フェムトセカンドレーザーを用いた角膜移植FemtosecondLaser-AssistedKeratoplasty妹尾正*はじめにレーザーは1917年にアインシュタインによって報告された.その後多くの研究を経て1947年にウィリス・ラムによって初めてレーザーのデモンストレーションが行われると,レーザーの開発・応用は瞬く間に進展してExcimerArgonDiodeNd:GlassEr:Yag193nm457~514nm805~820nm1,053nm2,940nm遠紫外線可視光線近赤外線CO210,600nmゆく.LASERの名前はゴードン・グルードの論文に記載されたLightAmpli?cationbyStimulatedEmissionofRadiation(輻射の誘導放出による光増幅)の頭字語でエキシマレーザー・フッ化アルゴンガス・波長193nm・パルス幅10~25nsフェムトセカンドレーザー・ネオジウムガス・波長1,053nm・パルス幅600~800fsある1).レーザーの特徴は可干渉性(コヒーレンス)とパルス発振にある.コヒーレンスはさらに空間的コヒーレンスと時間的コヒーレンスに分けられる.これを大まかに説明すると,レーザーは純粋な波長をもつ光であるため,干渉させると純粋な結果が得られ(空間的コヒーレンス),どこまで距離をおいても波長が変化しない(時間的コヒーレンス)ということである.一方のパルス発振とは,ナノ秒~フェムト秒といった非常に短い時間幅のパルス光を発振することである.これらレーザーの特性を生かした製品はDVDレコーダーなど,われわれの日常生活空間に多数存在している.Iフェムトセカンドレーザー眼科で用いられているレーザー医療機器は,網膜光凝固装置などに代表される治療用からフレアセルメーターや眼底血流測定装置などの検査用に至るまで,眼科診療においては必要不可欠なものとなっている.現在,眼科領域でおもに用いられている治療用レーザーは,遠紫外図1眼科治療用レーザーフェムトセカンドレーザーは波長1,053nm,パルス幅600~800フェムト秒の近赤外線レーザーである.線レーザーのエキシマレーザーから赤外線レーザーのCO2レーザーまで,多種多様である(図1).フェムトセカンドレーザー(femtosecondlaser:FSL)は近赤外線・超短パルスレーザーで,約600~800フェムト秒(1フェムト秒は1×10?15秒にあたる)という非常に短い時間でレーザー照射が可能で,きわめて小さい範囲に高出力のレーザーを照射することができる.1点に照射される1パルスあたりのレーザーピークエネルギー量は,「照射エネルギー(J)/(ビームスポット面積・レーザーパルス時間幅)」で表すことができる.つまり照射エネルギー総量を抑えても,小さな範囲に超短時間でレーザーを照射することで,照射された部位に大きなエネルギーを与えることができる.たとえば,1μJの照射エネルギー量で,600fs(フェムト秒)=600×10?15秒でレーザーを照射すると,レーザーピークエネ◆TadashiSeno:獨協医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕妹尾正:〒321-0293栃木県下都賀郡壬生町大字北小林880獨協医科大学眼科学教室(0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(3)117図2フェムトセカンドレーザーによる組織切開レーザー照射によって組織内に約10μm程度の間隙ができる.これを次々とつなげてゆくことで切開する.ルギー量は10?6/600×10?15=1.67MWとなる.この強い光エネルギーで分子結合を切断し,レーザー照射周囲に熱拡散することなく分子を除去する.一方,CO2レーザーのようなマイクロセカンドレーザーを用いても組織の切断は可能であるが,CO2レーザーでは,照射された部位の分子が光エネルギーを吸収して振動し,熱エネルギーに変換されて溶融・蒸発することで組織が切断される.このため止血効果などが得られるものの周辺組織への影響が生じる.FSLによる組織切断は光分裂(photodisruption)とよばれ,この光分裂によって作製された点状の空洞をつなげて組織を切断するのがFSLの特徴である(図2).FSLは,この光分裂によって理論上無制限の形状で正確に角膜を切開することができる(図3).II角膜移植におけるFSLの応用角膜におけるFSLの外科的応用は広い範囲に及び,LASIK(laserinsitukeratomileusis)のフラップ作製2)や白内障手術の創口作製3),intracornealringsegment挿入用の角膜内トンネルの作製4)など多くの角膜手術に用いられている.角膜移植においても多くの術式にFSLは用いられるようになった5).しかし,このFSLの臨床応用には,FSLによる正確な切除を行うための正確な計測機器が必要となる.正確に切開できるテクノロジーがあっても,切除深度や位置を設定するための正確なマップがなければ意味がなくなる.当院で行われているFSLを用いた角膜移植では,前眼部光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)と角膜トポグラフィーは必要不可欠の検査であ図3フェムトセカンドレーザーによる角膜切開パターン縦・横・斜めの面状切開や表面に傷をつけずに実質内のみ切開することができる.る.角膜トポグラフィーはfulllamellarcutの際の切除深度決定,sidecutや角膜patchの位置決定に用いている.また,前眼部OCTは角膜の厚さや前房深度,虹彩前癒着の有無を事前にチェックしておくことに用いられている.これらのデータをもとにFSLの切除設定をしている(図4).図4,5に示す円錐角膜症例は,角膜トポグラフィーのpathymetryでの角膜最薄値は257μmであったが,OCTでは213μmであり,この結果からfulllamellarcutの深度は110μmとし,下方の菲薄化した部分をカバーするサイズとして直径7.6mmでの切開をセットして手術を行った結果,Descemet膜の穿孔を生じることなく深層層状移植(deepanteriorlamellarkeratoplasty:DALK)を執刀することができた(図5).一方で,移植適応疾患に対し必要となる部分だけを移植する角膜パーツ移植が角膜移植の主流となった現在,古典的には角膜移植とほぼ同義語であった従来の全層角膜移植術(penetratingkeratoplasty:PKP)は,角膜移植の術式の中の一つの選択肢にしかすぎなくなった.角膜パーツ移植は全層移植と比較し,術中術後の合併症を最小限度にとどめることができる.角膜実質による視力低下には層状角膜移植,角膜内皮障害には内皮移植が用いられるが,ドナー角膜を必要なパーツに切り分けるにはlamellarcutは不可欠で,正確なlamellarcutを行えるFSLの役割は大きい.ab7.6mm図4円錐角膜に対する深層層状角膜移植(DALK)前眼部光干渉断層計(a)と角膜トポグラフィー(b)でその形状を十分に観察し,これらのデータを元にフェムトセカンドレーザーの切除設定を決定する(c).図5フェムトセカンドレーザー(FSL)?深層層状角膜移植(DALK)の手術手順a:レシピエントへのFSL照射.b:レシピエントへのFSL照射後.c:角膜表層の切除.d:Descemet膜の露出,e:ドナー角膜へのFSL照射.f:移植片切離.g,h:移植片縫着.ab図6トレパンブレードとフェムトセカンドレーザー(FSL)による角膜全層移植(PKP)a:トレパンブレードによるPKP.切断面は垂直なためしっかりとした縫合が必要となる.また,トレパンによる切開にズレが生じることもありドナーとレシピエントの形状が不安定なことがある.b:FSLによるPKP(zig-zag).切断面が同一な上ドナーとレシピエントの接着性がよいため,術後の早期安定が得られる.FSLmicrokeratome図7AOCTによるフェムトセカンドレーザー(FSL)とmicrokeratomeによる表層切除の比較豚眼を用いて角膜切除を行い設定角膜厚との差を比較した.FSLでは切除断端がほぼ直角に面取りされているのに対し,microkeratomeではなだらかな傾斜を形成している.角膜中央部はFSLでもmicrokeratomeでも厚さに差は少なかったが,周辺部は角膜中央部との差が有意にmicrokeratomeで大きい傾向にあった.図8Descemet膜角膜内皮移植術(DSAEK)・深層層状角膜移植(DALK)用角膜切開のデザイン当院で用いているlamellarcutデザインは約410~430μmの深さでlamellarcutを行い,前方をDALK,後方をDSAELに用いている.1.FSLによるサイドカットサイドカットは,これまでのトレパンを用いた垂直方向のみの切開から,FSLによる種々の形状での切開が可能になった(図6).iFS(ABOT社)ではzig-zag形,top-hat形,mushroom形,christmastree形などの形があらかじめシステムソフト内に設定されている.当院ではPKPにはzig-zag形で,層状移植には120°の角度をつけた形でサイドカットを行っている.FSLを用いてサイドカットの形状を変えることで,ドナーとレシピエントのサイズ・深度などの形状を一致させることがで角膜白斑水疱性角膜症DSAEK図9Descemet膜角膜内皮移植術(DSAEK)と深層層状角膜移植(DALK)の同一ドナーからの移植図10に示した切開で作製した移植片を2人に移植している.きる.これによって縫合数を減らし,かつ抜糸の時期を早めることができるため,治癒および視力の回復を早めることができる.また,zig-zag形状を取ることでドナーとレシピエントの間の接着面積が広がり,眼球全体の剛性が上がった.しかし,一方で術後最終視力や内皮細胞減少率などには差を認めなかった6).これらの有効性の検証や新たな角膜切開形状の検討は今後も重要な課題である.2.FSLによるlamellarcut前述の通り角膜を水平に切断するlamellarcutはLASIKのフラップ作製,パーツ移植などに用いられている.最大の利点は切除深度を正確に決定できる点とサイドカットの面取りをできる点である(図7).このためLASIKでは術後のフラップの位置ズレが少なく,しかもmicrokeratomeより薄いフラップを作製できるために手術の適応が広くなり,当院では全例FSLを用いてLASIKを行っている.一方,パーツ移植では,内皮移植用の移植片と層状移植用の移植片とを一つの角膜から切り出し,一つのドナー角膜から2人の患者にそれぞれ移植することが可能になった(図8,9).さらに顆粒状角膜変性などのように角膜混濁が角膜のごく浅層に限局しているような例では,サイドカットにアングルをつけることで無縫合での表層移植を行える.DALKに対しては約80%の深さまでFSLを用いて角膜を切除し,残存した厚さ約100μmの角膜実質をbig-bubble法(BB)で切除しDescemet膜を露出する.その後0.2mm大きい移植片をドナー角膜から相似形で切り出し,8針端端縫合し手術を終了する.この方法により手術時間を短縮することができ,かつ面取りを行うこ図10フェムトセカンドレーザー(FSL)によるbig?bubble法を用いた深層層状角膜移植(DALK)a:FSL照射によるlamellarcutを実質約100μm残して行う.b:切開後の混濁角膜実質の除去.c:除去後.d:残存した混濁角膜からbig-bubble法でDescemet膜を?離.e:残存角膜実質の除去.f:角膜中央部のDescemet膜が露出されている.g:レシピエントと同様の設定で作製したドナー角膜をのせる.h:8針端端縫合を行い手術を終了する.i:術1カ月後の前眼部.とで,ホスト-ドナー・ジャンクションを正確に合わせることができる(図10).FSLによるlamellarcutの応用はほかにも種々あり,部分的な切除やBB用の切開法などが報告されている.しかし一方で近年DSAEK用のmicrokeratomeは,ヘッドのディスポーザブル化に伴って切除深度を110~550μmの範囲で選択できるようになった.さらに,これまでフリーハンドで使用していたものがオートマチックになり切開の質が格段に向上した.FSLとの術後予後の比較が今後検討されてゆかなければならない.III今後の課題角膜移植に対するFSLの導入によって,従来は考えられなかったような切開や切除が可能になった.しかし,現時点ではまだ従来の角膜移植手技を凌駕するまでには至っていない.またFSLは,メーカーによってその切除形式が若干異なり,カッティングのパターンもさまざまなため,切除の状態がそれぞれ機種によって異なる7()図11).さらに近年,lamellarcutのパターンやlaserパワーを調整することでよりスムーズな表面を形ab図11Lamellarcutパターンによる切除面の比較350μmの深さでlamellarcutをrasterパターン(iFS,abbot社)とspiralパターン(Visumax,Zeiss社)で比較した.a:Rasterパターンでは縦方向と横方向の切断面の質に差があるのに対し,b:Spiralパターンでは縦横ほぼ同等の切断面が形成されている.成できるかどうかの基礎実験なども行われている.一方でFSLの使用にあたっての問題点として,手術室のスペースや温度管理,ランニングコストなどがあり,現状での本術式の価値を危ぶむ報告すらある8).現状ではランニングコストに見合うほどの大きなメリットがあるとは言いきれないが,バージョンアップや新機種参入での照射スピードや機械の安定性は常に向上している.筆者らのデータでも後発機種になるほど切開の質は改善されていた.また,屈折矯正手術や白内障手術への適応拡大は,米国の調査会社MarketsandMarkets社による「眼科レーザー市場,2021年までのグローバル予測」の中でも最大規模になると予想されており,これらを踏まえた産学協同による研究の成果に今後期待したい.文献1)沓名宗春:レーザーの科学─人工の光が生む可能性─.NHKブックス,日本放送出版協会,19932)DurrieDS,KezirianGM:Femtosecondlaserversusmechanicalkeratome?apsinwavefront-guidedlaserinsitukeratomileusis:prospectivecontralateraleyestudy.JCataractRefractSurg31:120-126,20053)MasketS,SaraybaM,IgnacioTetal:Femtosecondlaser-assistedcataractincisions:architecturalstabilityandreproducibility.JCataractRefractSurg36:1048-1049,20104)BastosPrazeresTM,daLuzSouzaAC,Pereira,NCetal:Intrastromalcornealringsegmentimplantationbyfemtosecondlaserforthecorrectionofresidualastigma-tismafterpenetratingkeratoplasty.Cornea30:1293-297,20115)YooSH,HurmericV:Femtosecondlaser-assistedkerato-plasty.AmJOphthalmol151:189-191,20116)妹尾正:フェムトセカンドレーザーによる角膜移植.臨眼72:109-115,20187)宮島大河,石丸慎平,小作明則ほか:フェムトセカンドレーザーによる角膜切除への角膜上皮の影響.眼科手術29:309-313,20168)DanielMC,BohringerD,MaierPetal:Comparisonoflong-termoutcomesoffemtosecondlaser-assistedkerato-plastywithconventionalkeratoplasty.Cornea35:293-298.2016