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眼科医のための先端医療 113.エピジェネティクスについて

2010年5月31日 月曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.5,20106470910-1810/10/\100/頁/JCOPYエピジェネティクスとは生命科学研究において,エピジェネティクスという分野が注目されています.エピジェネティクス(epigenetics)とは,遺伝子のスイッチ領域を取り巻く環境が変化することによって,遺伝子スイッチのONとOFFが調節されるメカニズムのことです.epi-とは「上」を意味する接頭辞で,epigeneticsという言葉は遺伝子配列そのものではなく遺伝子配列の周辺を表しています.遺伝子のスイッチ領域を取り巻く環境とは,スイッチ領域に存在するDNAや蛋白質への化学修飾といえます.具体的には,DNAのC(シトシン)とG(グアニン)が隣り合う配列へのメチル(-CH3)化(図1A),染色体を巻き取っているヒストンという蛋白質へのメチル(-CH3)・アセチル(CH3CO-)・リン酸(H2PO4.)の2つの化学修飾があげられます(図1B).これら遺伝子のスイッチ領域に化合物が結合したり外れたりすることによって,スイッチのON/OFFが調節され,さらに遺伝子発現の増減が調節されて,さまざまな生命現象が起こることが近年明らかになってきました.エピジェネティクスと疾患今日,遺伝子DNAに変異が起こり,さらに変異蛋白質が産生されることによって疾患が発症することがよく知られています.眼科領域では,RB1遺伝子変異によって網膜芽細胞腫が,PAX6遺伝子変異によって無虹彩症が発症することが知られています1).一方で,遺伝子変異はみられないにもかかわらず発症する疾患にエピジェネティクス異常が関連していることが明らかとなってきました.エピジェネティクス研究のきっかけは,Angelman症候群とPrader-Willi症候群という先天的疾患の解明でした.この2つの症候群は,15番目の染色体が母親由来だとAngelman症候群,父親由来だとPrader-Willi症候群を発症することが知られております2).このような遺伝子の発現の有無が,父親・母親のどちらかに由来するかによって規定されることをゲノム刷り込み現象といいますが,この現象の分子機序にエピジェネティクス(Cのメチル化状態の違い)であることが解明されています.後天的疾患にもエピジェネティクスは関与しており,(75)◆シリーズ第113回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊柏木佳子(山形大学医学部眼科学講座)エピジェネティクスについてmACGTAACCGGACGTAACCGGmm:ヒストン蛋白質複合体:DNA:化学修飾:CpGへのメチル化A.C(シトシン)へのメチル化B.ヒストン蛋白質への化学修飾スイッチONスイッチONスイッチOFFヒストン蛋白質が凝縮してスイッチがOFFの状態ヒストン3蛋白質へのメチル化・アセチル化・リン酸化ヒストン蛋白質が緩みスイッチがONの状態CpGへのメチル化遺伝子A遺伝子A図1エピジェネティクスの制御ヒストン蛋白質複合体中の特にヒストン3に化学修飾が起こり,スイッチのON/OFFが調節される.ヒストン3のメチル化については,どのアミノ酸がメチル化されるかによってON/OFF調節が異なる.(文献7より改変引用)648あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010エピジェネティクス異常によって種々の癌が発症することが知られています.網膜芽細胞腫は前述した遺伝子変異によってひき起こされますが,その他にもRB1遺伝子のスイッチ領域が,正常細胞のものよりも高頻度でメチル化修飾(高メチル化)3)されることによってRB1蛋白質の発現が低下し,発癌に至ることが示されています3).癌だけではなく,胎児期栄養環境がエピジェネティクスを変化させ,さらに成長後に生活習慣病発症に影響を与えることが明らかとなっています3).精神神経疾患とも関連性があることが報告されています.眼疾患においては,加齢黄斑変性症や緑内障におけるエピジェネティクスの関連性についても研究が進められています4,5)が,まだ多くの眼疾患とエピジェネティクスの関連性は知られておらず,これからの研究が待たれます.エピジェネティクス制御を用いた治療法の可能性正常なDNA配列が体内に存在しながらも,エピジェネティクス異常によって疾患に至る場合,人為的にエピジェネティクスの状態を制御することができれば,疾患症状の改善が得られる可能性が考えられます.現在,制御の一方法として,海外ではDNAメチル化阻害薬(Vidaza)やヒストン脱アセチル化阻害薬(Zolinza)を用いた抗腫瘍治療・骨髄異形成症候群治療が試みられています.いくつかのグループによって網膜芽細胞腫に対してもヒストン脱アセチル化阻害薬の抗腫瘍性が示されています.筆者らのグループでも網膜芽細胞腫におけるヒストン脱アセチル化阻害薬の作用機序と抗腫瘍性について解明を試みました.その結果,他の腫瘍ではヒストン脱アセチル化阻害薬によって腫瘍で発現が低下しているTGF-b(transforminggrowthfactor-b)のII型受容体の発現が回復し,さらにTGF-bシグナルが回復するところ,網膜芽細胞腫細胞株ではTGF-bのII型受容体のmRNAの発現が回復するものの,蛋白質発現とTGF-bシグナルの回復までには至らないという他の腫瘍とは異なった作用応答が観察されることを見出しました6).しかし,もちろんこの知見だけでは薬剤の有効性については多くを語ることはできません.眼疾患治療へ応用できるかは網膜芽細胞腫も含め眼疾患とエピジェネティクスの関連性の研究が必要とされます.現在,癌以外のさまざまな疾患についてもエピジェネティクス制御を用いた治療法の開発が進められています.さらに,エピジェネティクスをひき起こす環境要因を調べることによって,疾患発症予防への応用が期待されています.文献1)FanBJ,TamPO,ChoyKWetal:Moleculardiagnosticsofgeneticeyediseases.ClinBiochem39:231-239,20062)NichollsRD,SaitohS,HorsthemkeB:ImprintinginPrader-WilliandAngelmansyndromes.TrendsGenet14:194-200,19983)特集「エピジェネティクスと疾患」.京府医大誌118:499-541,20094)GolubnitschajaO:Cellcyclecheckpoints:theroleandevaluationforearlydiagnosisofsenescence,cardiovascular,cancer,andneurodegenerativediseases.AminoAcids32:359-371,20075)SuuronenT,NuutinenT,RyhanenTetal:Epigeneticregulationofclusterin/apolipoproteinJexpressioninretinalpigmentepithelialcells.BiochemBiophysResCommun357:397-401,20076)KashiwagiY,HorieK,KannoCetal:TGF-betatypeIIreceptormRNAinretinoblastomacelllinesisinducedbytrichostatinA.InvestOphthalmolVisSci51:677-685,20107)ParkJH,StoffersDA,NichollsRDetal:Developmentoftype2diabetesfollowingintrauterinegrowthretardationinratsisassociatedwithprogressiveepigeneticsilencingofPdx1.JClinInvest118:2316-2324,2008(76)■氏か育ちか:「エピジェネティクスについて」を読んで■ある人が現在のようになったのは,遺伝のせいなのか,それとも生育環境なのかということが,しばしば「氏か育ちか?」という言葉で表されてきました.これは,本来は人間の性向についての言葉ですが,現在の生物学の命題を表す言葉としても適しています.つまり遺伝子型と環境要因のどちらが個体形成,疾患形成に重要であるかということです.ヒトゲノムが解読されるまでは,環境要因も重要であろうが,環境の影響も遺伝子型で説明できるであろうと考えられていました.しかし,すべてのゲノムが解読されても,遺伝子型では説明できない事象が多く報告されるようになりました.たとえば,Drosophilamelanogasterとい(77)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010649うハエの一種は,普通は白い眼をしています.ところが,これを一時的に37℃で育てると,その子は赤い眼になります.そして,その赤い眼のハエと,通常の白い眼のハエを交配させると,37℃で育てなくても赤と白の混じった眼になります.つまり,37℃で一時的に育てたという環境変化により,ハエの遺伝子型が変わってしまったのです.また,人でも似たようなことが2002年に報告されました.それはスウェーデンで行われた研究で,父方の祖父が思春期前に過食した経験があると,糖尿病による死亡率が有意に高まるというものです.つまり,ある人の行動(環境要因)が2世代後に影響するということになり,環境が遺伝子型を変化させたということになります.このような例は,つぎつぎと報告され,糖尿病,自己免疫疾患,血管病変,ひいては加齢性変化についても,環境が遺伝子型を変化させたと考えざるを得ない事象が数多く報告されるようになりました.これが,今回解説されているエピジェネティクスという概念で,詳細は柏木佳子先生がきわめてわかりやすく本稿で説明されています.ゲノム医学は植物から人間までを含む非常に大きな学問領域に成長しましたが,エピジェネティクスはそれ以上に大きな広がりをもつ学問領域になるであろうとされ,現在盛んに研究されています.現在の考え方では,環境要因+遺伝子型+エピジェノミクス型の総合的影響により個体は形成されるということになっています.「氏か育ちか?」の答えとしては,「両方」ということでしょうか.鹿児島大学医学部眼科坂本泰二☆☆☆

新しい治療と検査シリーズ 195.人工角膜Boston Keratoprosthesis

2010年5月31日 月曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.5,20106450910-1810/10/\100/頁/JCOPYと判断した.当院の倫理委員会で使用の承認を得て,患者に十分なインフォームド・コンセントをしたうえで,BostonKPro移植術を行った..実際の手術法BostonKProは,光学部であるフロントパーツ,人工角膜のキャリアとなる角膜移植片,フロントパーツを角膜移植片に固定するためのバックプレートおよびチタン製ロックリングから構成される(図1).フロントパーツは,PMMA製の光学レンズで,無水晶体眼では術前の眼軸長から前面の曲率が計算され,患者眼に合ったものをオーダーすることができる.角膜移植片は,通常8.5mmのトレパンで打ち抜いた後,直径3mm専用パンチで中心に穴を空けたものを用いる.光学系に影響しないため,混濁の有無は問題にならないとされている.バックプレートは,PMMA製の円形プレートで,前房水が交通できるように穴が開いており,角膜移植片へ栄養分の供給が可能となっている4).図1のように,フロントパーツに角膜移植片,バックプレートをはめ込み,ロックリングで固定して移植片を組み立てる.手術は,通常の全層角膜移植術と同様に,トレパンおよび角膜尖刀にて角膜を切除した後,作製した移植片を10-0ナイロン糸にて端々縫合で縫着する.術後は,全層角膜移植術後の管理に加え,コンタクトレンズの24時間連続装新しい治療と検査シリーズ(73).バックグラウンド全層角膜移植術は,水疱性角膜症や角膜白斑に対して有効な治療法であるが,拒絶反応,感染などの合併症により角膜移植片不全となり,再移植が必要となることがある.しかし,複数回の移植片不全の既往がある症例では,予後が不良であることが多い1).このような症例に対する治療の一つとして,人工角膜BostonKeratoprosthesis(以下,BostonKPro)が,1960年代にDohlmanらにより開発された2).BostonKProは,1992年にアメリカでFDA(食品医薬品局)の承認を受けており,適切な術後ケアにより,良好な視力の回復と長期の安全性が確認されている3)..新しい治療法BostonKProは,光学部がPMMA(ポリメチルメタクリレート)製の人工角膜で,角膜移植片に装着して用いられる.手術適応として,以下のことが推奨されている.・拒絶反応や移植片不全をくり返している.・通常の角膜移植では予後が厳しいと予想される.・視力が0.05以下である.・末期の緑内障や網膜.離,重篤な炎症がない.・瞬目が可能で涙液不全がない.当院で経験した症例を紹介する.〔症例〕66歳,男性.他院での左眼白内障手術後に水疱性角膜症を発症した.全層角膜移植術を2回行ったが移植片不全となり,当院受診.当院にて3回目の全層角膜移植術を行うも,拒絶反応をくり返し,再度移植片不全となった.左眼視力(VS)は0.02(n.c.).超音波B-mode検査にて特記すべき異常がなく,動的視野検査にて中心暗点や緑内障性変化がないことを確認し,BostonKPro移植術の適応195.人工角膜BostonKeratoprosthesisプレゼンテーション:森洋斉宮田和典宮田眼科病院コメント:稲富勉京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学ドナー角膜片フロントパーツバックプレートロックリング図1BostonKproの構成646あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010用と,永続的な抗生物質点眼(フルオロキノロン,バンコマイシン点眼併用)が必要となる5,6).以上のように,本症例に対してKPro移植術を行い,術後2週目で視力はVS=1.0(n.c.)が得られ,人工角膜およびキャリア角膜の生着も良好であった(図2).その後もドナー角膜片の融解,緑内障,重篤な感染症などの合併症はなく,術後17カ月で視力はVS=0.8(0.9×.0.75D)が維持されている..本方法の良い点BostonKPro移植術の最大の利点は,角膜内皮細胞機能不全の影響がないことである.ゆえに,複数回の角膜移植片不全をきたした患者の視力改善に対して有効な治療といえる.さらに,保存角膜で手術が可能であり,縫合による角膜乱視がない,眼内レンズの有無を問わないという利点もある.しかし,問題点がないわけではない.術後はソフトコンタクトレンズの連続装用や永続的な抗生物質点眼が必要となるため,その管理に注意を要する.また,眼圧測定が困難になるため,緑内障症例では定期的な眼底検査,視野検査が必須となる.ゆえに患者のコンプアライアンスや環境なども考慮して手術適応を決定する必要がある.BostonKProは現在も継続的に改良され,術後管理と合併症対策の確立への努力が行われている.複数回の移植片不全症例に対する治療として,わが国でも普及することが期待される.文献1)原田大輔,宮井尊史,子島良平ほか:全層角膜移植後の原疾患別術後成績と内皮細胞密度減少率の検討.臨眼60:205-209,20062)DohlmanC,SchneiderH,DoaneM:Prosthokeratoplasty.AmJOphthalmol77:694-700,19743)ZerbeB,BelinM,CiolinoJetal:ResultsfromthemulticenterBostonType1KeratoprosthesisStudy.Ophthalmology113:1779-1784.e1-7,20064)Harissi-DagherM,KhanB,DohlmanCetal:ImportanceofnutritiontocorneagraftswhenusedasacarrieroftheBostonkeratoprosthesis.Cornea26:564-568,20075)DohlmanC,Harissi-DagherM,KhanBetal:IntroductiontotheuseoftheBostonkeratoprosthesis.ExpertRevOphthalmol1:41-48,20066)BarnesS,DohlmanC,DurandM:FungalcolonizationandinfectioninBostonkeratoprosthesis.Cornea26:9-15,2007(74)図2BostonKPro移植術前(左)と移植後2週目(右)人工角膜およびキャリア角膜の良好な生着を認める.される術後感染症の予防には第4世代のニューキノロン点眼薬や抗真菌薬が使用され,ハイリスク症例にはバンコマイシンの局所投与が必須とされている.長期的予後を左右する続発緑内障に対してはシャント手術が第一選択とされているが,わが国ではなじみが薄い治療方法であるため,今後の普及の問題点の一つである.全層角膜移植では十分な治療効果が得られない再移植症例や輪部疲弊を合併する症例に対しては新しい治療選択として非常に期待されるが,デザインやサイズが欧米人を対象としてやや大きいため,日本人の角膜径や前房深度に適したデザインへの改良の必要性がありそうである.わが国で臨床応用されている人工角膜にはBostonKpro,歯根部利用人工角膜(OOKP),AlphaCorの3種類がある.そのなかでもBostonKproはDr.Dohlmanにより改良が進められ,昨年(2009)度より日本でも使用経験が報告され,今後の普及が最も期待される人工角膜である.BostonKproにはハイリスク眼の全層角膜移植に代わるKprotype1と涙液の存在しない瘢痕性角結膜症に適応があるKprotype2に分類される.いずれもフロントパーツとバックプレートによりドナー角膜をサンドイッチし,ドナー角膜を全層角膜移植と同様に縫合する.Kprotype1は術式として比較的容易であることが最大の利点である.術後のコンタクトレンズ装用が重要であるが,心配.本方法に対するコメント.

緑内障:プロスタグランジン製剤の併用療法

2010年5月31日 月曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.5,20106430910-1810/10/\100/頁/JCOPY●緑内障における多剤併用治療強力な眼圧下降作用をもつプロスト系のプロスタグランジン製剤(以下,PG製剤)の単独投与で目標眼圧に到達しない場合,薬剤切り替えないし併用投与が行われる.当初PG製剤単独で治療を開始した緑内障患者でも,1年以内に20%以上の患者が多剤併用治療を必要としたとの報告1)がある.眼圧の上昇・下降は緑内障進行のリスクに直結する.もしPG製剤単独で良好な眼圧コントロールが得られなかった場合,PG製剤と併用するセカンド・ラインの薬剤の選択が重要となる.PG製剤の併用薬としては,bブロッカー,コリン作動薬,炭酸脱水酵素阻害薬(CAI),およびaアゴニストがある.近年,全身性副作用や眼局所の副作用を考慮し,CAIやaアゴニストをPG製剤と併用した報告が多い.本稿では,CAIとPG製剤の併用効果に絞って解説する.●プロスタグランジン製剤と炭酸脱水酵素阻害薬の併用療法現在市販されているCAIは,ブリンゾラミドとドルゾラミドである.ブリンゾラミド(CAI)はラタノプロストあるいはトラボプロストと併用した場合,有意に眼圧を下降することが報告されている2.4).同じくドルゾラミド(CAI)とラタノプロストを併用した場合も,有意な眼圧下降を示すとされてる5).最近筆者らは,CAIとPG製剤,およびbブロッカーとPG製剤の併用効果を比較するため,以下の臨床試験を行ったので報告する6).対象は3カ月以上ラタノプロスト単剤投与を行った30名の開放隅角緑内障(POAG)患者である.これらPOAG患者は当初チモロールとラタノプロストの併用治療を3カ月間行い,1回目の眼圧日内変動を測定した.その後,ブリンゾラミドとラタノプロストの併用治療に切り替え,3カ月経過した時点で(71)●連載119緑内障セミナー監修=東郁郎岩田和雄山本哲也119.プロスタグランジン製剤の併用療法石川誠秋田大学大学院医学研究系医学専攻病態制御医学系眼科学講座プロスト系のプロスタグランジン製剤は1日1回の点眼で有意に眼圧が下降するため,緑内障および高眼圧症の治療におけるファースト・ラインの薬剤の一つである.しかし単剤で十分な眼圧下降を得られない場合,薬剤併用療法が必要となる.本稿では,プロスタグランジン製剤と炭酸脱水酵素阻害薬の併用療法について概説する.246810121416186AM9AM12PM3PM6PM9PM12AM3AM時刻眼圧(mmHg):Timolol+latanoprost:Brinzolamide+latanoprost************図1チモロール併用群(Timolol+latanoprost)とブリンゾラミド併用群(Brinzolamide+latanoprost)の眼圧日内変動の比較(文献6より)*p<0.05,**p<0.01,***p<0.001,mean±SE(pairedt-test).68101214161824時間平均日中夜間眼圧(mmHg):Timolol+latanoprost:Brinzolamide+latanoprost******図2チモロール併用群(Timolol+latanoprost)とブリンゾラミド併用群(Brinzolamide+latanoprost)の24時間平均眼圧,日中眼圧,夜間眼圧の比較(文献6より)*p<0.05,**p<0.01,***p<0.001,mean±SE(pairedt-test).644あたらしい眼科Vol.27,No.5,20102回目の眼圧日内変動を測定した.1回目と2回目の眼圧日内変動を比較した結果,ブリンゾラミドとラタノプロスト併用群(ブリンゾラミド併用群)がチモロールとラタノプロスト併用群(チモロール併用群)と比較して眼圧下降効果が有意に優れていることが明らかになった(図1).ブリンゾラミド併用群はチモロール併用群と比較して特に夜間眼圧の下降効果が高く(図2),脈拍抑制など全身的副作用も少なかった.以上から,ブリンゾラミドとラタノプロストの併用治療は,チモロールとラタノプロストの併用治療と比較して,眼圧下降効果と安全性に優れていると考えられた.文献1)CovertD,RobinAL:Adjunctiveglaucomatherapyuseassociatedwithtravoprost,bimatoprost,andlatanoprost.CurrMedResOpin22:971-976,2006(72)2)ShojiN,OgataH,SuyamaHetal:Intraocularpressureloweringeffectofbrinzolamide1.0%asadjunctivetherapytolatanoprost0.005%inpatientswithopenangleglaucomaorocularhypertension:anuncontrolled,openlabelstudy.CurrMedResOpin21:503-508,20053)NakamotoK,YasudaN:Effectofconcomitantuseoflatanoprostandbrinzolamideon24-hourvariationofIOPinnormal-tensionglaucoma.JGlaucoma16:352-357,20074)AbeK,KashiwagiK:Additiveeffectofbrinzolamideondiurnalchangesinintraocularpressureinlatanoprosttreatedeyes.OpenOphthalmolJ2:160-164,20085)MaruyamaK,ShiratoS:Additiveeffectofdorzolamideorcarteololtolatanoprostinprimaryopen-angleglaucoma:aprospectiverandomizedcrossovertrial.JGlaucoma15:341-345,20066)IshikawaM,YoshitomiT:Effectsofbrinzolamidevstimololasanadjunctivemedicationtolatanoprostoncircadianintraocularpressurecontrolinprimaryopen-angleglaucomaJapanesepatients.ClinOphthalmol3:493-500,2009☆☆☆お申込方法:おとりつけの書店,また,その便宜のない場合は直接弊社あてご注文ください.メディカル葵出版年間予約購読ご案内眼における現在から未来への情報を提供!あたらしい眼科2010Vol.27月刊/毎月30日発行A4変形判総140頁定価/通常号2,415円(本体2,300円+税)(送料140円)増刊号6,300円(本体6,000円+税)(送料204円)年間予約購読料32,382円(増刊1冊含13冊)(本体30,840円+税)(送料弊社負担)最新情報を,整理された総説として提供!眼科手術2010Vol.23■毎号の構成■季刊/1・4・7・10月発行A4変形判総140頁定価2,520円(本体2,400円+税)(送料160円)年間予約購読料10,080円(本体9,600円+税)日本眼科手術学会誌(4冊)(送料弊社負担)【特集】毎号特集テーマと編集者を定め,基本的事項と境界領域についての解説記事を掲載.【原著】眼科の未来を切り開く原著論文を医学・薬学・理学・工学など多方面から募って掲載.【連載】セミナー(写真・コンタクトレンズ・眼内レンズ・屈折矯正手術・緑内障・眼感染アレルギーなど)/新しい治療と検査/眼科医のための先端医療他【その他】トピックス・ニュース他■毎号の構成■【特集】あらゆる眼科手術のそれぞれの時点における最も新しい考え方を総説の形で読者に伝達.【原著】査読に合格した質の高い原著論文を掲載.【その他】トピックス・ニューインストルメント他株式会社〒113.0033東京都文京区本郷2.39.5片岡ビル5F振替00100.5.69315電話(03)3811.0544http://www.medical-aoi.co.jp

屈折矯正手術:フェムトセカンドレーザーVisuMaxによる近視矯正手術:FLEx

2010年5月31日 月曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.5,20106410910-1810/10/\100/頁/JCOPY●VisuMaxについてフェムトセカンドレーザー(以下,FSレーザー)は1,000兆分の1秒の超短パルスを発生する波長1,053nmの近赤外線レーザーである.光切断(photo-disruption)した点を連続させて間隙を作ることにより,組織内での精度の高い切削が可能である.組織の障害もきわめて少ない.その性質を利用して,眼科領域では,LASIK(laserinsitukeratomileusis)において,フラップを作製する際にマイクロケラトームに代わり用いられるようになった.より精密に,少ない誤差で設定した厚みのフラップが作製できることにより,近年導入する施設が増加している.CarlZeissMeditec社(以下,CZM社)は2007年にFSレーザーVisuMaxを開発した.その特長として,①レーザー発振部はファイバーであり,安定している,②従来のFSレーザーに比べ,照射のスポットサイズが小さく,1パルス当たりのエネルギー量が少なく,照射スピードが速い(200.500KHz),③光学系を大きく取ることにより,深部に至るまでフォーカスが正確,④角膜との接触部位であるコンタクトレンズが,角膜のカーブに合わせて作られているので,正確な三次元的切除が可能,などがあげられる.●FLEx(FemtosecondLenticuleExtraction)について前述の性質を利用して,角膜実質をエキシマレーザーによって蒸散させて切除するのではなく,FSレーザーによってレンチクルとして切除することによる屈折矯正技術がCZM社によって開発され,すでに臨床応用が始まっている(図1).FemtosecondLenticuleExtractionの頭文字をとってFLExとよばれている.その利点として,①FSレーザーのみでLASIKが行える(経済性),②エキシマレーザーに比べて温度・湿度など環境による影響を受けにくく(キャリブレーション不要)常に安定した矯正が行える,③一度にフラップ作製と実質切除が行われるため手術が短時間で終了する,④狙いどおりの三次元的形状で切除できるため,角膜のProlate形状を保つことが可能となり,術後の収差に優位である,⑤1μm単位の精度での切削が可能なことより高精度なCustom矯正へ発展が期待できる,などがあげられる.また,昨年にはさらに切開創を3mmまで小さくするSmallIncisionFemtosecondLenticuleExtraction(SMILE)も発表された.SMILEでは,傷が小さいため,⑥視力回復がより速い,⑦角膜のバイオメカニカルな安定性が保たれるので,さらに強度な近視への対応も期待できる,⑧知覚神経を温存できることからドライアイになりにくい,などの利点もあげられる.●FLExの術式(図2~4)①まず最深部であるレンチクル後面を切断.②レンチクル前面に続けてフラップ面の切断.③FLExは全体のサイドカット,SMILEは下方80°のみのサイドカット.④レンチクルをスパーテルで分離した後,鑷子にて除去.⑤フラップを戻して終了.(69)屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─●連載120監修=木下茂大橋裕一坪田一男120.フェムトセカンドレーザーVisuMaxによる近視矯正手術:FLEx中村友昭名古屋アイクリニックFLExはフェムトセカンドレーザーのみでLASIK(laserinsitukeratomileusis)を行う新技術である.角膜実質をエキシマレーザーによって蒸散させて切除するのではなく,フェムトセカンドレーザーによってレンチクルとして切除することにより屈折矯正を行う.切開創のほとんどない,より安全なLASIKに発展する可能性もある.図1FLEx(FemtosecondLenticuleExtraction)642あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010●手術結果当院ではまだ施行実績はないので,2006年よりVisuMaxを使用しFLExを行っているドイツのSekundoらによる報告1)を示す.6カ月以上経過の追えた10眼.平均等価球面度数.4.73±1.48D.術後は.0.33±0.61D.90%が±1.0D以内に,40%が±0.5D以内.2段階以上の矯正視力の低下はなし.術中合併症はなし.術後合併症としてはフラップ周辺のストリエが2例,一過性の層間のヘイズを6例に認めるもその後改善.DLK(diffuselamellarkeratitis)はなく,光過敏症などの症状を訴えるものはなかった.初期の成績で矯正精度は決して高くはないが,その安全性は確認できる.その後の多施設での短期報告であるが,症例数は164眼と増え,平均等価球面度数.4.62±2.03Dから術後は.0.04±0.42D.矯正精度は±0.5D以内に収まったものは86%(図5).裸眼視力20/32以上が94%,矯正視力は95%が不変か向上と,良好な成績を得ている.Shahによる2010年のASCRS(米国白内障・屈折手術会議)でのSMILEの発表では,術後6カ月追えた423眼.平均等価球面度数.4.56±2.04Dが,術後は.0.00±0.26D.矯正視力は92%が不変か向上,と報告している.おわりにFSレーザーは今後多くの眼科手術に応用されるようになってくると思われるが,LASIKへの応用としての一つの形であるFLEx.さらなる進化により,究極のLASIKとして,切開創のない組織内切除が可能になる日が訪れることは,それほど遠くはないかもしれない.文献1)SekundoW,KunertK,RussmannCetal:Firstefficacyandsafetystudyoffemtosecondlenticuleextractionforthecorrectionofmyopia:six-monthresults.JCataractRefractSurg34:1513-1520,2008(70)レンチクル後面作製のための深い切開を行うレンチクル前面とフラップの作製を行うフラップのサイドカットを行うフラップを起こし,レンチクルを取るヒンジレンチクル1.3.2.4.Fslaser80°の切開のみ01234567891011120123456789101112AttempteddeltaSRequiv.(D)Achieved(D)OvercorrectedUndercorrected(n=164)y=1.03x-0.01R2=0.97図2FLExの手術シェーマエキシマレーザーを用いず,角膜実質をフェムトセカンドレーザーによりレンチクルとして切除することにより,屈折矯正を行う.図3レンチクル切除屈折矯正を行うため切除する角膜実質は一体(レンチクル)として.がすことができる.図4SMILEフラップのサイドカットを下部の80°(約3mm)のみ行い,そこから光切断した角膜実質(レンチクル)を引き出す.図5FLExの術後矯正精度軽度から高度に至るまで,ほとんどの症例が±1.0Dに収まり,±0.5D以内は86%と,良好な矯正精度といえる.(Sekundoらによる多施設の臨床研究より)

多焦点眼内レンズ:回折型多焦点眼内レンズとコントラスト感度

2010年5月31日 月曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.5,20106390910-1810/10/\100/頁/JCOPY多焦点眼内レンズ(IOL)挿入例では,良好な遠方および近方の裸眼視力が得られても,コントラスト感度低下による見え方への不満が危惧されている.約20年前に多焦点IOLが登場した際,乱視のコントロールやIOL度数決定の精度が劣っていたことに加え,コントラスト感度という視力以外の視機能への眼科医の理解が不十分であったため,多焦点IOLが順調に普及しなかったといえる.近年,先進医療として承認された多焦点IOLはさらに普及すると思われるが,適応や術後成績の判断においてコントラスト感度の影響を十分に把握しておくことが重要と思われる.回折型多焦点IOLにおけるコントラスト感度回折型多焦点IOL挿入眼でコントラスト感度が理論どおり低下しているかは,VectorVision社製CSV-1000のような市販されているコントラスト測定装置で確認できる.回折型多焦点IOLでは,IOL光学部を通った光線を遠方と近方の2つの焦点に分けることで,遠方のみならず近方が見えるが,その分,コントラスト感度が低下しやすい.単焦点IOLと比較して,どのくらいコントラスト感度が低下しているかを確認するため,テクニスマルチフォーカル(ZM900,AbbotMedicalOptics社製)挿入眼と同素材の単焦点IOL(Z9000,AbbotMedicalOptics社製)挿入眼で比較したところ,多焦点IOL挿入例では中.高周波領域で低下していた.しかし,両眼挿入によりコントラスト感度は上昇し,全周波数領域において正常範囲内であった(図1).コントラスト感度低下と実際の見え方多焦点IOL挿入後に,何となく見えにくい,水の中で見ている感じ,膜がかかった感じというのが不満症例の代表的な問題である.このような場合,視力に加えコントラスト感度検査を行っておくと,見えにくさの原因がわかりやすい.コントラスト感度は,各周波数領域での値以外に,コンピュータを用いて画像のコントラストを変えることで実際の見え方への影響が実感できる.たとえば,図2に示すように30%コントラストを落とすと全体の見え方が劣る.視力検査では,100%に近い高コントラスト視標を用いているため,コントラスト感度が低下していても良好な結果が得られる.(67)●連載⑤多焦点眼内レンズセミナー監修=ビッセン宮島弘子5.回折型多焦点眼内レンズとコントラスト感度吉野真未東京歯科大学水道橋病院眼科回折型多焦点眼内レンズ(IOL)挿入において,術後のコントラスト感度について理解しておくことが重要である.回折型多焦点IOL挿入眼では,回折デザインにより単焦点IOL挿入眼よりもコントラスト感度低下が起こりやすく,特に高周波数領域に多い.視力検査結果が良好であっても見えにくさを訴える例ではコントラスト感度低下に留意する.このコントラスト感度は,両眼挿入すると片眼ずつよりも向上し,ほとんどの症例で年齢層の正常範囲内に入る.:多焦点(ZM900):単焦点(Z9000)低周波数高周波数SpatialFrequency―(CyclesPerDegree)CSV-1000ContrastSensitivity図1多焦点IOL挿入眼と単焦点IOL挿入眼のコントラスト感度の比較多焦点IOL挿入眼のコントラスト感度は,中~高周波数領域では低下していたが正常範囲内であった.640あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010コントラスト感度の経時的変化多焦点IOL挿入後のコントラスト感度は,時間経過によって変化するのだろうか?術後早期にコントラスト感度低下がみられた症例でも,時間経過とともにコントラスト感度が改善されるのだろうか?あるいは,コントラスト感度が良好な症例でも長期の経過において低下するのだろうか?術翌日から1カ月後のコントラスト感度を比較したところ,高周波数領域でのみ術翌日と1カ月後に有意差を認めたが,それ以外は統計学的有意差を認めず,術後早期からコントラスト感度は安定していた(図3).さらに,術3カ月後と2年後で比較すると,2年後も有意な低下はなく,視機能は保たれていた(図4).多焦点IOL挿入眼においては,軽度の後発白内障でも視機能への影響を受けやすく,視力低下よりも先にコントラスト感度が低下しやすいので,経過観察において留意すべきである.適応への注意事項コントラスト感度低下の可能性があるため,適応に注意する.視力同様,片眼より両眼挿入においてコントラスト感度が上がるので,片眼挿入後,見え方に不満がある例でも両眼挿入により改善されることを考慮すべきである.もともとコントラスト感度が低下している可能性がある緑内障例や眼疾患合併例に注意する.すでに低下(68)しているコントラストがさらに低下すると非常に見えにくくなる可能性が高い.瞳孔径が非常に小さい症例では,眼内に入る光量が制限されており,回折型の欠点といえるコントラスト感度低下が著明になり,日常生活に影響がでることがある.図2画像のコントラストコントラストを30%落とすと,物の輪郭や色がぼやけて全体的な見え方が劣る.オリジナル画像.30%コントラスト画像..SpatialFrequency―(CyclesPerDegree)CSV-1000ContrastSensitivity:術翌日:術1週後:術1カ月後図3多焦点IOL挿入後早期のコントラスト感度高周波領域で術翌日と術1カ月後に有意差を認めた(*)が,それ以外の周波数では有意差はなく,術後早期より安定していた.SpatialFrequency―(CyclesPerDegree)CSV-1000ContrastSensitivity:術3カ月後:術2年後図4多焦点IOL挿入後長期におけるコントラスト感度術2年後において,術3カ月後と比較してコントラスト感度の低下は認めなかった.

眼内レンズ:眼内レンズ表面におけるアルブミン膜形成

2010年5月31日 月曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.5,20106370910-1810/10/\100/頁/JCOPY後房型眼内レンズ(IOL)がわが国で普及し始めた1980年代前半から,IOL前面(前房側)の付着物については,さまざまな検討がなされてきた1.6).広川らはIOL表面の細胞性付着物の有無は前眼部炎症所見の多寡に左右されると述べている3)が,白内障手術機器や術式が洗練された現在,術後のIOL表面に著明な付着物を観察する機会は減少している.付着物は多核巨細胞が主であるが,出現頻度は約5.10%であり高いものではない7,8).さらに膜状付着物の出現は,緑内障手術併施例や狭隅角緑内障,ぶどう膜炎の症例など手術侵襲が通常症例よりも大きい症例に限定される9.11).今回,加齢黄斑変性症に合併した硝子体・脈絡膜下出血の症例に硝子体手術・IOL挿入術施行後,著明な前房出血の滞留が生じ,術後17日目に摘出したIOLの表面にアルブミンと考えられる膜状付着物が観察された症例を経験したので供覧する.●症例:59歳,女性.経過:加齢黄斑変性症の診断にて,抗VEGF(血管内皮増殖因子)薬の硝子体内投与を予定したが,硝子体出血が出現,2009年1月9日右眼硝子体切除術+水晶体乳化吸引術+IOL(エタニティーTMX-70,参天製薬)を施行した.術中高度の脈絡膜下出血が認められたため,シリコーンオイルを術終了時に注入した.術翌日より前房出血を認め前房洗浄にて消退がみられなかった.術後17日目,硝子体切除術施行,術中に眼底視認性の改善が得られなかったため,IOLの摘出を行った.●摘出IOLの観察・付着物の解析摘出したIOLを実体顕微鏡にて観察すると,前.切開窓に相当する部分に付着物が認められた(図1).この付着物は膜状であり膜の下にはIOLの透明な光学部が確認された(図2).さらに付着物を強拡大で観察すると(65)血球成分と膜状の血漿成分が確認された(図3).また,付着物を採取し,IR(赤外線)スペクトルを測定した結果,付着物のスペクトルは,ウシ血清アルブミンのスペクトルとピーク位置がほぼ一致していた(図4).ウシ血清アルブミンとヒト血清アルブミンのIRスペクトルは類似するため,付着物は血清アルブミンである可能性が高いと結論した.●ハイドロジェルIOLの光学部混濁(カルシウム沈着による白濁)との差異IOLへの異物沈着や付着により,眼底観察が困難な程度にまでレンズ光学部が混濁する原因として,親水性小早川信一郎熊代俊東邦大学医療センター大森病院眼科眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎285.眼内レンズ表面におけるアルブミン膜形成17日間滞留した前房出血の症例から摘出した眼内レンズ(IOL)表面に膜状付着物が観察された症例を経験した.IOL表面には膜状物が強固に付着しており,光学部の混濁はなかった.付着物のIR(赤外線)スペクトル解析により,アルブミンによる膜形成である可能性が高いと思われた.図2付着物と眼内レンズ光学部(走査型電子顕微鏡)図1摘出眼内レンズ(実体顕微鏡)IOLへのカルシウム沈着12)や星状硝子体症の症例におけるシリコーンIOLの石灰化が報告されている13).本症例にみられたのは膜状の付着物で,付着物を.離すると光学部は透明であり,カルシウム沈着による白濁とはまったく異なる.現時点でアルブミン膜形成の原因は遷延化した前房出血によるものと考えられるが,今後,アルブミン付着(膜形成)という観点においてもIOL素材を検討する必要があると思われた.文献1)大原国俊:Foreignbodygiantcellを思わせる眼内レンズ前面の付着物.臨眼38:928-929,19842)上総良三,山中昭夫,森野以知朗ほか:眼内レンズの生体適合性に関するレンズ上付着物の意義.あたらしい眼科4:265-269,19873)広川仁則,野川秀利,馬嶋慶直:摘出人工水晶体付着物の顕微鏡的観察.IOL1:107-112,19874)上野脩幸,玉井嗣彦,目代康子ほか:有色家兎眼移植人工水晶体表面付着細胞の電顕的観察移植後早期例について.日眼会誌92:1335-1348,19885)菅井滋,石橋達朗,久保田敏昭ほか:眼内レンズ表面付着物の細胞同定.日眼会誌94:937-940,19906)松下恵理子,小浦裕治,西野耕司ほか:眼内レンズの交換が必要であったぶどう膜炎の1例.臨眼61:1715-1718,20077)VasavadaAR,ShastriLR,RajSMetal:CellresponsetoAcrySofintraocularlensesinanIndianpopulation.JCataractRefractSurg28:1173-1181,20028)Mullner-EidenbockA,AmonM,SchauersbergerJetal:Cellularreactionontheanteriorsurfaceof4typesofintraocularlenses.JCataractRefractSurg27:734-740,20019)ChoiJ,KimTW:Pigmented-membraneformationonacrylicintraocularlensesafterphacoemulsification.AmJOphthalmol139:912-914,200510)ChangBY,LohR,SavidesRetal:Incidenceofanteriorlensprecipitatesaftercombinedphacotrabeculectomy.JCataractRefractSurg26:398-401,200011)FriedrichY,RanielY,LubovskyEetal:Latepigmentedmembraneformationonsiliconeintraocularlensesafterphacoemulsificationwithorwithouttrabeculectomy.JCataractRefractSurg25:1220-1225,199912)小早川信一郎,大井真愛,丸山貴大ほか:白色混濁を呈したハイドロジェル眼内レンズ.眼科手術16:419-426,2003図3付着物(走査型電子顕微鏡)矢印が好中球,矢頭はリンパ球.10.750.50.2500.6000.550.500.450.400.350.300.250.200.150.100.050.00AbsAbs4,0004,0003,6003,2002,8003,3002,9612,4002,0001,8001,6001,4001,2001,000800700.03,0002,0001,5001,000(1/cm)(1/cm)3,299.301,654.951,539.221,394.561,240.251,6561,3921,528図4IR吸光度上:ウシ血清アルブミン,下:膜状付着物.

コンタクトレンズ:私のコンタクトレンズ選択法 ベベルトーリックハードコンタクトレンズ(サンコンタクトレンズ)

2010年5月31日 月曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.5,20106350910-1810/10/\100/頁/JCOPY●中程度・強度乱視眼へのコンタクトレンズ処方3ジオプトリー(D)を超える乱視眼は,例外的に乱視用トーリックソフトコンタクトレンズで対応できる場合もあるが,基本的にはハードコンタクトレンズ(HCL)の適応ということになる.これまでの経験では,中程度以上の乱視眼においてはラージサイズの球面HCLが有効であったり,後面トーリックHCLが有効であることが多かったが,いずれのレンズを用いても良好な装用感が得られなかった症例もあった.その理由は,本セミナー297(Vol.26,No.3,p341-342)で示したように,角膜乱視の及ぶ範囲によって角膜乱視は周辺部型(図1),(63)中央部型(図2),混合型(図3)の3タイプに分類され,ラージサイズHCLは中央部型には対応できるが周辺部型や混合型には対応できず,後面トーリックHCLは周辺部型には対応できない場合があるからである.そして,この分類は倒乱視眼にも適用することができる.サンコンマイルドIIツインベルタイプのダブルベベル部位をトーリック状に作製したベベルトーリックHCL(図4)は,3つのタイプの角膜乱視に対応することができる画期的なデザインを有したレンズであり,中程度以上の角膜乱視眼にはファーストチョイスのレンズということができる.小玉裕司小玉眼科医院コンタクトレンズセミナー監修/小玉裕司渡邉潔糸井素純私のコンタクトレンズ選択法311.ベベルトーリックハードコンタクトレンズ(サンコンタクトレンズ)図1周辺部型(タイプI)角膜乱視が周辺部にまで及んでいる.図2中央部型(タイプII)角膜乱視が中央部に限局している.図3混合型(タイプIII)角膜乱視が一方は周辺部まで及び,直交する他方は中央部に限局している.図4ベベルトーリックHCLのイメージ図サンコンマイルドIIツインベルタイプのレンズのダブルベベル部位がトーリック差を付けてデザインされている.PCIC2IC1IC3フロントベベルIC1BCIC3IC2PCIC:IntermediatecurvePC:Peripheralcurve図5ベベルトーリックHCL断面のイメージ図たとえば,ベースカーブ(BC)8.0mmでトーリック差を0.4にすると,垂直方向はツインベルタイプのBCより0.4mm小さい7.60mmのBCのときのゲタの高さ(赤い部分)になる.636あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(00)●ベベルトーリックHCLの特徴サンコンマイルドIIツインベルタイプのダブルベベル部位をトーリック状に作製したベベルトーリックHCL(図5)は,レンズ全周におけるベベル幅を均一にすることによってレンズの装用感改善を目論んでいる(図6).また,この目論みはHCLの3時・9時ステイニングおよびそのステイニングが影響を及ぼすことで悪化した瞼裂斑炎の改善という目的にも応用できる(図7,8).ベベルトーリックHCLのサイズは8.5mm,8.8mm,9.0mm,9.3mm,10.0mmの5種類が用意されており,ダブルベベル部位のトーリック差の指定も可能であり,すべてのタイプおよび,あらゆる程度の角膜乱視眼に処方することができる.●具体的な症例患者:18歳,女性.良好な視力を希望.左眼視力:0.3p(1.2p×S.4.00D(C.2.50DAx180°)左眼角膜曲率:8.08mm(41.80D)178°7.18mm(47.00D)88°左眼角膜乱視タイプ:周辺部型.最終処方レンズ:8.25/.4.50/9.0トーリック差0.3この症例ではラージサイズHCLでは装用感が強く,後面トーリックHCLで装用感は改善したものの,ベベルトーリックHCLではじめて装用可能になった(図6).図7中程度乱視眼における球面HCL装用による3時・9時ステイニングと瞼裂斑炎2.68Dの角膜乱視眼に対して7.80/-2.5/8.8の球面HCLを処方し,経過観察中,3時・9時ステイニングと瞼裂斑炎の悪化を認めたため,800/.1.25/9.0(トーリック差0.2)のベベルトーリックHCLを処方した.図8図7の症例の1カ月後3時・9時ステイニングはほぼ消滅し,瞼裂斑炎もかなり改善した.図6症例1:タイプIに対するベベルトーリックHCLの処方8.25/-4.5/9.0(トーリック差0.3)のベベルトーリックHCLを処方した.全周のベベル幅がほぼ均一となり異物感は大幅に減少した.

写真:結膜封入囊胞

2010年5月31日 月曜日

あたらしい眼科Vol.27,No.5,20106330910-1810/10/\100/頁/JCOPY(61)写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦312.結膜封入.胞加藤弘明*1横井則彦*2*1国立長寿医療研究センター眼科*2京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学図1結膜封入.胞(71歳,女性)左眼の下方球結膜に半透明なドーム状の隆起病変を2つ認める.図3摘出された結膜封入.胞.壁は薄く,内腔はやや混濁した液体で満たされている.図4前眼部光干渉断層計(ASOCT)による観察所見2つの.壁の全体像を明確に追うことができ,.胞内腔は不均一な高輝度の像として観察される.**図2図1のシェーマ*:隆起病変.634あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(00)結膜封入.胞は球結膜にみられる半透明なドーム状の隆起性病変であり,外傷や手術を契機として結膜上皮が上皮下の粘膜固有層に迷入することによって生じるとされるが,原因不明であることも多い1)..胞壁は平滑で薄く,組織学的には結膜上皮に由来すると考えられる1.2層から数層の非角化上皮によって構成され,PAS(periodicacidSchiff)染色で陽性を示す杯細胞(gobletcell)がみられることもある..胞内容物は透明もしくはやや混濁した液体で,ケラチン,ムチン,上皮のdebrisなどが含まれており,debrisが溜まって.内で沈殿するとpseudohypopionを形成することもある2).結膜封入.胞は日常的によくみられる疾患であり,鑑別診断としてリンパ管拡張症・リンパ.胞,貯留.胞があげられる.リンパ管拡張症は文字通り結膜のリンパ管が拡張するものであるが,.胞状の形態をとるとリンパ.胞とよばれる.しかし,両者の区別はむずかしいところもある.これらは原因が明確でない特発性のものと,眼窩内占拠性病変によるリンパ液の流れのうっ滞が原因で生じる続発性のものとに分けられる3).また,拡張したリンパ管内に出血を伴うことがあり,その場合は出血性リンパ管拡張症とよばれる.貯留.胞は副涙腺の導管の閉塞が原因で涙液が貯留し.胞を形成するもので,しばしば炎症性結膜疾患に合併してみられる4).結膜封入.胞の確定診断は病理組織学的に行われるため,細隙灯顕微鏡による観察のみではその診断は容易ではないが,筆者らの最近の検討では,前眼部光干渉断層計(ASOCT)を用いれば,顆粒状の高輝度を示す.胞の内腔像やその輪郭を追うことのできる.壁の全体像が得られることを見出しており,これらの所見が鑑別診断に役立つ可能性を示唆している5).上記のいずれの.胞性疾患も臨床的には“結膜.胞”という診断で,鑑別されずに経過観察されるか,穿刺がくり返されることが多いと推察されるが,結膜封入.胞は穿刺を行っても被膜が残存するため,再発をくり返す可能性が高い.そのため症状がなければ経過観察でよいと思われるが,患者が異物感や整容上の問題を訴える場合は外科治療の適応となる.治療方法としてはインドシアニングリーンを用いて.胞を可視化させて摘出する方法6)や,結膜に小切開を入れてマイクロスポンジで.胞を押し出す方法5)などが報告されている.本症例では,ASOCT(VisanteTM)による観察で,.壁の輪郭を追うことができ,かつ,.胞内の高輝度所見を認めたため,結膜封入.胞と診断して全摘出を行った.ベノキシールRにて点眼麻酔後,出血予防のためにボスミンR点眼を行い,スプリング剪刀で結膜に小切開を加えて,無鈎鑷子で.胞壁をつかんで全摘出した..胞はASOCTで観察された2個ともうまく摘出することができた.摘出された.胞は,いずれも病理組織学的にも結膜封入.胞と診断された.文献1)ShieldsJA,ShieldsCL:Conjunctivalepithelialinclusioncyst.Eyelid,ConjunctivalandOrbitalTumors,AnAtlasandTextbooksecondedition,p406-407,LippincottWilliamsandWilkins,aWoltersKluwerbusiness,Philadelphia,20082)WilliamsBJ,DurcanFJ,MamalisNetal:Conjunctivalepithelialinclusioncyst.ArchOphthalmol115:816-817,19973)ShieldsJA,ShieldsCL:Conjunctivallymphangiectagiaandlymphangioma.Eyelid,ConjunctivalandOrbitalTumors,AnAtlasandTextbooksecondedition,p354-357,LippincottWilliamsandWilkins,aWoltersKluwerbusiness,Philadelphia,20084)DuranJA,CuevasJ:Cystofaccessorylacrimalgland.BrJOphthalmol67:485-486,19835)寺尾信宏,横井則彦,丸山和一ほか:前眼部光干渉断層計を用いた結膜封入.胞の観察と治療.あたらしい眼科27:353-356,20106)KobayashiA,SaekiA,NishimuraAetal:Visualizationofconjunctivalcystbyindocyaninegreen.AmJOphthalmol133:827-828,2002

マイボーム腺機能不全の定義と診断基準

2010年5月31日 月曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY発の抑制,涙液安定性の促進,涙液の眼表面への伸展の促進,眼瞼縁における涙液の皮膚への流出の抑制,などの働きをしている(表1)1).マイボーム腺機能不全(meibomianglanddysfunction:MGD)という言葉は,1982年にGutgeselによりI背景マイボーム腺は瞼板内にあり上下の眼瞼縁に開口部を持つ脂腺である.マイボーム腺から分泌される脂質(meibum)は,眼瞼縁や涙液最表層に分布して,涙液蒸(55)627*ShiroAmano:マイボーム腺機能不全ワーキンググループ,東京大学大学院医学系研究科外科学専攻眼科学〔別刷請求先〕天野史郎:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学大学院医学系研究科外科学専攻眼科学あたらしい眼科27(5):627.631,2010c総説マイボーム腺機能不全の定義と診断基準DefinitionandDiagnosticCriteriaforMeibomianGlandDysfunction天野史郎*(マイボーム腺機能不全ワーキンググループ**)**マイボーム腺機能不全ワーキンググループ:天野史郎・有田玲子(東京大学),木下茂・横井則彦・外園千恵・小室青・鈴木智(京都府立医科大学)・島.潤・田聖花(東京歯科大学),前田直之・高静花(大阪大学),堀裕一(東邦大学),西田幸二・久保田久世(東北大学),後藤英樹(鶴見大学),山口昌彦(愛媛大学),小幡博人(自治医科大学),山田昌和(東京医療センター),村戸ドール・小川葉子・松本幸裕・坪田一男(慶應義塾大学)(順不同)〔本研究は,ドライアイ研究会の下に作られたMGDワーキンググループによる研究成果である.〕マイボーム腺機能不全(meibomianglanddysfunction:MGD)は重要な疾患であるが,定義や診断基準が定められていない.今回,MGDの定義,分類,診断基準を作成した.MGDの定義は,「さまざまな原因によってマイボーム腺の機能が瀰漫性に異常をきたした状態であり,慢性の眼不快感を伴う」である.MGDの分類としては,分泌減少型と分泌増加型がある.①自覚症状,②マイボーム腺開口部周囲異常所見,③マイボーム腺開口部閉塞所見,の3項目すべてを満たす場合に,分泌減少型MGDと診断する.②は血管拡張,粘膜皮膚移行部の前方または後方移動,眼瞼縁不整のうち少なくとも1つがある場合に陽性とする.③は,マイボーム腺開口部閉塞所見(plugging,pouting,ridge)があり,かつ拇指による眼瞼の中等度圧迫でマイボーム腺から油脂の圧出が低下している場合に陽性とする.Althoughmeibomianglanddysfunction(MGD)isanimportantdisease,itsdefinitionanddiagnosticcriteriaarenotdefinedasyet.JapanesespecialistsinMGDhavedeterminedthedefinition,classificationanddiagnosticcriteriaofMGD,thedefinitionbeingasfollows:Meibomianglanddysfunctionisadiseaseinwhichmeibomianglandfunctionisdiffuselyabnormal,duetovariouscauses,withaccompanyingchronicoculardiscomfort.MGDisclassifiedintohypo-secretoryandhyper-secretorytypes.Hypo-secretoryMGDshouldbediagnosedwhenallofthreecriteria(symptoms,abnormalfindingsaroundtheorificesandfindingsindicatingorificeobstruction)arepositive.Abnormalfindingsaroundtheorificesshouldbejudgedpositivewhenatleastoneofthreefindings(irregularlidmargin,vascularengorgementandanteriororposteriorreplacementofthemucocutaneousjunction)isrecognized.Findingsindicatingorificeobstructionshouldbejudgedpositivewhenbothfindingsindicatingmeibomianglandorificeobstruction(plugging,poutingandridging)anddecreasedmeibomiansecretionarerecognized.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(5):627.631,2010〕Keywords:マイボーム腺機能不全,定義,診断基準,ドライアイ.meibomianglanddysfunction,definition,diagnosticcriteria,dryeye.628あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(56)初めて使われて以来2),マイボーム腺機能に異常をきたした状態を呼称する際に臨床で使用されるようになっている.実際に眼不快感などの症状を主訴に眼科を訪れる患者のうちのかなりの割合でMGDがその原因となっており,多くの患者でqualityoflifeの低下をひき起こしていると考えられる.このようにMGDは臨床的に重要な疾患であるにもかかわらず,①炎症や常在細菌の関与を伴う場合と伴わない場合があり臨床像が多様である,②軽症例から重症例まで重症度が広範囲にわたる,③これまで定義や診断基準がなかった,④効果的な治療が少ない,などの理由で,眼科一般臨床においてあまり大きな注意を払われてこなかった.こうした背景をもとにMGDの定義や診断基準を作成しようという動きが国内に生まれ,2008年からドライアイ研究会(世話人代表:坪田一男)のもとにMGDワーキンググループ(代表:天野史郎)が作られた.MGDワーキンググループはこれまでに数回にわたる全体会議を行い,以下に示すMGDの定義,分類,診断基準を作成した.IIMGDの定義MGDの定義を表2に示す.MGDは原発性のものと,アトピー,Stevens-Johnson症候群,移植片対宿主病,眼感染症などに続発する場合がある.マイボーム腺に発生する疾患としては,霰粒腫,内麦粒腫などがある.これらが局所的な疾患であるのに対して,MGDはマイボーム腺機能が瀰漫性に障害されている.そして,MGDは眼不快感,乾燥感などの自覚症状を伴う.IIIMGDの分類MGDの分類を表3に示す.MGDは大きく分泌減少型と分泌増加型に分けられる.臨床における頻度は分泌減少型のほうが分泌増加型よりもはるかに高い.分泌減少型MGDは閉塞性,萎縮性,先天性などの原発性のものと,アトピー,Stevens-Johnson症候群,移植片対宿主病,トラコーマなどに続発するものがある.分泌減少型MGDでは,原発性のなかの閉塞性のものが最も頻度が高い.原発性のなかの閉塞性ではマイボーム腺導管内に過剰角化物が蓄積し,マイボーム腺脂の分泌が低下し,マイボーム腺の腺房の萎縮が徐々に進行する3).原発性のなかの萎縮性というのは導管の閉塞から続発するのではなく,腺房が原発性に萎縮するものを指す.続発性ではさまざまな原因によってマイボーム腺開口部の閉塞が起き,マイボーム腺脂の分泌が減少する.分泌増加型MGDも同様に,原発性のものと,眼感染症や脂漏性皮膚炎などに続発するものに分けられる.分泌増加型MGDではマイボーム腺からの油脂分泌が過剰になっているが,これを分泌減少型MGDの前段階と捉える考え方と,分泌減少型MGDとは別の疾患と捉える考え方があり,病態の理解に幅がある1).また,臨床の場においては,分泌減少型MGDのほうが,分泌増加型MGDよりも圧倒的に症例数が多い.こうした理由から,今回の提案のなかでは,分泌減少型MGDの診断基準のみを提案する.今後,分泌増加型MGDの病態の理解に関するコンセンサスがある程度固まってきた段階で,分泌増加型MGDの診断基準を提案することを予定している.IV分泌減少型MGDの診断基準分泌減少型MGDの診断基準を表4に示す.一般の眼科外来で施行可能な検査項目のみを診断基準に組み込んだ.分泌減少型MGDの診断に必要な項目は大きく分けて3つあり,1.自覚症状,2.マイボーム腺開口部周囲異常所見,3.マイボーム腺開口部閉塞所見である.これら3項目すべてを満たす場合に,分泌減少型MGDと診断する.分泌減少型MGDの自覚症状としては,眼不表1マイボーム腺分泌脂の働き1.涙液の蒸発を抑制する.2.涙液の安定性を促進する.3.涙液の眼表面への伸展を助ける.4.眼瞼縁における涙液の皮膚への流出を抑制する.5.平滑な涙液表面の形成を助ける.6.潤滑油としてまばたきの摩擦を減らす.表2マイボーム腺機能不全の定義さまざまな原因によってマイボーム腺の機能が瀰漫性に異常をきたした状態であり,慢性の眼不快感を伴う.表3マイボーム腺機能不全の分類1.分泌減少型①原発性(閉塞性,萎縮性,先天性)②続発性(アトピー,Stevens-Johnson症候群,移植片対宿主病,トラコーマ,などに続発する)2.分泌増加型①原発性②続発性(眼感染症,脂漏性皮膚炎,などに続発する)(57)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010629表4分泌減少型マイボーム腺機能不全の診断基準以下の3項目(自覚症状,マイボーム腺開口部周囲異常所見,マイボーム腺開口部閉塞所見)が陽性のものを分泌減少性MGDと診断する.1.自覚症状眼不快感,異物感,乾燥感,圧迫感などの自覚症状がある.2.マイボーム腺開口部周囲異常所見①血管拡張②粘膜皮膚移行部の前方または後方移動③眼瞼縁不整①.③のうち1項目以上あるものを陽性とする.3.マイボーム腺開口部閉塞所見①マイボーム腺開口部閉塞所見(plugging,pouting,ridgeなど)②拇指による眼瞼の中等度圧迫でマイボーム腺から油脂の圧出が低下している.①,②の両方を満たすものを陽性とする.図1マイボーム腺開口部周囲の血管拡張図5マイボーム腺開口部のridgepluggingの間を橋渡しするような分泌物の所見がある.図3眼瞼縁の不整下眼瞼の角膜と接触するラインが所々へこんだ不整なラインとなっている.図2粘膜皮膚移行部の前方移動リサミングリーンで染色される結膜が上眼瞼鼻側で前方移動している.図4マイボーム腺開口部のpluggingマイボーム腺開口部の閉塞所見.630あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(58)快感,異物感,乾燥感,圧迫感などが多い.分泌減少型MGDのマイボーム腺開口部周囲異常所見は血管拡張(図1),粘膜皮膚移行部の前方4)または後方移動5)(図2),眼瞼縁不整(図3)があり,これら3つの所見のうち少なくとも1つがある場合,マイボーム腺開口部周囲異常所見陽性とする.マイボーム腺開口部閉塞所見の判定においては,まず細隙灯顕微鏡でマイボーム腺開口部閉塞所見(plugging,pouting,ridgeなど.図4,5)があることを確認し,さらに拇指による眼瞼の中等度圧迫でマイボーム腺から油脂の圧出が低下していることを確認する.この2つの所見が両者ともあるときにマイボーム腺開口部閉塞所見が陽性であると判定する.眼瞼を圧迫して出てくるマイボーム腺脂の量や性状に関しては,半定量的な判定法が提案されてきた5.7).たとえば島.分類では,上眼瞼を拇指で圧迫して出るmeibumを,grade0:透明なmeibumが容易に出る,grade1:軽い圧迫で混濁したmeibumが出る,grade2:中等度以上の強さの圧迫で混濁したmeibumが出る,grade3:強い圧迫でもmeibumが出ない,の4段階に評価し,grade2以上を異常と考える.拇指による眼瞼の中等度圧迫でマイボーム腺から油脂の圧出が低下していること,という今回提案している判定を正しく行うためには,普段から正常者やMGD疑い患者などでの,圧迫時のマイボーム腺脂の分泌のされ方を観察し,マイボーム腺脂の分泌の程度を判定する目を養う必要がある.また,正常者や分泌減少型MGDでの眼瞼圧迫時のマイボーム腺脂の分泌のされ方を提示するビデオを,ドライアイ研究会のホームページ内に掲載したので,参考のためにご覧いただきたい.V分泌減少型MGDの診断に関する他の参考所見分泌減少型MGDの診断に必要な項目として,自覚症状,マイボーム腺開口部周囲異常所見,マイボーム腺開口部閉塞所見の3項目をあげたが,これ以外にも分泌減少型MGDの診断の参考となる検査所見があり,それらを表5に示した.マイボグラフィーは,翻転した瞼の裏から光を透過させたり,赤外線カメラや赤外線フィルターを用いて眼瞼を観察したりして,マイボーム腺の形態を観察する装置である8.12).分泌減少型MGDではマイボーム腺の脱落や短縮が観察され,分泌減少型MGDの診断に有用な検査である.涙液スペキュラーは涙液油層の分布や伸展動態を評価できる13,14).マイボメトリーは眼瞼縁にある貯留した油脂の量を定量的に評価できる15).涙液蒸発率測定は眼を密閉されたゴーグルで覆い,涙液の蒸発量を測定する検査で,分泌減少型MGDでは涙液油層の減少から涙液蒸発量の増加がみられる16.18).コンフォーカルマイクロスコープによる観察では,分泌減少型MGDでマイボーム腺房の拡大,密度減少がみられる19).以上の5項目の検査は,分泌減少型MGDの診断に有用な検査であるが,通常の眼科外来には置かれていない特殊な検査機器が必要であるため,今回の診断基準には含めなかった.今後これらの検査機器のうち一般の眼科外来に広まるものが現れれば,診断基準に組み込まれていく可能性がある.分泌減少型MGDは涙液油層の減少から蒸発亢進型ドライアイになる.その結果として現れる角膜中央より下方の上皮障害や涙液層破壊時間の短縮といった蒸発亢進型ドライアイとしての所見も分泌減少型MGDの診断の参考となる.診断基準に含まれる自覚症状,細隙灯顕微鏡検査に加えて,この項で述べた各種検査のMGD診断における有効性を検討したこれまでの研究に関して,本ワークショップの参加者が各項目を担当して調査を行った.その結果は,本稿に含めるには量が大部なため,ドライアイ研究会のホームページに掲載した.VIMGDと他疾患概念との関係MGDには,涙液油層減少から生じる蒸発亢進型ドライアイとしての側面20)と,マイボーム腺開口部周囲の炎症や導管内脂質過剰蓄積などの側面がある.ただし,涙液量や病期や重症度によってドライアイあるいは炎症を伴わない場合もある.MGDと後部眼瞼炎とは互いに重なり合う部分が大きい.一方ドライアイは,蒸発亢進型と涙液分泌減少型がありMGDは主として蒸発亢進型の原因となるのでドライアイのうちの半分も重ならないであろう.したがってMGD,ドライアイ,後部眼瞼炎の関表5分泌低下型MGDの診断に関する他の参考所見1.マイボグラフィーでマイボーム腺が脱落,短縮.2.涙液スペキュラー油層所見が欠損.3.マイボメトリーで貯留油脂量が減少.4.涙液蒸発率測定で蒸発量亢進.5.コンフォーカルマイクロスコープで腺房拡大,腺房密度減少.6.角膜中央より下方の上皮障害.7.涙液層破壊時間が減少.(59)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010631係を概念図として表すと図6のようになる.一方,マイボーム腺炎(meibomitis)という呼称もある.この呼称の指す内容は研究者によって違っており,たとえば海外の一部の研究者はほぼmeibomitis=MGDと考えているのに対して,国内の研究者の一部は,マイボーム腺炎を,マイボーム腺での細菌増殖を基盤としフリクテンやマイボーム腺炎角膜上皮症に結びつく概念と捉えている21.23).VII今後の展望今回,MGDの定義・分類,分泌減少型MGDの診断基準について提案した.これらはevidenceを提供する臨床研究の結果ならびにこれまでの臨床経験に基づくものである.ただ今回の提案が必ずしも不変のものとは考えていない.今回提案の内容を広く眼科一般臨床で使用していただき,そのフィードバックをうけて改定すべき点が発生した場合は改定していきたいと考えている.また,本ワーキンググループでは今回の診断基準に基づいてMGDの診断を行い,一般人口でのMGDの罹病率の調査やMGD患者とドライアイ患者の関係の調査などを予定している.さらなる活動として,MGDの病態に応じた治療法の提案,分泌増加型MGDの診断基準の提案などを近い将来行っていく予定である.文献1)FoulksGN,BronAJ:Meibomianglanddysfunction:Aclinicalschemefordescription,diagnosis,classification,andgrading.OculSurf1:107-126,20032)GutgesellVJ,SternGA,HoodCI:Histopathologyofmeibomianglanddysfunction.AmJOphthalmol94:383-387,19823)小幡博人,堀内啓,宮田和典ほか:剖検例72例におけるマイボーム腺の病理組織学的検討.日眼会誌98:765-771,19944)YamaguchiM,KutsunaM,UnoTetal:Marxline:fluoresceinstaininglineontheinnerlidasindicatorofmeibomianglandfunction.AmJOphthalmol141:669-675,20065)BronAJ,BenjaminL,SnibsonGR:Meibomianglanddisease.Classificationandgradingoflidchanges.Eye5:395-411,19916)MathersWD,ShieldsWJ,SachdevMSetal:Meibomianglanddysfunctioninchronicblepharitis.Cornea10:277-285,19917)ShimazakiJ,GotoE,OnoMetal:MeibomianglanddysfunctioninpatientswithSjogrensyndrome.Ophthalmology105:1485-1488,19988)TapieR:BiomicroscopialstudyofMeibomianglands[inFrench].AnnOcul(Paris)210:637-648,19779)RobinJB,JesterJV,NobeJetal:Invivotransilluminationbiomicroscopyandphotographyofmeibomianglanddysfunction:aclinicalstudy.Ophthalmology92:1423-1426,198510)MathersWD,DaleyT,VerdickR:Videoimagingofthemeibomiangland[letter].ArchOphthalmol112:448-449,199411)YokoiN,KomuroA,YamadaHetal:Anewlydevelopedvideo-meibographysystemfeaturinganewlydesignedprobe.JpnJOphthalmol51:53-56,200712)AritaR,ItohK,InoueKetal:Non-contactinfraredmeibographytodocumentage-relatedchangesofthemeibomianglandsinanormalpopulation.Ophthalmology115:911-915,200813)GotoE,DogruM,KojimaTetal:Computer-synthesisofaninterferencecolorchartofhumantearlipidlayer,byacolorimetricapproach.InvestOphthalmolVisSci44:4693-4697,200314)YokoiN,KomuroA:Non-invasivemethodsofassessingthetearfilm.ExpEyeRes78:399-407,200415)YokoiN,MossaF,TiffanyJMetal:Assessmentofmeibomianglandfunctionindryeyebymeibometry.ArchOphthalmol117:723-729,199916)MathersWD:Ocularevaporationinmeibomianglanddysfunctionanddryeye.Ophthalmology100:347-351,199317)TsubotaK,YamadaM:Tearevaporationfromtheocularsurface.InvestOphthalmolVisSci33:2942-2950,199218)GotoE,EndoK,SuzukiAetal:Tearevaporationdynamicsinnormalsubjectsandsubjectswithobstructivemeibomianglanddysfunction.InvestOphthalmolVisSci44:533-539,200319)MatsumotoY,SatoEA,IbrahimOMetal:Theapplicationofinvivolaserconfocalmicroscopytothediagnosisandevaluationofmeibomianglanddysfunction.MolVis14:1263-1271,200820)BronAJ,TiffanyJM:Thecontributionofmeibomiandiseasetodryeye.OculSurf2:149-164,200421)横井則彦:眼瞼縁,マイボーム腺における細菌の増殖と眼疾患─細菌学から─.日本の眼科74:565-568,200322)鈴木智,横井則彦,佐野洋一郎ほか:マイボーム腺炎に関連した角膜上皮障害(マイボーム腺炎角膜上皮症)の検討.あたらしい眼科17:423-427,200023)鈴木智,横井則彦,佐野洋一郎ほか:角膜フリクテンの起因菌に関する検討.あたらしい眼科15:1151-1153,1998ドライアイMGD後部眼瞼炎図6マイボーム腺機能不全(MGD)と後部眼瞼炎,ドライアイとの関係図

以外な原因:混乱視,薬剤性,精神病性と眼瞼けいれん

2010年5月31日 月曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPYII混乱視混乱視が生ずる可能性のあるおもな病態を表1に掲げた.一眼のみ明視が困難な場合にみられるものであり,病眼からの不適切な入力信号がうまく無視(抑制)できる場合はよいが,その不適切な入力信号のボリュームが大の場合,無視できなくなって混乱視になる.表1の5や6によるものは,筆者の外来では比較的よくみられる.具体例を各1例ずつ示してみよう.〔症例1〕67歳,男性.以前から強度近視があり,見え方が悪く,特に左眼が「眩しい」と感ずるようになった.某医で両眼の白内障を指摘され,左眼の白内障手術を受けた.術後右眼(0.8×.7.0D(cyl.1.50DAx90°),左眼(1.2×IOL(.2.5D(cyl.1.25DAx125°)となった.手術は成功と言われているが,縦ずれの複視を自覚し,左眼の眩しさの程度は増強して左眼を閉じていないと生活ができないとの訴えで当院を受診した.I「眩しい」という日本語について眩しいは,弱い光を強く感じて目を開けていられない状態を指すのが原義である.しかし,自覚症状,訴えとしての「眩しい」は必ずしも「弱い光を強く感ずる」ということではなさそうである.たとえば,片眼の上斜筋麻痺がある小児において,天気のよい日などに外に出ると,病眼を閉瞼したり,細める行動をとる例は臨床上よく経験する.その場合「眩しい」という表現がしばしば使われる.これは決して「弱い光を強く感じた結果」ではなく,左右眼の外界からの入力に差異が生じたために,両眼からの入力の統合がうまくできなくなった結果である.左右眼の入力差があると,脳は混乱視を生じ,これを「眩しい」と読むものと推定できる.そのほか,精神疾患,眼瞼けいれんや,失明眼で生じる羞明は,未知の中枢性機作が働いていると考えられ,羞明の原義に必ずしも合わず,不快感(unpleasantness)1),嫌光感,嫌視感,視覚ノイズといった表現のほうが適切と思われる感覚が含まれるのではないかと筆者は考えている.これらは,中枢性または内在性の視覚信号の異常発火(過剰発火)現象に基づくものと推定する.なお,MRI(磁気共鳴画像)機能画像を用いた羞明の症例研究では,羞明と三叉神経の刺激症状との関連が示唆され,三叉神経節,三叉神経尾状核,視床,前部帯状核の活動が活発になる1).(49)621*MasatoWakakura:井上眼科病院〔別刷請求先〕若倉雅登:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院特集●眼が眩しいあたらしい眼科27(5):621.625,2010意外な原因:混乱視,薬剤性,精神病性と眼瞼けいれんPhotophobiaandUnpleasantnessduetoBinocular,Drug-related,PsychiatricandBlephrospasmicDisorders若倉雅登*表1羞明につながる混乱視の原因1.小児斜視(上斜筋麻痺,下斜筋過動に多い)2.斜位の退行3.麻痺性斜視4.不同視/不等像視5.強度近視による眼位変化6.左右眼からの入力信号の差または片眼からの入力信号の歪み622あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(50)が左右眼に起こっていると考えれば,右眼を閉じたくなる理由はわかるでしょう.しかし,右眼のノイズをこれ以上手術などで減らせることは考えにくい」と説明した.このように,黄斑疾患や視神経疾患で片眼からの入力信号にノイズが発生し,かつそのボリュームが大きく,混乱視を余儀なくされる場合,脳はしばしばこれを「羞明」と読み,「眩しい」という自覚症状を与えるものと考えられる.どうしても適応が得られない場合の究極の対策は,単眼視することで,このために病眼を遮閉する.眼鏡につけるオクルーダー,ブラックコンタクトレンズなどの応用が考えられるが,オクルーダーでも周辺から光が入ることできれいな単眼視を妨げることが少なくない.その右眼軽度核白内障,左眼偽水晶体眼では,眼内レンズは.内に固定され,合併症なし.眼位は,遠見時6ΔX18ΔL/R斜視,近見時6ΔX¢18ΔL/R斜視で,Hessスクリーンテストは図1のとおりであった.眼軸は右26.2,左27.0mmであった.筆者らは近年,眼軸性眼位変化を報告しており2),本例もこれに相当するもので,「術後不適応症候群」3)を示しているものと考察した.〔症例2〕68歳,男性.3年前から右眼が歪んで見え,黄斑上膜と診断された.両眼を開けていると眩しく,気がつくと右眼を閉じて仕事をしていることに気づいた.某医で内境界膜を切除する硝子体手術を受けたが,羞明や片眼を閉じてしまう症状はまったく改善しない.某医では手術はうまくいっており,眩しい原因もわからず,これ以上の治療はないと終診になってしまったが,納得がいかず当院神経眼科外来を受診した.視力は両眼とも1.0で,眼位は正常.しかし,右眼の歪視があり,OCT(光干渉断層計)では図2のように黄斑部の細かい凹凸と中心窩肥厚がみられたが,手術は拒んでいる.左眼は正常であった.本例では,左眼は明視できるのに対し,おそらく利き目であった右眼の視覚信号は歪んでノイズ信号を多く含むため,視覚野以降で統合する際に混乱が生じてしまうと推定した.患者には「左耳から美しい音楽が,右耳からはガーガーとノイズの入る音楽が聞こえてくるのと同様の状態図1症例1のHessスクリーンテストの結果V型の類斜変位の眼位異常がみられる.図2症例2のOCT黄斑部中心窩を通る縦断面図(51)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010623考えられる羞明感との異同も不明である.睡眠導入薬の中止で羞明が改善した例を確かに数例経験しているので,原因薬として記銘しておくべきと考える.なお,臨床上は,大半の例で常時羞明が持続するわけではないので,薬物やその代謝物の組織濃度,血中濃度との関連を検証すべきであろう.ただ,実際には,これらの薬物における視覚異常や,羞明については注目されていないため,研究は皆無で,添付書類にある「かすみ」とか「眼の症状」などといった記載のなかに埋もれてしまっていると考えられる.IV精神病性筆者は,眼科および神経眼科の臨床を行うなかで,視覚症状や眼痛などが,必ずしも眼部の器質的異常によら場合,眼帯が理論的にはよいのであるが,一時的な使用ならともかく,継続的に使用することに医師も,患者も抵抗がある.図3は,外傷による麻痺性斜視で眼位異常と混乱視のため片眼帯をしている女性例であるが,自身でデザイン眼帯を作製して用いている(耳掛け式だと皮膚がこすれて継続使用がしにくいため,本眼帯では頭部に紐を掛ける方式となっている).当院では,本例の協力を得て(URL:http://kanaek.blogspot.com/),このデザイン眼帯を上記のような症例に用いての成功例が増えている4).III薬剤性散瞳薬の点眼で羞明が発現するのは説明の必要はないと考えるが,アトロピン製剤や,交感神経作動薬,抗コリン薬の全身投与でも,同様に羞明が出現する可能性がある.抗精神病薬,抗不安薬,睡眠導入剤を使用している症例のなかに,羞明感を訴えて来院する例をときに経験する.ぼやけて見えたり,眩しく見えたり,と視覚異常感を訴える.抗コリン作用を有する主たる精神科関連薬を表2に掲げる.これらのいずれもが,薬理学的には羞明の原因になってもよいと考えられるが,それが抗コリン作用に随伴する虹彩括約筋や毛様体筋の弛緩によるかどうかの検証は,ほとんどデータがないので不明である.また,後述の精神疾患や眼瞼けいれんにおける中枢性と図3製作者自身が着用しているデザイン眼帯表2抗コリン作用を有する主な精神科関連用剤1.三環系抗うつ剤アモキサピン(アモキサン),アミトリプチリン(トリプタノール),イミプラミン(トフラニール),クロミプラミン(アナフラニール),ドスレビン(プロチアデン)2.四環系抗うつ剤マプロチリン(ルジオミール)3.精神賦活剤メチフェニデート(リタリン)4.ベンゾジアゼピン・チエノジアゼピン系トリアゾラム(ハルシオン),ニトラゼパム(ベンザリン,ネルボン),フルニトラゼパム(サイレース,ロヒプノール),フルラゼパム(ダルメート,ベノジール),プロチゾラム(レンドルミン),リルマザホン(リスミー),ロルメタゼパム(エバミール,ロラメット)アルプラゾラム(コンスタン,ソラナックス),エチゾラム(デパス),クロチアゼパム(リーゼ),クロナゼパム(リボトリール,ランドセン),クロルジアゼポキシド(コントール,バランス),ジアゼパム(セルシン,ホリゾン),フルタゾラム(コレミナール),ブロマゼパム(レキソタン),ロフラゼプ酸エチル(メイラックス)5.SSRIパロキセチン(パキシル),フルボキサミン(デプロメール,ルボックス),セルトラリン(ジェイゾロフト)6.その他ゾピクロン(アモバン),トリヘキシフェニディール(アーテン),ピペリデン(アキネトン),プロフェナミン(パーキン),レボドパ製剤(ドパール,メネシットなど)()内は製品名.624あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010(52)うに一気に発現して10分以内に頂点に達するはっきり他と区別できる期間をパニック発作という.パニック障害とは,これがくり返し生じたり,発作から1カ月以上予期不安(発作が起こるのではないかという心配)や発作に関連した行動の大きな変化が伴うものを指す9).DMS-IV-TRでは不安障害の一つに分類され,100人に2,3人が発症する決してまれな疾患ではないとされる.パニック障害には広場恐怖(agoraphobia,広々とした場所や,戸外に独りでいるとき,あるいは,雑踏のなかに入るときに生じる恐怖)やうつ病が併発することもある.なお,Kellnerらによると,パニック障害+広場恐怖の患者の6.9%で羞明を感ずるという7).V眼瞼けいれんと羞明眼瞼けいれん患者の90%以上で羞明を自覚し,しばしば主訴になる5).Adamsら10)のハロゲン光を用いた光抵抗性に関する前向き試験の結果でも,眼瞼けいれんは明らかに感受性が高かった.また,眼瞼けいれんで羞明を感ずる群と感じていない群および対照群に対するポジトロンCTにてグルコース代謝を調べた筆者らのグループで行われた研究では,視床における活動上昇および上丘における活動低下が証明された11).眼瞼けいれんでみられる愁訴としての羞明が,本来の意味の羞明のみならず,嫌光感や痛みに近い刺激感もしくは不快感も含まれていると筆者は考えているが,こうした症状の軽減にはある種の遮光レンズが特に役立つ10,12,13)ことは,このような中枢性羞明は難治なだけに特記すべきことと考える.筆者らも,眼瞼けいれんに対し,遮光レンズ+クラッチ眼鏡の処方を積極的に勧めている.副作用がないこの対処法は,普及されるべきだと考えている.〔詳細は本特集中「中枢性の羞明」II眼瞼けいれんと羞明(p.615)の項を参照〕おわりに以上,本稿では「眼が眩しい」との訴えには通常の羞明には当てはまりにくい,激しく頑固な異常感覚が含まれていること,また,「眼が眩しい」といっても,その機序には眼ではなく,かなりの程度中枢神経系が関与しず,薬物作用や,中枢性高次機能障害や精神医学的異常に基づく場合があることを体験し,心療眼科の観点をも有した眼科臨床を行うべきことを強調してきた5).しかし,前項でも述べたように,薬物による視覚や眼の副作用による患者の苦しみは軽視され,「かすみ」「眼の症状」といった通り一遍の理解で深く探求することなく過ぎてきた.それは眼に関しては,「視力がよければいいではないか」程度の理解しか医師や医学者がもたなかったからに相違ない.事実,精神科医の大半は,精神医学と眼科の結びつきはきわめて希薄で,せいぜい「幻視」か「視線が漏れる」といった精神症状しか思いつかないようである.うつ病や統合失調症患者のなかには,薬物の副作用なのか,現疾患のメカニズムに含まれているのかは不詳であるが,羞明,違和感,眼疲労を強く訴える症例がかなりあることを筆者は臨床経験のなかで実感している.しかし,各種文献を調べても,羞明と精神疾患の関連を述べたものはほとんどない.セロトニン(5-HT)の低下とうつ病の関連は常識的事実となっているが,セロトニンと光曝露時間との関係は,うつ病患者では特に深いとされるので6),本症における羞明発現のメカニズムとつながるかもしれない.そうしたなかで,パニック障害については羞明(もしくは光恐怖)および嗜光性(photophilia)に関する文献が若干みられた7,8).死ぬのではないかと思うほどの強い恐怖または不快を生じ,突然動悸,呼吸困難,眩暈など(表3)が嵐のよ表3パニック発作で発現する可能性のある症状.胸痛,不快感.息苦しさ.めまい,ふらつき,気が遠くなる.死への恐怖.「気が狂う」ことや自制心を失うことへの恐れ.非現実感,違和感,外部との分離感.顔や身体の紅潮,または悪寒.嘔気,腹痛,下痢.しびれ,ピリピリ感.動悸,心拍数増加.息切れ感,窒息感.発汗.身体の震え(53)あたらしい眼科Vol.27,No.5,2010625depressionandschizophrenia.JPhotochemPhotobiol89:63-69,20077)KellnerM,WiedemannK,ZihlJ:Illuminationperceptioninphotophobicpatientssufferingfrompanicdisorderwithagoraphobia.ActaPsychiatrScand96:72-74,19978)BossiniL,FagioliniA,ValdagnoMetal:Photosensitivityinpanicdisorder.DepressAnxiety26:E34-36,20099)SadockBJ,SadockVA:カプラン臨床精神医学ハンドブック(融道男ほか監訳)第2版,11.不安障害.p155-170,MEDSi,200310)AdamsWH,DigreKB,PatelBCetal:Theevaluationoflightsensitivityinbenignessentialblepharospasm.AmJOphthalmol142:82-87,200611)EmotoH,SuzukiY,WakakuraMetal:Photophobiainessentialblepharospasm.Apositronemissiontomographicstudy.MovDisord25:433-439,201012)HerzNL,YenMT:Modulationofsensoryphotophobiainessentialblepahrospasmwithchromaticlenses.Ophthalmology112:2208-2211,200513)BlackburnMK,LambRD,DigreKBetal:FL-41tintimprovesblinkfrequency,lightsensitivity,andfunctionallimitationsinpatientswitbenignessentialblepharospasm.Ophthalmology116:997-1001,2009ている場合があることを述べた.こうした異常感覚は,それほどまれでなくみられる愁訴でもあり,しかも生活の質(QOL)を著しく低下させる.その一部は適切な指導,対処で軽減させられることからも,眼科医としては必ず知っておかなければならない.文献1)MoultonEA,BecerraL,BorsookD:AnfMRIcasereportofphotophobia:activationofthetrigeminalnociceptivepathway.Pain145:358-363,20092)河本ひろ美,塩川美菜子,若倉雅登:解剖学的制限が原因と考えられた開散不全.第63回日本臨床眼科学会抄録集,p61,20093)塩川美菜子,若倉雅登:眼科手術後の不適応.解決!目と視覚の不定愁訴・不明愁訴(若倉雅登ほか編),p84-86,金原出版,20064)若倉雅登:片眼生活を快適に!眼科ケア11:84-85,20095)若倉雅登:眼科における心身医学は黎明期.心身医学50:37-42,20106)LjubicicD,StipevicT,PivacNetal:Theinfluenceofdaylightexposureonplatelet5-HTlevelsinpatientswith