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人工網膜のこれまでの開発の道のり

2018年4月30日 月曜日

人工網膜のこれまでの開発の道のりRetinalProsthesis神田寛行*不二門尚*はじめに網膜色素変性で失われた視覚を再建することを目的とした人工網膜開発が日本を含め各国で進められている.まだ開発途中の段階ではあるが,網膜色素変性患者が人工網膜を装着することでphospheneとよばれる人工視覚が得られることが確認されている.将来の治療法として人工網膜は大きな可能性を秘めている.I人工網膜とは人工網膜の仕組みについて,筆者らの研究グループが開発中の人工網膜システムを例にあげて説明する.人工網膜は,「体外装置」と「体内装置」の二つの装置から構成される(図1).体外装置は小型カメラが装着された眼鏡フレーム,処理装置,一次コイル,電源などで構成される.体外装置では外界の画像を小型カメラで撮影し,取得した画像を基に処理回路で刺激パラメータがリアルタイムに算出される.刺激データは一次コイルを介して体内装置に無線伝送される.その際,体内装置本体駆動用の電力も無線で送られる.体内装置は二次コイル,本体デバイス,多極電極などで構成され,体内に慢性埋植された状態で使用される.二次コイルで刺激データや電力を受信した後,本体デバイス内の大規模集積回路で刺激電流が生成される.刺激電流は,電気リードを経由して網膜近傍に埋植された多極電極へと送られる.最終的に多極電極から網膜へと刺図1人工網膜の模式図激電流が伝わる.刺激電流によって,網膜内に残存する網膜神経節細胞や双極細胞などの神経細胞に神経興奮が生じ,それが視神経を経由して視覚中枢へと伝わることで,擬似的な光感覚が生まれる.なお,ここで示した人工網膜は筆者らが開発中のシステムを例にあげたが,研究グループ間でシステムの仕様にいくつかの違いは存在する.人工網膜は「失われた視細胞の機能を電子機器で代替することにより,人工的に視覚を再建する埋込型医療機器」といえる.視細胞の機能は「光を受光し電気信号に変換すること」と「画像情報を上位のニューロンに伝達すること」であるが,人工網膜では,小型カメラが前者*HiroyukiKanda&*TakashiFujikado:大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学〔別刷請求先〕神田寛行:〒565-0871大阪府吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(51)469図2多極電極abc図3人工網膜の3つの方式a:網膜上刺激方式,b:網膜下刺激方式,c:脈絡膜上刺激方式.存することが報告されている1)ことから,網膜色素変性は人工網膜のよい適応疾患であると考えられている.ただし筆者らは経験上,強い角膜電気刺激に対してもphospheneが感じられない症例も存在することを確認している.そのため,「網膜色素変性であれば必ず人工網膜が適応可能である」とは言いきれない.今後,人工網膜の適応可能性をより正確に判断するための術前検査法の開発が求められるだろう.CIII人工網膜研究開発の歴史ここからは,人工網膜開発に関するこれまでの流れについて解説する.人工網膜のアイデアはC1956年にCTassickerによって最初に提案されたが2),長らくコンセプトの域を出なかった.しかし,電子機器の技術向上に伴い,1990年代初頭から実用化に向けた研究が欧米を中心に徐々に始まるようになった.C1.1990年代1990年代前半に米国のCHumayunらによって網膜上刺激方式の人工網膜が考案された.この方式は,網膜の上側,つまり網膜側に電極面を向けて網膜と硝子体の間に多極電極を設置し,網膜に通電を行う方式である.1990年代後半にはCHumayunを中心にさまざまな急性臨床試験が行われた3,4).たとえば,急性臨床試験では癌で眼球摘出を予定している患者に協力を仰ぎ,眼球摘出前にクリプトンレーザーで網膜外層のみを選択的に傷害させた状態を作った4).そして眼球摘出前に網膜上刺激方式で網膜を刺激した.この試験を通じて,網膜外層が機能しない状態でも,網膜上刺激方式でCphospheneを惹起できることを確認した.同時期に,網膜下刺激方式の人工網膜が米国のCChowやドイツのCZrennerらによって考案された.この埋植部位では多極電極の刺激面が眼内入射光側を向くため,電極面に受光素子を組み込むことで,眼内に小型カメラ(正確にいうと二次元撮像素子)を設置することが可能である.これにより,眼球運動に応じた画像取得を行うことができ,より自然な視覚を生み出すことができる.Chowのグループが開発するチップはCASR(Arti.cialSiliconCRetina)と名づけられ,Zrennerらのグループ(SUBRETコンソーシアム)が開発するチップはCMPDA(MicroCPhotodiodeCArray)とよばれた.名前は異なるものの,どちらも構造は似ており,半導体チップの表面に多極電極と撮像素子を組み込み,半導体の微細加工技術を応用することで直径C2.3Cmmの基板上にC1,000極を超す多くの刺激電極を搭載される.このほか,1990年代には上記にあげた研究グループ以外にも,ドイツのCEpi-retグループ(網膜上刺激方式の人工網膜研究開発)や米国のCBostonCRetinalCImplantグループによる人工網膜の基礎研究が進められた.このようにC1990年代の人工網膜研究はおもに米国とドイツを中心に進められた.C2.2000年代2000年代に入ると,米国やドイツ以外の国でも人工網膜開発に対して大型予算を交付する例がみられるようになった.2001年には日本においても厚生労働省と経済産業省の共同プロジェクトとして人工網膜開発プロジェクトが始動した(後述).同時期に韓国でも人工網膜の研究が始まった.遅れてC2009年の終わりには,オーストラリアでも人工網膜に関する開発プロジェクトが開始した.これらの新規参入国では第三の刺激方式である脈絡膜上刺激方式が採用されるようになった.脈絡膜上刺激方式は,もともと,筆者ら日本の研究グループによって最初に考案された方式である5.7).日本の人工網膜プロジェクト開始当初,従来の刺激方式について精査が行われた.その結果,網膜上刺激方式や網膜下刺激方式では,網膜への侵襲性が高いことが問題となった.まず両方式共に多極電極が網膜組織に直接接触するため,埋植手術時に網膜を損傷させる可能性がある.加えて,網膜上刺激方式では多極電極を網膜上に固定するために網膜タックとよばれる針状の部品を用いる.網膜タックの先端は網膜を貫通して強膜層まで到達する.局所的ではあるが網膜タック周囲の損傷は避けられない.また,網膜下刺激方式では脈絡膜循環からの網膜への栄養や酸素の供給が多極電極で遮断される.それらの問題を克服するために,多極電極を脈絡膜の(53)あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018C471外側に埋植する脈絡膜上刺激方式が考案された.ほかの方式に比べて多極電極から網膜までの距離が離れていることから刺激効率が下がることが危惧されたが,基礎研究の結果,安全な電流の範囲で神経興奮を惹起させることが可能であることが確認された5).その後,強膜と脈絡膜の間(上脈絡膜腔)に電極を挿入する術式が坂口らによって報告され6),強膜ポケットを作製して電極を埋植する術式が中内らによって報告された7).これらの研究をきっかけに韓国やオーストラリアでも脈絡膜上刺激方式が検討されるようになった.一方,米国やドイツでは,それまでの研究成果を基に,人工網膜開発を目的としたベンチャー企業が設立されはじめた.Humayunのグループの研究成果を基にSecondSightMedicalProducts社(SSMP社,米国)が設立され,さらに,SUBRETコンソーシアムでの研究を基にCRetinaImplantAG社(ドイツ)が設立された.SSMP社では,最初に既存の人工内耳をベースにC16極型の多極電極を搭載した人工網膜“ArgusCI”を試作し,2002年にCArgusCIの長期臨床試験を開始した8).人工網膜の慢性埋植としてはこれが世界初である.この臨床試験で得た知見を基に,“ArgusCII”とよばれる人工網膜が開発された.これはその後の商品化を目的としたシステムで,60極型の多極電極が搭載された.また,体内装置本体が小型化され,眼窩内体内装置全体が収まるデザインとなった.2006年から彼らはCArgusCIIに対する臨床試験に着手し,パイロット試験でC2名,本試験でC30名の網膜色素変性患者に対して手術が行われた.30名中C11名でなんらかの有害事象がみられたものの,適切な治療により完全に治癒した.おもな有害事象としては結膜びらんや低眼圧などが報告されている.有効性についてはC89.3%の被験者で対象物の位置の認識が向上,55.6%で対象物の動きの認識が向上,そして,33.3%の被験者で縞視標による視力検査が可能だった.もっともよい症例ではC1.9ClogMAR(視力C0.013に相当)まで視力が得られた9).ドイツのCSUBRETコンソーシアムがC1990年代に開発していたCMPDAは眼内入射光のみで体内装置の駆動電力も発電し,外部電力を必要としない設計となっていた.しかし,基礎研究の結果,眼内入射光だけでは十分な電力が得られないことが判明し,2000年代以降は駆動電力を外部から供給する設計に変更された.この新設計の人工網膜に対する臨床試験がC2005年からC11名の患者に対して実施された10).これらの知見を基に,Reti-naCImplantCAG社はCAlphaCIMSとよばれる網膜下刺激方式の人工網膜を開発した.このCAlphaCIMSは電力供給用に体外装置を必要とするものの,当初のコンセプト通り多極電極上に撮像素子も一緒に組み込まれることから,体外装置に小型カメラが不要である.多極電極内の刺激電極の数はC1,500極と非常に多いことも特長にあげられる.C3.2010年代~現在2010年代に入るとさまざまな研究グループで臨床試験が行われるようになった.また,医療機器として販売をめざした動きが本格化した.米国CSSMP社はC2011年にCArgusCIIのCCEマークを取得し,EU圏内での販売が可能となった.さらに,2013年には米国食品医薬品局(FoodCandCDrugCAdministra-tion:FDA)の承認を受け,北米市場での販売が可能となった.現在のところ,医療機器としてCFDAの認可を受けている人工網膜はCArgusCIIのみである.現在までに累積C250台販売したそうである.なお,日本ではArgusCIIに対してまだ認可は下りていない.ドイツCRetinaCImplant社ではCAlphaCIMSに対する臨床試験がC2010年から始まった.多施設臨床試験にて約30名の患者に対して手術が実施された.有害事象としては一部の患者で裂孔原性網膜.離や眼圧上昇が発生した11).有効性としてはC86%の患者でCphospheneが得られ,59%で対象物の位置の認識向上,21%で対象物の動きの認識向上,14%で視力検査が可能だった12).もっともよい結果が得られた患者では,視力C0.037(ランドルト環視標)が得られたそうである.2013年にはAlphaCIMSに対するCCEマークを取得した.しかし,その後の研究でデバイスの耐久性がC1年未満と低いことが判明した.その問題を克服するため,耐久性を向上させた人工網膜システム“AlphaCAMS”が開発された.AlphaCAMSに搭載されている多極電極はC1,600極型である.現在までにC15名の患者を対象にCAlphaCAMSに472あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018(54)図4日本のプロジェクトで開発された第二世代型人工網膜システムの体内装置V人工網膜の未来像まだ日本では人工網膜の認可は下りていない.しかし,欧米ではすでに臨床の現場で人工網膜が網膜色素変性治療に用いられるケースも増えている.また,日本の人工網膜開発プロジェクトで開発中の人工網膜に対する治験が計画されている.そのため,近い将来,わが国の眼科臨床の現場でも人工網膜が用いられるようになると予想される.ただし,ここまでに述べたように得られる視力は患者によってばらつきがあり,網膜色素変性であれば人工網膜で必ず視力回復するとは言いきれない.そのため,患者スクリーニングなど術前検査法の開発が今後重要な課題となってくるだろう.また,人工網膜で得られる視力は健常者の視力とは著しく異なる.位置の認識向上は期待できるが,現状の人工網膜では解像度が低いことや色の再現ができないため,人工網膜による人工視覚だけで対象物がなんなのかを判断することがまだむずかしい.そのため,人工視覚を日常生活で役立つものにするためにリハビリテーションなどが重要となってくるだろう.理論上,人工網膜は緑内障などの網膜神経節細胞が障害を受ける眼疾患に対しては適応できない.また,一部の網膜色素変性患者では残存する網膜神経節細胞も減少し,人工網膜の適応範囲からはずれる例もある.これらの問題に対処するために,視覚野に多極電極を埋植して刺激を行う皮質刺激型人工視覚システムの基礎研究がSSMP社をはじめ欧米で盛んになりつつある.これが実現すれば,より多くの失明者が再び光を取り戻すことが可能となるため,期待を集めている.文献1)SantosA,HumayunMS,deJuanEetal:PreservationoftheCinnerCretinaCinCretinitisCpigmentosa.CACmorphometricCanalysis.ArchCOphthalmolC115:511-515,C19972)TassickerGE:Preliminaryreportonaretinalstimulator.BrCJPhysiolOptC13:102-105,C19563)HumayunMS,deJuanEJr,DagnelieGetal:Visualper-ceptionCelicitedCbyCelectricalCstimulationCofCretinaCinCblindChumans.ArchOphthalmolC114:40-46,C19964)WeilandJD,HumayunMS,DagnelieGetal:Understand-ingtheoriginofvisualperceptselicitedbyelectricalstim-ulationCofCtheChumanCretina.CGraefesCArchCClinCExpCOph-thalmolC237:1007-1013,C19995)KandaCH,CMorimotoCT,CFujikadoCTCetCal:Electrophysio-logicalstudiesofthefeasibilityofsuprachoroidal-transret-inalCstimulationCforCarti.cialCvisionCinCnormalCandCRCSCrats.InvestCOphthalmolVisSciC45:560-566,C20046)SakaguchiH,FujikadoT,FangXetal:Transretinalelec-tricalstimulationwithasuprachoroidalmultichannelelec-trodeinrabbiteyes.JpnJOphthalmolC48:256-261,C20047)NakauchiCK,CFujikadoCT,CKandaCHCetCal:TransretinalCelectricalCstimulationCbyCanCintrascleralCmultichannelCelec-trodeCarrayCinCrabbitCeyes.CGraefesCArchCClinCExpCOph-thalmolC243:169-174,C20058)HumayunMS,WeilandJD,FujiiGYetal:Visualpercep-tioninablindsubjectwithachronicmicroelectronicreti-nalprosthesis.VisionCResC43:2573-2581,C20039)HoCAC,CHumayunCMS,CDornCJDCetCal:Long-termCresultsCfromanepiretinalprosthesistorestoresighttotheblind.OphthalmologyC122:1547-1554,C201510)ZrennerE,Bartz-SchmidtKU,BenavHetal:SubretinalelectronicCchipsCallowCblindCpatientsCtoCreadClettersCandCcombineCthemCtoCwords.CProcCBiolCSciC278:1489-1497,C201111)KitiratschkyVB,StinglK,WilhelmBetal:SafetyevaluaC-tionof“retinaimplantalphaIMS”–aprospectiveclinicaltrial.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC253:381-387,C201512)StinglCK,CBartz-SchmidtCKU,CBeschCDCetCal:SubretinalCvisualCimplantCalphaCIMS–clinicalCtrialCinterimCreport.CVisionResC111:149-160,C201513)StinglCK,CSchippertCR,CBartz-SchmidtCKUCetCal:InterimCresultsofamulticentertrialwiththenewelectronicsub-retinalimplantalphaAMSin15patientsblindfrominher-itedretinaldegenerations.FrontNeurosciC11:445,C201714)AytonCLN,CBlameyCPJ,CGuymerCRHCetCal;BionicCVisionAustraliaCResearchCC:CFirst-in-humanCtrialCofCaCnovelCsuprachoroidalCretinalCprosthesis.CPLoSCOneC9:e115239,C201415)FujikadoCT,CKameiCM,CSakaguchiCHCetCal:TestingCofCsemichronicallyCimplantedCretinalCprosthesisCbyCsupracho-roidal-transretinalCstimulationCinCpatientsCwithCretinitisCpigmentosa.CInvestCOphthalmolCVisCSciC52:4726-4733,C201116)FujikadoT,KameiM,KishimaHetal:Testingofchroni-callyimplanted49-channelretinalprosthesisbysupracho-roidal-transretinalCstimulation(STS)inCpatientsCwithCadvancedCretinitisCpigmentosa.CInvestCOphthalmolCVisCSciC56:3816,C2015C474あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018(56)

再生医療の未来予想図

2018年4月30日 月曜日

再生医療の未来予想図ProspectsofRetinalRegenerativeMedicine平見恭彦*高橋政代*はじめに再生医療とは,機能不全の組織や臓器を,培養細胞や生体材料などを用いて作製した組織や臓器を用いて回復させる医療である.薬剤などにより病変の進行を抑えたり,組織の自己修復を促したりするこれまでの治療法とは考え方が異なるものであり,治療法のない疾患に対しても新しい治療を提供できる可能性があるため,研究開発がさかんに行われている分野である.網膜変性疾患も多くは確立した治療法のない疾患であり,再生医療の実現可能性が模索されてきた.研究開発の歴史もおよそ30年になろうとしており,臨床応用の道筋も見えてきつつある.ここでは網膜変性疾患に対する再生医療のこれまでの研究開発についてまとめ,今後の展望について述べる.I網膜の再生医療へのiPS細胞の応用成長した人間の体内でも組織や臓器の機能を維持するために細胞分裂は続いている.分裂を続けて組織や臓器の細胞を供給し続ける細胞がそれぞれの組織にあると考えられており,組織幹細胞とよばれている.現在実用化されている再生医療には皮膚,軟骨,心筋,角膜などがあり,これらは組織を作製する際の元になる組織幹細胞やその代替となる細胞が得られやすいことが(表1),早期の実用化につながっている.網膜変性疾患の多くは杆体または錐体の視細胞,あるいは網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)表1国内で実用化されているおもな再生医療皮膚皮膚(自己)保険適用軟骨軟骨(自己)保険適用心筋大腿筋(自己)保険適用角膜口腔粘膜(自己)治験・臨床研究細胞に疾患の原因があり,これらの細胞が機能しなくなったり変性して失われたりすることで視機能が障害される.そのため,失われた視細胞や網膜色素上皮細胞を補うことで視機能を回復させることができるのではないかと考えられてきた.哺乳動物において,脳神経の幹細胞が海馬などに存在することが示されたのは約30年前のことで,これらの幹細胞を網膜に移植する試みはTakahashiら1),Kuri-motoら2)によって報告されている.海外では約15年前にヒト胎児網膜や提供眼の網膜を末期の網膜色素変性患者に移植した試みが報告されているが,拒絶反応はみられなかったものの,移植片が視機能に影響したかどうかは不明である.しかしながら,神経組織では組織幹細胞を自己あるいは他人から得ることはその器官の機能を損なうことになるため,治療のために神経幹細胞を用いることは実際にはほぼ不可能で,胎児細胞を使用することも国内ではできない.したがって,神経の再生医療には組織幹細胞以外の細胞源が必要と考えられた(図1).*YasuhikoHirami&*MasayoTakahashi:神戸アイセンター病院〔別刷請求先〕平見恭彦:〒650-0047兵庫県神戸市中央区港島南町2-1-8神戸アイセンター病院0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(45)463図1網膜の再生医療の細胞源神経の幹細胞は抽出も増殖もむずかしく,ES細胞やCiPS細胞の利用が有望視された.自家iPS細胞由来RPE細胞シート移植6)RPEシート出荷5)RPEシート製造4)RPE純化・増殖約10カ月3)RPE分化誘導2)iPS細胞樹立,培養1)皮膚細胞培養開始,線維芽細胞誘導他家iPS細胞由来RPE細胞懸濁液移植4)RPE細胞の出荷約2週間3)細胞凍結ストック作製3′)凍結ストックの融解2)RPE純化・増殖1)RPE分化誘導約3カ月図2自家iPS細胞由来RPE細胞シートと他家iPS細胞由来RPE細胞懸濁液の準備期間の比較本人のCiPS細胞から治療に必要な細胞を作製するには約C10カ月かかるが,HLAの適合する健常者のiPS細胞を用いて凍結ストックを作製すると解凍して約C2週間で治療ができる.図3iPS細胞ストックによるHLA適合者への同種iPS細胞移植HLA遺伝子型を一つしかもたないドナーからCiPS細胞を作製し,二つの遺伝子型のうち一方が一致する対象者に移植することで免疫拒絶反応を回避できる.の移植の際は,シート状に培養した細胞を,脈絡膜新生血管(choroidalCneovascularization:CNV)を抜去した網膜下に挿入する手術を行った.これは疾患原因のCNVを除去し組織欠損部位をCRPE細胞シートで覆う根治的治療により近いものだが,細胞シート挿入時に網膜切開と強膜切開創(約C1.8Cmm幅)の大きな侵襲を伴う.一方,他家CiPS細胞から作製したCRPE細胞の移植は,CNVの抜去の対象とならない,RPE下のCCNVの症例に対して行い,培養したCRPE細胞を懸濁液の状態で網膜下へ注入するというものであり,患者CRPEの機能低下を補うような保護作用およびCCNVの活動の鎮静化を期待している.シートと懸濁液どちらの剤形がよいかという議論があるが,疾患の特性からみるとどちらも必要である.滲出型加齢黄斑変性といえども症例ごとにCRPEの萎縮程度は異なり,広範囲のCRPEが変性萎縮している場合もあれば,斑状に萎縮している場合もある.よりよい治療にするためにはそれぞれに応じて剤形も投与量も適したものを選択する必要がある.手術治療であるので症例ごとに対応が異なるのは当然であるが,従来の治療薬と同様の考え方では開発できない.日本では再生医療安全確保法で細胞治療の臨床研究のトラックが法律で規定され確保されているが,このような複雑な治療開発を効率よく進めるため,また非常に早い幹細胞の科学的進歩を取り入れるために臨床研究のトラックは重要である.少数例の経験でも多くの知見が得られ,その経験がリバーストランスレーショナルリサーチに結びつき,よりよい治療への改善が可能となる.CV視細胞移植に向けての取り組み網膜変性疾患に対する視細胞移植治療は,三次元培養によって作製された立体構造の網膜シートを視細胞の変性・消失した患者網膜下に移植し,残存する双極細胞など二次ニューロンとシナプス形成させて光覚あるいはそれ以上への視機能の回復をめざしている.形態的には動物実験において,視細胞が成熟する前の段階の網膜が,移植後にホスト網膜下で視細胞の成熟が進行して内節や外節の構造を形成することや,ホスト網膜の双極細胞との神経接合を形成することが示されている4).さらに視機能についても,網膜変性で視細胞が消失したモデルマウスにおいて,光刺激に対するホスト網膜の神経活動を多点電極を用いて解析すると,マウスCES細胞由来視細胞を移植された網膜の部位に対応して検出されること5)や,行動解析で網膜を移植された群の中には光に反応し,視機能が回復しているマウスがC40%程度現れる6).世界的にはシートではなく,視細胞の懸濁液を,視細胞が残存しているが遺伝子異常により機能していないマウス網膜に移植して,視機能が回復するという結果がいくつかのグループによって報告されてきたが,2016年秋にそれらは移植細胞そのものが生着しているのではなく,移植細胞の細胞質がホストの視細胞に移行した結果であることが判明し報告された7).その結果,現在,移植視細胞が機能して視機能を回復させうることは筆者らが唯一証明している状態となっている.最近ではヒトCES細胞由来視細胞でもモデルマウスの網膜下で機能することを示した8).さらに大型の動物においても視機能の改善が示され,ヒトへの移植に際しての安全性確保の点がクリアされれば,網膜変性患者への視細胞移植も実現可能となる.臨床応用に着実に近づいていることがわかる.CVI網膜再生医療の今後以上のように,網膜の再生医療はもはや現実のものとなりつつある.自家CiPS細胞由来のCRPE細胞の移植において,実際にC1症例を実施したことで得られた知見は非常に有意義なものであった.その経験が今回の他家iPS細胞由来のCRPE細胞移植にも生かされており,また今回の複数症例での経験が,今後のこの治療法を改善し拡大していくうえで重要な情報となることは確実である.このように,再生医療のような未知のフィールドで,しかも科学進歩の早い分野では,数例の知見を重ねてよりよい治療方法を探索し改善し続けることが発展の近道であり,これまでの薬剤開発のように大規模な無作為割り付けの試験では,治療に最適な対象患者を抽出することや,治療方法をより洗練されたものに改善することも困難であり,治療法開発に適した方法とはいえない.(49)あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018C467–

遺伝子治療

2018年4月30日 月曜日

遺伝子治療GeneTherapyforRetinalDegenerativeDisorders池田康博*はじめにご存じの通り,網膜色素変性(retinitisCpigmentosa:RP)は,わが国における視覚障害の原因疾患の第C2位となった.現時点で有効な治療法が確立されていないためであり,早期の治療法開発が望まれている.RPを含めた遺伝性網膜変性疾患に対する新しい治療法として期待されているアプローチのひとつが遺伝子治療であり,欧米からは臨床応用の結果が数多く報告されている.国内では,九州大学病院でCRPに対する視細胞保護遺伝子治療の臨床研究が実施され,低用量群C5名への投与が完了した.本稿では遺伝性網膜変性疾患を中心に,眼科領域の疾患に対する遺伝子治療の現状と未来予想について紹介する.CI眼科領域の遺伝子治療の歴史眼科領域の遺伝子治療研究は,その他の領域に比べるとスタートが非常に遅れていた.マウス網膜への効率的な遺伝子導入が報告されたのは,世界初の臨床応用であるアデノシンデアミナーゼ(adenosineCdeaminase:ADA)欠損症患者への遺伝子治療からC4年も経っていた1).その後,1996年にはCrdマウスというCRPモデル動物に対する遺伝子治療の治療効果が報告され2),これを皮切りに,RPを中心としたさまざまな疾患モデル動物に対する遺伝子治療の有効性が世界中の研究室から報告されてきた3,4).2001年には,米国において,加齢黄斑変性(age-relatedCmacularCdegeneration:AMD)に対する遺伝子治療の臨床プロトコールが提出され5),眼科領域における遺伝子治療の臨床応用の歴史の幕が開いた.これまでに,網膜芽細胞腫6),AMD7),Leber先天黒内障(LeberCcongenitalCamaurosis:LCA)8~10),コロイデレミア11)などに対する遺伝子治療臨床研究が報告されている.CIILeber先天黒内障に対する遺伝子治療1.Leber先天黒内障とはLCAは,1869年CLeberによって報告されたCRPの類縁疾患で,生後早期(多くは生後C6カ月以内)より高度に視力が障害される12).これまでにC15種類以上の原因遺伝子が同定されており,ほとんどが常染色体劣性遺伝の形式をとる.80,000出生に1~2人の頻度で認められ,先天盲の約C20%を占めるとされている.この疾患に対する臨床的に明確な効果を有する治療法は確立されておらず,予後は不良である.C2.Leber先天黒内障に対する遺伝子治療上述のC15種類の原因遺伝子のなかで,RPE65(LCA2)遺伝子異常を対象とした遺伝子治療研究が盛んに行われている.LCA2は視細胞の外側にある網膜色素上皮(retinalCpigmentCepithelium:RPE)細胞に発現し,視サイクルに重要なタンパクであるが,RPE65遺伝子に変異があると視細胞(杆体)が光に反応できなくなり,*YasuhiroIkeda:九州大学大学院医学研究院眼病態イメージング講座〔別刷請求先〕池田康博:〒812-8582福岡市東区馬出C3-1-1九州大学大学院医学研究院眼病態イメージング講座0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(39)C457最終的に視細胞は死に至ってしまう.Aclandらは,このCLCA2に対する遺伝子治療法として,アデノ随伴ウイルス(adeno-associatedCvirus:AAV)ベクターを用いたCRPEへの正常CRPE65遺伝子導入という方法を試み,イヌのCLCA2モデルにおいて著明な治療効果が得られることを報告した13).2007年C2月より英国のグループによって,またC2007年C9月より米国のペンシルバニア大学のグループによって,ヒトCLCA2患者に対する遺伝子治療臨床研究が開始された8~10).英国での臨床研究では,17~23歳のCLCA2患者C3名に対して,AAVベクターが網膜下投与された.その結果,1名(症例3)では,投与部位に一致した感度の改善を認め,さらに暗所下での行動の著しい改善を認めたと報告されている8).最終的にはC12名に対して遺伝子治療が実施され,投与後C3年間までの経過観察で,6名の患者において網膜感度の改善が観察されたと報告されている14).また,米国の臨床研究でも同様に,19~26歳のC3名の患者を対象に遺伝子治療が行われ,治療を受けたC3名とも対光反応および視野に改善を認め,うちC2名では視力の改善も認めたと報告されており9),長期的にも安全性と治療効果の持続が確認されている15).一方,米国のフロリダ大学とペンシルバニア大学の共同研究グループからの報告では,光に対する感度が上昇した症例があることが示されたが,黄斑部網膜の菲薄化が生じたことも示されており,遺伝子導入の際に生じた網膜.離による影響の可能性が考えられたが10),最終的にはC3年以上の長期成績でも重篤な合併症がなく安全であることや,網膜感度の改善が確認されたと報告されている16).これらの結果に引き続き,31名のCLCA2患者を対象とした治験(PhaseCIII)が米国において実施された17).1年間の経過観察において,治験薬に関連する重篤な有害事象はなく,暗所での行動,網膜感度,視野という指標においてコントロール群と比較して有意な改善が認められたとされている.また,残念ながら有意差はなかったものの,視力も改善している症例が多数あったようだ.この結果から,LCA2に対する遺伝子治療は有効な治療であると考えられる.IIIコロイデレミアに対する遺伝子治療1.コロイデレミアとはコロイデレミアは,RabCescortCprotein-1(REP-1)をコードするコロイデレミア遺伝子の異常(functionallynullCmutation)により生じるCX染色体劣性遺伝の疾患で,有病率は約C50,000人にC1人とされている.幼少期より発症して,網脈絡膜萎縮は緩徐に進行する18).RPと同様,幼少期より夜盲を自覚することが多く,進行性の視野障害,視力障害を呈するが,視力は比較的後期まで健常に保たれることが多い.コロイデレミアは,LCAに比べて一般的に中心網膜が厚いため,遺伝子治療の際に生じる黄斑部の網膜.離によるダメージが比較的生じにくいと想定されており,黄斑部への遺伝子導入がより安全な疾患と考えられている.C2.コロイデレミアに対する遺伝子治療2012年C10月より,英国のオックスフォード大学のグループが6名の男性コロイデレミア患者を対象にREP-1遺伝子を搭載したCAAVベクターを黄斑部網膜に投与するCPhaseCI/II多施設臨床研究を開始した11).この臨床研究では対象患者はC35~63歳であり,治療効果を判定するためにさまざまな病期の患者が含まれていた.投与前の視力がすでに低下している進行したC2名で,治療後に視力が改善したと報告されており,一方で視力低下のない被験者では,視力低下などの明らかな副作用がなかったことが示されている.前述のCLCAで生じた黄斑部への投与による視機能への悪影響はなく,安全に黄斑部網膜への遺伝子導入が可能であることが示された.さらに,本研究の長期成績も一部報告されており,3.5年経過した時点においてC6名中C4名で,治療眼のほうが非治療眼よりも視力が保たれていることが示されている19).CIV網膜色素変性に対する遺伝子治療1.網膜色素変性とはRPは進行性の夜盲,求心性の視野狭窄,視力低下を主徴とする遺伝性の網膜変性疾患で,一般には若年期に発症して緩徐に進行し,中年ないし老年で高度な視力障458あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018(40)C神経栄養因子を使った視細胞保護遺伝子治療視力・視野網膜に神経栄養因子(色素上皮由来因子)を遺伝子導入し,視細胞死を抑制する発症色素上皮由来因子遺伝子導入(PEDF)視細胞年齢図1視細胞保護遺伝子治療のコンセプト表1医師主導治験実施計画書の概要—-

網膜変性の遺伝子診断

2018年4月30日 月曜日

網膜変性の遺伝子診断GeneticTestingforInheritedRetinalDiseases宮道大督*堀田喜裕*はじめに遺伝性網膜変性とは,視細胞および網膜色素上皮を原発とした進行性の機能異常および変性がみられる遺伝性の疾患群であり,多様な疾患からなる症候群である.遺伝性網膜変性は2,000~3,000人に1人の割合で発症するとされ,一般的な眼科診療において遭遇する可能性のある疾患群である.遺伝性網膜変性のおよそ半数を占めるものが網膜色素変性(retinitispigmentosa:RP)であり,わが国では4,000~8,000人に1人の割合で発症する.RPが先天盲に占める頻度は1位であり,成人視覚障害原因疾患の3位に位置し,国が定める指定難病の一つに認定されている.遺伝性網膜変性は多くの疾患からなり,成書に述べられている基本的に全身疾患を伴わない遺伝性網膜硝子体変性だけでも,RPをはじめとして,黄斑ジストロフィ(卵黄状黄斑ジストロフィ,錐体ジストロフィ,Star-gardt病など),小口病,先天停在性夜盲,脳回状脈絡膜萎縮,コロイデレミア(全脈絡膜萎縮症),斑状網膜症候群(白点状眼底,家族性ドルーゼンなど),先天網膜分離症,Wagner硝子体網膜変性,Goldmann-Favre症候群,家族性滲出性硝子体網膜症,クリスタリン網膜症,オカルト黄斑ジストロフィ,Leber先天盲など多岐にわたる.同様に全身疾患を伴うものは,おもに症候群として扱われ,多数の症候群からなる(表1).これまで遺伝性網膜変性は治療困難な状態が続いていた.そして,遺伝子診断は日常診療においてなじみが深いものとはいえず,ついつい敬遠されがちであった.しかし,今日のゲノム医学の進歩を受けて遺伝子診断や創薬開発も進歩しており,また遺伝子治療や再生医療,人工網膜などの治療法も開発され,治療可能な疾患として遺伝性網膜変性の診療を行うことへの期待がふくらんでいる.以前に比して遺伝子診断の必要性は高まり,平成28年度診療報酬改定で,厚生労働大臣が定める保険診療で行える遺伝学的検査の対象疾患は増加した.残念ながら眼科対象疾患は網膜芽細胞腫のみであるが,全科での総数は70を超えた(表2).ほかにも悪性腫瘍組織検査として,癌に代表される腫瘍医学においても遺伝学的検査が保険収載されており,保険診療で行われる遺伝学的検査が普及しつつある.遺伝子検査はこれまで考えられていたような,限られた研究室で行われているまれな検査ではなくなりつつあり,遺伝医学は稀少な遺伝病を扱う小さな専門分野から,医学を構成する重要な一分野へ発展しつつある.また,遺伝子診断は稀少疾患を扱うだけでなく,一般疾患も含めた多くの疾患の診断と治療およびケアに関して,その重要性を増してきている.本稿では遺伝性網膜変性の代表疾患であるRPを例にとり,その遺伝子診断について,意義や目的,方法,注意すべき点について解説する.I遺伝子検査の検出率と遺伝子診断における問診の役割遺伝子診断における一般的な関心事の一つは,検査の*DaisukeMiyamichi&*YoshihiroHotta:浜松医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕宮道大督:〒431-3192静岡県浜松市東区半田山1-20-1浜松医科大学眼科学教室0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(29)447表1全身疾患を伴う遺伝性網膜変性RetNet(http://www.sph.uth.tmc.edu/RetNet/)を参照し,全身疾患を伴う遺伝性網膜変性(基本的に症候群)を列挙した.網膜硝子体ジストロフィなども含んでおり,網膜色素変性(retinitispigmentosa:RP)を合併する症候群とは限らない点に注意されたい.表2保険診療で行える遺伝学的検査の対象疾患主として眼科で扱う遺伝性疾患は網膜芽細胞腫のみである.以前から網膜芽細胞腫の染色体検査は保険収載されていたが,染色体検査のみでは感度が非常に低いことから実用に耐えず,実際の検査は先進医療ないし研究費などで扱われてきた.改定により遺伝学的検査が保険収載されたが,商業ベースに乗らないことで残念ながら広く普及するに至らず,実際の検査は先進医療ないし研究費等で扱われている.ab発病保因者保因者保因者発病保因者発病発病XYXY保因者保因者発病保因者図1さまざまな遺伝形式a:常染色体優性遺伝.片側アレルの変異で発症するため,子供が罹患する確率は1/2.b:常染色体劣性遺伝.片側アレルの変異では保因者で,両側アレルの変異で発症する.c:X連鎖性遺伝.男性から男性への伝達はない.保因者女性の息子が発症する確率は1/2.表3RPの原因遺伝子と正式名称symbol正式名称symbol正式名称常染色体優性遺伝RP(28遺伝子)PDE6BPDE6GPOMGNT1PRCDPROM1RBP3REEP6RGRRHORLBP1RP1RP1L1RPE65SAGSAMD11SLC7A14SPATA7TRNT1TTC8TULP1USH2AZNF408ZNF513phosphodiesterase6Bphosphodiesterase6GproteinO-linkedacetylglucosaminyltransferase1photoreceptordisccomponentprominin1photoreceptordisccomponentreceptoraccessoryprotein6retinalGproteincoupledreceptorrhodopsinretinaldehydebindingprotein1RP1RP1like1retinalpigmentepithelium-speci.c65kDproteinS-antigenvisualarrestinsterilealphamotifdomaincontaining11proteinsolutecarrierfamily7member14spermatogenesisassociated7tRNAnucleotidyltransferase1tetratricopeptiderepeatdomain8tubbylikeprotein1usherinzinc.ngerprotein408zinc.ngerprotein513ADIPOR1ARL3BEST1CR4CRXFSCN2GUCA1BHK1IMPDH1KLHL7NR2E3NRLPRPF3PRPF4PRPF6PRPF8PRPF31PRPH2RDH12RHOROM1RP1RP9RPE65SEMA4ASNRNP200SPP2TOPORSadiponectinreceptor1ADPribosylationfactorlikeGTPase3bestrophin1carbonicanhydrase4carbonicanhydrase4providedfascinactin-bundlingprotein2guanylatecyclaseactivator1Bhexokinase1providedinosinemonophosphatedehydrogenase1kelchlikefamilymember7nuclearreceptorsubfamily2groupEmember3neuralretinaleucinezippepre-mRNAprocessingfactor3pre-mRNAprocessingfactor4pre-mRNAprocessingfactor6pre-mRNAprocessingfactor8pre-mRNAprocessingfactor31peripherin2retinoldehydrogenase12rhodopsinretinaloutersegmentmembraneprotein1RP1RP9retinalpigmentepithelium-speci.c65kDproteinsemaphorin4AsmallnuclearribonucleoproteinU5subunit200secretedphosphoprotein2TOP1bindingarginine/serinerichproteinX連鎖性RP(3遺伝子)OFD1RP2RPGRcentrioleandcentriolarsatelliteproteinARL3GTPaseactivatingproteinretinitispigmentosaGTPaseregulatorUsher症候群(13遺伝子)常染色体劣勢遺伝RP(61遺伝子)ABHD12ADGRV1CDH23CEP250CIB2CLRN1HARSMYO7APCDH15USH1CUSH1GUSH2AWHRNabhydrolasedomaincontaining12adhesionGprotein-coupledreceptorV1cadherinrelated23centrosomalprotein250calciumandintegrinbindingfamilymember2clarin1histidyl-tRNAsynthetasemyosinVIIAprotocadherinrelated15USH1proteinnetworkcomponentharmoninUSH1proteinnetworkcomponentsansusherinwhirlinABCA4ADGRA3AGBL5ARHGEF18ARL6ARL2BPBBS1BBS2BEST1C2orf71C8orf37CERKLCLRN1CNGA1CNGB1CRB1CYP4V2DHDDSDHX38EMC1EYSFAM161AHGSNATIDH3BIFT140IFT172IMPG2KIAA1549KIZLRATMAKMERTKMVKNEK2NEUROD1NR2E3NRLPDE6AATP-bindingcassettesubfamilyAmember4adhesionGprotein-coupledreceptorA3ATP/GTPbindingproteinlike5Rho/Racguaninenucleotideexchangefactor18ADPribosylationfactorlikeGTPase6ADPribosylationfactorlikeGTPase2bindingproteinBardet-Biedlsyndrome1Bardet-Biedlsyndrome2bestrophin1chromosome2openreadingframe71chromosome8openreadingframe37ceramidekinaselikeclarin1cyclicnucleotidegatedchannelalpha1cyclicnucleotidegatedchannelbeta1crumbs1cytochromeP450family4subfamilyVmember2dehydrodolichyldiphosphatesynthetaseDEAH-boxhelicase38ERmembraneproteincomplexsubunit1eyesshuthomolog(Drosophila)familywithsequencesimilarity161memberAheparan-alpha-glucosaminideN-acetyltransferaseisocitratedehydrogenase3(NAD(+)betaintra.agellartransport140intra.agellartransport172interphotoreceptormatrixproteoglycan2KIAA1549kizunacentrosomalproteinlecithinretinolacyltransferasemalegermcellassociatedkinaseprovidedMERproto-oncogene,tyrosinekinasemevalonatekinaseNIMArelatedkinase2neuronaldi.erentiation1nuclearreceptorsubfamily2groupEmember3neuralretinaleucinezippephosphodiesterase6ABardet-Biedl症候群(24遺伝子)ADIPOR1ARL6BBIP1BBS1BBS2BBS4BBS5BBS7BBS9BBS10BBS12C8orf37CEP290IFT172IFT27INPP5EKCNJ13LZTFL1MKKSMKS1NPHP1SDCCAG8TRIM32TTC8adiponectinreceptor1ADPribosylationfactorlikeGTPase6BBSomeinteractingprotein1Bardet-Biedlsyndrome1Bardet-Biedlsyndrome2Bardet-Biedlsyndrome4Bardet-Biedlsyndrome5Bardet-Biedlsyndrome7Bardet-Biedlsyndrome9Bardet-Biedlsyndrome10Bardet-Biedlsyndrome12chromosome8openreadingframe37centrosomalprotein290intra.agellartransport172intra.agellartransport27inositolpolyphosphate-5-phosphataseEpotassiumvoltage-gatedchannelsubfamilyJmember13leucinezippertranscriptionfactorlike1McKusick-KaufmansyndromeMeckelsyndrome,type1nephrocystin1serologicallyde.nedcoloncancerantigen8tripartitemotifcontaining32tetratricopeptiderepeatdomain8全身疾患を伴う遺伝性網膜変性(基本的に症候群)を列挙した.SyndromicRPについては代表疾患であるUsher症候群とBardet-Biedl症候群の変異報告遺伝子を列挙した.1つの遺伝子が複数の遺伝形式を示す場合があり,1個の遺伝子がsyndromicRPとnon-syndromicRPを示す場合がある.図2PRPF31に異常を認めた定型RPa:眼底は骨小体様色素沈着を伴う網膜変性を示した.b:眼底自発蛍光は低蛍光を示した.c:網膜電図は消失型を示した.Cd:光干渉断層計は網膜外層の菲薄化を示した.e:家系図は常染色体劣性遺伝形式を示唆した.GenomicsWorkbenchによる塩基置換抽出イントロン領域とノンコーディング領域中に存在する塩基置換のフィルタリング公式データベースに登録のある高頻度で検出される塩基置換のフィルタリング同義置換のフィルタリング抽出した疾患原因の変異候補図3検出された塩基置換から変異を抽出するためのフィルタリング過程ソフトウェアから自動検出された塩基置換に対して独自に設定したC3段階のフィルタリングを用いることで,疾患に関与している可能性が高い変異を絞り込んでいる.最初に,Mendel遺伝性疾患の多くに関連しているタンパクコーディング領域以外の塩基置換を除外する.次に,公共データベースに頻度が高く検出されている塩基置換は除外する.疾患に関与している変異は一般人口からは検出されることがない,または低い頻度でしか検出されない「きわめてまれな」塩基置換であることが通常である.最後に,塩基置換が起こっても同じアミノ酸がコードされる変異(同義置換)を除外する.表4抽出した疾患原因の変異候補GeneCAccessionnumberCMutationtypeCNucleotidechangeCPredictede.ectCGenotypeCSNPIDCPRPF31CNM_015629.3CDeletionCc.433_434delp.(SC145Pfs*8)CHeterozygousCABCA4CNM_000350.2CMissensec.4715C>CTCp.(CT1572M)CHeterozygousCrs185093512CRPGRIP1CNM_020366.3CMissensec.1745A>CGCp.(CH582R)CHeterozygous図C3に基づき,抽出された塩基置換の絞り込みを行った.ABCA4遺伝子とCRPGRIP1遺伝子は常染色体劣勢RPの報告がある.PRPF31遺伝子は常染色体優勢CRPの報告がある.ABCA4遺伝子とCRPGRIP1遺伝子はヘテロ接合性変異のみの検出であったため,原因変異候補から除外した.常染色体優性形式をとるCPRPF31遺伝子に検出された塩基置換を原因変異候補と考えた.フレームシフト変異であったことから病的意義をもつ可能性が高く,PRPF31遺伝子に検出された塩基置換を疾患原因変異と判断した.Caヘテロ接合体bホモ接合体c複合ヘテロ接合体図4遺伝子異常の種類a:ヘテロ接合体.片側のアレルのみに異常を認める.Cb:ホモ接合体.両側のアレルに同じ種類の異常を認める.Cc:複合ヘテロ接合体.両側のアレルに異常を認めるが,種類は異なる.○とC×はそれぞれ異なった遺伝子異常を示す.a正常な塩基配列アミノ酸配列bミスセンス変異アミノ酸配列ナンセンス変異アミノ酸配列dフレームシフト変異アミノ酸配列図5さまざまな変異の種類a:正常な塩基配列.DNAは三つの塩基配列で一つのコドンを形成してアミノ酸をコードしている.コドンによって翻訳されるアミノ酸は異なる.Cb:ミスセンス変異.異なるアミノ酸へ変化する.たとえば,AAG(リシン)がCAAC(アスパラギン)に変化する.Cc:ナンセンス変異.変異部位で終止コードに変化する.たとえばCTAT(チロシン)がCTAA(終止コード)に変化する.終止コードよりも下流ではアミノ酸は生成されない.Cd:フレームシフト変異.塩基配列が欠失したり挿入したりすることで,コドンの読み枠がずれるため,翻訳されるアミノ酸配列が変化する.たとえばCGとCTの間にCCが挿入されることで,TAT(チロシン)がCCTA(ロイシン)に変化し,下流に翻訳されるアミノ酸配列も変化する.T:スレオニン,F:フェニルアラニン,G:グリシン,I:イソロイシン,K:リシン,L:ロイシン,N:アスパラギン,P:プロリン,Q:グルタミン,W:トリプトファン,Y:チロシン.-

研究倫理と遺伝カウンセリング,社会とのかかわり

2018年4月30日 月曜日

研究倫理と遺伝カウンセリング,社会とのかかわりResearchEthics,GeneticCounselingandRelationshipwithSociety林孝彰*はじめに研究倫理と聞いて何を想像するだろうか.研究不正をイメージする読者もいるかもしれない.ここで述べる研究倫理は,研究不正がない前提で,どのように研究を進めていくべきか,その道程について考える.これまでの「疫学研究に関する倫理指針」と「臨床研究に関する倫理指針」は平成27年3月31日廃止され,平成27年4月1日から「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」が施行されている.現在,ヒトゲノム・遺伝子解析研究,遺伝子治療臨床研究,人受精胚の作製を行う生殖補助医療研究などを除けば,すべての医師主導型臨床研究はこの指針に基づいて研究計画が立てられる必要がある(表1).人を対象とする医学研究は,「人(試料・情報を含む.)を対象として,傷病の成因(健康に関する様々な事象の頻度及び分布並びにそれらに影響を与える要因を含む.)及び病態の理解並びに傷病の予防方法並びに医療における診断方法及び治療方法の改善又は有効性の検証を通じて,国民の健康の保持増進又は患者の傷病からの回復若しくは生活の質の向上に資する知識を得ることを目的として実施される活動」と定義されている.精子や卵子の遺伝子に起こり,子孫にも受け継がれる生殖細胞系列変異(遺伝子変異)(用語解説参照)を調べることを主目的とするいわゆる遺伝子解析(genetictesting)研究は,「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」(平成25年4月1日施行)に準じて研究が表1医学研究に関する倫理指針・法律実施される(表1).指針の対象となる研究は,その実施にあたっては原則,倫理審査を受け承認を得る必要がある.一方,再生医療に関しては,「ヒト幹細胞を用いる臨床研究に関する指針」は廃止され,「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」(平成26年11月25日施行)が制定されている.本稿では,とくに遺伝性網膜・視神経疾患の研究倫理,遺伝カウンセリング,社会とのかかわりについて述べる.*TakaakiHayashi:東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科〔別刷請求先〕林孝彰:〒125-8506東京都葛飾区青戸6-41-2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(19)437I研究倫理1.人を対象とする医学系研究に関する倫理研究実施にあたり研究計画書を作成する際は,「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」に従って以下を明文化する必要がある.1)研究責任者の責務の明確化2)介入を伴う研究の公開データベース(UMINなど)への登録の必要性3)研究の対象者に生じる負担・リスクに対してのインフォームド・コンセントの手続きおよび未成年者などを研究対象者とした場合のインフォームド・アセントの必要性4)研究の実施に伴い取得される個人情報などの取り扱い5)研究責任者や研究者がとるべき措置の明確化6)利益相反に関する規定7)侵襲(軽微な侵襲を除く)を伴う介入研究にかかわる情報などの保管義務8)侵襲(軽微な侵襲を除く)を伴う介入研究でのモニタリング・監査の必要性倫理指針改定にあたっては,高血圧症治療薬バルサルタンの臨床研究事案が背景にある.これは,ノバルティスファーマ社の高血圧症治療薬バルサルタンにかかる臨床研究でデータ操作などがあり,研究結果の信頼性や研究者の利益相反行為などの観点から社会問題化した.そこで,バルサルタンの臨床研究事案に関する検討委員会が立ち上がり,臨床研究に関する倫理指針の見直しが図られた経緯がある.今回のテーマである遺伝性網膜・視神経疾患では,高血圧症とは異なり医学的に有効な予防法・治療法は確立されていないが,これまでにいくつかの医師主導型臨床研究が報告されており,代表例をあげる.①網膜色素変性に合併した黄斑浮腫に対する炭酸脱水酵素阻害剤ならびにステロイド剤の治療効果の検討(UMIN試験ID:UMIN000022686)網膜色素変性は,視細胞および網膜色素上皮細胞を原発とした進行性の広範な変性がみられる遺伝性の疾患群である1).黄斑浮腫は視力障害の原因となりえる病態で,網膜色素変性の10.40%に合併するといわれている1).しかしながら,網膜色素変性に合併した黄斑浮腫に対して有効な治療法は確立されていない.Ikedaらは,網膜色素変性に合併した黄斑浮腫の10例18眼に対して炭酸脱水酵素阻害薬の点眼薬である1%ドルゾラミド(3回/日)点眼治療を行い,最大18カ月間経過観察を行った.その結果,10眼で有意に黄斑浮腫が改善したことを報告している2).②レーベル遺伝性視神経症に対するイデベノン投与による視機能に及ぼす影響の多施設検討(UMIN試験ID:UMIN000017939)レーベル遺伝性視神経症(Leberhereditaryopticneuropathy:LHON)は,母系遺伝形式をとる遺伝性視神経症でミトコンドリア遺伝子変異(G117778A,T14484C,G3460A)によって引き起こされる.有効な治療法は確立していない.イデベノンはミトコンドリア内エネルギー代謝改善・ミトコンドリア内膜保護効果をもっているため,ミトコンドリア機能不全が病態と考えられる.そのために,イデベノンがLHONに効果がある可能性が考えられてきた.石川らは,学内倫理委員会承認のもと,LHONの57例に対しイデベノン大量投与療法を行い,1年後logMAR視力値0.3以上の改善を認めた症例が10眼(21.7%)存在したと報告し,将来的にはLHONに対する治療薬として承認を受けることをめざすと結論している3).海外では2011年からLHONに対するイデベノンの有効性が報告されている4.6).2017年,LHON罹患者の管理に関する国際的合意声明文発表のなかで,LOHN発症から1年未満の症例に関しては,イデベノン900mg/日投与を開始すべきとの見解が示された7).さらに,イデベノンは難治性疾患であるDuchenne型筋ジストロフィ患者の吸気機能維持にも効果があると報告されている8,9).2017年11月現在,イデベノンの国内生産品はないが,個人輸入・ネット経由で手に入れることができる.難治な遺伝性網膜・視神経疾患に対する遺伝子治療や再生医療実施には時間とお金がかかるので,患者への治療提供・普及にはまだまだ時間がかかる.一方,近未来の現実的な治療法開発をめざすうえで,イデベノンのような既存薬品を用いた医師主導型臨床研究が今後盛んに438あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018(20)実施されることが予想される.倫理指針に沿ってさまざまな医師主導型臨床研究が実施され,有効な予防法・治療法が開発されることが望まれる.2.医学雑誌が求めている倫理規定『日本眼科学会雑誌』の投稿規定の「人を対象とした研究について」には,InstitutionalReviewBoard(IRB)(用語解説参照)または倫理委員会による適切な審査を受け承認を得て行ったことを「対象と方法」の項目において明記すること,著者は被験者に対し,あらかじめ当該研究に参加することによって起こりうる事態についてあらゆる可能性を含めて明確に説明し,被験者から自由意志に基づく同意(インフォームド・コンセント)を得て,「対象と方法」の項目においてインフォームド・コンセント取得の有無を明記することと記載されている.また,ヘルシンキ宣言(1964年6月ヘルシンキにおける第18回世界医師会総会で採択)(用語解説参照)を参照し,人体を対象とした研究は,ヘルシンキ宣言に則り行われた研究であることを,「対象と方法」の項目に明記することが条件となっている.AmericanAcademyofOphthalmologyの機関誌である『Ophthalmology』誌の投稿規定の“Forhumansubjects”の項目においてもインフォームド・コンセントの取得,IRB/EthicsCommittee(倫理審査委員会)における承認,ヘルシンキ宣言に基づいた研究計画でなければならないと明記されている.3.学術論文の著者読者は学術論文の著者についてどのようにお考えだろうか.学術論文を投稿する際,InternationalCommit-teeMedicalJournalEditors(ICMJE)の内容をみる機会があれば,一度考える時間があってもよいかもしれない.ICMJEの“Recommendationsfortheconduct,reporting,andpublicationofscholarlyworkinMedi-calJournals”のなかの“De.ningtheroleofauthorsandcontributors”にWhoisanauthor?という欄があり,以下のように記載されている.《TheICMJErecommendsthatauthorshipbebasedonthefollowing4criteria:1.Substantialcontributionstotheconceptionordesignofthework;ortheacquisition,analysis,orinterpretationofdataforthework;AND2.Draftingtheworkorrevisingitcriticallyforimportantintellectualcontent;AND3.Finalapprovaloftheversiontobepublished;AND4.Agreementtobeaccountableforallaspectsoftheworkinensuringthatquestionsrelatedtotheaccuracyorintegrityofanypartoftheworkareappropriatelyinvestigatedandresolved.》直訳すると誤解を招く可能性があるので,原文のまま紹介し,筆者の意見は述べないが,これを実行している日本人眼科医がどれほどいるであろうか.4.ヒトゲノム・遺伝子解析研究倫理「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」では,以下のことが述べられている.ヒトゲノム・遺伝子解析研究は,個人を対象とした研究に大きく依存し,また研究の過程で得られた遺伝情報は,提供者(ヒトゲノム・遺伝子解析研究のための試料・情報を提供する人)およびその血縁者の遺伝的素因を明らかにし,その取り扱いによっては,さまざまな倫理的,法的または社会的問題を招く可能性があるという側面がある.そこで,人間の尊厳および人権を尊重し,社会の理解と協力を得て,適正に研究を実施することが不可欠である.また,ヘルシンキ宣言などに示された倫理規範をふまえ,提供者個人の人権の保障が,科学的または社会的な利益に優先されなければならないことに加えて,この側面について,社会に十分な説明を行い,その理解に基づいて研究を実施することが求められている.筆者らが最近実施したヒトゲノム・遺伝子解析研究「網膜色素線条に対するABCC6遺伝子解析」を紹介する.学内ヒトゲノム倫理審査委員会で受理された内容に基づきサインによるインフォームド・コンセントを得て実施された.Bruch膜断裂が生じる網膜色素線条は,常染色体劣性遺伝病で,高頻度に皮膚の弾力線維仮性黄色腫(21)あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018439を合併する.高血圧症を合併すると大動脈解離を引き起こすリスクもあり,突然死の家族歴を聴取する場合もある.また,ときに難治な脈絡膜新生血管が発生し,抗VEGF薬硝子体注射などの加療を要する.筆者らは,網膜色素線条C18家系C20例に対してCABCC6遺伝子解析を実施し,13家系(13/18,72.2%)でホモ接合変異もしくは複合ヘテロ接合変異を同定した.また,四つの高頻度変異(p.V848CfsX83,p.Q378X,p.R1357W,p.R419Q)が見つかり,ABCC6遺伝子変異が日本人網膜色素線条の原因として重要な役割を果たしていることを明らかにした10).ABCC6遺伝子解析研究が網膜色素線条に対する治療法に直接結びつくわけではないが,過去にはCRPE65遺伝子(先天黒内障・Leber先天盲の原因遺伝子)やCCHM遺伝子(コロイデレミアの原因遺伝子)解析研究によってその病態が明らかにされ,後の遺伝子補充治療の臨床応用につながったケースがある11.13).ヒトゲノム・遺伝子解析研究倫理は数年経っても大きく変化しないと考えられるが,遺伝子解析研究は大きく進歩し,数年後には遺伝性網膜・視神経疾患のC50%の以上の原因が特定されるのではないだろうか.さらにその先,遺伝性解析研究からはずれ治療の方向性を決定するために遺伝子解析が診断に不可欠となる時代が来るかもしれない.CII遺伝カウンセリングほとんどの眼科医は,たとえば網膜色素変性の患者に対する診療のなかで遺伝カウンセリング(geneticcoun-seling)について考えたことはないのではないだろうか.「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」には,「研究責任者は,単一遺伝子疾患等(関連遺伝子が明確な多因子疾患を含む,)に関する遺伝情報を開示しようとする場合には,医学的又は精神的な影響等を十分考慮し,診療を担当する医師との緊密な連携の下に開示するほか,必要に応じて,遺伝カウンセリングの機会を提供しなければならない」と明記されている.指針の項目C9には,「遺伝カウンセリングは,対話を通じて,提供者及びその家族又は血縁者に正確な情報を提供し,疑問に適切に答え,その者の遺伝性疾患等に関する理解を深め,ヒトゲノム・遺伝子解析研究や遺伝性疾患等をめぐる不安又は悩みに応えることによって,今後の生活に向けて自らの意思で選択し,行動できるよう支援し,又は援助することを目的とする」と明記されている.少なくとも遺伝子解析研究を行う場合は,遺伝カウンセリングを提供する必要がある.それでは,遺伝性網膜・視神経疾患診療における遺伝カウンセリングはどのようなものであろうか.私見ではあるが,遺伝性網膜・視神経疾患診療のなかでは,遺伝子解析研究を行わない場合であっても遺伝カウンセリングを提供するべきだと考えている.国内には臨床遺伝専門医制度委員会があり,一定の研修を受け,専門医認定試験に合格すると臨床遺伝専門医の称号が与えられるが,臨床遺伝専門医を有していなくても眼科医として遺伝カウンセリングを提供することは可能である.遺伝カウンセリングは,遺伝性網膜・視神経疾患を診断するときから始まっているのである.正確な臨床診断を下すことが,遺伝カウンセリングのスタートである.以下が,筆者が考えている遺伝カウンセリングの内容である.①問診(発症時期推定,発症時の症状,進行度,全身合併症の有無,詳細な家族歴),遺伝形式決定②網膜電図を含めた眼科的検査による診断③福祉施策(視覚障害者手帳,難病認定,特別児童扶養手当,障害年金など)の紹介・診断書作成④ロービジョンケア(遮光眼鏡,単眼鏡,拡大鏡など)⑤疾患の視機能予後,子への遺伝などの説明(従来はこれのみが遺伝カウンセリングと考えられていた)⑥国内や海外で実施されている動物実験や臨床研究結果の情報提供⑦遺伝子解析(研究)(LHONなどの診断のために早期に行われる場合がある)遺伝性網膜・視神経疾患診療を実施することがまさに遺伝カウンセリングなのである.筆者が診療している専門外来には多くの遺伝性網膜・視神経疾患の患者が訪れるが,以下の理由で単に次子への遺伝についても,一般的な遺伝カウンセリングの教科書的な知識では対応できない場合が多く特殊性がある.1)網膜色素変性や錐体杆体ジストロフィと診断されても,遺伝形式は決定されない.これは,原因遺伝子が440あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018(22)表2遺伝学的検査(D006.4)対象疾患(2017年C11月現在)常染色体優性遺伝病で決定的な治療法はないが,近年大量飲水に加え,バソプレシンCV2受容体拮抗薬(トルバプタン錠)の登場で腎.胞の増大を抑制する効果が期待されている.発端者は,現在内科で多発性.胞腎に関する遺伝カウンセリングを受けている.遺伝カウンセリングと保険収載について述べる.平成28年診療報酬改定に伴い,遺伝カウンセリングも保険収載(500点)されているが,眼科医にとっては算定条件が厳しい.その条件として,厚生労働大臣が定める施設基準に適合しているものとして地方厚生局長などに届け出た保険医療機関において,区分番号CD006-4(表2)に掲げる疾患遺伝学的検査(3,880点)を実施し,その結果について患者またはその家族に対し遺伝カウンセリングを行った場合に,遺伝カウンセリング加算として,患者C1人につき月C1回に限り,500点を所定点数に加算するとなっている.対象疾患が限られているが,今後は難病認定されている網膜色素変性・黄斑ジストロフィや遺伝性視神経萎縮(LHONを含む)についても遺伝学的検査・遺伝カウンセリングの対象疾患になることを期待したい.CIII社会とのかかわり1.遺伝学的検査遺伝子・生殖細胞系列変異を調べるということは,果たして特殊なことであろうか.インターネットでは,ダイエット対策のための遺伝子検査などと宣伝し,綿棒で口腔粘膜細胞を採取し,それを会社に送るだけで気軽に簡単に遺伝子検査を行うことができるとしている.これは,遺伝子・生殖細胞系列のC1塩基多型・遺伝子多様性(variants)を調べる検査なのである.肥満や高脂血症にかかわる遺伝子多様性を調べ,体質などを評価しているのである.これを行うのに医療機関の受診や遺伝カウンセリングは必要とされない.この是非については述べないが,社会では日常的に遺伝子検査が実施されている現状がある.学術的には,生殖細胞系列変異を調べることを遺伝学的検査とよんでいるが,社会・一般では単に遺伝子検査とよばれることが多い.一方,医療機関においても,診断や治療方針決定のために,遺伝子多様性や遺伝子変異を調べることは当然のように実施されている.具体例をみていこう.1)常染色体劣性遺伝病であるCGaucher病に対して,一般的には酵素補充療法が行われている.近年,エリグルスタット経口薬が発売され使用されつつある.この薬剤は,薬物代謝酵素チトクロームCP4502D6(CYP2D6)で代謝される.CYP2D6遺伝子のタイプによって用法・用量が決定されるため,あらかじめCCYP2D6遺伝子のタイプを確認する必要がある.まさに治療を行うための遺伝学的検査ということになる.2)癌抑制遺伝子であるCBRCA1やCBRCA2遺伝子変異が乳癌や卵巣癌に関連していることが明らかにされている.このような疾患群は遺伝性乳癌卵巣癌症候群(hereditarybreastand/orovariancancersyndrome:HBOC)として知られている.米国女優のCAngelinaJolieのケースでは,自身がCBRCA1の遺伝子変異があり,将来乳癌や卵巣癌を発症する確率が一般女性よりはるかに高いという理由で,両乳房切除術に加え卵巣・卵管切除術を受けた.このニュースに日本でも衝撃が走ったことは記憶に新しい.しかし,BRCA1やCBRCA2遺伝子を調べることは特殊なことであろうか.2017年,BRCA1/BRCA2遺伝子変異陽性の再発卵巣癌患者に対して,ポリCADP-リボースポリメラーゼ(PARP)阻害薬オラパリブの有効性が確認された.治療法の選択にかかわるため,今後は,卵巣癌の患者に対してCBRCA1/BRCA2遺伝子検査を行う必要性が生じている.遺伝性網膜・視神経疾患における生殖細胞系列変異を調べることに関しては,診断目的と研究目的に分けられる.LHON診断のためにミトコンドリア遺伝子変異(G117778A,CT14484C,CG3460A)を調べること自体は診断であって研究ではない.診断されなければCLHONの患者にステロイドパルス治療や血漿交換治療が行われる可能性がある.臨床経過からCLHONの診断はむずかしくない場合が多いかもしれない.一方,LHON以外の遺伝性視神経萎縮の遺伝子診断は容易ではない.筆者らは,遺伝子診断の普及をめざし,日本人で比較的多いCOPA1遺伝子変異による常染色体優性視神経萎縮の効率的な遺伝子診断法を開発した.今後,ミトコンドリア遺伝子変異(7種)とCOPA1遺伝子を一度に解析するシステムを導入し,多数の遺伝子診断の検体を受け442あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018(24)入れる体制が整いつつある.網膜色素変性や錐体杆体ジストロフィの遺伝子解析はどうであろうか.これらの疾患も原因遺伝子変異を特定することは容易でない.また,遺伝子変異が特定されたとしても多くのケースで有効な治療法を提供できるわけではなく,研究目的の遺伝子解析といわざるをえない.しかし,近年状況は変わりつつある.われわれは食事から十分量のビタミンCAを摂取している.ビタミンCAは代謝され網膜色素上皮でC11-cis-レチナールに変換される.しかし,LRATやCRPE65遺伝子に両アレル変異が生じるとC11-cis-レチナールが合成できず,結果として先天黒内障・Leber先天盲が引き起こされる.QLT091001(QLT)(9-cis-retinylCacetate)は,摂取後体内で分解されないC9-cis-レチナールに変換されC11-cis-レチナールの代わりに網膜色素上皮に取り込まれる.そこで,LRATやCRPE65に両アレル変異をもつ患者にQLTを経口投与したところ,視野が改善するケースや機能的CMRI画像で大脳の興奮領域が広がったケースが報告されている14,15).まさに遺伝性網膜疾患の遺伝子診断が治療に結びついたケースである.このような実情について患者と情報を共有することが重要である.診断や治療のために遺伝学的検査を行うことは,研究倫理の範囲外であり必要不可欠な場合がある.BRCA1/BRCA2のケースでは,BRCA1/BRCA2陽性例に対して有効な治療薬があるとすれば,場合によっては,遺伝学的検査を行わなければ命を失うことにもなりかねない.今後の見通しとして,さまざまな疾患で遺伝学的検査を行うハードルは現状より低くなるであろうと予測する.遺伝学的検査と生命保険加入について述べる.現状では生命保険加入の際,遺伝学的検査実施を条件とすることはない.しかし,将来的には,明らかに病気になりやすい遺伝子変異を有していることがわかれば,保険料を高く設定されたり,加入できない事態におちいる可能性も想定されるが,差別や倫理的問題をはらんでおり,解決策をみつけるのは困難であると予想する.C2.利益相反に関して利益相反(con.ictCofCinterest:COI)は,研究倫理や学会・論文発表において無視できない.日本眼科学会では,「利益相反に関する基準」において利益相反について以下のよう述べている.「利益相反(広義)は,狭義の利益相反と責務相反とからなるとされる.狭義の利益相反とは個人または所属組織が第三者組織との関係において得る利益(報酬,利便供与への対価,株式保有等)と研究・活動における責任との間に葛藤・相反している状況をいう.これには個人が得る利益と所属組織における責任との相反(個人としての利益相反)と所属組織が得る利益と所属組織の社会的責任との相反(所属組織としての利益相反)とが含まれる」.COI開示が重要だといわれる理由として,先にも述べた高血圧症治療薬バルサルタンにかかる臨床研究でデータ操作不正が指摘され,社会問題化したからにほかならない.これ以外にも高血圧症治療薬ブロプレスや白血病治療薬タシグナ,Alzheimer病に関する臨床研究などにおいて,誤解を招きかねない広告や企業の不適正な関与,データ改ざんの疑いなどが発覚した事例がある.このような事例では,臨床研究に参加したことにより企業から多額の奨学寄付金が教室内に入り,忖度したことが疑われかねない.2017年C3月,日本疫学会は日本疫学会機関誌『JournalofEpidemiology』のたばこ産業との関係について新しい方針を打ち出した.たばこ産業から資金提供を受けた研究を投稿論文として受理しないことを決定したのである(http://jeaweb.jp/activities/reports/pdf/20170325policy.pdf).また,日本公衆衛生学会の『日本公衆衛生雑誌』の投稿規定においても,研究の経済的支援につき,国内外のたばこ製造にかかる事業者またはその関連団体(喫煙科学研究財団など)から受けているときは,査読の対象とせず,返却するとしている.(http://www.jsph.jp/member/docs/magazine/2017/2/64-2_111.pdf)極端な例もあるが,臨床研究とくに薬剤の効果や機器の評価を行う研究では,COI開示を徹底し管理することが重要である.おわりに遺伝性網膜・視神経疾患の研究倫理,遺伝カウンセリング,社会とのかかわりについて,普段筆者が考えていることや実施してきたことを述べたつもりであるが,一(25)あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018C443InstitutionalReviewBoard(IRB):医薬品医療機器総合機構(PMDA)の記載によれば,IRBは治験審査委員会(もしくは施設内審査委員会ともよばれる場合もある)の略で,主として医薬品や医療機器の承認に関する審査を行う.IRBの設置はCPMDAに届け出なければならない.一方,ResearchCEthicsCCommit-tee/EthicsCCommitteeは,倫理審査委員会の略で主として医師主導型臨床研究の審査を行う.専門性の違いから臨床研究とヒトゲノム・遺伝子解析研究の倫理審査委員会を分けている施設もある.また,IRBの解釈を倫理審査委員会とほぼ同義ととらえる考えもある.ヘルシンキ宣言:世界医師会(WorldCMedicalCAssocia-tion)が提唱している,特定できる人間由来の試料およびデータの研究を含む,人間を対象とする医学研究の倫理的原則について述べた綱領である.英文・和文の医学雑誌の投稿規定に必ず記載されている.’-■用語解説■生殖細胞系列変異:遺伝子変異には,生殖細胞系列変異と体細胞変異のC2種類がある.生殖細胞系列変異は,子孫に伝えられる(遺伝する)変異である.一方,体細胞変異は,癌細胞などに生じる変異などで子孫には伝えられない.一般的に遺伝子変異(単に変異)といえば,生殖細胞系列変異をさす.C

遺伝性網膜疾患の臨床診断

2018年4月30日 月曜日

遺伝性網膜疾患の臨床診断ClinicalDiagnosisofHereditaryRetinalDiseases角田和繁*はじめに近年,分子遺伝学の発展に伴い多くの遺伝性網膜疾患(網膜ジストロフィ)の病態が解明されるとともに,原因遺伝子に対する治療を中心とした多くの臨床治験が世界各国で行われている.網膜ジストロフィの発症に関与する原因遺伝子は現時点で300種類近くがあげられており,将来的な治療を考慮するためには個々の患者の遺伝学的背景を考慮しながら診断をすることが重要である.しかし,それ以前に,その患者の病態が遺伝学的要因によるものなのか,あるいは遺伝学的な関与の低い後天性疾患であるのかの鑑別は,治療方針の決定やカウンセリングのうえでもっとも重要であり,かつ一般の眼科医には困難であることも多い.また,同じ網膜ジストロフィのなかでも,将来的に失明に至る症例や就労に支障をきたす症例もあれば,日常生活にほとんど支障をきたさない症例もあり,そのバリエーションは非常に多い.本稿では,詳細な問診および検査を行うことによって網膜ジストロフィをそのほかの疾患から鑑別し,また患者の病態や予後を把握するために必要な眼科診療の手法について述べる.なお,一般的には脈絡膜変性を主体とする脈絡膜ジストロフィを含めて「網脈絡膜ジストロフィ」という用語を使用することも多いが,本稿では網膜,脈絡膜の疾患を合せて網膜ジストロフィとして呼称する.また,網膜ジストロフィを確実に診断するためには,①正確な問診,②自覚的検査とともに,③網膜イメージング(眼底写真,OCT,自発蛍光眼底など),④電気生理学的検査(ERG,EOGなど),⑤遺伝子検査などが必要不可欠であるが,⑤の遺伝子検査については別項(遺伝子診断)で解説する.I問診1.網膜ジストロフィか,非遺伝性網膜疾患か?網膜ジストロフィとは,機能的および構造的な障害を網膜に生じる進行性の変性疾患であり,通常は遺伝学的な病態を原因とするものをさす.網膜ジストロフィには特徴的な眼底所見を呈する疾患も多いが,網膜ジストロフィと眼底所見が似ているものの,後天的な要因によって発症する非遺伝性網膜疾患も数多く存在する.その代表例が陳旧性のぶどう膜炎,トキソプラズマなどの感染症,網脈絡膜の血流障害,急性帯状潜在性網膜外層症(acutezonaloccultouterretinopathy:AZOOR)関連疾患,癌関連網膜症を含む自己免疫性網膜症などであり,鑑別が必要なのはいずれも急性期を過ぎた陳旧性の状態である.網膜ジストロフィの基本的な特徴は「両眼性に」「ゆっくりと」進行することであり,通常は年単位かそれ以上にゆっくりと進行していく.炎症性疾患や感染症でみられるような急性,亜急性の変化や,片眼のみの発症,光視症の出現などは通常はみられない.ただし,網膜ジストロフィのなかにも左右眼で発症時期や進行の程度に差がみられる症例もあり,判断に迷うケースも存在す*KazushigeTsunoda:東京医療センター・臨床研究センター(感覚器センター)視覚研究部〔別刷請求先〕角田和繁:〒152-8902東京都目黒区東が丘2-5-1東京医療センター・臨床研究センター(感覚器センター)視覚研究部0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(9)427図1家系図の例作成に当たってのルールを図中に赤枠で記入した.3.患者が何を求めているか現時点では,一般的に網膜ジストロフィ患者に対して有効な治療法を提供することはできない.このため問診のときには確定診断に必要な情報を聴取するばかりでなく,患者が医療機関に何を求めているのかをあらかじめ確認しておく必要がある.たとえば,正確な診断名が知りたいのか.視力や視野の将来的な予測が知りたいのか.自分の子供に発症する可能性について知りたいのか.最新の治験情報や研究成果について知りたいのか.遺伝カウンセリングを希望しているのか.読書や歩行を補助する器具や,サポートを提供してくれる機関について知りたいのか.あるいは現在の学校生活,および仕事を続けるにあたって受けられる支援や,患者団体を紹介してほしいなど,それぞれの立場や生活環境によって患者の求める内容はさまざまである.II自覚的検査裸眼視力,矯正視力,視野,色覚などの自覚的検査によって,患者の視機能を評価する.とくに錐体杆体ジストロフィ,黄斑ジストロフィなど羞明が強い患者では,通常の視力表による視力測定に比べて,照明を用いない「字ひとつ視力」が格段に上昇する場合が多い.また,中心視野異常を伴う患者では測定者による測定結果のばらつきも生じやすい.矯正視力測定の結果は身体障害者の等級判定に直結するため,同一の測定方法を用いて,時間的に余裕のある測定を心がけたい.視野検査は,Goldmann動的視野以外にも,Hum-phrey視野をはじめとする自動視野計,マイクロペリメトリーなど,患者の病態や検査の目的に応じて使い分けることができる.ただし,検眼鏡的所見と視野障害部位が必ずしも一致するとはかぎらないため,Goldmann動的視野による全視野検査を一度は確認しておくことが望ましい.III網膜イメージング通常の眼底撮影に加えて,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)および眼底自発蛍光(fundusauto.uorescence:AF)による網膜イメージングは,網膜ジストロフィの診断において欠くことのできない検査法となっている.また,最近では,adaptiveoptics(AO)の技術によって個々の視細胞を可視化するAOイメージングも初期の視細胞病変を評価するうえで有用と考えられている.なお,AFが一般化するまではフオレセイン蛍光眼底造影(.uoresceinangiography:FA)を用いた網膜色素上皮の評価が行われていたが,FAはおもに血管病変の評価法であること,侵襲性があり繰り返しの検査が困難であること,AFに比べて進行度や遺伝学的病態に対する特異性が格段に低いことなどから,現在は網膜ジストロフィの診断にはほとんど用いられていない.ただし,Stargardt病におけるdarkchoroidの確認や,まれに黄斑ジストロフィが脈絡膜新生血管に進展したときの評価法として,FAは現在でも一定の役割を担っている.以下,網膜ジストロフィの診断でとくに重要なOCTおよびAFについて重要なポイントを述べる.1.光干渉断層計通常のOCTでは,後極部における幅9.0.12.0mmの網膜断層像をとらえることができる.遺伝学的病態によって細かい違いはあるものの,網膜ジストロフィの多くは視細胞の変性が主体であり,OCTの診断で重要なのは視細胞層の変化を観察することである.視細胞層の病態は,おもに外顆粒層(outernuclearlayer:ONL),elipsoidzone(EZ),interdigitationzone(IZ),および網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)層を観察して評価する(図2a).このうち,EZは視細胞内節膨大部を,IZは視細胞外節とRPEの接合部をさしており,ともに網膜ジストロフィの初期変化を観察するためにとくに重要である1.3).OCTにおいても,網膜ジストロフィの場合は両眼にほぼ左右対称な異常所見がみられるのが一般的である.また,進行が緩徐であるため,加齢黄斑変性やAZOOR関連疾患などと異なり,正常領域と障害領域の間に明瞭な境界は観察されないことが多い.一般的な視細胞変性ではまずIZが消失する.続いてEZの不明瞭化,分断,消失が生じ,視細胞外節長(EZからRPE上端までの距離)が短くなる(図2b~d).さ(11)あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018429abcde図2光干渉断層計による網膜ジストロフィの診断a:正常網膜のOCT所見(CirrusHD-OCT,version6.5,CarlZeissMeditec,Dublin,CA).①神経線維層,②神経節細胞層,③内網状層,④内顆粒層,⑤外網状層,⑥外顆粒層,⑦外境界膜,⑧ellipsoidzone(EZ),⑨interdigitationzone(IZ),⑩網膜色素上皮層,⑪脈絡膜.正確な診断のためには,グレースケールでの表示,十分な光量,網膜面が水平(レーザー光軸に対して垂直)であることが重要である.網膜ジストロフィの異常所見は,とくに⑧⑨⑩(*マーク)に現れる.b:網膜色素変性症(41歳,男性).定型的網膜色素変性.本症例では中心視野が10°まで狭窄している.矯正視力は1.2.眼底所見はA-A’間でほぼ正常であるが,OCTで観察すると中心窩付近(B-B’間)を除いて視細胞層は消失している.c:Stargardt病(14歳,女性).常染色体劣性遺伝の黄斑ジストロフィ.網膜変性が後極全体に広がったStargardt病の重症型.視細胞層はA-A’間の広範囲で萎縮しており,ところどころ網膜色素上皮が萎縮し,Bruch膜の露出が観察される(*).d:オカルト黄斑ジストロフィ(43歳,女性).常染色体優性遺伝の黄斑ジストロフィ.本症例のようにRP1L1遺伝子変異によって発症した症例はとくに「三宅病」とよばれる.矢印間でEZが不明瞭化し,IZは消失している.RPEは正常に保たれている.e:コロイデレミア(45歳,男性).X染色体劣性遺伝の脈絡膜ジストロフィ.眼底写真では黄斑部において萎縮の回避された領域が星形に観察される.OCTでは網脈絡変性領域において著明な視細胞萎縮および脈絡膜萎縮が観察できる(*).ら視細胞変性が進行すると,ONLおよびRPEが菲薄化する.RPEが極端に菲薄化すると,通常は観察できないBruch膜が検出できる.また,コロイデレミアやクリスタリン網膜症などに代表される脈絡膜ジストロフィでは,とくに脈絡膜毛細血管板の萎縮が著明である(図2e).視細胞層の萎縮領域は患者の自覚的な視野異常に対応するため,OCTを用いて網膜ジストロフィの進行を経時的に把握することができる.とくに重要なのが,視力に直結する中心窩視細胞構造の観察である.中心小窩を含めたラインスキャンでEZやIZを観察することにより,患者の視力予後をある程度推定することができる.網膜ジストロフィをOCTを用いて診断するにあたり,いくつか注意すべき点がある.まず,網膜各層の構造を明瞭に区別するためにはボリュームスキャンではなく,各機種の最高解像度が得られるラインスキャンを用いる.その際,視力との関係を把握するため,スキャン領域に必ず中心小窩が含まれるように計測する.また,ラインスキャンの際には必ずグレースケール表示を用いる.疑似カラー表示は層別の診断が困難になるため使用しない.また,網膜外層の一部では,細胞の層構造が正常であってもOCTで描出されない「falsenegative」の所見が出やすいため注意が必要である.とくに問題となるのは,光量不足と網膜面の傾きである.白内障や網膜浮腫などによって網膜外層に到達する光量が十分でないと,IZのような微細な視細胞構造は描出されなくなる.また,OCTの干渉信号は入射角による影響を受けるため,光軸と網膜面が垂直でないと信号は減衰する.IZはとくにこの影響を受けやすく,レーザー光が網膜面に垂直に当たらず網膜面が水平から傾いている場合には,健常者でもIZが消失してみえることを知っておくべきである.2.眼底自発蛍光AF撮影では,おもに青色光を網膜に照射して網膜色素上皮を中心とした網膜機能を評価する.視物質の代謝過程で生じる脂質代謝産物であるリポフスチンの分布や量を,自発蛍光の輝度変化としてとらえるのがAFの原理である.造影剤を用いないため繰り返し計測が可能で,病期の進行を的確に判断することができる.また,症例によっては遺伝学的病態も推測できることから,網膜ジストロフィの診断においてはフルオレセイン蛍光眼底造影にとって代わられたといってよい.測定方法は,走査型レーザー検眼鏡(scanninglaserophthalmo-scope:SLO)型,眼底カメラ型に大別される.SLO型のAFは,より高感度,高コントラストの画像が得られ,水晶体におけるキサントフィルの影響を受けにくいため,世界的に広く用いられている.本稿では488nm付近の励起光を用いたSLO型(HRA2,HeidelbergEngineering)のAF画像を紹介する.正常者では,眼底後極部全体にムラの少ない均一な発色がみられる(図3a).一方,リポフスチンの存在しない網膜血管および視神経乳頭は蛍光がないため黒く描出される.また,中心窩はキサントフィルによって青色光が吸収されるため,正常者でも円形に暗く描出される.自発蛍光の輝度は,加齢や病変によるリポフスチンの増減と,自発蛍光をブロックする物質や病変(網膜出血,硬性白斑など)の有無によって決定される.一般に,網膜色素上皮の障害によってリポフスチンが過剰に蓄積されると自発蛍光の輝度が上がるが,さらに病期が進行して網膜色素上皮の活動性が極端に低下すると,萎縮によって自発蛍光が減少し,最終的には消失する.すなわち,網膜色素上皮障害の初期には過蛍光を呈し,末期になると低蛍光を呈するという原則が成り立つ.網膜ジストロフィの場合は,眼底所見と同様にAFにおいても両眼にほぼ左右対称な異常所見がみられるのが一般的である.また,緩徐な進行に伴い,網膜障害部位と健常部位の境界に一致して輪状.弓状の過蛍光バンドがみられることが多い(図3b,d).左右で明らかに自発蛍光のパターンが異なっている場合や,網膜上に不均一,あるいは不規則な蛍光の分布がみられる場合は,自己免疫網膜症やAZOOR関連疾患などの後天性疾患も疑うべきである.網膜ジストロフィの診断においてAFを用いるおもな目的は,異常の有無の判別(スクリーニング),病巣の空間的広がりの把握,および進行程度の評価などである(図3b~d).なかにはStargardt病やBest病などのように,AFが確定診断に重要な働きをもつ疾患も存在す(13)あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018431abcd(47歳時)(50歳時)図3眼底自発蛍光による網膜ジストロフィの診断a:健常者のCAF所見(25歳,女性).眼底後極部全体にムラの少ない均一な発色がみられるが,リポフスチンの存在しない網膜血管および視神経乳頭は黒く描出される.中心窩はキサントフィルによって青色光が吸収されるため,健常者でも円形に暗く描出される.Cb:錐体ジストロフィ(60歳,男性).標的黄斑症(Bull’seyemaculopathy)を呈する錐体ジストロフィで,黄斑部に輪状の萎縮変性病変がみられる.AFでは黄斑部の輪状変性部が輪状の低蛍光領域として観察され,さらに黄斑周囲には輪状の過蛍光所見がみられる.Cc:定型的網膜色素変性(28歳,女性).周辺網膜に強い変性,萎縮がみられ,変性は黄斑部にも及んでいる.AFでは,萎縮部位に一致した蛍光消失領域が周辺部に散在している.黄斑部は過蛍光を示し,その周囲を低蛍光領域が取り囲んでいる.Cd:黄斑ジストロフィ(50歳,女性).47歳時とC50歳時のCAF所見の比較.AFを用いると,中心窩に隣接したCRPEの萎縮部(蛍光消失領域,)が経過観察中に拡大していることが明瞭に観察される.abGUCY2DPRPH2PRGREYSCRB1RP2deUSH2AコロイデレミアCHM図4さまざまな網膜ジストロフィにおけるAF画像と原因遺伝子との対応関係a:黄斑ジストロフィ.b:錐体杆体ジストロフィ.c:網膜色素変性.d:Usher症候群.Ce:脈絡膜ジストロフィ.Stargardt病ABCA4Best病BEST1X染色体劣性網膜分離症RS1三宅病RP1L1クリスタリン網膜症CYP4V2杆体反応(DA0.01)杆体錐体混合反応(DA10.0)錐体反応(LA3.0)30Hzフリッカー反応(LA30Hz)abde100μV100μV50μV50μV20ms10ms10ms10ms図5全視野網膜電図(ERG)による多様な網膜疾患の診断・分類DA(dark-adapted)は暗順応下の計測を,LA(light-adapted)は明順応下の計測を示す.Ca:健常者.Cb:網膜色素変性症.杆体反応,錐体反応がともに消失している.初期には錐体反応の減弱は軽度である.c:錐体ジストロフィ.錐体反応が選択的に消失している.Cd:X染色体劣性網膜分離症.全体的に反応が低下し,DA10.0ではCb波がCa波より小さい陰性波形がみられる.Ce:オカルト黄斑ジストロフィ.網膜障害が黄斑部に限局するため,全視野CERGの所見は健常者のものと変わらない.a右眼の瞳孔を中心に合わせてくださいスキップ検査開始bDark-adapted0.01Dark-adapted3.0Dark-adapted10.0Light-adapted3.0Light-adapted3.0Flicker図6皮膚電極を用いた簡易型ERGa:測定の様子および測定中の画面表示.測定中に患者が閉瞼することがあり,常にモニター画面を確認する必要がある.b:健常者の波形.左上からCdark-adapted(DA)0.01(杆体反応).DA3.0(standard.ashによる杆体錐体混合反応).DA10.0(strong.ashによる杆体錐体混合反応).Light-adapted(LA)3.0(錐体反応).LA3.030CHz.icker(錐体フリッカー反応)を示す.角膜電極に比べて非接触という利点はあるが,ノイズの少ない安定した波形を得ることは通常の角膜電極に比べると困難である.

遺伝性網膜変性疾患をめぐる歴史

2018年4月30日 月曜日

遺伝性網膜変性疾患をめぐる歴史HistoryofResearchinHereditaryRetinalDegeneration中澤満*はじめに本稿では「遺伝性網膜変性疾患の歴史」をC170年前の過去からC2018年の現在に至るまでの流れで解説する.その中にいくつかの時代のターニングポイントがあることがわかるはずである.検眼鏡の発見,網膜色素変性の発見,ポリメラーゼ連鎖反応(polymeraseCchainCreac-tion:PCR)法の発明,ロドプシン遺伝子変異の発見,細胞死の分子機構,ゲノム編集の発明などが遺伝性網膜変性の研究や臨床に大きくかかわっている.これらの中には必ずしも当初は網膜疾患への応用を企図したものではなかったものもあるが,それを巧みに応用して眼科学の進歩に結びつけた多くの研究者や臨床医の努力の成果をみてとることができる.さらに,これらの歴史をふまえたうえで将来の遺伝性網膜変性の医療が展望できるのではないかと筆者は考えている.CI黎明期遺伝性網膜変性にかぎらず,網膜疾患が次第に理解されるようになったのには,1851年にCHelmholtzが検眼鏡を発明したことが大きく貢献している.それはあたかもC21世紀の現代眼科学において光干渉断層計が利用されるようになったことで黄斑疾患の理解が飛躍的に深まったのと同じ程度のインパクトで,当時の主としてヨーロッパの眼科医に眼底検査が爆発的に普及したのではないかと想像される.それまで摘出眼球でしか見ることができなかったヒトの眼底所見が生体で観察できるようになったのは画期的な進歩であったろうと思われる.その後,遺伝性網膜変性疾患の代表である網膜色素変性という疾患が初めて文献上に登場するのはC1855年のオランダのCDonders(図1)の論文であるとされ,彼は「遺伝性先天性網膜麻痺(原文はフランス語で文献C1の表題となっている)」との記載を残している1).さらにC1857年には「網膜の慢性炎症(ドイツ語では“einerchronisch-enCEntundungCderCNetzhaut”)」との見解を述べている2).引き続き翌C1858年にはドイツのCVonCGraefe(図2)によって「網膜色素変性(ドイツ語では“Pigmenten-tartungderNetzhaut”)」という名称によりこの病気が記載されている3).これらの先人の記述により網膜色素変性が“retinitisCpigmentosa(RP)”というラテン語の名称でよばれるようになったことは想像にかたくない.疾患の存在が明らかになるとそれに連動してさまざまな臨床的観察が行われ,この病気が家族性に発症する傾向があることや,遺伝形式にもCMendelの常染色体優性,同劣性に加えてCX染色体遺伝などの各種の様式がみられることも徐々に明らかにされてきた.CII前遺伝子時代の病態研究病気の存在が知られると,医学の歩みはその病気の原因や病態を理解し,さらにそれらの知見をもとに治療法を考案しようする方向へと向かうことは歴史の必然といえる.現在に至るもまだ網膜色素変性やその他の遺伝性網膜変性疾患に対して有効な治療法はないと一般にいわ*MitsuruNakazawa:弘前大学大学院医学研究科眼科学講座〔別刷請求先〕中澤満:〒036-8562青森県弘前市在府町5弘前大学大学院医学研究科眼科学講座0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(3)C421図1FrancisusDonders(1818.1889)図2AlbrechtVonGraefe(1828.1870)図3小柳美三(1880.1954)オランダの眼科学者ドイツの眼科学者(Wikipediaより)東北帝国大学眼科初代教授(Wikipediaより)(東北大学眼科学教室ホームページより)をC1968年に東北大学眼科にて受けた患者の術後経過観察を現在も行っているが,その効果はまったく不明である.Duke-Elderの教科書によればこれらの治療法は少しでも効果的な治療法の開発を切望する患者らと,新規治療開発に熱心に取り組んだ眼科医らによって支持されてきたとのことである.また,治療後には一時的な網膜代謝の改善効果に加えて,恐らくいわゆるプラセーボ効果も加わった可能性があり,自覚的な症状改善がみられたこともあったといわれるが,科学的に厳密な検証は行われることなく現在に至っている.このようにここまで述べた種々の治療法の概要をみてみると,いずれもが網膜色素変性の病因ないし病態に網膜や脈絡膜の循環障害が少なからずかかわっているのではないかという種々の学説に基づくものであることが想像される.そして,その流れは現代眼科診療においても,網膜色素変性に対する循環改善薬の投与として一部に引き続き応用されている.一方で薬物療法において特異な位置を占めると考えられるのがヘレニエン(アダプチノールCR)である.この物質はマリーゴールドの花弁から抽出されたカロテノイドで,網膜内でキサントフィルに変換されて作用すると考えられる.抽出物であるので化学的にCD-体とCL-体の両者を含むラセミ体となっており,生体内で働くのはL-体である.この物質は化学的にルテインとよばれてサプリメントして広く一般に利用されている物質と同一である.日本ではC1950年代後半に盛んにその効果が研究され10),網膜色素変性には保険適用となっている.米国でもルテインの効果は網膜色素変性の進行を限定的にではあるがわずかに抑制するという報告もある11).CIII遺伝子時代の病態研究1.遺伝子レベルでの病因解明,遺伝子診断1980年代までは遺伝性網膜変性疾患のうち原因が判明したのは,オルニチンアミノトランスフェラーゼの欠損による脳回状脈絡網膜萎縮症のみであった12).それまでの生化学的手法に対して,1970年代から急速に分子生物学的手法が発展するとともに,遺伝子のレベルで生物現象を解析できるようになってきた.とくにC1985年に発明されたCPCR法13)がC1988年にイエローストーンの温泉中に生息する細菌から分離した耐熱性CDNAポリメラーゼ(taqCDNACpolymerase)を使用したプロトコールに発展するや,誰でも手軽に目的とする既知の遺伝子CDNA断片を増幅することができるようになった14).これにより,種々の遺伝性疾患の遺伝子解析が世界中で爆発的に行われようになり,次々と遺伝性疾患の原因遺伝子変異が明らかにされた.その功績により,PCR法の考案者CMullisはC1993年にノーベル化学賞を受賞している.眼科領域では,1980年代までに蓄積された網膜色素変性の大家系での連鎖解析による原因遺伝子座のマッピングデータを参考にして,1990年に常染色体優性網膜色素変性の一部の家系でロドプシン(RHO)遺伝子変異がCDryjaらのグループによって発見された15).これを発端として,1990年代にはそれまで知られていた網膜変性モデル動物でのデータなどを参考に原因遺伝子を恣意的にあらかじめ想定して遺伝子診断を行う候補遺伝子検索という解析法で,ペリフェリンC2(PRPH2)遺伝子変異(常染色体優性網膜変性),ホスホジエステラーゼCb-サブユニット(PDE6B)遺伝子変異(常染色体劣性網膜色素変性)などを筆頭としてさまざまな種類の原因遺伝子変異が報告され,網膜色素変性だけでC60種類以上の原因遺伝子が明らかになった.また,1990年代には網膜色素変性のみならず,コロイデレミア(CHM),錐体杆体ジストロフィ(PRPH2など多数),Stargardt病(ABCA4),小口病(SAG,注記:アレスチン遺伝子,アレスチンは以前,網膜CS抗原と称されたためこの略語となっている),白点状眼底(RDH5),若年網膜分離症(RS1),クリスタリン網膜症(CYP4V2)などさまざまな遺伝性網膜変性疾患の原因遺伝子変異が明らかにされた.これらはすべて候補遺伝子検索の成果である.しかし,候補遺伝子検索では既知の遺伝子やタンパク質を手がかりに原因遺伝子を探すことになるため,おのずと情報量に限界があった.しかし,2000年代後半以降は次世代シークエンサーが開発され,ゲノム解読の速度が飛躍的に速まり,遺伝子診断もエクソーム解析や全ゲノム解析が可能となったため,既知の遺伝子のみの情報に頼る必要がなくなり,虚心坦懐にしかも網羅的に未知の遺伝子をも含めた異常(5)あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018C423部位が少なくとも理論的には検索できるようになった.日本では京都大学のCOishiらによって日本人の網膜色素変性患者での原因遺伝子の網羅的な検索も行われ,常染色体劣性網膜色素変性ではCEYS遺伝子変異(28.9%)とRP1L1遺伝子変異(9.1%),常染色体優性網膜色素変性ではCRHO遺伝子変異(5.8%)とCPRPH2遺伝子変異(3.3%)がそれぞれのタイプにおける頻度別の上位C2位まであることが報告されている16).C2.分子病態と視細胞死網膜色素変性に限ってみると,原因遺伝子と考えられるものがすでにC60種類以上明らかにされており,その遺伝的異質性がかなり明確になってきている.それに伴って,網膜色素変性の主病変は杆体視細胞の原発性変性であることが明らかになっている.さらに錐体視細胞に関しては遺伝子変異によって原発性に変性をきたすものや,杆体の変性に伴って続発性に変性すると考えられるものがあることもわかってきた.杆体変性の分子機構も徐々に判明しつつあるが,基本的には遺伝子変異によって視細胞内にいくつかの機序で細胞内代謝異常が生じて,細胞がもはや耐えられなくなったときに細胞死の経路が活性化されて視細胞が死を迎えることになると考えられている.遺伝子変異の結果として,ある重要な機能を担うタンパク質の欠損が起きたり(ハプロ不全),また異常な変異タンパク質(ペプチド)が合成され,その異常ペプチドの細胞内蓄積による細胞へのストレス(小胞体ストレス)が細胞死の引き金を引くことがある(ドミナントネガティブ)ことも知られてきている.細胞死のメカニズムにもアポトーシス,ネクローシス,ネクロプトーシス,オートファジーなどの用語に代表される種々の代謝経路が判明しており,ひとたび細胞内に異常が起こり,細胞がもうそれ以上耐えられなくなって細胞死を発動しなければならない状況になれば,細胞にはさまざまな方法で死を迎えられるようにあらかじめ代謝経路が仕組まれているともいえる.どの遺伝子変異でどの細胞死経路が選択されやすくなるかについてもきわめて多彩であると考えられる17,18).したがって,視細胞保護療法を目的として単一の視細胞死反応経路を阻害しても,それに代わる別の反応経路が活性化されて結局細胞死が実行されてしまうことになるのではないかとも想像される.2000年以降,視細胞保護療法(薬物療法)の考え方が遺伝性網膜変性の治療法開発のひとつの柱となっているが,なかなか有効な治療法がみつからないのは,原因遺伝子異常の多様性に加えて,視細胞死分子機構の多様性が掛け合わされているからであるとも考えられる.分子機構からみた場合,網膜色素変性の患者集団を単一疾患のコホートとは考えられないという事実が治療研究をむずかしくしていることが判明してきた.個別化医療という概念が生まれてきた理由でもある.今後の薬物治療に関しても原因遺伝子別の薬物効果判定を行い,そのデータと患者の個別の遺伝子変異に基づいた薬物治療選択が行えるような方向性が望ましいのではないかと考えられる.CIV遺伝子時代の治療研究1.遺伝子治療(遺伝子補充療法)遺伝性疾患の原因が遺伝子レベルで解明されてくると,原因となる変異遺伝子に代わって健常遺伝子を薬物のように細胞内に導入することで根本的に疾患を治療する方法が少なくとも理論上は可能となった.目的とする遺伝子をアデノ随伴ウイルスなどのベクターとよばれる遺伝子の運び屋に組み込んで目的とする細胞へ,さらには遺伝子へ感染させるという方法である.この方法では遺伝子変異のために当該タンパク質の欠損(ハプロ不全)が起こり,そのために病気が発症する常染色体劣性遺伝病に効果があると考えられる.遺伝性網膜変性でもっとも早く遺伝子治療が実行されたのは,RPE65遺伝子変異による常染色体劣性網膜色素変性もしくはCLeber先天盲(若年発症網膜色素変性)である19.21).RPE65変異イヌを用いた研究では変性が始まる前の幼犬の時期にCRPE65遺伝子補充を行えば進行をある程度食い止められるが,変性進行期の成犬への治療では進行はもはや食い止められないとの報告22)や,ヒトでの治療後の臨床経過では,遺伝子導入後C1,2年は視機能の改善がみられたが,その後に視機能の低下をきたす23)など,その効果に関してはさらなる検討が必要であると思われる.RPE65遺伝子に引き続いて424あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018(6)Mertk遺伝子変異による網膜色素変性への遺伝子治療も2016年に開始されている24).また,原因遺伝子には関係なく視細胞保護療法の一環として,神経栄養因子であるCPEDF(網膜色素上皮由来因子)遺伝子を網膜色素上皮に導入して視細胞を保護することを目的とした遺伝子治療25)が九州大学で行われているほか,チャネルロドプシンやロドプシン遺伝子を網膜神経節細胞や双極細胞に導入してこれらの細胞を視細胞化させて治療する試み(オプトジェネティクス)も実現へ向けて進行している26).C2.ゲノム編集の新時代2012年にCDoudnaらのグループ27)が報告したCCRIS-PR/Cas9(ClusteredCregularlyCinterspacedCshortCpalin-dromicCrepeats/CRISPRCassociatedCproteinC9)システムによるゲノム編集技術は生物のゲノムCDNAの中のある任意の塩基配列を自在に削除できる方法であり,そして削除された部位には,細胞が本来もっている遺伝子修復機能(inCvivoCrecombination)を利用して目的とするDNAを挿入することを可能とした.これにより,異常な塩基配列部位を正常塩基配列に修復できるというきわめて理想的な遺伝子治療が実現する可能性が高まった.この方法を用いることで,遺伝子補充療法でも治療不可能であった常染色体優性遺伝病やCX染色体連鎖性遺伝病の根本的な治療が可能となるのではと期待されている.そして,網膜変性モデル動物においてはすでにその効果が報告されている28,29).本治療法は,遺伝子を目的とする部分で切断するCCRISPR/Cas9システムと切断された部分に新たに挿入したいCDNA断片とを視細胞や胚細胞に導入して細胞内で遺伝子の修復をさせる治療であるが,現在のところ遺伝子が目的通り修復される効率がたかだかC30%程度であることと,導入CDNA断片が予定外の部分に挿入されてしまう確率がまだ無視できないほど高いことが示されている28,29).この理由などにより,ヒト胚細胞での研究は禁止されてはいるものの,網膜下への遺伝子注入によって視細胞レベルでC30%程度の修復効率であれば,ロドプシンCS334terトランスジェニックラットにおいては視機能改善効果はある程度みられるようである28).おわりに1855年の網膜色素変性の発見から原因遺伝子のひとつであるロドプシン遺伝子変異の発見までC135年が経過し,さらにCPCR法を利用したC1990年のロドプシン遺伝子変異の発見から今年でC28年が経過している.このC28年の間にわれわれは遺伝性網膜変性の原因遺伝子変異の多様性について理解してきたが,ゲノム編集という新たな方法論をも知ることとなった.このことは原因遺伝子変異さえ個別に診断できれば,少なくとも理論的にはその遺伝子変異をゲノム編集によって体細胞レベルでも修復できる可能性をもてるようになったということでもある.これまでの歴史をふまえて,これに薬物治療の方向性を加味して将来を展望すると,個別化医療が進み,患者個人の原因遺伝子変異に基づいた適切な薬物治療の選択や,さらにはゲノム編集を利用した根本的な遺伝子治療などが臨床に応用されるような方向性がみえてくる.それに今回は触れなかったが,再生医療と人工網膜による視覚再建の手法も基礎研究から臨床応用へと着実な進展をみせており,これらの成果を結集することにより総合的に治療研究が発展することが期待される.文献1)DondersFC:Torpeurdelaretinecongenitaleehereditai-rie.AnnOcul(Paris)C34:270-273,C18552)DondersCFC:BeitrageCzurCpathologischenCAnatomieCdesCAuges.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC3:139-165,C18573)VonCGraefe:ExceptionellesCVerhaltenCdesCGesichtsfeldesCbeiCPigmententartungCderCNetzhaut.CGraefesCArchCClinCExpOphthalmol4:250-254,C18584)FriedenwaldCJS,CChanCE:PathogenesisCofCretinitisCpig-mentosa:WithCaCnoteConCtheCphagocyticCactivityCofCMul-ler’s.bers.ArchOphthalmolC8:173-181,C19325)KoyanagiY:FragestellunguberdiePathogenesederPig-mentdegenerationCderCNetzhaut.CGraefe’sCArchCClinCExpCOphthalmol127:1-26,C19316)FolkCML:ParacentesisCandCatropineCinCtheCtreatmentCofCopticandretinalatropies.AmJOphthalmolC20:511-516,C19377)deTakatsG,Gi.ordSR:Cervicalsympathectomyinreti-nitispigmentosa.ArchOphthalmol14:441-452,C19358)CaeiroJA:Resultsofstellectomyinthetreatmentofpig-mentaryretinitis.ArchOphthalmolC19:378-393,C1938(7)あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018C425–

序説:網膜変性診療の未来予想図

2018年4月30日 月曜日

網膜変性診療の未来予想図ScopeofPracticeinRetinalDegeneration近藤寛之*近藤峰生**網膜変性は視細胞に変性を起こし,視機能障害を生じる疾患の総称である.その原因はさまざまであるが,ぶどう膜炎や網膜.離に伴う続発性疾患を除くと,多くは遺伝性疾患である.網膜変性の代表的疾患である網膜色素変性を例にあげると,発症率は4,000人に1人程度で,杆体細胞優位の視細胞変性を起こし,夜盲や視野狭窄を主症状とする.典型的な眼底所見は,骨小体様色素沈着を伴う周辺網膜の萎縮である.このような典型的な網膜色素変性をはじめとするさまざまな網膜変性を起こす遺伝子は100種類以上存在すると想定されている.遺伝形式も常染色体優性遺伝や常染色体劣性遺伝,X染色体劣性遺伝などきわめて多様である.さらに網膜変性には錐体優位の障害により視力低下や羞明といった症状を示すタイプもあるが,網膜色素変性でも同様の症状を伴うこともあり,さまざまな網膜変性を正確に診断して,その原因を究明するのは決して容易なことではない.遺伝性の網膜変性疾患の歴史を振り返ってみると,眼底鏡による診断,網膜色素変性の発見といった臨床像の確立に加えて,ポリメラーゼ連鎖増幅(PCR)法の発明,ロドプシン遺伝子変異の発見など,エポックメーキングな発明・発見が遺伝性網膜変性の研究を大きく押し進めた背景がある(中澤満先生ご執筆「遺伝性網膜変性疾患をめぐる歴史」).今日,網膜変性の診断は臨床診断技術の向上や遺伝子診断で大きな変貌をとげている.光干渉断層像,眼底自発蛍光,網膜電図といった網膜の画像・機能解析装置は遺伝性の網膜変性疾患の診断に必須のものとなり,患者の病態や予後を把握するためにますます重要なものとなっている(角田和繁先生ご執筆「遺伝性網膜疾患の臨床診断」).さらに遺伝子診断は,原因の解明や適切な遺伝カウンセリングにとどまらず,遺伝子治療など原因に基づく新時代の治療のために重要な情報を提供する.遺伝子診断などの遺伝学的検査は,次世代シークエンサーの登場や全ゲノム規模でのDNA多型や疾患データベースの構築といったゲノム医学の進歩により,診断率も大いに向上している(宮道大督先生・堀田喜裕先生ご執筆「網膜変性の遺伝子診断」).しかし,遺伝情報は究極の個人情報であり,その取り扱いには倫理面での配慮が不可欠である.遺伝子診断には研究としての側面もあり,実施にあたっては遺伝カウンセリングといった患者への配慮だけでなく,遺伝子解析研究倫理や利益相反の開示など研究を推進するうえでのルールも厳格化されている(林孝彰先生ご執筆「研究倫理と遺伝カウンセリング,社会とのかかわり」).*HiroyukiKondo:産業医科大学医学部眼科学教室**MineoKondo:三重大学医学部眼科学教室0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(1)419

美容用ヒアルロン酸注入剤を使用した兎眼矯正術

2018年3月31日 土曜日

《原著》あたらしい眼科35(3):410.413,2018c美容用ヒアルロン酸注入剤を使用した兎眼矯正術河村真美*1鹿嶋友敬*1,2,3*1新前橋かしま眼科形成外科クリニック*2群馬大学医学部眼科学教室*3帝京大学医学部眼科学教室CTreatmentforLagophthalmosUsingHyaluronicAcidGelforDermalFillerMamiKawamura1)andTomoyukiKashima1,2,3)1)SinmaebashiKashimaOculoplasticClinic,2)DepartmentofOphthalmology,GunmaUniversityGraduateSchoolofMedicine,3)DepartmentofOphthalmology,TeikyoUniversitySchoolofMedicine緒言:眼瞼の組織が拘縮すると,兎眼が発生する.組織拘縮の治療は,拘縮の方向を解除する,または体積を補うことである.体積の補充手術であれば,他の組織や人工物を挿入することとなるが,ヒアルロン酸注入剤を使用すると容易に体積を補うことができる.今回ヒアルロン酸注入剤を使用した兎眼矯正術を行ったので報告する.症例:ヒアルロン酸注入を行ったC3例C3眼瞼.症例C1はC76歳,男性,顔面熱傷後に下眼瞼外反症を認め,兎眼による眼痛の訴えがあった.下眼瞼皮下へヒアルロン酸注入を施行し,外反症および眼痛が改善した.症例C2,3はC64歳,女性とC83歳,女性,両者とも上眼瞼脂腺癌切除および再建後に上眼瞼後退と角膜上皮障害を認めた.眼瞼挙筋へヒアルロン酸注入を施行し,眼瞼後退,角膜障害および自覚症状の改善が得られた.考察:兎眼の矯正にヒアルロン酸を使用することで,短時間に眼表面の状態を改善することができた.CIntroduction:Contractureofeyelidtissuescauseslagophthalmos.Standardtreatmentforcontractureissurgi-calCintervention,CsuchCasCreleasingCcontractureCinConeCdirectionCorCexpandingCtheCvolumeCusingCautologousCtrans-plantationCorCimplantationCofCarti.cialCmaterial.CHowever,CinjectionsCofChyaluronicCacidCgelCcanCexpandCtheCvolumeCnonsurgically.CHerein,CweCreportConCtreatmentCofClagophthalmosCwithChyaluronicCacidCgel.CCasereport:Threepatients(3eyelids)withlagophthalmosweretreatedwithinjectionsofhyaluronicacidgel.Case1:A76-year-oldmalewithahistoryofthermalburnswithscarringoftheentirefacewasreferredforcicatriciallowereyelidectro-pionandocularpain.Afterhyaluronicacidgelinjectioninthelowereyelid,symptomswerereducedwithcorrec-tionCofCectropionCandClagophthalmos.CCasesC2CandC3:64-year-oldCandC83-year-oldCfemalesCwithChistoryCofCseba-ceousCcarcinomaCtreatedCwithCexcisionCandCreconstructiveCsurgeryCwereCreferredCforCupperCeyelidCretractionCandCexposureCkeratopathy.CAfterCgelCinjectionCinCtheCupperCeyelid,CthereCwereCimprovementsCinCeyelidCretractionCandCexposurekeratopathy.Conclusion:Treatmentoflagophthalmoswithhyaluronicacidgelcanbee.ective,andcanimproveocularcomfortnonsurgically.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)35(3):410.413,C2018〕Keywords:ヒアルロン酸注入剤,兎眼症,外反症,眼瞼後退,低侵襲.hyaluronicacidgel,lagophthalmos,cica-tricialectropion,eyelidretraction,nonsurgicaltreatment.Cはじめに外傷や手術により眼瞼組織が拘縮すると,形態や機能が損なわれ,兎眼が発生する.組織拘縮の治療は,拘縮の方向を解除する,または体積を補うことである1,2).体積を補う方法として,真皮脂肪3)などの自家組織を移植する,またはCgoldCplate4)などの人工物を挿入するといった手術が必要となるが,ヒアルロン酸注入剤を用いると容易に体積を補うことができるとされている5.9).今回,美容用ヒアルロン酸注入剤を使用した兎眼矯正術を行ったので報告する.CI症例同一術者(TK)によってヒアルロン酸注入を施行したC3例3眼瞼.麻酔は外用局所麻酔薬リドカイン・プロピトカイン配合剤クリーム(エムラクリームR)および,オキシブプロ〔別刷請求先〕河村真美:〒371-0844群馬県前橋市古市町C180-1新前橋かしま眼科形成外科クリニックReprintrequests:MamiKawamura,M.D.,SinmaebashiKashimaOculoplasticClinic,180-1Huruichimachi,Maebashi,Gunma371-0844,JAPAN410(128)図1顔面熱傷後,下眼瞼外反症(症例1)左上(術前):両下眼瞼外反症を認め,左眼は下方強膜が露出している.右上(術前):閉瞼時,兎眼を認める.左下(術直後):左下眼瞼外反症は改善されている.右下(術直後):閉瞼時,兎眼は消失している.図2左上眼瞼脂腺癌術後の眼瞼後退(症例2)上(術前):左上眼瞼後退を認める.中(術後C2カ月):左上眼瞼後退は改善している.上眼瞼皮膚のボリュームが増している.左下(術後C9カ月):治療効果は持続している.右下(術後C9カ月):閉瞼時,兎眼は消失している.カイン塩酸塩液(ベノキシール点眼液C0.4%CR)を使用した.ヒアルロン酸注入剤はレスチレンリドR(ガルデルマ社,日本)を使用した.29CG針を用い,逆行性に線状かつ扇状に注入した.これを繰り返し,ヒアルロン酸が格子状になるようにC1Cml注入した.〔症例1〕76歳,男性.生下直後に顔面に熱傷を受傷した.加齢とともに左のみ乾燥と眼痛を伴うようになり紹介受診となった.初診時に左優位の両下眼瞼外反症および左兎眼を認めた.左下眼瞼の眼輪筋前後面へヒアルロン酸注入剤C1Cmlを注入した.注入直後より外反症は改善し,閉瞼可能となった(図1).注入後C3カ月,再発は認めていない.〔症例2〕64歳,女性.59歳時に左上眼瞼脂腺癌切除および再建術を行った.手術後,左上眼瞼後退と兎眼に伴う角膜びらんを発症した.このため角膜びらんに対し治療用コンタクトレンズを装用していたが,突然重度のアレルギー性結膜炎を発症しコンタクト図3症例2の角膜所見点線:瞳孔領.上(術前):角膜全面に点状表層性角膜炎を認める.VS=(0.1)下(術後C2カ月):瞳孔領を中心に点状表層性角膜炎は改善している.VS=(0.8)レンズ装用困難となったため中止したところ,角膜障害により視力はCVS=(0.1)と低下した.ヒアルロン酸注入剤C1Cmlを経皮および経結膜で挙筋腱膜とCMuller筋周囲を拡張させるように充.したところ,左上眼瞼後退および角膜障害は改善し(図2,3),視力もCVS=(0.8)と改善した.術後C9カ月,再発は認めていない.〔症例3〕82歳,女性.79歳時に右上眼瞼脂腺癌切除および再建術を施行した.右上眼瞼後退と角膜上皮障害を認め,異物感を訴えた.症例2と同様の部位にヒアルロン酸注入剤C1Cmlを注入した.右上眼瞼後退は改善し,角膜上皮障害も消失し,自覚症状は改善した(図4).術後C7カ月,再発は認めていない.CII考按フィラーとは,美容医療では顔面の皮膚から骨までの軟部組織に充.する注入剤のことをさす.フィラーにはヒアルロン酸,コラーゲン,ハイドロキシアパタイトなどの各種製剤や脂肪や多血小板血漿,少血小板血漿といった自家組織が存在する.なかでもヒアルロン酸は非動物性由来の製剤であり,アレルギー発症率はC0.5%と非常に低く,事前の皮内アレルギー検査は不要である.また,ヒアルロニダーゼにより分解できるため注入後に元に戻すことが可能であるという利点があり,現在もっとも広く使用されている製剤である.フィラーとして用いられているヒアルロン酸は,天然ヒアルロン酸を架橋結合させた架橋ヒアルロン酸とよばれるものである.内眼手術時に使用するヒアルロン酸製剤と異なり,充.効果が長期間持続するように設計されている.ヒアルロン酸による注入療法は顔面のしわの改善や輪郭形成など,美容医療での使用が目立つが,眼科の臨床においても眼瞼の瘢痕や皮膚の拡張,体積の増大を目的に使用されている.甲状腺眼症や瘢痕拘縮による眼瞼後退5),瘢痕性外反症6)および麻痺性兎眼7),眼窩周囲の陥凹8)に対してヒアルロン酸注入剤を使用し,これらが改善したとの報告がある.また,成人だけでなく,小児への使用例もあり,Down症など先天疾患に伴う眼瞼後退や眼瞼外反症へ使用し,兎眼が改善した9)との報告もある.今回,拘縮性兎眼症C3例に対してヒアルロン酸注入剤による兎眼矯正術を行い,良好な経過が得られた.拘縮部位にヒアルロン酸を注入することで,ヒアルロン酸の保水作用による体積増大効果のみならず,同時に組織の伸展も得られている.ヒアルロン酸そのものにコラーゲンの産生促進作用はないが,注入によって組織が物理的に伸展されることにより線維芽細胞が活性化し,その産生が促進されることが知られている10).さらに,注入したヒアルロン酸は薄い線維性の被膜に覆われ,8カ月間は形態が維持されることが証明されてい図4右上眼瞼脂腺癌術後の眼瞼後退(症例3)左上(術前):上眼瞼後退を認め,角膜輪部が露出している.右上(術後C2週間):上眼瞼後退は改善している.左下(術後C4カ月):治療効果は持続している.右下(術後C4カ月):閉瞼時,兎眼は消失している.る11).上記から,拘縮部位へ注入したヒアルロン酸はCtissueexpanderとしての役割を果たしていると推測される.したがって,ヒアルロン酸が吸収され充.効果が消失しても組織は伸展しているため,再注入または外科的治療が必要になった場合でも,治療の侵襲度を軽減させることができるのではないかと考える.ヒアルロン酸注入による合併症も考慮せねばならない.もっとも留意すべきは血管閉塞であり,発症率はC0.05%とされている12).そのなかでももっとも重篤な眼動脈閉塞は,ヒアルロン酸製剤のほかにコラーゲン製剤,自家脂肪注入によるものを合わせると,世界中でC32例の報告がある13).わが国でも鼻背へヒアルロン酸注入後に眼動脈閉塞をきたしたC1例が報告されている14).眼動脈の流入経路としては,眼窩上動脈,滑車上動脈,鼻背動脈,前篩骨動脈,眼角動脈および顔面動脈内に逆行性に注入剤が進み,中枢側の眼動脈が閉塞すると考えられている.眼動脈径はC2Cmm程度であるのに対し,ヒアルロン酸分子の大きさがC400Cμmであるため,閉塞しやすいといわれている15).これらの血管閉塞を回避するために,血管の解剖を熟知することは当然のことであるが,施術の際に弱い圧でゆっくりと逆行性に少量ずつ注入することが重要である.一般的にはフローバックによる血流の逆行確認は望ましいとされるが,注入剤の粘度が高いために臨床上有用な手法とはいいがたい.32CG以下の細い針では,血管内腔に針先が留置された状態になる可能性が高まる16)ため,それ以上の太い針や鈍針を使用し,血管内刺入を予防することも大切である.治療効果の持続期間については検討の余地がある.ヒアルロン酸注入剤は吸収性製剤であり,永続的な効果は得られないからである.製剤の種類にもよるが,6カ月からC1年で吸収されるものが多いとされている.しかし,これは安全性において優れているととらえることができる.非吸収性製剤による異物肉芽腫17)などの重篤な合併症を省ると,吸収性製剤かつヒアルロニダーゼで分解可能であることは大きな利点である.本症例では現時点でC3.9カ月間は治療効果が持続しており,合併症はみられていない.美容用ヒアルロン酸注入剤は,厚生労働省より医療機器製造販売承認を取得している.有効性および安全性は確立され,入手は容易である.しかし,保険適用外の製剤である.本症例では製剤実費は医療機関側が負担し,治療を行った.ヒアルロン酸注入は外来で簡便に実施可能な治療法である.患者が手術を希望しない場合や,全身状態により手術が困難な場合など,さまざまなケースに対応できる.また,低侵襲であることに加えてダウンタイムが短く即効性があるため,患者の満足度も高い.したがって,ヒアルロン酸注入剤による兎眼矯正術は,今後の眼科における治療の選択肢の一つになりうると考える.文献1)田邊吉彦,浅野隆,柳田和夫ほか:外傷性眼瞼瘢痕拘縮の形成手術(1)眼瞼表層瘢痕拘縮の形成.眼科C25:1447-1452,C19832)田邊吉彦,浅野隆,柳田和夫ほか:外傷性眼瞼瘢痕拘縮の形成手術(2)眼瞼全層瘢痕拘縮の形成.眼科C25:1549-1554,C19833)酒井成身,高橋博和,佐々木由美子ほか:真皮脂肪による義眼床陥没の修正.眼科36:909-915,C19944)ChoiHY,HongSE,LewJMetal:Long-termcomparisonofCaCnewlyCdesignedCgoldCimplantCwithCtheCconventionalCimplantCinCfacialCnerveCparalysis.CPlastCReconstrCSurgC104:1624-1634,C19995)GoldbergCRA,CLeeCS,CJayasunderaCTCetCal:TreatmentCofClowerCeyelidCretractionCbyCexpansionCofCtheClowerCeyelidCwithChyaluronicCacidCgel.COphthalCPlastCReconstrCSurgC23:343-348,C20076)FezzaCJP:NonsurgicalCtreatmentCofCcicatricialCectropionCwithhyaluronicacid.ller.PlastReconstrSurgC121:1009-1014,C20087)ManciniR,TabanM,LowingerAetal:UseofhyaluronicacidCgelCinCtheCmanagementCofCparalyticClagophthalmos:CtheChyaluronicCacidCgel“goldCweight”.COphthalCPlastCReconstrSurgC25:23-26,C20098)LeyngoldCIM,CBerbosCZJ,CMcCannCJDCetCal:UseCofChyalC-uronicacidgelinthetreatmentoflagophthalmosinsunk-ensuperiorsulcussyndrome.OphthalPlastReconstrSurgC30:175-179,C20149)TabanM,ManciniR,NakraTetal:Nonsurgicalmanage-mentCofCcongenitalCeyelidCmalpositionsCusingChyalronicCacidgel.OphthalPlastReconstrSurgC25:259-263,C200910)WangCF,CGarzaCLA,CKangCSCetCal:InCvivoCstimulationCofCdenovocollagenproductioncausedbycross-linkedhyal-uronicCacidCdermalC.llerCinjectionsCinCphotodamagedChumanskin.ArchDermatolC143:155-163,C200711)Fernandez-CossioS,Castano-OrejaMT:BiocompatibilityofCtwoCnovelCdermalC.llers:histologicalCevaluationCofCimplantsCofCaChyaluronicCacidC.llerCandCaCpolyacrylamideC.ller.PlastReconstrSurgC117:1789-1796,C200612)BeleznayCK,CHumphreyCS,CCarruthersCJDCetCal:VascularcompromiseCfromCsoftCtissueCaugmentation:experienceCwith12casesandrecommendationsforoptimaloutcomes.ClinAesthetDermatolC7:37-43,C201413)LazzeriD,AgostiniT,FigusMetal:Blindnessfollowingcosmeticinjectionsoftheface.PlastReconstrSurgC129:C995-1012,C201214)野々村咲子,忍足俊幸,三浦玄ほか:美容整形目的で鼻背へヒアルロン酸注射後に眼動脈閉塞を来したC1例.日眼会誌C118:783-787,C201415)ParkCSW,CWooCSJ,CParkCKHCetCal:IatrogenicCretinalCarteryocclusioncausedbycosmeticfacial.llerinjections.AmJOphthalmolC154:653-662,C201216)辻晋作,当山拓也,根岸圭:顔面へのフィラー注入の合併症と治療.形成外科C56:1061-1069,C201317)SachdevM,AnantheswarY,AshokBetal:Facialgranu-lomassecondarytoinjectionofsemi-permanentcosmeticdermal.llercontainingacrylichydrogelparticles.JCutanAesthetSurgC3:162-166,C2010***

ビマトプロスト点眼液(ルミガン®点眼液0.03%)の使用成績調査

2018年3月31日 土曜日

《原著》あたらしい眼科35(3):399.409,2018cビマトプロスト点眼液(ルミガンR点眼液0.03%)の使用成績調査石黒美香*1北尾尚子*1末信敏秀*1川瀬和秀*2山本哲也*2*1千寿製薬株式会社研究開発本部育薬研究推進部*2岐阜大学大学院医学系研究科眼科学Post-marketingStudyofBimatoprostOphthalmicSolution(LUMIGANROphthalmicSolution0.03%)MikaIshikuro1),NaokoKitao1),ToshihideSuenobu1),KazuhideKawase2)andTetsuyaYamamoto2)1)MedicalScienceDepartment,SenjuPharmaceuticalCo.,Ltd.,2)DepartmentofOphthalmology,GifuUniversityGraduateSchoolofMedicineビマトプロスト点眼液(ルミガンCR点眼液C0.03%)の使用実態下における安全性,有効性の確認および問題点の検出などを目的として,ビマトプロスト点眼液が新たに投与された緑内障・高眼圧症患者を対象に,プロスペクティブな中央登録方式で使用成績調査を実施した.最長C24か月の観察において,副作用はC4,680例中C2,310例(49.36%)に認められ,おもな副作用は結膜充血C27.05%などの眼局所の事象であった.眼圧評価対象C4,396例における平均眼圧は投与開始時C18.8C±6.2CmmHgで,投与開始C1か月目以降のすべての観察時点において有意(p<0.0001)な下降を示し,24か月目の平均眼圧下降率はC18.2C±19.1%であった.また,いずれの病型においても投与C1か月目以降,有意な眼圧下降を示した.ビマトプロスト点眼液は副作用が一定程度発現するが,持続的な眼圧下降効果が認められ,有用な薬剤であると考えられた.Thisprospectivestudyaimstoevaluatethesafetyande.cacyoftopicalbimatoprost(LUMIGANCRCophthalmicsolution0.03%)onpatientswithglaucomaorocularhypertension(OH)C.Weenrolledpatientswhoreceivedanini-tialdoseofbimatoprost.Adversedrugreactions(ADRs)wereobservedin2,310outof4,680patientsduringthestudyperiod(upto24months).Oculareventssuchasconjunctivalhyperemia(incidencerate27.05%)comprisedtheCmajority.CMeanCintraocularCpressure(IOP)inC4,396CpatientsCwasC18.8C±6.2CmmHgCatCbaseline,Cdecreasingsigni.cantlyCatCallCobservationCpointsCafterC1Cmonth(p<0.0001)C.CAverageCIOPCreductionCrateCatC24CmonthsCwasC18.2±19.1%.CSigni.cantCIOPCreductionCwithCbimatoprostCwasCnotCassociatedCwithCanyCglaucomaCtypeCorCOH.CAlthoughsomeADRswereobservedwithitsuse,bimatoprostshowedsigni.canthypotensivee.ectinpersistent-ly.TheseresultssuggestthattopicalbimatoprostisanalternativetreatmentforglaucomaandOH.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C35(3):399.409,C2018〕Keywords:ビマトプロスト,ルミガンCR点眼液C0.03%,プロスタグランジン,安全性,有効性,眼圧.bimato-prost,LUMIGANRophthalmicsolution0.03%,prostaglandin,safety,e.cacy,intraocularpressure.はじめに緑内障治療の目的は視機能の維持であり,眼圧下降がエビデンスに基づく唯一の確実な治療法である1).1CmmHgの眼圧下降により緑内障性視野障害の進行リスクは約C10%低減する2).眼圧下降には,薬物治療,レーザー治療,観血的手術治療の選択肢があるが,通常は点眼薬による治療が開始される.すでに多くの緑内障治療点眼薬が存在するなかで,プロスタグランジン(prostaglandin:PG)関連薬は優れた眼圧下降効果を有し,全身性の副作用が少ないことから,第一選択薬として使用されている.国内では,1994年にイソプロピルウノプロストン点眼液が発売されて以降,ラタノプロスト点眼液,トラボプロスト点眼液,タフルプロスト点眼液が〔別刷請求先〕石黒美香:〒541-0048大阪市中央区瓦町C3-1-9千寿製薬株式会社研究開発本部育薬研究推進部Reprintrequests:MikaIshikuro,MedicalScienceDepartment,SenjuPharmaceuticalCo.,Ltd.,3-1-9,Kawara-machi,Chuo-ku,Osaka541-0048,JAPAN上市され汎用されており,PG関連薬による眼圧下降治療が視野障害進行の抑制に有効であったことがプラセボを対照としたランダム化比較試験により立証されている3).このように,眼圧下降を目的とした薬物治療は欠かせないものとなる一方で,薬剤の効果には個人差があり,PG関連薬を使用しても十分な眼圧下降が得られない,いわゆるノンレスポンダーが,いずれの薬剤においても一定の割合で存在することが知られている.2009年に発売されたビマトプロスト点眼液(ルミガンCR点眼液C0.03%,以下,本剤)は,新規に合成されたプロスタマイド誘導体で,強力な眼圧下降作用をもつCPG関連薬であり,緑内障治療における第一選択薬に新たな選択肢として加わった.一方,医薬品開発段階の臨床試験(治験)では,厳格なクライテリアに基づき患者が選択され,併用薬などについても厳格に管理されるが,臨床現場においては,年齢,合併症,併用薬など,さまざまな点で治験の様相と異なることから,治験で得られた情報だけでは十分とはいえず,市販後においても安全性,有効性の情報を収集・評価し,医療関係者へ提供することにより,適正使用の確保を図ることが重要となる.そこで今回,製造販売後の使用実態下における安全性,有効性の確認および問題点の検出などを目的として,2009年10月.2015年C12月まで使用成績調査(以下,本調査)を実施し,本剤の安全性および有効性(眼圧下降効果)について検討したので報告する.CI対象および方法1.調.査.方.法本調査は,本剤の使用経験のない緑内障・高眼圧症患者を対象とし,「医薬品の製造販売後の調査及び試験の実施の基準に関する省令」(厚生労働省令第C171号)に則り,プロスペクティブな中央登録方式で実施した.2009年C10月.2012年C11月の症例登録期間に,契約医療機関において新たに本剤を投与開始した症例について,投与開始日からC14日以内に中央登録センターにCFAXすることで症例登録した.目標症例数は投与開始後C1年を超える経過観察症例として3,000例,観察期間は原則C12か月以上,最長C24か月とし,投与開始日からC3か月目,12か月目およびC24か月目までの3分冊の調査票を各観察期間終了後に回収した.調査項目は,性別,年齢,病型,合併症,本剤の投与状況,前治療薬(本剤投与前C1か月以内に使用した薬剤),併用薬,併用療法(薬物以外の療法),臨床経過(他覚所見,眼科検査),有害事象,有効性評価などとし,他覚所見および眼科検査には,結膜充血スコア,角膜フルオレセイン染色スコア,眼瞼色素沈着/虹彩色素沈着/睫毛異常の有無と推移,視力値,眼圧値,視野障害の進行有無を設定して,イベント発生を検出した.また,有害事象が発現し本剤投与を中止または終了した症例は,原則C6か月後に回復性(転帰)を確認した.なお,本調査は介入を行わない観察研究であるため,治療歴,併用する薬剤および療法,眼科検査の測定機器や測定方法などに制限は設けなかった.本調査は,医薬品医療機器総合機構による調査計画書の審査を経て,実施されたものである.C2.評.価.方.法安全性の評価対象は,投与開始以降C3か月目までに再来院のあった症例とした.本剤投与中あるいは投与後に発現した医学的に好ましくない事象(疾患,自他覚症状,臨床検査値の異常変動)を有害事象として収集し,そのうち本剤との因果関係を否定できないと判断されたものを副作用として取り扱った.副作用は,ICH国際医薬用語集日本語版(MedicalDictionaryCforCRegulatoryCActivities/J:MedDRA/J)ver-sionC20.0に基づき下層語にて分類し,発現数および発現頻度を算出した.また,重篤な副作用を検討した.主要な副作用については,1か月目,2か月目,3か月目,6か月目,12か月目およびC24か月目時点における累積発現率ならびに発現症例における本剤中止率を検討した.さらに,PG関連薬の特徴的な副作用であるくぼんだ眼(deepeningofuppereyelidsulcus:DUES)について,発現ならびに本剤中止後の転帰に影響を及ぼす患者背景等因子を探索するため,Cox比例ハザードモデルによる多変量解析で検討し,ハザード比およびC95%信頼区間を求めた.転帰は,担当医師による,回復,軽快,未回復,回復したが後遺症あり,死亡および不明のC6区分での判定とした.眼圧下降効果の評価は,安全性評価対象症例のうち,投与開始時および投与後C24か月目までにC1時点以上の眼圧が測定された症例を対象に,眼圧の推移を検討した.評価眼はC1症例C1眼とし,両眼投与の場合は投与開始時の眼圧が高い眼,開始時眼圧が同値の場合は右眼とした.ただし,投与期間中に眼手術を施行した眼は除外し,休薬期間がある場合は休薬前まで,中止症例は中止時までの眼圧値を評価対象とした.眼圧の推移は,眼圧評価対象全例に加え,病型別,治療薬の使用状況別,開始時眼圧値別にも検討した.眼圧および眼圧下降率は平均±標準偏差を算出し,投与開始時と各経過観察時の眼圧を,Dunnett型の多重性調整を行った対応のあるCt検定で比較した.なお,眼圧下降率は,(開始時眼圧C.投与後眼圧)/開始時眼圧C×100(%)として算出した.統計解析は,本調査計画に則り株式会社CCACクロアで実施した.副作用の発現と転帰に影響を及ぼす因子の検討(Cox比例ハザードモデルによる多変量解析)については,解析計画策定以降に検討の必要があると判断し,千寿製薬にて追加解析を行った.統計解析ソフトはCSASC9.2およびSAS9.3(SASInstituteInc.)を用い,有意水準は両側5%とした.CII結果1.症.例.構.成528施設C1,288名の医師と契約締結し,504施設からC5,083例の調査票を収集した.このうち初診時以降に再来院がなかった症例などのC403例を除いたC4,680例を安全性評価対象症例,さらに,4,396例を眼圧評価対象症例とした(図1).C2.患.者.背.景安全性評価対象症例の患者背景を表1に示した.男性48.1%,女性C51.9%,平均年齢C67.9C±12.8歳,病型(担当医師に基づく診断名)は,狭義の原発開放隅角緑内障(primaryopenCangleCglaucoma:POAG)42.9%,正常眼圧緑内障(normalCtensionCglaucoma:NTG)37.4%,原発閉塞隅角緑内障(primaryCangleCclosureCglaucoma:PACG)4.0%,続発緑内障(secondaryCglaucoma:SG)6.5%,高眼圧症(ocu-larhypertension:OH)4.6%で,原発開放隅角緑内障(広義)がC80.3%を占めた.本剤投与前に緑内障治療点眼薬を使用していた症例は58.9%(2,758/4,680例)で,2,422例がCPG関連薬で前治療を行っており,そのうち,53.7%(1,301例)がラタノプロストからの切替え症例であった.一方,点眼治療をしていなかった症例はC39.1%であった.また,投与期間中にC43.4%の症例で他の緑内障治療点眼薬が併用された.平均投与期間はC491.7C±270.7日で,12か月(360日)以上投与された症例はC67.2%(3,143/4,680例)であった.1,859例において,24か月目までの観察期間中に投与中止または終了したことが報告され,中止理由の内訳は「転院または来院なし」45.6%(847例)「有害事象」31.8%(591例),「効果不十分」11.7%(217例),などであった(表2).C3.安全性安全性評価対象症例C4,680例のうち,49.36%(2,310例)に副作用が認められた(図1).発現率C0.1%以上の副作用は表3に示したとおりで,主要な副作用は,結膜充血C1,266件,眼瞼色素沈着C704件,睫毛の成長C655件,点状角膜炎および虹彩色素過剰が各C376件,DUES163件,睫毛剛毛化C158件,角膜びらんC157件,眼圧上昇C129件などの眼局所における事象であった.重篤な副作用としては,眼圧上昇C13件,視力低下C2件,角膜びらん,水疱性角膜症,白内障,白内障増悪,ぶどう膜炎,網膜静脈分枝閉塞,網膜中心静脈閉塞,ポスナー・シュロスマン症候群,前立腺癌,うつ病の増悪,脳梗塞およびてんかん各C1件が認められた.3.0%以上認められた副作用について,初発発現時期ならびに発現症例における本剤中止率を表4に示した.結膜充血のC59.4%が投与後C1か月目までに発現し,3か月目までには,眼瞼色素沈着,睫毛の成長,点状角膜炎,睫毛剛毛化,および角膜びらんの約C50%が発現した.投与を中止または終了した症例は,結膜充血の発現例でC44.6%(565/1,266例),眼瞼色素沈着の発現例でC39.2%(276/704例),睫毛の成長の発現例でC31.9%(209/655例),点状角膜炎の発現例で37.5%(141/376例),虹彩色素過剰の発現例でC30.3%(114/376例),DUES発現例でC74.8%(122/163例),睫毛剛毛化の発現例でC29.1%(46/158例),および角膜びらん発現例でC38.9%(61/157例)であった.DUES発現例で中止率が高く,このうち「有害事象」を理由として投与中止された割合はC70.6%(115/163例)であった.また,122例の投与中止例のうち,72.1%(88例)でCDUESの回復・軽快が確認され,最長C775日の追跡調査における未回復の割合は15.6%(19例)であった.DUESの発現ならびに本剤中止後の転帰(回復・軽快)に影響を及ぼす患者背景等因子について,Cox比例ハザードモデルを用いた多変量解析での検討結果を表5および表6に示した.発現への影響が想定される因子として,性別,年齢,全身性の主要合併症(高血圧,糖尿病および高脂血症)の有無,前治療CPG関連薬の有無を検討項目とし,一方,転帰に関しては,本剤投与期間も検討因子とした.DUES発現に関連する因子として,女性(ハザード比2.40,p<0.0001),糖尿病(ハザード比0.50,p=0.0298),および前治療CPG関連薬(ハザード比C0.50,p<0.0001)に有意差を認め,DUESの回復・軽快に関連する因子としては,本剤投与期間(ハザード比C0.81,p=0.0010)に有意差を認めた.C4.眼圧下降効果眼圧評価対象症例C4,396例の投与開始時の眼圧(平均C±標準偏差)は,18.8C±6.2CmmHgであった.開始時以降C24か月目までの眼圧推移は図2に示したとおりであり,投与開始C1か月目以降すべての経過観察時点において,投与開始時に比べ有意な眼圧下降を認め(p<0.0001),24か月目の眼圧は表1患者背景患者背景項目症例数(%)男性2,249(C48.1)性別女性2,430(C51.9)調査不能1(0C.0)年齢(投与開始時)病型(本剤投与眼)投与期間40歳未満40歳以上C65歳未満65歳以上C75歳未満75歳以上平均値±標準偏差C最小.最大緑内障POAG(狭義)NTGPACGSGその他の緑内障OHその他(複数の使用理由を含む)30日未満30日以上C60日未満60日以上C90日未満90日以上C180日未満180日以上C360日未満360日以上C540日未満540日以上C720日未満720日以上不明平均値±標準偏差C145(3.1)1,477(31.6)1,475(31.5)1,583(33.8)67.9±12.811.984,260(91.0)2,008(42.9)C1,752(37.4)C185(4.0)C306(6.5)9(0.2)C216(4.6)204(4.4)1,577(33.7)3,103(66.3)3,281(70.1)1,399(29.9)70(1.5)3,869(82.7)741(15.8)68(1.5)3,874(82.8)738(15.8)1,798(38.4)2,340(50.0)542(11.6)1,094(23.4)1,328(28.4)336(7.2)1,829(39.1)93(2.0)1,301(53.7)531(21.9)520(21.5)70(2.9)あり2,032(43.4)なし2,648(56.6)443(9.5)4,212(90.0)25(0.5)225(4.8)228(4.9)214(4.6)420(9.0)450(9.6)376(8.0)1,614(34.5)1,153(24.6)0(0.0)491.7±270.7眼手術歴(本剤投与眼)合併症(眼疾患)合併症(肝疾患)合併症(腎疾患)合併症(その他の疾患)本剤投与前の緑内障点眼治療本剤へ切替え前のPG関連薬(多剤併用を含む)緑内障治療の併用点眼薬(本剤投与眼)併用療法(非薬物療法)ありなしありなしありなし不明ありなし不明ありなし不明PG関連薬(配合剤を含む)PG関連薬+PG関連薬以外PG関連薬以外前治療なし不明他ラタノプロスト(配合剤を含む)トラボプロスト(配合剤を含む)タフルプロストイソプロピルウノプロストンありなし不明POAG:原発開放隅角緑内障,NTG:正常眼圧緑内障,PACG:原発閉塞隅角緑内障,SG:続発緑内障,OH:高眼圧症,PG:プロスタグランジン.402あたらしい眼科Vol.35,No.3,2018(120)表2投与中止理由表3副作用発現状況(0.1%以上発現した副作用)中止理由症例数*構成比(%)転院または来院なしC847C45.6有害事象C591C31.8効果不十分C217C11.7その他C180C9.7複数の理由C24C1.3計C1,859C100.0*両眼投与例では,両眼ともに中止した症例.14.4±3.9CmmHg,眼圧下降率(平均C±標準偏差)はC18.2C±19.1%であった.病型別では,POAG,NTG,PACG,SG,OHのいずれにおいても,投与開始C1か月目以降のすべての観察時点で有意に眼圧が下降し,24か月目の下降率はC15.7.24.7%であった(図3).緑内障治療点眼薬の使用状況別の眼圧推移は,図4に示したとおりであり,点眼前治療がなく観察期間中を通して本剤単剤が投与された新規単剤投与群,PG関連薬から本剤単剤への切替え群,Cb受容体遮断薬(以下,Cb遮断薬)単剤から本剤単剤への切替え群,ならびにCb遮断薬への本剤単剤追加群において,各観察時点の眼圧は有意に下降した.24か月目の眼圧下降率は,新規単剤投与群およびCb遮断薬単剤から本剤単剤切替え群でC23.4%,Cb遮断薬への本剤単剤追加群でC22.5%,PG関連薬から本剤単剤切替え群で13.8%であった.さらに新規単剤投与症例を投与開始時の眼圧値別に検討したところ,開始時眼圧が20mmHg以上,15CmmHg以上C20CmmHg未満およびC15CmmHg未満のいずれの症例群でも,投与開始C1か月目以降すべての観察時点で有意な眼圧下降を示し,開始時眼圧が高い症例ほど眼圧下降率が高い傾向を認めた(図5).新規単剤投与症例において,投与開始後C1か月目の眼圧下降率がC10%未満であった症例はC181例(15.7%)存在した.病型別ではCNTGおよびCOH,開始時眼圧別では開始時眼圧の低い症例群ほど,眼圧下降率C10%未満の割合が高かった(表7).CIII考按本調査は,本剤の販売開始に伴いC2009年C10月.2015年12月に実施し,全国の医療機関より安全性評価対象症例としてC4,680例,眼圧評価対象症例としてC4,396例を集積した.24か月の観察において副作用は,安全性評価対象C4,680例中C2,310例C49.36%と高頻度に認められた.副作用発現件数はC4,635件であり,そのうちC4,586件C98.9%が眼局所の副作用であった.PG関連薬は全身性の副作用が少ない反面,眼局所に特徴的な副作用が発現する.PG関連薬の代表的な眼局所副作用として,結膜充血,眼瞼や虹彩の色素沈着,睫(121)C副作用の種類発現数(%)眼局所の副作用C4,586結膜充血1,266(27.05)眼瞼色素沈着704(15.04)睫毛の成長655(14.00)点状角膜炎376(8.03)虹彩色素過剰376(8.03)くぼんだ眼(DUES)163(3.48)睫毛剛毛化158(3.38)角膜びらん157(3.35)眼圧上昇129(2.76)睫毛乱生56(1.20)眼そう痒症49(1.05)眼乾燥40(0.85)眼刺激36(0.77)眼瞼炎28(0.60)眼痛28(0.60)結膜炎27(0.58)眼の異物感25(0.53)視力低下24(0.51)アレルギー性結膜炎18(0.38)眼の違和感18(0.38)眼瞼の多毛症17(0.36)眼の異常感13(0.28)白内障12(0.26)眼精疲労11(0.24)霧視11(0.24)眼瞼皮膚炎10(0.21)眼瞼紅斑10(0.21)黄斑浮腫10(0.21)眼瞼そう痒症10(0.21)眼瞼浮腫9(0.19)眼瞼縁炎9(0.19)眼乾燥感8(0.17)糸状角膜炎8(0.17)白内障増悪7(0.15)結膜下出血7(0.15)眼脂5(0.11)*麦粒腫5(0.11)虹彩炎5(0.11)乾性角結膜炎5(0.11)ぶどう膜炎5(0.11)その他(<0.10%)C76眼局所以外の副作用C49頭痛6(0.13)その他(<0.10%)C43*:添付文書の「使用上の注意」から予測できない副作用(2015年C7月改訂の添付文書に基づく)毛の伸長・増加,prostaglandinCassociatedCperiorbitopathy(PAP)などが報告されており4),本剤にも含有される防腐剤のベンザルコニウム塩化物の長期曝露により,角膜上皮障害が生じることも知られている.本調査で認められた主要な副表4副作用発現時期と中止率累積発現率*(%)有害事象を副作用の種類発現数中止率(%)理由とする1か月2か月3か月6か月12か月24か月中止率(%)結膜充血C1,266C59.4C72.3C81.2C91.4C96.3C100.0C44.6C24.5眼瞼色素沈着C704C17.8C34.2C52.0C74.3C88.1C100.0C39.2C25.3睫毛の成長C655C10.8C27.3C46.9C73.1C89.6C100.0C31.9C16.2点状角膜炎C376C24.0C37.6C49.9C65.9C84.8C100.0C37.5C17.6虹彩色素過剰C376C13.4C25.5C39.4C67.3C85.3C100.0C30.3C11.7CDUESC163C16.0C21.8C36.5C59.6C76.3C100.0C74.8C70.6睫毛剛毛化C158C17.9C35.9C51.3C73.7C93.6C100.0C29.1C14.6角膜びらんC157C26.8C40.1C52.9C71.3C89.8C100.0C38.9C21.0*:発現時期不明の症例を除外して算出.表5Cox比例ハザードモデル分析によるDUES発現に影響する因子の検討因子リファレンスハザード比95%信頼区間p値性別男性C2.401.64.3.50<0.0001年齢連続量(10歳あたり)C1.060.92.1.21C0.4389高血圧なしC1.130.75.1.69C0.5702糖尿病なしC0.500.27.0.94C0.0298高脂血症なしC1.140.61.2.16C0.6781前治療(PG関連薬)なしC0.500.35.0.70<0.0001表6Cox比例ハザードモデル分析によるDUESの回復・軽快に影響する因子の検討因子リファレンスハザード比95%信頼区間p値性別男性C0.670.38.C1.16C0.1484年齢連続量(1C0歳あたり)C1.010.81.C1.25C0.9481高血圧なしC1.240.64.C2.41C0.5180糖尿病なしC0.930.28.C3.07C0.8987高脂血症なしC0.970.36.C2.66C0.9591前治療(PG関連薬)なしC0.630.39.C1.04C0.0699本剤投与期間連続量(9C0日あたり)C0.810.71.C0.92C0.0010C作用は,結膜充血C27.05%,眼瞼色素沈着C15.04%,睫毛の成長C14.00%,点状角膜炎C8.03%,虹彩色素過剰8.03%,DUES3.48%,睫毛剛毛化C3.38%,角膜びらんC3.35%などであり,おおむね既報と同様であった.重篤な副作用がC27件あったが,そのうち眼圧上昇および視力低下については,半数において効果不十分によるものと判定されており,原疾患の進行によるものと推察された.また,その他の重篤事象も含め,投与後の発症あるいは判定不能などの理由により,因果関係を否定されなかったものが大部分であり,本剤との関連性が明確な事象は少なかった.投与開始からの初発時期は,結膜充血の約C60%がC1か月目まで,眼瞼色素沈着,睫毛の成長,点状角膜炎,睫毛剛毛化および角膜びらんの約C50%がC3か月目までに認められた.虹彩色素過剰およびCDUESを含めた主要な眼局所の副作用において,累積発現率はC6か月目までに約C60%以上を示し,以降C24か月目まで経時的に発現率が上昇していることから,投与期間中を通じた観察が重要であり,とくに投与早期は注意深く経過観察する必要があると考えられる.24か月目までにC1,859例と多数の症例で本剤の投与中止・終了が報告され,その中止理由の内訳は「転院または来院なし」(847例)がもっとも多く,ついで「有害事象」(591例)が多かった.「転院または来院なし」では,そのC41.0%(347例)がC3か月目までの投与開始早期に中止となっていた.また,847例中C444例が本剤投与前に緑内障の点眼治療を行っていない新規症例であり,新規症例で投与早期に来院が途絶えた割合が高かった.来院が途絶えた真の理由は定かではないが,自己判断で中止した症例の存在が推察され,患者自身が本剤による治療の必要性を理解し納得したうえで治療を継3025201510眼圧(mmHg)0開始時12369121518212424か月目経過観察期間(月)眼圧下降率n=(4,396)(3,412)(2,731)(3,420)(2,680)(2,799)(2,191)(2,130)(2,015)(1,812)18.2±19.1%(2,795)*:p<0.0001(vs開始時)図2眼圧評価対象全例の眼圧推移30252015100眼圧(mmHg)POAG(1,981)(1,542)(1,276)(1,278)(1,604)(1,278)(1,336)(1,048)(1,004)(964)(868)経過観察期間(月)24か月目眼圧下降率19.4±19.9%NTG(1,704)(1,310)(1,076)(1,008)(1,291)(1,000)(1,037)(828)(816)(757)(703)15.7±16.5%PACG(170)(139)(106)(109)(127)(97)(108)(85)(82)(78)(66)17.2±25.2%SG(303)(249)(205)(198)(227)(177)(173)(130)(127)(123)(86)24.7±23.2%OH(217)(156)(120)(125)(156)(119)(131)(91)(92)(83)(83)21.0±17.1%*:p<0.0001(vs開始時)図3病型別の眼圧推移30252015100眼圧(mmHg)新規単剤(1,443)(846)(1,020)(744)(760)(588)(563)(555)(494)(1,151)(797)PG関連薬/開始時12369121518212424か月目経過観察期間(月)眼圧下降率23.4±16.3%本剤切替えb遮断薬/本剤切替えb遮断薬に本剤追加(850)(624)(530)(545)(653)(522)(529)(422)(416)(363)(339)13.8±17.6%(100)(79)(59)(62)(67)(50)(55)(38)(37)(35)(33)23.4±13.5%(48)(33)(37)(26)(34)(32)(32)(23)(26)(22)(21)22.5±17.4%*:p<0.0001,††:p<0.001(vs開始時)図4緑内障治療点眼薬の使用状況別の眼圧推移3025開始時123691215182124眼圧(mmHg)201510020mmHg以上(549)(430)(296)(302)(388)(280)(296)(218)(212)(210)(182)15mmHg以上経過観察期間(月)24か月目眼圧下降率31.6±14.9%(565)(455)(346)(302)(412)(297)(303)(237)(232)(227)(203)20.6±13.9%20mmHg未満15mmHg未満(329)(266)(204)(193)(220)(167)(161)(133)(119)(118)(109)14.8±16.7%*:p<0.0001(vs開始時)図5開始時眼圧値別の眼圧推移(新規単剤投与症例)表7新規単剤投与症例の1か月目の眼圧下降率眼圧(mmHg)眼圧下降率眼圧下降率開始時1か月目(%)10%未満新規単剤投与全例C18.7±5.8C13.7±3.7C24.7±15.815.7%(C181/1,151)病型CPOAGC21.8±5.0C15.5±3.6C28.3±15.111.0%(C41/372)CNTGC15.5±2.8C12.1±2.5C21.2±14.418.8%(C120/638)CPACGC20.3±4.9C14.3±3.5C26.3±12.213.0%(C3/23)CSGC27.6±9.7C15.6±5.3C38.6±21.29.8%(C5/51)COHC24.6±4.3C17.6±4.4C28.1±19.118.8%(C12/64)開始時眼圧20CmmHg以上C24.4±5.0C16.3±3.8C32.1±15.47.2%(C31/430)15CmmHg以上C20CmmHg未満C16.8±1.4C13.0±2.4C22.6±13.415.4%(C70/455)15CmmHg未満C12.5±1.5C10.5±2.2C16.5±15.430.1%(C80/266)続し,経過観察のために定期的に受診すること,すなわちアドヒアランス改善の必要性が示唆された.「有害事象」を理由に中止した症例においては,1か月目までの中止がC171例(28.9%)と突出して多く,このうちC109例が結膜充血の発現症例であった.すなわち,投与開始早期に好発する結膜充血を理由に治療から脱落する症例が多いことが示唆された.一方,副作用発現例について述べると,結膜充血および眼瞼色素沈着を発現した症例では,約C25%が有害事象を理由に本剤を中止した.結膜充血は点眼開始時にとくに強く,投与継続により症状が軽減することが多い.Arcieriらは,ラタノプロスト,ビマトプロストおよびトラボプロストの投与群で,結膜充血スコアは投与C1週間後に有意に上昇し,15日後に最大となり,1か月後に低下しはじめたと報告している5).また,眼瞼色素沈着は洗顔前に点眼することで発現を抑制できる可能性がある.したがって,治療開始時に患者への副作用の説明や点眼指導を十分に行うことにより,有害事象による脱落を低減できる余地があると考える.日本人のCDUES発現頻度は,投与前後の写真を比較した結果によると,ビマトプロストのC1.6か月投与でC44.60%6),3か月以上投与でC60%7)と報告されているが,本調査ではC3.48%であり大きく乖離していた.その要因として,治験時の発現頻度がC2.17%(7/323例)であり,調査開始当時は現在と比較しCDUESの認知度が低かったこと,ならびに脱落症例が多かったことが考えられた.また,患者自身による自覚と写真による客観的判定とは一致率が低く7),自覚できないほど軽度の変化も写真では検出されることから,写真判定による緻密な評価を調査項目としなかったことが発現率の乖離にもっとも強く影響したと考えられた.Aiharaらは,ラタノプロストからビマトプロストへ変更した症例でCDUES発現群と非発現群の背景因子を比較した結果,高年齢および非近視眼でCDUESの発現頻度が高く,性別および眼圧下降値は関連がなかったと報告している6).今回,DUES発現に影響する因子の検討において,性別,糖尿病の有無,前治療CPG関連薬の有無に有意差があった.一方,DUESの回復・軽快に関連する有意な因子は,本剤投与期間のみであった.女性の発現リスクが男性のC2.4倍であった結果は既報と相違していたが,写真判定をしていないこと,およびCDUESが美容的な副作用であることを勘案すると,美容上の変化に敏感な女性における自覚症状の訴えが強く反映された可能性がある.また,糖尿病症例はCDUES発現のハザード比が低かった.糖尿病患者は概してCBMIが高いため,眼瞼の変化が不明瞭であった可能性や,糖尿病治療薬の使用による影響などが推察されるが,当該症例群に関する周辺情報の収集が不十分であり,詳細を検討することはできなかった.前治療CPG関連薬の使用例では発現リスクが低下し,回復・軽快のハザード比も,有意差はないが低い傾向にあった.前治療にCPG関連薬を使用していた症例のなかには,認識の有無にかかわらず,本剤開始時点ですでに眼瞼の変化が出現していた症例が存在し,本剤投与後の眼瞼の変化量が小さかったことにより,DUES検出率が低下した可能性が考えられた.ただし,いったんイベントと判断される変化が生じたときは,PG関連薬の非使用例よりも回復しづらいと推察される.本剤中止後にはCDUESのC72.1%が回復・軽快したが,本剤投与期間についての回復・軽快のハザード比はC0.81であり,投与の長期化に伴い回復しづらくなる傾向が示唆された.なお,中止後の使用薬剤は調査しておらず,その関連は不明であった.前治療CPG関連薬の有無別での副作用発現率は,結膜充血20.89%およびC34.32%,眼瞼色素沈着C12.72%およびC18.01%,虹彩色素過剰C6.36%およびC10.02%,睫毛の成長C11.81%およびC16.81%,睫毛剛毛化C2.81%およびC4.06%,睫毛乱生C0.70%およびC1.71%であり,いずれの事象も前治療にCPG関連薬を使用した症例,すなわち他のCPG関連薬からの切替え例で発現率が低かった.ラタノプロスト治療後にビマトプロストを投与した集団で,結膜充血の発現が有意に低かった報告8)があり,本調査でも結膜充血は同じ傾向であった.また,結膜充血を含めこれらの事象はCPG関連薬の代表的副作用であり,発現に対する前治療CPG関連薬の影響は,前述のDUESと同様であると思われた.ビマトプロストの長期投与時の眼圧下降効果は,これまでに複数報告されている.投与前眼圧C25.0CmmHgの患者で点眼C24か月の眼圧下降値がC7.8CmmHg9),新たにCPOAGと診断され,投与前眼圧C24.7CmmHgの患者でC2年後の眼圧下降率がC32.0%10),投与前眼圧C16.7CmmHgのCNTG患者でC24か月後の眼圧下降率がC18.6%11),ラタノプロストで効果不十分なためビマトプロストに変更した,投与前眼圧が右眼C23.1mmHg,左眼C22.3CmmHgの患者では6.24か月後の眼圧下降率が右眼C17.8.22.0%,左眼C15.0.24.0%12)であり,いずれの報告もC24か月以上の長期にわたり眼圧下降効果が認められたことを示しているが,200例未満を対象とした評価結果であった.今回,眼圧評価対象C4,396例における眼圧下降効果を検討したところ,開始時眼圧はC18.8CmmHgで,投与開始C1か月目以降のすべての観察時点で有意に眼圧が下降し,24か月目の眼圧下降率はC18.2%であった.病型別,緑内障治療点眼薬の使用状況別,ならびに新規単剤投与症例の投与開始時の眼圧値別で眼圧推移を検討した結果,いずれも有意な眼圧下降を認め,緑内障病型や開始時眼圧を問わず,他の緑内障治療点眼薬からの切替えおよび併用でもC24か月目まで眼圧下降効果は継続した.なお,治療効果を判定するには無治療時の眼圧を把握することが重要であり,無治療時の眼圧が低いほど目標眼圧を低く設定1)し治療が進められる.すなわち,本調査において,とくに新規単剤投与で投与開始時C15CmmHg未満の症例においても,1か月後に有意な眼圧下降が認められたことの意義は大きい.本調査では,ウノプロストンもCPG関連薬として取り扱った.また,PG関連薬とCPG関連薬/Cb遮断薬配合剤とを明確に区別することができなかった.よって,緑内障治療点眼薬の使用状況別の検討における「PG関連薬から本剤単剤への切替え」群の眼圧推移は,ウノプロストンからの切替え症例およびCPG関連薬/Cb遮断薬配合剤からの切替え症例を含む結果である.また,Cb遮断薬から本剤へ切替えた群と本剤を追加した群とのC24か月目の眼圧下降率が同程度であったが,両群の患者背景などに相違があったためと推察された.新規単剤投与症例では,投与開始C1か月目において眼圧下降率C10%未満の症例がC15.7%あり,その割合は,病型別ではCNTGおよびCOH,開始時眼圧別では開始時眼圧が低い症例群で高い傾向が認められた.PG関連薬のノンレスポンダーを検討した報告では,眼圧下降率C10.0%未満をノンレスポンダーと定義した場合,ラタノプロストのC1.6か月投与でC14.3.20.9%13,14),タフルプロストのC12.48週投与で12.8.18.2%15)であったとされ,直接比較はできないが,本剤においてもノンレスポンダーは同程度存在することが推察された.しかしながら,ノンレスポンダーの定義は明確ではなく,1か月目の眼圧下降率のみで判定することは困難であり,アドヒアランス不良の可能性などもあることから,判定にはさらなる検討が必要である.緑内障は慢性に経過する進行性の疾患であり,視野障害の進行を抑制するためには,長期間にわたって眼圧を良好にコントロールする必要がある.今回の検討結果は,前治療の効果や反応性,薬剤変更によるアドヒアランスの向上,目標眼圧が達成された症例のみが評価された可能性など,さまざまなバイアスの存在が考えられるものの,本剤投与によりC24か月にわたって一定の持続的な眼圧下降が認められ,新規単剤投与例でのC24か月目の眼圧下降率がC23.4%であったことは,視野維持への寄与が十分に期待できる結果と考えられる.また,緑内障薬物治療の原則は必要最小限の薬剤と副作用で最大の効果を得ること1)であり,単剤での治療をめざすため,ノンレスポンダーを含め効果が不十分な場合,薬剤耐性が生じた場合は,他の薬剤への変更が検討されることとなる.本調査でCPG関連薬からの切替え症例においても有意な付加的眼圧下降が認められたことから,他のCPG関連薬の投与症例で薬剤変更が必要となった場合にも,本剤は有用な選択肢となると考えられた.一方で,副作用が高頻度に発現することが改めて確認された.副作用の種類はおおむね従来の報告から推定される範囲にあると判断されるが,主要な副作用の発現例ではC29.1.74.8%が投与中止に至っており,投与に際しては引き続き注意深く経過観察を行い,眼圧下降と副作用のバランスを図りながら総合的に投与継続の可否を判断する必要があると考える.謝辞:本調査にご協力を賜り,貴重なデータをご提供いただきました全国の先生方に,深謝申し上げます.利益相反:本稿は,千寿製薬株式会社により実施された使用成績調査結果に基づき報告された.石黒美香,北尾尚子,末信敏秀は千寿製薬株式会社の社員である.文献1)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第C3版).日眼会誌116:3-46,C20122)LeskeCMC,CHeijlCA,CHusseinCMCetCal:FactorsCforCglauco-maCprogressionCandCtheCe.ectCofCtreatment:theCearlyCmanifestCglaucomaCtrial.CArchCOphthalmolC121:48-56,C20033)Garway-HeathDF,CrabbDP,BunceCetal:LatanoprostforCopen-angleCglaucoma(UKGTS):aCrandomised,Cmulti-centre,Cplacebo-controlledCtrial.CLancetC385:1295-1304,20154)地庵浩司,木内良明:プロスタグランジン関連薬の臨床.眼科C58:1435-1440,C20165)ArcieriCES,CSantanaCA,CRochaCFNCetCal:Blood-aqueousCbarrierCchangesCafterCtheCuseCofCprostaglandinCanaloguesinCpatientsCwithCpseudophakiaCandCaphakia:aC6-monthCrandomizedtrial.ArchOphthalmolC123:186-192,C20056)AiharaM,ShiratoS,SakataR:IncidenceofdeepeningoftheCupperCeyelidCsulcusCafterCswitchingCfromClatanoprostCtobimatoprost.JpnJOphthalmolC55:600-604,C20117)InoueCK,CShiokawaCM,CWakakuraCMCetCal:DeepeningCofCtheCupperCeyelidCsulcusCcausedCbyC5CtypesCofCprostaglan-dinanalogs.JGlaucomaC22:626-631,C20138)KurtzCS,CMannCO:IncidenceCofChyperemiaCassociatedCwithbimatoprosttreatmentinnaivesubjectsandinsub-jectsCpreviouslyCtreatedCwithClatanoprost.CEurCJCOphthal-molC19:400-403,C20099)CohenCJS,CGrossCRL,CCheethamCJKCetCal:Two-yearCdou-ble-maskedCcomparisonCofCbimatoprostCwithCtimololCinCpatientswithglaucomaorocularhypertension.SurvOph-thalmolC49:S45-S52,C200410)KaraCC,C.enCEM,CElginCKUCetCal:DoesCtheCintraocularCpressure-loweringCe.ectCofCprostaglandinCanaloguesCcon-tinueCoverCtheClongCterm?CIntCOphthalmolC37:619-626,C201711)InoueCK,CShiokawaCM,CFujimotoCTCetCal:E.ectsCofCtreat-mentwithbimatoprost0.03%for3yearsinpatientswithnormal-tensionglaucoma.ClinOphthalmolC8:1179-1183,C201412)SontyCS,CDonthamsettiCV,CVangipuramCGCetCal:Long-termCIOPCloweringCwithCbimatoprostCinCopen-angleCglau-comaCpatientsCpoorlyCresponsiveCtoClatanoprost.CJCOculCPharmacolTherC24:517-520,C200813)井上賢治,泉雅子,若倉雅登ほか:ラタノプロストの無効率とその関連因子.臨眼C59:553-557,C200514)小松務,上野脩幸:広義の原発開放隅角緑内障に対するラタノプロスト点眼の眼圧下降効果.眼臨C100:492-495,C200615)中内正志,岡見豊一,山岸和矢:正常眼圧緑内障患者におけるタフルプロスト点眼液の長期眼圧下降効果.あたらしい眼科C28:1161-1165,C2011C***