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硝子体手術のワンポイントアドバイス 179.ニューロステロイドと網膜硝子体疾患(研究編)

2018年4月30日 月曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載179179ニューロステロイドと網膜硝子体疾患(研究編)池田恒彦大阪医科大学眼科●ニューロステロイドとは従来,エストロゲン(ET)やテストステロン(TE)など性腺で産生される性ステロイドホルモンは脳内では合成されず,血流により脳に到達し,神経細胞に作用するとされてきた.つまり脳は末梢組織で生成されるステロイドホルモンの標的器官であると信じられていた.Baulieuらは,ステロイドホルモンの一つであるデヒドロエピアンドロステロンが,成熟ラットの脳内に血中よりも高い濃度で存在し,しかも末梢のステロイド合成器官を摘出した後も,脳内においてその濃度が減少しないことから,末梢内分泌腺とは独立したステロイド合成系が脳に存在することを見いだした1).これに続き,プレグネノロンやプロゲステロンといったステロイドも血中よりも高い濃度で脳内に存在することが報告され2),これらをニューロステロイドとよぶようになった.脳の一部である網膜におけるニューロステロイド産生の可能性を検討するため,筆者らは以前に網膜硝子体疾患でステロイドホルモン濃度を硝子体および血清で比較検討し報告したことがある3).●眼内におけるニューロステロイド産生の可能性硝子体手術を施行した網膜硝子体疾患(黄斑上膜,黄斑円孔,糖尿病網膜症,網膜.離)患者の血清および硝子体を採取し,電気化学発光免疫測定法にてエストラジオール(E2)とTE濃度を測定した.平均年齢はE2で男性:61.9歳,女性:67.4歳,TEは男性:58.6歳,女性:64.5歳で,各群間において有意差はなく,女性はすべて閉経期であった.その結果,すべての網膜硝子体疾患において,男性では血清中のE2濃度が硝子体中より有意に高く(p<0.001),女性では逆に硝子体中のE2濃度が血清中より有意に高値であった(p<0.001)(図1).男性の血清中のTE濃度は高値であったが,男性の硝子体および女性の硝子体・血清のTE濃度はきわめて低値であった.E2は硝子体中に高濃度認められ,とくに女性ではいずれの網膜硝子体疾患でも硝子体の濃度が血清に比べ有意に高かった.この結果から,各種網膜硝(89)0910-1810/18/\100/頁/JCOPYpg/ml男性pg/ml女性ERMMHPDRRDERMMHPDRRD■血清■硝子体■血清■硝子体図1網膜硝子体疾患における血清および硝子体中のエストラジオール濃度女性ではいずれの網膜硝子体疾患でも硝子体の濃度が血清に比べ有意に高かった.ERM:黄斑上膜,MH:黄斑円孔,PDR:増殖糖尿病網膜症,RD:裂孔原性網膜.離.(文献4より改変引用)子体疾患ではE2の合成が眼局所で高まっている可能性が示唆された.TEの眼局所での産生および血中から眼内への移行はほとんどないと考えられた.●性差のある網膜硝子体疾患とニューロステロイドの関連脳や網膜においても性ホルモン合成酵素であるP450sccやアロマターゼが存在しており,とくに脳のアストロサイトにおけるアロマターゼの発現は外傷,虚血,炎症などによっても高まるとされている4).さらに,マウスの脳においてメスのほうがアロマダーゼの発現量が多いとする,いわゆる性的二型性(sexualdimor-phism)も指摘されている5).このようなニューロステロイド産生の男女間における違いが,黄斑円孔や強度近視などの性差に関連しているのかもしれない.文献1)BaulieuEE:Neurosteroids:ofthenervoussystem,bythenervoussystem,forthenervoussystem.RecentProgHormRes52:1-32,19972)JoDH,AbdallahMA,YoungJetal:Pregnenolone,dehy-droepiandrosterone,andtheirsulfateandfattyacidestersintheratbrain.Steroids54:287-297,19893)NishikawaY,MorishitaS,HorieTetal:Acomparisonofsexsteroidconcentrationlevelsinthevitreousandserumofpatientswithvitreoretinaldiseases.PLoSONE12:e0180933,20174)Garcia-SeguraLM,WozniakA,AzcoitiaIetal:Aroma-taseexpressionbyastrocytesafterbraininjury:implica-tionsforlocalestrogenformationinbrainrepairNeurosci-ence89:567-578,19995)HutchisonJB,SchumacherM,HutchisonRE:Develop-mentalsexdi.erencesinbrainaromataseactivityarerelatedtoandrogenlevel.BrainResDevBrainRes57:185-192,1990あたらしい眼科Vol.35,No.4,201850740353025201510504035302520151050

眼瞼・結膜:マイボーム腺と細菌

2018年4月30日 月曜日

眼瞼・結膜セミナー監修/稲富勉・小幡博人37.マイボーム腺と細菌鈴木崇いしづち眼科マイボーム腺内には,表皮ブドウ球菌やアクネ菌などの常在細菌が存在していると考えられ,なんらかの原因で常在細菌叢のバランスが崩れ,菌量が増加すると,内麦粒腫などの感染症が発症する.一方,マイボーム腺機能不全においても,脂質の組成変化が常在細菌叢の変化をもたらし,なんらかの炎症機転を生じている可能性がある.●はじめにマイボーム腺は涙液の油層の供給源であるため,マイボーム腺機能不全(meibomianglanddysfunction:MGD)では,涙液の不安定を引き起こし,ドライアイと同様の自覚症状を引き起こす.さらに,重症例では,前部眼瞼炎などを合併し,マイボーム腺炎(後部眼瞼炎)などの眼瞼の炎症をもたらす.これらのMGDやマイボーム腺炎には,細菌の関与が疑われている.さらに,マイボーム腺の化膿性感染症である内麦粒腫は,日常臨床でよく遭遇する疾患である.本稿では,マイボーム腺にかかわる細菌や病態について概説する.●マイボーム腺の常在細菌マイボーム腺は眼瞼に開口部があるため,外界に接する分泌腺である.そのため,他の脂腺や汗腺などの外界に接する分泌腺と同様,微生物が外から侵入できる可能性がある.Zhangらの報告では,健常人のマイボーム腺の圧縮物を好気性,嫌気性条件で培養したところ,好気性条件では表皮ブドウ球菌(Staphylococcusepidermi-dis)(図1a),嫌気性条件ではアクネ菌(Propiobacteri-umacnes)(図1b)が有意に検出され,結膜.や眼瞼と同様の常在細菌が認められている1).アクネ菌は,空気の少ない嫌気性状態で発育可能な菌で,脂肪分解酵素のリパーゼを分泌して皮脂を遊離脂肪酸にすることで,栄養分を取り込み増殖する.そのため,マイボーム腺の奥でも存在できると考えられる.一方,表皮ブドウ球菌は,発育に空気が必要であるため,マイボーム腺の開口部付近に存在すると予測できるが,いずれの菌もマイボーム腺のどこで,どのよう生息しているのか,などは明らかになっていない.さらに,細菌の中には脂肪酸を必須の栄養素として増殖するコリネバクテリウム(Cory-nebacteriumsp.)などの菌が存在しているが,通常培養検査では,脂肪酸を培地に含有することが少ないため,マイボーム腺内に脂肪酸要求性の菌が存在するかは明らかになっていない.図1マイボーム腺と菌(グラム染色像)マイボーム腺圧縮物では(a)表皮ブドウ球菌,(b)アクネ菌が検出される.(87)あたらしい眼科Vol.35,No.4,20185050910-1810/18/\100/頁/JCOPY図2マイボーム腺炎関連角結膜上皮症(フリクテン型)血管侵入と結節性細胞浸潤を認める.●MGDと細菌マイボーム腺炎を除くMGDに対する細菌の関与は,明らかになっていない.しかしながら,前述の報告では,MGD症例のマイボーム腺圧縮物の細菌培養陽性率は,健常人より高く,なんらかの関与があるのかもしれない1).マイボーム腺内の免疫応答については不明であるが,MGDにおいて菌に対するなんらかの慢性炎症が生じている可能性も否定できない.とくにアクネ菌は,肉芽腫性の炎症を惹起し,サルコイドーシスなどの免疫疾患においても注目されており,MGDにおいてもキープレイヤーである可能性がある.また,MGDにおける脂質組成が細菌叢変化をもたらす可能性もある.●マイボーム腺炎の病態MGDの重症型であるマイボーム腺炎では,マイボーム腺の炎症が角膜にも波及し,マイボーム腺炎関連角結膜上皮症を引き起こすことが知られている2).マイボーム腺炎関連角結膜上皮症は,角膜上皮障害をおもに引き起こす非フリクテン型と,角膜への血管侵入と結節性細胞浸潤を認めるフリクテン型があり(図2),いずれもアクネ菌に対する免疫反応の可能性が示唆されている2).そのため,治療においては,アクネ菌に良好な薬剤感受性を示すマクロライド系テトラサイクリン系抗菌薬の内服が有効である.●内麦粒腫の病態マイボーム腺の化膿性感染症である内麦粒腫は,マイボーム腺開口部付近に膿を形成することで発症する(図3).ブドウ球菌が原因菌と考えられ,排膿・抗菌薬点眼にて,症状,所見は軽快する.マイボグラフィーでは膿が高輝度に反射する.内麦粒腫では,マイボーム腺の閉506あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018図3内麦粒腫マイボーム腺開口部に膿を形成し(a),マイボグラフィーでは高輝度に映る(b).塞に伴い,ブドウ球菌が単一で増殖し,膿を形成すると考えられる.マイボグラフィーにおいて麦粒腫治癒後のマイボーム腺は閉塞しており,麦粒腫を繰り返す症例では,MGDも合併しやすい.さらに,これらの感染が契機となり,霰粒腫を発症することも多い.●今後の課題前述のように,培養条件によって検出される細菌が異なるため,マイボーム腺内に存在する“真”の細菌叢は明らかになっていない.そのため,脂肪酸を含有した培地を用いた培養検査,もしくは,培養条件に頼らない遺伝子検査などによる細菌叢の解析が今後は必要になると思われる.文献1)ZhangSD,HeJN,NiuTTetal:Bacteriologicalpro.leofocularsurface.orainmeibomianglanddysfunction.OculSurf15:242-247,20172)SuzukiT,TeramukaiS,KinoshitaS:Meibomianglandsandocularsurfacein.ammation.OculSurf13:133-149,2015(88)

抗VEGF治療:両眼加齢黄斑変性に対する抗VEGF療法の長期経過例

2018年4月30日 月曜日

●連載監修=安川力髙橋寛二51.両眼加齢黄斑変性に対する抗VEGF佐藤弥生医療法人真仁会南部郷総合病院新潟大学医歯学総合病院療法の長期経過例滲出型加齢黄斑変性(AMD)に対してCVEGF阻害薬硝子体内注射が普及し,良好な視力を維持できるようになったが,現状は多数の症例で治療の継続が必要であり,治療を中止するタイミングの判断はむずかしく,回数が増えることによる患者の通院や金銭的な負担が問題となる.両眼のCAMDの症例で治療が長期にわたった例を経験したので経過を提示する.はじめに滲出型加齢黄斑変性(age-relatedCmacularCdegenera-tion:AMD)に対してC2009年にラニビズマブ,2012年にアフリベルセプトが認可され,血管内皮増殖因子(vascularendotherialgrowthfactor:VEGF)阻害薬が第一選択となり,良好な視力が得られるようになったが1,2),長期に治療継続を必要とする患者が増え,通院や治療費といった患者の負担が増加するという問題や,どのCVEGF阻害薬を用いても完治は困難である3)という問題がある.このたび,両眼活動性のあるCAMDに対し抗CVEGF治療を行い,長期にわたっている症例を経験したので提示する.症例65歳,男性.2013年C8月,右眼底出血のため近医より紹介され,新潟大学医歯学総合病院眼科を初診した.視力は両眼(1.2).両眼ポリープ状脈絡膜血管症(polyp-oidalCchoroidalCvasculopathy:PCV)(右眼は不確実例)と診断された4)(図1).脳神経外科にて以前「隠れ脳梗塞」といわれたことがあったため,ラニビズマブ硝子体内注射(intravitrealranibizumab:IVR)をC2013年C8月から開始した.右眼にC3回投与する間に出血増加(図2a)があり,視力(0.5)に低下するもC3回投与後には出血は消失,視力は(1.0)に改善した.12月から左眼のIVRを開始したが,再来時に右眼に網膜下出血を生じていた(図2b).左眼CIVRはC3回投与予定であったが,1回のみで網膜下液が消失していたため,右眼の投与に変更し,2014年C1月からC6月までに右眼CIVRをC4回行った.通院を勧めるも仕事の都合で当科通院困難のため,近医での経過観察となった.11月再来時,左眼が悪化し12月に左眼IVRC2回目を施行.左眼視力は(0.7).その後本人が脳神経外科担当医師に確認し,ア図2治療中の眼底所見a:ラニビズマブC1回投与後(2013年C9月).b:左眼の治療中に右眼に出血をきたした(2014年C1月).c:治療を一時休止した間に左眼に黄斑下出血をきたした図1治療前眼底所見(2013年8月)(2016年C1月).(85)あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018C5030910-1810/18/\100/頁/JCOPY図3アフリベルセプト硝子体内注射(IVA)開始前と開始後1年10カ月の眼底所見a,b:右眼CIVR7回,左眼CIVR2回施行後,IVAに切り替え前の眼底所見(2015年C1月C7日).c,d:右眼IVA13回,左眼IVA7回施行後の眼底所見(2017年11月).フリベルセプト投与は問題なしといわれたためアフリベルセプト硝子体内注射(intravitrealCa.ibercept:IVA)に切り替え,2015年C1月から左眼にC3回施行.左眼は改善傾向にあったが,右眼に網膜下液が残っており,4月から右眼CIVAに切り替えC3回施行.光干渉断層計(opticalCcoherenceCtomography:OCT)にて網膜下液が微量に増減する状態であったが,視力は右眼(1.0)左眼(0.9)と良好で生活に支障なく,経済的負担もあり,,追加投与を希望されず経過観察となった.2016年C1月に左視力低下を自覚し受診.視力は(0.5)に低下しており,左眼黄斑下出血が認められた(図2c).血腫移動の目的でC1月C8日,左眼にC100%CSFCガスC0.4Cmlを硝子体内注射し腹臥位を行った.1月C21日,6左眼CIVA4回目を施行.2月C1日,左眼硝子体出血が認められ視力は(0.06)に低下.右眼は網膜下液が存在し2月からC6月までにC3回,左眼は眼底透見可でありC8月までにC2回CIVAを施行.9月C8日再来時,左眼硝子体出血は消失し視力(0.2)であった.その後C2016年C10月から2017年9月までに左眼1回,右眼7回IVAを施行.2017年C11月C2日受診時,視力は右眼は(1.0)を維持,左眼は(0.7)に改善した.IVA切り替え前(図3a,b)と比較すると,右眼は網膜下液が少量残り(図3c),左504あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018眼は線維化と.胞様浮腫が認められた(図3d).現在は右眼に関して積極的に治療継続を希望されており,treatandextend法により継続している.この症例のまとめ1)添付文章上,ラニビズマブ,アフリベルセプトともにC1カ月以上間隔をあけて投与とされており,両眼の活動性をみながらどちらを優先して投与するか,その都度検討が必要であった.また,投与後の血中CVEGF濃度を経時的に測定した報告では,ラニビズマブでは眼内投与後に血漿CVEGF濃度は減少しなかったが,アフリベルセプトでは投与C1週間後,1カ月後で著明に減少したと報告5)されており,頻回投与による血管イベントの発生リスクにも留意する必要があった.2)経過中,網膜下液が残った状態であったが視力は良好で自覚症状に乏しく,両眼治療による通院や金銭的な負担があり継続治療を希望されず,治療休止中に黄斑下出血を発症した.早急な治療を行い,その後硝子体出血を起こし視力低下するも自然消退し,幸いにも視力改善が得られた.3)左眼のガス注入,腹臥位の経験を経て,本人から積極的に右眼の治療を続ける了承が得られた.おわりに滲出型CAMDは再発を繰り返し視力低下していく疾患であり,とくにCPCVの場合は急な網膜下出血を起こす場合がある.本セミナー第C45回でも中止基準について報告されているが,大多数の症例は治療を継続していると言及されている3).病態に関して患者の理解を深めることが必要であり,治療を中断する際には個別の事情を考慮し,患者本人とよく検討をする必要がある.文献1)RosenfeldPJ,BrownDM,HeierJSetal:Ranibizumabforneovasucularage-relatedmaculardegeneration.NEnglCJMed355:1419-1431,C20062)HeierCJS,CBrownCDM,CChongCVCetCal:Intravitreala.ibercept(VEGFCtrap-eye)inCwetCage-relatedCmacularCdegeneration.OphthalmologyC119:2537-2548,C20123)大中誠之:加齢黄斑変性に対する抗CVEGF療法の中止基準.あたらしい眼科34:1421-1422,C20174)日本ポリープ状脈絡膜血管症研究会:ポリープ状脈絡膜血管症の診断基準.日眼会誌109:417-427,C20055)YoshidaI,ShibaT,TaniguchiHetal:Evaluationofplas-mavascularendothelialgrowthfactorlevelsafterintravit-realinjectionofranibizumabanda.iberceptforexudativeage-relatedCmacularCdegeneration.CGraefesCArchCClinCExpCOphtalmolC252:1483-1489,C2014(86)C

緑内障:緑内障手術に合併する上脈絡膜腔出血について

2018年4月30日 月曜日

●連載214監修=岩田和雄山本哲也214.緑内障手術に合併する上脈絡膜腔春日俊光松田彰順天堂大学医学部眼科学講座出血について上脈絡膜出血はまれではあるが重篤な緑内障手術の合併症であり,発症すると視機能に重篤な影響をもたらす.発症を完全に予防する方法はないが,患者の全身背景を把握し,周術期の低眼圧を予防するなどの対策が必要である.C●はじめに緑内障の加療においては,薬物治療・レーザー治療で十分な眼圧下降もしくは視野の維持が得られない場合に手術治療が選択される.選択できる術式は線維柱帯切除術・チューブシャント手術などの濾過手術や,線維柱帯切開術に代表される房水流出路再建術など多岐にわたる.手術治療においては,さまざまな合併症が起こる可能性があるが,そのなかで上脈絡膜腔出血(supracho-roidalChemorrhage:SCH)はまれではあるが,視機能に重大な影響を及ぼす合併症である(図1).SCHは,周術期に長後毛様体動脈もしくは短後毛様体動脈の破綻によって,脈絡膜上空に出血をきたすものである.報告によって頻度は異なるが,Vaziriら1)は,線維柱帯切除術C17,843例,チューブシャント手術C9,597例のうち,それぞれC0.6~1.4%,1.2~2.7%でCSCHの合併を認めたと報告している.その他の報告2)でも,線維柱帯切除術と比べ,チューブシャント手術のほうがSCHの合併は多いとするものが多い.発症のリスクとして,高齢,近視,緑内障眼,動脈硬化,抗凝固薬の内服,急激な眼圧低下,いきみ,眼科手術の既往などさまざまな因子が報告されており,実際にはこうしたな因子が複合的に作用して発症すると考えられる.SCHについては,大きく分けて術中に発症するタイプ(expulsiveCsuprachoroidalChemorrhage)と術後に発症するタイプ(delayedCsuprachoroidalChemorrhage)とに分類される.低眼圧に伴う脈絡膜.離との鑑別としては,Bモードエコーで脈絡膜腔が高輝度に観察される所見が有用である.C(83)0910-1810/18/\100/頁/JCOPY図1線維柱帯切除術後の上脈絡膜腔出血●予防法発症を完全に予防する方法はないが,術前に高血圧などの患者の全身疾患を把握すること,抗凝固薬の投与中であれば,内科医と相談し,可能なかぎり術前の休薬期間を設けること,また術中は,低眼圧の予防を心がけ,十分な麻酔を行い疼痛のコントロールを行うこと,さらに尿意を我慢させないなど,患者のいきみを防ぐ必要がある.C●治療法発症直後は経過観察を行うことが多い.消退傾向がない場合や,増悪傾向があり脈絡膜.離が後極に及ぶ場合や両側の脈絡膜.離が接する可能性がある場合に,観血的治療が検討される.SCHに対する観血的加療としては,強膜開窓術がある.手術時期に関しては,発症直後ではなく発症後C7~10日程度経過し,線溶系による血液凝固塊の溶解が起こってから施行するほうがよいとする意見もある.あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018C501図2強膜開創術前のBモードエコーとMRI画像図4強膜開窓術施行後●症例提示左眼の続発緑内障のC73歳,男性.40歳頃に白内障手術の既往があり,眼内レンズの逢着術を施行されている.術前眼圧は点眼・内服加療下でC41CmmHgであった.線維柱帯切除術が施行され,術中合併症はとくに認めなかった.術翌日の眼圧はC8CmmHgであったが,術後C2日目に眼圧C3CmmHgまで低下,delayedSCHを発症し502あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018C図3強膜開窓術術中所見た(図2).術後C7日目に強膜開窓術を施行し,網脈絡膜の復位を得た(図3,4).術後の眼圧は点眼併用下でC17~18CmmHg程度にコントロールされている.視力は術前(0.5)から術後(0.2)となった.本症例においては,SCH発症後も視機能を残すことができたが,SCHを発症すると積極的な降圧処置や,追加の緑内障手術がためらわれる可能性がある.文献1)VaziriCK,CSchwartzCSG,CKishorCKSCetCal:IncidenceCofCpostoperativeCsuprachoroidalChemorrhageCafterCglaucomaC.ltrationCsurgeriesCinCtheCUnitedCStates.CClinCOphthalmolC9:579-584,C20152)ChuCTG,CGreenCRL:SuprachoroidalChemorrhage.CSurvCOphthalmolC43:471-486,C1999(84)

屈折矯正手術:スクレラルレンズ

2018年4月30日 月曜日

監修=木下茂●連載215大橋裕一坪田一男215.スクレラルレンズ福本光樹南青山アイクリニック通常のハードコンタクトレンズ(HCL)より直径が大きいスクレラル(強膜)レンズは,強度不正乱視角膜に対する視力改善や,重症ドライアイに対する治療と角膜保護に有効であり,今後さらなる普及が期待される.処方時,レンズエッジが結膜血管を圧迫し,血流を遮断しないようにすることがポイントである.●はじめに2016年,Stevens-Johnson症候群(Stevens-Johnsonsyndrome:SJS)および中毒性表皮壊死症(toxicepi-dermalnecrolysis:TEN)に対して,輪部支持型角膜形状異常眼用コンタクトレンズ(直径13.0,14.0mm)がわが国において認可された.このレンズは通常直径9mm前後のガス透過性ハードコンタクトレンズ(rigidgas-permeablecontactlens:RGPCL)より直径の大きいスクレラルレンズに属する.今後さらなる普及が期待されるスクレラルレンズの利点や欠点,そして処方するうえでの注意点について,症例も提示しながら解説する.●レンズデザイン・利点・欠点スクレラルレンズは図1のようなデザインになっており,角膜径より大きく,強膜でフィットさせ,レンズ下に涙液等貯留させるスペースがあり,角膜にまったく触れない(図2).直径によりcorneo-scleral(12.9~13.5mm),semi-scleral(13.6~14.9mm),mini-scleral(15.0図1スクレラルレンズのレンズデザインベースカーブ(BC),リンバルカーブ,アライメントカーブ,ペリフェラルカーブからなり,リンバルカーブはBCに連動している.当院で使用しているスクレラルレンズはGPSpecialists社製iSightで,DK値:101(cm2/sec)・(mlO2/(ml×mmHg),直径16.4mm,BCは6.00~8.50mm(0.05mmステップ),度数は.20.00~+25.00Dが製作範囲となっている.エッジ部位はスティープ,ノーマル,フラット1,フラット2の4タイプがある.~18.0mm),large-scleral(18.1~24.0mm)に分類される.利点として,①角膜形状にかかわらず安定した視力が得られ,角膜レンズより異物感が少ない,②角膜形状不正が強くてもセンタリングがよく,ずれや落下が少ない,③レンズ下に涙液が貯留されるため上皮のダメージが少ない,などがあげられる.欠点としては,①瞼裂の小さい人には向かない,②従来のHCLより大きいので取り扱いに習熟が必要,などであるが,mini-scleralの登場により装用可能な症例が増え,取り扱いやすくなった.装着,脱着は専用のスポイトを使用することにより,さらに容易となっている.おもな適応疾患を表1に示す.●Stevens.Johnson症候群に対する処方例症例は66歳,女性で,3年前に発症した原因不明のSJSのため視力低下を認め,スクレラルレンズ処方目的で当院紹介受診となった.羊膜移植などの治療も受けていたが,角膜上結膜侵入,血管新生,角膜上皮欠損を認め,視力右眼(0.06×SCL×n.c.),左眼(0.03×SCL×n.c.)であった.処方時は,ベースカーブ(basecurve:BC)とエッジ(スティープ,ノーマル,フラット1,フラット2),そ表1スクレラルレンズのおもな適応疾患円錐角膜ペルーシド角膜変性球状角膜角膜移植後LASIKなどの角膜屈折手術後Stevens-Johnson症候群中毒性表皮壊死症Sjogren症候群眼類天疱瘡眼瞼欠損症神経麻痺性角膜症兎眼性角膜炎化学眼外症(81)あたらしい眼科Vol.35,No.4,20184990910-1810/18/\100/頁/JCOPY図2進行した円錐角膜にスクレラルレンズを装用した症例の前眼部OCT画像進行した円錐角膜症例などでは円錐角膜用HCLであっても安定せず,ずれたり落下しやすかったり,突出部の混濁や疼痛のため装用を断念せざるえない場合がある.そのような症例でも,スクレラルレンズでは強膜部位でレンズが支えられ,レンズと角膜が直接接することなく,安定したフィッティングが可能となっている.図3トライアルレンズ(ノーマルとフラット1)エッジがノーマルを装用時はブランチングを認めるが(a),フラット1に変更後は改善している(b).使用経過中にブランチングが発生,悪化することもあり,その場合はさらにエッジデザインの変更が必要となる.して度数を決定する.BCはオートケラトメータや角膜形状解析装置,前眼部OCTで測定した角膜K値を参照にトライアルレンズを装用し,涙液プール(vault)の高さが150~250μmあることを,細隙灯顕微鏡検査時には角膜厚やレンズ厚を参考にして,また前眼部OCTを使用して確認し,決定する.そして結膜ブランチング(レンズエッジが結膜血管を圧迫し,血流を遮断している状態)が発生していないか確認することが重要である(図3).左眼にスクレラルレンズを装用開始し,4週間後に視力(0.15×スクレラルレンズ),6週間後には(0.2×スクレラルレンズ)と視力の改善ならびに角膜上皮欠損の改善を認めた.●おわりに強度不正乱視角膜に対する視力改善や,重症ドライアイに対する治療と角膜保護にスクレラルレンズは有効で500あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018ある.またセンタリングがよく,ずれや落下が少ないため,強風の当たる環境やスポーツ時など幅広い分野での使用が可能であると考えられている.さらに中央部にRGP素材,周辺部にソフト素材を用いたハイブリッドコンタクトレンズの開発も進んでおり1,2),シャープな見え方とさらに良好な装用感を得ることができるようになっている.今後このような特殊コンタクトレンズの普及により,眼鏡や通常コンタクトレンズでは実現できなかった症例においても,快適なqualityofvisionを得られると期待される.文献1)松原正男:角膜不正乱視眼に対するSpecialtyLensの現状.日コレ誌57:2-7,20152)AbdallaYF,ElsahnAF,HammersmithKMetal:Synerg-Eyeslensesforkeratoconus.Cornea29:5-8,2010(82)

眼内レンズ:灌流ハイドレーション(HYUIPテクニック)

2018年4月30日 月曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋鈴木久晴377.灌流ハイドレーション(HYUIPテクニック)善行すずき眼科/日本医科大学白内障手術において,切開創周囲の角膜実質に灌流液を注入するハイドレーションは日常でしばしば用いられる手技である.しかし,ハイドレーションは術中の器具の出し入れによる前房虚脱の防止にはならない.そこで灌流ポートを用いてハイドレーションを行い,前房虚脱を防ぎ,かつ切開創の自己閉鎖をうながす方法を提案する.●はじめに白内障手術において,自己閉鎖創の構築は重要である.角膜切開や経結膜強角膜切開は通常,スリットナイフによる一面切開で行うことが多いが,強角膜三面切開に比べて自己閉鎖しにくい場合がある.その場合,通常我々は切開創周囲の角膜実質に対して灌流液を注入し,意図的に浮腫を作り出す,いわゆるハイドレーションによって切開創の自己閉鎖をうながしている.しかし,この操作は通常,眼内レンズ(intraocularlens:IOL)を挿入した後に施行されため,術中の器具の出し入れ時の切開創の安定化にはつながらない.術中において,我々はIOL挿入後にIAチップによって眼内を洗浄後,チップを抜くと同時に前房が虚脱することをしばしば経験する.この現象は,IOLが角膜内皮へ衝突することによる角膜内皮へのダメージのみならず,眼外の汚染された水が逆流することによる前房内への細菌の迷入も否定できない.よって,IAチップを抜く前にハイドレーションを行い,前房虚脱を防ぎ,かつ自己閉鎖を強固にする方法を開発するに至った.●灌流ポートによるハイドレーション超音波チップ,IAチップのスリーブには灌流液を眼内に流すためのポートがある.この灌流を用いて,ハイドレーションができないだろうかと考えた.そこで筆者らは,チップを抜く前に灌流ポートを切開創の左右(図1),上下に対して5~10秒ずつ押し当てた後に,一度チップを前房内に戻して前房深度と切開創が安定した後に(図2),一気に引き抜くというテクニックを開発し,この手技をHydrationUsingIrrigationPort(HYUIP)テクニックと名付けた.HYUIPテクニックを用いることによって,切開創に対して術中にハイドレーションを施行することができ,切開創の自己閉鎖率を向上させるだけでなく,チップを抜いた際の前房虚脱を防ぐことができる可能性がある.●HYUIPテクニックの欠点とコツHYUIPテクニックは通常の針で行うハイドレーショ図1HYUIPテクニック1灌流ポートやや上向きにして左側(a)と右側(b)に押し当てる.(79)あたらしい眼科Vol.35,No.4,20184970910-1810/18/\100/頁/JCOPY図2HYUIPテクニック2灌流ポートを上方(a)に押し当てた後に,前房にチップを戻し(b),一気に引き抜く.図3MQAによる漏出の確認切開創に対して平行にMQAを軽く押し当て,漏出を確認するとともに,乱れた外方弁,内方弁を正常の位置に戻す.この操作により,さらに自己閉鎖しやすくなる.ンに比べて水圧は低いと考えられるため,実質浮腫の程度は弱いと考えられる.よって,切開創が短い症例や軽い創口熱傷を起こしている症例は自己閉鎖を得られない場合もある.この場合は,通常の鈍針で行うハイドレーションを追加することとなる.しかし,その際でも,通常のハイドレーションよりもわずかな灌流液の注入で自己閉鎖を得られることが多い.また,HYUIPテクニックを行う際には浮腫が広がっていく状態を把握しにくいが,眼球をやや下転させ,切開創をやや持ち上げる感覚で灌流ポートを押し当てることにより,顕微鏡の光が角膜に反射し,ある程度の浮腫の広がりを実感できるとともに自己閉鎖率が上がる傾向がある.また,上記のようにやや切開創が短くなってしまった場合などは,通常よりやや長めに押し当てるようにしている.そして,通常チップを抜いたのちに,MQAにて切開創の外方弁を軽く圧迫し,漏出を確認するが(図3),この操作は切開創の形態を整える効果があり,その後に角膜サイドポートより灌流液を注入して眼圧を調整すると,より強固な自己閉鎖を得られる.●まとめ針を使わないハイドレーションであるHYUIPテクニックを紹介した.本手技は,白内障手術を完投できる術者であれば誰でも施行することができる.そして,針による通常のハイドレーションに比べて,ある一点に圧力が加わらないので,Descemet膜.離などの合併症を防げる可能性もあり,安全な手技と考える.ぜひ一度お試しいただければ幸いである.

コンタクトレンズ:コンタクトレンズ処方のための角膜形状解析

2018年4月30日 月曜日

提供コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ処方さらなる一歩監修/下村嘉一42.コンタクトレンズ処方のための角膜形状解析糸井素純道玄坂糸井眼科医院●はじめに角膜形状解析は,コンタクトレンズ(CL)処方前のスクリーニング検査,CL処方後の経過観察で施行されることが多いが,ハードコンタクトレンズ(HCL)処方におけるトライアルレンズの選択にも応用することができる.●CL処方前のスクリーニング検査CL処方前に,円錐角膜,ペルーシド角膜辺縁変性に代表される角膜形態異常を伴う疾患,高度角膜乱視,ドライアイによる角膜不正乱視,CL装用による角膜変形(CLinducedcornealwarpage)などを把握し,CL処方が可能であるか,どのタイプのCLが適切であるかを判断する.CL装用による顕著な角膜変形(図1)を認める場合は,角膜変形が回復するまでCLの装用を中止し,回復したことを確認後に処方する.●CL処方後の経過観察HCLだけではなく,ソフトコンタクトレンズ(SCL)も角膜形状変化をもたらす(図2).HCLの動きが悪く,固着しているようなケースでは,角膜形状解析装置でレンズエッジに相当する部位に圧痕が観察できる.CL装用による変形は,角膜前面だけではなく,角膜後面にも及ぶことがある.SCL装用による角膜変形は,一般にHCLに比べて軽度であるが,固着が強いと裸眼視力や矯正視力の変動をもたらす.酸素透過性の低いSCLを装用すると,短期的には角膜浮腫による角膜厚の増加がみられ,長期的には慢性の酸素不足による角膜の菲薄化,角膜不正乱視がみられることがある.●HCL処方におけるトライアルレンズの選択HCL処方を成功させるためには,個々の角膜形状に合わせて,最適なベースカーブ(basecurve:BC)とレンズ径を選択しなければならない.一般にHCL処方におけるトライアルレンズは,標準となるレンズ径のトライアルレンズからケラトメータの値の中間値,あるいは弱主経線値を参考にBCを選択する.選択されたトライアルレンズを装用し,フルオレセインパターンやレンズの動きから,規格(BC,レンズ径)を変更していき,最(77)0910-1810/18/\100/頁/JCOPY図1ハードコンタクトレ図21日使い捨てソフトンズの下方固着によコンタクトレンズ装る角膜変形用者にみられた角膜プラチドリング式角膜形状変形解析装置KeratronScoutプラチドリング式角膜形状(Optikon社)のinstanta-解析装置KeratronScoutneousradius表示.(Optikon社)のinstanta-neousradius表示.適なフィッティングとなった規格のトライアルレンズで追加矯正視力検査を行い,最終処方レンズのBC,レンズ径,レンズ度数を決定する.しかし,この方法で最初のトライアルレンズのBCを選択すると,最終的な規格を決定するまでに,何回も変更しなければならないことがある.これはケラトメータの値が角膜中央部(直径3mm)に限局された曲率半径であって,角膜全体の形状を反映していないためである.角膜中央部だけではなく,角膜形状解析装置を利用して角膜全体の形状を測定できれば,より精度の高いトライアルレンズのBCの選択が可能となる.角膜形状解析装置を利用したHCL処方におけるトライアルレンズのBCの選択方法を紹介する.ただし,角膜形状解析装置が算出したBCの値をそのまま最終処方の規格とするのではなく,必ずトライアルレンズを装用し,フルオレセインパターンやレンズの動きから最終処方のレンズの規格を決定しなければならない.①角膜形状解析装置が算出するインデックスを利用する方法正常角膜に対して球面HCLを処方するときに有用と考えられ,ほとんどの角膜形状解析装置で算出されるbest.tsphere(BFS)を紹介する.BFSは角膜形状(高さデータ)を三次元座標に展開し,最小二乗法にて自動算出され,角膜全体(360°の経線方向)の平均化されたあたらしい眼科Vol.35,No.4,2018495図3プラチドリング式角膜形状解析装置PR.8000のコンタクトレンズ処方プログラム角膜のカーブを表す.算出方法にはいくつかの方法があるが,Float法(BFSを角膜頂点に固定せずに,角膜とBFSの間の隙間をもっとも小さくする)が角膜形状にもっともフィットするように算出しており,球面HCLをパラレルフィッティングで処方しようとするときのトライアルレンズのBC選択に利用できる.②角膜形状解析装置付属のCL処方プログラム角膜形状解析装置付属のCL処方プログラムは,国内外でいくつかの報告がある1~3).機種ごとにプログラムは異なり,その詳細は明らかにされていない.図3はプラチドリング式角膜形状解析装置PR-8000(サンコンタクトレンズ)のCL処方プログラム,図4は前眼部光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)CASIA(トーメーコーポレーション)を利用したHCL処方プログラムである.これらのソフトウェアプログラムの中には,正常角膜のみならず,円錐角膜に代表される角膜形態異常疾患に対するHCL処方にも応用できるものもある.また,選択されたHCLによるフルオレセ図4前眼部光干渉断層計CASIA付属の球面ハードコンタクトレンズのトライアルレンズのベースカーブ選択プログラムベースカーブがレンズ径別に表示される(○).インパターンをシュミレーションできるプログラムを付属している角膜形状解析装置もあり,トライアルレンズを装用する前に,どのようなフルオレセインパターンになるのかを推測することができる(図3).文献1)桂真理,山本優,松川正視ほか:自動角膜形状解析装置(システムフォルム200)によるHCL処方.日コレ誌28:139-143,19862)猪原博之,前田直之,渡辺仁ほか:近視及び近視性乱視症例に対するビデオケラトスコープによる高ガス透過性コンタクトレンズ自動処方.日コレ誌39:209-213,19973)糸井素純,上田栄子,深沢広愛ほか:前眼部OCTを利用した球面HCL処方におけるトライアルレンズのBC選択プログラム.日コレ誌55:2-6,2013PAS104

写真:若年者に発症した上輪部角結膜炎

2018年4月30日 月曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦407.若年者に発症した上輪部角結膜炎松本佳保里横井則彦京都府立医科大学眼科図2図1のシェーマ①リサミングリーンで染色される病変部②血管の蛇行・拡張がみられる.図1術前の前眼部写真上方球結膜の血管の蛇行・拡張がみられる.リサミングリーン染色で角膜輪部を主体とする染色所見を認める.図4病理組織結果左:ヘマトキシリン・エオジン染色で結膜上皮の多層化・肥厚(.)がみられる.右:PAS染色で杯細胞密度の減少(○)がみられる.図3術後3カ月の前眼部写真上方球結膜の血管蛇行・拡張は消失し,リサミングリーン染色で染色所見はみられない.(75)あたらしい眼科Vol.35,No.4,20184930910-1810/18/\100/頁/JCOPY症例は20歳,女性で,両眼の結膜充血,眼脂の増加,眼瞼腫脹を主訴に当院を受診した.0.1%フルオロメトロン点眼液で2カ月間,点眼加療を行ったが改善がみられず,自覚症状はさらに増悪した.細隙灯顕微鏡所見では,上方球結膜に高度の血管の蛇行・拡張を伴う炎症所見がみられ,リサミングリーン染色で充血部に染色所見がみられることから上輪部角結膜炎(superi-orlimbickeratoconjunctivitis:SLK)と診断した(図1,2).血液検査で甲状腺関連ホルモン(T3,T4,TSH)および抗TSHレセプター抗体を調べたが正常範囲で,甲状腺疾患は否定的であった.また,角膜上皮障害および両側球結膜上皮障害はなく,涙液減少型ドライアイの合併も否定的であった.SLKに対し0.1%フルオロメトロン点眼液,レバミピド懸濁点眼液,ジクアホソルナトリウム点眼液の併用や,治療用ソフトコンタクトレンズ装用も試みたが,症状改善が得られなかったため,外科的治療を行った.手術は,まずリサミングリーン染色で結膜病変部を確認し,結膜下の局所麻酔後に輪部から2mmの位置で,10時から14時にかけて弧状の結膜切開を行い,Tenon.を切除し,結膜弛緩の程度を把握したうえで,病変部の結膜を舟型に切除した.切除結膜断端は9-0絹糸で縫合した.術後は,リサミングリーン染色にて病変部の染色は消失し,症状および病変部の炎症所見は徐々に改善した(図3).手術時の結膜切片組織は上皮の多層化と肥厚およびPAS染色で杯細胞密度の減少がみられ(図4),組織学的にもSLKに矛盾しない所見が得られた.SLKは一般的に30~55歳に好発するとされ,今回の症例のように若年者に発症することはまれである.また,両眼性で女性に発症することが多い.上眼瞼縁から瞼板下溝に至る眼瞼結膜には,瞬目時に角膜表面と摩擦を生じる部位があり,lidwiperとよばれる1).一方,lidwiper後方の眼瞼結膜と眼球結膜の間には,健常眼では瞬目時に摩擦を生じない間隙(Kessingspace)が存在する.SLKでは,上方球結膜の強膜からの.離(上方の結膜弛緩症)が指摘されており2),上方の結膜弛緩によって,Kessingspaceが狭まり,瞬目時に摩擦亢進が生じていると考えられる.つまり,SLKの本質的な発症メカニズムとして,Kessingspaceでの摩擦亢進を考えることができる2).また,この考えに基づけば,摩擦亢進に続発する炎症が,上方球結膜の弛緩,眼瞼結膜の浮腫および乳頭形成をうながし,さらに摩擦が増強するという悪循環を想定することができる.SLKの治療として,人工涙液,ステロイド,ビタミンA,N-アセチルシステイン,レバミピド,血清などの点眼治療,治療用ソフトコンタクトレンズの装用や涙点プラグ治療などの非観血的治療があり,効果的とされる.一方,外科的治療として,病変部の切除,熱焼灼,上方結膜弛緩の解消を目的とした結膜切除3)などが知られ,それらの効果が報告されている.そして,これらの外科治療は,先の考えに立てば,すべてKessingspaceの再建につながるものであり,Kessingspaceでの摩擦亢進の解除が持続する改善をもたらしていると考えられる.文献1)KorbDR,GreinerJV,HermanJPetal:Lid-wiperepithe-liopathyanddry-eyesymptomsincontactlenswearers.CLAOJ28:211-216,20022)横井則彦:糸状角膜炎・上輪部角結膜炎.角結膜疾患の治療戦略─薬物治療と手術の最前線(島﨑潤編),p277-290,医学書院,20163)YokoiN,KomuroA,MaruyamaKetal:Newsurgicaltreatmentforsuperiorlimbickeratoconjunctivitisanditsassociationwithconjunctivochalasis.AmJOphthalmol135:303-308,2003

ロービジョン

2018年4月30日 月曜日

ロービジョンLowVisionCareforRetinalDegenerativeDiseases三浦玄*山本修一*はじめにWHO(世界保健機関)は,両眼視で矯正視力が0.05以上0.3未満の状態をロービジョンと定義しているが,その定義に従えば,眼科外来にはロービジョンの範疇となる網膜変性患者が少なからず存在する.視力が良好であっても,視野障害や夜盲,羞明などによって日常生活に支障をきたしている患者を含めると,ロービジョンケアの対象者はさらに多くなる.そのなかで,実際にロービジョンケアを活用できている患者は果たしてどのくらい存在しているだろうか.網膜変性疾患に対する治療法開発の研究は着実に進歩しており,治療法の確立への期待は大きい.しかし,将来的に遺伝子治療や,再生医療,人工網膜,その他の新薬などの臨床応用が実現したとしても,すべての症例に適用できるとは限らず,また適用できたとしても視機能の改善は当面は限定的であると推測される.つまり,治療後も大幅なqualityoflife(QOL)の向上には至らず,なんらかの形でロービジョンケアが必要となる.そのため,今後の網膜変性診療において,ロービジョンケアの重要性がさらに高まっていくと推測される.千葉大学病院眼科ロービジョン外来の受診患者の疾患内訳は,網膜色素変性53%,加齢黄斑変性17%,糖尿病網膜症11%と,70%以上が網膜疾患となっている.本項では,そのような特色のある当科で行っているロービジョン診療の概要と,今後の展望について,経験を交えて述べる.Iニーズの把握網膜色素変性や黄斑ジストロフィをはじめとする網膜変性疾患の種類は多岐にわたるが,その多くは夜盲や羞明,色覚異常,視力・視野障害をきたすため,それらの症状に対するケアが中心となる.具体的には,人混みでぶつかる,足下が見づらい,階段を踏みはずす,読み書きの際に行を飛ばしてしまうといった視力・視野障害に起因する症状や,横断歩道が判別しづらい,信号や洋服の色が判別しづらいなど,コントラスト感度の低下や色覚異常から生じる症状が比較的多く聞かれる.当然ながら患者個々の視機能障害の程度はさまざまであり,視機能障害の進行度,疾患や症状による違いはもちろんのこと,年齢,職業,趣味,性格,遺伝形式,家族構成によっても必要なケアが異なってくる.そのため,まずは各症例の背景とニーズを把握することからロービジョンケアが始まる.当科では患者のニーズの把握のためにチェックリスト(図1)を作成し,ロービジョン外来の受診前に行う問診の際に,患者に記入してもらっている.II社会保障制度の案内と申請視覚障害者に対する支給対象には,「補装具」と「日常生活用具」がある.「補装具」とは,障害者の機能を補完・代償するための,個々に合わせる必要がある用具,つまり義眼,矯正*GenMiura&*ShuichiYamamoto:千葉大学大学院医学研究院眼科学〔別刷請求先〕三浦玄:〒260-8670千葉県千葉市中央区亥鼻1-8-1千葉大学大学院医学研究院眼科学0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(65)483ロービジョン外来チェックリストオリエンテーション日(月日)面談看護師()色付項目は医師記入LV外来予約日月日():主治医IDTEL(購入時の連絡用)本人家族名前*ロービジョン外来時同席者【有()・無】*キーパーソン【】*千葉市の場住所…()市(区()群()町・合)村眼科病名依頼目的助成対象*患者へ身体障害者手帳【視覚】《無・有()級⇒視力・視野》手帳持参説明指定難病指定難病の疾患名対象疾(無・有→申請《済・申請中・無》).【】別紙参患照対象疾「障害者総合支援法」の対象疾患【有()・無】.別紙参患照現在使用中の補助具眼鏡・遮光眼鏡・拡大鏡・拡大読書器・白杖・その他()室内でまぶしいですか?はい時々いいえ屋外でまぶしいですか?はい時々いいえ信号の色がわかりますか?はい時々いいえお一人で外出はできますか?はい時々いいえ人や障害物にぶつからず歩けますか?はい時々いいえテレビの人の顔は見えますか?はい時々いいえ新聞の本文の字は読めますか?はい時々いいえ署名を書けますか?はい時々いいえ携帯電話の使用に不便がありますか?はい時々いいえ料理などで不便がありますか?はい時々いいえ値段は見えますか?はい時々いいえお金の識別はできますか?はい時々いいえパソコン画面は見えますか?はい時々いいえ◎その他・特記事項図1ロービジョン外来チェックリストロービジョン外来受診前に記入してもらい,患者の背景やニーズを把握している.治療推進事業に代わり,平成26年に「難病の患者に対する医療等に関する法律」が成立し,平成27年より施行されている.網膜変性疾患としては,旧事業からある「網膜色素変性」に加え,平成27年7月からは「黄斑ジストロフィ」が追加となっている.臨床調査個人票の記載要領は,難病情報センターのHPからダウンロードできる(http://www.nanbyou.or.jp/).また,経済的な負担を軽減するため,障害年金制度を利用することも検討する.障害年金とは,病気やケガによって一定の障害の状態があり,生活や仕事が制限されるようになった場合に受け取ることができる年金であり,申請に際しては,年金の未納がなく,初診日の証明ができ,その初診日において65歳未満である必要がある.障害年金には「障害基礎年金」と「障害厚生年金」があり,障害のため初めて医師の診療を受けた時に,国民年金に加入していた場合は障害基礎年金が,厚生年金に加入していた場合は障害厚生年金が請求できる.2018年1月現在では,障害基礎年金の額は,1級で年額974,125円+子の加算(子の人数で決まる額),2級は年額779,300円+子の加算となっている.障害厚生年金の額は,報酬や等級,配偶者の加給年金額によって異なる.また,障害年金の申請に用いる等級は,身体障害者申請時の基準とは異なることにも注意が必要である.ここまで来たら,次に患者個々のニーズへの対応へと進む.IIIロービジョン外来で行っていること当科ロービジョン外来で普段行っている内容を以下に示す.①屈折矯正②拡大鏡および拡大読書器の試用・選定③遮光眼鏡の処方④補装具および日常生活用具支給の案内⑤各種視覚障害者用グッズの案内⑥利用可能な生活支援サービス,支援団体の案内⑦その他以下に,具体的なケアについて述べる.1.屈折矯正適切な屈折矯正はロービジョンケアの基本であり,残存視機能の活用だけでなく,その後の補助器具の選定において重要である.しかし,中心視野障害や固視不良,眼振などを認めるような場合には,しばしば適切な屈折値の判定が困難な場合がある.そのような場合は,過去の検査値の確認,スキアやレンズ交換法の活用,検査時の患者の反応を観察するなどの工夫が必要となる.また,近方視の改善を希望し,かつ両手で作業がしたい,ルーペではなく眼鏡を装用したいといったケースでは,近用のパワーを通常より強めた処方や,弱視眼鏡の処方が有効な場合がある.2.拡大鏡,拡大読書器当科のロービジョン外来受診患者全体のうち,読み書きがしたいといった近見視力の改善を希望しての受診が58%と最多を占めている.新聞や書籍を読むために必要な視力は0.4.0.5程度とされている1)ため,ロービジョン者の近見視力改善のためには,屈折矯正に加えて各種のケアが必要となる.近見視力改善のために実際に行うものとしては,拡大鏡および拡大読書器の試用・選定が中心となり,加えて適切な照明環境の設定,書見台,タイポスコープなどの補助具の案内を行っている.拡大鏡にはさまざまな倍率のものがある(図2).適切な倍率を選定する際には,読書を行う際の必要倍率を念頭に置いて行う.必要倍率とは,読めた文字の倍率に25(cm)を掛け,読めた距離(視距離)で割ったものであり,近見チャートなどを用いて測定する.たとえば,25cmの距離で読書を行う場合では,必要倍率に2を掛けた数値が実際に使用する拡大鏡のジオプターの値となる.手持ち式,スタンド式,置き型,ライト付きなどがあり,それぞれのニーズによって選択する.実際に読みたいものや,行いたい作業に必要な道具などを持参してもらうと選定がスムーズになる.より低視力であったり,より大きな拡大倍率が必要な場合には拡大読書器の使用を検討する.拡大読書器には卓上型と携帯型があり,卓上型はモニターが大きいが,持ち運びには向かない.さまざまな機能を搭載したモデルがあり,倍率変更のほか,画像保存機能,白黒反転,(67)あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018485ab図3拡大読書器とiPad拡大読書器(a)とiPad(b)で,文字の拡大と白黒反転を行っているところ.図2拡大鏡さまざまな形状,倍率の拡大鏡がある.図4遮光眼鏡選定キット実際にどのような見え方になるのかを手軽に試用することができる.る.前述のようにロービジョン外来受診患者のC70%以上が網膜疾患である当科では,ブラウン,グレー,グリーン系のレンズの処方が多い.以前に比較的多く処方されていた,レッドを含むイエロー系レンズの処方は近年少なくなっている.その理由としては,以前は少なかったイエロー系以外のカラーレンズが多種類販売されるようになったことに加え,ロービジョン外来を受診する患者は外出時の見た目を気にすることが多く,目立つ色や奇異に感じるような色の処方を希望しないケースが多いことがあげられる.本人の好みでない色のレンズを処方したが,その後,結局使用しなくなってしまう症例をしばしば経験する.そのため,本人の好みや希望も考慮に入れて処方を決定したほうがよい結果につながることがある.現状では遮光眼鏡の処方には定量化された基準は存在せず,患者の自覚的な見え方に依存するところが大きい.そのため,処方には時間をかけて行ったほうがよい結果を得られることが多く,たとえば,屋外での使用目的であれば,実際に屋外で試用してみるなどの工夫も有効である.可能であれば貸し出しを行い,症状と生活スタイルに合った色と濃度を選択できるとよい.明所と暗所を行き来することが多いような場合は,通常の眼鏡に付けて使用するクリップタイプの前掛け式が有用である.そのほかにも,上や耳側からの光も遮光可能なデザインや,眼鏡の上から装用可能なオーバーグラスタイプもある.注意点として,短波長光を遮光するレンズでは,青色の識別が困難になる(青系の色が黒く見える)ことを患者に説明する.また,昼間運転不適合と夜間運転適合それぞれのレンズカラーの基準がCJIS規格によって定められており,処方の際には注意する.平成C22年に制度改正が行われ,眼科領域での補装具として遮光眼鏡および弱視眼鏡(高倍率)が指定されるとともに,遮光眼鏡を身体障害者への補装具として処方する際の疾患の限定が解除された.遮光眼鏡の支給対象者は,1)視覚障害による身体障害者手帳を取得している,2)羞明をきたしている,3)羞明の軽減に,遮光眼鏡の装用より優先される治療法がない,4)補装具費支給事務取扱指針に定める眼科医による選定,処方であること,となっている.支給金額の上限はC30,000円となっており,総額のC1割負担で購入できる.C4.白杖白杖は前述の通り「補装具」であり,条件を満たせば購入の際に支給を受けることができる.直杖型のほか,折り畳み式,伸縮式,T字型などがある.路上の障害物から身を守る,路面の情報を把握する,周囲の人々に視覚障害者であることを知らせるといった効果があり,夜盲や視野障害のある網膜変性疾患患者に対しても,導入することにより安全確保や歩行の改善に効果を認めることが多い.網膜変性患者の視機能障害はしばしば他者に伝わりにくいため,視機能障害があることを周囲に伝える目的で白杖の購入を希望する例もある一方で,そういった補助具を人前で使用したくない,家族や同僚へ知られたくないという患者も多い.患者とコミュニケーションを図り,本人の希望を尊重しながら,白杖を用いることによって改善が得られると思われるケースでは使用を勧める.外来に常備しておき,廊下や階段で実際に使用してもらうこともスムーズな導入に有効である.C5.視覚障害者用グッズの案内社会福祉法人日本盲人会連合,日本点字図書館,その他メーカー,眼鏡店などから,視覚障害者用の商品カタログが発行されており(図5),外来に常備しておくと便利である.大きい品物や,セットアップに知識がいるものを購入したい場合には,支援センターや業者が商品の搬入や設置の援助を行ってくれる場合もあり,問い合わせてみるとよい.国立国会図書館では,点字図書,録音図書の貸し出しやインターネット配信サービスを行っている(httpC://Cwww.ndl.go.jp/jp/library/supportvisual/supportvisual_partic_1.html#tokyo).また日本点字図書館(http://www.nittento.or.jp/)のように,生活情報の提供やグッズの案内・貸し出し・販売なども並行して行っている施設もある.C6.学業,仕事ロービジョン者にとっても,学業や仕事は一生の問題(69)あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018C487図5視覚障害者用商品カタログさまざまな視覚障害者用グッズが掲載されている.移動の援護などの外出支援を行う〕というサービスがある.同行支援ともいう.自治体によって利用者負担,月ごとの利用可能時間が異なり,また視覚障害の等級によってもサービスが異なる.一人での外出が困難なために生活に制限を強いられている患者も多いため,同行援護の利用が有効と思われる患者には,サービスの存在を案内することも有効である.このような生活支援を行っている自治体は多く,支援内容は,障害者(またはC15歳以上の障害児)を対象とした創作的活動や生産活動,社会との交流の促進,専門職員による社会基盤との連携強化や,支援にかかわる地域住民ボランティア育成,普及啓発などの事業などを行うといったものが多い.盲導犬協会(httpC://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/syakai/hojyoken/html/a01.html)や盲老人ホーム,盲児施設の存在も知識としてもっておくとよい.近隣の自治体にどのような施設が存在するのかを把握しておくと,案内がスムーズである.また,地域の視覚障害者支援団体に自身から直接連絡することに抵抗を感じる患者も多く,医師やコメディカルが窓口となることで,利用への敷居が低くなることもある.近年では,アメリカ眼科学会(AAO)が提唱・実施しているロービジョンケアプログラムであるスマートサイトを日本でも取り入れる動きがあり,県単位での導入が進んでいる.プログラムのレベルC1は,ロービジョンケアが必要と思われる患者を診察した場合に,すべての眼科医が患者向けのパンフレットを手渡し,各種サービスの存在や連絡先を周知することとなっている.このプログラムの普及によって,一般眼科医療とロービジョンケアの連携がよりスムーズなものになることが期待されている.C8.精神的なケア徐々に視機能が障害されていき,確立された治療方法が存在しない網膜変性疾患のロービジョン診療において,精神的なケアは重要である.両眼の視覚障害のQOL低下は,心臓病,脳卒中,糖尿病,喘息などの主要な慢性疾患によるCQOL低下に匹敵すると報告されている5).また,網膜色素変性患者における視機能の悪化は,QOLおよびうつ病の有病率と関連しているとの報告もある6,7).網膜変性疾患診療においては,初診時からメンタルケアは始まっているといえる.忙しい外来のなかで網膜変性疾患を診察したとき,視機能は改善しないこと,徐々に進行すること,治療法がないことを伝えて終了となってしまうこともあるかもしれないが,それのみでは適切ではない.不適切な告知によって,疾患の初期段階でまだ良好な視機能を保持している時点からずっと失明におびえ,必要以上に思い悩んでしまうケースや,発症初期に告知され,絶望感から通院をやめてしまい,末期になってから再度受診するケースをしばしば経験する.言葉に注意して説明したつもりでも,こちらの意図とは異なる受け取り方をされることも珍しくない.われわれ医療者の一言は非常に重いものであることを自覚し,初診時から慎重な対応を心がける必要がある.具体的には,全員が失明するわけではない(生涯失明しない症例もある)こと,進行の速度は緩徐であること,長期のフォローによって進行速度の把握や,白内障や黄斑病変,狭隅角などの合併症の管理ができるため通院の継続が重要であること,さまざまな法的援助・支援団体・視覚補助器具が存在すること,さまざまな遺伝形式があること,治療法の研究も行われていることを伝える.多くの患者が知りたいことは,「進行のスピード(平均寿命まで失明しないか?)」「子孫への遺伝」「治療法研究の現状」の三つであることが多く,それらの知識をアップデートしておくことが診療に役立つ.患者は不安や悩みをかかえながら通院し,自らの背景や実生活における問題点,不安な気持ちを伝える場を求めている.眼科医による診察時には口数の少なかった患者が,ロービジョン外来では,視能訓練士や看護師を相手に長時間話し続ける場面をよく目にする.時には涙を見せることもあり,ロービジョン者がいかに普段吐露できない思いを多く抱え,それを周囲に伝えることができずにいるかを痛感する.医師ではなく,コメディカルのスタッフに本音を話すことはよくあるため,日ごろからスタッフとのコミュニケーションを図り,時にはコメディカルのスタッフからケアについて案内してもらうことも有効である.日常の外来診療においても,患者の様子を観察しながら時間をかけて情報収集を行うことで,より適切なロービジョンケアを提供できる可能性が高ま(71)あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018C489るだけでなく,傾聴すること自体が精神的なケアや患者との信頼関係の構築につながる.特別な助言をせずとも,患者が話し終わるまで聞くこともケアのひとつになりうる.網膜変性疾患患者の中には,運動不足,体力の低下,生活サイクルの乱れが生じている症例は少なくない.原因としては,視機能障害のみならず,精神的要因によるものも無視できない.網膜変性疾患患者は,独力での歩行などある程度の行動は可能であるが,周辺視野を必要とする状況,たとえば人混みのなかでの歩行などは困難であることが多い.そのため人や自転車にぶつかったり,車と接触しそうになるなどして,注意されたり怒鳴られたりする.疾患に詳しくない周囲の人間は,患者にどの程度の視機能障害があるか理解できず,そんな周囲の何気ない言動で傷ついたりする.こうして徐々に外出や他者との交流への意欲が失われていき,中には引きこもりに近い状況にまで悪化してしまうケースもある.そのような場合には,訪問リハビリテーション制度の活用や,自宅での軽い運動,また可能であればウォーキングや各種スポーツも提案することも一つの方法である.近年の網膜色素変性を対象とした研究では,身体活動の増加が,自己報告された視覚機能およびCQOLの増加と関連していたとの報告がある8).国内では非常に多くの視覚障害者スポーツが行われており,希望者にはそれぞれのスポーツ協会やサークルを案内することでCQOL向上につながることもある.運動までは希望しない場合でも,食事会やカラオケなどを行っているような視覚障害者同士の交流を目的としたサークルもあり,希望があれば案内してもよい.また近年,視機能障害が悪化している症例においても,メンタルヘルススコア,学歴,就業率は低下していなかったとの報告がされた9).この結果は,適切なロービジョンケアの普及がなされれば,さらにロービジョン者のCQOLを高めることができるという可能性を示唆している.C9.デジタル機器の活用PCやタブレット端末,スマートフォンはわれわれの生活に欠かせないものになりつつある.それらのデジタル機器には,視覚障害者用の使用支援機能が存在するだけでなく,アプリケーションを有効に使うことによって,端末自体がさまざまなロービジョンケアの代替・補助となり得る機能をもつツールとなる.PCには,ScreenReaderと総称される,画面情報を音声で読み上げる操作支援ソフトがある.PCの基本的な操作支援のほか,点字での入力,出力機能や,webページやCPDFファイル,Flashコンテンツの読み上げ,マウス操作支援,タッチパネル機能など,さまざまな機能をもつソフトもある.タブレット端末やスマートフォンでも,たとえばApple社のiPhoneやiPadにはVoiceOverという視覚障害者支援のための読み上げ機能があり,画像内容の説明,点字キーボードや点字ディスプレイ,フォントや色彩の変更,拡大など,視覚障害者を支援するさまざまな機能が,タップやドラッグ,音声入力などを用いることで使用できる.また,電子書籍の普及も広がっており,各種COSの機能と組み合わせることで読み上げも可能であり,本が読みたいというニーズには有用である.現状では電子的な音声での読み上げであるが,使用者に聞くと,すぐに慣れるという感想が多い.タブレット端末やスマートフォンは拡張性にも優れている.非常に多くの視覚障害者用アプリが開発されており,導入することでロービジョン者が日々感じている不自由を軽減するのに役立つ機能をもつようになる.「視覚障害者用アプリ」で検索すると,メール,ニュース,小説,ウェブサイト,カメラで撮影した文章の読み上げや,紙幣の判別,色の判別,音声アシスタント,拡大,画像加工など,多種類のアプリがヒットする.カメラで撮影した画像を送信すると,その画像に写っているものの名称を読み上げるアプリも登場している.これらのアプリを使用できるタブレット端末やスマートフォンは,携帯が可能であるという利便性と相まって,ロービジョン者にとって非常に便利なツールとなりつつある.ロービジョン診療におけるタブレット端末やスマートフォンの重要性は,今後ますます大きくなっていくことが予想されるため,長期的に視機能低下が予想される症例については,早期からスマートフォンやタブレットの使用に親しんでおくことを勧めることも有効と思われる.490あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018(72)-

薬物治療・創薬

2018年4月30日 月曜日

薬物治療・創薬TreatmentandDrugDiscovery池田華子*はじめに網膜色素変性をはじめとする多くの網膜変性疾患は,視細胞や網膜色素上皮細胞のなかで働くさまざまな遺伝子の異常によって引き起こされることが知られている.遺伝子異常により,視細胞や網膜色素上皮細胞が機能しなくなり,その状態が長く続くことで,視細胞が徐々に変性・細胞死を起こし,視野狭窄,視力低下が進行する.しかし,今のところ,視野・視力悪化を予防する治療薬は存在しない.つまり,患者やその家族は,視機能悪化に伴うQOLの低下,および失明への恐怖という二重の苦しみを背負うことになる.現在,網膜色素変性に対して,唯一保険で処方できる薬剤が,アダプチノール(ヘレニエンR)である(図1).ヘレニエンRは,植物色素であるカロテノイドに分類され,ルテインと似た化学構造を示す.ヘレニエンRは網膜でエステル分解を受け,キサントフィルに変換されて作用する.杆体細胞では暗所でのロドプシン再合成を促進し,第二次暗順応を改善または促進し,同時に錐体細胞機能を促進し,第一次暗順応も促進するとされる.つまり,神経保護薬として病状の進行を抑制するのではなく,暗順応を改善する機能改善薬として位置づけられる.しかし,アダプチノールが承認薬として販売されているのは日本だけであり,その薬効の評価は1950~1970年代に実施された臨床研究によるものである.網膜色素変性患者の38%で暗順応,視覚,視力改善がみられたとされるが,客観的かつ科学的な有効性評価であるのかどうか疑問が残るとされている.しかし,現在のところ,網膜色素変性に対する唯一の治療薬であり,本薬を心のよりどころにしている患者がいることも事実である.網膜変性疾患においては,病態・原因によらず,視細胞の変性や細胞死を抑制し,その視細胞が機能を保持できれば,病気の進行が抑制でき,失明を予防できるはずである.これまで,視細胞,つまり網膜の神経細胞を保護する治療薬に関して,さまざまな研究が行われてきた.I現状で行われることのある薬物治療,臨床研究ビタミンを用いた臨床研究は,昔から多く行われてきた.Bersonらは,栄養因子としての作用や抗酸化作用に注目して,ビタミンAやビタミンEを用いた臨床研究を長年にわたって行っている.その結果,4~6年の経過において,1日15,000unitsのビタミンA内服は,網膜電図の錐体振幅低下を抑制する,つまり進行を抑制すると報告した.一方,1日1,200mgのビタミンE内服は,統計学的有意差はなかったものの,網膜電図の振幅を低下させる,つまり悪化させる可能性があると報告している.さらに,ドコサヘキサエン酸(docosahexae-noicacid:DHA)をビタミンAと組み合わせて内服すると,初期には進行抑制効果があったが,その効果は短期的なものであり,2年間継続はしなかったと報告した.*HanakoO.Ikeda:京都大学医学部附属病院臨床研究総合センター網膜神経保護治療プロジェクト〔別刷請求先〕池田華子:〒606-8507京都市左京区聖護院川原町54京都大学医学部附属病院臨床研究総合センター網膜神経保護治療プロジェクト0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(57)475アダプチノール(ヘレニエン)Rエステル分解杆体錐体ロドプシン再合成↑機能↑第二次暗順応↑第一次暗順応↑機能改善効果図1現在,網膜色素変性に対する唯一の治療薬,アダプチノールの機能改善メカニズム(添付文書より)表1おもな薬剤やサプリメントの臨床研究結果血液循環図2視物質の産生(visualcycle)と遺伝子異常Rpe65遺伝子異常ではシスレチナールの産生ができない.このような患者に対して,レチナールを補充する治療による有効性の報告がある.色素上皮由来因子(pigmentCepithelium-derivedCfactor(PEDF)が,保護効果をもつとの報告がなされている.一般に,点眼による薬剤投与では,後眼部への薬剤移行が十分ではないとされる.イタリアではCrhNGFの点眼薬を用いた網膜色素変性患者を対照とした多施設二重盲検での第CI・II相試験が実施されているが,その結果の公表はまだない.さらに,これらの因子は,その半減期が短いために実際に患者への投与となると,薬剤の硝子体内への投与は現実的ではない.そこでたとえば,bFGFでは,bFGFを産生する細胞をカプセルに入れて硝子体腔内にカプセルを移植する治療が動物実験にて試みられてきた.また,BDNFでは,網膜細胞に遺伝子導入をして恒常的に発現をさせる方法が試みられた.しかし,網膜内の新生血管発生や,白内障進行などの副作用が報告されており,臨床応用には至っていない.PEDFに関しては,わが国においてウイルスベクターを用いて遺伝導入する方法での臨床研究が実施されており,その効果が期待される.また,CNTFを産生する細胞を入れたカプセルを網膜色素変性患者の硝子体内に埋め込み,安全性を評価する第CI相試験の臨床治験では,一部の患者において,視力改善効果が認められたと報告され期待された.しかし,進行期および早期の網膜色素変性患者を対象として,多施設で実施された第CII・III相の臨床試験では,いずれの病期でも,高用量投与の患者において,黄斑部の網膜体積は有意に大きかったものの,視野検査における感度の有意な低下がみられたと報告された.つまり,治療群でかえって悪化したという残念な結果である.さらに,coneCphotoreceptorCcyclicCnucleotide-gated(CNG)channelのCbユニット(CNGB3)に変異をもつ色盲患者5名の硝子体内に,CNTFのカプセルを入れ,1年間経過観察した第CI・II相試験では,網膜電図検査での杆体機能は低下したと報告された.C3.アポトーシス関連因子の阻害による神経保護網膜変性疾患において,視細胞の変性・細胞死は,アポトーシスによって引き起こされると報告されている.アポトーシスのいろいろな段階の因子を阻害することによる細胞死抑制をめざした治療法開発は,さまざまな神経変性疾患を対象に長年行われてきた.網膜色素変性モデル動物においては,たとえばアポトーシスの中心的な因子であるCcaspase-3に対して,その阻害ペプチドを用いることで,視細胞死を抑制したとの報告がある.また,わが国においても,カルパイン阻害薬が,動物モデルにおいて視細胞保護効果を示したとの研究がなされている.一日も早い臨床応用を期待したい.C4.錐体保護因子網膜色素変性の多くでは,初期に杆体が障害を受け,その後に錐体が障害を受ける.このことから,杆体から錐体細胞の維持に必要な因子が放出されていると考えられている.Rod-derivedCconeCviabilityCfactor(RdCVF)は,チオレドキシンに類似した構造をもっており,マウスの網膜色素変性モデルCrd1の錐体細胞死を遅延させると報告された.C5.その他松果体のペプチド,epithalamineの類似ペプチドであるCEpitalon(Ala-Glu-Asp-Gly)には,テロメアの延長など,抗加齢作用があるとされている.このペプチドを網膜変性患者に投与したところ,90%の患者に有効であったとの報告がある.そのほか,抗酸化剤,ステロイドホルモン,テトラサイクリン抗菌薬など,視細胞保護作用の実験的検討がなされている.CIII新規の神経保護治療薬候補近年,筆者らは網膜色素変性に対する新たな神経保護治療薬となりうる新規化合物,KyotoCUniversityCSub-stance(KUS剤)に対する研究を行ってきた.このCKUS剤は,VCP(valosin-containingCprotein)というストレス応答時に大事な働きをする蛋白のCATPの加水分解活性を阻害する働きをもつ.KUS剤はストレス下にある,つまり死にかけている細胞のCATP濃度低下を抑制し,小胞体ストレスを抑制することで,細胞死を抑制することを明らかにしてきた(図3).KUS剤を網膜色素変性モデルマウスであるCrd10に投与すると,視細胞の変性(61)あたらしい眼科Vol.C35,No.4,2018C479VCPKUS:KyotoUniversitySubstance図3新規化合物KUS剤の細胞死抑制メカニズムVCP蛋白のCATPの加水分解阻害薬として開発された,KyotoCUniversityCSubstance(KUS)剤は,細胞内のCATPの減少を抑制し,小胞体ストレスを抑制すことで,細胞死を抑制することが明らかになっている.abコントロールKUSコントロールKUS図4KUS剤の網膜色素変性モデルマウスでの効果a:生後C25日齢でのCrd10マウスの光干渉断層画像.コントロールにおいては,外顆粒層(黒棒)が菲薄化しているが,KUS投与群では,外顆粒層が保たれており,視機能を反映するとされる内節外節接合部(.)も描出されている.Cb:生後C25日齢でのCrd10マウスの網膜電図.コントロールでは,わずかに反応が残る程度であるが,KUS投与群では,a波,b波ともに認められる.両矢印はCb波振幅を表す.(Scienti.cReports,2014より転載)C〈KUS121剤〉2019年ごろ~2020年ごろ~2022年ごろ図5KUS剤の今後の開発予定網膜中心動脈閉塞症で実施中の医師主導治験で安全性と神経保護効果が確認できれば,諸試験を経て,2020年ごろには網膜色素変性患者を対象にした臨床試験を実施したいと考えている.