連載.二次元から三次元を作り出す脳と眼雲井弥生淀川キリスト教病院眼科はじめに周囲の環境の変化や身体の病的異常に伴う入力変化に対して,適応し行動しやすくする力を脳はもっている.水平斜視に起こる異常対応や回旋斜視に起こる感覚適応も,ある意味では環境に適応する力と考えられる.脳の神経回路の形成期に,正しい視覚刺激を受けると,遺伝子に組み込まれた設計図通りに回路は形成される.視覚刺激が正しいものでない場合には,設計図と異なる回路を作ったり,感覚の受け取り方を変えたりして脳は対処している.網膜異常対応(anomalousretinalcorre-spondence:ARC)幼少時に左眼に2°の内斜視が起こるとする(図1).正面の座標の原点0を固視するとき,0は右眼中心窩と図1異常対応成立の機序左眼2°の内斜視を示す.座標の原点0を固視するとき0は右眼中心窩と左眼中心窩より2°鼻側に投影され(●),V1では右眼コラムF0rと左眼コラム2lに伝達される(c).2lの細胞は,同じ情報を持つF0r横.に向かって軸索を伸ばして結びつき,◎.を介して間違った相手とペアを作る.正しいペアではなく両眼視細胞の発育も正常ではなく,◎と区別して◎表す.左眼中心窩より2°鼻側に投影される(赤丸).左眼中心窩には原点0より右に2°ずれた点2’が映る(青丸).掛け違えたボタンのように,左眼では他の点もすべて2°鼻側にずれた場所に投影される(図1a).このずれは外側膝状体・後頭葉第一次視覚野(以下,V1)に情報が進む際にも引き継がれる(図1b,c).眼位が正位ならば,両眼の対応点に同じ像が映る(連載⑭参照).視交叉以降,両眼の対応点からの情報は隣りあうように併走し,V1でも隣りあう場所に到達する(図1d).右眼・左眼優位コラム内の細胞が,コラム境界の共通の細胞に情報を送る.この細胞は両眼から視覚刺激を受けることで両眼視細胞として育つ(育つ前の細胞を両眼視細胞の卵とよぶこととする).両眼視細胞の卵を介して,左右眼コラムの細胞はペアの関係を深めていく.網膜正常対応(normalretinalcorrespondence:NRC)とよばれる関係はこうして成立していき,中心窩固視座標FOR1R2R3R4R5R●●●●●●●.FOL1L2L3L4L5L●●●●●5L●◎●5R4L●◎●4R3L●◎●3R2L●◎●2R1L●◎●1RF0L●◎●F0R左眼コラム右眼コラム(91)あたらしい眼科Vol.35,No.4,20185090910-1810/18/\100/頁/JCOPY外界から投影された水平線・垂直線図2大角度の外方回旋斜視に起こる感覚適応(右眼)中心窩を通る直線は,外界から投影された水平線・垂直線を表す.右眼外方回旋が先天的に存在すると,この異常な状態をもとに水平・垂直方向を定める感覚適応が起こる.をはじめ両眼の対応点に映る像を,空間の同じ方向に認識するようになる.すなわち共通の視方向をもつようになる.両眼の中心窩情報をもつ細胞が正しい両眼視細胞を介してペアを作るとき,もっとも高度な立体視の能力を獲得する.60秒未満のわずかな視差を検出できる視差感受性細胞が育ち,精密立体視が可能となるが,基礎となるのは視差0を認識できる細胞である.左内斜視において原点0の赤丸情報はV1では右F0rと左2lに伝達される(図1c).左眼コラム2lの細胞は,同じ情報をもつF0r横の両眼視細胞に向かって軸索を伸ばして結びつき,両眼視細胞の卵を介して間違った相手とペアを作る.本来の正しいペアではなく両眼視細胞も正常ではないため,区別して◎.で表す.神経回路の形成期において,細胞は初期には不必要なほど広い範囲に軸索を広げておき,実際に届く刺激にあわせて軸索の範囲を絞る「刈り込み」という現象をみせる(連載⑯参照).正しい視覚刺激が届けば設計図通りに回路の形成が進むが,左内斜視のために予定外の視覚刺激が伝達されると,設計図と異なる回路が作られると考えられる1).一度間違いペアが成立すると,異常な視覚刺激が続くほどペアの関係は強くなっていく.健眼中心窩と斜視眼の道づれ領(ここでは2°鼻側にずれた点)が同じ視方向をもつ状態を網膜異常対応とよぶ.小角度の斜視が発育期に持続すると起こりやすい.微小斜視(microtropia)とよばれる病態がある.10Δ以下の斜視・軽度の弱視・網膜異常対応・周辺融像によるおおまかな立体視(480~3,000秒)などを特徴とする1,2).上記のような過程で成立すると考えられる.NRCのような強い関係ではなく,患眼の中心窩や道づれ領に抑制がかかりやすいため,両眼視検査の種類によって得られる結果は異なる.原発性と続発性がある.後510あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018者は乳児内斜視術後や調節性内斜視の矯正後など,大角度の斜視の治療後に小角度の内斜視が残ると起こりやすい.大角度の斜視では異常対応より片眼抑制を示すことが多い.図1とは異なるが,左眼内斜視の角度がもっと大きく,仮に網膜周辺部の▲が映るあたりに原点0が映るとするとV1で原点0の情報が届く場所は右F0rと左▲部と解剖学的にかなり離れている.そのため間違いペアは成立しにくい.ただし少数だが報告はある.感覚適応(sensoryadaptation)片眼の上斜筋麻痺があると,その眼の上斜視と外方回旋斜視が起こる.上斜視については,健側に頭を傾けると偏位が減るため,後天性,先天性とも健側に頭を傾ける代償頭位をとる.回旋斜視について,後天性の滑車神経麻痺では回旋偏位の自覚(水平の窓枠が傾いて見えるなど)や回旋複視に悩まされる.しかし,先天性上斜筋麻痺で生下時より回旋偏位があると,異常な状態に合わせて水平・垂直方向を定めて認識するため回旋偏位を自覚しないことが多い3,4)(図2).これを感覚適応とよぶ.固視は中心窩であること,回旋方向の融像幅が外方回旋・内方回旋方向にそれぞれ10°程度と広いことから,両眼視はある程度認められる.このような患者が成長後に斜視手術を受けると,術後回旋偏位が正常化するにもかかわらず像の傾きを訴えることがある.外界から投影される水平・垂直線が,これまで基準としていた水平・垂直線から回転したことによる.徐々に新しい状態に再適応していき,像の傾きの自覚はなくなる.感覚適応は先天性に多いが,後天性でも起こる.脳の神経回路の作り方や使い方については,大まかな予定図を元にしているが,周囲の環境や自身の体の異常に伴う入力異常にあわせて,それを変化させ,異常の影響を抑えている.文献1)TychsenL:Binocularvision.In:Adler’sphysiologyoftheeye(edbyHartWM),Mosby,StLouis,p827-829,19922)長谷部聡:微小斜視について教えて下さい.弱視・斜視のスタンダード(不二門尚編),眼科診療クオリファイ22,p182-184,中山書店,20143)vonNoordenGK:Cycloverticaldeviations.In:Binocularvisionandocularmortility,4thed,p340-350,CVMosby,StLouis,19904)雲井弥生,呉雅美,張野正誉:回旋矯正術後,両眼視機能の改善した先天性上斜筋麻痺の1例.眼紀49:611-615,1998(92)