加齢黄斑変性の遺伝要因アップデートUpdateonGeneticComponentsAssociatedwithAge-relatedMacularDegeneration秋山雅人*はじめに病気は,喫煙や加齢など環境要因と遺伝的な要因により,そのなりやすさが影響される.加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)もこのように,環境要因と遺伝要因からなる多因子疾患(complexdis-ease)であり,年齢や性別,喫煙が発症リスクに関与することは疫学研究により示されており,遺伝的な要因が病気のなりやすさにかかわることは双子を用いた研究(双生児研究)によって1990年代から示されている1).多因子疾患の遺伝要因をゲノム上から特定する方法として,ゲノムワイド関連解析(genome-wideassocia-tionstudy:GWAS,ジーバスと発音)という手法がおもに用いられる.AMDでは2005年に,この手法が用いられた論文が“Science誌”に報告された2).それから10年以上が経過した現在では,多量の塩基配列を読解可能な次世代シークエンサー(nextgenerationsequencer:NGS)という機器の登場に加えて,GWASの解析手法も進歩しており,たくさんの生物学的新規知見が得られている3).さらには,病気の発症にかかわる遺伝要因だけではなく,AMDの病型や治療への反応性に関与する遺伝要因の検索も試みられるようになってきた(図1)4,5).本稿では,これまでに明らかとなったAMDの遺伝要因ついて概説し,これからのゲノム研究の役割について考察する.Iゲノムワイド関連解析が明らかにした疾患感受性領域とその解釈GWASについて,まず簡単に説明を行う.本手法は,2002年に理化学研究所が世界に先駆けて報告した手法6)であり,手法の開発から15年以上が経過した今でも,多因子疾患のゲノム解析手法として広く一般的に用いられている.方法については図2に示した.GWASは,一塩基多型(singlenucleotidepolymorphism:SNP)(用語解説参照)をマーカーとして,網羅的にゲノムのスクリーニングを行い,疾患だけでなく眼圧や眼軸など量的な形質に関連する領域も同定することが可能である.ここで注意が必要なことは,GWASにより同定が可能なのは,病気のなりやすさにかかわるゲノム領域であり,GWAS単独では発症に寄与する遺伝子を特定することは困難であることである.しかし,後で述べるように,生物学的情報との統合や候補遺伝子のシークエンスによって,発症の原因となる遺伝子を絞り込む手法も開発されてきており,GWASが起点となって原因遺伝子の同定につながっている例も増えてきている.AMDでは,これまでに国際コンソーシアムを中心とした活躍により,おおよそ40の感受性領域が同定されている.本稿の執筆時点で最大規模の研究は,2016年にInternationalAMDGenomicConsortium(IAMDGC)が報告したものであり,約1万6千人を超えるAMD患者と1万8千人程度の対照群を用いて,AMD発症に関*MasatoAkiyama:九州大学大学院医学研究院眼科学分野〔別刷請求先〕秋山雅人:〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(73)203AMD患者対照群AMD発症にかかわるVS遺伝要因AMD患者AMD患者病型や治療反応性VSなどAMD患者間の違いにかかわる遺伝要因図1AMDのゲノム解析ゲノムワイド関連解析では,患者対照群の比較だけではなく,患者間の臨床的な違いにかかわる遺伝要因の同定を目的に,病型や治療反応性などについて検索を行うことも可能である.DNAアレイによるゲノム上のマーカーの遺伝子多型測定(数十万~数百万塩基)全ゲノム配列情報を用いた遺伝的変異の推定(genotypeimputation)ゲノムワイド関連解析(アレル頻度の網羅的な比較)病気のなりやすさや,薬の効きやすさなどに影響する感受性領域の同定図2ゲノムワイド関連解析の手順ゲノムワイド関連解析では,収集したDNAサンプルに対して,アレイを用いて数十万から数百万塩基の遺伝型を網羅的に測定する.測定した遺伝型について品質管理を行ったあとに,全ゲノムシークエンス情報を用いて,測定が行われていない遺伝型をコンピュータにより推定(genotypeimputation)する.これにより,数十万程度の遺伝型から一千万を超える遺伝型を推定し解析に用いることが可能となる.推定で得られた遺伝型を用いて統計学的な検定(関連解析)によるスクリーニングを実施する.このスクリーニングにより,対象とした形質に関する感受性領域を同定することができる.が存在する可能性が高いことを示唆する.同研究では,領域に存在する遺伝子について,網膜での発現やCAMDに関与し得る分子生物学的パスウェイへの関与,GWASで同定されたマーカーの遺伝子の機能的変化など,さまざまな生物学的な知見に基づいて,遺伝子が病態に関与し得る情報を付与しスコア化することにより,よりCAMDの発症に関与する可能性が高いと考えられる遺伝子を抽出している.特記すべきは,生物学的情報から推測されたCAMD候補遺伝子における薬剤の開発状況を提示していること,つまりゲノム解析から得られた情報に基づいて,治療ターゲットとなり得ると考えられた遺伝子群が参照可能である.今後,生物学的な研究にこれらの情報を役立てることにより,ゲノム研究から得られた研究成果に基づいたCAMDの創薬が加速することが期待される.CII次世代シークエンサーにより同定されたまれな遺伝子変異次世代シークエンサーは,一言で説明すると,多量の塩基配列を一度に読解可能な機器である.ヒト疾患研究では,多量に読める長所を生かして,全ゲノムシークエンスや全エクソンを対象としたエクソームシークエンスなどの網羅的なシークエンスが可能であるが,関心のある領域に限定してシークエンスを行うターゲットリシークエンスという方法が存在する.ターゲットリシークエンスでは,次世代シークエンサーの多量に読めるという特性を生かして,数千人から数万人規模でも塩基配列を決定することが可能である.GWASでは網羅的なスクリーニングが可能である一方で,頻度が低い変異については実験的に遺伝型が測定されていなければ,コンピューターでの推定(genotypeimputation)精度の問題により形質との関連を同定することが容易ではなく,GWASの弱点を補完できる手法であるといえる.先ほど説明したCIAMDGCのCGWASC3では,まれな変異も同定されているが,これはここで紹介するターゲットリシークエンスや,全ゲノムシークエンスの結果などを参考にして,AMDに関連しそうな低頻度な変異を直接測定可能な遺伝型測定アレイが開発されたためであり,シークエンスがその基盤となっている.次世代シークエンサーを用いた研究では,低頻度の変異を評価することにより,二つの成果が期待される.一つは患者群と健常者を比較し,どちらかに変異が偏って観察される遺伝子をみつけること(図3)であり,もう一つは,頻度は低いが発症への影響が強い変異をみつけることである.前者については,前述の通りCGWAS単独では,どの遺伝子が原因遺伝子であるかを決定することが困難であるためである.しかし,GWASにより発症への影響が示された領域に存在する候補遺伝子であり,かつ変異を有するものが患者群や健常人に偏っていれば,その遺伝子は発症に寄与する遺伝子である可能性が高いといえる(図3).後者について,AMDでは2011年にCRaychaudhuriらにより,CFH遺伝子に発症リスクをC20倍も高めるようなまれな変異(p.R1210C)が欧米人で報告されている7).この変異の発見は,非常に重要であり,欧米ではCAMD患者に常染色体優性遺伝のような遺伝形式で発症している者が存在することを示すだけでなく,変異を有する症例では,他の患者に加えて発症年齢がC8.6年早いことも明らかになっている.ターゲットリシークエンスを用いた研究として,三つをここで紹介する.二つは,欧米人を対象としたものであり,一つは日本人を対象として筆者らの研究グループが報告したものである.2013年に,Seddonらは,1,676名のCAMD患者群,745名の対照群,36名の同胞について,その時点でCGWASにより同定された領域に存在する遺伝子や,それに関連する生物学的パスウェイにあるC681の遺伝子を対象に,次世代シークエンサーによるスクリーニングを実施した8).この結果,CFIの翻訳領域に変異を有する患者が対照群と比較してC3倍以上多いこと,さらにCC3とCC9これらはいずれも補体系の遺伝子であるが,これまでに関連が知られていない低頻度な変異(C3Cp.K155Q,CC9p.P167S)を報告している.同様に,Zhanらも,57遺伝子について,2,335名のAMD患者群,789名の対照群を対象に次世代シークエンスを実施し,Seddonらが報告したものと同一のCC3の変異(C3p.K155Q)を報告している9).しかし,日本人を含むアジアで頻度が低い変異がCAMD発症のリスクになっているか,この時期には明らかではなかった.2016年に筆者らは,日本人を対象に次世代シークエ(75)あたらしい眼科Vol.36,No.2,2019C205AMD患者VS対照群AMD発症にかかわる遺伝子の同定遺伝子変異あり遺伝子変異なし図3遺伝子レベルの関連解析GWASでは,一つの塩基が発症に関与するかを網羅的に検討するが,シークエンスデータを用いた解析では,ある特定の遺伝子が疾患などの形質に関与するか検討する手法も開発されている.さまざまな方法が開発されているが,ここではもっとも単純な手法を紹介する.解析の対象とするある遺伝子について,蛋白質の機能に影響すると考えられる遺伝子変異を有している人の割合を患者群と対照群で比較する.機能喪失を起こすCETP遺伝子変異の頻度(%)1.00ナンセンス変異スプライスサイト変異フレームシフト変異0.750.500.250.00AMD患者対照群図4CETP遺伝子に機能喪失を生じる変異CETPの機能喪失を生じることが予想されるナンセンス変異,スプライスサイト変異,フレームシフト変異について,文献10に基づいて図示化した.AMD患者では対照群と比較し,統計学的有意に機能喪失をきたすと考えられる変異を有するものが多く観察された.強い(OR>3)中程度(OR:1.5~3.0)弱い(OR<1.5)まれで影響が強いCFHp.R1210C,C3p.K155Qまれで影響中等度C9p.P167S頻度高く中等度の影響CFH,ARMS2影響が弱いVEGFA,LIPC,TIMP3,APOE,COL4A3,TRPM3MMP9,etc…まれ低頻度高頻度アレル頻度図5これまでに同定されたAMD感受性領域と遺伝子変異本稿で取り上げた遺伝子変異や感受性領域についてアレル頻度と効果の強さに注目して要約した(文献:3,7,9,10.12).アジア人に特有と思われる遺伝子変異を赤で示している.OR:オッズ比.ics),ゲノム薬理学(pharmacogenomics)とよばれ,これまでにさまざまな薬の効き目や副作用に関する論文が報告されている13).AMDにおいても,光線力学療法や抗血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthCfac-tor:VEGF)治療の反応性に遺伝要因が関与する可能性を検証した研究がこれまでに報告されている14.16).しかし,過去の報告はおもに研究者が関心のある遺伝子のみを対象とした候補遺伝子アプローチとよばれる方法であり,網羅的に遺伝要因の検索を行った報告は今でも限られている.筆者らは国内のC7施設と共同で,滲出型CAMDに対する抗CVEGF治療の反応性に影響する遺伝要因の同定を目的に,GWASを行い報告している.本研究ではC434名の滲出型CAMDについて,ラニビズマブにてC3カ月治療した後に,視力が改善もしくは維持できているC361名と,視力が低下したC73名の患者について,ゲノム上のC700万程度のマーカーを網羅的に比較した5).再現性の検証と統合解析の結果,抗CVEGF治療反応性に影響する四つのCSNPが示唆(p<1.0C×10.5)されたが,GWASで用いられる有意水準(p<5.0C×10.8)には到達しなかった.しかし,このC4領域に存在する位置的候補遺伝子とCVEGFに関連するパスウェイに属する遺伝子群との関係性について解析したところ,4領域のうちC3領域に存在する遺伝子(KCNMA1,SOCS2,OTX2)が過去にCVEGF関連の遺伝子への影響が報告されていることから,これらの遺伝子が機能的にも治療反応性に影響する可能性が示唆された.また,国内では,Yamashiroらによって,導入期後の滲出性病変の消失と追加治療の有無,治療開始からC12カ月後の視力変化などについて,GWASが実施されているが,同研究においても統計学的に有意に関連する座位はみつからなかった4).薬理遺伝学研究は,同一の治療を受けた患者を収集する必要があるために,大規模な研究を実施することは容易ではない.しかし,筆者は薬剤反応性に関する遺伝学研究の重要性は今後ますます増加すると考えている.近年では,数千円から二万円程度でゲノムの網羅的な遺伝型測定が可能である.1回の抗CVEGF治療に必要な金額を考えてみると,治療方針に影響する有用なマーカーを発見できれば,個人に最適な治療プロトコールの実践が可能となり,注射回数の削減やそれに伴う金銭的負担の軽減,合併症の予防に貢献するであろう.また,GWASのような網羅的なスクリーニングだけではなく,分子標的薬のターゲットとなる遺伝子の変異が治療反応性に影響することもこれまでに報告されており17),分子標的薬の開発が進む今日では,臨床的な要因だけでなく,遺伝学的な要因による治療感受性の違いについても検討を行うことが個人に応じた医療を提供するために必要である.CIVこれからのゲノム研究ゲノム研究の医療への還元とはおもに,1)発症予測に役立てること,2)生物学的な理解を深めることで新規治療法の開発につなげること,であると筆者は考えている.発症予測に関しては,これまでの研究では,統計学的な有意水準を満たすマーカーを用いてその有用性について議論がなされてきた.一方で,ゲノム上に存在する数千を超える非常にたくさんの塩基が弱い効果をもっており,病気の原因や形質の違いの元になるとするポリジェニックモデルという概念が存在する.この概念に基づいて,多因子疾患のリスク予測のブレイクスルーとなり得る報告が“NatureGenetics誌”に報告された.Kheraらは,5つの疾患に対してゲノム全体から数百万までの塩基情報によるC31の疾患予測モデルを構築し,それらの疾患発症予測における有用性を検討した18).本研究で対象としたC5疾患のうち,4疾患でC700万程度の塩基を用いたモデルがもっとも予測精度が高かった.これまでの方法との大きな違いとしては,過去の方法は有意水準を超えた塩基情報のみで予測してきた点である.AMDでは,有意な関連を示している領域がC40程度しかないことを考えると,このようなモデルを適応することで予測能が向上する可能性は十分にあると思われる.AMDでは,CFHやCARMS2など影響が比較的強く,頻度が高いCSNPがみつかっているため,他の多因子疾患と比較して発症予測の有用性が高いことが示唆されてきたが,このような新しい概念も取り入れて,遺伝的な知識が現在の段階でどの程度発症の予測が可能なのかを,そ208あたらしい眼科Vol.36,No.2,2019(78)■用語解説■一塩基多型:ある集団において,1%以上の頻度で認められる個人間の塩基の違いを一塩基多型(single-nucleotidepolymorphism:SNP)という.