緑内障における視野予後予測は可能かCanWePredictthePrognosisofVisualFieldDefectsinGlaucoma?新田耕治*はじめに緑内障患者を初診して,眼圧は正常だが,眼底検査,画像解析,視野検査を施行し,緑内障性構造変化に一致した機能変化を認め,正常眼圧緑内障(normaltensionglaucoma:NTG)と診断したときに,この症例は10年後,20年後にどのような病期に進行するのだろうか,と考えてみることがよくある.NTGに限らず,緑内障性視野障害の進行具合を予見できたら日々の診療に役立つと思われる.そこで本稿では緑内障視野障害の予後を予測できるのかについて詳説する.I緑内障における予後予測の必要性緑内障治療に関してエビデンスが存在するのは眼圧下降療法のみである.しかし,眼圧を十分に下降しても進行する緑内障にしばしば遭遇する.日本において緑内障の病型の多くを占めるNTGでは,ベースライン眼圧が14mmHg以下の患者に多種の点眼を使用して治療しても視野障害が進行する症例も多く存在する(図1).もともと眼圧が正常平均値より低く,治療によりさらに下降しても緑内障が進行するのであれば,治療する意義があるのか,医師も患者も疑心暗鬼になり,両者の良好な信頼関係も築けない.逆に,14mmHg以下で無治療でもまったく進行しないNTGも存在する(図2).近年のさまざまな検討においてNTGの進行の危険因子を解析してみると,眼圧以外の因子も多種検出される.個々の症例を振り返ってみると,進行する症例にはやはりそれなりの理由があることが多い.緑内障領域では,医療機器の進歩により数値化されたパラメータが多数あるので,それらを統計解析すれば緑内障症例の将来の予後を予測できる可能性がある.IIこれまでの緑内障における予後予測の試み以前にも緑内障予後予測の試みがなされている.DeMoraes1)らは緑内障治療を受けた患者の視野を予測するモデルを開発して検証した.緑内障587眼のデータを使用して,進行リスクおよび視野進行速度に関する予測式を構築した.RateofVFchange(dB/year)=-0.5343+(age)×-0.005227+(CCT)×0.002212+(DH)×-0.16+(peakIOP)×-0.0259+(meanIOP)×-0.008372+(beta-PPA)×-0.04003+(exfoliation)×-0.07813+(glaucomasurgery)×0.4521+(glaucomasurgery×meanIOP)×-0.04704構築した予測式は,4年以上経過観察された別のコホートデータ(n=62眼)で検証され,実測値と予測値の進行速度の平均差は-0.13dB/年(95%CI=-0.06~-0.18dB/年)で,実測値と予測値の視野のMDの平均差は0.37dB(95%CI=0.00~0.75dB)であった.緑内障治療患者のリスクモデルを作成し検証する最初の試みであり,予測式は中程度の精度を示し,進行性視野障害のリスクを客観的に評価できる可能性を示した.Ernestら2)は,2001~2003年までの原発開放隅角緑*KojiNitta:福井県済生会病院眼科〔別刷請求先〕新田耕治:〒918-8503福井市和田中町舟橋7-1福井県済生会病院眼科0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(37)1213MDslope:-1.47dB/year図1ベースライン眼圧が14mmHg以下で多種の点眼を使用しても進行が速いNTG症例ベースライン眼圧が11.3mmHgと,もともと眼圧が低いので,3成分点眼で13.3%しか眼圧下降せず,MDslope-1.47dB/年と速い進行を認める.角膜厚464μm,角膜ヒステレシス7.25mmHg,11年間に乳頭出血(DH)を6回認めたことなどが,この症例の進行危険因子と考えられる.MDslope:+0.04dB/year図2ベースライン眼圧が14mmHg以下で無治療でもまったく進行しないNTG症例ベースライン眼圧が12.2mmHg,角膜厚610μm,角膜ヒステレシス10.31mmHg,乳頭出血なし.図1の症例と比較して進行の危険因子がないので,まったく進行しないと考えられる.内障(primaryopenangleglaucoma:POAG)連続症例613例のベースラインデータを収集し,2010年までの定期的な視野検査のvisual.eldindex(VFI)を使用して視野の進行率を計算した.3病院の333例をベースラインデータとして使用して予測モデルを開発し,下記の予測式が得られた.VFIrate=2.43+-0.05×age+-1.52×IOP>21mmHg+-1.20×moderateMD+-1.52×lowMDこの予測モデルは,別の2病院の280例をvalidationデータとして使用した.613眼すべての平均5.8年でのVFI進行進行速度は-1.6%/年であった.最終的に影響を及ぼす因子としては,年齢,ベースライン眼圧,ベースライン視野MD値が選択され,予測モデルを使用して-3%/年以下のVFI進行速度を検出できる曲線下面積(areaunderthecurve:AUC)は0.76であったが,外部validationで0.71に減少した.この予測モデルの精度は中等度であるが,視野進行速度の速い患者を特定できる可能性があり,そのような患者の治療を強化する機会を提供する可能性があるという点で,予後予測の検討は有用とされた.海外では上記のような緑内障予後予測の試みがなされてきたが,NTGの頻度が多い日本人の場合に同様の予測式が成り立つかは不明であった.そこで,筆者らは,2009~2015年に福井県済生会病院で管理した広義原発開放隅角緑内障(広義POAG)症例312例498眼について視野進行速度(MDslope)を予測する後向き縦断研究を行った3,4).312例498眼のうち,固視不良20%未満,偽陽性あるいは偽陰性が33%未満の信頼性の高い視野検査結果を6回以上有し,緑内障手術歴がなく,緑内障点眼治療薬が1~3成分使用されている症例を対象とした.なお,両眼ともに対象となっている場合にはMDslopeが小さい(進行が速い)眼を選択した.このようにして最終的に191例191眼を解析対象とした.対象の性別は,男性123例(64.4%),女性68例(35.6%),病型は,POAG23例(12.0%),NTG168例(88.0%).病期は,初期(MD>-6dB)108眼(56.5%),中期(-6dB≦MD≦-12dB)54眼(28.3%),後期(MD<-12dB)29眼(15.2%),年齢60.85±10.32歳,眼圧16.49±3.95mmHg,MD-6.41±5.18dB,網膜神経線維層欠損(nerve.berlayerdefect:NFLD)角度46.53±25.83°,垂直C/D比0.79±0.10であった.観察期間中の眼圧下降率-19.71±13.34%,乳頭出血(dischemor-rhage:DH)(あり/なし)62眼(32.5%)/129眼(67.5%),MDslope-0.31±0.44dB/yearであった.MDslopeと各パラメータの間で有意な相関を認めたのは,無治療時眼圧(r=0.192,p=0.010),パターン標準偏差(patternstandarddeviation:PSD)(r=-0.167,p=0.021),NFLD角度(r=-0.225,p=0.008),垂直C/D比(r=-0.300,p<0.001),リム/乳頭面積比(r=0.246,p=0.001),リム幅(r=0.293,p<0.001)であった.各パラメータの多変量解析の結果,MDslopeに有意に影響する因子は,ベースライン垂直C/D比(t=-2.956,p=0.004),DHの有無(t=-2.562,p=0.012),平均眼圧変化率(t=-2.205,p=0.029),ベースラインNFLD角度(t=-2.000,p=0.048)が選択された.得られたMDslope予測式は,MDslope(dB/年)=0.581+[(ベースラインNFLD角度)×-0.002]+[(ベースライン垂直C/D比)×-1.079]+[(DHの有無)×-0.184]+[(平均眼圧変化率)×-0.006]となった.ただし,DHの有無は,あり=1,なし=0として計算する.得られた予測式を実際の症例に使用してみた.症例1は60歳代,男性の右眼.1998年3月初診のNTGである.ベースライン眼圧は19mmHg,経過中眼圧13.1mmHg,垂直C/D比0.753,NFLD角度41°,この2年間にDHなしであり,2007年から2年間のデータを予測式に代入してみると,MDslope=0.581+41×(-0.002)+0.753×(-1.079)+0×(-0.184)+(-31.0)×(-0.006)=-0.127dB/yearとなった(図3a).実際に,2009~2020年の診療録データにより実際のMDslopeを計算してみた結果,-0.06dB/年となり,予測式による予測ともほぼ予測通りの結果となった(図3b).症例2は50歳代,男性の右眼.2007年2月初診のNTGである.ベースライン眼圧は11.7mmHg,経過中眼圧9.6mmHg,垂直C/D比0.720,NFLD角度30°,この2年間にDHありで,2007年から2年間のデータを予測式に代入してみると,MDslope=0.581+30×(-0.002)+0.720×(-1.079)+1×(-0.184)+(-17.9)×(-0.006)=-0.332dB/年となった(図4a).2009~(39)あたらしい眼科Vol.37,No.10,20201215a◆2007~2009R)DHなし◆baselineIOPR=19mmHg◆followIOPR=13.1mmHg◆垂直CD比R:0.753◆NFLDangleR:0/41°.緑内障手術歴がない.緑内障治療薬:PGb2007.10.232019.9.19図3MDslope予測式の検証(症例1)2007年から2年間のデータでMDslopeを予測した.60歳代,男性の右眼.1998年3月初診のNTGである.ベースライン眼圧は19mmHg,経過中眼圧13.1mmHg,垂直C/D比0.753,NFLD角度41°,この2年間に乳頭出血(DH)なしであり,予測式に代入してみると,MDslope=0.581+41×(-0.002)+0.753×(-1.079)+0×(-0.184)+(-31.0)×(-0.006)=-0.127dB/年となった(a).実際に,2009~2020年の診療録データによりMDslopeを計算してみた結果,-0.06dB/年となり,予測式による予測ともほぼ予測通りの結果となった(b).--a◆2007~2009R)DH◆baselineIOPR=11.7mmHg◆followIOPR=9.6mmHg◆垂直CD比R:0.720◆NFLDangleR:17/13.緑内障手術歴がない.緑内障治療薬:b遮断薬b2007.2.222019.6.26図4MDslope予測式の検証(症例2)50歳代,男性の右眼.2007年C2月初診のCNTGである.ベースライン眼圧はC11.7CmmHg,経過中眼圧C9.6CmmHg,垂直CCD比C0.720,NFLD角度C30°,このC2年間に乳頭出血(DH)ありで,予測式に代入してみると,MDCslope=0.581+30×(-0.002)+0.720×(-1.079)+1×(-0.184)+(-17.9)C×(-0.006)=-0.332CdB/年となった(Ca).実際に,2009~2020年の診療録データによりCMDslopeを計算してみた結果,-0.64dB/年となり,予測式による予測以上に速い進行を検出した(Cb).表1予測式構築に用いた症例およびブートストラップ法に用いた症例における受信者動作特性(ROC)曲線下面積(AUC)解析Developmentsamples(n=133)Bootstrapsamples(n=200)CDetectedMDslopeC95%CICObservedPrevalenceAUCLowerUpperCasesC(%)ClimitClimitCMeanAUCDetectedPrevalenceMDslopeCMeanCSD(%)C.-0.1C.-0.2C.-0.3C.-0.4C.-0.5C7858.60%C0.762C0.680C0.843C7153.40%C0.763C0.683C0.844C5944.40%C0.733C0.649C0.818C4936.80%C0.766C0.684C0.848C4533.80%C0.73C0.642C0.818C.-0.158.60%C0.768C0.039C.-0.253.40%C0.769C0.038C.-0.344.20%C0.739C0.041C.-0.436.80%C0.772C0.043C.-0.533.70%C0.736C0.045MD:meandeviation,AUC:areaunderthecurve,SD:standarddeviation,CI:con.denceinterval.図5乳頭出血(DH)を頻発したNTGの長期視野経過DHの頻発期と散発期が両眼とも存在する.また,DHの出現と関係なく視野進行速度も急速進行期と緩徐進行期を有する.さらに両眼ともに濾過手術後には視野障害の進行は止まっている.MDChange(dB)MDChange(dB)Fast-ProgressingPatientsPatientswithNTG(N=22)PatientswithHTG(N=62)0TargetIOP09mmHg-212mmHg15mmHg-418mmHg21mmHg-6012345012345PredictionPeriod(6month)Slow-ProgressingPatientsPatientswithNTG(N=102)PatientswithHTG(N=82)TargetIOP09mmHg-212mmHg15mmHg18mmHg-421mmHg-6012345012345PredictionPeriod(6-month)図6視野進行速度別Kalman.lterによる目標眼圧別の視野進行予測(NTGvsHTG)目標眼圧別CMDの予測値を比較すると,NTGの速い進行群は,HTGの速い進行群と比較して,2.5年間の経過観察中,どの目標眼圧でも平均でCMD0.5CdB以上が低下することが予測されたが,NTGでもCHTGでも速い進行群では眼圧が下降するほど視野進行速度は遅く予測され,遅い進行群では目標眼圧がC18CmmHgでもC9CmmHgでも予測された進行速度にほとんど差がなかった.治療の強化を積極的に行わなくてよい可能性が考えられた.KFや他の機械学習モデルからの結果を臨床に活用するには,病状の正確なモデル作成だけでなく,簡単な形式で診療方針の結果を提供できる方法を考案することも重要である.医療従事者と患者が意思決定を容易にするために,KFモデルを使いやすい治療方針決定支援ツールに組み込んで,臨床現場で患者データをアップロードできるようにすることで,さまざまな目標眼圧レベルの下で将来のCMDの進行速度を予測していきたいと考えている.今回の検討にさらに光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)での網膜神経線維層厚測定などのデータを使用することで,予測の精度を向上できる可能性がある.OCTの測定値を含むCKFを構築し,これらの構造パラメータが将来の視野障害を予測するのにどれだけ役立つかを,現在検討しているところである.CIV深層学習モデルでの緑内障における予後予測人工知能を利用した深層学習モデルでの視野予後予測が近年活発となってきている.一般化されたバリエーションオートエンコーダー(variationautoencoder:VAE)としてC3,832例C29,161回の静的視野(staticCautomatedperimetry:SAP)のうちC90%のデータで学習し,残りのC10%でCSAPの進行率とポイントワイズ(pointwise:PW)回帰予測を比較しながらCVAEでの予測精度について検討した報告がある.VAEはCPWよりも予測精度が向上し,最初のC3回目での検査結果からC4回目,6回目,8回目の受診時のCSAPを予測した場合,PWと比較してCVAEでの平均絶対誤差は小さかった(8回目の受診:VAE8:5.14CdBvsPW:8.07CdB,p<0.001).緑内障における進行率の推定と視野障害の将来のパターンの予測を改善するための深層学習CVAEは,緑内障の進行速度と経過の両者を評価できると報告されている7).別の報告では,深層学習ネットワークをトレーニングして,将来のCHumphrey視野C24.2(HVF)を予測できるか検討するために,32,443回のCHVF結果からC170万以上の視野測定点を抽出し,2,000万回のトレーニング可能なパラメータを備えたCCascadeNet-5モデルを使用して将来の視野を予測した.PMAEはC2.47dB(95%CI:2.45CdB~2.48CdB)で,深層学習による予測は線形回帰モデルより有意な改善を示した.また,将来のHVFをC5.5年まで予測し,予測および実際のCHVFのMDとの差はC0.41CdBで相関係数C0.92と高い精度であったと報告した8).CV緑内障の予後予測を実際の診療にどう役立てるか「人生C100年時代」に突入し,以前のようにC75歳や80歳くらいまで視機能が維持できればよい時代ではなくなった.緑内障を早期に発見し,危険因子を有する患者では,現在は視機能が良好であっても先手を打って強力に治療するなど患者ごとに個々に治療法を検討する時代になってきている.これまで報告された多くの予後予測モデルは,緑内障が線形に変化することを仮定しており,非線形に速くあるいは遅くなる予測モデルではない.普段の臨床現場において,手術目的で照会された症例を初診したときに,個々の症例が手術を要するまで進行した背景にどのような要因が影響したのかを常に考えるようにしている.角膜厚,角膜ヒステレシス,OCT血管造影あるいはレーザースペックルの結果などこれまでなかなか評価できなかった点も評価すると,その原因が解き明かされることがある.緑内障治療は長期にわたり患者とかかわっていく必要がある.手術を施行したら終わりではなく,手術の効果が減弱すれば次の治療強化も考えなくてはならない.そのためにも多角的な観点での評価は重要と考えている.個々の患者の予後予測を行いながら目標眼圧を立て,そこに向かって治療戦略を考えることは,その患者の将来を救うことになると思う.緑内障は超慢性疾患なので,“今現在”よりも“将来どうなるか”が重要で,われわれは個々の患者の予後をしっかりシミュレーションしながら診療していくことが重要である.予後予測の方法としては,眼圧,視野,危険因子をはじめ,OCTやCOCT血管造影,レーザースペックルな1220あたらしい眼科Vol.37,No.10,2020(44)