白内障術後眼における遠近両用コンタクトレンズ処方ThePrescriptionofMultifocalContactLensesforPostCataractSurgery塩谷浩*はじめに白内障術後の眼内レンズ挿入眼(intraocularlens挿入眼:IOL眼)の患者は,単焦点IOL眼では,完全矯正された場合には多焦点IOL眼と異なり不自由なく日常生活を送るために近方視の補助が必要となる.最近では若年時からコンタクトレンズ(contactlens:CL)を使用する生活をしてきた中高年への白内障手術が増加するのに伴い,白内障術後も術前と同様に眼鏡を使用しない生活スタイルを維持することを希望する患者が多く認められるようになってきている.また,白内障術後の残存屈折の状態や左右眼の屈折差,調節力を失うことによる見え方の変化などによって眼精疲労を訴えることがある.このような白内障術後眼に対して,眼鏡や単焦点CLでは対応が困難な場合に,遠近両用CLの装用が有効な場合がある.白内障術後眼は,一般的に遠近両用CLの処方対象となる有水晶体眼である老視とは異なり,調節力がほとんどない状態であるため,遠近両用CLの処方には工夫が必要となる.そこで本稿では白内障術後の単焦点IOL眼に対しての遠近両用(多焦点)ハードコンタクトレンズ(hardcontactlens:HCL)と遠近両用(多焦点)ソフトコンタクトレンズ(softcontactlens:SCL)の処方について解説する.I白内障術後眼への遠近両用コンタクトレンズ処方の可能性これまで遠近両用CLは,調節力のほとんどない白内障術後眼の近方視の補助をするためには,製品の規格にある加入度数は実効加入度数が不十分であると考えられており,患者の満足を得るように近方を見やすくすることは困難であると思われていた.そのため白内障術後眼の近方視への対応法は,近用眼鏡の使用,遠近両用眼鏡の使用,CLと眼鏡の併用が一般的であり,いずれの方法においても眼鏡を使用することが当然とされてきた1~4).最近は各メーカーからさまざまな光学部デザインの遠近両用HCL,遠近両用SCLの新製品が発売されており,筆者はこれらのいくつかの遠近両用CL製品を,調節力が著しく低下し,単焦点IOL眼のモデルに相当される70歳代後半から80歳代前半の高齢者に処方し,患者の満足が得られている.この臨床経験が白内障手術後眼に対して遠近両用CLを応用するきっかけとなり,実際の処方で白内障術後の単焦点IOL眼へも遠近両用CL処方が成功する可能性があることを確認している.II白内障術後眼への遠近両用コンタクトレンズ処方1.遠近両用コンタクトレンズの適応白内障術後眼における遠近両用CLの適応は,眼鏡を使用しない生活を希望している患者で,とくに白内障術前にCLの使用経験のある患者である.HCLの使用経験者には遠近両用HCLの処方を最初に考える.球面HCLが適応となっていた患者では遠近両用HCLを処方しようとした場合にフィッティング,残余乱視とも問題*HiroshiShioya:しおや眼科〔別刷請求先〕塩谷浩:〒960-8034福島市置賜町5-26しおや眼科0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(47)1269表1白内障術後眼への遠近両用コンタクトレンズ処方手順更する方法が,遠近両用SCL処方においては,最初から高い加入度数を選択する方法が,加入度数の決定の基本的な考え方として勧められる4).4.遠近両用コンタクトレンズの球面度数の決定老視に対する遠近両用CL処方においては,遠近両用HCL,遠近両用SCLとも球面度数は角膜頂点間距離補正後の完全屈折矯正度数より0.50~1.00D程度プラス側の度数から設定を開始し,患者の遠方の見え方が不十分であれば,マイナス側の球面度数を追加矯正していく処方方法が推奨される5).老視と比べ必要とされる調節補助の程度が大きい白内障術後眼に対する遠近両用CL処方においては,球面度数は,さらにプラス側の度数から設定する必要があると考えられる.後述するように遠近両用HCLにおいては,完全屈折矯正度数より2.00Dプラス側に球面度数を設定して処方が成功した症例を経験している.しかし,遠近両用SCLにおいては,老視への処方と同程度に球面度数を設定することで患者の不満がほとんどないことを処方経験している.そこで白内障手術後眼に対する遠近両HCL処方においては,球面度数は完全屈折矯正度数(角膜頂点間距離補正度数)より1.00~2.00D程度プラス側の度数から設定を開始し,遠近両用SCL処方においては,球面度数は0.50~1.00D程度プラス側の度数から設定を開始する方法が,患者の近方の見え方を確保しながら遠方の見え方に満足する度数が得やすい基本的な考え方となる4).以上の加入度数,球面度数の設定で患者の見え方の満足が得られない場合には,モディファイド・モノビジョン法を応用することで患者の満足度を上げることが可能である.すなわち,近方の見え方の調整は,まず非優位眼の球面度数を最初の設定よりプラス側に変更し,それで対応できない場合には両眼の球面度数をプラス側に変更し対応する.遠方の見え方の調整は,まず優位眼の球面度数をマイナス側に変更し,それで対応できない場合には両眼の球面度数をマイナス側に変更し対応するという方法が勧められる.III白内障術後眼への遠近両用コンタクトレンズ処方例1.遠近両用ハードコンタクトレンズ処方例症例は60歳の女性で,HCLの使用経験が19歳から白内障手術時までの38年間あり,白内障手術時の年齢は57歳であった.両眼の白内障手術(単焦点IOL挿入)の施行後6カ月となった58歳時に術後の状態が安定したため,手術を施行した眼科からHCLの処方を目的に紹介され受診した.受診時検査所見は,視力および自覚的屈折度数は右眼0.08(1.2×-3.50D(cyl-1.25DAx160°),左眼0.07(1.2×-3.50D(cyl-1.50DAx180°),優位眼は左眼,最良の近方視力が得られる最小の近方矯正加入度数は両眼とも+2.75Dであった.角膜曲率半径および角膜乱視は右眼(7.76mm/7.44mmcyl-1.75DAx167°),左眼(7.77mm/7.47mmcyl-1.75DAx6°)であった.細隙灯顕微鏡所見は,両眼のIOLは透明で,瞳孔は正円形で虹彩に運動制限はなく,眼内に炎症所見は認められなかった.角膜,結膜に異常が認められなかったため遠近両用HCLを処方することにした.両眼に遠近両用HCL(マルチフォーカルO2ノア,シード)を右眼7.75/-2.00add+1.00/9.3(ベースカーブmm/球面度数Dadd加入度数D/サイズmm),左眼7.80/-2.75add+1.00/9.3の規格で処方した.遠近両用HCLのフィッティングは,右眼は.at.tで角膜中央に停止し,左眼はparallel.tでやや角膜上方に停止しており,両眼レンズとも動きはnormalで,固着は認められなかった.本症例を経験するまで筆者は,白内障手術後眼に対する遠近両用HCL処方では,高加入度数であっても遠近両用HCLだけで対応することは困難であると考えていたが,実際には低加入度度数でモディファイド・モノビジョン法を応用する球面度数の設定で対応が可能であることがわかった.すなわち,本症例では加入度数は低加入度数の+1.00D(本レンズの加入度数は+1.00Dの1規格)を選択し,球面度数は非優位眼の右眼は完全屈折矯正球面度数(角膜頂点間距離補正度数)の等価球面度数-4.00Dより2.00Dプラス側となる-2.00D,優位眼(49)あたらしい眼科Vol.36,No.10,20191271の左眼は完全屈折矯正球面度数(角膜頂点間距離補正度数)の等価球面度数-4.00Dより1.25Dプラス側となる-2.75Dに設定し処方した.CL装用時の遠方視力は右眼0.5×HCL(1.0×HCL=-0.50D),左眼1.0×HCL(1.0×HCL=-1.00D),両眼1.2×HCL,近方視力は両眼0.6×HCLで,患者は遠方視,近方視ともに日常生活に問題がなく,HCL装用状態で普通自動車運転免許の更新ができた.近用眼鏡を併用することなく装用を継続している.2.遠近両用ソフトコンタクトレンズ処方例症例は57歳の女性で,従来型SCLの使用経験が20歳から白内障手術時まで34年間あり,白内障手術時の年齢は54歳であった.両眼の白内障手術(単焦点IOL挿入)後から1日使い捨てSCLを使用していたが,近方視時に近用眼鏡を使用する生活に不満を感じており,57歳時に遠近両用SCLの処方を希望して受診した.受診時検査所見は,視力および自覚的屈折度数は右眼0.05(1.2×-2.75D),左眼0.05(1.2×-4.00D),優位眼は左眼,最良の近方視力が得られる最小の近方矯正加入度数は両眼とも+2.50Dであった.角膜曲率半径および角膜乱視は右眼(7.49mm/7.42mmC-0.50DAx150°),左眼(7.35mm/7.25mmC-0.50DAx20°)であった.使用していたSCLは1日使い捨て単焦点SCLで,右眼は9.0/-2.50/14.2(ベースカーブmm/度数D/サイズmm),左眼は9.0/-3.25/14.2の規格であり,SCL装用時の近方視時には両眼+2.00Dの眼鏡を使用していた.両眼のIOLは透明で,瞳孔は正円形で虹彩に運動制限はなく,眼内に炎症所見は認められなかった.角膜,結膜に異常が認められなかったため遠近両用SCLを処方することにした.両眼に頻回交換遠近両用SCL(ボシュロム製・メダリストマルチフォーカル)を右眼9.0/-2.00add+1.50/14.5(ベースカーブmm/球面度数D加入度数D/サイズmm),左眼9.0/-3.00add+1.50/14.5の規格で装用させた.老視に対する処方方法4,6)と同様に,加入度数は低い加入度数の+1.50D(本レンズの加入度数は+1.50D,+2.50Dの2種類)を選択し,球面度数は,右眼は完全屈折矯正度数-2.75Dより0.75Dプラス側となる-2.00D,左眼は完全屈折矯正度数(角膜頂点間距離補正度数)-3.75Dより0.75プラス側となる-3.00Dの球面度数に設定した.フィッティングは両眼ともセンタリグは良好で,動きはnormal,固着はなかった.装用直後から近方が見づらいとの訴えが強かったため,両眼の加入度数を+2.50D,優位眼の左眼の球面度数を-3.50Dに変更し,右眼9.0/-2.00add+2.50/14.5,左眼9.0/-3.50add+2.50/14.5の規格でテスト装用を開始した.CL装用時の遠方視力は右眼0.4×SCL(1.2×SCL=-1.50D),左眼0.6×SCL(0.9×SCL=-0.75D),両眼0.8×SCL,近方視力は両眼0.6×SCLで,テスト装用1週間後,近方視に満足が得られたが,遠方視には不満の訴えがあった.そこで右眼の球面度数を-2.50Dに変更し,9.0/-2.50add+2.50/14.5の規格で処方した.CL装用時の遠方視力は右眼0.7×SCL(1.2×SCL=-1.00D),左眼0.6×SCL(0.9×SCL=-0.75D),両眼0.8×SCL,近方視力は両眼0.6×SCLとなり,遠方視,近方視ともに患者の満足が得られた.処方後,就寝前の数時間を除き眼鏡を使用していない生活を送っており,近用眼鏡を併用することなく装用を継続している.おわりに白内障術後眼への遠近両用CLの処方は,患者の生活の質を向上させる可能性があり,白内障手術時に多焦点IOL挿入する方法と比較すれば,どの施設でも処方ができる,やり直しの効く安全な方法である.残存する屈折がどういう状態であっても,調節力がほとんどないことにおいては共通である白内障手術後眼では,遠近両用CL処方が一般化しやすいと考えられ,本稿での処方方法は広く応用の効くものと思われる.白内障術後に眼鏡の使用を望まない患者に対して遠近両用CLは試みるべき有用な矯正方法であると考えられる.文献1)塩谷浩,梶田雅義:眼内レンズ挿入眼への遠近両用ソフトコンタクトレンズの処方例.日コレ誌57:164-167,20152)塩谷浩:私の処方私の治療第21回眼内レンズ挿入眼への遠近両用ソフトコンタクトレンズの処方例.日コレ誌1272あたらしい眼科Vol.36,No.10,2019(50)