●連載◯156監修=安川力五味文136抗VEGF薬とロービジョンケア高橋綾子京都大学大学院医学研究科眼科学抗VEGF療法を受けている患者は,視力低下,歪視,中心暗点などの症状を呈し,日常生活に支障をきたすことが多い.良いほうの眼の矯正視力が0.5未満の患者には,ロービジョンケアを考慮すべきである.スマートサイトを通じて相談先を紹介したり,拡大鏡や拡大読書器の活用を検討する.はじめに抗VEGF療法の対象疾患は,加齢黄斑変性,近視性黄斑部新生血管,糖尿病黄斑浮腫,網膜静脈閉塞症などである.いずれも黄斑部に病変が生じるため,患者のおもな症状は,視力低下,歪視,中心暗点となる.見ようとするものが見えにくい,文字が読みにくいという症状により日常生活に支障をきたし,生活の質の低下を招く1).ロービジョン,ロービジョンケアとは視覚障害者手帳該当(以下,身障手帳)=ロービジョンではなく,なんらかの見えにくさを感じている患者はロービジョンに該当する.目安としては,後述するスマートサイト,ロービジョンケア紹介リーフレット(図1)に記載がある状態であり,視力としては,良いほうの眼の矯正視力が0.5未満である.身障手帳の視力障害の基準は,6級:一方が0.6以下かつ他方が0.02以下,5級:一方が0.2以下かつ他方が0.02以下,4級:両方が0.1以下である.つまり視力に左右差がある場合は悪いほうの眼が0.02以下,左右同程度の場合は両眼とも0.1以下でないと視力障害には該当しない.しかし,良いほうの眼が0.5未満になると生活に困難を感じる患者が多いため,基準と支援の必要性との間にギャップがあるのは明らかである.日本ロービジョン学会では,「ロービジョンケアとは,視覚に障害があるため生活になんらかの支障をきたしている人に対する医療的,教育的,職業的,社会的,福祉的,心理的などすべての支援の総称である」としている.すなわち医療的な支援のみならず,多方面から患者をサポートすることである.同じ視機能であっても,年齢,ライフスタイルによってニーズは異なり,生活背景も関係するので,総合的な判断が求められる.(77)ロービジョンケアを考慮するタイミング抗VEGF療法を受けている患者は,視機能が変動しやすく,治療が継続的または断続的に行われることが多い.眼科医は患者の視機能の維持や改善をめざし,病状や治療のタイミングに最大の注意を払って診療を行っているが,ロービジョンケアに関しては日頃から意識していなければ,ケアにつなげる機会を逃してしまう.患者の良いほうの眼の視力が0.5未満である場合や,見えにくさに関する具体的な訴えがある場合は,診療と並行してロービジョンケアの導入を考慮する.ロービジョンケアの方法多忙な外来で時間をとることが困難な場合や,医師がケアについてよくわからないときは「スマートサイト」を手渡すことだけでも大きなきっかけとなる2).「スマートサイト」とは,ロービジョン患者が,それぞれの悩みに応じた適切な指導や訓練などが受けられるように,相談先を紹介するリーフレットである.相談可能な連絡窓口,近隣の福祉施設,医療機関などが記載されている.2021年に全47都道府県に整備が完了し3),日本眼科医会のホームページからもダウンロードが可能である.京都府では約45部を配布し,ケアの普及につながっている4).矯正視力が出にくい場合であっても,眼鏡装用による屈折矯正は有意義であるので,まずは眼鏡合わせを行い,可能な範囲で本人の自覚改善を検討する.0.5未満の場合は,通常の近用眼鏡では,新聞などの文字は読みづらくなる.中心暗点は焦点距離を短くすると,自覚する暗点が小さくなることと,拡大効果があるため,通常よりも加入度数を強くしたハイパワープラスレンズを試す.そのほか,拡大鏡や拡大読書器(図1)は,読字にあたらしい眼科Vol.42,No.6,20257190910-1810/25/\100/頁/JCOPY図1拡大読書器(携帯型)見たい対象物の上に乗せて,小型カメラで読み取り,対象物の文字や画像を,拡大・白黒反転して見えやすい状態に表示する機器.視覚障害者手帳の所有者であれば,等級にかかわらず給付の対象となる.(日本眼科医会ホームページ「ロービジョンケア」より転載)効果的である.身障手帳の申請が可能かの判断も行う.低い等級でもメリットは複数あり,拡大読書器は視覚の身障手帳があれば日常生活用具として申請可能な自治体がほとんどである.前述のように視力障害の基準に該当しない程度のロービジョンの患者も多いが,その場合は視野障害での申請を検討する.視野障害については,自動視野計の中心視野10-2プログラムが患者の見えにくさをとらえやすい.中心10°の視野は,網膜において直径約6mm大に相当し,ちょうど黄斑部の大きさとなる.中心窩の障害が中等度であり,重度の視力低下に至っていなくても,黄斑部における網膜障害面積が広範囲の場合は見えづらさが強くなり,それは中心視野検査にて中心視野感度低下として反映される.症例提示両眼加齢黄斑変性(網膜内血管腫状増殖)の96歳,女性の症例を提示する.9年前から抗VEGF療法を開始し,右眼43回,左眼37回の投与歴があり,黄斑部萎縮が進行している.矯正視力は右眼0.4,左眼0.2.独居で,元気で生活自立しており,家事はできるが文字が読みにくいことに困っているとのこと.拡大読書器を体験し,とても見えやすく申請希望となった.視力障害では身障手帳に該当しない720あたらしい眼科Vol.42,No.6,2025ため,自動視野計10-2プログラムで視野検査を行い,中心視野障害で5級相当にて申請した(図2).眼鏡合わせ,ルーペ選定(4倍)を行い,拡大読書器を申請した.生協のカタログを見たり,文庫本を読めるようになった.おわりに2024年「新生血管型加齢黄斑変性の診療ガイドライン」が公表され,初めて治療と管理の項目にロービジョンケアが記載された.抗VEGF療法を継続する患者の見えづらさの手助けをすることは,患者の生活の質を改善し,心理的支援にも寄与する.抗VEGF療法の診療と並行して,ロービジョンケアマインドをもって診療にあたっていただきたい.文献1)湯沢美都子,鈴鴨よしみ,李才源ほか:加齢黄斑変性のqualityoflife評価.日眼会誌108:368-374,20042)日本眼科医会:クイック・ロービジョンケアハンドブック.日本の眼科9:付録,20213)平塚義宗:スマートサイト整備への取り組み.日本の眼科94:1490-1491,20234)稲葉純子,中路裕,百々由加利ほか:京都ロービジョンネットワークへの医療機関からの5年間の相談1,108件の検討.眼臨紀17:371-376,20245)日本網膜硝子体学会新生血管型加齢黄斑変性診療ガイドライン作成ワーキンググループ:新生血管型加齢黄斑変性の診療ガイドライン.日眼会誌128:680-698,2024(78)