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原発閉塞隅角合併白内障に対する水晶体再建術の術前,術中,術後合併症

2017年2月28日 火曜日

《原著》あたらしい眼科34(2):292.295,2017c原発閉塞隅角合併白内障に対する水晶体再建術の術前,術中,術後合併症酒井寛與那原理子新垣淑邦力石洋平玉城環琉球大学大学院医学研究科・医科学専攻眼科学講座Preoperative,IntraoperativeandPostoperativeComplicationsofSmallIncisionCataractSurgeryforCataractandPrimaryAngle-closureDiseasesHiroshiSakai,MichikoYonahara,YoshikuniArakaki,YoheiChikaraishiandTamakiTamashiroDepartmentofOphthalmology,UniversityoftheRyukyus目的:原発閉塞隅角眼の白内障手術合併症の検討.対象:原発閉塞隅角合併白内障に対する小切開白内障手術の連続症例121例184眼.内訳は原発閉塞隅角緑内障(PACG)98眼,急性原発閉塞隅角症および緑内障(APAC)20眼,原発閉塞隅角症(PAC)40眼,原発閉塞隅角症疑い(PACS)26眼.方法:術前,術中,術後3カ月までの合併症,眼圧,角膜内皮細胞密度(CD),毛様小帯の脆弱の有無を検討した.結果:術前高眼圧22mmHg以上32眼(17%),同30mHg以上8眼,CD1,500未満20眼(10%),同1,000未満5眼,3mm以下の散瞳不良8眼,毛様小帯の脆弱10眼(5.4%).術中合併症は,術中悪性緑内障で硝子体切除を施行1眼,術中フロッピーアイリス症候群1眼で,後.破損例はなく,毛様小帯の脆弱から眼内レンズ(IOL)毛様溝縫着となった1眼を除く全例でIOL.内固定された.術後高眼圧22mmHg以上36眼(20%),同30mHg以上6眼,術後新たにCD1,500/mm2未満9眼.術後眼内炎の発症,水疱性角膜症など重篤な合併症はなかった.Subjects:184eyesof121primaryangle-closurediseasesunderwentsmallincisioncataractsurgeries.Mainoutcomemeasures:Preoperative,intraoperativeandpostoperativecomplicationsuntil3monthaftersurgeries,intraocularpressure(IOP),cornealendothelialcelldensity(CD)andweakenedzonules.Results:Preoperatively,ocularhypertensionequaltoormorethan22mmHgin32eyes,CDlessthan1500/mm2in19eyes,smallpupildiameterlessthan3mmin8eyesandweakenedzonulesin10eyeswererecorded.Intraoperatively,apatientwithmalignantglaucomaunderwentcorevitrectomy,andintraoperative.oppyirissyndromeoccurredinoneeye.IOLwasimplantedinthebaginallcases,exceptingoneinwhichweakenedzonulesrequiredIOLsuture.xation.Postoperativeocularhypertensionequaltoormorethan22mmHgwasnotedin36eyes.CDlessthan1500/mm2wasnewlydiagnosedin9eyes.Therewerenoinstancesofpostoperativeendophthalmitisorbullouskeratopathy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(2):292.295,2017〕Keywords:原発閉塞隅角,白内障手術,術後合併症,高眼圧,角膜内皮細胞密度.primaryangleclosuredisease,cataractsurgery,postoperativecomplications,ocularhypertension,cornealendothelialcelldensity.はじめに原発閉塞隅角緑内障(primaryangleclosureglaucoma:PACG)は沖縄に多く,失明しやすい緑内障病型である1.3)が,手術により予防または治療が可能であり,レーザー虹彩切開術,周辺虹彩切除術または白内障手術が選択肢となる4).PACGの前段階であり緑内障性視神経症を伴わない原発閉塞隅角症(primaryangleclosure:PAC),さらに眼圧上昇や周辺虹彩前癒着も伴わない原発閉塞隅角症疑い(PACS)に対しても予防的に手術加療が行われるが,その適応や合併症の発症率は明らかではない4).PACG,PACおよびPACSを包括した原発閉塞隅角(primaryangleclosuredesease:PACD)眼に対する白内障手術では,浅前房,角膜内皮細胞〔別刷請求先〕酒井寛:〒903-0215沖縄県中頭郡西原町字上原207琉球大学医学部眼科医局Reprintrequests:HiroshiSakai,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,UniversityoftheRyukyus,207Uehara,Nishihara-cho,Nakagami-gun,Okinawa903-0215,JAPAN292(150)密度の減少,毛様小帯の脆弱など術前から存在する合併症も存在し,術中,術後合併症の発症に影響を与えると考えられる.今回,筆者らはPAC眼に対する白内障手術の術前,術中,術後合併症について検討した.I対象琉球大学医学部附属病院眼科において,2010年の1年間に同一術者(H.S.)により施行された原発閉塞隅角合併白内障に対する小切開白内障手術の連続症例121例184眼.内訳は,PACG98眼,急性原発閉塞隅角症および緑内障(APAC)20眼,PAC40眼,PACS26眼.男性76眼,女性108眼,年齢は70±8.9歳(49.89歳)であった.対象の内訳を表1に示す.眼内レンズ(intraocularlens:IOL)縫着を前提として手術を予定した,術前から明らかな水晶体動揺がある症例は今回の検討には含んでいない.全例に緑内障専門医による隅角鏡検査,超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscope:UBM)検査を行い診断した.PACSでは,UBMで4象限の閉塞がある場合,または3象限以上の閉塞があり,残る一象限も狭い場合を手術適応の基準とし,PACおよびPACGは,基本的に手術適応とし,いずれも本人への詳細な説明と同意のもとに手術を施行した.すでに,レーザー虹彩切開術(LI)が43眼(23%)に,周辺虹彩切除術が20眼(11%)に施行されていた.121眼(66%)では2.4mm耳側角膜切開による超音波乳化吸引術+IOL挿入術(PEA+IOL)を初回手術として施行した.麻酔は全例点眼麻酔で行った.II方法術前,術中,術後3カ月までの合併症,眼圧,角膜内皮細胞密度(CD),毛様小帯の脆弱の有無をカルテの記載より記録し検討した.術前に外来において手術の危険因子となりうるもの,および,手術開始後明らかになった合併症で手術前から存在したと考えられるものを術前合併症とした.前.切開(continuouscurvicularcapslotomy:CCC)開始時に明らかになった毛様小帯脆弱も術前合併症に分類した.術後合併症は術後3カ月までの早期合併症を検討した.III結果1.術前合併症緑内障点眼薬やアセタゾラミド内服を用いてもコントロールできない高眼圧(22mmHg以上)が32眼(17%)に,同30mHg以上が8眼にあった.術前スペキュラマイクロスコープにより測定されたCD値2,000/mm2未満が28眼(15%),1,500/mm2未満19眼(11%),1,000/mm2未満5眼(2.7%)に存在した.瞳孔径は,術前散瞳で手術開始時に3mm以下の散瞳不良で瞳孔拡張を必要とするものが8眼(4.3%),毛様小帯の脆弱が10眼(5.4%)であった.2.術中合併症1例で,超音波乳化吸引中に前房形成不良となり,術中悪性緑内障と診断した.硝子体切除を施行し前房形成が得られたため手術を完遂可能であった.1例で,術中フロッピーアイリス症候群を発症したが,低灌流設定で手術完遂した.CCCの亀裂や後.破損例はなかった.毛様小帯の脆弱から皮質吸引終了後IOLを毛様溝縫着した1眼を除く全例でIOLは.内固定された.3.術後合併症術後1週間以内の高眼圧22mmHg以上36眼(20%),同30mHg以上が6眼(3.8%)にあったが,1眼を除く全例で1カ月以内に緑内障点眼併用下に眼圧は21mmHg以下にコントロールされた.1眼では術後1週間で線維柱帯切除術を追加した.PACSの眼圧上昇はすべて術翌日のみで,点眼なしで1週間以内に眼圧は21mmHg以下にコントロールされた.術後初回外来受診時の測定で新たにCDが1,500/mm2未満となったものが9眼あった.この9眼のうち4眼ではCDは術後1カ月までに1,500/mm2以上となった.減少が持続した5眼のうち2眼にはLIの既往があり,1例はIOL縫着となった症例だった.術後1週の時点で,CD2,000/mm2未満は41眼(22%),1,500/mm2未満は17眼,1,000/mm2未満は3眼に確認された.術後2段階以上の矯正視力の低下した症例はなく,術後眼内炎の発症,水疱性角膜症などの重篤な合併症もなかった.4.病型別の合併症PACG,APAC,PAC,PACSの病型別の術前,術後合併症を表1に示す.術前高眼圧を除いて,病型間に術前,術後合併症の頻度の統計的な差はなかった(p>0.05,c2検定).IV考察2016年に眼圧30mmHg以上のPACおよびPACGを対象とした前向きのランダム化比較試験が示されPEA+IOLがLIよりも眼圧コントロール,QOL(qualityoflife),費用対効果の点で優れていることがLancet誌に報告された5).PEA+IOLがPACD眼の眼圧コントロールに優れていることも多くの報告があり,米国眼科アカデミーの報告と題したレビューも2015年にOphthalmology誌に掲載された6).PACG,PACに対するPEA+IOLの有効性は世界的に確認されたと考えられる.一方,PACD眼は浅前房であり,術前から眼圧が高いPAC,PACGが含まれ,LI,周辺虹彩切除術,APACの既往眼があり,CD減少や毛様小帯の脆弱を伴う症例が存在することが知られている.久米島で行われた疫学調査から,正常対象のCDは2,943±387/mm2で,CD2,000/mm2未満は.2S.D.未満と非常に稀であることが明らかになった.今回の症例では,CD2,000/mm2未満は術前に表1病型別の術前,術後合併症n性別n術前高眼圧術前高眼圧術前内皮散瞳不良術前毛様小帯術後高眼圧術後高眼圧術後内皮病型(症例)(男:女)(眼)年齢(*)(22mmHg以上)(30mmHg以上)1,500未満(3mm以下)の脆弱(22mmHg以上)(30mmHg以上)1,500未満PACG7131:419870±8.420(20.4%)5(5.1%)12(12%)5(5.4%)4(4.1%)22(22%)5(5.1%)12(12%)APAC196:132065±7.95(25%)3(15%)3(15%)1(5%)2(10%)2(10%)01(5%)PAC3411:234073±9.95(12.5%)02(5%)2(5%)1(2.5%)8(20%)1(2.5%)4(10%)PACS195:142671±9.2──2(7.7%)03(12%)4(15%)00±標準信差*平均PACG:原発閉塞隅角緑内障,APAC:急性原発閉塞隅角症,PAC:原発閉塞隅角症,PACS:原発閉塞隅角症疑い,内皮:角膜内皮細胞密度(/mm2).※術後高眼圧,術後内皮は術後1週間での頻度.※診断は眼単位で行われており両眼の病型が異なる症例が含まれているため,性別の合計症例数は全体よりも多い.15%,術後に22%と高い頻度であった.筆者らは,沖縄における原発閉塞眼の白内障手術の特徴として浅前房,短眼軸があり,術前からCDが少なく,術後CD減少は術前の浅前房と関連することを過去に報告している7,8).浅前房で前房内操作スペースが狭いことが術後CD減少の原因と考えられる.PAC眼のPEA+IOLの施行例の早期術後合併症としての角膜内皮障害の多さは術前から内皮障害が存在し,浅前房であることが原因になっていると考えられた.一方,眼圧は緑内障点眼薬やアセタゾラミド内服を用いてもコントロールできない22mmHg以上の高眼圧が17%,30mHg以上でも4%にあったが,術後は線維柱帯切除術を要した1眼を除き点眼にて眼圧コントロールが得られた.数多くの既報のとおり,PEA+IOLはPACD眼の眼圧コントロールにおいて優れている.角膜内皮減少にも注意が必要であるが,CD1,500/mm2未満は術前19眼に対して,術後1週で17眼と測定誤差による変動の範囲であった.今回の研究は後ろ向きの症例研究であり,無作為化されていない.また,患者の多くを紹介先病院へ逆紹介しているため経過観察期間が短いという限界がある.対象が沖縄という島嶼県の大学病院という重症例を中心とした紹介患者が中心となり,術者も熟練した単一術者によるものであり,結果を一般化することができない点も限界である.しかしながら,今回の研究の意義の一つは,現在の沖縄県における閉塞隅角緑内障診療の一面を合併症に焦点を当てて記録することである.また,相対的に一般化されうる事実としてPACD眼に術前の高眼圧,角膜内皮障害,毛様小帯の脆弱などが存在すること,こうした術前合併症に対して注意深い診察が必要なことをあげたい.事実,筆者らは術前に全例にUBMを行い,毛様小帯脆弱が著明な症例などには硝子体手術の併用など術式変更を考慮して適応を決定している.また,今回の症例には含まれなかったが角膜内皮移植を前提に手術を行うこともある.こうした条件のもとではPACD眼に対するPEA+IOLは安全で効果的であることが確認された.もしも,高リスク症例を厳密に区別することなく同様の検討を行えば,術後成績は低下すると考えられる.PACD眼の手術選択においては合併症を,術前,術中,術後の総合的な局面から考慮して決定することが望まれる.文献1)NakamuraY,TomidokoroA,SawaguchiSetal:Preva-lenceandcausesoflowvisionandblindnessinaruralSouthwestIslandofJapan:theKumejimastudy.Ophthal-mology117:2315-2321,20102)SawaguchiS,SakaiH,IwaseAetal:Prevalenceofpri-maryangleclosureandprimaryangle-closureglaucomainasouthwesternruralpopulationofJapan:theKumeji-maStudy.Ophthalmology119:1134-1142,20123)YamamotoS,SawaguchiS,IwaseAetal:Primaryopen-angleglaucomainapopulationassociatedwithhighprev-alenceofprimaryangle-closureglaucoma:theKumejimaStudy.Ophthalmology121:1558-1565,20144)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第3版)第4章緑内障の治療総論.日眼会誌116:22-29,20125)Azuara-BlancoA,BurrJ,RamsayCetal:E.ectivenessofearlylensextractionforthetreatmentofprimaryangle-closureglaucoma(EAGLE):arandomisedcon-trolledtrial.Lancet388:1389-1397,20166)ChenPP,LinSC,JunkAKetal:Thee.ectofphaco-emulsi.cationonintraocularpressureinglaucomapatients:AReportbytheAmericanAcademyofOph-thalmology.Ophthalmology122:1294-1307,20157)早川和久,酒井寛,仲村佳巳ほか:沖縄の白内障手術症例の特徴.臨眼56:789-793,20028)上門千時,酒井寛,早川和久ほか:超音波乳化吸引術後早期の角膜内皮細胞密度と前房深度との関係.臨眼56:1103-1106,2002.***

眼内レンズ挿入後5年目に落屑症候群を発症した1例

2017年2月28日 火曜日

《原著》あたらしい眼科34(2):288.291,2017c眼内レンズ挿入後5年目に落屑症候群を発症した1例古藤雅子與那原理子新垣淑邦酒井寛澤口昭一琉球大学医学部眼科学教室ACaseofExfoliationSyndromeDeveloped5YearsafterIntraocularLensImplantationMasakoKoto,MichikoYonahara,YosikuniArakaki,HirosiSakaiandShoichiSawaguchiDepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,UniversityoftheRyukyus目的:正常眼圧緑内障(NTG)加療中に偽落屑物質(PE)の発症・沈着を生じた眼内レンズ(IOL)眼の報告.症例:57歳,男性.職業はバス運転手.2004年近医で左眼のIOL挿入術を施行,2006年より両眼のNTGと診断され治療が開始された.2009年6月に眼圧上昇を認めたため,琉球大学附属病院眼科を紹介受診したがPEは観察されなかった.IOL挿入後5年目の2009年12月,再来時に左眼瞳孔縁に微細なPEが観察された.2011年7月にはIOL表面にPEが観察された.IOL眼のフレア値は上昇していた.結論:PEの発症・進行を経時的に観察できたまれな1症例を報告した.Purpose:Toreportacaseofpseudoexfoliation(PE)syndromedevelopedinanintraocularlens(IOL)eyeduringtreatmentofnormal-tensionglaucoma(NTG).Case:A57-year-oldmalewhoworkedasabusdriverunderwentcataractsurgeryinhislefteyewithIOLimplantationin2004.BilateralNTGwasthendiagnosedandtreated.HewasreferredtoourhospitalonJune2009becauseofpoorintraocularpressurecontrol;PEcouldnotbedetectedatthis.rstvisit.SubtlePEaroundthepupillarymargincouldbedetectedonDecember2009,5yearsaftercataractsurgery.OnJuly2011,PEcouldbeseenontheIOLsurface.Flarevaluewasincreasedinthepseu-dophakicPEeye.Conclusion:WereportararecaseofPEsyndromedevelopedaftercataractsurgery,withdetailedtimecourse.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(2):288.291,2017〕Keywords:落屑症候群,眼内レンズ,正常眼圧緑内障,フレア値.pseudoexfoliationsyndrome,intraocularlens,normaltensionglaucoma,.arevalue.はじめに水晶体偽落屑物質(pseudoexfoliation:PE)は瞳孔縁,水晶体表面に線維性細胞外物質の沈着が灰白色の薄片物質として観察され,また眼以外にも全身の臓器組織での産生・沈着が観察される疾患である1).落屑症候群の発症に関しては遺伝子異常の関与,さらに加齢,日光(紫外線)曝露を含めた環境因子や人種差,性差による影響など多くの因子が関与していることが明らかにされてきている.落屑症候群の臨床上重要な点は,緑内障を合併した場合その予後が不良な点と白内障手術における合併症の多さである.実際,開放隅角緑内障や閉塞隅角緑内障に比べてもその予後が不良であることが報告されている2).また,PEを伴う眼では緑内障の合併が多く,わが国では約17%が緑内障を合併することがYama-motoらによる大規模疫学調査,TajimiStudyで明らかにされた3).落屑症候群(落屑緑内障)はとくに加齢とともに有病者が急激に増加することが,多くの疫学調査で明らかにされている.わが国は高齢社会を迎え,高齢者における緑内障有病率の増加,白内障手術のいっそうの増加が予想される.白内障手術が落屑症候群の発症,進行に与える影響あるいは白内障手術と落屑症候群との関連についてはいまだ明らかではない.今回筆者らは白内障手術後,経過観察中に正常眼圧緑内障(normaltensionglaucoma:NTG)を発症し,その加療中の患者にPEの発症をその時間経過とともに観察できたきわめてまれな1症例を経験したので,文献的考察を含め〔別刷請求先〕古藤雅子:〒903-0215沖縄県中頭郡西原町上原207琉球大学医学部眼科学教室Reprintrequests:MasakoKoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,UniversityoftheRyukyus,207Uehara,Nishihara,Nakagami-gun,Okinawa903-0215,JAPAN288(146)て報告する.I症例57歳,男性.職業はバス運転手.既往歴に気管支炎.2004年に左眼のIOL挿入術を近医眼科で施行した.2006年に両眼のNTGと診断され治療が開始されたが,次第に眼圧コントロールが不良となり,視野障害が進行したため,2009年6月に琉球大学附属病院眼科(以下,当科)を紹介受診した.初診時所見:視力右眼0.7(1.2×sph.0.50D(cyl.0.75DAx90°),左眼0.9(1.5×sph0.00D(cyl.0.75DAx95°),右眼眼圧17mmHg,左眼眼圧18mmHg.前房は両眼とも深く,右眼初発白内障,左眼はIOL眼(.内固定)であった.視神経乳頭は両眼とも進行した緑内障の異常を認め,右眼耳下側に初期の,また左眼耳側上下に進行した網膜神経線維層欠損を認めた.この時点では細隙灯顕微鏡検査でPEの沈着は両眼とも観察されていなかった.開放隅角緑内障と診断し0.5%マレイン酸チモロール,ラタノプロスト,塩酸ドルゾラミド点眼を両眼に開始した.2009年12月再来院時(右眼眼圧17mmHg,左眼眼圧21mmHg),左眼瞳孔縁に軽度のPEが観察されたが,右眼には観察されなかった.その後,注意深く観察を続けたところ2011年7月(右眼眼圧18mmHg,左眼眼圧21mmHg)には左眼IOL表面にPEの沈着が観察できるようになり,2013年11月(右眼眼圧17mmHg,左眼眼圧21mmHg)には瞳孔縁に明らかなPE(図1)が,また2014年1月にはIOL表面にPEの沈着を観察できるようになった.また,PEの出現と前後して右眼眼圧12mmHg,左眼眼圧24mmHgと眼圧のコントロール不良が進行し,視野の悪化(図2)も認めたため2014年1月に左眼線維柱帯切開術を施行した.2016年5月(右眼眼圧16mmHg,左眼眼圧18mmHg)に散瞳下で行った細隙灯顕微鏡検査では右眼水晶体にはPEは認めず(図3a),左眼IOL表面には高度のPEの沈着が観察された(図3b).前眼部画像解析検査では虹彩裏面とIOLは接触していなかった.2016年5月に行ったフレアメーター(Kowa,Tokyo)による検査では,右眼13.0,左眼20.2のフレア値の上昇を認めた(正常対象:4.5±0.9).II考按初診時PEを両眼に認めなかった患者の左眼のIOL挿入後5年目にPEの発症,進行をその時間経過とともに観察できたまれな1症例を報告した.PEは水晶体前面あるいは瞳孔縁,虹彩面に観察される綿状の白色の沈着物で,病理組織学的には眼以外にも全身の臓器組織に観察される1).眼科では落屑症候群とよばれ,難治性の緑内障,白内障,またPEの沈着によるZinn小帯の脆弱化に伴う白内障手術の難易度の上昇や,術中・術後のIOLの偏移,脱臼,落下など種々の合併症が問題となる.落屑症候群は当初,北欧諸国で高頻度にみられ,報告が相ついだが,一方でわが国を含めその他の国では比較的まれな疾患とされてきた.しかしながら近年,日本および国際的な疫学調査でその有病率が次第に明らかにされ,わが国においては,Miyazakiらは1998年に九州の久山町での50歳以上の有病率が3.4%であることを報告し4),YamamotoらはTajimiStudyで40歳以上の1.0%が罹患していることを報告した3).わが国における落屑症候群の有病率が地域差はあるものの国際的にみても同等かそれ以上であることが明らかにされた.落屑症候群における緑内障(落屑緑内障)の頻度は臨床上きわめて重要であり,Yamamotoらは約17%と報告している3).すなわち,日常診療でPEが観察された場合6人のうち,1人が落屑緑内障であることが示された.PEの発症に関しては遺伝子の異常,加齢,日光(紫外線)曝露,人種差,性差など多くの因子が関与している.今回の症例は非常に長期間バス運転手をしており,日光(紫外線)曝露の影響が関与している可能性がある.また,近年若年期に屋外で過ごす時間がPE発症のリスク因子であることが明らかにされており5),小児期からの日光(紫外線)曝露には十分注意が必要である.本症例のように両眼ともPEが観察されていない症例がPEを発症するまでの時間経過については明らかでない(もっとも疫学調査では70歳以上で急激に有病率が上昇する).一方で片眼発症のPEにおける僚眼の発症までにかかる時間に関してはArnarssonらは5年間で27%,12年間で71%と報告している6,7).今回の症例のようにPEが観察されない状態からその発症までの時間経過を比較的正確に観察できた症例は,筆者らの知る限りではない.とくに白内障手術後約5年でPEを発症した今回の症例から,日常臨床においては白内障手術後少なくとも5年間以上は患者を定期的に診察する必要性のあることが示された.一方,欧米の文献を検索したところ,両眼ともPEの観察されていない患者のIOL挿入後のPEの発症時期に関してはIOL挿入後7年目(左眼)8),6年目(両眼),10年目(左眼),5年目(右眼)9),4年目(左眼),3年目(左眼)10)で,6症例7眼の報告があり,PE発症まで平均約6年であった.しかしながらこれらの報告のPE発症までの時間経過は正確でなく,偶然受診時にすでに著明なPEが観察された症例であった.すでに述べたように白内障手術,あるいはIOLがPEの発症,進行に影響を与えるかどうかは明らかでない.しかしながら今回の症例は白内障手術眼でのみPEが発症,進行している.同様に片眼IOLを挿入した3症例9,10)においても,非手術眼(水晶体眼)の他眼はPEの発症が観察されていない.筆者らの症例を含めて,白内障手術(IOL挿入)はPEの発症,進行に何らかの影響を与えているものと考えられる.またMiliaらは左眼にPEを認め,PEのない右眼のIOL挿入術後18カ月後という比較的短期間にPEを発症した症例を報告している8).SchumacherらはPE眼では一般的に血液房水関門が障害され,フレア値はPE(+白内障)眼では16.7±5.9,対象群の白内障眼では4.98±1.5と有意(p=0.001)にPE眼で高値であり,さらに白内障手術を行ったPE眼では血液房水関門はいっそう障害され,術後5日目でPE眼で21.2±5.7,に対し白内障手術を行った対象眼では10.5±1.4と有意差(p=0.003)を認めたと報告している11).同様に猪俣らは落屑症候群のフレア値を測定し,その値は進行したPE眼では13.9±7.1,軽度のPE眼では10.4±2.9であり有意(p<0.05)に,進行したPE眼のフレア値が高値であったと報告した12).今回の症例も同様にまだPEを発症していない有水晶体眼の右眼においても軽度のフレア値の上昇がみられた.さらに白内図1細隙灯顕微鏡検査所見瞳孔縁に明らかな偽落屑物質の沈着が観察される.障手術でその発症が加速する可能性は否定できない.フレア図2視野検査a:初診から半年後のGoldmann視野検査.鼻側内部イソプターの感度低下を認めた.b:初診から2年後には鼻下側の弓状暗点と鼻側下方視野欠損を認めた.図3散瞳下細隙灯顕微鏡検査所見a:初診から7年後の右眼水晶体には,偽落屑物質は散瞳下においても観察されていない.b:著明なスポーク状の偽落屑物質が人工水晶体表面に観察される.値の測定は白内障術前後の標準的な検査項目の一つであり,異常値がある症例では,PEが観察されていない状態でも注意深い細隙灯顕微鏡およびフレア値測定を含めた検査を行い,長期的定期的な診療を行う必要がある.文献1)NaumanGOH,Schloetzer-SchrehardtU,KuchileM:Pseudoexfoliationsyndromeforthecomprehensiveoph-thalmologist.Intraocularandsystemicmanifestations.Ophthalmology105:951-968,19982)Abdul-RahmanAM,CassonRJ,NewlandHSetal:Pseu-doexfoliationinaruralBurmesepopulation:theMeiktilaEyeStudy.BrJOphthalmol92:1325-28,20083)YamamotoT,IwaseA,AraieMetal:Prevalenceofpri-maryangleclosureandsecondaruyglaucomainaJapa-nesepopulation.TheTajimiStudyReport2.Ophthalmolo-gy112:1661-69,20054)MiyazakiM,KubotaT,KudoMetal:TheprevalenceofpseudoexfoliationsyndromeinaJapanesepopulation;TheHisayamaStudy.JGlaucoma14:482-484,20055)KangJH,WiggsJL,PasqualeLR:Relationbetweentimespentoutdoorsandexfoliationglaucomaorglaucomasus-pect.AmJOphthalmol158:605-614,20146)ArnarssonA,JonssonF,DamjiKEetal:Pseudoexfolia-tionintheReykjavikEyeStudy:riskfactorsforbaselineprevalenceand5-yearincidence.BrJOphthalmol95:831-35,20107)ArnarssonA,SasakiH,JonassonF:Twelve-yearinci-denceofexfoliationsyndrome:theReykjavikEyeStudy.ActaOphthalmol91:157-62,20138)MiliaM,KonstantopoulosA,StavrakasPetal:Pseudoex-foliationandopaci.cationofintraocularlenses.CaseRepOphthalmology2:287-290,20119)ParkK-A,KeeC:PseudoexfoliativematerialontheIOLsurfaceanddevelopmentofglaucomaaftercataractsur-geryinpatientswithpseudoexfoliationsyndrome.JCata-ractRefractSurg33:1815-1818,200710)KaliaperumalS,RaoVA,HarishSetal:Pseudoexfoliationonpseudophakos.IndianJOphthalmol61:359-361,201311)SchumacherS,NguyenNX,KuchleMetal:Quanti.ca-tionofaqueous.areafterphacoemulsi.cationwithintra-ocularlensimplantationineyeswithpseudoexfoliationsyndrome.ArchOphthalmol117:733-35,199912)猪俣孟,田原昭彦,千々岩妙子ほか:落屑緑内障の臨床と病理.臨眼48;245-252,1994***

Descemet’s Stripping Automated Endothelial Keratoplasty(DSAEK)術後に遷延性角膜上皮欠損をきたした1例

2017年2月28日 火曜日

《原著》あたらしい眼科34(2):283.287,2017cDescemet’sStrippingAutomatedEndothelialKeratoplasty(DSAEK)術後に遷延性角膜上皮欠損をきたした1例脇舛耕一*1,2稗田牧*2山崎俊秀*1稲富勉*2外園千恵*2成田亜希子*3木下茂*1,4*1バプテスト眼科クリニック*2京都府立医科大学視機能再生外科学*3岡山済生会総合病院眼科*4京都府立医科大学感覚器未来医療学ACaseofPersistentCornealEpithelialDefectPostDescemet’sStrippingAutomatedEndothelialKeratoplastyKoichiWakimasu1,2),OsamuHieda2),ToshihideYamasaki1),TsutomuInatomi2),ChieSotozono2),AkikoNarita3)ShigeruKinoshita1,4)and1)BaptistEyeInstitute,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,3)OkayamaSaiseikaiGeneralHospital,4)DepartmentofFrontierMedicalScienceandTechnologyforOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine背景:Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK)施行時に作製した角膜上皮欠損から遷延性上皮欠損をきたしたまれな症例を経験したので,その臨床経過を報告する.症例:80歳,男性.他院にてチューブシャント手術を含む緑内障多重手術を受けた.術後の右眼水疱性角膜症に対して,2015年9月25日にDSAEKを施行した.手術時に角膜上皮.離を機械的に作製し前房内の視認性を向上させ,Descemet膜の.離後にDSAEK用ドナーグラフトを挿入した.DSAEKグラフトの良好な接着が得られたが,手術3日後より角膜上皮欠損の創傷治癒過程がほぼ停止し,最終的に遷延性上皮欠損を生じた.本症例では手術前に角膜上皮障害や角膜輪部機能不全,ドライアイは認めず,手術時に施行した角膜上皮.離の範囲も輪部に及ばず,基底膜も損傷させていなかった.手術後,リン酸ベタメタゾン点眼を塩化ベンザルコニウム無添加の製剤に変更,また抗菌薬点眼も変更,薬剤量を減量し加療を継続した.以後,徐々に角膜上皮欠損は修復し,手術75日後に上皮欠損は消失した.その後は上皮.離の再発を認めていない.結論:DSAEK手術後に遷延性上皮欠損をきたした本症例では,手術前に抗緑内障点眼薬の長期使用歴があり,手術後点眼の影響も加わって角膜上皮修復が遅延した可能性が考えられた.Background:WepresentacaseofpersistentcornealepithelialdefectpostDescemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK).Case:An80-year-oldmaleunderwentDSAEKtotreatbullouskeratopathyduetorepeatedglaucomasurgery,includingatube-shunt,inSeptember2015.Duringsurgery,hiscornealepitheli-umwasmechanicallyremovedtoobtainbettervisibilityintheanteriorchamber,andalthoughtheDSAEKproce-durewassuccessfullycompletedtherewasdelayedhealingofthecornealepithelialdefect.Therewasnoepithelialstem-cellde.ciencyordryeye,noranydamagetothecorneallimbusorepithelialbasementmembraneduetoepitheliumremoval.Thepostoperativeeyedropmedicationwasthereforechangedfrombetamethasonewithben-zalkoniumchloridetothatwithout;antimicrobialeyedropswerealsochangedandreducedinfrequency.Theareaofepithelialdefectgraduallydiminished,eventuallydisappearingat75dayspostoperatively.Sincethentherehasbeennorecurrenceofepithelialdefect.Conclusion:PersistentcornealepithelialdefectpostDSAEKwithnopre-existingcornealepithelialabnormalitymayoccurduetodrugtoxicity,sochangeandreductionofpostoperativeeyedropmedicationshouldbeconsideredinsuchcasesfromtheearlystage.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(2):283.287,2017〕〔別刷請求先〕脇舛耕一:〒606-8287京都市左京区北白川上池田町12バプテスト眼科クリニックReprintrequests:KoichiWakimasu,M.D.,BaptistEyeInstitute,12Kamiikeda-cho,Kitashirakawa,Sakyo-ku,Kyoto606-8287,JAPANKeywords:DSAEK,遷延性上皮欠損,薬剤毒性,緑内障.DSAEK,persistentcornealepithelialdefect,drugtoxicity,glaucoma.はじめにDescemets’strippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK)は1998年にMellesらがposteriorlamellarkearto-plasty(PLK)として報告1)した後,次第に発展を重ね2,3),現時点では2006年にGorovoyが報告したマイクロケラトームでドナー作製を行うDSAEKが角膜内皮移植術のもっとも一般的な術式となっている4).DSAEKではDescemet膜.離やグラフト挿入・接着,層間スペースの確認などの前房内操作が必要であるが,ある程度進行した水疱性角膜症では角膜上皮,実質の浮腫により透見性が不良となっており,前房内操作が困難な場合がある.そのような症例においては,上皮浮腫を起こしている上皮を.離することで視認性を向上させることが一般的である.水疱性角膜症では上皮接着不良が生じており容易に上皮.離を作製することができるが,その際に上皮.離を6.8mm径程度として角膜上皮基底膜を損傷しないように機械的に.離すれば,1週間以内に被覆される.角膜上皮欠損部は,周囲の上皮細胞が伸展,移動し,その後細胞増殖,分化することで修復される5)が,その過程のいずれかが障害されると上皮の創傷治癒が滞り,遷延性上皮欠損をきたす6,7).遷延性上皮欠損を生じる背景としては糖尿病8)や神経麻痺性角膜炎9)などによる角膜知覚低下,化学外傷やStevens-Johnson症候群,眼類天疱瘡などによる角膜輪部機能不全などがある.一方,水疱性角膜症では角膜上皮の接着不良から再発性角膜上皮びらんを生じるものの,角膜知覚や角膜上皮の創傷治癒機転は通常維持されており,遷延性上皮欠損をきたすことはまれである.しかし,今回,術前に角膜上皮欠損を認めず,術中の上皮.離操作後に上皮欠損が遷延し,上皮治癒に長期間を要した症例を経験したので報告する.I症例80歳,男性の右眼水疱性角膜症.既往歴として,他院にて1990年に右眼の水晶体.外摘出術および眼内レンズ挿入術を施行された.その後2005年頃より両眼の落屑症候群による緑内障を発症し,右眼に関しては2008年に線維柱帯切開術,2009年に複数回の線維柱帯切除術を施行された後,2014年4月にエクスプレスR(アルコン)を用いたシャント手術を施行された.その後2014年9月頃より角膜浮腫が出現し,水疱性角膜症に至った.右眼視力は0.01(矯正不能),右眼眼圧は7mmHgであり,角膜内皮細胞密度は測定不能であった.手術前の涙液メニスカス高は0.2mmと正常範囲内であった.本症例に対し,2015年9月24日にDSAEKを施行した.DSAEK手術時は前房内の視認性を向上させるために約8mm径の上皮欠損を作製し,前房メインテナーを設置,約7mm径のDescemet膜.離を施行後,BusinglideRを用いた引き込み法にて8.0mm径のDSAEKドナーグラフトを挿入した.手術中,あるいは手術後に特記すべき合併症を認めず,グラフトの接着を得た.角膜上皮.離は上皮基底膜を損傷しないようにMQARスポンジを用いて鈍的に.離し,.離した角膜上皮をスプリング剪刀で切除した.図1本症例におけるDSAEK術後の前眼部OCT所見上段は手術1日後,中段は手術2週間後,下段は手術1カ月後.図2本症例における遷延性角膜上皮欠損の治癒過程左列はディフューザー,右列はブルーライトフィルターにより撮影した前眼部写真.上皮欠損面積(mm2)5045403530252015105013579111315171921232527293133353739414345474951535557596163656769717375(術後日数)図3本症例および通常のDSAEK術後症例における角膜上皮欠損の面積変化上皮欠損面積(mm2)はImageJを使用して計測した.1)は本症例,2)はDSAEK術後164眼での平均値.手術翌日から,ガチフロキサシン(ガチフロR)点眼,塩化ベンザルコニウム含有リン酸ベタメタゾン(リンデロンR)点眼,オフロキサシン(タリビッドR)眼軟膏点入をそれぞれ1日4回ずつ施行した.ドナーグラフトの接着は手術1日後から良好で,角膜浮腫も軽減を認め,手術2日後以降もドナーグラフトの接着不良部位を認めなかった(図1).角膜上皮欠損は手術2日後にはやや縮小を認めたが,手術3日後から上皮欠損の修復が遅延してきたため,手術4日後の時点でリンデロンR点眼を1日3回に減量した.しかし,上皮欠損の修復はわずかで遷延性上皮欠損をきたしてきたため,手術12日後にリンデロンR点眼から塩化ベンザルコニウム無添加のリン酸ベタメタゾン(リンベタPFR)点眼へ変更し,同時にガチフロR点眼とタリビッドR眼軟膏も1日3回とした.しかし,その後も改善は緩徐で,手術16日後よりガチフロR点眼を1日2回,タリビッドR眼軟膏点入を眠前のみとし,手術19日後からは自家調整したBSSR点眼を1日3回で追加した.その後抗菌薬点眼を手術39日後からタリビッドR点眼1日2回に変更し,以後は点眼内容を変更せず加療を継続したところ,上皮欠損は次第に縮小し,術75日後に上皮欠損部は完全に被覆された.以後は上皮欠損の再発を認めていない(図2).当院最終受診時の右眼視力は0.02(0.04×sph+8.0D),右眼眼圧は3mmHgであった.残存した淡い角膜上皮下混濁のため角膜内皮細胞の撮影部位はわずかであり,角膜内皮細胞密度は測定できなかったが,約1,500個/mm2と推定された.グラフトの接着は良好で角膜浮腫を認めず,前眼部OCT(Casia,TOMEY)で測定した中心角膜厚は562μmであり,角膜内皮細胞機能は十分に機能しているものと考えられた.当院で2007年8月.2015年12月に施行したDSAEK症例533眼のうち,本症例を除き,術中に上皮.離を作製し術後治療用ソフトコンタクトレンズを装用せず上皮.離が治癒するまでの期間が確認できた164眼での治癒日数は3.2±1.3日(平均±標準偏差,2.10日)であった.全例が2週間以内には上皮欠損が消失しており,遷延性上皮欠損をきたした症例は本症例以外には認めなかった.また,上皮治癒速度も,通常のDSAEK眼では1時間当たり平均0.53mm2であったが,今回の症例では1時間当たり0.017mm2であり,1/30以下に低下していた(図3).II考察DSAEK術中の視認性を向上させるために角膜上皮欠損を作製することは一般的であり,欠損部の範囲が角膜輪部に及ばなければ術後の角膜上皮創傷治癒は速やかに行われるはずである.実際,筆者の知る限りでは,DSAEK術後に遷延性上皮欠損を合併した報告は以下の例だけである.これは,全層角膜移植術後の移植片機能不全例に対するDSAEK術後で遷延性上皮欠損を発症した報告であり10),全層角膜移植術後の神経麻痺の状態に伴い,遷延性上皮欠損を発症したと考えられる.今回,遷延性上皮欠損をきたした症例は,チューブシャント手術を含めた緑内障多重手術後の水疱性角膜症であり,2014年4月のシャント手術以後は抗緑内障薬点眼が中止されていたものの,それ以前まで多種類の抗緑内障薬を長期間投与されていた.抗緑内障薬による角膜上皮への影響については,ラタノプロストとbブロッカーの併用による角膜上皮障害などについての報告11)がなされているように,抗緑内障薬による角膜上皮への毒性が指摘されている.そのため今回の症例でも,多種類の抗緑内障薬を長期間投与されていたことにより角膜上皮層の薬剤透過性が亢進し,角膜実質内の薬剤濃度が著しく上昇することで,手術3日後まで治癒傾向にあった角膜上皮の創傷治癒が低下し,遷延性上皮欠損をきたした可能性が考えられた.今回,術後のステロイド点眼薬を塩化ベンザルコニウム無添加の製剤に変更し,ニューキノロン点眼薬も角膜上皮細胞毒性がより少ない種類へ変更,減量することで,角膜上皮の創傷治癒を阻害する薬剤の角膜実質内濃度が軽減し,治癒が得られた可能性も考えられた.本症例ではSchirmer試験による涙液検査や角膜知覚検査を行っていないが,手術前後の涙液メニスカスは正常範囲内であり,少なくとも涙液減少型のドライアイは生じていなかったと考えられる.また,上方結膜に水晶体.外摘出術や線維柱帯切開術による結膜瘢痕を認めるものの,明らかな結膜血管侵入は認めず,POVも比較的保たれていた.しかし,抗緑内障薬による薬剤毒性以外に,過去の内眼手術既往が角膜輪部機能をさらに低下させた可能性も考えられた.今回,本症例に対し,治療用ソフトコンタクトレンズの装用は行わなかった.遷延性上皮欠損に対する治療法の一つとして治療用コンタクトレンズの連続装用の有効性が指摘されている12).一方で,治療用ソフトコンタクトレンズの連続装用による角膜感染症のリスクが懸念されている13,14).本症例は80歳の多重内眼手術後であり,日和見感染を生じる可能性が危惧されたため,治療用ソフトコンタクトレンズを使用しなかった.神経麻痺性角膜炎,角膜輪部機能不全,ドライアイなどの既往がない症例においても,本症例のように遷延性上皮欠損と同様の病態をきたすことがあり,とくに緑内障手術後眼でのDSAEKではその可能性が否定できない.遷延性上皮欠損は治療に時間を要し感染の危険性が増加するだけでなく,遷延性上皮欠損部位に浅い潰瘍形成や角膜上皮下混濁が生じて視機能低下の原因となりうる.DSAEK術後に角膜上皮欠損の治癒遅延を認めた場合は漫然と経過を観察するのではなく,可及的速やかに点眼内容の変更や点眼回数の減少などの対応を行い,角膜実質内の薬剤濃度を軽減させ治癒を図ることが必要と考えられた.文献1)MellesGR,EgginkFA,LanderFetal:Asurgicaltech-niqueforposteriorlamellarkeratoplasty.Cornea17:618-626,19982)TerryMA,OusleyPJ:Deeplamellarendothelialkerato-plastyinthe.rstUnitedStatespatients;earlyclinicalresults.Cornea20:239-243,20013)PriceFWJr,PriceMO:Descemet’sstrippingwithendo-thelialkeratoplastyin50eyes:arefractiveneutralcorne-altransplant.JRefractSurg21:339-345,20054)GorovoyMS:Descemet-strippingautomatedendothelialkeratoplasty.Cornea25:886-889,20065)ThoftRA,FriendJ:TheX,Y,Z,hypothesisofcornealepithelialmaintenance.InvestOphthalmolVisSci24:1441-1443,19836)BetmanM,ManseauE,LawMetal:Ulcerationiscorre-latedwithdegradationof.brinand.bronectinatthecor-nealsurface.InvestOphthalmolVisSci24:1358-1366,19837)McCullyJP,HorowitzB,HusseiniZM:Topical.bronectintherapyofpersistentcornealepithelialdefects.Fibronec-tinStudyGroup.TransAmOphthalmolSoc91:367-386,19938)HyndiukRA,KazarianEL,SchultzROetal:Neurotroph-iccornealulcersindiabetesmellitus.ArchOphthalmol95:2193-2196,19779)LambiaseA,RamaP,AloeLetal:Managementofneu-rotrophickeratopathy.CurrOpinOphthalmol10:270-276,199910)中谷智,村上晶:全層角膜移植後角膜内皮機能不全への角膜内皮移植術.日眼会誌117:983-989,201311)小室青,横井則彦,木下茂:ラタノプロストによる角膜上皮障害.日眼会誌104:737-739,200012)SchraderS,WedwlT,MollRetal:Combinationofserumeyedropswithhydrogelbandagecontactlensesinthetreatmentofpersistentepithelialdefects.GraefesArchClinExpOphthalmol244:1345-1349,200613)SainiA,RapuanoCJ,LaibsonPRetal:Episodesofmicro-bialkeratitiswiththerapeuticsiliconehydrogelbandagesoftcontactlenses.EyeContactLens39:324-328,201314)BrownSI,Bloom.eldS,PearceD:Infectionseiththetherapeuticsoftlens.ArchOphthalmol91:275-277,1974***

糖尿病黄斑浮腫に対するRanibizumab単回投与後の経過に関する検討

2017年2月28日 火曜日

《第21回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科34(2):280.282,2017c糖尿病黄斑浮腫に対するRanibizumab単回投与後の経過に関する検討藤井誠士郎本田茂大塚慶子三木明子今井尚徳楠原仙太郎中村誠神戸大学大学院医学研究科外科系講座眼科学分野E.ectofSingleInjectionofRanibizumabinDiabeticMacularEdemaSeishiroFujii,ShigeruHonda,KeikoOtsuka,AkikoMiki,HisanoriImai,SentaroKusuharaandMakotoNakamuraDepartmentofSurgery,DevisionofOphthalmology,KobeUniversityGraduateSchoolofMedicine目的:糖尿病黄斑浮腫(DME)に対するranibizumab硝子体注射(IVR)単回投与後の経過に関する検討を行った.対象および方法:対象は2014年3月.2015年4月にDMEに対してIVR0.5mgを1回施行し,2カ月以上再投与なしで経過観察した連続症例22例26眼(男性17例,女性5例).光干渉断層計にて計測した平均中心網膜厚(CRT)を,IVR投与前と投与後1,2カ月で比較し,その変化量を評価した.結果:平均CRTはIVR前と比較し,IVR後1カ月,2カ月では有意に減少した(各p=3.4×10.5,2.1×10.3).一方,IVR後1カ月と2カ月間の平均CRTには有意差を認めなかった(p=0.10).また,IVR前と比べて,IVR後CRTが30%以上減少した症例の割合は1カ月で35.7%,2カ月で28.6%であった.結論:DMEに対するIVR単回投与で1カ月後には有意なCRTの改善が得られ,2カ月後においても治療効果は持続した.Purpose:Weevaluatedthee.ectofasingleinjectionofranibizumab(IVR)inpatientswithdiabeticmacularedema(DME).PatientsandMethods:Twenty-seveneyesof22diabeticpatients(17males,5females)withDMEdiagnosedfromMarch2014toApril2016wereenrolledinthestudy.Patientswerefollowedfor2monthsafterasingledoseof0.5mgIVR.Centralretinalthickness(CRT)wasmeasuredbyopticalcoherenttomography.Results:Asigni.cantdecreaseinaverageCRTwasobservedat1and2monthsafterIVRinjection(p=3.4×10.5,2.1×10.3).Nodi.erencewasobservedbetweenthe1and2monthperiods(p=0.10).Thepercentageofeyesshowing>30%decreaseinCRTwas35.7%at1monthand28.6%at2months.Conclusions:Asigni.cantdecreaseinCRTcanbeobtainedwithasingledoseofIVR.Thischangeismaintainedupto2monthspost-treat-ment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(2):280.282,2017〕Keywords:糖尿病黄斑浮腫,ラニビズマブ,血管内皮増殖因子,単回投与,中心網膜厚.diabeticmacularede-ma,ranibizumab,vascularendothelialgrowthfactor,singleinjection,centralretinalthickness.はじめに糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)は糖尿病網膜症(diabeticretinopathy:DR)により黄斑部網膜に細胞外液が貯留することで発症し,DRのすべての病期に生じる可能性がある.DMEの発症は,患者のQOV(qualityofvision)を低下させるため1),その治療法の確立は眼科臨床の重要な課題となっている.以前より,本症に対する治療法として,網膜光凝固,ステロイド局所投与,硝子体手術などが行われてきた.近年では,眼内の血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)濃度と血管透過性やDMEの重症度にも相関が報告され2),VEGFをターゲットとする抗VEGF薬がわが国でも使用されるようになり,ranibizumab硝子体注射(injectionofranibizumab:IVR)が行われるようになった.今後,抗VEGF療法はDME治療の第一選択になると考えられている.〔別刷請求先〕藤井誠士郎:〒650-0071兵庫県神戸市中央区楠町7-5-2神戸大学大学院医学研究科外科系講座眼科学分野Reprintrequests:SeishiroFujii,M.D.,DepartmentofSurgery,DevisionofOphthalmology,KobeUniversityGraduateSchoolofMedicine,7-5-2Kusunoki-cho,Chuo-ku,Kobe-shi,Hyogo-ken650-0071,JAPAN280(138)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(138)2800910-1810/17/\100/頁/JCOPY表1症例の内訳患眼(右眼)26(15眼)性別(男性)17(77.3%)年齢67.0±11.0術前logMAR視力0.42±0.35術前CRT(μm)427.8±98.9IVR前治療有*17(66.7%)IVR後PRP開始4(15.4%)IVR後硝子体手術1(3.8%)IVR後網膜局所光凝固5(19.2%)*前治療(17例)の内訳汎網膜光凝固術16網膜局所光凝固3ステロイドTenon.下注射1(同一症例での重複含む)一方で,IVRの投与回数,投与間隔に関しては,近年さまざまな臨床試験が行われているものの,確立したプロトコールはなく,さまざまであるのが現状である.筆者らは,今回,DMEに対するIVR単回施行後の経過に関する検討を行った.I目的・方法1.研究デザイン診療録に基づく後ろ向き調査.2.対象2014年3月.2015年4月にDMEに対してIVR(0.5mg)を1回のみ施行し,2カ月以上経過観察した連続症例22例26眼(男性17例,女性5例)を対象とした.そのうち,2カ月の間に硝子体手術を行ったものが1例,汎網膜光凝固術を行ったものが4例あった(表1).3.主要評価項目治療開始後1カ月,2カ月の各時点における,視力(log-MAR),および中心網膜厚(centralretinalthickness:CRT)の変化につき検討した.視力に関する統計処理は,最高矯正小数視力をlogMAR値に換算して行った.光干渉断層計(OCT)(CirrusHDR,CarlZeiss)にてretinalmap(macularcube200×200protocol)を測定し,黄斑部網膜厚マップの中心円(直径1mm)内における網膜厚をCRTとして解析に用いた.平均値の経時的比較には対応のあるt検定を使用し,p<0.05を有意水準とした.II結果全体の平均CRTは,IVR前の438.2μmに対し,IVR後1カ月で323.3μm,2カ月で359.8μmと有意に減少した(各p=3.4×10.5,2.1×10.3)(図1).一方,IVR後1カ月と2カ月間の平均CRTには有意差を認めなかった(p=0.10).Baseline1M2M図1Ranibizumab硝子体内投与後CRTの変化logMAR視力0.60.50.40.30.2全体前治療あり***p<0.05前治療なしBaseline1M2M図2logMAR視力また,IVR前と比べて,IVR後CRTが30%以上減少した症例の割合は,1カ月で35.7%,2カ月で28.6%であった.また,IVR前の治療の有無によって群分けした解析において,無治療群ではIVR後1カ月,2カ月ともに有意なCRT減少がみられたのに対し,有治療群ではIVR後1カ月のみ有意なCRT減少を認めた.視力に関しては,治療前と比べIVR後1カ月で有意に改善していたが(p=2.5×10.2)(図2),2カ月目では有意差を認めなかった.IVR後1カ月と2カ月の間では有意差はなかった.また,IVR前の治療歴があった群では1カ月後の有意な視力改善を認めたが,治療歴がなかった群では視力の有意な改善はみられなかった.III考按VEGFは虚血や高血糖で発現が増加して血管透過性亢進や血管新生に関与しており,DMEの病態において非常に重要な因子である.眼内のVEGF濃度は,血管透過性やDMEの重症度にも相関が報告されている.DMEに対しての治療はステロイド注射,網膜光凝固が一般的であったが,わが国において2014年2月に抗VEGF薬であるranibizumabが承認された.RanibizumabはVEGF-Aを阻害するモノクローナル抗体のFab断片の,さらに親和性を高めたものであ(139)あたらしい眼科Vol.34,No.2,2017281る.DMEに対するranibizumab治療はすでに多数の大規模前向き臨床試験が行われており,3年という比較的長期間の経過も報告されている.おもなものはRESOLVE試験3),READ-2試験4,5),RESTORE試験6),RISE/RIDE試験7,8),REVEAL試験9)で,DMEに対する治療効果が立証されているが,いずれも導入療法として複数回のIVRを条件としている.本研究のDMEに対するIVR単回施行後の経過に関する検討では,IVR投与前の平均CRT438.2μmに対して,IVR後1カ月では323.3μm,IVR後2カ月では359.8μmといずれも有意な減少を認めた.一方でIVR後1カ月と2カ月の平均CRT間には有意差を認めなかった.また,治療前と比べてIVR後CRTが30%以上減少した症例の割合は1カ月で35.7%,2カ月で28.6%であった.視力に関しては,治療前と比べIVR後1カ月でに有意に改善しているが,IVR後2カ月では有意差はなかった.なかにはIVR1回施行により良好なCRT減少,視力改善が得られる症例もあるが,2カ月後にDMEが再発する例,IVRに反応しない例もみられた.現在,抗VEGF治療はDMEに対するおもな治療として使用されるようになっている.一方で,治療効果を維持するためには反復治療が必要という問題がある.今回の検討に関しても,IVR単回施行による反応は症例によってさまざまであり,今後IVR投与方法に関するさらなる検討が必要と考えられた.本研究では対象症例数が比較的少なかったため,解析項目によっては差が有意水準に達しなかった可能性もある.今後,さらに症例数を増やした検討が望まれる.IV結語DMEに対するIVR単回投与は,1カ月後の視力と黄斑浮腫を有意に改善させた.また,IVR後2カ月においても治療効果は持続した.今後,IVR投与方法に関するさらなる検討が必要と考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)WatkinsPJ:Retinopathy.BMJ326:924-926,20032)FunatsuH,YamashitaH,NomaHetal:Increasedlevelofvascularendothelialgrowthfactorandinterleukin-6intheaqueoushumorofdiabeticswithmacularedema.AmJOphthalmol133:70-77,20023)MassinP,BandelloF,GarwegJGetal:Safetyande.ca-cyofranibizumabindiabeticmacularedema(RESOLVEStudy):a12-month,randomized,controlled,double-masked,multicenterphaseIIstudy.DiabetesCare33:2399-2405,20104)NguyenQD,ShahSM,KhwajaAAetal:Two-yearout-comesoftheranibizumabforedemaofthemaculaindia-betes(READ-2)study.Ophthalmology117:2146-2151,20105)DoDV,NguyenQD,KhwajaAAetal:Ranibizumabforedemaofthemaculaindiabetesstudy.3-yeartreatment.JAMAOphthalmol131:139-145,20136)MitchellP,BandelloF,Schmidt-ErfurthUetal;RESTOREstudygroup:TheRESTOREstudy:ranibi-zumabmonotherapyorcombinedwithlaserversuslasermonotherapyfordiabeticmacularedema.Ophthalmology118:615-625,20117)NguyenQD,BrownDM,MarcusDMetal;RISEandRIDEReseachGroup:Ranibizumabfordiabeticmacularedema:resultsfrom2phaseIIIrandomizedtrials:RISEandRIDE.Ophthalmology119:789-801,20108)IpMS,DomalpallyA,HopkinsJJetal:Long-terme.ectsofranibizumabondiabeticretinopathyseverityandpro-gression.ArchOphthalmol130:1145-1152,20129)OhjiM,IshibashiT,REVEALstudygroup:E.cacyandsafetyofranibizumab0.5mgasmonotherapyoradjunc-tivetolaserversuslasermonotherapyinAsianpatientswithvisualimpairmentduetodiabeticmacularedema:12-monthresultsoftheREVEALstudy.InvestOphthal-molVisSci53:ARVOE-abstract4664,2012***(140)

境界型糖尿病や早期糖尿病における眼底病変のリスクファクターに関する検討

2017年2月28日 火曜日

《第21回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科34(2):274.279,2017c境界型糖尿病や早期糖尿病における眼底病変のリスクファクターに関する検討佐野浩斎*1,2*1東京慈恵会医科大学内科学講座糖尿病・代謝・内分泌内科*2町立津南病院内科RiskFactorsAssociatedwithOcularLesionsattheStageofImpairedGlucoseToleranceandEarlyDiabetesHironariSano1,2)1)DivisionofDiabetes,MetabolismandEndocrinology,DepartmentofInternalMedicine,JikeiUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofInternalMedicine,TsunanHospital目的:境界型糖尿病や早期糖尿病の段階での眼底病変を眼底検査により確認し,眼底病変の出現に関連するリスクファクターを検討する.対象および方法:糖尿病治療を受けていないHbA1C値(NGSP値)5.6.6.8%の1,075名を対象に単変量解析や多変量解析を行った.結果:黄斑上膜,高血圧性眼底,眼底出血,網膜萎縮を多く認めた.眼底病変は65歳以上の15.3%に認められ,40.64歳の7.7%に比べて有意に多かった.眼底病変の出現に影響したリスクファクターは,単変量解析では,40.64歳で収縮期血圧が,65歳以上でBMIが有意に関連し,多変量解析では,40.64歳で収縮期血圧が,65歳以上で収縮期血圧とBMIが有意に関連していた.結論:眼底病変は加齢とともに有病率が増し,その増加には,40.64歳では収縮期血圧,65歳以上では収縮期血圧とBMIが関連している可能性が示唆された.Purpose:Ocularlesionswereassessedusingfunduscopyatthestageofimpairedglucosetoleranceandearlydiabeteswithouthyperglycemia,andriskfactorsassociatedwithocularlesionswereexplored.SubjectsandMeth-ods:Univariateandmultivariateanalyseswereconductedfor1,075subjectswithHbA1C(NGSP)5.6-6.8%butnohistoryofdiabetestreatment.Results:Macularmembrane,hypertensivefunduschanges,ocularhemorrhageandretinalatrophywereoftennoted.Ocularlesionswereseenin15.3%ofsubjectsoverage65,signi.cantlyhigherthanthe7.7%insubjectsaged40-64.Ocularlesionsinthoseaged40-64weresigni.cantlyassociatedwithsystol-icbloodpressure(BP)inunivariateandmultivariateanalysis.Ocularlesionsinthoseover65weresigni.cantlyassociatedwithBMIinunivariateanalysis,andBMIandsystolicBPinmultivariateanalysis.Conclusion:Theprevalenceofocularlesionsincreasedwithage;systolicBPinthoseaged40-64,andbothsystolicBPandBMIinthoseover65wereidenti.edasfactorsassociatedwithanelevatedprevalenceofocularlesions.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(2):274.279,2017〕Keywords:境界型糖尿病,早期糖尿病,眼底病変,リスクファクター.impairedglucosetolerance,earlydiabe-tes,ocularlesions,riskfactors.はじめに2型糖尿病患者の網膜症の発症進展に影響を及ぼすリスクファクターの検討は,日本でも1,2),海外からも3,4)報告されている.しかしながら,いまだ糖尿病に至っていない境界型糖尿病や早期糖尿病の段階における眼底に関する病変や,それらの出現に影響を及ぼすリスクファクターの検討は,海外からの報告がある5)ものの,日本での報告は少ない.境界型糖尿病や早期糖尿病の段階において,眼底病変の出現に影響を及ぼすリスクファクターを同定し,それらのリスクファクターを減らすように管理,治療をすることにより,高血糖の影響が少ない時期から眼底病変の出現を抑制できる可能性が増すと考えられる.今回,筆者らは,糖尿病治療を受けていないHbA1C値(NationalGlycohemoglobinStandardizationProgram:NGSP値)5.6.6.8%の群を対象に,眼底検査を〔別刷請求先〕佐野浩斎:〒105-8461東京都港区西新橋3-25-8東京慈恵会医科大学内科学講座糖尿病・代謝・内分泌内科Reprintrequests:HironariSano,M.D.,Ph.D.,DivisionofDiabetes,MetabolismandEndocrinology,DepartmentofInternalMedicine,JikeiUniversitySchoolofMedicine,3-25-8Nishishinbashi,Minato-ku,Tokyo105-8461,JAPAN274(132)実施し,眼底病変の出現に影響を及ぼすリスクファクターを検討した.40歳から65歳未満の群と65歳以上の群に年齢別にも層化して比較検討した.I対象および方法2008年4月.2014年3月に,新潟県津南町のただ一つの病院である町立津南病院の人間ドックや外来を受診した津南町在住の40歳以上の住民のうち,眼底検査を施行され,HbA1C値により糖代謝状態を確認できた40歳以上の1,752名のうち,糖尿病治療を受けておらず,HbA1C値(NGSP値)が5.6.6.8%を示した,1,075名,年齢67.5±11.3歳(平均±標準偏差),男性530名,女性545名を対象とした.年齢別では,40歳以上65歳未満は431名(年齢56.3±5.8歳,男性252名,女性179名),65歳以上は644名(年齢74.9±7.1歳)男性278名/女性366名)であった.町立津南病院では,無散瞳眼底検査を施行し,得られた眼底写真を15年以上の臨床経験がある3名の眼科医が読影し,網膜,黄斑部,網膜血管などについて異常の有無を判定し,眼底病変を外来診療録や人間ドックに関する検査所見記録に記載した.対象者の眼底病変と,リスクファクターの候補として,性別,年齢とともに,bodymassindex(BMI)値,収縮期血圧値,拡張期血圧値,LDL-コレステロール値,中性脂肪値,HDL-コレステロール値を,診療録や検査所見記録から抽出し,眼底病変に対するリスクファクターについてレトロスペクティブに検討した.対象者を,眼底病変を認める群と認めない群に分けて,各因子を比較検討した.比較検討には,c2検定とFisherの直接確率検定もしくはt-検定を用いた.また,各因子の眼底病変の出現に及ぼす影響を検討するため,眼底病変を目的変数,各因子を説明変数として,重回帰分析およびロジスティック回帰分析を用いて解析した.年齢に関しては,40.65歳未満の群と65歳以上の群のそれぞれで検討した.目的変数は眼底病変を認める群と認めない群の2群に層化して投入した.説明変数は,性別,BMI値,収縮期血圧値,拡張期血圧値,LDL-コレステロール値,中性脂肪値,HDL-コレステロール値とした.性別はダミー変数を用い,男性を1,女性を2として投入した.連続変数に関しては,重回帰分析では,各因子の実数値を投入し,ロジスティック回帰分析では,各因子の実数値を投入し,さらに,各因子を2群に層化して投入した.BMI値を22以上と22未満に,収縮期血圧値を130mmHg以上と130mmHg未満に,拡張期血圧値を85mmHg以上と85mmHg未満に,LDL-コレステロール値を140mg/dl以上と140mg/dl未満に,中性脂肪値を150mg/dl以上と150mg/dl未満に,HDL-コレステロール値を40mg/dl以上と40mg/dl未満に,それぞれ分けた.データは平均±標準偏差で示した.HbA1C値はNGSP値を用いた.統計解析にはstatisticalanalysissystem(SAS)を用いた.本研究は東京慈恵会医科大学の倫理委員会の承認を得て行われた.II結果1.年齢別の眼底病変数40歳以上65歳未満431名のうち眼底検査を施行された428名では,眼底病変は33症例(7.7%)に認められた.65歳以上644名のうち眼底検査を施行された622名では,眼底病変は95症例(15.3%)に認められた.65歳以上での眼底病変は15.3%に認められ,40歳以上65歳未満での眼底病変が7.7%に認められたことに比べると有意に(p<0.01)多かった.2.年齢別の眼底病変40歳以上65歳未満の眼底病変では,高血圧性眼底もしくは高血圧性網膜症9例,黄斑変性8例が多く認められた(表1).65歳以上の眼底病変では,黄斑上膜17例,高血圧性眼底13例,眼底出血13例,網膜萎縮13例が多く認められた(表1).3.眼底病変を認めた症例と眼底病変を認めない症例での各因子の比較検討眼底病変を認めた症例と眼底病変を認めない症例での各因子の比較を40歳以上65歳未満と65歳以上との年齢別に検討した.眼底病変の出現に影響を及ぼした各因子に関する年齢別の検討では,40歳以上65歳未満では収縮期血圧値が眼底病変ありの群のほうがなしの群に比べて有意に(p<0.01)高く(表2),65歳以上ではBMI値が眼底病変ありの群のほうがなしの群に比べて有意に(p<0.05)高かった(表3).4.眼底病変の出現に影響を及ぼす因子の重回帰分析による検討重回帰分析では,40歳以上65歳未満の眼底病変に収縮期血圧値が有意に(p<0.05)関連した(表4).一方,65歳以上の眼底病変にBMI値が有意に(p<0.05)関連し,収縮期血圧値は関連する傾向を示した(表5)(収縮期血圧値:p=0.06).5.眼底病変の出現に影響を及ぼす因子のロジスティック回帰分析による検討ロジスティック回帰分析では,40歳以上65歳未満の眼底病変に収縮期血圧値が有意に(p<0.05)関連した(表6).一方,65歳以上の眼底病変にBMI値が有意に(p<0.01)関連した(表7).各因子を2群に層化して投入したロジスティック回帰分析では,40歳以上65歳未満の眼底病変に有意に関連する因子は抽出されなかった(表8).一方,65歳以上の眼底病変に収縮期血圧値が有意に(p<0.05)関連し,BMI値と拡張期血圧値は関連する傾向を示した(表9)(BMI値:p=0.08,拡張期血圧値:p=0.06).表1眼底病変と年齢別数40歳以上眼底病変全体65歳未満65歳以上黄斑上膜22517高血圧性眼底22913眼底出血16313黄斑変性1688網膜萎縮14113網膜静脈閉塞症1147網膜血管硬化症1037ドルーゼン404黄斑円孔303網膜毛細血管瘤303白斑303網膜.離202単純糖尿病網膜症101網膜動脈閉塞症101計1283395表2各因子における眼底病変の有無での比較(40歳以上65歳未満)因子あり眼底病変(例数)なしp値性別(男/女)22/11(33)228/167(395)NSBMI値23.7±3.2(32)23.5±3.2(390)NS収縮期血圧値(mmHg)131.4±19.8(33)121.4±18.2(394)p<0.01拡張期血圧値(mmHg)84.6±12.6(33)80.7±14.4(394)NSLDL-C値(mg/dl)120.9±38.8(30)130.6±35.1(390)NS中性脂肪値(mg/dl)144.8±110.2(30)120.8±80.8(388)NSHDL-C値(mg/dl)59.5±15.2(30)60.7±14.3(388)NS表3各因子における眼底病変の有無での比較(65歳以上)因子あり眼底病変(例数)なしp値性別(男/女)39/56(95)227/300(527)NSBMI値23.3±2.9(89)22.6±2.9(503)p<0.05収縮期血圧値(mmHg)134.4±19.1(95)131.4±19.3(526)NS拡張期血圧値(mmHg)77.0±10.6(95)77.8±13.2(526)NSLDL-C値(mg/dl)121.3±27.6(78)123.7±31.0(449)NS中性脂肪値(mg/dl)113.1±64.6(74)106.5±58.3(438)NSHDL-C値(mg/dl)56.1±14.4(73)58.4±13.9(436)NS表4眼底病変と各因子との関連(40歳以上65歳未満)重回帰分析結果因子Parameterestimate95%信頼区間p値性別(男/女).0.0332.0.0862.0.0198NSBMI値.0.0044.0.0128.0.0041NS収縮期血圧値(mmHg)0.00160.0001.0.0029p<0.05拡張期血圧値(mmHg)0.0011.0.0007.0.0029NSLDL-C値(mg/dl).0.0004.0.0011.0.0003NS中性脂肪値(mg/dl)0.0002.0.0001.0.0005NSHDL-C値(mg/dl)0.0003.0.0016.0.0023NS表5眼底病変と各因子との関連(65歳以上)重回帰分析結果因子Parameterestimate95%信頼区間p値性別(男/女)0.0323.0.0462.0.1109NSBMI値0.01550.0013.0.0297p<0.05収縮期血圧値(mmHg)0.0021.0.0001.0.00290.06拡張期血圧値(mmHg).0.0015.0.0007.0.0042NSLDL-C値(mg/dl).0.0008.0.0021.0.0004NS中性脂肪値(mg/dl).0.0002.0.0009.0.0005NSHDL-C値(mg/dl).0.0008.0.0038.0.0023NS表6眼底病変と各因子との関連(40歳以上65歳未満)ロジスティック回帰分析結果因子Parameterestimate95%信頼区間p値性別(男/女)0.6264.0.2973.1.5501NSBMI値0.0694.0.0695.0.2083NS収縮期血圧値(mmHg).0.0240.0.0463..0.0017p<0.05拡張期血圧値(mmHg).0.0160.0.0455.0.0135NSLDL-C値(mg/dl)0.0063.0.0058.0.0184NS中性脂肪値(mg/dl).0.0026.0.0065.0.0013NSHDL-C値(mg/dl).0.0042.0.0331.0.0248NS表7眼底病変と各因子との関連(65歳以上)ロジスティック回帰分析結果因子Parameterestimate95%信頼区間p値性別(男/女).0.1094.0.6382.0.4193NSBMI値.0.1359.0.2296.0.0422p<0.01収縮期血圧値(mmHg).0.0110.0.0262.0.0042NS拡張期血圧値(mmHg)0.0129.0.0109.0.0367NSLDL-C値(mg/dl)0.0029.0.0057.0.0115NS中性脂肪値(mg/dl)0.0009.0.0037.0.0056NSHDL-C値(mg/dl)0.0078.0.0135.0.0291NS表8眼底病変と各因子との関連(40歳以上65歳未満)ロジスティック回帰分析結果因子Parameterestimate95%信頼区間p値性別(男/女)0.630.76.4.68NSBMI値(22以上/未満)0.280.56.3.13NS収縮期血圧値(130mmHg以上/未満).0.350.29.1.74NS拡張期血圧値(85mmHg以上/未満).0.750.19.1.18NSLDL-C値(140mg/dl以上/未満)0.760.83.5.51NS中性脂肪値(150mg/dl以上/未満).0.130.35.2.24NSHDL-C値(40mg/dl以上/未満)0.130.22.5.86NS表9眼底病変と各因子との関連(65歳以上)ロジスティック回帰分析結果因子Parameterestimate95%信頼区間p値性別(男/女).0.120.52.1.50NSBMI値(22以上/未満).0.510.34.1.070.08収縮期血圧値(130mmHg以上/未満).0.580.32.0.98p<0.05拡張期血圧値(85mmHg以上/未満)0.640.98.3.630.06LDL-C値(140mg/dl以上/未満)0.110.61.2.03NS中性脂肪値(150mg/dl以上/未満)0.170.57.2.45NSHDL-C値(40mg/dl以上/未満)0.470.62.4.14NSIII考按症例の抽出に関しては,現在糖尿病でなくとも将来糖尿病の発症リスクが高いと考えられるHbA1C値(NGSP値)5.6.5.9%の群,糖尿病の疑いが否定できないHbA1C値(NGSP値)6.0.6.4%の群が含まれるよう考慮し,糖尿病治療を受けていないHbA1C値(NGSP値)5.6.6.8%を対象とした.経口ブドウ糖負荷試験を施行していないが,臨床的に,この群には境界型糖尿病患者や早期の糖尿病患者が多く含まれると考えられる.今回の調査対象となった境界型糖尿病や早期糖尿病の段階を多く含んでいると想定される群の年齢別の検討では,40歳以上65歳未満の群では眼底出血を認める症例以外,単純糖尿病網膜症まで至っている症例を認めなかった.65歳以上の群では単純糖尿病網膜症まで至っている症例を認めたうえに,毛細血管瘤,眼底出血,白斑など糖尿病網膜症の初期の可能性が高い眼底病変も認めたが,増殖糖尿病網膜症まで進展している症例は認めなかった.オランダで50.74歳の626名を対象に糖尿病網膜症の有病率を検討したHoorn研究では,177名の境界型糖尿病の群ばかりではなく,256名の正常糖代謝群にも糖尿病網膜症が認められた5)という.この年齢別の病変数の検討から,眼底病変には加齢が関与していると考えられる.加齢と眼底の関連として,高齢になると硝子体後部と網膜の密接度が緩くなり6),網膜より硝子体に向けての新生血管が増殖しにくくなるという解剖学的な要因が指摘されている.糖尿病増殖網膜症への進行に中心的な役割を演じている7)vascularendothelialgrowthfactor(VEGF)などの血管新生促進因子の作用の加齢的変化なども想定される.本調査研究では,年齢別の単変量解析や多変量解析の検討において,収縮期高血圧やBMI高値が眼底病変の出現に影響を与えている因子として抽出された.国内外の2型糖尿病患者を対象にした大規模調査研究においても,収縮期血圧やBMIが網膜症の発症や進展に関する因子として抽出されている.イギリスで行われた2型糖尿病患者を追跡したUnit-edKingdomprospectivediabetesstudy(UKPDS)では,網膜症の発症リスクに関して,高血糖と独立して,収縮期高血圧が関連を示した3)ばかりではなく,網膜症の進展に関しても血圧値の管理が重要である4)ことが示された.日本人の2型糖尿病患者を対象としたJapandiabetescomplicationstudy(JDCS)では,糖尿病網膜症の発症に影響する因子として,HbA1C高値,長期罹病期間とともに,収縮期高血圧,BMI高値などが抽出された1).日本人の高齢者糖尿病患者を対象にしたTheJapaneseElderlyInterventionTrial(J-EDIT)では,ベースライン時に網膜症がすでにある群における6年間の追跡調査で,収縮期高血圧が網膜症のステージの進行のリスクファクターであった2)という.オランダで行われたHoorn研究では,本調査研究と同様に,境界型糖尿病群における糖尿病網膜症の有病率が検討され,50.74歳の境界型糖尿病177名における糖尿病網膜症の有病率の上昇は,高血圧,コレステロール高値,中性脂肪高値,BMI高値と関連している可能性が報告された5).本調査結果では,日本人においても,収縮期高血圧やBMI高値が境界型糖尿病の段階から眼底病変の出現に影響を及ぼしている可能性が示唆された.ヒトの網膜血流では解剖生理学的に固有の循環環境が形成されている8)が,網膜血流と全身の血圧の関係においては,網膜血流は,その自動調節能により,全身の血圧の変化の影響を受けにくい9)と考えられている.ラットでは,糖尿病状態と高血圧の環境の組み合わせが網膜の細胞の増殖を著明に減少させることが示されて10)おり,糖尿病が発症し高血糖に陥ると血液網膜関門の破綻などで,その機能が失われ,網膜血管は全身血圧の変化を直接受けるようになることが想定されている.本調査研究の結果から,ヒトの網膜血管においても,境界型糖尿病の段階から,全身血圧の変化を直接受けやすくなっている可能性が示唆された.眼底病変とBMIとの関連に関しては,インスリン抵抗性やnitricoxide(NO)の関与が報告されている.BMI高値とインスリン抵抗性増加は密接に関係している11)という.進行した腎不全を合併していない2型糖尿病患者において,インスリン抵抗性をグルコースクランプ法で定量して検討したところ,多変量解析でインスリン抵抗性が増殖網膜症の独立したマーカーであることが報告され12),2型糖尿病患者における眼底病変とBMI高値やインスリン抵抗性増加との関連が示唆されている.NOは血管内皮細胞から生じ,眼の血行動態を生理的に調整している13).BMIが高値となり,インスリン抵抗性が増加するとNOは有意に低下する14)ことから,NOの低下が眼底に影響を与えている可能性が指摘されている.インスリン抵抗性の増加に伴う凝固線溶系の異常が網膜毛細血管の閉塞や虚血に誘導された毛細血管の形成を促進する15)ことから,凝固線溶系の異常が眼底に影響を与えている可能性も示唆されている.本研究では,境界型糖尿病や早期糖尿病における眼底病変の出現に影響する因子として,加齢,収縮期高血圧,BMI高値が抽出された.境界型糖尿病の段階から眼底病変の発症には,リスクファクターとして,加齢,収縮期高血圧,BMI高値が影響を及ぼしている可能性が示唆された.本研究にあたり,ご協力頂いた町立津南病院眼科の先生方に深謝致します.謝辞ご指導いただきました東京慈恵会医科大学糖尿病・代謝・内分泌内科主任教授宇都宮一典先生に心より感謝申し上げます.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)KawasakiR,TanakaS,TanakaSetal:IncidenceandprogressionofdiabeticretinopathyinJapaneseadultswithtype2diabetes:8yearfollow-upstudyoftheJapanDiabete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多摩地域の眼科医における糖尿病眼手帳の第3版に関するアンケート調査

2017年2月28日 火曜日

《第21回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科34(2):268.273,2017c多摩地域の眼科医における糖尿病眼手帳の第3版に関するアンケート調査大野敦粟根尚子永田卓美梶邦成小林高明松下隆哉東京医科大学八王子医療センター糖尿病・内分泌・代謝内科QuestionnaireSurveyResultsamongTamaAreaOphthalmologistsregardingtheThirdeditionoftheDiabeticEyeNotebookAtsushiOhno,NaokoAwane,TakumiNagata,KuniakiKaji,TakaakiKobayashiandTakayaMatsushitaDepartmentofDiabetology,EndocrinologyandMetabolism,HachiojiMedicalCenterofTokyoMedicalUniversity目的:『糖尿病眼手帳』(以下,眼手帳)は2014年6月に第3版に改訂された.改訂1年後に第3版に対する眼科医の意識調査を行ったので報告する.方法:多摩地域の眼科医に対し,1)眼手帳配布に対する抵抗感,2)「精密眼底検査の目安」の記載があることの臨床上の適正度,3)受診の記録で記入しにくい項目,4)受診の記録における①「糖尿病黄斑症」の記載の詳細化の是非,②「糖尿病黄斑症の変化」の記載の是非,③福田分類削除の是非,5)眼手帳第3版への改訂の患者さんへのわかりやすさについて調査し,回答者50名全体の結果ならびに日本糖尿病眼学会の会員11名と非会員30名の比較結果を検討した.結果・結論:受診の記録において会員は黄斑症の変化,非会員は網膜症の変化が記入しにくいとの回答が多く,会員は黄斑症の記載が詳細になったことは細かくて記載が大変との回答が5割を占めた.福田分類の復活希望は3%にとどまった.Purpose:TheDiabeticEyeNotebook(EyeNotebook)hasbeenrevisedtothethirdedition(June2014);weherereportontheawarenesssurveyofophthalmologistsforthethirdeditionoftherevisedoneyear.Methods:ThesubjectswereophthalmologistsintheTamaarea.Thesurveyitemswere:1)senseofresistancetoprovidingtheEyeNotebook,2)clinicalappropriatenessofthedescription“guidelinesforthoroughfunduscopicexamina-tion”,3)di.cultitemsto.llinontherecordofvisit,4)①prosandconsofdetaileddescriptionofdiabeticmacu-lopathy,②prosandconsofdescriptionofchangeindiabeticmaculopathy,③prosandconsofdeletingtheFuku-daclassi.cation.5)Clarityofrevisiontothethirdeditionofthepatient’sEyeNotebook.Weexaminedtheresultsofcomparingmembers(11persons),non-members(30persons),respondents(50persons)andoverallresults,aswellastheJapaneseSocietyofOphthalmicDiabetology.ResultsandConclusion:Ontherecordofvisit,manyresponsesaredi.cultto.llinregardingchangesinthediabeticmaculopathyofmembersandchangesinthedia-beticretinopathyofnon-members.Memberanswersofaverynotedanditismostwelcomethatdescriptionsofdiabeticmaculopathyhavecometoaccountforover50%.PreferenceforrevivaloftheFukudaclassi.cationreachedonly3%.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(2):268.273,2017〕Keywords:糖尿病眼手帳,アンケート調査,糖尿病網膜症,眼科・内科連携.diabeticeyenotebook,question-nairesurvey,diabeticretinopathy,cooperationbetweenophthalmologistandinternist.はじめに立し,内科と眼科の連携を強化するために両科の連携専用の糖尿病診療の地域医療連携を考える際に重要なポイントの「糖尿病診療情報提供書」を作成し地域での普及を図った1).一つが,内科と眼科の連携である.多摩地域では,1997年またこの活動をベースに,筆者は2001年の第7回日本糖尿に内科医と眼科医が世話人となり糖尿病治療多摩懇話会を設病眼学会での教育セミナー「糖尿病網膜症の医療連携─放置〔別刷請求先〕大野敦:〒193-0998東京都八王子市館町1163東京医科大学八王子医療センター糖尿病・内分泌・代謝内科Reprintrequests:AtsushiOhno,M.D.,Ph.D.,DepartmentofDiabetology,EndocrinologyandMetabolism,HachiojiMedicalCenterofTokyoMedicalUniversity,1163Tate-machi,Hachioji-city,Tokyo193-0998,JAPAN268(126)中断をなくすために」に演者として参加した2)が,ここでの協議を経て『糖尿病眼手帳』(以下,眼手帳)の発行に至っている3).眼手帳は,2002年6月に日本糖尿病眼学会より発行されてから14年が経過し,その利用状況についての報告が散見される4.7)が,多摩地域では,眼手帳に対する眼科医の意識調査を発行半年目,2年目,7年目,10年目に施行してきた.そして発行半年目8),2年目9)の結果を7年目の結果と比較した結果10),ならびに10年目を加えた過去4回のアンケート調査の比較結果11)を報告してきた.眼手帳は2014年6月に第3版に改訂されたが,糖尿病黄斑症の記載が詳細になり,一方初版から記載欄を設けていた福田分類が削除され,第2版への改訂に比べて比較的大きな変更になった.そこで第3版への改訂から1年後の2015年6.7月に,第3版に対する眼科医の意識調査を行ったので,本稿ではその結果のうち,第3版での改訂ポイントを中心に報告する.I対象および方法アンケートの対象は,多摩地域の病院・診療所に勤務中の糖尿病診療に関心をもつ眼科医で,50名から回答があり,回答者の背景は下記に示す通りであった.1.性別:男性74%(37名),女性16%(8名),無回答10%(5名).2.年齢:30歳代12%,40歳代28%,50歳代42%,60歳代12%,70歳代6%で,50歳代・40歳代の順に多く,両年代で全体の70%を占めた.3.勤務先:開業医84%,病院勤務14%,無回答2%.4.臨床経験年数:10年以内4%,11.20年22%,21.30年44%,31.40年24%,41年以上6%で,21.30年の回答がもっとも多かった.5.定期通院中の担当糖尿病患者数:10名未満6%,10.29名26%,30.49名34%,50.99名8%,100名以上20%,無回答6%で,30.49名の回答がもっとも多かった.6.日本糖尿病眼学会:会員22%(11名),非会員60%(30名),無回答18%(9名).なおアンケート調査は2015年6.7月に施行されたが,眼手帳の協賛企業の医薬情報担当者がアンケートを持って各医療機関を訪問して医師にアンケートを依頼し,回答後直接回収する方式で行ったため,回収率はほぼ100%であった.今回,アンケートの配布と回収という労務提供を眼手帳の協賛企業の医薬情報担当者に依頼したことで,協賛企業が本研究の一翼を担うことになり倫理的問題が生じているが,アンケートを通じて眼手帳の啓蒙を同時に行いたいと考え,そのためには眼手帳の協賛企業に協力をしてもらうほうが良いと判断し,実施した.なお,アンケート内容の決定ならびにアンケートデータの集計・解析には,上記企業の関係者は関与していない.またアンケート用紙の冒頭に,「集計結果は,今後学会などで発表し機会があれば論文化したいと考えておりますので,御了承のほどお願い申し上げます」との文を記載し,集計結果の学会での発表ならびに論文化に対する了承を得た.今回報告対象としたアンケート項目は,下記のとおりである.問1.眼手帳を糖尿病患者に渡すことへの抵抗感問2.「精密眼底検査の目安」の記載があることの臨床上の適正度問3.4頁からの「受診の記録」のなかで記入しにくい項目問4-1.受診の記録における「糖尿病黄斑症」の記載の詳細化の是非問4-2.受診の記録における「糖尿病黄斑症の変化」の記載の是非問4-3.受診の記録における福田分類削除の是非問5.眼手帳第3版への改訂の患者さんへのわかりやすさ上記の問1.5に対するアンケート調査結果について,回答者50名全体の結果ならびに日本糖尿病眼学会の会員11名と非会員30名の比較結果を検討した.会員と非会員の回答結果の比較にはc2検定を用い,統計学的有意水準は5%とした.II結果1.眼手帳を糖尿病患者に渡すことへの抵抗感(図1)眼手帳を渡すことへの抵抗は「まったくない」と「ほとんどない」を合わせて90%を超えていた.糖尿病眼学会の会員と非会員の比較では,両群間に有意差はなかった.2.「精密眼底検査の目安」の記載があることの臨床上の適正度(図3)眼手帳1ページの「眼科受診のススメ」(図2)の下段に「精密眼底検査の目安」が記載されていることおよび記載内容ともに「適当」との回答が全体の89%を占めた.糖尿病眼学会の会員と非会員の比較では,「目安の記載自体が混乱のもとなので不必要」との回答が会員で28.6%と有意に多かった(c2検定:p=0.001).3.4ページからの「受診の記録」のなかで記入しにくい項目(図4,5)記入しにくい項目としては,「糖尿病網膜症の変化」と「糖尿病黄斑症の変化」が17%前後で多かった(図4).糖尿病眼学会の会員と非会員の比較では,会員は「糖尿病黄斑症の変化」,非会員は「糖尿病網膜症の変化」の回答がともに20%を超えて多かった(図5).4.1.受診の記録における「糖尿病黄斑症」の記載の詳細化の是非(図6)黄斑症の記載が詳細になったことは「適切な改変」との回答が69%でもっとも多かった.糖尿病眼学会の会員と非会員の比較では,会員は「細かくて記載が大変になった」が50%,非会員は「適切な改変」が76%で,それぞれもっと■まったくない■ほとんどない■多少ある■かなりある0%20%40%60%80%100%〈糖尿病眼学会会員(11名)と非会員(30名)の比較〉図1眼手帳を糖尿病患者に渡すことへの抵抗感も多かった(c2検定:p=0.07).4.2.受診の記録における「糖尿病黄斑症の変化」の記載の是非(図7)黄斑症の変化は「必要な項目」が48%,「必要だが記載しにくく,ないほうがよい」が38%と回答が分かれていた.糖尿病眼学会の会員と非会員の比較では,両群間に有意差はなかった.4.3.受診の記録における福田分類削除の是非(図8)福田分類は「ないままでよい」が60%と最多で,復活希望は3%にとどまった.糖尿病眼学会の会員と非会員の比較では,復活希望は会員で14.3%,非会員は0%であった.5.眼手帳第3版への改訂の患者さんへのわかりやすさ(図9)患者さんサイドに立った眼手帳をめざして,1ページの「眼科受診のススメ」などの表記を患者さんにわかりやすい表記に変更(図2)したが,患者さんにとってわかりやすくなったとの回答が全体の54.5%を占めた.糖尿病眼学会の会員と非会員の比較では,非会員は「わかりやすくなった」が63%,会員は「どちらともいえない」が44%で,それぞれもっとも多かった.図2「眼科受診のススメ」の推移■適当■不必要■修正必要(%)2.2複数回答可無回答7名を除く43名中の回答割合で表示80(無回答5名)0%20%40%60%80%100%40〈糖尿病眼学会会員(11名)と非会員(30名)の比較〉20特になし糖尿病黄斑症の変化糖尿病黄斑症糖尿病網膜症の変化糖尿病網膜症白内障眼圧矯正視力次回受診予定日図3「精密眼底検査の目安」の記載があることの臨床上の適正度図44ページからの「受診の記録」のなかで記入しにくい項目適切細かくて記載が大変その他(%)(無回答11名)8060400%20%40%60%80%100%〈糖尿病眼学会会員(11名)と非会員(30名)の比較〉200特になし糖尿病黄斑症の変化糖尿病黄斑症糖尿病網膜症の変化糖尿病網膜症白内障眼圧矯正視力次回受診予定日図54ページからの「受診の記録」のなかで記入しにくい項目図6受診の記録における「糖尿病黄斑症」の記載の詳細化の<糖尿病眼学会会員(11名)と非会員(30名)の比較>是非必要記載しにくくないほうがよい元々不要その他ないままでよい復活してほしいどちらともいえない2.9(無回答8名)(無回答15名)0%20%40%60%80%100%0%20%40%60%80%100%〈糖尿病眼学会会員(11名)と非会員(30名)の比較〉〈糖尿病眼学会会員(11名)と非会員(30名)の比較〉図7受診の記録における「糖尿病黄斑症の変化」の記載の是非図8受診の記録における福田分類削除の是非0%20%40%60%80%100%〈糖尿病眼学会会員(11名)と非会員(30名)の比較〉図9眼手帳第3版への改訂の患者さんへのわかりやすさIII考按1.眼手帳を糖尿病患者に渡すことへの抵抗感多摩地域の眼科医に対する眼手帳に関するアンケート調査結果の推移11)をみると,眼手帳配布に対する抵抗感は,2年目以降「まったくない」と「ほとんどない」を合わせて80%を超えており,今回の結果も同様であった.外来における時間的余裕ならびに配布,手帳記載時にコメディカルスタッフによるサポート体制が確保されれば,配布率の上昇が期待できる.2.「精密眼底検査の目安」の記載があることの臨床上の適正度糖尿病眼学会の会員において,「目安の記載自体が混乱のもとなので不必要」との回答が28.6%と有意に多かった.これが糖尿病の罹病期間や血糖コントロール状況を加味せずに,検査間隔を決めるむずかしさを示唆しており,受診時期は主治医に従うように十分説明してから手帳を渡すことの必要性を改めて示している.3.4ページからの「受診の記録」のなかで記入しにくい項目多摩地域の眼科医における眼手帳第2版までのアンケート調査では,記入しにくい項目として,「福田分類」のつぎに「糖尿病網膜症の変化」があげられている11).今回その項目と「糖尿病黄斑症の変化」が多かったことは,網膜症や黄斑症の経時的変化を記載することの負担感を示している.4.1.受診の記録における「糖尿病黄斑症」の記載の詳細化の是非7割の回答者が黄斑症の記載が詳細になったことは適切な改変と評価しているものの,学会員の半数は細かくて記載が大変になったと回答している.おそらく定期通院中の糖尿病患者数が多く,かつ黄斑症の患者も多いため,記載に対する負担感が強いと思われる.4.2.受診の記録における「糖尿病黄斑症の変化」の記載の是非黄斑症の記載の詳細化に対する高評価に比べると,黄斑症の変化は必要だが「記載しにくくないほうがよい」との回答も4割弱認めた.この項目の記載には,OCTによる診察ごとの比較が不可欠であり,その煩雑さが記載のしにくさを反映していると考えられる.4.3.受診の記録における福田分類削除の是非多摩地域の眼科医に対する眼手帳発行10年目までのアンケート調査では,10年目の回答において,受診の記録のなかで記入しにくい項目として「福田分類」と「変化」が多く選ばれ,とくに福田分類の増加率が高かった11).福田分類は,内科医にとっては網膜症の活動性をある程度知ることのできる分類であるため記入して頂きたい項目ではあるが,その厳密な記入のためには蛍光眼底検査が必要となることもあり,眼科医にとっては埋めにくい項目と思われる1).こうした流れもあり,眼手帳の第3版では受診の記録から福田分類は削除されたが,今回の結果では福田分類は「ないままでよい」が6割を占め,復活希望は3%にとどまった.したがって,現時点で眼手帳の第3版の改訂方針は眼科医に支持されているといえるが,今後は福田分類削除に対する内科医の意見も聞いてみたい.5.眼手帳第3版への改訂の患者さんへのわかりやすさ眼手帳第3版への改訂では,図2の「眼科受診のススメ」の表記だけでなく,眼手帳後半のお役立ち情報にOCTや薬物注射を加えるなどの改変を行っている.こうした工夫が,患者さんにとって「わかりやすくなった」との回答が過半数を占める評価につながったと思われる.以上のアンケート結果より,眼手帳の第3版における改訂ポイントに対しておおむね好意的な受け入れ状況を示したが,一部の記載項目では,とくに日本糖尿病眼学会会員において負担感をもつ回答者も認めた.今後は,さらに多くの医療機関で眼手帳を利用してもらうために,眼手帳の目的を理解してもらうための啓発活動ならびに眼手帳のより利用しやすい方法の提案が必要と思われる.謝辞:アンケート調査にご協力頂きました多摩地域の眼科医師の方々に厚く御礼申し上げます.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)大野敦,植木彬夫,馬詰良比古ほか:内科医と眼科医の連携のための糖尿病診療情報提供書の利用状況と改良点.日本糖尿病眼学会誌7:139-143,20022)大野敦:糖尿病診療情報提供書作成までの経過と利用上の問題点・改善点.眼紀53:12-15,20023)大野敦:クリニックでできる内科・眼科連携─「日本糖尿病眼学会編:糖尿病眼手帳」を活用しよう.糖尿病診療マスター1:143-149,20034)善本三和子,加藤聡,松本俊:糖尿病眼手帳についてのアンケート調査.眼紀55:275-280,20045)糖尿病眼手帳作成小委員会:船津英陽,福田敏雅,宮川高一ほか:糖尿病眼手帳.眼紀56:242-246,20056)船津英陽:糖尿病眼手帳と眼科内科連携.プラクティス23:301-305,20067)船津英陽,堀貞夫,福田敏雅ほか:糖尿病眼手帳の5年間推移.日眼会誌114:96-104,20108)大野敦,植木彬夫,住友秀孝ほか:多摩地域の眼科医における糖尿病眼手帳の利用状況と意識調査.日本糖尿病眼学会誌9:140,20049)大野敦,粂川真理,臼井崇裕ほか:多摩地域の眼科医における発行2年目の糖尿病眼手帳に対する意識調査.日本糖尿病眼学会誌11:76,200610)大野敦,梶邦成,臼井崇裕ほか:多摩地域の眼科医における糖尿病眼手帳に対するアンケート調査結果の推移.あたらしい眼科28:97-102,201111)大野敦,粟根尚子,梶明乃ほか:多摩地域の眼科医における糖尿病眼手帳に対するアンケート調査結果の推移(第2報).ProgMed34:1657-1663,2014***

難治性糖尿病黄斑浮腫に対するアフリベルセプト硝子体内投与の短期成績

2017年2月28日 火曜日

《第21回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科34(2):264.267,2017c難治性糖尿病黄斑浮腫に対するアフリベルセプト硝子体内投与の短期成績石田琴弓加藤亜紀太田聡平野佳男野崎実穂吉田宗徳小椋祐一郎名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学Short-termOutcomeofIntravitrealA.iberceptforDiabeticMacularEdemaKotomiIshida,AkiKato,SatoshiOta,YoshioHirano,MihoNozaki,MunenoriYoshidaandYuichiroOguraDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences目的:糖尿病黄斑浮腫に対するアフリベルセプト硝子体内投与の治療効果を検討した.対象および方法:糖尿病黄斑浮腫に対しアフリベルセプト硝子体内投与を行い,6カ月以上経過観察できた11例15眼(非増殖糖尿病網膜症7例9眼,増殖糖尿病網膜症4例6眼)を対象とした.平均年齢は58.3歳,平均観察期間は8.7カ月であった.必要に応じて追加投与を行い,矯正視力,中心網膜厚,黄斑体積を検討した.結果:平均投与回数は2.9回であった.最終受診時において,投与前と比較して平均視力はlogMAR視力で0.49から0.38(p<0.05)に,中心網膜厚は526μmから433μmに(p<0.05),黄斑体積は13.6mm3から12.3mm3(p<0.01)にいずれも有意に改善を示した.結論:糖尿病黄斑浮腫に対するアフリベルセプト硝子体内投与は,視力および黄斑浮腫の改善に有効であった.Purpose:Toreportthee.cacyofintravitreousinjectionofa.ibercept(IVA)forthetreatmentofdiabetimacularedema.PatientsandMethod:Enrolledwere15eyeswithdiabeticmacularedema(9eyeswithnon-pro-liferativediabeticretinopathy,6eyeswithproliferativevitreoretinopathy)thatunderwentIVAandwerefollowedupfor6monthsorlonger.Meanagewas58.3years;averagefollow-upperiodwas8.7months.Alleyesunder-wentIVAintheprorenata(PRN)regimenandbest-correctedvisualacuity(BCVA)measurement;centralreti-nalthickness(CRT)andmaculavolume(MV)onopticalcoherencetomographyweremeasuredperiodically.Results:ThemeanIVAfrequencywas2.9times.Atlastvisit,logMARBCVAsigni.cantlyimprovedfrom0.49to0.38(p<0.05),CRTdecreasedfrom526μmto433μm(p<0.05)andMVdecreasedfrom13.6mm3to12.3mm3(p<0.01),comparedtobaseline.Conclusion:Intravitrealinjectionofa.iberceptisane.ectivetreatmentfordiabeticmacularedema.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(2):264.267,2017〕Keywords:アフリベルセプト,抗血管内皮増殖因子,糖尿病黄斑浮腫,光干渉断層計.a.ibercept,antivascularendothelialgrowthfactor,diabeticmaculaedema,opticalcoherencetomographyはじめに糖尿病網膜症は先進国において主要な成人の失明原因である.わが国においても,若生ら1)の視覚障害の原因調査で糖尿病網膜症は2位(15.6%)を占めている.糖尿病黄斑浮腫は糖尿病網膜症の重症度にかかわらず発症し,直接視力低下の原因となるため,その治療は重要である.糖尿病黄斑浮腫に対しては毛細血管瘤に対する直接凝固や,閾値下凝固を含む格子状凝固,あるいはステロイド局所投与,硝子体手術が施行されてきたが,治療に抵抗することも少なくない.2014年に抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)製剤であるラニビズマブとアフリベルセプトが相次いで糖尿病黄斑浮腫の治療薬として承認され,重要な役割を果たしている.ラニビズマブはVEGFに対する中和抗体のFab断片で2),アフリベルセプトはVEGF受容体-1およびVEGF受容体-2の細胞外ドメインとヒトIgG1のFcドメインからなる遺伝子組換え融合糖蛋白質であり,VEGF-A,VEGF-B,胎盤成長因子などのVEGFファミリーに高い親和性を有するとされている3).〔別刷請求先〕加藤亜紀:〒467-8601名古屋市瑞穂区瑞穂町川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学Reprintrequests:AkiKato,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,1Kawasumi,Mizuho-cho,Mizuho-ku,Nagoya467-8601,JAPAN264(122)今回筆者らは糖尿病黄斑浮腫に対するアフリベルセプト硝子体内注射後の視力,滲出性変化への影響を評価したので報告する.I対象および方法対象は2014年11月.2015年3月に名古屋市立大学病院で,他の治療で改善が困難な糖尿病黄斑浮腫に対し,アフリベルセプト2mg硝子体内注射を施行し,6カ月以上経過観察できた11例15眼である.投与前視力が小数視力で1.2以上の症例,無硝子体眼は対象から除外した.平均年齢58.3±3.3歳,平均観察期間8.7±0.3カ月(6.10カ月)であった.病型の内訳は非増殖糖尿病網膜症7例9眼,増殖糖尿病網膜症4例6眼であった.全例において糖尿病黄斑浮腫に対して治療歴があり,トリアムシノロン後部Tenon.下投与11例13眼,網膜光凝固12例14眼,(毛細血管瘤に対する直接凝固11眼,格子状閾値下凝固2眼,汎網膜光凝固7眼)ラニビズマブ硝子体内注射5例6眼であった(重複含む).初回アフリベルセプト投与後は原則毎月診察を行い,矯正視力,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)(シラスHD-OCT,ZEISS社)から,小数視力で2段階以上の視力低下あるいはOCTで黄斑部浮腫の残存または増悪が認められた場合はアフリベルセプトの追加投与を行った(prorenata:PRN投与).また症例によっては他の治療法を併用した.矯正視力およびOCTによる中心網膜厚,黄斑体積を後ろ向きに検討した.視力変化は,小数視力をlogarithmofminimalangleofresolution(logMAR)視力に換算したうえで0.3以上の差を改善または悪化とし,それ以外を不変とした.またCRTは20%以上の変化を改善,悪化とした.logMAR視力,中心網膜厚,黄斑体積の投与前と投与後の統計的比較には,Dunnett’stestを用いて,p<0.05を有意差ありとした.II結果平均投与回数は2.9±0.32であった.アフリベルセプト投与前後の最高矯正視力の変化を図1に示す.平均logMAR視力は,投与前0.49±0.08に対し,投与後最高時では0.26±0.08で有意に改善を認めた.また投与後最高視力においては,視力が改善した症例5眼(33%),不変が10眼(67%)で悪化した症例はなかった.投与後1カ月,3カ月,6カ月,最終受診時ではそれぞれ,0.34±0.05,0.36±0.06,0.39±0.08,0.39±0.08で,いずれの時点においても術前と比較して有意に改善を認めた(図2).最終受診時における視力変化は改善2眼(13%),不変13眼(87%)で悪化した症例はなかった(図3).平均中心網膜厚は投与前526±37μm,投与後1カ月,3カ月,6カ月,最終受診時ではそれぞれ,353±21μm,431±50μm,473±45μm,443±47μmで,投与前と比較し1カ月と最終受診時で有意に改善を認めた(図4).投与後最良中心網膜厚は改善が11眼(73%),不変が4眼(26%)で悪化した症例はなかった.最終受診時の中心網膜厚は改善7眼(47%),不変7眼(47%)で悪化1眼(6%)であった.平均黄斑体積は投与前13.6±0.46mm3,投与後1カ月,3カ月,6カ月後,最終受診時はそれぞれ11.9±0.31mm3,12.2±0.53mm3,12.1±0.53mm3,12.3±0.50mm3で,いずれの時点においても術前と比較して有意に改善を認めた(図4).経過観察中に,黄斑浮腫に対してアフリベルセプト以外の治療を行った症例は7例8眼で,トリアムシノロン後部Tenon.下注射2例2眼,トリアムシノロン硝子体内注射1例1眼,毛細血管瘤に対する直接凝固4例4眼,格子状閾値下凝固1例2眼,硝子体手術1例1眼(重複含む)であった.経過観察中に浮腫が消失し,その後再発しなかった症例は3例3眼で,2例はアフリベルセプト投与直後に毛細血管瘤に対する直接凝固を併用した症例,1症例はアフリベルセプト投与の2週間前に直接凝固を施行していた症例であった.6例9眼は浮腫が一度は消失したが,経過観察中に浮腫が再発し追加治療を行った.3例3眼は経過観察中,一度も浮腫の改善が得られなかった.経過観察中に,眼内炎,水晶体損傷,網膜.離,網膜裂孔など,直接アフリベルセプト硝子体内投与が関与したと思われる合併症はみられなかった.両眼加療中の患者1例で経過観察中に網膜中心動脈閉塞症を発症した.左眼へのアフリベルセプト投与3日後,右眼へのアフリベルセプト投与2カ月後に急に右眼視力が光覚弁にまで低下,蛍光眼底造影検査で右眼の著明な動脈の灌流遅延を認めた.その後視力は発症前程度にまで改善した.この症例は血糖値のコントロールが不安定で,前増殖型ではあったが,比較的無灌流領域の広い症例であった.またその他の重篤な有害事象は認めなかった.III考按今回筆者らは他の治療で改善が困難な難治性糖尿病黄斑浮腫に対してアフリベルセプト硝子体内投与を施行した.約9カ月間での平均投与回数は約3回で,アフリベルセプト後,最高視力はlogMAR視力で0.49から0.26に有意に改善,また33%の症例で視力が0.3以上改善した.経過観察中の平均視力は投与前と比較し有意に改善していた.中心網膜厚は最良時において73%が投与前と比較して改善し,平均中心網膜厚は最終受診時において投与前と比較して有意に改善していた.また平均黄斑体積も視力と同様,経過観察中投与前と比較し有意に改善していた.経過観察中浮腫の再発を認めなかったのは3眼(20%)で,9眼(60%)は浮腫が再発し,1.201.000.800.600.400.20アフリベルセプト投与後最高視力投与前136最終受診時(カ月)0.200.400.600.801.001.20図2アフリベルセプト投与後の視力の推移(logMAR)矯正視力は投与前と比較していずれの時点においても有意に改善を認めた(**p<0.01,*p<0.05,Dunnett’stest,bar±SE).アフリベルセプト投与前視力(logMAR)図1アフリベルセプト投与前視力と投与後最高視力(logMAR)全症例のアフリベルセプト投与前と投与後の最高視力を示す.60015.0526中心網膜厚黄斑体積13.6473431433*12.3**353**12.2**12.1**11.9**中心網膜厚(μm)黄斑体積(mm3)50014.0最高視力40013.0最終視力30012.020011.0投与前136最終受診時(カ月)図4アフリベルセプト投与後の中心網膜厚・黄斑体積の推移中心網膜厚は投与前と比較して1カ月,最終受診時,有意に改善を認めた.黄斑体積は投与前と比較していずれの時点においても有意に改善を認めた(**p<0.01,*p<0.05,Dunnett’stest,bar±SE).ト2mgを4週間ごとに5回投与後,8週ごとに連続投与した群では100週目で10文字程度改善し(VISTA11.1文字,VIVID9.4文字),15文字以上改善を維持していた割合は(VISTA33%VIVID31%)であったとしている.一方でRESTOREstudy6)やREVEALstudy7)ではPRN投与方式でラニビズマブ単独投与と黄斑部に対する網膜光凝固の併用の比較をしている.いずれも1年後において視力改善は6文字程度(RESTORE:IVR単独群6.1文字,併用群5.9文字,REVEAL:IVR単独群6.6文字,併用群6.4文字)で,ラニビズマブ投与回数は7回であったとしている.また網膜光凝固を併用した群と,しなかった群では結果に差はなかったと報告している.今回の筆者らの検討では,logMARでの0.02の変化をETDRS視力の1文字と換算したとき,最高視力は0.23改0%20%40%60%80%100%図3最高視力時・最終受診時における視力改善度logMAR視力で0.3以上の変化を改善・悪化としたとき,最高視力時は改善が33%,最終受診時は改善13%,残りは不変で悪化した症例はなかった.残りの3眼(20%)は経過観察中浮腫が残存した.糖尿病黄斑浮腫に対する抗VEGF薬の有効性はすでに大規模臨床試験で示されている.わが国で最初に承認されたラニビズマブ0.5mg硝子体内投与については,RISEandRIDE試験4)として知られる毎月ラニビズマブ硝子体内投与(intravitrealranibizumab:IVR)の有効性を評価した報告で,24カ月後においてETDRS視力で12文字(RIDE12.0文字,RISE11.9文字)の改善を認め,36カ月後でも11文字(RIDE11.4文字,RISE11.0文字)程度の改善を認めたとしている.また36カ月後15文字以上の改善を維持していた割合は約40%(RIDE40.2%,RISE41.6%)であったとしている.アフリベルセプトにおいても連続投与に関する報告がされており,VISTAandVIVID試験5)においてアフリベルセプ善で約11.5文字改善しており,0.3以上の改善すなわち15文字以上の改善がえられた症例は33%で,最高視力時だけを比較すると,アフリベルセプトの連続投与での改善度に近いが,最終視力はlogMARで0.1の改善,ETDRSに換算すると5文字の改善にとどまり,15文字以上改善した症例も13%になり,PRN投与による既報と同等かそれ以下であると考えられる.投与回数も1年で約4回の計算になり,他の試験と比較すると少ない.実臨床においてたとえPRN方式であったとしても,医師が必要と判断したときに必ずしも患者が治療を希望するとは限らない.患者によっては金銭的な理由からステロイドの局所投与や,網膜光凝固を選択する場合も少なくない.よって可能な限り治療回数と,治療費を抑えることが必要になる.当院では以前から,インドシアニングリーン蛍光眼底造影を利用した毛細血管瘤の直接凝固8)を積極的に行っており,今回追加治療の必要なかった症例はいずれも治療の前後に直接凝固の治療歴があった.網膜光凝固の併用は差がないとの報告も多いが6,7),近年追尾システムを導入した網膜光凝固機器による網膜光凝固の併用でラニビズマブの投与回数を少なくできたとの報告がされており9),抗VEGF治療に毛細血管瘤に対する直接凝固を併用することは糖尿病黄斑浮腫の治療に有用であると思われる.今回の症例では5例6眼にラニビズマブ硝子体内投与の既往があった.糖尿病黄斑浮腫の治療において,現在わが国で認可されているどちらの薬剤の治療効果が高いかは興味深いところであるが,ベバシズマブ,ラニビズマブ,アフリベルセプト3剤の治療効果を比較したprotocolTとよばれる検討10,11)においては,治療開始後1年目では視力が20/50以下の群ではアフリベルセプトは他の群と比較して有意に視力改善がみたれたが,2年目では,3群の視力改善度も投与回数もともに差はなく,また合併症についても3群間で大きな差はみられなかったとしており,今回の症例においても長期経過を検討する必要があると思われる.今回,網膜中心動脈閉塞症と思われる所見を呈した症例が1例あった.両眼治療中で,左眼へのアフリベルセプト投与3日後,右眼へのアフリベルセプト投与2カ月後に右眼に症状が出現し,その後無治療で視力は発症前程度にまで改善したことから,動脈の完全閉塞が生じていたかどうかは定かではないが,抗VEGF薬による加療は眼内炎,網膜裂孔,水晶体損傷など眼への直接的な侵襲によるもののみならず,全身の血流,あるいは今回のように眼局所の血流にも影響を及ぼす可能性があり,注意深い経過観察が必要である.アフリベルセプトは糖尿病黄斑浮腫に対して他の治療に抵抗する症例においても浮腫の改善に有効であった.しかし効果は一時的で,大部分の症例において浮腫が再発し,追加治療が必要であった.視力改善を維持するためには投与回数を増やしたほうが良いとも思われるが,実臨床の場ではむずかしい部分もあり,併用療法も含め今後さらなる検討が必要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)若生里奈,安川力,加藤亜紀ほか:日本における視覚障害の原因と現状.日眼会誌118:495-501,20142)FerraraN,GerberHP,LeCouterJ:ThebiologyofVEGFanditsreceptors.NatMed9:669-676,20033)HolashJ,DavisS,PapadopoulosNetal:VEGF-Trap:aVEGFblockerwithpotentantitumore.ects.ProcNatlAcadSciUSA99:11393-11398,20024)BrownDM,NguyenQD,MarcusDMetal:Long-termoutcomesofrenibizumabtherapyfordiabeticmaculaedema:the36-monthresultsfromtwophaseIIItrials:RISEandRIDE.Ophthalmology120:2013-2022,20135)BrownDM,Schmidt-ErfurthU,DoDVetal:Intravitreala.iberceptfordiabeticmacularedema:100-weekresultsfromtheVISTAandVIVIDstudies.Ophthalmology122:2044-2052,20156)MitchellP,BandelloF,Schmidt-ErfurthUetal:TheRESTOREstudy:ranibizumabmonotherapyorcombinedwithlaserversuslasermonotherapyfordiabeticmacularedema.Ophthalmology118:615-625,20117)IshibashiT,LiX,KohAetal:TheREVEALStudy:Ranibizumabmonotherapyorcombinedwithlaserversuslasermonotherapyinasianpatientswithdiabeticmacularedema.Ophthalmology122:1402-1415,20158)OguraS,YasukawaT,KatoAetal:Indocyaninegreenangiography-guidedfocallaserphotocoagulationfordia-beticmacularedema.Ophthalmologica234:139-150,20159)LieglR,LangerJ,SeidenstickerFetal:Comparativeevaluationofcombinednavigatedlaserphotocoagulationandintravitrealranibizumabinthetreatmentofdiabeticmacularedema.PLoSONE9:e113981,201410)DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork:A.iber-cept,bevacizumab,orranibizumabfordiabeticmacularedema.NEnglJMed372:1193-1203,201511)WellsJA,GlassmanAR,AyalaARetal:A.ibercept,bevacizumab,orranibizumabfordiabeticmacularedema:Two-yearresultsfromacomparativee.ectivenessran-domizedclinicaltrial.Ophthalmology123:1351-1359,2016***

日本人における糖尿病黄斑浮腫に対するラニビズマブ硝子体注射の6 カ月治療成績

2017年2月28日 火曜日

《第21回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科34(2):259.263,2017c日本人における糖尿病黄斑浮腫に対するラニビズマブ硝子体注射の6カ月治療成績村松大弐*1若林美宏*1上田俊一郎*2馬詰和比古*1八木浩倫*1木村圭介*1川上摂子*1飯森さやか*1根本怜*1阿川毅*1塚原林太郎*2三浦雅博*2後藤浩*1*1東京医科大学眼科学分野*2東京医科大学茨城医療センター眼科IntravitrealInjectionofRanibizumabforDiabeticMacularEdemainJapan:6Months’OutcomeDaisukeMuramatsu1),YoshihiroWakabayashi1),ShunichiroUeda2),KazuhikoUmazume1),HiromichiYagi1),KeisukeKimura1),SetsukoKawakami1),SayakaIimori1),ReiNemoto2),TsuyoshiAgawa1),RintaroTsukahara2),MasahiroMiura2)andHiroshiGoto1)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,IbarakiMedicalCenter,TokyoMedicalUniversity目的:糖尿病黄斑浮腫(DME)に対するラニビズマブ硝子体注射(IVR)の効果を検討する.対象および方法:DMEにIVRを行い,6カ月以上観察が可能であった78眼を対象に,後ろ向きに調査した.初回IVR後1,3,6カ月と最終受診時の視力と中心網膜厚,追加治療について検討した.初回注射の後は毎月観察を行い,必要に応じて再治療を行った.結果:観察期間は平均9.9カ月であった.治療前視力の平均logMAR値は0.4で,治療1カ月で0.32と改善傾向を示し,3,6カ月後および最終受診時には,それぞれ0.29,0.26,0.27と有意な改善を示した(p<0.05).治療前の網膜厚は488μmで,治療1,3,6カ月後,および最終受診時には388,404,392,372μmと全期間で有意な改善を示した(p<0.05).最終観察時までのIVR回数は平均2.9回であり,経過中に光凝固は22眼(28%)に,トリアムシノロンTenon.下注射は9眼(12%)に併用された.視力が改善(logMAR0.2以上)した症例の割合は全体の36%であり,74%の症例は最終時に小数視力0.5以上となった.結論:IVRはDMEの軽減と視機能の改善に有効であるが,再発も多く,複数回の投与と追加治療を要する.Purpose:Toassessthee.cacyofintravitrealinjectionofranibizumab(IVR)inJapanesepatientswithdia-beticmacularedema(DME).Casesandmethods:Inthisretrospectivecaseseries,78eyesof63patientswithDMEreceived0.5mgIVR.Caseswerefollowedupfor6monthsorlonger.Bestcorrectedvisualacuity(BCVA;logMAR)andcentralretinalthickness(CRT)werethemainmeasurements.Results:Meanfollowupperiodwas9.9months.BaselineBCVAandCRTwere0.4and488μm,respectively.At1month,BCVAhadimprovedto0.32andCRThadsigni.cantlydecreasedto388μmcomparedtobaseline(p<0.01).At6monthsand.nalvisit,BCVAhadsigni.cantlyimprovedto0.26(p<0.05)and0.27(p<0.05),respectively;CRThaddecreasedto392μm(p<0.01)and372μm(p<0.01),respectively.AverageIVRincidencewas2.9times.Visualacuityindigitswas0.5oroverin74%ofpatients.Conclusion:Intravitrealinjectionofranibizumabisane.ectivetreatmentforDME.However,multipleinjectionsandadditionaltreatmentsarerequired,duetofrequentrecurrence.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(2):259.263,2017〕Keywords:ラニビズマブ,糖尿病黄斑浮腫,光凝固,トリアムシノロンアセトニド,抗VEGF.ranibizumab,dia-beticmacularedema,photocoagulation,triamcinoloneacetonide,anti-VEGF.〔別刷請求先〕村松大弐:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学眼科学分野Reprintrequests:DaisukeMuramatsu,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity,6-7-1Nishishinjuku,Shinjuku-ku,Tokyo160-0023,JAPANはじめに糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)は糖尿病網膜症における視力障害の主要因子の一つであり,病態には血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)が関与していることが知られている.わが国における糖尿病網膜症の有病率は,久山町研究1)によると40歳以上の人口の15%,舟形町研究2)によると35歳以上の人口の14.6%と高率であり,糖尿病網膜症は日本の視覚障害者の主原因疾患の一つであるため,その制御はきわめて重要である.DMEに対する治療は,近年では抗VEGF療法が治療の主体となりつつある3.5).抗VEGF抗体の一種であり,ヒト化モノクローナル抗体のFab断片であるラニビズマブはDMEの治療にも適応が拡大され,大規模研究であるRISE&RIDEstudyによって,偽注射に対して治療の優位性が証明された6).また,同様の大規模研究であるRESTOREstudyにより,光凝固への優位性も証明された7).しかし,これらの研究の対象は約95%が白人やアフリカンアメリカン人種であることに加え,薬剤の投与についても臨床研究のため多数の注射が行われており,日本人をはじめとするアジア人における実臨床における反応性や効果についてはいまだに不明である.2014年2月からわが国においてもDMEへのラニビズマブ治療が認可され,広く使用されるようになってきたことから,日本人患者に対して行われた治療成績を報告する.I対象および方法対象は2014年3月.2014年12月に,東京医科大学病院ならびに東京医科大学茨城医療センター眼科において加療したびまん性黄斑浮腫を伴う糖尿病網膜症で,ラニビズマブ0.5mgの硝子体注射(intravitrealinjectionofranibizum-ab:IVR)で治療を行い,6カ月以上の観察が可能であった日本人症例73例78眼(男性50例,女性23例)である.治療時の年齢は43.83歳,平均(±標準偏差)は66.4±9.9歳である.治療前の光干渉断層計(opticalcoherencetomogra-phy:OCT)による浮腫のタイプ8)は網膜膨化型が50眼(64%),.胞様浮腫が35眼(45%),漿液性網膜.離が22眼(28%)であり,これらの所見は同一症例で混合している場合もあった.治療歴として,ベバシズマブからの切り替え症例が23眼あった.また,初回抗VEGF抗体治療眼は55眼(71%)であり,これらのうち20眼はまったくの無治療,35眼(45%)は光凝固やトリアムシノロンアセトニドテノン.下注射(sub-Tenoninjectionoftriamcinoronacetonide:STTA)による治療歴があった.治療プロトコールとして,IVRの後に毎月観察を行い,その後は必要に応じて再治療を行った(prorenata:PRN).再治療は,2段階以上の視力低下,もしくは20%以上の中心網膜厚(centralretinalthickness:CRT)の増加がみられ,患者の同意が得られた場合に原則IVRを行った.浮腫の悪化があってもIVRに同意されなかった場合や,IVR後の浮腫改善が不十分な場合はSTTAを施行している.全症例のうち,蛍光眼底造影で無灌流域や網膜毛細血管瘤を認めた18眼に対しては,IVRの後,1.2週の時点で計画的に光凝固(汎網膜光凝固や血管瘤直接凝固)を行い,残りの60眼はIVR単独で治療を開始して,適宜追加治療を行った.これら60眼のうち23眼においては,眼所見が安定するまで1カ月ごとに2.3回の注射を行うIVR導入療法を施行し,その後はPRNとした.検討項目は,IVR後,1,3,6カ月ならびに最終来院時における完全矯正視力,および光干渉断層計3D-OCT2000(トプコン)もしくはCirrusHD-OCT(CarlZeissMeditech)を用いて計測したCRTで,そのほかにも再発率,治療方法ならびに投与回数,投与時期について診療録を基に後ろ向きに調査した.II結果全78眼の平均観察期間は9.9±2.4カ月(6.14カ月)であった.全症例における治療前の平均CRTは488.1±131.3μmであったのに対し,IVR後1カ月の時点では388.0±130.1μmと減少していた.CRTは3カ月の時点で404.1±145.9μm,6カ月では392.1±117.3μm,最終来院時では372.8±120.1μmと,全期間を通じ,治療前と比較して有意な改善を示した(p<0.01,t-検定Bonferroni補正)(図1).全症例における治療前の視力のlogMAR値の平均は0.39±0.28であった.視力はIVR後1カ月で0.32±0.25,IVR後3カ月では0.29±0.50と有意に上昇した.その後6カ月,最終来院の時点で,それぞれ0.26±0.54,0.27±0.22であり,IVR後3,6カ月,および最終来院時において有意な改善を示した(p<0.05,t-検定Bonferroni補正)(図2).全症例の治療前後の視力変化をlogMAR0.2で区切って検討すると,IVR後1カ月の時点で改善例は17眼(22%),不変例は60眼(77%),悪化例は1眼(1%),3カ月の時点で改善例は23眼(29%),不変例は51眼(65%),悪化例は4眼(5%),6カ月の時点で改善例は25眼(32%),不変例は48眼(62%),悪化例は5眼(6%),最終来院時には改善例は28眼(36%),不変例は46眼(59%),悪化例は4眼(5%)であり,経時的に視力改善例が増加していた(表1).全症例のうち,治療前の小数視力が0.5以上を示した症例は41眼(53%)存在したが,IVR後1カ月では50眼(64%)3カ月で51眼(65%),6カ月で51眼(65%),最終来院時,で58眼(74%)と,これら視力良好例においても経時的に視力改善例の占める割合が増加していた(表2).520IVR(n=0)0.22500PC(n=12)0.24STTA(n=1)0.26480IVR(n=32)0.28††*†400†中心網膜厚(μm)0.3460PC(n=5)logMAR0.324400.34PC(n=2)4200.360.380.4†380360340治療前1カ月3カ月6カ月最終図1治療前後の中心網膜厚の経時的変化全症例の各時点における中心網膜厚を示す.注射1カ月で網膜厚は大きく減少し,その後も3,6カ月,最終時と治療前と比較し有意に網膜厚は減少している.†p<0.01.経過中の追加治療の内訳と施行眼数を示す.PC:光凝固,IVR:ラニビズマブ硝子体注射,STTA:トリアムシノロンアセトニドテノン.下注射.表12段階以上の視力変化の割合改善不変悪化1カ月17眼(22%)60眼(77%)1眼(1%)3カ月23眼(29%)51眼(65%)4眼(5%)6カ月25眼(32%)48眼(62%)5眼(6%)最終28眼(36%)46眼(59%)4眼(5%)表3最終視力との関連因子関連因子眼数最終視力0.5以上の割合p値治療前視力あり40眼98%(39眼)0.5以上なし38眼50%(19眼)p<0.01あり34眼82%(28眼).胞様浮腫なし44眼68%(30眼)p=0.24あり22眼73%(16眼)漿液性.離なし56眼75%(42眼)p=0.99あり48眼71%(34眼)網膜膨化なし30眼80%(24眼)p=0.52c2検定経過中に浮腫が完全に消失したことがある症例は41眼(53%)であった.このうち,初回注射後1カ月の時点での完全消失は20眼(26%)であり,6カ月以内に完全消失した例は32眼(41%)であった.最終来院時まで浮腫の完全消失が持続した症例は4眼(5%)のみであった.浮腫消失が持続した例における個別の背景として,1例は白内障手術に起因して発生した急性期の浮腫であり,2回のIVRで寛快した.もう1例は光凝固直後に発生した急性期浮腫に対し,20.420.44治療前1カ月3カ月6カ月最終図2治療前後の視力の経時的変化全症例の各時点における視力のlogMAR値を示す.注射1カ月で視力は上昇し,その後も経時的に向上している.3,6カ月,最終時にはおいては治療前と比較し有意に改善している.*p<0.05,†p<0.01.表2治療前後の各時点における小数視力0.5以上の割合治療前41眼(53%)1カ月50眼(64%)3カ月51眼(65%)6カ月51眼(65%)最終58眼(74%)回のIVRを施行して寛快しており,さらに別の1例は血管瘤への直接光凝固の併用例であった.経過観察中には浮腫の再発を63眼(81%)で認めた.注射後から浮腫再発までの期間の平均値は10.4±8.8週であったが,その幅は4.48週とさまざまであり,再発までの中央値は8週であった.注射を施行しても無反応だった症例が5眼(6%)に存在した.初回治療後6カ月までの平均IVR回数は2.2±2.3回(1.6回),最終観察時までのIVR回数は2.9±1.8回(1.8回)であった.また,光凝固を追加した症例は22眼(28%),STTAを追加した症例は9眼(12%)存在した.今回の症例には,光凝固やSTTAを併用した群と,IVR単独で治療した群が存在したが,IVRの回数について両群について比較すると,初回治療後6カ月までの平均IVR回数は併用療法群では1.9±1.1回であり,IVR単独群では2.4回±1.2回であり,最終観察時までのIVR回数は併用療法群では2.3±1.3回であり,IVR単独群では3.2回±1.9回であり,最終観察時において有意な差を認めた(p<0.05,pairedt-検定).最終視力が0.5以上得られた場合の術前因子をc二乗検定で解析すると,術前視力が0.5以上あることが有意な関連因子であったが,術前の浮腫タイプなどとは関連性がなかった(表3).III考按無作為二重盲検試験であるRISE&RIDEstudyにより,糖尿病黄斑浮腫に対するラニビズマブ治療の有効性が証明されたが6),この研究における治療プロトコールでは,当初の24カ月は毎月ラニビズマブ注射を行っており,多数の注射を要したうえで12文字の視力改善が得られていた.その後に行われた光凝固との比較試験であるRESTOREstudyにおいては,当初の3カ月は毎月ラニビズマブ注射を行い,それ以降は1カ月ごとの観察を通じて,必要に応じた再治療を行っている.そして12カ月の時点において6.1文字の改善を得ており,0.9文字の改善に留まった光凝固との比較において優位性が報告された7).今回は,23%(18眼)の症例ではIVR後1.2週のちに毛細血管瘤に対する直接光凝固や汎網膜光凝固を計画的に併用する方法で治療した.29%(23眼)の症例では1カ月ごとに2.3回の注射で導入療法を行い,その後は毎月観察を行って再発,悪化時に再投与を行うPRNで治療を行い,47%(37眼)の症例では1回の注射の後にPRNとし,6カ月間で平均2.2回,最終来院時までに2.9回の注射を行った.治療成績については,ラニビズマブ治療の開始直後から網膜浮腫は劇的に減少し,視力も治療前と比較して最終来院時には有意な向上が得られた.視力のデータをETDRS(EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy)の文字数に換算すると,最終来院時において7文字の改善が得られた結果となった.この改善度はRISE&RIDEstudyには及ばなかったが,RESTOREstudyの結果とは同等であった.本研究において,少ない注射回数にもかかわらずRESTOREstudyと同等程度の視力改善効果を得られた理由として,観察期間が短いことが大きな理由の一つと考えられる.したがって今後,治療期間の延長とともに注射回数も増加していく可能性はある.少ない注射回数であったもう一つの理由として,本研究においては積極的に毛細血管瘤への直接光凝固や無灌流域への選択的光凝固を併用,追加していることがあげられる.RESTOREstudyにおいてもラニビズマブと光凝固の併用療法を行っている群があるが,ラニビズマブ単独治療群と比較して視力改善度はやや劣り,1年間の注射回数もラニビズマブ単独群で平均7回であったのに対し,光凝固併用群でも6.8回とそれほど大きな差が認められなかった.しかし,この報告では光凝固の適応や凝固条件が明記されておらず,詳細は不明である.米国における光凝固は,後極部における格子状光凝固ならびに広範な無灌流域に対する徹底的な汎網膜光凝固が主体であり,わが国で一般的に行われている網膜毛細血管瘤に対する直接光凝固や,targetedretinalphotoco-agulation(TRP)とも称される9)部分的な無灌流域に対する選択的光凝固は行われていないため,これが本研究の治療成績との差異につながった可能性も考えられる.また近年では,眼底に凝固斑が出現しない,より低侵襲な光凝固による良好な治療成績も報告されており10),今後はこういった新しい低侵襲光凝固をラニビズマブと併用することにより,黄斑浮腫への治療効果もよりいっそう向上していくかもしれない.もう一つの理由として,適宜トリアムシノロンアセトニドのテノン.下注射を併用していることも関係している可能性が考えられる.糖尿病網膜症やDMEの病態進展にはVEGFのみならず,炎症が関与することが報告されている11.15).また,糖尿病網膜症に対する汎網膜光凝固時における黄斑浮腫の発生をトリアムシノロンアセトニドテノン.下注射によって抑制可能とする報告もあるので16),本研究におけるステロイドの併用がVEGF以外の浮腫を惹起する因子を抑制していた可能性もある.IVRを行う時期に関する一つの知見として,RISE&RIDEstudyにおいては偽注射群も研究開始後2年目からIVRを施行されたが,初回から治療した群と比較して視力改善率が低かったことが重要であると思われる.本研究においても前報と同様に治療後の良好な視力に有意に関連する事象として,治療前の視力が良好であることが示された.これらを考え併せると,黄斑浮腫が遷延化し,視細胞に障害が出現して視力が低下する前,すなわち浮腫発生後,早い段階でラニビズマブ治療を開始したほうが良好な治療成績が得られる可能性が高いのかもしれない.また今回の検討では,約8週間で8割以上の症例が再発をきたしていたので,今後IVRを行う際には,厳密なチェックならびに追加治療が必要であると考えられ,それが不可能な場合には早急に光凝固やトリアムシノロンテノン.下注射などの代替治療が必要であると考えられる.以上,日本人に対するラニビズマブ治療も短期的には有効と考えられたが,本研究は後ろ向き研究であり,症例数も十分とは言い難い.また,糖尿病網膜症にはさまざまな全身的な要因も絡むため,今後も長期にわたる経過観察と治療データの蓄積が必要であると考えられる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)安田美穂:世界の眼科の疫学研究のすべて久山町研究.あたらしい眼科28:25-29,20112)田邉祐資,川崎良,山下英俊:世界の眼科の疫学研究のすべて舟形町研究.あたらしい眼科28:30-35,20113)ShimuraM,YasudaK,YasudaMetal:Visualoutcomeafterintravitrealbevacizumabdependsontheopticalcoherencetomographicpatternsofpatientswithdi.usediabeticmacularedema.Retina33:740-747,20134)志村雅彦:糖尿病黄斑浮腫.眼科55:1525-1536,20135)村松大弐,三浦雅博,岩﨑琢也ほか:糖尿病黄斑浮腫に対するラニビズマブ硝子体注射の治療成績.あたらしい眼科33:111-114,20166)BrownDM,NguyenQD,MarcusDMetal;RIDEandRISEResearchGroup:Long-termoutcomesofranibi-zumabtherapyfordiabeticmacularedema:the36-monthresultsfromtwophaseIIItrials:RISEandRIDE.Ophthalmology120:2013-2022,20137)MitchellP,BandelloF,Schmidt-ErfurthUetal;RESTOREstudygroup:TheRESTOREstudy:ranibi-zumabmonotherapyorcombinedwithlaserversuslasermonotherapyfordiabeticmacularedema.Ophthalmology118:615-625,20118)OtaniT,KishiS,MaruyamaY:Patternsofdiabeticmac-ularedemawithopticalcoherencetomography.AmJOphthalmol127:688-693,19999)TakamuraY,TomomatsuT,MatsumuraTetal:Thee.ectofphotocoagulationinischemicareastopreventrecurrenceofdiabeticmacularedemaafterintravitrealbevacizumabinjection.InvestOphthalmolVisSci55:4741-4746,201410)稲垣圭司,伊勢田歩美,大越貴志子:糖尿病黄斑浮腫に対する直接凝固併用マイクロパルス・ダイオードレーザー閾値下凝固の治療成績の検討.日眼会誌116:568-574,201211)WakabayashiY,UsuiY,OkunukiYetal:Increasesofvitreousmonocytechemotacticprotein1andinterleukin8levelsinpatientswithconcurrenthypertensionanddia-beticretinopathy.Retina31:1951-1957,201112)WakabayashiY,KimuraK,MuramatsuDetal:Axiallengthasafactorassociatedwithvisualoutcomeaftervitrectomyfordiabeticmacularedema.InvestOphthalmolVisSci54:6834-6840,201313)MuramatsuD,WakabayashiY,UsuiYetal:CorrelationofcomplementfragmentC5awithin.ammatorycytokinesinthevitreousofpatientswithproliferativediabeticreti-nopathy.GraefesArchClinExpOphthalmol251:15-17,201314)FunatsuH,YamashitaH,NomaHetal:Aqueoushumorlevelsofcytokinesarerelatedtovitreouslevelsandpro-gressionofdiabeticretinopathyindiabeticpatients.Grae-fesArchClinExpOphthalmol243:3-8,200515)AdamisAP,MillerJW,BernalMTetal:Increasedvas-cularendothelialgrowthfactorlevelsinthevitreousofeyeswithproliferativediabeticretinopathy.AmJOph-thalmol118:445-450,199416)ShimuraM,YasudaK,ShionoT:Posteriorsub-Tenon’scapsuleinjectionoftriamcinoloneacetonidepreventspan-retinalphotocoagulation-inducedvisualdysfunctioninpatientswithseverediabeticretinopathyandgoodvision.Ophthalmology113:381-387,2006***

My boom 61.

2017年2月28日 火曜日

自己紹介大野建治(おおの・けんじ)上野原市立病院眼科私は平成4年に東京慈恵会医科大学を卒業しました.平成9年から2年間,米国ミネソタ州にあるMayoClinicに角膜リサーチフェローとして留学しました.その後は,角膜の臨床を中心に行ってきました.以来,患者さんに満足していただくように,最良の医療をめざしています.それでも,見えなくなってしまう患者さんも出てきます.そういった理由もあり,ここ10年位はロービジョンに注目するようになりました.念願の視覚障害者用補装具適合判定医の研修会を平成21年に受け,目からウロコが落ちる体験をしました.それからは,角膜とロービジョンが私の診療の二つの柱になっています.人生も半世紀を超え,仕事と遊びのどちらも,自分がワクワクすることを続けていきたいと思っています.働く時間はしっかり働く.そして,勤務時間以外は遊びに専念し,家族との時間も大切にするというのが理想です.そのためには,時間が必要です.経済的な裕福さ以上に,自由度を優先して予定を組んでいます.地位,名誉,役職などには興味ありません.Myboom:視覚障害者スポーツロービジョンに関連して,一昨年(平成27年)の3月に国際視覚障害者スポーツクラシファイアという資格をとりました.約5年前から行っていた視覚障害者スポーツ分野での地道な活動が花開いた形です.どんなことをするのか,以下説明します.障害者スポーツには,「クラス分け」という特徴的なシステムがあります.障害が軽い選手と重い選手が一緒(103)0910-1810/17/\100/頁/JCOPYに競えば,軽い選手が有利に決まっています.なので,同じ位の障害程度の選手を選んで,競い合うグループ作りをします.それがクラス分けです.視覚障害のある選手たちのクラス分けをする国際資格が,国際クラシファイアです.パラリンピックを仕切っているIPCと国際的に視覚障害者スポーツを仕切っているIBSAから出されている資格です.現在,日本には4名,世界には約60名の視覚障害の国際クラシファイアがいます.世界各地で開催される視覚障害者のスポーツ大会があると,現地に呼ばれる可能性があります.その資格を取得してから,リトアニアと韓国のピョンチャンに行きました.来月はトルコのアンタルヤに行く予定があります.あまり,観光や国際学会で行かないような所に行かれるのも楽しみです.また,クラス分けに関連して,視覚障害者スポーツ団体を支援しているので,パラリンピックをめざしているコーチや選手たちと交流しています.医者と患者の関係性と違って,友人のような水平な関係で,コーチや選手と飲みながら話をするのが楽しみの一つです.Myboom:モス(写真1)ここ数年はまっている遊びがモスです.モスは一人乗りの小さなヨットですが,すごい特徴があります.それは,風の力だけで飛ぶヨットなのです.飛ぶというのは正確ではありませんが,水中翼船のように船体のほとんどが空中に浮かんでいるので,水の抵抗が少なく,すごいスピードがでます.初めてこのモスの動画を見たときは,あまりのすごさに自分がぶっ飛びました.ぜひYouTubeで「モス,ヨット」で検索して,動画を見てみてください.見たことがない先生は驚くはずです.モスは車でいえばF1のようなもので,乗りこなすのが難しい船です.風がある程度ないと,浮かないので遅くてマヌケな船です.一方で,風が強すぎると操船困難になり,初心者の私は乗れあたらしい眼科Vol.34,No.2,2017245写真1モスという名の1人乗りの小型ヨット風の力だけで宙に浮かぶ.船体への水の抵抗がないため,最初は恐怖を感じるほどのスピードが出る.ません.ただでさえ海に行く機会がそれ程ないのに,条件が合わず,ただボーっと陸から海を眺めているだけという時も多くあります.全然うまくなれませんが,それでも,楽しいのです.モスとは違いますが,大型のヨットレース,アメリカズカップでは,日本のソフトバンクチームが挑戦しています.これも動画で検索してみてください.今,ヨットは飛ぶ時代なのです.Myboom:スキー(写真2)これは,はまっているというか,ライフワーク化しています.中学高校とスキー部で競技スキーをしていました.それ以来,ずっとスキーは続けています.スキーシーズンになれば,週末は毎週スキーに行きたいのですが,仕事や学会,家族の行事もあり,隔週で行くくらいが精一杯です.スキーでは,何といっても楽しいのが深雪,新雪です.雪質がいい深雪を滑っているときは,脳内麻薬が出ているかのような快感があります.深雪滑走中の,雲の中にいるような浮遊感がたまりません.以前参加したカナダでのヘリスキーのツアーに,また行くのが目標です.「CMHへリスキー」で検索していただくと,すごい写真が出てきますよ.Myboom:シュタイナー教育と田舎暮らし私は3人の子供に恵まれました.3人ともシュタイナー教育という教育を受けています.神奈川県の藤野という相模湖の近くの田舎町に,そのシュタイナー学園があります.シュタイナー教育はドイツのルドルフ・シュ写真2志賀高原にて何年続けていてもスキーは楽しい.寒い季節になってくると,ワクワクしてくる.タイナーの人間観に基づいた教育で,その教育を実践するシュタイナー学校は世界中にあります.子供の発達段階に応じた,知性,感情,意思を育てるための芸術的な教育を行っています(短く説明できないので,もし興味あればこれも検索してみてください).親たちの集まりが多く,お父さんの集まりも盛んです.また,藤野はもともと芸術家が多く集まる町でした.古くから住んでいる人たちと新しく移住してきた人たちがフュージョンして,面白くて活気ある町になっています.ここでは,トランジション藤野(これもぜひネット検索を)という地域活動が行われています.この町で日常的に行われている会合,飲み会も楽しみの一つです.おわりに現在まで,人との出会いを大切にしながら,流れのまま忙しく生きてきましたが,ようやく最近,自分らしい生活が送れるようになってきました.今まで多くのすばらしい人たち,先生方と出会えたおかげで,今の自分があると思っています.その素晴らしい先輩の一人,吉田希望先生を紹介します.先生は秋田大館出身ではないのに大館に住み,大館の町の発展に尽力し,秋田の子供たちのために,貴重な小児眼科の診療も行っています.次回をお楽しみに.注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.246あたらしい眼科Vol.34,No.2,2017(104)

二次元から三次元を作り出す脳と眼 9.神経節細胞の役割分担

2017年2月28日 火曜日

雲井弥生連載⑨二次元から三次元を作り出す脳と眼淀川キリスト教病院眼科はじめに網膜神経節細胞は形態学的あるいは電気生理学的特徴からa(Y),b(X),g(W)の3種類に分類される1).a(Y)は野球の外野手のように大きな守備範囲から光の動きをいち早くとらえ,b(X)は球を投げ続ける投手のように静止した光のコントラスト情報を持続的にとらえる.神経節細胞は,自らが扱いを得意とする情報を光から抽出して次に伝えるという役割分担を行うことで,処理能力を上げている.投手Xと外野手Y1960年代後半に電気生理学者はネコの網膜神経節細胞に反応の異なる3種類の細胞を発見した.これらは8章で述べたON型やOFF型の性質をもちながら,さらに別の反応を示す(図1a).細胞に電極を刺入し,照射する光の形や動きを変化させて反応をみる.ある細胞はその上でスポット光を速く動かすと,一過性に強く反応する(図1a①).しかし,その後は照射が続いてもほとんど反応しない.反応の得られる範囲である受容野は比較的広い.細胞の軸索である視神経に電極を入れ,伝導速度を測ると秒速30~40mと速い.情報を送ると何事もなかったかのように元に戻る.まるで野球の外野手のように広い守備範囲(受容野)をもち,球(光刺激)が飛んでくるときだけ一過性に反応し,次に送るとあとはゆっくりしている.当時の研究者はこれをY細胞と名付けた(ここでは外野手Yとする).別の細胞は,スポット光の早い動きには反応しないが,細胞上で静止させると照射中ずっと反応している(図1a②).光が少し離れると反応がなくなり,受容野が狭いことがわかる.伝導速度も秒速15~23mとY細胞より遅い.野球の投手のようにずっと持続して球を投げているが,守備範囲は狭く,球がその範囲外へ飛ぶと動きがなくなる.研究者はX細胞と名付けた(ここでは投手Xとする).X細胞より守備範囲は広いものの伝導(101)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY速度は逆に遅い細胞もあり,W細胞と名付けられた.これらの研究と平行して形態学的特徴も調べられ,やはり3種類に分類された.細胞体が大きく,アンテナである樹状突起の広がりも大きく,軸索も太いa細胞,細胞体も樹状突起の広がりも小さく,軸索も細いb細胞,細胞体がもっとも小さい一方で樹状突起の広がりは大きいg細胞である(図1a①②③).軸索が太い=伝導速度が大きい,受容野が広い=樹状突起の広がりが大きい,と考えられることから,a細胞=Y細胞,b細胞=X細胞,g細胞=W細胞と推測されてはいたが,実際に証明されたのは随分のちのことである.g(W)については反応の異なる何種類かのサブタイプが存在し,a(Y)やb(X)のような均一な集団ではないと今日考えられている.神経節細胞がいくつかのタイプに分かれるのにはどのような意味があるのだろうか.光情報には,その動きや速さ・コントラスト・色などさまざまな要素が混ざっている.外野手Yは大きな守備範囲から光の動きをいち早くとらえ,投手Xは静止した光のコントラスト情報をゆっくり確実にとらえる.次の中継地点である外側膝状体への伝達もYがXより速い.膨大な量の光情報から,自らが扱いを得意とするものを抽出して伝達することで処理能力を上げることができる.霊長類の神経節細胞1,2)1970年代後半,サルを使った実験で,神経節細胞にネコのa(Y),b(X),g(W)に形態学的にも電気生理学的にもよく似た細胞が認められ,Pa,Pb,Pgとよばれるようになった(図1b).Pはprimateの頭文字である.細胞体の形からPaはparasol,Pbはmidgetともよばれるが,ここではわかりやすいようにPa(Y),Pb(X)を用いる.霊長類では,色情報がネコより格段に増え,ONやOFFの反応,XやYの反応にさらに色の要素が加わる.あるPb(X)では受容野中心野を赤のスポット光で刺激あたらしい眼科Vol.34,No.2,2017243a.ネコb.霊長類電気生理学的特徴形態学的特徴特徴投射部位機能①外野手Y細胞a細胞①Pa(Y)細胞大細胞系(M系)(周辺野もつ細胞あり?)図1網膜神経節細胞の分類a:ネコ.形態学的あるいは電気生理学的特徴からa(Y),b(X),g(W)の3種類に分類される.b:霊長類.Pa(Y)は大きな物体の動きや光のちらつきを,Pb(X)は小さな物体のコントラストや色の情報を抽出して脳内へと伝達する.近年発見されたK系は青色の情報に関係すると考えられる.するとON,周辺野を緑のドーナツ型の光で刺激するとOFFの反応など,色によって異なる反応が認められる(図1b②).Pa(Y)では色による反応差は認められない(図1b①).*刺激光の色(波長)によってON,OFFなど対立する反応を示すような細胞を色対立細胞(coloroppo-nentcell:C-Ocell)とよぶ.Pb(X)は色対立を示す.*Pa(Y)は刺激光の色(波長)にかかわりなく,ON・OFFの反応を示す.これを広帯域細胞(broad-bandcell:B-Bcell)とよぶ.Pa(Y),Pb(X)へ抽出分離された情報は,最終的にその処理をもっとも得意とする脳内の場所に運ばれる.そのために情報が外側膝状体から後頭葉第一次視覚野へと伝達される中で,少しずつ異なった道へ誘導されていく.細胞体の大きなPaは外側膝状体大細胞層1.2層へ,細胞体の小さなPbは外側膝状体小細胞層3,4,5,6層へ.前者は大きな細胞の経路という意味で大細胞系(M系,magnocellular系),後者は小細胞系(P系,parvo-cellular系)とよばれ,視覚情報処理の二つの大きな経路と考えられている.その最初の分岐点は神経節細胞なのである.近年特殊な形の神経節細胞bistrati.edganglioncellが青色にON,黄色にOFFの反応を示すことが明らかとなった(図1bNew).樹状突起を内網状層内層と外層に伸ばすため(前号8.参照),bistrati.edとよばれる.その軸索は外側膝状体の大・小細胞層の層間(K層,koniocellular層)に到達する.Pgとの関連など詳細は不明である.外側膝状体については次章で詳述する.文献1)福田淳,佐藤宏道:網膜神経節細胞の機能分化.脳と視覚─何をどう見るか.p70-84,共立出版,20022)LukasiewicsPD,EggersED:Signalprocessingintheinnerretina.Adler’sphysiologyoftheeye,11thedition(editedbyKaufmanPL,AlmA),p471-479,Elsevier,2011244あたらしい眼科Vol.34,No.2,2017(102)