遺伝子情報を活用した個別化医療と遺伝子治療GeneTherapyandPrecisionMedicineUtilizingGeneticInformation山城健児*はじめに滲出型加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegenera-tion:AMD)に対しては抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)療法を行うのが一般的であるが,一部の患者では抗VEGF薬に対する反応が悪く,治療を行っても視力の改善が得られないことがある.また,抗VEGF療法が有効でも治療後すぐに再発をきたす患者もあり,頻回の投与を要する患者も少なくない.実際には追加治療が遅れることよって視力予後が不良となる患者は多く,最近の大きな問題となっている.そこで,それぞれの患者の遺伝子を調べることによって治療反応性や予後を予測して,最適な治療方針を選択しようという試みや,抗VEGF作用をもつ蛋白を遺伝子導入することによって半永久的に分泌させ続けようという試みが行われている.また,これまでにAMDと診断してきた患者の一部は,脈絡膜が厚いパキコロイドという状態が原因となって脈絡膜新生血管を生じているpachychoroidneovasculopathyと診断すべきものであったということが明らかになってきたことで,AMDの治療が大きく変わりつつある.I遺伝子情報を活用した個別化医療AMDは単一の遺伝子に生じた変異が原因となって発症するような,いわゆるMendel遺伝病ではなく,加齢や喫煙といった環境因子や複数の遺伝子の変異・多型が発症しやすさに影響を与えている多因子疾患である.2005年にCFHやARMS2/HTRA1といった遺伝子の変異・多型がAMDの発症に大きく影響を与える感受性遺伝子であるということが発表されて以来,AMDの自然経過や治療反応性に影響を与えている遺伝子がないかどうかを調べる研究が盛んに行われてきた.現時点で,片眼にAMDを発症した患者に対しては,ARMS2/HTRA1の遺伝子配列を調べるだけで,僚眼のAMD発症が予測できるということは間違いないと考えられる1).さらにARMS2/HTRA1の遺伝子配列を調べると,光線力学療法後の視力改善の度合いも予測できるかもしれない(表1).しかし,抗VEGF療法の反応性やその後の視力経過を予測できるような遺伝子はまだ発見されていない.これまでにCFH,ARMS2/HTRA1,VEGFA遺伝子については20報以上の研究結果が報告されているが,再現性のある結果は報告されていないため,少なくともこの三つの遺伝子が抗VEGF療法に対する反応性やその後の視力経過を予測するために使える可能性は低そうである.全ゲノム関連解析も行われているが2,3),明らかな関連が確認された遺伝子多型は報告されておらず,一つの遺伝子がAMDの抗VEGF療法の効果に大きく影響している可能性は低いのかもしれない.最近になって,後述するように今までにAMDと診断してきた症例の一部はpachychoroidneoasculopathyという異なった遺伝子背景をもつ一群であったことが判明した.AMDをpachychoroidneovasculopathyとpachychoroidneo-◆KenjiYamashiro:大津赤十字病院眼科〔別刷請求先〕山城健児:〒520-8511滋賀県大津市長等1-1-35大津赤十字病院眼科(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(23)271表1遺伝子多型とAMDとの関連遺伝子AMD発症僚眼の発症PDT後の視力経過抗VEGF療法後の視力経過CFH関連あり───ARMS2/HTRA1関連あり関連あり関連ありそう─図1PachychoroidのOCT画像図2Pachychoroid系疾患の進行図3CFH遺伝子多型と疾患発症との関係vasculopathyではないものとに分けて遺伝子研究をすることで,個別化医療(precisionmedicine)に活用できる遺伝子が発見できるのかもしれない.IIPachychoroid疾患の遺伝子的背景AMDは本来ドルーゼンを背景にして発症するものであると考えられており,白人のAMD眼にはドルーゼンが認められることが多い.一方で,アジア人ではドルーゼンがない眼にAMDが発症することが多いにもかかわらず,アジア人のAMDは白人のAMDと同様のものとして扱われてきた.光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)の進歩に伴って,脈絡膜の状態が詳細に観察できるようになった.2009年にはOCTを使って中心性漿液性網脈絡膜症(centralserouschorioretinopathy:CSC)患者の脈絡膜を観察した結果,CSCの脈絡膜が厚いということが明らかになり,この厚い脈絡膜がCSCの発症要因となっているのかもしれないと考えられるようになった4).最近になってこの脈絡膜が厚い状態をpachy-choroidとよんで(図1),pachychoroidを背景として発症する疾患群をpachychoroid疾患群としてとらえようという考え方が提唱されてきた.そのおもなものはCSC,pachychoroid色素上皮症,pachychoroidneovas-culopathy,pachychoroidgeographicatrophyである(図2).Pachychoroid色素上皮症は不全型CSCのようなものであると考えられており,網膜色素上皮には障害が生じているものの,漿液性網膜?離が認められないものをさす.漿液性網膜?離の既往があった場合にはCSCと診断することになる5).CSCやpachychoroid色素上皮症からは脈絡膜新生血管や地図状萎縮が生じることがあり,前者がpachychoroidneovasculopathy,後者がpachychoroidgeographicatrophyである6,7).遺伝子的な背景を比較すると,CFH遺伝子の多型については,AMDを発症しやすい遺伝子型をもっているとpachychoroidになりにくく,pachychoroidになりやすい遺伝子型をもっているとAMDにはなりにくいということがわかってきている8()図3).Pachychoroidとドルーゼンを背景にしたAMDとは,CFH遺伝子という図4CFH遺伝子とCSCの経過との関係表2遺伝子治療の方法と対象疾患治療方法単一遺伝子疾患(Mendel遺伝病)多因子疾患機能喪失型変異機能獲得型変異遺伝子修復○○×機能喪失型変異の導入×○×正常遺伝子の導入○△×治療保護作用の導入○○○観点からみると正反対の疾患群であると考えられる.IIIPachychoroid疾患の個別化医療と考えられる.IV遺伝子治療CSCの多くは大幅な視力低下をきたすことなく自然治癒することが多いが,その後にpachychoroidneovas-culopathyに進行してしまうと視力予後が悪くなる.このCSCからpachychoroidneovasculopathyへの進行が,CFH遺伝子を調べることで予測できるかもしれない.最近の研究では,CSC患者のCFH遺伝子の多型を調べた結果,AMDを発症しにくい遺伝子型をもっているとCSCが自然治癒しやすく,pachychoroidneovasculopa-thyへは進行しにくくなり,AMDを発症しやすい遺伝子型をもっているとCSCが自然治癒しにくく,pachy-choroidneovasculopathyに進行しやすくなるということがわかってきた9()図4).CSCに対しては初診時にCFH遺伝子を調べて,自然治癒しやすい遺伝子型をもっている患者に対しては,まずは経過観察をして,自然治癒しにくい遺伝子型をもっている患者に対しては早めに治療を検討するほうがよいのかもしれない.また,自然治癒しにくい遺伝子型をもっている患者に対しては,早期に治療を行うことでpachychoroidneovasculopa-thyへの進行予防まではできなくても,pachychoroidneovasculopathy発症後の重症度を軽減できる可能性はあるため,今後,前向き研究で確認していく必要がある最近ではAMDに対する遺伝子治療も注目されはじめている.遺伝子治療という言葉をみると,変異が生じている遺伝子を修復することによって治療をめざす場合だけを遺伝子治療とよぶと考えそうになるが,実際には変異遺伝子はそのままにしておいて,新たな遺伝子を導入することで治療効果をめざすものが多い(表2).また,遺伝子の変異によって異常な機能をもつ蛋白が生じることが疾患の原因となっている場合には,さらに変異を生じさせてその蛋白の機能を喪失させたり,蛋白そのものを喪失させることによって治療効果を狙うこともある.AMDは多因子疾患であるため,遺伝子を修復することで治療をめざすような疾患ではない.多くのAMD患者には抗VEGF療法は有効であるが,その一部では黄斑部の滲出性変化が消退した状態(drymacula)を維持するために抗VEGF薬の頻回投与が必要となることが問題となっているため,網膜色素上皮細胞に遺伝子を導入して,抗血管新生作用を産生させ続けようという遺伝子治療が試みられている(表3).遺伝子の導入方法としてはウイルスが細胞に感染する機序を利用するものが多く,ウイルスベクターとしてはアデノ随伴ウイルス(adeno-associatedvirus:AAV)やレンチウイルスが表3AMDに対する遺伝子治療薬剤名ベクター導入物投与経路RGX-314AAV8antiVEGFfabPPV+subretinalinjectionADVM-022AAV2.7m8a?iberceptIntravitrealinjectionADVM-032AAV2.7m8ranibizumabIntravitrealinjectionAAV2-sFLT01AAV2sFlt11.Intravitrealinjection2.PPV+subretinalinjectionrAAV.sFLT-1rAAVsFlt1PPV+subretinalinjectionRetinostatLentivirusEndostatin/angiostatinPPV+subretinalinjectiona?iberceptsolubleVEGFR1(sFlt1)VEGFR1VEGFR2(Flt1)(Flk1,KDR)図5VEGFと結合する薬剤と受容体広く用いられている.エンドスタチンやアンジオスタチンには血管新生抑制作用があるため,レンチウイルスを使ってこれらが15人のAMD患者に網膜下投与されたことがある.しかし,視力や網膜厚に対しては有意な治療効果は確認できなかった10).また,VEGFの受容体には細胞膜から遊離して存在するsFlt1とよばれるものがあり,sFlt1がVEGFと結合すると,細胞表面にあるVEGF受容体への結合を阻害することになる(図5).そこでアデノウイルスをベクターとして使って,sFlt1を導入しようという治療も試みられた11,12).投与経路としては硝子体注射または硝子体手術(parsplanavitrectomy:PPV)時の網膜下投与が採用されたが,いずれも臨床的に有効であることが証明できそうな結果は得られていない.ただし,上述の試験の結果によって遺伝子治療の安全性は確認されており,導入効率の改善などによって,AMDに対する遺伝子治療は実現できるのではないかと考えられるようになった.最近ではラニビズマブのような抗VEGF抗体の抗原接着部位(Fab)だけを導入したり,アフリベルセプトと同様の構造をもつ蛋白を導入したりすることで,AMDを治療しようとする研究が進んでいるADVM-022は2018年から2年間のphase1studyが始まっており,RGX-314については2019年3月から5年間の長期経過を前向きに観察する研究が始まっている.おわりにAMDに対する抗VEGF療法が一般的になってきたことで,問題点も明らかになってきた.遺伝子情報を活用した個別化医療や遺伝子治療によって,AMD患者の視力予後がさらに改善していくことが期待される.文献1)TamuraH,TsujikawaA,YamashiroKetal:AssociationofARMS2genotypewithbilateralinvolvementofexuda-tiveage-relatedmaculardegeneration.AmJOphthalmol154:542-548,20122)YamashiroK,MoriK,HondaSetal:Aprospectivemul-ticenterstudyongenomewideassociationstoranibizum-abtreatmentoutcomeforage-relatedmaculardegenera-tion.SciRep7:9196,20173)AkiyamaM,TakahashiA,MomozawaYetal:Genome-wideassociationstudysuggestsfourvariantsin?uencingoutcomeswithranibizumabtherapyinexudativeage-relatedmaculardegeneration.JHumGenet63:1083-1091,20184)ImamuraY,FujiwaraT,MargolisRetal:Enhanceddepthimagingopticalcoherencetomographyofthecho-roidincentralserouschorioretinopathy.Retina29:1469-1473,20095)WarrowDJ,HoangQV,FreundKB:Pachychoroidpig-mentepitheliopathy.Retina33:1659-1672,20136)PangCE,FreundKB:Pachychoroidneovasculopathy.Retina35:1-9,20157)TakahashiA,OotoS,YamashiroKetal:Pachychoroidgeographicatrophy:clinicalandgeneticcharacteristics.OphthalmolRetina2:295-305,20188)HosodaY,YoshikawaM,MiyakeMetal:CFHandVIPR2assusceptibilitylociinchoroidalthicknessandpachychoroiddiseasecentralserouschorioretinopathy.ProcNatlAcadSciUSA115:6261-6266,20189)HosodaY,YamashiroK,MiyakeMetal:Predictivegenesfortheprognosisofcentralserouschorioretinopa-thy.OphthalmolRetina3:985-992,201910)CampochiaroPA,LauerAK,SohnEHetal:Lentiviralvectorgenetransferofendostatin/angiostatinformaculardegeneration(GEM)study.HumGeneTher28:99-111,201711)HeierJS,KheraniS,DesaiSetal:IntravitreousinjectionofAAV2-sFLT01inpatientswithadvancedneovascularage-relatedmaculardegeneration:aphase1,open-labeltrial.Lancet390:50-61,201712)RakoczyEP,MagnoAL,LaiCMetal:Three-yearfol-low-upofphase1and2arAAV.sFLT-1subretinalgenetherapytrialsforexudativeage-relatedmaculardegener-ation.AmJOphthalmol204:113-123,2019