連載.二次元から三次元を作り出す脳と眼雲井弥生淀川キリスト教病院眼科図1大型弱視鏡の構造二つの鏡筒は水平・垂直・回旋方向に独立して動くので,眼位に合わせて視覚刺激を別々に呈示できる.ここでは水平方向の目盛のみ示す.両眼の対応点に個別に刺激を与えることにより,両眼視の検査や訓練が可能である.(83)あたらしい眼科Vol.35,No.3,20183650910-1810/18/\100/頁/JCOPY膜に映る範囲により4段階に分かれる.最小の中心窩スライド(d)で融像可能ならば正常両眼視をもつと考えてよい.訓練の対象は片眼抑制や網膜異常対応である(図2の説明文参照)2).訓練は1990年頃まで精力的に行われたが,片眼抑制がとれ,逆に複視に悩む例も出たため,症例を選んで行うよう注意喚起された.現在は斜視手術や屈折矯正が主体で,訓練は補助的なものとされる.乳児内斜視には手術,調節性内斜視には眼鏡装用でまず斜視角を減少させる.眼位が正位や斜位になれば両眼視はおのずから段階的に改善していく.しかし,わずかな内斜視が残り,微小角斜視になったり交代視したり,両眼視の困難な例が早期発症のものに多い.感覚性融像はあっても運動性融像が弱く,正しい位置に眼を動かせない例もあり,改善に限界がある.著者が受けた訓練は運動面のものが多く,その点で従来の訓練と異なる.48歳からの訓練著者は1954年生まれ.生後3カ月で内斜視を発症し,乳児内斜視の診断のもと,2,3,7歳と3回の斜視手術を受け,わずかに内上斜視を残す状態となった.矯正視力は両眼とも1.0,潜伏眼振を伴い,立体視はなく素早い交代視で対処していた.48歳を前に眼の疲れや遠くが見えにくく運転に困難を覚えたため(絶え間ない交代視のため世界が小刻みに震えて見えるとの記載)眼科医を訪れたが,両眼視なしと確認されただけ.やむなく検眼医を受診した.数年にわたる訓練を受けてrandomdotstereogram(RDS.単眼の手がかりが少ない立体視検査.連載⑤参照)で立体視を得るまでに改善する.米国では眼科医ophthalmologistが斜視手術を,検眼医optometristが眼鏡処方を担当する.発達検眼医は検眼学による視能矯正を行い,日本の視能訓練士の業務に似る.著者の受けた運動面の訓練を紹介する.内上斜視をプリズム眼鏡で矯正し毎日自宅でも訓練を行った.①衝動性眼球運動(saccade)の訓練.部屋の四隅に異なる数字のカードを1枚ずつ張り,人が読みあげた数字に瞬時に眼を向け数秒固視する.内斜視患者では眼と頭の動きが独立せず,眼を動かすときに頭も同時に動く.眼のみ動かせるよう練習する.②滑動性追従運動(persuit)の訓練.ロープで天井からつるしたボールやコインの振子様の動きを,片眼ずつ,頭を動かさないよう注意して追視する.③不安定なボードの上に乗って字を読む訓練.たとえば平均台に乗るなど体のバランスをとる必要に迫られると前庭器官が活発に働き,視線の安定につながる.前章で紹介した宇宙から帰還後に動揺視を自覚した宇宙飛行士とは著者の夫であり,彼の訴えに彼女は斜視の自分と366あたらしい眼科Vol.35,No.3,2018の共通点を見出して考察を加えた.④周辺視野を使う.1m四方のボードの中心より放射状に広がる線分があり,線上に多数の光る点が同心円状に配置されている.一つの点が光る→見つけて点を手で押す→別の点が光る→手で押す,これを繰り返す.これまで別々に使っていた中心視野と周辺視野を連携して使えるようになった.運動視差(連載⑥参照.自分が動くとき,固視点より近くは反対方向へ,遠くは同側へ動いて見える現象)やオプティカルフロー(連載⑫参照.運動時の網膜上の像の流れ)は本来単眼の手がかりとされているが,それらを認知する力も高まった.訓練後に固視が安定し,眼の方向をコントロールできるようになったと記している.P系細胞は中心窩に,M系細胞は傍中心から周辺部に多い(連載⑨⑩参照).一連の訓練は眼球運動や周辺視野などM系の能力,上丘を含む膝状体外系や前庭の機能を鍛えることでP系と連携しやすくなったと考える.1+1=無限大そしてある日,運転席でハンドルが宙に浮いて見えるのに気づき,ハンドルの周囲になにもない空間が広がっているのに驚く.単に立体的に見えただけでなく,物を取り巻く空間の広がりを実感したり,物の輪郭がくっきり見えるようになったり,さまざまな描写はユニークで興味深い.RDSで立体視可能になるのはそれから随分あとである.ただしRDSの視角や視差について言及はなく,眼科で行う視差1°以内の検査より立体視しやすかった可能性がある.彼女は自身で考察する.「潜在的に能力のあった両眼視細胞が,両眼から同時に均等に刺激を受けることで神経回路に変化が起こり両眼視細胞として機能しはじめたのではないか.この変化には,大脳皮質だけではなく,前脳基底部*への刺激も必要ではないか.」(*前頭葉底面にある発生学的に古い部分.脳全体の活動を調整することで脳の可塑性,学習,記憶,睡眠など基本的行動に影響を与える)M系の感受性期間は生直後から10カ月頃までで,それ以後の訓練は効果がないと考えられてきた(連載⑱参照).著書には長期訓練により立体視を獲得した成人が多数登場する.上記の訓練でM系が鍛えられ,運動性融像や周辺視野の機能がよくなれば,日常でもっと両眼を使いやすくなると考える.文献1)スーザン・ハリー(宇丹貴代美訳):視覚はよみがえる─三次元のクオリア.筑摩書房,20102)久保田伸枝:斜視視能矯正.視能学(丸尾敏夫,久保田伸枝,深井小久子編),第2版,p407-409,文光堂,2011(84)