《第5回日本視野学会シンポジウム》あたらしい眼科34(8):1182.1185,2017c視機能検査のraisond'etre~視機能から病態に迫る~網膜電図(ERG)による視機能解析篠田啓*1,2,3大出尚郎*3,4寺内岳*2*1埼玉医科大学医学部眼科学講座*2帝京大学医学部眼科学講座*3慶應義塾大学医学部眼科学講座*4幕張おおで眼科CVisualFunctionAnalysisbyElectroretinogramKeiShinoda1,2,3),HisaoOhde3,4)andGakuTerauchi2)1)DepartmentofOphthalmology,SaitamaMedicalUniverstyFacultyofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,TeikyoUniversitySchoolofMedicine,3)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,4)MakuhariOodeEyeClinicCはじめに網膜電図(electroretinogram:ERG)は,視覚電気生理検査の一つであり,網膜機能についてきわめて多くの情報をもたらしてくれる1).視覚電気生理検査は数少ない他覚的視機能検査である.また,ERG以外の検査も含めた視覚電気生理検査の組み合わせによる視路疾患評価は,障害部位の特定に役立つ.たとえば,ERGを行い網膜レベルの異常の可能性が否定され,視覚誘発電位(visualCevokedCpotentials:VEP)での異常が認められた場合,障害部位は網膜より上位であることが示唆される.本稿ではおもにCERGを中心に,視野障害の部位特定や病態評価における視覚電気生理検査の有用性を紹介する.CIERGの種類と各成分ERGでは刺激条件を変えることで網膜全体あるいは網膜局所からの反応を記録できる.また,順応状態や記録条件を変化させることで得られる波形成分が異なるが,その分析によって網膜内の層別機能解析が可能である(図1)2,3).図2は各種検査および各成分とそれらが対応する視路の特定部位の対応を示している.従来CERGは網膜の機能評価に有用であるが,視神経の評価には不適切と考えられてきたが,今世紀に入ったころからは,錐体応答の波形成分の一つであるphotopicCnegativeCresponse(PhNR)を解析することで神経節細胞の機能評価が可能となり,緑内障や視神経疾患の評価に多く用いられるようになった4,5).また,刺激時間を長くした錐体応答においてCon応答とCo.応答を分離記録することで,on型双極細胞,o.型双極細胞の応答経路を別々に評価することができる6).CII症.例.検.討症例C1は,52歳,男性.2カ月前から両視力低下,視野狭窄,羞明が出現.血液検査異常なし,家族歴なし,喫煙歴30年.視力は右眼(0.9×.4.75D),左眼(0.9×.4.25D),両眼ともに視野検査では広範囲の傍中心暗点を認め,ERGは著明に減弱していた(図3).4週間後には視力は(0.07)/(0.09)に低下し,血液検査では抗リカバリン抗体陽性,全身画像検査にて肺癌が認められ,癌関連網膜症(cancerassociatedretinopathy:CAR)7)と診断された.症例C2は,39歳,男性.7年前に両眼視力低下を自覚し複数の病院で精密検査受けるも原因不明.家族歴はなし.視力は右眼C0.05(0.4p×sph.6.0D),左眼C0.09(0.7×sph.4.25DCcyl.0.75DCAx100°),両眼ともに眼底は近視性変化を認め,視神経乳頭は蒼白様であった(図4).また,光干渉断層計(opticalCcoherenceCtomography:OCT)では一部乳頭周囲網膜神経線維層(circumpapirallyCretinalCnerveC.berlayer:cpRNFL)の菲薄化と黄斑部の網膜神経節細胞複合体層(ganglionCcellCcomplex:GCC)の菲薄化を認めた.視野検査では傍中心暗点を認め,ERGはおおむね異常なく,パターンCVEPでは潜時延長を認めた(図4).また,両眼なので評価はむずかしいが,PhNRの低下が認められた.家族歴はないものの優性遺伝性視神経萎縮を疑い血液検査を行ったところCOPA1(MIMCno.C605290)の変異が見つかり,本疾患と診断することができた8).症例C3は,26歳,男性.1年前に左眼羞明を自覚し,複〔別刷請求先〕篠田啓:〒350-0495埼玉県入間群毛呂山町毛呂本郷C38埼玉医科大学医学部眼科学講座Reprintrequests:KeiShinoda,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,SaitamaMedicalUniverstyFacultyofMedicine,38Morohongo,Moroyama-machi,Iruma-gun,Saitama350-0498,JAPAN1182(108)C(108)C1182図1全視野網膜電図の種類上段:暗順応下記録によるCERG.左:杆体応答,中央:錐体杆体混合応答,右:律動様小波(oscillatorypotentials:OP波)の抽出.下段:明順応下記録によるERG.左:錐体応答,右:フリッカー刺激によるERG.網膜電図は記録条件によって得られる波形が異なる.PhNR:photopicnegativeresponse.C網膜~中枢VEP(視覚誘発電位)網膜神経節細胞PhNRパターンERGERG網膜内層b波とOP(網膜電図)(双極細胞,アマクリン)網膜外層a波(錐体,杆体)網膜色素上皮細胞EOG(眼電図)図2網膜の各層と電気生理検査各波形成分の起源の対応左に網膜断面のシェーマ(上が硝子体側)を示す.中央は各種波形成分とその起源.右は対応する検査名.PhNR:photopicnegativeresponse,OP:律動様小波数の病院で検査したが原因不明.家族歴はなし.視力は,右眼C0.04(1.2C×sph.11.75D(cyl.1.75DCAx40°),左眼C0.04(0.8C×sph.10.0D(cyl.2.25DCAx150°).視野検査では左眼にCMariotte盲点を含む中心比較暗点を有し,眼底検査では強度近視を認めた.錐体CERGにて左眼のCPhNRの低下が認められた(図5).視神経レベルの障害と判断し,眼窩MRIを行ったところ,眼窩腫瘍が見つかった.症例C4は,26歳,女性.4日前に左眼の飛蚊症と光視症が出現し眼科を受診.視力は右眼C0.04(1.2C.2.5D(cyl.0.75DCAx80°),左眼C0.04(1.2C.4.0D).眼底所見に異常なく,多局所CERGで視野障害に一致した応答密度の低下を認めた.図3症例1の臨床所見上段:眼底写真(左が右眼).中段:Goldmann視野(左が右眼).輪状暗点および周辺にも暗点が散在している.下段:全視野網膜電図.左は混合応答,右は律動様小波,いずれも著明に減弱している.図4症例2の臨床所見1段:眼底写真(左が右眼).C2段:Goldmann視野(左が右眼).右眼はCMariotte盲点と連続した中心暗点,左眼は傍中心暗点を認める.C3段:多局所網膜電図(左が右眼).左右とも正常な応答を認める.C4段:左:光干渉断層計(OCT)による乳頭周囲網膜神経線維層(circumpapirallyCretinalCnerve.berClayer:cpRNFL)厚解析.一部に菲薄化を認めたが視野所見とは一致しない.中央:OCTによる黄斑部の網膜神経節細胞複合体層(ganglionCcellCcomplex:GCC)厚解析.両眼ともびまん性の菲薄化を認める.右:視覚誘発電位.左右とも潜時の延長を認める.図5症例3の臨床所見左:眼底写真および光干渉断層計(OCT).いずれも左が右眼.中央:Goldmann視野(GP)および多局所網膜電図(mfERG)の結果.いずれも左が右眼.GPでは左眼にCMariotte盲点を含む中心比較暗点を認める.mfERGでは視野障害に一致した応答密度低下は認められない.右上段:全視野網膜電図錐体応答.左が右眼.左眼はCphotopicnegativeresponse(PhNR)が低下している(→).下段左:OCTによる黄斑部の網膜神経節細胞複合体層(ganglioncellcomplex:GCC)厚解析.左眼はびまん性の菲薄化を認める.下段右:眼科CMRIT2強調イメージにて,左眼窩腫瘍が認められる.また,OCTでは視野障害部位に対応した網膜の範囲内の断層像において視細胞外層の構造に異常がみられ,総合的に急性帯状潜在性網膜外層症(acutezonaloccultouterretinopa-thy:AZOOR)と診断した(図6)9,10).本例は眼底所見は正常であったがCERGによって局所的な障害を特定できた.CIII考按本シンポジウムは,視機能検査のCraisond’etre,すなわち存在意義をテーマとしたもので,本稿では,おもにCERGを含む視覚電気生理検査から病態にアプローチする臨床例を提示した.症例C1では,急激に進行する視力,視野障害の症例で,眼底所見に大きな異常がみられない場合,視野障害の原因が網膜レベルにあること,その障害の程度が強いことを確認することでCCARを疑うことができた.CARは眼症状のみ発症することも多いこと,しかし抗リカバリン抗体の検出率は必ずしも高くなく,ときに全身画像検索でも現病が見つかりにくいこともあり,眼科医の診断力が予後に大きく影響する可能性が高いことからも,ERGはきわめて有用であると考えられた.症例C2,C3では,ERGが正常であることから網膜レベルでは二次ニューロンまでには異常がないこと,そしてCPhNRまたはCVEPの異常から,三次ニューロン以降の障害を特定できた.PhNRは錐体CERGのCb波に続く陰性波で,神経節細胞由来と考えられている4,5).今回提示した診断学的ツールとしての有用性はもとより,緑内障,視神経疾患,網膜循環障害や,近年広く行われている硝子体手術時の内境界膜.離などにおける網膜内層機能の評価での有用性も大きい.症例C4では,視野障害に対応した局所網膜の反応の低下を検出することができ,診断の有力な根拠となった.このことから,多局所CERGは網膜レベルの他覚的視野検査としてきわめて有用であると考えられる.診断技術,各種治療法の発展とともに,ERGを含む視覚電気生理学的検査は視野異常において,障害レベルの特定,治療効果の評価,病態の理解に有用であり,とくに視野検査,さらには画像検査との組み合わせによりその威力は強く発揮される.視覚電気生理検査は種類が多く得られる情報が多岐にわたるので,臨床の各場面において適切な検査を選ぶことも重要である.文献1)MiyakeCY:ElectrodiagnosisCofCRetinalCDiseases(editedbyMiyakeY)C,p1-231,Springer,Tokyo,20052)McCullochCDL,CMarmorCMF,CBrigellCMGCetCal:ISCEVStandardCforCfull-.eldCclinicalCelectroretinography(2015update).DocOphthalmol130:1-12,C2015図6症例4の臨床所見上段:眼底写真.左が右眼.中央:光干渉断層計(OCT).左が右眼.左眼の黄斑部の網膜外層のCellipsoidzoneが断続的に低反射となっている.下段:左:左眼のCHumphrey30-2検査結果.固視点を囲むように上方と耳側に暗点を認める.右:左眼の多局所網膜電図の結果.視野障害に一致した応答密度低下を認める.3)篠田啓:ERGとはなにか,どうとる?どう読む?CERG(山本修一,新井三樹,近藤峰生ほか編),p12-27,メジカルビュー社,20154)FrishmanL:Electrogenesisoftheelectroretinogram.Ret-ina,C5thCedition(editedCbyCRyanCSJ,CSchachatCAP,CSaddaAR),p177-201,Elsevier,NewYork,20135)MachidaS:CClinicalapplicationsofthephotopicnegativeresponsetoopticnerveandretinaldiseases.JOphthalmol2012;2012:397178.Cdoi:10.1155/2012/3971786)MiyakeCY,CShinodaCK:ClinicalCElectrophysiology.CRetina,5thCedition(editedCbyCRyanCSJ,CSchachatCAP,CSaddaCAReditors),p202-226,Elsevier,NewYork,20137)DhaliwalR,SchachatA:Remotee.ectsofcancerontheretina.CRetina,C5thCedition(editedCbyCRyanCSJ,CSchachatAP,SaddaAR)C,p2196-2204,Elsevier,NewYork,20138)GochoCK,CKikuchiCS,CKabutoCTCetCal:High-resolutionCenCfaceCimagesCofCmicrocysticCmacularCedemaCinCpatientsCwithCautosomalCdominantCopticCatrophy.CBiomedCResCInt2013;2013:676803.Cdoi:10.1155/2013/6768039)AgarwalCA:AcuteCzonalCoccultCouterCretinopathy.CGassC’atlasCofCmacularCdiseases,C5thCedition(editedCbyCAgarwalA),p980-983,Elsevier,201210)SaitoCS,CSaitoCW,CSaitoCMCetCal:AcuteCzonalCoccultCouterretinopathyCinCJapaneseCpatients:clinicalCfeatures,CvisualCfunction,CandCfactorsCa.ectingCvisualCfunction.CPLoSCOne.2015CAprC28;10(4):e0125133.Cdoi:10.1371/journal.Cpone.0125133