‘記事’ カテゴリーのアーカイブ

序説:近視に関する最新の話題

2017年10月31日 火曜日

近視に関する最新の話題LatestTopicsonMyopia稗田牧*平岡孝浩**近視を減らすことは失明者を減らすことである.日本は近視大国で,近視の有病率は成人の60%を超えるが,これは世界平均の倍である.とはいえ全世界でも近視が増加しており,2050年には全世界の近視有病率は60%を超し1),世界が日本並みになるといわれている.近視が増えると網膜.離や緑内障の有病率が増加することはよく知られている.また,強度の近視になると,近視性網脈絡膜萎縮,近視性視神経症,高度近視性内斜視などさまざまな眼疾患を合併してくる.したがって近視人口が増加すると,近視に付随したさまざまな眼疾患も増加し,その結果として失明者は増加する.人間は生下時に遠視であり,6歳(小学校入学時点)でほぼ正視となり,学童期に近視が進行する.近視関連眼疾患の多くが強度近視から発生するのであれば,学童期に近視の進行を抑制することができれば強度近視の発生を減らすことになり,近視関連眼疾患の発症を減らすことになる.まずは,近視の進行を抑制するべきである.オルソケラトロジーや戸外活動の奨励はある程度エビデンスのある治療であり,0.01%アトロピンや多焦点コンタクトレンズはそれに次ぐ有望な治療と見込まれている.エビデンスを積み重ねることで,適切な時期に適切な治療を行えるだけの知見を増やすことが急務である.今,わが国における近視に関する研究は第二次近視ブームといわれるほどの広がりをみせ,ほぼ同時期に近視研究会,日本近視学会が発足した.実験近視,遺伝子診断,疫学調査など基礎的な研究から,コンタクトレンズやレーシックなど屈折矯正治療,さらに黄斑症,視神経症,斜視への対応まで,従来のサブスペシャリティーの枠を越えた「近視」という研究分野の復活である.このブームの結果として,近視による失明を少しでも減らさなくてはならない.強度近視を減らすのにもっとも有効な方法は,ほぼ正視の小学校入学から半数以上が近視になる高校生までの間に,徹底的な介入を行うことである.学童期に積極的な介入を行うには,近視の実態を把握し,学童近視から近視による失明への過程を明らかにして,近視進行予防の社会的なコンセンサスを得る必要がある.その結果として「近視」が病気であり,進行予防を含む「屈折矯正」が医療であることがより明確になるだろう.文献1)HoldenBA,FrickeTR,WilsonDAetal:Globalpreva.lenceofmyopiaandhighmyopiaandtemporaltrendsfrom2000through2050.Ophthalmology123:1036-1042,2016*OsamuHieda:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学**TakahiroHiraoka:筑波大学医学医療系眼科0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(1)1339

片眼の下転障害を初発とし,全眼球運動障害に至ったMiller Fisher症候群の1例

2017年9月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科34(9):1330.1333,2017c片眼の下転障害を初発とし,全眼球運動障害に至ったMillerFisher症候群の1例山本美紗古川真二郎平森由佳寺田佳子原和之地方独立行政法人広島市立病院機構広島市立広島市民病院眼科CACaseofMillerFisherSyndromewithTotalOphthalmoplegiainBothEyesDevelopedafterOnsetofUnilateralInfraductionDe.ciencyMisaYamamoto,ShinjiroFurukawa,YukaHiramori,YoshikoTeradaandKazuyukiHaraCDepartmentofOphthalmology,HiroshimaCityHiroshimaCitizensHospital目的:今回筆者らは左下直筋障害で発症し,全眼球運動障害へ進行したCMillerFisher症候群のC1例を経験したので報告する.症例:31歳,女性.前日からの複視の精査加療目的で当科を受診.初診時,主訴は下方視時の複視であった.眼球運動検査で左眼下転障害を認めた.自覚的に左眼下直筋の作用方向で複像間距離が最大であった.全身の神経学的検査では異常は認められなかった.頭部磁気共鳴画像検査で左上顎洞炎の所見を認め,複視の原因として炎症の波及が疑われた.4日後,歩行障害,全眼球運動障害が出現した.これらの所見と抗体測定により,MillerFisher症候群と診断された.CPurpose:WereportacaseofMillerFishersyndromewithtotalophthalmoplegiainbotheyesaftertheonsetofleftinferiorrectusmusclepalsy.Case:A31-year-oldfemalewithacuteonsetdiplopiaatdownwardgazefromthepreviousdaywasreferredtous.Eyeexaminationrevealedinfraductiondefectinthelefteye.VerticaldiplopiaappearedCwithCtheCdownwardCgazeConlyCandCincreasedCwithClowerCleftward.CGeneralCneurologicalCexaminationCdidCnotshowanyabnormalities.Leftmaxillarysinusitiswasdetectedwithmagneticresonanceimaging,thein.amma-tionwasconsideredtobeacauseofherverticaldiplopia.After4days,shedevelopedataxiaofgaitandtotaloph-thalmoplegia.CBasedConCtheCaboveC.ndingsCandCidenti.cationCofCantibodiesCinCserum,CMillerCFisherCsyndromeCwasCdiagnosed.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(9):1330.1333,C2017〕Keywords:MillerFisher症候群,副鼻腔炎,全眼球運動障害,先行感染.MillerFishersyndrome,sinusitis,totalophthalmoplegia,priorinfection.Cはじめに眼球運動は虚血,頭蓋内病変,炎症などさまざまな疾患により障害される1).悪性腫瘍や動脈瘤による報告もあり1),眼球運動障害の原因を早期に特定することは臨床上重要である.眼球運動障害を伴い,重症化すれば全身的に異常をきたす疾患としてCMillerCFisher症候群(MillerCFisherCsyn-drome:MFS)がある.MFSは,1956年にCMillerCFisherによって報告された急性に発症する外眼筋麻痺,運動失調,深部腱反射の低下をC3徴とする疾患である2).眼球運動所見は両眼の全眼球運動障害を呈することが知られている.MFSの約C9割に先行感染の既往が認められており,眼球運動障害をきたす患者に対して,先行感染の既往を聴取することはCMFSの鑑別において重要であると報告されている3,4).今回筆者らは,左下直筋障害で発症し,全眼球運動障害へ進行したCMFSのC1例を経験し,初診時の問診によるCMFSの鑑別が重要であると考えられたため,報告する.CI症例31歳,女性.左上顎歯痛により,歯科を受診したところ左副鼻腔炎を指摘され,翌日耳鼻咽喉科を受診.左急性副鼻〔別刷請求先〕山本美紗:〒730-8518広島市中区基町C7-33地方独立行政法人広島市立病院機構広島市立広島市民病院眼科Reprintrequests:MisaYamamoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,HiroshimaCityHiroshimaCitizensHospital,7-33Motomachi,Nakaku,Hiroshima730-8518,JAPAN1330(118)腔炎と診断され,抗菌薬内服による治療を開始された.しかし,同日夕方から発熱,頭痛,複視が出現し,翌日再度耳鼻咽喉科を受診.副鼻腔炎の増悪が疑われ精査加療目的で,2016年C3月下旬当院耳鼻咽喉科を紹介で初診.さらに同日,複視の精査目的のため当科を紹介で初診.当科初診時所見:主訴は前日からの下方視時の複視であった.視力は両眼とも矯正で(1.0).眼位は交代遮閉試験で軽度の外斜位.眼球運動検査で左眼下転障害を認めた.眼瞼下垂は認められなかった.Hess赤緑試験で左眼の下転,上転障害が認められた(図1上).しかし,自覚的には左眼下直筋の作用方向で複像間距離が最大であり,正面視と上方視で複視の訴えはなかった.両眼単一視野検査では,下方注視のみで複視が認められた(図1下).瞳孔は正円同大で,対光反射も直接反応,間接反応ともに迅速であった.前眼部,中間透光体,眼底に異常は認められなかった.副鼻腔CcomputedCtomography(CT)では,左上顎洞に陰影所見が認められた(図2a).採血検査で,CRP値はC0.212と高値を示した.複視の原因としては上顎洞炎の所見は軽度であると考え,全身的な精査も含めて神経内科に精査を依頼した.全身の神経学的な検査では異常を認めなかった.頭部magneticCresonanceCimaging(MRI)で,両側の上顎洞と視図1初診時のHess赤緑試験と両眼単一視野上:Hess赤緑試験.左眼下転,上転障害が認められた.下:両眼単一視野.下方注視時のみ複視が認められた.C神経が高輝度に描出された(図2b).年齢と性別を考慮し視神経炎および多発性硬化症も疑われた.しかし,矯正視力は良好で視力低下の訴えはなく,視神経乳頭および瞳孔所見は正常であった.さらにCMRI上,頭部に異常は認められず全身に神経学的な異常を認めなかったことから多発性硬化症は否定された.複視の原因として上顎洞と視神経の高輝度所見は左側に優位に認められており,上顎洞の炎症が眼窩内に波及したと考えた.眼窩内への炎症の波及以外に複視の原因と考えられる異常所見を認めず,左眼窩下直筋近傍への上顎洞炎の波及と診断され経過観察となった.経過:2日後より症状が悪化し前回受診時よりC4日後,耳鼻科を再診.歩行障害,力が入りにくいなどの神経学的異常が認められたため,神経内科,眼科へ再び精査目的で受診.再診時の眼球運動検査では,左眼瞼下垂および,両眼の全眼球運動障害が認められた(図3).両側性の外眼筋麻痺と歩行障害の所見からCMFSを疑い,再度詳細に問診を行ったところ,10日前に発熱の既往があった.抗体検査では抗CGQ1b図2CT,MRI所見a:CT.左上顎洞に陰影所見が認められた.Cb:MRI.両側の上顎洞と視神経が高輝度に描出された.図3再診時の9方向眼球運動写真両眼ともに全眼球運動が認められた.抗体陽性でありCMFSの診断が確定した.入院加療が行われ,免疫グロブリン大量静注法がC5日間施行された.加療C4日目より症状の改善を認め,約C1カ月後の再診時には眼球運動障害,歩行障害ともに消失していた.CII考按眼球運動はさまざまな疾患により障害され,なかには悪性腫瘍や動脈瘤など生命予後にかかわる重症例の報告もあり,眼球運動障害の原因を早期に特定することは臨床上重要である1).今回筆者らは,片眼の左眼下直筋障害で発症し,全眼球運動障害に進行したCMFSを経験した.初診時には症状が軽度であったため,複数の診療科を受診しさまざまな検査が行われたが診断に至らなかった.MFSについてC3徴が揃わない不完全例が多く報告されている.全眼球運動障害または両側性外転神経麻痺を示したMFSについての報告では3,4),発症直後の眼球運動所見が不明である.MFSは臨床症状のピークに向かうにつれて全身状態が悪化することから眼球運動障害も同様の経過を辿ると考えられる.本症例は,左下直筋の単筋障害で発症し,全身症状の増悪とともに全眼球運動障害へと進行した.これは過去に両側性眼球運動障害と報告された症例においても,片眼性あるいは単筋の眼球運動障害であった可能性を示唆する.歩行障害や全外眼筋麻痺などの所見を示していればCMFSの診断は容易であると考えられる.しかし,患者はCMFSの診断が行われるまでに複数の医療機関を受診するとの報告があり4),MFSは本症例のように発症初期には典型的な両眼性眼球運動障害を示さない可能性があると考えられた.よって急性発症の眼球運動障害を呈する症例においては,片眼性で単筋の障害であったとしてもCMFSの可能性を念頭に置く必要があると考える.MFSのC3徴以外の特徴として先行感染の存在,眼瞼下垂,顔面神経麻痺,瞳孔障害,眼球運動痛,四肢のしびれ,異常感覚が報告されている3,4).なかでも先行感染は約C9割に認められることが報告されている.感染症状から神経症状発現までの期間は同日発症からC30日までの範囲で,2週間以内が約C9割を占める3,4).MFSの感染因子はCCampylobacterjejuni,HaemophilusCin.uenzaeなどが知られている5).HaemophilusCin.uenzaeが感染因子として示唆された副鼻腔炎によるCMFSの報告もある6,7).本症例は上顎洞炎の原因菌の同定は行っていないが,上顎洞炎発症から半日以内に複視が出現しており,10日前の発熱の既往が先行感染として疑わしいと考えられた.本症例はCHess赤緑試験で左眼に上転障害も認められた.上転障害があれば上方視時にも複視を自覚すると考えられるが,複視は下方視時のみで認められている.正面視で上下斜視を認めていないことから,下転障害とともに上転も障害されていた可能性はあるが,下転障害に比べ軽度であったために視診および自覚的検査では検出できなかったと考えた.教科書的に後天性眼球運動障害の診断における問診には家族歴,既往歴,発症状況,日内変動,疼痛,全身疾患の有無などの記載がある8).しかし,先行感染の既往については見逃されやすいと考えられた.今回,左下直筋障害で発症し,全眼球運動障害へ進行したCMFSのC1例を経験した.後天性眼球運動障害の原因が判明してない段階では,MFSの可能性を考慮し,単筋の運動障害が疑われても先行感染の既往の聴取が臨床上簡便かつ重要であると考えた.文献1)Yano.CM,CDukerCJ:ParalyticCStrabismus.COphthalmologyC4thEdition,1225-1232,e2,ELSEVIER,London,20142)FisherCM:AnCunusualCvariantCofCacuteCidiopathicCpoly-neuritis(syndromeofophthalmoplegia,ataxiaandare.ex-ia).NEnglJMedC255:57-65,C19563)大野新一郎:Fisher症候群.あたらしい眼科30:775-781,2013染が示唆されたFisher症候群.日耳鼻C111:628-631,C4)大野新一郎,三村治,江内田寛:Fisher症候群C19例の2008臨床解析.日眼会誌119:63-67,C20157)小川雅也,古賀道明,倉橋幸造ほか:Haemophilusin.uen-5)KogaCM,CYukiCN,CTaiCTCetCal:MillerCFisherCsyndromeCzae感染の先行が示唆されたCFisher症候群のC1例.脳神経CandHaemophilusin.uenzaeinfection.NeurologyC57:686-54:431-433,C2002691,C20019)三村治:神経眼科診察法.神経眼科を学ぶ人のために,6)井上博之,古閑紀雄,石田春彦ほか:蝶形骨洞炎の先行感p17-18,医学書院,2014***

乳癌原発の転移性脈絡膜腫瘍に対し,ベバシズマブ硝子体内投与が奏効した1例

2017年9月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科34(9):1327.1329,2017c乳癌原発の転移性脈絡膜腫瘍に対し,ベバシズマブ硝子体内投与が奏効した1例堀内直樹*1,2,5富田洋平*1,5奥村良彦*2,4,5戸倉英之*3篠田肇*5坪田一男*5小沢洋子*5*1川崎市立川崎病院眼科*2足利赤十字病院眼科*3足利赤十字病院外科*4埼玉メディカルセンター眼科*5慶應義塾大学医学部眼科学教室CACaseofMetastaticChoroidalTumorSecondarytoBreastCancerTreatedbyIntravitrealBevacizumabNaokiHoriuchi1,2,5)C,YoheiTomita1,5)C,YoshihikoOkumura2,4,5)C,HideyukiTokura3),HajimeShinoda5),KazuoTsubota5)CandYokoOzawa5)1)DepartmentofOphthalmology,KawasakiMunicipalHospital,2)DepartmentofOphthalmology,AshikagaRedCrossHospital,3)DepartmentofSurgery,AshikagaRedCrossHospital,4)DepartmentofOphthalmology,SaitamaMedicalCenter,5)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine乳癌原発の転移性脈絡膜腫瘍に対し,ベバシズマブ硝子体内投与が奏効したC1例を経験したので報告する.症例は67歳,女性で,初診時の矯正視力は右眼(0.5p),左眼(1.2)であり,両眼の眼底に漿液性網膜.離を伴う腫瘍を認めた.乳癌原発の転移性脈絡膜腫瘍と診断され,両眼に放射線療法を施行されたが,右眼は全網膜.離となり,視力は光覚弁となった.左眼の視力は(1.2Cp)を維持していたが腫瘍の大きさは変わらなかった.ベバシズマブC1.25Cmg硝子体内投与を両眼にそれぞれC2回施行した.初回の投与で両眼の網膜下液は減少し,左眼の腫瘍径は縮小した.2回目の投与後には,右眼の網膜下液のさらなる減少と,左眼の網膜下液の消失,および腫瘍による隆起の消失が得られた.本症例ではベバシズマブ硝子体内投与が乳癌原発の転移性脈絡膜腫瘍による滲出性変化の抑制と腫瘍の縮小に効果を示した.CWeCreportCtheCcaseCofCaC67-year-oldCfemaleCwithCbilateralCmetastaticCchoroidalCtumorsCsecondaryCtoCbreastcancertreatedbyintravitrealbevacizumabinjections.At.rstvisit,herbest-correctedvisualacuity(BCVA)was(0.5p)righteyeand(1.2)lefteye.Althoughbotheyeshadreceivedradiation,herrightBCVAdiminishedtolightperceptionduetototalretinaldetachment;herlefteyealsohadretinaldetachmentandtherewasnoreductionintumorCsizeCbutCherCleftCBCVACremained(1.2)atCthisCtime.CSheCtwiceCreceivedCbilateralCintravitrealCbevacizumab(IVB)injections(1.25mg)C.Afterthe.rstinjection,serousretinaldetachmentinbotheyesandtumorsizeinherlefteyedecreased.Afterthesecondinjection,serousretinaldetachmentwasfurtherreducedinbotheyes,andthetumorinherlefteyewas.attened.TheIVBwase.ectiveintreatingchoroidaltumorssecondarytobreastcancer.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C34(9):1327.1329,C2017〕Keywords:転移性脈絡膜腫瘍,ベバシズマブ,乳癌,滲出性網膜.離,腫瘍縮小.metastaticchoroidaltumor,bevacizumab,breastcancer,exudativeretinaldetachment,tumorregression.Cはじめに転移性脈絡膜腫瘍は,眼内の腫瘍のなかでもっとも頻度が高い1,2).原発巣としては肺癌や乳癌の比率が高く,両者で80%に及ぶ.眼底所見の特徴は,黄白色の扁平な円形隆起で,進行すると軽度から高度の滲出性網膜.離を伴うことがあり,黄斑部に網膜.離が及ぶと変視や視力低下をきたしうる.ベバシズマブ(AvastinCR,Genentech,USA)は,血管内皮細胞増殖因子(vascularCendothelialCgrowthCfactor:VEGF)に対するモノクローナル抗体で,VEGFファミリーのうち〔別刷請求先〕堀内直樹:〒210-0013神奈川県川崎市川崎区新川通C12-1川崎市立川崎病院眼科Reprintrequests:NaokiHoriuchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KawasakiMunicipalHospital,12-1Shinkawadori,Kawasaki-ku,Kawasaki-shi,Kanagawa210-0013,JAPAN0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(115)C1327VEGF-Aに結合し,VEGF-Aが受容体(VEGFR-1,VEGFR-2,ニューロピリン)に結合するのを阻害する.この結果,腫瘍血管新生,腫瘍増殖,転移の抑制効果があると考えられている3).眼科領域においてベバシズマブ硝子体内投与は適応外(o.Clabel)使用であるが,糖尿病網膜症4),網膜静脈閉塞症4),未熟児網膜症4),Coats病4)など,その病態に血管新生や血管透過性亢進が関与する疾患に対しての有効性が報告された.しかし,転移性脈絡膜腫瘍に対するベバシズマブ硝子体内投与の有用性を報告する例は,海外,国内ともに少数である5).今回筆者らは,乳癌を原発とする転移性脈絡膜腫瘍および随伴する滲出性網膜.離に対してベバシズマブ硝子体内投与を施行し,早期に滲出性網膜.離の減少および腫瘍の縮小が得られたので報告する.なお,本研究は足利赤十字病院倫理委員会の承認のもとに行われた.CI症例患者:67歳,女性.現病歴:2006年,足利赤十字病院外科で右乳癌と診断された.このときの臨床病期はCT2N0M0であり,化学療法(エ図1初診時の所見a:右眼の眼底写真.下方に広がる漿液性網膜.離を認める.Cb:左眼の眼底写真.アーケード上方,および耳側に円形の隆起病変を認める(.).c:左眼のCBモード超音波断層検査.耳側に充実性の隆起を認める.Cd:左眼のフルオレセイン蛍光眼底造影写真(早期).隆起部に一致して多発点状の過蛍光を認める(.).e:頭部CCT.右眼に充実した腫瘍病変を認める(.).左眼の腫瘍はこのスライスでは描出されていない.Cf:初診時からC1カ月後の左眼のCOCT所見.隆起性病変があり(.),網膜下液が出現し,黄斑部に迫っている.Cピルビシン+ドセタキセル)を施行後,同年C6月に乳房部分切除術+腋窩リンパ節郭清が施行された.病理結果から充実腺管癌と診断され,エストロゲン受容体(+),プロゲステロン受容体(C.),ヒト上皮成長因子受容体タイプC2(humanepidermalgrowthfactorreceptorType2:HER2)(1+)であった.外科手術後はホルモン療法(アロマターゼ阻害薬)後,1年にC1回程度の定期通院をしていた.2014年C2月頃より右眼の視野障害を自覚し,近医眼科で右網膜.離および脈絡膜腫瘍を指摘され,同年C3月に足利赤十字病院眼科を紹介され受診した.初診時所見:最高矯正視力は右眼C0.4(0.5pC×sph+2.25D(cyl.1.25DCAx90°),左眼0.9(1.2pC×(cyl.1.25DCAx80°)で,眼圧は右眼C12CmmHg,左眼C17CmmHgであった.前房内には異常がなく,軽度白内障を認めた.右眼の眼底には下方に広がる漿液性網膜.離を(図1a),Bモードエコー上では内部が均一な,充実性のドーム型の隆起病変を認めた.左眼の眼底には,アーケード耳側,および上方にそれぞれC4乳頭径,3乳頭径程度の黄白色の隆起病変を(図1b),Bモードエコー上では,右眼同様充実性の隆起病変を(図1c)認めた.初診時の左眼のCOCTでは,黄斑部耳側にドーム状の隆起がみられた.フルオレセイン蛍光眼底造影検査では,左眼に早期に腫瘍部に一致した境界明瞭で,内部が不均一な過蛍光を認め,また辺縁部は網膜下液に伴う低蛍光で縁取られていた(図1d).また,前医で施行された頭部CCTでは,両眼に内部均一なドーム状の高吸収域が確認された(図1e).以上の所見より,乳癌を原発とする転移性脈絡膜腫瘍および滲出性網膜.離と診断された.臨床経過:2014年C4月には右眼の網膜.離が進行して黄斑部に至り,最高矯正視力が(0.05)と低下した.左眼の腫瘍は増大し,漿液性網膜.離が増悪した(図1f).乳腺外科で施行された採血検査で血中のCCEAの急激な上昇を認めたため,ホルモン療法(アロマターゼ阻害薬)が再開された.また,両眼に合計C45CGy/25Cfrの放射線療法が施行された.その後COCT上,左眼の漿液性網膜.離は改善したが,腫瘍による隆起は縮小しなかった.5月初旬の受診時には右眼が全網膜.離になり,細隙灯顕微鏡による診察では,.離した網膜が水晶体の後方にまで迫っているのが確認された.その後も定期的な診察が継続されたが,7月の診察時には,右眼の視力は光覚弁となり,全網膜.離の状態に大きな変化はなかった.左眼の矯正視力は(1.2Cp)で,漿液性網膜.離はある程度改善したものの,腫瘍径は縮小しなかった.そこで滲出性変化の抑制および腫瘍径の抑制を期待して,2014年C10月に,インフォームド・コンセントを得たうえで,両眼に対し初回のベバシズマブC1.25Cmg硝子体内投与を施行した.1328あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017(116)投与からC9日目の診察時には,右眼の漿液性網膜.離の丈は低下した.左眼眼底の腫瘍の隆起は縮小傾向であり,OCTにおいても左眼の隆起の縮小が確認された.同年C11月にC2回目のベバシズマブC1.25Cmgの硝子体注射を両眼に施行したところ,2015年C2月の診察時には,眼底所見上は左眼の隆起は消失し(図2a),FAG上では顆粒状の過蛍光の部位が縮小し(図2b),OCTでは,漿液性網膜.離の消失および隆起の平坦化を得た(図2c).このときの最高矯正視力は右眼C30Ccm手動弁(矯正不能),左眼(1.2p)であった.その後定期受診を予定していたが,本人の意向により2015年C4月以降は眼科を受診していない.なお,ベバシズマブ硝子体内投与後の観察期間において細菌性眼内炎,網膜.離,高眼圧,白内障などの眼局所の合併症,および脳血管疾患などの全身の合併症は生じなかった.CII考按本症例では,ベバシズマブ硝子体内投与により乳癌原発の転移性脈絡膜腫瘍に続発した滲出性網膜.離の減少,腫瘍の縮小が得られ,左眼の視力が維持された.Augustineらは,眼内転移性腫瘍に対する抗CVEGF薬の硝子体内投与により,59%の症例で視力の改善を,またC77%で腫瘍径の縮小を,45%で滲出性網膜.離の改善を得られたと報告した6).しかしながら,Maudgilらは,乳癌,肺癌,大腸癌の脈絡膜転移をきたしたC5例に対しベバシズマブの硝子体内投与を施行したが,4例において腫瘍の増悪,および視力の悪化がみられたことを報告している7).理由として,加齢黄斑変性や糖尿病黄斑浮腫と異なり,転移性腫瘍の場合,網膜色素上皮の障害は比較的軽度であり外側血液網膜関門(outerCblood-retinaCbarrier:outerCBRB)に障害をきたしていないため,ベバシズマブが脈絡膜にある腫瘍本体に到達しない可能性があると推察している7).本症例では漿液性網膜.離を伴っており,outerCBRBに障害をきたしていると考えられ,腫瘍本体へのドラッグデリバリーが良好であった可能性があった.脈絡膜転移は比較的放射線感受性が高いとされており,奏効率はC63.89%とされる8).しかし,本症例の場合,とくに左眼の漿液性網膜.離の進行がある程度抑えられ,視力が維持されたものの,両眼において腫瘍の縮小は得られず,右眼で滲出性変化の増悪を抑制することはできなかった.放射線療法は許容できる照射線量に限界があり,追加の照射をする場合,正常組織への放射線毒性が懸念される9).一方,ベバシズマブの硝子体内投与は繰り返し施行が可能であり,また治療の即効性,効果,副作用および治療の合併症の発症頻度を考えても,検討すべき治療法であるといえる10).現時点では脈絡膜転移は悪性腫瘍の末期における一徴候との認識があるが,従来に比較すると近年では抗癌剤をはじめ(117)図2ベバシズマブ硝子体内投与後(2回目)の所見a:左眼の眼底写真.隆起はほぼ消失している.Cb:左眼のフルオレセイン蛍光眼底造影写真(早期).顆粒状の過蛍光は縮小傾向である.c:左眼のCOCT所見.ほぼ平坦化している.Cとする癌治療の進歩により生命予後が長くなってきた.そのため転移性脈絡膜腫瘍をきたした患者も,その後のCqualityofvision(QOV)の維持や改善の重要性は今後も高まっていくものと考える.ベバシズマブ硝子体内投与が転移性脈絡膜腫瘍の患者のCQOVを改善する治療法の一つとなる可能性を,今後も研究する必要があると考える.文献1)FerryAP,FontRL:Carcinomametastatictotheeyeandorbit.I.Aclinicopathologicstudyof227cases.ArchOph-thalmolC92:276-286,C19742)BlochCRS,CGartnerCS:TheCincidenceCofCocularCmetastaticCcarcinoma.ArchOphthalmolC85:673-675,C19713)LienCS,CLowmanCHB:TherapeuticCanti-VEGFCantibodies.CHandbExpPharmacol181:131-150,C20084)木村修平,白神史雄:【抗CVEGF薬による治療】ベバシズマブのオフラベル投与.あたらしい眼科C32:1083-1088,C20155)稲垣絵海,篠田肇,内田敦郎ほか:滲出性網膜.離に対してベバシズマブ硝子体内投与が奏効した転移性脈絡膜腫瘍のC1例.あたらしい眼科C28:587-592,C20116)AugustineCH,CMunroCM,CAdatiaCFCetCal:TreatmentCofocularCmetastasisCwithCanti-VEGF:aCliteratureCreviewCandcasereport.CanJOphthalmolC49:458-463,C20147)MaudgilCA,CSearsCKS,CRundleCPACetCal:FailureCofCintra-vitrealCbevacizumabCinCtheCtreatmentCofCchoroidalCmetas-tasis.Eye(Lond)C29:707-711,C20158)荻野尚,築山巌,秋根康之ほか:脈絡膜転移の放射線治療.癌の臨床C37:351-355,C19919)ZamberCRW,CKinyounCJL:RadiationCretinopathy.CWestCJCMedC157:530-533,C199210)山根健:Therapeutics抗CVEGF薬でみる硝子体内薬物注射の基本硝子体注射によって起こりうる副作用・合併症.眼科グラフィックC2:165-168,C2013あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017C1329

網膜全剝離を伴った硝子体網膜リンパ腫の1例

2017年9月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科34(9):1323.1326,2017c網膜全.離を伴った硝子体網膜リンパ腫の1例中井浩子*1,3永田健児*1稲葉亨*2関山有紀*1出口英人*1,4外園千恵*1*1京都府立医科大学眼科学教室*2京都府立医科大学感染制御・検査医学*3京都市立病院*4バプテスト眼科クリニックCACaseofPrimaryVitreo-retinalLymphomawithTotalRetinalDetachmentHirokoNakai1,3)C,KenjiNagata1),TohruInaba2),YukiSekiyama1),HidetoDeguchi1,4)CandChieSotozono1)1)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,2)DepartmentofInfectionControlandLaboratoryMedicine,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,3)KyotoCityHospital,4)BaptistEyeInstitute背景:硝子体網膜リンパ腫(VRL)はぶどう膜炎との鑑別が難しく,他疾患を合併すると診断はさらに困難となる.今回,裂孔原性網膜.離を合併したCVRLのC1例を経験したので報告する.症例:76歳,男性.1カ月前からの右眼視力低下を主訴に京都府立医科大学附属病院眼科を紹介受診した.右眼に強い硝子体混濁を認め,超音波検査で網膜.離が疑われたため,右眼に硝子体手術を施行した.裂孔原性網膜.離を認め,手術により復位を得た.手術時に採取した硝子体液を解析したところCB細胞性リンパ腫(CD19+,CCD20+,k+)と考えられた.左眼にも軽度の硝子体混濁を認め,硝子体生検による細胞診の結果CclassVであり,両眼性CVRLと診断した.メトトレキサート硝子体注射を施行したが,3カ月後に中枢神経病変を発症し,全身化学療法を行った.結論:原因不明の硝子体混濁を認める症例では,網膜.離などの他疾患を合併していても硝子体液の解析を行う必要があると考えられた.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCprimaryCvitreo-retinalClymphoma(VRL)withCrhegmatogenousCretinalCdetach-ment(RD)C.Case:A76-yearoldmanpresentedwithaone-monthhistoryofreducedvisioninhisrighteye.Slit-lampCexaminationCrevealedCsevereCvitreousCopacity.CUltrasonographyCrevealedCRD.CParsCplanaCvitrectomy(PPV)wasperformedontherighteyeandavitreoussamplewasobtained.Flowcytometryrevealedthat58.4%ofana-lyzedCcellsCwereCCD19+andC24.6%CwereCCD20+andCimmunoglobulinCkappaClightCchain+.COnCtheCbasisCofCtheseresults,wediagnosedB-cellVRL.PPVwasperformedonthelefteye;avitreoussamplewasobtainedandcatego-rizedasclassVbasedoncytologicexamination.ThepatientwasdiagnosedashavingbinocularVRL,andtreatedwithCintravitrealCmethotrexateCinjection.CHowever,CcentralCnervousCsystemClymphomaCdevelopedCandCheCreceivedCsystemicchemotherapy.Conclusion:Vitreous.uidanalysisisimportantincasesinvolvingvitreousopacity,evenwhenRDisobserved.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C34(9):1323.1326,C2017〕Keywords:硝子体網膜リンパ腫,裂孔原性網膜.離,フローサイトメトリー解析,サイトカイン,インターロイキンC10.primaryvitreo-retinallymphoma,rhegmatogenousretinaldetachment,.owcytometricanalysis,cytokine,interleukin-10.Cはじめに硝子体網膜リンパ腫(vitreo-retinalClymphoma:VRL)は一見臨床所見がぶどう膜炎と類似していることがあるため,早期診断が容易ではなく,眼症状の出現からCVRLの診断まで平均C1年以上の時間を要しているとの報告がある1).また,VRLのほとんどは,非CHodgkinリンパ腫のなかで中悪性度に分類されるびまん性大細胞型CB細胞性リンパ腫である.VRLはC60.90%に中枢神経病変を合併し2),その場合のC5年生存率はC30.60%と極めて生命予後不良であり1,3),見逃しに注意が必要な疾患である.以前は極めてまれな疾患とされてきたが,近年は世界的にも発症率の増加が報告されている.わが国においても大学病院を対象とした調査において全ぶどう膜炎のうちのC2.5%を占めることが判明しており4),原因不明の硝子体混濁を認めた際には鑑別疾患として常に注意する必要がある.VRLは,硝子体混濁を主徴とする症例,網膜下浸潤病巣〔別刷請求先〕中井浩子:〒602-8566京都府京都市上京区河原町通広小路上る梶井町C465京都府立医科大学眼科学教室Reprintrequests:HirokoNakai,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,465Kajii-cho,Kamigyo-Ku,KyotoCity,Kyoto602-8566,JAPAN0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(111)C1323を形成する症例に大別され,両者が混在している場合も多い.硝子体混濁のみの場合はぶどう膜炎との鑑別が難しく,仮面症候群ともよばれる.VRLの診断には硝子体液の解析が重要であり,細胞診,polymeraseCchainCreaction(PCR)法による免疫グロブリン重鎖(IgH)遺伝子再構成,サイトカイン解析によるインターロイキン(IL)-10/IL-6の比,フローサイトメトリーによる浸潤細胞の解析などを行い,総合的に判断して診断する.特にサイトカイン解析においてCVRLではCIL-10/IL-6比がC1.0を超えるとされ,診断に有用であることが報告されている5).また,筆者らは硝子体液のフローサイトメトリー解析がぶどう膜炎の診断や病態の把握において有用であることを報告しており6),硝子体混濁のある症例については常に解析を行っている.今回筆者らは,フローサイトメトリー解析をきっかけに診断できた網膜全.離を伴ったCVRLのC1例を経験したので報告する.CI症例患者:76歳,男性.主訴:右眼視力低下.既往歴:62歳時に両眼白内障手術,66歳時に右眼網膜裂孔に対して右網膜光凝固術の既往があった.家族歴:特記事項なし.現病歴:1カ月前から徐々に右眼の視力低下を自覚し,2012年C5月に近医を受診した.両眼,特に右眼に強いぶどう膜炎を認め,翌日京都府立医科大学附属病院眼科に紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼手動弁(矯正不能),左眼C0.3(0.6C×sph.0.75D(cyl.0.5DAx90°)で,眼圧は右眼C3mmHg,図1右眼の超音波B.mode検査画像硝子体混濁と視神経乳頭につながるラインがみられ,網膜全.離が疑われる.左眼C10CmmHgであった.前眼部所見では,右眼に角膜後面沈着物と前房内細胞を認めたが,左眼には異常を認めなかった.眼底所見では,右眼は高度の硝子体混濁により眼底透見不良であり,左眼には前部硝子体中細胞と軽度の硝子体混濁を認めた.超音波CB-mode検査を施行したところ,右眼の網膜全.離が疑われた(図1).経過:右眼は硝子体混濁が強く網膜の詳細な観察は不可能であったが,超音波所見および低眼圧であることから網膜.離が疑われ,初診の翌日に右眼経毛様体扁平部硝子体切除術を施行した.術中所見として,強い硝子体混濁と網膜裂孔を伴う網膜全.離,脈絡膜.離の所見を認めた.原因裂孔は,過去に光凝固を施行された部位とは別の部位にみられ,網膜周辺部には多数の変性部位を認めた.硝子体サンプルを採取のうえ,通常どおり網膜.離に対する処理を行い,初回手術により復位を得た.術中に採取した硝子体液中の浮遊細胞をフローサイトメトリーで解析したところ,CD45(白血球共通抗原)陽性細胞のうちC58.4%およびC24.6%が汎CBリンパ球抗原であるCCD19およびCCD20を発現し,さらに表面免疫グロブリンCk鎖の軽鎖制限を認め,B細胞性リンパ腫が強く疑われた(図2).一方,サイトスピン標本では好塩基性の細胞質としばしば著明な核不整を示す大型異型細胞を認め,形質細胞も散見され(図3)(注:本症例の形態所見はすでに他誌に報告した7)),classCVであった.IgH遺伝子再構成は陰性であった.また,硝子体中のサイトカインを分析したところ,IL-6はC19,800Cpg/ml,IL-10はC2,750Cpg/mlで,IL-10/IL-6比はC1.0未満であった.左眼にも軽度の硝子体混濁を認めたため,6月に左眼経毛様体扁平部硝子体切除術を施行した.細胞診ではCclassVであり,サイトカイン解析ではCIL-6がC122Cpg/ml,IL-10がC295Cpg/mlとCIL-10/IL-6比がC1.0を超えていた.IgH遺伝子再構成は陰性であった.フローサイトメトリー解析は細胞数が少なく解析不能であった.右眼のフローサイトメトリー解析結果と硝子体液浮遊細胞の病理所見,IL-10の濃度,左眼の細胞診所見とサイトカイン解析結果を総合し,両眼性のCVRLと診断した.頭部magneticCresonanceCimaging(MRI),positronCemissiontomography-computedCtomography(PET-CT)では異常なく,髄液検査における細胞診でもCclassCIIであり,中枢神経系の病変を認めなかった.76歳と高齢であったため,全身化学療法を行わず,京都府立医科大学倫理審査員会承認のもと,両眼にメトトレキサート硝子体注射を開始した.しかし,同年C8月頃より歩行困難となり,9月初旬には起立できなくなり,尿閉や失禁も出現した.髄液検査における細胞診はCclassCIIであったが,頭部CMRIにて前頭蓋底に病巣の出現を認め,悪性リンパ腫の中枢神経病変と診断された.10月より全身化学療法が開始され,中枢神経病変はいったん消失したが,再発を繰り返し,その後転院となった.1324あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017(112)図2右眼の硝子体液フローサイトメトリー解析結果SideCscatterCxCforwardCscatterの二次元サイトグラム上でCdebrisを除いたところ(Ca),浮遊細胞のC36.0%は白血球共通抗原であるCCD45陽性であった(Cb).CD45陽性細胞のうちC58.4%およびC24.6%が汎CBリンパ球抗原であるCCD19およびCCD20を発現し(Cd,e),さらに表面免疫グロブリンCk鎖の軽鎖制限(kappa28.6%:lambda0.6%)を認めた(Cf).CII考察VRLは,霧視や飛蚊症,硝子体混濁のみが症状の場合,ぶどう膜炎との鑑別が難しいため早期診断が容易ではない.しかし,VRLは高率に中枢神経病変を合併し生命予後に関わるため,見逃しに注意すべき疾患の一つであり,適切に診断することが求められる.今回筆者らは裂孔原性網膜.離を合併したCVRLのC1例を経験したが,網膜裂孔による硝子体内の細胞浮遊があり,さらに硝子体混濁が非常に高度であったため術前に原因疾患を特定することが困難であった.網膜.離出現から時間が経過した場合,硝子体内の炎症が強くなることも考えられる.本症例では視力低下はC1カ月前から出現しており,すでに低眼圧となっていたことから,術前には網膜.離に伴う炎症の可能性も考えられた.このような症例においては,硝子体解析を行わずに網膜.離の手術を施行される可能性がある.原因不明のぶどう膜炎に対する硝子体手術において,筆者らは京都府立医科大学倫理審査委員会の承認のもとに常に硝子体液のフローサイトメトリー解析を行っており,本症例でもフローサイトメトリー解析と硝子体浮遊細胞の病理所見をきっかけにCVRLの診断に至った.VRLの診断においてフローサイトメトリーによる浸潤細胞の表面マーカー解析は高い感度と特異度を持っている8).網膜.離の合併によって眼所見がマ図3右眼の硝子体液浮遊細胞のサイトスピン塗抹標本(May.Giemsa染色)好塩基性の細胞質としばしば著明な核不整を示す大型異型細胞を多数認め,形質細胞も散見された.スクされていても,ルーチンとして硝子体液の解析を行うことでCVRLの見逃しを減らすことができると考えられる.VRLにおいてはC82.92%の症例で硝子体液中のCIL-10/IL-6比がC1.0を超えることが報告されており,サイトカイン解析は診断において有用性が高い3,9,10).本症例では網膜全(113)Cあたらしい眼科Vol.34,No.9,2017C1325.離を伴っていた右眼の硝子体液中のCIL-10/IL-6比はC1.0未満であったが,VRLの存在を示唆するCIL-10はC2,750Cpg/mlと非常に高値であった.VRLではCIL-10/IL-6比以外にもCIL-10の濃度がC100Cpg/ml以上であることも重要な所見であることが報告されており9),本症例もこれには合致する.網膜.離では硝子体液中のCIL-6が増加するという報告があるが11,12),今回は網膜全.離による眼内炎症が高度であったため,炎症性サイトカインが修飾され,IL-6が異常高値となったことがCIL-10/IL-6比がC1.0未満となった原因と考えられる.このように網膜.離を伴ったCVRLではCIL-10/IL-6比がC1.0未満となることがあるため,診断に注意が必要である.本症例においてCVRLと網膜.離の関連は明らかではないが,裂孔を伴っていたことから,VRLによる滲出性網膜.離ではなく,裂孔原性網膜.離を合併したと考えられた.本症例では以前に右眼網膜裂孔に対して網膜光凝固術の既往があったが,今回の原因裂孔は以前治療された裂孔とは別のものであり,術中所見として網膜周辺部変性を多数認めた.VRLによって硝子体の収縮が生じ,周辺の変性部の網膜を牽引することで裂孔が形成され,網膜.離に至った可能性は考えられる.また,VRLに伴う強い硝子体混濁によって網膜.離の症状が不明瞭となり,網膜全.離に至るまで発見が遅れた可能性がある.漿液性網膜.離を認めたCVRLの報告はあるが13,14),筆者らの知る限りCVRLと裂孔原性網膜.離の合併例の報告はない.VRLを疑って硝子体液の解析を行わなかった場合,網膜.離として治療されている症例のなかにCVRLが見逃されてしまっている症例が含まれる可能性は考えられる.VRLにおいて致命的となるのは中枢神経病変の出現であるが,いまだ中枢神経病変の予防可能な治療方法は確立されておらず,現時点ではメトトレキサートの眼局所投与あるいは全身投与が行われていることが多く,施設によっては放射線療法も行われている.しかし,患者が高齢の場合,メトトレキサートの全身投与や放射線療法は副作用が多く,合併症である白質脳症の出現頻度も高まるため,VRLの診断がついた時点で中枢神経に病変を認めなければ眼局所の治療のみとなる場合が多い.本症例においても,VRLを認めた時点で中枢神経病変の所見はなく,76歳と高齢であったために,患者やその家族と相談のうえでメトトレキサートの眼局所投与のみの治療選択となったが,そのC3カ月後には中枢神経病変の出現を認めた.VRLの症例では,常に中枢神経病変の合併に注意して慎重な経過観察を行う必要がある.以上のように,網膜.離などの他疾患との合併によって眼所見が修飾されている場合であっても,原因不明の硝子体混濁を伴う症例においては硝子体液の解析を積極的に行うことで,VRLの見逃しを減らすことができると考えられる.特1326あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017にフローサイトメトリー解析は硝子体中のリンパ球の種類や細胞表面マーカーの発現における偏りも解析することが可能であり,VRLを含めた硝子体混濁の原因を検討するうえで有用である.文献1)ChanCC,RubensteinJL,CouplandSEetal:Primaryvit-reoretinalClymphoma:aCreportCfromCanCinternationalCpri-maryCcentralCnervousCsystemClymphomaCcollaborativeCgroupsymposium.OncologistC16:1589-1599,C20112)BaehringCJM,CAndroudiCS,CLongtineCJJCetCal:AnalysisCofCclonalimmuneheavychainrearrangementsinocularlym-phoma.CancerC104:591-597,C20053)KimuraCK,CUsuiCY,CGotoCHCetCal:ClinicalCfeaturesCandCdiagnosticCsigni.canceCofCtheCintraocularC.uidCofC217CpatientsCwithCintraocularClymphoma.CJpnCJCOphthalmolC56:383-389,C20124)OhguroN,SonodaKH,TakeuchiMetal:The2009pro-spectiveCmulti-centerCepidemiologicCsurveyCofCuveitisCinCJapan.JpnJOphthalmolC56:432-435,C20125)FissonS,OuakrimH,TouitouVetal:Cytokinepro.leinhumaneyes:ContributionofanewcytokinecombinationforCdi.erentialCdiagnosisCbetweenCintraocularClymphomaCoruveitis.PLoSOneC8:e52385,C20136)KojimaCK,CMaruyamaCK,CInabaCTCetCal:TheCCD4/CD8CratioCinCvitreousC.uidCisCofChighCdiagnosticCvalueCinCsar-coidosis.OphthalmologyC119:2386-2392,C20127)InabaCT,CNagataCT,CMaruyamaCK:PrimaryCintraocularClargeCBCcellClymphomaCwithCplasmacyticCdi.erentiation.CIntJHematolC96:399-400,C20128)ZaldivarRA,MartinDF,HoldenJTetal:Primaryintra-ocularClymphoma:clinical,Ccytologic,CandC.owCcytometricCanalysis.OphthalmologyC111:1762-1767,C20149)SugitaS,TakaseH,SugamotoYetal:Diagnosisofintra-ocularClymphomaCbyCpolymeraseCchainCreactionCanalysisCandcytokinepro.lingofthevitreous.uid.JpnJOphthal-molC53:209-214,C200910)WangY,ShenD,WangVMetal:Molecularbiomarkersforthediagnosisofprimaryvitreoretinallymphoma.IntJMolCSciC12:5684-5697,C201111)KenarovaB,VoinovL,ApostolovCetal:Levelsofsomecytokinesinsubretinal.uidinproliferativevitreoretinopa-thyCandCrhegmatogenousCretinalCdetachment.CEurCJCOph-thalmol7:64-67,C199712)YoshimuraT,SonodaKH,SugaharaMetal:Comprehen-siveanalysisofin.ammatoryimmunemediatorsinvitreo-retinaldisease.PLoSOne4:e8158,C200913)曽我拓嗣,稲用和也,戸塚清人ほか:漿液性網膜.離を主症状とした眼内悪性リンパ腫のC1例.あたらしい眼科C33:C427-431,C201614)山本紗也香,杉田直,岩永洋一ほか:メトトレキセート硝子体注射が著効した滲出性網膜.離を伴う網膜下増殖型のびまん性大細胞型CB細胞リンパ腫の1例.臨眼C62:C1495-1500,C2008C(114)

0.1%ブロムフェナクナトリウム点眼液のNd:YAGレーザー後囊切開術後の炎症抑制効果

2017年9月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科34(9):1318.1322,2017c0.1%ブロムフェナクナトリウム点眼液のNd:YAGレーザー後.切開術後の炎症抑制効果小溝崇史*1寺田裕紀子*2森洋斉*1子島良平*1宮田和典*1*1宮田眼科病院*2東京都健康長寿医療センターComparisonofAnti-in.ammatoryE.ectofTopical0.1%Bromfenacand0.1%BetamethasoneafterNd:YAGLaserCapsulotomyTakashiKomizo1),YukikoTerada2),YosaiMori1),RyoheiNejima1)andKazunoriMiyata1)1)MiyataEyeHospital,2)TokyoMetropolitanGeriatricHospitalandInstituteofGerontology目的:0.1%ブロムフェナク点眼液のCNd:YAGレーザー後.切開術後の抗炎症効果をC0.1%ベタメタゾン点眼液と比較する.方法:後発白内障に対するCNd:YAGレーザー後.切開術施行例を対象とした無作為化比較試験.患者をC2群に分け,術後にブロムフェナクC1日C2回,またはベタメタゾンC1日C4回,各C1週間点眼した.眼圧,フレア値,視力,中心窩網膜厚を測定し,混合効果モデルで解析し比較した.結果:有効性解析対象はブロムフェナク群C43例C43眼,ベタメタゾン群C46例C46眼で,両群ともに,術前と比較して,眼圧,フレア値,中心窩網膜厚はほぼ増加せず,術後視力は著明に改善した.薬剤間の比較では,眼圧はブロムフェナク群で,中心窩網膜厚はベタメタゾン群で有意に減少した.両群に有害事象はなかった.結論:0.1%ブロムフェナク点眼液はCNd:YAGレーザー後.切開術後炎症に対しC0.1%ベタメタゾン点眼液と同等の効果を示す.CPurpose:ToCcompareCtheCanti-in.ammatoryCe.ectCofCtopicalC0.1%CbromfenacCandC0.1%CbetamethasoneCinpatientsCafterCNd:YAGClaserCcapsulotomy.CMethods:PatientsCwereCprospectivelyCrandomizedCintoCeitherCthebromfenac(n=43)orCbetamethasone(n=46)group.CAfterCcapsulotomy,CtheCrespectiveCgroupsCwereCadministered0.1%bromfenactwicedailyor0.1%betamethasonefourtimesdaily,for1week.Intraocularpressure(IOP),ante-riorchamber.are,visualacuityandfovealthicknesswereevaluatedpreoperativelyandpostoperatively.Amixede.ectCmodelCwasCusedCforCanalysis.CResults:InCbothCgroups,CthereCwasCnoCsigni.cantCdi.erenceCinCIOP,CanteriorCchamberC.areCorCfovealCthicknessCbetweenCpreoperativeCandCpostoperativeCvalues,CwhileCvisualCacuityCimprovedCsigni.cantly.Comparingthetwogroups,IOPwassigni.cantlylowerinthebromfenacgroup,andfovealthicknesswassigni.cantlylowerinthebetamethasonegroup.Conclusion:Theanti-in.ammatorye.ectof0.1%bromfenacwassimilartothatof0.1%betamethasoneinpatientsafterNd:YAGlasercapsulotomy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(9):1318.1322,C2017〕Keywords:YAGレーザー後.切開術,眼圧,フレア値,中心窩網膜厚,ブロムフェナク.Nd:YAGlasercapsu-lotomy,IOP,anteriorchamber.are,fovealthickness,bromfenac.Cはじめに後発白内障は,比較的頻度の高い白内障手術後の合併症であり,術後に一部残存する水晶体上皮細胞の増殖,線維性物質の進展により引き起こされた後.面上の混濁である.海外のメタアナリシスによると,発生率は白内障術後C1年で11.8%,3年でC20.7%,5年でC28.4%と報告され1),国内でもほぼ同様の発生率となっている2).後.混濁が瞳孔領に発生すると視機能に影響を及ぼすことから,その発生を予防するためにレンズ形状の改良や非ステロイド性抗炎症薬(non-steroidalanti-in.ammatorydrugs:NSAIDs)の点眼などさまざまな対策が検討されている3).しかしながら,後.混濁の発生を完全に抑制することはできず,発生した場合には,neodymium:YAG(Nd:YAG)レーザーによる後.切開が行われるのが一般的である.〔別刷請求先〕小溝崇史:〒885-0051宮崎県都城市蔵原C6-3宮田眼科病院Reprintrequest:TakashiKomizo,M.D.,MiyataEyeHospital,6-3Kurahara,Miyakonojo-shi,Miyazaki885-0051,JAPAN1318(106)後発白内障に対するCNd:YAGレーザー後.切開術後の合併症としては,眼圧上昇,黄斑浮腫,網膜.離などが知られている4).なかでも眼圧上昇は良く知られた合併症であり,その発生頻度は,後.切開術後に眼圧下降薬を使用することで少なくなったものの,無水晶体眼や緑内障眼など眼圧上昇のリスクが高い症例も存在することから,注意すべき合併症の一つである.Altamiranoら5)は,眼圧上昇は切開時に飛散した後.の破片が線維柱帯を目詰まりさせることがおもな原因と報告したが,眼圧と術後のフレア値には弱いながらも相関があるとも報告しており,炎症反応が眼圧上昇に少なからず影響を及ぼしている可能性がある.また,これら合併症は,後.切開時の総エネルギー照射量が高いと発生率がより高まる6,7)ことから,手術侵襲に伴う炎症を抑制することは重要である.日常診療において,後発白内障に対するCNd:YAGレーザー後.切開術後の炎症抑制にステロイド点眼薬が使用されている7).しかし,ステロイド点眼薬は眼圧上昇の副作用が報告されており,眼圧上昇の副作用のないCNSAIDsが代替となるのが望ましいものの,その効果を直接比較した報告は過去には見当たらない.そこで,内眼手術後の抗炎症効果がステロイド点眼薬と同等8,9)であり,眼圧も上昇させないC0.1%ブロムフェナク点眼液(ブロナックCR点眼液C0.1%)のNd:YAGレーザー後.切開術後の炎症に対する抑制効果を,0.1%ベタメタゾン点眼液(リンデロンCR点眼・点耳・点鼻液0.1%)と比較した.CI対象および方法1.対象本研究は,宮田眼科病院(以下,当院)倫理審査委員会で承認された後,対象者に文書による十分な説明を行い,文書による同意を得て実施した.対象は,2012年C12月.2015年C3月に当院で後発白内障に対するCNd:YAGレーザー後.切開術を施行した患者である.また,1)糖尿病で中心窩網膜厚がC250Cμm以上の患者,2)糖尿病網膜症を有する患者,3)緑内障を有する患者,4)偽落屑症候群の確定診断を受けた患者,5)ぶどう膜炎を有する患者,6)角膜上皮.離または角膜潰瘍のある患者,7)ウイルス性結膜・角膜疾患,結核性眼疾患,真菌性眼疾患あるいは化膿性眼疾患のある患者,8)白内障を除く内眼手術の既往を有する患者,9)NSAIDsおよびステロイド薬に対して過敏症を有する患者,10)アスピリン喘息を含む気管支喘息,その他慢性呼吸器疾患の合併症を有する患者,は除外した.C2.方法基準を満たした患者を無作為にブロムフェナク群またはベタメタゾン群に割り付けた.ブロムフェナク群は,0.1%ブロムフェナク点眼液を術当日の術後にC1回,その後C1週間は1日C2回点眼し,ベタメタゾン群はC0.1%ベタメタゾン点眼液を術当日の術後にC2回,その後C1週間はC1日C4回点眼した.すべての患者にC1%アプラクロニジン点眼液(アイオピジンRUD点眼液C1%)を術前後C1時間に各C1回点眼した.散瞳薬,麻酔薬は必要に応じて使用することとし,試験薬以外のステロイド薬あるいはCNSAIDsは剤形を問わず使用しないこととした.眼圧をCGoldmann圧平眼圧計で,前房フレア値はレーザーフレアセルメータで,術前,術C1日後,1週後,2週後,4週後に測定した.視力は術前,術C1週後,2週後,4週後に測定し,中心窩網膜厚は光干渉断層計で術前,術C1週後,4週後に測定した.また,観察期間を通じて有害事象を収集した.解析は,ITT解析集団で解析した.患者背景の比較には,t-test,FisherC’sCexactCtestを使用し,平均値C±標準偏差で表示した.評価項目の各観察時期における術前との比較および群間比較は,観察時期,治療,観察時期と治療との相互作用を固定効果,症例を変量効果とした混合効果モデルで推定した.モデル平均値およびC95%信頼区間で表示した.p<0.05の場合に有意差ありと判定した.CII結果107例C107眼が登録され,89例C89眼が有効性解析対象となった.内訳は,男性C32例,女性C57例,年齢(平均値C±標準偏差)はC76.4C±8.7歳であった.ブロムフェナク群はC43例,ベタメタゾン群はC46例であり,年齢,性別,Nd:YAGレーザーの平均総照射熱量に両群で差はなかった(表1).網膜厚がC250Cμm未満の糖尿病合併例はブロムフェナク群でC4例,デキサメタゾン群でC4例あった.術前のモデル平均眼圧はブロムフェナク群でC13.35CmmHg(95%信頼区間:12.49.14.21CmmHg),ベタメタゾン群で13.63CmmHg(95%信頼区間:12.80.14.46CmmHg)で,両群間に差はなかった(図1).術後の眼圧を術前と比較したところ,ブロムフェナク群では,術C1日後,1週後に有意に下降し,ベタメタゾン群では術C1日後に有意に下降した.両群間の比較では,術C1日後およびC1週後でブロムフェナク群が有意に低かった.術前のモデル平均フレア値はブロムフェナク群でC6.63photonCcounts/msec(95%信頼区間:5.47.7.80Cphotoncounts/msec),ベタメタゾン群でC5.76CphotonCcounts/msec(95%信頼区間:4.64.6.89Cphotoncounts/msec)で,両群間に差はなかった(図2).術後のフレア値を術前と比較したところ,両群で術C1日後に有意に下降した.両群間に差はなかった.術前のモデル平均矯正視力(logMAR)はブロムフェナク表1患者背景ブロムフェナク群(43例)ベタメタゾン群(46例)年齢(範囲)C75.6±7.4歳(55.89歳)C74.2±9.6歳(54.89歳)男性/女性16/27例16/30例総照射熱量(範囲)C53.7±22.5CmJ(19.8.116.8CmJ)C56.8±32.5CmJ(12.0.179.4CmJ)t-test.男性/女性のみCFisher’sexacttest.1218フレア値(photoncounts/msec)108642161412108642眼圧(mmHg)0術前1日1週2週4週術後経過期間図1眼圧の推移グラフはモデル平均値±95%信頼区間を示す.術前と比較し,両群ともに有意に下降した(C†p<0.05,C†††p<0.001,混合効果モデル).両群間の比較では,ブロムフェナク群が有意に低かった(*p<0.05,**p<0.01,混合効果モデル).C0.250術前1日1週2週4週術後経過期間図2フレア値の推移グラフはモデル平均値±95%信頼区間を示す.術前と比較し,両群ともに有意に下降した(C††p<0.01,C†††p<0.001,混合効果モデル).両群間に差はなかった.C300-0.200図3矯正視力(logMAR)の推移図4中心窩網膜厚の推移グラフはモデル平均値±95%信頼区間を示す.術前と比較し,グラフはモデル平均値±95%信頼区間を示す.術前と比較し,両群ともに有意に改善した(C†††p<0.001,混合効果モデル),ブロムフェナク群では変化せず,ベタメタゾン群では有意に減両群間で差はなかった.少した(C†p<0.05,C†††p<0.001,混合効果モデル).両群間の比較では,ベタメタゾン群で有意に減少した(*p<0.05,混合効果モデル).0.202500.15矯正視力(logMAR)2000.100.050.00150100-0.05-0.10-0.1550群でC0.150(95%信頼区間:0.106.0.195),ベタメタゾン群でC0.156(95%信頼区間:0.112.0.200)で,両群間に差はなかった(図3).両群ともに,術前と比べて有意に改善し,両群間で差はなかった.術前のモデル平均中心窩網膜厚はブロムフェナク群で241.10Cμm(95%信頼区間:231.11.251.08Cμm),ベタメタゾン群でC229.63μm(95%信頼区間:220.09.239.17μm)で,両群間に差はなかった(図4).術後の中心窩網膜厚を術前と比較したところ,ブロムフェナク群では観察期間を通して差はなかったが,ベタメタゾン群では術C1週後,4週後に有意に減少した.両群間の比較では,術C1週後,4週後でブロムフェナク群とベタメタゾン群に有意差があった.観察期間を通して,両群ともに有害事象の報告はなかった.CIII考察後発白内障に対しCNd:YAGレーザー後.切開術を施行後,0.1%ブロムフェナク点眼液をC1日C2回C1週間またはC0.1%ベタメタゾン点眼液をC1日C4回C1週間点眼し,眼圧および術後炎症に対する影響をC4週間にわたって比較検討した.NSAIDsのなかでC0.1%ブロムフェナク点眼液を選択したのは,過去に筆者らが行った白内障術後炎症に対する抗炎症効果の比較にてC0.1%ジクロフェナク点眼液よりも効果が高く9),点眼回数がC1日C2回と少ないなど,汎用性が高いと判断したためである.Nd:YAGレーザー後.切開術後には,眼圧上昇,黄斑浮腫,網膜.離などの合併症が知られている4).後.切開により生成された破片が線維柱帯に目詰まりすることにより,または術後の眼内炎症反応により眼圧が上昇すると考えられる5,10).Ariら7)は,レーザー総照射熱量が高いほど眼圧は上昇し,中心窩網膜厚も増加することから,総照射熱量をC80mJ以下にすることが望ましいと報告している.また,三木ら11)は,術後C24時間以内にC50%の症例で眼圧がC5CmmHg以上上昇し,その原因の一つとして総照射熱量がC200CmJ以上であることをあげている.これらのことから,総照射熱量が大きいと,術後早期から眼圧上昇が発生することは明白である.今回,術後の眼圧は,ブロムフェナク群,ベタメタゾン群ともに術前よりも上昇することはなかった.これは,総照射熱量が,ブロムフェナク群でC53.7C±22.5CmJ,ベタメタゾン群でC56.8C±32.5CmJと,両群ともにC80CmJよりも低く,眼圧下降薬であるアプラクロニジンを併用していることから,妥当な結果である.しかしながら,ベタメタゾン群の眼圧は,ブロムフェナク群と比較し,術C1日後とC1週後で有意に高かった.同時期に,抗炎症効果の指標であるフレア値は両群で差はなく,術C1週後までは抗炎症薬を点眼していたことから,ステロイド薬の副作用である眼圧上昇が発現した可能性もある.しかし,ベタメタゾン群で極端に眼圧上昇をきたした症例,いわゆるステロイドレスポンダーはなく,眼圧差は術C1日後の早期から認められていることから,両剤の作用発現メカニズムの違いが影響を及ぼした可能性が高いと考えられる.ステロイド薬は,細胞質内のグルココルチコイド受容体に結合した後,核内へ移行し,シクロオキシゲナーゼ(COX)-2の誘導抑制や多くのサイトカイン,ケモカインの産生を抑制し,抗炎症作用を示す12).一方,ブロムフェナクのようなCNSAIDsはCCOXを阻害することにより13,14),細胞質および核膜でのプロスタグランジン合成を抑制し,抗炎症作用を示すことが知られており,効果発現までの時間はステロイド薬よりもCNSAIDsのほうが短いと考えられている.ウサギ前房内フレア上昇モデルにおいてC0.1%ブロムフェナク点眼液とC0.1%デキサメタゾン点眼液の効果発現時間は,それぞれ単回点眼C0.5.3時間後,2.7時間後と報告されている15).また,Nd:YAGレーザー後.切開術後の炎症に関する基礎研究では,術C1時間後で炎症性メディエーターであるプロスタグランジンCE濃度の上昇が観察され16),臨床では術C18時間後にフレアの上昇が観察されている5).これらのことから,眼圧上昇を引き起こす眼内炎症反応は術直後から始まっており,ベタメタゾンとブロムフェナクの作用発現までの時間差が,術後の眼圧に差を生じさせたと考えられる.つぎに,術後の中心窩網膜厚は,ブロムフェナク群,ベタメタゾン群ともに術前と比べて増加は認められなかった.今回の検討では,先に示したとおり,本研究の総照射熱量が低いため,両群とも中心窩網膜厚の増加を十分に抑制できたと考えられる.そのうえで,ブロムフェナク群では術前後で変化がなかったが,ベタメタゾン群では術前に比べて術C1週後,4週後に有意に減少した.Ruiz-Casasら17)は,Nd:YAGレーザー後.切開術後の網膜厚を検討し,その際にNSAIDsであるケトロラクを点眼している.それによると,レーザー総照射熱量がC82.13CmJと比較的高いものの,網膜厚に変化はなく,ブロムフェナク群とほぼ同様の結果であった.一方,ステロイド薬点眼後では,網膜厚は術前と変わらないか増加すると報告されている7,18.21).しかし,ほとんどの報告ではプレドニゾロンを点眼しており,抗炎症作用がより強いベタメタゾン群の結果と比較するのはむずかしい.中心窩網膜厚の増減に影響を与える因子として眼内炎症があげられるが,網膜厚がC250Cμm以上の糖尿病やぶどう膜炎などの炎症性疾患は今回の試験対象から除外されており,またレーザー後.切開術後の後炎症前房フレア値の推移に両群で差はなかったことから,炎症による関与は少ないと考えられる.一方,Leeら22)は,0.1%ベタメタゾン点眼下において,白内障術後の眼圧と網膜厚には負の相関があると報告している.Nd:YAGレーザー後.切開術後でも同様のことが起こった可能性もあるが,この相関については検討をしていないため不明であり,ベタメタゾン群で中心窩網膜厚が減少した原因を特定することはできなかった.Nd:YAGレーザー後.切開術後の炎症の抑制を目的に,0.1%ブロムフェナク点眼液C1日C2回投与が治療の選択肢となりうるか,0.1%ベタメタゾン点眼液C1日C4回投与と比較し検討した.両薬剤ともにC1週間の点眼により,術後視力を有意に改善し,Nd:YAGレーザー後.切開術後の合併症として知られる眼圧上昇や前房内炎症,中心窩網膜厚増加を抑制し,.胞様黄斑浮腫の発生もなかったことから,ともに有用であり,0.1%ベタメタゾン点眼液と並んでC0.1%ブロムフェナク点眼液はCNd:YAGレーザー後.切開術後の治療薬となりうる.(本研究費の一部は千寿製薬株式会社から助成を受けた)利益相反:宮田和典(カテゴリーCF:参天製薬株式会社,日本アルコン株式会社)文献1)SchaumbergCDA,CDanaCMR,CChristenCWGCetCal:ACsys-tematicCoverviewCofCtheCincidenceCofCposteriorCcapsuleCopaci.cation.Ophthalmology105:1213-1221,C19982)安藤展代,大鹿哲郎,木村博和:後発白内障の発生に関与する多因子の検討.臨眼53:91-97,C19993)松島博之:前.収縮・後発白内障.日本白内障学会誌C23:C13-18,C20114)西恭代,根岸一乃:ND:YAGレーザーによる後発白内障手術.あたらしい眼科31:799-803,C20145)AltamiranoCD,CMermoudCA,CPittetCNCetCal:AqueoushumorCanalysisCafterCNd:YAGClaserCcapsulotomyCwithCtheClaserC.are-cellCmeter.CJCCataractCRefractCSurgC18:C554-558,C19926)BhargavaR,KumarP,PhogatHetal:Neodymium-yttri-umaluminiumgarnetlasercapsulotomyenergylevelsforposteriorcapsuleopaci.cation.JOphthalmicVisResC10:C37-42,C20157)AriS,CinguAK,SahinAetal:Thee.ectsofNd:YAGlaserposteriorcapsulotomyonmacularthickness,intraoc-ularCpressure,CandCvisualCacuity.COphthalmicCSurgCLasersCImagingC43:395-400,C20128)EndoN,KatoS,HaruyamaKetal:E.cacyofbromfenacsodiumophthalmicsolutioninpreventingcystoidmacularoedemaCafterCcataractCsurgeryCinCpatientsCwithCdiabetes.CActaOphthalmolC88:896-900,C20109)MiyanagaCM,CMiyaiCT,CNejimaCRCetCal:E.ectCofCbromfe-nacCophthalmicCsolutionConCocularCin.ammationCfollowingCcataractsurgery.ActaOphthalmolC87:300-305,C200910)GimbelCHV,CVanCWestenbruggeCJA,CSandersCDRCetCal:CE.ectCofCsulcusCvsCcapsularC.xationConCYAG-inducedCpressurerisesfollowingposteriorcapsulotomy.ArchOph-thalmolC108:1126-1129,C199011)三木恵美子,永本敏之,石田晋ほか:Nd:YAGレーザーによる後.切開術後合併症.眼科手術6:517-521,C199312)平澤典保:ステロイド薬の基礎.アレルギーC60:193-198,C201113)山田昌和:眼表面疾患とCCOX1,COX2.眼薬理18:64-68,C200414)岡野光博:好酸球性鼻・副鼻腔炎症におけるプロスタグランジンCD2/E2代謝の位置付けと治療の展望.耳鼻・頭頸外科78:437-447,C200615)HayasakaY,HayasakaS,ZhangXYetal:E.ectsoftopi-calCcorticosteroidsCandCnonsteroidalCanti-in.ammatoryCdrugsConCprostaglandinCe2-inducedCaqueousC.areCeleva-tionCinCpigmentedCrabbits.COphthalmicCResC35:341-344,C200316)KaoCGW,CPangCMP,CPeymanCGACetCal:ProstaglandinCE2andCproteinCreleaseCfollowingCNd:YAGClaserCapplicationCtoCtheCanteriorCcapsuleCofCrabbitClens.COphthalmicCSurgC19:339-343,C198817)Ruiz-CasasD,BarrancosC,AlioJLetal:E.ectofposteC-riorCneodymium:YAGCcapsulotomy.CSafetyCevaluationCofCmacularCfovealCthickness,CintraocularCpressureCandCendo-thelialCcellClossCinCpseudophakicCpatientsCwithCposteriorCcapsuleopaci.cation.ArchSocEspOftalmolC88:415-422,C201318)Y.lmazU,KucukE,UlusoyDMetal:Theassessmentofchangesinmacularthicknessindiabeticandnon-diabeticpatients:theCe.ectCofCtopicalCketorolacConCmacularCthickC-nessCchangeCafterCND:YAGClaserCcapsulotomy.CCutanCOculToxicol31:58-61,C201619)Yuvac..,PangalE,YuceYetal:Opticcoherencetomog-raphyCmeasurementCofCchoroidalCandCretinalCthicknessesCafterCuncomplicatedCYAGClaserCcapsulotomy.CArqCBrasCOftalmolC78:344-347,C201520)KarahanCE,CTuncerCI,CZenginCMO:TheCe.ectCofCND:CYAGlaserposteriorcapsulotomysizeonrefraction,intra-ocularCpressure,CandCmacularCthickness.CJCOphthalmolC2014:846385,C201421)ArtunayCO,CYuzbasiogluCE,CUnalCMCetCal:Bimatoprost0.03%CversusCbrimonidineC0.2%CinCtheCpreventionCofintraocularCpressureCspikeCfollowingCneodymium:yttri-um-aluminum-garnetClaserCposteriorCcapsulotomy.CJCOculCPharmacolTherC26:513-517,C201022)LeeCYC,CChungCFL,CChenCCC:IntraocularCpressureCandCfovealCthicknessCafterCphacoemulsi.cation.CAmCJCOphthal-molC144:203-208,C2007***

涙管チューブ挿入術後の点眼負荷による涙液メニスカス高の検討

2017年9月30日 土曜日

《第5回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科34(9):1314.1317,2017c涙管チューブ挿入術後の点眼負荷による涙液メニスカス高の検討谷吉オリエ鶴丸修士公立八女総合病院眼科CTearMeniscusHeightMeasurementwithSalineInstillation,afterNasolacrimalDuctIntubationOrieTaniyoshiandNaoshiTsurumaruCDepartmentofOphthalmology,YameGeneralHospital目的:点眼負荷した涙液メニスカス高(TMH)を涙管チューブ挿入術前後に測定し,涙液排出能を他覚的に検討する.方法:涙管チューブ挿入術を施行した涙道閉塞患者C34眼を対象に,点眼前および点眼負荷C5分間の下方CTMHを測定記録し,治療前,チューブ留置中,抜去C1カ月後のCTMH推移を比較した.結果:点眼前CTMHは治療前と比べ留置中と抜去後は有意に低下していたが,点眼負荷CTMHは抜去後のみ低下していた.また,点眼前CTMHは治療成績による差はなかったが,点眼負荷C2分以後は症状残存群より治癒群のほうが有意に低下していた.留置中は点眼負荷TMHが高値を維持する例の割合が増し,抜去後は正常型が増えた.結論:涙道閉塞症の治療評価は,自覚症状と通水検査が用いられることが多いが,本法は低侵襲に治療成績を反映することができ,新たな客観的な評価指標となりうる.CPurpose:ToCevaluateCtearCclearanceCafterCnasolacrimalCductCintubation(NLDI),CbyCmeasuringCtearCmeniscusheight(TMH).Materialandmethods:Thisstudyincluded34eyesofpatientswithnasolacrimalductobstruction(NLDO)whoCunderwentCNLDI.CLowerCTMHCwasCmeasuredCbeforeCintubation,CduringCtubeCretentionCandCatConeCmonthaftertuberemoval.Ineachcase,measurementwasmadewithoutsalineinstillation,thenfor5minutesaftersalineinstillation,undernaturalblinkingconditions.ChangeinTMHoverthecoursewasexamined.Results:TMHasCmeasuredCwithoutCsalineCinstillationCdecreasedCsigni.cantlyCduringCtubeCretentionCandCafterCtubeCremoval,CbutCTMHmeasuredwithsalineinstillationdecreasedonlyaftertuberemoval.TMHwithoutsalineinstillationwasnotin.uencedbythesurgicaloutcome.TMHdecreasedsigni.cantlyaftertwominutesfollowinginstillation,withreso-lutionofsymptomsascomparedwithepiphora.Duringtuberetention,alargepercentageofpatientsshowedhighTMHbothwithandwithoutinstillation.Aftertuberemoval,thenumberofpatientswithnormalTMHincreasedbothwithandwithoutinstillation.Conclusion:SubjectivesymptomsandirrigationtestingarecommonlyusedtoevaluateCsurgicalCoutcomeCinCNLDO.CTMHCmeasurementCwithCsalineCinstillationCcanCre.ectCsurgicalCoutcomeCandCcanbeausefulindicatorfortreatmentoutcome.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(9):1314.1317,C2017〕Keywords:涙液メニスカス高,涙管チューブ挿入術,涙液排出能,前眼部光干渉断層計.tearCmeniscusCheight,nasolacrimalductintubation,lacrimaldrainagefunction,anteriorsegmentopticalcoherencetomography.Cはじめに眼表面の涙液量のC90%は上下の涙液メニスカス部分に貯留しており1),下方の涙液メニスカス高(tearCmeniscusheight:TMH)が総涙液量に比例するといわれている.下方の涙液メニスカスが涙道手術後に変化する現象は手術の涙液排出効果をよく反映すると考えられ,この経過を調べることは手術効率の他覚的評価の一助となりうる2).しかし,患者が検査直前に涙を拭いてしまうことや測定部位の違いによっても結果の再現性が低下する.筆者らは健常者と涙道閉塞患者に対し,生理食塩水を点眼負荷して下方CTMHの推移を〔別刷請求先〕谷吉オリエ:〒830-0034福岡県八女市高塚C540-2公立八女総合病院眼科Reprintrequests:OrieTaniyoshi,DepartmentofOphthalmology,YameGeneralHospital,540-2Takatsuka,Yame,Fukuoka830-0034,JAPAN1314(102)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(102)C13140910-1810/17/\100/頁/JCOPY検討し,涙液排出能低下を客観的に記録する方法を報告した3).今回は,涙管チューブ挿入術(nasolacrimalCductCintu-bation:NLDI)前後に本法を施行し,治療評価に応用可能か検討した.CI対象および方法対象は,2014年C12月.2016年C5月に当科受診し,内視鏡直接穿破法(directCendoscopicprobing)およびシース誘導チューブ挿入術(sheathCguidedCintubation:SGI)を施行した後天性涙道閉塞のうち,チューブ抜去後C1カ月以上経過観察ができた女性C29眼,男性C5眼の計C34眼,平均年齢C68.2C±12.5歳(43.88歳)である.チューブは全例CLACRIFASTCR(直径C1.0Ccm,全長C10.5Ccm,カネカメディクス)を使用した.チューブ留置中はC0.1%フルオロメトロン(フルメトロンR)とC1.5%レボフロキサシン(クラビットCR)を1日4回点眼し,2.4週ごとに定期的に外来で涙道洗浄を行った.チューブ抜去後はC0.1%プラノプロフェン(ニフランCR)を約1カ月点眼した.事前に研究に対する説明を行い,本人の同意を得た.外傷や経口抗がん剤CTS-1CR内服,顔面神経麻痺,眼涙.より近位の閉塞涙.より近位の閉塞+鼻涙管閉塞鼻涙管閉塞その他§Wilcoxont.testwithBonferronicorrectionp<0.01図3点眼前TMHの治療成績による比較治癒群の点眼前CTMHは治療前と比し留置中と抜去後に有意な低下がみられた.C瞼下垂術後,機能性流涙は対象から除外した.対象の詳細を図1に示す.TMH撮影には,前眼部観察用アダプタを取り付けたNIDEK製光干渉断層計CRS-3000Advance(以下,OCT)を用いた.測定プログラムは,OCTスキャンポイント数C1,024,スキャン長C4.0Cmmの隅角ラインで,下眼瞼の角膜中央を通る垂直ラインで撮影した.まず他の眼科学的検査の前に点眼前CTMHを測定した後,常温の生理食塩水の入った点眼ボトル(5Cml)でC1滴点眼し,20秒ごとに点眼負荷CTMHをC5分間,自然瞬目のまま継続測定した.TMHはCOCTで撮影できたメニスカス断面の上下の頂点から引いた垂線の長さを測定した.一人の検者が撮影および解析を行い,アーチファクトなどによりCOCT像の解析不能であった場合は除外した.C涙.より近位の閉塞涙.より近位の閉塞+鼻涙管閉塞鼻涙管閉塞■治癒群(n=23)■症状残存群(n=8)■ドライ群(n=3)Wilcoxont-testwithBonferronicorrection§§p<0.01§p<0.05図4点眼負荷TMH(5分後)の治療成績による比較治癒群の点眼負荷CTMHは治療前と留置中では有意差はなく,抜去後に有意に低下した.(103)あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017C1315●治癒群(n=23)■症状残存(n=8)▲ドライ(n=3)治療前チューブ留置中抜去後TMH(μm)1,5001,5001,5001,0001,0001,000変化なし§5005005000pre1’2’3’4’5’0pre1’2’3’4’5’0pre1’2’3’4’5′§Wilcoxont-testwithBonferronicorrectionp<0.01図5TMHの経時変化TMHは点眼直後から漸減し,1分C40秒以降は一定になった.C正常型点眼後異常型異常型.3カ月後),③チューブ抜去C1カ月後(NLDIのC4.5カ月1,000後)の計C3回行った.CTMHの検討は,①治療前,②チューブ留置中(NLDIのC1II結果NLDI後の治療成績は,チューブ抜去後に通水可能で自覚的に症状が完治したもの(以下,治癒群)23眼(68%),通水不可または自覚的に症状が残存していたもの(以下,症状残存群)8眼(23%),通水可能になり,乾燥感を自覚したもの(以下,ドライ群)3眼(9%)であった.閉塞部位により治療成績に有意差はみられなかった(図2).点眼前CTMHは,治癒群において治療前よりチューブ留置TMH(μm)5000中と抜去後に有意に低下した.症状残存群,ドライ群は治療治療前前,留置中,抜去後のいずれの検討時期でも有意差はなかった(図3).点眼C5分後の点眼負荷CTMHは,治癒群の治療前留置中と留置中に差はなく,抜去後に有意に低下した(図4).点眼負荷CTMHは治療前ではC1分C40秒以降,留置中では抜去後pre1’2’3’4’5’323532正常型点眼後異常型異常型4141187615940秒以降,抜去後ではC1分C40秒以降は有意な変化がみられなくなった(図5).TMHの経時推移を個々に観察すると,点眼前CTMHも点眼負荷CTMHもほぼ正常のもの(正常型),点眼前CTMHは正常だが点眼負荷CTMHが高値を示すもの(点眼後異常型)点眼前CTMHも点眼負荷CTMHも高値であるもの(異常型),のC3タイプに分類できた.今回は正常CTMHをC500μm以下と定義して検討したところ,治療前はC3タイプがほぼ同じ割合で存在していたが,チューブ留置中は正常型(41%)と点眼後異常型(41%)の割合が増し,抜去後は正常型(76%)が増加していた(図6).また,点眼負荷CTMHの経時変化のパターンを治療成績別に比較してみると,治療前およびチューブ留置中には治療成績間の差はないが,抜去後には点眼C2分以降の点眼負荷CTMHは治癒群より症状残存群が有意に高値を示していた(表1).C020406080100(%)図6TMH推移のタイプ点眼後のCTMH推移の模式図(上段).留置中は正常型と点眼後異常型の割合が増え,抜去後は正常型が増えた(下段).III考按筆者らはCNLDIを施行した患者を対象に,点眼負荷CTMHを指標とし,涙液排出能の評価を行った.永岡ら4)はCSGI前後のCTMHを比較したところ,術前(平均C554Cμm)より,留置中(437Cμm)および抜去後(439Cμm)は有意にCTMHが低下したことを報告している.今回の結果も永岡らと同様,通水良好なものは点眼前CTMHが留置中と抜去後は術前より低下していたがチューブ留置中に点眼後異常型がC41%と増加していた.高度眼瞼下垂例は除外したものの,軽度老人性眼瞼下垂や結膜弛緩例は混在していたことからチューブ以外のC(104)表1NLDI治療成績別TMH平均治療前チューブ留置中抜去後(中央値)点眼前2分後5分後点眼前2分後5分後点眼前2分後5分後治癒C504±315984±638799±614245±157725±653640±607289±208458±291n=23C(4C14)C(8C81)C(7C07)C(1C87)C(5C21)C(4C68)C(1C64)C(3C55)C症状残存C416±248966±550811±310578±4611376±9671274±1119497±261897±508n=8C(3C55)C(7C18)C(7C66)C(3C82)C(9C95)C(C1011)C(4C44)C(7C25)CドライC681±252929±244963±210444±184825±318719±317217±121276±154n=3C(7C31)C(C1026)C(C1063)C(3C55)C(9C95)C(8C67)C(2C43)C(2C60)C400±264*(339)*731±444(549)341±186(251)点眼前CTMHは治療成績による差はなかった.抜去後の点眼負荷C2分以降のCTMHは治癒群より有意に症状残存群が高かった.*Mann-WhitneyU-testwithBonferronicorrectionp<0.05(単位:μm)表2前眼部OCTを用いた他のメニスカス測定法との比較内容特徴CZhengXetal8)5Cμlの生理食塩水を点眼負荷し,点眼からC30秒までの急速相の涙液メニスカスを評価する.低刺激で短時間に測定可能.急速相の評価であるため測定するタイミングが重要.井上ら7)レバミピドC10Cμl点眼後の涙液メニスカスを撮影し,レバミピド濃度の経時変化を評価する.涙液クリアランスの評価が可能.C5分以降の測定や懸濁液の改良が課題.本法点眼ボトルC1滴分(約C50Cμl)の生理食塩水を点眼負荷し,5分間の涙液メニスカスを評価する.簡便でマイクロピペットが不要.負荷点眼量が多いため,再現性に課題.涙液排出能を評価導涙障害も含まれている可能性があるが,抜去後に正常型が76%と増加したことから,留置チューブが導涙機能を妨げている例があることが示唆された.正常型と点眼後異常型を合わせたC82%については点眼前CTMHがほぼ正常であり,加齢に伴う涙液分泌の低下5)により涙液量の均衡を保っていると考えられた.一般的にCNLDIはCDCRに比べると治癒率が低いことが知られており,鶴丸ら6)はCSGI後のC27.4%が再閉塞したと報告している.今回の検討で,チューブ留置中は通水可能であっても,点眼負荷CTMHが高いまま推移する例においては,抜去後に流涙症状が残存し,通水陰性になる例が少なからず存在した.チューブ留置中から治療成績の予測ができる可能性があるが,さらに症例数を増やして検討する必要がある.健常者で点眼負荷CTMH推移を調べると,点眼直後は反射分泌と量的負荷状態の急速相となり,点眼C2分後には量的負荷のない緩徐相が生じる3,7).今回も点眼C2分以降のCTMHは変化せず推移していたため,今後は測定時間を点眼C2分間に短縮できると考える.前眼部COCTを用いた他の涙液動態試験との比較を表2に示した.涙道診療において,前眼部COCTなどによる非侵襲的メニスカス測定はますます重要度が増すと考えられ,検査方法の標準化と評価法の確立が必要である.本法はCTMHを指標にして涙液貯留量を評価しているため涙液クリアランスの測定ができないのが課題であるが,簡便かつ事前に患者が涙を拭いていても評価が可能という利点があり,臨床現場で有用な検査の一つになりえると考えられた.(105)利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)HollyCFJ:PhysicalCchemistryCofCtheCnormalCandCdisor-deredtear.lm.TransOphthalmolSocUK104:374-380,C19852)鈴木亨:光干渉断層計(OCT)を用いた涙液メニスカス高(TMH)の評価.あたらしい眼科30:923-928,C20133)谷吉オリエ,鶴丸修士:生理食塩水点眼による涙液メニスカス高の経時的測定.あたらしい眼科C33:1209-1212,C20164)永岡卓,堀裕一,金谷芳明ほか:涙管チューブ挿入術前後の涙液動態の変化.臨眼68:1031-1035,C20145)HigashiharaCH,CYokoiCN,CAoyagiCMCetCal:UsingCsynthe-sizedConionClachrymatoryCfactorCtoCmeasureCage-relatedCdecreasesinre.ex-tearsecretionandocular-surfacesen-sation.JpnJOphthalmol54:215-220,C20106)鶴丸修士,野田佳宏,山川良治:涙道閉塞症に対する涙管チューブ挿入術後の再閉塞の検討.眼科手術C29:473-476,C20167)井上康,越智進太郎,山口昌彦ほか:レバミピド懸濁点眼液をトレーサーとして用いた光干渉断層計涙液クリアランステスト.あたらしい眼科31:615-619,C20148)ZhengX,KamaoT,YamaguchiMetal:NewmethodforevaluationCofCearlyCphaseCtearCclearanceCbyCanteriorCseg-mentCopticalCcoherenceCtomography.CActaCOphthalmolC92:105-111,C2014あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017C1317

涙道内視鏡洗浄滅菌方法の検討

2017年9月30日 土曜日

《第5回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科34(9):1309.1313,2017c涙道内視鏡洗浄滅菌方法の検討髙嶌祐布子*1加藤久美子*1天満有美帆*1中村明子*1新居晶恵*2奥成子*3田辺正樹*2近藤峰生*1*1三重大学大学院医学系研究科臨床医学系講座眼科学教室*2三重大学医学部附属病院医療安全・感染管理部*3三重大学医学部附属病院中央材料部CAssessmentofWashingandDisinfectionTechniquesonSterilityofDacryoendoscopesYukoTakashima1),KumikoKato1),YumihoTenma1),AkikoNakamura1),AkieArai2),NarikoOku3),MasakiTanabe2)andMineoKondo1)1)DepartmentofOphthalmology,MieUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)DepartmentofPatientSafetyandInfectionControl,MieUniversityHospital,3)DepartmentofCentralSterileSupply,MieUniversityHospital目的:抜去後の涙管チューブおよびガス滅菌後の涙道内視鏡からCCandidaCpalapsilosis(C.Cpalapsilosis)が培養され,涙道内視鏡を介した感染が疑われたことをきっかけに涙道内視鏡の洗浄滅菌方法を改善したので報告する.対象および方法:対象はC2014年C9月.2015年C7月に三重大学医学部附属病院にて涙道内視鏡(ファイバーテックCR)を用いて涙道を開放した後,涙管チューブを挿入した患者C32名C32側(男性C5名,女性C27名,平均年齢C69.0歳).術前に結膜.,鼻腔の培養検査を行い,2カ月後にチューブ抜去し,結膜.,鼻腔,涙管チューブの培養検査を行った.涙道内視鏡の洗浄滅菌方法を改善,その後涙道内視鏡を用いて涙管チューブを挿入した患者C19名C19側(男性C4名,女性C15名,平均年齢C74.7歳)において,同様に涙管チューブの培養および術前術後の結膜.,鼻腔の培養検査を行った.結果:涙道内視鏡の洗浄滅菌方法を改善する前では,13例の涙管チューブからCC.Cpalapsilosisが検出された.涙道内視鏡を介した感染が疑われたため,涙道内視鏡の培養検査を行ったところ,涙道内視鏡内のチャンネルからCC.Cpalapsilo-sisが培養された.涙道内視鏡の洗浄滅菌方法を改善した後では,涙管チューブの培養検査においてCC.Cpalapsilosisの集簇は認められなくなった.結論:涙道内視鏡を介した感染を防ぐため,涙道内視鏡を適切に洗浄滅菌する必要があると考えられた.CPurpose:Toassessthee.ectofwashinganddisinfectiontechniquesondacryoendoscopesterility.Methods:CThirty-twoeyeswithlacrimalobstructionweretreatedbytheinsertionoflacrimalstentswithadacryoendoscope(FibertecR).Wedeterminedthetypesofmicroorganismsinthefornixandnasalmucosabeforeandat2monthsaftertheprocedures.Wealsoculturedremovedlacrimalstents.Wechangedtheproceduresforwashingdacryoen-doscopesCbecauseCweCsuspectedCthatCtheyCwereCcontaminated.CAfterCtheCmodi.cation,C19CeyesCwithClacrimalCobstructionweretreatedandexaminedbythesamemethods.Results:Candidaparapsilosis(C.parapsilosis)wasdetectedin13stentsandin2dacryoendoscopes.Aftermodi.cationofthedacryoendoscopewashingtechniques,nomicroorganismsCwereCdetectedCinCdacryoendoscopeCcultures,CandCtheCrateCofCC.CparapsilosisCdetectionCinClacrimalCstentswassigni.cantlydecreased.Conclusion:Itisnecessarytodetermineguidelinesforwashinganddisinfect-ingdacryoendoscopes,soastopreventinfectionsbythedevice.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C34(9):1309.1313,C2017〕Keywords:涙道内視鏡,涙管チューブ,洗浄,滅菌.dacryoendoscope,lacrimalstent,washing,disinfection.はじめに洗浄されず汚染が残存した内視鏡を使用したことが原因で,消化器内視鏡や気管支鏡に代表される内視鏡は,診断や治全身性の感染症を発症したという報告が散見される1.3).涙療の手段として広く用いられている.しかしながら,適切に道内視鏡は他の内視鏡同様に,患者の体内に挿入するもので〔別刷請求先〕加藤久美子:〒514-8507三重県津市江戸橋C2-174三重大学大学院医学系研究科臨床医学系講座眼科学教室Reprintrequests:KumikoKato,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,MieUniversityGraduateSchoolofMedicine,2-174CEdobashi,Tsu-shi,Mie514-8507,JAPANあり,涙道内視鏡を介した感染が起こる可能性がある.消化管内視鏡,気管支鏡に関しては洗浄・滅菌あるいは消毒に関するガイドライン4,5)が存在するが,涙道内視鏡にはまだガイドラインが存在しない.今回筆者らは,涙管チューブから特定の真菌が続けて培養されたことをきっかけに,涙道内視鏡の洗浄・滅菌に関する問題が明らかになり,洗浄・滅菌方法を改善し,効果が得られたので報告する.CI対象および方法三重大学医学部附属病院(以下,当院)においてC2014年C9月.2015年C7月に涙道内視鏡(ファイバーテックCR)を用いて涙道を開放し,涙管チューブを挿入した患者C32名C32側(男性C5名,女性C27名,平均年齢C69歳)を対象とした.術前に結膜.,鼻腔の培養検査を行い,チューブ留置中は抗生物質点眼と低濃度ステロイド点眼を使用し,2週間にC1度涙.洗浄を行った.2カ月後にチューブを抜去し,結膜.,鼻腔,涙管チューブの培養検査を行った.その後,涙道内視鏡の洗浄・滅菌方法を改変し,2015年C10月.2016年C3月に涙道内視鏡を用いて涙道を開放し,涙管チューブを挿入できた患者C19例C19側(男性C4名,女性C15名,平均年齢C74.7歳)でも,抜去した涙管チューブの培養検査および術前術後の結膜.,鼻腔の培養検査を行った.涙道内視鏡の洗浄・滅菌方法について述べる.2015年C8月までは洗浄を外来で行い,中央材料部でCEOG滅菌を行った.外来で内視鏡使用後,10分以内に水道水C20Cml,蛋白除去剤(ピュアセーフCR)5Cml,さらに水道水C20Cmlを水チャンネルに通水し,送気を行い,内視鏡購入時に付属していたプラスチックケースに入れて中央材料部に搬送した.中央材料部では洗浄は行わず,プラスチックケースのままCEOG滅菌を行った.2015年C10月以降は,外来で内視鏡使用後,10分以内に蒸留水で湿らせたガーゼで内視鏡を清拭し,蒸留水外来ガーゼ清拭滅菌蒸留水20ml通水30分以内酵素洗浄剤60ml送液酵素洗浄剤浸漬(5分)中央材料部滅菌蒸留水60ml通水60ml送気エタノール3ml送液30ml送気EOG滅菌3.5時間図1涙道内視鏡の洗浄・滅菌に関するフローチャートメーカー推奨の酵素洗浄剤は,サイデックスプラスC283.5%液Rあるいはディスオーパ消毒液C0.55%CRである.20Cmlで水チャンネルをフラッシュした後,ビニール袋に入れてC30分以内に中央材料部に搬送した.中央材料部において,直ちに酵素洗浄剤(サイデザイムCR)を含ませたガーゼで内視鏡を清拭し,酵素洗浄剤C60Cmlを送液,内視鏡を酵素洗浄剤にC5分間浸漬し,蒸留水C60Cmlを送水した.同じシリンジでC60Cml以上送気し,内視鏡先端から水分が出なくなったことを確認した.その後無水エタノールC3Cmlを送液,再度C30Cml送気し,内視鏡全体の水分をガーゼで清拭したうえで,プラスチック製のカゴに入れてC3.5時間CEOG滅菌を行った(図1).CII結果涙道内視鏡の洗浄・滅菌方法改変前では,抜去した涙管チューブC32例中,Candidapalapsilosis(以下,C.parapsilo-sis)がC13例で培養された(図2a).結膜.の培養検査では,術後においてC2例でCC.parapsilosisが培養された.鼻腔の培養検査では,術前,術後ともにCC.parapsilosisが培養された症例はなかった(図3).C.Cparapsilosisが原因と考えられる局所および全身の感染症状は認められなかった.C.Cparapsilosisは鼻腔内の培養検査では検出されにくい菌種であるため6),涙道内視鏡を介した感染が疑われ,洗浄・ガス滅菌後の涙道内視鏡の水チャンネル,ハンドピース先端,内視鏡ケース内の培養検査を行った.3本の内視鏡のうちC2本の水チャンネルからCC.parapsilosisが培養された.ハンドピース先端および内視鏡ケースからは菌は検出されなかった.原因を精査するためCC.parapsilosisが培養された涙道内視鏡C2本を含めた合計C3本をファイバーテック社で検査した.使用開始から約C3年が経過した涙道内視鏡先端部の水チャンネルの汚れは著しく,メーカーで洗浄を行ったが完全に汚れを除去することができなかった(図4a,b).一方,使用開始から約C4カ月の涙道内視鏡の先端部には,水チャンネルを含めほとんど汚れは付着していなかった(図4c).abC.palapsilosis培養陰性11%培養陰性5%n=32Cn=19C図2涙道内視鏡洗浄方法改変前・後の涙管チューブ培養結果aは改変前,bは改変後.CNS:CoagulaseCnegativeCstaphylo-coccus.CC.palapsilosis:Candidapalapsilosis.C結膜.術前C.palapsilosis6%術後その他6%CNS/C鼻腔術前培養陰性術後培養陰性13%13%図3涙道内視鏡洗浄方法改変前の結膜.,鼻腔内の培養結果CNS:Coagulasenegativestaphylococcus.CC.palapsilosis:Candidapalapsilosis.abc洗浄・払拭前洗浄・払拭後図4内視鏡先端部拡大写真(上段が洗浄前,下段が洗浄後)Ca,b:使用開始から約C3年経過した内視鏡.Cc:使用開始後約C4カ月の内視鏡.Ca,bは水チャンネルの汚れの付着が著しく,洗浄しても汚れは取りきれなかった.Ccは汚れの付着が少なかった.*は水チャンネル,#はレンズ.C当院の医療安全・感染管理部および中央材料部と相談のう検出されなくなり,抜去した涙管チューブC19例の培養結果え,涙道内視鏡の洗浄滅菌方法を改変した.その後,涙管では,C.CpalapsilosisがC2例検出されたものの,洗浄法改良チューブ挿入術に使用した涙道内視鏡からCC.Cpalapsilosisは前と比較してCC.Cpalapsilosisは有意に減少していた(p=0.02,結膜.術前C.palapsilosis5%術後CNS/CCorynebacteriumsp.26%C鼻腔その他5%C術前術後図5涙道内視鏡洗浄方法改変後の結膜.,鼻腔内の培養結果CNS:Coagulasenegativestaphylococcus.CC.palapsilosis:Candidapalapsilosis.c2検定)(図2b).結膜.では,術後にCC.Cpalapsilosisが1例認められたが,鼻腔では,術前術後ともにCC.Cparapsilosisが培養された症例は認められなかった(図5).また,術後の菌の検出率に関しては,滅菌・洗浄法改良前は結膜.C25%(8/32),鼻腔C100%(32/32),涙管チューブC93.8%(30/32)で,改良後は結膜.C52.6%(10/19),鼻腔C94.7%(18/19),涙管チューブC94.7%(18/19)であった.CIII考按涙道の閉塞病変に対して涙道内視鏡を用いて治療する考え方はC1979年のCCohen7)から始まり,その後もさまざまな涙道内視鏡による治療の報告がなされており,わが国では涙道内視鏡を用いた涙管チューブ挿入術が導入されて十数年が経過した8).消化管内視鏡や気管支鏡に代表される内視鏡は,体腔内に挿入され,直接粘液や血液と接触するため,高レベルの汚染を受ける9).小林10)は消毒あるいは滅菌は,有機物が付着したまま行うとその効果が著しく減弱すると報告しており,不適切な方法で洗浄された消化管内視鏡や気管支鏡を使用すれば,内視鏡を介した感染は必発である.内視鏡を介した感染症発症を機に1.3),海外で,またわが国でも消化器内視鏡,気管支鏡の洗浄滅菌方法のガイドラインが制定された4,5).しかしながら涙道内視鏡の洗浄・滅菌ガイドラインはいまだ存在しない.以前の当院での涙道内視鏡洗浄滅菌方法は,涙道内視鏡使用後,外来看護師によりチャンネル内を蛋白除去剤,水道水でフラッシュして送気,そして中央材料部でCEOG滅菌を行っていた.しかしながら,添付文書で推奨された洗浄方法ではなかったため,内視鏡に付着した有機物を十分に除去することができていなかったのではないかと考えられた.また,100%エタノールの送液も行っておらず,水チャンネル内が十分に乾燥されず,エチレンオキサイドガスが十分に通らなかった可能性も考えられた.これらが原因となり,涙道内視鏡にCC.Cpalapsilosisが残存し,涙道内視鏡を介した涙管チューブ汚染が起こったものと考えられた.このため,当院では涙道内視鏡使用直後,血液などの有機物が乾燥する前にハンドピースに付着した血液などをガーゼで除去し,水チャンネル内を蒸留水でフラッシュした.さらに,中央材料部でCEOG滅菌を行う前に,添付文書どおりに酵素洗浄剤を用いてハンドピース,水チャンネル内を洗浄して有機物の除去に努め,またエタノールを送液,その後送気することで水チャンネル内を完全に乾燥させエチレンオキサイドガスが通過しやすいようにした.プラスチックケースはエチレンオキサイドガスが通過しない可能性があるため,内視鏡はプラスチック製のカゴに入れてCEOG滅菌を行った.また,洗浄・滅菌が適切に行われていることを確認するために,定期的に涙道内視鏡の培養検査を行っているが,現在のところCC.Cparapsilosisを含め菌の検出は認められていない.なお,全長わずかC13.5Ccmの涙道内視鏡の水チャンネルではあるが,内径はわずかにC0.3Cmmであり,添付文書どおりに洗浄剤と蒸留水各C60Cmlを通水するには想像以上の手間と時間を必要とし,当院ではC1本の涙道内視鏡を洗浄するのに約30分を要する.現在の洗浄方法を簡易化することが可能かどうか,洗浄方法を自動化することが可能かどうかを含め改善が期待される.涙管チューブの培養検査の菌検出率に関しては,寺西ら11)はC71%,大場ら12)はC72.8%,高橋ら13)はC97.1%と報告しており,筆者らの結果は高橋ら13)の報告と同じく,菌の検出率は高かった.寺西ら11),大場ら12)はCNST(ヌンチャク型シリコーンチューブ)を使用したのに対し,高橋ら13)はCPFカテーテルR(ポリウレタン製)を,筆者らはラクリファーストR(SIBT(スチレン・イソブチレン・スチレン共重合体)とポリウレタンの混合樹脂製)を使用したが,親水性が高いポリウレタン製チューブには細菌が付着しやすく,高橋ら13)や,筆者らの報告で菌検出率が高かったのは,涙管チューブの素材の差によるものではないかと考えられた.検出された菌種に関しては,寺西ら11),大場ら12)はCCoryneCbacteriumspp.とCCoagulaseCnegativeCstaphylococcus(CNS)がC58.62%であったと報告しており,これは筆者らの内視鏡洗浄方法改変後のチューブ培養結果と同様の結果であった(図2b).今回,筆者らは涙道内視鏡の不適切な洗浄滅菌方法が原因で発生した,涙管チューブの汚染について報告した.涙道内視鏡を用いて診療する医師は,内視鏡を介した感染症発生を防ぐために,涙道内視鏡の洗浄・滅菌のそれぞれの工程の目的を理解し,遵守しなければならない.また,涙道内視鏡の洗浄・滅菌に問題がないか確認するために,定期的に涙道内視鏡の培養検査を行い,さらなる安全性の確保に努めなければならないと考えた.わが国において涙道内視鏡は涙道診療に必須の機械となっており,安全に涙道内視鏡検査を行うため,涙道内視鏡の洗浄,消毒・滅菌に関するガイドラインの作成が必要であると考えられた.利益相反:近藤峰生(カテゴリーCF:ノバルティスファーマ株式会社)文献1)AllenJI,AllenMO,OlsonMMetal:Pseudomonasinfec-tionofthebiliarysystemresultingfromuseofacontami-nateendoscope.GastroenterologyC92:759-763,C19872)SlinivasanCA,CWolfendenCLL,CSongCXCetCal:AnCoutbreakCofCPseudomonasCaeruginosaCinfectionsCassociatedCwithC.exiblebronchoscopes.NEnglJMed16:221-227,C20033)日本消化器内視鏡学会消毒委員会:消化器内視鏡検査とCB型肝炎ウイルス(HBV)感染の関連について(第C1報).CGastroenterolEndoscC27:2727-2733,C19854)赤松泰次,石原立,佐藤公ほか:消化器内視鏡の感染制御に関するソサエティ実践ガイド.GastroenterolCEndoscC56:89-107,C20145)浅野文祐,大崎能伸,藤野昇三ほか:手引書─呼吸器内視鏡診療を安全に行うために.気管支学35:1-48,C20136)山口英世:真菌症の疫学と感染機序.病原真菌と真菌症,改訂C4版,p160,南山堂,20077)CohenCSW,CPrescottCR,CShermanCMCetCal:Dacryoscopy.COpthalmicSurg10:57-63,C19798)鈴木亨:内視鏡を用いた涙道手術(涙道内視鏡手術).眼科手術41:485-491,C20039)RutalaWA,WeberDJ:Reprocessingendoscopes:UnitedStatesperspective.JHospInfect56:527-539,C200410)小林寛伊編:医療現場における滅菌保証のガイドライン2015.一般社団法人日本医療機器学会,201511)寺西千尋,高木史子,森秀夫:涙道留置ヌンチャク型シリコーンチューブの菌検査.臨眼53:1343-1346,C199912)大場久美子,高木郁江:涙小管閉塞に挿入・留置したヌンチャク型シリコーンチューブからの菌検出率と留置期間について.眼科手術21:269-271,C200813)高橋直巳,鎌尾知行,白石敦:涙管チューブ挿入術の術後成績と抜去時涙管チューブ培養菌種の検討.眼科手術C29:323-327,C2016***

涙囊鼻腔吻合術鼻内法施行後に診断された涙囊悪性腫瘍の4例

2017年9月30日 土曜日

《第5回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科34(9):1305.1308,2017c涙.鼻腔吻合術鼻内法施行後に診断された涙.悪性腫瘍の4例佐久間雅史*1,2廣瀬浩士*1鶴田奈津子*1田口裕隆*1伊藤和彦*1服部友洋*1久保田敏信*1*1国立病院機構名古屋医療センター眼科*2つしま佐久間眼科CFourCasesofMalignantLacrimalSacTumorDiagnosedafterEndoscopicEndonasalDacryocystorhinostomyMasashiSakuma1,2)C,HiroshiHirose1),NatsukoTsuruta1),HirotakaTaguchi1),KazuhikoIto1),TomohiroHattori1)CToshinobuKubota1)and1)DepartmentofOphthalmology,NationalHospitalOrganization,NagoyaMedicalCenter,2)TsushimaSakumaEyeClinic目的:涙.鼻腔吻合術鼻内法施行後に診断された涙.悪性腫瘍のC4例について報告する.症例:対象はC2008年C4月.2014年C8月に名古屋医療センターを紹介受診し,涙.鼻腔吻合術鼻内法施行後に涙.悪性腫瘍と診断されたC4例で,男性C1例,女性C3例で,年齢はC41.70歳(平均C58歳)だった.診断は,扁平上皮癌がC1例,MALTリンパ腫がC1例,びまん性大細胞型CB細胞リンパ腫がC2例であった.結論:涙.腫瘍はまれであるが今回のC4症例のように悪性腫瘍例もありうる.鼻涙管閉塞や慢性涙.炎でも,常に涙.腫瘍との鑑別が必要であり,積極的に術前後の画像診断や,DCR施行時や施行後でも生検を行うことが重要であると考えられた.CPurpose:Wereportonfourcasesofmalignantlacrimalsactumordiagnosedafterendoscopicendonasaldac-ryocystorhinostomy.CCases:CWeCreviewedCfourCpatients,ConeCmaleCandCthreeCfemale,CwhoCwereCreferredCtoCandCexaminedatNagoyaMedicalCenterfromApril2008toAugust2016andsubsequentlydiagnosedwithmalignantlacrimalCsacCtumorsCafterCendoscopicCendonasalCdacryocystorhinostomy.CSubjectCagesCrangedCfromC41-70Cyears(mean58yrs).Onecasewasdiagnosedwithsquamouscellcarcinoma,onewithMALTlymphoma,andtwowithdi.uselargeB-celllymphoma.Conclusion:Whilelacirmalsactumorsarerare,malignantcases,suchasthefourinthisstudy,arepossible.Evenincaseofnasalcavityobstructionandchronicin.ammationofthelacrimalsac,itisCnecessaryCtoCdi.erentiateCfromClacrimalCsacCtumors.CItCisCimportantCtoCactivelyCperformCimageCdiagnosisCbeforeCandaftersurgery,andbiopsiesduringandafterdacryocystorhinostomy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C34(9):1305.1308,C2017〕Keywords:涙.悪性腫瘍,涙.鼻腔吻合術鼻内法,慢性涙.炎,涙道閉塞.malignantlacrimalsactumor,endo-scopicendonasaldacryocystorhinostomy,chronicin.ammationofthelacrimalsac,obstructionofthenasalcavity.Cはじめに涙.腫瘍は比較的まれな疾患であるが,悪性腫瘍の頻度が高い1,2).しかし,初期症状が,流涙,眼脂,涙.腫脹など,慢性涙.炎と酷似しているため,その鑑別は非常に重要である.また,涙.腫瘍は,罹患率が非常に低いこともあり,初期治療で慢性涙.炎として治療され,見過ごされてしまい,診断が遅れることがある3).涙.鼻腔吻合術には,鼻外法と鼻内法があるが,近年,低侵襲な治療をめざす流れから,鼻内法が広く普及しつつあり,皮膚切開を必要とする鼻外法は減少傾向にある.ただし,狭鼻腔や巨大涙.結石,腫瘍などの場合は,直視下で涙.を操作する必要があるため,鼻外法が適していると考えられる.今回筆者らは,涙.鼻腔吻合術鼻内法(endoscopicCdac-〔別刷請求先〕佐久間雅史:〒496-0071愛知県津島市新開町C1-40-1つしま佐久間眼科Reprintrequests:MasashiSakuma,TsushimaSakumaEyeClinic,1-40-1Shingai,Tsushima,Aichi496-0071,JAPAN0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(93)C1305ryocystorhinostomy:EnDCR)施行後に診断された涙.悪性腫瘍C4例を経験したので報告する.CI対象対象はC2008年C4月.2014年C8月に,名古屋医療センターにてCEnDCR施行後に涙.悪性腫瘍と診断されたC4例で,男性C1例,女性C3例であった.年齢はC41.70歳(平均C58歳)で,扁平上皮癌C1例,悪性リンパ腫C3例であった.〔症例1〕64歳,男性,右側.右側鼻涙管閉塞を主訴に当院を紹介受診した.右側通水検査陰性のため,右側ブジー+涙管チューブ挿入術(directsiliconeCtubeCintubation:DSI)を施行した.涙管チューブ抜去後に,再閉塞し,眼瞼腫脹と結膜浮腫を認めた(図1a,b).右側CEnDCR施行時に,骨の脆弱性と易出血性を認めた症例1図1症例1(64歳,男性,右側)Ca:右側眼瞼腫脹を認める.Cb:右側結膜浮腫を認める.Cc:HE染色にて,小蜂巣状に浸潤する,あるいは,導管内を充満する扁平上皮癌を認める.Cd:初診時CCT画像,水平断.肥厚した右側涙.を認める.Ce:EnDCR後CCT画像,水平断.右側涙.腫瘤の篩骨洞内の軟部組織への連続性を認める.Cf:2年C6カ月後CCT画像,水平断.再発は認めない.Cg:2年C6カ月後CCT画像,冠状断.再発は認めない.ため,術中に生検を施行した.病理組織では扁平上皮癌と診断された(図1c).再度試行したCCTでは,初診時と比較して右涙.部が腫大し,副鼻腔内に連続する内部が均一な腫瘤性病変を認めた(図1d,e).右側拡大涙.腫瘍摘出術と有茎皮弁移植術を施行し,2年C6カ月経過したが,再発は認めていない(図1f,g).〔症例2〕57歳,女性,右側.右側鼻涙管閉塞を主訴に当院を紹介受診した.乳癌の既往があった.右側通水検査陽性だったが,膿の逆流も認めた.右側CEnDCRを施行したが,術後C3週間で涙管チューブが自然抜落した.再挿入するも,再度自然抜落した.また,涙襄部に硬結を認めたため,CTを施行したところ,副鼻腔に浸潤する内部が均一の腫瘤性病変を認め(図2a,b),涙.腫瘍が疑われ,経皮的に生検を行った.病理検査で,びまん性大細胞型CB細胞リンパ腫(di.useClargeCBCcellClymphoma:DLBCL)と診断された(図2c,d).化学療法を施行し,4年10カ月経過したが再発は認めていない(図2e,f).〔症例3〕41歳,女性,左側.左側涙.炎を主訴に当院を紹介受診した.左側通水検査陰症例2図2症例2(57歳,女性,右側)Ca:EnDCR後CCT画像,水平断.副鼻腔に浸潤する内部が均一の腫瘤性病変を認める.Cb:EnDCR後CCT画像,冠状断.副鼻腔に浸潤する内部が均一の腫瘤性病変を認める.Cc:HE染色にて,大型異型核をもつ細胞のびまん性増生を認める.Cd:CD20免疫染色にて,Bcell性を認める.Ce:4年C10カ月後CMRI画像,T2強調水平断.再発は認めない.Cf:4年C10カ月後CMRI画像,T2強調冠状断.再発は認めない.1306あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017(94)症例3図3症例3(41歳,女性,左側)Ca:初診時CCT画像,水平断.均一で腫大した左側涙.を認めた.Cb,c:左側涙.部に限局する硬結を認める.Cd:8年C6カ月後CMRI画像,T2強調水平断.再発は認めない.性で膿の逆流を認めた.CTを施行し,内部が均一で腫大した涙.を認めた(図3a).左側CEnDCRを施行し,左側通水陽性となったが,涙.部の腫脹が改善されないため(図3b,c),左側涙.切除術(生検術)を施行した.病理検査にてMALTリンパ腫と診断された.放射線治療を施行し,8年C6カ月経過したが再発は認めていない(図3d).〔症例4〕70歳,女性,左側.左側涙.炎を主訴に当院を紹介受診した.既往症にCDLBCL(10年前に寛解)があった.左側通水検査陰性で膿の逆流を認め,左側シース誘導内視鏡下穿破法(sheathguidedendoscopicprobing:SEP)+シース誘導内視鏡下穿破法(sheathCguidedCintubation:SGI)を施行した.涙管チューブ抜去後に再閉塞を認め,涙.部に硬結を認めたため(図4a),CTを施行した.CTにて,副鼻腔に連続する内部が均一な腫瘤性病変を認めた(図4b).左側CEnDCR施行時に,粘膜組織の浮腫と骨の脆弱性など明ら症例4図4症例4(70歳,女性,左側)Ca:左側涙.部に内眥靭帯を超えて上方に及ぶ硬結を認める.Cb:中型.大型異型核をもつ細胞のびまん性増生を認める.Cc:CD20免疫染色にて,Bcell性を認める.Cd:EnDCR前CCT画像,水平断:副鼻腔に浸潤する内部が均一の腫瘤性病変を認める.Ce:1年C9カ月後CCT画像,水平断:再発は認めない.かな異常を認めたため,術中に中鼻甲介と涙.の一部を生検した.病理組織よりCDLBCL(再発)と診断された(図4c,d).化学療法を施行し,1年C9カ月経過したが,寛解中である(図4e).CII考按涙.腫瘍は比較的まれではあるが,悪性腫瘍の頻度がC55.60%と非常に高く,その死亡率は,種類やステージにもよるが平均C38%であると報告されている1,2).また,上皮性腫瘍の割合がおよそC70%と多く4),その内訳としては,良性では乳頭腫,悪性では扁平上皮癌や移行上皮癌が多い.また,非上皮性腫瘍では,悪性リンパ腫や悪性黒色腫が多いと報告されている5).涙.腫瘍でもっとも多い症状は,流涙症,再発する涙襄炎,涙.腫脹であり,慢性涙.炎との鑑別が重要である3).本例でも,2例に流涙症,2例に涙.炎,4例で涙.腫脹を認め,全例で初診時より腫瘍を疑うことはできなかった.涙.腫瘍の慢性涙.炎に対し,鑑別すべき症状は,血清流涙と内眥靭帯を超えて上方に及ぶ腫瘤の有無がある.血清流涙に関しては,腫瘍の増殖のために豊富な血管が必要であることから生じるが,今回の症例では,症例C1のCEnDCR時に易出血性を認めたのみで,他の症例には認めなかった.ま(95)あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017C1307た,慢性涙.炎では,膿が重力により下方に溜まる傾向にあるが,腫瘍の場合は,内眥靭帯を超えて上方に及ぶ腫瘤を認めることがあるが,今回の症例の場合は,症例C4のC1例しか認めなかった.画像診断では,CTでは腫瘍による骨破壊などの所見を評価し,MRIでは,軟部組織の病変の範囲や内部構造の質的な評価が重要である.慢性涙.炎はCT1強調画像では低信号,T2で高信号を示すのに対し,悪性リンパ腫などの実質性腫瘍はCT1,T2強調画像ともに低信号を示すと報告されている6).涙道内視鏡に関しては,症例C4でCSEP+SGIを施行したが,術中に明らかな異常に気づくことはできなかった.逆に,本症例で共通していた点は,4例とも涙.炎や鼻涙管閉塞を主訴に他院からの紹介例であり,初診時に血清流涙は認めなかったが,EnDCR施行後も涙.腫脹や眼瞼腫脹が改善しないことであった.また,CTで,4例とも腫脹した涙.部が軟部吸収で均一に描出され,3例で副鼻腔への浸潤が疑われた.涙.腫瘍が疑われる場合は,術中,直視下で涙.内部および周囲を全体的に観察することができるので,涙.鼻腔吻合術鼻外法(externalCDCR:ExDCR)が適していると考えられる3).今回の報告例では,術前より腫瘍を診断する情報が確実でなく,生検も念頭に置きながら治療方針を考えていたため,すべて,侵襲の少ない鼻内法により手術を行ったが,当初から腫瘍が強く疑われれば,ExDCRによるアプローチが第一選択と考える.症例C4は,既往歴も含め,術前より腫瘍の疑いがあり,ExDCRによるアプローチも考慮したが,腫瘍の進展が鼻内にも拡大している可能性も否定できず,鼻内組織の生検が可能で,より侵襲の少ないCEnDCRを行うことで診断を確定し,以後の方針を考慮する方法を選択した.結果的に,以前の腫瘍の再発であり,化学療法で寛解が得られたため,本症例では,鼻内法によるアプローチが有効であったと考えている.ただし,鼻内に腫瘍がなく,涙.限局,もしくは涙.周囲に少しでも腫瘍が疑われる場合は,ExDCRに適応があると思われた.画像診断を詳細に行い,よりに情報を収集することが6),手術法を選択するうえでも重要である.CIII結語今回筆者らは,涙.鼻腔吻合術(EnDCR)施行後に診断された涙.悪性腫瘍C4例を経験した.鼻涙管閉塞や慢性涙.炎では,症状が類似していることから,まれではあるが,涙.悪性腫瘍との鑑別が必要であると考えられ,少しでも疑わしい場合は,術前に造影を含めたCT,MRI撮影を施行し方針を決めるとともに,術後でも画像検査の追加や新たな生検を行うべきであると考えられた.また,涙.限局,もしくは涙.周囲の腫瘍にはCExDCRによるアプローチが必要と考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)StefanyszynCMA,CHidayatCAA,CPe’erCJJCetCal:LacrimalCsacCtumor.COphthalCPlastCReconstrCSurgC10:169-184,C19942)JosephCCF:LacrimalCtumors.COphthalmologyC85:1282-1287,C19783)辻英貴:涙道悪性腫瘍.眼科58:423-431,C20164)HeindlCLM,CJunemannCAG,CKruseCFECetCal:TumorsCofCthelacrimaldrainagesystem.OrbitC29:298-306,C20105)有田量一,吉川洋,田邊美香ほか:涙.悪性腫瘍C6例の診断と治療.あたらしい眼科32:1041-1045,C20156)児玉俊夫,野口毅,山西茂喜ほか:涙.部腫瘍性疾患の頻度と画像診断の有用性についての検討.臨眼C66:819-826,C2012***1308あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017(96)

涙小管切断再建術の治療成績

2017年9月30日 土曜日

《第5回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科34(9):1301.1304,2017c涙小管切断再建術の治療成績眞野福太郎張國中眞野富也吹田徳洲会病院CCanaliculoplastybyCanalicularIncisionandReconstructionFukutaroMano,Kuo-ChungChangandTomiyaManoCSuitaTokushukaiHospital目的:涙小管閉塞はブジーによる穿破(probing)が困難な症例が多く,治療に苦慮することが多い.涙点近傍に閉塞部位があり,probingにて開放できない涙小管閉塞に対し,遠位涙小管を切断しチューブ挿入および新規涙点形成を行う術式(涙小管切断再建術)を試み,その治療成績を検討した.方法:対象は平成C25年C1月から平成C27年C12月に多根記念眼科病院で施行した涙小管閉塞のうち,閉塞部位が開放できなかったC6例C8側(男性C3例,女性C3例,平均年齢C59.2歳)である.結果:涙小管切断再建術を試みたC8側のうちC7側(87.5%)にチューブ留置が可能であり,自覚症状の改善を認めた.7側のうちティーエスワンCR(TS-1CR)による涙小管閉塞がC3側,涙点閉鎖術後がC1側,先天涙小管欠損がC1側,緑内障点眼治療中がC2側であった.結論:涙点近傍の閉塞部位が開放できない涙小管閉塞に対し,涙小管切断再建術は有用な術式で,結膜涙.鼻腔吻合術(conjunctivodacryocystorhinostomy:CDCR)およびCJonesCtube留置を施行する前に試みるべきである.CWeevaluatedthee.ectivenessandsurgicalresultsofcanaliculoplastybycanalicularincisionandreconstruc-tioninpatientswhohadcanalicularobstructionnearthelacrimalpunctumthatcouldnotbetreatedbyprobing.SixCpatients(3Cmale,C3Cfemale,CmeanCageC59.2Cyears)underwentC8CcanaliculoplastiesCbyCcanalicularCincisionCandCreconstructionatTaneMemorialEyeHospital.Wesuccessfullytreated7sitesandepiphoraimprovedinallsites.Ofthose7sites,3wereinpatientsreceivingTS-1R,1wasinapatientwhohadhadpunctumclosureforseveredryeye,1wasacongenitalcanaliculardefectand2wereinpatientstreatedbyeyedropsforglaucoma.Canaliculo-plastybycanalicularincisionandreconstructionisausefultreatmentandshouldbeperformedbeforeconjunctivo-dacryocystorhinostomywithJonestubeplacement.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C34(9):1301.1304,C2017〕Keywords:涙小管切断再建術,TS-1CR,結膜涙.鼻腔吻合術,超音波生体顕微鏡.canaliculoplasty,canalicularincisionandreconstruction,TS-1R,conjunctivodacryocystorhinostomy,ultrasoundbiomicroscopy.Cはじめに涙小管閉塞はブジーによる穿破(probing)が困難な症例が多く,治療に苦慮することが多い.これは,涙小管には支持組織がなく,ブジーが容易に粘膜下に迷入しやすいということが理由としてあげられる.涙小管閉塞の治療法は閉塞部位によって異なり,それぞれの治療法をシェーマを用いて解説する1)(図1).Aは総涙小管閉塞,Bは遠位軽度の涙小管閉塞,Cは高度涙小管閉塞,Dは涙点閉鎖,Eは近位軽度の涙小管閉塞である.矢部の分類によると,A・BはCGrade1に,CがCGrade2あるいはCGradeC3に該当する.D・Eは分類がむずかしいが,あえて分類するならCGrade3となる2).A,Bのように涙点よりC8Cmm以上開放している涙小管閉塞では,probingあるいは涙小管CDCRを行って治療することができる.Cの涙点よりC7Cmm以下しか開放していない高度涙小管閉塞ではCprobingをトライするが困難なことが多く,結膜涙.鼻腔吻合術(conjunctivodacryocystorhinosto-my:CDCR)およびCJonesCtube留置が選択されることが多い.Dの涙点のみの閉塞では,27CG鋭針などで閉塞部位を開放する涙点形成術およびチューブ留置で治療が可能であ〔別刷請求先〕眞野福太郎:〒565-0814大阪府吹田市千里丘西C21-1吹田徳洲会病院Reprintrequests:FukutaroMano,M.D.,SuitaTokushukaiHospital,21-1Senriokanishi,Suita,Osaka565-0814,JAPAN0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(89)C1301図1涙小管閉塞の様態a:総涙小管閉塞,Cb:遠位軽度涙小管水平部閉塞,Cc:高度涙小管閉塞,d:涙点閉鎖,e:近位軽度涙小管閉塞.C図2涙小管切断再建術の方法a:閉塞部位より遠位の涙小管を切断する.Cb:切断した涙小管からチューブを留置する.Cc:閉塞部位を逆行性に開放し,涙小管後壁を切除して新規に大きな涙点を形成する.Cる.Eの近位軽度の涙小管閉塞ではCprobingが可能であれば問題ないが,不可能な場合は,CDCRおよびCJonesCtube留置が選択されるのが一般的である.CDCRおよびCJonestube留置は,高度涙小管閉塞に対する標準術式だが,Jonestube留置は位置ずれや脱落などの合併症が多く,その割合はC50.70%と報告がある1,3.5).侵襲の大きい手術の割には,患者の満足が必ずしも得られず,保険適用もないので,手術適応に苦慮することがある.今回涙点近傍の涙小管閉塞に対する新しい治療法として筆者らが行っている涙小管切断再建術について報告する.CI対象および方法対象は平成C25年C1月.平成C27年C12月に多根記念眼科病院で施行した涙小管閉塞患者のうち,涙点近傍に閉塞部位があり,probingにて開放できなかったC6例C8側(男性C3例,女性C3例,平均年齢C59.2歳)である.涙小管切断再建術の方法は,まず閉塞部位より遠位の涙小管を切断し,それ以降の閉塞がなければチューブを留置する.続いて閉塞部位を逆行性に開放し,涙小管後壁を切除して新規に大きな涙点を形成するという方法である(図2).C図3涙小管切断再建術a:涙点から3.4Cmmの場所を深さ2.3Cmmほど切開する.切開すると涙小管が全層にわたって切断できる.Cb:切断した涙小管から内視鏡を用いてチューブを留置している.Cc:曲針を用いて,切断した涙小管の近位端から本来の涙点までの閉塞部位を逆行性に開放している.Vランスでその間の涙小管後壁を切除して大きな涙点を形成する.1302あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017(90)詳細な方法は,まずCVランスで涙点からC3.4Cmmの場所を深さC2.3Cmmほど,皮膚側ではなく結膜側を切開する.切開すると涙小管が全層にわたって切断できる.それ以降の涙小管に疎通性があるかを曲針などを用いた通水検査で調べる.疎通性があれば,切断した涙小管以降にチューブを留置する.チューブ留置は盲目的に行っても問題ないし,内視鏡下に行ってもよい.チューブが留置できたら,曲針などで,切断した涙小管の近位端から本来の涙点までの閉塞部位を逆行性に開放し,Vランスでその間の涙小管後壁を切除して大きな涙点を形成する.最後に切断した部分をC8-0バイクリル糸などで縫合して終了である(図3).高度涙小管閉塞の症例では上下涙小管のうち,より軽症で閉塞部位の短いほうを治療対象とするため,チューブは片側しか留置できない場合が多い.その際は涙点側のチューブの断端と鼻腔側のチューブの断端をC5-0ナイロン糸などで結紮してループを作製し,皮膚にテープなどで固定しておく.皮膚のテープは不潔にならないよう定期的に交換するよう患者に説明しておく.チューブは約C3カ月間留置し,抜去する.術後の前眼部写真を図に示す(図4).涙小管上皮で裏打ちされた大きな涙点が形成されている.治療成績の検討は,術中チューブ留置が可能であり,術後の通水検査で通水が確認でき,自覚症状として流涙が改善しているものを成功とした.CII結果涙小管切断再建術を試みたC8側のうちC7側(87.5%)にチューブ留置が可能であり,チューブ抜去後の自覚症状(流涙)の改善を認め,再閉塞は認めなかった.治療できたC7側の内訳は,TS-1CRによる涙小管閉塞がC3側,ドライアイに対する涙点閉鎖術後がC1側,先天涙小管欠損がC1側,原因不明だが,緑内障点眼治療中がC2側であった.チューブ留置が不可能であったC1側は原因不明であり,遠位の涙小管を切断したが,疎通性が確認できず再建を断念した.CIII考按今回の結果が示すように,涙点近傍に閉塞部位があり,probingにて開放できない涙小管閉塞に対し,涙小管切断再建術はC8側中C7側(87.5%)にチューブ留置が可能であり自覚症状も改善する良好な結果が得られ,侵襲の大きなCDCRおよびCJonesCtube留置を施行する前に試みるべき術式と思われる.佐々木らは以前に同様の術式を涙小管造袋術として報告している1,6).方法は遠位の涙小管を試験的に切開して閉塞がなければチューブ留置を行うものであるが,本法(涙小管切断再建術)は,閉塞部位の涙小管後壁を切除して,新規涙点を形成する点で涙小管造袋術と異なる.新規に大きな涙点形成をする理由は,以前にこの術式でチューブ抜去後に作製した涙点が再閉塞した症例を経験し,新しく作製した涙点が涙小管上皮で裏打ちされていなければならないと考えたからである.また,涙液の排出には,tearmeniscusと涙点との位置関係が重要と考えており,あまりに本来の涙点より遠位に新しい涙点が形成されてしまうと,涙丘が障害となり,涙液の排出に支障をきたす可能性があると考えられる.涙小管を切断する場所は,眼瞼の皮膚側ではなく,結膜側のほうがよく,切断した涙小管を再建する際に縫合しやすくなる.また,切断する場所は症例によって工夫が必要である.ドライアイに対する涙点閉鎖術後に流涙を訴える場合には涙小管垂直部の閉塞が考えられるので,涙点のごく近傍で切断再建が可能である可能性が高い.一方,TS-1CR内服による涙道閉塞部位は涙点および涙小管がそれぞれC60%前後と高頻度であり,ブジーでの開放率はC66%と低く,再閉塞はC28%にみられたとの報告がある7).このように近年問題となっているCTS-1CRによる涙道閉塞は涙点近傍に多く,難治性であるといえる.前述のように涙点からC3.4Cmmの場所C(91)あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017C1303a期間も長くなり,患者に大きな負担となってしまう.Prob-ingでのチューブ留置が困難な場合は,涙小管切断再建術による治療ができれば患者の負担も軽減できると思われる.また,TS-1CRによる涙道閉塞の症例では,内服が終了しておれば片側のみにチューブを留置し約C3カ月で抜去すれば良いが,内服が継続される場合,片側のみにチューブを留置すると,長期にわたって断端を皮膚に固定しなければならず,生活に不自由を生じる.TS-1CR内服が継続される場合は原則的に上下涙小管ともにチューブ留置が可能な症例を手術適応とし,チューブの入れ替えを行い経過観察する.内服期間中に,片側のみの再建が必要な場合はCCDCRが良い適応である.涙小管切断再建術の問題としては,涙小管を切断する位置が盲目的操作によることである.術前に正確に閉塞部位がわかれば,切断する部位をあらかじめ決定して手術に臨むことができる.筆者らは超音波生体顕微鏡(ultrasoundCbiomi-croscopy:UBM)を用いて閉塞部位を明らかにする試みを行っている.健常者の涙小管水平部を観察することは可能であったが,今後,患者の同意を得て閉塞部位を同定できるよう検査の精度を高め,本法の成績向上をめざしたいと考えている(図5)8).利益相反:利益相反公表基準に該当なし図5健常者の涙小管水平部所見a:健常者の上涙小管の水平部(UBMにて観察).Cb:健常者の下涙小管の水平部(UBMにて観察).を切開して疎通性があればそのままチューブ留置を行えるが,切断した部分が閉塞している場合は,さらに遠位での涙小管切断を試みる.遠位で切断再建を行った場合は涙丘が涙液の排出の障害となる可能性があり,術後流涙が改善しない場合は涙丘の切除を検討する.また,遠位で切断再建を行った場合は,切除する涙小管が広範囲となるため,涙小管のポンプ機能がうまく働かず,術後の通水検査では良好な結果が得られても,患者の自覚症状として流涙が改善しない場合もある.今回の治療結果ではC7側のうちC3側がCTS-1CRによる涙小管閉塞であったが,いずれも術後の通水検査・自覚症状の改善がみられ,涙小管切断再建術が有用であったと思われる.TS-1CR内服による涙小管閉塞の場合,CDCRおよびJonesCtube留置で流涙が改善するケースも多いが,侵襲が大きく,術後の合併症などのフォローアップが必要で,通院文献1)佐々木次壽:涙小管・涙道閉塞の治療2.涙小管形成術.眼科52:987-996,C20102)矢部比呂夫:涙小管閉塞の分類と術式選択.臨眼C50:1716-1717,C19963)JonesLT:Conjunctivodacryocystorhinostomy.AmJOph-thalmolC59:773-783,C19654)SekharGC,DortzbachRK,GonneringRSetal:ProblemsassociatedCwithCconjunctivodacryocystorhinostomy.CAmJOphthalmolC112:502-506,C19915)RosenCN,CAshkenaziCI,CRosnerCM:PatientCdissatisfactionCafterfunctionallysuccessfulconjunctivodacryocystorhinos-tomyCwithCJonesCtube.CAmCJCOphthalmolC117:636-642,C19946)RumeltCS:BlindCcanalicularCmarsupializationCinCcompleteCpunctalabsenceaspartofasystematicapproachforclas-si.cationCandCtreatmentCofClacrimalCsystemCobstructions.CPlastReconstrSurg112:396-403,C20037)坂井譲,井上康,柏木広哉ほか:TS-1による涙道障害による多施設研究.臨眼66:271-274,C20128)Al-FakyCYH:AnatomicalCutilityCofCultrasoundCbiomicro-scopyCinCtheClacrimalCdrainageCsystem.CBrCJCOphthalmolC95:1446-1450,C2011C***1304あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017(92)

基礎研究コラム 4.ゲノムワイド関連解析から何がわかるか

2017年9月30日 土曜日

ゲノムワイド関連解析から何がわかるかゲノムワイド関連解析とは緑内障や近視など,遺伝因子と環境因子が複合的に作用して発症する疾患を多因子疾患といい,単一遺伝子の変異によって発症するメンデル遺伝病とは遺伝子変異の影響が異なります.多因子疾患では,多くの人によくみられる変異が,一つ一つの影響は小さいものの,積み重なることで疾患を引き起こしやすくします.一塩基多型(singleCnucleotideCpoly-morphism:SNP)の解析においては,特定の疾患をもつ集団ともたない集団の間でCSNPの遺伝子型の比率を比較するのですが,全ゲノムにわたる数十万~数百万個のCSNPの遺伝子型を同時に測定・比較するのが,ゲノムワイド関連解析(genomewideassociationstudy:GWAS)です.眼科領域におけるゲノムワイド関連解析加齢黄斑変性はもっともCGWASが効果的だった疾患の一つです.ARMS2CA69SとCCFHCY402Hという高い効果量を有するCSNPが疾患に関与していたことから,症例群と対照群を合わせてもC150に満たないサンプル数のCGWASでそれらが発見されました1).その後,近視,強度近視,緑内障(開放隅角,閉塞隅角,落屑症候群),眼軸長,角膜厚,前房深度,網膜血管径など種々の疾患・パラメータに対しての関連解析が行われており,1万人~の規模の解析によって,それぞれ複数のCSNPが疾患感受性多型として同定されています.ただ,1万人~の規模の解析によって初めて同定される疾患感受性多型は,オッズ比C1.1~1.2と効果量が低い,もしくは多型をもつ人の割合がきわめて低いという問題があり,臨床現場においてはあまり大きなインパクトをもちません.臨床の先生方がCGWASの結果を解釈する際には,このような点に注意していただくとよいでしょう.ゲノムワイド関連解析から何がわかるかでは,サンプル数を増やしたCGWASで疾患感受性多型を同定することには意味がないのでしょうか?筆者は,次のような点において意味があると考えます.まず第一点は,疾患発症のパスウェイ予測です.質の高いCGWASは繰り返し再現性の確認を行っていますので,発見された一つ一つの遺伝子の効果量は強くなくとも,その遺伝子が関与しているということ自体の蓋然性は非常に高いといえます.したがって,そのような遺伝子群をリストアップしてパスウェイ解析を行うことで,その疾患にどういったパスウェイが関与しているのかについて信頼性の高い知見を得ることができ,疾患三宅正裕京都大学大学院医学研究科眼科学図ゲノムワイド関連解析とは一塩基多型(SNP)の頻度を疾患群と対照群で比較し,有意な差が認められた場合,そのCSNPはその疾患に関連しているといえる.SNP解析の初期には,SNPの遺伝子型を一つ一つ決定していましたが,数十万個~のCSNPの遺伝子型を同時に決定できるCDNAマイクロアレイが普及したことから,数十万個~のCSNPの遺伝子型を疾患群と対照群で同時に比較するゲノムワイド関連解析が多数行われることになった.発症機序の解明の糸口となります2).もう一点は発症予測です.一つ一つの効果は弱くとも,通常の発症予測モデル式に複数の疾患感受性CSNPの遺伝子型を加えることで予測性能の向上が期待され,たとえば,患者さんの背景情報と遺伝子型情報からC10年後の発症率を予測するなどといった使い方が考えられます3).今後の展望今ゲノムは,まさに研究段階から実用段階へと移行途中で,とくにがんゲノムについては今後C1~2年以内には保険適用がなされると思われます.これからは,ゲノム研究も,いかに患者さんにフィードバックできるかが重要になってくるでしょう.文献1)KleinCRJ,CZeissCC,CChewCEYCetCal:ComplementCfactorCHCpolymorphismCinCage-relatedCmacularCdegeneration.CSci-enceC308:385-389,C20052)RamananVK,ShenL,MooreJHetal:PathwayanalysisofCgenomicCdata:concepts,Cmethods,CandCprospectsCforCfuturedevelopment.TrendsGenetC28:323-332,C20123)MiyakeM,YamashiroK,TamuraHetal:Thecontribu-tionCofCgeneticCarchitectureCtoCtheC10-yearCincidenceCofCage-relatedmaculardegenerationinthefelloweye.InvestOphthalmolVisSciC56:5353-5361,C2015(81)Cあたらしい眼科Vol.34,No.9,2017C12930910-1810/17/\100/頁/JCOPY