———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007???0910-1810/07/\100/頁/JCLSレドックスレドックスとは還元(reduction)と酸化(oxidation)の合成語であり,酸化還元反応を介した細胞機能の制御をレドックス制御とよびます.生体は細菌・ウイルス感染や種々の有害物質などのストレスに曝露されています.通常,細胞内に発生した活性酸素種(reactiveoxy-genspecies:ROS)はそれ自身がセカンドメッセンジャーとしてさまざまな細胞機能を調節していますが,酸化ストレスにより過剰に産生されたROSは蛋白質,脂質,核酸などを酸化し障害をもたらします.生体内には制御機構としてレドックス反応による活性酸素消去系が存在していますが,この制御機構はおもに蛋白質のシステイン残基上のチオール基の可逆的構造変化による遺伝子発現,細胞増殖,分化,細胞死の制御など多様な生命現象にも深く関与しています.チオレドキシン(TRX)レドックス制御にはグルタチオン系とチオレドキシン(TRX)系が知られています.TRXは原核生物からヒトまで保存されている活性部位(-Cys-Gly-Pro-Cys-)を有する分子量約12kDaの蛋白質です.2つのシステイン残基の間でジスルフィド(S-S)結合をつくる酸化型と-SH-SHの還元型が存在し,還元型は基質蛋白質を還元し自ら酸化型となります(図1).酸化型TRXはNADPH(reducednicotinamideadeninedinucleotidephosphate)とTRX還元酵素により還元型に還元されます.TRXの細胞内濃度はグルタチオンと比較して約1/1,000程度ですが,TRXノックアウトマウスは胎生致死に至るためグルタチオン系では補完できない必須の役割を果たしていると考えられます1).種々のストレス(紫外線,放射線,酸化剤,ウイルス感染,虚血再灌流障害など)により誘導されることが知られており,単独で一重項酸素やヒドロキシラジカルを消去するほか,ペルオキシレドキシンとの協調作用によりROSを消去する抗酸化物質として生体内で働きます.TRXは種々のストレスにより誘導されることから,酸化ストレスのマーカーとして血清中のTRX値を測定し種々の疾患予後に利用できることが報告されています.慢性心不全の程度と血清TRX値が正の相関を示し治療効果判定の指標になることや,ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症やC型肝炎などの慢性感染症でも上昇し疾患予後の指(69)◆シリーズ第74回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊猪俣泰也(国家公務員共済組合連合会熊本中央病院眼科)網膜疾患におけるレドックス制御─チオレドキシンの関与─OxidativestressGlutamate-inducedneurotoxicityIschemicinjuryetc.還元型TRX酸化型TRXASK-1ASK-1ASK-1p38/JNKApoptosis核細胞質NADPHNADPS-SS-STRXTrxRS-STRXTRXSHSHTRXSHSHSHSH基質(還元型)基質(酸化型)H2OMKKsH2O2Peroxiredoxin蛋白質蛋白質図1虚血やグルタミン酸興奮毒性に対するTRXの作用(仮説)酸化ストレスで発生する過酸化水素は還元型TRXとperoxiredoxinの協調作用により水に還元される.還元型TRXはASK-1に結合し活性化を抑制しているが,酸化ストレスにより酸化型TRXへ変換するとASK-1と結合がはずれ,ASK-1が活性化する.p38の活性化も直接制御していると考えられている.———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007標となることが報告されています.TRXは抗炎症作用を有することも知られており間質性肺炎,肝障害,脳や腎での虚血再灌流障害などで細胞保護効果を示すことより,製剤としての臨床医薬への応用が期待されています.網膜疾患でのチオレドキシン眼は光を感受するという臓器特異性により,眼組織は生涯にわたり光に曝露されており活性酸素の発生が生じやすい環境下にあります.各組織にて過度の光や紫外線照射にて酸化ストレスに起因する細胞障害を生じますが,TRXは生体防御機構の一部として働いています.水晶体内にもTRX,チオレドキシン還元酵素(TrxR)が発現しており,光に対するラジカル消去機構として働いていることが示唆されています2).網膜において加齢黄斑変性症は酸化ストレスに加え遺伝的因子,環境因子などが発症機序へ関与しており,緑内障に関しても酸化ストレスとの関連が報告されています3).動物実験では光照射による網膜障害モデルにて,TRX投与により障害抑制効果を認め4),さらにGGA(geranylgeranylace-tone)5)などのチオレドキシン誘導物質でも,同様の障害抑制効果を認めています.グルタミン酸興奮毒性6)や虚血再灌流モデル7)にてもTRXによる網膜神経節細胞への細胞保護効果を認めています.NMDA(?-methyl-D-aspartate)による網膜障害モデルにおいては,NMDAにより網膜内にフリーラジカルが産生され,ROS依存的なMAPKs(p38,JNK)およびMAPKkinase(MKKs)の活性化,caspase-3,-9の活性化が生じますがTRXにより抑制され,その効果にはTRXの活性部位が必須であることが確認されております6).MKKK(MAPKkinasekinase)ファミリーに属するASK-1(apoptosissignal-regulatingkinase1)はTRXと結合しその活性を制御しておりますが,ASK-1のノックアウトマウスでは,網膜虚血による神経細胞死が軽減される報告もあり8),酸化ストレスに対するASK-1-JNK/p38-caspase経路に対する細胞死に対しTRXは抑制的に作用することが予想されます.今後の展望TRXは生体内に存在する酸化ストレスに対する防御因子ですが,外的投与にてもさまざまなストレスに関する細胞保護効果を認めることから,現在臨床応用(製剤化)にむけた研究がなされており,眼疾患への臨床応用も十分期待できると考えられます.今回紹介しませんでしたが,ASK-1以外にもTRXが標的とする物質も同定(TBP2/VDUP1)されており,糖,脂質代謝や癌化,老化との関連がすでに報告されています.今後眼疾患においてもTRXと関連分子のさらなる分子機構の解明が期待されます.文献1)MatsuiM,OshimaM,OshimaHetal:Earlyembryoniclethalitycausedbytargeteddisruptionofthemousethio-redoxingene.????????178:179-185,19962)LouMF:Redoxregulationinthelens.??????????????????22:657-682,20033)TezelG:Oxidativestressinglaucomatousneurodegener-ation:mechanismsandconsequences.??????????????????25:490-513,20064)TanitoM,MasutaniH,NakamuraHetal:Cytoprotectivee?ectofthioredoxinagainstretinalphoticinjuryinmice.?????????????????????????43:1162-1167,20035)TanitoM,KwonYW,KondoNetal:Cytoprotectivee?ectsofgeranylgeranylacetoneagainstretinalphotooxi-dativedamage.??????????25:2396-2404,20056)InomataY,NakamuraH,TanitoMetal:ThioredoxininhibitsNMDA-inducedneurotoxicityintheratretina.???????????98:372-385,20067)ShibukiH,KataiN,YodoiJetal:Protectivee?ectofadultT-cellleukemia-derivedfactoronretinalischemia-reperfusioninjuryintherat.??????????????????????????39:1470-1477,19988)HaradaC,NakamuraK,NamekataKetal:Roleofapop-tosissignal-regulatingkinase1instress-inducedneuralcellapoptosisinvivo.???????????168:261-269,2006(70)■「網膜疾患におけるレドックス制御─チオレドキシンの関与─」を読んで■今回は,猪俣泰也先生による酸化ストレス制御の面からの疾患病態制御のお話です.広く知られるようになったことですが,種々の疾患に酸化ストレスが関与します.本総説を拝読すると,酸化還元反応を介した細胞機能の制御=レドックス制御は生命現象の根本に位置していることがわかります.細胞が生きて活動する際に必要なエネルギー代謝によりROS(本文参照)が発症することによる障害を抑制し,かつ,外界からの酸化ストレスによる攻撃からも生命をまもっている機構ということになります.レ———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007???(71)ドックス制御に重要な酸化還元反応での電子の受け渡しの主体となる分子としてグルタチオン系とチオレドキシン(TRX)系があることが示され,そのうちTRXに今回はフォーカスを合わせて解説されています.眼疾患に関連することが体系だってまとめられており,網膜疾患,白内障,緑内障など日常診療で遭遇する多くの疾患に関連することがわかります.最後の項目でTRXを治療薬として応用する可能性が述べられております.われわれ臨床医としてはその開発を待ち望んでいます.たとえば,加齢黄斑変性は進行した脈絡膜血管新生を伴った病的組織の治療としては,光線力学的療法(PDT),抗血管内皮増殖因子(VEGF)抗体などのVEGF制御薬などが臨床応用されつつあり,治療が有効に行えるようになった現在,加齢黄斑変性の予防ないしは軽症例の進展阻止のための治療法の開発が急務です.TRX製剤による酸化ストレス制御はいい候補ではないかと考えます.ただ,酸化ストレス制御のメカニズムで薬効が認められた薬剤で網膜疾患が適応になっている薬剤はありません.生体が自らの防御機構としてもっているシステムを強化するという治療戦略での治療薬開発はサイトカインの臨床応用にも似ていますが,breakthroughとして一つの薬物が効果,安全性が確認されて承認されるという実績をつくることが大切のように感じます.今回の総説は論理的に整理され今後の研究の方針を考えるために大変役立つ解説になると考えます.山形大学医学部視覚病態学山下英俊☆☆☆