基礎研究コラム?監修北澤耕司・村上祐介・中川卓脂質メディエーターと網膜脂質とは生体を構成する有機物には蛋白質,糖質,脂質,核酸があります.脂質はエネルギー源であること以外に生体膜成分,生理活性シグナル分子,生体バリア機能という重要な機能を有しています.細胞膜を構成する脂質二重膜成分のリン脂質は,加水分解によりリゾリン脂質と脂肪酸に分けられます(図1).脂肪酸からはアラキドン酸に由来するプロスタグランジンやロイコトリエンなどのエイコサノイドが生成され,脂質メディエーターの研究はエイコサノイドに関するものに代表されています.しかし,近年はリゾホスファチジン酸やスフィンゴシン1-リン酸(sphingosine1-phosphate:S1P)など,リゾリン脂質から生成されるリゾリン脂質メディエーターについても研究が進んでおり,臨床応用につながっています1).脂質メディエーターには非常に多彩かつ強力な生理活性がありますが,脂質は化学的に不安定な物質で,すぐに過酸化,加水分解されてしまいます.そのため検出や測定が非常に困難です.しかし,質量解析など近年の測定系発達による脂質研究の発展で,生体内における脂質メディエーターの生理的・病理的役割が明らかになってきました.生理活性脂質を通した眼科領域の研究も進められていますが,網膜領域の関してはまだあまり解明されていません.網膜と脂質メディエーターの関連S1Pは細胞膜成分であるスフィンゴミエリンからセラミド,スフィンゴシンを経て生成されます.筆者らのグループはこれまでに光照射が視細胞外節でS1Pの産生酵素(SphK)を発現させ,視細胞内S1Pを増加させること,SphKの阻害が網寺尾亮東京大学大学院医学系研究科膜光障害を抑制することを報告しました2).S1Pそのものは色素上皮由来の血管新生因子やケモカインの発現に関与していました.また,色素上皮細胞間バリア破綻も引き起こしていました3).さらには特定のS1P受容体阻害薬,またはS1Pシャペロンであるアポリポ蛋白Mの投与が脈絡膜新生血管モデルを抑制したことから4),SphK/S1Pが脈絡膜新生血管を含め,網膜疾患に関与している可能性が考えられました.今後の展望細胞増殖,遊走,血管新生,炎症反応など多岐にわたる生理活性をもつ脂質は,それらを病態とする網膜疾患に関与している可能性があります.今回筆者らが注目したS1Pも加齢性黄斑変性症のような網膜疾患に対する新たな治療ターゲットとなることが期待されます.S1P以外にも多くの脂質メディエーターが知られており,網膜疾患患者の脂質網羅的解析や生理活性の検証などにより,脂質メディエーターによる疾患制御や治療研究がさらに加速することが期待されます.文献1)MandalaS,HajduR,BergstromJetal:Alterationoflymphocytetra?ckingbysphingosine-1-phosphatereceptoragonists.Science296:346-349,20022)TeraoR,HonjoM,UetaTetal:Lightstress-inducedincreaseofsphingosine1-phosphateinphotoreceptorsanditsrelevancetoretinaldegeneration.IntJMolSci20:3670,20193)TeraoR,HonjoM,TotsukaKetal:Theroleofsphingo-sine1-phosphatereceptorsonretinalpigmentepithelialcellsbarrierfunctionandangiogenice?ects.Prostaglan-dinsandOtherLipidMediators145:106365,20194)TeraoR,HonjoM,AiharaM:ApolipoproteinMinhibitsangiogenesisinducedbysphingosine1-phosphateonreti-nalpigmentepitheliumcells.IntJMolSci19:112,2018図1脂質メディエーターの概略図図2S1Pの網膜色素上皮細胞におけるシグナル伝達系(文献2より転載)(89)0910-1810/20/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.37,No.2,2020203