患者からデータベースへ,データベースから患者へBedsidetoDatabasetoBedside武蔵国弘*Iインターネットの本質からインターネットがもたらす情報革命のなかで,情報発信源が企業・団体から個人に移行した大きなパラダイムシフトはWeb2.0と表現された.近年はヒトだけでなくモノが情報発信源となり,腕時計,自動車,家電,住宅から情報が発信され,個人の健康状態を管理したり,自動運転が可能になり,スマート住宅とよばれる省電力の住宅が誕生した.農産物一つひとつにもICタグが付けられネットを通じて管理されている.医療機器からも情報が発信されクラウド型の電子カルテに蓄積され,往診や遠隔診療を支援する.ほんの数年前まで,医療情報は病院で保有しなければならない,といった強い制約があったことを忘れてしまいそうである.現在のモノが情報発信源となる潮流はIoT(InternetofThings:直訳すれば「モノのインターネット」)とよばれている.この言葉と概念を初めて提唱したのは,1999年にマサチューセッツ工科大学のAutoIDセンサー共同創始者であるKevinAshtonとされている.当時はradiofrequencyidentification(RFID)による商品管理システムをインターネットに例えたものであった.RFIDとは,電波を用いてRFタグのデータを非接触で読み書きするシステムである1,2).2000年に入る前に「IoT」という言葉はすでに存在していたことになる.しかし,その言葉が一般的になったのは2010年代後半で,IoTの言葉の誕生から10年以上かかっている.概念自体が生まれた当時,センサーやデバイスなどの機器の単価はとても高く,通信環境もまだ整っていたとはいえない.筆者が『あたらしい眼科』で,情報発信源が個人からモノに移行する潮流を提唱したのは2009年のことである3).当時,同様のことを考えた開発者が世界中にいたのであろう.簡単にいえば情報発信源がヒトからモノへ増えただけのことである.インターネットが行う作業を二つの動詞に集約すると,「繋ぐ」と「蓄積する」になると考えられる.SNSで個人が多角的に繋がり,同じ趣味で繋がり,同じ思想で繋がる.ときにデモや反政府活動のような現実世界に大きな影響を与える繋がり方をする.繋がり方はさらに進化し同時性を求める.世界中の人間がリアルタイムに繋がるサービスはTwitterに始まり,通信技術の進歩に伴い世界中の利用者がオンラインゲームを同時に楽しめるようになった.オンラインゲームは,インターネットが利用者の時間だけでなく心を支配する.今後普及するインターネットサービスは心を支配するサービスである.「インターネットが利用者の心を支配する」とはどういうことか,のちほど改めて説明する.インターネットにはもうひとつ重要な機能がある.「蓄積する」ことである.人間と違って,いくら情報が蓄積されても整然と整理され,さまざまな角度で解析が可能である.インターネットと「蓄積」についてはその歴史から説明が可能である.インターネットはそもそも軍事利用から始まった.一つの基地を爆破されてもデー*KunihiroMusashi:むさしドリーム眼科〔別刷請求先〕武蔵国弘:〒543-0027大阪市天王寺区筆ヶ崎町5-52ウェルライフ上本町クリニックプラザ203むさしドリーム眼科0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(49)471タが他の基地にも残るように,遠隔地に分散してデータを蓄積させる必要があり,DARPA(DefenseAdvancedResearchProjectsAgency:アメリカ国防高等研究計画局)というアメリカの国防総省の機関がその研究開発を担っていた.DARPAはインターネットの前身のARPANETだけでなく,GPSやSiriなどの技術を開発したことで知られている.DARPAがARPANETを民間に開放し第三次産業革命が始まった4).1983年のことである.それまでの規模を求めるビジネスとは相反し,事務所をもたずに商売をしたり,世界中に向けて情報発信ができるようになり,インターネット登場前には考えられなかった新しい職種を生み出した.銀行や保険など社会のインフラでさえインターネット上で完結できるようにもなった.エストニアのように電子市民を受け入れる国家も現れた.現実世界のビジネスや営みをインターネットに移す,その連続である.そもそも商売というものは,まず顧客がいて顧客の満足の対価を継続して得ることによって成立する.これはインターネットが登場する前から今も基本的には変わらない.ただ,インターネット登場前までは,利用者の金銭をより多く支配できる企業が成長した.第三次産業革命後つまりインターネット登場後は,価値の高い情報を無料で開示する代わりに広告料を得る,収益性の高いビジネスモデルが確立した.さまざまな広告手法が誕生した.検索連動広告,動画広告,成果報酬型,位置情報型広告など.広告は見せられるほうからすると邪魔なものでしかない.テレビのコマーシャルもそうである.ないほうがありがたいが無料で見ているのでその時間を容認している.広告手法は,インターネットであれテレビであれ,利用者の時間をいかに支配するかが重要である.インターネットを無料で利用することは,さまざまな便利さを享受するとともに,広告を見せられる時間を容認しているのである.インターネットは利用者の時間を支配しようと,あの手この手を打つことになる.広告を見せられる時間をより多く容認すれば,理論的には電子カルテを無料で利用できる可能性もゼロではない.その代わり,相当多くの広告を診療中に見せられることになるであろう.ただ,有効な広告を打とうとすると,より詳細な個人情報が必要になる.住所,年齢,職種,趣向などの個人情報はGAFA(Google,Apple,Facebook,Amazon.com)と総称されるIT業界の巨大企業達が蓄積し,その蓄積を基に広告収入を得て,高品質なサービスを顧客に無料で提供している.膨大な個人情報を所有し,利用者の時間を支配しようとしているGAFAであるが,やはり,広告はどこまでいっても利用者にとって邪魔なものである.ある特定のグループが,「これは非常に楽しい.このサービスなしでは生きていけない」もしくは「非常に役立つ.このサービスなしでは仕事に支障がでる」と感じさせるインターネットサービスが次の時代に必要である.それが,前述した「心を支配する」サービスである.時間を支配するサービスから心を支配するサービスへ.特定のグループから得られる,セグメントされたビッグデータから新しく「心を支配する」サービスが生まれるのでは,と可能性を感じている.医療界から,さらに限定して眼科医から,さらに限定して眼科の特定の疾患から,蓄積されたビッグデータを用いて,利用者を唸らせるサービスが登場するのはこれからでる.IIBedsidetoDatabasetoBedside医学研究と臨床は別々の道ではなく,研究室で得られた成果を臨床に結び付けるために,橋渡し研究(transla-tionalresearch)という考え方が生まれた.橋渡し研究とは,おもに医学や生物学における基礎研究の成果の中から有望な知見を選び出し,医薬品や医療機器の開発に要する工程を効率的・効果的に策定し,医療としての実用化を円滑にする医学研究の一領域とされている.一般的にtranslationalresearchはBench(研究室)toBed-side(患者)とよばれ,開発は研究室から始まり最終的に患者に届くが,その距離はきわめて大きく,臨床応用にはとてつもなく長い時間がかかり,しばしば死の谷と表現される(図1).柳田は,医薬品の開発には臨床現場からの視点が重要である,という観点から“BedsidetoBenchtoBedside”が重要だと説いている.患者の所見からresearchquestionを立て,それを基礎研究で解明し,よりよい形で臨床に届けるBedsidetoBenchtoBedsideが必要であって,その第一段階を担うのは臨床472あたらしい眼科Vol.36,No.4,2019(50)図1死の谷Bench(研究室)Database臨床医臨床医Bedside(患者)Bedside(患者)図2BedsidetoBenchtoBedside図3BedsidetoDatabasetoBedsideータベースから生まれる成果物はどうであろう.膨大なデジタルデータ(整理されていることが肝要だが)となった患者情報にこそ価値がある.貢献度としては,患者群>発明者と筆者は考える.データベースから得られるサービスには,価値の源泉である患者群への配慮が求められる.診療データは誰のものかを考察する.デジタル化された診療データの所有には患者,医師,医療機関,システム会社の四者がかかわる.このうち誰が診療データの所有者か,という議論には終わりがない.筆者は,診療データは誰のものでもなく,所有権を捨てない限りにおいて「全員が所有者」と考えている.2018年5月11日より次世代医療基盤法が施行された6).次世代医療基盤法は,いかに医療情報を匿名加工して,個人が特定されない状態にして,誰がどんな目的で利用してよいか,のルール作りである.規制を厳しくすればビジネスが成り立たず産業を創出できない,という国の方針は理解するものの,診療データの所有者の一人であって,情報源となる医療機関や患者への配慮が見あたらない点が気になる.情報源という観点においては,診療データは根源的に患者のものであって,患者にはなんらかの利益が還元されなければならない.成果物は患者に向かうサービスであるべきである.治療効果が上げる,安心して治療が受けられる,迅速な診断が得られる,などの医療水準の向上に寄与しなければいけない.患者もしくは医療機関に対する配慮は,金銭ではなくデータの一次利用で可能である.一次利用を怠ったサービスは,心に響かず,いずれ淘汰されることであろう.BedsidetoDatabasetoBedsideによって生まれる成果物は,BedsidetoBenchtoBedsideによって生まれる創薬と違って,臨床医の仕事のパートナーとなるインターネットサービスが主軸となるであろう.電子カルテ,医療機器,ウェアラブルデバイス,携帯アプリなどが発信し集積された巨大なビッグデータを基に,診断支援・治療支援・手術支援をするサービスが創出される.DatabaseBasedServicesがわれわれ眼科医の診療水準を向上させることであろう.筆者は現在,データベースを基にした緑内障の診療支援システムを構築中であるが,企業との共同開発のため機会を改めて紹介させていただければと思う.III近未来への提言20年以上前のことである.診断や治療に難渋した際に,「〇〇と△△の合併例は□□を起こしやすい,それは19××年のOphthalmologyに掲載されていたよ」と話ができる先生が凄い先生といわれていた.論文を沢山読まれて頭の中で整理している先生は,確かにすごいのだが,インターネットが登場し,論文を縦横無尽に検索できるようになり,事情はまったく変わった.目的とする論文を的確に検索できる先生が凄い先生となった.今後の10年はどうであろう.蓄積されたビッグデータを基に自動診断ソフト,診断支援ソフトが誕生し,より精度の高い診断ソフトを上手に使いこなす先生が「凄い」と評価されるであろう.多くの医師は仕事を愛している.眼科医なら眼科診療を愛している.われわれが心を奪われているのは,診療中もしくは手術中である.その診療中に医師や患者にとって有益な情報がデータベースを通じて次々と与えられる診療風景はどうであろうか.たとえばヘルペス角膜炎を疑う患者を目の前にして,前眼部写真から自動的に補助診断をしてもらい,もしくはヘルペス角膜炎ではない,と言い切ってくれたり.その病院の体制に応じて必要な検査や専門医の処方例まで示してくれる.これは非常にありがたいサービスである.自分の診療レベルを引き上げてくれる.外来診療だけではない.手術中にリスクを感じた手術支援ソフトが,顕微鏡の画面を通じて術者にアドバイスを送る.「それ以上削らないで」「裂孔できてないか確認しよう」「創の閉鎖が弱いと思われる」など指摘してくれる.精度が高ければ,間違いなくわれわれ眼科医の心を奪うインターネットサービスになり,その対価に対して喜んでお金を払うであろう.インターネットに心を奪われることは,決して悪いことではない.それだけの価値があれば奪われて当然である.インターネットの本質は「繋ぐ」と「蓄積する」である.われわれ眼科医は,データベース上に蓄積されたものから生まれる叡知を上手に活用しながら診療すればよいのである.その成果物を生み出す源泉は目の前の患者である.BedsidetoDatabasetoBedside,患者からデ474あたらしい眼科Vol.36,No.4,2019(52)