———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.24,No.12,200716450910-1810/07/\100/頁/JCLS最近よくリーダー待望論を耳にします.企業でも,リーダー育成のための研修やコーチングが頻繁に行われるようになってきました.しかし,まだ日本では,「リーダーシップとは何か」という質問に論理的に答えきれていないのが現状だと思います.ほかに「リーダーシップは学習で身につけられるのか」「だとすれば,教えることも可能なのか」「可能ならば,どのような方法や手段で教えることができるのか」「教えることもリーダーシップの行為の一つだろうか」といった問いの答えもはっきりしていません.リーダーあるいはリーダーシップという概念は,まだまだ曖昧です.加えて,リーダーの資質やリーダーシップについては,先天的な才能という見方が前提になっており,それもまた,リーダーシップというものを正しく知るうえでの障害になっていると思います.本書の著者は文中でそのことに何度も触れています.「リーダーになれる人というのは,他者を率いるために,特別な資質を生まれながらにして神から授かっている」.このような考え方はいまでも一般的です.日本でも,メディアのインタビューに対して「力強いリーダーが現れることを待ち望みます」「今こそリーダーシップを」と答える街の人の声を聞くことがあります.そこには,まるでこの世にないものを待ちわびるような,または稀有な存在の出現を待つかのような響きがあります.リーダーは,「預言者」と同類であるかのように捉えられているとさえ感じます.また,リーダーの存在は,そのカリスマ性からもたらされるのか,どこかドラマチックに考えられる傾向もあります.しかし一方で,それが的外れであり,実は「リーダーシップとは身につけられるものであり,また身につけるものである」という考え方が出てきていることも確かです.それを裏付けるために,本書では,ハーバード・ケネディスクールのロナルド・ハイフェッツ教授と彼の開発した教授法を紹介しています.ロナルド・ハイフェッツ教授は,「リーダーシップは学習によって身に付けることのできる」ものであることを証明しました.彼は独自の教授方法を開発し,ハーバード・ケネディスクールの学生たちのために活用しています.本書はこの教授方法に,著者のシャロン・ダロッツ・パークス氏が切り込み,成果をまとめたものです.さて本書で著者は,今日リーダーシップへの危機感が強まっている理由には5つあり,そのうち先の2つは従来存在するもので,残りの3つは現在の独特な状況のなかで生じている,と述べています.(以下,文中より抜粋)①すべての人に潜む,何らかの決定権への欲求影響力,権力,物事を変革する権限などを行使し,人の役に立ったり,何かをつくり上げたりしながら,他者をリードしたいという欲求だ.②オーソリティ(権威,権力)への欲求歴史を通じて,人間の社会集団の中には,必ずこの欲求があった.オーソリティによる方向づけがあれば,安心感が得られるためだ.ストレスや不安の多い時代には,この傾向が顕著になる.③目まぐるしく複雑化するシステムに対応できるリーダーシップへの欲求システムの複雑化は,機械・電子工学,経済,政治,環境などの領域で,接続性の向上や相互依存型システムの構築が進んだことによるもの.④複雑化にともなう変化の深さ,広さ,速さに,適切に対応できるリーダーシップへの欲求⑤「公共の利益」に貢献するリーダーシップへの欲求新しい環境のもと,道徳の規範も変わりつつある.リ(95)■12月の推薦図書■リーダーシップは教えられるシャロン・ダロッツ・パークス著中瀬英樹訳(ランダムハウス講談社)シリー78◆伊藤守株式会社コーチ・トゥエンティワン———————————————————————-Page21646あたらしい眼科Vol.24,No.12,2007ーダーも,環境が様変わりするなかで重大なことを決定しなくてはならない.また考え方の多様化を考慮して,当然とされてきた価値観に揺さぶりをかける必要もある.こうした中,道徳面での想像力,精神面での大胆さを発揮して「公共の利益」に寄与するリーダーシップが求められている.本書は,リーダーシップそのものについての分析ではなく,いかにしてリーダーを育成することができるのか,またリーダーシップを教えることの可能性について説いています.ハイフェッツたちは60名余の学生とともにリーダーシップ育成に関するリサーチをはじめ,そのプロセスを通して,新しいタイプのリーダーの育成が可能であることを証明していきます.それを検証するために,観察,インタビュー,分析を基に,つぎのような側面から進めています.○理論○教え方(教授法)○学生の経験談本書では,リーダーを育てる効果的な方法として,コーチングにも着目しています.「複雑な実践の場で生き抜くための知恵は『教えられる』だけでは身につかない.それより実際の経験のほうがものをいう.必要なのは,学習者に『その職業の流儀』を伝え,彼らを『正しい教え方』で導くことのできる指導者である.この人たちがそれぞれの目的や方法にもとづいて,学習者が本当に学ぶ必要のあることを見きわめればよい」.「そして,実践と優れたコーチング技術にもとづく学習経験について,研究すべきだ.ただし次の考え方を前提にすること.『演習やコーチングのプロセスは,理論的に構築できる.限度はあるにせよ,理論によって解き明かせる』.」(文中,ドナルド・シェーン著「EducatingtheReectivePractitioner」からの抜粋引用)これらを読んでも,リーダーの育成は決して偶然ではなく,理論的であることを求められていることが理解できます.本書では,リーダーシップは教えることができることを主張していますが,上記抜粋からもわかるとおり,リーダーを育てるときの基本は,個別対応であることが重要です.もちろん,グループワークは必要とされますが,組織内におけるリーダー候補にはコーチをつけ,個別に教育する必要があるでしょう.ハイフェッツとその同僚は,一つの教授法として,「ケース・イン・ポイント」を示しました.実は,ケース・イン・ポイント教授法の基礎には,確立された伝統的な学習方法が活きています.その内容は,セミナー,シミュレーション(講義,テキスト,映像などを併用),ディスカッションとダイアログ,臨床心理学,コーチング,研究室やアート・スタジオの活用,考えを深め整理することを目的とした文章執筆,そしてケースメソッドなどです.これらを用いて,リーダーシップを教授するという試み,そしてそのプロセスを本書では紹介しています.当然その過程では,従来のリーダーシップのイメージとの葛藤が続きます.リーダーシップ理論の専門家の間では,すでに指揮統制型のマネージメントをする英雄的なリーダーシップ・モデルは,おおむね否定されています.しかし,この英雄的なリーダーシップ像は,単なるモデル以上のものとして浸透しているのも事実です.今日の社会のリーダーといえば,CEO,CFO,社長,国会議員,司令官,学長,機長,会長,上司.これらの役割に期待するイメージとは,やはり,力強い,男性的,影響力がある,そういうヒーローなのです.英雄的なヒーローのイメージはアメリカの文化とともに広まったもので,無意味になったわけではありませんが,弊害も徐々に現れていると思います.医学の世界でも,オーソリティからエビデンスへのシフトが始まっているように,おそらく企業においても,リーダーの定義のシフトが始まっていると思います.「信頼の獲得」「状況分析能力」「体系的に考えること」「変化を学習する能力」「実践の中で理論を学ぶ能力」「ストレスへの対応力」「コミュニケーション能力」「コーチングの能力」「相手の言葉を理解し,周りに翻訳する能力」「不確実さを受け入れる能力」.本書は,これらの能力を効果的に学び,実践し,コーチをつけることで,「現代にマッチするリーダーの育成」の可能性を開いた一冊だと思います.☆☆☆(96)