田実紀ワキタ眼科コンタクトレンズセミナー 監修/小玉裕司渡邉潔糸井素純 私のコンタクトレンズ選択法304.ツꀀツꀀ ツꀀツꀀツꀀ ツꀀニチコン・ローズ K2TMツꀀツꀀ ツꀀPG 面 学部(BC)ベベルベベルリバース部リバース部図 1 リバースジオメトリックデザイン:内面形状イメージ(断面)表 1Rose K2TM PGレンズ受注規格ベースカーブ(BC)5.70 9.30 mm(0.1step)直径(DIA)標準 10.4 mm(9.4 11.0 mm)度数(power)+5.00ツꀀ 25.00 Dエッジリフト5 段階選択可0.50-0.5-0.1-1.5-2.0-2.0-1.5-1.0-0.500.5log(Rose KTM PG視力)log(以前使用CL視力)(n=33)図 2 Rose K2TM PGレンズ対数視力vs以前使用CL対数視力t 検定の結果:危険率 p=0.0004,統計学的に有意差あり.———————————————————————- Page 21358あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(00)方後の視力は,以前使用していた CL と比較しても良好な結果を示した(図2).文献 1) Gruenauer-Kloevekorn C, Kloevekorn-Fischer U, Duncker GI:Contactツꀀ lensesツꀀ andツꀀ specialツꀀ backツꀀ surfaceツꀀ designツꀀ after penetrating keratoplasty to improve contact lensツꀀ t and visual outcome. Br J Ophthalmol 89:1601-1608, 2005 2) 柳井亮二,植田喜一:特殊コンタクトレンズを用いたコンタクトレンズ処方.日コレ誌 48:240-245, 2006症例1:2006/12 全層角膜移植前 C L(左):ピギーバック法(RGPCL+SCL)矯正視力 0.9後 C L(右):Rose K2TM PG8.40/+1.5D/10.4 mm矯正視力 1.0症例2:2006/9 深層角膜移植前 C L(左):非球面 RGPCL矯正視力 0.8後 C L(右):Rose K2TM PG7.90/ 3.75D/10.4 mm矯正視力 1.0症例3:1999/9 全層角膜移植前 C L(左):Rose KTM矯正視力 0.3後 C L(右):Rose K2TM PG600/ 16.5D/9.6 mm矯正視力 0.7

写真:生体共焦点顕微鏡を用いた前眼部観察:マイボーム腺

2009年10月31日 土曜日

———————————————————————- Page 1あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,200913550910-1810/09/\100/頁/JCOPY(57)写真セミナー 監修/島﨑潤横井則彦305.ツꀀツꀀ ツꀀツꀀツꀀ ツꀀ生体共焦点顕微鏡を用いた前眼部観察:ツꀀツꀀ ツꀀマイボーム腺←ツꀀ 図 1マイボーム腺腺房像(37 歳,男性)腺房は密に配列され,外側は 1 列の高輝度陰影,内部は低輝度陰影を示す.本症例はマイボーム腺開口部にcapping が少量散在するが,分泌圧出試験は良好.図 3マイボーム腺機能不全症例の腺房像(70 歳,男性)腺房の拡張変化と思われる.腺小葉基底部付近は部分的に高輝度陰影がみられる.本症例はマイボーム腺開口部周囲の血管拡張,瞼縁の不整を認め,開口部の閉塞変化が強い.分泌物圧出試験1)は gradeツꀀ 3,BUT(涙液層破壊時間)は 1 秒と短縮している.①図 2図1のシェーマ①:マイボーム腺腺房.図 4 (重症)マイボーム腺機能不全症例の腺房像(67 歳,女性)図1,3と同様の観察深度でも腺房構造が不明瞭.点在する滴状の高輝度陰影は,変性萎縮した腺房と思われる.本症例のマイボーム腺開口部は閉塞変化が強く,分泌物圧出試験は grade 3.瞼縁は不整で,BUT は 4 秒と短縮し,図3症例と臨床像は類似するが,腺機能の低下は著しいことを示唆する.久保田久世東北大学大学院医学系研究科 神経・感覚器病態学講座・視覚科学分野———————————————————————- Page 21356あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(00)マイボーム腺は眼瞼後葉に存在する皮脂腺の一種で,中央に 1 個の導管があり,その周囲に円形の腺組織(腺房)が集合して配置しており,大小の小葉を形成している2).腺房の外側はやや好塩基性の細胞が一列に配列しており,内部は淡明で胞体を有する細胞が充満している.さらに分化した細胞は,中央で変性し脂質を導管へ排出する.マイボーム腺開口部から分泌される油脂は涙液油層を構成し,涙液の蒸発を防ぐとともに涙液層の安定性を高める働きをもつ.マイボーム腺機能不全は,分泌物に量的あるいは質的な異常を生じて蒸発亢進型ドライアイを生じる疾患であり,成因は不明であるが閉塞型では病理学的には導管上皮の角化異常をきたしていると考えられている3).マイボーム腺の機能評価としては,細隙灯顕微鏡での観察や分泌物圧出試験1),マイボメーター4)などが用いられており,マイボーム腺の組織構造を生体観察する方法としては,マイボグラフィ法と前述症例提示した,レーザー生体共焦点顕微鏡がある.近年マイボグラフィシステムの発展は目覚ましく,低侵襲でより鮮明な観察像が得られるようになった.しかし,マイボグラフィ法では腺小葉の形態としてとらえており,全体的な残存機能評価には有効であるが,腺房や導管内部レベルの解析は困難である.レーザー生体共焦点顕微鏡 Heidelbergツꀀ Retinaツꀀ Tomo-graph II は,元来視神経乳頭の三次元画像を取り込み,形態解析するための走査型顕微鏡検査であるが,2005年に Kobayashi らによってこれに角膜観察用アタッチメントを装着することにより,角膜の層別観察以外にもマイボーム腺構造も低侵襲的に,生体観察が可能であると報告された5).光源はダイオードレーザー 670 nm,ツꀀ デジタル解像度(X-Y 軸)384/384 pixels(1 μm/pixel),撮像範囲は 400×400 μm であり,検査法は点眼麻酔下で先端部光学レンズ部分(滅菌カバーあり)を眼瞼結膜面に接触させ観察する.焦点深度は 50 105 μm で,マイボーム腺構造として導管・腺房・間質の描出,炎症性細胞浸潤についての観察が可能である.近年マイボーム腺機能不全症例では,健常者と比べ有意に腺房の密度低下と腺房径拡大がみられることが報告されており6),前述の図1,3,4の比較にても同様の結果であった.この検査によって組織障害の重症度と腺機能の予備能が評価できる.今後さらなる臨床研究によって,マイボーム腺のより詳細な組織障害の変化,また治療前後の評価についてもリアルタイムにとらえることができる可能性があり,今後の発展が期待できる.文献 1) Shimazaki J, Goto E, Tsubota K et al:Meibomian gland dysfunction in patients with Sjogren syndrome. Ophthal-mology 105:1485-1488, 1998 2) 加瀬諭,小幡博人,林暢紹ほか:眼瞼部眼瞼後葉.眼科プラクティス 8,いますぐ役立つ眼病理(石橋達朗ほか編),p38-55,文光堂, 2006 3) Obata H:Anatomy and histopathology of human meibo-mian gland. Cornea 21:S70-74, 2002 4) Komoro A, Yokoi N, Kinoshita S et al:Assessment of meibomian gland function by a newly-developed laser meibometer. Adv Exp Med Biol 506:517-520, 2002 5) Kobayashi A, Yoshita T, Sugiyama K:In vivoツꀀ ndings of theツꀀ bulbar/palpebralツꀀ conjunctivaツꀀ andツꀀ presumedツꀀ meibomi-anツꀀ glandsツꀀ byツꀀ laserツꀀ scanningツꀀ confocalツꀀ microscopy.ツꀀ Cornea 24:985-988, 2005 6) Matsumoto Y, Sato EA, Tsubota K et al:The application ofツꀀ inツꀀ vivoツꀀ laserツꀀ confocalツꀀ microscopyツꀀ toツꀀ theツꀀ diagnosisツꀀ and evaluationツꀀ ofツꀀ meibomianツꀀ glandツꀀ dysfunction.ツꀀ Molツꀀ Vis 14:1263-1271, 2008

実験的自己免疫性視神経炎

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———————————————————————- Page 11350あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(00)より確立されてきた5).EAE は,病的 T 細胞が主体となった中枢神経系自己免疫病とも定義づけることができる.これは,抗原となる脳脊髄蛋白の MBP や proteolipidツꀀ protein(PLP)を免疫した後に,所属リンパ節や脾細胞から T 細胞を回収して正常の同系マウスに投与すると,EAE が発症するためである.EAE の病態解明および治療の歴史は長く,インターフェロン(IFN)-b療法をはじめとしてかなりの数に及ぶ免疫制御療法が開発され,MS の治療に応用されてきた.II実験的自己免疫性脳脊髄炎の一分症 としての実験的視神経炎 1990 年代になって,EAE の作製過程で,脳脊髄中の蛋白である PLP をマウスに免疫することにより,約 17日目に視神経炎をひき起こすことが報告された6).ヒトMS と同様に,齧歯類でも脳脊髄炎と一緒に視神経炎が発症することが証明されたのである.組織病理所見では,視神経に好中球と単核球が浸潤しており,脱髄を伴うヒト視神経炎併発型 MS の視神経炎所見と類似していた6).マウス視神経炎の発症と相関して,血清中マウス抗体価が上昇していることから,液性免疫である B 細胞系も関与していることがうかがえる.一方 PLP と同様,脳脊髄中の蛋白である myelinツꀀ oli-godendrocyte glycoprotein(MOG)を BN ラットに免疫すると,脳脊髄炎のほかに 3 週間以内に 90%で視神経はじめに日本をはじめとするアジア諸国の多発性硬化症では,視神経炎と脊髄炎をきたすタイプが多く,このタイプは視神経脊髄炎型多発性硬化症(optic-spinal multiple sclerosis:OSMS)ともよばれている.また欧米では,OSMS の概念とまたがるような形で Devic 病,またはneuromyelitis optica(NMO)ともよばれている1).近年,NMO 患者から特異抗体である NMO-IgG が発見され,そのリガンドである抗原としてアクアポリン 4(AQP4)が同定された2,3).抗 AQP4 抗体陽性視神経炎は,重症化しやすく,通常の視神経炎に比べてステロイド大量療法に抵抗性である4).このように,臨床において重要な疾患の病態を解析し,新しい治療法を考案することは非常に重要である.そこで本稿では,現在まで作製されてきた実験的視神経炎を振り返ってみるのと同時に,臨床との類似点,相違点について論じていきたいと思う.I多発性硬化症と実験的自己免疫性脳脊髄炎多発性硬化症(multipleツꀀ sclerosis:MS)は自己免疫病の一種であり,その原因抗原は myelin basic protein(MBP)をはじめとする脳脊髄蛋白であることが知られている.MS は難治性であり,眼科領域では視神経炎も併発するため,MS の病態の解明および治療法の確立に動物モデルは欠かせない.実際 MS の動物モデルは,実験的自己免疫性脳脊髄炎(experimental autoimmune encephalomyelitis:EAE,用語解説に示す)として以前*Takeshi Kezuka:東京医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕毛塚剛司:〒160-0023 東京都新宿区西新宿 6-7-1東京医科大学眼科学教室実験的自己免疫性視神経炎Experimental Autoimmune Optic Neuritis毛塚剛司*特集●多発性硬化症・視神経脊髄炎と抗アクアポリン4抗体 あたらしい眼科 26(10):1350 1354,20090910-1810/09/\100/頁/JCOPY1350ツꀀ (52)———————————————————————- Page 2あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,20091351(53)しているため,MOG の免疫反応性は他の脳神経蛋白に比べて高いのかもしれない.これらのことより,MOGは,乏突起膠細胞のマーカーとなっており,脊髄に多いのも特徴の一つである.MOG の特徴を表 1 に示す.IV実験的視神経炎とヒト視神経脊髄炎 との相違マウス視神経炎をひき起こす原因抗原には,現在のところ AQP4 は含まれていない.ヒト NMO と非常によく似た病理形態を示す視神経炎を併発する EAE は MOGによるものである.神経内科領域では,脊髄で星状膠細胞(astrocyte)上に発現する AQP4 が標的になり星状膠細胞が死滅すると考えられている4,12,13).MOG は先ほど述べたように乏突起膠細胞上に発現しており,MOG をマウスに免疫することにより免疫学的機序から MOG を含有する乏突起膠細胞が壊され,炎症をひき起こすと考えられる.MOG 免疫によるマウス視神経炎は,視神経から視交叉に病変がわたるように,抗 AQP4 抗体陽性視神経炎との相関性が高い9).おそらく抗 AQP4 抗体陽性視神経炎では,星状膠細胞が抗 AQP4 抗体によりダメージを受けるのと同時に乏突起膠細胞もダメージを受け,MOG 抗原が視神経内に散布されると思われる.散布された MOG 抗原は,マクロファージによって貪食され,マクロファージ上で抗原提示を行い,T 細胞に抗原特異的な反応を起こさせることが予想される.一方,AQP4 が直接視神経を攻撃して炎症を起こさせるエビデンスはまだ証明されていない.Vマウス視神経炎がひき起こされる メカニズム マウス視神経炎では,発症メカニズムが完全に解明されているわけではない.現在まで支持されている学説を述べるに留めたい.EAE では病的 T 細胞が発症のトリガーになっていると述べたが,MOG 抗原ペプチドを認識する T 細胞受容体を遺伝子導入したマウスでは,視神経炎の自然発症率が 6%程度であった14).一方,B 細胞と深い関係にある Igツꀀ heavyツꀀ chain(IgH)を遺伝子導入したマウスに先ほどの遺伝子導入マウスと交雑したモデルでは,視神経炎の自然発症率が 60%近くに上昇し炎をひき起こすことが証明された7).同様にマウスにおいても MOG 抗原の部分ペプチドを免疫することにより視神経炎が発症し,その発症は EAE より早期に起こることが報告された8).MOG によるマウス EAE は,脳実質より脊髄,視神経および視交叉に多く炎症が起こり,ヒト NMO とよく似た病変部位となる8).マウス視神経炎は,ルクソール髄鞘染色を行うと,視神経の病変部位に沿って染色されない部位が認められる.実験的視神経炎の発症には,視神経炎マウスから得られた病的 T 細胞を注入することにより正常マウスに移入,つまり発症させることができる8).しかし,マウス視神経炎は,完全に T 細胞が発症のきっかけである可能性が高いが,発症そのものは B 細胞系,つまり液性因子が重要な役割を占めていると考えられている.T 細胞と B 細胞との関係,視神経炎の惹起抗原に対しては,つぎの項目で詳しく述べる.III実験的視神経炎を惹起する自己抗原炎症を起こすために中枢神経系で重要とされる蛋白自己抗原は,MBP,PLP,MOG などである9).中枢神経系のミエリン蛋白中の MBP の占める割合はおおよそ30%くらいで,PLP は 50%前後である10).MOG は,乏突起膠細胞(oligodendrocyte)やミエリン鞘の外表面に存在する.MOG の含有量は大変少なく,中枢神経系のミエリン蛋白中の 0.05%にしかすぎない10).この3つの蛋白抗原の免疫的重要性を確認するために MS 患者の末梢血を用いて解析を行った研究がある11).これによると,MS 患者の末梢血由来単核球の免疫反応性は,MBPに対しては 24 人中 5 人,PLP に対しては 24 人中 2 人,MOG に対しては 24 人中 12 人と MOG がとりわけ高率であった11).MBP や PLP は,ミエリン鞘にある内在性蛋白である一方,MOG は乏突起膠細胞の外表面に存在表 1実験的視神経炎を惹起するMOG蛋白の生化学的特徴・末梢神経系ではみられず,中枢神経系のみでみられる・ミエリン生成物の 0.05%にすぎない・ミエリン鞘と乏突起膠細胞表面にみられる・乏突起膠細胞の表面マーカーである・強い免疫原性をもつ———————————————————————- Page 31352あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(54)おける視神経炎の病理組織を図 1,2 に示す.視神経炎を高発症させたマウスから採取した脾細胞を培養し,その上清中のサイトカインを検索したところ,IL-17 が高値を示し,IFN-gもやや上昇していた.その一方,抑制性サイトカインとされる IL-10 の産生はあまり認められなかったことを確認している17).VI実験的視神経炎を用いた先進的治療近年では,難治性視神経炎のメカニズムの解析も行わた15).このことから,マウス視神経炎の発症には T 細胞だけではなく,B 細胞も重要な役割を担っているといえる.B 細胞は,活性化されプラズマ細胞となると抗体を産生するため,抗 MOG 抗体の存在も病態形成には欠かせない存在であると思われる.実際,抗 MOG 抗体そのものでも中枢神経系に直接作用させれば,ラットEAE を惹起することができるという報告もなされている9).T 細胞と B 細胞が協調し合うという視神経炎の動物モデルについては,他施設からも同様の報告がなされている.Oligodendrocyte 特異的蛋白(oligodendrocyte-speci cツꀀ protein:OSP)は中枢神経系のミエリン鞘に存在する蛋白質であるが,これをマウスに免疫することにより,視神経炎を併発した脳脊髄炎をひき起こすことがで きる16).OSP由来ペプチドであるOSP55-80とOSP179-207 が CD4 陽性 T 細胞を介した病変をひき起こす抗原部位であり,OSP に誘導された抗体の多くがOSP22-46 に対するものであることが証明されてい る16).実験的視神経炎は,病的細胞からのサイトカイン産生による分類でも解析が進められている.Bettelli らはインターロイキン(IL)-17 および IFN-g産生CD4陽性T細胞が発症に関わっていると述べている15).IL-17 を産生する Th17 細胞は,EAE や Behcet 病などのぶどう膜炎の動物モデルである実験的自己免疫性ぶどう膜網膜炎(experimentalツꀀ autoimmuneツꀀ uveoretinitis)の発症に深く関与する Th1 細胞や,アレルギー疾患に深く関与する Th2 細胞とも異なる性質をもっており,自己免疫疾患の発症に重要なサイトカインと考えられている.今まで知られてきたTh1-Th2バランス理論ではなく,Th17 という新しく発見されたメカニズムが働き,T 細胞と IgH 産生に関与する B 細胞と中枢神経病変を生じる抗原が相互に作用して,マウス脳脊髄炎および視神経炎を形成し,ヒト MNO のモデルとなりうると考えられている.筆者らも高発症モデルとして,マウスに MOG ペプチドを免疫する際に dimethyl sulfoxide(DMSO)を混和させることによって,視神経炎の発症率を 80 90%まで引き上げることを報告している17).この動物モデルに図 1マウス正常眼の組織所見視神経には炎症細胞はない.図 2 MOGペプチドを強化免疫したマウス視神経の病理組織所見 視神経に強い細胞浸潤を認める.網膜に細胞浸潤はない.———————————————————————- Page 4あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,20091353(55)神経炎の治療戦略ははじまったばかりで,超えなければならないハードルもいくつかある.それは,免疫抑制物質や免疫調節細胞による制御は,抗 AQP4 抗体陽性視神経炎の特徴でもある T 細胞と B 細胞のどちらも行わなければならないのである.言い換えれば,細胞性免疫だけではなく,液性免疫も制御しなければならないことになる.現在臨床で行われている抗 AQP4 抗体陽性視神経炎の治療は,ステロイド大量点滴療法で T 細胞とB 細胞を抑制させる一方,産生されてしまった AQP4抗体自体を血漿交換療法で除去しており,理にかなった方法ともいえる.しかし,この方法は疾患特異的ではなく,より患者に負担をかけない免疫治療の開発が望まれている.おわりに抗 AQP4 抗体陽性視神経炎に代表される難治性視神経炎の発症メカニズム解析は,臨床的にも,動物を用いた実験モデルでもここ数年で多くの進歩を遂げている.いくつかの研究成果は,ヒト視神経炎のさらなる病態解析および治療に応用可能なレベルにまで達しつつある.動物モデルを用いて難治性視神経炎の細胞治療や遺伝子治療,生物製剤などの先進的な治療がうまく行えるようになれば,ヒト視神経炎においても急激な発症から短期間で失明させてしまうことが回避できるようになるかもしれない.現在行われているステロイド大量療法と血漿交換療法に代わる,患者にとってやさしい治療の開発のために,実験的視神経炎が研究室レベルからベッドサイドへと応用されることを期待したい.れ,治療への応用レベルにまで到達しつつある.当然のことながら,治療の開発研究には動物モデルが必須であり,現に視神経炎の動物モデルを用いて遺伝子治療を行う試みもなされている.Guy ら18,19)は,抗酸化作用をもつヒトカタラーゼ遺伝子含有アデノウイルスベクターをマウスの眼内に注入することにより,マウス視神経炎併発脳脊髄炎を抑制することに成功している.さらに,カタラーゼとともに,extracellular superoxide dismutase(ECSOD)の両遺伝子を導入したアデノウイルスベクターを眼内注入した群では 72%で脱髄化が抑制されたと報告されている20,21).抗酸化作用を有する SOD2 による遺伝子治療により,ミトコンドリア関連酸化ストレスを抑え,マウス視神経脳脊髄炎モデルを寛解させたという報告もみられる22).筆 者 ら も ACAID(anteriorツꀀ chamber-associated immuneツꀀ deviation;前房関連免疫偏位)という免疫制御システムを用いて視神経炎が抑制可能か否か検討している23).眼内には,ACAID という特異な免疫制御機構が存在し,眼内を免疫寛容の状態に保っている24).元から存在する眼内免疫制御機構をうまく応用して治療を試みようという取り組みである.マウス視神経炎の発症には,先ほど述べた MOG ペプチド免疫の際に DMSO を混和させ,マウス視神経炎の発症率が 80 90%まで上昇することを確認した23).前房内に MOG ペプチドを注入し,1 週間経過後に MOG ペプチドの強化免疫を行い,2 週間後に耳介内に MOG ペプチドを注入して遅延型過敏反応を測定した.すると MOG ペプチドに対する遅延型過敏反応が抑制され,ACAID が成立した.同時に視神経の状態を病理組織学的に検討したところ,陽性対照群が 100%視神経炎を生じていたのに対し,前房注入群では陽性対照群と比較して有意に抑制されていた.眼内免 疫 制 御 シ ス テ ム は,transforming growth factor(TGF)-bや神経ペプチドなどの免疫抑制物質が重要な役割を演じており,神経ペプチドの一種である CGRPを抗原提示細胞であるマクロファージや樹状細胞に作用させることにより免疫制御細胞を作製することができる.筆者らは,CGRP を作用させた免疫制御細胞を用いてマウス実験的視神経炎を軽減させる試みを行い,一定の効果を上げることができた25).しかし,まだ実験的視 語解説実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE):多発性硬化症(MS)の動物モデルとして開発された.脳脊髄蛋白であるmyelinツꀀ basicツꀀ protein(MBP),proteolipidツꀀ protein(PLP),myelin oligodendrocyte glycoprotein(MOG)などを足蹠にアジュバントとともに免疫することにより,MS と同様に歩行困難になり,重症の場合には死に至る.———————————————————————- Page 51354あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(56)expression in periventricular organs. Neuroscience 94:239-250, 1999 14) Bettelliツꀀ E,ツꀀ Paganyツꀀ M,ツꀀ Weinerツꀀ HLツꀀ etツꀀ al:Myelinツꀀ oligoden-drocyte glycoprotein-speci c T cell receptor transgenic mice develop spontaneous autoimmune optic neuritis. J Exp Med 197:1073-1081, 2003 15) Bettelli E, Baeten D, Jager A et al:Myelin oligodendro-cyte glycoprotein-speci c T and B cells cooperate to induce a Devic-like disease in mice. J Clin Invest 116:2393-2402, 2006 16) Kaushansky N, Zhong MC, Rosho NK et al:Epitope speci city of autoreactive T and B cells associated with experimental autoimmune encephalomyelitis and optic neuritis induced by oligodendrocyte-speci c protein in SJL/J mice. J Immunol 177:7364-7376, 2006 17) 毛塚剛司,松永芳径,臼井嘉彦ほか:実験的自己免疫性視神経炎モデルの開発.第 46 回日本神経眼科学会総会,新潟,2008 18) Guy J, Qi X, Hauswirth WW:Adeno-associated viral-mediatedツꀀ catalaseツꀀ expressionツꀀ suppressesツꀀ opticツꀀ neuritisツꀀ in experimental allergic encephalomyelitis. 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自己免疫性視神経症

2009年10月31日 土曜日

———————————————————————- Page 10910-1810/09/\100/頁/JCOPYI自己免疫性視神経症の分類・特徴・ 診断・治療 1. 分類広義の自己免疫性視神経症として,以下の視神経症が報告されている(表 1).a. p ANCA(MPO ANCA)陽性視神経症抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophil cytoplasmic antibody:ANCA)は,発熱,体重減少,関節痛,筋肉痛などの全身症状を伴う,血管炎症候群に関与する自己抗体の一つである.ANCA は好中球の細胞質に作用して,種々の細胞質リソソーム酵素や活性酸素を放出させ血管壁を傷害し,血管炎をひき起こして血管閉塞をきたす(ANCA 関連血管炎).蛍光抗体間接法での染色像により,cytoplasmicツꀀ ANCA(c-ANCA)と perinuclear ANCA(p-ANCA)に分類され,近年では抗原の解明により,ELISA(enzyme-linked immunosorbent assay)はじめに本来「自己」を守るはずの免疫反応が,「自己」の組織を抗原として「自己抗体」を作り,過剰な免疫・炎症反応によって器質的障害を生じてしまう病態が,自己免疫疾患である.すでに膠原病を発症している場合もあるが,発症していなくとも,自己抗体の存在が証明されることより自己免疫の機序から視神経炎をきたしたと考える場合に,「自己免疫性視神経症」または「自己免疫性視神経炎」とよんでいる.臨床的には特発性視神経炎と酷似しているが,発症機序や副腎皮質ステロイド薬(以下,ステロイド)に対する反応性,予後の違いなどから,独立した疾患と考えられるようになった.1982 年の Dutton らによる抗核抗体高値の視神経炎の報告1)以降,各種の自己抗体陽性の視神経症が報告されてきた.さらに最近,視神経脊髄炎(neuromyelitis optica:NMO)の原因抗体として抗アクアポリン 4(aquaporin-4:AQP4)抗体が同定され2),多発性硬化症(multipleツꀀ sclerosis:MS)の分類に大きな影響を与えているだけでなく,単独で生じる視神経炎の場合でも原因抗体となりうるか,注目されている.本稿では,自己免疫性疾患の臨床的特徴のほか,井上眼科病院(当院)での視神経炎の自験例において,自己抗体陽性例と陰性例,自己抗体陽性例のうち抗 AQP4抗体陽性例の臨床経過について,若干の知見を得たので報告する.(45)ツꀀ 1343 1 eツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ bツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 2Ma aツꀀツꀀツꀀ a aツꀀツꀀ aツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 273 0035ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 3 20 13 101ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 特集●多発性硬化症・視神経脊髄炎と抗アクアポリン4抗体 あたらしい眼科 26(10):1343 1349,2009自己免疫性視神経症Autoimmune Optic Neuropathy久保玲子*1若倉雅登*2ツꀀ 1自己免疫性視神経症の分類自己免疫性視神経症(狭義):膠原病に随伴した視神経炎自己免疫性視神経症(広義): 自己抗体を認めるが,膠原病を発症していない視神経炎〔例〕・p-ANCA 陽性視神経症・抗リン脂質抗体陽性視神経症・甲状腺関連抗体陽性視神経症・抗 SS 抗体陽性視神経症・抗 AQP4 抗体陽性視神経症———————————————————————- Page 21344あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(46)体は Sjogren 症候群の 48%に認められるが,他疾患における陽性率はきわめて低く,特異性が高い.e. 抗AQP4抗体陽性視神経症2005 年に,視神経と脊髄を病変の主座とする炎症疾患である NMO の原因抗原として,アストロサイトの足突起に多く存在する AQP4 が特定された2).これは視神経にも高密度に存在するため,抗 AQP4 抗体が存在した場合には,視神経に炎症や浮腫をきたすと考えられる.さらには二次的に,狭い視神経管内では容易に圧迫による血液・髄液の循環不全を起こすため,治療に抵抗して視神経萎縮に至りやすいといわれる10).パルス治療をくり返しているうちに視神経に不可逆性変化をきたしてしまうため,初回のパルス治療への反応が不良であった場合には,早期に血漿交換を行うことが提唱されている11).わが国では,抗 AQP4 抗体の測定開始は 2007 年頃からであり,これまで経過不良であった視神経炎症例のなかに,この抗 AQP4 抗体陽性の視神経症が含まれていた可能性がある.2. 特徴自己免疫性視神経症の臨床的特徴を表 2 に示す12,13).3. 診断発症経過などの問診,一般眼科検査,神経眼科的検査〔対光反応および swingingツꀀツꀀ ashlightツꀀ test による相対的瞳孔求心路障害(RAPD)など〕,血液検査などを行う法で PR3-ANCA(c-ANCA,対応抗原 proteinase 3)と MPO-ANCA(p-ANCA, 対 応 抗 原 myeloperoxi-dase)として,検出かつ定量される.特に p-ANCA(MPO-ANCA)は,おもに毛細血管などの微小血管レベルに作用するため視神経の栄養血管障害を起こし,両眼性・難治性の視神経炎となりやすい.報告ではステロイドパルス治療に無反応である症例が多く,また両下肢の痺れや膀胱症状などの脊髄障害を伴っていることもある3).b. 抗リン脂質抗体陽性視神経症抗リン脂質抗体は,抗カルジオリピン抗体,ループスアンチコアグラント,梅毒反応偽陽性(Wassermann 反応陽性+TPHA 陰性)の 3 つの形で検出される.動静脈血栓症や習慣流産,血小板減少症などと関連し,全身性エリテマトーデス(SLE)患者に出現率が高い.中小血管に好発する血栓症を特徴とするために眼症状を呈することがあり,時期をおいた片眼ずつの視力低下が突発し,一過性黒内障発作をくり返す症例が多い4).c. 甲状腺関連抗体陽性視神経症視神経症を惹起する可能性がある甲状腺関連抗体としては,抗サイログロブリン抗体と抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体があげられる.これらの抗体が高値を示すが,画像診断で外眼筋肥大や眼窩脂肪増大などが否定されるもので,自己抗体の関与が推察される橋本脳症(Hashi-moto’sツꀀ encephalopathy)5)と同様に血管炎を基盤に発症するとされており,圧迫が原因であるいわゆる甲状腺眼症の視神経症とは,発症機序が異なると考えられてい る6).d. 抗SS抗体陽性視神経症以前より原発性 Sjogren 症候群に発症した視神経炎がいくつか報告されており7),その発症頻度は 3 4%といわれ,視神経炎で初発することもある.原発性 Sjogren症候群の 10 30%は乾燥症状がないため,視神経炎で発症した際に自己免疫性と診断されにくい.この抗 SS抗体陽性視神経症とは,抗 SS-A または SS-B 抗体が陽性であるのみで,Sjogren 症候群を発症していない視神経炎を指す8).特に抗 SS-A 抗体が高値の場合は,全身性の血管炎を起こすことがあり,抗 SS-A 抗体が陽性のMS は予後不良であるという報告もある9).抗 SS-B 抗表 2自己免疫性視神経症の特徴1. 急激な視力低下で発症.眼窩部痛を伴うことが多い.片眼発症が多いが,経過中に僚眼にも発症することがある2. 易再発性.再発をくり返すうちに不可逆性の視機能障害(視力低下,視野欠損)を残しやすい3. 視神経乳頭所見は,乳頭型,球後型のいずれの形もとるが,経過中に蒼白化していくことが多い4. 中年女性に多い5. 種々の自己抗体が証明される(広義の自己免疫性視神経症)6. すでに自己免疫性疾患を有している場合もある(狭義の自己免疫性視神経症)7. ステロイドパルス療法に応答する例が多く,第一選択であるが,ステロイド依存性になりやすい8. MRI で脱髄所見はない(特発性視神経炎との鑑別)———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,20091345(47)例やくり返す再発例には,免疫抑制薬などの他治療の併用や変更も検討する.また,比較的高齢な症例に対しては,炎症血管壁での血栓形成を防ぐ目的で,抗血小板凝集剤を併用することが多い.II症例検討1. 症例当院を受診した,初診時原因不明であった視神経症症例に対し,抗 AQP4 抗体を含む自己抗体などの血液検査(表 4)を行い,初診後 6 カ月以上経過を観察できた100 例(男性 27 例,女性 73 例)を検討した.前医での初診時所見などを確認できなかった症例が存在し,それぞれの検討項目において母数が変動している.抗 AQP4(表 3).自己免疫性視神経症に対する特異的な血液検査の詳細を表 4 に示した.筆者らは血管炎の指標として,von Willebrand 因子の定量を治療前後に行い,ステロイド投与量などの治療方針の指標の一つとしている.4. 治療血管炎が基盤にあると考えられるため,原則としてステロイドパルス療法を第一選択とする.一般的には治療反応は良好であるが,ステロイドの減量や中止後に再発をくり返すステロイド依存性の高い症例や,初発でも無効な重症例も存在するため,治療法の選択に苦慮する.当院におけるパルス治療の標準的なプロトコールを図1 に示す.自己免疫性視神経症の場合は,パルス療法のあとは再発予防目的で,副作用が顕性にならない限り 6カ月以上にわたってステロイド薬の維持量を投与している場合が多い.しかし,安易にステロイドの増量をはかったり,パルス治療をくり返す姿勢は慎むべきで,無効表 3診療・検査項目■問診・症状…視力低下,頭痛・眼窩深部痛・動眼痛の有無・既往歴… 他院での治療歴,ステロイド投与歴,糖尿病,骨粗鬆症など・家族歴… 脱髄性疾患,膠原病など自己免疫性疾患,糖尿病など■診察・RAPD(相対的瞳孔求心路障害)の有無・視神経乳頭の形状… 左右差, disc 辺縁の不明瞭化, 小乳頭など・他疾患の検索…副鼻腔炎,眼窩内腫瘍,散瞳下で眼底疾患■検査・視力・眼圧・中心フリッカー検査・精密視野検査…動的視野( Goldmann 視野など) …視力不良例に有用静的視野( Humphrey 視野計,Octopus 視野計など)…視力良好例に有用・血液検査…自己抗体の検索(表 4)・MRI 撮影ツꀀ … 眼窩内病変・脊髄病変・視神経炎症部位の検索 Short T1 inversion recovery(STIR)法 T1 強調画像脂肪抑制造影(特に視神経炎の再発時)…脳内の脱髄巣の検索 Fluid attenuated inversion recovery(FLAIR)画像T2 強調画像表 4自己免疫性視神経症に対する血液検査項目血沈/CRP/von Willebrand 因子…炎症の存在抗核抗体…膠原病全般リウマトイド因子… リ ウ マ チ 性 疾 患 な ど抗 DNA 抗体… 全身性エリテマトーデスなど抗 ds-DNA-IgG 抗体p-ANCA(MPO-ANCA)… p-ANCA 陽性視神経症抗カルジオリピンb2GP I 複合体抗体… 抗リン脂質抗体陽性 視神経症血清梅毒反応(ガラス板法, TPHA 法)ループスアンチコアグラント抗サイログロブリン抗体… 甲状腺関連抗体陽性 視神経症抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体抗 SS-A 抗体・抗 SS-B 抗体… 抗 SS 抗体陽性視神経症抗 AQP4 抗体… 抗 AQP4 抗体陽性 視神経症図 1ステロイドパルス治療の標準プロトコールツꀀ ルプ ドツꀀ ロンツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ プ ドツꀀ ロンツꀀツꀀツꀀ 経ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 治療ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ ———————————————————————- Page 41346あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(48)と有意差は認めなかった.視力低下がなく,痛みのみで受診した症例は,(+)群41例中7例(17%),( )群46 例中 8 例(17%)に存在した.視力や視野を検討した結果,両眼性での初発は(+)群 3%,( )群 2 0 % と抗体の測定は金沢医科大学神経内科学講座へ依頼し た14).各項目の群間の統計学的な有意差はc2検定を用いた.2. 結果自己抗体陽性群 51 例,男女比 8:43 例〔以下,(+)群〕と自己抗体陰性群 49 例,男女比 19:30 例〔以下,( )群〕を比較(表 5)すると,(+)群の発症年齢は 8 74 歳,平均年齢は 41.0 歳,( )群の発症年齢は 14 75 歳,平均年齢は 39.8 歳であった.女性の比率は,(+)群 84%,( )群 61%で有意差を認めた(p<0.01).平均年齢には差はなく,初発年齢分布では(+)群 は 3 0歳代と 50 歳代の二峰性を,( )群は 30 歳代を中心とした一峰性を示した(図 2).発症時に眼窩深部痛や運動痛を自覚した率は,(+)群41例中32例(78%),( )群46例中30例(65%)図 2初発年齢の分布ツꀀツꀀツꀀツꀀ (症例 )ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ (+)群:(-)群70歳代表 5自己抗体陽性群と陰性群の比較有意差(+)群( )群症例症例数51 例49 例女性**84%(43/51 例)61%(30/49 例)平均年齢─41.0 歳(8 74 歳)39.8 歳(14 75 歳)発症時,眼窩深部痛・動眼痛自覚─78%(32/41 例)65%(30/46 例)初診時,痛みのみで視力良好─17%( 7/41 例)17%( 8/46 例)両眼性初発時* 3%( 1/33 例)20%( 7/34 例)最終的─43%(22/51 例)43%(21/49 例)視神経乳頭発作時所見異常なし─45%(15/33 例)24%( 8/34 例)腫脹・発赤─55%(18/33 例)76%(26/34 例)視神経乳頭最終所見異常なし**16%( 8/51 例)43%(21/49 例)軽度退色─27%(14/51 例)41%(20/49 例)蒼白***57%(29/51 例)16%( 8/49 例)視力最低視力(0.1)以下─57%(24/42 例)56%(19/34 例)最終視力(1.0)以上*49%(25/51 例)69%(34/49 例)(0.1)以下**29%(15/51 例) 8%( 4/49 例)治療ステロイドなし─20%(10/51 例)24%(12/49 例)パルス治療─80%(41/51 例)73%(36/49 例)抗血栓治療─16%( 8/51 例) 2%( 1/49 例)免疫抑制薬併用─ 8%( 4/51 例) 4%( 2/49 例)パルス治療反応なし─28%(11/40 例)11%( 4/36 例)再発率(1 眼につき)1.0 回(1 4 回)0.3 回(1 2 回)再発症例**41%(21/51 例)16%( 8/49 例)視野異常残存*84%(36/43 例)60%(24/40 例)*:p<0.05,**:p<0.01,***:p<0.0001.─:有意差なし.———————————————————————- Page 5あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,20091347(49)野異常が残存した割合は,(+)群で 84%,( )群 で60%であり,(+)群に多く視野異常を残した(p<0.05).自己抗体の種類についての検討では,抗 AQP4 抗体陽性群(AQP 群),抗サイログロブリン抗体あるいは抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体陽性群(甲状腺群),抗核抗体陽性群(N 群),抗 SS-A 抗体あるいは抗 SS-B 抗体陽性群(SS 群),抗 DNA 抗体陽性群(DNA 群)の 5群に分類した(表 6).複数の抗体を有する症例が存在し,各群に重複症例を含む.自己抗体陰性群も表に加えた.内訳は,AQP 群 14 例,男女比 2:12 例,甲状腺群25 例,男女比 4:21 例,N 群 23 例,男女比 1:22 例,SS群10例,男女比1:9例,DNA群4例,男女比1:3 例.AQP 群の 50%,甲状腺群の 44%,N 群の 61%,SS群の 70%,DNA 群の 25%で,複数の自己抗体が陽性であった.SS 群と DNA 群は症例数が少ないため,単純に比較することはできないが,女性の比率は AQP 群 86%,甲状腺群 84%,N 群 96%,SS 群 90%,DNA 群 75%と,いずれも女性優位であり,平均年齢はそれぞれ 40.9 歳,42.6 歳,39.2 歳,43.3 歳,52.3 歳で,これらの群間に( )群に多かったが,経過中に両眼性となった率は両群とも 43%で,同率であった.発作時に視神経乳頭に異常所見を認めなかった率は,(+)群 45%,( )群 24% と,(+)群で高かったが,有意差は認めず,経過中の最低視力が(0.1)以下であった率は,(+)群 57%,( )群 56%と差はなかった.パルス治療を施行したのは(+)群 80%,( )群 7 3%.パルス治療に反応しなかった率は,(+)群 28%,( )群 11%で,有意差は認めなかったが,(+)群に多い傾向があった.観察期間 6 カ月 10 年間での再発は,(+)群で計 50回,平均 1.0 回(1 4 回),( )群で計 15 回,平均 0.3回(1 2 回)であった.再発率は(+)群 41%,( )群16%で,有意差を認めた(p<0.01).最終視力については,(1.0)以上は(+)群で 49%,( )群で 69%,(0.1)以下は(+)群で 29%,( )群で 8%であり,それぞれ有意差を認めた(p<0.05,p<0.01).経過中の最低視力と最終視力,および発症時の視神経乳頭形態と最終視力には,両群ともに相関関係は認めなかった.経過後の視神経乳頭所見は,(+)群 の57%,( )群の 16%で蒼白化しており,(+)群に有意に多かった(p<0.0001).視野検査において最終的に視表 6各種自己抗体の症例比較AQP 群甲状腺群N群SS 群DNA 群( )群症例数14 例25 例23 例10 例4例49 例複数自己抗体保有率50%( 7 例)44%(11 例)61%(14 例)70%(7 例)25%(1 例)─女性86%(12 例)84%(21 例)96%(22 例)90%(9 例)75%(3 例)61%(30 例)平均年齢40.9 歳(16 72 歳)42.6 歳(16 72 歳)39.2 歳(8 72 歳)43.3 歳(19 70 歳)52.3 歳(30 74 歳)39.8 歳(14 75 歳)両眼性64%( 9 例)36%( 9 例)48%(11 例)40%(4 例)50%(2 例)43%(21 例)パルス治療施行93%(13 例)76%(19 例)82%(19 例)80%(8 例)50%(2 例)73%(36/49例)再発率(1 眼につき)1.8 回0.7 回1.0 回1.2 回0.3 回0.3 回再発回数1 4 回1 4 回1 3 回1 3 回1回1 2 回最終視神経所見・蒼白化93%(13 例)52%(16 例)61%(14 例)70%(7 例)50%(2 例)16%(8 例)最終視力(1.0)以上21%(3 例)60%(15 例)61%(10 例)60%(6 例)50%(2 例)69%(34 例)(0.1)以下64%(9 例)20%(5 例)26%(6 例)20%(2 例)0%(0 例)8%(4 例)MS・NMO の症例数 MS123114 NMO411100MS:多発性硬化症,NMO:視神経脊髄炎.———————————————————————- Page 61348あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(50)パルス治療に反応不良な症例は,有意差はないものの,抗体陽性群に 28%と多く存在した.当然ではあるが,反応不良例ではパルス治療を複数回試行していた症例が多かった.再発率,再発頻度の結果から,抗体陽性例の場合は高率に再発し,かつ,くり返す可能性が高いといえる.視力経過は,自己抗体陽性群でも半数は視力良好であったが,ほとんどの症例で視野異常を残していたように,視力経過が良好な例でも後遺障害をきたす.さらに,陽性群では約 30%の症例で視力経過が不良であり,パルス治療への反応不良例の存在と,再発頻度の高さが関係していると考えられる.パルス治療に抵抗する抗 AQP4 抗体陽性視神経症に対して,早期の血漿交換治療の有効性が報告されてお り11),自己抗体陽性例で初回のパルス治療に反応不良な場合には,これらの治療や免疫抑制薬など,パルス治療以外の方法を検討する必要性が示唆される.全症例中の NMO 5 症例は全例が視神経炎で初発し,のちに後頸部や背中の痛み,手足のしびれなどの脊髄炎の症状が出現したため精査,診断確定となった.眼症状のみならず,全身症状への注意も必要である.抗核抗体とは,細胞の核成分に対する抗体を意味するため特異性はなく,現在では,各種核成分を対応抗原とする数多くの抗核抗体が知られている.今回検討した自己抗体のなかでは,抗 DNA 抗体,抗 SS-A 抗体,抗SS-B 抗体が抗核抗体にあたり16), 実 際 N 群,SS 群,DNA 群は重複例が多かった.原理的には, SS 群, DNA群では全例が抗核抗体も陽性のはずだが,その割合は60%,25%であった.これは,抗体価の程度と検出感度によるものと推察される.自己抗体間での検討では,性差,平均年齢で群間の差はなかったが,抗 AQP4 抗体が陽性の場合は,両眼性(64%),易再発性(平均再発率 1.8 回),視力経過不良〔最終視力(0.1)以下が 64%〕と際立って不良な結果を示した.以上より,視神経炎症例に対しては,より早期に自己抗体検査を施行し,自己免疫性か否かを判定する.自己免疫性である場合には,積極的なパルス治療と慎重なステロイドの減量を行う.その副作用などの全身管理も必は差はなかった.経過中に両眼に罹患した率は AQP 群 64%,甲状腺群36%,N 群 48%,SS 群 40%,DNA 群 50%で,AQP群で多く,平均再発率は 1.8 回,0.7 回,1.0 回,1.2 回,0.3 回とばらつきがあった.ステロイドパルス治療を行ったのは AQP 群 93%,甲状 腺 群 76%,N 群 82%,SS 群 80%,DNA 群 50% であった.最終的な視神経乳頭所見は,AQP 群 93%,甲状腺群52%,N 群 61%,SS 群 70%,DNA 群 50%で蒼白となり,最終視力が(1.0)以上はそれぞれ 21%,60%,61%,60%,50%,(0.1)以 下 は 64%,20%,26%,20%,0%で,抗 AQP 群の視力経過が明らかに不良であった.全 100 症例中に NMO は 5 例存在し,抗 AQP4 抗体陽性例は 4 例で,そのうち 3 例は両眼の最終視力(0.1)以下と,予後不良であった.3. 考察自己免疫性視神経症では,自己抗体が検出されなかった視神経炎に比し,女性の比率が圧倒的に高かった.両群の発症平均年齢に差は認めず,年齢分布では 30 歳代が最も多く,ついで 20 歳代であり,幅広い年齢層に発症する可能性が示唆された.発症時の症状として,視力低下の自覚以外に眼窩深部痛や運動痛が 70%前後と,両群とも高頻度に認められた.両群に,発症時に球後神経炎の形態をとる症例がそれぞれ 45%,24%,視力低下のない症例がともに 17%存在するため,臨床においては上記の眼痛所見に注意を払う必要がある.視神経炎は初発時片眼性でも,多くの症例が最終的に両眼に発症するため,自覚症状がなくとも僚眼の所見も必ず同時に得ておくべきである.治療は,両群ともほとんどの症例でパルス治療を行っていた.自己抗体陰性例(特発性)に対してのパルス療法は絶対適応ではない15)が,顕著な視力低下や,早期の社会復帰の必要性などによる選択結果であった.一方,抗体陽性群でも,視力低下が比較的軽度な場合や炎症の活動性が低い場合は,パルス療法を選択しなかった.———————————————————————- Page 7あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,20091349要とされ,特に抗 AQP4 抗体が陽性の場合には,さらに厳密かつ長期の管理を要する.まとめ今回は,自己抗体の存在と自己抗体の種類に焦点を当てて,自己免疫性視神経症を検討した.女性に多く,易再発性,視力経過不良といった,従来の自己免疫性視神経症の特徴が再確認できた.抗 AQP4 抗体陽性視神経症は,さらにその特徴を顕著に有することがわかった.視神経炎をみた場合には,自己免疫性の可能性,特に抗 AQP4 抗体陽性視神経症の可能性を,常に意識して対応する必要がある.文献 1) Duttonツꀀ JJ,ツꀀ Burdeツꀀ RM,ツꀀ Klingeleツꀀ TG:Autoimmuneツꀀ retrob-ulbar optic neuritis. Am J Ophthalmol 94:11-17, 1982 2) Lennon VA, Kryzer TJ, Pittock SJ et al:IgG marker of optic-spinal multiple sclerosis binds to the aquaporin-4 water channel. J Exp Med 202:473-477, 2005 3) Harada T, Ohashi T, Harada C et al:Case of optic neu-ropathy and recurrent transverse myelopathy associated with perinuclear anti-neutrophil cytoplasmic antibodies(p-ANCA).J Neuro-Ophthalmol 17:254-256, 1997 4) 大野尚登,村田恭吾,木村和美ほか:一過性黒内障を繰り返した抗リン脂質抗体症候群の 2 例.臨眼 56:1795-1797, 1996 5) Mocellin R, Walterfang M, Velakoulis D:Hashimoto’s encephalopathy:epidemiology,ツꀀ pathogenesisツꀀ andツꀀ manage-ment. CNS Drugs 21:799-811, 2007 6) Toyama S, Wakakura M, Chuenkongkaew WL:Optic neuropathyツꀀ associatedツꀀ withツꀀ thyroidツꀀ relatedツꀀ auto-antibod-ies. Neuro-Ophthalmol 25:127-134, 2001 7) Harada T, Ohashi T, Miyagishi R et al:Optic neuropathy and acute transverse myelopathy in primary Sjogren’s syndrome. Jpn J Ophthalmol 39:162-165, 1995 8) 久保玲子,若倉雅登,井上治郎:抗 SS 抗体陽性視神経症は特異的疾患か(口演).日本眼科学会総会専門別研究会視神経,2002. 5 月,仙台 9) 堀之内秀雄,上山秀嗣,藤本伸ほか:抗 SS-A 抗体陽性を呈した多発性硬化症の 1 例.内科 81:585-587, 1998 10) 三須建郎,藤原一男,糸山泰人:視神経脊髄炎(NMO)とアクアポリン 4 抗体.脳と神経 60:527-537, 2008 11) 中尾雄三,山本肇,有村英子ほか:抗アクアポリン 4 抗体陽性視神経炎の臨床的特徴.神経眼科 25:327-342, 2008 12) 若倉雅登:特発性視神経症.新図説臨床眼科講座 8 巻(若倉雅登編).p16-19, メジカルビュー社, 1999 13) 久保玲子,若倉雅登:自己免疫性視神経症.あたらしい眼科 20:1063-1068, 2003 14) 田中惠子:抗アクアポリン 4 抗体の解析.日本臨牀 66:1093-1097, 2008 15) 久保玲子,若倉雅登:視神経炎に対するステロイド治療の適応と実際.眼科 44:197-203, 2002 16) 橋本博史:膠原病の検査.新・膠原病教室,p49-59,新興医学出版社, 2009(51)

視神経炎と光干渉断層計

2009年10月31日 土曜日

———————————————————————- Page 11336あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(00)0910-1810/09/\100/頁/JCOPYMS の病型別にどのような違いがあるか,その違いをどう理解するかについて解説していきたいと思う.IOCTで網膜神経線維層厚を測定する意義MS の神経症状に関しては,臨床スコアから重症度を評価することができても,脱髄や神経線維変性による視神経線維の障害程度を直接的かつ定量的に評価することは困難である.MRI 検査は病巣の部位や大きさを可視化し,撮影時点での血液脳関門(blood-brainツꀀ barrier)の破綻部位を画像化しうる特徴を有している.その評価には造影剤が必要であるが,造影しても障害程度の定量的評価は困難であり,その感度や精度は低い.一方,OCT を用いた RNFLT 計測は非侵襲かつ短時間で測定でき,結果が数値として得られるため,MS における炎症や脱髄に伴った視神経線維の変性・消失という長期的変化を経時的に捉える一つの目安になりうるのではないかと考えられ,近年注目されるようになっている.OCT は近赤外線領域の superツꀀ luminanceツꀀ diode を光源とし,光干渉現象を応用することで非侵襲的に網膜の精密な断層像が得られる.近年その進歩は目覚しく,タイムドメイン OCT からスペクトラルドメイン OCT へと進化し,撮影時間が 25 100 倍短縮されるとともに感度が数十倍良くなった.深さ方向の分解能もタイムドメインの 10 μm からスペクトラルドメインの 5 μm に改善され,得られる網膜断面像は飛躍的に向上した.すでに緑内障領域では緑内障性視神経障害の定量化法としてはじめに本稿では従来の古典的なマクドナルドの診断1)に従う多発性硬化症(multipleツꀀ sclerosis:MS)を古典型 MS と表し,新しい概念であるメイヨークリニックの視神経脊髄炎(neuromyelitisツꀀ optica:NMO)の診断基準2)に準拠したアクアポリン 4 抗体陽性または脊髄 MRI(磁気共鳴画像)で中心灰白質を中心とした 3 椎体以上の長い脊髄病巣が陽性の視神経脊髄炎型の MS を NMO と区別して表す.MS と記載した場合は,この二つの病型を合わせた総称として用いることにした.実際の臨床の場で,両者を区別できない場合や時期があるので,実践的に MSと総称することに利点がある.NMO を MS から外し,別疾患とする考えも存在するが,MS をどう定義するかによるものであり,疾患の実態の理解が異なるわけではない.またメイヨークリニックの NMO 診断基準からはずれるが,アクアポリン 4 抗体陽性か,脊髄に 3 椎体を超える病変がある症例は症候性の視神経炎既往がなくとも NMO と診断でき,病態は同一であると筆者らは考えている.よって本稿ではこれらの症例も NMO とした.眼科を受診する MS 患者は通常,視神経炎あるいは眼球運動障害を起こして来院することが多い.実際,古典型 MS では初発症状の一部として視神経炎を発症する割合は 20%3)程度である.本稿では,視神経炎既往の有無による MS の網膜神経線維層厚(retinalツꀀ nerveツꀀツꀀ ber layerツꀀ thickness:RNFLT)の差を光干渉断層計(optical coherenceツꀀ tomography:OCT)を用いて検討した場合,1336ツꀀ (38)特集●多発性硬化症・視神経脊髄炎と抗アクアポリン4抗体 あたらしい眼科 26(10):1336 1342,2009*1 Yoko Ikeda:京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学*2 Takahiko Saida:京都民医連中央病院神経内科〔別刷請求先〕池田陽子:〒602-0841 京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町 465京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学視神経炎と光干渉断層計Optical Coherence Tomography for Evaluating Optic Neuritis inツꀀ Multiple Sclerosis池田陽子*1斎田孝彦*2———————————————————————- Page 2あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,20091337(39)耳鼻側方向で薄くなっている.また,視神経乳頭から離れれば離れるほど薄くなる.図 34)に示すように,加齢に伴って網膜神経節細胞が脱落する5,6)ために RNFLTは年々薄くなっていくが,正常では 90 歳を超えたとしてもある程度の厚みがある.図 4 は自験例のレポートである.図 4A は自験例の古典型 MS 視神経炎既往 1 回の症例で,わずかに RNFLT が薄くなっている.図 4B はNMO 視神経炎を複数回くり返した症例で RNFLT が非常に薄いため測定不能で,円グラフは広範囲で赤色になっている.図 4C はアクアポリン 4 抗体陽性の視神経炎を起こしていない NMO 症例で,RNFLT は正常の厚みを保っている.III網膜神経線維層厚と多発性硬化症の関連1. RNFLTはMSの罹患期間とともに減少し,その減少速度は正常者より速い古典型 MS では 30 歳が発症のピークである.正常者RNFLT 測定が利用されていたが,同様に MS の脳内視覚伝導路障害を推測する一つの手段になりうる可能性がある.図 1 には現在用いられている各社のスペクトラルドメイン OCT とその解析結果例を示す.II網膜神経線維層厚とは?RNFLT は網膜最表層に存在する無髄の網膜神経節細胞の軸索の厚みである.図 2 に示すように光刺激は視細胞である桿体・錐体細胞で電気信号へ変換され,双極細胞を経て,網膜神経節細胞に伝わった後,束となった軸索が視神経となって頭蓋内へ伸び,最終的に外側膝状体へ投射する.MS における RNFLT が正常者との比較でどのような差異があるのかを理解するために,まずは正常者の RNFLT を知ることが大切である.以下の比較においては視神経乳頭周囲の RNFLT に関して検討する.正常者の視神経乳頭周囲の RNFLT は上下耳鼻側の部位によって厚みが異なり,視神経乳頭の上下方向で厚く,ト コン 3DOCT解析レポートOCT imageFundus imageRNFL thicknessオプトビュー 3DOCTシラス 3DOCT図 1OCTとその結果レポート各種メーカー機器(上)とその視神経乳頭周囲の RNFLT を測定した結果(下).———————————————————————- Page 31338あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(40)往のあるほうが RNFLT の減少の傾きは大きい.視神経炎の既往のある古典型 MS においては視神経炎既往のない古典型 MS より RNFLT の減少速度がさらに速くなる.図 5C8)は視神経炎発症後の RNFLT の経時変化をみたグラフで,横軸は経過月数で縦軸は RNFLT である.視神経炎を起こしてからも RNFLT は徐々に減少している.図 5C から数値を読みとると,視神経炎発症後1 年間に約 20 μm 減少しているが,正常者の減少量(図3 から算出した 30 歳から 31 歳までの 1 年間の減少量)と比較するとおよそ 10 倍速い減少になる.2. MSの視神経炎既往別RNFLT図69)は MS の視神経炎既往別に RNFLT を比較したグラフである.a は正常者の眼,b d は古典型 MS で,b:両眼に視神経炎を起こしていない眼,c:片眼に視神経炎を起こしたときの僚眼そして,d:視神経炎を起こした眼である.これらを比較したところ,a が最も厚く,b,c がこれにつぎ,最も薄いのが d となっている.つまり,古典型 MS では視神経炎を起こしていなくてもでの 30 50 歳までの 20 年間の加齢に伴う RNFLT 変化(図 5A,B 点線)4)を参考に付けて,古典型 MS のRNFLT 変化7)のグラフ(図 5A,B 実線)を示した.この図からわかるように,古典型 MS は視神経炎の既往の有無にかかわらず RNFLT は正常より薄く,視神経炎既視覚路視 線光網膜神経線維神経節細胞アクアマリン細胞双極細胞ツꀀ 細胞桿細胞錐細胞色 上 層外側膝状体内側膝状体視索視ツꀀ 視神経 距 図 2視神経線維層のシェーマMS による炎症でミエリンが障害を受け,また寛解してミエリンが再生されたりもするが,最終的に脳神経が傷害される.網膜神経線維層をみることで,脳内病変が推測される.160150140130120110100902010304050Age(years)Average RNFLT(μm)60708090図 3年齢とRNFLTの減少グラフの傾きは y= 0.224x+134 で,加齢とともに RNFLTは減少する. (文献 4 より一部改変)———————————————————————- Page 4あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,20091339(41)正常より RNFLT は薄くなっており,興味深い.この明らかな理由は不明だが,慢性的な炎症による視神経障害が持続している可能性がある.A:古典型MS視神経炎既往ありOCT imageB:NMO視神経炎既往ありC:NMO視神経炎既往なしFundus imageOCT imageFundus imageOCT imageFundus imageRNFL thicknessRNFL thicknessRNFL thickness図 4自験例のOCT(RNFLT)データ各図下段は NFLT を表す.同世代正常者と同程度の厚みであれば緑色,薄いと赤色,ボーダーラインは黄色で表される.左下段は正常であれば緑の幅の間に患者の実測線(青色)が入るが,薄くなると下方にシフトする.右下段は測定結果を円グラフで模式化した図で,視神経のどの場所の RNFLT が薄いかイメージしやすい.140130120110100908070605005101520Disease duration(years)RNFLT(μm)図 5B古典型MS(視神経炎既往なし)の罹患期間とRNFLT視神経炎を起こしていなくとも MS に罹患しているというだけで RNFLT は正常(点線)より薄く,その減少の傾きは正常より大きい. (文献 7 より一部改変)140130120110100908070605005101520Disease duration(years)RNFLT(μm)図 5A古典型MS(視神経炎既往あり)の罹患期間とRNFLT視神経炎既往があると RNFLT は正常(点線)より薄く,視神経炎既往を起こしていない古典型 MS(図5B)よりも RNFLTの減少の傾きが大きい. (文献 7 より一部改変)———————————————————————- Page 51340あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(42)れのカテゴリー間で比べると,視神経炎の既往がある場合では古典型 MS より NMO のほうが薄くなっていて,視神経障害程度は NMO が大きいことがわかる.視神経炎既往のない NMO は古典型 MS より RNFLT は厚く出ている.図 7B は自験例の OCT の乳頭周囲耳側データであるが,傾向はほぼ同様であった.視神経炎既往がなくても RNFLT の薄くなる古典型 MS とは対照的に,NMO は視神経炎を起こすまではほぼ正常な RNFLT を保っている.つまり,末梢で抗体が循環している間(血液脳関門や血液網膜関門に障害がなく抗体が中枢に到達3. MSの視力障害の重症度とRNFLTMS では視力障害が重症であるほど RNFLT は薄くなる.視力が同程度であっても,視神経炎の既往があればさらに RNFLT は薄くなる.図 7A10)の縦軸は RNFLT,横軸は視力を表している.左から a:視神経炎の既往がない,b:視神経炎の既往があるが視力障害が正常範囲,c:視力障害が中等度,d:視力障害が重度の,カテゴリーを示している.古典型 MS においても NMO においても a が最も厚く,b,c と続き,最も薄いのが d であった.ただし,古典型 MS と NMO の RNFLT をそれぞ160140120100806040200369120Time after event(month)OCT(μm)図 5C急性視神経炎とRNFLT視神経炎を起こしたあとの RNFLT の減少は正常よりも速い. (文献 8 より一部改変)120100806040200a:正常RNFLT(μm)b:MS視神経炎なしd:MS視神経炎ありc:MS視神経炎を起こした眼の僚眼*******図 6古典型MS視神経炎の既往別RNFLTRNFLT の厚みは正常が最も厚く,ついで視神経炎なし,視神経炎を起こした僚眼の順になり,視神経炎を起こした眼が最も薄くなる.*,**,****は正常と比較して有意に薄い. (文献 9 より一部改変)120100806040a:視神経炎既往なしb:正常 0.8c:中等度0.67 0.3d:重度 0.3視神経炎を起こした :古典型MS:NMORNFLT(μm)図 7AMSの視力障害の重症度とRNFLTMS が重度なほど RNFLT は薄くなるが,NMO は視神経炎を起こしていない場合,RNFLT の厚みは正常と有意差がない. (文献 10 より一部改変)6050403020100RNFLT(μm)正常n=38NMO視神経炎(+)n=6NMO視神経炎(-)n=5古典型MS視神経炎(+)n=11古典型MS視神経炎(-)n=16図 7B自験例のRNFLTデータ自験例の RNFLT データも図7Aと同様の傾向がある.———————————————————————- Page 6あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,20091341(43)ある.OCT による RNFLT 測定とこれまでに MS の診断や経過観察に欠かせなかった脳や脊髄などの MRI 撮影との比較をしてみたいと思う.表 1 に両者の比較を示した.OCT による RNFLT 測定は非侵襲かつ MRI より低価格で,測定時間も短い.したがって MRI を撮影できない場合や,MS の症状悪化の場合など,OCT による RNFLT 測定が MS の病態の補助診断になりうる可能性がある.MRI が撮影できない患者(たとえばペースメーカー装着者や,閉所恐怖症患者など)に対しても計測が可能である.OCT の計測上の問題点としては視力が悪く,固視不良がある場合,または眼振の存在する場合などでは信頼性のあるデータが得られないことがあげられる.視神経のトラッキングシステムの存在により固視不良例でも撮影が可能になる場合もある.また,RNFLT は加齢による減少以外に,視神経乳頭辺縁からの距離によっても値が変わるため,同一患者でも再現性に問題がある可能性がある.できない間)は,抗体がアストロサイトを攻撃することはなく,何らかの感染のような血液脳関門あるいは血液網膜関門に障害を起こすイベントによって,それらが破綻しアクアポリン 4 抗体が中枢に移行できるようになると,激しい視神経炎を起こすと考えられている.しかしながら,これは動物モデルから推測された結果であり,実際にヒトで証明されたわけではない.4. MSスコアとRNFLTMSで使用される総合障害度のスケールEDSS(Expandedツꀀ Disabilityツꀀ Statusツꀀ Scale)は,Kurtzke 尺度としても知られ,インターフェロンbなどの MS 薬物治療の臨床試験で使用されている.EDSS は 8 つの機能系(錐体路機能,小脳機能,脳幹機能,感覚機能,膀胱直腸機能,視覚機能,精神機能,その他の機能)の評価と歩行機能の評価の組み合わせで評価され,スコアは0:正常から 10:死亡までとなっている.スコアが低い値ほど MS の障害は軽いとされ7,11),図 8 に示すように,EDSS スコアが高くなると RNFLT は薄くなる.このように RNFLT は MS の重症度と相関があるため,MS の重症度診断やその経過観察に役立つ可能性がある.IVMRIとOCTの比較これまで述べてきたように RNFLT は MS における視覚路の神経線維変性・脱落の指標となりうる可能性が14013012011010090807060501401301201101009080706050012EDSSEDSS345012345B :視神経炎なしA :視神経炎ありRNFLT(?m)RNFLT(?m)図 8MRIの所見の重症度(MS スコア)古典型 MS では視神経炎の既往の有無に関係なく EDSS の値が大きくなるほど RNFLT は薄くなっている. (文献 7 より一部改変)表 1MRIとOCTの比較OCT(RNFLT)MRI(脳,脊髄おのおの)測定時間片眼3秒20 分費用2,000 円30,000 円造影剤の使用なしあり侵襲なしあり測定不可症例固視不良体内金属保持者 (ペースメーカーなど)———————————————————————- Page 71342あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009おわりにMS では RNFLT が同世代正常者よりも薄く,MS が重症であるほど薄くなる傾向がある.そのため RNFLT はMS の病態を表す目安となりうる.OCT による RNFLT測定は非侵襲・短時間・低コストで測定でき,MS 患者の視神経変性の一つの指標となりうるため,MS の経過観察において有用な定期的補助検査となる可能性が考えられる.さらに今後,開発されるであろう MS の治療薬の薬効評価の際にも有用である可能性が高い.文献 1) Dyer D, MacDonald E, Newcombe RG et al:Abrasion and stain removal by di erent manual toothbrushes and brush actions:studies in vitro. J Clin Periodontol 28:121-127, 2001 2) Wingerchuk DM, Lennon VA, Pittock SJ et al:Revised diagnostic criteria for neuromyelitis optica. Neurology 66:1485-1489, 2006 3) Sorensen TL, Frederiksen JL, Bronnum-Hansen H et al:Optic neuritis as onset manifestation of multiple sclero-sis:aツꀀ nationwide,ツꀀ long-termツꀀ survey.ツꀀ Neurology 53:473-478, 1999 4) Kanamoriツꀀ A,ツꀀ Escanoツꀀ MF,ツꀀ Enoツꀀ Aツꀀ etツꀀ al:Evaluationツꀀ ofツꀀ the e ect of aging on retinal nerveツꀀ ber layer thickness mea-suredツꀀ byツꀀ opticalツꀀ coherenceツꀀ tomography.ツꀀ Ophthalmologica 217:273-278, 2003 5) Jonas JB, Schmidt AM, Muller-Bergh JA et al:Human optic nerveツꀀ ber count and optic disc size. Invest Ophthal-mol Vis Sci 33:2012-2018, 1992 6) Balazsi AG, Rootman J, Drance SM et al:The e ect of age on the nerveツꀀ ber population of the human optic nerve. Am J Ophthalmol 97:760-766, 1984 7) Siger M, Dziegielewski K, Jasek L et al:Optical coher-ence tomography in multiple sclerosis:thickness of the retinalツꀀ nerveツꀀツꀀ berツꀀ layerツꀀ asツꀀ aツꀀ potentialツꀀ measureツꀀ ofツꀀ axonal loss and brain atrophy. J Neurol 255:1555-1560, 2008 8) Costello F, Hodge W, Pan YI et al:Tracking retinal nerveツꀀ ber layer loss after optic neuritis:a prospective study using optical coherence tomography. Mult Scler 14:893-905, 2008 9) Pulicken M, Gordon-Lipkin E, Balcer LJ et al:Optical coherence tomography and disease subtype in multiple sclerosis. Neurology 69:2085-2092, 2007 10) Naismith RT, Tutlam NT, Xu J et al:Optical coherence tomography di ers in neuromyelitis optica compared with multiple sclerosis. Neurology 72:1077-1082, 2009 11) Gordon-Lipkinツꀀ E,ツꀀ Chodkowskiツꀀ B,ツꀀ Reichツꀀ DSツꀀ etツꀀ al:Retinal nerveツꀀ ber layer is associated with brain atrophy in mul-tiple sclerosis. Neurology 69:1603-1609, 2007(44)

視神経炎アップデート“抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎”

2009年10月31日 土曜日

———————————————————————- Page 10910-1810/09/\100/頁/JCOPY性視神経炎および多発性硬化症の視神経炎と診断され治療されている症例のうち,抗 AQP4 抗体陽性は 37.8%であった(抗 AQP4 抗体測定は九州大学神経内科に依頼している).他病院から治療困難として紹介される症例が多いために高い陽性率となっている可能性がある.筆者らの病院で初発時に診察した症例に限れば約 15%が陽性であった.日本とアジアに多い OSMS 症例の多くにこの抗 AQP4 抗体が陽性であったことから,欧米よりも日本のほうが陽性率は高いものと推測される.抗AQP4 抗体測定は限られた大学神経内科の研究室で行われており測定方法の違いや感度の差もあると聞くので,正しい陽性率に関しては多くの病院からのデータを収集して検討する必要がある.2. 比較的高齢女性に多く発症する抗 AQP4 抗体陽性例は圧倒的に女性に多く,平均発症年齢は 42 歳であった(陰性例は 31 歳).高齢の 60 70 歳代女性の発症は印象的であり,多発性硬化症に多い若い女性のイメージとは異なっていた.ただし,最近経験した 10 歳,女児の発症もあるので年齢だけでは決めつけられない.3. 初発は視神経炎が多い抗 AQP4 抗体陽性を示す視神経炎の全症例を見直すと,視神経炎の後に脊髄炎を発症した例が 57%であり,視神経炎だけの例も 14%あるので,結局これらの合計はじめに近年,視神経炎の診断,治療,予後に関してまったく新しい考え方が登場してきた.一般に“視神経炎”には原因不明(おそらくウイルスを主とする感染性)の特発性視神経炎,多発性硬化症(multipleツꀀ sclerosis:MS)の視神経炎,そして視神経脊髄炎(neuromyelitisツꀀ optica:NMO)の視神経炎がある.NMO は Devic 病ともよばれ,基本的には欧米では MS とは区別されている.一方,日本とアジアでは視神経炎と脊髄炎の組み合わせのタイプが多くみられ,古くから視神経脊髄型多発性硬化症(optic-spinalツꀀ multipleツꀀ sclerosis:OSMS)とよばれてきた1,2).最近,米国の Mayo Clinic でこの NMO 患者血清中に特異的な自己抗体(NMO-IgG)が見出され3),この標的としては神経組織のアクアポリン 4(aquaporin- 4:AQP4)waterツꀀ channelツꀀ protein が明らかとなった4).日本の OSMS 患者のなかにも NMO-IgG(=抗 AQP4抗体)の陽性例があり,神経内科サイドからは 3 椎体以上の重症脊髄病変と失明が多いという重要な結果がすでに報告されている5).眼科の立場から自験の抗 AQP4 抗体陽性を示す視神経炎例を詳細に検討した研究結果6)をもとに,抗 AQP4 抗体陽性視神経炎の診断,治療,予後を考察する.I抗AQP4抗体陽性視神経炎の特徴(表 1)6)1. 抗AQP4抗体陽性率は意外に高い近畿大学医学部附属病院眼科および堺病院眼科で特発(31)ツꀀ 1329ツꀀツꀀツꀀ o Nツꀀツꀀ oツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 590 0132ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 2 7 1ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 特集●多発性硬化症・視神経脊髄炎と抗アクアポリン4抗体 あたらしい眼科 26(10):1329 1335,2009視神経炎アップデート “抗アクアポリン 4 抗体陽性視神経炎”Update on Optic Neuritis “Anti-Aquaporin-4 Antibody Seropositive Optic Neuritis”中尾雄三*———————————————————————- Page 21330あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(32)MRI(磁気共鳴画像)で脳内に特異な病変があり9),視床下部や下部脳幹の症状を示す例の報告10,11)もあることから,“抗 AQP4 抗体陽性症候群”12)とよぶのがふさわしいのかもしれない.4. 球後視神経炎型が多い抗 AQP4 抗体陽性視神経炎では視神経乳頭に異常のない,いわゆる球後視神経炎型が多いのは多発性硬化症とよく似た傾向である.視神経炎で乳頭浮腫を示すのはウイルス感染後などの症例〔たとえば急性散在性脳脊髄炎(acute disseminated encephalomyelitis:ADEM)〕が多い.5. 再発が多く,失明率が高い抗 AQP4 抗体陽性視神経炎は再発をくり返す例が多く,ステロイドパルス治療を行っても視機能回復は不良で失明率が高い6)という事実が明白になった.治癒率の高い特発性視神経炎や多発性硬化症の視神経炎とはまったく異なる重要な結果である.71%は視神経炎を初発症状としていることが判明した.米国Mayo Clinicからも再発性視神経炎の単独でNMO-IgG(=抗 AQP4 抗体)陽性の症例を長期間観察した後に,50%が脊髄炎を発症したとの報告がある7).視神経脊髄炎(NMO)は抗 AQP4 抗体陽性を示し,視神経炎と脊髄炎をくり返して重篤な症状(失明・麻痺)を後遺症とする疾患として知られているが,現実には原因不明の視神経炎(まだ脊髄炎を意識しない)としてわれわれ眼科医をまず初診することになる.NMO の視神経炎(いまだ視神経炎)だけのケースはハイリスクなNMO 類縁(spectrumツꀀ ofツꀀ NMOツꀀ disorders)8)と扱われているが,初発に視神経炎が多い事実を考えれば,眼科医はこの視神経炎を NMO の部分症としての視神経炎ではなく(脊髄炎の有無にとらわれることなく),“抗 AQP4抗体陽性視神経炎”とよんでこの視神経炎を認識し,初発単独の視神経炎であっても初診時に抗 AQP4 抗体を測定して初期から対応する姿勢が重要である.視神経炎の段階で抗 AQP4 抗体陽性が判明した場合には患者にその臨床的な意味を十分に説明し,つぎに脊髄炎が発症した際には神経内科で素早く的確な対応を受けられるよう配慮しておく必要がある.最近,NMO であっても表 1抗AQP4抗体陽性視神経炎と多発性硬化症(MS)の視神経炎の比較抗 AQP4 抗体陽性視神経炎MS の視神経炎抗 AQP4 抗体陽性陰性発症年齢中年 高年若年 中年性別女性>>>男性女性>男性発症時視力低下不良(重症)不良(重症)発症時中心 CFF 低下不良(重症)不良(重症)視野異常中心暗点・両耳側半盲中心暗点視神経乳頭異常なし>浮腫異常なし>浮腫眼球後部痛あり(激しい)ありUhthoツꀀ 症候約 14%約 30%MRI 脳病変まれ(非 MS 様)ありMRI 脊髄病変あり(3 椎体以上)あり(短い)髄液 OCBなし( まれ)あり治療(発症時)パルス・血漿交換パルス治療(再発抑制)低量ステロイド長期間INF-b免疫抑制薬・分子標的薬免疫抑制薬・分子標的薬再発あり(多い)あり最終時視力不良(重症)比較的良 MS:multiple sclerosis,AQP:aquaporin,CFF:critical fusion frequency,OCB:oligoclonal IgG band,パルス:ステロイドパルス治療,IFN:interferon. (文献 6 より)———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,20091331(33)II抗AQP4抗体陽性視神経炎の画像検査1. 頭蓋内の視神経病変に注意するMRI の画像上,炎症の存在部分は眼窩内視神経が最も多い13,14)が,21%の例では頭蓋内視神経,視交叉,視索に炎症病変を認めた6).視野所見で両耳側半盲や非協調性同名半盲がみられる事実と符合する.抗 AQP4 抗体陽性視神経炎では眼窩内だけでなく,頭蓋内の病変の存在にも注意して検索する必要がある(図 1A).2. 活動性の炎症はあるのか?治療効果が不良で紹介された例や再発を何度もくり返している例に対して治療を開始する前には,はたしてまだ活動性の炎症が存在するかどうかの評価が必要になる.T1 強調画像の脂肪抑制法で造影剤を用いて増強効果があれば活動性病変があり,治療効果が期待できると判断する14,15)(図 1B).3. 画像検査の工夫は?通常の軸位断面に用いられる Orbitomeatal(OM)Line では頭蓋内視神経,視交叉,視索の傾斜角度に対してクロスするため,分断されて 1 スライスに収まらない.このためまず位置決めの MRI 矢状断面を撮り,視交叉の傾きに平行の軸位断面として撮像すると頭蓋内視神経,視交叉,視索が 1 スライス内に明瞭に描出でき る15).III抗AQP4抗体陽性視神経炎の治療1. ステロイドパルス治療に低反応例・無効例が多い抗 AQP4 抗体陽性の視神経炎例では通常のステロイドパルス治療に低反応例・無効例が多く,視機能回復が不良であり,再発回数も多いことが明らかになった6).病変部の病理が多発性硬化症(MS)では脱髄と再生であるが,NMO では神経の AQP4 欠落,アストロサイト障害,壊死脱落といった重篤な所見であることが報告16)されている.また,NMO は自己抗体による液性免疫が主体17)であるのに対して,MS は細胞性免疫主体で,両者では免疫システムがまったく異なることが判明した.病理と免疫機序が異なる NMO に対して MS 用のステロ6. 両耳側半盲・水平半盲をみる抗 AQP4 抗体陽性視神経炎の視野異常の 75%は中心暗点であるが,25%に両耳側半盲,非協調性同名半盲,水平(上下)半盲がみられた6).両耳側半盲は視交叉炎,非協調性同名半盲は視索炎であり,実際に MRI で視交叉や視索の病変が描出可能である.これらの視野異常は一般には下垂体腺腫などの脳腫瘍にみられる所見であり,抗 AQP4 抗体陰性の視神経炎(特発性視神経炎や多発性硬化症の視神経炎)例にはみられなかった.この両耳側半盲,非協調性同名半盲,水平(上下)半盲が初診時や再発時の視神経炎例に認めた場合には,抗 AQP4抗体陽性視神経炎を想起する“predictiveツꀀ sign”として重要である.7. 眼球後部の痛みが強い視神経炎ではしばしば眼球運動に際して球後痛(ときに上眼瞼下の痛み)を訴えるが,抗 AQP4 抗体陽性視神経炎では眼窩深部に自発痛があり,Tolosa-Hunt 症候群や肥厚性硬膜炎などを疑った症例もあった.画像上は眼窩先端部(視神経後部・視神経管内)の病変で痛みを訴え,頭蓋内視神経,視交叉,視索の病変では痛みを訴えない傾向がある.8. 他の自己抗体がある他の自己抗体が同時に存在することがある.特に抗SS-A 抗体,抗 SS-B 抗体陽性の例が多いが,必ずしも涙液分泌減少(ドライアイ)の症状があるとは限らない.ステロイド治療中に重篤な肝機能障害を発生して自己免疫性肝炎と診断された 3 例があり,いまだ詳細は不明であるが注意が要る.9. 視神経炎で間違いないか?比較的高齢者に多くステロイド治療に反応しない視神経疾患としては虚血性視神経症,悪性(転移性)腫瘍の視神経圧迫,悪性リンパ腫の視神経浸潤,傍腫瘍性視神経症があり,再発しステロイドに依存の視神経障害として炎性偽腫瘍,Wegener肉芽腫症,肥厚性硬膜炎(ANCA 関連血管炎)があるので,抗 AQP4 抗体陽性視神経炎との鑑別は慎重に行う必要がある.———————————————————————- Page 41332あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(34)テロイドパルス以外の治療を積極的に行う必要がある.抗 AQP4 抗体が陰性の視神経炎例だけに限って ONTTの結果をあてはめるべきで,抗 AQP4 抗体の有無を調べずに無治療で観察するのは危険な間違いであり,厳に慎むべきである.3. 血漿交換治療が有効である通常のステロイドパルス治療を行っても低反応や無効のときに,血漿交換を行って抗 AQP4 抗体を除去し良好な視機能改善を得ている21).1 回の血漿交換で抗AQP4 抗体は陰性化し,ただちに視機能改善の傾向を示す例もある.血漿交換により期待する改善の程度は発症直前の視機能までであり,このレベルまでの改善を有効とすれば自験例では約 90%が有効である.4. 血漿交換の方法は?血漿交換治療には単純血漿交換,二重濾過膜血漿交換,免疫吸着があるが,筆者は抗 AQP4 抗体だけでなく補体や未知の関連サイトカインなどの除去も考慮してイドパルス治療だけをくり返し行っているのは,根本的に治療法が誤っている可能性がある.2. ONTTの結果との関係は?視神経炎の治療法に関しての治験(Opticツꀀ Neuritis Treatment Trial:ONTT)の評価が行われ18 20),ステロイドパルス,ステロイド内服,偽薬の長期効果を比較したところいずれの治療法でも約 70%の例が視力は20/20(1.0)以上に改善するという結果が報告された.視神経炎にはステロイド治療と信じ込んでいた日本の眼科医にはただちに信じがたい内容であった.しかしこの報告を熟読すると,約 3%の例がステロイドパルス治療に反応しない視力 20/200(0.1)未満の回復不良例であることも記載している.この ONTT は現在問題になっている抗 AQP4 抗体がまだ知られていない期間の治験であり,回復不良例の3%がNMOの視神経炎(抗AQP4 抗体陽性視神経炎)ではないかと推測される.抗AQP4 抗体陽性視神経炎はステロイドパルス治療に抵抗性で,ましてや無治療で回復するはずもなく,むしろス図 126歳,女性(抗AQP4抗体陽性)両眼の視力低下と視野異常(右眼の耳側半盲と左眼の大きな中心暗点)を認めた.ステロイドパルス治療は無効で,血漿交換により視機能は回復した.A:FLAIR 法の軸位断面で視交叉が高信号(炎症)を示した(⇒).脳幹左側にも高信号域がある(→).B:T1 強調画像脂肪抑制法の造影剤使用で視交叉が高信号に増強された(⇒).AB———————————————————————- Page 5あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,20091333(35)7. 血漿交換はレスキュー,再発予防に免疫抑制薬が必要である血漿交換により抗 AQP4 抗体を除去して一旦は良好な結果を得ても,それは発症急性期における緊急避難的なレスキュー(rescue)にすぎず,依然として抗 AQP4抗体産生の免疫システムが存在するので血漿交換後にAQP4 抗体は産生され続けて増加し,視神経炎は必ず再発する.したがって視神経炎の再発を防ぐためには血漿交換後に免疫抑制薬(prednisolone, cyclophosphamide, methotrexate, azathioprine, cyclosporin, tacrolimus など)のいずれかを使用して持続的に抗 AQP4 抗体の産生を抑制する必要がある23,24).免疫抑制薬の長期投与による副作用対応や全身管理には免疫内科などの関連科の協力が要る.8. Interferon(IFN) bは無効,再発や悪化の要因になる多発性硬化症は細胞性免疫主体の病態と考えられており,IFN-bが再発抑制の目的で使用されている25).しかし,IFN-bを使用した OSMS のうち抗 AQP4 抗体陽性例では無効であるばかりでなく,かえって再発誘発や症状悪化の報告26)が相つぎ,厚生労働省難治性免疫性神経疾患研究班は抗 AQP4 抗体陽性例への IFN-b使用に警告を発している.9. 視神経炎はこの考え方で治療する抗 AQP4 抗体を意識した視神経炎の新しい治療法(図全例に単純血漿交換を行っている.血液浄化室への依頼,新鮮凍結血漿やアルブミンの手配,承諾同意書の作成,実施中の副作用の対応や全身管理などが必要である.関連各科との連携が重要である.5. 血漿交換治療はリスクが高い,注意すべきことは?単純血漿交換ではほぼ全血漿を他人の血漿に入れ替えるため,ショック,アレルギーによる全身発疹,循環器系障害,感染など重篤な症状の発生の危険があり,発症年齢が高いことも相まって血漿交換可能かどうかの実施前の全身検査とその評価が大事である.また,再発を何度もくり返す例や,他病院からステロイドパルス治療を試みたが無効なために紹介された例では,まだ活動性の炎症病変が視神経内に残存しているかの判断が重要である.MRI の T1 強調画像の脂肪抑制法に造影剤を用いて,視神経内に造影剤による増強効果があるかどうかを確認する.増強される部分があればまだ活動性炎症が残っていて血漿交換により視機能の改善が期待できるが,増強効果がなければすでに視神経萎縮であり血漿交換治療の効果はない.活動性炎症が残っていながら,全身状態の不良から血漿交換不可の例もある.ステロイドパルス治療に抵抗する視神経炎に対して免疫グロブリンの大量点滴法が有効の報告22)もある.血漿交換はリスクの高い治療法であるため,より安全でさらに有効な治療法の開発・治験が期待される.6. 血漿交換はいつから開始すべきなのか?初診または再発の急性期にまず 1 クール目のステロイドパルス治療を開始し,その効果が得られないときにはためらうことなくただちに血漿交換を開始すべきである.迅速に血漿交換を決断し,開始するためにはすべての視神経炎例において初診時に抗 AQP4 抗体の測定をしておく必要がある.3 クール目終了後でも効果がなく,その時点で抗 AQP4 抗体の測定を初めて考えるのでは遅く,すでに不可逆な視神経萎縮になっている危険性がある.視神経炎MRI(STIR・FLAIR)抗AQP4抗体測定抗AQP4抗体(+)血漿交換療法→ステロイド内服(長期)免疫抑制薬・分子標的薬抗AQP4抗体(-)ステロイドパルス①ステロイドパルス②③インターフェロンβ使用ステロイドパルス②③ステロイド内服*パルス有効ならインターフェロンβ使用せず*パルス無効なら免疫抑制薬分子標的薬(FTY720)ステロイド内服(長期)*多発性硬化症なら図 2視神経炎治療の新しい考え方(私案)(文献 6 より)———————————————————————- Page 61334あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(36)とは免疫システムと病理病態がまったく異なるため,診断と治療法に特別の配慮が必要である.視神経炎単独,視神経炎初発の例が多いため早期からの正しい診断と的確な治療法の決定に眼科医の責任は重く,関連科と協力して治療と全身管理にあたる慎重な姿勢が重要である.謝辞:本研究において抗 AQP4 抗体を測定していただいた九州大学医学部神経内科の吉良潤一教授,越智博文,松下拓也,黒田紀子の先生方に深甚なる謝意を表する.文献 1) Kira J, Kanai T, Nishimura Y et al:Western versus Asianツꀀ typesツꀀ ofツꀀ multipleツꀀ sclerosis:immunogeneticallyツꀀ and clinically distinct disorders. Ann Neurol 40:569-574, 1996 2) Kira J:Multiple sclerosis in the Japanese population. Lan-cet Neurol 2:117-127, 2003 3) Lennonツꀀ VA,ツꀀ Wingerchukツꀀ DM,ツꀀ Kryzerツꀀ TJツꀀ etツꀀ al:Aツꀀ serum autoantibody marker of neuromyelitis optica:distinction from multiple sclerosis. Lancet 364:2106-2112, 2004 4) Lennon VA, Kryzer TJ, Pittock SJ et al:IgG marker of optic-spinal multiple sclerosis binds to the aquaporin-4 water channel. J Exp Med 202:473-477, 2005 5) Nakashima I, Fujihara K, Miyazawa I et al:Clinical and MRIツꀀ featuresツꀀ ofツꀀ Japaneseツꀀ patientsツꀀ withツꀀ multipleツꀀ sclerosis positive for NMO-IgG. J Neurol Neurosurg Psychiatry 77:1073-1075, 2006 6) 中尾雄三,山本肇,有村英子ほか:抗アクアポリン 4 抗体陽性視神経炎の臨床的特徴.神経眼科 25:327-342, 2008 7) Matiello M, Lennon VA, Jacob A et al:NMO-IgG pre-dicts the outcome of recurrent optic neuritis. Neurology 70:2197-2200, 2008 8) Pittock SJ:Neuromyelitis optica:a new perspective. Semin Neurol 28:95-104, 2008 9) Pittockツꀀ SJ,ツꀀ Lennonツꀀ VA,ツꀀ Kreckeツꀀ Kツꀀ etツꀀ al:Brainツꀀ abnormali-ties in neuromyelitis optica. Arch Neurol 63:390-396, 2006 10) Watanabe S, Nakashima I, Miyazawa I et al:Successful treatment of a hypothalamic lesion in neuromyelitis optica by plasma exchange. J Neurol 254:670-671, 2007 11) Takahashi T, Miyazawa I, Misu T et al:Intractable hic-cup and nausea in neuromyelitis optica with anti-aqua-porin-4 antibody:a herald of acute exacerbations. J Neu-rol Neurosurg Psychiatry 79:1075-1078, 2008 12) Matsushita T, Isobe N, Matsuoka T et al:Aquaporin-4 autoimmune syndrome and anti-aquaporin-4 antibody-negative optico-spinal multiple sclerosis in Japannese. Mult Scler 15:834-847, 2009 13) Nakao Y, Yamada Y, Otori T:Di erential diagnosis of 2)6,27)について私案を述べる.1)すべての急性発症(初発・再発)の視神経炎(脊髄炎の有無にかかわらず)について,その初診時にただちに抗 AQP4 抗体を測定する.同時に MRI の STIR(short T1 inversion recovery)画像(または T1 強調画像脂肪抑制法造影)で視神経内の炎症を確認し,FLAIR( uid attenuated inversion recovery)画像で脳内の MS(非MS)病変の有無を検討する.治療としては,まずステロイドパルス(ソルメドロールRツꀀ 1,000 mg/日点滴,3 日間)治療の第 1 クールを開始する.2)抗 AQP4 抗体陽性の場合:①第 1 クールのステロイドパルス治療で視機能改善の効果がみられるときは,そのまま第 2,第 3 クールを引き続き行う.第 3 クール終了時点で視機能の改善がなお不十分であればステロイド薬(たとえばプレドニンR 30 mg/日)の内服を開始し,視機能の改善状態をみながら緩徐に漸減する.プレドニンRが 10 mg または 15 mg/日で減量を止め,維持する.②一方,第 1 クールのステロイドパルス治療で効果が乏しいかないときは,ただちに血漿交換を開始する.血漿交換後はステロイド薬の内服を開始し,漸減しながら継続する.このステロイド低量の内服期間中に再発を生じた場合,再発回数が多い場合,片眼がすでに失明の場合には,免疫抑制薬の使用を考慮する.再発抑制の目的でIFN-bは用いない.3)抗 AQP4 抗体陰性の場合:①通常どおりステロイドパルスの第 2,第 3 クールを行う.第 3 クール終了時点でなお視機能の回復が不十分であればステロイド薬(たとえばプレドニンRツꀀ 30 mg)の内服を開始し,視機能の改善状態をみながら漸減する.②脳 MRI 画像や神経症状から多発性硬化症の診断の場合は,神経内科と協同して再発抑制の目的で IFN-bを使用する.≪2)の①と②が抗 AQP4 抗体陽性視神経炎の治療,3)の①が特発性視神経炎の治療,3)の②が多発性硬化症の視神経炎の治療である.≫おわりに数年前に発見された抗 AQP4 抗体により視神経炎の考え方に大きな転換が生じた.抗 AQP4 抗体陽性視神経炎は従来の特発性視神経炎や多発性硬化症の視神経炎———————————————————————- Page 7あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,20091335enlargedツꀀ opticツꀀ nerveツꀀ and/orツꀀ sheathツꀀ onツꀀ MRツꀀ imaging.ツꀀ Cur-rent Aspects in Ophthalmology 2, Excerpta Medica, Amsterdam-London-New York-Tokyo, p1671-1675, 1992 14) 中尾雄三:視神経疾患の画像診断.臨眼 61:1624-1633, 2007 15) 中尾雄三:MS/NMO と視神経炎の新しい展開.神経免疫,2009(印刷中) 16) 三須建郎,藤原一男,糸山泰人:NMO とアクアポリン 4 の病理的意義.Clinical Neuroscience 26:770 773, 2008 17) Lucchnetti CF, Mandler RN, McGavern D et al:A role for humoral mechanisms in the pathogenesis of Devic’s neuromyelitis optica. Brain 125:1450-1461, 2002 18) Beckツꀀ RW,ツꀀ Clearyツꀀ PA,ツꀀ Opticツꀀ Neuritisツꀀ Studyツꀀ Group:Optic Neuritis Treatment Trial:One-year follow-up results. Arch Ophthalmol 111:773-775, 1993 19) The Optic Neuritis Study Group:Visual function more than 10 years after optic neuritis:Experience of the optic neuritis treatment trial. Am J Ophthalmol 137:77-83, 2004 20) Optic Neuritis Study Group:Visual function 15 years after optic neuritis. Aツꀀ nal follow-up report from the optic neuritis treatment trial. Ophthalmology 115:1079-1082, 2008 21) Watanabe S, Nakashima I, Misu T et al:Therapeutic e cacy of plasma exchange in NMO-IgG-positive patients with neuromyelitis optica. Mult Scler 13:128-132, 2007 22) Tselis A, Perumal J, Caon C et al:Treatment of corticos-teroid refractory optic neuritis in multiple sclerosis patients with intravenous immunoglobulin. Eur J Neurol 15:1163-1167, 2008 23) Watanabe S, Misu T, Miyazawa I et al:Low-dose corti-costeroidsツꀀ reduceツꀀ relapsesツꀀ inツꀀ neuromyelitisツꀀ optica:aツꀀ ret-rospective analysis. Mult Scler 13:968-974, 2007 24) Mandlerツꀀ RN,ツꀀ Ahmedツꀀ W,ツꀀ Dencoツꀀツꀀ JE:Devic’sツꀀ neuromyeli-tis optica:a prospective study of seven patients treated with prednisone and azathioprine. Neurology 51:1219-1220, 1998 25) Saidaツꀀ T,ツꀀ Tashiroツꀀ K,ツꀀ Itoyamaツꀀ Yツꀀ etツꀀ al:Interferonツꀀ beta-1b is e ective in Japanese RRMS patients. A randomized, multicenter study. Neurology 64:621-630, 2005 26) Warabi Y, Matsumoto Y, Hayashi H:Interferon beta-1b exacerbates multiple sclerosis with severe optic nerve and spinal cord demyelination. J Neurol Sci 252:57-61, 2007 27) 中尾雄三:視神経炎.今日の治療指針 2008.p1082-1083, 医学書院, 2008(37)

視神経脊髄炎の治療法-最近のエビデンスを元に-

2009年10月31日 土曜日

———————————————————————- Page 10910-1810/09/\100/頁/JCOPYI急性期治療(表 1)1. ステロイドパルス療法NMO の急性期にステロイドパルス療法が有効であることを証明した文献はない.しかし,MS の急性期と同様に NMO においてもまずステロイドパルス療法を行うことが多い.実際には,メチルプレドニゾロン 500 1,000ツꀀ m g/日を 3 5 日間点滴静注投与する.その後1ツꀀ m g/kg/day からプレドニゾロンの内服を開始し 3 4日ごとに減量していくが,これを行わない場合もある.これで臨床的効果がみられない場合はステロイドパルス療法を再度施行することもある.NMO ではこのステロイドパルス療法により臨床的改善がみられないこともしばしばあり,その場合は次項に述べる血漿交換療法を速やかに行う必要がある.ただし,高橋らによる検討では,ステロイドパルス療法をせず血漿交換療法を施行した場合,血漿交換後にいったん低下した AQP4 抗体価がつぎの血漿交換施行前には再上昇する5).したがって,血漿交換療法に先行してステロイドパルス療法を施行し,抗体を産生するリンパ球を抑制しておく必要があると考えられる.なお,視神経炎に対するステロイドパルス療法の有効性に関する無作為化対照試験として,1988 年から米国はじめに視神経脊髄炎(neuromyelitis optica:NMO)は重度の視神経炎としばしば 3 椎体以上に及ぶ長い横断性脊髄炎を特徴とする再発性炎症性中枢神経疾患である.同じく時間的,空間的に多発する中枢神経病変を呈する疾患として多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)があり,NMO と MS の異同が長年議論されてきた.しかしながら近年,NMO 患者の血清中に特異的な自己抗体が検出され1),その標的分子がアクアポリン 4(AQP4)であることがわかった2).AQP4 は脳や脊髄のアストロサイトの足突起に高密度に発現する膜蛋白である.培養細胞および剖検症例の検討により NMO では補体介在性にAQP4 抗体が AQP4 を標的としてアストロサイトを障害する疾患であるらしいことがわかり3,4),臨床像のみならず病態としても NMO は MS とはまったく異なる疾患であることが明らかになってきた.NMO は初発症状として視神経炎のみで発症することも多いため,神経内科医のみならず,眼科医が初診時から担当する可能性がある疾患である.NMO の治療戦略は,1)急性期・再発期における炎症反応の抑制と機能回復の促進,2)長期的な再発予防のための免疫抑制,の 2 つに分けられる.本稿では,最近のエビデンスを元に,NMO の治療の急性期治療と再発予防治療について述べることとする.(25)ツꀀ 1323 1ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ Nツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ Iツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ Nツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ Iツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 神経ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 神経ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 2ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ Mツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 神経ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 神経ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 治療ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 3ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 治療ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 4ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 5 Mツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ Nツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 神経ツꀀツꀀツꀀ 6ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 神経ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 980 8574ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 1 1ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 神経ツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ 神経ツꀀツꀀツꀀツꀀ 特集●多発性硬化症・視神経脊髄炎と抗アクアポリン4抗体 あたらしい眼科 26(10):1323 1327,2009視神経脊髄炎の治療法ツꀀ 最近のエビデンスを元に Therapy for Neuromyelitis Optica:Recent Evidence西山修平*1三須達郎*2中島一郎*1高橋利幸*4 中村正史*5佐藤滋*6藤原一男*3糸山泰人*1———————————————————————- Page 21324あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(26)回復をみながら実施している.合併症としては血圧低下,迷走神経反射,感染などがある.感染や血栓症を予防するため留置カテーテルは原則として用いていない.3. その他の急性期治療リンパ球除去が NMO 急性期治療として有効であったとする症例報告がいくつか存在する13 15).これらの報告のなかにはステロイドパルス療法と血漿交換療法に反応せずリンパ球除去が有効であった症例も含まれており,急性期治療のオプションの一つとして検討する価値がある.また,全身性エリテマトーデス(SLE)16)や Sjogren症候群17)など他の自己免疫疾患に合併する脊髄炎や脳病変の多くは実際には NMO と考えられるものもあるが,これらに対してシクロフォスファミドパルス療法も治療の選択肢となりうる.投与法は,750ツꀀ m g/m2/日を1 日静注し,以後再発予防治療も兼ねて月 1 回投与する方法18)や2ツꀀ g/日を 4 日間静注し,その後白血球数をみながら G-CSF(granulocyte colony-stimulating factor)を追加する方法16)が報告されている.II再発予防治療(表 1)NMO は重度の視神経炎(図 1)や横断性脊髄炎(図 2)をくり返し,高頻度に後遺症を残す.したがって NMOの 15 施設,457 症例で行われた Optic Neuritis Treat-ment Trial(ONTT)がある6,7).その結果はステロイドパルス療法の治療効果は短期的には視覚機能の改善を促進するものの,1 年後の予後はプラセボ群と有意差がみられなかった.わが国における同様の治験でも基本的に同じ結果が得られており8),これらの知見から視神経炎はすべて無治療でも予後に悪影響はないと理解されている向きもある.しかし,この ONTT では約 2%の予後不良群がありその多くが NMO である可能性がある.上述のように NMO の視神経炎に対してはステロイドパルス療法が無効なら,すぐに血漿交換療法を施行し視覚障害の改善に努めなければならない.ステロイドパルス療法における副作用として,不眠,倦怠感や消化管出血や高血糖などが知られている9).2. 血漿交換療法NMO の急性期における血漿交換療法の有用性については複数の報告がある10 12).血漿交換により自己抗体や補体などの有害液性免疫成分を除去し,炎症性サイトカインの除去により免疫調整作用も期待できる.当科では,アルブミン液を置換液として使用した単純血漿交換療法を採用しており,1 回の血漿交換量が約 2 l(40 50ツꀀ ml/kg),計 4 回を 1 クールとしている.血漿交換により凝固因子も除去されるため,フィブリノーゲン値の表 1視神経脊髄炎(NMO)の治療法薬品(商品名)標準薬剤量急性期治療ステロイドパルス療法Methylprednisolone(ソルメドロール)500 1,000 mg/日(1 クール 3 5 日間)(必要に応じ 1 2 クール追加)血液浄化療法通常 2 4 回程度(最大 7 回まで)①単純血漿交換アルブミン製剤など血漿処理量 40ツꀀ ml/kg/回②免疫吸着療法トリプトファンカラム血漿処理量 40ツꀀ ml/kg/回再発予防治療低用量ステロイド療法Prednisolone(プレドニゾロン)経口 5 20 mg/日免疫抑制薬Azathioprine(イムラン)経口 50 100 mg/日Rituximab(リツキサン)静注 375 mg/m2/日週 1 回を 4 週間Mitoxantrone hydrochloride(ノバントロン)静注 12 mg/m2月1 回を 6 カ月Cyclosphosphamide(エンドキサン)静注 750 mg/m2月1 回Mycophenolate mofetil(セルセプト)経口 1 2ツꀀ g/日免疫グロブリン(IVIG)療法献血免疫グロブリン製剤静注 400 mg/kg/日月 1 回———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,20091325(27)2. アザチオプリンアザチオプリンはプリンヌクレオチド生合成阻害による代謝拮抗型免疫抑制薬であり,移植後拒否反応の予防や炎症性腸疾患や種々の自己免疫疾患などの治療に使われている.NMO においては,Mandler らがプレドニゾロンとアザチオプリンの併用療法の有効性を示す報告をしている23).当科では,ステロイドのみでは再発を抑制できない症例を中心に 50 150ツꀀ m g/day を投与してきた.定期的に血液検査を行い,白血球が 3,000/μl 未満もしくは血小板が 10 万/μl 未満となる場合はアザチオプリンの減量が必要であり,肝機能障害にも注意が必要である.アザチオプリンはその免疫抑制効果が発現するまで数カ月かかり,当初は上述のステロイドを併用し再発予防することが推奨される.なお,アザチオプリンの効果が十分に出ていれば血液検査にて平均赤血球容積(MCV)が増加してくるため指標になる.アザチオプリンの長期投与により発癌リスクが増加することも指摘されており注意が必要である.3. リツキシマブ抗 CD20 モノクローナル抗体であるリツキシマブは B cell を選択的に破壊する.NMO のほか B cell リンパ腫や関節リウマチなどに投与されている.リツキシマブの患者の QOL(quality of life)を維持するために,再発を予防することが重要である.以下にあげる治療法を組み合わせることで,NMO の再発頻度を減少させることが期待できる.なお,MS の再発予防治療に使用されるインターフェロンbは,NMO においてはシクロフォスファミド,ミトキサントロン,アザチオプリンといった免疫抑制薬と比較し有効でないとする報告19)や,むしろ NMO を悪化させるという報告も20,21)あるため,現時点では再発予防治療薬として推奨されない.1. 低用量ステロイド持続投与筆者らは低用量ステロイドの長期投与により NMO 患者の年間再発率が 1.48(0.65 5.54)から 0.49(0 1.31)へ減少することを以前に報告した22).急性期のステロイドに引き続いて内服量を減量し,プレドニゾロン 20 mg/day からはさらにゆっくりと減量し 10ツꀀ m g/day 程度で維持する.長期ステロイド内服における副作用は高血圧,糖尿病,骨粗鬆症,易感染性,血栓症,消化管出血,大腿骨頭壊死,また moon face や中心性肥満などがある.次項で述べるアザチオプリンなどの免疫抑制薬との併用により,ステロイドを減量し副作用を軽減できる.図 1NMO患者における視神経炎のMRI画像左視神経に T2 強調画像にて高信号を示す病変を認める(矢印).図 2 NMO患者における横断性脊髄炎のMRI画像C1 C5 にかけて T2 強調画像にて高信号を示す長い脊髄病変を認める.NMO における横断性脊髄炎は,おもに脊髄中心部を侵す長軸方向に長い病変であることが特徴である.———————————————————————- Page 41326あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(28)(ALL)などを発症したという報告もあるため注意を要する.アザチオプリン以外の免疫抑制薬として,シクロフォスファミドやミコフェノール酸モフェチル,免疫調整薬であるコパキソンなども欧米では使用されているが27),確立したエビデンスはない.今後さらなる知見の蓄積が必要である.NMO は AQP4 抗体が病変形成に直接関与すると考えられており,免疫グロブリン大量静注療法(IVIG)の治療効果も期待される.しかし現時点ではいくつかの症例報告があるのみである.カナダからの報告では,2 例のNMO患者に月1回400ツꀀ m g/kg/日の IVIG を行うことでそれぞれ 5 年半,1 年間再発がみられず経過した28).しかし 5 年半再発のない患者は他にステロイドとアザチオプリンを使用しており,IVIG 自体の効果なのかどうか明らかではない.わが国では IVIG は NMO における保険適用はなく,高額な治療法であるため,さらに慎重に適応を考える必要がある.おわりにNMO は,AQP4 抗体の発見によりこの 5 年で診断が大きく向上し治療方針にも大きな影響を及ぼしている.しかし NMO の治療研究はまだ発展途上にある.実際,今回紹介した治療法に関する文献もその多くは少数例での報告であり,今後多数例での治験が必要である.わが国では視神経炎症例全体における NMO の比率が欧米より高く,眼科診療において重要である.前述のように,NMO は重度の視神経炎や横断性脊髄炎をくり返し後遺症が重症化するため,適切な急性期治療や再発予防治療を行うことが求められる.そしてそれらの治療は MS とは異なることをくり返して強調しておきたい.今後はAQP4 抗体を含めた病態の解析を進め,同時に治療に関する知見を蓄積することにより NMO の標準的治療法が早期に確立されることが望まれる.文献 1) Lennon VA, Wingerchuk DM, Kryzer TJ et al:A serum autoantibody marker of neuromyelitis optica:distinction from multiple sclerosis. Lancet 364:2106-2112, 2004投与では血中の免疫グロブリン量に大きな変化がないことが知られており,B cell を介して T cell やマクロファージの抗原提示能やサイトカイン分泌の調節を介する機序が想定されている.Cree らが 2005 年に行った報告では,8 人の NMO 患者にリツキシマブを 375ツꀀ m g/m2週 1 回,4 週間投与し,年間再発率は 2.6 回から 0 回へ劇的に改善し(p=0.0078),EDSS も 7.5 から 5.5 へ改善を認めた(p=0.013)24).その後,この報告のうち 7人を含む 25 症例の NMO にリツキシマブを投与したその後の検討でも,年間再発率の中央値が 1.7 回/年(0.5 5)から 0 回/年(0 3.2)と有意に減少した25).これらの報告によりリツキシマブは NMO の再発予防に有効であると考えられる.リツキシマブによる重篤な副作用として,B 型肝炎ウイルスキャリアでの肝炎増悪や,進行性多巣性白質脳症(PML)などが知られており,感染症には常に注意する必要がある.わが国では 2009 年 6 月現在リツキシマブは NMO に対し保険適用外であるため,NMO に対してリツキシマブを投与する際には各施設の倫理委員会の承認を得る必要がある.治療経費の負担をどうするかも検討する必要がある.4. その他の再発予防治療再発寛解型 MS や二次進行型 MS に使用される免疫抑制薬であるミトキサントロンは NMO でも治療経験の報告がある.その作用機序は,DNA の二重らせん構造内に入り込むことで DNA 合成を阻害し,さらにトポイソメラーゼ II を抑制することにより B cell,T cell,マクロファージなどの増殖を抑制することである.Wein-stock-Guttman らは,NMO 患者 5 人にミトキサントロンを使用して(12ツꀀ m g/m2月 1 回を 6 カ月間,以後は 3カ月に 1 回)2 年間追跡し,投与前後で再発回数が 2.4±0.89 回/2 年間から 0.4±0.55 回/2 年間へ,EDSS が4.40±1.88 から 2.25±0.65 へと改善した26).ミトキサントロンには投与量に依存した心毒性があり,既往として心疾患がある場合は禁忌となることがある.投与中の心機能評価が必要で,左室駆出分画(ejection fraction)が低下していく場合は投与を中止せざるをえない.その他副作用として骨髄抑制,脱毛,無月経などがある.急性前骨髄性白血病(APL)や急性リンパ球性白血病———————————————————————- Page 5あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,20091327(29) 16) Mok CC, To CH, Mak A et al:Immunoablative cyclophos-phamide for refractory lupus-related neuromyelitis optica. J Rheumatol 35:172-174, 2008 17) Ozgocmen S, Gur A:Treatment of central nervous sys-tem involvement associated with primary Sjogren’s syn-drome. Curr Pharm Des 14:1270-1273, 2008 18) Williams CS, Butler E, Roman GC:Treatment of myelopa-thy in Sjogren syndrome with a combination of predni-sone and cyclophosphamide. Arch Neurol 58:815-819, 2001 19) Papeix C, Vidal JS, de Seze J et al:Immunosuppressive therapy is more e ective than interferon in neuromyelitis optica. Mult Scler 13:256-259, 2007 20) Warabi Y, Matsumoto Y, Hayashi H:Interferon beta-1b exacerbates multiple sclerosis with severe optic nerve and spinal cord demyelination. J Neurol Sci 252:57-61, 2007 21) Shimizu Y, Yokoyama K, Misu T et al:Development of extensive brain lesions following interferon beta therapy in relapsing neuromyelitis optica and longitudinally exten-sive myelitis. J Neurol 255:305-307, 2008 22) Watanabe S, Misu T, Miyazawa I et al:Low-dose corti-costeroids reduce relapses in neuromyelitis optica:a ret-rospective analysis. Mult Scler 13:968-974, 2007 23) Mandler RN, Ahmed W, Dencoツꀀ JE:Devic’s neuromyeli-tis optica:a prospective study of seven patients treated with prednisone and azathioprine. Neurology 51:1219-1220, 1998 24) Cree BA, Lamb S, Morgan K et al:An open label study of the e ects of rituximab in neuromyelitis optica. Neurol-ogy 64:1270-1272, 2005 25) Jacob A, Weinshenker BG, Violich I et al:Treatment of neuromyelitis optica with rituximab:retrospective analy-sis of 25 patients. Arch Neurol 65:1443-1448, 2008 26) Weinstock-Guttman B, Ramanathan M, Lincoツꀀ N et al:Study of mitoxantrone for the treatment of recurrent neu-romyelitis optica(Devic disease). Arch Neurol 63:957-963, 2006 27) Jarius S, Aboul-Enein F, Waters P et al:Antibody to aquaporin-4 in the long-term course of neuromyelitis optica. 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