●連載監修=安川力髙橋寛二75.加齢黄斑変性の薬理遺伝学研究秋山雅人九州大学大学院医学研究院眼病態イメージング講座加齢黄斑変性(AMD)は,病気のなりやすさに遺伝的影響が強い.このことから,治療反応性にかかわる遺伝要因についても数多くの報告がこれまでになされているが,その結果は一貫性がなく,臨床で使えるマーカーは見つかっていない.AMD患者に最適な治療をもたらすために,さらなる薬理遺伝学研究が必要である.はじめに最近,precisionmedicineという言葉が医学研究において盛んに用いられるようになってきた.これは,オバマ前米国大統領がC2015年に提案した“Precisionmedi-cineinitiative”に由来しており,個人の違いを考慮した医療のことである.DNA二重らせん模型の横で演説したため,遺伝情報を活用する印象が強いが,環境やライフスタイルの違いについても述べられており,遺伝情報だけに注目しているわけではない.個人にあった疾患予防や治療法を開発し提供することをめざしているが,近年ではプロテオミクスやメタボロミクスのようにさまざまな情報を得ることができるため,個々の違いをさまざまな角度から特徴づけることが可能となってきており,個別化医療に役立つことが期待され,DNAはそのなかでも実際に癌の分野やいくつかの薬剤の選択の際に,臨床で用いられるようになってきている.本稿では,加齢黄斑変性(age-relatedCmacularCdegen-eration:AMD)の抗CVEGF薬治療に関して行われたこれまでの遺伝子研究の結果について概説する.薬理遺伝学研究個人の薬物への治療反応性は,病気の状態だけではなく,遺伝的要因も影響するものが知られている.薬物治療反応性や副作用に影響する遺伝要因を研究する分野は薬理遺伝学とよばれ,薬物反応性の個人差についてさまざまな知見が得られている.AMDではこれまでに,光線力学療法や抗CVEGF治療に対して薬理遺伝学研究が報告されている.薬理遺伝学研究を解釈するうえで重要なのは研究デザインを理解することであり,候補遺伝子アプローチと網羅的なゲノムスクリーニングであるゲノムワイド関連解析(genome-wideCassociationstudy:(75)GWAS)に大別される.候補遺伝子アプローチは,病態や薬物の作用機序を考慮し治療反応性に影響しそうな遺伝子を選出し,関連すると思われる遺伝的変異について測定し検証を行う.一方,GWASでは,ゲノム上の遺伝的変異を対象に網羅的に治療反応性との関連を検討する.GWASは仮説を置かないため,過去に想定されていないような知見が得られる可能性を秘めているが,網羅的なスクリーニングであることから,多重検定という問題が存在し,p<5.0C×10-8と厳格な統計学的有意水準が定められている.また,同定された結果について再現性の検証(replicationstudy)が必要であることから,得られた結果の再現性は高いと考えられている.CAMDにおける抗VEGF薬治療反応性の薬理遺伝学研究2007年頃からC50を超えるCAMDの薬理遺伝学研究の結果が報告されているが,これらのほとんどは候補遺伝子アプローチで行われたもので,GWASの報告はC4報に限られている.各研究の結果についてはよくまとまった総説1)があり,本稿では個々の説明は省略する.過去の研究の特色として,多くがC100人規模の検討であり,500人を超える規模での検討はC7報程度である.また,CATTstudyやCIVANstudyのような臨床研究のグループもゲノム解析を実施している.過去の候補遺伝子を対象とした研究では,AMDの発症にかかわる一塩基多型と治療反応性の関係を調べているものが多く,とくにAMD発症への影響が大きいCCFHとCARMS2/HTRA1に存在する一塩基多型の影響を評価したものが多い.しかし,過去の報告は一貫性がなく,現時点では臨床に用いるほどのエビデンスは得られていない.これまでに報告されたC4報のCGWASについて表1にまとめた.これまでのCGWASは,すべてが異なるアウあたらしい眼科Vol.37,No.4,2020C4510910-1810/20/\100/頁/JCOPY表1これまでに報告された抗VEGF治療反応性のGWASFrancisPJC2225348544/(─)治療開始からC6カ月後の視力変化量CRiazMetalC27892514C297/376治療開始からC6カ月後のCETDRS5文字以上の悪化C1)導入期後の滲出性変化の消失YamashiroKetalC28835685C256/2052)導入期後の治療開始からC1年以内の追加治療3)治療開始からC1年後の視力変化量CAkiyamaMetalC30054556C434/485治療開始からC3カ月後の視力の維持PMID:PubMedの論文CID抗CVEGF治療の反応性にかかわる遺伝要因を検索するために実施されたCGWASの対象サンプル数とアウトカムについてまとめた.トカムについて検討が行われている.また,2報は日本人を対象に行われ,1報は京都大学を中心とした多施設共同研究であり,もうC1報は筆者らの共同研究グループが報告したものである2,3).本稿執筆時点では,筆者らが行ったC919人を対象とした研究が最大規模であるが,それでもゲノムワイド有意水準を満たす領域は同定できなかった.筆者らの研究では,治療開始後C3カ月で視力が維持もしくは改善した群と悪化した群について検討を行っているが,統計学的な検出力について検討したところ,頻度がC15%以上ある一塩基多型について,オッズ比でC2.5以上の影響があればC92%以上の検出力があると推定している.このことから,治療反応性に強く影響するマーカーは存在する可能性が低いと予測される.これからの薬理遺伝学研究現時点では,臨床で利用可能な抗CVEGF治療反応性の遺伝マーカーは存在しない.しかし,1回の治療が高額であることを考えると,必要のない治療を避けることを可能にするマーカーが存在するのであれば,ゲノムを調べる有用性はあると思われる.最後に,分子標的薬の反応性を理解するうえで重要な報告があるので紹介する.発作性夜間ヘモグロビン尿症の治療で用いられるエクリズマブ(商品名ソリリス)は日本人患者の約C3%において治療反応が不良であることが知られていた.Nishimuraらはエクリズマブの標的であるCC5の遺伝子翻訳領域について検討を行い,反応不良の患者では,薬剤が認識するエピトープの近傍にある885番目のアルギニンをヒスチジンに変化させる遺伝的変異を有することを報告している4).また,重要なことC452あたらしい眼科Vol.37,No.4,2020に,この変異は人種特異的であると報告されている.萎縮型CAMDに対して補体をターゲットにした薬剤の開発が進められているが1),今後もさまざまな分子標的薬が臨床で用いられることを考えると,治療反応に個体差がある場合にはその原因が遺伝的な違いによるものである可能性を念頭におき,分子標的薬の認識部位に着目することで,薬剤反応性に影響する遺伝要因が効率的に同定されることが期待される.おわりに個人間の薬物に対する反応性を理解するために,患者負担の削減や最適な治療方法の選択に貢献する可能性があることから,今後も薬理遺伝学研究を推進していくことが望まれる.文献1)Lores-MottaL,deJongEK,denHollanderAI:Exploringtheuseofmolecularbiomarkersforprecisionmedicineinage-relatedCmacularCdegeneration.CMolCDiagnosisCTherC22:315.343,C20182)YamashiroK,MoriK,HondaSetal:Aprospectivemul-ticenterstudyongenomewideassociationstoranibizum-abCtreatmentCoutcomeCforCage-relatedCmacularCdegenera-tion.SciRepC7:9196,C20173)AkiyamaCM,CTakahashiCA,CMomozawaCYCetal:Genome-wideCassociationCstudyCsuggestsCfourCvariantsCin.uencingCoutcomesCwithCranibizumabCtherapyCinCexudativeCage-relatedCmacularCdegeneration.CJCHumCGenetC63:1083.C1091,C20184)NishimuraJ,YamamotoM,HayashiSetal:Geneticvari-antsCinCC5CandCpoorCresponseCtoCeculizumab.CNEnglJMedC370:632.639,C2014(76)