角膜ジストロフィの遺伝子診断GeneticTestforCornealDystrophies辻川元一*I角膜ジストロフィとは角膜ジストロフィは,遺伝性に発症し,両眼性,進行性に角膜の混濁をきたす非炎症性の疾患と定義される.つまり,角膜混濁をきたす疾患群のうち,遺伝性のはっきりしているものを角膜ジストロフィと分類している.元来,ジストロフィは細胞や組織が物質代謝障害や栄養障害によって変性・萎縮などをきたす病態であるが,他領域,とくに神経筋のジストロフィにおいては細胞の変性死を伴うことが多い.たとえば,黄斑ジストロフィでは錐体細胞死が起きる.しかし,角膜ジストロフィにおいては必ずしも細胞死を伴うとはかぎらず,何らかの物質の蓄積により角膜の重要な機能である透明性を失う病態が多い.用語についてであるが,角膜変性症という呼び方もされたが,遺伝性であることを明確にするため角膜ジストロフィと記載されていた.現在では他領域でもよく使用されるジストロフィー(長音がある)と記載することもある.II角膜ジストロフィの病態角膜の上皮,実質,内皮それぞれにジストロフィが存在する.上皮ジストロフィは蓄積病としての側面が強く,上皮細胞死が起きるかどうかは定かではない.蓄積物の沈着は上皮層にとどまらず,上皮下,実質に及ぶことが特徴であるが,あくまで上皮細胞が病態の主座であるので,沈着は浅層が中心となる.また,角膜移植を行っても,上皮細胞はレシピエントのものに置換されるため,再発を伴うことが多い.実質ジストロフィも同様に蓄積病であるが,沈着は実質全体に及ぶため,深層にもびまん性の混濁をきたすことが多い.しかし,実質細胞は移植後,レシピエントのものに置換されにくいため,再発は少ない.内皮ジストロフィではFuchsジストロフィが近年注目を集めている.欧米での発症率が高いことに加え,原因遺伝子の一つが特定され,それがTCF4遺伝子の第3イントロンにおいてCTGという三つの塩基のリピートが延長していることが原因とわかったからである.これはトリプレットリピート病といわれる神経変性疾患に分類され,現在病態についても検討が進んでいる.スペキュラーマイクロスコープで日常的に観察される滴状角膜は異常蛋白の蓄積によるものであるが,進行に伴い,内皮細胞死を引き起こし,重症例では水疱性角膜症に至る.III角膜ジストロフィの遺伝子変異角膜ジストロフィは遺伝性の疾患であるが,ここでの遺伝性とはメンデル遺伝をさす.つまり,通常は常染色体優性遺伝か,常染色体劣性遺伝かである.それぞれのジストロフィがどのような遺伝子のどのような変異で起きるのかは重要ではあるが,それが一般臨床において大きな意義があるかということについては疑問の余地があ*MotokazuTsujikawa:大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻生体情報学講座〔別刷請求先〕辻川元一:〒565-0871大阪府吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻生体情報学講座0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(23)1365るので,ここでは遺伝子の変異が起きたときに,どのように病態を引き起こすのかについて述べる.遺伝子に変異があるということは,おおざっぱにいって遺伝子の産物である蛋白質や酵素に変化が起きるということである.蛋白質の機能は亢進する場合(機能獲得型とよぶ)と減弱する場合がある(機能喪失型変異とよぶ).機能獲得型は単に機能が亢進するだけでなく,新たに異なった機能,とくに角膜ジストロフィにおいては沈着物を生み出すという新たな機能を獲得する場合が多い.この場合,同じ遺伝子であったとしても変異の種類によって,沈着物や沈着の起り方が異なるので,それがさまざまな臨床症状に違いをもたらす.また,機能獲得型変異は父方,母方どちらか一方の遺伝子に変異が起きても,沈着物は発生するので,遺伝形式は常染色体優性遺伝となることが多い.変異のホモ接合体ではこの以上沈着物の産生量が2倍となると考えられるから,重篤な症状を示すことが多い.TGFBI関連角膜ジストロフィがこれにあたる.また,移植などでも悪さをする遺伝子を完全に駆逐できず(とくに上皮型),再発を起こしやすい.機能喪失型の場合,その遺伝子産物の機能がまったくないか,あるいは遺伝子自体が発現しない(つまり,蛋白質や酵素がなくなってしまう)変異が多い.必要な遺伝子が働かない.たとえば斑状ジストロフィではケラタン硫酸を産生する機能が欠失することで,これを含むプロテオグリカンが難溶性となって,混濁を生じる.このような場合,父方,母方どちらか一方の遺伝子だけの変異であれば,正常のほうの蛋白質がケラタン硫酸を産生することができるので発症しない.つまり,常染色体劣性遺伝の形式をとることが多い.このような変異は遺伝子の途中でストップコドンが入ってしまう変異(ナンセンス変異やフレームシフト変異)が多いのも特徴である.また,移植により正常遺伝子が導入されてそれが維持されれば,再発はしにくい.ただし,上皮ジストロフィでは,患者上皮に置き換わってしまうため再発する.このように,上皮・実質の角膜ジストロフィは遺伝子が発現しているのが上皮か実質かと,機能獲得型か喪失型かを考えると病態や治療が理解しやすい.たとえば上皮型機能獲得型であれば,常染色体優性遺伝なので,両親のどちらか,あるいは兄弟にも発症が多い.沈着は浅層なので,治療的レーザー角膜切除(phototherapeutickeratectomy:PTK)や表層移植を選択するが,再発しやすいということになる.IV角膜ジストロフィの遺伝子検査遺伝子検査を行うためには原因遺伝子が同定されていることが基本的に必要である.このような疾患はゲノム科学の進歩により,1990年代より急速に増えた.格子状角膜ジストロフィや顆粒状角膜ジストロフィなどのTGFBI遺伝子関連ジストロフィ,Meesmann角膜ジストロフィ,膠様滴状角膜ジストロフィ,斑状角膜ジストロフィ,Schnyder角膜ジストロフィ,Fleck角膜ジストロフィ,Fuchs角膜内皮ジストロフィ,後部多形性角膜内皮ジストロフィなどがあげられる.どのような遺伝子のどのような変異で起こるかは種類の多い上皮・実質ジストロフィの代表的な物は表1に示したが,年々,その数は増加している.これをどのように臨床医でキャッチアップしていくかは後述する.このように遺伝子検査はその対象を急速に広げ,診断できる疾患も増えているが,実際に日本で臨床医が外注も含め,検査できるような疾患は存在していない.倫理的な問題も存在するので,遺伝子検査の体制が整っており,また倫理委員会の承認を取った大学や研究機関に依頼して検査を行うこととなる.実際の検査の手順については他書に譲る.V遺伝子検査の解釈臨床医がとまどうことの一つに,遺伝検査の結果をどのように解釈したらいいのかがわかりにくいということがある.TGFBIのR555W変異といわれても,それが病気の原因となっているのかどうかは,それだけではわからない.新しい変異であった場合,専門家はデータベースや文献を検索し,その病因性を検索するが,臨床医ではそのようなことはなかなかむずかしいと思われる.このようなデータベースのなかで米国国立生物工学情報センター(NationalCenterforBiotechnologyInforma-tion:NCBI)のヒトMendel遺伝病カタログ(online1366あたらしい眼科Vol.36,No.11,2019(24)表1代表的な上皮・実質角膜ジストロフィOMIN#Name,(Alias)遺伝形式遺伝子座原因遺伝子原因変異臨床上の特徴121900顆粒状ジストロフィCI型CGranularcornealdystrophy,TypeI;GCDC1(Cornealdystrophy,groenouwTypeI;CDGG1)(Cornealdystrophy,punctateornodular)CADC5q31CTGFBICR555Wドーナツ様の表層の角膜が線状に配置される607541顆粒状ジストロフィCII型CGranularcornealdystrophy,TypeII;CGDC2(Avellinocornealdystrophy)(cornealdystrophy,AvellinoType;CDA)ADC5q31CTGFBICR124H実質中層に星状の濃い混濁その間に浅層の淡い混濁が生じるようになると視力を障害臨床症状は比較的軽微,再発も少ない122200C格子状ジストロフィCI型CLatticecornealdystrophy,TypeI(cornealdystrophy,latticeTypeI;LCD1)ADADADC5q315q315q31CTGFBITGFBITGFBICR124CA546NP551Q再発性角膜びらんを生じやすい中央部の瀰漫性の混濁があり,表面が隆起しているその周りに格子状の混濁が配置される105120C格子状ジストロフィCII型CLatticecornealdystrophy,TypeII(amyloidosis,finnishtype)(cerebralamyloidangiopathy,GSN-related,included)CADC9q33.2CGSNCD187N周辺から出現する格子状の混濁格子状ジストロフィCIIA型CADC5q31CTGFBICS538C臨床症状は比較的軽微unassiginedCLatticecornealdystrophy,TypeIVADC5q31CTGFBICL527R老年発症臨床症状は軽微602082Thiel-behnkeジストロフィCThiel-behnkecornealdystrophy;TBCD(cornealdystrophyofbowmanlayer,TypeII;CDB2)(cornealdystrophy,honeycomb-shaped)CADADC5q3110q24CTGFBIUNKNOWNR555QCBowman層を中心とした混濁ハニカム状の混濁608470Reis-bucklersジストロフィCReis-bucklerscornealdystrophy;RBCD(cornealdystrophyofbowmanlayer,TypeI;CDB1)(cornealdystrophy,geographic)(granularcornealdystrophy,TypeIII)CADC5q31CTGFBICR124LBowman層を中心とした混濁地図状の形をした混濁217800C斑状ジストロフィMacularcornealdystrophy,TypeI(groenouwTypeIIcornealdystrophy)CARC16q23.1CCHST6Cmany深い実質までびまん性の混濁204870膠様滴状ジストロフィGelatinousdrop-likecornealdystrophy;GDLD(familialsubepithelialamyloidosis)ARC1p32.1CTACSTD2Cmanyバリア機能の低下とアミロイドの沈着周辺からの血管侵入121800SchnyderジストロフィCschnydercornealdystrophy;SCD(schnydercrystallinecornealdystrophy)ADC1p36.22CUBIAD1CmanyC中間周辺部に透明体をともなう実質混濁C図1OMINの一例TGFBI遺伝子の異常で起きる疾患をみることができる.図2OMINの一例顆粒型ジストロフィCI型がCTGFBI遺伝子のCR555W変異で起きることがわかる.図3OMINの一例角膜ジストロフィを起こすCTGFB1変異の代表例,すべての一覧をみるには右上の“AllClinVarVariants”をクリックすればよい.図5格子状角膜ジストロフィI型臨床症状が比較的重く,再発性角膜びらんを生じやすい.中央図4顆粒状角膜ジストロフィII型部のびまん性の混濁があり,表面が隆起する.その周りに格子実質中層に星状の濃い混濁があり,その間に浅層の淡い混濁が状の混濁が配置される.生じるようになると視力が障害される.グリカンが存在し,これにケラタン硫酸がついて透明性を維持している.斑状ジストロフィ患者においてはこのケラタン硫酸の硫酸基を付加する酵素が欠落するため,正常なケラタン硫酸が産生されず,プロテオグリカンが難溶性となって混濁を生じる.全身においてこれが起こるのがCI型で,角膜においてのみ起こるのがCII型である.N-アセチルグルコサミンC6スルホトランスフェラーゼをコードするCCHST6遺伝子の変異により酵素活性が低下するCI型においては全身の病態を示す.一方,II型においてはCCHST6の蛋白質のコーディング領域には変異がないが,このプロモーター領域に大きな欠損や相同組み換えによる異常があり,この場合,角膜でのCN-アセチルグルコサミンC6スルホトランスフェラーゼの発現が減弱する.このため,角膜のみで表現型が出現する.治療はCTGFBI関連ジストロフィとは異なり,実質が病因の主座であるため,混濁が実質全層に微慢性に進行することからエキシマレーザーによるCPTKや表層角膜移植を選択しにくく,通常は全層角膜移植,もしくは深層角膜移植が行われる(つまり,より深層への介入が必要である).沈着は角膜実質細胞が産生するものであるので,術後の再発は通常ないが,長期観察後の再発の報告はある.これはホスト角膜の実質細胞が侵入したためと解釈されているようである.C6.膠様滴状角膜ジストロフィ(gelatinousdrop.likecornealdystrophy:GDCD)1914年中泉により初めて報告され,1932年に滝沢により膠様滴状角膜ジストロフィと命名された.遺伝形式は常染色体劣性遺伝で,患者はわが国に比較的多く,諸外国ではまれであることに特徴がある.罹病率は約C3.30万人にC1人とされる.また,わが国において位置的遺伝子検索法にて初めて原因遺伝子が同定された疾患でもある.典型的な患者はC10代頃より羞明感,異物感の自覚で発症し,両眼の角膜上皮下に乳白色のびまん性の小混濁が出現し,次第に数と密度を増していく.さらに,灰白色の隆起性病変(膠様病変)が眼瞼裂,角膜中央のやや下方に出現し,次第に数を増やし融合しながら周辺部へ侵入し,最終的には輪部を含めた角膜全体を覆ってしまう.この沈着物はコンゴーレッド陽性のアミロイド沈着である.また,本疾患においては角膜のバリア機能が低下していることと,周辺から角膜上皮に血管侵入が認められることが比較的特徴的な所見である.本疾患は辻川らが位置的遺伝子探索法にてCTAC-STD2(M1S1/TROP2/GA733-2)という癌マーカー遺伝子に複数の変異を同定した3).また,このうちQ118X変異は病因変異の実にC90%を占め,さらにこの周囲の遺伝マーカーの対立遺伝子の状態(ハプロタイプ)も共通であった.本疾患はこのような典型的な表現型のほかに,実質混濁型(stromalopacitytype),帯状角膜変性型(bandkeratopahtytype),金柑様型(KumC-quat-liketype)といわれるような非典型的な表現型を示すものも報告されており,遺伝子検査の有用性が高い疾患である.治療ソフトコンタクトレンズを装用することで病状の進行を遅らせることができる.C7.Fucks角膜内皮ジストロフィ(Fuchs'endothelialcornealdystrophy:FECD)角膜内皮のジストロフィで両眼性に角膜内皮機能障害をきたし,水疱性角膜症に至る.中年以降の女性に多く,短眼軸,挟隅角眼が多いことが知られている.滴状角膜とよばれる異常な沈着物が基底膜に沈着を起こしたのち,内皮細胞が変性死し,重症例では水疱性角膜症に至る.米国での有病率はC40歳以上でC4.5%と高く,わが国においても滴状角膜の有病率は低くない.若年で発症する早期発症型はCcollagenCtypeVIIIalpha-2遺伝子の異常といわれるが頻度は高くない.多くを占める晩期発症型には多くの遺伝子座が報告されているが,TCF4遺伝子のイントロンにおけるCCTGリピートの数が正常に比べ長くなるトリプレットリピート病として注目を浴びている(FECD3)4).文献1)MunierCFL,CKorvatskaCE,CDjemaiCACetal:Kerato-epithe-linCmutationsCinCfourC5q31-linkedCcornealCdystrophies.CNatureGenetC15:247-251,C1997(29)あたらしい眼科Vol.36,No.11,2019C1371’C