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抗VEGF治療:ラニビズマブ,t-PA,ガスを用いた黄斑下血腫移動術

2017年9月30日 土曜日

●連載監修=安川力髙橋寛二44.ラニビズマブ,t-PA,ガスを用いた北川順久島田宏之日本大学病院アイセンター黄斑下血腫移動術滲出型加齢黄斑変性によって生じる黄斑下血腫は,放置すると高度の視力障害が永続するため,早急な治療が必要である.治療は硝子体手術や硝子体内ガス注入がある.本稿では,VEGF阻害薬,t-PA,ガスを硝子体内に注射する黄斑下血腫移動術について解説する.はじめに黄斑下血腫に対する治療は,硝子体手術を行う方法と硝子体内ガス注入を行う方法に大別される.過去の両方の治療手技についてC38論文を検討した研究では,血腫の完全移動率,術後の再出血と網膜.離の比率に差は認められていない1).両者ともそれぞれ利点や欠点がある(表1).黄斑下血腫の治療硝子体内ガス注入は,硝子体を切除せず温存し,血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthCfactor:VEGF)阻害薬,組織プラスミノーゲンアクチベータ(tissueCplasminogenCactivator:t-PA),ガスを硝子体内に注射して治療する方法である(表2).使用するガスは八フッ化プロパン(C3F8),六フッ化硫黄(SF6)がある.硝子体内ガス注入の利点は,硝子体を切除しないため,硝子体に注入したCVEGF阻害薬の半減期が短くならず,再発に有利であること,手技が注射のみと容易なため外来処置室でも行え,多くの施設で治療できることなどがある.欠点は,比較的強い白内障,硝子体出血を伴っている例では,これらを同時に治療できないことである2).筆者は,黄斑の上下アーケード血管を大きく上回る広範囲で丈の高い網膜下出血や色素上皮.離を認める症例では,治療選択に苦慮する場合がある.経過観察,硝子体注射のみ,硝子体内ガス注入,硝子体手術があるが,なかでも手術を行う場合には慎重に選択している.黄斑円孔や色素上皮裂孔など手術に伴うリスクや,手術により中心窩の出血をどれほど処理できるかを考えてから行っている.そのような症例では,手術経験がある術者では手術を選択しても良いかもしれない.本術式に至る理由硝子体内ガス注入による過去の後ろ向き研究では,(73)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY表1黄斑下血腫に対する硝子体手術と硝子体内注射の比較硝子体手術硝子体内注射利点網膜下注入,薬剤が直接効果ある白内障・硝子体出血も同時に治療硝子体を温存,再燃に有利低侵襲手技が容易,外来治療可能欠点再燃の際,硝子体注射・薬剤半減期は短縮する硝子体手術設備が必要手技に熟練を要す白内障,硝子体出血は同時に治療できない合併症への対応術後硝子体出血,網膜.離に対しては硝子体手術が必要表2黄斑下血腫治療におけるt.PA,ガス,VEGF阻害薬の役割t-PA血腫を溶かすガス血腫の移動ラニビズマブ病巣の治療(t-PAと併用しても抗CVEGF効果が保たれる)アフリベルセプト再燃に有効t-PAとガスを併用したほうが,VEGF阻害薬とガスの併用より視力予後が良く3),またCVEGF阻害薬とCt-PAとガスの三つを併用したほうが,t-PAとガスを併用した方法より視力予後が良いとされる4).よって,VEGF阻害薬とCt-PAとガスを一度に硝子体内注射をする方法は,黄斑下血腫の移動と病巣への治療を同時に行えるため視力予後が良く,有利と考えられる4).ラニビズマブはCt-PAやCt-PAにより産生されたプラスミンに分割されず,VEGFを抑制して,その効果は保持される.一方,アフリベルセプトはCt-PAにより増加するプラスミンによりCVEGFを抑制する効果が部分的に減少するとされている5).以上からラニビズマブ,t-PA,ガスを一度に硝子体内注入をする治療法を行い,前向き研究で効果,安全性を検討した.対象は典型加齢黄斑変性(age-relatedCmacularあたらしい眼科Vol.34,No.9,2017C1285ab図1症例a:ポリープ状脈絡膜血管症.術前CETDRS58文字.9乳頭径の網膜下出血と色素上皮.離を認めた.Cb:術後C3カ月.ETDRS70文字.網膜下出血は消失していた.degeneration:AMD)とポリープ状脈絡膜血管症(pol-ypoidalCchoroidalCvasculopathy:PCV)によって黄斑下血腫を生じた連続症例20例20眼(AMD:1眼,PCV:19眼).方法は,球後麻酔下でCt-PA(アクチバシンR:25Cμg/0.05Cml;4万単位)0.05Cml,ラニビズマブ(ルセンティスCR2.3mg/0.23ml)0.05mlを注入後,前房穿刺を行い,ガス(100%CC3F8)0.3Cmlを硝子体内注射し,48時間の腹臥位を行った.主要評価項目は術後C6カ月での矯正視力(ETDRS),副次評価項目は血腫の移動の有無,光干渉断層計(opticalCcoherenceCtomo-graphy:OCT)で測定した中心窩網膜厚(centralCreti-nalthickness:CRT),中心窩網膜色素上皮.離厚(cen-tralretinalpigmentepithelialdetachmentthickness:CRPEDT),術後合併症,術後C6カ月における再燃,t-PAの安全性を検討した.結果は,平均CETDRSは術前C52文字,術後C6カ月で65文字であり,有意に改善した(p=0.0040).血腫の完全移動はC85%(20眼中C17眼)で得られた.OCTで測定した平均CCRTは,術前C599μm,術後C6カ月C207μmとなり,有意に減少し(p<0.0001),CRPEDTは術前C188Cμm,術後C6カ月C88Cμmとなり,有意に減少した(p=0.0140).術後C3カ月までの術後合併症はC3眼で硝子体出血,1眼で裂孔原性網膜.離を生じた.それらに対しては硝子体手術あるいは網膜復位術を行い完治した.合併症を生じたC4眼を術後C6カ月でみると,ETDRSはC51文字からC67文字へ有意に改善した(p=0.0058).再燃はC50%(20眼中C10眼)にみられたが,アフリベルセプトの硝子体内注射を適宜行い,視力維持が得られた.再発症例の病型はC19眼でCPCVであったため,再燃にはアフリベルセプトが有用と考える.ラニビズマブ,t-PA,ガスの硝子体内注入後,眼内炎や全身の血栓症など重篤な合併症やCt-PA関連の網膜毒性による網膜萎縮などはみられなかった.1286あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017おわりにt-PAを用いることで血腫を溶解し,ガスの浮力による血腫の移動をより容易にし,またラニビズマブを同時に注射することによりCCNVの退縮が得られたと考える.また,術後に裂孔原性網膜.離や硝子体出血を生じても,適切に対応すれば,すでに血腫を中心窩から移動させ,中心窩の機能を確保できているため,矯正視力を維持し改善することができた.ラニビズマブ,t-PA,ガスの硝子体内注入による黄斑下血腫移動術は矯正視力が改善する有用な治療法である.視力を維持するためには術後合併症に対する適切な処置と病変の再燃に対する適宜アフリベルセプトの硝子体内注射が必要である.文献1)vanCZeeburgCEJ,CCeredaCMG,CAmarakoonCSCetCal:Pro-spective,randomizedinterventionstudycomparingretinalpigmentepithelium-choroidgraftsurgeryandanti-VEGFtherapyCinCpatientsCwithCexudativeCage-relatedCmacularCdegeneration.OphthalmologicaC233:134-145,C20152)KitagawaCY,CShimadaCH,CMoriCRCetCal:IntravitrealCtissueCplasminogenCactivator,Cranibizumab,CandCgasCinjectionCforCsubmacularhemorrhageinpolypoidalchoroidalvasculopa-thy.OphthalmologyC123:1278-1286,C20163)MayerWJ,HakimI,HaritoglouCetal:E.cacyandsafe-tyCofCrecombinantCtissueCplasminogenCactivatorCandCgasCversusCbevacizumabCandCgasCforCsubretinalChaemorrhage.CActaOphthalmol91:274-278,C20134)Gutho.R,Gutho.T,MeigenTetal:IntravitreousinjecC-tionofbevacizumab,tissueplasminogenactivator,andgasinthetreatmentofsubmacularhemorrhageinage-relatedCmaculardegeneration.RetinaC31:36-40,C20115)KlettnerA,GroteluschenS,TreumerFetal:Compatibili-tyCofCrecombinantCtissueCplasminogenCactivator(rtPA)CandCa.iberceptCorCranibizumabCcoappliedCforCneovascularCage-relatedmaculardegenerationwithsubmacularhaem-orrhage.BrJOphthalmolC99:864-869,C2015(74)C

緑内障:網膜神経節細胞保護と軸索再生

2017年9月30日 土曜日

●連載207監修=岩田和雄山本哲也207.網膜神経節細胞保護と軸索再生野呂隆彦東京慈恵会医科大学眼科学教室東京都医学総合研究所視覚病態プロジェクトC緑内障治療においては,既存の眼圧下降療法に加えて,神経保護作用を有する治療法の確立が望まれている.Spermidineは強い抗酸化作用をもつポリアミンの一種で,内因性フリーラジカル・スカベンジャーとして作用する.そこで,視神経挫滅モデルマウスにおいてCspermidine投与の影響を調べたので紹介する.C●緑内障における神経保護治療緑内障や視神経変性においては,網膜神経節細胞(retinalCganglionCcell:RGC)の保護が重要なポイントである.とくに緑内障においては,眼圧降下が得られても病期が進行する症例が治療上の課題となっており,既存の眼圧下降治療に加えて,新たに神経保護治療の確立が期待されている.しかし,新薬の開発には莫大な資金や長い歳月が必要となることから,緑内障のような慢性疾患では日頃の食事によって進行予防ができれば理想的である.視神経挫滅(opticnerveinjury:ONI)モデルは眼圧が上昇せずにCRGC死を誘発することから,正常眼圧緑内障や外傷性視神経症のモデルとして活用されている.本モデルでは,緑内障の基本病態である視神経軸索の変性を挫滅で模倣し,軸索流のうっ滞を起こしてアポトーシス経路を起動させることにより,細胞死が誘導される0day14dayspermidinecontrolと考えられている.そこで筆者らは,ONIモデルマウスにCspermidineを飲み水に混ぜて毎日経口的に投与し,RGCの保護効果を調べる実験を行った1).C●Spermidineの網膜,視神経に対する作用Spermidineはポリアミンの一種で,通常はおもに脳や網膜内のグリア細胞に蓄積されている.内因性フリーラジカル・スカベンジャーとして作用し,強い抗酸化作用をもつが2),加齢とともに減少することが知られている.また,その抗酸化作用により酵母やハエ,ミミズなどの下等動物では寿命を延ばす効果が報告されており,近年では心血管系への保護効果で注目を集めている3).郭らは多発性硬化症モデルマウスにおいてCspermidineのCRGC保護効果を確認している4).筆者らの検討では,spermidine投与によりCONI後のCRGC死を抑制可能であることがわかった(図1).C●ASK1.p38pathwayと酸化ストレスヒトでは,房水中の酸化ストレスと緑内障との関連が示唆されている5).ASK1-p38Cpathwayは酸化ストレabONIONInormalcontrolspermidinenormalcontrolspermidinephospho-ASK1phospho-p38totalASK1totalp38phospho/total(fold)ASK1p388***6**420normalcontrolspermidinenormalcontrolspermidineONIONI図2SpermidineによるASK1.p38pathwayの活性化抑制効果a:視神経挫滅(ONI)後の網膜におけるCASK1-p38Cpathwayの活性に及ぼすCspermidineの効果.Cb:aにおけるCphospho-ASK1およびCphospho-p38発現量の定量的解析.*p<0.05,**p<0.01.(文献C1より改変)(71)あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017C12830910-1810/17/\100/頁/JCOPY図1Spermidineが視神経挫滅(ONI)後の網膜視神経節細胞(RGC)数と網膜内層厚に与える効果ONI後C14日における網膜切片のCHE染色.Spermidine投与群ではCRGC数と網膜内層厚の減少が有意に抑制された.GCL:ganglioncelllayer(神経節細胞層).(文献C1より改変)C図3網膜ミクログリアにおけるiNOSの発現iba1(緑)とCiNOS(赤)の二重染色像.二重染色された細胞()はCiNOSを産生する活性化ミクログリアを示す.ONI後には活性化ミクログリアが大きく増加したが(中段),spermidine投与群では細胞数が抑制されていた(下段).GCL:ganglioncellspermidinecontrol軸索再生layer(神経節細胞層),INL:innerCnuclearClayer(内顆粒層),ONL:outerCnuclearClayer(外顆粒層).スケールバーは100Cμmを示す.(文献C1より改変)スや小胞体ストレスのような種々のストレス応答として活性化され,Alzheimer病や多発性硬化症などのアポトーシスに関与している.Spermidineの投与は,ONIによるCASK1-p38Cpathwayの活性化を,おもにCRGCにおいて抑制することがわかった(図2).C●ミクログリアにおける効果ミクログリアは障害によって活性化し,神経細胞死を誘導するCTNF-a,反応性酸化種,酸化窒素,プロテアーゼなどの細胞毒性物質を産生する.これらのプロセスは緑内障やCAlzheimer病を含むさまざまな神経変性疾患に関与するとされている.ONI後にはCMCP-1やRANTESなどのミクログリアの遊走に必要なケモカインの産生が網膜で上昇するが,これらはCspermidine投与によって抑制された.また,ONI後に観察される誘発性CiNOSを発現するミクログリアの細胞数もCspermiC-dineによって大きく抑制されており,併せて神経保護効果につながったと考えられる(図3).C●食生活からのspermidine摂取と神経軸索再生Spermidine投与におけるCRGCの再生軸索数を,ONI後に眼球内に投与した色素であるCCTBの陽性線維数を指標として,ONI後C14日目にCinCvivoで検討した.その結果,再生軸索数は有意に増加したが,長さに関しての再生効果は限定的であった(図4).Spermidineは多くの食品に含まれる天然成分であり,大豆(とくに納豆),茶葉,マッシュルームなどに高レ1284あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017図4Spermidineによる視神経軸索再生効果の検討視神経挫滅(ONI)後C14日における視神経軸索の切片(長軸方向).Spermidine投与群では挫滅部位(*)から伸びたCCTB陽性の再生線維()が観察された.(文献C1より改変)Cベルで含まれることが知られている.よって,食品を意識的に選択することによってCspermidineの血中濃度を上げ,有益な効果を享受することができるかもしれない.しかし,高濃度のCspermidineは逆に神経障害的に働くとの報告もあることから,緑内障などの治療候補とする場合は,適切な血中濃度の検討など,投与量の評価が今後の課題である.ONIモデル研究により,spermidineはCRGC保護効果を発揮するだけでなく,軸索再生効果を有することがわかった.文献1)NoroCT,CNamekataCK,CKimuraCACetCal:SpermidineCpro-motesretinalganglioncellsurvivalandopticnerveregen-erationCinCadultCmiceCfollowingCopticCnerveCinjury.CCellCDeathandDiseaseC6:e1720,C20152)LaubeCG,CVehCRW:Astrocytes,CnotCneurons,CshowCmostCprominentstainingforspermidine/spermine-likeimmuno-reactivityinadultratbrain.GliaC19:171-179,C19973)EisenbergCT,CAbdellatifCM,CSchroederCSCetCal:Cardiopro-tectionCandClifespanCextensionCbyCtheCnaturalCpolyamineCspermidine.NatMedC22:1428-1438,C20164)GuoCX,CHaradaCC,CNamekataCKCetCal:SpermidineCallevi-atesseverityofmurineexperimentalautoimmuneenceph-alomyelitis.CInvestCOphthalmolCVisCSciC52:2696-2703,C20115)GoyalCA,CSrivastavaCA,CSihotaCRCetCal:EvaluationCofCoxi-dativestressmarkersinaqueoushumorofprimaryopenangleCglaucomaCandCprimaryCangleCclosureCglaucomaCpatients.CurrEyeRes39:823-829,C2014C(72)

屈折矯正手術:フェムトセカンドレーザー白内障手術における角膜切開

2017年9月30日 土曜日

監修=木下茂●連載208大橋裕一坪田一男208.フェムトセカンドレーザー白内障手術に柴琢也東京慈恵会医科大学眼科学講座おける角膜切開フェムトセカンドレーザーを用いて白内障手術を行うことにより,用手的には作製不可能な角膜切開,角膜弧状切開を正確かつ高い再現性をもって作製することが可能である.●はじめに蒸散させる.照射を連続的に走査して行うことによって,照射部位を切断する(光切断:photodisruption).フェムトセカンド(femtosecond:FS)レーザーを用FLACSは,FSレーザーの光切断作用を用いて手術をいた白内障手術(femtosecondClaser.assistedCcataract行う方法である.FSレーザーを用いて前.切開,水晶surgery:FLACS)は,2009年に臨床報告1)が行われて体破砕,角膜減張切開,角膜切開を行うが,手術時の解以来,世界的に普及しはじめており,わが国でも導入す剖情報は前眼部光干渉断層計(opticalCcoherenceる施設が増えてきている.本稿ではCFLACSの角膜切開tomography:OCT)を用いて取得する.そのためマについて解説する.Cニュアルでは作製不可な切開を行うことが可能である.●フェムトセカンドレーザーとはFSレーザーとは,フェムト秒(1000兆分のC1秒)単位の赤外線レーザー光を連続照射することで照射部位を図1角膜切開の設定画面レーザーの出力とCXYZ軸方向の照射間隔,外部切開線および後部切開線の角度,切開幅,位置などを設定する.図2角膜切開の形状従来の用手的に作製する切開と同様の切開(上)や,FSレーザーを用いないと作製不可能な切開(下)も作製可能である.(69)あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017C12810910-1810/17/\100/頁/JCOPY中心線図3角膜弧状切開AKやCLRIと異なり,角膜実質内のみを切開(赤実線)することが可能である.●角膜切開主創口およびサイドポートをCFSレーザーを用いて作製する.レーザーの出力とCXYZ軸方向の照射間隔,外部切開線および後部切開線の角度,切開幅,位置などを設定する(図1).レーザー照射部位に関して安全マージンが設定されており,虹彩や水晶体との距離が一定以上近い部位にはレーザー照射されない.OCTとレーザーを用いることにより,従来と同様の切開(図2上)から,用手的には実現不可能な切開(図2下)まで作製することが可能である.ただし,OCT,レーザーともに組織侵達度に限界があり,虹彩後面や毛様体の観察および治療は不可能である.したがって,角膜と水晶体以外ではOCTによる計測やレーザー照射を行うことができないため,強角膜切開を行うことはできない.また,角膜切開を行う際には,上方角膜は透明性が低下することより切開部位の適応になりにくい.FSレーザー装置による手術過程が終了したら,通常の白内障手術と同様に手術顕微鏡下にて手術操作を行う.スパーテルやフックなどを用いて,角膜切開創の切断面を.離する.外部切開線の.離がむずかしいことがあるが,スリット照明を用いると視認性が向上して操作が容易になる.C●角膜弧状切開(arcuateincision:AI)角膜乱視の矯正を目的として行うが,用手的なCastig-maticCkeratotomy(AK)2)やClimbalCrelaxingCincision(LRI)3)と異なり,角膜実質内のみを切開することが可1282あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017C図4角膜弧状切開の設定画面レーザーの出力とCXYZ軸方向の照射間隔,切開範囲の角膜前後面からのそれぞれの距離,角度,光学域,弧の長さなどを設定する.能である(図3).そのため矯正効果の予測精度と効果持続性の向上が期待できる.レーザーの出力とCXYZ軸方向の照射間隔,切開範囲の角膜前後面からのそれぞれの距離,角度,光学域,弧の長さなどを設定する(図4).C●おわりに従来の白内障手術に比べてCFSレーザーを用いると,手術の再現性,正確性を向上させることが可能になる.さらに,マニュアルでは絶対に作製不可能な切開を行うことが可能になる.まだ第一世代の機種であるが,今後のさらなる発展が期待できる.文献1)NagyZ,TakacsA,FilkornTetal:Initialclinicalevalua-tionCofCanCintraocularCfemtosecondClaserCinCcataractCsur-gery.JRefractSurgC25:1053-1060,C20092)BinderPS:Astigmatickeratotomyprocedures.CorneaC3:C229-230,C19843)HannaCKD,CJouveCFE,CWaringCGOC3CrdetCal:ComputerCsimulationCofCarcuateCandCradialCincisionsCinvolvingCtheCcorneosclerallimbus.Eye3:227-239,C1989(70)

眼内レンズ:眼内レンズ切断剪刀

2017年9月30日 土曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋370.眼内レンズ切断剪刀下分章裕しもわけ眼科フォーダブル眼内レンズ(IOL)を眼内で安全に切断できるよう工夫された眼内レンズ切断剪刀(ASICO社,Duckworth&Kent社)を紹介する.眼内の操作を安全にできるように眼内レンズ切断剪刀の刃先がティアードロップ状になっている.IOLを前房内で切断する際,創口より粘弾性物質が流出し後.が挙上しても破.しにくく,有用である.●IOL2分割よりも3分割がよい理由白内障手術時にインジェクタートラブルなどで,フォーダブル眼内レンズ(intraocularlens:IOL)が破損しIOLを摘出しないといけない場合がある.また,白内障術後にもIOL屈折誤差,偏位などでIOLを交換する場合もある.小切開創からIOLを取り出す場合は2分割して摘出するのが一般的であったが,この場合,眼内での操作が困難で角膜内皮障害をきたしやすく,また図1IOL2分割法2分割法は切断距離が長く,中央のもっとも厚い部分を切らないといけない.若干創口を広げる必要があった.2分割がむずかしくなる原因はIOLの一番分厚い部分を切り,またIOLの直径部分のもっとも長い部位を切る必要があるからである(図1).また,剪刀の先端は切れにくい.2分割の場合は剪刀先端部を使うことになり,さらにむずかしくなる.対策としては分割数を3分割に増やすのがよい.3分割ならIOL中央の分厚い部分を切らずにすみ,切断する長さも短くなり眼内操作が簡便となる(図2).Shi-mowake式眼内剪刀(ASICO社,Duckworth&Kent社)は刃先が細く,前房内での操作がやりやすくなっている.また,先端がティアードロップ状になっているので,創口より粘弾性物質が流出し後.が挙上しても,破.しにくいようにデザインされている(図3).眼内への挿入もスムーズに行うことができる.眼内では虹彩面に平行に刃先が開閉し,浅前房でも操作しやすく,角膜内面や後.を傷つけにくい.●IOL3分割の手順Shimowake式眼内剪刀を用いたIOL3分割の手順は次のとおりである(図4).図2IOL3分割法3分割法は切断距離が短く,薄い部分を切る.図3Shimowake式眼内剪刀(ASICO社,Duck-worth&Kent社)とその先端形状(67)あたらしい眼科Vol.34,No.9,201712790910-1810/17/\100/頁/JCOPY図4IOL3分割法の手順①IOLの手前のハプティックスを創口から引き出す.②左側の1/3を切断する.③断片を摘出する.④残りのIOL.⑤IOLを180°回転させ,残りのハプティクスを創口から出す.⑥残りの光学部が台形になるように切断する.⑦両端を切り落とした中央部の光学部.⑧取り出しやすいように回転させ,残りのIOLを摘出する.①前房に粘弾性物質を満たし,眼内のIOLを前房へ引き出す.②IOLの手前のハプティックスを創口から引き出だし,ハプティックスを鑷子で牽引してIOLを固定する.③固定されたIOLの左側の1/3を剪刀で切断し,摘出する.④残りのIOLを眼内で180°回転させ,残りのハプティクスに対しても同様の操作を行う.できれば,取り出だしやすいように中央部の残りの光学部は台形に切断する.⑤取り出しやすいよう眼内で回転させ,残りの中央部を摘出する.●おわりにIOLの固定は眼外へ出ているハプティクスを引っ張ることによって確実にでき,また切る距離が短いので剪刀の根元で確実にIOLを切断することができる.3分割法は2分割法に比べ手順が多くなるが,各ステップが容易であるのがメリットである.IOLのハプティックスが破損している場合は,サイドポートから入るIOL把持鑷子でIOLを固定することにより,IOL切断は容易にできる.また,この剪刀は超音波水晶体乳化吸引術時に核が皿状に残って困った場合にも応用可能である.粘弾性物質を前房に入れ,皿状の核を前房内へ脱臼させ,核片を剪刀にて細かく切断し処理する.ほかにも通常の虹彩剪刀・前.剪刀と同様に使用することができ,汎用性があり有用である.文献1)江口秀一郎:眼内レンズ交換1.IOL&RS25:183-189,20112)郡司久人,新井香太,伊藤義徳ほか:小切開から摘出可能な新しい眼内レンズ切断法.眼科手術23:603-607,20103)溝手秀秋:2.5mm創口からの簡便な眼内レンズ摘出方法.あたらしい眼科33:1157-1157,2016

コンタクトレンズ:花粉症とコンタクトレンズ

2017年9月30日 土曜日

提供コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ処方つぎの一歩~症例からみるCL処方~監修/下村嘉一35.花粉症とコンタクトレンズ●はじめにわが国における花粉症の有病率は2008年度で全国民の29.8%,スギ花粉症のみでも26.5%である(鼻アレルギー診療ガイドライン2013年版).また,スギ花粉症の年齢層別有病率もコンタクトレンズ(CL)装用者が多い20,30,40歳代で31.3%,35.5%,39.1%と高値であり,多くのCL装用者がスギ花粉飛散期には花粉性結膜炎に罹患しながらCLを装用していることになる.CLは花粉性結膜炎の症状や所見を悪化させる.その理由として,CLと炎症を起こしている結膜上皮層との接触により結膜上皮層のバリアーがさらに低下し,抗原が肥満細胞が多く常在する結膜固有層に侵入し,肥満細胞の脱顆粒を誘導しアレルギー反応が増悪する.また,通常は結膜.内に飛入した花粉抗原は涙液中の分泌型ムチンや分泌型IgAによってトラップされ,涙液とともに洗い流されて(washout)しまう.しかし,CLに花粉が吸着したりCL装用により涙液量が変化し相対的ドライアイになったりすると,花粉のwashoutができなくなり,花粉抗原が結膜.内に長時間貯留することになり,アレルギー反応が起こりやすくなる.以上のことを考えると,花粉症の時期にはCL装用を中止するのが理想だが,色々な社会的・個人的なニーズによってCL装用を継続しなくてはならない症例がほとんどだと思う.本稿では,花粉飛散期のCL装用で注意する点について述べる.●CL関連乳頭性結膜炎との関連CL装用によって惹起されるアレルギー性結膜炎をCL関連乳頭性結膜炎(contactlensrelatedpapillaryconjunctivitis)といい,上眼瞼結膜に巨大乳頭(直径1mm以上)を認める場合は巨大乳頭性結膜炎(giantpapillaryconjunctivitis:GPC)という.上眼瞼結膜の乳頭増殖の範囲や乳頭の大きさは,CLと上眼瞼結膜上皮層との接触の面積や強さによって拡大,増大していく.GPCの成因については未だ明確なものはないが,(65)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY海老原伸行順天堂大学医学部附属浦安病院眼科図1花粉性結膜炎とCLPCとの合併症例その個体のもっているアレルギー体質と,CLと結膜上皮層との接触(摩擦)が影響していると考えられている.花粉性結膜炎患者がCLを装用したからといって必ずGPCになるわけではないが,その頻度はアレルギー性結膜炎のない症例より高くなる(図1).●花粉飛散時のCLの装用・選択重症例,軽~中等症例でも花粉飛散極期にステロイド点眼液が必要な患者ではCL装用を中止する.またはCL装用時間をできるだけ短縮する.装用するソフトコンタクトレンズ(SCL)の種類を2週間または1カ月交換SCLから,1日交換(1day)SCLに変更する.そして,なるべく表面が滑らかで摩擦の少ないSCLを選択するのがよい(ex:ワンデーアキュビューRモイストRワンデーアキュビューR,トゥルーアイR).なぜなら,,結膜上皮層とSCLとの過剰な接触は結膜上皮細胞に対し過剰なストレスを与え,アラーミン分子またはDAMPS(damageassociatedmolecularpatterns)を放出させ,アレルギー反応を惹起する可能性があるからである.また,結膜.内で可動が大きいフィッティングだと,より摩擦が強く出るので,適正なフィッティングが必要である.あたらしい眼科Vol.34,No.9,20171277表1花粉症患者のCL装用・選択表2花粉症患者のCL装用眼の抗アレルギー点眼液の選択●CL装用時の抗アレルギー点眼液の選択中~重症の花粉性結膜炎を罹患しているCL装用者は,原則として花粉飛散極期にはCL装用を中止する,またはCLの装用時間を短縮する.しかし軽症,中等症であっても職業上CL装用を中止できない場合には,抗アレルギー点眼液を使用しながらCL装用を継続する.その場合,抗アレルギー点眼液の選択が重要である(表2).中性な点眼液,塩化ベンザルコニウム(BAK)フリーな点眼液,懸濁していない点眼液を選択する.CLは種類によってBAKの吸着率,徐放率が異なるが,調べられているCLの種類は少ない.BAKフリーの抗アレルギー点眼液にはゼペリンR(防腐剤:クロロブタノール),アレジオンR(防腐剤:ホウ酸),ユニットドーズのインタールR,点眼瓶がPFデラミ容器(0.22μmメンブレンフィルター)になっているトラメラスRPF点眼液や後発品のクモロールR(インタールR)PF,ケトチフェンR(ザジテンR)PF点眼液がある.また,抗アレルギー点眼液には酸性,中性,アルカリ性のものがある.中性の点眼液にはアレジオンR,パタノールR,リザベンR,ゼペリンRなどがあり,酸性の点眼液にはインタールR,ザジテンRなどがある.一部のSCLでは酸性点眼液でベースカーブに影響が出るとの報告もあり,中性点眼液を選択すべきである.また,多くの抗アレルギー点眼液の使用回数は4回/日だが,CLの装用前後の2回/日でも効果を発現するアレギサールRもよい.一方,SCLの種類にも注意が必要で,1カ月~2週間交換タイプのSCLでは上記で示した中性,BAKフリー,懸濁していない抗アレルギー点眼液を選択したほうがよいが,1日交換SCLではあまり気にしなくてもよいと思われる.逆にSCLに点眼液の主成分がトラップされて徐放し,効果が増強する.以前,抗アレルギー点眼液の主成分を含有し徐放する花粉性結膜炎患者用のSCLの開発が考えられたが,いまだ実現に至っていない.ZS985

写真:Posterior corneal vesicles

2017年9月30日 土曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦400.Posteriorcornealvesicles細谷比左志JCHO神戸中央病院眼科図1Posteriorcornealvesiclesのスペキュラー写真水疱病変とそれに連続する帯状病変がみられる.図2図1のシェーマ図3帯状病変の先端近くにある水疱病変数個の水疱病変が集まり,全体がやや混濁した病変で囲まれている(C..).この部位がはっきりとスペキュラー写真(図C1)でとらえられている.図4接触型広角内皮スペキュラー顕微鏡のコーンレンズ部今回使用したセルチェックCCのコーンレンズ部(C..).患者角膜に接する部分である.(63)あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017C12750910-1810/17/\100/頁/JCOPYPosteriorcornealvesiclesは,Pardosら1)により最初に報告された片眼の角膜内皮側に水疱や帯状病変がみられる疾患2)で,家族歴はないものをいう.今回呈示した症例(図1~3)は,その水疱病変と帯状病変の両方がみられる症例である.水疱病変は数個の水疱からなり,その周囲はChaloとよばれるやや混濁した病変で囲まれるという特徴がある.また,帯状病変はCDes-cemet膜を引っ張って裂け目を作ったような形状で,その辺縁はやや鋸歯状を呈している.進行はしない.内皮細胞数の減少がみられることも多く,経過に注意が必要である.水疱病変がみられる疾患で鑑別すべきものとしては,後部多形性角膜ジストロフィ(posteriorCpolymorphouscornealCdystrophy:PPCD)がある.PPCD3~5)は両眼性で家族歴もみられる.また,角膜内皮細胞に上皮細胞様の変化がみられる.このあたりはコンフォーカル顕微鏡で観察をすると明確である.今回の症例は片眼性で家族歴がなく,内皮細胞の上皮様変化がない点でCPPCDと鑑別できる.角膜内皮側に帯状病変がみられるほかの疾患としては,先天緑内障のCHaabC’sCstriae,鉗子分娩によるCbirthinjuryがあるが,本症例にはそれらの既往がない.今回の症例の観察に使用した接触型広角スキャンニング内皮スペキュラー顕微鏡「セルチェックCC(CellChekC)」(コーナン・メディカル.図4)6)は,このような内皮病変のある疾患の観察に非常に優れる.病変のある部位まで観察用のコーンレンズを動かすことができ,角膜の任意の部位の観察ができる.しかもその画像は非常に鮮明である.記録は動画による記録であるが,解析をするために静止画像を取り出すことも簡単である.その場合,複数の静止画像を図1のように並べて連続的に貼り合わせ,パノラマ画像を作成することも容易である.以前のフィルム式の接触型内皮顕微鏡では,多くの枚数の写真を焼き付け,それを切り貼りしてパノラマ像を作成する必要があり,大変な努力と根気が必要であった.しかしセルチェックCCでは,それらの作業がいとも簡単にできるという特徴がある.また,セルチェックCCはその観察原理にコンフォーカルに準じた光学原理を使用しているため,角膜上皮から上皮下,実質,内皮と角膜の任意の深さの部位の観察が可能である.一方,現在普及している内皮スペキュラー顕微鏡は非接触型であり,角膜の任意の部位の撮影はできない.また,その撮影範囲は狭い.セルチェックCCは今後,もっと普及していくと思われる.文献1)PardosCGJ,CKrachmerCJH,CMannisCMJ:PosteriorCcornealCvesicles.ArchCOphthalmol99:1573-1577,C19812)HaradaT,TanakaH,IkemaTetal:SpecularmicroscopicobservationCofCposteriorCcornealCvesicles.COphthalmologicaC201:122-127,C19903)KoeppeCL:KlinischeCBeobachtungenCmitCderCNernst-spaltlampeCundCdemCHornhautmikroskop.CGraefe’sCArchCKlinExpOphthalmol91:375-379,C19164)WeisenthalCRW,CStreetenCBW:PosteriorCpolymorphouscornealCdystrophy.CChapterC73:DescemetC’sCmembraneandCendothelialCdystrophies.CIn:Cornea,C3rdCedition,Cvol-umeone,Fundamentals,diagnosisandmanagement(edit-edCbyCKrachmerCJH,CMannisCMJ,CHollandCEJ)C,Cp845-853,CMosbyElsevier,20115)細谷比左志:11.後部多形性角膜ジストロフィ.角膜ジストロフィ・角膜変性(村上晶・真島行彦・水流忠彦編),NewMook眼科10,p94-99,金原出版,20056)細谷比左志,白石敦:片眼内皮側に水平方向の帯状病変のある症例の接触型内皮スペキュラー顕微鏡による観察.角膜カンファランスC2017抄録集,p74

眼内動態学入門:点眼された薬物の眼内移行性とその限界

2017年9月30日 土曜日

眼内動態学入門:点眼された薬物の眼内移行性とその限界IntroductiontoOcularPharmacokinetics:OcularDrugPermeationandPermeationLimit河津剛一*はじめに薬物を静脈内投与,あるいは経口投与など全身適用後の全血から眼内組織への薬物移行は,眼組織における生体膜透過バリアである血液.眼房水関門および血液.網膜関門により制限されており,その移行は非常に低いことが知られている.眼科領域,とくに外眼部あるいは前眼部疾患における薬物療法では,簡便かつ安全性の高い点眼薬がもっとも広く使用され,治療薬は主として角膜上,あるいは結膜.内に点眼投与される.眼内へは角膜および結膜を透過し移行するが,角膜が主要経路であり,薬物の眼内移行率は最大でも投与量に対して約C5%である.眼内移行性の良否は,点眼薬の開発に際してもっとも重要な項目の一つであり,薬物の角膜透過性を把握することが重要となる.薬物の角膜透過過程でのおもな透過バリアは角膜上皮細胞であり,細胞間にはタイトジャンクションが存在し,薬物の透過に対してのバリア機能となる.本稿では点眼された薬物の眼内動態(ocularpharma-cokinetics:PK,眼組織での吸収・分布・代謝・排泄)に関して,その評価法,影響を与える因子,薬理作用との関係などについて概説する.CI眼内動態の評価法薬物の角膜透過性,あるいは眼内動態を評価する実験系として,おもにウサギなどの動物を用いた点眼試験がある(inCvivo試験).動物実験において,角膜・房水などの眼組織中濃度推移は,涙液や房水,あるいは鼻腔への薬物消失などの影響を受け,複雑な眼内動態が複合的に現れる.表1にウサギとヒトでの薬物の眼内動態に影響する解剖学的および生理学的パラメータを示す1,2).ウサギとヒトでは眼内移行に影響する多くの解剖学的および生理学的パラメータが類似していることから,薬物の眼内動態の評価モデルとしてはウサギが汎用される.一方で,瞬目回数は,ウサギでC4~5回/時,ヒトでC6~15回/分と異なっている.ウサギでは瞬目回数が少ないことから,薬物の眼表面における滞留性が増加すると考えられ,点眼する点眼液の製剤処方内容によって,ウサギとヒトでの眼内動態の違いに留意する必要がある.点眼薬の研究開発では,眼内動態の評価のみならず,全身組織での薬物動態の評価が必要であり,製造販売承認申請にかかわる動態試験では,ウサギ以外の動物を使用することもある.たとえば,緑内障・高眼圧症治療薬タプロスCR点眼薬C0.0015%の研究開発では,非臨床安全性試験・非臨床薬効薬理試験に対して有益な情報を得るため,ラットおよびカニクイザルを用い詳細な眼内および全身動態を検証している3,4).動物実験に対して,inCvitro実験として,実験条件の設定(温度,薬物処理など)が簡便に行え,膜透過性の詳細な検討に適している摘出角膜透過実験法(ウサギ),角膜上皮細胞培養系(ウサギ,ヒト)が知られている5).これらの方法では,組織,細胞を生理的な状態に保つことや,薬物自体あるいは使用する緩衝液中の添加物が組*KouichiKawazu:参天製薬株式会社奈良研究開発センター〔別刷請求先〕河津剛一:〒630-0101奈良県生駒市高山町C8916-16参天製薬株式会社奈良研究開発センター0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(57)C1269表1ウサギとヒトでの眼内動態に影響する因子の違い1,2)生理学的因子および角膜構造ウサギヒト涙液の容量(CμL)涙液のターンオバー速度(CμL/min)瞬目回数涙点の数C涙液のCpH涙液の浸透圧(mOsm/L)C角膜の厚さ(mm)角膜実質の厚さ(mm)C角膜の直径(mm)C角膜の表面積(cmC2)房水のCpHC結膜の表面積/角膜の表面積,比C房水の容量(mL)房水のターンオバー速度(CμL/min)5~1C00.6~C0.84~5回/時1C7.3~C7.7305C0.35~C0.450.25C151.5~C2.0C8.29C0.25~C0.33~4C.77~3C00.5~C2.26~1C5回/分27.3~C7.73050.52~C0.540.3411~1C21.047.1~C7.3170.1~C0.252~3表2眼内動態(移行性)に影響を及ぼす要因因子概説分配係数薬物側要因分子量粒子径(溶解性)角膜(結膜)透過性はオクタノール/水分配係数(LCogPC)が2~3が良好といわれている.LCogPCが低いものについては結膜透過性が角膜透過性よりも良好.角膜(結膜)透過性は分子量の影響を受け,大きくなるほど透過性は小さくなる.膜抵抗値が結膜組織のほうが角膜よりも小さいため,分子量の大きな化合物の透過性は結膜透過性が角膜透過性よりも良好.薬物の溶解性が不良のため懸濁型製剤を選択する場合,粒子径が小さいほど透過性は向上する(溶解速度が高まるため).pH粘度点眼薬処方浸透圧側要因C点眼濃度点眼量添加剤pHは薬物の解離状態に影響し,角膜透過性はpH-分配仮説に従う(分子型).製剤処方,涙液の緩衝能に留意する必要がある.粘度付与により,結膜.内滞留性が向上し,移行性が向上する.向上の程度は薬物の物性に依存する.浸透圧の増減により細胞間隙透過性を変化させることが可能.点眼する液量が一定の場合,点眼濃度を上げると移行量は増大する.一定容量以上を点眼しても移行性には影響しない(約C20CμL).可溶化,安定化,保存剤は角結膜上皮に影響を与え,薬物の透過性が変化する.変化の程度は薬物の物性に依存する.代謝涙液溶解性生体側要因膜透過性メラニン親和性角膜にはエステラーゼが存在する.Prodrugの代謝に関与する.懸濁型製剤を選択する場合,点眼後の溶解性に関与する.透過機構,輸送担体,病態に留意する.塩基性薬物は,メラニンを含有する組織(網膜色素上皮,虹彩)に結合する.その結合と乖離をコントロールできれば,メラニンをデポとして利用可能.ニン親和性が考えられる.たとえば,薬物側要因“分配係数”の概略は,以下のようになる.一般的に薬物の角膜透過は受動拡散,すなわちCpHC.分配仮説で説明され,オクタノール/水分配係数(LogCPC)がC2~3の場合に最適な透過性を示し,ある程度脂溶性が増加すると逆に角膜透過性は低下することが知られている.これは,角膜組織が,油層(上皮)C.水層(実質)C.油層(内皮)のサンドイッチ構造であることに起因している.また,点眼薬処方側要因“添加剤”の概略は,次のようになる.製剤処方成分として,防腐剤(塩化ベンザルコニウムなど),界面活性剤(ポリソルベートC80など)キレート剤(エデト酸,EDTA)が添加剤として処方中,に配合される.これら添加剤には,薬物の角膜透過を促進する作用がある.角膜透過を促進する添加剤は,おもに細胞膜に影響を与えるもの,または細胞間隙に影響を与えるものに分類される.薬物の角膜透過経路は,細胞内透過経路(transcellularCroute)と細胞間透過経路(paracellularroute)が考えられるが,どちらがおもな経路かは,薬物の脂溶性により決定される.したがって,透過促進作用を有する添加剤と薬物(脂溶性)の組み合わせにより,角膜透過促進効果が違ってくる.一般的に,透過促進剤は,角膜上皮組織,細胞を変化させて薬物の透過性を促進すると考えられるが,この作用が可逆的,あるいは不可逆的な作用かを配慮し,処方成分に選択しなければならない.なお,これら添加剤の配合理由として,“角膜透過促進剤”としている実施例はない.生体側要因として,最近注目されている薬物透過機構は,トランスポーター(輸送担体)による角膜透過である6).生体は細胞内外の栄養物質や内因性物質の選択的物質交換によって必要物質の摂取(吸収)と生体異物や老廃物の排除(排泄)を行っているが,その選択性は細胞膜に存在するトランスポーターが介在する輸送機能に依存している.薬物トランスポーターは,生体にとって異物である薬物を認識し輸送することで薬物の体内動態にかかわっている.一般的に薬物の角膜透過機構は受動拡散で説明されてきたが,最近になり,薬物の角膜透過に薬物トランスポーターが関与することが報告されるようになった.角膜組織の透明性など恒常性維持にかかわっていると考えられるトランスポーターの存在も,薬物の眼組織移行性に影響を与える生体側因子として考慮すべきである.角膜上皮細胞におけるトランスポーターの存在検証,眼科治療に使用されている薬物の膜透過に関するトランスポーター候補などについては文献C6にまとめてあるので参照されたい.CIII点眼投与された薬物の移行性とその限界点眼投与された薬物の眼内バイオアベイラビリティは非常に低いことを前述したが,点眼薬の眼内バイオアベイラビリティの改善をめざした製剤開発が行われ,臨床に用いられている.チモプトールCRXEは,ジェランガムのゲル化作用を利用し,眼内バイオアベイラビリティを改善している.高分子多糖類であるジェランガムは,直鎖状の構造を有し,4分子にC1個のカルボキシル基(.COOH)が存在する.プラスイオンの少ない溶液中ではマイナスに荷電し,分子同士が反発するためゾル(溶液)状態となる.点眼後,涙液中のCNa+イオンと結合することで,ジェランガム分子内のマイナス荷電量は減少し,分子同士の反発が減少し,分子が凝集(ゲル化)する.これにより,点眼時は溶液(ゾル)状態で,点眼後の涙液内のみでゲル化し,持続性を有する点眼薬となった.熱応答性高分子であるメチルセルロースを含有するリズモンRTG点眼液は,10℃以下保存時は溶液(ゾル)状態である(点眼前).点眼後は眼表面温度(32~34℃)でゲル状に変化する.メチルセルロース水溶液のゾル/ゲル相転移温度は約C55℃であるため,製剤処方内容を検討し,クエン酸ナトリウムおよびマクロゴールを添加し,ヒト眼表面温度(32~34℃)でゲル化するように相転移温度を制御している.これら二つの点眼薬は,生体の機能を利用して,液性の物性(粘度)を変化させ,眼表面での滞留性を上げることにより,眼内移行性を向上させる前眼部薬物送達システム(drugCdeliveryCsys-tem:DDS)の例である.後眼部(網脈絡膜)疾患の薬物治療は,点眼投与では有効濃度の薬物が網脈絡膜などの標的組織に到達しないため,点眼投与法では困難であると考えられてきた.そこで,後眼部疾患に対しては局所注射や経口および静脈(59)あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017C1271│⊿│OP│(mmHg)a.bunazosinb.timolol587643210mean±S.E.図1ブナゾシンおよびチモロールをウサギに点眼した時の眼組織中濃度(房水:○,虹彩毛様体:▲)と眼圧降下(⊿IOP)の関係a:0.1%ブナゾシン点眼,PKn=3,PDn=10.Cb:100CmMチモロール点眼,PKn=3,PDn=16.C00.20.40.60.81Concentration(nmol/gorml)05101520Concentration(nmol/gorml)って記述した眼局所CPKモデルを確立した.ブナゾシンあるいはチモロール点眼後の房水中濃度と眼圧の変化の関係には,反時計回りの履歴,すなわち濃度の変化に遅れた薬効の発現がみられ(図1),眼組織中濃度と眼圧下降作用の時間推移を作用機序に基づいた眼局所CPK/PDモデルで表現した.また,ブナゾシンとチモロールなど異なる作用機序をもつ薬物を併用投与したときの眼局所PK/PDモデルの構築も可能であった10).これらは,正常眼圧のウサギを用いた検討であるが,ウサギにおける高眼圧緑内障の病態モデルに,眼局所CPK/PDモデルが適用可能か検証する必要がある.さらに,ヒトへの適用について,動物実験の結果から構築した眼局所CPKモデルを用いてヒトへの外挿を試みることも可能であるが,ヒトでは涙液以外の眼組織中濃度測定が困難なことから,結果の妥当性を検証することがむずかしい.一方,PDモデルにおいては,ヒトにおける眼圧測定が可能であること,房水動態を組み込んだモデルで使用するヒトでの生理的パラメータの報告が多数あることから,ヒトへの適用に際して制限は少ない.したがって,眼局所PK/PDモデルのヒトへの適用については原理的には可能であるものの,ヒトでの組織中濃度測定の制限から結果の妥当性を十分に検証できないのが現状である.眼圧下降薬の新薬開発において動物実験レベルではあるが,PK/PDモデルを利用することでヒトでの効果を定量的に予測することが可能となるため,候補化合物の薬理活性や動態特性の選択基準が設定できるとともに,粘性製剤や結膜.内挿入剤の眼内動態を表現できるCPKモデルと組み合わせることで眼局所におけるCDDSの効率的な設計が可能となると考えられる.おわりに眼科用製剤の開発に携わり,眼内動態を専門とする研究者は,ヒト,動物にかかわらず.眼局所における薬物動態のメカニズムの理解を深め,製剤特性,投与法,病態,標的組織の動物種間での生理学的・解剖学的な差異を考え,常にヒトへの外挿性を意識しなければならない.ヒトへの外挿性の向上に関しては,ヒトでの臨床眼内動態データの蓄積が必要である.近年,動物実験レベルで,これまで点眼投与で薬物が到達しないと考えられてきた網膜など後眼部に有効濃度の薬物が移行することが明らかになりつつある11,12).高齢社会を迎え,増加する後眼部疾患への点眼薬投与による治療が確立できれば,患者への負担も大きく軽減できる.このような製剤を実現するため,後眼部の眼内動態を解明する眼内動態モデルの構築や製剤技術が発展し,後眼部CDDSの技術によらずとも,点眼投与法により後眼部疾患の薬物治療が可能となることを期待する.今後,薬物の眼内移行性に限界のない“最適化された”眼科用製剤が設計可能となるよう,眼科動態および製剤技術研究の成果が眼科用製剤の研究開発の効率化や医療現場での有効・安全な薬物療法につながることを願う.文献1)SchoenwaldCRD:OcularCpharmacokinetics/pharmacody-namics,Ophthalmicdrugdeliverysystems,p83-110,Mar-celDekker,Inc.,NewYork,19932)WorakulCN,CRobinsonCJR:OcularCpharmacokinetics/phar-macodynamics.EurJPharmBiopharmC44:71-83,C19973)FukanoCY,CKawazuCK:DispositionCandCmetabolismCofCaCnovelCprostanoidCantiglaucomaCmedication,Cta.uprost,Cfol-lowingCocularCadministrationCtoCrats.CDrugCMetabCDisposC37:1622-1634,C20094)FukanoCF,CKawazuCK,CAkaishiCTCetCal:MetabolismCandCocularCtissueCdistributionCofCanCantiglaucomaCprostanoid,Cta.uprost,CafterCocularCinstillationCtoCmonkeys.CJCOculCPharmacolTherC27:251-259,C20115)河津剛一:培養角膜上皮細胞を用いた薬物透過評価法の確立と薬物透過特性に関する研究.薬剤学68:14-20,C20086)河津剛一:角膜における薬物トランスポーター.眼薬理C26:38-44,C20127)BararCJ,CAghanejadCA,CFathiCMCetCal:AdvancedCdrugCdeliveryCandCtargetingCtechnologiesCforCtheCocularCdiseases.CBioImpactsC6:49-67,C20168)SakanakaCK,CKawazuCK,CTomonariCMCetCal:OcularCpharC-macokinetics/pharmacodynamicCmodelingCforCbunazosinCafterCinstillationCintoCrabbits.CPharmCResC21:770-776,C20049)SakanakaCK,CKawazuCK,CTomonariCMCetCal:OcularCphar-macokinetic/pharmacodynamicCmodelingCforCtimololCinCrabbitsCusingCaCtelemetryCsystem.CBiolCPharmCBullC31:C970-975,C200810)SakanakaCK,CKawazuCK,CTomonariCMCetCal:OcularCphar-macokinetic/pharmacodynamicmodelingformultipleanti-glaucomadrugs.BiolPharmBull31:1590-1595,C200811)MizunooK,KoideT,ShimadaSetal:Routeofpenetrat-(61)あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017C1273

点眼薬による角結膜障害:その危険信号を察知する!

2017年9月30日 土曜日

点眼薬による角結膜障害:その危険信号を察知する!OcularSurfaceBarrierDisruptionInducedbyEyedrops:CatchtheAlert内野裕一*I点眼薬は薬にも毒にもなる!?われわれ眼科医にとって薬物治療における最重要薬剤であり,点眼薬なくして日々の眼科診療は立ち行かない.しかしながら,点眼薬には本来の薬剤有効成分のみならず,基剤や防腐剤といわれるものが含まれ,これらが眼表面に与える影響は決して少なくない.薬剤有効成分のなかでは,緑内障点眼薬のCb遮断薬やプロスタグランジン製剤,抗炎症薬である非ステロイド性消炎鎮痛薬(non-steroidalCanti-in.ammatorydrugs:NSAIDs)などの薬剤は,涙液分泌に寄与する角膜神経に悪影響を与えるといわれている.また,薬剤自体の懸濁性が点眼直後の見え方に大きく影響を与える場合もあり,処方時の患者への説明は重要である.一方,点眼薬基剤はその浸透圧やCpHなどが,点眼時のしみやすさに関連性があると考えられており,患者の点眼コンプライアンスに直接寄与する重要な因子である.また,防腐剤は点眼薬を構成する成分のなかでも,もっとも眼表面障害に影響を与える可能性がある成分であり,塩化ベンザルコニウム(benzalkoniumCchloride:BAC)やクロルヘキシジンが代表的な点眼薬防腐剤として知られている.さらに治療過程で点眼薬の種類や回数が増えることはよくあることだが,そのような点眼薬多剤使用によって眼表面上皮障害が生じ,さらに上皮保護薬を追加するという悪循環に陥ることも,一般診療で決して珍しいことではない.本稿では上記の「薬剤有効成分」「基剤」「防腐剤」が眼表面および涙液分泌機構にどのような影響を与え,また過剰な点眼薬使用により,角結膜上皮障害がどのように生じるかを考えてみる.CII涙液分泌機構の破綻メカニズム涙液は外界からの刺激を眼表面にある知覚神経が受容し,その後,三叉神経を経由して,中枢神経である脳幹に伝わり,おもに副交感神経から涙腺への涙液分泌が指示される.このような反射弓(re.exCloop)が正常に働くことにより,機械的(ゴミが目に入るなど)もしくは化学的(煙を浴びる,タマネギを切ったときなど)刺激を眼表面が受けると,反射性に涙液分泌が誘導され,眼表面保護に重要な役割を果たしている1)(図1).しかしながら,さまざまな要因によって,このCre.exloopは破綻をきたすといわれている.とくに点眼薬の中で,角膜知覚神経に対する麻酔効果を示すものとして,緑内障点眼薬のCb遮断薬や,抗炎症薬であるNSAIDsがあげられる.健常者に対してC4種のCNSAIDsを,5分おきにC4回投与後(点眼終了直後をC0分)から角膜知覚低下を時間経過とともに示す(図2).すべてのNSAIDs点眼薬が投与後から知覚低下を示すものの,最後の点眼から約C1時間後には角膜知覚は回復しはじめる.そのなかでC0.3%ネパフェナクはほかの点眼薬(とくにC0.1%ジクロフェナクおよびC0.07%ブロムフェナク)に比較して,早い角膜知覚の回復傾向が認められることは興味深い2).C*YuichiUchino:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕内野裕一:〒160-8582東京都新宿区信濃町C35慶應義塾大学医学部眼科学教室0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(51)C1263605040re.extear250200150100500バリアの破綻*p<0.05%,vsPBSフルオレセイン透過性(PBS=100%)400350300バリアの破綻250200150100500PBS0.0002%BAC0.002%BAC0.01%BAC0.02%BAC0.2%BAC*p<0.05%,vsPBS図3PG製剤および配合剤による眼表面バリアへの影響図4塩化ベンザルコニウム(BAC)による濃度依存的な眼表(文献C3より引用)C面バリアへの影響(文献C3より引用)CKi67(細胞増殖)ControlBAK0.01%,24Hrs図5塩化ベンザルコニウム(BAC)による角膜上皮障害の免疫組織学的探索赤色もしくは青色が細胞核を示す.緑色が標的としたタンパクの組織染色像を示す.(文献C4より引用)フルオレセイン透過性(PBS=100%)図6BAC含有点眼液による角膜上皮障害77歳,女性.開放隅角緑内障に対してCBAC含有ラタノプロスト点眼液にて加療を開始したところ,瞳孔領およびその下方に角膜上皮障害を認め(Ca),BACフリーのラタノプロスト点眼に切り替えてC1カ月したところ,角膜上皮障害は大幅に改善した(Cb).(文献C1より一部抜粋)薬剤毒性ドライアイ角膜>>結膜角膜<結膜図7薬剤毒性とドライアイにおけるSPKの違い表1緑内障点眼の点眼回数からみた点状表層角膜症(SPK)の発生率(SPK発生数.症例数)O,O.OO.1回C174/43140.4%2回C125/24950.2%3回C47/8257.3%*C4回C42/6366.7%5回C25/4161.0%6回.C6/1637.5%*:p<0.01表2緑内障点眼の点眼剤数からみた点状表層角膜症(SPK)の発生率(SPK発生数.症例数),O.O.1剤処方C204/51239.8%2剤処方C150/27055.6%*C3剤処方C63/9467.0%4剤処方C2/633.3%*:p<0.01

点眼薬のアドヒアランス:教えましょう,向上の秘訣!

2017年9月30日 土曜日

点眼薬のアドヒアランス:教えましょう,向上の秘訣!TheSecretofEyedropAdherenceImprovement浪口孝治*溝上志朗*はじめに点眼は眼科治療の基本であり,全身への影響が少なく,眼局所への有効な治療法ではあるが,毎日確実に眼表面に滴下できなければ十分な効果は発揮できない.患者自身による適切な点眼実施の有無が治療の結果を左右することになる.急性疾患で自覚症状の強い場合は多くの患者が正しく点眼することができるが,緑内障などの自覚症状が乏しく慢性的な疾患では,毎日(治療の継続),眼表面に滴下すること(正確な点眼)はわれわれ医師が考えている以上に困難な作業である.治療の継続と正確な点眼のためには点眼アドヒアランスの向上が必要不可欠である.本稿では,アドヒアランスの把握と向上のためにどのようにすればよいのかを概説する.CIアドヒアランスとは従来は治療の継続性を評価する指標として「コンプライアンス」という用語が用いられていたが,コンプライアンスは医師が策定した治療計画を患者が遵守することをさす.一方で現在主流の考え方となってきた「アドヒアランス」とは,患者が主体となり,自身の病態を理解し,医療従事者の推奨する方法に同意し,服薬,食事療法,そして生活習慣の改善を行うこと,と世界保健機構(WHO)は定義している.コンプライアンスは医師が患者に治療計画を遵守させるといった一方向的な目線であるが,アドヒアランスは医療従事者と患者の相互理解に伴う双方向的な目線という意味合いが強い(図1).これいうことを聞く「受け身」の姿勢図1コンプライアンスとアドヒアランス悪いのは患者という認識図2従来の考え方までの医療現場ではコンプライアンス不良の原因は患者側にあると強調され,医療従事者側でのコンプライアンス向上の取り組みは積極的には行われていなかった(図2).そこで患者側に問題があるという概念を脱却し,患者・医療従事者の双方向的な目線により,いかに患者自らが積極的に治療に参加するかを評価するのにアドヒアランスという考え方が生まれた.CIIアドヒアランスの重要性われわれ医師は,処方した薬剤は処方箋の指示通りに適切に使用されるのが当然と考えがちであるが,実際はそうではない.糖尿病や高血圧などの慢性疾患におけるアドヒアランス良好な患者の割合はC75%程度と報告されている1).眼科も例外ではなく,新規に緑内障薬物治*KojiNamiguchi&*ShiroMizoue:愛媛大学大学院医学系研究科器官・形態領域眼科学〔別刷請求先〕浪口孝治:〒791-0295愛媛県東温市志津川愛媛大学大学院医学系研究科器官・形態領域眼科学0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(45)C1257療を開始した患者の平均薬剤入手率(処方された日数に対して何日間薬剤を使用したのかを算出したもの)はもっとも高いプロスト系点眼薬でさえ約C60%程度で,他の薬剤ではそれよりもさらに低い数字となっている2).アドヒアランス不良は,治療の非効率化を招き,医療資源の浪費や患者の予後不良の原因となる.緑内障患者ではアドヒアランス不良の患者は視野障害が重症化する危険性がC6倍以上となるという報告もある3).適切な薬剤を処方しても,その薬剤が適正に使用されなければ十分な治療効果を得ることはできない.アドヒアランスは医学的知識や診断技術と同じくらい重要なものであると考えられる.CIIIアドヒアランスの評価アドヒアランスの評価方法には,直接法と間接法がある.直接法は患者やその家族と面談し,アドヒアランスの程度を数値で評価する方法である.間接法は点眼の使用量,残量などから推測する.また,血中濃度などを測定し判定する方法がある.しかし実際は,患者との面談でアドヒアランスの評価を推測していることが多いと思われる.そのため,アドヒアランスの評価ではコミュニケーションスキルが重要となってくる.「点眼をきちんとしていますか?」という質問の方法では,多くの場合「はい」と答えることが多く,アドヒアランスを過大評価することになる.質問はできるだけCyes-noのC2択形式ではなく,「普段はいつ点眼していますか?」などのある程度自由に答えることができるような質問の仕方が望ましいと考えられる.「点眼をしていないのではないか」のような尋問のような質問の仕方では患者は委縮してしまい信頼関係が崩れてしまう恐れもある.患者とのコミュニケーションの方法としてはCask-tell-ask会話法というものがある.最初のCaskで患者の現在の疾病や治療に関する理解と気になる点を聞くことにより,服薬に関して患者が認識している考えを明らかにする.また,患者の性格や教育レベルなどもある程度推測することが可能となる.そしてCtellで医療従事者側から検査結果や,治療方法などの必要な説明をわかりやすい言葉で説明する.その後説明した内容をCaskで尋ねることにより,説明した内容をどの程度理解しているかを評価する.時間にかぎりがある以上,毎回外来でこの作業を繰り返すことは困難ではあるが初診時や治療方針の変更を行う際には必要と考える.CIVアドヒアランスに影響を与える因子アドヒアランスに影響を与える因子はさまざまであるが,大きく四つの要素に分類できると報告されてる4).①治療内容,②患者側,③医師側,④環境の四つである(図3).治療内容の因子は,「点眼薬が途中でなくなった」「点眼の回数が多い」「副作用のため点眼を自己中断した」などがあげられる.緑内障患者では約半数がC2種類以上の点眼を使っているが,点眼の使用薬剤数はアドヒアランスに大きく関与すると報告されている5)(図4,5).さし心地の悪い点眼はアドヒアランス不良を招きやすく,副作用が出るとアドヒアランスは著しく低下する6).点眼開始または変更を行った後は,必ずさし心地に問題がないかを問診する.また,副作用の有無も必ず調べる.夜の点眼より朝の点眼のほうが,アドヒアランスがよくなりやすい7).また,昼間の点眼はもっともアドヒアランスが下がるとされており,点眼時間の指示にも気を配る必要がある.患者側の因子は,「点眼するときどちらの目かを忘れてしまう」「効果の実感がないため点眼をやめた」「ときどき点眼することを忘れてしまう」などがある.薬剤の使用歴がある,点眼の必要性に関する意識が強い,薬剤の知識があるなどはアドヒアランスを改善させる因子である8).医師側の因子は,「点眼の必要性,薬物の効果や副作用,治療の見通しや予測などを明快に説明しない」「薬物治療に対する知識不足」「患者の感情や生活に無関心」などが考えられ,患者とのコミュニケーション技術が重要であることがわかる.環境因子は,「患者の周囲にサポートがいない」「僻地に住んでおり医療機関への受診が困難」などが考えられる.CVアドヒアランス向上のためにアドヒアランスに影響する因子は,上述の通り①治療1258あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017(46)アドヒアランス低下●ときどき点眼することを忘れてしまう●ひとり暮らし,家族のサポート不足●妻が死んでから点眼するのがつらい●休暇中は忘れがちである●点眼薬が途中でなくなってしまった●4剤の点眼は無理,3剤のみさしている●副作用のために自己判断で点眼を中止した図3アドヒアランスに影響を与える因子100806040200図4緑内障患者の使用薬剤数対象:国内C23施設でC2008年C3月C12日.19日に外来受診した緑内障・高眼圧症患者,1,935例C1,935眼.人数1剤2剤3剤4剤n=97n=59n=19n=6図5点眼薬数とアドヒアランス100806040200良好率■成功■不成功n=78図6緑内障患者の初回点眼成功率図7看護師による点眼の実演図8点眼補助具’C

周術期における点眼治療戦略:常在菌をいかに制御すべきか?

2017年9月30日 土曜日

周術期における点眼治療戦略:常在菌をいかに制御すべきか?StrategyofPerioperativeAntibioticTherapyinOphthalmologyFieled:HowtoControlIndigenousOcularBacterialFlora子島良平*はじめに現在,眼科手術の周術期には眼内炎の発症予防目的で,抗菌点眼薬を用いた結膜.の周術期減菌化療法が広く行われている.抗菌点眼薬を用いた周術期結膜.減菌化の評価については未だ議論は分かれるが1),抗菌点眼薬を使用することで結膜.からの菌検出率が低下することが報告されている2).しかしながら近年では,周術期の抗菌点眼薬の使用で結膜.常在菌叢において耐性菌の占める割合が増加するとも報告されており3),今後,耐性化を誘導しない抗菌点眼薬の使用方法が求められるようになっている.本稿では,結膜.常在菌叢と抗菌点眼薬が菌叢に対して与える影響および抗菌薬の適正使用についての現状を概説する.CI結膜.常在菌叢胎児は子宮内では無菌状態にあるが,出産の過程からさまざまな菌に暴露され,皮膚や腸管,結膜.などの各組織の常在菌叢が形成される.結膜.常在菌叢はおもに眼瞼,皮膚,マイボーム腺から眼表面に入る菌で構成されている.眼表面に入った菌は,涙液中のリゾチームなどの抗菌物質の影響を受けるとともに,涙液の流れで一部は鼻腔へ排出される.そして,残存した菌が結膜.常在菌叢を形成する.結膜.常在菌叢はさまざまな菌種から構成されており,成人の結膜.の培養からは,グラム陽性球菌である表皮ブドウ球菌(StaphylococcusCepider-midis,以下CS.epidermidis)やグラム陽性桿菌のコリネバクテリウム属,通性嫌気性グラム陽性桿菌のプロピオニバクテリウム・アクネス(PropionibacteriumCacnes,以下CP.acnes)などが多く検出される.CII結膜.常在菌と眼内炎結膜.常在菌および外眼部常在菌と術後感染性眼内炎の発症について,SpeakerらはC17例の眼内炎の起因菌が高率に結膜.・外眼部の常在菌と遺伝子レベルで一致したと報告している4).また,原らがまとめた国内での眼内炎の起因菌についての検討では,術後C4週以内の急性眼内炎の起因菌としてCS.epidermidisを含むコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(coagulase-negativeCstaphylococ-ci:CNS)(用語解説参照)や腸球菌,黄色ブドウ球菌が多く,4週以降の遅発性眼内炎の起因菌としては,P.acnesやCS.Cepidermidisなどの結膜.常在菌が検出されたと報告しており5),結膜.常在菌の眼内への迷入が,眼内炎の発症に関連していると考えられる.CIII周術期の結膜.減菌化療法結膜.の常在菌が術後眼内炎に関連していることから,現在では眼内炎の発症予防目的で周術期に結膜.常在菌叢の減菌化が広く行われている.結膜.減菌化療法のタイミングは,術前・術中・術後の三つのポイントに分けることができる.術前の減菌化療法としては,抗菌点眼薬の予防的投*RyoheiNejima:宮田眼科病院〔別刷請求先〕子島良平:〒885-0051宮崎県都城市蔵原町C6-3宮田眼科病院0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(39)C12512週以内:6%2015年米国9)2014年日本10)図1米国と日本の白内障術後の抗菌点眼薬の使用期間米国ではC1週以内がC72%であるのに対し,国内ではC2週間.1カ月がC30%,1カ月以上がC65%と,国内の術後抗菌点眼薬の使用期間は米国に比べ長期に及んでいる.(文献9,10より作図)(%)*:(p<0.0001,McNemartest)図2グラム陽性球菌の検出率1週群,1カ月群ともに,点眼終了時のグラム陽性球菌の検出率は,点眼前に比べ有意に低下した.(%)点眼前術後1週終了時1M3M6M検体採取時期*:(p<0.0001)図4S.epidermidisのLVFXに対する感受性の推移いずれの群においても術前から終了時にかけて有意に低下した.点眼終了時の感性率はC1週群に比べC1カ月群で有意に低かった(p<0.0001:解析方法:logisticモデルCGEE推定量による各時点の感受性率の推定).(文献C12より許可を得て転載)(μg/ml)MICの推定値±95%信頼区間検体採取時期*:(p=0.0224)図3S.epidermidisのLVFXに対するMICの推移1週群,1カ月群ともに,点眼前に比べ点眼後に有意に上昇した.点眼終了後C3カ月目のCMICはC1週群に比べC1カ月群で優位に高かった(p=0.0224:解析方法:混合効果モデルによる推定).(文献C12より許可を得て転載)C●感受性菌MIC:最小発育阻止濃度●耐性菌MPC:耐性菌出現阻止濃度●高度耐性菌MSW:耐性菌選択濃度枠MPCMSWMIC●感受性菌MIC:最小発育阻止濃度●耐性菌MPC:耐性菌出現阻止濃度●高度耐性菌MSW:耐性菌選択濃度枠MPCMSWMIC抗菌薬組織濃度抗菌薬組織濃度時間図5最小発育阻止濃度,耐性菌出現阻止濃度および耐性菌選択濃度枠MIC(青線)以上の濃度では,感受性菌は増殖・発育ができないが,耐性菌は増殖可能な濃度である.MPC(赤線)より高い濃度では,耐性菌も発育・増殖できない.MICとCMPCの間の濃度(緑矢印)がCMSWであり,この濃度内では耐性菌は発育・増殖ができる.抗菌薬投与抗菌薬投与時間図6耐性菌増加のメカニズム抗菌薬(C.)を投与すると組織内濃度が上昇し感受性菌が検出されなくなるが,抗菌薬の濃度がCMSW内の時間では,耐性菌は増殖していく.これを繰り返していくと,最終的には高度耐性菌の割合が増加していく.■用語解説■コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(coagulase.negativeCStaphylococci:CNS):ブドウ球菌は,血液凝固作用をもつ菌体外酵素である.コアグラーゼをもつコアグラーゼ陽性ブドウ球菌とコアグラーゼをもたないコアグラーゼ陰性ブドウ球菌に分類することができる.臨床的には,ヒトから分離されるブドウ球菌のうち,コアグラーゼ陽性ブドウ球菌は黄色ブドウ球菌のみであり,CNSはそれ以外の表皮ブドウ球菌を含むブドウ球菌をさすことが多い.メタ解析:過去に行われた複数の研究のデータを収集し,統合して分析すること,またはそのための手法や統計解析をさす.長所として,一つの研究では有意差が出ない場合でも,複数の研究を統合することで,有意差を検出できる可能性がある.一方,解析対象とする研究の選択により結果が異なる可能性があり注意が必要である.