眼瞼・結膜セミナー監修/稲富勉・小幡博人柿﨑裕彦53.睫毛異常と眼瞼愛知医科大学病院眼形成・眼窩・涙道外科睫毛の主たる生理的意義は,眼部への異物侵入の予防であり,睫毛周辺はこの目的を実現すべく,合理的な解剖となっている.また,瞼縁にはアポクリン腺がある.睫毛乱生の原因の多くは睫毛根部の炎症である.高齢者の睫毛脱落をみたら,必ず悪性腫瘍を鑑別しなくてはならない.●はじめに眼科の日常外来では,睫毛に関連して受診する患者は多い.そのほとんどは単純な睫毛乱生によるものだが,眼表面の炎症に起因した難治性の睫毛乱生や多列睫毛,また,悪性腫瘍に起因した睫毛脱落などにもしばしば遭遇する.本稿では,まず始めに睫毛に関連した瞼縁の解剖・生理について解説し,その後,睫毛に関連したいくつかの疾患に言及する.C●睫毛に関連した瞼縁の解剖・生理1)睫毛の主たる生理的意義は,眼部への異物侵入の予防である.したがって睫毛周辺はこの目的を実現すべく,合目的的な解剖となっている(図1).睫毛は生える方向が重要であり,睫毛根は硬い線維組織に埋まっている.体温調節を行う毛とは異なり,睫毛根周囲に立毛筋はない.また,睫毛の表面が平滑であると異物を効率的にトラップできないため,睫毛付近には脂腺であるCZeis腺がある.このCZeis腺から無菌性肉芽腫性炎症,すなわち,霰粒腫が生じることもある.いまひとつ,睫毛根付近にはCMoll腺という外分泌腺がある.これはアポクリン腺である.アポクリン腺は性的魅力を醸し出す部位に多く存在することから,眼部もその一端を担っているものと考えられる.C●睫毛乱生(図2)日常外来でもっとも頻繁に遭遇する疾患である.以前はトラコーマなどに起因する瘢痕性の睫毛乱生が多かったが,現在ではまれである.日常外来で遭遇する睫毛乱生の大半はCmarginalentropionによる2).図1睫毛根付近の解剖睫毛根は硬い線維組織に埋まっており,周囲には脂腺(Zeiss腺)やアポクリン腺(Moll腺)がある.(79)あたらしい眼科Vol.36,No.8,2019C10490910-1810/19/\100/頁/JCOPY図2右下眼瞼の睫毛乱生図3右上眼瞼の多列睫毛図4左下眼瞼の脂腺癌による睫毛脱落Marginalentropionとは,眼瞼炎や眼瞼結膜炎などによって瞼縁後端部にわずかな内反を生じた状態である.このため,瞼縁が常時涙液プールに浸かり,瞼縁の炎症が遷延する.先ほど,睫毛根は硬い線維組織に埋まっていると述べたが,この部分に炎症が生じると,本来の毛の生える方向が変ってしまい,睫毛乱生を生じる.Marginalentropionでは粘膜皮膚移行部が前進し,マイボーム腺開口部より前方に存在する.また,瞼縁後端部は丸くなっている.類天疱瘡などの重度の眼表面の炎症に起因した睫毛乱生は難治性である.C●多列睫毛(distichiasis)2)(図3)比較的まれな難治性睫毛乱生である.本来の睫毛列よりも後方の眼瞼後葉に新たに睫毛列が生じた状態であC1050あたらしい眼科Vol.36,No.8,2019る.先天性にも後天性にも生じるが,先天性はとくにまれである.C●睫毛はげ,睫毛脱落3)(図4)小児においては精神的ストレスから睫毛の自己抜去を行う場合もあるが,高齢者での睫毛脱落をみたら,必ず悪性腫瘍を鑑別しなくてはならない.眼瞼炎でも睫毛の脱落は生じうるが,こちらは炎症が改善してしばらくすると,多くで睫毛が再生してくる.悪性腫瘍では睫毛根が破壊されるため,再生してこない.C●おわりに睫毛に関連した瞼縁の解剖・生理,睫毛に関連する疾患について解説した.睫毛の主たる生理的意義は,眼部への異物侵入の予防であり,睫毛周辺はこの目的を実現すべく,合目的的な解剖となってる.また,瞼縁にはアポクリン腺がある.睫毛乱生の原因は多くで睫毛根部の炎症である.高齢者での睫毛脱落をみたら,必ず悪性腫瘍を鑑別する必要がある.文献1)TakahashiY,WatanabeA,MatsudaHetal:AnatomyofsecretoryCglandsCinCtheCeyelidCandconjunctiva:aCphoto-graphicreview.OphthalmicPlastReconstrSurgC29:215-219,C20132)NeardCJA,CChanA:Trichiasis.COculoplasticCsurgery.In:CTheessentials(edCbyCChenWP)C,Cp67-73,CThieme,CNewCYork,20013)柿﨑裕彦:2時間でわかる!目のまわりの「?」な病気ぜんぶ.メディカ出版,2016(80)