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硝子体手術のワンポイントアドバイス 174.結節性硬化症に伴う増殖性網膜症に対する硝子体手術(上級研究編)

2017年11月30日 木曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載174174結節性硬化症に伴う増殖性網膜症に対する硝子体手術(上級研究編)池田恒彦大阪医科大学眼科●はじめに結節性硬化症(tuberoussclerosis:TS)は全身の過誤腫を特徴とする常染色体優性遺伝の疾患で,知能低下,てんかん発作,顔面の血管腫が3主徴とされている.眼症状としては約50%の患者に網膜や視神経の過誤腫が認められ,大部分は石灰化し治療を要さないが,まれに過誤腫が増大し,滲出性変化を引き起こす.治療としては過誤腫に対するレーザー光凝固が一般的であるが,滲出性網膜.離や硝子体出血併発例には硝子体手術が適応となることがある.筆者らは過去に過誤腫に起因する増殖性網膜症に対して硝子体手術を施行し,報告したことがある1).●症例16歳,女性.生後1カ月頃にTSと診断され,内科的に加療されていた.精神発達遅滞のため意志の疎通は困難であったが,視力障害を疑う行動があり前医を受診.右眼過熟白内障の診断にて右眼水晶体切除術を施行された後,術後眼底検査にて増殖性網膜症を指摘され,当科紹介となった.初診時所見として,TSに特徴的な鼻から頬部にかけて左右対称に広がる血管線維腫を認めた.右眼底所見は乳頭周囲上下2カ所に網膜過誤腫,その周囲には滲出性変化,血管アーケードにかけて広範な線維性増殖膜を認め,増殖性網膜症の状態を呈していた(図1).右眼に対して全身麻酔下に硝子体手術を施行した.術中,黄斑部は線維性増殖膜により著明な網膜皺襞を認めたため.離除去した(図2).癒着の強固な部位には適宜,硝子体剪刀を使用した.視神経乳頭周囲に白線化した網膜血管を認めたため網膜虚血が高度と判断し,眼内光凝固術を広範囲に施行した.また,過誤腫に対しては摘出が困難と判断し,病変が淡く白色に変化する程度に眼内光凝固を施行した.術後,過誤腫は縮小し,腫(101)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY図1術前右眼眼底写真乳頭周囲に網膜過誤腫とその周囲に滲出性変化を認め,血管アーケードにかけて線維性増殖膜が認められ,増殖性網膜症の状態を呈していた.(文献1より引用)図2術中写真黄斑部は線維性増殖膜により著明な網膜皺襞を認めたため,.離除去した.(文献1より引用)図3術後右眼眼底写真過誤腫は縮小し,腫瘍周囲の滲出性病変は著明に改善した.(文献1より引用)瘍周囲の滲出性病変は著明に改善した(図3).●TSに伴う網膜病変TSの約50%に網膜過誤腫の合併がみられ,視神経乳頭周囲に生じることが多く,組織学的には星状神経膠細胞過誤腫とされている.網膜過誤腫により生じうる変化としては,脂質沈着や黄斑浮腫,滲出性網膜.離などの報告が多い.網膜滲出性変化を伴う症例では,過誤腫に対して通常レーザー光凝固を施行する.腫瘍からの硝子体出血併発例に対しては硝子体手術を施行する.視神経乳頭近傍の過誤腫により網膜前膜や牽引性網膜.離をきたし,硝子体手術を施行した報告例は大半が網膜・網膜色素上皮過誤腫の症例であるが,本症例のようにTSでも同様の変化が生じうるので注意深い経過観察が必要である.文献1)NemotoE,MorishitaS,AkashiMetal:Acaseofprolif-erativeretinopathycomplicatedwithtuberoussclerosistreatedbyvitreoussurgery.CaseRepOphthalmol7:277-283,2016あたらしい眼科Vol.34,No.11,20171585

眼瞼・結膜:眼瞼と結膜の母斑

2017年11月30日 木曜日

眼瞼・結膜セミナー監修/稲富勉・小幡博人32.眼瞼と結膜の母斑石嶋漢北海道大学母斑は先天性の良性疾患である.眼瞼と結膜の母斑は通常,緩徐に発達し,自覚症状も整容面以外には乏しいことが多い.切除後のトラブルは,瞼縁では睫毛乱生や眼瞼の不整,結膜では充血や違和感である.ここでは実際に切除に至った症例の特徴や,切除時の留意点を述べる.●臨床的特徴母斑は先天性の良性疾患である1).胎生期に色素細胞は表皮に向かうが,表皮まで到達できなかった未熟な細胞が上皮内~上皮下に増殖してしまうために起こるものと考えられる2).色調は無色素性~黒色までさまざまであるが,通常は茶褐色を呈する.色調の多様性は色素細胞としての成熟度合い,増殖する深さが関与するためである.無色素性の悪性黒色腫も存在するので,色調をもって良悪性の鑑別はできない.●眼瞼の母斑好発部位は皮膚粘膜移行部~睫毛線の間,つまり瞼縁に多い2).母斑表面には光沢があり,母斑の結膜側は隆起に乏しい2)(図1).瞼縁母斑はゆっくり増殖し,結膜側は皮膚側に比べ隆起に乏しく症状がないことが多い.鑑別疾患として頻度が高いのは,良性では脂漏性角化症,悪性では基底細胞癌などである.脂漏性角化症は表皮の角化が強くみられるため,一般に表面が母斑よりザラザラ,デコボコして光沢がない.基底細胞癌は睫毛脱落,腫瘍中央部の潰瘍が発生しやすく,これらの所見は鑑別に有用である.●結膜の母斑好発部位は瞼裂部,角膜輪部である.ここは「他人から見られる」位置であるため,知人から指摘されやすい.母斑内に.胞を形成することが65%程度に認められ,良性を示唆する所見として知られる4)(図2).思春期に入り急速に増大して,受診することもある(図3).鑑別疾患としては,原発性後天性メラノーシス(pri-maryacquiredmelanosis:PAM),悪性黒色腫が重要である.PAMは悪性腫瘍の発生母地になるため,定期受診を自己中断しないように強めにお話をする4).「良(99)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY図1瞼縁母斑(70歳,男性)30年以上増大のない瞼縁母斑.隆起は緊満感があり光沢がある.眼瞼結膜側はフラットな印象を受ける.性でも悪いものが出るときがあるので,定期的にみせてください」というと,大抵しっかり来てくれる.要注意なのは「角膜単独の腫瘤や眼瞼結膜の腫瘤」で,これらは悪性の可能性があるため積極的に生検する.●切除腫瘤が増大傾向にある,表面が不整,しみ状の色素病変から新規病変が出てきたなど,悪性を疑ったら切除生検する.母斑は自覚症状が少ないため,術後トラブルになる可能性がある.とくに整容面で切除する場合は,術後の充血によって満足できない可能性もあることを必ず説明する.切除の前に,切除後の創の大きさや術後瘢痕などを予想してリスクを減らしていただきたい.瞼縁母斑切除後のトラブルの多くは,①症状のない母斑を深めに切除したために,睫毛内反,睫毛乱生により疼痛が発生した場合,②欠損部の再生不良による瞼縁不整となり,整容面が悪化した場合である.そのため,切あたらしい眼科Vol.34,No.11,20171583aabb図2結膜母斑(12歳,女児)a:3時方向瞼裂部の母斑で,好発部位である.整容的に気になると両親より強く切除を希望された.b:病理組織所見(HE染色).結膜下に母斑細胞の増殖と多数の.胞がみられる.ab図4瞼縁母斑切開のシェーマa:悪い例.母斑をV字切開,または深く切除しようとすると,瞼板の欠損や周囲組織の収縮により瞼縁の不整や睫毛乱生を生じる.b:良い例.母斑辺縁より0.5mm程度残し,瞼縁のラインに沿って切開する.除時の注意点としては,色素が残るのを怖がり,深めに切りすぎないことである(図4).結膜母斑が整容面で問題になり切除に至る場合,全摘出しようとすると切除範囲が大きくなるので,見栄えに影響する範囲のみを切除するようにする.母斑が見える範囲は瞼裂の3時,9時方向であるので,切除範囲は思ったより小さい範囲ですむことに留意する.手術時に無意味に広範囲にならないよう,診察時にあらかじめ切除1584あたらしい眼科Vol.34,No.11,2017図3結膜母斑(15歳,男児)a:初診時.色の薄い部分が.胞である.b:初診から4年後.増大し厚みも色調も変化している.母斑の上下に走る血管も拡張している.血管拡張は必ずしも悪性の所見ではない.図5結膜母斑切開のシェーマ母斑が図のように広がっている場合,実際に見える範囲を考えると全摘出する必要はなく,赤い線の範囲で切除すればよい.範囲が小さければ無縫合でもかまわない.範囲を決定しておくとよい(図5).●おわりに眼瞼母斑と結膜母斑の共通点は,母斑細胞の増殖,良性で無症状な臨床像,整容面での切除希望があること,悪性疾患との鑑別が必要なことなどである.切除の留意点に差はあるが,本質的には同じ疾患である.文献1)兒玉達夫:母斑.見た目が大事!眼腫瘍(後藤浩編),眼科プラクティス24,p74~76,文光堂,20082)吉川洋:母斑vs老人性疣贅vs基底細胞癌.いますぐ役立つ眼病理(石橋達朗編),眼科プラクティス8,p20~23,文光堂,20063)吉川洋:結膜母斑vsメラノーシスvs悪性黒色腫.いますぐ役立つ眼病理(石橋達朗編),眼科プラクティス8,p115~117,文光堂,20064)石嶋漢,加瀬諭:母斑.知っておきたい眼腫瘍診療(大島浩一,後藤浩編),眼科診療エキスパート,p275~279,医学書院,2015(100)

抗VEGF治療:VEGFの網膜における生理的重要性

2017年11月30日 木曜日

●連載監修=安川力髙橋寛二46.VEGFの網膜における生理的重要性栗原俊英慶應義塾大学医学部眼科学教室網膜色素上皮細胞特異的にCVegf遺伝子を成体マウスで欠損させると,脈絡膜毛細血管板が消失し,経年とともに加齢黄斑変性類似の表現型を示した.近年の大規模臨床研究から抗CVEGF長期治療により一定数の地図状萎縮が誘発されることが示され,今後は生理的なCVEGF量を保つことを念頭に置いた治療戦略が望まれる.はじめに滲出型加齢黄斑変性(age-relatedCmacularCdegenera-tion:AMD)に対してC2004年に血管内皮増殖因子(vas-cularCendothelialCgrowthCfactor:VEGF)阻害薬が米国で最初に認可されて以来,抗CVEGF治療はそれまで不治の病であったCAMDに対して唯一有効性が確認された薬物療法として証明され,改良が加えられてきた.現在,3種類の抗CVEGF製剤が眼科領域で使用され,そのうちC2種類は糖尿病黄斑浮腫,網膜静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫,病的近視における脈絡膜新生血管へと適応が拡大している.幅広く日常診療に抗CVEGF治療が広まったため,VEGFの病的意義,抗CVEGF治療の作用機序は一般的によく認識されているが,本稿ではCVEGFの網膜における生理的な役割について述べる.個体発生におけるVEGFの役割VEGFはC1983年にハーバード大学のCHaroldCDvorak視細胞外節網膜色素上皮Bruch膜脈絡膜毛細血管板脈絡膜間質図1網膜色素上皮の生理的な機能網膜色素上皮のおもな機能として,①視細胞外節の貪食およびロドプシンを再合成することによる視サイクルへの関与,②強固な細胞間接着による外側血液網膜関門の形成,③神経網膜からの水分の排出および神経網膜への栄養素の供給,④脈絡膜血管への構造的および分泌因子による支持があげられる.らによって,肝細胞癌が分泌する血管透過性を亢進する因子(vascularCpermeabilityCfactor:VPF)として発見され,後にCGenentech社のCNapoleoneCFerraraらが下垂体濾胞細胞の培養上清から同定,クローニングした血管新生をうながす蛋白質と同一因子であることがわかった(1989年).Ferraraらとルーヴェン大学のCPeterCarmelietらのグループは,それぞれ独自にCVegf遺伝子を全身で欠損させたマウスを作製し,ヘテロ接合体でも胎生致死であることを報告した(1996年).これらのことから,発生期の脈管形成においてCVEGFの発現量はきわめて重要であることがわかる.網膜色素上皮(RPE)の機能網膜は中枢神経系の一部であり,哺乳類において光受容は神経網膜の最外側に位置する視細胞によって行われる.網膜色素上皮(retinalCpigmentCepithelium:RPE)は,神経網膜と脈絡膜毛細血管板の間に位置し,視細胞と脈絡膜血管の恒常性維持に重要な役割を果たしてい野生型VegfCKO*視細胞外節網膜色素上皮Bruch膜脈絡膜毛細血管板脈絡膜間質脈絡膜毛細血管板の消失錐体視細胞の脱落*VegfCKO:成体誘導網膜色素上皮特異的Vegfノックアウト図2成体誘導網膜色素上皮特異的Vegfノックアウトマウスの表現型網膜色素上皮細胞特異的にCVegf遺伝子を,網膜の構造・機能が完成した成体の段階で誘導すると,数日のうちに脈絡膜毛細血管板が消失し,錐体視細胞が変性脱落する.(97)あたらしい眼科Vol.34,No.11,2017C15810910-1810/17/\100/頁/JCOPY眼底写真蛍光眼底造影光干渉断層像ベースライン2年後図3抗VEGF薬投与後に生じた地図状萎縮の症例ベースラインで存在した脈絡膜新生血管(上段,→)に対して抗VEGF薬投与をC2年間継続したところ,脈絡膜新生血管は退縮したが,地図状萎縮が生じることで脈絡膜信号輝度の亢進を認めた(下段,→).(文献C6より改変引用)る.生理的にCRPE細胞はおもに以下の機能により網膜の恒常性維持に貢献している.すなわち,1)視細胞外節を貪食し,そこに含まれる視物質(ロドプシン)を再合成することによる視サイクル(visualCcycle)への関与,2)強固な細胞間接着による外側血液網膜関門(blood-retinalCbarrier:BRB)の形成,3)神経網膜からの水分の排出および神経網膜への栄養素の供給,4)脈絡膜血管を構造的および分泌因子による支持を行っている(図1).RPE細胞が脈絡膜側へCVEGFを分泌し1),発生期の脈絡膜血管系の構築および病的血管新生(脈絡膜新生血管)に重要な役割を担うことは知られていたが2,3),網膜の構造が完成した後の静的な状況におけるVEGFの役割については不明であった.網膜恒常性維持にかかわるVEGF筆者らは,特定の薬剤を投与するとCRPE細胞特異的にCVegf遺伝子欠損を誘導できるマウスを作製し,網膜の構造・機能が完成した段階で遺伝子欠損を誘導させると,数日のうちに脈絡膜毛細血管板が消失し,錐体視細胞が変性することを見出した4)(図2).このことから,生理的な条件下で成体網膜組織から分泌される一定量のVEGFは,正常な血管を維持するうえで必須であることが明らかとなった.さらにこのCVegf欠損マウスを継続して観察すると,脈絡膜血管の脱落によりCRPEが低酸素に陥り,嫌気代謝にシフトした細胞はミトコンドリア機能が低下し,脂質代謝産物の蓄積およびグルコース輸送の低下が生じ,AMD類似の表現型を示すことがわかった5).網膜の恒常性を維持するうえで一定のCVEGF発現量を保つことは必要であり,長期的に強力にCVEGF発現1582あたらしい眼科Vol.34,No.11,2017を抑制することは,AMDの萎縮病変をむしろ促進しうることをこれらの実験結果は示唆している.実際,近年の大規模臨床研究から抗CVEGF治療の長期予後が報告されており,2年間で約C18%6),5年間で約C40%7)の症例で新たな地図状脈絡膜萎縮が誘発されることが示された(図3).以上のことから,抗CVEGF治療を行う際には,とくに維持期において生理的なCVEGF量を保つことを念頭に置いた戦略が今後は必要であると考えられる.文献1)SonodaS,SpeeC,BarronEetal:Aprotocolforthecul-tureCandCdi.erentiationCofChighlyCpolarizedChumanCretinalCpigmentepithelialcells.NatProtocC4:662-673,C20092)MarnerosCAG,CFanCJ,CYokoyamaCYCetCal:VascularCendo-thelialCgrowthCfactorCexpressionCinCtheCretinalCpigmentCepitheliumCisCessentialCforCchoriocapillarisCdevelopmentCandvisualfunction.AmCJPatholC167:1451-1459,C20053)Saint-GeniezM,KuriharaT,SekiyamaEetal:Anessen-tialCroleCforCRPE-derivedCsolubleCVEGFCinCtheCmainte-nanceCofCtheCchoriocapillaris.CProcCNatlCAcadCSciCUSAC106:18751-18756,C20094)KuriharaCT,CWestenskowCPD,CBravoCSCetCal:TargetedCdeletionofVegfainadultmiceinducesvisionloss.JClinInvestC122:4213-4217,C20125)KuriharaCT,CWestenskowCPD,CGantnerCMLCetCal:Hypox-ia-inducedCmetabolicCstressCinCretinalCpigmentCepithelialCcellsCisCsu.cientCtoCinduceCphotoreceptorCdegeneration.Elife.2016Mar15;5.pii:e143196)GrunwaldJE,DanielE,HuangJetal:RiskofgeographicatrophyCinCtheCcomparisonCofCage-relatedCmacularCdegen-erationCtreatmentsCtrials.COphthalmologyC121:150-161,C20147)MaguireCMG,CMartinCDF,CYingCGSCetCal:Five-yearCout-comesCwithCanti-vascularCendothelialCgrowthCfactorCtreat-mentCofCneovascularCage-relatedCmacularCdegeneration:CTheCComparisonCofCAge-RelatedCMacularCDegenerationCTreatmentsTrials.OphthalmologyC123:1751-1761,C2016(98)

緑内障:正常眼圧緑内障モデルマウスを用いた神経保護治療研究

2017年11月30日 木曜日

●連載209監修=岩田和雄山本哲也209.正常眼圧緑内障モデルマウスを野呂隆彦東京慈恵会医科大学眼科学教室東京都医学総合研究所視覚病態プロジェクト用いた神経保護治療研究緑内障治療においては,既存の眼圧下降療法に加えて,神経保護作用を有する治療法の確立が望まれている.ポリアミンの一種であるCspermidineは強い抗酸化作用をもち,神経保護効果が確認されている.そこで,正常眼圧緑内障モデルマウスにCspermidineを経口投与し,影響を調べたので紹介する.C●緑内障における神経保護治療緑内障治療においては,既存の眼圧下降療法に加えて,神経保護作用を有する治療法の確立が望まれている.以前筆者らは視神経損傷モデルマウスにおいて,ポリアミンの一種であるCspermidineが視神経保護ならびに軸索再生効果を有することを報告した1).Spermidineは大豆やチーズなどの食品に多く含まれ,日常的に経口摂取が可能なことから機能性食品としても有用視され,近年ではオートファジーやミトコンドリアに作用することによる保護効果が報告され話題となっている2).本研究ではより慢性的な疾患モデルに対する神経保護効果を検討するため,正常眼圧緑内障モデルマウスにおいてspermidineを飲み水に混ぜ,毎日経口投与することによる効果を調べた3).CWTEAAC1KOcontrolcontrolspermidineGCL図1SpermidineがEAAC1ノックアウトマウスの網膜神経節細胞数と網膜内層厚に与える効果8週およびC12週齢のCEAAC1ノックアウトマウス(KO)と野生型マウス(WT)の網膜切片のヘマトキシリン・エオジン染色.Spermidine投与群では網膜神経節細胞数と網膜内層厚の減少が有意に抑制された.GCL:ganglioncelllayer,IRL:innernuclearlayer.スケールバー:50Cμm,GCL拡大図C100Cμm.(文献C2より改変)C(95)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY●EAAC1KOマウスExcitatoryCaminoCacidCcarrierC1(EAAC1)ノックアウトマウス(以下,KOマウス)は,眼圧が上昇せずに網膜神経節細胞(retinalCganglionCcell:RGC)死を誘発することから,正常眼圧緑内障様モデル動物として活用されている.本モデルではグルタミン酸輸送体の欠損によるグルタミン酸毒性だけではなく,網膜内の酸化ストレスによりCRGCのアポトーシスが誘導され,細胞死に至ると考えられている4).C●Spermidineの網膜に対する保護作用Spermidineはポリアミンの一種で,通常はおもに脳EAAC1KOWTEAAC1KO+spermidineGCL(nV/deg2)12weeks8weeksIRLIRL二次核成分(%)***120100GCLGCL806040200図2EAAC1ノックアウトマウスにおけるSpermidineによる正常眼圧緑内障様症状の軽症化上:多局所網膜電位の二次核成分のC3Dイメージ.下:二次核成分の定量的解析.投与群では網膜機能が維持されていた.**p<0.01,*p<0.05.WT:野生型マウス,EAAC1KO:EAAC1ノックアウトマウス.(文献C2より改変)あたらしい眼科Vol.34,No.11,2017C1579WTEAAC1KOEAAC1KO+spermidineaWTcontrolcontrolEAAC1KOspermidineGCLtonometer(CicareCTonoLab)にてC5~C12週齢まで計測したが,Cspermidine投与による有意な眼圧変動は認められなかった.CINLONL●網膜における酸化ストレスの抑制Spermidineの投与による網膜の酸化ストレスの抑制bc4-HNEintensity(fold)***150はCEAAC1KOマウスの網膜における酸化ストレスをおnal(4-HNE)を用いた免疫染色法およびウエスタンブ4-HNEintensityintheGCL(%)controlcontrolspermidine150100250ロット法によって評価した.これにより,spermidine200100もにCRGCにおいて抑制することがわかった(図3).500Spermidine投与群では,網膜神経節細胞死に加えて,controlcontrolspermidinecontrolcontrolspermidine視機能障害の進行も抑制されていた.免疫組織学的検討などから,この保護効果はCRGCにおける酸化ストレスWTEAAC1KOactinWTEAAC1KO図3EAAC1ノックアウトマウスにおけるSpermidineによる酸化ストレスの抑制a:マウス網膜におけるC4-HNEの免疫染色像.スケールバー:100Cμm.Cb:aの定量的解析.投与群ではCGCLにおける酸化ストレスが抑制されていた.Cc:ウエスタンブロットによる網膜内C4-HNEの評価.Cd:cの定量的解析.同様な抑制効果が認められた.WT:野生型マウス,EAAC1KO:EAAC1ノックアウトマウス.GCL:ganglionCcellClayer,CIRL:innerCnuclearClayer,ONL:outernuclearlayer.**p<0.01,*p<0.05.(文献C2より改変)や網膜内のグリア細胞に蓄積されており,強い抗酸化作用をもつが5),細胞障害時など内因性のものが枯渇した場合,内服などによる外因性のCspermidineが保護効果をもつことが知られている6).本検討ではCspermidineをC5~12週齢まで経口投与することにより,EAAC1KOマウスのCRGC死と網膜内層厚の菲薄化を抑制可能であることがわかった(図1).C●網膜機能における効果Spermidineの組織学的な網膜保護効果が機能的にも有効であるかを,多局所網膜電図を用いて評価した.これは,マウスの網膜機能を同一眼において非侵襲的かつ経時的に観察する方法で,本検討ではおもに網膜内層の機能を反映するとされる二次核成分を評価対象とした7).その結果,12週齢の野生型マウスの網膜機能と比べ,通常の飲み水を与えたCEAAC1KOマウスでは網膜機能が低下していたが,spermidine投与群ではその網膜機能が維持されていた(図2).C●眼圧に対する効果Spermidine投与における眼圧の変化をCrebound1580あたらしい眼科Vol.34,No.11,2017の抑制によることが推察され,経過中に眼圧の下降作用は認められなかった.以上の結果より,spermidineは眼圧非依存的な神経保護効果を有し,緑内障治療に有用な可能性が示唆された.近年では緑内障や視神経炎など,さまざまな視神経疾患に酸化ストレスが関与することが報告されている8).また,9月号でとりあげたように視神経軸索の再生効果もあることから,多くの食品に含まれるCspermidineはこうした疾患の予防や治療に有用な可能性がある9).文献1)NoroCT,CNamekataCK,CKimuraCACetCal:SpermidineCpro-motesretinalganglioncellsurvivalandopticnerveregen-erationCinCadultCmiceCfollowingCopticCnerveCinjury.CCellCDeathandDisease6:e1720,C20152)EisenbergCT,CAbdellatifCM,CSchroederCSCetCal:Cardiopro-tectionCandClifespanCextensionCbyCtheCnaturalCpolyamineCspermidine.NatMedC22:1428-1438,C20163)NoroT,NamekataK,AzuchiYetal:Spermidineamelio-ratesneurodegenerationinamousemodelofnormalten-sionCglaucoma.CInvestCOphthalmolCVisCSciC56:5012-5019,C20154)HaradaCT,CHaradaCC,CNakamuraCKCetCal:TheCpotentialCroleofglutamatetransportersinthepathogenesisofnor-maltensionglaucoma.JClinInvestC117:1763-1770,C20075)EisenbergCT,CKnauerCH,CSchauerCACetCal:InductionCofCautophagyCbyCspermidineCpromotesClongevity.CNatCCellCBiolC11:1305-1314,C20096)SkatchkovSN,Woodbury-FarinaMA,EatonM:TheroleofCgliaCinCstress:polyaminesCandCbrainCdisorders.CPsychi-atrCClinNorthAmC37:653-678,C20147)BearseMAJr,SutterEE,SimDetal:Glaucomatousdys-functionrevealedinhigherordercomponentsoftheelec-troretinogram.VisSciAppC1:105-107,C19968)KimuraA,NamekataK,GuoXetal:Targetingoxidativestressfortreatmentofglaucomaandopticneuritis.COxidMedCellLongevC2017:ArticleID28172529)野呂隆彦:網膜神経節細胞保護と軸索再生.あたらしい眼科34:1283-1284,C2017C(96)

屈折矯正手術:フェムトセカンドレーザー白内障手術におけるハイドロダイセクション

2017年11月30日 木曜日

●連載210210.フェムトセカンドレーザー白内障手術におけるハイドロダイセクション監修=木下茂大橋裕一坪田一男増田洋一郎東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科フェムトセカンドレーザー白内障手術(FLACS)における水晶体内ガス発生は,ハイドロダイセクションによりCcapsularblocksyndrome(CBS)の合併症リスクを増大させることが指摘されている.一方で超音波チップスリーブ孔からの灌流をハイドロダイセクションに応用する灌流ハイドロダイセクション法は,CBSのリスクを回避でき,低侵襲にCFLACSでハイドロダイセクションを行うことが可能である.●はじめにフェムトセカンドレーザー白内障手術(femtosecondlaserCassistedCcataractCsurgery:FLACS)は,正確な前.切開の作製,水晶体核の切開・細分化を低侵襲に行える手技である.しかし,FLACSにおける問題点も指摘されており,その一つがレーザー照射によって発生するガスに起因する合併症である.水晶体内のレーザー誘発性ガスは,その大部分が水晶体.内に留まるため,.内から解放されない限り.内圧を上昇させ続ける.その状態で従来の徒手的にシリンジに陽圧をかけて行うハイドロダイセクション(以下,ハイドロ)を施行すると,.内に注入された灌流液が水晶体を前方へ挙上させ,水晶体-前.切開縁ブロック(図1a)をきたしやすく,注水を続けることでさらに.内圧を上昇させ(図1b),いわゆる術中CcapsularCblockCsynC-drome(CBS)を発症させる1)(図1c).しかし,超音波チップスリーブ孔からの灌流を応用した灌流ハイドロダイセクション法は,ハイドロ施行前に溝掘り・核分割を最初に行い,①.内にトラップされたガスの大部分を吸引除去し.内圧を減圧できること(図2a),②水晶体核前後のバイパス形成により水晶体-前.切開縁ブロックを予防できること,③ハイドロ施行時に超音波チップからの意図的な吸引によって誘発されるスリーブ側孔から吸引流量と同量の灌流を用いてハイドロを行うため,灌流液の自然落下もしくは流量に依存せず灌流圧をコントロールしている水晶体乳化吸引術(phacoemulsi.cationandaspiration:PEA)装置では眼内圧を減圧して,流量に依存して能動的に灌流圧をコントロールしているCPEA装置では眼内圧を変化させずにハイドロを行える(図2b)ことから,ハイドロによる高眼圧性合併症のリスク回避に非常に適した手技であるといえる2).C●灌流ハイドロダイセクションの手技実際の手技を解説する.超音波チップを前房内に挿入後,前方水晶体皮質を可能な範囲で除去する.この目的は,後.側からハイドロを行った際の灌流の通路を作り,前.側のハイドロ効果を得やすくするためである.その後,水晶体中央の溝掘りを行い,核分割を行う(図2a).この際に水晶体.内からガスが脱臼し,.内圧を減少させることが可能となる.眼内視認性確保のためこのガスを吸引除去する.核分割時にチップとフックで分割状態を維持しながら意図的にフットペダルをポジショ図1FLACSにおけるcapsularblocksyndrome(CBS)a:レーザー照射により発生した水晶体.内ガスとハイドロダイセクション時の注水が.内圧を上昇させることで水晶体を前方へ移動させ,水晶体C-前.切開縁ブロックを生じる.Cb:注水を続けることで,.内圧が急激に上昇する.Cc:.内圧上昇に耐えきれなくなった後.が破損し,CBSを発症する.C(93)あたらしい眼科Vol.34,No.11,2017C15770910-1810/17/\100/頁/JCOPY表1PEA装置による灌流ハイドロ設定(例)PEA装置ポンプチップスリーブ吸引圧灌流圧流量超音波CSignaturePROCVenturiC20G20G(黄)C170CmmHgC50CcmH2OC─C0CConstellationCVenturiC20Gmicro(紫)C200CmmHgC60CcmH2OC─C0CCenturionCPeristalticC20Gultra(赤)C350CmmHgC36CmmHgC45Ccc/minC0図2灌流ハイドロダイセクション手技(後.側)a:前方水晶体皮質除去・中央溝掘り・分割時に.内ガスを後.側から前房へ脱臼させ,.内圧を減少させることができる.前房側に移動してきたガスは吸引除去される.Cb:灌流ハイドロダイセクション:分割状態を維持しながら超音波チップからの意図的吸引により吸引流量と同量の誘発灌流により後.側からハイドロを行う.その際ハイドロダイセクションを行いたい後.部分へスリーブ側孔を向けることが重要である.必要に応じて溝掘りされた部分の数カ所で同様の操作を行う.C図4灌流ハイドロダイセクション手技(前.側)a,b:以上の手技だけでは前.下接着が解除できずハイドロ効果が不十分の場合には,スリーブ側孔を前.切開縁へ向け,意図的吸引によりスリーブ側孔からの灌流を誘発して前.下の灌流ハイドロを行う.ンC2(灌流・吸引)にし,超音波チップから眼内液を吸引することで,吸引流量と同量の灌流をスリーブ側孔から後.へ流す操作を行う(図2b).この操作が灌流ハイドロ法である.手技のポイントは,灌流液を流し込みたい後.部分にスリーブ側孔を向けること,灌流が回るまでゆっくりとした操作で行うことである.灌流ハイドロはそのエネルギーとなる動圧と動力が重要であり,それは流量とスリーブ孔面積に依存する.灌流ハイドロは,フットペダルでダイレクトに吸引圧を上昇させることで流量をコントロールできるベンチュリーポンプマシンで行いやすい.灌流ハイドロ設定値の例を提示する(表1).以上の手技でハイドロが完成することが多いが(図1578あたらしい眼科Vol.34,No.11,2017図3ハイドロダイセクション完成3),前.側の接着が解除されていない場合はスリーブ側孔を前.切開縁へ向け,意図的吸引で誘発されたスリーブ灌流を水晶体前方から皮質..間に流す操作を行う(図4).C●おわりに灌流ハイドロ法は,眼内圧上昇を回避できる手技のため,CBS予防のみならず,浅前房,創口不全,術中虹彩緊張低下症候群(intraoperativeC.oppyCirisCsyn-drome:IFIS)症例によるハイドロ時虹彩脱出予防,前部硝子体膜への圧負荷による破損予防など,従来法の圧上昇起因性合併症の回避にも有用であり,この手技による特異的な合併症もない.そのため灌流ハイドロ法はユニークで,低侵襲で安全で再現性の高い手技といえる.謝辞:本原稿をご校閲くださいました常岡寛名誉教授,大木孝太郎先生,高橋現一郎先生,岩城久泰先生,渡邊朗先生,岡本俊紀先生,加藤能利子先生,桐山明子先生に深謝いたします.文献1)RobertsTV,SuttonG,LawlessMAetal:Capsularblocksyndromeassociatedwithfemtosecondlaser-assistedcata-ractCsurgery.CJCCataractCRefractCSurgC37:2068-2070,C20112)MasudaCY,CIwakiCH,CKatoCNCetCal:IrrigationCdynamicCpressure-assistedhydrodissectionduringcataractsurgery.CClinOphthalmolC11:323-328,C2017(94)

眼内レンズ:眼内レンズ挿入後晩期における前後房への無機塩析出

2017年11月30日 木曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋372.眼内レンズ挿入後晩期における保坂文雄岩見沢市立総合病院眼科前後房への無機塩析出眼内レンズ(IOL)挿入後晩期に,レンズ光学面にカルシウム塩が沈着した報告が散見されるが,そのほとんどが親水性アクリル素材であり,レンズ本体に固着した析出である.今回,疎水性アクリルCIOL挿入後C20年を経て,IOL周囲の前後房に多量の無機塩粒子が析出したC1例を経験した.●はじめにかつて販売された数種類の親水性アクリル眼内レンズ(intraocularClens:IOL)では,挿入後晩期になってIOLにカルシウム塩が沈着して混濁し,IOL摘出交換を余儀なくされた事例が散発した1,2).現在,国内では親水性アクリルCIOLが使われなくなり,IOL関連石灰沈着の問題は解決したかに認識されている.しかし今回,白内障手術後C20年を経て,疎水性アクリルCIOL周囲を中心として前後房に多量の白色粒子が析出したC1例を経験した.C●症例78歳,女性.4カ月前からの右眼霧視を主訴に近医眼科を受診し,右眼内の白色粒子析出を指摘され紹介.両眼CIOLで,右眼はC20年前に疎水性アクリルCIOL(AlconCMA30BA+20.5D),左眼はC16年前にシリコン図1IOL表面の無機塩析出疎水性アクリルCIOL前面に無機塩粒子がスノーバンク様に析出している.粒子は脆く薄い線維性膜上に付着しており,IOL自体の混濁はない.(91)0910-1810/17/\100/頁/JCOPYIOL(AllaganCSI40NB+20.0D)が挿入されていた.全身疾患には糖尿病と高血圧があった.矯正視力両眼C1.0と良好であるが,右眼はコントラスト視力低下がみられた.細隙灯顕微鏡検査で右眼の前後房に白色粒子析出を認めた.とくにCIOL前面はスノーバンク様の粒子堆積を呈したが,IOL自体の混濁はなかった(図1).粒子は角膜後面沈着ともなり(図2),虹彩前面,隅角にも少量の付着があった.前房Ccell+,.areC.であった.眼底は異常なく,星状硝子体症もなかった.血液検査は血糖値上昇を除き異常はなかった.右眼の前後房洗浄術を行い,この粒子を洗浄回収したが,術後約C3カ月の経過でIOL前面に再び粒子が析出し(図3),その後は約C1年間の経過で粒子の増加なく視力も維持された.回収したサンプルは高性能薄層クロマトグラフィにより脂質成分を,ポリアクリルアミド電気泳動により蛋白質成分を分析したが,ほとんど検出されなかった.溶解試験では,水酸化ナトリウムで溶解しない沈殿がC0.5N塩酸および図2無機塩粒子の角膜後面沈着析出した無機塩粒子が角膜後面に沈着している.あたらしい眼科Vol.34,No.11,2017C1575ab図3無機塩粒子の再析出a:前後房洗浄直後.析出した無機塩粒子は洗浄された.Cb:前後房洗浄C3カ月後.無機塩粒子が再析出した.0.1Mクエン酸で溶解し,中和により再結晶化した(表1).したがって,白色粒子は無機塩と判明,既報に照らし,リン酸カルシウムと推察された1~4).C●考按NeuhannらはCIOL石灰化を,①原発性石灰化:親水性アクリル素材に特有の問題があるもの,②二次性石灰化:患者関連要因によるもの,③偽石灰化:カルシウム塩沈着ではないものに分類した2).大半は原発性石灰化に属し,IOL素材は親水性アクリルのみで石灰化部位はIOL表面あるいは表面下のレンズマテリアル内である.一方,二次性石灰化例は全身あるいは眼疾患,眼処置・手術といった患者個々の要因で起こり,IOL素材を問わないが,疎水性アクリルCIOLでの報告はほとんどないC1~4).本症例は,親水性アクリルではなく,移植C20年後経って亜急性発症していることから,二次性石灰化と判断された.IOL石灰化例は高頻度に糖尿病を合併しているが,糖尿病では血液-房水関門が破綻し,房水カルシウム濃度が上昇することがあり,前眼部炎症は房水のアルカリ化など無機塩析出を助長する条件となりうる.本例では糖尿病とわずかながら前房炎症があり,発症に関与した疑いがある.本例のように多量の無機塩粒子が表1採取した白色粒子の成分分析の結果脂質高性能薄層クロマトグラフィほとんど検出なし蛋白質ポリアクリルアミド電気泳動ほとんど検出なし無機塩塩酸/クエン酸溶解試験無機塩CIOL表面上に付着し,前後房にも堆積している症例の報告は調べた限りC2例(いずれも糖尿病)で,1例は副甲状腺機能亢進症で血中リン酸濃度が上昇したことが原因とされ,カルシウム塩は前房とCIOL後面を中心にみられ3),もうC1例はCpolymethylCmethacrylateCIOL挿入眼で,本例に酷似した粒子分布を“雪嵐様”と称している4).本例は疎水性アクリルCIOL挿入後晩期前後房に無機塩析出した初めての報告である.房水には常にカルシウムとリン酸が存在しているが,精巧な生理機序によりその結晶化が防がれている.IOL眼ではその機構が破綻して,前後房に無機塩粒子が析出することがあると留意したい.文献1)WernerL:Causesofintraocularlensopaci.cationordis-coloration.JCCataractRefractSurgC33:713-726,C20072)NeuhannCIM,CKleinmannCG,CAppleCDJ:ACnewCclassi.ca-tionCofCcalci.cationCofCintraocularClenses.COphthalmologyC115:73-79,C20083)EomCY,CHanCJY,CKangCSYCetCal:CalciumChydroxyapatiteCcrystalsCinCtheCanteriorCchamberCofCtheCeyeCinCaCpatientCwithCrenalChyperparathyroidism.CCorneaC32:1502-1504,C20134)DriverCTH,CLiCHJ,CSharmaCACetCal:Late-onset,Csnow-storm-likeCappearanceCofCcalciumCdepositsCcoatingCaCpoly(methylmethacrylate)posteriorchamberintraocularlens.JCataractRefractSurgC42:931-935,C2016

コンタクトレンズ:乱視用コンタクトレンズの処方例

2017年11月30日 木曜日

提供コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ処方つぎの一歩~症例からみるCL処方~監修/下村嘉一37.乱視用コンタクトレンズの処方例塩谷浩しおや眼科●はじめに球面コンタクトレンズ(CL)では矯正しきれない乱視を乱視用CLで矯正することには,視力を改善すること以外にもさまざまな意義がある.本稿では乱視用ソフトコンタクトレンズ(SCL)の装用により,視力の改善ばかりでなく,見え方の質が向上することで乱視による患者の自覚症状(表1)が改善した典型的な処方例を供覧する(便宜上,片眼でのデータを提示した).●眼精疲労への処方例(症例1)患者:35歳,男性,銀行員.CL装用歴:球面SCLを15年.1年前から1日交換SCLを使用している.最近,疲れやすくなった.検査所見:使用CLは1日交換SCL(Powsph.6.00),)1.50DAx10°.cyl(1.00+5×sph.CL(1×CL視力は1.0,自覚的屈折はVA=0.06(1.5×sph.6.25(cyl.1.75DAx10°),角膜乱視cyl.1.75DAx180°.乱視用SCL適応の考え方:職業的に近業が多く,近視におけるCL装用での近業は疲れやすい.乱視の未矯正のため等価球面度数の設定で球面SCLが処方されていると思われるが,近視の過矯正になっている可能性がある.調節力が低下しはじめる30歳代半ばの年齢となり,乱視の見え方への対応がむずかしくなっていると思われる.使用している球面SCLでの視力が1.0と良好であっても,乱視を矯正すれば眼精疲労に対処できると考えられる.全乱視と角膜乱視が同程度であり,乱視軸が一致しているため,理論的には球面ハードコンタクトレンズ(HCL)で乱視をほぼ完全に矯正することができるが,SCLの長期経験者であり乱視用SCLでの対応が適当である.乱視用SCLの処方:1日交換乱視用SCL(8.5/sph.5.00(cyl.1.25DAx180°/14.5)を処方し,CL視力は1.5(n.c.)となった.視力は球面SCLの1.0より数値的に上がっていると同時に,見え方の質が改善している.処方後に「乱視用SCLを使用するようになり,近くが見やすく感じ,一日仕事をしても,あまり疲れなくなった」という患者の使用感が得られた.(89)表1乱視の自覚症状●疲労感と羞明への処方例(症例2)患者:37歳,女性,主婦.CL装用歴:球面SCLを15年.6年前から視力が低下してきたため1日交換SCLを使用している.これまで5種類の1日交換SCLを使用してきたが,目が疲れ,まぶしくなるため,どのレンズも合わない感じがしていた.検査所見:使用CLは1日交換SCL(Powsph.5.00),CL視力は1.0×CL(n.c.),自覚的屈折はVA=0.03(1.2×sph.5.00(cyl.1.25DAx160°)角膜乱視cyl.1.50DAx180°,角膜全体に軽度の点状表層角,膜症(super.cialpunctatekeratopathy:SPK)が認められた(図1).乱視用SCL適応の考え方:6年前から視力が低下してきた原因には,SPKの発症による角膜表面の不整化の見え方への影響と,加齢による調節力の低下で乱視の見え方への対応がむずかしくなってきたことが考えられる.疲労感と羞明の原因にもSPKと乱視の未矯正が考えられる.そこで,使用している球面SCLでの視力が1.0と良好であっても,乱視を矯正し,SPKへの対応として耐乾燥性素材のレンズに変更することで対処する必要がある.全乱視と角膜乱視が同程度であり,乱視軸が一致しているため,理論的には球面HCLで乱視をほぼ完全に矯正することができるが,SCLの長期経験者であり,乱視用SCLでの対応が適当である.乱視用SCLの処方:耐乾燥性素材であることと患者の全乱視と全乱視軸160°に対応できる円柱レンズ軸が設定されている条件から,頻回交換乱視用シリコーンハあたらしい眼科Vol.34,No.11,201715730910-1810/17/\100/頁/JCOPY図1症例2の角膜のフルオレセイン染色所見角膜全体にびまん性に軽度の点状角膜上皮症(SPK)を認め,とくに角膜中央から下方にかけてSPKが著明に認められた.イドロゲルCL(8.6/sph.4.00(cyl.0.75DAx160°/14.5)を処方し,CL視力は1.0(n.c.)と球面SCLの視力と数値的には同じであるが,見え方の質は改善している.処方後に「乱視用SCLを使用して一日生活をしても疲れが少なくなり,まぶしさがなくなった」という患者の使用感が得られた.●頭痛への処方例(症例3)患者:33歳,女性,病院事務.CL装用歴:球面SCLを12年.2年前から頭痛と吐き気があったが,脳外科では異常がなかった.3カ月前から頭痛,肩こり,目の疲れと痛みが出現し,脳外科で鎮痛薬と精神安定薬を処方され,眼科ではドライアイに対しヒアルロン酸ナトリウム点眼液を処方されていた.検査所見:使用CLは頻回交換SCL(Powsph.3.25),CL視力は0.6×CL(1.2×cyl.0.75DAx180°),自覚的屈折はVA=0.05(1.2×sph.2.50(cyl.1.00DAx180°),角膜乱視cyl.1.50DAx180°,角膜下方に軽度のSPKが認められた(図2).図2症例3の角膜のフルオレセインで染色所見角膜下方に軽度の点状角膜上皮症(SPK)が認められた.乱視用SCL適応の考え方:脳外科的異常が否定的であることから,頭痛などの諸症状の原因には近業の多い仕事への従事が考えられるが,内服薬や点眼薬の治療効果が出ていないことを考慮すると,加齢による調節力の低下で乱視の見え方への対応がむずかしくなってきたことと,乱視未矯正による近視の過矯正の状態になっていることも考える必要がある.疲労感と羞明の原因にもSPKと乱視の未矯正が考えられる.遠近両用眼鏡での対応も考慮に値するが,SCLの長期経験者であり,眼鏡を使用する生活を望んでいないため乱視用SCLでの対応が適当である.乱視用SCLの処方:耐乾燥性素材の頻回交換乱視用シリコーンハイドロゲルCL(8.6/sph.2.00(cyl.0.75DAx180°/14.5)を処方し,使用CLの過矯正であった球面度数sph.3.25をsph.2.00と適正度数に変更した.CL視力は1.2×CL(1.5×sph.0.75)で,処方後に頭痛などの症状がなくなったため,内服薬と点眼薬の治療を中止することができた.ZS987

写真:タルセバによる睫毛の長毛化

2017年11月30日 木曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦402.タルセバによる睫毛の長毛化北澤耕司京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学バプテスト眼科クリニック図2図1のシェーマ①CDSAEKgraft②睫毛の長毛化および乱生化C図1抗癌剤治療中の患者の左眼(白内障手術後の水疱性角膜症)睫毛の長毛化や乱生化を認める.プロスタグランジン系点眼薬による長毛化と異なり,睫毛は細くなっている.図3同一眼のフルオレセイン染色像角膜上皮障害はほとんど認めない.図4同一患者の右眼左眼と同様に睫毛が伸長し,細くなっている.(87)あたらしい眼科Vol.34,No.11,2017C15710910-1810/17/\100/頁/JCOPY癌は日本人の死因の1/3を占めており,死亡率第一位の疾患である.また2人に1人が癌に罹患する.一方で,抗癌剤治療の進歩により通院で抗癌剤治療を行うことが増えてきており,眼科外来に通院している患者の中にも,一見健康そうにみえて抗癌剤治療を受けているケースによく遭遇する.以前より,S-1(TS-1)による角膜上皮障害や涙道閉塞が報告されている1,2).また,そのほかにゲタフィニブ(イレッサ),セツキシマブ(アービタックス)による睫毛の長毛化や乱生化,パクリタキセル(タキソール)やタモキシフェンによる網膜障害や視神経障害,5-フルオロウラシル(5-FU)による視神経障害などが報告されている3).本症例はC75歳,女性.白内障手術後の水疱性角膜症に対し加療目的で紹介され,バプテスト眼科クリニックで角膜内皮移植術(DescemetCstrippingCautomatedendothelialCkeratoplasty:DSAEK)を施行した.非小細胞肺癌に対して治療中で,エルロチニブ(タルセバ)を内服していた.初診時より両眼とも睫毛は長毛化していたが,プロスタグランジン系点眼による長毛化と異なり,睫毛は細く乱生化していた(図1,2,4).また,角眼表面は平滑で,角膜上皮障害はほとんど認めなかった(図3).エルロチニブはC2007年C12月から国内販売が開始された分子標的薬で,非小細胞肺癌に対して適応がある.とくに切除不能な再発・進行性で,癌化学療法施行後に増悪した非小細胞肺癌,またはCEGFR(epidermalgrowthCfactorCreceptor)遺伝子変異陽性の切除不能な再発・進行性で,癌化学療法未治療の非小細胞肺癌に対して使用される.上皮成長因子(epidermalgrowthfacC-tor:EGF)は癌細胞の分裂や増殖を促進する成長因子で,癌細胞の表面に発現しているCEGFに対する受容体と結合し,その働きを阻害することで癌細胞の増殖を抑える.重大な副作用の一つとして間質性肺炎や肝機能障害が報告されている.眼の副作用については,添付文書でC1%以上C5%未満に結膜炎,1%未満に眼乾燥,角膜炎,眼瞼炎,睫毛/眉毛の異常,眼そう痒症,角膜びらん,眼脂,霧視,流涙増加,ぶどう膜炎と記載されている.また,イヌを用いた反復経口投与毒性試験において,高用量のC50mg/kg/日群で角膜の異常(浮腫,混濁,潰瘍,穿孔)が認められている.EGFおよびCEGFRは角膜上皮においても創傷治癒過程で重要な働きをもっており,過去の抗癌剤と同様に角膜上皮障害においては慎重な経過観察が必要と思われる.本症例のように睫毛異常をきたしているが角膜上皮障害はみられない症例もあるが,睫毛異常を認めれば,抗癌剤内服の有無について問診し,角膜潰瘍および角膜穿孔といった重篤な角膜障害を予防することが重要である.また,早期に内科主治医と連携をとり,眼科での積極的な介入の必要性についても検討するべきである.文献1)SasakiCT,CMiyashitaCH,CMiyanagaCTCetCal:Dacryoendo-scopicCobservationCandCincidenceCofCcanalicularCobstruc-tion/stenosisassociatedwithS-1,anoralanticancerdrug.JpnJOphthalmol56:214-218,C20122)YamadaR,SotozonoC,NakamuraTetal:Predictivefac-torsCforCocularCcomplicationsCcausedCbyCanticancerCdrugCS-1.JpnJOphthalmol60:63-71,C20163)柏木広哉:抗がん剤による眼障害─眼部副作用.癌と化学療法37:1639-1644,C2010

医薬品医療機器総合機構

2017年11月30日 木曜日

医薬品医療機器総合機構CommentaryonPharmaceuticalsandMedicalDevicesAgency:PMDA菅原岳史*I何をするところ?筆者は2012年1月から2年半,眼科医としては日本で初めて医薬品医療機器総合機構(PharmaceuticalsandMedicalDevicesAgency:PMDA)(用語解説参照)に勤務した経験から,眼科の患者に対する医療環境向上のため,本稿でPMDAについて紹介する(個人見解).PMDAが扱うのは主として治験データなので,フェーズIIとかフェーズIIIという試験の相が大事だが,本稿ではあえてそれにはまったく触れずに,PMDAについてコメントする.患者を治したいという湧き上がる情熱から生まれた医師や研究者の研究成果を,より大勢の患者に届けることを「一般化」とよぶ.一般化には,最終的に必ず企業の協力が必要になる.一般化されれば全国津々浦々の医療施設で使用される.これが「流通」である.流通させるためには国の「承認」が必要である.承認に向けた審査を実施するのが厚生労働省管轄であるPMDAである.PMDAで審査された医薬品,医療機器,再生医療等製品などは,最終的には厚生労働省で承認される.流通すれば独り歩きし,不用意に使用されかねないので,慎重に審査される.いわば,成果物に◯か×をつけて,流通を許可する関所(図1)であり,△はない.これがPMDA三大業務「救済」「安全」「審査」の一つである「審査」業務(図2).PMDAには三大業務に該当しないレギュラトリーサイエンス部や国際部などもある.本稿では救済と安全の業務も割愛し,審査業務について内容で紹介する.なお,審査業務には相談業務や信頼性業務もある.審査部には,新薬審査部(第1.第5),医療機器審査部(第1.第3),再生医療製品等審査部やワクチン等審査部などがある.審査関連部署としては相談業務の窓口であるレギュラトリーサイエンス相談室,モノ自体や治験体制のクオリティを調査する品質管理部や信頼性保証部などがある.審査業務の中心は治験の申請資料を読むことと審査報告書を書くこと(図3).それらが添付文書に反映される.わが国で唯一の組織なので,PMDAで承認されないと開発してもゴールにたどり着かない.海外の似た組織として,米国のFDA(用語解説参照)や欧州のEMA(用語解説参照)がある.一方で,誤解されがちだが,PMDAは医療技術を審査する先進医療や保険収載業務とは無関係である.II大学とのかかわり方は?PMDAは企業の方々には馴染み深い組織で,「パンダ」とか「機構」とよばれているが,大学とのかかわりはきわめてまれであった.筆者もPMDAに行くまでは,PMDAという名も知らなかった.企業が新薬を開発するには何十億円を費やし,PMDAとの交渉は経営に直結するので,PMDAの名前を知ら*TakeshiSugawara:千葉大学医学部付属病院臨床試験部・眼科〔別刷請求先〕菅原岳史:〒260-8677千葉市中央区亥鼻1-8-1千葉大学医学部付属病院臨床試験部・眼科0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(79)1563PMDAは流通の関所図3審査業務の読み書き治験など開発に関する総括報告書を読み,審査報告書を作る.図2PMDAの三大業務表1大学がPMDAと頻繁にかかわるようになってきた背景治験は研究のトップ治験山小屋PMDA研究者一定のルールに基づいた結果しか行政の目に留めない!PMDA相談登山計画・登頂目的・登山経験・登山体制・登山装備登頂ルート外観(霞が関ビル側から)図4開発をめざし治験の山を登るにはPMDA相談が不可欠図5PMDAの外観内観ロビー(2F)図6PMDAの内観各医療機関における臨床研究の中核的人材として活躍臨床審査員(2年~4年)図7キャリアパスにおけるPMDA国内留学留学や基礎系に所属する感覚でPMDAに所属されてはいかが?(PMDAホームページ掲載資料より改変)表2筆者が担当したおもな診療科領域図8行政に関係した眼科医の懇親会レギュラトリーサイエンス(レギサイ)懇親会許可を得て掲載(2017年6月初旬,都内にて),友人である東邦大学の堀裕一教授も参加(後列左から2番目が筆者).さまざまな情報交換が炸裂する.本特集の執筆者らが多数参加.■用語解説■PMDA:PharmaceuticalsandMedicalDevicesAgen-cy.独立行政法人・医薬品医療機器総合機構.通称パンダ.日本における開発の規制当局.FDA:FoodandDrugAdministration.米国の規制当局.EMA:EuropeanMedicalAgency.欧州の規制当局.ARO:AcademicResearchOrganization.大学における,臨床研究センターや臨床試験支援部等の総称.AMED:JapanAgencyforMedicalResearchandDevelopment.国立研究開発法人日本医療研究開発機構.特集の別項目参照.知的財産:特許のこと.レギュラトリーサイエンス:社会に調和させるように成果を届けるための科学.ポンチ絵:一枚のパワーポイントのスライドや配布資料図9PMDAレギュラトリーサイエンス相談の流れにイラスト,図表やコメントを満載にした行政特有のプレゼン資料のこと.眼科的にはビジーと思われるが,PMDA,AMED,厚生労働省ともに愛用.マイルストーン:どの時期にはどこまで実施しているべきという目安.架空の話とは思われないために,机上でシミュレーションしておく必要がある.ガントチャート:進捗管理表.横軸が時間で,縦軸が業務項目の表.開発は自動車製造と同じなので,事前に細かい業務分担管理がないと実施は困難.ロードマップ:臨床研究や治験はプロジェクトの一つに過ぎないので,数年のロードマップ上のどこの話であるか説明するのに必要.一足飛びに成功はしない.申請パッケージ:モノそのものの品質,非臨床(動物実験や基礎研究)ならびに複数の臨床試験の組み合わせを申請パッケージとよぶ.治験は基礎研究や臨床研究や関連情報(既報の論文)を含めた詰め合わせセットの一部である.すなわち,治験のデータそのものと同時に,詰め合わせ全体のバランスも,PMDA的には大事である.QOL:qualityoflife.生活の質.

日本医療研究開発機構

2017年11月30日 木曜日

日本医療研究開発機構OverviewofJapanAgencyforMedicalResearchandDevelopment:AMED三宅正裕*I日本医療研究開発機構とは日本医療研究開発機構(JapanAgencyforMedicalResearchandDevelopment:AMED)は2015年4月に発足した国立研究開発法人で,わが国の医療研究開発に関する研究費をとりまとめ,研究者・研究機関に配分する組織である.配分にあたっては医療研究開発に関する動向を見定め,国としてどの分野に投資すべきかを内閣府や各省庁と調整するほか,それらの研究費が適切に執行され開発が進捗しているかをマネジメントして必要に応じて介入するなど,医療研究開発の司令塔としての役目をもつ.AMEDの歴史はそもそも,わが国の基礎研究の成果を質の高い臨床研究・治験へと橋渡しすることで革新的な医療技術をいち早く実用化し,国際展開をめざす,そのための司令塔となる組織を創設することが,2013年6月14日に閣議決定された日本再興戦略に明記されたことから始まる.その後,2014年5月23日に健康医療戦略推進法および独立行政法人日本医療研究開発機構法という二つの法律が参議院本会議を通過し,その構想が実現することが決まった.当初は米国国立衛生研究所(NationalInstituteofHealth:NIH)にちなんで「日本版NIH構想」とよばれていたが,実際にはNIHのように研究施設を傘下にもたず,ファンディングする研究も研究開発目的のものに限られているなど,NIHの機能の一部を担っているに過ぎない.2015年4月にAMEDが設立されるまでは各省庁が縦割りにファンディングを行っており,それらに横串を刺して調整することが困難であったため,相乗効果が得にくいばかりか重複を十分に排除することができず,効率の悪い運用となっていた.AMED設立後も,各省庁の政策と直接的に関連するような研究費は引き続き各省庁が所管することとなっているが,その他の研究開発費については,内閣総理大臣を本部長とする健康・医療戦略推進本部が決定する予算配分の方針に基づいて各省庁が予算を要求し,認められたものについては補助金としてAMEDに交付される.AMEDは文部科学省,厚生労働省,経済産業省,総務省から交付される補助金を一元化し,メリハリをつけて配分する.AMEDの所管は内閣府であり,大きな方針は健康・医療戦略推進本部が開催する健康・医療戦略推進会議の事務局を務める内閣官房健康・医療戦略室と調整を行う.一方で,実務レベルでの配分については,AMEDの各事業課室と各省庁の担当部署ならびにプログラムディレクター(PD),プログラムスーパーバイザー(PS)およびプログラムオフィサー(PO)との調整が中心となる.以上がAMEDの概要である.一般的な認識としては,「医療研究開発に対する公的ファンディングを一手に担う組織」という認識でよい.*MasahiroMiyake:京都大学大学院医学研究科眼科学〔別刷請求先〕三宅正裕:〒606-8507京都市左京区聖護院川原町54第2臨床研究棟8階京都大学大学院医学研究科眼科学0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(73)1557図1日本医療研究開発機構(AMED)の組織図(AMEDホームページより)研究開発・研究基盤整備、生物資源等の整備、国際展開他)図2各省連携プロジェクト(AMEDホームページより)算が決定する時期がおおむね決まっていることから,スケジュールを押さえておくことで心の準備ができる.また,毎年継続的に募集される課題もあるので,そのような課題については事前準備も可能である.各年度の一次公募は原則として4月から契約して研究を開始できるよう,前年度のうちに公募・採択を終える.わかりやすいように2018年度の研究費で考えると,公募開始の時期は2017年12月末になるのが基本であるが,多くの課題は11月.12月に公募開始となる.この理由は,2017年12月末に2018年度予算案が閣議決定され,概算要求していた予算がどの程度まで削減されるかがほぼ確定するからである(※実際に確定するのは国会通過後).逆にいうと,それ以前に開始された公募は予算額の根拠が不完全であるため,実際には1課題あたりの研究費や採択課題数が公募要領よりも圧縮されることがある.また,上記の予算に加えて,医療分野の研究開発について,研究の進捗状況や新規に募集する研究の内容などを踏まえた予算配分を各省間をまたいで機動的かつ効率的に行うため,内閣府「科学技術イノベーション創造推進費」(500億円)のうち35%にあたる175億円が調整費として充当される.これまでこの175億円は春と秋の2回に分けて配分されており,おおむね春に150億円,秋に25億円が配分されてきた.2017年度は6月14日に春の調整費が確定して7月.9月頃に二次公募が開始されており,2016年度は11月21日に秋の調整費が確定して12月.1月頃に二次または三次公募が開始されている(※すべての事業に調整費が配分されるわけではないため,必ずしも二次・三次公募があるわけではない).このほか,予期しない時期に公募が行われることもあるため,タイムリーに公募情報を入手するためにはAMEDが配信するメールマガジンに登録しておくことが勧められる.IVAMEDが重視するポイントAMEDは基礎研究から実用化への橋渡しを強くめざす組織(図3)であり,したがって実用化をしっかりと意識した申請書が評価される.AMEDは基礎研究にもファンディングしているが,priorityは原理の解明や学問の探究ではなく,いかに患者に還元できるかという点にある.この「患者への還元」という観点は,単に医学的に役に立つかどうかという点だけでなく,きちんと製薬会社などが製造販売承認を取得してくれるのかという点も含まれるもので,「いくらよいものであっても企業が製品化しない限りは社会に届かない」という実質的な視点である.企業が製品化してくれるかどうかという点をもう少し掘り下げると,いくつかのチェックポイントも浮かび上がってくる.たとえば,知財がしっかりと押さえられるものかどうか,作用機序の新規性が高いかどうか,マーケットは広いか,医薬品医療機器総合機構(PMDA)と適切に協議しているか,薬価がどの程度と想定されるか,その薬価で採算が取れるものか,これらを含めたロードマップが適切に立てられているかなどである.とくにターゲットとなる患者(マーケット)についてはよく考える必要があり,単に〇〇病ということではなく,そのなかでも標準治療が効かなかった患者に使用するものなのか,標準治療に代替しうるものなのかによってマーケットは大きく変わってくる.もちろん,必ずしも研究者がここまで完全に作り上げる必要はないが,パートナーたり得る企業を探す時点でこのような視点は求められるだろう.また,研究開発が主眼となる以上,プロジェクトマネジメントは重要である.しっかりと上記のような観点を把握して研究全体をタイムキープし,必要に応じてプロジェクト自体を諦めるという判断が求められることもある.研究開発とは,かくも厳しいものである.V混同しやすい組織・研究費1.PMDAとの違い同じ4文字の政府系機関ということでAMEDとPMDAを混同してしまう方が多いが,ここまでお読みいただいた方はおわかりのようにその役割はまったく違う.詳細は本稿およびPMADの稿をご覧いただければと思うが,PMDAは製造販売承認(いわゆる薬事承認)の審査を行う専門の独立行政法人で,所管省庁は厚生労働省の医薬食品・生活衛生局である.1560あたらしい眼科Vol.34,No.11,2017(76)医療分野研究開発推進計画に基づくトップダウンの研究医療に関する研究開発の実施■プログラムディレクター(PD)、プログラムオフィサー(PO)等を活用したマネジメント機能●医療分野研究開発推進計画に沿った研究の実施、研究動向の把握・調査●優れた基礎研究の成果を臨床研究・産業化につなげる一貫したマネジメント(個別の研究課題の選定、研究の進捗管理・助言)■PDCAの徹底■ファンディング機能の集約化■適正な研究実施のための監視・管理機能●研究不正(研究費の不正使用、研究における不正行為)防止、倫理・法令・指針遵守のための環境整備、監査機能◆知的財産権取得に向けた研究機関への支援機能●知的財産管理・相談窓口、知的財産権取得戦略の立案支援◆実用化に向けた企業連携・連携支援機能●医薬品医療機器総合機構(PMDA)と連携した有望シーズの出口戦略の策定・助言●企業への情報提供・マッチング臨床研究等の基盤整備■臨床研究中核病院、早期・探索的臨床試験拠点、橋渡し研究支援拠点の強化・体制整備●専門人材(臨床研究コーディネーター(CRC)、データマネージャー(DM)、生物統計家、プロジェクトマネージャー等)の配置支援●EBM※(エビデンス)に基づいた予防医療・サービス手法を開発するためのバイオバンク等の整備(※EBM:evidence-basedmedicine)(AMEDホームページより)図3基礎研究から実用化への橋渡しをする組織