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二次元から三次元を作り出す脳と眼 16.眼優位コラムの形成と弱視

2017年9月30日 土曜日

雲井弥生連載⑯二次元から三次元を作り出す脳と眼淀川キリスト教病院眼科はじめに眼優位コラムの形成には,生後の正しい視覚刺激が必要である.発達期の斜視は後頭葉第一次視覚野(以下,V1)での両眼反応性細胞の減少を,片眼弱視はそれに加えてコラムの左右差をきたすなど脳の神経構築に異常を残す.早期の治療開始により,これらの変化を正常化できる.眼優位コラムの形成と視覚刺激1)コラムの幅は外側膝状体からの軸索の広がりを反映し,正常では左右ほぼ同じである.直接入力を受けるV1の4層の6,5,3/2層の細胞は単眼反応性だが,情報が進む細胞では両眼の入力が合流するため両眼反応性を示す.V1の細胞の眼優位性は慣習的に7段階に分けて評価される(図1.眼優位ヒストグラム).1は左眼,7は右眼刺激に反応する単眼反応性細胞,2~6は両眼反応性で,数字が増えるほど右眼刺激への反応が強くなる.中央の4は左右に同等に反応する細胞を表す.連載⑭で述べた視差選択性細胞は4に含まれ,コラムの境界に存在する.ではコラム形成の前段階はどのような状態だろうか.生直後のネコの片眼にマーカーを注射し,それが運ばれた後のV1を調べると,4層全体がマーカーでべったりと染まる.これは片眼からの情報(=軸索の範囲)が4層内で水平に広がり,左右眼からの軸索がオーバーラップしていることを示す(図1b).軸索の範囲が徐々に絞られ左右の重なりが残る形で限局化し,コラムが明瞭になる(図1a).生後どのような状況にも適応できるように,はじめは広い範囲に軸索を広げて準備し,送り手(眼)から実際に情報が届くと正しい受け手(4層の神経細胞)を選び出して伝える.そのルートが活発に動く一方で,周辺の不要な軸索は消滅していく.これは刈り込みとよばれ,中枢神経系の成熟過程でしばしばみられる現象である.その過程には2人の送り手(両眼)の情報の競合が関与する.両者から情報が同じように届けば受け手は同じ人数になり,コラムは左右差なく形成される.片方の送り手(右眼)から情報が届かないと,情報が多く届く反対眼(左眼)の受け手に変わり,右眼の受(79)0910-1810/17/\100/頁/JCOPYけ手は減少する(図1d).では両眼とも遮閉した状態で育つとどうなるだろう.正常に比べると傾向は弱いがコラムは形成される.視覚入力によりすべて決定されるわけではなく,あらかじめ遺伝子に設計図が組み込まれていて,生後の視覚環境が正常なら設計図通りに進むが,異常があるとその影響を受ける.斜視の場合コラムは形成されるが,軸索の重なりがなく,両眼反応性の細胞は非常に少ない(図1c).感受性期間(臨界期)2)成熟後に片眼を長期間遮閉しても,弱視もコラムの変化も起こらない.発達の特定の期間に斜視や片眼遮閉が続くと脳の変化をきたす(図1c,d).外的刺激が脳に恒常的な変化を残す期間を感受性期間または臨界期とよぶ.この期間内に遮閉した右眼を開放して左眼を遮閉することにより,狭くなっていた右眼コラムを広げて正常化できることもわかっている(図1d→a).これが弱視における健眼遮閉の治療につながる.正確な感受性期間を調べるべく,時期を変えて「片眼遮閉数カ月→開放して反対眼遮閉数カ月」の実験が繰り返された.コントラスト感度という特殊な視力検査(後述)に回答できるようサルを訓練して,自覚的および他覚的所見の相関についても検討されるようになった.臨床的に多い不同視弱視の病態を調べるために,不完全遮閉についても検討されるようになった.弱視はおもに4種に分けられる(表1)3).不同視弱視の治療経過は比較的良好とされるが,不同視の強いものは弱視も強く両眼視も不良である.なかでも抑制暗点をもつものは視力改善に時間がかかり,立体視改善にも限界がある4).図1dのような変化がV1で起こっていると推測する.ヒトの視力の感受性期間は生後2~4週では低く,その後上昇し1~3歳でもっとも高くなり,以後8~10歳までとされる.最近では10歳以降の治療に反応する症例の報告もある.立体視の感受性期間は視力より短く,生後3~5カ月より4~5歳とされる.基礎的研究では,眼で作られる特殊な物質(Otx2ホメオ蛋白質)がV1に運ばれることが臨界期の開始に重要であることがわかり,研究の発展が待たれる1).あたらしい眼科Vol.34,No.9,20171291a.正常RLRLRa:眼優位ヒストグラムはV1の1層細胞の眼優位性を7段階に分けて2/3層評価したものである.4層で外側V1膝状体からの出力を受ける細胞は4層細胞数単眼反応性である.4層から出力5層1234567を受ける2/3,5,6層の細胞(紫6層部分に存在)は両眼反応性であ外側膝状体LR=LR>LR<LLる.正常では両眼に同等に反応する4番の細胞が多い.視差選択性網膜神経節細胞1と7:単眼反応性細胞(◎)は4番に含まれる.RLRLR2~6:両眼反応性b.生直後4層c.斜視RLRLRb:軸索が大きく広がり重なり合う.コラムはまだはっきりしない.c:コラムは形成されるが,両眼反応性細胞は少ない.細胞数細胞数4層1234567RLRLRd.右眼弱視d:右眼遮閉で入力が減り,右眼コラムは狭く,左眼コラムは広くなる.右眼反応性・両眼反応性の細胞が少ない.4層1234567RLRLRcとd:aへの変化を可能にする外側膝状体からの軸索とコラム眼優位ヒストグラムために,早期治療が必要である.図1眼優位コラムの形成と斜視・弱視表1弱視の種類と実験モデル査より感度が高い.片眼遮閉下に育ったサルでは,この検査での感度低下とともに,他覚的にも眼優位コラムの変化を認める.1日1・2・4時間の開放時間を設けて経過を比較すると,4時間例ではコントラスト感度・コラムとも正常とほぼ同じで,片眼遮閉の影響は小さかったとの報告がある2).弱視の予防や治療を考えるうえで興味深い.文献1)三木淳司編:特集弱視研究の最先端.神経眼科29:377-403,20122)ChinoYM:Developmentalvisualdeprivation.Adler’sphysiologyoftheeye,11thedition(editedbyKaufmanPL,AlmA,LevinALetal),p732-749,Elsevier,20113)鈴木寛子:弱視治療の進め方.あたらしい眼科33:1609-治療経過・予後弱視の種類疾患動物実験モデル不良形態覚遮断先天白内障先天眼瞼下垂眼瞼縫合眼球摘出暗所成育斜視弱視斜視眼筋切断プリズム装用不同視弱視不同視片眼S-10.0D装用遮閉膜良好屈折異常弱視両眼屈折異常両眼S-10.0D装用遮閉膜視機能と弱視治療コントラスト感度検査(次回で詳述)は,弱視治療後1610,20164)矢ヶ崎悌司:弱視と両眼視機能.あたらしい眼科27:1645-1651,2010に矯正視力1.0を得た例でも異常を認めるなど,視力検1292あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017(80)

硝子体手術のワンポイントアドバイス  172.視力低下をきたす星状硝子体症に対する硝子体手術(初級編)

2017年9月30日 土曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載172172視力低下をきたす星状硝子体症に対する硝子体手術(初級編)池田恒彦大阪医科大学眼科●はじめに星状硝子体症(asteroidhyalosis:AH)は,1894年にBensonにより報告された硝子体変性疾患の一つであり,硝子体腔内にCasteroidbody(AB)とよばれる星屑を散りばめたような黄白色の粒子状混濁を多数認め,眼底の視認性は低下するが,通常,飛蚊症や視力低下などの自覚症状をきたすことはない.AHを有する眼は硝子体の液化が少なく,後部硝子体未.離眼が多いが,まれに後部硝子体.離(posteriorCvitreousCdetachment:PVD)が生じてCABが前部硝子体に濃縮され,視力低下をきたすことがある.筆者らは,過去にCAHを有する症例が白内障手術を契機に視力低下をきたし,硝子体手術により視力が著明に改善したC1例を報告したことがある1).C●症例提示症例はC81歳,男性.左眼白内障に対し,他院にて白内障手術が施行された.手術は合併症なく終了したが,矯正視力が術前(0.2)から術後(0.02)に低下した.左眼硝子体腔には濃厚なCAHを認め(図1),眼底の視認性はきわめて不良であった.超音波CBモード検査では,硝子体腔前方に凝縮したCABの塊と思われる陰影を認めた(図2).SD-OCTでは明瞭な網膜像が得られなかった.そこで左眼に対して硝子体切除術を施行した.まず,眼内レンズ後方の硝子体とCABを切除した.ABは前部硝子体に濃縮されたような状態となっておりCPVDが完全に生じていた(図3).ついで顕微鏡同軸照明下で強膜を圧迫しながら周辺部の硝子体およびCABを切除して手術を終了した(図4).手術翌日には眼底視認性ならびに患者の自覚は著明に改善し,術C5カ月後には左眼矯正視力はC1.0に改善した.C●視力低下をきたす星状硝子体症AHが視力低下や飛蚊症を生じにくい理由として,ABの硝子体腔全体に対する分布密度が比較的粗であることが指摘されている.ABは有形硝子体中にのみ存在し,通常は,液化硝子体腔には存在しない.本提示例の図1術前の左眼細隙灯顕微鏡所見前部硝子体腔には濃厚なCAHを認める.(文献C1より引用)図2術前の超音波Bモード写真硝子体腔前方に凝縮したCABの塊と思われる陰影を認める.(文献C1より引用)図3術中所見(1)ABは前部硝子体に濃縮されたような状態となっており,PVDが完全に生じていた.(文献C1より引用)図4術中所見(2)周辺部には濃縮されたCABを認める.(文献C1より引用)白内障手術前のCPVDの有無は不明であるが,白内障手術はCPVD誘発因子の一つであるとされている.今回は白内障手術を契機にCPVDが生じ,有形硝子体が硝子体腔前部に移動した結果,ABが前部硝子体に凝縮され,その密度が著しく増加したことにより視力障害が出現したと考えられる.AH眼では眼底視認性が不良である場合でも,フルオレセイン蛍光眼底検査やCOCTで眼底像が明瞭に描出される場合が多い.本症例では,術前にSD-OCTによる明瞭な網膜像が得られなかったが,その理由としては,断層像を得るための光が透過する隙間のないほどCABが硝子体腔前部に凝集してした可能性が考えられ,OCT所見が硝子体手術の適応を決めるうえでの指標になりうる可能性がある.文献1)OchiR,SatoB,MorishitaSetal:Caseofasteroidhyalo-sisCthatCdevelopedCseverelyCreducedCvisionCafterCcataractCsurgery.BMCOphthalmol17:68,C2017(77)Cあたらしい眼科Vol.34,No.9,2017C12890910-1810/17/\100/頁/JCOPY

眼瞼・結膜:結膜に生じるリンパ増殖性疾患のエッセンス

2017年9月30日 土曜日

眼瞼・結膜セミナー監修/稲富勉・小幡博人臼井嘉彦30.結膜に生じるリンパ増殖性疾患の東京医科大学臨床医学系眼科学分野エッセンス結膜に生じるリンパ増殖性疾患のほとんどがCMALT(mucosaassociatedlymphoidtissue)リンパ腫あるいは反応性リンパ組織過形成である.これらは日常診療では診察することが少ない疾患であるが,結膜腫瘍の多くを占め,専門医でなくても臨床的特徴や治療方針を知識として持ち合わせておかなければならない.●はじめに結膜には,リンパ球を主体とした免疫細胞の増殖あるいは浸潤により腫瘤性病変をみることがある.鑑別疾患としては粘膜関連リンパ組織の節外性辺縁帯CB細胞リンパ腫(extranodalmarginalzoneB-celllymphomaofmucosa-associatedlymphoidtissue:MALTリンパ腫)と,良性の反応性リンパ組織過形成(reactivelymphoidhyperplasia:RLH)に大別され,結膜リンパ増殖性疾患の大半を占める.結膜における悪性のリンパ増殖性疾患の大半が結膜CMALTリンパ腫で,濾胞性リンパ腫やびまん性大細胞型リンパ腫,マントル細胞リンパ腫などの他の悪性リンパ腫はまれである.もともと結膜悪性腫瘍のなかでも,その大半が悪性リンパ腫のため1),MALTリンパ腫に精通することが日常診療で重要となる.良性のリンパ増殖性疾患に関しては,眼窩リンパ増殖性疾患ではCIgG4関連眼疾患が多いのに比して,結膜ではCRLHが圧倒的に多い.MALTリンパ腫であれRLHであれ,何らかの慢性的な抗原刺激が加わることにより発生すると推定されている2).C●臨床所見と診察におけるエッセンス臨床的に結膜CMALTリンパ腫が高齢者に多いのに対して,結膜CRLHは比較的若い成人に多い.自覚症状がないことが多く,眼瞼・球結膜の充血や流涙,眼瞼腫脹などによりアレルギー性結膜炎,春季カタルや慢性結膜炎などと診断されることも少なくない3).結膜CMALTリンパ腫およびCRLHともに,典型例として球結膜および瞼結膜に表面平滑で淡いピンク色(サーモンピンク)の腫瘍がみられ(図1,2),検眼鏡的図1結膜MALTリンパ腫下方瞼結膜から円蓋部にかけて,表面平滑なサーモンピンク色の結膜下腫瘤がみられる.図2反応性リンパ組織過形成球結膜に結膜CMALTリンパ腫と同様の淡いピンク色の腫瘤がみられる.(75)あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017C12870910-1810/17/\100/頁/JCOPY図3結膜MALTリンパ腫の病理組織像および抗CD20抗体による免疫染色a:結膜上皮内および上皮下に小型~中型のリンパ球がびまん性に浸潤している.ヘマトキシリン・エオジン染色.b:MALTリンパ腫のほとんどが抗CCD20抗体陽性細胞,すなわちCBリンパ球である.に鑑別が困難なことも多い.また濾胞様の所見がみられることもある.病理組織学的に,リンパ球が結膜上皮に浸潤した結膜病変と,リンパ球が腫瘤となった結膜下病変が一体になってみえるため,淡いピンク色にみえる.逆にいえば,眼窩CMALTリンパ腫などで結膜下に進展してきたような場合は,結膜上皮にリンパ球が浸潤しておらず,正常な結膜を介して腫瘤性病変がみえるため,淡いピンク色にはならない.結膜CMALTリンパ腫とCRLHはともに片側性あるいは両側性に発生し,発育緩徐である.結膜円蓋部が好発部位で診察もしやすいが,下眼瞼結膜のみならず,上眼瞼結膜にも同時に発生することがあるため,必ず結膜を翻転して診察することが大切である(図1).C●検査と診断におけるエッセンス血液学的検査により得られる情報は限られるため,採血結果は,検眼鏡的所見や他の検査から総合的に判断する.しかし,MALTリンパ腫を含めた悪性リンパ腫では,血清CsIL-2の上昇をみることがあり,sIL-2が高値であった場合,他臓器病変の検索は必要であろう.結膜CMALTとCRLHを鑑別する特徴的な臨床所見はなく,濾胞リンパ腫とCMALTリンパ腫においても検眼鏡的に鑑別することが困難であるため,リンパ増殖性疾患における診断のゴールドスタンダードである病理組織学的検査,IgGJH遺伝子再構成(生検された組織が比較1288あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017的多く採取されたときはサザンブロット法,少ない場合はCPCR法を用いる)の有無,フローサイトメトリーを駆使して,総合的な判断のもとに診断を行う.InCsituhybridization法による染色体転座の検出を調べることも診断の一助となることがある.病理組織学的には,MALTリンパ腫のほとんどがモノクローナルなCBリンパ球の増殖である.これらは小型から中型で軽度の不整型を示す核をもつ胚中心細胞様細胞,あるいは明るい胞体を示す単球様細胞からなる(図3).一方,RLHではポリクローナルなCBリンパ球とCTリンパ球が混在している.C●治療と経過観察におけるエッセンスMALTリンパ腫の治療としては,経過観察,手術による切除,放射線治療および冷凍治療がある.RLHでは上記に放射線治療を除いた治療が主体となる.MALTリンパ腫では結膜に限局している場合,電子線(30CGy)による放射線照射によって治癒に至る症例がほとんどであるが,近年では放射線治療を施行せず,経過観察や手術による可及的な切除,冷凍治療を行う症例も増えてきている.これも発育緩徐で,生命予後が良好なためであろう.しかし,唾液腺,顎下腺,副腎,後腹膜など他臓器に発生することもあり,Gallium-67citrate(67Ga)シンチグラフィやCFDG-PET,全身のCCT検査を行い,注意深い経過観察が必要な場合もある.このように病理組織型が同じ“MALTリンパ腫”であっても臨床経過が異なることは,染色体および遺伝子異常の質および量的な面で差異があるためと考えられ,将来的には症例ごとにゲノム異常を検索し,個別化治療が必要となる時代も来る可能性がある4).文献1)後藤浩:眼部悪性腫瘍の診断と治療.東医大誌C65:350-358,C20072)UsuiCY,CRaoCNA,CTakaseCHCetCal:ComprehensiveCpoly-meraseCchainCreactionCassayCforCdetectionCofCpathogenicCDNACinClymphoproliferativeCdisordersCofCtheCocularCadnexa.SciRepC6:36621,C20163)松尾好恵,石原美香,金田周三ほか:難治性アレルギー性結膜炎と診断されていた両眼瞼結膜CMALTリンパ腫のC1例.あたらしい眼科21:241-244,C20044)TakahashiH,UsuiY,Sato-OtsuboAetal:Genome-wideanalysisCofCocularCadnexalClymphoproliferativeCdisordersCusingChigh-resolutionCsingleCnucleotideCpolymorphismCarray.InvestOphthalmolVisSciC56:4156-4165,C2015C(76)

抗VEGF治療:ラニビズマブ,t-PA,ガスを用いた黄斑下血腫移動術

2017年9月30日 土曜日

●連載監修=安川力髙橋寛二44.ラニビズマブ,t-PA,ガスを用いた北川順久島田宏之日本大学病院アイセンター黄斑下血腫移動術滲出型加齢黄斑変性によって生じる黄斑下血腫は,放置すると高度の視力障害が永続するため,早急な治療が必要である.治療は硝子体手術や硝子体内ガス注入がある.本稿では,VEGF阻害薬,t-PA,ガスを硝子体内に注射する黄斑下血腫移動術について解説する.はじめに黄斑下血腫に対する治療は,硝子体手術を行う方法と硝子体内ガス注入を行う方法に大別される.過去の両方の治療手技についてC38論文を検討した研究では,血腫の完全移動率,術後の再出血と網膜.離の比率に差は認められていない1).両者ともそれぞれ利点や欠点がある(表1).黄斑下血腫の治療硝子体内ガス注入は,硝子体を切除せず温存し,血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthCfactor:VEGF)阻害薬,組織プラスミノーゲンアクチベータ(tissueCplasminogenCactivator:t-PA),ガスを硝子体内に注射して治療する方法である(表2).使用するガスは八フッ化プロパン(C3F8),六フッ化硫黄(SF6)がある.硝子体内ガス注入の利点は,硝子体を切除しないため,硝子体に注入したCVEGF阻害薬の半減期が短くならず,再発に有利であること,手技が注射のみと容易なため外来処置室でも行え,多くの施設で治療できることなどがある.欠点は,比較的強い白内障,硝子体出血を伴っている例では,これらを同時に治療できないことである2).筆者は,黄斑の上下アーケード血管を大きく上回る広範囲で丈の高い網膜下出血や色素上皮.離を認める症例では,治療選択に苦慮する場合がある.経過観察,硝子体注射のみ,硝子体内ガス注入,硝子体手術があるが,なかでも手術を行う場合には慎重に選択している.黄斑円孔や色素上皮裂孔など手術に伴うリスクや,手術により中心窩の出血をどれほど処理できるかを考えてから行っている.そのような症例では,手術経験がある術者では手術を選択しても良いかもしれない.本術式に至る理由硝子体内ガス注入による過去の後ろ向き研究では,(73)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY表1黄斑下血腫に対する硝子体手術と硝子体内注射の比較硝子体手術硝子体内注射利点網膜下注入,薬剤が直接効果ある白内障・硝子体出血も同時に治療硝子体を温存,再燃に有利低侵襲手技が容易,外来治療可能欠点再燃の際,硝子体注射・薬剤半減期は短縮する硝子体手術設備が必要手技に熟練を要す白内障,硝子体出血は同時に治療できない合併症への対応術後硝子体出血,網膜.離に対しては硝子体手術が必要表2黄斑下血腫治療におけるt.PA,ガス,VEGF阻害薬の役割t-PA血腫を溶かすガス血腫の移動ラニビズマブ病巣の治療(t-PAと併用しても抗CVEGF効果が保たれる)アフリベルセプト再燃に有効t-PAとガスを併用したほうが,VEGF阻害薬とガスの併用より視力予後が良く3),またCVEGF阻害薬とCt-PAとガスの三つを併用したほうが,t-PAとガスを併用した方法より視力予後が良いとされる4).よって,VEGF阻害薬とCt-PAとガスを一度に硝子体内注射をする方法は,黄斑下血腫の移動と病巣への治療を同時に行えるため視力予後が良く,有利と考えられる4).ラニビズマブはCt-PAやCt-PAにより産生されたプラスミンに分割されず,VEGFを抑制して,その効果は保持される.一方,アフリベルセプトはCt-PAにより増加するプラスミンによりCVEGFを抑制する効果が部分的に減少するとされている5).以上からラニビズマブ,t-PA,ガスを一度に硝子体内注入をする治療法を行い,前向き研究で効果,安全性を検討した.対象は典型加齢黄斑変性(age-relatedCmacularあたらしい眼科Vol.34,No.9,2017C1285ab図1症例a:ポリープ状脈絡膜血管症.術前CETDRS58文字.9乳頭径の網膜下出血と色素上皮.離を認めた.Cb:術後C3カ月.ETDRS70文字.網膜下出血は消失していた.degeneration:AMD)とポリープ状脈絡膜血管症(pol-ypoidalCchoroidalCvasculopathy:PCV)によって黄斑下血腫を生じた連続症例20例20眼(AMD:1眼,PCV:19眼).方法は,球後麻酔下でCt-PA(アクチバシンR:25Cμg/0.05Cml;4万単位)0.05Cml,ラニビズマブ(ルセンティスCR2.3mg/0.23ml)0.05mlを注入後,前房穿刺を行い,ガス(100%CC3F8)0.3Cmlを硝子体内注射し,48時間の腹臥位を行った.主要評価項目は術後C6カ月での矯正視力(ETDRS),副次評価項目は血腫の移動の有無,光干渉断層計(opticalCcoherenceCtomo-graphy:OCT)で測定した中心窩網膜厚(centralCreti-nalthickness:CRT),中心窩網膜色素上皮.離厚(cen-tralretinalpigmentepithelialdetachmentthickness:CRPEDT),術後合併症,術後C6カ月における再燃,t-PAの安全性を検討した.結果は,平均CETDRSは術前C52文字,術後C6カ月で65文字であり,有意に改善した(p=0.0040).血腫の完全移動はC85%(20眼中C17眼)で得られた.OCTで測定した平均CCRTは,術前C599μm,術後C6カ月C207μmとなり,有意に減少し(p<0.0001),CRPEDTは術前C188Cμm,術後C6カ月C88Cμmとなり,有意に減少した(p=0.0140).術後C3カ月までの術後合併症はC3眼で硝子体出血,1眼で裂孔原性網膜.離を生じた.それらに対しては硝子体手術あるいは網膜復位術を行い完治した.合併症を生じたC4眼を術後C6カ月でみると,ETDRSはC51文字からC67文字へ有意に改善した(p=0.0058).再燃はC50%(20眼中C10眼)にみられたが,アフリベルセプトの硝子体内注射を適宜行い,視力維持が得られた.再発症例の病型はC19眼でCPCVであったため,再燃にはアフリベルセプトが有用と考える.ラニビズマブ,t-PA,ガスの硝子体内注入後,眼内炎や全身の血栓症など重篤な合併症やCt-PA関連の網膜毒性による網膜萎縮などはみられなかった.1286あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017おわりにt-PAを用いることで血腫を溶解し,ガスの浮力による血腫の移動をより容易にし,またラニビズマブを同時に注射することによりCCNVの退縮が得られたと考える.また,術後に裂孔原性網膜.離や硝子体出血を生じても,適切に対応すれば,すでに血腫を中心窩から移動させ,中心窩の機能を確保できているため,矯正視力を維持し改善することができた.ラニビズマブ,t-PA,ガスの硝子体内注入による黄斑下血腫移動術は矯正視力が改善する有用な治療法である.視力を維持するためには術後合併症に対する適切な処置と病変の再燃に対する適宜アフリベルセプトの硝子体内注射が必要である.文献1)vanCZeeburgCEJ,CCeredaCMG,CAmarakoonCSCetCal:Pro-spective,randomizedinterventionstudycomparingretinalpigmentepithelium-choroidgraftsurgeryandanti-VEGFtherapyCinCpatientsCwithCexudativeCage-relatedCmacularCdegeneration.OphthalmologicaC233:134-145,C20152)KitagawaCY,CShimadaCH,CMoriCRCetCal:IntravitrealCtissueCplasminogenCactivator,Cranibizumab,CandCgasCinjectionCforCsubmacularhemorrhageinpolypoidalchoroidalvasculopa-thy.OphthalmologyC123:1278-1286,C20163)MayerWJ,HakimI,HaritoglouCetal:E.cacyandsafe-tyCofCrecombinantCtissueCplasminogenCactivatorCandCgasCversusCbevacizumabCandCgasCforCsubretinalChaemorrhage.CActaOphthalmol91:274-278,C20134)Gutho.R,Gutho.T,MeigenTetal:IntravitreousinjecC-tionofbevacizumab,tissueplasminogenactivator,andgasinthetreatmentofsubmacularhemorrhageinage-relatedCmaculardegeneration.RetinaC31:36-40,C20115)KlettnerA,GroteluschenS,TreumerFetal:Compatibili-tyCofCrecombinantCtissueCplasminogenCactivator(rtPA)CandCa.iberceptCorCranibizumabCcoappliedCforCneovascularCage-relatedmaculardegenerationwithsubmacularhaem-orrhage.BrJOphthalmolC99:864-869,C2015(74)C

緑内障:網膜神経節細胞保護と軸索再生

2017年9月30日 土曜日

●連載207監修=岩田和雄山本哲也207.網膜神経節細胞保護と軸索再生野呂隆彦東京慈恵会医科大学眼科学教室東京都医学総合研究所視覚病態プロジェクトC緑内障治療においては,既存の眼圧下降療法に加えて,神経保護作用を有する治療法の確立が望まれている.Spermidineは強い抗酸化作用をもつポリアミンの一種で,内因性フリーラジカル・スカベンジャーとして作用する.そこで,視神経挫滅モデルマウスにおいてCspermidine投与の影響を調べたので紹介する.C●緑内障における神経保護治療緑内障や視神経変性においては,網膜神経節細胞(retinalCganglionCcell:RGC)の保護が重要なポイントである.とくに緑内障においては,眼圧降下が得られても病期が進行する症例が治療上の課題となっており,既存の眼圧下降治療に加えて,新たに神経保護治療の確立が期待されている.しかし,新薬の開発には莫大な資金や長い歳月が必要となることから,緑内障のような慢性疾患では日頃の食事によって進行予防ができれば理想的である.視神経挫滅(opticnerveinjury:ONI)モデルは眼圧が上昇せずにCRGC死を誘発することから,正常眼圧緑内障や外傷性視神経症のモデルとして活用されている.本モデルでは,緑内障の基本病態である視神経軸索の変性を挫滅で模倣し,軸索流のうっ滞を起こしてアポトーシス経路を起動させることにより,細胞死が誘導される0day14dayspermidinecontrolと考えられている.そこで筆者らは,ONIモデルマウスにCspermidineを飲み水に混ぜて毎日経口的に投与し,RGCの保護効果を調べる実験を行った1).C●Spermidineの網膜,視神経に対する作用Spermidineはポリアミンの一種で,通常はおもに脳や網膜内のグリア細胞に蓄積されている.内因性フリーラジカル・スカベンジャーとして作用し,強い抗酸化作用をもつが2),加齢とともに減少することが知られている.また,その抗酸化作用により酵母やハエ,ミミズなどの下等動物では寿命を延ばす効果が報告されており,近年では心血管系への保護効果で注目を集めている3).郭らは多発性硬化症モデルマウスにおいてCspermidineのCRGC保護効果を確認している4).筆者らの検討では,spermidine投与によりCONI後のCRGC死を抑制可能であることがわかった(図1).C●ASK1.p38pathwayと酸化ストレスヒトでは,房水中の酸化ストレスと緑内障との関連が示唆されている5).ASK1-p38Cpathwayは酸化ストレabONIONInormalcontrolspermidinenormalcontrolspermidinephospho-ASK1phospho-p38totalASK1totalp38phospho/total(fold)ASK1p388***6**420normalcontrolspermidinenormalcontrolspermidineONIONI図2SpermidineによるASK1.p38pathwayの活性化抑制効果a:視神経挫滅(ONI)後の網膜におけるCASK1-p38Cpathwayの活性に及ぼすCspermidineの効果.Cb:aにおけるCphospho-ASK1およびCphospho-p38発現量の定量的解析.*p<0.05,**p<0.01.(文献C1より改変)(71)あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017C12830910-1810/17/\100/頁/JCOPY図1Spermidineが視神経挫滅(ONI)後の網膜視神経節細胞(RGC)数と網膜内層厚に与える効果ONI後C14日における網膜切片のCHE染色.Spermidine投与群ではCRGC数と網膜内層厚の減少が有意に抑制された.GCL:ganglioncelllayer(神経節細胞層).(文献C1より改変)C図3網膜ミクログリアにおけるiNOSの発現iba1(緑)とCiNOS(赤)の二重染色像.二重染色された細胞()はCiNOSを産生する活性化ミクログリアを示す.ONI後には活性化ミクログリアが大きく増加したが(中段),spermidine投与群では細胞数が抑制されていた(下段).GCL:ganglioncellspermidinecontrol軸索再生layer(神経節細胞層),INL:innerCnuclearClayer(内顆粒層),ONL:outerCnuclearClayer(外顆粒層).スケールバーは100Cμmを示す.(文献C1より改変)スや小胞体ストレスのような種々のストレス応答として活性化され,Alzheimer病や多発性硬化症などのアポトーシスに関与している.Spermidineの投与は,ONIによるCASK1-p38Cpathwayの活性化を,おもにCRGCにおいて抑制することがわかった(図2).C●ミクログリアにおける効果ミクログリアは障害によって活性化し,神経細胞死を誘導するCTNF-a,反応性酸化種,酸化窒素,プロテアーゼなどの細胞毒性物質を産生する.これらのプロセスは緑内障やCAlzheimer病を含むさまざまな神経変性疾患に関与するとされている.ONI後にはCMCP-1やRANTESなどのミクログリアの遊走に必要なケモカインの産生が網膜で上昇するが,これらはCspermidine投与によって抑制された.また,ONI後に観察される誘発性CiNOSを発現するミクログリアの細胞数もCspermiC-dineによって大きく抑制されており,併せて神経保護効果につながったと考えられる(図3).C●食生活からのspermidine摂取と神経軸索再生Spermidine投与におけるCRGCの再生軸索数を,ONI後に眼球内に投与した色素であるCCTBの陽性線維数を指標として,ONI後C14日目にCinCvivoで検討した.その結果,再生軸索数は有意に増加したが,長さに関しての再生効果は限定的であった(図4).Spermidineは多くの食品に含まれる天然成分であり,大豆(とくに納豆),茶葉,マッシュルームなどに高レ1284あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017図4Spermidineによる視神経軸索再生効果の検討視神経挫滅(ONI)後C14日における視神経軸索の切片(長軸方向).Spermidine投与群では挫滅部位(*)から伸びたCCTB陽性の再生線維()が観察された.(文献C1より改変)Cベルで含まれることが知られている.よって,食品を意識的に選択することによってCspermidineの血中濃度を上げ,有益な効果を享受することができるかもしれない.しかし,高濃度のCspermidineは逆に神経障害的に働くとの報告もあることから,緑内障などの治療候補とする場合は,適切な血中濃度の検討など,投与量の評価が今後の課題である.ONIモデル研究により,spermidineはCRGC保護効果を発揮するだけでなく,軸索再生効果を有することがわかった.文献1)NoroCT,CNamekataCK,CKimuraCACetCal:SpermidineCpro-motesretinalganglioncellsurvivalandopticnerveregen-erationCinCadultCmiceCfollowingCopticCnerveCinjury.CCellCDeathandDiseaseC6:e1720,C20152)LaubeCG,CVehCRW:Astrocytes,CnotCneurons,CshowCmostCprominentstainingforspermidine/spermine-likeimmuno-reactivityinadultratbrain.GliaC19:171-179,C19973)EisenbergCT,CAbdellatifCM,CSchroederCSCetCal:Cardiopro-tectionCandClifespanCextensionCbyCtheCnaturalCpolyamineCspermidine.NatMedC22:1428-1438,C20164)GuoCX,CHaradaCC,CNamekataCKCetCal:SpermidineCallevi-atesseverityofmurineexperimentalautoimmuneenceph-alomyelitis.CInvestCOphthalmolCVisCSciC52:2696-2703,C20115)GoyalCA,CSrivastavaCA,CSihotaCRCetCal:EvaluationCofCoxi-dativestressmarkersinaqueoushumorofprimaryopenangleCglaucomaCandCprimaryCangleCclosureCglaucomaCpatients.CurrEyeRes39:823-829,C2014C(72)

屈折矯正手術:フェムトセカンドレーザー白内障手術における角膜切開

2017年9月30日 土曜日

監修=木下茂●連載208大橋裕一坪田一男208.フェムトセカンドレーザー白内障手術に柴琢也東京慈恵会医科大学眼科学講座おける角膜切開フェムトセカンドレーザーを用いて白内障手術を行うことにより,用手的には作製不可能な角膜切開,角膜弧状切開を正確かつ高い再現性をもって作製することが可能である.●はじめに蒸散させる.照射を連続的に走査して行うことによって,照射部位を切断する(光切断:photodisruption).フェムトセカンド(femtosecond:FS)レーザーを用FLACSは,FSレーザーの光切断作用を用いて手術をいた白内障手術(femtosecondClaser.assistedCcataract行う方法である.FSレーザーを用いて前.切開,水晶surgery:FLACS)は,2009年に臨床報告1)が行われて体破砕,角膜減張切開,角膜切開を行うが,手術時の解以来,世界的に普及しはじめており,わが国でも導入す剖情報は前眼部光干渉断層計(opticalCcoherenceる施設が増えてきている.本稿ではCFLACSの角膜切開tomography:OCT)を用いて取得する.そのためマについて解説する.Cニュアルでは作製不可な切開を行うことが可能である.●フェムトセカンドレーザーとはFSレーザーとは,フェムト秒(1000兆分のC1秒)単位の赤外線レーザー光を連続照射することで照射部位を図1角膜切開の設定画面レーザーの出力とCXYZ軸方向の照射間隔,外部切開線および後部切開線の角度,切開幅,位置などを設定する.図2角膜切開の形状従来の用手的に作製する切開と同様の切開(上)や,FSレーザーを用いないと作製不可能な切開(下)も作製可能である.(69)あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017C12810910-1810/17/\100/頁/JCOPY中心線図3角膜弧状切開AKやCLRIと異なり,角膜実質内のみを切開(赤実線)することが可能である.●角膜切開主創口およびサイドポートをCFSレーザーを用いて作製する.レーザーの出力とCXYZ軸方向の照射間隔,外部切開線および後部切開線の角度,切開幅,位置などを設定する(図1).レーザー照射部位に関して安全マージンが設定されており,虹彩や水晶体との距離が一定以上近い部位にはレーザー照射されない.OCTとレーザーを用いることにより,従来と同様の切開(図2上)から,用手的には実現不可能な切開(図2下)まで作製することが可能である.ただし,OCT,レーザーともに組織侵達度に限界があり,虹彩後面や毛様体の観察および治療は不可能である.したがって,角膜と水晶体以外ではOCTによる計測やレーザー照射を行うことができないため,強角膜切開を行うことはできない.また,角膜切開を行う際には,上方角膜は透明性が低下することより切開部位の適応になりにくい.FSレーザー装置による手術過程が終了したら,通常の白内障手術と同様に手術顕微鏡下にて手術操作を行う.スパーテルやフックなどを用いて,角膜切開創の切断面を.離する.外部切開線の.離がむずかしいことがあるが,スリット照明を用いると視認性が向上して操作が容易になる.C●角膜弧状切開(arcuateincision:AI)角膜乱視の矯正を目的として行うが,用手的なCastig-maticCkeratotomy(AK)2)やClimbalCrelaxingCincision(LRI)3)と異なり,角膜実質内のみを切開することが可1282あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017C図4角膜弧状切開の設定画面レーザーの出力とCXYZ軸方向の照射間隔,切開範囲の角膜前後面からのそれぞれの距離,角度,光学域,弧の長さなどを設定する.能である(図3).そのため矯正効果の予測精度と効果持続性の向上が期待できる.レーザーの出力とCXYZ軸方向の照射間隔,切開範囲の角膜前後面からのそれぞれの距離,角度,光学域,弧の長さなどを設定する(図4).C●おわりに従来の白内障手術に比べてCFSレーザーを用いると,手術の再現性,正確性を向上させることが可能になる.さらに,マニュアルでは絶対に作製不可能な切開を行うことが可能になる.まだ第一世代の機種であるが,今後のさらなる発展が期待できる.文献1)NagyZ,TakacsA,FilkornTetal:Initialclinicalevalua-tionCofCanCintraocularCfemtosecondClaserCinCcataractCsur-gery.JRefractSurgC25:1053-1060,C20092)BinderPS:Astigmatickeratotomyprocedures.CorneaC3:C229-230,C19843)HannaCKD,CJouveCFE,CWaringCGOC3CrdetCal:ComputerCsimulationCofCarcuateCandCradialCincisionsCinvolvingCtheCcorneosclerallimbus.Eye3:227-239,C1989(70)

眼内レンズ:眼内レンズ切断剪刀

2017年9月30日 土曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋370.眼内レンズ切断剪刀下分章裕しもわけ眼科フォーダブル眼内レンズ(IOL)を眼内で安全に切断できるよう工夫された眼内レンズ切断剪刀(ASICO社,Duckworth&Kent社)を紹介する.眼内の操作を安全にできるように眼内レンズ切断剪刀の刃先がティアードロップ状になっている.IOLを前房内で切断する際,創口より粘弾性物質が流出し後.が挙上しても破.しにくく,有用である.●IOL2分割よりも3分割がよい理由白内障手術時にインジェクタートラブルなどで,フォーダブル眼内レンズ(intraocularlens:IOL)が破損しIOLを摘出しないといけない場合がある.また,白内障術後にもIOL屈折誤差,偏位などでIOLを交換する場合もある.小切開創からIOLを取り出す場合は2分割して摘出するのが一般的であったが,この場合,眼内での操作が困難で角膜内皮障害をきたしやすく,また図1IOL2分割法2分割法は切断距離が長く,中央のもっとも厚い部分を切らないといけない.若干創口を広げる必要があった.2分割がむずかしくなる原因はIOLの一番分厚い部分を切り,またIOLの直径部分のもっとも長い部位を切る必要があるからである(図1).また,剪刀の先端は切れにくい.2分割の場合は剪刀先端部を使うことになり,さらにむずかしくなる.対策としては分割数を3分割に増やすのがよい.3分割ならIOL中央の分厚い部分を切らずにすみ,切断する長さも短くなり眼内操作が簡便となる(図2).Shi-mowake式眼内剪刀(ASICO社,Duckworth&Kent社)は刃先が細く,前房内での操作がやりやすくなっている.また,先端がティアードロップ状になっているので,創口より粘弾性物質が流出し後.が挙上しても,破.しにくいようにデザインされている(図3).眼内への挿入もスムーズに行うことができる.眼内では虹彩面に平行に刃先が開閉し,浅前房でも操作しやすく,角膜内面や後.を傷つけにくい.●IOL3分割の手順Shimowake式眼内剪刀を用いたIOL3分割の手順は次のとおりである(図4).図2IOL3分割法3分割法は切断距離が短く,薄い部分を切る.図3Shimowake式眼内剪刀(ASICO社,Duck-worth&Kent社)とその先端形状(67)あたらしい眼科Vol.34,No.9,201712790910-1810/17/\100/頁/JCOPY図4IOL3分割法の手順①IOLの手前のハプティックスを創口から引き出す.②左側の1/3を切断する.③断片を摘出する.④残りのIOL.⑤IOLを180°回転させ,残りのハプティクスを創口から出す.⑥残りの光学部が台形になるように切断する.⑦両端を切り落とした中央部の光学部.⑧取り出しやすいように回転させ,残りのIOLを摘出する.①前房に粘弾性物質を満たし,眼内のIOLを前房へ引き出す.②IOLの手前のハプティックスを創口から引き出だし,ハプティックスを鑷子で牽引してIOLを固定する.③固定されたIOLの左側の1/3を剪刀で切断し,摘出する.④残りのIOLを眼内で180°回転させ,残りのハプティクスに対しても同様の操作を行う.できれば,取り出だしやすいように中央部の残りの光学部は台形に切断する.⑤取り出しやすいよう眼内で回転させ,残りの中央部を摘出する.●おわりにIOLの固定は眼外へ出ているハプティクスを引っ張ることによって確実にでき,また切る距離が短いので剪刀の根元で確実にIOLを切断することができる.3分割法は2分割法に比べ手順が多くなるが,各ステップが容易であるのがメリットである.IOLのハプティックスが破損している場合は,サイドポートから入るIOL把持鑷子でIOLを固定することにより,IOL切断は容易にできる.また,この剪刀は超音波水晶体乳化吸引術時に核が皿状に残って困った場合にも応用可能である.粘弾性物質を前房に入れ,皿状の核を前房内へ脱臼させ,核片を剪刀にて細かく切断し処理する.ほかにも通常の虹彩剪刀・前.剪刀と同様に使用することができ,汎用性があり有用である.文献1)江口秀一郎:眼内レンズ交換1.IOL&RS25:183-189,20112)郡司久人,新井香太,伊藤義徳ほか:小切開から摘出可能な新しい眼内レンズ切断法.眼科手術23:603-607,20103)溝手秀秋:2.5mm創口からの簡便な眼内レンズ摘出方法.あたらしい眼科33:1157-1157,2016

コンタクトレンズ:花粉症とコンタクトレンズ

2017年9月30日 土曜日

提供コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ処方つぎの一歩~症例からみるCL処方~監修/下村嘉一35.花粉症とコンタクトレンズ●はじめにわが国における花粉症の有病率は2008年度で全国民の29.8%,スギ花粉症のみでも26.5%である(鼻アレルギー診療ガイドライン2013年版).また,スギ花粉症の年齢層別有病率もコンタクトレンズ(CL)装用者が多い20,30,40歳代で31.3%,35.5%,39.1%と高値であり,多くのCL装用者がスギ花粉飛散期には花粉性結膜炎に罹患しながらCLを装用していることになる.CLは花粉性結膜炎の症状や所見を悪化させる.その理由として,CLと炎症を起こしている結膜上皮層との接触により結膜上皮層のバリアーがさらに低下し,抗原が肥満細胞が多く常在する結膜固有層に侵入し,肥満細胞の脱顆粒を誘導しアレルギー反応が増悪する.また,通常は結膜.内に飛入した花粉抗原は涙液中の分泌型ムチンや分泌型IgAによってトラップされ,涙液とともに洗い流されて(washout)しまう.しかし,CLに花粉が吸着したりCL装用により涙液量が変化し相対的ドライアイになったりすると,花粉のwashoutができなくなり,花粉抗原が結膜.内に長時間貯留することになり,アレルギー反応が起こりやすくなる.以上のことを考えると,花粉症の時期にはCL装用を中止するのが理想だが,色々な社会的・個人的なニーズによってCL装用を継続しなくてはならない症例がほとんどだと思う.本稿では,花粉飛散期のCL装用で注意する点について述べる.●CL関連乳頭性結膜炎との関連CL装用によって惹起されるアレルギー性結膜炎をCL関連乳頭性結膜炎(contactlensrelatedpapillaryconjunctivitis)といい,上眼瞼結膜に巨大乳頭(直径1mm以上)を認める場合は巨大乳頭性結膜炎(giantpapillaryconjunctivitis:GPC)という.上眼瞼結膜の乳頭増殖の範囲や乳頭の大きさは,CLと上眼瞼結膜上皮層との接触の面積や強さによって拡大,増大していく.GPCの成因については未だ明確なものはないが,(65)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY海老原伸行順天堂大学医学部附属浦安病院眼科図1花粉性結膜炎とCLPCとの合併症例その個体のもっているアレルギー体質と,CLと結膜上皮層との接触(摩擦)が影響していると考えられている.花粉性結膜炎患者がCLを装用したからといって必ずGPCになるわけではないが,その頻度はアレルギー性結膜炎のない症例より高くなる(図1).●花粉飛散時のCLの装用・選択重症例,軽~中等症例でも花粉飛散極期にステロイド点眼液が必要な患者ではCL装用を中止する.またはCL装用時間をできるだけ短縮する.装用するソフトコンタクトレンズ(SCL)の種類を2週間または1カ月交換SCLから,1日交換(1day)SCLに変更する.そして,なるべく表面が滑らかで摩擦の少ないSCLを選択するのがよい(ex:ワンデーアキュビューRモイストRワンデーアキュビューR,トゥルーアイR).なぜなら,,結膜上皮層とSCLとの過剰な接触は結膜上皮細胞に対し過剰なストレスを与え,アラーミン分子またはDAMPS(damageassociatedmolecularpatterns)を放出させ,アレルギー反応を惹起する可能性があるからである.また,結膜.内で可動が大きいフィッティングだと,より摩擦が強く出るので,適正なフィッティングが必要である.あたらしい眼科Vol.34,No.9,20171277表1花粉症患者のCL装用・選択表2花粉症患者のCL装用眼の抗アレルギー点眼液の選択●CL装用時の抗アレルギー点眼液の選択中~重症の花粉性結膜炎を罹患しているCL装用者は,原則として花粉飛散極期にはCL装用を中止する,またはCLの装用時間を短縮する.しかし軽症,中等症であっても職業上CL装用を中止できない場合には,抗アレルギー点眼液を使用しながらCL装用を継続する.その場合,抗アレルギー点眼液の選択が重要である(表2).中性な点眼液,塩化ベンザルコニウム(BAK)フリーな点眼液,懸濁していない点眼液を選択する.CLは種類によってBAKの吸着率,徐放率が異なるが,調べられているCLの種類は少ない.BAKフリーの抗アレルギー点眼液にはゼペリンR(防腐剤:クロロブタノール),アレジオンR(防腐剤:ホウ酸),ユニットドーズのインタールR,点眼瓶がPFデラミ容器(0.22μmメンブレンフィルター)になっているトラメラスRPF点眼液や後発品のクモロールR(インタールR)PF,ケトチフェンR(ザジテンR)PF点眼液がある.また,抗アレルギー点眼液には酸性,中性,アルカリ性のものがある.中性の点眼液にはアレジオンR,パタノールR,リザベンR,ゼペリンRなどがあり,酸性の点眼液にはインタールR,ザジテンRなどがある.一部のSCLでは酸性点眼液でベースカーブに影響が出るとの報告もあり,中性点眼液を選択すべきである.また,多くの抗アレルギー点眼液の使用回数は4回/日だが,CLの装用前後の2回/日でも効果を発現するアレギサールRもよい.一方,SCLの種類にも注意が必要で,1カ月~2週間交換タイプのSCLでは上記で示した中性,BAKフリー,懸濁していない抗アレルギー点眼液を選択したほうがよいが,1日交換SCLではあまり気にしなくてもよいと思われる.逆にSCLに点眼液の主成分がトラップされて徐放し,効果が増強する.以前,抗アレルギー点眼液の主成分を含有し徐放する花粉性結膜炎患者用のSCLの開発が考えられたが,いまだ実現に至っていない.ZS985

写真:Posterior corneal vesicles

2017年9月30日 土曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦400.Posteriorcornealvesicles細谷比左志JCHO神戸中央病院眼科図1Posteriorcornealvesiclesのスペキュラー写真水疱病変とそれに連続する帯状病変がみられる.図2図1のシェーマ図3帯状病変の先端近くにある水疱病変数個の水疱病変が集まり,全体がやや混濁した病変で囲まれている(C..).この部位がはっきりとスペキュラー写真(図C1)でとらえられている.図4接触型広角内皮スペキュラー顕微鏡のコーンレンズ部今回使用したセルチェックCCのコーンレンズ部(C..).患者角膜に接する部分である.(63)あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017C12750910-1810/17/\100/頁/JCOPYPosteriorcornealvesiclesは,Pardosら1)により最初に報告された片眼の角膜内皮側に水疱や帯状病変がみられる疾患2)で,家族歴はないものをいう.今回呈示した症例(図1~3)は,その水疱病変と帯状病変の両方がみられる症例である.水疱病変は数個の水疱からなり,その周囲はChaloとよばれるやや混濁した病変で囲まれるという特徴がある.また,帯状病変はCDes-cemet膜を引っ張って裂け目を作ったような形状で,その辺縁はやや鋸歯状を呈している.進行はしない.内皮細胞数の減少がみられることも多く,経過に注意が必要である.水疱病変がみられる疾患で鑑別すべきものとしては,後部多形性角膜ジストロフィ(posteriorCpolymorphouscornealCdystrophy:PPCD)がある.PPCD3~5)は両眼性で家族歴もみられる.また,角膜内皮細胞に上皮細胞様の変化がみられる.このあたりはコンフォーカル顕微鏡で観察をすると明確である.今回の症例は片眼性で家族歴がなく,内皮細胞の上皮様変化がない点でCPPCDと鑑別できる.角膜内皮側に帯状病変がみられるほかの疾患としては,先天緑内障のCHaabC’sCstriae,鉗子分娩によるCbirthinjuryがあるが,本症例にはそれらの既往がない.今回の症例の観察に使用した接触型広角スキャンニング内皮スペキュラー顕微鏡「セルチェックCC(CellChekC)」(コーナン・メディカル.図4)6)は,このような内皮病変のある疾患の観察に非常に優れる.病変のある部位まで観察用のコーンレンズを動かすことができ,角膜の任意の部位の観察ができる.しかもその画像は非常に鮮明である.記録は動画による記録であるが,解析をするために静止画像を取り出すことも簡単である.その場合,複数の静止画像を図1のように並べて連続的に貼り合わせ,パノラマ画像を作成することも容易である.以前のフィルム式の接触型内皮顕微鏡では,多くの枚数の写真を焼き付け,それを切り貼りしてパノラマ像を作成する必要があり,大変な努力と根気が必要であった.しかしセルチェックCCでは,それらの作業がいとも簡単にできるという特徴がある.また,セルチェックCCはその観察原理にコンフォーカルに準じた光学原理を使用しているため,角膜上皮から上皮下,実質,内皮と角膜の任意の深さの部位の観察が可能である.一方,現在普及している内皮スペキュラー顕微鏡は非接触型であり,角膜の任意の部位の撮影はできない.また,その撮影範囲は狭い.セルチェックCCは今後,もっと普及していくと思われる.文献1)PardosCGJ,CKrachmerCJH,CMannisCMJ:PosteriorCcornealCvesicles.ArchCOphthalmol99:1573-1577,C19812)HaradaT,TanakaH,IkemaTetal:SpecularmicroscopicobservationCofCposteriorCcornealCvesicles.COphthalmologicaC201:122-127,C19903)KoeppeCL:KlinischeCBeobachtungenCmitCderCNernst-spaltlampeCundCdemCHornhautmikroskop.CGraefe’sCArchCKlinExpOphthalmol91:375-379,C19164)WeisenthalCRW,CStreetenCBW:PosteriorCpolymorphouscornealCdystrophy.CChapterC73:DescemetC’sCmembraneandCendothelialCdystrophies.CIn:Cornea,C3rdCedition,Cvol-umeone,Fundamentals,diagnosisandmanagement(edit-edCbyCKrachmerCJH,CMannisCMJ,CHollandCEJ)C,Cp845-853,CMosbyElsevier,20115)細谷比左志:11.後部多形性角膜ジストロフィ.角膜ジストロフィ・角膜変性(村上晶・真島行彦・水流忠彦編),NewMook眼科10,p94-99,金原出版,20056)細谷比左志,白石敦:片眼内皮側に水平方向の帯状病変のある症例の接触型内皮スペキュラー顕微鏡による観察.角膜カンファランスC2017抄録集,p74

眼内動態学入門:点眼された薬物の眼内移行性とその限界

2017年9月30日 土曜日

眼内動態学入門:点眼された薬物の眼内移行性とその限界IntroductiontoOcularPharmacokinetics:OcularDrugPermeationandPermeationLimit河津剛一*はじめに薬物を静脈内投与,あるいは経口投与など全身適用後の全血から眼内組織への薬物移行は,眼組織における生体膜透過バリアである血液.眼房水関門および血液.網膜関門により制限されており,その移行は非常に低いことが知られている.眼科領域,とくに外眼部あるいは前眼部疾患における薬物療法では,簡便かつ安全性の高い点眼薬がもっとも広く使用され,治療薬は主として角膜上,あるいは結膜.内に点眼投与される.眼内へは角膜および結膜を透過し移行するが,角膜が主要経路であり,薬物の眼内移行率は最大でも投与量に対して約C5%である.眼内移行性の良否は,点眼薬の開発に際してもっとも重要な項目の一つであり,薬物の角膜透過性を把握することが重要となる.薬物の角膜透過過程でのおもな透過バリアは角膜上皮細胞であり,細胞間にはタイトジャンクションが存在し,薬物の透過に対してのバリア機能となる.本稿では点眼された薬物の眼内動態(ocularpharma-cokinetics:PK,眼組織での吸収・分布・代謝・排泄)に関して,その評価法,影響を与える因子,薬理作用との関係などについて概説する.CI眼内動態の評価法薬物の角膜透過性,あるいは眼内動態を評価する実験系として,おもにウサギなどの動物を用いた点眼試験がある(inCvivo試験).動物実験において,角膜・房水などの眼組織中濃度推移は,涙液や房水,あるいは鼻腔への薬物消失などの影響を受け,複雑な眼内動態が複合的に現れる.表1にウサギとヒトでの薬物の眼内動態に影響する解剖学的および生理学的パラメータを示す1,2).ウサギとヒトでは眼内移行に影響する多くの解剖学的および生理学的パラメータが類似していることから,薬物の眼内動態の評価モデルとしてはウサギが汎用される.一方で,瞬目回数は,ウサギでC4~5回/時,ヒトでC6~15回/分と異なっている.ウサギでは瞬目回数が少ないことから,薬物の眼表面における滞留性が増加すると考えられ,点眼する点眼液の製剤処方内容によって,ウサギとヒトでの眼内動態の違いに留意する必要がある.点眼薬の研究開発では,眼内動態の評価のみならず,全身組織での薬物動態の評価が必要であり,製造販売承認申請にかかわる動態試験では,ウサギ以外の動物を使用することもある.たとえば,緑内障・高眼圧症治療薬タプロスCR点眼薬C0.0015%の研究開発では,非臨床安全性試験・非臨床薬効薬理試験に対して有益な情報を得るため,ラットおよびカニクイザルを用い詳細な眼内および全身動態を検証している3,4).動物実験に対して,inCvitro実験として,実験条件の設定(温度,薬物処理など)が簡便に行え,膜透過性の詳細な検討に適している摘出角膜透過実験法(ウサギ),角膜上皮細胞培養系(ウサギ,ヒト)が知られている5).これらの方法では,組織,細胞を生理的な状態に保つことや,薬物自体あるいは使用する緩衝液中の添加物が組*KouichiKawazu:参天製薬株式会社奈良研究開発センター〔別刷請求先〕河津剛一:〒630-0101奈良県生駒市高山町C8916-16参天製薬株式会社奈良研究開発センター0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(57)C1269表1ウサギとヒトでの眼内動態に影響する因子の違い1,2)生理学的因子および角膜構造ウサギヒト涙液の容量(CμL)涙液のターンオバー速度(CμL/min)瞬目回数涙点の数C涙液のCpH涙液の浸透圧(mOsm/L)C角膜の厚さ(mm)角膜実質の厚さ(mm)C角膜の直径(mm)C角膜の表面積(cmC2)房水のCpHC結膜の表面積/角膜の表面積,比C房水の容量(mL)房水のターンオバー速度(CμL/min)5~1C00.6~C0.84~5回/時1C7.3~C7.7305C0.35~C0.450.25C151.5~C2.0C8.29C0.25~C0.33~4C.77~3C00.5~C2.26~1C5回/分27.3~C7.73050.52~C0.540.3411~1C21.047.1~C7.3170.1~C0.252~3表2眼内動態(移行性)に影響を及ぼす要因因子概説分配係数薬物側要因分子量粒子径(溶解性)角膜(結膜)透過性はオクタノール/水分配係数(LCogPC)が2~3が良好といわれている.LCogPCが低いものについては結膜透過性が角膜透過性よりも良好.角膜(結膜)透過性は分子量の影響を受け,大きくなるほど透過性は小さくなる.膜抵抗値が結膜組織のほうが角膜よりも小さいため,分子量の大きな化合物の透過性は結膜透過性が角膜透過性よりも良好.薬物の溶解性が不良のため懸濁型製剤を選択する場合,粒子径が小さいほど透過性は向上する(溶解速度が高まるため).pH粘度点眼薬処方浸透圧側要因C点眼濃度点眼量添加剤pHは薬物の解離状態に影響し,角膜透過性はpH-分配仮説に従う(分子型).製剤処方,涙液の緩衝能に留意する必要がある.粘度付与により,結膜.内滞留性が向上し,移行性が向上する.向上の程度は薬物の物性に依存する.浸透圧の増減により細胞間隙透過性を変化させることが可能.点眼する液量が一定の場合,点眼濃度を上げると移行量は増大する.一定容量以上を点眼しても移行性には影響しない(約C20CμL).可溶化,安定化,保存剤は角結膜上皮に影響を与え,薬物の透過性が変化する.変化の程度は薬物の物性に依存する.代謝涙液溶解性生体側要因膜透過性メラニン親和性角膜にはエステラーゼが存在する.Prodrugの代謝に関与する.懸濁型製剤を選択する場合,点眼後の溶解性に関与する.透過機構,輸送担体,病態に留意する.塩基性薬物は,メラニンを含有する組織(網膜色素上皮,虹彩)に結合する.その結合と乖離をコントロールできれば,メラニンをデポとして利用可能.ニン親和性が考えられる.たとえば,薬物側要因“分配係数”の概略は,以下のようになる.一般的に薬物の角膜透過は受動拡散,すなわちCpHC.分配仮説で説明され,オクタノール/水分配係数(LogCPC)がC2~3の場合に最適な透過性を示し,ある程度脂溶性が増加すると逆に角膜透過性は低下することが知られている.これは,角膜組織が,油層(上皮)C.水層(実質)C.油層(内皮)のサンドイッチ構造であることに起因している.また,点眼薬処方側要因“添加剤”の概略は,次のようになる.製剤処方成分として,防腐剤(塩化ベンザルコニウムなど),界面活性剤(ポリソルベートC80など)キレート剤(エデト酸,EDTA)が添加剤として処方中,に配合される.これら添加剤には,薬物の角膜透過を促進する作用がある.角膜透過を促進する添加剤は,おもに細胞膜に影響を与えるもの,または細胞間隙に影響を与えるものに分類される.薬物の角膜透過経路は,細胞内透過経路(transcellularCroute)と細胞間透過経路(paracellularroute)が考えられるが,どちらがおもな経路かは,薬物の脂溶性により決定される.したがって,透過促進作用を有する添加剤と薬物(脂溶性)の組み合わせにより,角膜透過促進効果が違ってくる.一般的に,透過促進剤は,角膜上皮組織,細胞を変化させて薬物の透過性を促進すると考えられるが,この作用が可逆的,あるいは不可逆的な作用かを配慮し,処方成分に選択しなければならない.なお,これら添加剤の配合理由として,“角膜透過促進剤”としている実施例はない.生体側要因として,最近注目されている薬物透過機構は,トランスポーター(輸送担体)による角膜透過である6).生体は細胞内外の栄養物質や内因性物質の選択的物質交換によって必要物質の摂取(吸収)と生体異物や老廃物の排除(排泄)を行っているが,その選択性は細胞膜に存在するトランスポーターが介在する輸送機能に依存している.薬物トランスポーターは,生体にとって異物である薬物を認識し輸送することで薬物の体内動態にかかわっている.一般的に薬物の角膜透過機構は受動拡散で説明されてきたが,最近になり,薬物の角膜透過に薬物トランスポーターが関与することが報告されるようになった.角膜組織の透明性など恒常性維持にかかわっていると考えられるトランスポーターの存在も,薬物の眼組織移行性に影響を与える生体側因子として考慮すべきである.角膜上皮細胞におけるトランスポーターの存在検証,眼科治療に使用されている薬物の膜透過に関するトランスポーター候補などについては文献C6にまとめてあるので参照されたい.CIII点眼投与された薬物の移行性とその限界点眼投与された薬物の眼内バイオアベイラビリティは非常に低いことを前述したが,点眼薬の眼内バイオアベイラビリティの改善をめざした製剤開発が行われ,臨床に用いられている.チモプトールCRXEは,ジェランガムのゲル化作用を利用し,眼内バイオアベイラビリティを改善している.高分子多糖類であるジェランガムは,直鎖状の構造を有し,4分子にC1個のカルボキシル基(.COOH)が存在する.プラスイオンの少ない溶液中ではマイナスに荷電し,分子同士が反発するためゾル(溶液)状態となる.点眼後,涙液中のCNa+イオンと結合することで,ジェランガム分子内のマイナス荷電量は減少し,分子同士の反発が減少し,分子が凝集(ゲル化)する.これにより,点眼時は溶液(ゾル)状態で,点眼後の涙液内のみでゲル化し,持続性を有する点眼薬となった.熱応答性高分子であるメチルセルロースを含有するリズモンRTG点眼液は,10℃以下保存時は溶液(ゾル)状態である(点眼前).点眼後は眼表面温度(32~34℃)でゲル状に変化する.メチルセルロース水溶液のゾル/ゲル相転移温度は約C55℃であるため,製剤処方内容を検討し,クエン酸ナトリウムおよびマクロゴールを添加し,ヒト眼表面温度(32~34℃)でゲル化するように相転移温度を制御している.これら二つの点眼薬は,生体の機能を利用して,液性の物性(粘度)を変化させ,眼表面での滞留性を上げることにより,眼内移行性を向上させる前眼部薬物送達システム(drugCdeliveryCsys-tem:DDS)の例である.後眼部(網脈絡膜)疾患の薬物治療は,点眼投与では有効濃度の薬物が網脈絡膜などの標的組織に到達しないため,点眼投与法では困難であると考えられてきた.そこで,後眼部疾患に対しては局所注射や経口および静脈(59)あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017C1271│⊿│OP│(mmHg)a.bunazosinb.timolol587643210mean±S.E.図1ブナゾシンおよびチモロールをウサギに点眼した時の眼組織中濃度(房水:○,虹彩毛様体:▲)と眼圧降下(⊿IOP)の関係a:0.1%ブナゾシン点眼,PKn=3,PDn=10.Cb:100CmMチモロール点眼,PKn=3,PDn=16.C00.20.40.60.81Concentration(nmol/gorml)05101520Concentration(nmol/gorml)って記述した眼局所CPKモデルを確立した.ブナゾシンあるいはチモロール点眼後の房水中濃度と眼圧の変化の関係には,反時計回りの履歴,すなわち濃度の変化に遅れた薬効の発現がみられ(図1),眼組織中濃度と眼圧下降作用の時間推移を作用機序に基づいた眼局所CPK/PDモデルで表現した.また,ブナゾシンとチモロールなど異なる作用機序をもつ薬物を併用投与したときの眼局所PK/PDモデルの構築も可能であった10).これらは,正常眼圧のウサギを用いた検討であるが,ウサギにおける高眼圧緑内障の病態モデルに,眼局所CPK/PDモデルが適用可能か検証する必要がある.さらに,ヒトへの適用について,動物実験の結果から構築した眼局所CPKモデルを用いてヒトへの外挿を試みることも可能であるが,ヒトでは涙液以外の眼組織中濃度測定が困難なことから,結果の妥当性を検証することがむずかしい.一方,PDモデルにおいては,ヒトにおける眼圧測定が可能であること,房水動態を組み込んだモデルで使用するヒトでの生理的パラメータの報告が多数あることから,ヒトへの適用に際して制限は少ない.したがって,眼局所PK/PDモデルのヒトへの適用については原理的には可能であるものの,ヒトでの組織中濃度測定の制限から結果の妥当性を十分に検証できないのが現状である.眼圧下降薬の新薬開発において動物実験レベルではあるが,PK/PDモデルを利用することでヒトでの効果を定量的に予測することが可能となるため,候補化合物の薬理活性や動態特性の選択基準が設定できるとともに,粘性製剤や結膜.内挿入剤の眼内動態を表現できるCPKモデルと組み合わせることで眼局所におけるCDDSの効率的な設計が可能となると考えられる.おわりに眼科用製剤の開発に携わり,眼内動態を専門とする研究者は,ヒト,動物にかかわらず.眼局所における薬物動態のメカニズムの理解を深め,製剤特性,投与法,病態,標的組織の動物種間での生理学的・解剖学的な差異を考え,常にヒトへの外挿性を意識しなければならない.ヒトへの外挿性の向上に関しては,ヒトでの臨床眼内動態データの蓄積が必要である.近年,動物実験レベルで,これまで点眼投与で薬物が到達しないと考えられてきた網膜など後眼部に有効濃度の薬物が移行することが明らかになりつつある11,12).高齢社会を迎え,増加する後眼部疾患への点眼薬投与による治療が確立できれば,患者への負担も大きく軽減できる.このような製剤を実現するため,後眼部の眼内動態を解明する眼内動態モデルの構築や製剤技術が発展し,後眼部CDDSの技術によらずとも,点眼投与法により後眼部疾患の薬物治療が可能となることを期待する.今後,薬物の眼内移行性に限界のない“最適化された”眼科用製剤が設計可能となるよう,眼科動態および製剤技術研究の成果が眼科用製剤の研究開発の効率化や医療現場での有効・安全な薬物療法につながることを願う.文献1)SchoenwaldCRD:OcularCpharmacokinetics/pharmacody-namics,Ophthalmicdrugdeliverysystems,p83-110,Mar-celDekker,Inc.,NewYork,19932)WorakulCN,CRobinsonCJR:OcularCpharmacokinetics/phar-macodynamics.EurJPharmBiopharmC44:71-83,C19973)FukanoCY,CKawazuCK:DispositionCandCmetabolismCofCaCnovelCprostanoidCantiglaucomaCmedication,Cta.uprost,Cfol-lowingCocularCadministrationCtoCrats.CDrugCMetabCDisposC37:1622-1634,C20094)FukanoCF,CKawazuCK,CAkaishiCTCetCal:MetabolismCandCocularCtissueCdistributionCofCanCantiglaucomaCprostanoid,Cta.uprost,CafterCocularCinstillationCtoCmonkeys.CJCOculCPharmacolTherC27:251-259,C20115)河津剛一:培養角膜上皮細胞を用いた薬物透過評価法の確立と薬物透過特性に関する研究.薬剤学68:14-20,C20086)河津剛一:角膜における薬物トランスポーター.眼薬理C26:38-44,C20127)BararCJ,CAghanejadCA,CFathiCMCetCal:AdvancedCdrugCdeliveryCandCtargetingCtechnologiesCforCtheCocularCdiseases.CBioImpactsC6:49-67,C20168)SakanakaCK,CKawazuCK,CTomonariCMCetCal:OcularCpharC-macokinetics/pharmacodynamicCmodelingCforCbunazosinCafterCinstillationCintoCrabbits.CPharmCResC21:770-776,C20049)SakanakaCK,CKawazuCK,CTomonariCMCetCal:OcularCphar-macokinetic/pharmacodynamicCmodelingCforCtimololCinCrabbitsCusingCaCtelemetryCsystem.CBiolCPharmCBullC31:C970-975,C200810)SakanakaCK,CKawazuCK,CTomonariCMCetCal:OcularCphar-macokinetic/pharmacodynamicmodelingformultipleanti-glaucomadrugs.BiolPharmBull31:1590-1595,C200811)MizunooK,KoideT,ShimadaSetal:Routeofpenetrat-(61)あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017C1273